長澤 浩

フォーラム
ポーラスガラス系
セシウム吸着材の開発
池端
潤一
株式会社奥村坩堝製造所 研究室 主任
[email protected]
長澤
浩
株式会社ミカサナノテクノ 代表取締役社長
http://www.mikasa.co.jp/nano/index.html
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災に伴う福島原子力発電所事故は、今後の人類のエネルギー事情を左右
しかねない事故となったという認識は世界共通のものになっていると思う。この事故で我々が思い知らさ
れたのは、事故の深刻さもさることながら、後始末である除染技術の手段の貧弱さであり、取れる手段が
ほとんど無いという事実である。今回のような原子力事故に関しては、基本的に汚染物質を無害化する手
段を人類は持ち合わせておらず、放射能に於いては閾値の存在が確認されておらず、希釈してもトータル
の害は変わらないので、集め閉じ込めるのが基本となる。現在、放射能物質は福島を中心に関東一円、場
合によっては、中部地方の一角にまで汚染している。これを有効に捕まえ、安定状態に持って行く事が急
務である。そこで我々は、統一されたコンセプト、安全に抽出し、回収できて、安定な素材に確実にトラ
ップし、且つ環境中に再分散せず、必要な期間安定に保管できるシステムを構築すべく、その基礎素材と
してポーラスガラス系セシウム吸着材を開発したので紹介する。
1.ポーラスガラスとホウケイ酸ガラス技術
分相法ポーラスガラスは、特殊なホウケイ酸ガラスの相分離現象を利
用して作成される均一な細孔を持つスポンジ状のガラスであり、調整可
能な 1nm から数十ミクロンの無数の細孔を持つ素材であり、表面積を利
用した各種吸着材や細孔径を利用した分離膜、精密合成担体や触媒坦
未分相ガラス
分相ガラス
体・センサー等に用いる事が出来る。
奥村坩堝は、元来ガラス溶解用を中心とした坩堝製造を中核として各
種耐火材の製造を手がけているが、現在自社製坩堝の特性を生かしたホ
ウケイ酸ガラス等の特殊ガラスの溶解も手がけており、その一環として、
株式会社ミカサナノテクノとの協業として、分相法ポーラスガラス用母
材ガラスの溶解に取り組んでいる。
株式会社ミカサナノテクノは、創業者の長澤が以前より手がけていた
この分相法ポーラスガラスを奥村坩堝との連携により事業化に取り組ん
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ポーラスガラス
でいる。
この分相法ポーラスガラスは、以前アメリカのコーニング社のバイコールガラスとして知られており、
基本特許が 1934 年に米国コーニング社によって出願されている古い技術である1)。しかし、素材として
のプロセスが難しく、現在の世界では、殆んど研究開発・製造等がなされていない。コーニング社も数年
前に完全に撤退し、ショット社も 20 数年前に参入したが十数年前には事業譲渡をし、世界的には現在あ
まり活発に開発されているとは聞かない。
これら各社が、苦労した理由は、まず、母材となる特殊なホウケイ酸ガラスの作成が難しいことが一つ
の要因と考えられる。配合もさることながら溶解温度、特に均一性など、単にガラス化するだけでは得ら
れない特性があり、最終的に適切な分相性ガラスを得る事が難しく、ここにガラス用坩堝開発の経験とガ
ラス溶解の経験技術の蓄積を必要としており、中々他者の追随を許さないハードルがある。
また、母材ガラスの分相も、適切な条件下で無いとポーラスガラスを与えるスピノーダル分相になりえ
ない。さらに難しいのは、最終段の化学処理であり、これが、主にポーラスガラスの物性管理に大きな影
響を与える。
奥村坩堝とミカサナノテクノはこれらの課題に取り組み、既に安定したポーラスガラスを開発・製造す
る事に成功しており、横浜国立大学・横浜国立大学発ベンチャーの環境レジリエンスとの協業により、今
回この素材を用いた放射性セシウム吸着材の開発に成功した。(参考2)3))
2.汚染の実態と除染システムの提案
Cs-137による汚染実態
今次、福島で発生した原子力発電所の事故は、
想定を超えて福島のみならず東北・関東の広い
地域に放射性物質をばら撒いてしまうという未
曾有の事態を招いてしまった。発生の原因はと
• 福島第一原子力発電所事故による大量の放射性物質の飛散
• 半減期30年のCs-137は総排出量1.5×1016Bq(5kg相当*)
原子力安全・保安院発表データより
• 燃料プールからの飛散も合わせ3.5×1016Bqという報告もある
27 October 2011/vol.478/Nature/435より
もあれ、事態として初期には、放射性ヨウ素が
問題で利根川水系の水が汚染され飲めなくなっ
た事は記憶に新しい。しかしながら、放射性ヨ
ウ素は短期間で崩壊してしまうので緊急時の対
処で何とか凌いだとして、現在最も大きな問題
は、放射性セシウム(半減期 30 年)による汚
染であり、除染をしなければ通常安全性が確保
されるには、半減期の十倍程度の時間が必要と
H23.6.6「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故に係る1号
機、2号機及び3号機の炉心の状態に関する評価について」の訂正資
料(H23.10.20)より抜粋
なる。
(放射性セシウムの場合、30 年後に 1/2、
60 年後に 1/4、・・・・150 年後に元の 1.5%、
300 年後に 0.05%になる。)今回の事故の場合、当面の対策は放射性セシウムと言って間違いではない。
放射性物質汚染の場合、例えば、ダイオキシンなどの化学物質汚染と以下の二点が大きく異なる。一点
目は、基本的に時間以外の無害化手段を持たないこと、例えば、中和処理や生物分解が無い事から、形を
変えても放射線は出続ける事だ。二点目は、希釈して無害化できる閾値をもたない可能性が高い事で、こ
れ以下なら安全と言えない。 但しこれは、自然界には一定の放射線もあるので、受任限界と言う意味で
は、ある程度以下はやむをえないとは言えるのだが、これも危険確率で言えば、低くても低い成りに癌発
生は増えると言うのが推定される。化学物質なら少なくとも極めて薄ければ、無害だと言えるポイント(閾
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値)があるのとは大きな差になる。
従って、除染とは現地から放射性セシウムを取り出して安全にしない限り、現地でどのような薬剤を撒
いても、放射線を放ち続けるので真の除染にはならない。
現地での、放射性物質(以下放射能)汚染は、大きく 4 つの汚染形態になる。
1、 有機物、落ち葉や稲藁、
2、 土壌、農地や山林土壌
3、 屋根、建造物壁面、路面等
4、 水圏:湖沼やプール等
これら、4 形態の汚染を取り除く課題と対策として、我々は、以下の除染システムを提案している。
・有機物:過熱水蒸気による低温炭化によ
る減容安定化とセシウム抽出による非放射
提案する除染処理の流れ
化を行い、非放射化炭は、埋設若しくは燃
・放射性セシウムの抽出から安定化処理までの一貫処理
料として利用可能になる。
除染対象物
・土壌:土壌中の放射性セシウムは、通常
除染プロセス
減容
抽 出
吸 着
安定化処理
シルト相といわれる粘土鉱物に吸着固化し
ている。ある方法で放射性セシウムを土壌
酸・蒸気抽出
から遊離・抽出し、ポーラスガラスを用い
た吸着材でトラップ除去することを計画し
有機酸抽出
ガラス固化
ている。
二次濃縮
・壁面、建造物、屋根、路面等:これらの
汚染も、材料表面に固着しており水洗では
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処理施設保管
容易に離れない。これも、土壌と同じくある方法で放射性セシウムを遊離・抽出して、その後、ポーラス
ガラスを用いた吸着材でトラップ除去することを計画している。
・水圏:水中の放射性セシウムは、ポーラスガラスを用いた吸着材でトラップ除去することが出来る。
これらの一連の除染システムに於いて、基本は、放射性セシウムを水相に移動しこれを、ポーラスガラ
ス吸着材に固定する事を基本としており、一連の除染システムの鍵になるのがポーラスガラス系吸着材と
なる。
3.除染用吸着材に求められるもの、PG/PB-PG の開発
放射性セシウムを吸着除去する場合、化学的汚染物の除去と異なり以下のことを考慮しなければならな
い。対象物が放射能を持つので、絶えず高レベルの放射線により叩かれる事から、高分子系のイオン交換
樹脂等はその構造が壊されたりして、長期保管時には再放出してしまうこと、線量によっては火災の発生
も考慮しなければならない。従って、基本的に長期の放射能物質吸着には、無機吸着材を採用する必要が
ある。このため、従来からこの分野に於いては、無機吸着材としてゼオライト類が使用されてきた。 但
し、プルシアンブルーはセシウム特異的吸着能があるため、有機錯体であるが、セシウム除去に限って用
いられてきたが、長期に安定なものではなく、シアン系錯体であるため、分解時にシアンの発生が心配さ
れるなどの問題点もあるが、他の手段が少ないため用いられてきたものと思われる。また、セシウム吸着
に関しては、ゼオライトは一定の性能を持ち且つ天然材料である事からコスト的にも優位性があり、これ
まで広く使われ、スリーマイル島の事故に於いても主としてこれが用いられてきた事実はある。
但し、天然ゼオライトは、基本的に粘土鉱物である
開発したポーラスガラス吸着材の外観と仕様
ため、水を含むと膨潤し、ドロドロに成ってしまい、
基本的にカラム化して通液処理する事は困難であ
PG
PG
る。プルシアンブルーは粉体の顔料であり、これも
PB-PG
PB-PG
■ポーラスガラスの仕様
・材質 SiO2系
カラム化して通液処理をすることは出来ず、セシウ
・粒径 約70μm、250μm
ムを捕まえる事は出来るが、回収は難しい。
・細孔径 5nm
我々は、回収できない事や通液しにくい問題を解
・プルシアンブルーを担持
(担持方法も併せて開発)
決すべく、二種類のポーラスガラス系セシウム吸着
材を開発した。一つは、ポーラスガラス単体(PG)
のセシウム吸着材であり、特性としてはセシウムをはじめアルカリ金属イオンを吸着するが、セシウムを
最もよく吸着する。もう一つは、ポーラスガラス内表面に薄くペルシャンブルーを坦持したプルシアンブ
ルー坦持ポーラスガラス(PB-PG)で、セシウムを選択的に吸着し、例えば、海水中のセシウムを選択的
に吸着できる。
このふたつは、混在イオンの少ない陸水中のセシウムは PG で良く、海浜や、冷却水として海水を用い
た汚染水中のセシウム除去には PB-PG を用いる事を想定している。
2 つ共に共通する特徴は、両者とも砂状であり、カラムに充填したり、不織布製の袋に詰めた状態での使
用を想定しているが、例えばカラム充填の場合、硬い砂状であるので通液抵抗は低く、ほぼ自然流下で高
速に処理する事が出来きる。
それに対し、同じ形でゼオライトを使用するとすると、高圧ポンプを利用するか、ゼオライトを焼結し
通液性能を上げなければならない。ゼオライトは、焼結するとその吸着性能は大幅に低下することが知ら
れており、事実上カラム型での使用は難しいと推定される。
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4.PG/ PB-PG の性能評価と特徴
今回確立した、PB/PB-PG の性能は、別表に示したように、
100ppm 程度までは、ほぼ 100%の吸着能力を持つ。
PGの吸着性能試験結果
なお、現在問題になっている土壌汚染の場合、除染対象地区の
汚染具合は、高い場所で 1 万ベクレル程度、標準的には 5000
ベクレル程度と推定され、これを物質濃度に換算すると 10000
ベクレルで約 0.6ppm 程度となり、対象濃度が 0.1~10ppm 程
度と推測できる事から、充分な吸着能力を有するものと判断さ
れる。また、どちらも、ほぼ 1 分以内に 100ppm 以下のセシウ
ムを 90%以上吸着しており、極めて短時間に殆どのセシウム
を吸着除去する能力を持つ。即ち、除染に係る時間も大幅に短
時間で処理できる事を示唆している。
・100ppm以下のCsに対して、1回の
通液で約100%の吸着率
また、PG 吸着材は、kgあたり、セシウムイオンを20g吸
着する能力を有し、PG-PB 吸着材は、Na イオンや、K イオン、Ca イオンの共存下でも、選択的にセシ
ウムイオンだけを吸着することが確認され、これは、海水混在のセシウムを選択吸着できることを示して
いる。
5.将来性
ポーラスガラスの特徴として、基本的にガラス質であり、適切な処理をすれば、1000℃以下の低温にて
焼結して緻密なガラス質のセラミックに加工することが出来る。現実に、過去の研究としてポーラスガラ
スを用いて、700℃程度の低温での焼結により高レベル放射性廃棄物のガラス固化処理が出来ると言う報
告がある。この手法を用いれば、吸着除去後のポーラスガラスをもちいて、自然界へ再放出を極力避けら
れるよう安定状態のガラス固化体を安全に作成する事が出来る。即ち、本 PG/PB-PG は、吸着除去材とし
て用いるだけではなく、放射性廃棄物の安定処理法としても利用できる素材である。
6、今後の課題
現在、1 トン程度の供給力をもてるように各種整備を行っているが、本格的除染に用いる場合は、尚大
量の供給能力を持たなければ成らない。ポーラスガラスを合理的に且つなお高品質のポーラスガラス吸着
材を供給できるようにしなければならない。
また、今後は、セシウム以外にストロンチウム等の吸着を行う PG 系吸着材も準備したい。
なお本開発は、横浜国立大学大学院・環境情報研究院伊藤・雨宮研究室、横浜国立大学発ベンチャー・
株式会社環境レジリエンス、及び、ミカサ商事株式会社との連携開発であり、各位に感謝する。
参考文献
1.H.P.Hood and M.E.Nordberg,USP 216744(1938)
2.H.Tanaka, T.Yazawa, K.Eguchi, H.Nagasawa, N.Matuda. and T.Einishi, ”Precipitation of colloidal silica and pore
size distribution in high silica porous glass.” Journal of Non-Crystalline Solids 65p301-309, (1984)
3.長澤
浩「自己組織ナノマテリアル」フロンティア出版、p320-325,(2007)
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