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小・中学校PTA合同講演会

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学校からの要望
「八坂小・中学校 PTA 合同講演会」
社会(企業)が求める人材、そのために子ども達は学校時代に何をやらなけれ
ばならないか、親としてどのようなことに気を付けて子育てをしたらよいか、
企業のトップからいろいろな経験を踏まえて話をいただきたい。
講 師;山田二三夫 日本電熱代表取締役社長
内容:
「私の歩んだ道」
はじめに
1.日本電熱について
1.日本電熱について
2.商社マンとしてサウジアラビアに赴任して
2.
商社マンとしてサウジアラビアに赴任して
3.共同体社会というのはどういうものか
3.共同体社会というのはどういうものか
4.若い時にどういう勉強をするか
若い時にどういう勉強をするか
4.
質疑応答
日 時;平成16
平成16年
10.00∼11.30(
11.30(90 分)
16年 11 月 27 日(土)10.00∼
学 校;八坂村立八坂中学校・八坂小学校
対 象;中学年・父母(
中学年・父母(小学生高学年希望者)
小学生高学年希望者)約 100 人
会 場;八坂村情報コミュ二ティセンター「アキツ」
コーディネ−ター;県経営者協会 関 安雄
学校側責任者・依頼元;島田秀一教頭先生
記 録;星野京子
1
はじめの言葉
勝野健一PTA
PTA会長
八坂中学校 勝野健一
PTA
会長
おはようございます。今日は小・中学校のPTAの合同講演会ということで大
また、
勢の皆様方にお集まりいただききまして、本当にご苦労様でございます。また
、
村、それから関係機関の皆様方、お忙しい中をお出掛けいただきまして本当に
ありがとうございました。さて、今日の講演会でございますけれど、先程も最
初のご挨拶でありましたが、長野県経営者協会の皆様方から多大なご尽力をい
ただく中で、豊科町にあります日本電熱株式会社の山田社長さん、今日の講師
の先生でございますけれどもお招き致しまして講演をすることができるように
なりました。本当にその間のいろいろなご協力に対しまして心から感謝を申し
上げる次第でございます。山田社長さんにつきましてはお聞きするところによ
りますと1983年から5年間くらいですが、サウジアラビアのリアドという
りますと1983年か
ら5年間くらいですが、サウジアラビアのリアドという
ところにご赴任をされ、日本人学校もできて、そこで副理事長さんとしてもご
活躍をされていたというご経歴もお持ちでいらっしゃいます。今日もそのお話
しがあると思いますけれど、入り口の方にその時の写真も展示してありますの
でご自由にご覧いただければと思います。そして何より人生の中で山あり谷あ
り、本当にご苦労をしていただきながら今は従業員 350 名という日本電熱を率
いられておられるという方であります。今日は山田社長さんからNHKのプロ
ジェクトXのような、そういうご経験を踏まえた貴重なお話しをお聞かせいた
ジェクトXのような、そういうご経験を踏ま
えた貴重なお話しをお聞かせいた
だけるのかな、というふうに本当に楽しみにしております。今年のPTAの講
演会につきましては先程も申し上げましたが経営者協会の皆様方、またいろい
ろな各方面の皆様方のご協力をいただきまして実現をしたものでございます。
本当にありがたいことでございます。企業のトップの社長さんのお話しをお伺
いすることはなかなか日々の生活の中ではできないことだと思います。どうか
今日半日ではありますが、有意義な講演会になりますよう皆様のご協力をお願
い申し上げまして、簡単でございますが開会に当たりましてのご挨拶に代えさ
い申し上げまして、簡単でございますが開会に当たりましてのご挨拶
に代えさ
せていただきます。本日は本当にご苦労様です。
2
はじめに
皆さん、おはようございます。ただいま紹介いただきました日本電熱の山田で
ございます。本日は私の話しを聞いていただく機会をいただきまして学校の先
生の皆様、教育委員会の皆様、経営者協会の関専務はじめ関係者の皆様どうも
ありがとうございます。
PTA会長のお話の中にサウジアラビアが出ましたが、皆さんサウジアラビア
がどこにあるか、知らない人がすごく多いのではないかと思います。今、サウ
ジの隣の国のイラクで大変な戦争の状態になっていますけれども、私がいたの
ジの隣の国のイラクで大変な戦争の状態になっていますけれど
も、私がいたの
は戦争の起きる前でした。
その時に私は子どもが 3 人おりまして、子どもと一緒にサウジ行きましてそこ
で日本人学校は 30 人の学校でした。私の子どもが 3 人いたのでサウジを離れる
時には 1 割の子どもがいなくなってしまうので行かないでと言われたくらいに、
存在感が高かったのですが、そんなことを中心に 1 つお話しをして皆様にご参
考になればと思っていろいろなものを用意したのですがそれが 1 つです。
もちろん、私はご紹介いただきましたように、今、日本電熱という会社の社長
をしておりますから、日本電熱がどういう会社かということについても皆さん
をしておりますから、日本電熱がどういう会社かという
ことについても皆さん
に少しお話ししたいと思います。
その後、
「私の歩んだ道」という題をいただいておりますが、その中でなぜサウ
ジに行くことになったかということをお話して、それからですね、私が日頃考
えていることですけれど、学校にいくといことは家庭と違い、ある意味で会社
にいると同じ共同体社会に入ったわけですが、共同体社会というのはどういう
ものかというのを私なりに皆さんにお話ししたいと思います。
そして最後に、会社という共同体の運営の中で、皆さんに、若い時にどういう
勉強をしていただきたいか、もしくは何をしていただきたいか、ということを
勉強をしていただきたいか、もしくは何をしていただき
たいか、ということを
お話ししたいと思います。
1、
日本電熱について
まず、日本電熱というのはどんな会社かということですけれども、工場は松川、
三郷、豊科にあります。
ここに出ているのが、家電製品でですね、電気カーペット、電気毛布、加湿器
等を作っております。これはハロゲンヒーターで去年から始めたものです。カ
ラフルで小さな電気カーペット、これも去年から始めたものです。これは皆様
あまりピンとこないかもしれませんが、いろいろな産業用機械を作っています。
今、当社の主力はこちらの方に移っております。
実は日本電熱はおもちゃのタカラという会社が親会社となりまして、タカラと
実は日本電熱はおもちゃ
のタカラという会社が親会社となりまして、タカラと
3
一緒にプラスマイナスゼロという商品を作っています。ここにあります加湿器
は、セブン・イレブンさんに行きますと抽選がありまして、その抽選で 1 番下
のほうにこの加湿器が出ています。これは当社が作っています加湿器です。ト
ヨタさんなんかも景品にしております。それから、文房具のアスクルという会
社が分厚い製品カタログを持っていますがその中に加湿器がありますが、それ
は当社の製品です。
2、
商社マンとしてサウジアラビアに赴任して
日本電熱は三井物産という会社の子会社でした。三井物産という会社は商社で、
日本電熱は三井物産という会社の子会社でした。三井物産
という会社は商社で、
実は私は三井物産という会社から出向しています。今も三井物産の社員でござ
います。私は海外に行きたくて商社に入りました。33
います。私は海外に行きたくて商社に入りました。
33 歳のときに海外に赴任が
人いたのですね、1
決まりましてその時に子どもが 3 人いたのですね、
1 番上が小学校 1 年でした。
4 月に日本の小学校に入ったばかりでしたが、その 4 月に私は会社から転勤の辞
令をもらいまして、半年間単身でサウジにいまして、その後家族を呼び寄せま
した。長男が小学校 1 年の10月です。長女が 2 歳か 1 歳です。ヨチヨチ歩き
でした。次男が生まれたばかりでしたから、生まれて初めて海外にいくという
でした。次男が生まれたばかりでしたから、生まれて初めて海外にいくと
いう
私の女房は長男の手を引いて、ヨチヨチ歩きの長女を引っ張って、乳母車を引
いて成田から南周りで 4∼5 箇所に寄って、サウジに来たのです。サウジの空港
で待ち合わせをしまして、果たして本当に来られるのかどうか随分心配もしま
したが、空港で家族を迎えたときには本当に感激しました。
年余りいました。33
それから 5 年余りいました。
33 歳のときから 38 歳のときまでですね。実は長男
の小学校ですが、その時日本人学校がありませんでした。海外には日本人学校
が全てあるわけではないのです。ですから、子どもをどうしたかといいますと、
長男はアメリカンスクールに入れました。アメリカンスクールは英語の授業で
長男はアメリカンスクール
に入れました。アメリカンスクールは英語の授業で
すね、ただ日本語を忘れてはいけないというので日本人の補習というのがあり
ました。補修というのは何かといいますと日本の教員免許を持った人ではない
方が、ボランティアで日本語を教えてくれるそういう補習です。そういうこと
で 2 年間長男はアメリカンスクールに行きました。2 歳と 1 歳の子はそれぞれア
メリカとイギリスの幼稚園に通わせました。ちょっと、皆さん想像して下さい、
皆さんもう大きいですよね、小学校 1 年はいないと思いますが、小学校 1 年で
突然、仲間から外れてアメリカンスクールで英語しか話せない状況に
突然、仲間から外れてアメリカンスクールで英
語しか話せない状況に 1 人で放
り出されたらどんなに大変でしょう。私の子どもがそうでした。全く英語が通
じない、だけど私は親としてアメリカンスクールに入れるしか手段がないので
すね。そして、とにかくお前、頑張ってこいと出すしかなかったのですね。長
女と次男は直ぐに慣れました。もっとも、長女はアメリカの幼稚園、こう扉が
ありまして、その中に入れまして扉を閉めたとたん、ワッーと泣き出しました。
4
それでもう、私は胸が張り裂けんばかりでしたけれど、私はそのまま置いて、
会社に行ったのです。しかし、2
日経ち、3
日経ちしますと、長女も次男も幼稚
会社に行ったのです。しかし、
2 日経ち、
3 日経ちしますと、長女も
次男も幼稚
園には直ぐに慣れました。歌を歌ったり、楽しいことをするからですね。
でも小学校の子どもはですね、今から思えば大変でした。実はアメリカンスク
ールに行って半年か 1 年くらい経ったときに校長先生から私に手紙が来ました。
その手紙の中にですね、びっくりしたのですが「あなたの子どもはもうこの学
校から出て行ったほうが良いですよ。」と書いてあったのです。親として大変に
ショックでした。一体どうしたのだろうということで担任の先生に会いに行き
ました。そうしたら担任の先生はですね、「あなたのお子さんは欲求不満になっ
ていないか。
ていない
か。」と言うのですね。どうしてですかと聞くと「あなたのお子さんは
非常に礼儀正しくて、机に座ってもじっとして、先生の言うことを聞いている。
でも、言っていることが分かっていないのではないか。それでもじっと聞いて
いる、どんなにかフラストレーションが溜まっているのではないか。」というの
です。もう私は胸が張り裂けんばかりでした。そして先生は、「今このままでい
たら、あなたの子どもは英語の文化も日本語の文化も、だめになるから日本へ
帰ったほうがいいよ。」と言ったのですね。でも私は会社の業務命令で来ていま
したからそんなことはできませんから、
したからそんなことは
できませんから、「どうしても一緒に勉強させて下さ
い。」と言いました。すると先生は「とにかく、英語を覚えなさい。子どもが英
語を覚えるのには、あなたが子どもさんの親と一緒に家族くるみでお付き合い
しなさい。」ということを言ったのです。それで分かりました。皆さんは土曜日、
日曜日がお休みですが、イスラム教徒というのは金曜日がお休みです。それで
金曜日のたびに子どもの友達を紹介してもらって、その親御さんに私の家に来
てもらい、もしくは私が行って、一緒に英語を学びました。それが 2 年間続き
ました。そしてようやく英語も通じるようになりました。そうしたときに日本
ました。そしてようやく英語も通じるよう
になりました。そうしたときに日本
人学校ができました。実は海外に日本人学校ができるというのは簡単なことで
はありません。その前 10 年間くらいリアドの日本人会が、いろいろと根回しを
するのですね、文部省などにリアドはこういう人口で日本人の子どもはこのく
らいいる、だから学校を作って下さい。と陳情しまして、ようやく 10 年くらい
掛かって日本人学校ができたのです。私の長男はすごく嬉しそうな顔をしまし
た。日本語の教科書を持って、日本語の先生に、日本語の文化を教えてもらう。
それがあの時ほど、嬉しかったことはなかったと言っています。
それがあの時ほど、嬉しかったことはなかったと言っていま
す。
今日、皆さんのところに来たら、私のその体験を話そうと思ったのです。今日、
後ろにいろいろ写真を持って来ていまして、リアドの日本人学校の写真です。
興味のある方はどうぞご覧になって下さい。その中で 3 年間子どもは続けまし
た。長男が日本人学校に入った後は、長女と次男がそれぞれ入りました。そこ
には、日本人の校長先生も、教頭先生もいて、先生が 3 人いました。海外の学
5
校というのは家族ぐるみのコミュニティでして、そこでアラビア語も週に 1 回
学んだり、父兄も学校に来て、スクールステイというのですが、父兄がカレー
ライスを作ったり、皆で泊まって過ごすとか、砂漠へ行って、向こうはエンタ
ライスを作った
り、皆で泊まって過ごすとか、砂漠へ行って、向こうはエンタ
ーテイメントがありませんので、砂漠でバーベキューをやったり、ということ
が多かったですね。
皆さんにその時のスライドをお見せしようと思います。これは砂漠でピクニッ
クをしているものです。鳥取の砂丘でもこれ程ではないと思うのですが、砂漠
の砂というのは極めて粒子が小さいのです。だから日本人は皆、写真機を持っ
ていきますよね、それが直ぐにだめになってしまうのです。相当細かい粒子で
す。でもその中でこうやって遊ぶのが砂漠のエンターテイメントなのです。
これは砂漠の女王と呼ばれる花です。本当にきれいだったのです。なぜここに
これは砂漠の女王
と呼ばれる花です。本当にきれいだったのです。なぜここに
出したかというと、勿論砂漠の国ですから、ここのように緑もありませんし、
花も咲きません。ところが、リアドという都市から車で 1 時間くらい行った砂
漠の真中で 1 年に 1 回花が咲くのです。毎年同じ日、多分 1 日か 2 日くらいの
違いで同じ日に同じ場所に花が咲くのです。極めて生命力が強いのですね。緑
とか花に飢えていますので毎年行くのです。私は 5 回行きました。
サウジという国はサウド王家の絶対王政ですから地図が無いのです。皆さん、
地図が無い世界というのはご理解できないと思います。地図があると革命に使
地図が無い世界というのはご理解できないと思いま
す。地図があると革命に使
われますから、治安上の目的で地図が無いのです。ですから、リアドから 1 時
間から 1 時間半を掛けてどうやっていくかといいますと、頭で覚えているしか
ないのです。もしくは先輩から聞いた道を覚えて行くしかないのですね。そう
やって毎年、毎年、家族を連れて緑とか花を見てくるのです。実は私は東京生
まれの東京育ちなので、それまで緑や花に心を動かされることが余り無かった
ですね。今は私も 55 歳になりましたから大変に花が好きなのですが、サウジに
行きまして初めて、花というものにこんなに感激したことはなかったですね。
行きまして初めて、花というものにこんなに感激したことはなかったです
ね。
それがその砂漠の女王といわれている花です。
これは、日本人学校と日本人会が共同で行いました、砂漠のマラソン大会です。
私も参加しましたが途中で倒れました。大変な熱さです。熱さでお話しします
度です。50
と、温度 50 度です。
50 度というと、皆さんちょっと想像つかないと思います。
50 度の中に車をおいておきますと、車のフロントの所に卵を割ると直ぐに卵焼
きができます。ただ、湿度が余り無いので 50 度とはあまり感じません。
これが日本人学校です。バスで登下校します。これは「歓迎カフジ日本人学校」
と書いてあります。カフジといっても分かりにくいかと思いますが、アラビア
と書いてあります。カフジといっても分
かりにくいかと思いますが、アラビア
半島のリアドは真中ですが、カフジは1番右側です。今、戦争が起こっている
場所です。そこにも日本人学校がありまして、日本人学校同士が交流したので
すね。
6
これは日本人学校がアラブの学校と交流しまして、ここにいるのはアラブの生
徒達です。一緒に勉強を交換したのです。
これは合同の運動会です。皆さん、分かるでしょう、アラブの方たちがいます
ね、ここで棒を持っているのが私の長男です。校長先生が棒術の達者な方で、
日本人の生徒に教えていました。アラブの人達にも教えてあげたのです。これ
が、アラブの生徒達と一緒に勉強した姿です。
が、アラブ
の生徒達と一緒に勉強した姿です。
これはリアド城といいます。
これはアラブの学校の勉強している姿です。アラブの生徒と握手して仲良くし
ている姿です。砂漠の中にテントを持って行って、生徒と父兄と一緒に砂漠で
パーティーです。1番のエンターテイメントです。
これはラクダです。典型的ですね。
33∼
これは 33
∼35 歳くらいの私です。ひげを生やしていますね。こちらにいるのが
学校の先生ですが、アラブの学校に行ったときに一緒に付いて行き通訳をして
くれました。こうやって、交流しているのですね。
年、帰る直前ですが日本人学校の入学式です。私の
これは昭和 62 年、帰る直前ですが日本
人学校の入学式です。私の 1 番下の子が
入ったときです。
ここにいる方はプリンス・スルタンといいましてアラブ人で初めてスペースシ
ャトルに乗った方です。ちょうど、宇宙船に乗って宇宙にいるときに、プリン
ス・スルタンとアダムの国王が話しているのが国際放送でも放送されましたが、
プリンス・スルタンに日本人学校の生徒が会いにいったときの姿です。こちら
が、校長先生です。
これは父兄の方がカレーライスを作って皆で食べているところです。長男がア
メリカンスクールに行ったときに先ほど話しましたように言葉の問題がありま
したが、アメリカンスクールでも家族との交流を非常に大切にしていました。
したが、アメリカ
ンスクールでも家族との交流を非常に大切にしていました。
サッカー大会などいろいろな催し物がありました。それから、本をどんどん読
ませました。徹底的に読ませました。算数のレベルは遥かに日本人の方が上で
した。よく人前でスピーチをさせました。あるテーマを決めて、自分はどう思
うかを発表するのです。ある人が発表したあとに、それについてどう思うか、
私はこう思いますと意見を出します。そういうことをほぼ毎日行います。です
から、アメリカ人というのはスピーチがものすごく上手なのですね、例えば、
映画スター、野球の選手、皆ものすごくスピーチがうまいです。日本人はお相
映画スター、野球の選手、皆ものすごくス
ピーチがうまいです。日本人はお相
撲さんのスピーチといっても「ごっつあんです」とこんな感じですね。人前で
話すことがあまりないのですね。アメリカ人というのはそういうことがうまい
です。私が長男の 2 年間のアメリカンスクール時代に受けた感想です。
子どもを日本人学校に入れて皆で学び、一緒に楽しんだのは、私の思い出です。
私は商社マンでサウジに行って、日本人学校を築き、副理事長もしました。日
7
本人学校の副会長もしました。リアドの日本人会全体のコミュニティもやった
記憶があります。外国に行きますと、会社同士は競争していても、そんなこと
記憶があります。外国に行きますと、会社同士は競争していても、そ
んなこと
は関係なく、皆兄弟という感じで仲良く付き合わせていただきました。
今日こちらに参りましたら、小学校の子どももいる、中学生もいる、父兄の方
もいらっしゃる、こういう皆さんが一緒に催しものができるのは、なにかサウ
ジの時代に似ているなと思いました。それもあって感傷的になってしまいまし
た。サウジの話しはこれくらいにします。
3.共同体社会というのはどういうものか
3.共同体社会というのはどういうものか
これはある有名な先生の言われたことの多分、受け売りかも知れませんが、家
庭と学校はどう違うかということですが、学校というのは共同体社会ですね、
ただ皆さん同世代ですね、同級生の同い年、もしくは
ただ皆
さん同世代ですね、同級生の同い年、もしくは 1 つは 2 つ違いくらいで
すね。その人達が初めて、共同生活を営む世界だと思います。
共同生活は何かということですが、会社も共同生活ですね。
共同生活を理解するのにはある人はこう言いました、「共同生活を理解するた
めに皆さんはたった 1 人で無人島に行って生活することを考えてごらん。無人
島にいて、自分 1 人だったら毎日食べるものを探さなくてはいけないから、あ
る時は魚を釣りに行くこともあるでしょう。だけれど、魚を釣った後に火で焼
かなくてはならない、自分が魚を釣っている間に誰かが火を焚いてくれたらど
かなくてはならない、自分が魚を釣っている間に誰かが火を
焚いてくれたらど
んなに良いかということなのですね、もしくは魚を釣っている間に魚をその辺
に置いておいた、それを熊か猿にとられたら大変なので誰か見張りがいなくて
はならない、いろいろな意味で役割分担があるのです。つまり、1人では生き
られない、何人かがいてそれぞれ分担をして共同生活をする、その初めての体
験が学校ではないかと」私もそう思います。
それぞれ、皆さん役割分担を考えながら、その1人1人が良くなろうと皆が考
えること、もともと大きい強い共同体はありませんよね。スポーツを考えて下
さい。私は中学・高校はバレーボールをやりました。バレーボールでもサッカ
さい。私は中学・高校はバレーボール
をやりました。バレーボールでもサッカ
「1
ーでもラクビーでもそうですが、ラクビーで有名な言葉は、「
1 人は全体のため
に全体は 1 人のために」「ALL FOR ONE, ONE FOR ALL」
です。スポーツは皆そうです。つまり、共同体というのは 1 人 1 人が自分の役
割を認識して全体のためになることを皆がする、皆がそう思えば全体が良くな
るということを最初に勉強するところが学校ではないかと思います。
もちろん、学校では勉強が大事ですね、それはそれとしまして、それ以外にも
そういうことを最初の第 1 歩で学んでいくと思うのです。
私は日本電熱という会社の社長ですが、世の中にはたくさん会社があります。
そういう会社というのは実は共同体なのです。私の会社は 300 人くらい従業員
8
がいますが 300 人それぞれが役割を持っています。1 人 1 人がどうやったら良く
なるかということを考えて、全体のために良くしようとする会社は伸びます。
そうではない会社は伸びません。そういう意味では学校も会社も共通点を持っ
ていますね。ですから、話しは戻りますが自分がどういう役割を持っているか
というのが重要だというのを、私は自分の会社の社員にもよく言うのですね。
つ例をあげます。これも有名な話しなのですが、ある
1 つ例をあげます
。これも有名な話しなのですが、ある 3 人のレンガ職人の話し
なのですが、レンガ職人というのはレンガを毎日積んでいる仕事です。ある日、
1 人のレンガ職人は自分の仕事は毎日代わり映えがしないので別の仕事がした
くなったのです。もう 1 人の人はレンガを毎日積むことによって大きな建物が
できる、自分はその建物を作るのに必要なことをしていると認識しています。
人の考え方は随分違います。3
この 2 人の考え方は随分違います。
3 人目のレンガ職人は、自分が積んだレンガ
が建物になって、それがその町の大きな文化となって、違う町、違う都市、大
きな国の中で大きな情報発信の場であると考え、レンガ作りによって大きな文
きな国の中で大きな情報発信の場で
あると考え、レンガ作りによって大きな文
化を作っているのです。3
化を作っているのです。
3 人はやっていることは同じですが、気持ちの持ち方で
その人の生きがいになり、夢になるのです。随分違いますよね。私はこの話し
を会社の社員によくします。先程言いましたように会社には役割分担がありま
す。会計の人、営業の人、いろいろな役割があります。特に私は若い人にそれ
を言います。何故言うかというと、気持ちの持ち方によって、恐らく 10 年経つ
と大きく差が出るのです。私自身もそうでした。やはり自分のやっていること
をどういう意味があるのか、そして前向きに考えて夢を持って挑めるというこ
をどういう意味があるのか、そして前向きに考えて夢を
持って挑めるというこ
とが大事なのです。
4、若い時にどういう勉強をするか
私は35年間会社員として働いてきました。殆どは商社で営業として働いてき
ました。そして随分若い人を教育してきました。新入社員もいました。その中
でこいつは伸びる、ものになると直感的に感じるタイプが 3 つあります。
まず 1 つは集中力がある人です。人間の集中力はそんなには続きません。今も
私はもう 40 分話していますから、皆さん飽きているかもしれません、ただし、
必要なときに集中する人間というのは、伸びます。どれくらい集中するかと言
いますと、私の隣に、私が教育係として教育している若い男、仮に井上君がい
いますと、私の隣
に、私が教育係として教育している若い男、仮に井上君がい
るとします、その井上君がレポートを書いている時に「おい、井上、あれはど
うなっているのだ。」と言った時に、その私の言葉が聞えないくらいに集中して
いる男は集中力があります。それは私から言わせると、ものになります。集中
力というのはほんの 10 分でもいいのです。やる時にはやるということです。
2 つめは好奇心です。誰が何をやっているのかな、あそこは何をしているのかな、
あの人はどうだろう、これは何だろう、そういう好奇心を持っている人、そし
9
て、具体的に自分で何かやってみたり、作ってみたりする人、これは伸びます。
具体的に自分で何かやってみたり、作ってみたりする人、これは伸びます。
3 つめは素直さです。素直さというのは表現が難しいですが、人間生きています
といろいろな人にいろいろなことを言われます、それに反発せずに、とりあえ
ず、とりあえずというのは失礼かもしれませんが、でもとりあえず、その人が
言うことをやってみよう、というのは私の思う素直さです。しかし、そこでそ
れを本当に自分のものとするかは自分で判断しなくてはだめですよ、逆に言う
とそのようにいろいろな人からものを教わって、自分の中に取り入れたものが
あるかどうかがその人の価値になります。そういう素直さを持っていただきた
あるかどうかがその人の価値になります。そういう素
直さを持っていただきた
いと思います。
それと、4
それと、
4 つめになりますがやはり礼儀正しさというのは 1 番好感持てます。
礼儀正しさは 7 難隠すと言われています。多分、その人にいろいろな難点があ
ってもですね、礼儀正しいと全部消えてしまいます。やはり、人に会ったらお
はようございます、ありがとうございます、そういうことに始まりまして、そ
ういう礼儀正しさがない、これは共同生活をやっていけません。
そのようなことが、私の経験を通じて共同体、企業という名の共同体で若い人
に望む資質です。
私は会社でも言うのですが、日本電熱というのはカーペットなりいろいろな産
私は会社でも言うのですが、日本電熱というのは
カーペットなりいろいろな産
業用の製品を売っていますね、カーペット、産業用製品を売るというのではな
いのだ、我々は皆さんに熱を供給する、家庭に熱を供給して、暖かいものを供
給して、その暖かいもので家族の団欒、幸せ、安眠、そういう家族の利便性を
提供するのだ、そういうふうに思って製品を開発しなさい、というように言っ
ています。それを会社のコンセプトとしています。
私の会社のコンセプトは熱を基本的なコンセプトとして、その発展上にお客様
に対するベストサプライヤーたらんとしています。話しが飛びましたが、最後
にそれを言いたかったのです。要は、サウジアラビアであれ、こちらの八坂村
にそれを言いたかっ
たのです。要は、サウジアラビアであれ、こちらの八坂村
であれ、どんなことがあっても人間の共同体生活というのは不可欠です。
その中で皆さんコミュニティとして小学生も中学生も家族の皆さんも、一緒に
集まり、集い、コミュニケートするという素晴らしさ、私は大変特異なサウジ
アラビアという環境にいましたから、大変強い思いを強く思っています。
それはどこへ行っても同じです。子どもさんとのコミュニケーション、共同体
とのコミュニケーション、会社とのコミュニケーション、そういうものをぜひ
大事にして、今、私の話した世界観も参考にして、何かのときに思い出してい
大事にして、今、私の話した世界観も参考にして
、何かのときに思い出してい
ただければ幸いと思います。
途中、感極まってしまってごめんさない、実は理由があります。私の長男はも
う独立をしているのですが、あるときこう言ったのです。「お父さん、僕はアメ
リカンスクールに行っていたときに、英語が通じなくてうんと大変だったよ、
10
どんなに大変だったかお父さん分かっていなかったね。」と言われたのです。
「お前、分かっているよ、親なのだから、お前がどんなに苦しかったか。私も
苦しかったのだよ。先生にあなたの息子さんは日本に帰った方がいいよ、と言
」と言いましたが、やはり息子にすまないと思いま
われ、どんな思いだったか。」と言い
ましたが、やはり息子にすまないと思いま
した。親にとって子どもは自分のDNAが入っていますし、当然理解していま
す。しかし、根っこの人格は自分と同じだと思ったら大間違いです。そんなこ
とを私は 55 歳ですが、最近になって実感しました。でも、子どもも責めている
のではなくて、思い出話しで言っていましたが、親と子が理解するのは大変だ
と思いました。
何とか、子どもさん達の辛い思いも含めていろいろなものを理解してあげると
いうことが大事だなと思います。
私は 300 人の社員を預かっていますが社長として、本当に社員の気持ちを分か
っているかというのを私自身思っています。
今日はつたない話しでしたが以上で私の話しは終わります。
ご清聴ありがとうございました。
質疑応答
生徒 これから会社をどのようにして行こうと思っていますか。
山田 会社はですね、ちょうど、自転車をこいでいるのと同じだと思います。
常にペダルを一生懸命こいで真っ直ぐに走っていないと、自転車は倒れ
ますね、会社というのも常に全力でペダルをこいでいる、そしてですね、
先程言った共同体ですが、会社を大きくする、それが会社の宿命ですし、
会社というのは一瞬も止まることなく発展しなければなりません。
会社というのは一瞬も止まることなく
発展しなければなりません。
会社も寿命があります。30
年とも言われていますね、50
会社も寿命があります。
30 年とも 50 年とも言われていますね、
50 年前
の企業と今の企業では全然違います。1番良い例がプロ野球ですね、パ・
リーグはダイエーなど、皆大変ですね。その代わりIT企業が出てきま
したね、それはつまり、事業構造が変わってきたのです。そのように 50
年も経つと大変に変わるものなのです。でも、本当は 50 年で終わってし
まってはいけないのです。会社というものは半永久に持続させなくては
いけない。そのために何をするかを社員と共に考え、そのために全力を
尽くすということが大切です。
尽くすという
ことが大切です。
生徒 今までの人生の過程で 1 番ためになったことは何ですか。
山田 1 番ためになったことは、実は私は偉そうに皆さんの前で発表しています
11
が、まあ、誰でもそうですが失敗の連続でした。
つがですね、随分ためになっています。1
その失敗の 1 つ 1 つがですね、随分ためになっています。
1 つご紹介しま
すと、入社して 2 年目、私は 2 年目で結婚しまして新婚旅行に行って、
帰ってきたのですね、そして会社の上司に挨拶しましたら、何か顔色が
違うのです。他の人に聞いてみると、実は私が大失敗をして会社に大変
年目です。人生終わりだと思
な損害を与えていたというのです。入社 2 年目です
。人生終わりだと思
いましたね、しかも奥さんもらったばかりです。でも、結論を言います
と私は良い勉強をしたと思います。そんな失敗がいくつかあります。そ
の 1 つ 1 つがためになったとお答えしたいと思います。
生徒 先程 4 つの必要なことを教えていただきましたが、私達が残りの中学校
生活でどんなことをすれば役立ちますか。
山田 やはりね、そういう質問を受けたら「勉強しなさい」というのが一般的
な回答だと思います。私はね、皆さんに勉強できる幸せを感じていただ
きたいと思います。若いときしか勉強できないというのは本当です。会
きたいと思います。若いときしか勉強できないというのは本当
です。会
社に入ったらなかなか勉強する時間もありません。私はいまだにですね、
もう 1 度大学に行って勉強したいと思っています。大学時代には遊んで
ばかりだったのです。そういう時間は取り戻せないと思っています。
ただ、勉強、勉強といっても面白くないですよね、1
ただ、勉強、勉強といっても面白くないですよね、
1 番大事なことは勉強
が実生活にどういう関わりを持つかということを常に思いながら勉強す
ると、すごくピンとくると思います。社会とか歴史的なことは実生活に
関わりを持たせることは比較的できるかも知れませんね、数学、これを
自分の生活と結びつけることは難しいかも知れませんね。
自分の生活と結びつけることは難しいかも
知れませんね。
1 つ例をあげます。私の息子と娘の話しをしますが、アメリカンスクール
に行ったときに、言葉が分からずに基本的な分数とかも含めて理解が遅
れました。後に日本人学校に行ったわけですが、最初の 2 年間のハンデ
ィカキャップがあり、実生活でも不便そうでした。だからやはり、算数
の時間も必要だと思います。
でも皆さんは実際にそのような情況にないので必要だとはなかなか分か
らないと思います。しかし、いろいろな意味で実生活と関わり合いをも
って、面白いなと興味を持ちながら勉強することが 1 番だと思います。
ですので、今のご質問にはやはり「勉強しなさい」と一般的な回答を、
です
ので、今のご質問にはやはり「勉強しなさい」と一般的な回答を、
私はします。ただ、自分の実生活と関わりあいを持つように勉強した方
がいいですよと言います。これが 2 つめです。
3 つめはこれも月並みないい方だと思いますが、今は1番、基礎体力が充
実するときですから、「よく学び、よく遊び、よくスポーツをしなさい」
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と言います。私も中学・高校とバレーボール部でした。166
と言います。私も中学・高校とバレーボール部でした。166cmしかあり
166cmしかあり
ませんから、6
ませんから、
6 人制は厳しかったですが、必死にやりました。それと、先
程のコミュニティの話しになりますが、先輩後輩との仲をきちんと教わ
ったのがクラブですね。これは、家庭のお父さんお母さんとの間とは違
います。別にスポーツ部でなくても良いです。吹奏楽部でトランペット
を吹くとか、要するに自分のワクワクすることを見つける、その最初の
時ですからそういうことをやった方がいいですね。
質問 会社で何か新しく作ろうと思っている商品はありますか。
山田 あります、でも守秘義務がありますから。
そういってしまえば簡単ですが、実は新しい製品を開発するとか、新し
い商品を作るというのはすごく大変なのです。どこの企業でも新しい商
品を作ろう、新しいマーケットを作ろうと思っています。逆にそれをし
品を作ろう、新しいマーケッ
トを作ろうと思っています。逆にそれをし
なければ、先程言いましたように会社は自転車と同じですから、いつか、
ペダルがこげなくなって、自転車はパタンと倒れてしまいます。
そのために新しいものを作るのは 1 番大切ですけれど、新しいものを作
るためには、世の中に何が必要とされているか調べて、マーケティング
というのですが、それを相当やります。いろいろな仮定を踏まえて作る
のですが、それでもその製品が受け入れられるとは限りません。ただ、
そうであってもどんどん作り、会社を発展させるのは大事なことです。
番力を入れていることは新しい製品を開発することです。
私が 1 番力を入
れていることは新しい製品を開発することです。
もう 1 つは従業員の教育です。ですから、新しいことというのは例えば
先程もお話ししましたがこの、プラスマイナスゼロというブランドの加
湿器は、最近活気がある東京日本橋のコレド日本橋で売っています。そ
れからやはり東京の青山に店を出しまして、そこでも売っています。こ
れらは有名なデザイナーの深澤直人先生の作品です。深澤直人先生とい
うのは、例えばAUが出した携帯電話でとても売れたインフォーバを設
計、デザインした人です。もしくは良品計画のブランドを作った人です。
新しいものを作るというのはとてもエネルギーが要ります。これに会社
をかけるという意気込みもあります。
当社は新しい商品を作り続けます。
生徒 先程、失敗を一杯してきたとおっしゃいましたが、そこからどのように
して社長になったのですか。
山田 やはり、失敗をしますと頭の中でもう同じことはしまいと思い、それが
身体全体でそういうことをしてはいけないというのがよく分かります。
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要するに、ある思考形態、ある手段、そういうものが肉となるのですね、
これを繰り返して人間というのは成長していくのだと思います。どんな
人間もですね、才能の無い人間はいません。ですから、商社も日本電熱
人間
もですね、才能の無い人間はいません。ですから、商社も日本電熱
もそうですがスピリットは「変革と挑戦」ということです。挑戦という
のはチャレンジすることですが挑戦すると絶対に失敗します。そうする
と、失敗をしたことによって、会社があいつは失敗したから点数を下げ
る、としますと、誰も挑戦しなくなります。ですが、それですと会社は
段々小さくなっていきます。実際にそういう会社は一杯あると思います。
伸びる会社は失敗を恐れずに挑戦し続ける人が一杯いる会社だと思いま
す。そうは言っても、失敗すると私も怒ります。それでまた、反省して
す。そうは言っても、失敗すると私も怒ります。それでま
た、反省して
いるのですけれど、失敗を重ねて、反省を身体に染み込ませて段々賢く
なるのです。失敗をしたことで怖気ついて、もう 2 度と何もしないでお
りこうさんになろうという人生では駄目です。
失敗し続けて挑戦し続ける、そんな人生にしましょう。
PTAの方の質問
父兄 お客様に機能を売るというお話しだったのですが、例えば社長さんが考
えることを、300
えることを、
300 人の従業員にどうやって伝えていますか。
山田 どこの会社も例外なく、社長として自分はこうだという思いがあります。
どこの会社でも社長室などに額に貼ってありますね。例えばある社長さ
どこの会社でも社長室などに額に貼ってありますね
。例えばある社長さ
んは「有言実行」、その他いろいろありますが社員の皆さんに分かるよう
に貼ってあります。私もそうです。私の会社の経営理念という言葉で表
すと固くなってしまいますが、思いが貼ってあります。いついかなる時
も私の思いを話します。そうして、話し続けることによって従業員も共
感を覚えます。私が言わなくても部下の人が私の思いを伝えてくれます。
そうようなことが意志の疎通だと思います。勿論、300
そうようなことが意志の疎通だと思います。勿論、
300 人いますから、そ
して人間同士ですから全く同じ気持ちを持つことは不可能です。ただ、
会社は何のためにあるのか、何のために自分は働くのか、何のために日
会社は何のためにあるの
か、何のために自分は働くのか、何のために日
本電熱に入ったかという思いを繰り返し話すことによって、言ってみれ
ば意志のベクトルが合うのです。そうして会社というのは力強い力を持
つことがでてくると私は信じています。そのためにコミュニケーション
を大事にしたいと思います。思いを共有するのが組織だと思います。
父兄 サウジへ奥さん、お子さんを呼び寄せて大変苦労されたとお話しお伺い
したのですが、今、単身赴任が増えている社会情勢だと思うのですが、
社長さんからみた家庭人観をお伺いします。
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お子さんが異国の地で苦労された、
合わせて、お子さんが異国
の地で苦労された、その経験が大人になって、
お子さんにとってどうプラスになっているか、それをお伺いします。
山田 私にとって 1 番大事なものは何かと常々考えていますがそれはやはり家
族です。それは議論の余地がない程に思っていますので別格です。
サウジに行くときにも女房は一緒に来まして 5 年半おりましたが、サウ
ジから帰りましてからは東京に住みまして、実は、今、私は豊科に住ん
でいまして、7
でいまして、
7 年間単身赴任です。今は子どもも巣立ちましたが、高校 3
年生くらいの時で転校は難しかったです。そういうことで私も単身赴任
です。でも女房も子どもも時々遊びに来ます。昔も今も私にとって家族
です
。でも女房も子どもも時々遊びに来ます。昔も今も私にとって家族
とはかけがえのないものです。
また、子どもの異国の地での経験は役立っていないわけがないと思いま
す。ただ、現在の子ども達の価値観は私とは違う子ども達の人格そのも
のです。彼らの人生にどういう影響をもたらして、どういう結果をもた
らすかは私がお話しするのは少し難しいかと思います。ただ、よく思い
出話しをします。あの時お父さん、こう言ったね、とか、特異な環境に
いましたし、大変にシリアスな場面もあったと思います。その経験は人
格形成に大きな影響を持ったと思います。息子も娘も巣立ちまして、今
格形成に大きな影響を持っ
たと思います。息子も娘も巣立ちまして、今
は少し寂しい感じです。
長野県教育委員会松本教育事務所 所長 兼山武先生の質問
私は昨年は岡谷の職業訓練校にいたのですがそこでは、入ってきたもの
の自分が何をしたら良いか決めかねている人が多くて、ですから 1 年な
り 2 年、そこで訓練をしても決まらないという人が多いのです。この八
坂中学校の生徒さんもこれから高校に行ったり、大学に行ったりすると
思うのですが、将来こうなろう、ああなろうと決めている人もいると思
いますし、漠然と考えている方もいると思います、それから、まだとい
う人もいると思います。やがて、そんなに遠くない未来に職業人生を迎
う人
もいると思います。やがて、そんなに遠くない未来に職業人生を迎
えられるに当たって、1
えられるに当たって、
1 番大事なことは何かをお伺いしたいと思います。
山田 大変難しいテーマでどのようにお答えしたらいいのか戸惑うのですが、
自分自身を省みると、私はいつ頃からこうしたいと思ったかというと先
程のご質問にあったように極めて漠然とでした。所謂、人生の流れに乗
っかって、いつの間にかこうなったと思います。確固としたものがなか
なか言いにくい、もしくは言えないもどかしさがありますが、それでも 1
つ搾り出してお話しするとしますと、やはり人生にはいつか必ず自分探
つ搾り出してお話しするとしますと、やはり人生に
はいつか必ず自分探
しの時がくると思います。そういうときに迷うと思うのです、もしくは
迷いっぱなしになるのです。どうしたら良いかという適切な答えを私は
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有しません。それは、その人その人の人生の価値がどうかということだ
と思います。人生の価値、難しいと思いますが1番簡単な言葉でいうと、
今まで生きてきた中で何に 1 番ワクワクしたことを思い起こしてみて、
それを早く見つけて、伸ばしていくということだと思います。
例えば理科の授業が好きだったら、将来技術者になるのだとそういうと
ころにワクワクする人はいうと思います。
。もしくはワクワクするものが 1
ころにワクワクする人はいうと思います
つもないという人もいると思います。でも、ワクワクすることを必ず持
っているはずなのです。そういうことをできるだけ早く見つけるという
よりも、作って、自分探しをした方がいいと思います。
おわりの言葉
坂小学校北澤明美PTA
PTA会長
八坂小学校北澤明美
PTA
会長
本日は八坂小中学校の合同PTA講演会ということで大勢の皆様にお集まりい
ただきまして本当にありがとうございました。
山田社長様におかれましては本当にお忙しい中、お越しいただいて貴重な体験
をお話しいただいてありがとうございます。
今日、中学生が大勢いるのですが、この子達にとりまして本当に近い将来、自
今日、中学生が大勢
いるのですが、この子達にとりまして本当に近い将来、自
分達の職業を選択していかなくてはならないわけですが、自分はどんな職業に
就きたいか考える上でも参考になったのではないかと思います。
本当にありがとうございました。それから、経営者協会の皆様、準備の段階か
らいろいろとご指導いただきまして、今日のこの合同講演会を開くことができ
ましたことを心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。以上で簡単ではございますが、お礼の言葉と終わり
の言葉とさせていただきます。本当にありがとうございました。
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生徒の感想文
私の将来は看護師になることでした。
そして 1 回看護師になるために必要な理科の点数が低く、これじゃなれないと
思っていました。
ですが山田さんのお話を聞いて、失敗しても大丈夫、「今のうちに勉強しよう」
という気持ちになりました。
まだ将来のことを考えるのは早いかもしれませんが今から勉強していきたいで
す。
そして中学のうちに 4 つの基本を学びしっかりした人になりたいです。
他聞これから中学 3 年から高校生くらいが大変だと思いますががんばりたいで
す。
(中学 1 年女子)
僕もなれるものなら大きな会社の社長になってみたいですがなかなかなれるも
僕もなれるものなら大きな会社の社長になってみたいですがなかなかなれるも
のではありません。
ですがなにかきっかけをつかめば必ず自分の夢もかなうと思います。
山田社長の言った 4 つのよい社員になれる方法をこれから僕も意識していきた
いと思います。
社長さんはいろいろな体験をしてきてとてもすごくて、人生を楽しんでいると
思い、僕も人生をもっと大切にしていきたいと思います。(中学 3 年男子)
「こういう人はのびる」の4つ、集中力と好奇心と素直さと礼儀正しさがある
人はのびるという話を聞いて「確かにそうだなあ」とも思ったし、自分もその
4つがそろっていないとも思ったのでとても印象に残っているし、参考になり
4つがそろっていないとも思っ
たのでとても印象に残っているし、参考になり
ました。
「自分がワクワクすることをのばしていく」というのがとても参考になったの
で、そういうことを見つけて職業についてみたいなあと思いました。
失敗を恐れず挑戦していくことも大切だなと分かりました。(中学 1 年女子)
先生の感想文
山田さんの体験に基づいたお話、また温和で気さくなお人柄が講演の中でいた
るところに表れており、生徒をはじめ保護者や地域の方々も感銘を受けたと思
われます。
サウジアラビアのリアドでの 5 年間の体験から「家族」というものの大切さや
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「勉強できるありがたさ」等が自然と伝わってきました。
「勉強できるありがたさ」等が自然と伝わってきました。
このような「出前講座」は教育現場にとっては大変ありがたい企画であり、今
後も機会を作ってお願いできればありがたいと思います。(島田秀一教頭先生)
保護者・地域の方々の感想
子どものみならず大人にとっても非常に有益な話であったと思います。
山田社長の人柄の表れた講演でとてもよかったです。
今、私達が抱えている子どもたちの問題や仕事のことなど子ども達にも分かる
ように話してくださってよかった。
失敗をかてにして生きてこられた姿に感動しました。毎日生活していくうえで
の励みにもなった気がします。
の励み
にもなった気がします。
「集中力、好奇心、素直さ」を改めて大切にして生活していきたいです。
現職の社長さんゆえ話に実感があり、これからの人生道、前向きに歩くことの
重要さを知ることができました。
商社からの社長さんのため人生経験が豊かであるため中学生の皆さんに分かり
やすい話でした。満足しています。
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