呼吸器感染症

感染症と寄生虫病
呼吸器感染症
要因
寄与率
家庭内空気の汚れ
33%
大気汚染
8%
受動喫煙
9%
総環境リスク
35%
様々な空気汚染
24%
下気道感染症
上部気道感染と耳炎
下気道感染症には肺炎、気管支炎および細気管支炎が含まれ、年間 935,000
人が死亡している(2013 年)。これらの感染症は、子供の死亡の最も重要な原
因であり、5 歳未満の子供の死亡の 18%を占めている。肺炎は、ウイルス、細
菌およびカビを含む一連の病原体への暴露によって引き起こされる肺の感染症
である。病気の感受性に係る主なリスク要因には、免疫不全、栄養不良、バイ
オマスによる加熱や調理の際の煙などの環境リスク要因、過密な住居、受動喫
煙などが含まれる。
最も重要な環境リスク要因は、料理用レンジから煙への暴露であり、下気道
感染症の負荷の 33%に及んでいた(DALY;障害調整生存年数を指標とした 2012
年試算)。大気汚染への暴露は、2012 年において病気の負荷(DALY)の 7.9%
に寄与していた。受動喫煙は、子供の肺炎をも引き起こし、その下気道感染症
の寄与率は 9.3%であった。過密な家での生活も、不十分適切な手指衛生ととも
に、肺炎発症の高いリスクとなっていた。
下気道感染症は、降雨量の変動など様々な気象パターンによって発生率が異
なるので、気候変動に敏感な可能性がある。気候変動に起因する食料不足によ
る栄養不良ならびに大規模な人口移動による混雑も、呼吸器感染症に間接的影
響を与え得る。
肺炎を予防する環境対策には、大気汚染と家庭内空気の汚れを減らすことが
含まれ、たとえば、調理、暖房、照明の家庭エネルギーの提供、過密な家庭に
おける適切な衛生習慣の奨励など手頃な価格で選択肢を設ける必要がある。医
療従事者のための防護具も推奨される。
大気汚染に、調理用の固形燃料の使用による家庭内空気の汚れが加わって、
下気道感染症の少なくとも 35% (27-41%)、5 歳未満の子供の 50%以上が、低お
よび中所得国(LMIC)において環境に起因すると推定された。高所得国(HIC)
においてはこの割合はごくわずかであった。相対的リスク査定(CRA)のデー
タを組合わせたものである(セクション 2 と附属書 3.2 を参照)。ただし、5 歳
-1-
未満の子供のみを考慮すると 13% (9-16%) に達した。その他の環境要因(たと
えば、室内空気の汚れ、低温、過密)による追加的影響および環境に部分的に
起因するその他の病気(たとえばマラリアや下痢)との合併症は定量化されて
いないが、下気道感染症の環境負荷に追加される可能性がある。
咽頭炎、喉頭炎、副鼻腔炎などの上部気道感染症の環境リスクは、十分には
記載されていない。それらには、大気汚染、受動喫煙ならびに換気装置、カビ、
過密への暴露などの住宅関連リスクを含めることができる。受動喫煙への暴露
は、2010 年に中耳炎の 2.3%の原因を占めた。
環境リスクに起因する上気道感染症と中耳炎の割合は、低・中所得国で 24%
(6~45%)、高所得国で 12% (5~18%)と推定された(専門家による 200 年の調
査に基づく、セクション 2 を参照)。世界的には、呼吸器感染症による年間
500,000 人以上の死亡が環境に起因している。
選択された介入策
● 特定施設における加熱調理の煙の削減は、肺炎の発生頻度を最大 75%減らす
ことができ、別の研究報告は手洗いの強化によって肺炎が 50%まで減った
としている。
● 固形燃料の煙への暴露を軽減する介入策と戦略は、WHO の室内空気の質に
対する指針でさらに規定されている。
大気汚染に関する暴露削減の追加的介入策の煙の項を参照。
下痢症
要因
寄与率
飲用水
34%
消毒
19%
手洗い
20%
総環境リスク
58%
下痢症は、全世界における子供の死亡率の主要な原因の一つであり、5 歳未
満の小児の全死亡の 20%を引き起こしている。下痢症の大部分は、経口病原体
によって引き起こされる。
伝播の主な経路は病原体によって異なり、地域の社会的基盤(たとえば、適
切な消毒と安全な水の利用が可能かどうか)およびヒトの行動に依存する。消
毒または衛生が悪い場合、手洗い設備が不適切だったり、糞便の不適切な破棄
がある場合など、排泄物が手を汚染し、それによって食品や他のヒトに汚染を
広げる(ヒト・ヒト伝播)。さらに、下水処理プラントに繋がっていない下水シ
ステムに入り込んだ糞便系病原体は、その後表面水および地下水を汚染する。
-2-
ヒトの排泄物は、土壌と表面水を直接汚染することもあり、たとえば、野外で
の排便によって人々やハエが接触して排泄物から食品へ病原体を運ぶことがあ
り得る。これらの経路を通して、飲料水、レクリエーション施設の水、食べ物
が汚染され、摂取後に下痢症を引き起こす。また、動物の排泄物中の病原体が
飲料の水源を汚染することもある。
ロタウイルスは、子供の下痢症の重要な病原体であり、主な経路は汚染され
た手、表面、器材との接触による糞口感染で、しばしば水系感染も起こす。気
候変動も感染性下痢症の伝播に影響し、下痢症発生率の将来的増加が予測され、
下痢症の追加的関連性が強調されている。
水と消毒設備の利用、水質と個人衛生の改善は、下痢症の罹患率を効果的に
削減する。現在、世界人口の 89%が改善された飲用の水源の利用による恩恵(た
だし、必ずしも安全ではない)を受けているが、64%のみが改善された消毒施
設を利用でき、14%は未だ野外排便をしている。世界人口の 19%だけが排便後
に石鹸で手を洗っている。
低および中所得国(LMIC)における全ての下痢症の 58%が不適切な飲料水
(34%)、消毒(19%)および衛生(20%)に起因していると WHO は最近推定
している。この推定は、よく取上げられる介入策の利点をだけ考慮しており、
飲料水の断続的な利用よりも継続的利用などによる追加的便益を取上げていな
い。下痢症の追加的負荷は、水、消毒および衛生に関連する食品安全性の側面
(すなわち、安全でない水または家庭内衛生の欠如による食品汚染)を通して
発生している。高所得国については、衛生に起因する下痢症の割合だけが推定
されており、約 13% (0~45%)である。
全体として、低および中所得国における全ての下痢症の約 58% (34–72%)、
全世界の 57%が環境に起因しており、年間 842,000 人の死亡をもたらしている
と推定されている。水、消毒および衛生は、栄養不良においても重要な役割を
果たしている(タンパク質・エネルギー・栄養障害のサブセクションで説明)。
選択された介入策
● 飲用水、消毒および衛生を改善する介入策は、効果的に下痢症の罹患率を低
減する(それぞれ、45%、28%、23%)。
● 家庭における未整備の水源からの水の濾過と安全な貯留によって、下痢症の
罹患率を 45%減らすことができ、改善された水源からの水の同様の処理に
よって下痢症の罹患率をさらに 38%減らすことができる。
● HIV/AIDS を罹患した人々では、水質を改善する介入策が下痢症の罹患率を
43%削減した。
● 以下の指針と計画の実施
* 飲料水の水質についての指針(WHO, 2011b)
-3-
*
*
*
レクリエーション施設の水環境の指針(WHO, 2003a; 2006a)
排水、排泄物、雑排水の安全な処理についての指針(WHO, 2006b)
安全な消毒計画および水の安全計画(WHO, 2009c; 2015j)
経済的評価
● 水の供給、水質および消毒の利用を改善する介入策は、ほとんどの地域にお
いて費用対効果が高く、低所得地域においては全面的に費用に見合った便益
である。そのような計画への 1 ドルの投資は、5~6 ドルの便益をもたらし
た。
● 異なる 6 ヶ国の低所得国における衛生が年間一人当たり 1.05 ドルから 1.74
ドルの費用で推進された。これらの介入策は、野外排便の削減および個人衛
生の改善に非常に効果的であった。
(つづく
2016/4/28)
腸内線虫感染
要因
寄与率
消毒
100%
回虫症、鞭虫症、鉤虫症/アメリカ鉤虫症(それぞれ、回虫、鞭虫および鉤
虫による疾患)は、土壌伝播蠕虫によって引き起こされる腸の感染症である。
それらは世界で 20 億人以上身体の成長が罹患している。重度の感染は、子供の
身体の成長と認知発達に影響を与え、鉄欠乏性貧血を含む微量栄養素欠乏の原
因となる。高度の流行国においては、駆虫薬の予防的投与は、とくに学童の罹
患率を制御する主な戦略とされている。ただし、伝播サイクルも維持を助長す
る環境が続く限り、治療後急速に再感染がおきる。
ヒト・ヒト、あるいは感染卵や幼生を含むヒトの排泄物で汚染された土壌を
介して伝播は起きない。野外排便は、世界で 10 億人以上の毎日の慣行であり、
それが南アジアとサハラ砂漠以南のアフリカにおいて主な原因となっている。
一部の衛生施設の利用をしてさえ、しかし、ヒトの廃棄物の貧弱な管理は依然
として伝播リスクとなる可能性がある。それには、適切なリスク管理措置なし
で排水と糞尿の農業利用が含まれる。家の近くの共用排便場所、さらに遠くの
牧草地あるいは畑地で伝播が起きる。回虫および鞭虫の伝播は、虫卵を含む土
壌で汚染された食品、あるいは排泄物や排水を利用して育成した食料を未加熱、
未洗浄、皮が付いたまま摂取した時に発生する。鉤虫の場合、感染した幼生が
皮膚を貫通する。
腸内線虫感染の罹患率を減らすためのこの勧告は、適切な保健教育に裏付け
-4-
られた、医薬品投与と消毒と衛生の改善を組合わせて出来上がっている(基本
的な衛生習慣を実行するために十分な家庭用水の供給を含む)。
農業における排水利用慣行の急速な拡大、とくに都市周辺地域における拡大
は、農業労働者間での土壌媒介蠕虫の伝播の増加に寄与しており、地域社会が
その結果に関わる農業および消費者のこの形態を進めている。この伝播経路の
相対的な重要性について現在ほとんど知られていない。WHO は、伝播および関
連する健康への悪影響を防ぐために、統合されたリスク査定と管理の方法を提
案する指針を作成した。2010 年において、排水を灌漑に使用している土地が 400
~2000 万ヘクタールに達すると推定されている。
管理可能な環境条件に起因する土壌媒介蠕虫感染による疾病負荷の世界的
平均寄与率は、伝播経路に関して入手可能な情報に基づくと 100%と推定される。
選択された介入策
● ヒトの排泄物の安全な処分のための施設の利用可能性と使用は、土壌媒介線
虫感染症を平均 34%減少させる可能性が示された;処理水の使用は土壌媒
介線虫感染症を 54%まで、石鹸の利用は 47%まで減らす可能性があり、食
事の前と排便後の手洗いも減らす。
● 中国の村における環境管理、家庭用水の供給と衛生設備、保健教育の組み合
わせによる包括的制御プログラムは、化学療法だけに依存する従来の状況と
比較して、ヒトの回虫症を 27.6%から 3.8%へ、鞭虫症を 62.0%から 7.5%へ
と減らすとともに、住血吸虫症の有病率も減らした。
マラリア
要因
寄与率
環境の媒介昆虫制御
42%
マラリアは世界的に最も重要な昆虫媒介性疾患であり、5 歳未満の子供の多
くの死亡を引き起こしている。それは、Plasmodium 属に属する原虫の寄生虫
が原因で、感染した Anopheles 属のハマダラカ蚊に刺されることによって伝播
される。マラリアは命にかかわる病気であり、2013 年に推定 584,000 人の死亡
を引き起こし、そのほとんどがアフリカの子供であった。
Anopheles 属の幼生段階は、広範な生息地で発生するが、ほとんどの種は、
きれいな、汚染されていない、停滞またはゆっくりと流れる新鮮な水を好む。
地元住民(マラリア流行地への偶然の訪問者ではなく)の臨床的予防の選択肢
は限られており、治療法に関しては薬剤耐性の懸念が増加している。媒介蚊の
制御は、持続可能な疾病削減戦略の重要な要素である。
予防措置手段の中で、マラリア媒介蚊防除のための環境管理が重要である。
-5-
一連の環境の改善と操作方法が、媒介昆虫の制御、とくにマラリア媒介蚊の防
除に利用できる。それらは地域の媒介蚊の生態に固有である。ただし、媒介昆
虫が地域の生態系に余りにも強固に定着していて環境管理が選択肢にならない
場合もあり、ハマダラカの A. gambiae と A. funestus の伝播が長年続いている
アフリカの多くの地域が該当する。
マラリア伝播を中断するための環境管理戦略は、環境・疫学の状況に従って
立てることができ、以下を含む。
● 水資源(たとえば、灌漑システム、大型ダム、一連の小さいダム)、湿地、
河川、水路や沿岸礁湖の開発・管理に起因する農村地域のマラリア
● 都市部と都市近郊のマラリア
● 森林の辺縁部に焦点を合わせた深い森と丘のマラリア。
マラリアの環境決定要因の詳細は、様々な地域について検討されている。ヒ
トと媒介蚊の接触を減らすために、媒介昆虫の密度の削減やヒトの住む場所(住
宅、家畜の分布)の管理を行う環境の改善と操作方法は、森林地域を除く全て
の環境疫学的状況で計画できる。
媒介昆虫制御のための環境改善には、風景の永続的な変更(排水路、整地、
窪みの盛土、土取場、プールと池、河川敷と湖岸の変更)および水資源開発に
おける水理構造物の設計の変更(排水堰、漏出を防ぐ用水路敷設、貯水池の輪
郭、蚊を防ぐ飲料水タンクの覆い)を含む。
都市環境において、下水管と排水管、家の設計変更(雨どいと屋根排水を含
む)、建築規制の適用、排水管理施設の設置が含まれる。
媒介昆虫制御のための環境操作方法には、水の管理(たとえば、間歇的また
は代替の水撒き・乾燥灌漑、スプリンクラーの導入、中央制御旋回運動灌漑)、
漏出を防ぐ用水路とその他の水路、および水生植物の除去;汽水が A. sundaicus
を繁殖させている地域におけるマングローブの保全およびエビ養殖の拡大の停
止;家庭用水貯留の安全慣行;ヒトの居住地域内外の固形廃棄物の管理;都市
部での水の供給・衛生基盤施設の適切な管理が含まれる。マラリア流行再発生
のほとんどは、マラリア制御プログラムの弱体化に関連しているが、土地利用
の変更(発生の 43%)、気候と天気(25%)、社会経済情勢の悪化(11%)およ
び媒介昆虫と薬剤耐性の増加(32%)によるマラリア固有の能力の増大とも関
連している。気候変動のみでは、2030 年までリスクに曝される人口が増加する
と推定される(気候変動なしと比較して、将来 60,000 人の追加死亡)。ただし、
これは、社会経済的状態の改善によるリスクに曝される人口の減少によって過
大視の可能性が高い。
マラリアの負荷を軽減する環境管理の可能性は、環境の種類によって異なる
-6-
(すなわち、森林辺縁部/深い森と丘、農村部、および都市と都市周辺)。これは、
Anopheles 属の蚊の種類の生態と行動の地域差(たとえば、繁殖地、吸血と休
息行動)によって説明できる。ここで示した予測については、殺虫剤処理蚊帳
の使用は環境管理として考慮されなかった。統合された昆虫管理に関するボッ
クス 3 を参照。
専門家の調査(セクション 2 参照)を通して、環境管理に忠実な割合は WHO
地域によって異なるが、世界のマラリア負荷の 42% (28-55%)は環境管理によっ
て防ぐことが可能であると推定されている;東地中海地域 36% (25-47%)、西太
平洋地域 40% (34-46%)、アフリカ地域 42% (28-55%)、東南アジア地域 42%
(30-54%)、欧州地域 50% (38-63%)、アメリカ大陸 64% (51-77%)。
選択された介入策
● マラリアを減らすための環境管理介入策のメタ解析は、環境操作およびヒト
の居住地の改善がマラリアのリスクを、それぞれ、88.0% (81.7–92.1%)と
79.5% (67.4–87.2%)削減することを示した。
● 厳格に実施した研究数は少ないけれども、結果は一貫性がある。
経済的評価
● サハラ砂漠以南のアフリカを中心とした検討は、回避されたマラリアの死亡
と発生当たりの費用は、それぞれ、858 ドルと 22.20 ドルであり、マラリア
が関連する罹患率、死亡率および発症率を 3〜5 年以内に 70~95 %減らす
と推定した。この戦略は長期的にさらに費用対効果が高く、維持費用はさら
に少なく、回避された DALY 当たり 22~92 ドルと推定された。
ボックス 3.統合された媒介昆虫管理(IVM)
媒介昆虫による疾病の伝播は、疾病を伝播する昆虫の密度を減らすか、また
はそれらの平均寿命を制限することによって、中断することができる。これら
の 2 つの根本的に異なる取組みの適用性は、地域の疫学的状況に依存しており、
伝播が激しい地域においては、媒介昆虫の密度はもはや決定要因とならない。
密 度 を 減 ら す た め に 、 環 境 管 理 お よ び バ イ オ 農 薬 ( た と え ば Bacillus
thuringiensis)を用いた化学的殺虫や捕食動物(たとえば幼生を好む魚類)に
よる幼生殺滅が適用可能である。蚊の成虫の寿命を短くするため、屋内の残効
性殺虫剤噴霧が利用される(室内で休息行動をとる蚊の種類に適用)。殺虫剤処
理蚊帳の中で寝るか、蚊を防ぐ住宅によって、個人防護も可能である。化学物
質の使用は、ヒトと動物に対する毒性、環境汚染、持続可能性の問題を発生さ
せ、耐性化による継続的脅威をもたらす。幼生の発生源管理運用マニュアル
-7-
(WHO, 2013b) は、経済的価値について具体的措置の実施の選択基準と指針を
提供している。
環境管理に係る重要な特徴は、毒性がなく、適用が容易で、費用対効果が高
く、持続可能であることである。屋内の残効性殺虫剤噴霧とは異なり、環境管
理措置は地域の媒介昆虫の生態学と生物学の証拠に基づいて個別的に検討しな
ければならない。環境管理の様々な種類が、「媒介昆虫制御のための環境管理
(WHO, 1980)」に記載されている。
環境管理は、統合された媒介昆虫管理(IVM)の枠組みの一部であり、媒介
昆虫を制御制御する資源の最適利用のための合理的な意思決定手順である。
IVM は 5 つの主要な要素を考慮する;(a) 支援活動、社会的動員、法規制;(b) 保
健部門内およびその他の部門との連携;(c) 疾病制御のための統合された取組
み;(d) 証拠に基づく意思決定;(e) 能力構築(WHO, 2012f; WHO & TDR,
2009)。
トラコーマ(省略)
(つづく 2016/5/2)
住血吸虫症
要因
寄与率
水の消毒と衛生
82%
住血吸虫症は、腸や尿管を流れる静脈に住む住血吸虫属(Schistosoma)の
寄生虫、吸虫類(住血吸虫)の感染による病気である。腸管(マンソン住血吸
虫;S. mansoni、日本住血吸虫;S. japonicum)や泌尿生殖器(ビルハルツ住
血吸虫;S. haematobium)に引起される障害は、吸虫が産んだ大量の卵のこれ
らの組織の通過および宿主の免疫反応に起因する。治療せずに放置すると、肝
臓と腎臓の障害、不妊症、膀胱癌を含む長期的、不可逆的な健康への影響につ
ながる。世界の風土病化した地域において 2 億から 2 億 5 千万人が感染し、そ
の結果毎年 200,000 人が死亡していると推定されている。
住血吸虫は複雑な生活環をしており、水生または水陸両生の巻き貝を通過し
なければならない。ヒトの住血吸虫症の寄生虫のほとんどの中間宿主は、3 属の
巻き貝に属している;Biomphalaria 属(アフリカおよびラテンアメリカ沿岸の
マンソン住血吸虫)、Bulinus 属(アフリカのビルハルツ住血吸虫)、Oncomelania
属(東アジアの日本住血吸虫)。伝播は、中間宿主の貝が放出した自由遊泳し、
ヒトの皮膚を貫通する幼生を含む水とヒトが直接接触することで起きる。水は、
感染したヒトの住血吸虫卵を含む排泄物(糞や尿)によって汚染される。これ
-8-
らの卵は水中で孵化し、幼生(ミラシジウム)は感染形態のセルカリアに変態
するために中間宿主の巻貝に侵入する。日本住血吸虫などの一部の種は、牛や
その他の哺乳動物にも感染可能であり、それらは保有動物となって水源の汚染
に寄与する。
住血吸虫症伝播に関する我々の現在の理解は、関連する病気の負荷の 100%
が環境に関係するリスク要因に起因することを示している。主な環境の決定要
因は、適切な衛生の欠如および中間宿主となる貝の繁殖に好ましい生態学的な
条件である。これらの要因の影響は、水と接触する行動によって増幅され、劣
悪な衛生状態(湖沼近くでの排尿や排便)、レクリエーション(汚染された水で
泳ぐ子供や若者)、家庭(汚染された水で洗濯)および産業活動(漁師、灌漑農
業生産システムの農場労働者)に関連している。系統的検討によって、安全な
水の供給が住血吸虫感染の 47%低いオッズ比と関連付けられ、適切な衛生によ
ってマンソン住血吸虫では 41%、ビルハルツ住血吸虫では 31%、それぞれオッ
ズ比を低下させた。灌漑地域および人工貯水池の近くに住む人々は、感染のリ
スクが高いことも示された。
農業活動、水資源開発および森林プロジェクトにおいて統合された環境管理
は、巻貝の制御に効果的であることが示されている。環境管理は、中国のほと
んどの地方において伝播の中断を達成し、日本における本病の撲滅を導いた。
水資源開発事業における健康影響査定(HIA)は、住血吸虫症が土着している
脆弱な地域社会における健康保護の便利な手法である。世界的気候変動は、住
血吸虫症の分布と伝播を変更する可能性がある。
訳注:ミヤイリガイを中間宿主とする住血吸虫の生活環が日本で解明され、
疾病制御への取組み方が確立されたことは、その後の全世界の取組みに反映さ
-9-
れ、国際的に高く評価されている(ウィキペディア)。
管理可能な環境条件に起因する住血吸虫症による疾病負荷の世界的平均割
合は、82% (71~92%)と推定されている(2015 年の専門家調査に基づく推定、
セクション 2 を参照)。
選択された介入策
● 中国において、包括的な日本住血吸虫制御プログラムは、化学療法とともに、
水源管理、ヒトと汚染した水との接触を減らす保健教育、および水の供給と
衛生設備の改善のための環境の変更を組み合わせた。8 つの村において、有
病率は 9%から 3%に 3 年以上に亘って減少し、家畜の感染は完全に撲滅さ
れ、感染した巻貝の生息地域は 90%以上減少した。
● 中国の村における別の日本住血吸虫症制御プログラムは、巻貝が生息する草
地から家畜を排除し、農家に機械設備を提供して家庭用水の供給と衛生設備
を整え、保健教育を実施したところ、2 つのむらにおける日本住血吸虫症感
染率は、11.3%から 0.7%、4.0%から 0.9%へと、それぞれ減少した。さらに、
感染した巻貝が生息する場所は、2.2%%から 0.1%、0.3%から 0%へと、そ
れぞれ減少した。湖の水へ実験的に暴露したマウスの感染率は、79%から感
染なしに激減した。
● 1980 年代のジンバブエ Mushandike 灌漑計画の復旧には、住血吸虫症の伝
播を中断することを目的とした包括的な環境管理の内容が含まれていた。英
国 Wallingford の水理学研究所とジンバブエの Blair 研究所は、巻貝の繁殖
を防ぐための自己排水圧力構造および細心の傾斜灌漑と用水路、カモノハシ
堰などリスクの高い構造物の排除、夜間の貯水池管理の向上、水域の汚染を
避けるため畑地に格子状に便所の配置を含む一連の対策計画に協力した。計
画運用から 10 年後の住血吸虫の状況の評価は、生息割合が一貫して低く、
他方、環境対策がない対照地域では一貫して高率であることを示した。
経済的評価
● 最も効果的な薬剤 Praziquantl の価格が 30 年前の発売時(600 mg 錠が 0.08
ドル、平均治療費用が 0.20~0.30 ドル)に比べてかなり下がった一方、薬
の投与継続が、経済的に貧しい中での 2 つの選択肢の間でジレンマに陥っ
た;有病率が非常に低くなっている地域社会のため薬剤の集団投与を維持す
るか、または、労働集約型の症例発見と治療に切り替える。この時点で、環
境管理が感染を効果的に減らすか排除し、薬剤投与計画の投資に対して持続
可能な結果を保証し、状況の変化(たとえば、気候変動、サービスの破綻)
への弾力性を確保することなどが課題となった。
● 中国の状況では、包括的な部門間の制御プログラム(巻貝が生息する草地か
- 10 -
ら牛の排除、農業機械の提供、水の供給と消毒、保健教育の強化)が、ヒト
と牛の診断と治療、保健教育および限局的な巻貝駆除に基づく保健部門に限
定したプログラムよりも費用対便益が優れていることを示した。
● 8 年以上に亘る統合された中国の全国住血吸虫症制御プログラムの評価は、
その他の介入策の中で巻貝制御の環境管理と保健教育が、毎年 1 ドルに対し
て 6.20 ドルが得られたと結論付けたことを強調している。
● イラン Kuzestan の Dez 灌漑計画において、巻貝の生息池排除のための環境
改修が 1960 年代に開始され、それと並行して、尿路住血吸虫症の有病率が
ピーク時の 3%から 1973 年には 0%になった。環境土木事業の年間投資はヘ
クタール当たり 150 ドルから 670 ドルで、ヘクタール当たり 900 ドルから
1250 ドルの農業の便益およびヘクタール当たり 2000 ドルの化学的巻貝駆
除の節減を合わせて、費用対便益比は 7:1 以上であった。モデル化による試
算は、これらの環境改修の弾力性が伝統的な再発生介入策(薬剤投与と巻貝
駆除)と比べて優れていることを証明した。伝統的な事業の中断は 2 年でピ
ーク時の有病率に戻るが、環境改修した地域では 22 年間に亘って完全に発
生を止めている。これは、1980 年代のイラン・イラク戦争中に事業が破綻
した時に確認された。
シャーガス病
要因
寄与率
環境の媒介昆虫制御、職業的リスク、
森林伐採
56%
7~800 万の人々が、シャーガ ス病を引き起こす原虫 トリパノソーマ
(Trypanosoma cruzi)に感染していると推定されている。慢性シャーガス病罹
患者の約 30~40%は、心臓、神経系、消化器系の慢性的な生命を脅かす危険性
がある病状に陥る。この原虫は、メキシコ、中央アメリカと南アメリカの家の
周りに休息と繁殖の場所を持つ様々な種のサシガメ(triatomine bug)によって
伝播される。
主な 3 種のサシガメは、様々な環境管理の取組みに関連する生態学的多様性
を示す。
ブラジルサシガメ(Triatoma infestans)は南米のボリビア、アルゼンチン、
ウルグアイ、パラグアイ、チリ、ブラジル、ペルーに分布している。これらの
国の全てにおいて、ジャングル型が記録されているボリビアの Plurinational 州
を除いて、T. infestans がほとんど唯一の国内種となっている。T. infestans は、
貧弱な建物の割れ目、ひさし、その他の隙間に生息しており、住宅の整備が持
- 11 -
続可能な伝播を中断する基礎となる。
ベネズエラサシガメ(Rhodnius prolixus)は、南米北部の主にヤシの木を
棲家とする 2 番目に重要な種である。中央アメリカにおいては、国内集団(元々
外来種)が排除されている。ヤシまたはシュロの葉でふいた屋根が主な生息場
所を提供している。トタン屋根への交換が重要な媒介昆虫制御の介入策となる。
メキシコサシガメ(Triatoma dimidiata)は、南米北部からメキシコ南部に
分布している。主な生息地は居住地周辺の環境(薪取り山、鶏小屋、ヤギの囲
い)であり、環境管理はこの生息地に焦点を当てる必要がある。
トリパノソーマの生活環(米国 CDC)
世界的な人の移動と移民の結果として流行地域の原虫保有動物が、たとえば
東南アジアにおけるオオサシガメ(Triatoma rubrofasciata;沖縄でもネズミを
宿主として分布していた)などの媒介昆虫となり得る種と接触した場合、シャ
ーガス病が非発生国の健康問題となる可能性について懸念が高まっている。非
流行国においてシャーガス病発生の証拠は 2015 年現在未だない。媒介昆虫とな
り得る在来種の生態学的および生物学的研究は、そのような公衆衛生上の不測
の事態に対する備えとして重要である。
トリパノソーマ(T. cruzi)に対するワクチンは存在しない。発症初期と急
- 12 -
性期においてシャーガス病を効果的に治療する薬が存在する。明確な臨床症状
がないため、この段階はしばしば見過ごされている。慢性期の治療の成功は、
きわめて限定的である。
媒介昆虫集団あるいはヒトと媒介昆虫との接触の削減や撲滅のための環境
管理戦略には、漆喰の壁、セメントの床、波型トタン屋根などの媒介昆虫の繁
殖を防ぐ家屋の改善、ならびに、動物(家禽、ヤギおよびその他の吸血対象)
の管理の改善、有機廃棄物と木杭の除去などの居住地周辺の環境管理を含む。
シャーガス病の伝播は、大規模な森林伐採およびサシガメに対して通常の血液
供給源である野生動物の追放とも関連しており、植物採取の仕事の職業上の危
害となる。統合された媒介昆虫管理(IVM)の情報は、ボックス 3 (マラリア)
に提供されている。
管理可能な環境条件に起因するシャーガス病負荷の世界的平均割合は、56%
(28-80%)と推定されている(2005 年の専門家調査に基づく推定、セクション 2
を参照)。
選択された介入策
● グアテマラにおいて、漆喰壁および家庭衛生の改善はシャーガス病媒介昆虫
集団の密度を効果的に減少させた。
● コスタリカにおいて、住宅の介入策はシャーガス病媒介昆虫の制御に長期的
な有効性を示した。
表 1.疫学(WHO: Research Priorities for Chagas Disease, Human African Trypanosomiasis
and Leishmaniasis)
疾病
名
シャーガス病
アフリカトリパ
リーシュマニア
リーシュマニア症・皮膚粘
ノソーマ病
症・内蔵型
膜型
人獣共通、ヒト媒
ヒト媒介性、人獣
介性
共通
伝播
人獣共通
保有
小型哺乳類、有袋
家畜、野生動物、
動物
類、ヒト
ヒト
病原
体
T. cruzi
ヒト、イヌ
T. Rhodesiense
L. donovani
T. gambiense
L. infantum
ヒト媒介性、人獣共通
ラット、アレチネズミ
L. major, L. tropica, L.
aethiopica, L. braziliensis,
L. mexicana
アジア、東アフリ
分布
ラテンアメリカ
アフリカ
カ、地中海沿岸、
ラテンアメリカ
- 13 -
全世界
Triatominae 属
媒介
(とくに、T.
昆虫
Rhodnius、T.
Panstrongylus)
Glossinidae 属
Phlebotomus
G. morsitans
spp.
spp.
Phlebotomus
G. fuscipes spp.
spp.
G. palpalis spp
Lutzomyia spp.
(つづく
Phlebotomus spp.
Lutzomyia spp.
2016/5/4)
リンパ系フィラリア症
要因
寄与率
水、消毒、衛生
67%
リンパ系フィラリア症は、Filarioidea 科の 3 種の線虫によって引き起こさ
れる;バンクロフト糸状虫(Wuchereria bancrofti;90%の症例)、マレー糸状
虫(Brugia malayi;残りの症例の大半)、チモール糸状虫(B. timori;インド
ネシアの Lesser Sunda 列島とチモールに限局)。1 億 2000 万人以上がリンパ系
フィラリア症に現在感染しており、東南アジアとアフリカが主であるが、その
他の熱帯地域でも見られる。成虫は、リンパ管に棲みついて免疫系に障害を与
えて混乱させ、生涯に亘って、リンパ浮腫、四肢の異常な腫脹、男性の陰嚢の
腫脹を引起す。感染は、その後の人生に重度の障害の原因となり得る。
訳注:日本にもバンクロフト糸状虫は青森以南の日本各地に濃厚に分布し感
染者(象皮病)も多数見られ、八丈島にはマレー糸状虫が一時的に発生した。
1978 年に沖縄でも撲滅し、日本での発生はなくなった(藤田)。イヌのフィラ
リア症は Dirofilaria immitis によるもので、ヒトには感染しない。
- 14 -
Wuchereria bancrofti の生活環(米国 CDC)
成虫は、宿主となったヒトの血液に大量のミクロフィラリアを放出し、それ
を蚊が吸血の際に取込む。伝播は、幼虫を保有する蚊の刺咬によって発生する。
伝播のための好ましい条件は、媒介蚊の種類の生態学的な要件によって異なる。
それらは、伝播を中断する環境管理の適切な取組み方を決定する。一般的な生
息地の種類を区別できる。
南アジアと東南アジアおよびアメリカ大陸の都市環境では、優勢な寄生原虫
(バンクロフト糸状虫)は、有機物に汚染された水(開放下水、廃水処理池)
で繁殖するネッタイイエカ(Culex quinquefasciatus)によって伝播される。
アフリカにおいては、ネッタイイエカとガンビエハマダラカ(Anopheles
gambiae)が沿岸地域で優勢な媒介蚊であり、他方内陸部ではガンビエハマダラ
カとハマダラカ(A. funestus)が主である。その結果、リンパ系フィラリア症
は、沿岸部の都市における有機物に汚染された水、沿岸の淡水池、内陸の灌漑
方法と関連する。
WHO 西太平洋地域の一部において、バンクロフト糸状虫症は、一時的に水
を貯める自然のカニ穴や人工の容器の両方で繁殖する Aedes polynesiensis を含
むヤブカ(Aedes)属によって伝播される。
マレー糸状虫(Brugia malayi)は主に東南アジアに土着しており、ヌマカ
属(Mansonia)とハマダラカ属(Anopheles)に属する蚊によって伝播される。
- 15 -
ヌマカ属は、水生雑草の存在下で繁殖し、人工の貯水池と関連する。インドネ
シア、マレーシア、タイにおいては、ハマダラカ属も媒介蚊として確認されて
いる。
チモール糸状虫(B. timori)の媒介蚊は、灌漑された水田で繁殖するハマダ
ラカ属の Anopheles barbirostris である。
リンパ系フィラリア症の伝播を中断するため WHO によって勧告された主
要な戦略は、少なくとも 5 年間流行地域に住んでいる全ての人々への集団薬物
配布である。この戦略は、いくつかの地域で効果的に働いている。ただし、集
団投与の利点の長期的な持続可能性は、伝播を促進する環境条件の変更に依存
していることを認める必要がある。
伝播の中断を促進し維持するため、媒介蚊の制御を勧告する。たとえば、リ
ンパ系フィラリア症の撲滅を達成するため集団薬剤投与の十分かつ適切な遂行
を維持することは、困難である。とりわけ、ヤブカ属が媒介蚊である地域にお
いて、薬剤投与と統合された媒介蚊の管理は、伝播抑制の持続可能性を確保し、
それによって国のフィラリア症撲滅プログラムの成功をより適切に確保するだ
ろう。1930 年代の米国における経験は、サウスカロライナ州においてネッタイ
イエカ(Culex quinquefasciatus)が繁殖する汚染された水を減らすことによっ
てフィラリア症を撲滅する下水道システムの長期的な効果を指摘している。統
合された媒介昆虫管理(IVM)に関する一般的情報は、リンパ系フィラリア症
に対する指針(WHO, 2013d)およびより一般的にボックス 3(マラリア)に
提供されている。最後に、清潔な水の十分な利用も、リンパ系フィラリア症の
罹患率を管理し、さらなる障害を防ぐ重要な役割を果たしている。
この病気に関与する様々な場所や媒介蚊の生態は、病気の人口寄与割合の推
定値に大きなバラツキをもたらした。東南アジアと西太平洋地域において、人
口寄与割合は 82% (50–98%)と推定されたが、アメリカ大陸地域では主に都市環
境管理の考慮のため 70% (60–80%)となった。アフリカ地域の人口寄与割合は
40% (20-68%)と推定される。世界的に、管理可能な環境条件に起因するリンパ
系フィラリア症による病気の負荷の平均割合は 67% (39-89%) と推定される
(2005 年の専門家調査に基づく推定、セクション 2 を参照)。
選択された介入策
● タンザニアの Zanzibar およびインドの Tirukoilur と Tamil Nadu において、
薬剤治療のみを用いた介入策と、水の容器にポリスチレン・ビーズを浮かば
せる方策をそれに組合せた場合を比べると、組合せ介入策がフィラリア感染
の発生を顕著に防いだ。
オンコセルカ症(省略)
- 16 -
要因
寄与率
水源プロジェクト、森林伐採
10%
リーシュマニア症(検疫所)
要因
寄与率
家屋、環境、媒介昆虫制御、衛生
27%
リーシュマニア症は、リーシュマニア属の原虫感染による寄生虫病である。
原虫の種類に関連する臨床症状は、皮膚粘膜リーシュマニア症から内臓リーシ
ュマニア症まで多様である。WHO は、毎年、20~40 万の内臓リーシュマニア
症例と 70~130 万の皮膚リーシュマニア症例の発生を推定している。
皮膚リーシュマニア症と内臓リーシュマニア症の両方とも、主要な保有動物
宿主に基づいて人獣共通感染症またはヒト媒介性感染症のいずれかに分類する
ことができる。この原虫は、サシチョウバエの様々な種によって伝播される。
未治療のまま放置すれば、内臓型は致命的である。病気を伝播することが証明
された媒介昆虫は、アフリカとアジアの Phlebotomus 属(パパタシサシチョウ
バエ)および中央・南アメリカの Lutzomya 属である。ヒト媒介性リーシュマ
ニア症の場合、東アフリカとインドの亜大陸の内臓リーシュマニア症、北アフ
リカおよび西・中央アジアの一部地域の皮膚リーシュマニア症においてヒトが
主な保有動物である。人獣共通のリーシュマニア症については、イヌがアメリ
カ大陸、地中海沿岸およびアジアの一部の内臓リーシュマニア症に対する主な
保有動物であり、げっ歯類とその他の野生動物(ナマケモノ、オポッサム)が
アフリカ、アジア、ヨーロッパおよびアメリカ大陸における皮膚リーシュマニ
ア症の主要な保有動物である。リーシュマニア属に感染したそれらのごく一部
だけが臨床症状を示す。
人獣共通感染症としては、保有動物における膨大な原虫集団の存在が、リー
シュマニア症の疫学と制御の鍵となる。この場合、ヒトは原虫集団のごく一部
を維持する付随的宿主である。制御活動は、一般的に、毒物あるいは環境の変
更(デブスナネズミ Psammomys obesus などの巣穴の破壊)によるげっ歯類の
保有動物(たとえば、Meriones 属スナネズミ)の撲滅からなる。原虫保有動物・
媒介昆虫・ヒトの関係は、地域に特有であり、保有動物と媒介昆虫に焦点を合
わせた環境制御措置は、その結果、常に個別的状況に対応するものでなければ
ならない。チュニジアにおける事例が、選択された介入策のボックスに示され
ている。
Phlebotomus 属の制御は、繁殖場所、幼虫の生息地および様々な繁殖場所
の相対的な重要性について完全な決定的知識が欠けているため、課題として残
- 17 -
っている。ただし、卵と幼虫はほとんどの場合、湿った、暗い場所で発見され
ている。サシチョウバエは一生の間で数百メートル以上を飛ばないので、ヒト
の生息地に近くで繁殖する選択肢が病気の伝達のため重要である。サシチョウ
バエは、しばしば、居住区の近くに牛が飼われている居住環境周辺に生息して
卵を産むために壁の亀裂や岩の割れ目を利用している。したがって、土と壁の
亀裂を排除し、居住区周辺環境における有機物を排除する家の改修によって、
リーシュマニア症の大部分を防ぐことができる。簡単に言えば、媒介蚊の制御
は、持続的な環境衛生活動に依存している。統合された媒介昆虫管理(IVM)
の情報は、ボックス 3 (マラリア) に提供されている。
吸血行動の解析から、サシチョウバエは気紛れで、様々な脊椎動物から吸血
しており、チュニジアの例のように、住宅の近くや住宅内で飼育されている家
畜が媒介昆虫の高密度維持に寄与している。ヒトの居住地から家畜を移動する
ことは、短期的には、ヒトが刺される頻度が多くなるが、長期的には、伝播の
減少につながる。このことは、主な媒介蚊が住宅近くで繁殖すると考えられて
いるアフリカとアジアにおいて、とくに重要である。
適切な住居がない出稼ぎ農業労働者は、とくにリスクが高く、蚊帳の中で眠
るなど個人的防護対策を行う必要がある。中央および南アメリカにおいて、
Lutzomya 属は伝統的自然環境(たとえば森林)で最も頻繁に見られるが、森林
伐採、移住や都市化のため、リーシュマニア症媒介蚊は別の環境(たとえば都
市)に拡がり、住宅周辺におけるヒトへの伝播の多発するようになった。リー
シュマニア症は、気象および気候変動に敏感であり、土地の劣化は、媒介蚊と
保有動物宿主に対して強い影響を持つ可能性がある。
住宅周辺環境と保有動物の生息地が病気の感染伝播に大きな役割を果たし
ているアフリカおよびアジアにおいて、環境に起因する疾患の割合は 27% (11
~40%)と推定される。媒介蚊が自然環境により広がっている中央および南アメ
リカ大陸においては、環境に起因する割合は 12% (1~30%)と推定される。
世界的に、管理可能な環境条件に起因するリーシュマニア症負荷の平均割合
は、27% (9~40%)と推定されている(2005 年の専門家調査に基づく推定、セ
クション 2 を参照) 。
選択された介入策
● チュニジアにおけるリーシュマニア症保有動物の制御:1982 年にチュニジ
アの Gafsa/El Guettar オアシスにおける皮膚リーシュマニア症の継続的伝
播の中心が、ダム建設以降 Sidi Saad 地域に新たな流行を拡大した。主な保
有動物宿主、デブスナネズミ(Psammomys obesus)の分布は、好んで食
べる植生の豊かさに直結している;塩分を含む環境で発生するアカザ科の植
物。げっ歯類の食用植物の除去、深く耕し木を植えることでその生息地を破
- 18 -
壊する制御戦略は、成功が証明された。しかし、この種類の介入策の実行可
能性は人口密度に依存し、密度が低い地域においては、予防できた症例当た
りの費用に基づいて算出した費用対効果から、この予防措置は効果が低い。
河川流域の洪水の状態の監視は、爆発的な植物の成長と保有動物数のへの影
響によって引き起こされる感染を予測する手段を提供する。
動物のリーシュマニア症(Center Food Security & Public Health)
家畜化された動物の中で、イヌは最も一般的に感染する動物である。イヌのリーシュマ
ニア症のほとんどの症例は、L. infantum によって引き起こされるが、その他の原虫もあり
得る。猫、馬、ロバおよびラバにおいても、リーシュマニア属の様々な種に感染した臨床
例が時折見られる。リーシュマニア症は馬科以外の家畜には重要な病気でないが、アフリ
カの羊、山羊、牛で皮膚リーシュマニア症の散発事例がまれに見られ、南アメリカ大陸で
リーシュマニア感染豚が記録されている。リーシュマニア属に対する抗体は、アフリカの
ロバ、牛、およびヤギ、ブラジルで豚でも報告されている。実験感染させた羊や豚は発症
しなかった。
ヒト以外の霊長類、ヤブイヌ(Speothos venaticus)
、スジオイヌ(Lycalopex vetulus)
、
ハイイロオオカミ(Canis lupus)
、タテガミオオカミ(Chrysocyon brachyurus)を含む
野生または捕獲動物で臨床例が時折報告されている。実験的に感染させたカニクイキツネ
(Cerdocyon thous)およびアカキツネ(Vulpes vulpes)も発症した。オーストラリアで
は、リーシュマニア属が捕獲したカンガルー、ワラルー、ワラビー(Macropus 属)で皮膚
病変を形成したと報告されている。
リーシュマニアのそれぞれの種は、1 種類以上の主な保有動物宿主を持っているが、そ
れ以外の動物種にも感染して病気を引き起こすことがある。イヌ科は、L. infantum の保有
種宿主と見られており、家畜におけるこの原虫のサイクルを維持する上でイヌは最も重要
な種である。オオカミ、キツネ、ジャッカル、スジオイヌ、ヤブイヌを含む野生の様々な
イヌ科でも発生する。
L. infantum 感染は、猫、馬、野生アグーチ(Dasyprocta agouti)、白耳フクロネズミ
(Didelphis albiventris)
、エジプトマングース(Herpestes ichneumon)
、ジェネット
(Geneta geneta)
、スペインオオヤマネコ(Lynx pardinus)
、げっ歯類、アシカ、少なく
とも 1 種のコウモリ(セバタンビヘラコウモリ、Carollia perspicillata)を含む広範な家畜
または野生動物でも報告されている。猫を含むこれらの動物種の一部は、一部の地域にお
いて二次的保有動物となる可能性がある。
皮膚リーシュマニア症を引き起こす既知の旧世界原虫種の保有動物宿主には、L. major
についてはアレチネズミ、その他のげっ歯類、L. aethiopica についてはハイラックス(イ
ワダヌキ目、Hyracoideas)が存在する。皮膚リーシュマニア症を引き起こす新世界原虫種
は、森に住んでいる動物の間で維持されている。L. braziliensis の主な保有動物宿主につい
- 19 -
ては判っていないが、イヌ、猫、馬とともに様々な肉食動物、げっ歯類および奇蹄目を含
む様々な動物種がこの原虫に感染したと報告されている。異なる地域において異なる保有
動物宿主が重要である可能性がある。その他の新世界原虫種の重要な保有動物宿主には、
L. guyanensis/L. panamensis についてはナマケモノ、L. naiffi についてはアルマジロ、L.
mexicana、L. amazonensis および L. lainsoni についてはげっ歯類が含まれる。Didelphis
属、Philander 属、Marmosa 属、Caluromys 属および Metachirus 属の種を含む有袋類お
よびカニクイキツネは、げっ歯類が主な保有宿主と考えられている L. amazonensis にも感
染し得る。
イヌは、ペルーのアンデスにおけるヒトの皮膚リーシュマニア症を引き起こす L.
peruviana の唯一保有宿主である。樹上生活する哺乳類は、L. shawi の保有宿主と疑われ
ており、サル(ヒゲサキ、Chiropotes satana)
、ナマケモノ(フタユビナマケモノ Choloepus
didactylus とノドジロミユビナマケモノ Bradypus tridactylus)
、アカハナグマ(Nasua
nasua)の保有が報告されている。ヒトと猫で報告されている L. venezuelensis の保有宿
主は不明である。
ヒトは、皮膚リーシュマニア症を引き起こす L. tropica および内臓リーシュマニア症を
引き起こす L. donovani の 2 種の旧世界原虫種の保有宿主である。
(つづく
2016/5/6)
デング熱
要因
寄与率
水と廃棄物の管理
95%
デング熱は、世界で最も急速に広がっている蚊媒介性ウイルス疾患である。
デング熱症例の発生動向調査には、かなりの過少報告と誤分類がある。デング
熱感染の最近の推定では、年間 3 億 9000 万(95%信頼限界;2 億 8400 万~5
億 2800 万)であり、その内 9600 万(95%信頼限界;6700 万~1 億 3600 万)
は臨床症状がある。別の有病率調査は、128 ヶ国で 3 9 億人デング熱ウイルス感
染のリスクがあると推定している。WHO の 3 地域の加盟国は 2010 年に約 240
万症例を報告した (WHO, 2015b)。全てのデング熱症例を記録する活動は、報
告例数の近年の急激な増加を部分的に説明している。この病気のその他の特徴
には、多くの国において複数のデングウイルス血清型の重複流行を含む疫学的
パターン、ならびに世界および各国の経済への驚くべき影響が含まれる。
デング熱ウイルスはフラビウイルスに属し、西ナイル、日本脳炎、黄熱病の
ウイルスと近縁である。感染者はインフルエンザ様症状をしめし、とくに関節
痛みを伴い、重症のデング熱は、子供においてとくに致命的な合併症を引き起
こす可能性がある。
- 20 -
急速な都市化、信頼性の低い飲料水供給サービス、人口移動と世界貿易の増
加は、この病気の復活の重要な因子である。デング熱に対する特別な治療法は
ない。ワクチン開発が課題となっているが、重要な進歩が最近あった。3 種類の
3 価弱毒生ワクチンがフェーズ 2 とフェーズ 3 の臨床試験段階にあり、その他の
3 種類のワクチン候補が臨床開発の初期段階にある。
したがって、デング熱を防ぐ戦略は、媒介蚊(ネッタイシマカとヒトスジシ
マカ)の密度を下げ、感染源を減らし、ヒトと媒介蚊との接触を最小限にする
ことに焦点を合わせる。これらの蚊は昼間に吸血するので、後者の課題が重要
であり、赤ちゃんや幼児に蚊帳を使用する。
これらの媒介蚊は、ヒトの住居の近くにあるきれいな、人工的、時には自然
(自然の生息地であるアナナスの葉腋)の水溜まりで繁殖する。デング熱の人
工的繁殖場所の様々な種類を区別することができる。
● 飲料水容器、とくに雨水を貯めるのが一般的な地域。これらには、東南
アジアに見られる小さな樽から大きな(200 リットル)伝統的な水瓶が
含まれる。
● 住宅周囲のその他の水容器(アリ避けトラップ、花瓶、鉢植え皿、空調
トレー)、墓地の花器も繁殖場所となる。
● 都市の設備基盤の水(屋根の雨樋、マンホールおよび井戸)
● 固形廃棄物(車の古タイヤとインスタント食品容器はよく知られている
が、基本的にあらゆる廃棄物は雨水を貯留できる)
サービスの信頼性に注意が払われていない田園社会への飲用水道水の延長
が、都市から農村地帯へのデング熱伝播拡散を助長している。信頼性の低い水
道サービスは、家庭が容器に水をより長期間貯めることを助長する。国際的な
貿易とヒトの移動は、とくに中古車のタイヤに溜まった水に Aedes 属の幼虫が
繁殖するので、デング熱の拡大に寄与している(WHO, 2015b)。気候およびそ
の他の環境要因は、媒介種の分布およびデング熱流行の重要な要因である。世
界的な気候変動は、気温、降雨量、湿度の変化を通してこの地理的分布に大き
な影響を及ぼす可能性がある。
統合された媒介昆虫管理(IVM)の取組み(ボックス 3、マラリアを参照)
の一環として行われる一連の環境対策は、特定の状況において費用対効果が優
れている。信頼性の高い水道水供給の規定は、家庭における水の貯蔵の必要性
を排除する。網や設計によって水容器の蚊を防ぐ効果が期待できるが、継続的
な支援が必要である。たとえば、実行可能な生物学的方法には、飲料水容器に
幼虫を捕食する動物種(魚や小さな甲殻類のカイアシ類)の利用が含まれる。
それらの効果と持続性は、地域社会の取り組みと社会的受容性に大きく依存し
- 21 -
ている。固形廃棄物の管理および都市建築デザインの適切な規制は、発生源削
減に重要な役割を果たし得る。
管理可能な環境条件に起因するデング熱による疾病負荷の世界的平均割合
は、95% (89-100%)と推定されている(2015 年の専門家調査に基づく推定、 セ
クション 2 を参照)。
選択された介入策
● 統合された媒介昆虫管理(IVM)は、デング熱媒介蚊の最も効果的な対策で
あることが示され、調査した 100 軒の家庭当たりのメタ解析において、家
庭における生息の 83%、水容器における生息の 88%、容器における生息の
67%を削減した。
経済的評価
● Santiago de Cuba における統合された媒介昆虫管理(IVM)は、日常的な
デング熱媒介蚊制御(主に化学的制御)よりも効率的かつ効果的だった。平
均費用対効果比は、IVM で一地点当たり 831 ドル、日常的な媒介蚊制御で
2466 ドルだった。
日本脳炎
要因
寄与率
農業慣行
95%
日本脳炎(JE)ウイルスは、西ナイルウイルス、セントルイス脳炎ウイル
スに近縁のフラビウイルスに属し、南アジア、東南アジア、東アジアにおいて
ウイルス性脳炎の最大の原因となっている。臨床例の年間発症率は、国の内外
の両方で異なり、人口 10 万当たり 10 未満から 100 以上である。最近の文献的
検討では、全世界で毎年約 68,000 症例、最大 20,400 人の死亡が推定されてい
る。JE は、子供に感染する。流行国のほとんどの大人は、小児期の感染後自然
免疫を持っているが、あらゆる年齢層の人々が感染する可能性がある。
有症の JE はまれであるが、脳炎に陥った者の致命率は最高 30%と高い。生
き残った者の 30~50%は重大な長期的神経学的後遺症を患う(病気に罹ったこ
とに起因する)。かなりの誤診と過少報告があり、実際の症例数は大幅に多くな
ると想定される。年間症例数は、2~15 年毎に発症のピークを迎える重要な変動
がある。2011 年には、常在する 24 ヶ国中 19 ヶ国からの報告は、10,426 症例
が追加され、その内 95%がインドと中国からであった。
JE ウイルスは、特定の生態系、主に水田稲作の生産システムと良く解明さ
れた関連性を持っている。ウイルスの自然宿主は、サギ科の鳥(水生環境に住
- 22 -
んでいるサギやシラサギ)である。豚は主な増幅宿主である。JE ウイルスの媒
介蚊(コガタアカイエカ、ウイシニイエカ、疑いとして C. gelidus)は水を張っ
た水田と自然の湿地帯で繁殖し、これらのイエカ種は動物を好む(すなわち、
ヒトではなく動物を吸血することを好む)。ただし、特別な条件において、蚊の
個体数が急速に増えると、ウイルス感染はヒトの地域社会に波及する。そのよ
うな状況は、田植え時期に広範囲の水田に水を張った時や、梅雨の豪雨が続い
た時が該当する。
概して、JE の分布は主に農村部や都市近郊区域に限られ、気候、農業開発、
稲作に関連している。米や豚肉の需要は今後大幅に増加する可能性が高いので、
JE 発生の頻度と強度が増加する懸念がある。さらに、気候変動は、降水パター
ンの変化によって直接的に、あるいはサギ科の鳥の渡りのルートとパターンに
影響を与えることによって、この病気の地理的分布に影響する可能性がある。
JE は、ワクチンで予防できる病気である。ワクチンの有効性は、1990 年代
以降大幅向上した。2 回の追加接種を必要とし、3 年間の完全な免疫を提供する
ためには初回の接種後 6~12 週間を必要とした以前のワクチンの欠点は、新し
いワクチンの登場で消滅した。最近になって、中国で製造された弱毒生ワクチ
ン SA 14-14-2 が風土病化した国で最も広く使用されており、それは 2013 年 10
月に WHO によって事前承認された。多くの国において、農村部で高価なワク
チン接種プログラムを提供する能力は限定されている。リスクに曝されている
各人の観点から、予防接種は 100%の防護を確保する唯一の介入策である。しか
し、公衆衛生の観点から、環境衛生の介入策が JE 伝播の削減にかなりの貢献
となり得る状況と条件が存在している。それには以下のことが含まれている。
● 蚊の吸血がピークとなる時期に飼育されている場所を、ブタを蚊から防
ぐ飼育方法に改善する。ウイルスに対するブタの予防接種は日本で成功
した取組み方であるが、ほとんどの国においてヒトの予防接種の活動と
同様にそのような予防接種活動の実施は輸送問題に直面し、さらに豚の
集団の入替えが速い。豚の飼育と水稲の生産を物理的に分離する実現可
能な選択肢がいくつかの国にある。農村開発プログラムは、アジアの稲
作地域の農家に対する二次所得源としてブタの飼育を決して促進すべ
きではない。
● JE の媒介蚊集団を減らすための水田稲作の生産システムの管理は、アジ
アにおけるほとんどの地域で難しい注文であるが、水不足が高まってい
る地域の農家は間歇的灌漑(水田の冠水と乾燥を繰り返す代替措置)を
余儀なくされる可能性がある。そのような場合に、成虫となる前に幼虫
の発育を止めて殺す蚊のライフサイクルの幼虫時期を考慮に入れた対
策を策定することができる。統合された媒介昆虫管理(IVM)を含む統
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合された害獣管理(IPM)を水稲生産活動に調整する選択肢もある(ボ
ックス 3-マラリアを参照)。
● 蚊帳(忌避剤の浸透の有無を問わない)の使用、忌避剤の使用、住宅の
蚊を防ぐ対策(窓の網、軒先周辺の網)を含め、とくに最も脆弱なグル
ープ(15 歳未満の子供)に個人防護法の適用。
管理可能な環境条件に起因する日本の脳炎の負荷の平均割合は 95%
(90–99%)と推定されている(2005 年の専門家調査に基づく推定、セ クショ
ン 2 を参照)。
JE 制御の経済的側面に関する証拠不足があるけれども、ブタの飼育の改善、
灌漑の管理、住宅の改善に基づく明確な措置は、保健部門の予算を軽減するだ
ろう。
HIV/AIDS(省略)
要因
寄与率
職業上のリスク
10%
性病(省略)
要因
寄与率
職業上のリスク
8%
B 型および C 型肝炎(省略)
要因
寄与率
職業上のリスク
B 型 2%、C 型 0.3%
(つづく 2015/5/9)
結核
要因
寄与率
職業上のリスク、住居、煙への暴露
18%
結核 (TB) は、結核菌によって引き起こされる細菌性感染症である。この病
気は、毎年 150 万人を殺しており、それらの内 95%は低中所得国(LMIC)で
発生している(2013 年)。世界の人口の約 3 分の 1 が結核菌に潜在的に感染し
ているが、ごく一部でのみ(10%まで)が活動状態へと病気が進行する。ある
種のリスク要因が、結核への暴露に影響し、感染または潜在性結核感染から病
気が進行するリスクをもたらす。
たとえば、自宅やその他の施設の過密は、原因最近の伝播に好ましく、感受
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性者と感染性の結核症例との長期にわたる濃密な接触の可能性を高める。栄養
不良は、免疫系を損なうので、結核が進行するリスクを高め、予後を悪化させ
る。固体燃料の煙およびタバコ煙への暴露は、結核の増加に関連付けられてい
るが、その関連性の性質はよく判っていない。
特定の職業グループは、結核のリスクを増加させる。鉱夫のシリカ粉塵への
暴露は、結核発症のリスクと関連しており、粉塵制御などの保護措置によって
減らすことができる。結核患者と接触した医療従事者も感染リスクが増加し、
この職業的曝露に起因する集団中の結核の割合は約 0.4%と推定された。拘束さ
れた集団(刑務所、難民キャンプなど)の間で、結核の割合がとくに高い。刑
務所における暴露に起因する結核の割合は、結核の全ての負荷の 6%以上に達す
ると推定された。診断と治療だけに焦点を当てた疫学的影響は、たとえば多剤
耐性菌や貧弱な保健システムによる暴露によってもたらされる課題による予測
より少なかった。特定のリスク要因とともに、生活・労働条件と取組む持続可
能な追加介入策は、長期的な目標を達成するために求められる。
世界のほとんどにおいて、結核の全ての負荷の約 19% (5–46%)は環境に起
因したが、HIV 流行が結核罹患率に大きな影響を与えている地域において、環
境要因は比較的小さな影響であった(2005 年の専門家調査に基づく推定、セク
ション 2 を参照)。たとえば、HIV/AIDS の影響を強く受けているアフリカの一
部において、環境に関連する結核の人口寄与割合は、わずか 14% (4–24%)と推
定された。結核は環境の強い要素を持つことがあるけれども、環境管理だけで
流行を制御するとは限らない。しかしながら、環境リスク要因の管理が結核の
負荷を大幅に減らすことは明らかである。
その他の感染症と寄生虫病
いくつかのより影響の少ない病気は保健統計の観点から別個に考慮されて
いないが、環境要因を持っていることもある。その例としては、感染した動物
の尿または動物の尿を含む水への職業的暴露を通したレプトスピラ症、ネズミ
ノミを介して伝播する発疹チフス、感染した動物の処理中の職業的暴露を通し
た Q 熱、感染した野良犬や家畜またはその他の野生動物との接触を通した狂犬
病、デング熱と同様に同じ蚊を介して伝播し同じ方法で予防可能なチクングニ
ア熱、その他の媒介昆虫による脳脊髄炎や発熱疾患、不衛生と糞便汚染した水
と関連する A 型肝炎と E 型肝炎、感染性粉塵を吸い込むことによるコクシジオ
イデス症とヒストプラスマ症、ならびに、環境管理によって対処することがで
きるライム病やクリミアコンゴ出血熱がある。
訳注:様々な疾病と環境の関わりを、環境要因の寄与率を指標として検討し
ている中で、呼吸器疾患などの非伝染性疾病と環境との関連性は明らかである
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が、感染症との関係をどのように把握しているのか興味があった。呼吸器感染
症の環境の寄与率は、9%から 35%の範囲にあったが、回虫症、鞭虫症、鉤虫症
などの腸内線虫感染症は 100%、住血吸虫症も 82%であった。人糞を肥料とし
て使用していた私の年少期には、学校で「検便検査」が行われており、マッチ
箱に便を入れて持参するのが苦痛であった。当時は「ボッチャン便所」であり、
新聞紙の上に排便して棒を使ってマッチ箱に入れるのが実に不愉快であった。
さらに不愉快だったのは、サナダムシ(条虫)が寄生した場合、10m 近くにな
る体節が切れて排出される時に肛門に引っかかり、それを割りばしでくるんで
引っ張り出す必要があった。時代が変わって、ダイエットに「サナダ君」が効
くということで少女達が虫卵を飲んでいるという話は、まともな食事がなく栄
養失調に苦しんだ我々には信じられなかった。
寄生虫は中間宿主と終宿主を必要とするものが多く、生態系と深くかかわっ
ており、環境の影響が強い。マラリアなどの媒介昆虫による疾病もそうだが、
温暖化によって生態系が変わることでそれらの流行状況も大きな影響を受ける
だろう。生態系の変化とは関係しなくても、自然災害の多発によって水、電気、
ガスの供給が止まれば、衛生状態は一挙に悪化し、食中毒や経口伝染病が多発
すると予測される。環境と感染症の関係、とくに今後の温暖化と異常気象につ
いて注視していく必要がある。国際機関が発信した情報の翻訳を含めて「気候
変動と健康」を連載しているので、参考にしてください。次世代の試練を軽減
するために、今、我々の世代ができることは何か?
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