皮膚限局性肉芽腫 〔総説〕 サルコイドーシスとその周辺疾患―皮膚限局性肉芽腫― 伊崎誠一 【要旨】 真菌,抗酸菌,寄生虫など容易に殺菌されない非消化性病原性微生物に対し,生体は慢性肉芽腫性炎症により防御反応を 営む.皮膚では,さらに,生体に内在する非消化性異物が抗原性を獲得して慢性肉芽腫性炎症を引き起こす場合がある. 変性結合織成分に対する慢性肉芽腫性炎症には, 1) 環状肉芽腫(GA) , 2) 環状弾性線維融解性巨細胞肉芽腫 (AEGCG) ,3)リポイド類壊死(NL) ,4)リウマトイド結節(RN)がある.糖尿病性微小循環障害,紫外線障害,静脈 環流・血流障害により結合織障害が生じ,抗原性を獲得し,これに対し活性化マクロファージ/組織球が浸潤し,柵状肉芽 腫の形態をとる. 持続性リンパ浮腫に続発して組織内に生じた不明の抗原物質に対し慢性肉芽腫性炎症が惹起されることがあり,肉芽腫性 口唇炎,肉芽腫性舌炎,肉芽腫性眼瞼炎,肉芽腫性外陰炎,Melkersson-Rosenthal症候群となる. 肉芽腫性酒さはかつて顔面播種状粟粒性狼瘡(LMDF)と呼ばれ,アレルギー性結核疹に分類されていたが,現在は毛囊 脂腺系異物に対する類上皮細胞肉芽腫と考えられている. これらはいずれもサルコイドーシスの発症機構を理解するためにも,また鑑別診断のためにも重要な疾患群である. [日サ会誌 2016; 36: 31-36] キーワード:環状肉芽腫,環状弾力線維融解性巨細胞,リポイド類壊死,肉芽腫性口唇炎,肉芽腫性酒さ Granulomatous Diseases of the Skin Seiichi Izaki Keywords: Granuloma annulare, Annual elastolytic giant-cell granuloma, Necrobiosis lipoidica, Cheiliits granulomatosa, Granulomatous rosacea 1.はじめに 2.感染性肉芽腫 サルコイドーシスはいまだ原因や発症機序に不明の点 生体防御機構は多段階の炎症反応から構成されている. が多い系統的慢性肉芽腫性疾患である.サルコイドーシス 生体に異物が侵入すると,好中球による非特異的貪食・殺 の病態理解を深めるために,諸臓器における慢性肉芽腫性 菌・消化,液性免疫による抗原の中和とオプソニン効果, 疾患を知る事は重要と思われる.本稿では主として皮膚に などの急性炎症反応による異物排除機構が作動する.その 生じる様々な肉芽腫性疾患1)を取り上げて比較検討の資と 効果が不十分の時には,細胞性免疫がやや遅れて発動し, する.皮膚を疾患の場とする深在性真菌症,抗酸菌感染 感作リンパ球による組織傷害を引き起こしながらも外敵 症,寄生虫症などでみられる慢性肉芽腫性炎症は,一般的 を排除する.しかしながら,細胞内寄生菌のように貪食細 な液性免疫や細胞性免疫により排除できない病原性微生 胞の食胞の中でさえ生存を続ける難敵に対し.生体はマク 物に対し,貪食細胞が食胞内に殺菌・消化し得ない外敵を ロファージ系細胞によりこれを幾重にも取り囲み,結核や かかえ,これの周囲を,活性化し形態を変化し類上皮細胞 ハンセン病などの年余にわたって持続する病変の如き,い となった単球/マクロファージ系細胞が持続的に取り囲 わばやむなき共存関係を築く事によって生体の存続を図 む生体防御反応と理解できる 2,3) .これら病原性微生物に らざるを得ない. 対する疾患に加え,皮膚では生体に内在する物質が抗原性 皮膚では深在性真菌症,非結核性抗酸菌症,ある種の寄 を獲得して慢性肉芽腫性炎症を引き起こす疾患群が存在 生虫症などでこのような慢性肉芽腫性疾患がみられる.そ する 4,5) .本稿ではこれら主として皮膚を病変の場とする の例としてスポロトリコーシス6),ミコバクテリウム(M) 慢性肉芽腫性疾患を取り上げ,解説する. マリヌム感染症,M. アブセッスス感染症7), およびM. 埼玉医科大学総合医療センター 皮膚科 著者連絡先:伊崎誠一(いざき せいいち) 〒350-8550 埼玉県川越市鴨田1981 埼玉医科大学総合医療センター 皮膚科 E-mail:[email protected] Department of Dermatology, Saitama Medical Center, Saitama Medical University *掲載画像の原図がカラーの場合,HP上ではカラーで閲覧できます. 日サ会誌 2016, 36(1) 31 〔総説〕 皮膚限局性肉芽腫 a) b) Figure 1. a )83歳女性の手背に生じた多発する紅色結節 b )生検病理組織像(HE染色,200倍).図左側の好中球の集塊の周囲を組織球が取り囲むように浸潤して いる.生検生標本の真菌培養からSporotrichum schenkiiが分離同定され,イトラコナゾールの服用で 完治した. a) b) c) Figure 2. a,b)49歳女性の左臀部および大腿部に生じた暗紅色浸潤性皮疹 c )生検組織像(HE染色,200倍)にて真皮深層に組織球,リンパ球浸潤がみられ,一部では比較的 良く発達した類上皮細胞肉芽腫を構成している. 生検組織の抗酸菌培養にてMycobacterium massilienseが分離,DNA sequenceを確認する事により菌種が同定され,クラリスロマイシンと レボフロキサシン内服にて完治した.(Otsuki et al 2012報告例) Table 1. 変性結合織に対する肉芽腫 環状肉芽腫(GA) 変性結合織 膠原線維,ムチン変性 浸潤細胞 柵状配列(約半数例) 基礎疾患 糖尿病 環状弾性線維融解性巨細胞肉芽腫(AEGCG) リポイド類壊死(NL) リウマトイド結節(RN) 弾性線維 膠原線維,リポイド変性 膠原線維,フィブリノイド変性 巨細胞,弾性線維貪食像 巨細胞 柵状配列 光線障害,糖尿病 糖尿病,静脈環流障害 関節リウマチ マッシリエンス感染症8)の例をあげる.生じる肉芽腫性炎 物と認識され,慢性肉芽腫性反応を誘導する事がある.し 症は,スポロトリコーシスの場合は(Figure 1,2)好中 かもその基礎に全身的疾患が示唆される事が多い9).これ 球を混じ,類上皮細胞の発達が未熟で,混合細胞性肉芽腫 らを以下に簡潔にまとめる(Table 1) . (化膿性肉芽腫)の形態を取る事が多い.一方非結核性抗 環状肉芽腫(Granuloma annulare: GA) (Figure 3,4). 酸菌症の場合は比較的良く発達した類上皮細胞肉芽腫を 真皮の結合織はムチン変性を示し,その周囲に単球/マク 構成する事があり(Figure 2) ,また両者の中間もある.す ロファージ系細胞が浸潤し,多くの場合にそれが柵状肉芽 なわち慢性肉芽腫性炎症には肉芽腫を構成する細胞成分, 腫となってみられる10).結合織が変性する原因として,糖 類上皮細胞の活性化の程度に違いがあり,そのため類上皮 尿病による微小循環障害が重要視されているが,全例に糖 3) 細胞肉芽腫の完成度に差が出る . 3.変性結合織成分に対する肉芽腫性疾患 尿病が合併するわけではない.皮疹が全身性に多発・汎発 する場合には基礎疾患としての糖尿病をしらべた方が良 いと言われる.サイトカイン分析からはTh1優位のサルコ 生体内に内在する物質が,種々の原因により変性し,抗 イド肉芽腫に近い性質を示す11). 原性を獲得することがある.このような物質が非消化性異 よく似た環状の外観を示す疾患として環状弾性線維融 32 日サ会誌 2016, 36(1) 皮膚限局性肉芽腫 〔総説〕 a) b) Figure 3. a )61歳女性の左手背に生じた環状肉芽腫.この図では半環状の堤防状に隆起する皮疹として出現して いる. b )生検皮膚病理組織像,HE染色200倍,薄紫色の沈着物が膠原線維間に沈着し,組織球が浸潤する. Figure 4. 74歳女性の腰背部に多発する環状肉芽腫 小型の環状の皮疹と紅褐色丘疹が多発し て認められる. 解性巨細胞肉芽腫(Annular elastolytic giant-cell granu1,12) loma: AEGCG)がある 4.持続する浮腫に続発する肉芽腫性疾患 .真皮の結合織のうち,弾性線 慢性に持続するリンパ浮腫に続発して慢性肉芽腫性炎 維障害のため変性した弾性線維の巨細胞による貪食像 症が惹起されることがある.肉芽腫性口唇炎18),肉芽腫性 (Elastophagia)が特徴的である(Figure 5) .そのため病 舌炎,肉芽腫性眼瞼炎,肉芽腫性外陰炎などとして現れ, 変の中心部では弾性線維が失われる.弾性線維変性の原因 臨床的には難治性の疾患である.口唇腫脹,皺襞舌,顔面 として,光線・紫外線が強調され,光線性肉芽腫 13) と呼ば 神経麻痺を三主徴とするMelkersson-Rosenthal症候群も れた事もあるが,中には糖尿病の関与が疑われる場合も有 その一型と考えられる.この場合何が抗原性異物となるか り14),組織学的にもGAとAEGCGの中間と思われるもの はいまだ不明である.生検すると病変形成の初期には真皮 があり,互いに関連する疾患であろう. 上中層の顕著な浮腫と非特異的炎症細胞浸潤であるが,病 リポイド類壊死(Necrobiosis lipoidica: NL) (Figure 6) 変が完成されるとその生検組織像はサルコイド肉芽腫と も関連疾患の一つであるが,典型的なものでは硝子様に変 鑑別しがたいような類上皮細胞肉芽腫もみられるように 性した結合織に脂肪小滴が沈着(リポイド変性)し,柵状 なる(Figure 7) . の浸潤は明らかでない事が多く,また巨細胞がみられる. この疾患も以前は糖尿病の合併率の高い疾患として知ら れ 15) 5.その他 , 糖 尿 病 性 リ ポ イ ド 類 壊 死(Necrobiosis lipoidica かつてアレルギー性結核疹として分類されていた疾患 diabeticorum)と呼ばれていたが,近年糖尿病以外の,特 の中にも,現在は結核との関係が疑問視され,別の機転に に静脈還流障害による結合織異常が誘因と思われる症例 より慢性肉芽腫性炎症が惹起されていると考えられる疾 が報告されるようになった 16) . 患がある.バザン硬結性紅斑では他の臓器に結核が証明さ リウマトイド結節(Rheumatoid nodule: RN)では障害 れる場合もあるが,これが認められない場合も多い.ま された結合織の中心部は典型的なフィブリノイド変性を た,顔面播種状粟粒性狼瘡(Lupus miliaris disseminatus 示す.関節リウマチによる結合織の脆弱性,血液の過凝固 faciei: LMDF)は現在結核との関係が否定的で,肉芽腫性 性, 血液粘調度の亢進などにより, 容易に内皮細胞傷 酒さ,すなわち酒さの一型として理解され,毛囊脂腺系異 害17),血流障害を生じ,そのための結合織障害と思われ 物に対する類上皮細胞肉芽腫と考えられている(Figure る.病理組織学的に典型的な柵状肉芽腫の形態をとる. 19) 8) .典型的なものでは毛囊周囲に明瞭な類結核型の乾 日サ会誌 2016, 36(1) 33 〔総説〕 皮膚限局性肉芽腫 a) b) c) d) Figure 5. a )51歳女性.四肢伸側に環状の皮疹が多発.図は左前腕. b )右前腕. c )皮膚生検組織HE染色×200. d )同EvG染色×200.浸潤する組織球,巨細胞により弾性線維が貪食される像(Elastophagia). a) b) Figure 6. a )58歳女性の下腿伸側に認められた2個の褐色局面. b )生検皮膚組織像.HE染色,100倍.真皮結合織が硝子様に変性し,組織球が浸潤. 巨細胞もみられる. 34 日サ会誌 2016, 36(1) 皮膚限局性肉芽腫 a) 〔総説〕 b) Figure 7. a )54歳男性.下口唇の特に右側が持続性に腫脹し次第に硬く浸潤性となる. b )生検病理組織像HE染色,100倍.真皮に浮腫と非特異的細胞浸潤がみられるが,その中に類上皮細胞 肉芽腫を少数形成する. a) b) Figure 8. a )45歳女性の眼瞼部に多発する丘疹・小結節. b )生検組織像(HE染色,200倍)破壊された毛囊(右上側)に接して類上皮細胞肉芽腫を形成する. 酪壊死性類上皮細胞肉芽腫がみられるが,時には乾酪壊死 科学大系,第9巻「膠原病 非感染性肉芽腫」,中山書店,東京, 像が明瞭でないため,顔面の結節型/小結節型のサルコイ 2002: 277-82. ド肉芽腫との鑑別が必要となる. 6.おわりに 皮膚を病変の場とする慢性肉芽腫性疾患を例示し,解説 を試みたが,皮膚病変は生検が容易であるため,原因物質 6)Song Y, Li SS, Zhong SX, et al. Report of 457 sporotrichosis cases from Jilin province, northeast China, a serious endemic region. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2013; 27: 313-8. 7)石井則久.皮膚抗酸菌症テキスト:皮膚結核,ハンセン病,非結 核性抗酸菌症.金原出版,東京.2008: 99-130. の検索と病理組織学的変化との対応を検討しやすい.ここ 8)Otsuki T, Izaki S, Nakanaga K, et al. Cutaneous Mycobacte- で得られた知見はいずれもサルコイドーシスの発症機構 rium massiliense infection: a sporadic case in Japan. J Dermatol. を理解するためにも,また鑑別診断のためにも重要な疾患 群と思われる20). 引用文献 1)Rabinowitz LO, Zaim MT. A clinicopathological approach to granulomatous dermatoses. J Am Acad Dermtaol. 1996; 35: 588600. 2)Epstein WL. Granulomas. In: Demis JD ed., Clinical Dermatology 25th Revision, Lippincott-Raven, Philadelphia, 1998, 1-18. 3)伊崎誠一.肉芽腫性炎の理論:再考 皮膚病診療.2005; 27: 62633. 4)伊崎誠一.環状肉芽腫.玉置邦彦 総編修,最新皮膚科学大系, 第9巻「膠原病 非感染性肉芽腫」,中山書店,東京,2002: 271-6. 5)伊崎誠一.その他の肉芽腫性疾患.玉置邦彦 総編修,最新皮膚 2012; 39: 569-72. 9)Hawryluk EB, Izikson L, English JC 3rd. Non-infectious granulomatous diseases of the skin and their associated systemic diseases: an evidence-based update to important clinical questions. Am J Clin Dermatol. 2010; 11: 171-81. 10)Santos AD, Padilla RS. Garanuloma annulare. In: Demis JD ed. Clinical Dermatology(25th revision).Lippincott-Raven, Philadelphia, 1994: 1-7. 11)Fayyazi A, Schweyer S, Eichmeyer B, et al. Expression of IFNgamma, coexpression of TNFalpha and matrix metalloproteinases and apotosis of T-lymphocytes and macrophages in granuloma annulare. Arch Dermatol Res. 2000; 292: 384-90. 12)Hanke CW, Ballin PL, Roenigk HH Jr. Annular elastolytic giant cell granuloma. A clinicopathologic study of five cases and a 日サ会誌 2016, 36(1) 35 〔総説〕 review of similar entities. J Am Acad Dermatol. 1979; 1: 143-421. 皮膚限局性肉芽腫 たリポイド類壊死の1例.臨床皮膚科.2011; 65: 497-500. 13)O’Brien JP. Actinic granuloma. An annular connective tissue 17)Kato H, Yamakawa M, Ogino T. 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