カサーレ出雲郷

社団法人JA総合研究所
研究員レポート
シリーズ・手づくり、田づくり、里づくりvol.12
「カサーレ」とは、協同、協働―(農)カサーレ出雲郷(あだかえ)
(社)JA総合研究所・基礎研究部客員研究員
黒川愼司
1.カサーレとは
2月14日の土曜日、農事組合法人・カサーレ出雲郷(あだかえ)は、法人設
立後はじめての決算総会を開いた。その会の冒頭、参加した全員で、哀悼の意
を表すために黙祷を捧げた。
というのは、この法人設立に当たって、皆の先頭で頑張った錦織博史さんが、
昨年10月54歳の若さで亡くなられたからだ。この法人のメンバーの多くが
兼業農家である中で、錦織さんは、数少ない野菜の専業農家として、生産組合
時代からリーダーだった。法人化に際しても積極的に行動されたのに、病気の
ため、昨年2月の設立総会への出席もかなわなかったという。
副組合長を務める岸本定朝さん(57歳)は、「錦織さんの分もと、法人化し
た1年を、全力で頑張って、何とか黒字決算という結果を出せました」と語る。
ところで、カサーレという言葉を出雲郷の前に付けようと誰が言い出したの
かと理事の皆さんに質問すると、集落内にJA職員がいて、洒落た名前をと彼
に頼んだら、イタリア語とフランス語の中から何点か候補を上げてきた。最初
にフランス語では、発音しにくいとの声が出て、イタリア語に絞り、その中か
ら「協同」を意味する、カサーレを選択したとの返事。
この「カサーレ」の呼称を採用したように、法人の合言葉は、「自分の農地
は自分で守る」、「皆で共に協働」だ。
写真1.営農組合の看板前で
(前列右から、小荷子、野々内、引野、後列右から、錦織、岸本の各理事)
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2.法人化への歩み
農事組合法人・カサーレ出雲郷(あだかえ)は、昨年の2月に設立された。こ
の法人のある東出雲町出雲郷地区は、島根県の県庁のある松江市東部と隣接し
ている。市街地近郊という立地は、便利ではあるが、マイナスの側面もある。
そのマイナスというのが、道路と鉄道で圃場が分断されることだ。戦後までは、
国道9号とJR山陰本線の二つだったが、国道9号が集落の外に付け替えとな
り、さらに、土盛りした山陰高速道松江道路の建設で、水田のある南部と集落
のある北部が完全に分断された。
写真2.法人の設立総会
このシリーズの取材で、当地区のように集落と圃場が離れている例は、初め
てだ。その圃場は、出雲神話に登場する意宇川(いうがわ)が形成した、意宇平
野にひろがっている。その平野の松江市側には、出雲国庁と国分尼寺の跡地も
あり、出雲の中でも古くから栄えた地であることをしのばせる。
法人・カサーレ出雲郷の前身は、市向(いちのむこう)営農組合だが、法人化
に際して、
「出雲郷(あだかえ)」にこだわったのは、出雲の郷と書く、歴史ある
地を守るという気持ちの表れだと思われる。
さて前身である「市向営農組合」だが、そのまた前身は、昔からの集落内農
家組織、農事実行組合。この実行組合の手で土地改良が進んだのが、1982(昭
和57)年から89(平成元)年まで。おおむね30aへの区画へと圃場が整備さ
れた。この圃場整備がもたらしたものは、大規模区画に対応する個別機械投資
だった。少し規模の大きい農家だと、
「何やかやで、1千万円近い投資になった」
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という。
こうした機械化貧乏の現実を目のあたりにして、集落内の若手から、営農組
合を立ち上げようとの声が出たのが、平成12年11月の農事実行組合の総会。
この総会で、新しい営農組織を立ち上げるための検討委員会が設置された。こ
の委員会での検討の結果、平成14年の8月3日に、集落内41戸の農家のう
ち、37戸の農家が参加した、本格的協業組織「市向営農組合」が誕生した。
営農組合は、平成15年5月に国庫補助事業・経営構造対策事業の実施地区
認定を受け、組合の作業場や乾燥調整施設を竣工させた。この国庫事業にあわ
せて、島根県単独事業・がんばる島根農林総合事業を活用して、トラクター、
コンバイン、田植機などの農業機械を取得した。これまでに個々の農家が保有
する農機は「原則、自己責任での処分」とした。しかし、初期投資を抑えるた
めに、構成員の所持する機械の一部を組合が買い上げた。
平成16年には、
「地域農業水田ビジョン」による産地づくり交付金の耕畜連
携(飼料イネ)の取り組みが契機となって、
“特定農業団体”にステップアップ
した。
3.法人・カサーレ出雲郷(あだかえ)誕生
特定農業団体は、5年以内に法人化することを要件とされるが、その法人化
を担ったのが、残念ながら昨年亡くなられた錦織さんはじめ、現在理事を務め
る6人の人達だ。
その6人とは、組合長の野々内英範さん(66歳),副組合長の岸本定朝さん
(57歳)、総務担当の小荷子(こにこ)公男さん(54歳)、営農担当の引野
繁雄さん(60歳)、会計担当の錦織吉正さん(58歳)、機械施設担当の小村
哲孝さん(61歳)だ。小村さんは、都合が悪く、取材した3月21日には来
られなかったが、5人の理事が顔をそろえてくれた。
「私らの集落は、警察官はおりませんが、県庁、町役場、教員、消防署に農
協と、あらゆる職業の人がいます。この法人の建物も、集落の大工さんの手で
建ててもらいました。法人の登記などもメンバーの手でやりますし、とにかく
手づくりが基本です」は、営農担当の引野さんの言葉だ。取材に応じてもらっ
た野々内組合長は、ボイラーマンで、今でもその資格を生かして、時々、働き
に出る。副組合長の岸本さんは、島根県の農林水産部の職員だし、小荷子(こ
にこ)さんは、同じく県の土木部の技術者。引野さんは、地元の(株)三菱農機
の技術者だったし、錦織さんは大手建設会社の社員だった。この日顔が見えな
い小村理事は、最近まで松江消防署の消防士だった。このように人材は多種多
様で、そうした各職場での知識を法人の運営に生かしている。まさに協働だ。
さて、法人の運営だが、水田経営が基本であることはいうまでもない。法人化
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初年度の生産実績は、請負を含めて、総作付面積が、約25ha。この内訳は、
耕畜連携の飼料用稲=夢あおばが5.2ha。ハナエチゼンが9ha、コシヒカ
リが5.5haで、県の奨励品種きぬむすめの食用が2.6ha、採種用のきぬ
むすめが2.7haで、モチ米が28aとなっている。
こうした取り組みの中での工夫は、転作対応の飼料用の稲作を隣の鳥取県伯
耆町の飼料イネ生産組合との連携で、収穫、梱包作業を委託し、飼料イネの団
地化を図っていること。さらに、生産されたイネは、耕畜連携で、ホールクロ
ップサイレージで隣の安来市の畜産農家へ供給している。
また、島根県の最新の奨励品種である、
「きぬむすめ」の採種事業に取り組ん
でいる。この採種圃では、組合員が交代で、人の手で丁寧に除草作業にあたる。
こうした取り組み以上に特筆されるのは、カサーレ出雲郷の立地だ。松江市
という島根県一の都市に接し、出作、入り作などが複雑に重なり合い、組合員
の中には、松江市側にある農地のほうが多いという人もいるほどだ。そんな平
坦地・都市的地域において、カサーレ(協働)農業を実現し、モデル集落にな
っていることが、一番の特徴だ。
写真3.ホールクロップサイレージ
作りのための青刈り作業
写真4.手作業での除草
この栽培での収入は、2,377万円あまり、支出が1,688万円で営業利
益は689万円の黒字決算となった。
法人カサーレでは、組合員からの農地の借り上げ料は、10a当たり、米1
袋の9,000円に設定している。先の営業利益は、総会の議を経て、組合員に
従事分量配当で還元するが、その際の一つの配当基準は、一般農作業が、時給
900円、オペレーター作業が時給1,100円としている。今年は580万円
あまりを配当した。
2月の総会では、21年度の事業計画も決定したが、それによると、新年度
では、コシヒカリの作付けを1ha あまり減らし、きぬむすめの食用や採種圃を
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増反することとしている。コシヒカリからきぬむすめへの組織的転換だ。さら
に、効率的な作業のための要員配置に向けて、アンケートの実施を決めたが、
取材した3月21日には、既に調査結果が出ており、営農担当の引野さんは「こ
のアンケートで、平日の作業にも対応できる人員の把握が出来た。これで作業
と人の組み合わせがスムースにできる」と話している。
こうした主要な行事は、手づくりの機
関紙・カサーレ通信で組合員に周知さ
れる。この通信は、法人化の前から、
随時発行されており、3月発行のカサ
ーレ通信第5号は、通算では、29号
となる。このように組合員との緊密な
連携のために、機関紙発行活動にも取
写真5.事務所の壁にはられた機関紙 り組んでいる。
最後に法人化の際に生じる課題として、このシリーズで出掛けた各地で、任
意組合から法人組織への資産の継承が、補助事業との兼ね合いで難しいとの話
を聞いて来た。このため、任意組合時代に補助金で取得した農業機械は、その
まま任意組合が保有し、法人は、任意組合から借り入れる形が一般的だった。
しかし、農事組合法人・カサーレ出雲郷(あだかえ)は、この課題を解決し、
今年から「市向営農組合」が国営・経営構造対策事業で取得した作業場や乾燥
調整施設を法人が有償譲渡を受け、法人の資産で活用することが可能となった。
有償譲渡や任意組合と法人の構成員がほぼ同一などの条件はあったが、行政
当局に粘り強く要望し、中国四国農政局管内では、初のケースとして認容され
た。これにより、他の地域においても、同様の形であれば、資産と負債、資本
の承継が認められる道が開けたことになる。
4.最後に
「当地には、昔からの子供が担う行事が、いまなお受け継がれています。子
供の金比羅さんだったり、トンドさんだったり、山あがりだったり。私らも子
供の時に先輩たちにひっぱられて、山あがりしたもんです。そんな体験が、今
回の法人化にも生きています。地域の年長者と年少者が、世代を超えて一緒に
なれる気風が、市向集落にはあって、それでカサーレ出雲郷が組織できたと思
います」と組合長の野々内さんは、取材を結んでくれた。
(取材日・平成21年3月21日)
注: 山あがりとは、集落のはずれの、小高い丘に、子供たちが、弁当を持って、終日遊び
に出向く行事のこと。
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写真6.これから本番を迎える田んぼで
連絡先:島根県八束郡東出雲町出雲郷1689
農事組合法人・カサーレ出雲郷 組合長 野々内英範
交通手段:JR山陰本線松江駅下車 国道9号を車で東へ15分あまり