企業の負債比率と株式市場の評価

企業の負債比率と株式市場の評価
野嶋
哲*
三菱 UFJ 信託銀行株式会社
[email protected]
岩田
雄一郎
三菱 UFJ 信託銀行株式会社
[email protected]
野崎真利
三菱 UFJ トラスト投資工学研究所
[email protected]
回渕
純治
三菱 UFJ トラスト投資工学研究所
[email protected]
要旨
本論文では、部分調整モデルを用い各企業のターゲット負債比率を推定し、ターゲット
に回帰するファイナンス行動が、株式市場でどのように評価されるか検証を行った。実証
分析の結果、ターゲットに回帰するファイナンス行動が、企業価値に対し相対的にプラス
に評価されることが確かめられた。
キーワード:資本構成、企業価値、部分調整モデル
1
1
はじめに
企業がどのような負債比率を選択するかについては、理論、実証の双方で様々な角度か
ら研究が行われている。負債比率を決定する理論的背景は MM 理論(Modigliani and
Miller (1958))から出発し、トレードオフ理論、ペッキングオーダー理論など多くの理論
が提唱されている。また現実の負債比率は、それぞれの理論が提唱する要因が複雑に絡ま
って決定していると考えられる(例えば最近までの実証研究は、Graham and Leary (2011)
を参照)
。
一方で、負債比率が現実の企業価値にどのような影響を与えているかという観点からの
実証研究は、それほど多く行われていない。例えば Fama and French (2002)などでは、
企業がターゲットとなる負債比率に対して平均回帰行動をとることを確認しているが、そ
の行動が株式市場からどのように評価されるかという側面からは研究が行われていない。
関連したテーマとして、Guo, Hotchkiss and Song (2011)の研究では LBO を行った企業が
節税効果により異常リターンを獲得したとの報告が存在する。また、エクスターナルファ
イナンスと株式リターンの関連性を論ずる研究は数多く存在するものの、ターゲットの負
債比率に近づくファイナンス行動と株式リターンの関係についての研究はなされていない。
そこで本論文では、Fama and French (2002)およびそれ以降の論文で研究されている部分
調整モデルを用いて日本市場における企業のターゲット負債比率を推定し、そこからの乖
離水準別にファイナンス行動に対する株式市場の反応について検証する。
実証分析の結果、
ターゲット負債比率から過少、あるいは過大と判断したグループについてターゲットに回
帰する方向に収束するようなファイナンス行動をとる企業について、株式市場は相対的に
プラスの評価を行っていることがわかった。
本論文は以下のように構成される。第 2 章で先行研究について述べる。第 3 章では検証
方法と使用データについて説明し、第 4 章で実証結果を報告する。そして第 5 章は、まと
めと今後の課題を述べる。
2
先行研究
企業の負債比率に関する研究の出発点は、Modigliani and Miller (1958)の論文で提唱さ
れた企業価値は資本構成に依存しないとした MM 命題である。MM 命題は、税金や倒産
リスク、情報の非対称性がないなど市場の完全性を前提としていたが、より現実的な条件
として税金と倒産コストを考慮したトレードオフ理論、依頼主と代理人の目的の不一致に
起因するエージェンシーコストを考慮したエージェンシー理論などが提案されている。
トレードオフ理論は、企業は負債の借入を行うことで節税効果により企業価値を高める
ことができる一方で、過度なレバレッジは信用リスクの増加をもたらし、企業価値を減少
させ、両者のトレードオフから最適な負債比率が存在すると主張する。
エージェンシー理論は、株主および債権者における立場から、代理人である経営者との
目的の不一致によってエージェンシーコストが発生し、そのようなコストが増加すると企
業価値を下げると主張する。
一方で、Myers and Majluf (1984)によって提唱されたペッキングオーダー理論は、情報
2
の非対称性と逆選択問題から、企業は資金調達を内部留保、負債、株式の順に優先順位を
つけて調達するというもので、トレードオフ理論のようなターゲットの存在を仮定する理
論とは相反する理論である。
このような様々な理論の提唱を受けて、実際の負債比率がどのような特性で決定してい
るかという実証研究が盛んに行われてきた。大きな研究の流れとしては、負債比率を各説
明変数で回帰することで理論の整合性を検証するという統計的手法と、負債調達によるメ
リット・デメリットを推定し最適な負債比率を決定するというより構造的なモデルに基づ
く手法の 2 つが存在する。第 1 の手法は古くから研究されており、Bradley, Jarrell and
Kim (1984)や Tittman and Wessels (1988)あるいは Rajan and Zingales (1995)は、実際
の負債比率と各理論が提唱するコストの代理変数との関係を回帰分析から推定し、トレー
ドオフ理論、ペッキングオーダー理論それぞれの要素が負債比率を決定しているとの結果
を得た。また Shyam-Sunder and Myers (1999)は、企業の投資において内部資金では補
えない資金不足額が負債の資金調達によって説明できることを示し、ペッキングオーダー
理論を支持すると主張した。
その後、Fama and French (2002)は、部分調整モデルを用いてターゲットとなる負債比
率への平均回帰が起きているかどうかを調査し、実際に平均回帰的な行動は起きているも
ののその調整速度は非常にゆっくりとした速度(年間 10~18%程度)であるとの結果を示
した。これは Greham and Harvey (2001)によって行われた CEO へのサーベイの結果、
即ちトレードオフ理論に関する優先順位の相対的な低さとも整合的な結果となっている。
この調整速度に関する議論は推定方法の違いによって大きく変わることも指摘されており、
現在でもより良い推定方法のあり方について活発な議論が行われている1。
日本における負債比率の研究は池尾・広田(1992)、辻(2002)、松浦(2002)、西岡・馬場
(2004)、広田(2011)等によって行われている。基本的な特性は欧米において検証された
結果と整合的な結果が得られており、また長期にわたる負債の圧縮行動に関する説明など
を試みている。
第 2 の手法として、Binsbergen, Graham and Yang (2010, 2011)は、負債を利用するこ
との節税効果と、負債の調達によって生じる倒産コストやその他のコストを直接推定し、
両者が均衡する点を最適な負債比率と定義し実証的な研究を行っている。この方法も負債
のコスト関数の推定にはこれまでの統計的手法で利用していた説明変数を用いており、両
者は密接した研究となっている。この手法では、企業が最適と思われる負債比率に近づく
ことで企業価値が増加することを定量的に評価でき、実際の株式市場においても同様な株
価市場の反応が期待される。
以上の先行研究から、企業は特定のターゲットとなる負債比率に対して平均回帰的な行
動をとり、またそのターゲットに近づくことが株式リターンにもプラスの効果を及ぼすと
期待されるが、実際にそのような株式市場の反応が観測されるかという実証研究はそれほ
ど進んでいない。そこで本論文は、部分調整モデルを用いて企業のターゲット負債比率を
1
Kayhan and Titman (2007), Flannery and Rangan (2007), Lemmon, Roberts and Zender
(2008), Huang and Ritter (2009), Elsas and Florysiak (2012)らによって様々な推定方法が提
唱されている。
3
推定し、ファイナンス行動に対する株式市場の反応について検証する2。
3
リサーチデザイン
3.1 モデル定式化
ここでは部分調整モデルの定式化について述べる。企業 i の t 期におけるターゲット負債
比率 TDRi ,t を以下の通り定式化する。
TDRi ,t
ここで x k ,i ,t k
0
1 x1,i ,t
2 x 2 ,i , t
K
x K , i ,t ,
i 1,..., N ,
t 1,..., T
(1)
1,..., K は各企業のターゲット負債比率 TDRi ,t に影響を与える変数であり、
トレードオフ理論やエージェンシー理論、ペッキングオーダー理論の各要因を表現する代
理変数である。ただしターゲット負債比率は、式(1)に基づく単純な回帰式からは推定でき
ないことに注意する必要がある。それは、企業はターゲットとする負債比率に素早く収斂
するように行動を取るのではなく、数期間かけてターゲットを目差すと考えられるからで
ある。そのため、本論文では、以下の部分調整モデルによって負債比率を定式化する。
DRi ,t
DRi ,t
1
TDRi ,t
DRi ,t
1
i ,t
(2)
K
or DRi ,t
1
DRi ,t
1
i
x k ,i ,t
i ,t
i 1
ここで は調整速度を表す。このモデルは一般にクロスセクションと時系列方向のデー
タをプールしたパネルデータを用いてパラメータ推定が行われる。推定方法として OLS
による推定、GMM を用いた手法、あるいはモンテ・カルロシミュレーションを用いた手
法などが提案されているが、本論文では年ダミーを入れた OLS による推定を行う3。
2
ターゲット負債比率を決定する方法について、Binsbergen, Graham and Yang (2010, 2011)
の手法を採用し実証研究を行う方向性も考えられる。ただし負債コストの説明変数には統計的
手法で求めた変数を採用しており、結果として類似したターゲット負債比率が得られるものと
期待される。この手法に基づく実証研究も興味深いテーマであり、今後の課題としたい。
3 部分調整モデルにおけるパラメータ推定方法はこの分野における論点の 1 つとなっており、
様々な研究者が推定方法の提案を行っている(例えば Flannery and Rangan (2006)や Elsas and
Florysiak (2012)を参照)。この中で OLS による手法は、調整速度に対して過少推定されるこ
とが知られているものの、 ターゲット負債比率を与える各変数の係数はどの手法でも類似の
結果を与えている。本稿では、調整速度ではなくターゲット負債比率に焦点を当てているため、
最もシンプルな OLS の手法を採用した。よりロバストな推定方法による研究は今後の課題とし
たい。
4
モデルの被説明変数となる負債比率は、有利子負債を総資本(=株主資本簿価+有利子負
債+少数株主持分)で割ったもので定義する。負債比率の属性を決定する各説明変数は
Titman and Wessels (1988)や Fama and French (2002)などで採用されている指標をもと
に説明力の高い指標を中心に指標選択を行った。
対数総資産:総資産に自然対数をとったもので定義する。対数総資産は企業規模を表す
指標であり、トレードオフ理論における倒産コストの代理変数である。総資産が大きいほ
ど、倒産コストは低下し負債にかかるコストが低下することから負債比率とは正の関係を
期待する。
担保資産比率:有形固定資産と棚卸資産を足したものを総資産で割ったもので定義する。
担保資産比率が高いほど、万が一倒産した場合の資金回収率が高まるため、倒産コストは
軽減し、負債にかかるコストが低下することから負債比率とは正の関係を期待する。
RDAD/Sales:研究開発費と広告宣伝費を売上高で割ったもので定義する。RDAD/Sales
は無形資産への投資度(倒産コスト)、事業リスクを表し、倒産コストの代理変数である担
保資産比率と逆相関であることが想定され、負債比率とは負の関係が期待される。
外国法人等保有比率:外国法人等保有比率は株主構成を表す指標である。外国人投資家
を“物言う”株主と仮定すると、外国法人等保有比率が高いほど、経営裁量権エージェン
シーコストの低下に伴って株式にかかるコストが低下し、負債エージェンシーコストの上
昇に伴って負債にかかるコストが上昇するため、負債比率は低下するものと期待される。
過去 5 年 ROA(当期利益)の平均値:ROA は内部留保を蓄積する収益性を表す指標であ
り、ペッキングオーダー理論におけるファイナンシングコストの代理変数である。ROA が
高いほど、内部留保が蓄積するため、結果としての負債比率は低下する。
業種ダミー:上記要因以外の業種のビジネスリスクを反映させるために業種ダミーを設
定する。本論文では、東証 33 業種に従い全体を「製造業」、「非製造業」に分け、製造業
では海外売上高比率が 30%を超える企業について「製造業(外需)」、30%未満の企業を「製
造業(内需)」と定義する。また非製造業における「陸運業」
、
「電気・ガス」
、
「空運業」の 3
業種はインフラ機能や公益性のある業態であり、
政府による株式保有などもあることから、
非製造業の中でも別業種の「インフラ・公益」として分割した。回帰においては「製造業(内
需)」をキーの業種とし、それ以外の業種にダミー変数を設定する。
年ダミー:さらに、
各年度において上記の説明変数で説明できない要因を調整するため、
年ダミーを設定する。
3.2 株式市場の評価
上記のモデルによって求められたターゲットとなる負債比率に対し、その企業がターゲ
ットに対して収束する行動を取ったとき、あるいは離れる行動を取ったとき、投資家はど
のように評価するかを検証する。企業が潜在的にターゲットとする負債比率に近づくよう
なアクションを取るとき、それは節税メリット、あるいはデフォルトリスクの抑制の観点
から企業価値向上に資すると考えられるだろう。そこで現状の負債比率とターゲットの乖
離から、全体を「過少」・
「中立」
・
「過大」の 3 グループに分割し、事後のファイナンス行
動に対して株式市場がどのように評価していたのかを検討する。分析のポイントは、企業
5
が過少レバレッジ、あるいは過大レバレッジかどうかで、ファイナンス行動に対する株価
の反応が異なるかを確認することである。すなわち、
「過少」グループにおいては、
「負債
の増分」に対してリターンは上昇し(係数は正)
、
「資本の増分(株主還元の抑制)」に対し
てリターンは下落する(係数は負)ことが期待される。一方で、
「過大」グループにおいて
は、
「負債の増分」に対してリターンは下落(係数は負)、
「資本の増分」に対してリターン
は上昇(係数は正)することが期待される。ただし、部分調整モデルによって推定された
ターゲット負債比率は真の最適負債比率を示すものではないため、少なくとも相対的には
期待される方向に係数の序列が見られるかどうかを確認する。本論文では、以下の回帰を
実行した場合の回帰係数の整合性から、企業のファイナンス行動に対する株式市場の評価
に関して検証を行う。
returni ,t
1
0
1
Debt i ,t ,t
1
ROEi ,t
1
betai ,t
1
1
2
2
2
Equityi ,t ,t
1
(3)
ROEi ,t
sizei ,t
3
log B P
i ,t
ここで Debti ,t ,t 1 は財務活動のキャッシュフローにおける、時点 t から t 1 期での負債の純
調 達額 ( 長 短負 債 の 調 達 額- 長 短 負債 の 返 済 額 )を 時 点 t の総 資 本 で 割 った も の、
Equityi ,t ,t 1 は財務活動のキャッシュフローにおける t 期から t 1 期での資本の純調達額
(=新株発行額-自社株買い-配当支払い)を時点 t の総資本で割ったもので定義する。
右辺第 2 行目の ROEi ,t と ROEi ,t 1 は、t 期及び t 1 期での当期利益に基づく株主資本に対
する寄与を表す。特にファイナンス行動は同期間における企業収益や収益の改善と密接に
関係する。企業収益が高まると、自社株買いや負債返済の行動をとるインセンティブが高
まるなどの傾向があり、ファイナンス行動の中に業績要因も一部含まれてしまう。このよ
うな業績に基づく影響を排除するため、 本論文では、これらの変数をコントロール変数と
して導入した
(ROE と ROE の改善に対して正の寄与を表現するため、ROEi ,t 1 は正、ROEi ,t
は負の回帰係数を期待する)
。右辺第 3 行目は株式リターンを決定する 3 つの要因として
Fama and French の 3 ファクターで導入されている betai ,t (過去 3 年、月次収益率に基
づくヒストリカルベータ)、 sizei ,t (対数時価総額)
、 log B P
i ,t
(純資産株価倍率の対数)を
コントロール変数として導入した。
3.3 データ
本論文では、日経 NEEDS の財務データおよび株価データを使用した。連結決算を発表
6
している企業は連結優先とし、連結決算のない企業は単独決算を使用している。分析対象
は 2000 年 6 月から 2012 年 6 月までの金融(銀行、証券、保険、その他金融)を除く東
証 1 部上場企業で、かつ非債務超過企業である。また、無借金企業は負債比率の調整メカ
ニズムが他企業と大きく異なることが想定されるため分析対象から除外した。本検証では、
6 月末時点のデータを用いて年次で分析を行っている。また、財務データは通期で基準化4
をした値を用いて各係数の推定を行っている。
4
実証結果
4.1 部分調整モデルに基づく推定結果
部分調整モデルに基づき推定された結果は表 1 のようになり、各推定値は理論から予測
される方向に符号を持つ結果が得られ、先行研究と同様な結果が得られている5。
表 1 部分調整モデルの推定結果(係数、 t 値、決定係数)
係数
t値
定数項
0.054***
16.290
DRt
1
0.823***
228.355
対数総資産
0.009***
9.705
担保資産比率
0.016***
18.945
RDAD/Sales
-0.002***
-2.847
外国法人等所有株数比率
-0.005***
-4.940
過去 5 年 ROA 平均値
-0.015***
-17.325
製造業(外需)
0.005**
2.283
非製造業
0.013***
7.318
0.008*
1.815
説明変数
業種ダミー
インフラ・公益
サンプル数
15631
自由度修正済み決定係数
0.867
(表1注)***は1%水準、**は5%水準、*は 10%水準で有意であることを意味する。
この推定値が現実の負債比率をどの程度表現できているかを把握するため、各時点で式
(1)に基づき推定されたターゲット負債比率の中央値を実際の負債比率と比較した結果が
図 1 となる6。 図 1 から、本論文で推定されたターゲット負債比率は、過去 12 年間にお
4
基準化は、まず異常値処理の目的で中央値±5 四分位偏差を超えるデータについて、それぞ
れ 5 四分位偏差の水準に丸め処理を行った後、平均と標準偏差を用いて基準化を行っている。
5 年ダミーの推定値は、
年毎の負債比率の差異に及ぼす影が小さかったため表 1 では省略した。
6 モデルのパラメータ推定(式(1))の際には、負債比率の年度別のノイズをコントロールす
7
ける実際の負債比率の下落トレンドに対して連動した動きをすることが確認できる。さら
に、そのトレンドがどの要因によってもたらされたかを見るため、式(1)で示されるターゲ
ット負債比率の各構成要素の動向について確認する。図 2 は、ターゲット負債比率のうち
定数項で説明されない各構成要素の寄与度(回帰係数×各説明変数の年別中央値)を示し
たものである。この図から、2003 年から 2007 年における継続的なターゲット負債比率の
低下は、主に過去 5 年 ROA 平均値の上昇によって説明されることがわかる7。これは、企
業はこの期間景気回復の局面にあり収益改善が見られたが、得られた収益を内部留保や負
債返済に充てたことで負債比率が低下したものと考えられる。また 2003 年から 2006 年に
かけては、外国人等保有比率の増加による経営裁量権エージェンシーコストの低下とそれ
に基づく株主資本コストの低下から、負債比率の低下が促進されたと思われる。
図 1 実際の負債比率とター
図 2 構成要素別ターゲット負債比率
ゲット負債比率の中央値の推移
への寄与の中央値の推移
ターゲット負債比率の構成要素
0.50
0.40
0.35
0.30
0.25
0.20
0.15
0.10
0.03
0.02
0.01
0.00
-0.01
-0.02
2011
2010
2009
2008
2007
2006
対数総資産
RDAD/Sales
過去5年ROA平均値
ターゲット負債比率
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2000
負債比率
2005
2004
2003
2002
2001
2000
0.00
2002
-0.03
0.05
2001
(ターゲット)負債比率
0.45
担保資産比率
外国法人等保有比率
4.2 負債比率の変化に対する株式市場の評価
前節で求めたターゲット負債比率は各断面における負債比率に対する説明力があること
は分かったが、将来ターゲット負債比率に対して回帰する行動を起こしているかどうかは
1 期先のファイナンス行動を見る必要がある。そこで、前節で求めたターゲット負債比率
とその断面における各企業の負債比率の差を用いて全体を「過小」
(負債比率-ターゲット
る目的で年ダミーを導入しているが、分析の際には年ダミーの要素を除いたものをターゲット
負債比率と定義している。また、モデルから算出されるターゲット負債比率は 0 未満や 1 より
大きくなる場合があるが、本稿では経済的観点からターゲット負債比率を[0,1]で丸め処理し
た。
7 図 2 を理解するために、過去 5 年 ROA 平均値(ROA)を例にとって説明する。2000-2005 年は、
ターゲット負債比率の通期平均(定数項)に対して ROA の寄与が正であるが、これは ROA に対
する回帰係数(-0.015)が負であるため、通期で基準化された ROA の年別中央値が負であった
こと意味する。対して、2007 年以降は、ROA の年別中央値が正であったことを意味する。2003
年から 2008 年の ROA の年別中央値の上昇は、ターゲット負債比率を低下させる効果をもたら
している。
8
負債比率<-10%)、
「中立」
(|負債比率-ターゲット負債比率|≦10%)
、
「過大」
(負債比
率-ターゲット負債比率>10%)と分けた場合のファイナンス行動( Debt 、 Equity )の
平均値及び標準偏差を集計したものが表 2 である。
表 2 ターゲット負債比率からの乖離別ファイナンス行動
全体
過少
中立
過大
平均値
Debt
Equity
-0.0120
-0.0021
-0.0093
-0.0253
-0.0121
-0.0157
-0.0141
-0.0061
標準偏差
Debt
Equity
サンプル数
0.0602
0.0455
0.0583
0.0719
0.0138
0.0132
0.0137
0.0127
15637
4771
6050
4810
この結果より、ユニバース全体としては全期間を通した負債の圧縮(年率-1.20%)およ
び株主還元(年率-1.21%)が継続的に行われた中、相対的には過小グループにおける低い負
債圧縮行動(年率-0.21%)と高い株主還元(年率-1.57%)、過大グループにおける相対的に高
い負債圧縮行動(年率-2.53%)と低い株主還元(年率-0.61%)が確認される。これは、前節で
推定したターゲット負債比率が、真の最適負債比率の動きまでは捉えられないまでも、相
対的には過小・過大の判断ができ、企業が、将来においてターゲット負債比率に向かう方
向にファイナンス行動を取っていたことがわかる。
次に、このようなファイナンス行動に対する株式市場の評価を見てみる。株式市場の評
価は、流動性が高い大型セクター(各時点における東証 1 部上場企業の時価総額の中央値
以上)と流動性が低い小型セクター(中央値未満)では異なる傾向があるため、ここでは
大型と小型で分け式(3)に基づく Fama-MacBeth 回帰を行い、表 3 に検証結果を示した。
まず大型セクターにおいて、将来の負債変化に対して特徴的な結果が確認される。大型
セクターの過大企業群において Debt に対する回帰係数は-2.601 となり有意水準 1%で有
意となっている。表 2 の実際の負債の変化 Debt の標準偏差は 0.0602 であるので負債比
率を 6%程度圧縮していたことが株式価値を+2.6%程度上昇させていたことがわかる。また
回帰係数の大きさは中立・過小となるほど低くなり、相対的な意味で負債の圧縮に対する
株式市場の評価に期待通りの結果が得られていることが確認された。同様に、大型セクタ
ーにおける Equity の係数は、過小側ではマイナスの係数、プラス側ではプラスの係数と
なり有意水準 10%で有意となっている。表 2 の実際の資本の変化 Equity の標準偏差は
0.0138 なので、過大グループにおける 1.38%程度の株主還元の抑制が、株式価値を+2.1%
程度上昇させていたことがわかる。以上より、株式市場は部分調整モデルによって推定さ
れたターゲットに対して一定水準の回帰を行うようなファイナンス行動をとった企業につ
いてプラスの評価を行っていることが確認された。
9
表 3 ファイナンス行動と株式市場の評価
大型
定数項
Debt t
1
Equity t
ROEt
1
1
ROEt
betat
sizet
log B P
t
自由度修正済
決定係数
小型
全体
過少
中立
過大
全体
過少
中立
過大
2.501
0.129
3.018
2.832
0.077
-1.443
0.563
0.212
(0.495)
(0.026)
(0.609)
(0.522)
(0.017)
(-0.353)
(0.112)
(0.047)
-2.108***
-1.036
-1.219
-2.601***
-0.953*
-0.132
-0.920
-0.674
(-3.111)
(-1.402)
(-1.402)
(-3.230)
(-2.053)
(-0.179)
(-1.737)
(-1.191)
0.696
-1.026*
0.993
2.059*
-0.280
-1.008*
-0.799
-0.192
(1.118)
(-1.846)
(1.017)
(2.178)
(-0.395)
(-2.008)
(-0.824)
(-0.189)
10.186***
14.800***
11.290***
7.932***
9.128***
11.953***
10.451***
8.214***
(9.500)
(10.136)
(7.002)
(8.271)
(8.013)
(6.828)
(6.762)
(7.699)
-3.491***
-4.322***
-2.860*
-2.978**
-1.952***
-1.568
-3.034**
-1.570**
(-3.907)
(-3.485)
(-1.941)
(-2.632)
(-3.331)
(-1.323)
(-3.018)
(-2.391)
-1.162
-0.802
-1.054
-1.965
-0.491
-0.045
0.057
-1.065
(-1.003)
(-1.014)
(-0.866)
(-1.332)
(-0.406)
(-0.035)
(0.046)
(-0.845)
0.254
-0.099
0.816
0.935
-2.389
-0.904
0.311
-3.716*
(0.231)
(-0.092)
(0.745)
(0.718)
(-1.114)
(-0.372)
(0.125)
(-1.847)
8.544***
11.183***
9.471***
8.753***
7.623***
10.569***
9.906***
7.215***
(6.721)
(8.648)
(6.585)
(4.696)
(10.362)
(7.836)
(8.920)
(7.068)
0.204
0.194
0.210
0.223
0.164
0.187
0.174
0.163
(表 3 注)分析期間は 2000 年から 2011 年までの 12 年間。数値は回帰係数の平均値、括
弧内は Fama-MacBeth 型 t 値を表す。***は1%水準、**は5%水準、*は 10%水準で有
意であることを意味する。
一方、小型セクターはファイナンス行動に対する株式市場の反応が大型セクターほど明
確には見られない。唯一、 Equity の過小グループにおいて有意水準 10%で期待される方
向に係数の符号が得られていることを確認できるが、それ以外のグループで有意な傾向は
確認できない。この理由は、小型セクターは低流動性企業が多く存在し、負債比率の変化
によって得られるリターンが売買コストに見合わない結果、ファイナンス行動との関係が
明確に見られなくなっていると考えられる8。
5
まとめ
8
小型セクターにおいて、流動性指標(Amihud の ILLIQ)に従い低流動性グループと高流動性グ
ループの 2 グループに分けたときの株式市場の反応を見る追加検証を行った結果、統計的に有
意な結果ではないものの、高流動性群では、ターゲットに対して収斂する方向にファイナンス
行動を取った場合に株価がプラスに評価されているのに対し、売買コストが高い低流動性群で
は係数の序列が崩れ、また期待する方向と異なる符号を持つなど、ファイナンス行動との関係
がほとんど見られなくなることを確認した。
10
本論文では、部分調整モデルを用いて企業固有のターゲット負債比率を推定し、現実の
負債比率との乖離のある企業が、ターゲットに回帰する方向にファイナンス行動をとった
とき、株式市場がどのような反応をするかについて検証を行った。実証分析の結果、ター
ゲットに回帰するファイナンス行動をとった企業について、大型セクターを中心に株式市
場は相対的にプラスに評価をしていることが確認され、負債比率が企業価値に影響を与え
ていることを検証結果から得られた。
今後の課題として、今回の結果が株式市場の評価が相対的な意味でサポートされたもの
の、絶対的な意味では確かめられなかった点が挙げられる。この点について、例えば、
Binsbergen, Graham and Yang (2010, 2011)の手法を採用することで、より整合的な結果
が得られるかどうかを確かめることは興味深い課題である。また、LBO や M&A、財務リ
ストラクチャリングなど企業の負債比率が大幅に変化するような企業に対しては、本論文
で得られた特性をより詳細に検証することが可能と考えられる。このようなテーマについ
ては今後の課題としたい。
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