第3回京都学園大学臨床心理学セミナー 2008年8月30日 非行少年や犯罪者から学ぶ子ども時代に大切なこと 奈良少年刑務所 教育専門官 竹下三隆 氏 (臨床心理士) <目次> ■は じ め に ■愛されたい気持ち ■心のごはんと心のウンチ ■反省・居場所 ■我慢・ホンネでつきあえない・自信のなさ ■男性に犯罪が多い理由 ■ツヨガリータ・オトナブリータ・カッコツケタリーノ ■非行少年のストレスや寂しさなどに関する調査の結果 ■子どものときに身につけてほしいこと ■子育てで私が大切にしていること ■質疑応答 ■は じ め に みなさん、こんにちは。私はいま53歳で、妻と中3の息子、中1の娘がおります。子育てにつ いては、私自身、頭ではわかっているつもりでも、いろいろと失敗し修正しながら今に至って います。 私は今、奈良少年刑務所に勤めております。最初は,昭和60年に播磨学園という初等中等の 少年院に赴任しました。そこは,非行や犯罪を起こした子どもたちが一番最初に入る半年間の 少年院です。そして、平成11年から京都医療少年院、平成18年から奈良少年刑務所で働いてい ます。 こういう講演会のお声がかかるとできるだけお応えするようにしているのは、私がこれまで 「わかった」と思ってきていることを、ぜひみなさんにお伝えしたいからです。少年院や刑務 所に入ってくる子どもたちの親はいいかげんに子育てをしてきたのではなく、日々一生懸命に 子育てをされてきていらっしゃいます。ただ,その一生懸命さが少年院や刑務所に入る子にす るための努力であることがよくあります。つまり,親の努力やがんばりが足りなかったのでは なくて、逆に親の一生懸命さが子どもを少年院や刑務所に入るように追い込んでいっている場 合が多いように感じます。努力する方法を知っているか否かで全く違った人生になると思いま す。 何を大切にしたら非行や犯罪にいかない、あるいは引きこもりにならない子育てができるの か、そういうことのヒントをお伝えできたらいいかと思ってここにきました。学生さんには、 親になったときに大切なことは何かというヒントを得ていただけたらうれしいですし、子育て 真最中の方には、少し力を抜いて子育てをしていただけるようになればいいかなと思います。 またお仕事で子どもたちに関わっていらっしゃる方には、子どもたちとの接し方のヒントを得 ていただければうれしいです。 1 ■愛されたい気持ち 私はこの2年間で約500名の受刑者と面接しました。これまでの少年院での面接を含めると、 30分以上の面接を行なった被収容者は2,000人以上に及ぶのではないかと思います。その2,000 人以上の子どもたちに例外がないいくつかのことがあります。ひとつは、誰もが愛されたいと いう気持ちを潜在的に持っているということです。この子はそうじゃないなと思ったことは一 度もありません。どう愛されなかったのか、どう愛されたいという気持ちがどう傷つけられて 育ってきたのかを見ていけば、その子のことがだいたいわかるような気がします。 この愛されたいという欲求は心の本能だと私は思います。私たちの原点は赤ちゃんですよね。 私は、被収容者によく「赤ちゃんのイメージを言ってごらん」と尋ねます。そうすると「よく 泣く」と答えた者がいます。私は、「そうやなあ。赤ちゃんはよく泣くよなあ」と答え、「赤 ちゃんは悲しいときには泣くように教えられたのかなあ? 誰にも教えられていないのに生ま れたときから泣くことを知っているよね」と返します。また、「赤ちゃんは一人では生きられ ない」とい言う者もいます。私は、「いいことを言うなあ。そうだよなあ。赤ちゃんは一人じ ゃとても生きられないよな。じゃあ大人になったら人間は一人で生きられるのかなあ。たぶん 違うよな。知らないうちにいろいろな人の助けをもらいながら生きているよな。大人になって も一人では生きられないのが人間なんじゃないかな?」と返します。「赤ちゃんは可愛い」と いうことを言う者もいます。私は、「可愛いねえ、なぜ可愛いんだろうね。あやしてあげたら ニコニコしている感じだよな。人をだまそうなんて少しも考えてなさそうだよな。そういうの は生まれたときから持ってるようで何か不思議だね。人間って、きっと生まれたときから『人 に愛されたい』という気持ちを持って生まれてくるんじゃないだろうか?」と返します。 ■心のごはんと心のウンチ 私が今日お話する大きなテーマは、「心のごはん」と「心のウンチ」です。身体がご飯を食 べて大きくなるのと同じように心にもごはんが必要だと思います。身体がウンチをするように 心も上手にウンチをしないと健康は維持できないのだと思います。心のご飯を食べること…… つまり、愛されたいという気持ちが十分に満たされることが大切ではないかと思います。それ を無視しては人間は生きていけませんし、少なくとも心が健康でいることはできないのではな いかと思います。そして、身体がウンチをするように心も上手にウンチをすること、すなわち ストレスのようなものを外に出してやらないとこれもまた健康を損なうのではないかと思いま す。 私は被収容者には、「生きていると知らず知らずの間に心にもウンチがたまってくる。それ を我慢するだけではなくて上手に吐き出して行かないと自分でコントロールできないようにな って爆発したり病気になったりするのだと思う。君たちの非行や犯罪もこの心のウンチとすご く関係していると私は思います。もっと心のウンチを上手に出しておけば非行や犯罪をせずに 済んだ人は多いと思いますよ。ただし、ウンチもトイレという許可された所で出しているよう に心のウンチも許される方法で許される場所や人に対して出すということが大切だと思うよ」 と話します。そして続けて「心のごはんは、自分の話をきいてもらったり、気持ちをわかっても らったり、自分のことを認めてもらったり、かまってもらったり、一緒に遊んでもらったりな どで、心のウンチを吐き出すというのは、愚痴をいったり誰かに相談したり辛い気持ちを聴い てもらったりすることや、カラオケに行ったり身体を動かしたりして好きなことをやるという ことなどがそうだと思います」と説明します。 非行や犯罪に走ったり引きこもったりする子たちは、心のごはんを上手に食べてこなかった 2 り、心のウンチを上手に出せなかったりした子たちだと思います。非行や犯罪は一つのでかい ウンチが吹き出た状態だとも思います。ストレスを溜め込まない生き方と溜まったストレスを 上手に吐き出せる生き方を身につけることが大切かと思います。 ■反省・居場所 いろいろと事件があると、加害者が反省しているかどうかに世間は関心を持ちますが、私は 「反省」は犯罪を抑制することには大して大きな力にはならないと思っています。逆に「反省」 すると一時はその問題行動が出なくなりますが、また新たな心のウンチすなわちストレスを溜 めていくことにもなります。つまり「反省」がまた次の問題行動のエネルギーにもなるというこ とです。深く反省すればするだけ、次の問題行動を起こしたときには激しい問題行動となって いることがあります。そういうことも知っておくことが大切かと思います。問題行動を起こす 人たちの中には、「反省」と「問題行動」を交互に繰り返している人がいます。つまり、「反 省」や「決意」を強く持つということだけでは問題行動は無くなってはいかないのです。それ までの生き方やものの考え方、人間関係の持ち方等を見直し、それらを少しずつ変えて行くこ とが大切かと思います。 私が接した少年の中にこういう子がいました。中学生の時頃に幼児猥褻をした子です。その ことで被害者の家に家族で謝りに行ったのです。そこで被害者の父親から殴る蹴るの暴行を受 けて大変辛い目にあったのですが、その後2、3年してからまた性犯罪をしてしまったのです。 その子が再犯をした直接のきっかけは女の子に振られたことでした。もともと自分に自信が無 かったところに女の子に振られたことで、「もうどうでもいいや」という自暴自棄の気持ちに なってしまったのです。最初の事件の後に、なぜ自分がこのような事件を起こすことになった のかということをみつめることが十分できていなかったのだと思います。そして,自分を大切 にするということができていなかったのだと思います。 人を傷つける人はその前に自分が傷ついている人であり、人を大切に出来ない人はその前に 自分を大切にすることができていない人です。繰り返し申し上げますが、「反省」と「決意」 では何も変わらないと思います。余計に悪くなることの方が多いかもしれません。大切なこと は、それまでの生き方や人間関係の持ち方等を見直し、自分や他の人を大切にした生き方がで きるということだと思います。 他に、交通事犯で何回も捕まった子がいます。何回捕まっても「今度は見つからんやろう。 大丈夫やろう」と軽く考えていたようです。こういう一見、世の中を甘く見ているような犯罪 者が時々いるのですが、こういう人の中には、何かしら重たいものを背負ってしんどい生き方 をしている人がよくいます。きっと重たいものを背負っているから時々それを放り投げたくな るのだと思います。この子はこう言っていました。「家に居場所がなかった。帰っても親父に ガミガミ言われるし、最近では悪いことをするから余計に家にいづらかった。車は動く自分の 部屋のような感じでした」と。人間は、汗をかいたら水が欲しくなるように、甘いものを食べ た後には辛いものがおいしく思えるように身体と同じように心もどこかでバランスを取ろうと するのだと思います。激しい抑圧は激しい爆発でバランスを取ろうとします。非行や犯罪も抑 圧された心のバランスを取ろうとした行動であることも多いと思います。非行や犯罪でバラン スを取らないように日常的にバランスを取った生活をすることが大切なのだと思います。わか りやすく言えば、ガス抜きをすることやガスをためないようにすることだと思います。気持ち をコントロールできなかったことを責めるだけでは、非行や犯罪はなくなっていかないと思い ます。 3 ■我慢・ホンネでつきあえない・自信のなさ 我慢する経験をしておれば我慢する力がつくかというと、決してそうではないところがあり ます。逆に我慢し続ける生活では我慢する力は全然つきません。たとえば、お姉ちゃんのお下 がりばっかりを与えられて着たいものを着せてもらえなかった妹がいたとしましたら、その妹 はお金が入ったら次々に服を買っていく「買い物依存症」になったりします。家が貧しくて欲 しい物を買ってもらえなかった人のなかにはお金が手に入ったら、すぐ使ってしまって貯金が できないという人もいます。つまり、我慢できているということと抑圧されているというとい うこととは全然違うのです。「我慢」はそれが解放されることがあって初めて我慢する力がつ くのだと思います。たとえば、おなかがすいても給食時間までは我慢するということです。そ れに比べて「抑圧」は自分の気持ちを抑えつけた状態ですので、自分をコントロールする力は つかないのです。たとえば、わがままを抑圧している人がときどきとんでもない自分勝手なこ とをしてしまうのがそれだと思います。私たちは、「我慢」なのか「抑圧」なのかをしっかり 見極めることが大切なのだと思います。家が貧乏でお金がなくても、そこに満足感を見つけて 生活できていれば大きくなって買い物依存症にならなくてもすみます。お金がなくても心が満 たされる生活をすることが大切なのだと思います。心が満たされるためには、人と人との暖か いかかわりがあるということは欠かせません。暖かいかかわりとは、一人の人間としてありの ままに認めてもらえて本音で付き合えるかかわりがあることだと私は思っています。 女性に痴漢行為をして捕まった50歳過ぎの男性がいるのですが、小さい頃からテレビで少し でもエッチなシーンがあると、お母さんがプチッとスイッチを切っていたということです。つ まり、母親に性的なことを過度に抑圧されて生きてきたのです。性的なことを抑圧されたため に女の子に過敏に反応し、女の子の前では緊張してしまい少しも話せなかったらしいのです。 国立大学を出て大手のメーカーに就職しても、女の人とうまく話せない。それで激しいバラン スとりの行動に出て、街で女の人に片っ端から声をかけたりもしてみたらしいです。その後、 痴漢行為で一回捕まりました。そしてまた再びやってしまいました。小さいころの抑圧がずっ と後々までその人の行動に影響を与え続けている例だと思います。 愛されたいという気持ちが傷つけられ阻害されることが非行や犯罪に至る人たちに共通して いることだと申し上げましたが、それと同様に共通しているのは、人に自分の気持ちを素直に 伝えられないということです。自分の気持ちを正直に出せないから人と人との関係を十分に楽 しめないのです。それはなぜかと言いますと、自分に自信がないものだから自分を否定される のが恐いということもあります。そのため、人の顔色を見て生活したり過剰に人に合わせたり して生活する習慣がついている人たちがいっぱいいます。 この人たちの自信のなさについてですが、最近私がわかってきたことの一つが交通死亡事故 と加害者の「自信の無さ」とが関係しているということです。たとえば勉強で負けていてスポ ーツでも負けている。自分には何も誇れるものがない。そういう子たちがバイクや車に乗って 無茶な運転をすること他あります。そういう運転をしても事故を起こさなかったという経験を します。そうすると事故を起こす奴は運転が下手なんや、俺はうまいから絶対に事故なんて起 こさないというような自信を持ってしまいます。自信のない人が「これは誰にも負けない」と いうのが出てくると天狗になるというか、過剰に自信をもってしまうんですね。そうやって無 茶な運転を繰り返すうちに大きな事故を起こしてしまうんです。だから、不慮の事故のように 見えても、実際は起こるべくして起こった事故であることが多いと思います。自信のなさが死 亡事故にまで至ることがあると言っていいと思います。 先日、受刑者に対して自信についてこう説明しました。「自信とは優越感じゃないぞ。『あ 4 なたにはこういうことができるじゃないの、自信を持ちなさい』ってよく言われるけど、これ は本当の意味の自信には結びついていかないと思う。自信というのは、自分が優れていようが いまいが、俺は俺でいいと思えること。そして、俺は生きていてもいいと思えることやと思う。 これが一番大きな自信じゃないかと思うよ」と。優越感や何か自分が人より優れているものが あると思うところからくる自信は本当の自信にはならないような気がします。 ■男性に犯罪が多い理由 日本人はすごく自信がないと言われます。それはなぜでしょうか。私は「ありのままの自分 であってはいけない」というメッセージを小さいときから絶えずもらい続けるからだと思いま す。「しつけ」もそうですし「期待」もそうですし「立派じゃないといけない」という刷り込 みもそうだと思います。これらは「ありのままのお前ではだめなんやぞ」というメッセージに なってしまいがちです。たとえば、小学校ではよく「偉人伝」を読まされましたが、あれは「人 の中にはこんなに立派な人がいる。偉人伝に出てくる人は立派だけれども普通の人はだめだ。」 というメッセージにもなると思います。そして、それは「立派でないお前はだめだ」というメ ッセージになるような気がします。もちろん、向上心のようなものを子どもたちにもたらして くれるかもしれませんが、自分への自信をなくさせてしまうような教材になるところもあると 思います。そう考えると、褒め言葉というのも怖いですね。「褒められることをするあなたは OKだけど、そのままのあなたはだめ」というメッセージになることがあるからです。 私も親になって周りのお母さん方が子どもを褒めている言葉を聞いたときにぞっとしたこと があります。私の子どもと同じ3、4歳くらいの男の子が転んで膝から血を流しているのですが、 我慢して泣かないでいたんです。そうするとお母さん方は「強いねえ∼」と言って褒めたので す。私はそれを聞いて男に犯罪が多い理由がよくわかった気がしました。大人は「泣く奴は弱 い奴だ。それは男としてだめだ。男は強くないとだめ」というメッセージを物心がついたとき から常に送り続けているのですね。 犯罪は男性に多いですよね。近畿地区に少年院が八つありますが、そのうち六つが男子だけ の施設で、ひとつが男子と女子、ひとつが女子だけの施設です。犯罪の種類で言えば、たとえ ば傷害、恐喝などは男のほうが似合う気がします。たぶんそれは、男の子に「男は強くなけれ ばならない」という刷り込みがなされた結果ではないかと思います。誰かを懲らしめることで 自分の強さを証明できるからだと思います。医療少年院に、「僕は有名な殺人者になりたかっ た」と言っている子がいました。殺人者は人を殺すという恐いことをやれるから男らしいとい うことです。かっこいいということです。強い一番手は殺人者だということです。「なんやお まえ、弱虫!臆病者!」となじられることからもわかるように、男にとって弱いことは男とし てだけではなくて、人間としてだめなことにもなります。「男は弱いのはだめ。強くないとだ め」という価値観を小さいときから刷り込まれ、プレッシャーを与え続けられて生きているの です。そして、人に勝つことだけが男の生きる道なんです。勝つこと以外に価値観を見つけな い人もいます。そういう生き方一生貫いて死んで行く人もいます。男は可哀想で寂しいんです。 人に勝たないといけないという気持ちが潜在意識にあるものですから、男はコミュニケーショ ンをとるのが苦手なのだと思います。子どもが幼稚園のときに幼稚園の行事に参加したときに も、お母さんがたはペチャクチャようしゃべってはりますが、お父さん方はどのお父さんを見 ても一人でポツンとしていました。相手の職業や年収とかを気にしてなかなか話せないのだと 思います。 5 ■ツヨガリータ・オトナブリータ・カッコツケタリーノ 彼らを理解するための三つの言葉があると私は思っています。その3つとは「ツヨガリータ」 「オトナブリータ」「カッコツケタリーノ」です。「ツヨガリータ」とは「俺は強い。弱虫や へたれなんかじゃない」と強がっている人たちのことです。「オトナブリータ」とは「俺は何 でも1人でできる。人の助けなんかいらない」と頑張っている人たちです。「カッコツケタリ ーノ」とは「見栄を張ってええかっこして生きる」人たちです。この3つの言葉で非行や犯罪 をする人たちのことをかなり説明できると思います。そして、この3つは「自分を認めて欲し い」という気持ちから出ているのだと思います。男の場合、認められることが自分を愛される ことになるようです。強がって大人ぶってかっこつけた生き方は背伸びした無理した生き方に なってしまいます。そういう無理した生き方と犯罪とはセットになっているような気がします。 私が少年院の子と一般の高校生を比較した調査結果にもそれが表れています。 ■非行少年のストレスや寂しさなどに関する調査の結果(資料省略) 各質問項目への評定結果を掲載していますが、上段が少年院の少年、下段が公立高校の男子 生徒の回答です。評定は、「とてもよくあてはまる」「あてはまる」「どちらとも言えない」 「あてはまらない」「まったくあてはまらない」の5段階になっていますが、「とてもよくあ てはまる」と「あてはまる」に評定されたパーセンテージの合計値を、上段(少年院の少年) と下段(公立高校の男子生徒)で比較していきたいと思います。 「親に対して迷惑をかけてはいけないという気持ちが強い」は上段が69%、下段が60%です。 少しだけ少年院が高くなっています。少年院の子らの中には離婚家庭の子がいたりするのです が、そういった子は、お母さんが頑張っている姿を見て、お母さんにわがまま言ってはいけな いと小さい頃から頑張っている子が多いんです。そうやってがんばりきれなくなって非行や犯 罪に走ってしまった子がいっぱいいます。いわば、ためこんでためこんで爆発させたのだと思 います。だから私は彼らにこう言います。「大迷惑をかけないために小迷惑をかけなさい。大 きな世話をかけないために小世話にならなきゃいけない。大きくキレないために小ギレなきゃ いけないのやで」と。 「人に対して迷惑をかけてはいけないという気持ちが強い」は上段が40%、下段が73%です。 これは高校生のほうが高いですね。少年院の子は身内には気を遣うけど、「他人のことは知ら んわ」という子が多いのかもしれません。身内と他人との壁が一般の子達より大きいのかもし れません。 「人に甘えることはなかなかできないほうである」は上段が54%、下段が31%です。これを 見ると何か悲しくなってきます。彼らはなかなか人に頼むことができないんです。先日も受刑 者の一人がトイレに行くときに、手に持っているファイルを預けさせようとして言葉を添えて 私に頼むように指導したのです。私が「先生このファイルを持っていてもらえませんか?」と 言い方の見本を示したのですが、「お願いします」とぎこちなく言うことしかできませんでし た。人に助けを求めるときの言葉がなかなか上手に言えないんですね。人の助けを求められな い生き方はとてもしんどくなります。人に助けを求めておれば防げる犯罪や非行は多いと思い ます。犯罪や非行がなければそれでいいのかというとそうではないと思います。犯罪や非行は ないが精神や心に変調をきたすということがあってもいけないと思います。犯罪とか非行がな く、かつ健康で生きていけるということが大切だと思います。 親からも虐待を受け,預けられた施設でもいじめも受けているのに非行歴がない子がいまし た。その子の受けた心の傷はどうなったのかというと、自分の心の中に傷を背負い込んでしま 6 ってうつ病になっていました。近畿にある少年院には大阪の子が半分以上いるのですが、医療 少年院には大阪の子がすごく少なかったのです。なぜかということを私なりに考えて私が出し た結論は、大阪は犯罪の街だからということです。例えばひったくりの数は日本で一番多いと いうことです。非行や犯罪で発散できるところがあるからなのだと思います。田舎の方が近所 の目があって悪いことができにくくその分気持ちを病んでいくことが多いと思います。 「いやなことがあっても我慢して、人には言わないほうである」は上段55%、下段30%です。 少年院の子の方が我慢しているということだと思います。「自分の気持ちをうまく表現できな いほうである」は上段71%、下段48%です。これも少年院の子の方が高くなっています。 「どちらかというと悪い方に考えてしまうほうである」は上段73%、下段54%です。私が医 療少年院に勤めているときにこんなことがありました。掃除がよくできていたので私が一人の 子をほめたら、その子が血相を変えて怒り出したんです。「今までダメだったっていうことで すか?」と。びっくりしました。これまでの人生でほめられたことがないから、ほめられると いう感覚がわからないということでした。別の子に、「ほめられたらどう思うか?」と尋ねる と、「自分のことをおちょくられていると思います」という答が即座に返ってきたことがあり ます。それまでの人生で自分のことを認めてもらえたという体験が乏しいため、どんなほめ言 葉も「愛されない回路」に結びついてしまうのだと思います。一般の大人の人にも相手のした ことを悪意に受け取るような傾向がある人の方が多いような気がします。例えば、子どもが自 主的によかれと思ってやったことでもよく言いますよね。「勝手なことをするな!」と。子ど もが人の意思を無視してやったみたいに決めつけてしまうのだと思います。「こちらに聞いて からやりなさい」で十分だと思います。 「失敗を恐がる面がある」は上段76%、下段50%です。失敗することにビクビクしてるんで すよね。ミスすることに過剰に反応してしまう面があるんです。どういう体験をするとこうな るのでしょうか。ミスしたときに怒鳴られたり、殴られたりしているからだと思います。ミス をしないように集中力がつけばいいのですが、それよりも「ミスするかもしれないようなこと は最初からやめとこう」と消極的な子にしたり、ミスしたことを素直に認めずミスをごまかそ うというような子にしたりしてしまうことにもなります。 「思いこみが強いほうである。」は上段69%、下段46%です。 「だれかがひそひそ話をし ていると自分の悪口を言われているような気がする」は上段66%、下段39%です。「人に負け るのが嫌いである」は上段82%、下段60%。率が高いですね、これは勝ち負けに対するこだわ りというよりも、負けに対して挫折感を強くもちすぎるのかもしれません。「一人でいること はとても嫌である」は上段65%、下段24%です。これは非行をする子達が「群れ」を作りやす いということなのだと思います。 私が意外だったのは、「兄弟や家族の中で『自分だけが違うのではないか』と思うことが多 かった」の上段50%、下段14%です。非行の子がいたら、まずは兄弟姉妹への思いを聴いてあ げることから話のきっかけを作っていけるかもしれません。「『男は強くなければならない』 とか『女は控えめでなければならない』という気持ちが強い」は上段40%、下段21%です。ま た、「『男は外で働き、女は家庭を守るべきだ』という気持ちが強い」は上段50%、下段21% です。これらだけでもわかりますよね、彼らの力んだ生き方、無理した生き方が。少年たちに 私はこう言います。「マラソンでは全力で走ったら完走できひんやろ。全力がマルだとは限ら へんのやで。どれくらいの力でやったら完走できるかを考えて生きていくんやで」と。なかに はこういう子がいました。1500メートル走をしましたら、最初から短距離走みたいにダッシュ していくんです。もちろん途中でバテてしまい歩き出します。そしてまた勢いよく走り出しま 7 す。これも彼らのどこか力んだ生き方と通ずるところがあるのではないでしょうか。 ■子どものときに身につけてほしいこと(資料省略) まずは、十分に親に甘えることが何よりかなと私は思います。甘えるとはスキンシップや話 を聴いてもらうことです。みなさん、辛いことやくやしいことや悲しいことがあったとき、話 を聴いてもらって元気になったという体験はないですか? また明日頑張ろうという気になり ます。私は「冬のお風呂」に例えるとよくわかると思っています。寒い冬にお風呂で暖まった らその温もりで裸のままでもしばらく持ちこたえられます。それといっしょで、甘えることが できると心が暖まって精神的に持ちこたえる力を与えてくれるのだと思います。植物に例える と十分な栄養が太い幹を作ってくれるように、甘えられるという体験が精神的な図太さを作っ てくれるのだと思います。 それから同じようなことですが、他者から援助をもらって生きる生き方を身に付けて欲しい と思います。私は受刑者にもこう言います。「自立とは一人で立たないことや」と。そして「一 人でずっと立ち続けて行くことはできない。人の力をもらうことができないと必ず行き詰る。 行き詰ったときに全部放り投げる。その結果が犯罪に結びつく。そういう経過をたどっている 人が多い。犯罪に走らなくても目いっぱいの生き方は病気にもなりやすい。時には死に至る病 もある。過労死もそうだと思う」と説明します。 よく「子どもは褒めて育てなさい」と言われることがありますが、褒めることがそのまま人を 良い方に導いてくれるとは限りません。褒めることで褒めていることと反対側のことを否定す るメッセージを送ることにもなるからです。ですから、私自身は子どもを褒めるときには、価 値観にまで高めて褒めないように気をつけています。「賢いねえ」とか「偉いねえ」とか「強 いねえ」等とは言わないようにしています。そう言われ続けたら子どもはどうなるでしょうか。 賢くない人を馬鹿にするようになるでしょうし、「やーい弱虫」と言って弱い子をいじめるよ うになるかもしれません。少年院や刑務所に入る子たちは、ほとんどが弱いことはだめなこと なんだと思っています。そこで私はこう言うんです。「弱さは魅力なんやで」と。「私なんぞ は強い女の人には何の魅力も感じない。か弱くて寂しげで人恋しそうな雰囲気のある人に魅か れる」と。そして続けて「弱さは喜びを連れてくるんや。弱いから、人に助けてもらったとき うれしくなるんや。強かったら嬉しくないやろ?」と。 彼らは偏った価値観を刷り込まれて生きてきています。学校教育も価値観の刷り込みを行っ ていると思います。例えば「勇気」について考えてみたいと思います。「勇気」は時に人を残 酷にします。「勇気」を証明するためには残酷であることが必要なことがあります。例えば、 戦争で勇気があるというのは、人を一杯殺せるということでしょ。自分の命がどうでもよかっ たら、勇気は一杯出てきます。逆に「臆病」なことはだめなことでしょうか。そうでもないと 私は思います。自分の命を本当に大切にしようとしたら人は臆病になると思います。危険なこ とがあって命を守ろうとしたらまずは逃げることが大事なことであることが多いと思います。 私たちが良いと思い込んでいる価値観は、おそらく為政者が政治をするときに都合のいいよう な価値観が多いような気がします。そういう意味で、親や社会の価値観をそのまま鵜呑みにし ないし、させないことが大切だと思います。そういう意味では常識やこれまで信じられてきた ことに囚われないで、自分の頭で考える習慣が必要だと思います。そして、自己表現力を養う ことが大切だと思います。自己表現力を養うことでストレスを溜め込むような生き方をしない で済みますし、溜まったストレスを発散することができるからです。 よく「親の言うことを聞かない」と言う人がいますが、これこそ親の都合のいい見方だと思 8 います。「親の言うことを聞かない」と言うとバツみたいだけど、「自分のことを主張できる」 と言えばマルですよね。「反抗期」という言葉を誰が作ったんでしょうね。「自己主張期」と でも言えばまた違う印象になるでしょう。この「反抗期」という言葉にも私たちはだまされて いるんじゃないかと思います。ストレスの発散の仕方について学ぶことも大切でしょう。私は、 職場で疲れてくると、「もうやめたやめた、仕事やめた」って言うんです。できるだけストレ スをためないように、言葉にしています。一言いうだけでもだいぶ楽になります。 それから、人間関係の持ち方について学ぶことも大事です。たとえば、コミュニケーション 力がないと、結婚生活はもたないでしよう。それで離婚に至る場合もあると思います。コミュ ニケーション力とは何かと言うと、人の甘えを受けとめられるということかと思います。「か まへんで」と許せる人。でも、自分の甘えを受け止めてもらうという体験をしていないと人の 甘えを受け止めることはできません。しっかりしていても、ちょっと人間関係が苦手だという 人がいます。逆に全然しっかりしていないのに、友だち関係はじょうずにやっているとかあり そうですが、それは結構うなずけることかと思います。しっかりしている人は他者にもしっか りすることを求めがちです。逆にしっかりしていない人は他者がしっかりしていないことも気 にならないのかもしれません。 自分を許して受け入れられると、人のことも受け入れられるんですね。その逆もそうだと思 います。人を許せない人は、自分を許せないんですね。浮浪者を襲って懲役10年以上の子がい るのですが、その子が自分のやったことを振り返って「道徳観や正義感が強いことは人を悪魔 にする」と言っています。つまり、人を許せなくなるんですね。この子は人がちょっと嘘をつ いただけでも殴っていたと言っています。その子がこう言っています。「私の母はすばらしい 人です。家事、仕事、子育ての3つを同時にこなしていました。怒っても翌日は笑顔。客商売 なのでいつもニコニコ。やさしさを超えて仏教の慈悲の境地にいるのかと思うくらいいい人で した。そんな母を見ながら、私は人の心の悪い面からすべて目をそらし、誰の心にもあるモヤ モヤとしたものを自覚せずに成長していきました。つまり、心の裏側を抑圧して溜めていたん です。母という道徳観の固まりみたいな人から自然に影響され、私も道徳観が強くなりモヤモ ヤが大きく膨らんでしまいました。憎しみとかも同じです。抑圧すればするほど反動は大きか った。道徳の裏にある抑圧に気づいたのは、一気に爆発したあと、すなわち人の命を奪ったあ とでした。私はいま、心地よい言葉に惑わされないよう、コツコツと罪を償っています」と。 みなさん、子どもにいい価値観をいっぱい刷り込んでみてください。そうすると、その価値観 と全く反対の子を作ることができます。そういう意味では学校教育は誤ったことをしているか もしれません。教室に「みんなに親切にしましょう」「いじめをなくしましょう」と理想をか かげるということは、そうじゃない子を「許さないようにしましょう」と言っていることにも なります。理想を掲げれば掲げるほど、人を責め人を傷つける人になるかもしれません。 自分に自信がもてるようになることが大切だと言いましたが、そのための最も有効な方法は、 子どもに「ありのままのあなたでいいよ」というメッセージを伝えることだと思います。その メッセージを伝える人が、ありのままの自分でいいと思っていないで、言葉だけで伝えても伝 わりません。そういう意味では、大人である私たちが自分自身のことをいかに受け入れていく かということは私たちの課題でもあるかと思います。 ■子育てで私が大切にしていること(資料省略) まず、応答することですね。「ただいま」と言ったら必ず「おかえり」と返すようにしてい ます。人は自分にされたことを人にしていきます。人にしてほしいことはその子にしていけば 9 いい。応答された子どもは人に応答できるようになります。応答できないと人といい関係が作 れません。それから「ありがとう」の言葉です。親子であっても当たり前にならないように、 相手にしてもらったことには「ありがとう」を言うようにしています。「人にはやさしくしな さい」と教えられるからやさしくなるわけではないんですね。 しつけは子どもを歪めてしまうことになることが多いので、気をつけなければいけないと思 っています。しつけはよい習慣を身につけさせるぐらいの気持ちでいいと私は思っています。 それから、子どもが自分自身のことを大切にできるように、素直に甘えられるように、その ために子どもにプレッシャーを与えすぎないようにしています。楽な気持ちになると何かやり たいと思うようになります。逆にガミガミ言われると嫌になります。勉強なんかそうですよね。 余分なストレスを除いて素直な気持ちを引き出していくと、学習意欲が出てくるんです。スト レスが少なくなれば、その分のエネルギーが出てくるんだと思います。 私の息子が家のアイスクリームをこっそりと食べて、「食べたのはおらじゃない」と言い張 ったことがありました。そのとき「嘘をつくな」と厳しく責めるという方法も思いつきました が、そこでガツンとやったらたぶん自己嫌悪して自分を責めてしまったり、親に心を開かない 子になったりするのじゃないかと思ったのです。結局、私は何も言いませんでした。息子を変 えるより親である私が変わらないといけないと思ったからです。息子に本当の気持ちを出させ ないようしていたのだなと気付き、できるだけ子どもの声に耳を傾けるようにしていきました。 そして、息子の言うことを否定しないように気をつけました。がみがみ言わないということも 子どもが育つためには大切なことのように思います。 夫婦の関係をよくすることも大切にしています。いい関係を作る第一歩は妻のしてくれるこ とを「当たり前」にしないことだと思っています。日本人は甘えるのが下手な分、自分のため にしてほしいことを「あたりまえ」という言葉や「常識」という言葉にすり替えるんですね。 俺が働いてるんだから、帰ったら風呂が沸かしてあるのがあたりまえ。ご飯ができていてあた りまえ。だから、「ありがとう」と言わない。「ありがとう」を言わないから妻もだんだん義 務感でしかしなくなる。そうやってお互いの関係が冷え切って行くということになるのではな いでしょうか。感謝の気持ちを持つためには「当たり前」のレベルをできるだけ低くすること かと思います。 「自分の弱音と人の弱音を認めよう」、「親もストレスを溜めず無理のない生き方をしよう」、 「子どものためだけの人生にならないよう親も生き甲斐をもとう」ということも大切にしてい ます。 それから、「人の立場に立ってものごとを考えよう」というのはいいことのように思えます が、いつも人の立場だけに立って自分の意見を言えなくなっては困りますね。わがままはやめ ようというのも、わがままも枠を越えてしまえばいけないでしょうが、わがままを全く出せな くても困ります。受刑者にこう話します。「彼女とデートに行って、彼女に『何食べたい?』 と尋ねたら『何でも』、『どこに行きたい?』と聞いても『どこでも』。そんなんでは面白く ないやろ。わがままは必要なんやで。わがままがないのは面白みがないよなあ」と。いろんな 角度から価値観を見直すことが大切だと私は思います。 最後に、今日は学校の先生方も多く来てくださっているとお聞きしていますが、保護者の方 で学校側を責めて相手の言い分に耳を貸さないと思える人がいると思いますが、相手を責める 傾向のある人は自分をよく責めているように思います。自分を責めるから、人を責めることで 自分を少しでも楽にしたいんです。そして、不満を言う人はその不満の反対側には自分をわか ってほしいとか、自分を愛してほしいという気持ちがあります。そういう人への対処の仕方と 10 しては、まずは話に耳を傾け不満をしっかり吐き出させることが一番有効かと思います。 本日は熱心にお聴きいただきましてありがとうございました。ご清聴ありがとうございまし た。 質疑応答 Q.それなりに決意をもって少年院を退院していくと思うのですが、再犯でまた少年院に帰っ てくる率は高いのでしょうか。 A.2割から3割ぐらいだと聞いています。再犯で戻ってきた子を見ると、あまり変わってない 子もいます。少年院はたいがい1年以内です。そうすると、その間「できるだけがまんして生 活する」ということになることが多いように思います。再犯を少なくするためには、子どもの 心の中の寂しさやストレスを抱えた生き方等に踏み込んで指導することが必要なのではないか と私は思っています。 Q.警察の駐在所で最初に取り扱う(出会う)時の一言目は、必ずと言っていいほど嘘である のは、なぜなのでしょうか。本人は嘘とは思っていないのでしょうか。 A.彼らは咄嗟にごまかすという回路ができてしまっている子が多いように思います。怒られ るのが恐いから嘘を言う場合もあるように思います。また、自分のことを上手に言えず、思い ついたことを言うということもあるように思います。いずれにしても、自分ことをわかってほ しいという気持ちは持っていますので、じっくりと聞いてやってほしいと思います。少年のな かには、話を聴いてくれた警察官のことをすごく慕っている子もいます。少年の過去のつらか ったこと、弱い面等をわかっていただくことで、本当のことを話せるようになるのだと思いま す。 Q.しつけの影響が大きくて犯罪を起こすようになった少年に対して、その影響から自由にな ったり、少年自身が自信をもてるようになっていくために必要なこと、大事なことはどういう ことでしょうか。 A.しつけられた内容の事実を知るということですね。そこから自分がどういう影響を受けた かを考えることが大切です。そして、修正できることを淡々と修正していきながら、「愛され たい」という気持ちに素直になって生きられるようにすることが大切かと思います。彼らが自 信を持てるためには、本音で話し、その話したことを相手から否定されないということがとて も重要だと思います。 Q.反省と決意だけでは再犯は防げないと言われましたが、再犯を防ぐための生徒指導のコツ を教えてください。 A.私が大切にしていることは、その子の今までの生き方を見つめさせるということです。生 まれたときは赤ちゃんで真っ白ですから、そのあとに自分はどうなってきたかを辿らせること を大切にしています。そして、その子の「愛されたい」という気持ちを開かせることです。そ れから、反省文より効果のあることとして、たとえばその子がいじめっ子だったとしたら、い じめた側としての言い分、理由を思いっきり書かせるんです。ホンネを出させるわけです。そ うすると書きながら、自分の書いたものを見ながら、もしかしたらこうだったかもしれないと いう異なる視点に気づいたりすることがあります。またその書いたものをいじめられた子が読 11 んだらどう思うと思うかも尋ねたりします。この方法はロールレタリングという手法でもあり ます。 Q.犯罪への道を歩む人には、発達障害を持つ人がかなりの割合でいると聞きます。保育園や 幼稚園、小学校の段階でその障害を発見し、それに応じた子育て、保育、教育をしていくこと が大切だと思いますが、どうでしょうか。また、発達検査等を早期に行い、その結果に応じた 子育て、教育がなされていたなら、このような犯罪が起こらなかったかもしれないという事例 がありましたら、教えてください。 A.よくない行動をして叱られることばかりを繰り返されてきた子どもたちがいます。そうい う子どもたちは自分を抑えつけながら生活しています。子どもの発達は子どもらしさに徹して 生きることで促進されると私は思います。そして、人とかかわって、応答してもらって、甘え を受け入れてもらって進んで行くのだと思います。行動をどう教えるとかではなくて、気持ち を満たしてあげるていねいな対応が大事だと思います。それによって発達していくのだと思い ます。また、その子の中のストレスになっている状態をクリアーにしていく作業をする中で能 力が伸びて行くという実感があります。もやもやとした頭をすっきりさせ、自分の気持ちを表 現できるようになれば子供の能力は伸びます。無理に大人の行動をさせると、大人になれませ ん。子どもの面が心に残ってしまうからです。アダルトチャイルドは小さいときに大人をやら された人です。ジコチュウといわれる人は、実は小さいときはすごく大人を頑張った人なのだ と思います。 Q.子どもを一生懸命育てているのに子どもが罪を犯すというお話が冒頭にありましたが、そ の努力が間違っているというのは、「性的なものを過度に遠ざける」「過度に道徳的」あるい は「男らしさなどの価値観の押しつけ」といったことでしょうか。その他にもあればお教えく ださい。 A.しつけはいい習慣を作ってくれることがありますので、しつけを全て否定はできないと思 いますが、抑圧になることが多々あります。「してはいけない」と言われればしたくなるので す。正しいことを教えれば教えるほど不正をしたくなるのです。私が自分の子育てでも大切に していることは、「子どもらしく生きられれば自然と大人になる」ということです。そして「人 は自分にされたことを人にして行く」ということを信じて自分の子へも収容されている子たち にも接しています。 Q.幼稚園で一人の園児が蟻をいじめていたらしく、他の園児(男児)が「蟻も命があるんや から、いじめたらアカン!」と大声で怒鳴っていました。私はそのとき、その子にすごく感心 したのですが、今日のお話をうかがって、その子は本当は自分も蟻をさわってみたいという気 持ちを強く抑えているのではないかと感じました。子どもの頃のしつけで「命の大切さ」を教 えることは、価値観の押しつけになるのでしょうか。 A.一つの見方だけじゃなくて、違う側面での見方も示していただいたようで、嬉しく思いま す。その男の子は、「命は大切にしなさい」と言われてそういう行動をしたのかなと思います。 私は、命の大切さは教えられてわかるものではないと思っています。原点は自分の命の大切さ を実感することです。自分の大切さを実感するためには自分が大切にされるという体験を持つ ことです。自分の話を聴いてもらったり自分を認めてもらったり、自分のために時間を使って もらったりすることです。また、自分を大切にするとは、自分の身体、自分の気持ち、自分の 12 時間、自分のお金、自分の持ち物等を大切にすることかと思います。よく「お前、暇やろ?」 と言って相手を誘う子がいます。そういう子は自分が暇だから相手も暇だと思うのです。それ といっしょで、自分の命の大切さが実感できないと他人の命の大切さも実感できないんです。 Q.竹下先生ご自身、現在に至るまで、またこれから、どのような思いをもってお仕事をされ るのか、お教えください。 A.その子が身に付けてきているもので余計なものは取っていって、本来のその子の姿に帰し てやるということかと思います。そして、彼らにとっての人生が開けて行くための出会いの1 人になりたいということです。彼らはよく「今まで自分の話を聴いてもらったことがありませ ん」とか「甘えた記憶がありません」とかいうことを簡単に言い切ります。今まで「ゼロ」で あったものが「1」になったらすごいことでしょう。その「1」になれればと思って仕事をして います。そしたら、その少年がまた誰かの「1」になるかもしれない。そうやっていい伝染を していけばすごいことかと思います。少年との間でも、今日のみなさんとの間ででも、ひょっ としたら初めの「1」になるかもしれないと思って人とかかわります。 Q.子どもを叱るとき、ほめるときの区別はどうすればいいのですか。子どもに自信をつけさ せるにはどうすればいいのですか。 A.むずかしいですよね。あまりほめたり叱ったりしないほうがいいのかなと、最近は思って います。褒めるときは価値観に高めて褒めないことには気をつけています。「立派だなあ」と か「賢いなあ」の言葉を使って褒めることはしません。それは「立派じゃないこと」や「賢く ないこと」がだめだというメッセージを送ることにもなるからです。「やったね」ぐらいで済 ませます。叱るときは、人間として否定されたり拒否されたりしたというように受け取らせな いようにすることが大切かと思います。叱ってもほめても、相手がどのように受け取るかにつ いては気をつけて、できるだけ確認するようにしています。ほめても叱っても「愛されない回 路」に直結する子がいるわけですからね。自信については、必要とされている自分、愛されて いる自分、この2つの実感が必要だと思っています。 Q.愛着障害から問題行動を示している子と関係をつけるかかわりを行っていると、反抗的に 相手を試すような行動を向けてくることがありますが、どのような対応が最善でしょうか。ま た、集団のなかでの対応が必要なときに留意すべきことは何か、教えてください。 A.少年院でも、職員の前でバタッと倒れる子がいます。そういう屈折した表現をするという か、ストレートに「愛してほしい」というメッセージを出せない子がいます。そういう場合に はそれを否定せず、少しずつストレートに出せるように持っていくことを個別の関係のなかで やります。そうしないと、ゲームになってしまいますよね。ゲームになるともう大変です。集 団のなかでは、そういう屈折した表現に対してみんなで無視するような対応をとるところもあ ります。バタッと倒れても誰も反応してくれなかったら、その行為は通用しないことになりま すからね。でも私は、無視するという方法は危険を含んでいるように思います。「愛してほし い」というメッセージを出せなくなり、心を閉ざしてしまう可能性があるからです。やはり、 個別の関係に持っていくことが大切かと思います。集団のなかでの問題行動を無視しても、誰 か1人はどこかでちゃんと受け止めてやらないといけないと思います。「先生、変わるのでは なくて元に戻ることが大切なんですよ」と教えてくれた子もいます。その子の本当の素直な姿 に帰してあげることが大切だと思います。 13 Q.子どもが自己表現をできるようにするには、どうすればいいですか。子どもと仲良くなる にはどうしたらいいですか。「悪いことをするな」「良いことをしなさい」などは言わないほ うがいいと言われましたが、小学校ではどのようなことを教えればいいですか。竹下先生の描 かれる理想の人物像は、一般的に描かれるそれとは異なるような気がしますが、どうすれば先 生の思われるような「いい人」に成長していきますか。 A.自己表現とは本当は自然に出てくるものだと思います。自己表現すると何かしら相手から の反応があります。その反応で傷つけられることが多いと自己表現することをあきらめてしま ったり自分の殻の中に閉じこもったりしてしまうのだと思います。心に傷を受けるから自己表 現しなくなるのだと思います。自己表現した子どもの心を傷つけないような配慮が必要なのだ と思います。 子どもと仲良くなるためには、こちらもチャイルドの面を上手に出しながら子どものチャイ ルドの面を解放し否定しないということが最も有効ではないかと思います。 私は理想の人物像というのはあまり考えたことはありませんが、強いて言うならば、「人を 受け入れることができ、人の気持ちを解放してやれる人」かもしれません。「愛情力」のよう なものを持っている人でしょうか。気持ちよく生きて行くためには、人間関係に喜びを見出し て生きていくということは不可欠な要素だと思います。そのためにも「愛情力」のようなもの が必要だと思います。「愛情力」とは人を愛せる力でしょうか。この「愛情力」は、自らが愛 情をもらうという体験をしないとこの力はつきません。子ども時代には人に十分甘えて、自分 を受け入れてもらうという体験や自分の話に真剣に耳を傾けてもらうという体験を重ねること が「愛情力」を育ててくれるのだと思います。 Q.私は、嘘は子どもの成長にとても大切なものではないかと考えており、大人が子どもの嘘 を叱責すると子どもの世界を育むプロセスを妨げてしまうのではないかと思います。先生は子 どもにとっての嘘の意味をどのようにお考えでしょうか。 A.「本当のことを言ったら相手を傷つけてしまう」ということがわかるから嘘をつくのでは ないでしょうか。だから、嘘をつくのは人間として成長してきている証拠なのだと思います。 Q.痴漢行為に走る立派な大人の人は、どんなふうに考えているんでしようか。事件を知って びっくりすることがあるので。 A.痴漢行為ができるために必要な要素がいくつかあると思います。まず1つに「女性を1人の 人間として大切にする気持ちが育っていない」ということです。次に「ストレスフルな生活を していて、一杯いっぱいの状態になっている」ということです。3つ目に「ばれないだろう」 という自信。4つ目に「痴漢をすると相手の女性が喜ぶだろうという思い込み」などでしょう か。 こういう人の中には、小さいときに女の子と仲良くできなかったという人や、大人になって も女性と対等に付き合える自信がないというようなコミュニケーション障害を抱えている人も います。 Q.高校に入学してすぐに停学になり、そのまま学校をやめました。でもとくに仕事に就くこ ともなく、19歳になってしまいました。もう一度、夜間高校へ行かせたいのですが、自分の子 どもでもないので積極的には言い出せません。これからの生き方についてとても心配ですが、 その子どもの気持ちを優先させるべきか、かかわりをもって高校へ行くことを薦めたらよいか、 14 とても悩んでいます。 A.子どものことをこうやって真剣に考えてくれる大人の存在は欠かせないと思います。どの 子にもこういう大人が一人はいて欲しいと思います。ただし、助言よりもまず、彼が高校生活 を続けられないという苦しみや辛さに耳を傾けることから始めてほしいと思います。自分の話 を聴いてもらえないうちに助言をされても「俺のことをわかってくれない」という気持ちを持 ってしまい、人の助言を聞き入れることはできません。この子自身、「高校は行っておいたほ うがいい」くらいは思っていると思います。「わかっているのにできない」ところに正論を言 われると反発したくもなります。こういう子たちに共通していることの一つが、人間関係づく りが苦手だということです。また、自分の理想が高すぎるために挫折感を感じやすいという面 を持っていることもあります。要するに、その子の話にしっかり耳を傾けてその子を理解する ことやその子自身が気持ちを整理する手助けをしてあげることから始めたらいいと思います。 指導助言は一番最後でいいと思います。 Q.最近は「強い枠組み」が必要とよく言われますが、どう思われますか。 A.おそらく「強い枠組み」という発想は、「人間は自由にさせておけば何をするかわからな い。だから、強い規制をしないといけない」という考え方から来ているのだと思います。確か に「強い枠組み」で人の行動を一時は規制することができると思いますが、全ての人をずっと 規制し続けることはできないと思います。なぜなら、人は「愛されたい」という本能を持って 生まれてくるからです。本能を無視し抑圧して生き続けることはできません。つまり、「強い 枠組み」で規制すればするほど抑圧が強くなり、その抑圧が爆発して逆に大きな問題行動を引 き起こす可能性は高くなると思います。もし「強い枠組み」で完全に規制されれば病気になっ たり早死にしたりすると思います。 (了) 15
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