摂食障害への栄養士のかかわり

摂食障害への栄養士のかかわり
拒食・過食の症例より
札幌太田病院
栄養課
中村
友美子
1. 札幌太田病院の概要
当院は札幌市の中心地に近い西区の住宅街に建っている。札幌市初の民間精神科病院と
して、昭和 18 年 11 月に開設し、今年 64 周年を迎える。許可病床数は 234 床。3 つの精神
科デイケアとデイケアに併設したナイトケアが 1 つ。福祉ホームやグループホームなど 13
の共同住宅のほか、介護老人保健施設セージュ山の手とセージュ新琴似を持つ耕仁会グル
ープである。
2. はじめに
近年、若年者によるアルコール、薬物、ギャンブル、リストカット、買い物依存、拒
食・過食の摂食障害などの多種多様なアディクション(嗜癖)現象が著増している。当院
の 18 歳以下の入院患者数は平成 16 年度 41 名、平成 17 年度 51 名、平成 18 年度 78 名と明
らかに増加している。中でも深刻なのは成長や生命維持に欠かせない食事に関係する摂食
障害である。
摂食障害は、精神療法の 1 つである病棟内・内観療法を中心に、医師、看護師、心理士、
栄養士など多職種協働で治療する。栄養士は入院中に数回の栄養指導を実施し、食事の重
要性を説明し、栄養や健康に関する誤った知識を是正することによって、食習慣を援助す
るという大切な任務を負っている。しかし、確立された栄養指導法はなく、試行錯誤の毎
日である。当院での症例を通して、皆様からのご意見を頂きたく発表する。
3. 病棟内・内観療法
アルコールや薬物などの依存症や摂食障害から回復するには、患者自身の自覚、反省、
人格の改善と向上、新しい生活目標の設定、病気に対する正しい知識など数多くの対応が
必要である。これらを十の段階に整理したものが当院の十段階心理療法(表 1)である。
表1
十段階心理療法
第一段階
準備段階・・・説明と検査
第二段階
治療や入院の必要性と直接的原因を理解
第三段階
自分の病に関する学習と自覚
第四段階
自己客観視・・・内観
第五段階
精神的健康の意味を理解し新しい自己の目標を設定
第六段階
問題行動の原因
第七段階
必要性を理解
第八段階
具体的方法と学習
1
第九段階
目的と意義について正しく理解
第十段階
性格の改善と新しい人生観の獲得により感謝と奉仕の精神で家庭・
職場・社会に貢献
十段階心理療法の第四段階に位置する精神療法に内観がある。その方法は静かな居室に
て屏風の中に座り、身近な人(例えば父や母)に対する自分を①してもらったこと②して
返したこと③迷惑、心配かけたことの 3 項目について具体的に想起するというものである。
その効果としては、被愛体験の自覚、自己認知の修正ができ、自己客観視できるようにな
る。当院では病棟内・内観療法として依存症や摂食障害、登校拒否、ひきこもりなどにも
治療効果を上げている。
4. 症例 1
A子、高校 1 年生。中学 3 年の春に身長 158.0cmで 41.0 ㎏あった体重が 33.0 ㎏に減
少し、リストカットを行なうようになる。他院へ入院したが改善しないまま 28.6 ㎏で退院。
高校進学し、夏休み期間を利用して当院に入院した。疾患名は神経性無食欲症、入院時の
体重は 31.8 ㎏であった。
入院 1 日目より病棟内・内観療法を導入。問題点は幼児期からの妹との心理葛藤、二次
成長の不安、進路や将来にたいする不安などが考えられた。入院時 2200kcal たんぱく質
80gで提供するが、2 時間かかっても 3 割程度しか摂取できず、
「食事を見ただけで食べら
れない」との訴えであった。主食量を 1/3 とし、補食としてラコール 200cc を朝と昼に 1
本ずつ摂取することとした。
入院 8 日目に 1 回目の栄養指導実施。体重を増やすための栄養必要量、理想体重、健康
感や食生活について話し合った。油の多い物を嫌い、酢の物・煮物・清汁などのさっぱり
とした物を好む。また味の濃いものはだめで、
「肉は脂身のない所を少しなら食べることが
できる。ウィンナーやハムを小さい頃は食べたが、今はだめ」とかなりの偏食である。食
種を消化の良い軟食へ変更し、1600kcal たんぱく質 65gとした。また麺類、カレーライ
ス、肉類禁止とした。
「今の食事で足りない事を理解しているが、すぐにおなかが一杯にな
ってしまう。太りたくないと思ってはいない」とは言うものの、食事 5 割+ラコール 2 本
の約 1100kcal、たんぱく質約 48gと摂取量は少なく、体重は 29.8 ㎏と減少してしまった。
入院 18 日目、2 回目の栄養指導を実施し、るいそうや低栄養による合併症などを説明し
た。
「何を着ても恰好悪いので 35∼40 ㎏に体重を増やしたい」と言うが、サラダのドレッ
シングを調節できるように別添えを希望し、体重増加のために不可した高エネルギームー
スを、飲み込みやすいという理由でゼリーに変更することがあった。無理させずに嗜好を
優先し、摂食量アップを援助していった。入院 28 日目、いっこうに体重増加せず、入院
を継続しながら当院から登校開始した。活動量が増えたこともあり、体重は 30 ㎏前後で
停滞していた。
入院 39 日目、本人の甘えに従ってやさしい対応ばかりでなく、厳しい対応も必要であ
ると医師の指示で、2200kcal たんぱく質 80gへ戻した。また、前日より体重増加してい
ることが登校の条件に加えられた。
「自分と同じ年齢の人はこんなに多く食べていない」と
不満を訴えるが、体重増加のために必要であると、本人の希望は聞き入れなかった。主食
2
の量を少しでも少なく見えるようにおにぎり食とするなど、相変わらずのわがままもあっ
たが、登校を目標にして少しずつ体重は増加した。退院の方向性が出た頃、3 回目の栄養
指導を実施。退院後の食生活について、低体重が体に与える影響、バランス良く食べるこ
との必要性を再確認した。また、食べたい量ではなく、自分に必要な量を把握し、全量摂
取を努力するように話した。
「おなかがすくという感覚が解るようになり、周りの人の食べ
ている様子があまり気にならなくなった」と気持ちの変化がみられた。入院 66 日目、体
重 33.3 ㎏で退院となった。
5. 症例 2
B 子、高校 2 年生。小学校の頃いじめられ経験、中学校で容姿についてのからかわれ
経験があり、中 3 の受験勉強を始めた頃から体重減少がみられ、カロリー計算と運動で自
ら体重を減らしている。また下剤乱用もあった。他院の精神科通院歴あり。最低体重 28.0
㎏で当院初診時は 32.0 ㎏であった。疾患名は食欲不振症制限型である。
入院時、身長 157.0 ㎝体重 26.0kg。頭髪は薄く、座位から立ち上がることができない程
筋力は低下し、明らかにマラスムス型低栄養状態である。本人は 3 日間休み、その後 100
∼300kcal/日程増やしたいとの希望し、800kcal の食事で開始した。拒食症者の摂取指導
マニュアルに従い、サービスステーション内で看護師の目の行き届く所で食事し、終了後
は 45 分のサービスステーション内待機とした。食事全量摂取、間食禁止、体重測定週 2
回実施の医師指示であった。
入院 4 日目、体重低下で 24.6 ㎏となったため、エネルギーアップの必要性を説明し、
本人納得で 1000kcal とした。全量摂取はしていたが、
「太ることはないと解っていても怖
い」と話す。脳 MRI 所見から著明な大脳萎縮があり、物忘れ・思考障害もあり体力的にも
辛そうな時期であった。入院 7 日目、26.0 ㎏になり顔色が少々改善し、笑顔も見られるよ
うになったが、「空腹、満腹がわからない」と話す。
入院 11 日目、さらに 1.4 ㎏体重が増え 1 回目の栄養指導を実施した。健康な体重と理
想体重について説明。基礎エネルギーと消費エネルギー、体内消費と体重増減の関係や必
要たんぱく質量を示した。体重増加のためには最低でも 1400kcal 以上の摂取が必要で、
現状の 1000kcal では無理であると伝えた。また、本人が理想とする 35.0 ㎏の体重では健
康体には程遠く、せめて 40.0 ㎏以上目指すように話した。「体重が少しずつ増え、ふらつ
けず歩けるようになり、頭がまわるようになった」と言うが、肥満恐怖は続いていた。入
院 18 日目、31.0 ㎏となり「入院した時と全然違って、綺麗になってきたと誉められてう
れしい」と話す。
19 日目、200 アップで 1200kcal とした。23 日目に 2 回目の栄養指導実施。「常食を怖
がらずに食べられるようになり、基礎代謝を戻したい」と基礎代謝に強いこだわりを見せ
るため、人間は個人差があり計算通りに行かないこと、細かい計算はあまり意味がないと
説明した。採血結果では血清アルブミン値は 3.5→3.9g/dlと上がったものの低栄養状態
は変わらず、脱水状態が改善されたため、逆に低蛋白血症が明らかになった。
24 日目より 1400kcal として、3 回目の栄養指導を 29 日目に実施。下肢のむくみが軽減
し 28.4 ㎏と減少したのにもかかわらず、退院してからの食事を心配していた。退院につい
ては触れずに、食品の栄養素と体内での働きや体重の増減と食品のエネルギー収支バラン
3
スについて説明した。医師からも入院治療の意味の再確認と、治療には 3 ヶ月くらいはか
かること、今は肥満恐怖に対して準備する時期であり、退院は考えないように注意を受け
ている。食事は翌日から 1600kcal とした。
本人の希望で 32 日目、4 回目の栄養指導実施。1 週間づつではなく、早めにエネルギー
を上げたいが体に影響があるか、の質問であった。心理面、健康面などの医師の総合判断
が必要であることを説明した。入院して 1 ヶ月が過ぎ体重回復がうまく行かないため、医
師より+400kcal の 2000kcal の食事指示があり、さらに 30 ㎏以上となることを短期目標
とすることや行動制限、点滴と厳しい方針を本人に打ち出した。2000kcal に変更後初めて
の昼食は栄養士が同席し、一緒に食べることで全量摂取できた。最初に栄養士が、2000kcal
の食事となったことを伝えると表情が強張り、涙ぐんで食べられないと訴えたが「大丈夫
だから食べてみよう」の声がけと、食事中の食品に関する会話により緊張感もほぐれ、時
間はかかったが最後には笑顔でごちそう様でしたの声が聞かれた。しかし、1 週間の行動
制限や治療の方針に納得できず、本人と家族の意向で、急な退院となってしまった。入院
時よりも 2.0kg の増加の 28.0kg であった。
6.考察
患者自身の意見を尊重し、希望をできるだけ聞き入れた食事を提供することで、摂食量
増加や体重増加を待った。しかし心のどこかで食べることを拒否している患者が、待って
いるだけで摂食意欲を回復することはなかった。A 子の場合、量の多い食事に戻したこと
は厳しいように思えたが、登校したいという思いで努力し、後の体重増加につながってい
った。本人の嗜好を考慮した食事を提供することも必要だが、目標を設定し、厳しく対応
することが A 子にとっては効果的であった。B 子の場合は、途中からの厳しい対応に我慢
することができずに、不満を家族へ向けることになった。治療の方針を本人、家族へも充
分に説明済みのはずであるが、理解して頂けなかったことは、とても残念である。
2 例に共通して感じることは家族の対応、特に母親の影響が大きいことである。退院が
決定してから A 子の母親へ食事指導をした際、「中学の頃に身長が伸びるのを嫌がり、背
を小さくしたいと言うことがあった」と話されていた。また家庭での食事もお弁当も、本
人が食べられる量で黙認していたという。B 子の母親は「仕事を持ちながら料理などの家
事を完璧(B 子にとってはそう見えた)にこなし、近寄り難い存在」であったと B 子は言
う。悩みの相談も「言葉をたくさん知っているから、相談しているうちに私自身がわから
なくなる」としだいに遠ざけるようになった。行き場のない自分を拒食というかたちで追
い詰めてしまったのだろう。成長期の女性性が発達し、母親を自己像と重ね合わせていく
中で、家族のコミュニケーションや役割分担がとても重要であると言える。
7.まとめ
若年層の摂食障害増加には、家庭問題や虐待、いじめ、不登校、子供をとりまくストレ
スの増加などが関連している。また身近な存在である親の食意識や、身体に対する価値観
は強く影響し、テレビや雑誌のダイエット特集や痩せていることが美しいとされる社会風
潮が拍車をかけている。
摂食障害、特に神経性無食欲症の治療は時間がかかり難しいと言われている。またその
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原因は複雑で解明することは困難である。今回の2症例を通し、家庭や親が果たす役割の
重要性を再認識した。また社会全体で食育や、様々な健康教育に取り組んでいくことが必
要であることもわかった。早期に食行動や意識の異常を認め、病識を持たせるためにも栄
養士は重要な役割を果たせるのではないだろうか。受療者とその家族が健康な食生活を考
え、行動できるように医療チームの一員として、栄養士の立場でサポートしていきたい。
文
献
・ 太田耕平:幼児から高齢者までの心の発達「十段階心理療法」.第 10 版,医療法人耕
仁会札幌太田病院,2005
・ 篠田崇次:十段階心理療法および病棟内内観療法の効果.第 1 回北海道アルコール症
予防・早期発見・解決市民フォーラム抄録集,p.14,2006
・ 佐藤菜津美:思春期の食行動異常と栄養士のかかわり.第 5 回日本栄養改善学会北海
道支部学術総会講演集,2006
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