中国における競争規則の形成

中国における競争規則の形成
―― 独占禁止法の成立と不正競争防止法の展開 ――
国際企業戦略研究科
博士後期課程 阿武野華泉
平成 20 年度(2008 年度)
本稿は、異質ともいえる中国の社会構造において、先進諸国の競争ルールを取り入
れ、遜色のない中国の独占禁止法を作り上げたことに注目し、独特の社会、経済、法
律を背景にしたその立法過程を時系列の順に追いながら、中国独禁法の成立とその構
造を明らかにし、また、中国における不正競争防止法の展開について論述することを
試みた。そこで、中国の競争規則は国際的な競争ルールに合致する法規制となったこ
とが結論として得られた。
序 章 中国における「競争規則」の形成と課題
中国において、独占禁止法の立法が取り上げられるようになったのは 1980 年代の
ことであった。当時は、改革、開放の初期段階であり、市場秩序を維持し、競争を規
範する独占禁止法の制定については、賛否両論があった。すなわち、平均的な企業の
規模がまだ小さく、企業グループの発展が始まった時期に同法を制定することは、国
の産業政策に影響を及ぼす恐れがあるとする独占禁止法立法時期尚早論と、中国の経
済実態に応じながら、できるだけ早く制定すべきとする考えを中心とする早期制定論
に分かれていた。1988 年に「独占禁止及び不正競争防止暫定条例草案」が提出された
が、
“独占禁止”の部分はほとんど削除され、1993 年 9 月に「不正競争防止法」
(原語:
「反不正当競争法」)として採択された。しかし、その後も独占禁止問題は検討され、
WTO への加盟問題とともに独占禁止法の立法作業は進められた。WTO への加盟は中
国にとって、単にこれまで以上に外部の世界へ市場を開放することだけを意味するの
ではなく、その経済環境に競争メカニズムを導入することをも意味する。
1994 年より始められた中国の独占禁止法立法作業には、多くの紆余曲折があったが、
2001 年の WTO への加盟によって加速され、
2007 年 8 月 31 日の全国人民代表大会
(日
本の国会に相当)第 27 次常務委員会において採択された。法制定の過程において、中
国人専門家や有識者の意見だけではなく、ドイツ、アメリカ、日本、オーストラリア、ロ
シアなどの国や経済開発協力機構(OECD)
、世界銀行、国連経済開発会議、アジア太平洋
地域協力機構(APEC)などの国際機関からの助言や協力を受けた。立法当初から、先進
1
諸国の経験を十分に生かし、国際的な慣例に沿いつつ、かつ社会主義市場経済発展に
適合させるという方針で作業が進められた。13年という立法作業時間を費やして成
立させた包括的な中国独禁法の最大の意義は、経済基本法とする法体制を確立させ、
従来の「不正競争防止法」では取り締まりが不十分であったことを改善させ、先進諸
国にも劣ることのない競争規則を作り上げたという点にあるといってよいであろう。
中国の独占禁止法立法については、1994 年 5 月に独占禁止法起草グループが設置さ
れて以来13年に及ぶ立法期間を要した。この長い期間、大論争を経て、通算約20
回もの要綱案が起草されたと言われているが、すべての段階の要綱案に対して検討す
ることは困難な作業であり、大きな意味を持たないと思われる。そこで、それぞれ代
表的な意義を持つ 2000 年 6 月要綱案、2002 年 2 月修正要綱案、2004 年 3 月国務院
審査案、2005 年 7 月国務院審査修正案、2006 年 6 月法案について時系列に沿って取
り上げ、検討することにした。中国における市場の公正な競争環境、秩序ある市場シ
ステムを構築し、最終的に消費者の合法的な権益保護につながるという競争秩序を形
成していくという観点から、中国の独占禁止法立法は一体「いかなる理論的根拠で、
どのような歴史的経緯を経て」ということに焦点を置くことにより、中国独占禁止法
の成立とその構造を明らかにする。
独禁法は判例法的な性格を強く持っているということから、本稿は中国独禁法立法
過程において最も参考とされたアメリカ反トラスト法、EC(EU)競争法、日本の独
占禁止法における重要な判例について検討することとした。これには二つの意味があ
る。まず、先進諸国の判例において定められた定義、概念、原理、原則に照らし合わ
せ、中国の独占禁止法についての検討を行い、中国の独占禁止法が国際的に受け入れ
られている独占禁止法体系と合致しているかどうかについて論証を行う。次に、先進
諸国の独占禁止法の展開、つまり判例によって示された経験が、中国の独占禁止法の
構造を明らかにし、また今後の法運用において参考になることを示したい。
第 1 章 中国独占禁止法制定の歴史的背景
第1章において、中国の市場経済の構築に関連する競争政策及び社会、経済、法的
環境について触れ、中国独占禁止法制定の必要性について事例を取り上げながら論述
した。
第1節
中国の競争政策の変遷及び現状
―― 独占維持と競争促進
1978 年から始まった経済体制改革は社会主義市場経済体制を確立することを目標
とし、国の産業政策は競争の促進と独占の維持において役割を果たした。改革初期に
2
おいて、産業政策の重点は競争に置かれ、企業間の競争を促進し、さらに、市場によ
る価格形成メカニズムが認められ、価格統制の緩和により、政府は有効な競争が進む
よう余地を与えた。しかしながら、1980 年代半ばから 1990 年代半ばにかけて、政府
の産業政策は主として競争を促進するものから競争を制限するものへと転換した。
1990 年代半ば以後、こうした政策はなお一定の役割を演じているが、政府は市場メカ
ニズムがかつての産業政策により解決されるだけであった問題のほとんどが解決でき
ることを認識し、着実にその支配領域を縮小させる傾向がみられ、さらに経済の市場
化への趨勢は明確なものとなった。特に 2001 年 8 月以後は、ほとんどの製品の価格
統制が緩和され、国家備蓄用穀物、特定肥料、重要薬品、天然ガス、水道、電力、郵
便、電気通信を含む13種類の製品又はサービスが国家独占価格制度を維持するのみ
となった。また、2005 年以降、政府は融資の面において優遇措置を与えることにより、
民間企業が独占業界、公益事業、インフラ関係、金融サービス業等に参入し易い環境
を整備した。
第2節
市場経済下のマクロ規制
この節において、従前の計画経済を逐次に廃止し、市場経済への転換という計画体
制の改革や産業政策、産業構造の適正化のための第一次産業、第二次産業、第三次産
業の発展比率及びその構造についてマクロ調整、国有大中規模企業の改革、市場に関
するマクロ規制について検討を行った。
過度期にある中国にとしては、マクロ規制は重要であるが、しかし、それが市場メ
カニズムによる資源の有効配分に取って代わることはできないことは言わざるを得な
い。市場経済において、資源の有効配分は市場メカニズム又は市場競争により実現す
る。市場自身で解決できない場合には、国の産業政策又は発展計画が介入することと
なる1。
第3節
立法状況
1992 年 3 月に行われた憲法改正は、改革、開放の15年間を総括し、
「社会主義」
の政治制度を「市場経済」の経済制度と結び付け、
「国家は社会主義市場経済を実行す
る」と明文化した。これより中国は社会主義市場経済への道を歩み始め、国は法治国
家に向けての法律の整備に力を入れた。ここで、労働法、銀行法、保険法、商標法、
特許法、著作権法の整備が行われ、さらに契約法、不正競争防止法、価格法、入札法、
消費者権利保護法、製品品質法などが公布、実施された。また、会社法、証券法、企
1
この点に関しては、その後に採択された中国独禁法において、次のように定めている。
「国は、
社会主義市場経済に適応する競争規則を制定し、施行するとともに、マクロ経済的な規制を整
え、単一かつ開放的であり、また競争的で秩序のある市場体制を整備する」
(第4条)
。
3
業所得税法、物権法、という法律が揃い、さらに、競争に関する一連の法規制が公表、
実施された。
第4節
不正競争防止法の制定及び執行状況
中国の競争法を構成する「不正競争防止法」において11種類の違法行為類型を列
挙し、行為の性質によって、不正競争行為と競争制限行為に分ける。不正競争行為と
して、①他人の登録商標の盗用、偽造などの不正競争行為、②賄賂行為、③商品の品
質、性能、生産者等についての虚偽広告行為、④営業秘密の侵害行為、⑤限度を超え
た景品付販売行為、⑥競争相手の信用毀損行為について規制を行っている。また、競
争制限行為として、⑦公共企業又は法律の定めにより独占的地位を有する事業者がそ
の独占的地位を濫用して競争を制限する行為、⑧政府又はその所属部門は行政権力を
濫用し、指定する事業者の取扱商品の購入を強要する行為、地域以外の商品の市場へ
の進出や参入を制限する競争制限行為、⑨抱合せ販売行為、⑩競争相手を排除する目
的の不当廉売行為、⑪入札の際の共謀行為について規制を行う。
不正競争防止法の執行において、2000 年前までは法条文に列挙された違法行為に対
し規制を行うのみであり、一般条項の適用があまり見られなく、いわゆる「法定主義」
の強い影響という特徴が見られた。
「中国工商行政管理年鑑」2に掲載された 1997 年か
ら 2003 年までの不正競争防止法の執行状況によると、取り締まった違法行為の中、
不正商品行為が7割近くを占め、虚偽広告は1割近く、賄賂行為の件数が近年増加し、
1割程度を占めている。自然独占事業部門の強制的な抱合せ販売行為を含む競争制限
行為に対する執行件数は僅かであった。このような状況に対し、種明釗氏は次のよう
述べている。不正競争防止法における独占禁止、つまり競争制限行為に関して行った
規制は、その執行状況から見ると、独占禁止に関して効果的であったといえず3、独占
禁止法立法への最初のアプローチに過ぎない。
第5節
独禁法整備の必要性
改革・開放以来、従前の計画経済から市場経済へ転じ、過度期とはいえ、市場競争
メカニズムは資源の有効配置又は経済発展に重要な機能を果たしていることから、中
国において独占禁止法制定の必要性について事例を取り上げながら分析を行った。現
在の中国では、急速な経済発展に伴い、業界価格、生産カルテル等の著しく競争を制
限する現象が起きている。エネルギーや鉄道などを中心に、国有企業の独占状態が続
いており、高価格のまま据え置くなどの弊害を指摘する声が強い4。地域保護や政府部
2「中国工商行政管理年鑑」
、中国工商行政管理年鑑編集部より公表された。
3
4
種明釗編「競争法学」
、高等教育出版社、2002 年 12 月出版、第 215 頁。
共同通信社北京 2005 年 12 月 22 日ニュース。
4
門間の閉鎖的な競争制限行為も多く発生している。また、一部の業種では有力外資企
業の独占、寡占化が進んでおり、独占禁止法の制定などの対策強化が必要と指摘され
た5。このような国内状況に対応し、WTO 加盟の要請等から、独占禁止法制定の必要
性が高まり、他の市場経済を進める国々と同様に競争秩序を保護する法制度を整備す
ることが急務とされた。
第2章 2000年6月要綱案の完成
第2章は 1994 年より始められた立法作業が、2000 年 6 月要綱案の完成に至るまで
にどのような立法方針により、どのような法をモデル法として選択したかについて述
べ、また、立法をめぐる二つの重要な議論について紹介した。さらに、この段階にお
ける主な検討事項として、EC 競争法規制による示唆から始め、競争制限的協定、市場
支配的地位の濫用行為、事業者結合、行政上の権限濫用への規制の順に詳述し、完成
に至った 2000 年 6 月要綱案の内容をまとめた。
第1節
立法方針及びモデル法の採用
立法当初において、先進国の独禁法を直接移植するという意見もあったが、独占禁
止法は経済社会の基本法なので、中国の経済社会の実情に合ったもので、また先進国
の経験を十分に生かしたものでなければならないという意見が主流となり、国際的な
慣例に沿い、また、社会主義市場経済発展に適合する独占禁止法を立法するという方
針で作業が進められた。先進国の中ではドイツの社会的市場経済政策とそれに基づく
競争制限禁止法の考え方から多くの示唆を受け、また、ドイツ法を基礎とする EC 競
争法に最も多くの影響を受けていたと見られる。EU の統一的市場を形成する目標と
いう特別な事情があり、こういった意味では、中国の経済改革の目標とは、単一かつ
開放的であり、また競争的で、秩序を維持する市場体制を整備するという共通性があ
る。
EC 競争法をモデルとすることについて、次に述べる理由があったと思われる。①独
占禁止法規制において、全体的な整合性、統一性のある制定法によって法体系を確立
することは中国の目標である。②EC 競争法のような原則的な禁止規定を設け、統括的
な定義を行い、更に具体的な行為類型を列挙し、一定の適用除外を設ける立法方法は、
法律の確定性を定め、執行機関にとって法の内容を把握し易くすると同時に、一般社
会においても理解し易くする。③欧州委員会が、独禁法違法事件を調査し、違反行為
の排除措置、行政制裁金の賦課決定、適用免除の決定等の行政を中心とする EU 型の
5
日本経済新聞 2004 年 6 月 1 日記事「中国市場、外資独占進む」
。
5
執行体制は、中国の事情に適合し、政府にとって都合がよいと思われる。
一方、司法主導のアメリカ反トラスト法モデルは、
「高度に発達した司法制度のもと
においてのみ執行可能な行政機関による執行とならんで刑事罰、3倍損害賠償など」6
のように中国の法制度にとって乗り越え難いギャップがある。しかし、アメリカ反ト
ラスト法の判例に適用される原理、原則は中国にとって特に重要であると思われる。
第2節
立法をめぐる議論点
1993 年 9 月、不正競争防止法が採択されたが、当時、独占禁止法立法が見送られた
理由は、中国において独禁法制定の必要性について、立法関係者及び学界の意見が分
かれていたためである。つまり、市場経済初期段階にある中国においては、独占行為
はまだ深刻な問題とはなっておらず、特に平均的企業規模がまだ小さく、企業結合及
び企業集団の発展が始まった時期に、企業結合の禁止等を定める独占禁止法を制定す
ることは、国の産業政策に影響を及ぼす恐れがあるという「独占禁止法の制定は時期
尚早」が一般的な考え方であった。その根拠について、次のようなことが取り上げら
れた。1989 年、中国企業評価センターでは、1987 年の国内ランキング100位まで
の工業企業及びランキング9位までの業界について評価し、市場売上額を中心に、米
国と中国のランキング100位までのそれぞれの企業規模について比較したところ、
米国と中国の企業規模の差は歴然とし、規模の経済も機能していないため、独禁法を
制定することは不適切であるという結論が出された7。
これに対して、別の学者はこのような独占禁止法立法と規模の経済とを対立させる
考え方は妥当でないと反論した。その理由は、現実に、さまざまな私的独占又は公的
独占現象が存在しており、社会資源の合理的な配置を妨害し、早急に規制を行い、こ
れらの競争制限問題に対処しなければ、中国は開放的、かつ競争的な市場を形成する
こともできないし、まして公正な競争秩序を維持することや社会主義市場経済体制を
樹立することもできない。結論として、独禁法立法作業を早急に進めなければ、中国
の市場経済体制の樹立に支障をきたす、というものであった8。
第3節
主な検討事項
第一に、中国独禁法立法において、一般条項の設置、適用の問題にまず直面した。
この問題を解決するのに、EC 競争法 81 条、82 条の経験は充分に参考となったといえ
松下満雄「中国独占禁止法草案の検討」
、国際商事法務 Vol.33, No.7 (2005)、第 892 頁。
嶄忽二匍得勺嶄伉(中国企業評価センター)
『1987 定嶄忽 100 社恷寄垢匍二匍式 9 寄佩匍得
勺』(
「1987 年中国 100 大工業企業及び9大業種についての評価」) ≪管理世界≫ 1989 年第
2 期第 103 頁。
8 王暁晔「中国独占禁止法立法作業の現状と問題点」、「国際商事法務」Vol.28, No.9 (2000)、
Vol.28, No.10 (2000)参照。
6
7
6
るであろう。立法技術からすると、81 条、82 条の条文に例示列挙された行為は範例
とする意味があり、加盟国の通商に影響を及ぼすおそれがあり、かつ共同体市場にお
ける競争を妨害し、制限し、あるいは歪める目的を有し、又は効果をもたらす協定、
事業者団体の決定及び協調行為は共同市場と両立しないものとして禁止されるという
包括的な一般条項が置かれている。この他に、事業者、協調一致の行動、濫用、市場
支配的地位等について、判例において解明されることとなった。このような立法方法
は中国にとって、現実的な意味がある。このことは、最終的に採択された中国独禁法
において、独占的協定、市場支配的地位濫用行為類型、事業者結合審査における考慮
の要因、行政権力の濫用に関する地域封鎖行為類型について、例示列挙と包括的な一
般条項の設置という方法を採用したことから理解できる。このような方法により、現
在直面している違法行為への対応、また、経済の流動的な性質を有することから将来
出現するであろう新しい類型の違法行為への対応を図ることが可能となる。
第二に、競争制限的協定に関する規制について、従前の一連の法規定、規則の不明
確性、又は不合理性から、それらのものはいずれも実効性の少ないものに関する検討
を行った上、
「水平的制限」と「垂直的制限」についてはっきり区別し、規制を行う前
提で、原則禁止と適用除外の原則において、例示列挙と包括的一般条項を置く立法方
法を試みた。さらに、一括適用除外を規定するという方法よりも、行為別の適用除外
規定を置くべきであり、具体的には、合理化カルテル、技術の改善目的とする研究開
発協定、不況カルテル、環境保護に有益なカルテル、中小企業の経営効率向上のカル
テルについて適用免除を行うべきである、とされた。
第三に、市場支配的地位の濫用規制について、従前の規制は、市場支配的地位に関
する概念、定義等に関する具体的な定めがなかったため、実効性に乏しかった。更に、
市場支配的地位の濫用行為についての規制は、濫用行為にとどまり、いわゆる行為規
制主義であり、市場支配的地位又は独占的地位の有無については問わないもので、構
造規制的要素は全く見られないなどの不充分な状況下にあって、立法当局において独
占禁止法レベルで市場支配的地位の濫用問題について真剣に検討せざるを得ない問題
となった。
第四に、事業者結合規制を行うに当たって、行為規制を重点に、構造規制を補充に
とする原則をとっている。2000 年 6 月の要綱案の時点では構造要件、つまり市場占有
率の基準を定めたが、その後、次第に明確な数字規定がなくなり、関連市場における
市場占有率及び支配力が事業者結合審査に当たっての一つの考慮要因となった。
事業者結合規制は立法上の経験として 2003 年頃までに積み上げられ、2003 年 4 月
から施行された「外国投資者中国国内企業の買収に関する暫定規定」によって実践さ
7
れ、その経験はさらに吸収され、また独禁法立法に反映するという過程を辿ったもの
と言えよう。この過程を経て、従前の外資企業と中国国内企業別の法適用、つまり二
本立ての法適用の状況が改善され、独禁法施行によって、同法一本の法律により規制
し始めるようになった。
また、事業者結合規制の全体を俯瞰して見るのに、届出の基準や二段階審査手続、
弊害要件、審査に当たる考慮要因などを含め、EC 競争法における 1989 年の企業結合
規則及び 2004 年から効力を有した新規則 139/2004 により近づくようになったと思わ
れる。
第五に、中国の独禁法においていかに行政上の権限濫用について規制を行うかとい
う課題は、学界での重要な検討課題となっていた。その内容は、行政上の権限濫用と
市場独占行為と同等に扱うべきであろうか、行政権限濫用の規制原則、独占禁止執行
機関は如何なる職権を有するべきか、如何なる法的責任を負わせるべきか、などが含
まれていた。
行政上の権限濫用と「独占的行為」9と同等に扱うべきかという問題について、現在
の行政上の権限濫用行為は、主に行政規則の実施により行われる地域独占、部門独占、
強制購買であり、その実施主体は市場独占行為の実施主体と異なることから、同等に
扱われるべきではないというところまで意見の統一をみた。ある学者は行政上の権限
濫用の判断基準については、政府行為は法定の権限を越え経済活動を干渉したかを基
準にすべきである10、と主張する。これらの前提を以て、行政権限の濫用について一
つの章を設け、原則禁止規定を置き、現存する行政上の権限濫用行為を列挙している。
これは、大陸法体系である以上、伝統的な明確、かつ詳細規定を行うべきであり、執
行機関にとって、迅速な判断が図られ、司法コストを節約できるというメリットがあ
ると思われる。
第4節
2000年6月要綱案の内容
最初に作成された2000年6月の中国独禁法要綱案は社会的市場経済政策に基づ
くドイツの独占禁止法をモデル法としたとみられ、「公的独占の禁止」、
「カルテル」、
「企業結合」、「市場優越的地位の濫用の禁止」
、「独占禁止機関」といった内容により
構成される。カルテルは原則的に禁止されるが、経済全般の発展および社会公共利益
に有益であることを前提とするカルテルなどを適用除外とし、企業結合の規制につい
9
採択された中国独禁法において、独占的行為とは、①事業者が独占的協定を行うこと、②事
業者が市場支配的地位を濫用すること、③競争を排除し又は制限する企業結合、若しくは競争
を排除し又は制限するおそれのある企業結合を行うことを指す(第 3 条)
。
10 曹士兵「独占禁止法研究」
、法律出版社、1996年第20頁。
8
ても特別認可の条項を設けている。
第1章「総則」
、第2章「市場の支配的地位の濫用」
、第3章「独占的協定」
、第4章
「企業結合規制」
、第5章「行政庁による独占」
、第6章「独占禁止機関」
、第7章「法
律上の責任」
、第8章「附則」
、と全8章 57 条から成る。
第3章 2006年法案の成立と構造
第3章では、2000 年 6 月の要綱案完成後から 2006 年 6 月法案の成立まで、八つの
節を設け、基礎概念の解釈から始め、競争制限的協定、市場支配的地位の濫用行為、
事業者結合、行政上の権限濫用への規制、域外適用の条項、適用除外規定のそれぞれ
の問題について詳細な分析を行い、法規制の規制原理から、理論的な根拠、先進諸国
間の共通の競争ルールとして確立された原則、立法において参考となった判例につい
て触れ、グローバルな視点から、中国の独占禁止法が国際的に受け入れられている独
占禁止法体系と合致しているかどうかについて検討を行った上、中国独禁法の構造を
明らかにした。
第1節
基礎概念の解釈
この節において、中国独禁法において用いられている幾つかの基礎概念について解
釈および説明することにした。これらは、
「競争法」
、
「独占」
、
「市場支配的地位の濫用」、
「事業者」
、
「事業者団体」
、
「関連市場」
、及び「社会公共の利益」であり、独禁法の諸
規定において用いられ、同法の解釈に当ってしばしば問題となる重要なものと思われ
る。
第2節
競争制限的協定に関する規制
競争制限的協定の弊害要件である「実質的に競争を排除し、又は制限する」との解
釈について、アメリカ反トラスト法の判例法で形成された「合理の原則」と「当然違
法の原則」において理解されることは、中国独禁法の解釈と運用において重要なこと
であると思われる。
水平的競争制限行為について反競争的な効果があり、
「当然違法の原則」の適用にお
いては、日本の独占禁止法、アメリカ反トラスト法、EC 競争法における規制と同様の
水準にある。しかしながら、垂直的競争制限行為については、競争促進的効果と反競
争的効果とを比較考量し「合理の原則」の適用を行うことが妥当であると思われる。
この点に関して、アメリカの 1911 年ドクター・マイルズ事件判決、その後の判例法の
展開、及び 2007 年のリージン判決で示されたことについて取り上げた。これについ
て、現在、中国においても学界から立法府まで、合理の原則の適用が必要との意見が
出ている。それは現下の中国の家電、化粧品等の業界におけるブランド保護意識の欠
9
如、販売促進方法に対する認識の不足、アフターサービスの悪さ等が存在しており、
今後行き届いた販売体制を育成して行くには合理の原則の適用が必要という理由であ
る。この点において、EC 競争法における目的は加盟国間通商の自由化、共同市場の完
成という固有の事情に由来するため、
EC 競争法の原則を採用することは考えられない。
再販問題を含む垂直的競争制限行為については、アメリカ反トラスト法判例法の経験
が最も参考になると思われる。
また、
「独占的協定」は原則禁止となるが、経済全般の発展及び独占禁止法社会公共
の利益にとって有益であることを前提とする協定などを個別的に適用除外され得る点
について理解することは、中国の独禁法の事情を知る上において必要である。
第3節
市場支配的地位の濫用問題について要綱案から法案までの検討
市場支配的地位の濫用の禁止は、独占的協定の禁止、事業者結合規制と並んで、中
国の独占禁止法を構成する三つの主な内容の一つである。中国の独占禁止法において、
市場支配的地位を有することだけでは違法にならない。違法とされるには、市場競争
を排除し、又は制限する濫用行為が存在することが前提条件とされる。濫用行為の存
否について判断するには、まず、事業者が関連市場において支配的地位を有するかに
ついて確認しなければならない。事業者が置かれた状況が一定の条件に達したときに、
事業者の市場支配的地位が推定される。市場支配的地位の推定は、事業者の関連市場
における市場占有率を根拠とする。しかし、市場支配的地位についての推定は法的効
力を有しないものと理解する。つまり、事業者市場支配的地位を有しないことが証明
される場合は、市場支配的地位を推定できない(第 19 条3項)ということである。本
節において、上記のことについて分析を行い、以下の結論を得た。
中国独占禁止法の市場支配的地位の濫用行為についての規定は、EC 競争法の 82 条
(旧 86 条)の規定とよく似た構造と内容を有し、また、EC 競争法に基づく判例に示
された基準とほぼ同等の違法性基準を定めていることが分かる。第一に、行為類型に
ついて、第17条に定めた不公正な高価格、低仕入れ価格、略奪価格、取引拒絶、排
他的取引、抱合せ販売、差別的な取扱い、といった違法行為など EC 競争法上の違法
行為と同様に区分けされる。第二に、市場支配的地位の推定規準を市場占有率 50 パー
セントとしているが、この点も EC 競争法上の目安となる 40 パーセントの市場占有率
とそれほど違いはない。第三に、市場支配的地位及び濫用行為を要件とするが、関連
市場の画定、市場占有率の算定、市場支配的地位の認定という手法を採っていること
もほぼ同様である。
また、EC 競争法においては、支配的地位にある企業の行為に濫用行為があれば直ち
に違法となる。市場占有率の増加などの効果が生じた結果を必要としない点について、
10
中国の独占禁止法はこの考え方を踏襲している。すなわち、中国独禁法において、違
法の結果要件について具体的な定めはなく、違法行為があれば足りるということであ
る。このように規準を低くすることによって、違法行為に対する威嚇的な効果を視野
に入れているのではないかと考えられる。
アメリカ反トラスト法において、いかなる行為が濫用行為に該当するかについては、
最終的には、消費者の利益に適うか否かで判断を行う。欧州裁判所は、有効競争理論
に基礎を置き、支配的企業の実力に相応しくない方法によって支配的地位を増強させ
ることが濫用行為に当たると考える傾向が強いが、欧州委員会による第 82 条執行の基
礎となる方針について、最近、競争政策担当委員であるネーリ・クルース氏は「支配
力の濫用―欧州委員会の執行優先順位」11において、次のように述べ、
「EU の競争政
策の全体としての目標は、競争者を保護せず、消費者の福祉を保護すること」である
ことを強調した12。消費者の利益の保護と事業者の利益の保護について、中国独占禁
止法の要綱案から法案まで、一貫して、両者に同様に保護を与えるべきとして独禁法
の目的を定めたが、2007 年法案審議段階において、
「事業者の利益の保護」といった
文言が削除され、中国独禁法の目的は「消費者の利益及び社会公共の利益の保護」と
なった。この点から、中国独禁法の考え方が欧米と同様になりつつあることが分かる。
日本の独占禁止法との比較においては、日本法における「正当な理由がないのに」
という文言について、原則違法と解釈され、行為類型が存在すれば何らかの正当な理
由が立証されない限り、当該行為は違法となる。中国独禁法の第 17 条に列挙した略奪
価格、取引拒絶、抱合せ販売、差別的な取扱い等の濫用行為類型には、
「正当な理由が
ないのに」といった文言が使われているが、中国は学界から立法府まで、行為別に合
理的原則の適用が妥当であるとの意見がある。例えば、独禁法起草グループのリーダ
ーは著書においてこのように述べている。すなわち、抱き合わせ販売行為はすべて違
法であることとは言い切れない。例を挙げると、ハイテク設備(製品)の販売時、部
品又は周辺機器等の抱き合わせ販売を行う際に、設備の安全使用等のメリットがある
場合には合理的原則の適用も必要であると説明している。
また、中国独占禁止法における「市場支配的地位の濫用」と日本法における「支配
的地位の濫用」と表現上似ているが、日本の独禁法における優越的地位の濫用の禁止
は、独占禁止法のいわば「外延」にあるものであり、このような規定は中国の独占禁
11
ネーリ・クルース競争政策担当委員、
「支配力の濫用―欧州委員会の執行優先順位」
、フォー
ダム大学シンポジウム、ニューヨーク(2008年9月25日)
。
12 ジャクリン・マクレナン、アレキサンドラ・ロジャーズ「EC 反トラスト規制違反への損害
賠償措置案で何が問題とされているか 今後の EU 競争法政策の動向にどうつながるのか」
、
「ザ・ローヤーズ」雑誌 November 2008、第 47 頁参照。
11
止法において定めがない。文言上、中国の独占禁止法において市場支配的地位の濫用
行為の禁止規定が置かれているが、文字通り、市場支配的地位を有する事業者のみに
適用される規定であり、その前提は市場支配的地位を有することである。これに対し、
日本の独占禁止法における濫用行為には、事業者が市場全体において優越的地位にあ
ることは必要なく、取引の相手方に対して相対的に優越していれば足りる13としてい
る。この相違点を理解することは中国の独禁法へのアプローチに有益であると思われ
る。
第4節
事業者結合規制
外資買収による独占問題をめぐる報告・審査制度の試み
第2章第3節において事業者結合規制の必要性、規制すべき内容などについて検討
してきた。それらの内容は中国独禁法における事業者結合規制の制度設計であり、そ
れに基づき、制定された「外国投資者中国国内企業の買収に関する暫定規定」
(この節
において、以下、暫定規定と略す)14が 2003 年 4 月 12 日に施行され、また、1999 年
9 月 23 日に公表、2001 年 11 月 22 日に修正された「外商投資企業の合併及び分割に
関する規定」15と併せて、2008 年 8 月中国独占禁止法施行されるまで、外資買収によ
る独占をめぐる審査における執行上の法的根拠となっていた。
「暫定規定」の内容は、基本的には 2002 年 2 月の修正要綱案における第4章「企
業結合規制」の内容を継承し、外資企業という範囲内における試みとして行ったもの
と理解する。この経験はその後の独禁法立法、また採択された中国独禁法に反映され、
独禁法における事業者結合審査制度として確立された。当該審査制度は、外国企業の
みに対して適用するのではなく、国内企業の結合にも適用され、いわゆる国内企業と
外国企業が一本化された法制度により規制されることとなった。
第5節
行政上の権限濫用の規制
この節において、2000 年 6 月要綱案、2002 年 2 月修正要綱案、2004 年 3 月国務院
審査案、2005 年 7 月国務院審査修正案、2006 年 6 月法案における行政上の権限濫用
規制の特徴について検討を行い、行政上の濫用規制については不正競争防止法などの
既存法を基礎にしつつも規制範囲の拡大と実効性の強化を図ったことが分かる。しか
し、最終的な結果から、その規制内容は実効性が薄いと評価される不正競争防止法と
ほぼ同水準に止まり、実体法における改善はステートメント的な意味しか持たないの
前掲「経済法概説」第 235 頁。
原語:
《外国投资者并购境内企业暂行规定》
。当該暫定規定は改正され、2006年9月から
「外国投資者中国国内企業の買収に関する規定」として施行されたが、独占審査に関する内容
は、ほとんど改正されず、基本的には暫定規定通りである。
15 原語:
《关于外商投资企业合并与分立的规定》
。
13
14
12
ではないかと思われる。
第6節
域外適用の条項
中国独禁法の条文を推敲すると、域外行為であっても自国に一定程度の効果がもた
らされれば、自国の法律を適用する「効果理論」に基づく「効果主義」を採用してい
ることが分かる。しかし、効果理論に依拠することは、国際的礼譲への考慮を全く欠
くことを意味しない。少なくとも、2004 年段階の国務院審査案から、独占禁止主管機
関は、外国の独占禁止主管機関及びその他関連する国際機関と交流、協力し、競争に
関する二カ国間、又は多国間の国際協定について交渉をする職権を有すると定めてい
る。各競争政策機関が積極的に相互協力することは、国際間取引において、より適正
な競争条件を設けることに貢献することが期待できるからであると考えられる。
第7節
適用除外規定
中国独禁法におけるカルテルの適用除外については、第2章第3節において述べた。
ここでは、適法な知的財産権の行使行為、農業生産者の共同又は協調行為に関する適
用除外について述べることとした。
まず、中国の独占禁止法は正当な知的財産権の行使と認められる行為には、適用を
行わないと定めているが、知的財産権を濫用し、競争を排除又は制限する行為を行っ
た場合はこれを規制すると定めている。中国は発展途上国であり、科学技術レベルが
低く、自ら所有する知識財産権はさほど多くない。数多くの産業においては、外国の
進んだ技術を頼っているのが現在の状況であり、外国企業より技術移転される際、そ
の技術上の優越的地位の濫用が行われ、独占高価格の強要若しくは抱合わせ又は差別
的取り扱いされる事実が存在する。このようなことを防ぎ、国の技術レベルを高め、
産業構造の合理化を図る目的でこのような条項を設けたものと考えられる。
次に、中国において農業問題が大きく取り上げられ始めたのは、2000 年に入ってか
らであった。2006 年国務院が「社会主義新農村建設の推進に関する若干意見16」を示
し、農村建設に対し、多くの支持政策と優遇政策(原語:支農恵農)を実施し、農業
生産の発展に保護と支持を与えると決定した。また、2006 年 10 月には、
「農民専業協
同組合法」が採択された。この法律において、農民専業協同組合は、国の規定に従い、
農業生産、加工、流通、サービス、その他の農業経済活動に関わる税収優遇策を受け
ることができる、と定められている(第 52 条)。中国の独禁法において、このような
農業支持政策と優遇政策を反映させなければならず、次のような条項で落ちついた。
農業生産者及び農業経済組合が農産品の生産、加工、販売、運輸、貯蔵等において行
16
《中共中央国务院关于推进社会主义新农村建设的若干意见》
、2006 年国務院発。
13
う共同行為又は協調行為には、独占禁止法を適用しない。
第8節
修正要綱案から法案までのまとめ
この節において、2002 年 2 月修正要綱案の特徴、2004 年 3 月国務院審査案の構造、
2005 年 7 月国務院審査修正案の特徴と構造、及び 2006 年法案の内容について検討し
た。2002 年 2 月修正要綱案第 3 条の規定によると、
「独占」とは、①事業者間の協定、
決定及びその他の協調行為、②事業者の市場における支配的地位を濫用する行為、③
企業結合により独占又は寡占的地位を生み出す行為、④政府及びその所属部門の行政
権を濫用するという競争を制限し又は排除し、他の事業者又は一般消費者の利益に損
害を与え、社会公共の利益を侵害する行為を意味するものとされる。この定義は、弊
害要件を「競争を制限又は排除し、他の事業者又は一般消費者の利益に損害を与え、
社会公共の利益を侵害」という複雑な関係をもつものとし、しかもそれを選択的要件
とするか又は累積的要件とするかについての解釈規定が定められておらず、その相互
の関係は必ずしも明確とはいえなかったことに対して、2005 年 7 月の国務院審査修正
案においては、弊害要件がほぼ「競争を排除し、又は制限」と収斂され、採択された
独禁法まで貫かれたことがその最大の特徴と理解する。
第4章 全人代における法案の審議と中国独禁法の成立
第4章において、全国人民代表大会における法案の審議から採択されるまで、如何
なる議論が行なわれたか、どのような原則が確認されたかについて述べた。
中国の独占禁止法法案は 2006 年 6 月下旬に全国人民代表大会(日本の国会に相当)
常務委員会に提出され、3回行われた審議を経た後、2007 年 8 月 29 日に開かれた全
国人民代表大会第 29 次常務委員会において表決に付された後、採択となった。
審議において、マクロコントロール規制の必要性や法律に基づく公正な競争及び自
主的な提携による事業者結合規制、市場支配的地位の濫用規制における企業が市場支
配的地位を獲得することを禁止するのではなく、その優越的地位の濫用行為について
規制が行われていることを強調する必要性、排他的で独占的な販売を行う産業に対す
る規制の強化、外資買収により国家の安全に影響が及ぶことに対する審査について規
制を行う重要性、事業者団体規制の強化の必要性について議論され、その論点は採択
された独禁法に取り入れられることとなった。
また、審議において、中国独禁法設定に当たり下記の幾つかの原則が再度確認され
た。それらは、①行為規制を重点に、構造規制を補充にする原則、②法執行上の行政
制裁を中心に、損害賠償を補充にする原則、③刑法を慎重に適用する原則であること
について触れた。
14
第5章 中国独禁法の内容と不正競争防止法の新動向
第5章において、まず、採択された中国独禁法の内容について触れた。中国の独占
禁止法は、計画経済体制を打破し、市場経済体制に移行する過程において成立した。
この過程において、中国の国内事情に応じ、また、WTO への加盟や独禁法の国際的な
ルールの流れの要請に応じる必要があった。このような背景の下に成立した中国の独
占禁止法は、実体法規定において、独占的協定の禁止、市場支配的地位の濫用の禁止、
事業者結合規制という主要規定を定めている。これは、現在の先進諸国の競争法ルー
ルに合致している。また、過度期にある中国にとって、独禁法の制定に当たり、必要
不可避の問題として、行政権力の濫用による競争の排除又は制限の禁止規定を定めて
いる。これは中国の独占禁止法において異質といえる特徴ではないかと思われる。
このような基本的な社会体制と目標の下で制定された中国の独占禁止法は、行為規
制主義を重点とし、構造規制主義を補充とする原則を採用した。また、法執行体制に
おいては、行政を中心とする執行体制を採っているが、法的責任については、行政制
裁を重点に、民事上の損害賠償を補充とし、刑法の慎重の適用(原語:慎刑)という
原則が取り入れられていることは明らかである。
この基本構造からみる中国の独占禁止法規制は、包括性と法の一本化を達成したこ
とは、従前の「不正競争防止法」や「価格法」及び各種法規制に分散され、全体性及
び統一性を欠く法規制が大きく改善されることとなった。こういった意味では、中国
独占禁止法の制定は体系化された競争法が整備されることといえよう。
中国独占禁止法の内容は全8章57条より構成されている。以下はその内容である。
第一章「総則」では、主として立法目的及び本法の適用範囲を定め、中国における
独占行為について明らかにするとともに、国は社会主義市場経済に適応する競争規則
を制定し、マクロ経済的な規制を整え、市場競争体制を整備するという規制内容が定
められている。
第二章「独占的協定」は、禁止の対象となる競争制限に関する水平的及び垂直的な
協定について明白に定義し、カルテルは原則的に禁止されるが経済全般の発展及び社
会公共利益に有益であることを前提とするカルテルなどを適用除外として規定する。
また、事業者団体が独占的協定に該当する行為をさせてはならないことについて規定
を置いている。
第三章「市場支配的地位の濫用」においては、市場支配的地位の概念と違法行為の
類型について定義している。この章では、また、市場支配的地位の認定の要因、市場
支配的地位の推定の基準、市場支配的地位を有しない抗弁の理由について規定してい
15
る。
第四章「事業者結合」は、事業者結合の概念、結合においての届出義務、届出手続、
審査期間、禁止決定について条項を設けている。この章はまた、外資による事業者結
合が国の経済安全に係わる審査について規定している。
第五章「行政権力の濫用による競争の排除又は制限」では、地域独占又は特定分野
における独占、購入強制、差別的取り扱いを含む、さまざまな行政上の権力の濫用に
よる競争の排除又は制限行為について禁止条項を設けている。
第六章「独占的行為の被疑事実の調査」においては、独占禁止執行機関の職権及び
権限を定める。国務院独占禁止執行機関は、法によって職権を行使し、公正な競争の
排除又は制限する独占行為に対し処分することができると規定している。この章にお
いて、調査を受ける当事者の権利について定めている。
第七章「法律上の責任」は、行政責任と民事損害賠償責任を内容とする独占禁止違
反の法律上の責任を定める。この章はまた、独占禁止違反事件の被害者の法的救済と
関係する独占禁止機関の職員の責任を定めている。
第八章「附則」では、適法な知的所有権の行使、又は農業生産者に対して適用され
ないことについて規定している。
続けて、中国独禁法の成立が不正競争防止法に与える影響について、次のように述
べた。上記の両法は、公正な競争を保護という点では共通するものの、独占禁止法が
一般消費者の利益を保護することを究極の目的とすることに対して、不正競争防止法
は事業者の利益を第一義な保護法益としている点において差異があり、この点がそれ
ぞれの要件及び効果における差異につながる。現在不正競争防止法の規制対象は不正
競争行為と一部の競争制限行為に及んでいる。包括的な独占禁止法がすでに採択、施
行されていることから、不正競争防止法により規制されている一部の競争制限行為は
独禁法に譲り、同法によって規制を行っていくべきであると考える。このように、独
占禁止法は公正競争の保護に重点を置き競争制限行為を規制する法律として用いられ、
不正競争防止法は公正競争に置ける不正行為の規制を目的とし、両法は相互に補完し、
調和させて運用が行われ、公正な競争秩序はその調和の上に形成されるものであると
思われる。
さらに、第1章では不正競争防止法における 2000 年までの執行状況について取り
上げたが、第5章においては、2000 年以降の執行上の新たな展開及び不正競争防止法
の改正に関する動向について詳述した。まず、2000 年までの法執行における一般条項
の適用があまり見られなかったことに対し、2000 年以降は、不正競争防止法条文の規
定では限度があるということを前提に、条文に列挙されていない行為に対し、法運用
16
上、一般条項での対応が活発となっていることが目立つようになった。
また、不正競争防止法の法改正に関する動向として、
「不正競争民事紛争審理に適用
する法律に関する若干問題の解釈」の意見聴取案を中心に取り上げた。結論として、
今後の法改正はその規制対象が不正競争行為と一部の競争制限行為に及ぶ状況を改善
し、
「不正競争防止法」は知的財産権法の一翼を担い、不正競争行為について、単一規
制を行う法となるべきである。
終 章 残された課題と展望
―― むすびに代えて
終章において、第5章までに検討したことを踏まえて、中国の競争法体系を完備し、
さらに同法を効果的に実施していくには必要であると思われる課題について、実体規
制を中心に、私見としてリニエンシー制度、「域外適用」問題、知的財産権濫用規制、
行政上の権限の濫用に対する処分の問題、
「再販制度」の適用除外に関する幾つかの残
された課題を概観した。また、今後の展望として、独占禁止執行機関の統合、不正競
争防止法の法改正、中国における判例指導制度確立の必要性について展望することに
よって、結びに代えることとした。中国の競争法体系を完備し、同法を効果的に実施
していくには、これらの諸問題の解決が必要であると思われる。
以上
17