日本核武装論 ~「封印」された日本核武装論を解き放て

6.『日本核武装論
~「封印」された日本核武装論を解き放て』
拓殖大学 国際開発学部
教授 川上 高司
【はじめに】
本日の防衛問題はこのアジア研究会ではこれまで扱ったことがないとのことで、少し
生々しい論議になるかもしれませんが、今後の日本の安全保障にとって非常に重要な議題
だと思いますので、ぜひお話させていただいて、皆様からのいろいろなコメント、質問を
いただけたらと思っています。
今日の毎日新聞によると、ブッシュ大統領の支持率が 28%でこれまでに最低となり、そ
れに比例するかのように安倍総理の支持率もかなり落ちてきて、安倍政権がブッシュ大統
領と共倒れをするかのような感じで、次の参議院選挙で、もしかしたら負けてしまうかも
しれないという状況になっています。そういった中で、ブッシュ政権の対北朝鮮政策が政
権内で実務派が主導権をとったこともあり、北朝鮮の核保有を認めるような状況になり、
日本の安全保障は大きく脅かされている現状になっています。この状況は、中国が核を保
有した時の佐藤栄作元総理の時代と非常に似通っています。北朝鮮が 1998 年 8 月テポドン
1号の日本越えのミサイル試射の時には北朝鮮への先制攻撃論などが国会では噴出した。
しかしながら、今回は、安倍政権が核論議をいわば封印し、逆にアメリカなどの海外で日
本の核武装の是非が論議されるといったいびつな状況になっています。本日は、その現状
と対策を述べさせていただきたいと思います。
私はもともと防衛省の防衛研究所でアメリカ専門の研究を長いことしていました。その
前は元中曽根総理がつくった財団法人世界平和研究所に8年ほどおり、アメリカのシンク
タンクのランド研究所などに研究員として3年ほど在籍していた関係もあり、情報をアッ
プロードしながら、拓殖大学では安全保障論とか、アメリカ政治論などを担当しています。
【核を取り巻く海外の情勢】
現在、北朝鮮は核を保有しようとしており、6カ国協議ではそれを破棄させようとアメ
リカ、中国、日本も一生懸命やっています。しかし、最近のアメリカのブッシュ政権を見
ていると、支持率が低下する中、今度はイラク方面に 2 万 1,000 人を増員して、イランま
で攻撃するかもしれないという風潮があります。その根底には、ベトナム戦争の時にニク
ソン大統領がやったような「ベトナムからの名誉ある撤退」と同じような「イラクからの
名誉ある撤退」をするのではないかと思います。ベトナムから撤退するにあたり、当時の
ニクソン大統領は、カンボジアからベトナムに来るゲリラ等のために、一度カンボジアを
攻撃して、それから引いて名誉ある撤退をしたわけです。それと同時に、ニクソン大統領
はキッシンジャーを隠密裏に中国に行かせて米中国交正常化をやり、ソ連と中国とを離反
させることにより時間稼ぎをしてその間にベトナムから米軍を撤収したわけなのですが、
イラクに関しても状況が似てきていると考えられます。
それと同時に、ブッシュ政権は、北朝鮮の核保有はある程度認め、朝鮮半島での何らか
の得点をあげるようとしているように思えてなりません。この前の北朝鮮の核実験が成功
だったか失敗だったか分かりませんが、北朝鮮は現状のまま核実験をしながら、これから
も開発を続けると考えられます。そういった中、北朝鮮は刻々と核保有国として、なし崩
し的に国際社会からも認められ、かつ、このまま朝鮮半島の統一があるのではないか、と
危惧する次第です。
しかも統一された朝鮮半島は、反日感情があり、核保有をした統一朝鮮が現れる可能性
も否定できません。北朝鮮が核を保有し、朝鮮を統一して核保有国となり、ミサイル攻撃
もできるという可能性に対して、日本はどのように対処していくのか考えなければならな
い状況に置かれているのです。
この事実は、政治家や有識者は分かっているはずなのに誰も現実を言わない。北朝鮮の
核武装に対して、様々な角度から論争をして、その結果として、日本核武装論というのは
やはり正しくない。それでは、北朝鮮の核に対して日本はどういう具合に抑止をしていか
なければいけないのか、という論議が必要だというのが私の思いであります。
【中国核武装時の日本国内の百家争鳴の核論議】
今回の核武装論というのは、いろんな論議が出たのですが、海外からの論議が一番最初
に聞こえてきて、それに則って麻生外務大臣とか中川政調会長などが発言をされたという
ことではないかと思います。
フランスの「ル・モンド」紙が、「安倍総理が日本において核論議を封じ込めた。これは
健全な民主主義がやることではない。論議をしなければならない状況にあり、どんどんや
れ」ということを発表しました。たまたま今日お配りした拙稿が掲載されました世界週報
の記事を書く前に出たので「ル・モンド」紙の記事をここに紹介しましたが、全くこの通
りだと思います。
どういう論議が海外で起こったかというと、例えばアメリカの下院情報特別委員会は、
北朝鮮が今後核実験を敢行し、2回目、3回目とやった場合、日本や台湾、韓国を独自の
核兵器開発の計画に駆り立てる可能性があるという報告書を出したのです。
それからアメリカの有力紙のニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなどは、こ
ぞって「今後、北朝鮮が再び核実験をやった場合には、日本が核武装の誘惑に駆られて核
武装するのではないか。そうすると東アジアで軍拡競争が起きる。つまり中国は日本の核
武装に対してもっと核を増やすし、韓国も増やすし、台湾も持つようになる」というよう
なことを書いています。
特にワシントン・ポスト紙に前のブッシュ大統領のスピーチライターで、有名な「悪の
枢軸」という言葉を書いた人がいて、彼は「アメリカは逆に日本に核を持たせるべきだ」
という論調を載せました。また、いわゆるネオ・コンといわれている人たちは「日本の核
武装は逆にこの地域を安定させる。したがって日本核武装を奨励する」という論調を出し
ています。先日、フランスの戦略研究所の招待でヨーロッパの方々と論議してきたのです
が、ヨーロッパでも同じように「日本が核兵器を持つのは当たり前じゃないか。フランス
も当然ながら冷戦の最中に、ソ連の核兵器に対してアメリカが核で守ってくれるかどうか
分からない、それで自分達は核保有国に至った」ということでした。イギリスはアメリカ
にお願いして、潜水艦を譲ってもらったり、核の技術を提供してもらったりしています。
そのような状況ですから、彼らの頭の中では、
「中国も核があるし、北朝鮮は今持とうと
しているのに、日本でそういう論争がないのはおかしい。なぜ日本には論争がないのか」
ということが次から次へと出てきている次第です。
一方それに対して、日本では現在は全く棚上げ状態です。しかしながら日本でも 1960 年
10 月に中国が核保有した時には大々的な論議はなされています。中国の核保有に対して、
その時の佐藤総理は所信表明演説で、「中国の核保有はけしからん」と言い、ライシャワー
駐日大使を呼びつけて、
「もし中国が核を持つようだったら自分たち日本も核を持つのは当
たり前だ」ということ堂々と述べたということです。
国会論争の記録を紐解いて読んでみたのですが、日本国中「核戦略によって核武装すべ
きだ」もしくは、逆に「日本というのは、非核三原則で核を持たない」とか、「日本を非武
装地帯にすべきだ」という百家争鳴の論議が出ています。そのような中、結局、アメリカ
政府内部の極東関係省庁間グループで検討して、「日本の核武装は阻止すべきだ。日本に対
しては、平和利用としてのプルトニウム等の輸出はするが、核兵器は作らせない」という
ような結論がだされています。それと同時に日本がNPT(核拡散防止条約)体制に入る
ことを奨励していくわけです。
しかし、佐藤政権はライシャワー駐日大使と裏交渉を続けていくわけですが、そこでア
メリカは日本に対して「持たず・作らず・持ち込ませず」という非核三原則の姿勢を取ら
せる一方で、実際に核を持ち込んでいるだろうということを逆にリークします。これは中
国に対する抑止を有効にするために恣意的に行ったことで、日本政府も暗黙裏に了承の上
で行われたとされています。見事なまでに戦略的な解決方法であったわけです。最近にな
りいろいろなアメリカの文書が公開されて、日本にも核が持ち込まれていたということが
明らかにされているわけですが、当時はリークして日本に核が持ち込まれているというふ
うなことを意図的に流しながら、リアシュアランス(再保証)…日本は攻撃できないとい
う抑止力を作り出しました。
もちろん反対運動もありましたが、日本に核があるということが分かれば、新しく核を
保有した中国は、日本に対して手出しはできないという論議になったわけです。
【海外の核武装論と日本での封印された核論議】
今回は、北朝鮮が核実験をした結果いろんな論議が喧々諤々と出てきたわけです。日本
国内でも核論議というのは、北朝鮮が核実験をした直後の 10 月 16 日に中川昭一政調会長
がテレビに出て、核保有の論議や核問題が噴出した感があります。それに続いて麻生外務
大臣が「核保有の是非というのは一つの考え方として論議するのは大事だ」という発言を
されるわけです。
ただ、特徴的なのは、安部総理は論議としてはやるべきだということを言っておきなが
ら、全くそれ以上、論議が深まらなかったということです。核論議すること自体、おかし
いという声が社民党や共産党から出て、自民党内部でも2回、国会対策委員長が、「誤解を
招きかねない発言は慎むべきだ」という発言をされて火消しに回ったりしました。もしく
は、久間防衛省大臣が「議論するとかえって間違ったメッセージを与える」と否定的な論
議をされたわけです。発言をすること自体おかしいということです。
先程申し上げたように、かつて日本では核論議がとても活発だったのに、なぜ今、そう
いう論議をしないのかというところに非常に不思議な風潮がある気がします。
一方、産経など保守的なマスコミでは、「日本は核論議をどんどんせよ」という極端な論
争が突出して、全くまともな論議がなされていないという状況が醸し出されたわけです。
日本の世論の傾向として、いきなり核武装論に振れてしまう可能性があります。それで
は非常に危険なので、国内の専門家・有識者同士である程度調整をしておかないといけな
い。日本に独自の核武装論がいきなり持ち上がっては、今の6カ国協議でアメリカの立場
がなくなってしまう。したがって、アメリカとしては日本に対してリアシュアランスを行
う必要がある。アメリカが明白なメッセージを北に対して送れば、日本としても納得する
と考えられる。また、北朝鮮が核実験をした数時間後にシーファー大使が「アメリカは日
本をあらゆる形で守る」ということを発言して、また 10 月にライス国務長官が来日した際
も「アメリカはフルコミットメントで日本と韓国を守る」ということを言ったわけです。
これをもって安部総理は、十分に日本の抑止力が保たれたと思ったのかもしれません。結
局安倍総理は、ちょうどライス国務長官が来て1週間後くらいの 10 月 27 日、「政府や自民
党の機関では、核武装論議は取り上げない。やめる」というふうなことをおっしゃったわ
けです。これにて、核論議は封じ込められ、現在では論議はない、ということになってし
まったわけです。
しかし、これで本当に北朝鮮の核を抑止できるのか、という問題が残ります。
【日本が核を保有した場合のメリットとデメリット】
核論議というのは、我々のソーシャルサイエンスの分野でも神学論争みたいな感じで訳
の分からない論議になるわけですが、あまりやってしまうとここでも訳が分からなくなっ
てしまうので、ごく簡単に、冷静に日本が核武装をした場合のメリット・デメリットはど
のようなものなのかを整理してみました。
国会議員の先生方といろいろな研究会でご一緒したり、個人的に話しているのですが、
いろんなところでご発言されたり、いろんなところで論争されたりしているものを拾い集
めながらメリット・デメリットで分けてみました。
まず、デメリットを見てみると、だいたい7つほど挙げられます。
1番目は「日本は唯一の被爆国なので、当然、国民感情が許さない」というものです。
当然これはあるわけです。ただ、国民感情は許さなくても、核は飛んでくるかもしれませ
んから、それに対する備えをしなければ国民の命がなくなってしまうということです。
2番目は「日本が核開発をした場合はNPT条約を脱退しなければいけない」ことです。
そうすると日本が逆にアメリカからすると「悪の枢軸」の1つになるり、避難轟々の国際
論議になるということになるわけです。
3番目は、日本が核を持つことで世界各国の核開発競争が始まり、「核のドミノ現象」が
起き、韓国も台湾も持ってしまってせっかく作ったNPT体制が壊れるかもしれないとい
うことです。
4番目は、日本が核武装すれば中国はそれに対抗してもっとミサイルを持つことになる。
そうなれば日中間に軍拡競争が起こり日本の安全保障環境が悪化してしまうセキュリテ
ィ・ジレンマが生じることが危惧されます。
5番目は、現在、日本はほとんど原子力にエネルギー供給を頼っていますが、その原料
となるプルトニウムを輸入しています。しかしながら日本が核武装をするとなるとそれに
反対するアメリカ、カナダ、オーストラリア、フランスとの2国間協定が破棄され、発電
所停止ということになってしまいます。
6番目は、核実験の場所がないということです。核を開発する場合にはプルトニウム型
が実際考えられるわけですが、実験をしなければならなくなります。そういう時に核実験
をする場所がありません。
7番目は、ブッシュ大統領は、米国は抑止と安全確保の責任を果たすとしていているの
ですが、日本が核保有国になってしまうとその約束を日本が信じられなかったということ
で、日米同盟の弱体化につながるということが言えます。
また、それ以外にもいろいろなハードルを越えなくてはなりませんので膨大なコストリ
スクが生じることが予想されます。
次に日本の核保有のメリットを挙げます。その前に核にはどんなものがあるかを説明し
ます。
核にはウラン型とプルトニウム型の2種類あります。ウラン型は広島に落ちたリトル・
ボーイという結構スマートな形の横長の爆弾です。もう一つのプルトニウム型は長崎に落
としたファット・マンです。
最初のウラン型は天然のウランに 0.7%しか存在しないウラン 235 という元素をウランか
ら取り出し、それを濃縮して 92%に高めるわけです。ですから、ウラン 235 以外の 99.3%
はウラン 238 というのが主で、こちらの方は原発に使うわけです。
ウラン 235 は原子爆弾に使うわけですが、実際に原子力爆弾に使うものは 92%以上に濃
縮をかけます。それでウラン 235 を 92%に濃縮度を高めた臨界量、核爆発が起こる臨界は
22 キロ必要だといわれています。その 22 キロのウラン 235 を一カ所に集めて爆発させると
いう原理になっています。
実際に広島に落としたリトル・ボーイは 60 キロありました。それを 30 キロずつに分け、
一方を爆薬で爆発させ、その勢いをもう一つの 30 キロにあてて、それで2つを一緒にして
臨界量に達することで、核分裂を起こして原爆を成功させました。
もう一方のプルトニウム型というのは、先程言いましたウラン 238、(天然のウランの
0.7%がウラン 235、99.3%がウラン 238)に原子炉の中で中性子をあてます。そうすると
これがプルトニウム 239 に変化します。このプルトニウム 239 の純度を 93%までに高めて
使います。ところがこのプルトニウム 239、つまりウラン 238 に中性子をあてた結果できた
ものは、非常に敏感ですぐ爆発してしまいます。そのため、そのプルトニウム 239 をいく
つかに小さく分け爆弾のファット・マンの周りに置き、それぞれの所に起爆剤を付けて、
100 万分の1秒ぐらいの割合で一箇所に集めて同時爆発させます。北朝鮮の核はこの方式を
この間実験し、失敗したのではないかと言われています。いずれにせよ、そういうかなり
緻密な計算が爆発には必要です。ところが、先に言いましたウラン型は濃縮するのに非常
に巨大な施設が必要です。しかも時間がかかります。そういうことからウラン型は作らな
いというのが各国の現在の状況です。
したがって現在の核保有国はプルトニウム型でプルトニウム 239 を使っています。その
ためには純度を 93%に上げるわけですが、これは小型の原子炉があればどこでも簡単にで
き、結局、必要量というのはウラン 235 の半分で済みます。ごく少量のプルトニウム 239
で原爆ができるということになるわけです。ということは、おそらく軽量になってくるの
で、特にミサイルの防衛で搭載するときに小さくなくてはいけませんから、そういう時に
も非常に適するというわけです。
さて、なぜ世界は日本が核武装するのではないかといったことを必要以上に言うのかと
いいますと、技術力がある、ロケットを持っている、さらには当然のことながら日本は原
発を持っているので、必然的に出てくるプルトニウムがあるからです。現在、日本のプル
トニウム保有量は約 40 トンあると言われています。8 ㎏で核爆弾1個分だと言われていま
すので、日本は約 5,000 発の核爆弾を簡単に作れるという状況です。しかも技術力もあり、
人工衛星も打ち上げていますからICBM(大陸間弾道ミサイル)も作れます。それから
アメリカと一緒にイージス艦や潜水艦の迎撃ミサイルも作っていますからいろんな技術が
あるわけです。
このように日本というのはごく短期間に核武装できるということで、世界中から「日本
は潜在的な核保有国だ」と言われるのです。
話を戻して、日本の核武装のメリットに関してお話いたします。先に話しました7つの
デメリットを克服してまで日本が核武装をするメリットはあるのかということです。
最初にアメリカの論者が言うメリットを参考にしてお話します。
先ず、先述しましたアメリカのネオ・コン・グループは、
「北朝鮮の核保有というのは北
東アジアの核バランスを壊す。したがってそれに対抗するために日本は核武装して核のバ
ランサーとなって、しっかりアメリカのために働いてくれ」という議論を展開します。つ
まりアメリカのために日本の核武装は必要だという議論であり、日本にとってもそれが必
要か、いう議論になります。
2番目は「対中抑止力」論です。これは、中国に対しては米国の拡大抑止力は利かない
ので、日本は核武装すべきというものです。
私は中国にたくさん友人がいますし、大事な友好国だと思っていますが、ただやっぱり
何か起こった時のために、そういう脅威に対してはきっちり対処しながら、今度は軍縮を
していくという考え方が必要だと思います。対中抑止力はアメリカも持っていますが、や
はり日本独自の抑止力というものを考えなければいけない、というのが2番目の考え方で
す。
それから3番目ですが、これは日本では論者はいないのですが、核クラブというパキス
タンとかイスラエルなどが参加する核クラブがあり、
「そこに日本が入ることにより日本が
強国、大国になり、そのようなパワーを背景にして国連に加盟するような力を付けろ」と
いうようにアメリカで言われているものです。
4番目は、ジョージ・ワシントン大学教授のマイク・モチヅキなどがそのように言って
いるのですが、「中国に北朝鮮の核放棄を促すため」ということです。
いずれにしましても、こういうことを考えていくと、日本が独自に核武装をするという
ことは現時点ではデメリットがメリットをはるかに超える、要するに持たない方がいいと
いうことになりますし、核武装するということは最悪のシナリオだということになり得る
と思います。
おそらくこういう論議を衆議院、参議院で行ったり、もしくは日本の論壇で議論をして
「やっぱり持たない」ということにならないと、世界中が懐疑の目で日本を見ることにな
ると思います。
では、「本当に日本はこれで大丈夫か?」というところが今の私のこれから先の論議であ
ります。結局、核政策というのは先程言ったように神学論争みたいなところがあるのです
が、冷戦時代には相手が攻撃した分だけ自分が相手を攻撃する、そうするとお互いに何も
残らないからやめよう、というルールで成り立っていました。ところが、9.11 テロ以降、
何が起こったかというと、核が使えるようになったわけです。北朝鮮やどこか分からない
テロリストからミサイルが飛んでくるかもしれないから、それを撃ち落とすためにミサイ
ル・ディフェンスと言う考え方を取り入れたわけです。今の政府側の論議では、北朝鮮が
核を持つからミサイル・ディフェンスの道具をつけようという論議があります。しかし、
普通に考えると北朝鮮というのは 200 発のノドン(長距離ミサイル)
、それから 600~700
発のスカッド・ミサイル、両方合わせると 800 発あるわけです。核弾頭搭載ミサイルは数
が限られているにせよ、もし通常弾頭搭載ミサイルにまぜて核弾頭搭載ミサイルを日本に
向けて連射するとなると、どれが核弾頭搭載ミサイルか区別がつかない。しかもミサイル・
ディフェンスで撃ち落せるのはおそらく 30 発できればいい方です。そうすると残りのおそ
らく 700 発以上は日本に落ちてきます。絶対に防ぎようはないわけです。
したがってそれを日本が抑止するためには、迎撃するミサイルだけではなく、逆にこち
らから撃つ懲罰的抑止と言いますが、そういうものも当然ながら必要になってきます。
ところが、今、言いましたように、日本がこういう核ミサイルを持つことは不利益にな
るので、結局アメリカにやってもらう他はないということになるわけです。ところが、北
朝鮮が日本に対して核によるファースト・ストライクを行った場合、本当にアメリカは報
復攻撃を行うのか、というところに当然ながら大きな疑惑の目が行くわけです。そういっ
た論議を日本はアメリカと進めなければいけません。それが現在、日本が最もやらなけれ
ばいけない課題だと思うわけです。
【欧州に学ぶ4つの核戦略】
では、どうしたらそれが可能なのかというところで、日本は冷戦時代のヨーロッパと同
じような状況に立っているわけです。冷戦当時を思い起こすとソ連とアメリカが対峙し、
ヨーロッパではワルシャワ条約機構とNATO(北大西洋条約機構)
、西ドイツと東ドイツ
も対峙していました。その当時の主要な核ミサイルは大陸間弾道の長い射程のもので、こ
れは宇宙に一度出て 15 分から 30 分間くらい宇宙空間を飛遊してソ連から米国に到達する
ものです。それ以外に中距離弾道ミサイル、戦術ミサイルなど射程距離にあわせて3種類
くらいあるのですが、ヨーロッパ向けにソ連は中距離弾道ミサイルのSS20 を持ち込もう
とした経緯があります。それに対してアメリカは西ドイツに対して、パーシングⅡという
射程の短いミサイルを持ち込むぞという脅しをかけることによってSS20 の配備をあきら
めさせたという経緯があります。
このような欧米の核戦略を日本でも学ぶべきなのではないかというのが私の提案なわけ
です。
今後、日本の核戦略を構築する際に参考となるのがヨーロッパの4つの核戦略の形態で
す。
一番初めが、ド・ゴール大統領によるフランス型です。フランスはアメリカの強い反対
を押し切り、独自に自分で核を開発して、1960 年 2 月に核武装を行ったわけです。ところ
が、さすがド・ゴールなのですが、ヨーロッパにはNATOがあります。普通だったらア
メリカと喧嘩をして核武装を行ったわけですからNATOを脱退するということも考えら
れたわけですが、ところがフランスの場合にはNATOには留まりながら自分で核武装し
ました。
これは非常に緻密に計算されたヨーロッパ流の攻め方であります。しかもその時の米仏
の同盟関係というのは、現在の日米関係よりもはるかに信頼性が高かったということが言
えます。特にアメリカの独立戦争時、フランスはアメリカに加担し、アメリカはフランス
の助けを得てイギリスを打ち破って独立を勝ちとりました。アメリカ国民の中には、自分
達の独立戦争を助けてくれた国がフランスだという意識があります。つい 200 年か 300 年
前のことですから、そういう気持ちがまだあるわけですので、米仏同盟の根底にはそうい
う考え方があるわけです。
日本にこのようなことができるかということを考えると、フランスにはNATOがある
わけですが、日本には日米同盟しかありません。ということは日本が独自の核武装するた
めには、アメリカが日本に対して「核武装しろ」、もしくは「核武装してもいいよ」という
了承がない限りできないと思います。私は、日本が核武装する唯一の選択肢はアメリカが
日本に核を持たせること、もしくはアメリカが日本に核を持ち込むことだと思っています。
次に2番目として、イギリス型です。イギリスというのは 1952 年に核保有国となりまし
た。イギリスの場合は全面的にアメリカからの核の技術協力を受けて核保有国になりまし
た。当時のチャーチル首相はアイゼンハウアー大統領との間に、原子力分野での特別な関
係を結びました。つまり原子力発電所だけでなく核戦力を持つことにも合意し、原子力潜
水艦製造能力も得ました。イギリスの場合は自分で核を持ちながら、アメリカの核の傘も
頼っているわけです。これはどういうことかと言いますと、イギリスはアメリカの核の傘
を持っていて核攻撃の引き金も持っているということです。イギリスが先に核ミサイルを
撃ってしまうとアメリカも核戦争に自動的に巻き込まれるという状況になるわけですから
二重の意味で抑止力があるわけです。
日本がイギリス型の核戦力を持った場合は、
「アメリカが日本の核戦略に巻き込まれやし
ないか、したがって日本は核武装すべきではない」という論議が、国家安全保障会議の前
大統領補佐官のマイケル・グリーンあたりから、出ています。日本では全く問題にしない
遥か先の論議ですが、アメリカでは喧々諤々の論争が既に起きているという状況です。
第3番目はNATO型です。NATOには当然ながら加盟国でも核を持っている国と持
っていない国があります。核保有国はアメリカ、イギリス、フランスだけです。その他、
ベルギー、オランダ、ドイツ、イタリア、トルコといった国は持っていません。そうする
と、核を持つロシアがいつ敵となって攻撃するか分かりません。もしくは、他の国から攻
撃があるかも分かりません。そのためにアメリカとどういう条約を結んでいるかというと、
いわゆる「Nuclear Sharing」(有事核共有戦略)を持っているのです。つまり、有事の際
には核を共有して保有する戦略を取っているわけで、どこかが核戦争を起こした場合、ア
メリカが核をその国に貸すのです。
例えばドイツに対して核を貸しますが、一夜には核兵器の使い方が分かりませんので、
核兵器をどうやって積んで、どうやって爆破させるかといった練習を常にやっているわけ
です。ですから普段は核を持っていませんが、有事にはアメリカから核を借り、ドイツが
自分の意思でその核を使うという状況にあります。これが有事核共有戦略です。
アメリカにとってのメリット、それからドイツにとってのメリットは次のとおりです。
つまり、仮にロシアがドイツを攻撃しようとして、ドイツとロシアが核戦争を起こすとす
ると、少なくともドイツはアメリカから貸与された自らの核を使ってロシアの核を攻撃す
るわけです。その結果、ロシアの核とアメリカの核兵器の数を比べてみたら、圧倒的にア
メリカの核の方が有利だということになります。したがってロシアにとっては不利になる
ので、ドイツに対しては攻撃しないということです。
最後に「旧西ドイツ型」です。先程言いましたように、ソ連が核ミサイルを欧州に持ち
込もうとしたときに、当時の西ドイツのコール首相はパーシングⅡ、それからGLCMを
アメリカから持ってきて国内に配備したわけです。そうやって強い意志を見せることによ
り、ソ連はSS20 を配備しなかったわけです。このことからどのようなことを日本が学べ
るかというと、もし北朝鮮が核兵器を持った場合、日本には非核三原則ということはあり
ますが、やはり日本も核を持っている、持ち込みは許すんだという了承のうえでアメリカ
の核を持ち込むことによって北朝鮮の核をあきらめさせることができるかもしれませんし、
抑止力を構築することが可能となるかもしれません。
報じられるところによれば、現在アメリカは潜水艦以外には核は持ち込んでいないよう
です。したがって潜水艦には核は乗っているということですが、久間大臣が、「米国の潜水
艦が日本の領海をかすめるような形で通るのはいいのではないか」、ということを発言しま
した。これは久間大臣がこの辺の論理を非常に踏まえているということです。あの一言は、
アメリカは日本に対して核を持ち込んでいるということを防衛大臣が暗に発言したことに
なり、北朝鮮に対する抑止がピシッときまった事を意味します。
ところが今後、北朝鮮が長距離ミサイルに搭載するような核を作った場合には話は変わ
ってきます。日本の将来の核政策としては日本独自では核を持たないが、アメリカの核を
借りるとか、もしくは、NATO型を考えるとかそういう論議をしなければいけないとい
うことになってくると思います。
最初の話に付け加えますと、安倍総理は、集団的自衛権を行使させるようなことを言っ
たり、意見交換会を作ろうとしたり、憲法改正をしようとしたり、というようなことの目
標は見えるのですが、中身の論理が全く出てきていません。これは安全保障面でもそうで
すし、イニシアチブが全く見えないという状況です。こういう状況の中、日本というのは
どんどん追い詰められていきますので、どのようなことを安全保障面でやっていくのかと
いう戦略を打ち出す大きな局面に達している状況ではないかと思います。
時間が来ましたので、以上で終わりにして皆様からのご意見、ご質問をいただければと
思います。
【質疑応答】
Q:
ヒラリー・クリントンがアメリカの大統領になった場合、おそらく政策のプライオ
リティーというのは国内問題が一番になりますので、アジアにおけるアメリカのプレ
ゼンスが当然薄くなってくると思うのです。
そういう場合に、どういう形で日本が核と関わりを持つかと言ったら、最大の選択
肢はやっぱり米国が日本に核武装させるかアメリカの核を持ち込ませて、事実上日本
が日本の意思で使えるようにするとか、そういう方向に考えながらアメリカの安全保
障のプレゼンスを薄くしていくのではないかという気がしますが、いかがでしょう
か?
A:
ご指摘のような方向に私もあると思います。アメリカはグアムへ海兵隊の一部を移
転など、米軍再編を行っています。このことは、今までは有事の際の日本の離島作戦
などで海兵隊が駆けつけてやってくれていたことをこれからは陸上自衛隊が主にやる
ことになる状況もでてくるわけです。今回の米軍再編協議で海兵隊をグアムにやりま
したが、あれは、自衛隊は反対していたのです。当然ながらこういう事態を予想して
いたのです。抑止力は低下するし、役目は受けるし、おまけにお金は出さなければい
けないとデメリットが多いわけですが、しかし、やってしまいました
米軍はアフガニスタンやイラクへの派兵で、お金がない、装備がない、人がいない
ということで喧々諤々と、どうしたらいいかということを言っており、グアムへの移
転費用まで日本が出して、そのうえ日本の抑止力を低下させることまでやってしまっ
たのです。今後、日本の有識者は日本の戦略をきっちりたて、米国を巻き込んでいか
ねば、ますます日本の国益は損なわれると思います。
Q:
核武装のデメリットとして、日本が唯一の被爆国で国民感情が許さない、とありま
した。私も日本国民なのでそうなのだろうと思いますが、今の日本は核装備よりも軍
備をもっと強化すべきだろうと思う人が増えてきているように思います。そういう中
で、核兵器まで行く前に、もう少し通常兵器での戦略を立ててから、核兵器に入って
いくという気持ちが国民感情の中にあるような気がするのですが、いかがですか?
A:
最近やっと自衛隊の論議があったり、防衛庁が防衛省になったりと、やっとスター
トラインに立ったところなので、いろんな論議をすべきだと思います。政治家を封じ
込めるのではなく、国会で活発に論議したり、またマスコミも感情論的なものでなく
て、政策論や事実関係を提示して初めて国民の皆さんにも分かると思います。そのよ
うな真面目で活発な防衛論議を日本国内で深めていくべきだと思います。
私は沖縄関連のプロジェクトなどの関係で、沖縄に1カ月に1回くらい行きます。
そこでは若者などが普通の居酒屋などで唾を飛ばしながら論議しているのです。これ
はやっぱりすごいなと思います。読んでいる新聞が沖縄タイムスと琉球新報で、一年
中、基地関係を書いている新聞なのでそういう論議になってしまうのですが、本土か
ら入ってくる読売や産経や日経は 200 部しかなく、ほとんどそういう琉球新報といっ
た新聞なので小さい頃からそういう知識が増えているんだと思います。そこまでいか
ないまでも、やはり日本国内でそういう論議があって然るべきだと思います。
やはり社会党がなくなってしまって、そういう論議がなくなってしまったかなと非
常に寂しい思いがしています。
ご指摘になられたように、まずは国の政策とか戦略を論議してその結果としてやは
り核政策もあるし、通常兵力の問題もあるし、ということをしなければいけないと思
います。
アメリカでは、在日米軍再編協議を担当するローレス国防副次官と先日話をしまし
たら本人は日本の状況を日本人が以上に良く知ってるのがわかりました。彼は「日本
の自衛隊はこのままで大丈夫なのか」と言っていました。予算がなくて、ミサイル装
備もだんだん悪くなってきて、それでも買えない状況をよく知っているのです。
また、この前驚いたのが、中国が日本のある自衛隊の部隊を見学に来た時のことで、
自衛隊の装備を見た後、中国側から帰り際に、
「最新鋭の装備をどうして見せてくれな
いんだ?」と日本に不満を言ってきたそうです。こちらはあるものを全部見せたのに、
中国は疑ってかかった、というほど装備が全然更新されていないという状況です。こ
れで本当に自衛隊と言えるのでしょうか。久間さんも言わないし、誰も言いません。
私は政治家が言うのがいいのではないかと思うのですが、そういう状況です。
渡辺理事長:
今、通常兵器の話が出ましたが、核論議の封印という言葉でしたが、もう少し問題
はその前にあるような気がします。例えば、対地攻撃ミサイルを持つのかといった論
議や、あるいはさっき言ったように、ミサイル・ディフェンスをもっと前倒しして配
置したらどうかとか、イージス艦というのは日本の場合4つですが、4つで十分なの
だろうか?といった議論が出てきません。核議論を封印というよりもその前の通常兵
器の議論さえもしていません。
それから集団的自衛権をどうするかという議論さえも、北朝鮮の問題があったから
といって前に進んだようにも思えないという感じです。だからそういう意味で、さっ
き先生が仰っていたように、かつて佐藤政権があった時代よりもずっと縛りがきつく
なっている気がします。誰が厳しくしたのかは分かりませんが、厳しくなっているこ
とは事実です。
そういう議論が封印されている一方で、韓国は反日運動を展開しています。北朝鮮
ももちろんそうです。より大きいのは中国だろうと思います。中国の反日運動という
のは結局、伝統的な侮日運動だと思うのです。これは今度、安倍さんと胡錦濤さんと
の間でうまくいくという噂が流れ始めていますが、やはりそんな政策は根本的に変わ
るわけがないだろうと思うのです。そうするとその封印された状態の中で、日本人の
鬱屈というのはどんどん強まってきます。それはどこかで爆発しなければいけません。
僕が懼れているのはそれです。日本人が一番懼れなければいけないのは日本人なわけ
なのです。歴史を見てもそうなのですが、日本人が一番恐ろしい。封印されていた分
だけ、鬱屈量が臨界点に達したときに一挙に、という可能性はあると思うのです。
だから、さきほど言っていたように社会党がいてくれた時代の方がもう少し風通し
もよくて、軍事論議もできたわけです。
単なるコメントでしかありませんが、そういう感じです。
質問なのですが、日本の核問題に対して、どういう対応を今後取ってくるのかは先
生の専門ですが、インド、つまりブッシュとマンモハン・シン首相が握手をしました。
そして、核協力をすることになりました。そして1週間ほど前に日本の外務省、つま
り安倍首相も日本も、平和の核協力をやるということでした。インドをわが国のバラ
ンサーにさせようというアメリカの戦略であろうという解釈をしました。そういうア
メリカの戦略に日本も次第にコミットし始めました。
そうなると、アメリカの日本の核問題に対する対応の変化もその辺から読めはしな
いか、と思うのですが、どうなのでしょうか。
A:
インドとアメリカが核の面で手を結んで、インドに核を許したということは、NP
T体制の崩壊の兆しではないかと思うわけですが、そこにはアメリカの戦略的な意図
があるわけです。また、仰るように、日本に対するアメリカの政策が見えるのではな
いかというご指摘だったのですが、私もやはりそういうふうに思うわけです。ただ、
その時にアメリカは、日本に独自の核開発は絶対にやらせないと思いますし、またフ
ランス型ではないと思います。やるのだったら、日本にアメリカの核を持ちこませる
状況にするのが最大の戦略だと思います。そのためには核を持ち込むという核3原則
の一部を崩さねばならなくなります。
それから、アメリカは裏側では日本に対する武器の売却、もしくは台湾に対する武
器の売却、インドにも同じなわけですが、おそらくそういう政策をとりながら、ヨー
ロッパ周辺で冷戦が終わったので、中近東でやって、中近東でもある程度武器を使っ
てしまったので、次なる紛争地域を見つけるということになると思います。その時に、
日本は地域の軍拡競争を止める方向に向かわせるイニシアチブを取っていかなければ
いけないと思います。
渡辺理事長:
北朝鮮の核がどこに向かうかというのは、なかなか読むことは難しい話なのですが、
今までの冷戦時代のように核の抑止力が利く相手かどうかというのは、私はかなり疑
問です。私はいくら金正日と言えども、やけのやんぱちのシナリオはしないだろう、
つまり暴発シナリオはしないだろう、1発目は撃っても、必ず2発目は自分の所に来
るわけですから、そんな選択は金正日でもしないだろうと思っていたのですが、どう
もそうでもないようです。
ご承知のように先軍政治、軍隊側にどうしても権力が移っていって金正日もそれに
乗らざるを得ないような状況になっています。国民は飢えていて、統治機構はバラバ
ラだという状態になってくると、ほとんど政治的合理性を持たない行動に出るという
可能性がなくもありません。
実はチュンチョン国境に今、新しい“万里の長城”が築かれているようですが、中
国はそのことをもう恐れているわけですね。さて、そうなるともう答えはいよいよな
いわけですが、あの体たらくで時間的猶予を北朝鮮に差し上げているような状態です。
日本は核議論の段階、議論が終わったところで完成するまでに結構な時間がかかる
わけですから、通常兵器での対応、体制を本格的に、という議論を少なくともしない
と困ります。これは北朝鮮の現状をどう見るかという問題と大きく関わるのではない
か、つまり合理的なゲームをやり得る相手であるかどうかということで。
Q:
先生は世界平和研究所や防衛研究所やその他国内外で研究され、いろいろなことに
ご精通だと思いますが、例えば国防や防衛戦略などの研究機関の量や厚みは、日本は
アメリカ、または近隣諸国と比べてどうでしょうか?
また、日本でこういう議論がなかなか湧き起こってこないのは、研究機関が少なか
ったり、拓殖大学ではこういう講義をされているのでしょうが、層が比較的薄かった
りするからではないかという疑問があります。日本と諸外国を比べた時に、どういう
ふうな感想、印象を持っているかを教えていただけたらと思います。
A:
安全保障の分野では日本ではやはり層はとても薄くて、ピラミッド型です。昔は第
二次世界大戦、もしくは冷戦の歴史があったのでとても層が厚かったのです。それが
ガラッと変ってしまいました。世界平和研究所で所長をしていた佐藤誠三郎先生も亡
くなり、いわゆる大平ブレーン、中曽根ブレーンにいた先生方が全部お亡くなりにな
ってしまいました。
私の前は、何人か先生がいらっしゃって、そこからストンと一世代ぐらいで私の世
代なのですが、私の世代はほとんどいないのです。なぜいないのかというと、ちょう
ど学生運動の最中で教えている大学もないし、留学もほとんど防衛問題ではしなかっ
たのです。
私の世代から一世若い 40 歳前後になるとかなり増えてきます。留学の人数も増えて、
30 代からだんだんと増えて、今は安全保障が非常に流行りになっているので我が拓殖
大学も安全保障科の人気が出てきている傾向です。
このように非常に手薄で、論議するにも海外で顔を合わせる連中は皆、一緒です。
韓国に行っても中国に行っても、アメリカに行っても日本人は皆同じです。で、役人
はどうかというと、外務省や防衛省に優秀な人がいるのですが、やはり層が薄いので
す。やはり人手不足です。これに対して、日本国内の研究者はどうかというと、非常
に先細りになっています。バブルの時には三菱総研、野村総研でも安全保障研究を扱
っていたのですが今はありません。
防衛研究所は、これは防衛庁に付随する研究所ですから良いように見えて私も入っ
てみたのですが、蓋を開けてみると、“アメリカ屋”というのは2人しかいませんでし
た。ヨーロッパも2人でした。朝鮮半島はそれなりにいるのですが。それで、私が抜
けて、もう1人も私が引っ張ったのでもうほとんどいません。それで層が薄いです。
で、シンクタンクも駄目です。駄目というよりもお金が回ってこないのです。こうい
う状況になっています。
これに比べてアメリカの場合は、ご承知のとおりいろんな研究所があるし、現れて
は消え、お金は出てくるし、という状況です。中国に至っては、研究面はお金が湯水
のごとく出てきて流れています。なぜか最近私に声が掛かってくるのです。アメリカ
研究者になぜかかってくるのかというと、これも皮肉で Japan nothing なのです。ア
メリカのことを押さえていれば、日本の防衛政策などは要らないのだという考えです。
アメリカの戦略を押さえていれば中国は全て分かるので、日本人のアメリカ研究者に
そういうものを聞きたい、というすごく皮肉な状況です。
しかも、日本の情報も、中国の英語をよく話せる人がアメリカに行って、ワシント
ンで南京大虐殺や靖国問題などをアメリカ人にレクチャーするのです。ですから、ワ
シントンにおける日本論というのは中国人の学者を通じてバイアスがかかった論議が
ワシントンで行われているわけですから、反日感情がワシントンで起こります。それ
を日本側が正すのですが人手が足りません。この間、フランスに行ったらそこでも同
じような状況で、ちゃんと言える人が不足していました。
日本にいるアメリカ人も何人かいますが、彼らもそんなに専門に研究していないの
で、お国に帰ってもそんなに専門の論議ができません。とにかく人手不足、金不足で
言われっ放しというような状況があります。
私より若い先生方は、安全保障論を一生懸命やっていて、オーバー・ドクターも非
常に多く出ているのですが、受け皿がなく、せっかく勉強したのに、結局、就職する
のは普通の民間企業という悪循環に陥っていて、全く中国とは違う状況になっている
のが日本だと思います。
それから、渡辺先生が仰ったことに1つだけコメントさせていただきますと、先制
攻撃論ということだと思うのですが、これは私も必要だと思いますし、海上自衛隊が
トマホークなどを積んでイージス艦でするものと、航空自衛隊が航空機でするものと
2つあって、トマホークが一番安上がりなので、私もそれが組合せとして理想的だと
思うのですが、いろんな対空砲火だとかとかステルス性とかありますが、そういうジ
ャンルは結構お金がかかります。一般的には公開されていませんが、だいたい 10 年く
らいかかります。自衛隊は地道にやっています。下手に動くと潰されるので論議しな
いというのが自衛隊の考え方なのですが、それではもう間に合いません。だから、そ
れはどんどん論議すべきですし、一発ミサイルが落ちてきてからではもう遅いと思い
ます。
だから日本こそ、こういうものは持つべきだと思っていますが、如何せん味方が少
ないという具合になると思います。
アメリカでも日本研究というのはお金が取れなくなっているので、お金を取れるの
は中国、北朝鮮研究だということで、日本研究所がすべて中国研究所に変っています。
そして2番目は、日本でお金を取れるのは日本核武装論なのです。それで日本核武
装論を皆言って、記事を書いてそれを持ってワシントンなどに行くというのが軸にな
っています。
Q:
アメリカが日本を核の傘から外すとしたら、日本は核を持つべきだと思います。核
というのは国を守るのに非常に有効な手段です。通常兵器で日本が今より2倍、3倍
の装備をしたとしても、核を持つほどの力はないと思うのです。核を持つことによっ
て通常兵器なんかなくてもいいような気がするんです。そうしたら、核を持つ方が経
済的に得するのです。そのような論議をしていかなければいけないと思います。こう
いうことを言うのは今、タブーになっていますが、こういうことを表立って議論でき
るような社会風潮になるように持っていって、それで核を持つようにして日本の国の
安全を守った方がいいのかもしれません。
A:
まったくその通りだと思います。そういう論議がなければいけないと思います。素
直に普通の考えとしてそういう論議をどんどんしていかなければいけないと思います。
財界の方と話すと皆さん同じような感覚で、なるほど、と思うのですが、如何せん、
自民党内部と話すと、とにかく憲法改正先にありきで、そのための戦略を考えると今
の世論調査では国民が反対するので手続きを変えてやろうという、と小手先の論議が
先に出てしまっています。こういう時代ではなくなったと思うのです。
Q: 私は、終戦時は小学校5年生くらいでした。今の 65 歳以上の人は戦争アレルギーで、
核なんてとんでもない、と言いますが、今の 40 歳代以下の人が 50,60 歳になったと
き、日本の国などは絶対に守れないと思うのです。国を守ろうという気力がありませ
ん。1億人のうち 10 万や 20 万人くらいはいるかもしれませんが、大半は「日本なん
てどうなってもいい。俺達は飯を食って寝ていればいい」とこういうふうになってい
るように思うのです。だから、若者に核論議のような刺激的なものを与えて、日本は
どうなるのか、どうやって守るのかを真剣に論議するような場をつくったらいいので
はないかと思います。
A:
学生にこの議題を与えるとパッと目覚めたような感じになります。私は拓大に来る
前に金沢の北陸大学というところにいて、そこのゼミでシミュレーションを行いまし
た。あそこは拉致被害者が出た現場です。
ゼミ長に日本の総理大臣役をさせて、能登半島で拉致被害者が出たり、北朝鮮の武
装難民や工作員が上がった時にどうするか、ということを聞きました。すると、その
生徒の判断が「逃げます」だったのです。愕然としました。「自衛隊があるだろ?」と
言うと「いや、自衛隊を危険にさらすことはできません。逃げます」と言うのです。
「そ
れでも日本の総理か?」と言ったのですが、「それでも逃げます」と言っていました。
これは結構、今の学生を代表しているような感じがしました。
これを中大の学生にやらせてみたら、エキセントリックな奴がいて、
「核、ブチ込み
ます」なんて言っていました。だから刺激的な論争であることには間違いないと思い
ますので、まったく仰るとおりです。
ただ、この間、早稲田と慶応と東大の学生が主体となった学生シンポジウムがあり、
400 人の応募者がいて、絞り込んで 200 人の前で話したのですが、理工系の学生もいて
論議したのですが、優秀なのですが正しい知識を与えてあげないととんでもない方向
に行ってしまうのです。そういう意味では、我々が入りながら下のほうから地道にや
っていくしかないのかな、という感想を持ちました。
渡辺理事長:
川上先生が属していらっしゃるのは国際開発学部ですが、その学部をベースにして
大学院国際協力学研究科というのを3年前に立ち上げました。その一方の柱が国際開
発で1学年 20 人、もう一つの専攻が安全保障で 15 人、合計 35 人ということですが、
この時点で大学院で安全保障を名前に冠した学科ができたのは今までに初めてです。
安全保障は個別に大学で講義している先生はいらっしゃいますが、大学院の中に一つ
のユニットとして生まれたのは拓大が初めてだということです。
もう一つ付け加えると、その拓大の安全保障は、言ってみればハードウェアが強い
人をつくっています。つまりハードウェアが分からない安全保障論というのは困りま
す。
Q:
核を持つということになったとき、万が一、ミステイクで発射されたとき、世界中
が混乱することになります。確かに、核は抑止力になるのかもしれませんが、核でな
い抑止力はないのでしょうか?
A:
安全保障論の中の一番根底的なものはギリシャ・ローマ時代からの考え方だと思う
のですが、やはり唯一存在する国際連合とか、そういうガバナンスがコントロールす
るしかないのだと思います。世界の警察官はいませんので、それはやはり人類が一致
してやっていく、それしかないと思います。そのためにNPT体制があるわけなので
すが、それが今破れようとしている、それをどうしていくかというのが一つの大きな
課題です。日本として、それが積極的に守られるような形にしなければいけないので
すが、先程、渡辺先生のお話しで、アメリカがインドに核を持たせるのを許したとあ
りました。公表していませんがイスラエルにも核を貸与しているのです。この辺が、
アメリカ自らがNPTを破るようなことをしていますから、そういうものを正してい
かなければダメだし、アメリカがアメリカの暴走を止める、そういう措置も必要だと
思います。
だからよく言っているのですが、極東アジア地域にミニ国連のようなものをつくっ
ていかなければコントロールできないのではないでしょうか。
(平成 19 年 1 月 24 日開催)