第2回 なぜ、あの人には伝わらないのか? 伝えたいことが伝わらない

第2回 なぜ、あの人には伝わらないのか?
■伝えたいことが伝わらない時代
前回、時代の変化として「縦の関係」から「横の関係」へとシフトしたとお伝えしまし
た。横の関係になったことで、業種や組織の規模に関係なく、多発している問題がありま
す。
離職率の増加、スタッフの反発(離反)
、顧客離れの加速、クレームの増加、不当な返品
(返金)
、組織の崩壊…。
状況は違えども、そのような問題が起きる原因には、ある共通があります。それは…。
「伝えるべきことが、ちゃんと伝わっていないことです」
逆に言えば、伝えるべきことが、ちゃんと伝わったなら
優秀な人材を採用できる。お互いに協力しあう組織(チーム)ができる。ファンや応援
者が増える。来院頻度が上がる。勧める治療や商品(サービス)を快諾してくれる。口コ
ミ・紹介が増える。飼い主さんから感謝される…。など、たくさんの恩恵を授かります。
良い治療さえしていればいい時代は、終わりました。
もちろん、正しく診断し、ちゃんと治療することは大前提です。
良い治療をしているだけでは、外的環境がよほど変化しない限り(例えば、近くに大型
のマンションが立つ、メディアに紹介されるなど)
、経営状況は先細りになっていくという
ことです。
今は、伝えたいことが伝わらない時代になってしまいました。
なぜなら、情報が急増して、環境が変化したからです。
■超・情報化社会の到来
人類は、これまで大変革を三回経験し、進歩発展してきました。
その3回とは、農業革命、産業革命、そして情報革命です。
農業革命によって、狩猟採集移動社会から農耕定住社会に移行し、食べ物に困らなくな
りました。
産業革命によって、農耕中心から工業社会に移行し、モノを大量生産できるようになり
ました。
情報革命によって、企業中心社会から個人中心社会に移行し、誰でも情報を①収集(検
索)②編集(判断) ③発信(利用)できるようになりました。
さらに今は、「クラウド、モバイル、ビッグデータ、ソーシャル」の技術革新によって、
超・情報化社会へと進化していると言われています。
グーグルの会長・エリック・シュミットによると
「人類の夜明けから2003年までに生み出された情報量は、今ならわずか 2 日しかかか
らずに生み出されている」とのこと。
今の情報量は、世界中の砂浜の砂の数を、ゆうに超えるとも言われています。
その一方、私たち人間の情報処理能力が、何億倍も飛躍するということはありません。
(一
人で、世界中の砂浜の砂を数えきるのが不可能なように…)
ということは…、ほとんどの情報が無視(スルー)されているわけです。
実際、総務省の「情報流通インデックス」という調査によると、99.996%の情報が無視さ
れていると発表されています。
つまり、選ばれる情報は、たったの 0.004%です。
ブログの記事が10万個あったら、ちゃんと読まれるのはたった4個。
飼い主さんに10万回言っても、ちゃんと聞いて覚えてもらえるのは4回。
誰もが、大量の情報の洪水に襲われる忙しい毎日の中で、自分が発信する情報、伝える
ことが相手に届くのは、どんどん困難になっていきます。
超・情報化社会とは、情報が届かない時代、伝わりにくい時代、情報の価値が低下する
時代ということなのです。
それは、情報提供の心構え、情報伝達のポイント、情報共有のコツが変わるということ
です。それを踏まえて、伝えるべきことを、ちゃんと伝わるためのポイントをお伝えしま
す。
■「私は、ちゃんと言っているのに」と主張している限り…
ここで、重要な大前提、グランドセオリー、原理原則をお伝えします。
〝(自分が)何を言ったかよりも、(相手に)何が伝わったのかが真実〟
以下のような、ご経験はありませんでしょうか?
先生「いや、私はちゃんと言いましたよ」→ スタッフ「いや、私は聞いていません」
先生「前回、○○とお伝えしましたが」→ 飼い主「知りません、初めて聞きました」
先生「A を使うと言ったはずですが」→ 飼い主「先生は、B と言っていましたよ」
私も、たくさんの企業と関わり、現場で多くの方と膝を突き合わせる中で、同じような
場面に数えきれないほど出会ってきました。お互いに言い分はありますが、私の結論はコ
レです。
相手が知らないなら、伝えたことにはなりません。何も言ってないのと一緒です。
相手に正しく伝わらなかったのではなく、
(変換されて)誤情報が正しく伝わっているの
です。
そのようなときに、自分の正しさをいくら主張しても、何も解決しません。むしろ、関
係と状況が悪化していくだけです。
伝わった情報。相手の結果が全てです。
自分が何を言ったかよりも、相手に何が伝わったのかが真実です。
その結果を踏まえて、自分がこれから、どう対処していくかしかありません。
■あの人に伝わらない6つの理由
一生懸命伝えても、相手に伝わらないのは、次の6つの原因のいずれかにあります。
1.回数が足りない
「ちゃんと言ったのに」という方に、
「何回ぐらい言ったのですか?」と質問すると、ほ
とんどの方は、1~2回。3回以上という方はごく少数です。
1回言ったから終わり(責任は果たした。もしくは、やることはやった)
、と思って安心
している限り、相手には伝わっていません。しかも、大切なことほど、1回だけでは伝わ
らないものです。
繰り返し、何度も、根気よく、その相手の状況に応じて、表現を変えて、
(人や内容によ
っては、顔を合わせるたびに)伝え続けることが必要です。
2.思いが足りない
そもそも「伝えたい」「教えてあげたい」「知っておいて欲しい」「何とかしてあげたい」
という思いの強さ、情熱、使命感、責任感、真剣さ、真摯さ、誠実さ…が不足していたら、
どんなに繰り返し伝えても、心までは届きません。
心底、相手のことを思う。心底、伝えてあげたいと思うことです。
3.表現が足りない
思いを込めて、何度も伝えても、相手に受け取りやすい表現をしなければ、心の奥まで
は届きません。例え話を持ち出したり、具体的な事例(良い事例、悪い事例)を紹介する
こと。相手が受け取りやすい、わかりやすい表現を磨くことも大事です。表現力を磨くと
は、相手が親しみやすい言葉や、好みそうな語彙(ボキャブラリー)を増やす努力をする
ことでもあります。特に10代、20代のコミュニケーション・スタンスは、スマートフ
ォンや LINE などのソーシャルメディアによって大きく変わってきているので、彼(女)
らに直接、最近流行しているものを聞いたり、そこで実際に、コミュニケーションに触れ
ることも必要かもしれません。
4.相手が求めていない
以上の1~3の要素を満たしたとしても、相手が心から求めていなければ、どんなに伝え
ても、なかなか響かないものです。お腹がいっぱいの人に無理矢理、ごはんを食べさせる
ようなもの。
しかし、相手が求めていない理由のひとつは、もしかすると、ただ単に必要性や重要性
を知らないだけかもしれません。
自分が伝えようとしていることは、なぜ必要なのか? なぜ大事なのか?
そもそも、どうして伝えようとしているのか? その理由や意図は何か?
それらを、丁寧にちゃんと伝えることが大事です。
5.タイミングではない
そうは言っても、人には、誰しもタイミングというものがあります。必要とするタイミ
ング。変わるタイミング。心から知りたいと思うタイミング。そのタイミングが来るまで、
じっと信じて待つことも大事。もちろん、それまで何もしないのではなく、できることを
したり、繰り返して伝え続けることです。
6.そもそも信頼されていない
前回の1回目でもお伝えした通りです。1~3の条件がどんなにそろっても、そもそも相
手から信頼されていなければ、何も伝わりません。むしろ伝えようと努力するほど、嫌が
られ、心がより離れ、信頼度がますます下がってしまう、ということもあります。それは、
伝える以前の問題です。
伝える以前のすべての言動、振る舞い、関わり方の蓄積(相手の印象)が、伝えようと
思ったときに伝わっているのです。
昔からどの世界でも、
「何を言うかよりも、誰が言うかが大事」と、よく言われます。
それは、伝える前に、何が伝わるのか、99%決まっているということなのです。
ということは…。
最も大事なことは、伝わるその時まで(もちろん、伝わった後も)、普段から信頼を積み
重ねていくこと。信頼されるように、自分を高めていくことです。
■共感と共鳴される自分になる
最後の6番目の「信頼される」ことが、6つの中で一番大事なのですが、その中には、
共感されることも含まれます。
共感が生まれるには、自分の生い立ちや、好みや趣味などの自己開示することです。
また、共感が深まっていくと、共鳴が生まれます。
しかし、自己開示だけでは、共感に至りません。
共鳴が生まれるには、自分の思いを恥ずかしがらず、カッコつけず、自分の言葉で語る
ことです。
そのためには語るべき熱い思いを持つこと。
自分の中の良心を下へ下へと、掘っていけば、誰でも熱い思いの源泉にぶつかります。
すると、熱い思いが、湯水のごとく、次々に溢れ出てきます。
下に掘っていくとは、効果的な質問を自分に問いかけ続けることです。
そこで最後に、共感と共鳴される思いを掘り当てる8つの問いかけを紹介します。
(1)なぜ、自分が今の仕事をやりはじめたのか、そのきっかけ。
(2)どうして、仕事を続けられているのか? 仕事の原動力や、働く喜び。
(3)今、一番大事にしていることは、何か? 自分の信念(ポリシー)
、哲学や美学。
(4)今、世の中で起きている問題で嘆いていることや心が痛むこと。問題意識。
(5)自分が思う理想の世の中。それは、何がある社会で、何がない社会か?
(6)そのためには、何が必要か? わずかでも自分ができることは、何か?
(7)たとえ、どんなにお金をもらえても、絶対にやりたくないことは、何か?
(8)どんな人(スタッフ、飼い主さん、動物たち)が増えてくれたら嬉しいか?
ぜひ、自分の良心に問いかけ続けてみてください。心の奥から熱い何かが湧き出てきた
ならば、それはきっと伝わる共感・共鳴・信頼となるはずです。
超・情報化社会とは、情報の価値が低くなる社会ですが、ここで言う情報とは、単なる
記号や文字の冷たいインフォメーションのことです。
そもそも、情報とは、〝情〟に〝報いる〟と書きます。
超・情報化社会を逆に言えば、あなたの愛情、純情、親情、温情、至情…が込められた
血の通った情報は価値が高く、相手にきちんと伝わり、心に届く人情社会でもあるのです。
上薬研究所「地域で愛される動物病院作りのお手伝いをするコミュニティーレター」
(全国の動物病院 3300 部発行)
http://www.joyakuken.co.jp/animal/
小田真嘉の「信頼と共感の経営」連載コラム 2014 年 8 月号より