学史・学説 個別性の社会生成過程 ――ポスト・ブルデュー社会学の検討を通じて―― 慶應義塾大学大学院 小田切祐詞 1 目的 この報告の目的は,ポスト・ブルデューの議論を検討することによって,個人が個別性を獲得する社会過 程とは何かを明らかにすることである.「集合的なもの」,「社会構造」,「(社会構造の)再生産」への 関心の高さゆえに,ブルデュー社会学は,個人の個別性を十分に扱うことができなかったという議論が存在 する.個別性の問題は,ブルデュー以後という学術的コンテクストを超える射程をもっているように思われ る.なぜなら,他と代わりのきかない個別的な存在として個人を捉えようとすることは,社会学につきもの の個人と社会の対立を容易に呼び込んでしまうからである. 個別性の問題をめぐるポスト・ブルデューの議論を検討することは,現代フランス社会学の一端を明らか にすると同時に,社会学一般の問題でもある個人と社会の対立を理解する一助にもなるだろう. 2 方法 個別性の社会生成過程の問題に真正面から取り組んだポスト・ブルデューを代表する議論として,ベルナ ール・ライールの社会学と,リュック・ボルタンスキーのそれを挙げることができる.上述の目的は,両者 の著作の検討を通じて達成される. 3 結果 分析の結果,個別性が社会的に形成される過程として,次の二つを指摘することができることが明らかに なる.一つ目は,ベルナール・ライールが着目した「社会化」過程,もう一つは,ボルタンスキーが議論の 俎上に載せた「生む」過程である.ライールは,分化した社会における社会化過程の複数化に, 「社会的なも のの個別的な襞」としての個人の個別性が形成される過程を見た.それに対して,ボルタンスキーは,男女 の性的関係を通じて生み出された存在が,家族として象徴的に迎え入れられる過程に,人間存在が個別化さ れる契機を見た. 4 結論 社会化過程の精緻化を通じて個人の個別性の問題に取り組んだライール社会学と,社会化過程ではなく, それ以前に行われる生む過程に着目することで,個人の個別性の問題を検討しようとしたボルタンスキー社 会学.両者の対照性は,ポスト・ブルデューの位置取りの対照性を表している.すなわち,前者はブルデュ ー社会学の批判的継承を,後者はブルデュー社会学との距離化を表しているのである. 文献 Boltanski, Luc, 2004, La condition foetale: une sociologie de l'avortement et de l'engendrement, Paris: Gallimard. Corcuff, Philippe, 1999, ”Le collectif au défi du singulier l'habitus,” Bernard Lahire ed., Le travail sociologique de Pierre Bourdieu: Dettes et critiques, Paris : La Découverte, 95-120. Lahire, Bernard, 1998, L’homme pluriel; les ressorts de l’action, Paris: Nathan. (=2013,鈴木智之訳『複 数的人間――行為のさまざまな原動力』法政大学出版局. ) ――――, 2004, La Culture des individus: Dissonances culturelles et distinction de soi, Paris, La Découverte. 36
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