ニマイガワキンおよびシトネタケの子のう胞子と分生子の発芽,生存 に

九州森林研究 No.
59 2006.
3
論 文
ニマイガワキンおよびシトネタケの子のう胞子と分生子の発芽,生存
に及ぼす温度および湿度の影響*1
角田光利*2
角田光利:ニマイガワキンおよびシトネタケの子のう胞子と分生子の発芽,生存に及ぼす温度および湿度の影響 九州森林研究 5
9:
107−110,2006 子のう胞子の発芽率および発芽菌糸伸長速度はニマイガワキンの場合30℃で最も高く,シトネタケの場合25℃で最も高
かった。両菌とも10℃以上で発芽および伸長し,相対湿度95%以上で発芽した。ニマイガワキンの子のう胞子は乾燥によって発芽率が急
激に低下した。両菌の子のう胞子とも5∼3
5℃では低い温度ほど生存期間が長いが,
5℃においてニマイガワキンは9か月で発芽能力を
失ったのに対し,シトネタケは10か月でも発芽能力を有した。ニマイガワキンの分生子は発芽はするが,菌糸伸長は認められなかった。
キーワード:ニマイガワキン,シトネタケ,子のう胞子,分生子
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.材料および方法
ニマイガワキンおよびシトネタケは梅雨時期にシイタケほだ木
子のう胞子懸濁液の調製:ほだ木からニマイガワキンまたはシ
に子座を形成し,外樹皮剥離を引き起こす害菌である(1,2,5)。
トネタケの良く成熟した子座部分を,約5 mm 角の大きさに切り
両菌の子座は梅雨時期頃から形成され,7∼8月に子座内の子の
出し,カッターナイフで樹皮の組織を除いた。子座片の表面のゴ
う胞子は成熟する。子のう胞子は主な感染源と考えられ,秋∼翌
ミを,レンズ用のブロワーで吹き飛ばすか,または,表面を素寒
年の春まで,降雨時に放出される(7,9)。ニマイガワキンの子
天面に押し付けて取り除いた。2%素寒天を9 cm シャーレに15
のう胞子のほだ木への接種試験によって,子のう胞子のほだ木へ
∼2
0ml 分注して平板とし,この平板に1シャーレ当たり約30個
の侵入は春以前と推察され,生立木時の潜在感染も考えられた
の子座片を表面を上にして,子座片の厚さの半分∼子座片の表面
(8)
。シトネタケの子のう胞子の接種試験では明確な接種効果が
まで埋め込んだ。上蓋をかぶせ,シャーレを逆にして,子座表面
認められなかった(未発表)。両菌ともほだ木に侵入・定着する
が下方に向くようにし,2
0∼25℃の条件で約1
6時間静置し,子の
ためには,子のう胞子は,子座から放出された後,ほだ木に到達
う胞子を上蓋内に放出落下させた。直ちに滅菌蒸留水を加え,滅
するまで生存し,発芽してほだ木の材内で伸長する必要がある。
菌した毛筆でシャーレの底面を擦って,子のう胞子を懸濁させ,
両菌の子のう胞子の温度と発芽率および菌糸の温度と伸長速度と
1
06∼107個/ ml の子のう胞子懸濁液を調製した。
の関係については大平らによって報告されているが(3,4,6)
,
培地の調製:常法によりジャガイモ蔗糖寒天培地(PSA 培地)
子のう胞子の発芽直後の菌糸伸長および生存に及ぼす温度および
を調製し,
9cm シャーレに1
5∼20ml 分注し,平板とした。
発芽に及ぼす湿度の影響は調べられていない。そこで本研究では
温度と発芽率:シャーレの裏面に垂直に交わる2本の直線を引
両菌の子のう胞子の温度と発芽率,発芽直後の菌糸伸長速度およ
いて,平板を扇状に4等分し,それぞれに子のう胞子懸濁液の原
び生存期間との関係,湿度と発芽率との関係について検討した。
液と1
0,
1
0
0および1
0
00倍の希釈液を,滅菌した毛筆で塗布した。
さらにニマイガワキンについては乾燥と発芽率との関係について
5℃間隔に設定した5∼3
5℃の恒温器内に,このシャーレを静置
調べた。
し,
1日ごとに検鏡し,発芽の有無を観察し,発芽率を計測した。
両菌とも分生子をほだ木上で形成し,大平によればシトネタケ
子のう胞子が膨潤し,長径が元の長さの1.
5倍以上のものを発芽
の分生子はほとんど発芽しないと報告している(4)
。ニマイガ
とした。
ワキンの分生子は子座形成過程で未熟な子座表面上に多量に形成
温度と発芽菌糸の伸長速度:上記と同様の方法で培養し,子の
され,梅雨時期,子座形成に伴う樹皮の剥離後に雨水によってほ
う胞子を発芽させ,伸長した菌糸を写真撮影し,拡大したプリン
とんど流下される。しかし,分生子の役割については不明で,そ
ト上の菌糸の長さを,デジタイザーを用いて測定した。各子のう
の発芽と伸長について検討した。
胞子毎に枝分かれした菌糸の総延長を菌糸長とした。
湿度と発芽率:クリーンベンチ内で,滅菌したカバーグラスを,
*1
Tsunoda,M:Effect of temperature and humidity on germination and survival of ascospores and conidia of Graphostroma platystoma
and Diatrype stigma
*2
森林総合研究所九州支所 Kyushu Res. Center, For. Forest Prod. Res. Inst., Kumamoto 8
6
0-08
62
107
Kyushu J. For. Res. No. 59 2006. 3
溶解した PSA 培地に浸漬し,取り出して余分な培地を切り,
シトネタケの子のう胞子は1日間培養後,2
0∼30℃で96%以上発
6
0℃に保ったホットプレート上に置き,水分を蒸発させ,PSA 培
芽し,1
0℃以上では3日以内に73%以上発芽した。5℃では6日
地のフィルムを作った。子のう胞子の懸濁液を,滅菌した毛筆で,
後に4
7%発芽し,発芽に長期間を要した(図−2)
。
カバーグラス上のフィルム面に塗布し,クリーンベンチ内でよく
乾燥させた。
9 cm シャーレの上蓋内に,滅菌したカバーグラスを重ならな
いように密に並べ,そこに,上記の子のう胞子懸濁液の調製と同
様にして,素寒天に子座片を埋め込んだ平板を,下方に向くよう
にして挿入し,子のう胞子をカバーグラス面に放出落下させた。
異 な る 湿 度 条 件 を 設 定 す る た め に,硫 酸 ア ン モ ニ ウ ム
[(NH4)
,硫酸亜鉛[ZnSO4・7 H2O]
,リン酸水素二ナトリ
2SO4]
ウム[Na2HPO4・1
2H2O]
,硫酸カルシウム[CaSO4・5 H2O]の
飽 和 水 溶 液 を200ml 調 製 し た。こ れ ら の 飽 和 水 溶 液 お よ び 水
図−1.ニマイガワキン子のう胞子の温度と発芽率との関係
200ml を,それぞれ密閉容器[ポリプロピレン製,200(長さ)
×1
40(幅)×65(高さ)mm,底より2
0mm の部分に金網を設
置]に注ぎ,20℃の恒温器に静置した。それぞれの容器内の相対
湿度は8
1,9
0,95,9
8および100%とした(10)。PSA 培地フィル
ム付着カバーグラスおよび直接胞子を落下させたカバーグラスを
それぞれの密閉容器に3枚づつ入れ,1日ごとに取り出して検鏡
し,発芽率を測定した。
ニマイガワキン子のう胞子の乾燥と発芽率:子のう胞子の支持
体としてカバーグラスと硫酸紙を使用し,上記の試験と同様の方
法で,カバーグラス面へニマイガワキンの子のう胞子を放出落下
図−2.シトネタケ子のう胞子の温度と発芽率との関係
させ,クリーンベンチ上で風乾した。また,硫酸紙をシャーレの
内径に合うように円形に切り抜いて上蓋内に置き,子のう胞子を
温度と発芽菌糸の伸長速度:ニマイガワキンの発芽菌糸の伸長
落下させた。3
0分間,
1時間,3時間および7時間風乾後に,カ
速度は3
0℃で最も速かった。3
5℃では発芽率は高いが,伸長速度
バーグラスを2片ずつあるいはカバーグラス2片分の硫酸紙を切
は遅かった(図−3)
。発芽菌糸は,
5℃ではほとんど伸長せず,
り取り,滅菌蒸留水に浸漬し,子のう胞子の懸濁液を作った。こ
菌糸が伸長するには,1
0℃以上が必要であることが明らかとなっ
の懸濁液を PSA 培地に塗布し,2
5℃で培養し,1日後に子のう胞
た。シトネタケの発芽菌糸の伸長速度は2
5℃で最も速かった(図
子の発芽率を測定した。
−4)
。30℃では発芽率は高いが,伸長速度は遅かった。発芽菌
各温度条件における保存期間と発芽率:ニマイガワキンの場合,
上記試験と同様の方法で,カバーグラス面へ直接,子のう胞子を
放出落下させた。シトネタケの場合,子のう胞子懸濁液をカバー
グラスに2,
3滴滴下し,クリーンベンチ上で,水分を蒸発させ
た。これらのカバーグラスを9 cm シャーレに入れ,5℃の間隔
に設定した5∼35℃の恒温器に静置した。5,10℃では結露防止
のために,シャーレをシリカゲルの入ったポリエチレン製の袋に
いれた。1か月毎にカバーグラスを2枚ずつ回収し,滅菌蒸留水
に子のう胞子を懸濁させた。この子のう胞子懸濁液を PSA 培地
に塗布し,2
5℃で培養し,1日後発芽率を測定した。
分生子の発芽:ニマイガワキンの子座上の分生子を直接滅菌し
図−3.ニマイガワキン子のう胞子の温度と発芽菌糸長
との関係
た毛筆に付着させ,PSA 培地上に塗布した。
3,6日後に細菌の成
長の見られない部分において分生子の発芽を検鏡した。また発芽
している部分を培地ごと切り取り,PSA 斜面培地へ移植した。
Ⅲ.結果および考察
温度と発芽率:ニマイガワキンの子のう胞子は1日間培養後,
2
0∼3
5℃で80%以上発芽し,25∼3
5℃では95%以上発芽し,3
0℃
で発芽率が最も高かった。10℃以上では3日間以内に80%以上発
芽した。5℃では7日後63%で,発芽に長期間を要した(図−1)。
108
図−4.シトネタケ子のう胞子の温度と発芽菌糸長との関係
九州森林研究 No.
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3
糸は5℃ではほとんど伸長せず,伸長するには10℃以上が必要で
あった。熊本市においては,気温が10℃以上となる3月中旬以降
に,子のう胞子が発芽し,菌糸が伸長すると考えられる。この時
期以降,気温の上昇とともに,子のう胞子の発芽率が上昇し,ま
た菌糸の伸長速度も上がり,ほだ木に侵入しやすくなると推察さ
れる。
湿度と発芽率:ニマイガワキンおよびシトネタケとも PSA 培
地フィルム上では,相対湿度が95%以上で,子のう胞子の発芽お
よび若干の菌糸伸長も認められた(表−1)。フィルム自体が膨
潤化していることから,これはフィルムの吸湿作用によると考え
られた。カバーグラス上では,相対湿度が1
0
0%で,胞子が塊状
図−6.ニマイガワキン子のう胞子の各温度条件にお
ける保存期間と発芽率との関係
となった部分にのみ,胞子の発芽が認められた。しかし,菌糸の
伸長はほとんど認められなかった。
表−1.湿度と子のう胞子の発芽率(%)
ニマイガワキン
シトネタケ
PSA フィルム
カバーグラス
PSA フィルム
カバーグラス
湿度(%) 2日後 3日後
2日後 3日後
2日後 3日後
2日後 3日後
10
0
6
9
0
*
21
1
8
*
*
98
1
6
2
6
0
0
−
−
0
0 95
8
9
0
0
23
20
0
0 9
0
0
0
0
0
0
0
0
0 8
1
0
0
0
0
0
0
0
0 *:集合部分のみわずかに発芽
図−7.シトネタケ子のう胞子の各温度条件における
保存期間と発芽率との関係
乾燥と発芽率:ニマイガワキンにおいて,カバーグラス上の子
2
5℃以上では6か月以内に発芽能力を失った(図−7)。15℃お
のう胞子の発芽率は,落下直後では91%であったが,風乾時間が
よび20℃では10か月以内に発芽能力を失ったが,5℃および10℃
3
0分間では33%で,7時間後には19%に減少した(図−5)。硫酸
では1
0か月後でも3
0%以上の発芽率が認められた。従って,両菌
紙上では発芽率の減少は緩慢であったが,7時間後には52%に減
とも秋に放出された子のう胞子は,シイタケ原木の作業の行われ
少した。別途行った実験によると,子のう胞子懸濁液をカバーグ
る秋期から翌年の春期まで,ほだ木内で生存可能と考えられる。
ラスに滴下して乾燥させると,子のう胞子はほとんど発芽しな
分生子の発芽:ニマイガワキンの分生子は2
0∼35℃で発芽した
かった。直接カバーグラスに落下させた場合,子のう胞子は子の
が(図−8)
,菌糸伸長は認められなかった。子のう胞子が発芽
う内の液汁とともに放出され,この液汁が子のう胞子を急激な乾
し,菌糸伸長が認められる PSA 培地で伸長出来ないことから,
燥から保護するものと考えられる。従って,ニマイガワキンの子
分生子はそれ自体としては分散に関与しないと考えられる。
のう胞子は乾燥によって発芽率が低下することが明らかとなり,
胞子懸濁液調整時には子のう胞子を放出落下させた後,シャーレ
の上蓋内に直ちに水を注入する必要がある。
図−5.ニマイガワキン子のう胞子の風乾時間と発芽率
との関係
各温度条件における保存期間と発芽率:ニマイガワキンの子の
図−8.発芽したニマイガワキン分生子
スケール:1
0μ m
う胞子は,2
5℃以上では2か月以内に発芽能力を失った(図−
6)。2
0℃以下では温度に反比例して生存期間が長くなり,15℃
以下では4か月間以上生存した。5℃では最大7か月間生存し,9
か月後には完全に発芽能力を失った。シトネタケの子のう胞子は
109
Kyushu J. For. Res. No. 59 2006. 3
Ⅳ.終わりに
引用文献
ニマイガワキンの子のう胞子は乾燥によって,発芽率が低下し,
( 1)Abe, Y. (1
9
8
6) Bull. For. & For. Prod. Res. Inst. 3
3
9: 1−21.
特に水に懸濁した後,乾燥するとほとんど発芽しないことがわ
( 2)古川久彦・野淵 輝(19
86) 栽培きのこ害菌・害虫ハン
かった。接種試験でも侵入門戸として,樹皮から辺材部に達する
傷が必要であることが明らかとなり(8)
,ほだ木への侵入には
ドブック.p1
6−2
5 全国林業改良普及協会,東京.
( 3)大平郁男(1
9
7
4)日植病報 4
0:18
6.
乾燥しにくい環境が必要と考えられる。一方,シトネタケの子の
( 4)大平郁男(1
9
7
4)菌蕈研報 1
1:42−4
9.
う胞子は水に懸濁した後,乾燥しても半数以上は発芽する能力が
( 5)大平郁男ほか(1
9
79)日植病報 4
5:545.
あり,環境耐性が強いと考えられる。また、同一温度ではシトネ
( 6)大平郁男ほか(1
9
75)
菌蕈 2
1:16−2
2.
タケはニマイガワキンより発芽菌糸伸長は速かった。しかし,ほ
( 7)角田光利(1
98
8)日林九支研論 4
1:24
9−2
50.
だ木への子のう胞子の接種試験では明確な接種効果が認められな
( 8)角田光利ほか
(1
99
9)日本応用きのこ学会誌 7:1
8
1−188.
かった。大平(4)によれば,シトネタケとシイタケを対峙培養
( 9)Tsunoda, M.(200
4)Mycoscience 4
5:2
2
7−2
30.
した場合,シトネタケは劣勢となると報告している。しかし,春
(10)Waller, J. M.(20
02)Plant pathologist’s pocketbook 3rd
から梅雨時期まではシイタケは種駒を中心として楕円または紡錘
状に徐々に伸長し,シトネタケが単独で伸長できる材の部分は充
分に存在する。実際,伏せ込み地のほだ木にシトネタケの子座が
形成されているのが良く認められる。従って,子のう胞子接種試
験による接種効果が認められないことは,シトネタケの子座形成
能力の不安定さに帰すると推察される。
110
ed.. pp.44
6−4
53. CABI publishing, Oxon.
(20
05年11月4日 受付;2
0
05年12月22日 受理)