災害時の社会・経済・環境被害の 影響の評価ハンドブック

災
害
時
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社
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済
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環
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巻
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災害時の社会・経済・環境被害の
影響の評価ハンドブック
(全4巻)
第一巻 方法論と概念・社会セクター
世銀・ECLAC作成の“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”(2003)翻訳版
平
成
19
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際
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力
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構
国
際
協
力
総
合
研
修
所
ISBN4-0903645-20-7
平成19年3月
総研
独立行政法人 国際協力機構
国際協力総合研修所
JR
06-41
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
(全4巻)
第一巻 方法論と概念・社会セクター
世銀・ECLAC作成の“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”(2003)翻訳版
2007年 3 月
JICA
独立行政法人国際協力機構
国 際 協 力 総 合 研 修 所
本書の内容は、国際協力機構が、“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”英語版(2003年。国際連合ラテンアメリカ・カリブ海経
済委員会(ECLAC)と世界銀行に著作権が存在する)を、ECLACと世界銀行の許可を得て
(「当翻訳と原著作について」に詳細参照)、日本語に翻訳してとりまとめたもので、必ずしも
国際協力機構の統一的な公式見解ではありません。
本書及び他の国際協力機構の調査研究報告書は、
当機構ホームページにて公開しております。
URL: http://www.jica.go.jp/
なお、本書に記載されている内容は、国際協力機構の許可無く転載できません。
※国際協力事業団は2003年10月から独立行政法人国際協力機構となりました。2003年10月以
前に発行されている報告書の発行元は国際協力事業団としています。
発行:独立行政法人国際協力機構 国際協力総合研修所 調査研究グループ
〒162‐8433
東京都新宿区市谷本村町10‐5
FAX:03‐3269‐2185
E-mail: [email protected]
序 文
犠牲者23万人を出したインド洋大津波、7万人強のパキスタン地震、6千人弱のジャワ島中部
地震など、近年、世界各地において大災害が頻発しています。被災地では復旧・復興に対して多
方面にわたる国際社会からの支援が行われています。インフラ施設が破壊され、家族や家、生計
手段を失い、更なるダウンサイズリスクにさらされている被災者に対して、独立行政法人国際協
力機構(Japan International Cooperation Agency: JICA)としても「人間の安全保障」の観点か
ら積極的な支援を行ってきております。
復旧・復興支援を効率的・効果的に行うためには、災害発生直後に社会・経済・環境に与えた
被害状況、および復興・復旧へのニーズを的確かつ迅速に評価することが、まず求められます。
被害やニーズ評価の指針となる資料が、2003年に国際連合ラテンアメリカ・カリブ海経済委員会
(Economic Commission for Latin America and the Caribbean: ECLAC)および世界銀行によっ
て出版されました。これが、“Handbook for estimating the socio-economic and environmental
effects of disasters”です。このハンドブックでは、インフラ・社会公共施設のみならず、被災
者の暮らしの再建に欠かせない生計復旧などの多様なニーズもカバーしています。また、復旧・
復興支援に欠かせない、女性などの災害弱者についての配慮も述べられております。
このたび、このハンドブックを翻訳して「災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンド
ブック」(全4巻)として一般に公開することとなりました。本書は開発途上国における復旧・
復興支援の基礎となる被災状況の評価や復旧・復興に向けてのニーズ調査に役立つものです。普
段からの備えとして人材育成研修などにも利用可能です。
本書が多くの日本の関係者に活用され、効果的・効率的な被災地域への復旧・復興支援援活動
に役立てていただければ幸いです。
最後に、翻訳作業に協力していただいたた石渡幹夫JICA国際協力専門員、および翻訳を承諾し
ていただいたECLAC・世銀関係者に、この場を借りてあらためて、心より感謝を申し上げます。
2007年3月
独立行政法人 国際協力機構
国際協力総合研修所 所長
田口 徹
当翻訳と原著作について
本書は原著作の英語版(原著はスペイン語版)を、その著作権を有する国際連合ラテンアメリ
カ・カリブ海経済委員会(Economic Commission for Latin America and the Caribbean:
ECLAC)と世界銀行(World Bank)の両機関の許可を得て、独立行政法人国際協力機構
(Japan International Cooperation Agency: JICA)が日本語に翻訳したものである。JICAの責任
において原著の内容を変更しないように翻訳した。
本書に記載されている関係者の見解は、あらかじめ何らかの公式な断り書きがない限り、国
連・世銀の見解とは必ずしも見なさない。
“The views expressed in this document, which has been reproduced without formal editing,
are those of the authors and do not necessarily reflect the views of the United Nations or the
World Bank.”
本書は、ECLACおよび世界銀行の加盟国においては、研究・教育・学究を目的とする限りに
おいて複製が認められる。本書の内容は改訂を含めて変更されることがある。本書で表明されて
いる見解や解釈は個々の著者および教官のものであり、ECLACや世界銀行に帰することはない。
“This material may be copied for research, education or scholarly purposes in member
countries of the institutions. All materials are subject to revision. The views and
interpretations in this document are those of the individual author(s) and trainers, and should
not be attributed to either institution.”
英語版刊行者:国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)2003年
Economic Commission for Latin America and the Caribbean (ECLAC) 2003.
英語版書籍名:災害の社会経済環境影響評価ハンドブック
Handbook for estimating the socio-economic and environmental effects of disasters
LC/MEX/G.5
LC/L.1874
英語版著作権有者:^国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)および国際復興開
発銀行(世界銀行)2003年
Copyright @ United Nations, Economic Commission for Latin America and the Caribbean
(ECLAC) and International Bank of the Reconstruction and Development (The World Bank)
(2003).
目 次
(全4巻)
序文(日本語翻訳版)
当翻訳と原著作について
第一巻 方法論と概念・社会セクター
はじめに
第Ⅰ部 方法論および概念
第1章 災害の種類と被災後の諸段階
第2章 方法論に関する一般的考察
第3章 被害と影響の分類と定義
第Ⅱ部 社会セクター
第1章 被災者
第2章 住宅および人間居住
第3章 教育・文化
第4章 保健医療セクター
第二巻 インフラ
はじめに
第Ⅲ部 インフラ
第1章 エネルギー
第2章 水供給と衛生
第3章 運輸・通信
第三巻 経済セクター
はじめに
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業
第2章 通商産業
第3章 観光業
i
第四巻 災害の総合的な影響
はじめに
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
第2章 災害が女性に与える影響
第3章 被害のまとめ
第4章 災害のマクロ経済的影響
第5章 雇用と所得
ii
目 次
序文
当翻訳と原著作について
はじめに ……………………………………………………………………………………………………Ï
第Ⅰ部 方法論および概念
第1章 災害の種類と被災後の諸段階 ………………………………………………………………… 3
第2章 方法論に関する一般的考察 …………………………………………………………………… 7
第3章 被害と影響の分類と定義 ……………………………………………………………………… 9
3−1 直接被害 …………………………………………………………………………………… 10
3−2 間接被害 …………………………………………………………………………………… 11
3−3 マクロ経済的影響 ………………………………………………………………………… 12
3−4 被害評価基準 ……………………………………………………………………………… 16
3−5 情報源 ……………………………………………………………………………………… 17
第Ⅱ部 社会セクター
第1章 被災者 ………………………………………………………………………………………… 23
1−1 被災地および被災者の範囲を特定 ……………………………………………………… 23
1−2 被災前人口データにアクセスするためのソフトウェア ……………………………… 26
1−3 被災者の把握 ……………………………………………………………………………… 27
1−4 被災後の人口動態的影響の評価 ………………………………………………………… 29
付録Ⅰ 被災地の範囲を確定する方法(自然災害の種類別)……………………………………… 31
付録Ⅱ 災害影響評価における情報の入手可能性と活用に関する諸問題 ……………………… 37
付録Ⅲ Redatamを活用した被災地人口の推定 …………………………………………………… 39
付録Ⅳ 地理情報システム(GIS)を活用した各セクター情報の分析 …………………………… 41
第2章 住宅および人間居住 ………………………………………………………………………… 55
2−1 はじめに …………………………………………………………………………………… 55
2−1−1 概観 ……………………………………………………………………………… 55
2−1−2 評価手順 ………………………………………………………………………… 55
2−1−3 必要な情報 ……………………………………………………………………… 56
2−1−4 情報源 …………………………………………………………………………… 57
2−2 被害の定量化 ……………………………………………………………………………… 58
2−2−1 直接被害 ………………………………………………………………………… 58
2−2−2 間接被害 ………………………………………………………………………… 62
2−2−3 直接被害および間接被害に関する情報源 …………………………………… 64
2−2−4 マクロ経済的影響 ……………………………………………………………… 64
2−2−5 復興計画 ………………………………………………………………………… 66
iii
第3章 教育・文化 …………………………………………………………………………………… 69
3−1 はじめに …………………………………………………………………………………… 69
3−1−1 概観 ……………………………………………………………………………… 69
3−1−2 評価手順 ………………………………………………………………………… 69
3−1−3 必要な情報 ……………………………………………………………………… 70
3−1−4 情報源 …………………………………………………………………………… 71
3−2 被害の定量化 ……………………………………………………………………………… 72
3−2−1 直接被害 ………………………………………………………………………… 72
3−2−2 間接被害 ………………………………………………………………………… 75
3−2−3 マクロ経済的影響 ……………………………………………………………… 77
付録Ⅴ 教育文化セクターの被害額算定の事例 …………………………………………………… 81
第4章 保健医療セクター …………………………………………………………………………… 83
4−1 はじめに …………………………………………………………………………………… 83
4−1−1 概観 ……………………………………………………………………………… 83
4−1−2 評価手順 ………………………………………………………………………… 84
4−1−3 必要な情報 ……………………………………………………………………… 86
4−1−4 情報源 …………………………………………………………………………… 86
4−2 被害の定量化 ……………………………………………………………………………… 87
4−2−1 定義 ……………………………………………………………………………… 87
4−3 評価方法 …………………………………………………………………………………… 88
4−3−1 直接被害 ………………………………………………………………………… 88
4−3−2 間接被害 ………………………………………………………………………… 90
4−4 マクロ経済的影響 ………………………………………………………………………… 96
付録Ⅵ 1999年にベネズエラで発生した土砂災害による保健医療セクターの被害の算定 …… 99
iv
はじめに
Ⅰ.背景
災害は、被災国・地域の生活条件、経済動向および環境資産・サービスに大きな影響を与える。
その影響は長期にわたることも少なくなく、経済社会構造や環境に不可逆的な影響をもたらすこ
ともある。先進国においては、大規模に蓄積された資本に甚大な影響を与える一方、早期警報お
よび避難の実効的な体制、適切な都市計画、厳格な建築基準などにより人命の損失は比較的限ら
れたものになっている。一方、開発途上国では、予報や避難対策の欠如や不備により、多くの犠
牲者を出すことが多い。絶対的な資本損失は先進国と比較すれば小さいかもしれないが、往々に
して相対的な比重や全体的な影響は非常に大きく、持続可能性を阻害しかねない1。
災害が自然災害であれ、人的災害であれ、その影響は人間の行為と自然のサイクル・システム
との相互作用の組み合わせの結果ということができる。災害は世界各地で頻発しており、その発
生件数および強度は近年拡大傾向にある。このような災害は広範な人的損失、直接的および間接
的な(一次的または二次的な)原因により広域にわたり被災民を発生させ、重大な環境影響およ
び大規模な経済的社会的損害をもたらしかねない。
事実、最近国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)が実施した推計によれば、過
去30年間のラテンアメリカ・カリブ海地域においては死者10万8000人、直接的な被災者1200万人
超を含む1億5000万人が何らかの災害被害に遭っている。さらに、総被害額(同地域全域を網羅
したものではない)は、1998年の為替レートで500億米ドルであり、中央アメリカ、カリブ海お
よびアンデス地域の小国や比較的開発の遅れた国に集中している2(図1参照)。
世界規模で見ると、災害の社会的影響が大きく、被害が不可逆的となる傾向が強いのが開発途
図1
1
2
ラテンアメリカ・カリブ海地域における災害の影響(1998∼2001年)
Jovel, Roberto (1989) “Natural Disasters and Their Economic and Social Impact,” ECLAC Review, No. 38,
Santiago, Chile, August 1989.
ECLAC and IDB (2000) Un tema de desarrollo: La reducción de la vulnerabilidad frente a los desastres, Mexico City
and Washington参照。
v
上国であり、そこでは最貧困層や社会的に最も弱い立場にいる人々が最も大きな影響を受けてい
る。一方先進国では、災害対策に加え、実効的な被害防止、被害抑止および防災計画立案に必要
な資源・技術を有していることから、長年にわたり防災力をかなりの程度高めてきた。しかし、
先進国においても、社会活動の集中化や価値向上の結果、被害額は大幅に高くなっている。
ラテンアメリカ・カリブ海地域においても、防災計画立案や被害の防止・抑制の面において一
定の進歩が見られるものの、多くの人々は非常に不安定で脆弱な状況に置かれていることに変わ
りはない。同地域の大半の国は、水文気象・地質上の災害多発地域に位置しており、実際に多く
の人命が犠牲となり、物的社会的インフラに大きな被害を与え、経済動向と環境に打撃を与えた
災害が発生していることが知られている。
災害の望ましくない影響としては、経済的・社会的インフラの被害、環境悪化、財政および対
外部門の不均衡、物価上昇、人口構造の変容のほか、被災資産を再建しなければならないために
長期ニーズ対応型事業が後回しにされてしまうという、開発課題の優先順位変更などが考えられ
る。しかし、最も深刻な影響は人々、特に貧困層や社会的弱者の社会的厚生の悪化であることは
いうまでもない。また二次的な影響として、想定外の人口移動、疾病伝播、貿易減少、広範な環
境悪化などが発生し、災害の影響が被災地域・国を超える傾向が強まっている。
各国は災害の長期的影響を軽減するため、2つのことに同時並行的に取り組む必要がある。ひ
とつは、社会経済発展戦略の重要な柱として、災害の予見可能な影響を防止・抑止するための財
源を配分することである。これは、長期的な成長を達成するための(経済的、社会的、政治的な
意味での)高利回りの投資と位置付けるべきである。もうひとつは、災害発生後の復興投資にお
いては、十分な水準の持続的成長を確保するために防災に配慮することである。
通常、災害発生時には当該国の緊急対応機関が中心となり、国連グループやほかの公的および
民間の国際機関の支援を受けつつ、緊急対応期における人道的支援ニーズを把握する。基本的に
は被災国・地域が災害による人道的支援ニーズに対応するのが現在では通例となっているのであ
る。その上で、友好国や国際機関が直接あるいは非政府組織を通して必要に応じた補助的支援を
速やかに実施する。この支援には、局地、地域、国際レベルの非政府組織(Non-Governmental
Organization: NGO)、社会支援組織のほか、公的および民間の主体が多数関わっている。
損傷または損壊した資産の再建には通常、緊急対応期ないし人道支援期などにおいて被災国が
動員できる資源よりもはるかに多くの資源を必要とする。そのため、脆弱性軽減を考慮すること
なく再建が行われることが多い。率直に言ってしまえば、脆弱性を軽減するのではなく、脆弱性
を「再建」してしまうことになる。
これを回避するためには、緊急対応期の直後において、災害自体およびその結果が被災国・地
域の社会的厚生や経済動向に対して与えた直接間接の影響を評価することが不可欠である。この
評価には、厳密な定量的正確性は要求されないが、各経済セクターおよび社会セクター、物的イ
ンフラおよび環境資産に対する影響と相互作用をすべて対象とする包括的なものでなければなら
ない。このような影響評価により、復興需要を把握することができる。被災者が被災後の状況下
にいつまでも置かれることは許されないことから、復興需要の把握は喫緊の課題といえる。また
この作業は、復興の計画や事業(その多くが国際社会による資金協力および技術協力を必要とす
る)の策定および実施にも欠かせない。
脆弱性の軽減を図るためには、復興の計画・事業は、開発の一環としての防災戦略の中に位置
付けなければならない。このため、災害種類別の被害の種類と量を把握するための各種診断ツー
ルが必要となる。しかし、社会、経済および環境への影響をすべて計測することは困難なことも
vi
あり、経済学の文献の中に有効な診断ツールが豊富に存在するわけではない。
ECLACは1970年代前半から同地域における災害評価に重点的に取り組んできており、その経
験を踏まえて災害評価法を開発した。これは、10年前に国連災害救済調整官事務所(Office of
the United Nations Disaster Relief Coordinator: UNDRO)が打ち出した概念3を拡大・発展させ
たものである。
ECLACが10年前に発表した災害評価法は、自然災害の影響を対象にしたものであったが、中
央アメリカにおける特定武力紛争など、人的災害にも応用することが可能であった。これは災害
の影響をセクターレベルおよび国際レベルで算定できるもので、被災国・地域の復興能力と求め
られる国際協力の範囲を把握することが可能となった。この方法では、ラテンアメリカ・カリブ
海地域について確度の高い定量的データがおよそ不足しており、災害時にはその不足が顕著にな
ることが十分に考慮されている。ただし、特定の社会経済セクターや環境、特定人口集団の被害
を評価する方法は考慮されていなかった。
そこでECLACは旧ハンドブックの改訂拡大版を出すことにした。改訂拡大版は、過去10年間
に発生した様々な災害の評価に関する実経験と現代にマッチした新しい概念を盛り込んでいる。
これは、ラテンアメリカ・カリブ海地域内外の専門家およびコンサルタントから多大な協力があ
ったからこそ可能となったもので、過去30年間に同地域で発生した様々な災害について概念解析
した成果である4。
この新ハンドブックは、旧ハンドブック(1991年発行)の各部において記述した被害評価方法
を改良しつつ、最近の知見を盛り込んでいる。この点に関し、環境、雇用、所得などのセクター
横断的課題、さらには女性に特徴的な災害影響(女性の力は復興期や被害抑止において不可欠)
も検討していることを強調しておきたい。また、インターネットで利用できるデータベース、リ
モートセンサーの活用、地理参照情報のシステム化により利用できるようになった新分析ツール
も紹介している。ただし、十分に詳細な情報や項目ごとの情報(性別、所得層別、地域別または
行政単位別など)をまとめるには時間がかかること、あるいは環境評価や人間開発指標、社会構
造指標など「標準」ないし被災前の状況を定義する基準値が不備であることなど、分析に伴うい
くつかの問題点も指摘している。
Ⅱ. 内容
この新ハンドブックは、災害が社会、経済および環境に与える影響の評価に必要な方法につい
て記述している。影響は直接被害と間接被害、あるいは全体的な影響とマクロ経済への影響に分
けている。本書は災害の原因の特定、あるいは緊急対応期ないし人道支援期における対応の明確
化を意図したものではない。それはほかの機関・組織の管轄である。本書はハンドブックの第2
版であり、初版よりは大きく改善されているが、完成品ではない。むしろ、今後発生する災害の
個別の課題に対して関係者各位が本書を活用し、その体験から得られたものや関係者からのフィ
ードバックにより不断に改善を重ねるべき未完成品である。
本ハンドブックは、災害が資本ストックに与える被害、財・サービスの生産フローが被る損害、
さらには主要マクロ経済指標に対する一時的な影響の算定ないし推定の概念や方法論に重点を置
3
4
ECLAC (1991) Handbook for the Estimation of the Socio-economic Effects of Natural Disasters, Santiago, Chile;
UNDRO, (1979) Disaster prevention and mitigation: Compendium of Current Knowledge, Vol. 7, “Economic Aspects,”
United Nations, New York.
ECLACが1970年代初頭から実施してきた評価に関する文献リスト(本ハンドブックの巻末)を参照のこと。
vii
いている。生活条件、経済動向および環境に対する損害と影響についても検討している。
本書では、統一的かつ一貫性のある方法論に基づく災害被害の整理・定量化を可能にするツー
ルについて記述している。その方法論は過去30年間においてその有効性が証明されたものである。
最も被害が大きい社会、経済および環境の各セクターおよび地理上の地域、言い換えると復興に
おける優先課題を見極める方法も提示している。しかしながら、本書の活用によりどの程度詳細
に被害推定が可能となるかは、被災国・地域において得られる定量的情報に左右される。本書が
提示する方法論は、人的災害か自然災害か、緩慢に進行する災害か突発性の災害かを問わず、あ
らゆる災害による被害の定量化を可能にするものである。さらに、復興という課題に対して国が
十分な力を有しているか、国際協力が必要かどうかを判断することも可能である。
本ハンドブックは様々な状況を把握する手法を提示するが、あらゆる状況に対応することを意
図してはいない。むしろ、本ハンドブックが提示する考え方や事例を、本書では明示的に触れら
れていない事例を検討する基本的なツールとして活用することを想定している。
本ハンドブックは5部構成になっている。第Ⅰ部は、全般的な概念的・方法論的枠組みを提示
する。第Ⅱ部は、各社会セクターへの被害を推定する各手法を概観する。各章において、住宅お
よび人間居住、教育・文化、保健医療をそれぞれ扱う。第Ⅲ部はサービスと物的インフラを扱う。
各章において、運輸・通信、エネルギー、水供給と衛生などを扱う。
第Ⅳ部では、各生産セクターの被害を取り上げる。各章では、農漁業、工業、貿易および観光
業をそれぞれ検討する。第Ⅴ部では、セクター横断的、マクロ的な視点から被害の全体像をとら
えようとする。各章では、環境被害、女性に特徴的な被害、雇用・所得への影響、全体的な直
接・間接被害の算出方法を含めた被害のまとめ、および災害が主要なマクロ経済指標に与える影
響をそれぞれ扱う。
被害のまとめは特に重要である。経済規模をはじめとする一般指標との比較において全体被害
を算定することにより、その災害の規模と全体的な影響をとらえることができるからである。主
要経済指標に対する災害の影響を分析するためには、災害発生後の1年ないし2年、被害の大き
さによっては最長で5年の期間を費やすことが求められる。
各章では概念的な枠組みを論じているが、それに加え、ECLAC事務局で分析した災害の実例
も付属資料としてそれぞれの部に掲載している。この実例は、被害の内容や相対的な規模を記述
するだけでなく、様々な自然現象(発生原因が気象系か地質系か、発生過程が急か緩慢か、など)
が起こり得ることを反映したものである。世界の様々な地域の国々を取り上げるとともに、小島
嶼開発途上国(Small Island Developing States: SIDS)などの特殊な脆弱性についても検討して
いる。さらには、季節的なものなど、様々な頻度で再発する災害・現象をも取り上げている。
本ハンドブックは、特定セクターについて評価を実施する専門家がその専門分野に関する検討
資料や章が容易に参照できるように構成されている。本ハンドブックはCD-ROM版もあり、
ECLACのホームページでも閲覧できるようになっている。これらの電子版では、改良した方法
を用いて近年の事例についての評価も掲載している。この第2版が完成度の面だけでなく、使い
勝手の面でも初版を上回ることを願っている。
また、版を重ねるごとにより良いものにするため、本ハンドブックの読者・利用者の経験をお
寄せいただければ幸いである。各国の防災担当者の研修ツールとして、あるいは、地域に防災文
化を普及させるための道具として本ハンドブックを活用されたい。
viii
Ⅲ. 評価の実施に最適なタイミング
評価の実施に最適なタイミングは、災害の原因、規模、地域的な範囲に左右されるため、先験
的に判断することはできない。しかし、経験上一般的にいえることは、人道支援期が終了あるい
は本格化するまでは評価を実施すべきではない、ということである。それ以前だと、人命救助活
動の妨げになったり、直接被害、間接被害およびマクロ経済的被害に関する定量的な情報が十分
に得られなかったりする可能性があるからである。各災害における災害評価チームは、被災地に
居住する国や地方の災害評価担当者の支援を必要とすることから、その災害評価担当者が人道支
援期の活動に従事する時期、あるいは自身やその家族が被災者となる場合も多いので、その場合
は被災者として援助対象とされる時期を経てから災害評価活動を開始するようにしなければなら
ない。
他方、災害評価はいたずらに引き延ばすべきではない。なぜなら、評価には遅延なく国際社会
の支援が必要だが、ほかの地域で災害が起こると、国際社会の関心はそちらへ移ってしまうから
である。
評価対象を扱うタイミングや順序は、災害の種類や規模によって異なることから、あらかじめ
決めておくことはできない。ただし一般的には、様々な程度の影響を評価することを念頭に被災
者の把握が第一段階となることが多い。そこでは、男女間では災害影響や緊急対応期、復旧復興
期における役割が異なることも忘れてはならない。第二段階としては、各社会セクター(住宅及
び人間居住、教育・文化、保健医療)が被った被害を把握・分析し、最も被害が大きい集団の状
況に光を当てることが考えられる。第三段階としては、各経済セクター(農漁業、通商産業、サ
ービス)やインフラへの災害影響を評価することになろう。同時に、災害が環境的な資産やサー
ビスに与えた影響の把握・分析も実施することができよう。
分析の細分や深度は(ECLAC事務局が近年作成した各文書からもうかがえるように)災害の
種類や被害評価に必要な情報の入手可能状況によって左右される。場合によっては、災害弱者集
団、市町村、地域社会単位まで詳細な被害推定を行うことも可能である。
Ⅳ. 謝辞
1991年の初版発行に尽力いただいたイタリア政府からは、第2版の作成に対しても資金援助を
いただいている。オランダ政府からもECLACとの間の技術協力事業を通じて支援をいただいて
いる。
米州保健機構(Pan-American Health Organization: PAHO/World Health Organization: WHO)
からは保健医療や水供給と衛生などの章の作成について、中央アメリカ環境開発委員会からはそ
の専門分野について、それぞれ技術協力の提供をいただいている。
世界銀行および米州開発銀行(Inter-American Development Bank: IDB)は、ハンドブック
第2版の作成に深く関わっており、進捗会議への参加や随時貴重な提言をされている。特に世界
銀行からは、改訂作業について助言や資金援助をいただいている。ノルウェー外務省および英国
国際開発省紛争人道部からも防災コンソーシアムを通して資金援助をいただいている。
ECLACは、以上の協力に深く感謝するとともに、ラテンアメリカ・カリブ海地域における現
地評価調査を通じて多くの政府関係者、専門家らとの交流が果たした重要性、すなわち、交流か
ら生まれた様々なアイディアが本ハンドブックに大きく寄与したことを感謝するものである。
ix
Ⅴ.
執筆者
ECLACはハンドブック第2版の作成を、ECLACにて災害担当を務めるメキシコシティの地域
本部職員Ricardo Zapata Martíに委託した。初版の作成を指揮したRoberto Jovelは、外部コンサ
ルタントとして採用し、いくつかの節を執筆したものの、基本的には第2版の方向付け、監修を
担当していただいた。各章を担当した専任スタッフ、部署横断的な作業の担当者、外部コンサル
タントを以下に示す。
「被災者」
José Miguel Guzmán( ラ テ ン ア メ リ カ ・ カ リ ブ 人 口 セ ン タ ー
(CELADE)協力)、Alejandra Silva、Serge Poulard、Roberto Jovel
担当。
「教育・文化」
Teresa Guevara(国連教育科学文化機関(UNESCO)コンサルタント)
担当。
「保健」
Marcel Clodion(汎米保健機構(PAHO/WHO)コンサルタント)、
Claudio Osorio(PAHO/WHO)担当。
「住宅および人間居住」 Daniela Simioni(ECLAC環境居住局(DEHS)担当。およびMauricio
Faciolince、Ricardo Bascuñan、Silvio Griguolo(コンサルタント)協力。
「エネルギー」
Roberto Jovel(Ricardo Arosemena(コンサルタント)の先行研究に
依拠)担当。
「水供給と衛生」
Claudio Osorio(PAHO/WHO)担当。
「運輸・通信」
ECLAC天然資源・インフラ局運輸課長Ian Thompson担当。David
Smith(コンサルタント)協力。
「農漁業」
Antonio Tapia(コンサルタント)担当。Roberto Jovel協力。
「通商産業」
コンサルタントおよびメキシコ国立防災センター(CENAPRED)職員
Daniel Bitran担当。
「観光業」
Françoise Carner(コンサルタント)、Jóse Javier Gómez(DEHS)、
Erik Blommestein(ECLACカリブ地域本部)担当。
「環境」
Jóse Javier Gómez(DEHS)、Erik Blommestein、Roberto Jovel、
Alfonso Mata、Cesare Dosi担当。David Smith、Leonard Nurse、Ivor
Jackson(共にコンサルタント)協力。
「女性への影響」
Roberto Jovel担当(Angeles Arenas(コンサルタント)の報告書に依
拠)。ECLACカリブ地域本部のAsha KambonおよびRoberta Clarkeな
らびにSarah Bradshaw、Fredericka Deare(共にコンサルタント)協
力。
「被害のまとめ」
Roberto Jovel担当。
「マクロ経済的影響」
Ricardo ZapataおよびRene Hernandez(メキシコシティのECLAC地
域本部)担当。
以下のECLAC職員からは、草稿に目を通していただき貴重な助言をいただいた。それらは本
ハンドブックの最終稿に反映されている。
Nieves Rico(ECLAC本部女性と開発課)、Pilar Vidal(ECLAC/メキシコ 女性と開発課)、
Esteban Perez(ECLACカリブ地域本部)。
x
第Ⅰ部 方法論および概念
第1章 災害の種類と被災後の諸段階
第Ⅰ部 方法論および概念
1
第Ⅰ部 方法論および概念
第1章 災害の種類と被災後の諸段階
第1章 災害の種類と被災後の諸段階
災害の分類方法は様々である。災害は通常、突発的に発生し(死亡者が発生することが多い)、
社会の全体あるいは一部に被害をもたらし、ライフラインなどを一時的に麻痺させ、物的損害を
もたらし、社会活動や経済活動に大きな支障をきたす。一方、緩慢に進行する災害が頻発してお
り、社会や経済に影響をもたらすことに変わりはなく、災害の規模や被災期間によっては、食糧
不足や基本的サービスが十分に提供できない事態が発生する。
発生原因に着目すると、災害は大きく自然災害と人的災害に分けることができる。自然災害に
よる被害は、それまでの人間活動の影響によって拡大・悪化することも多い。ラテンアメリカ・
カリブ海地域でよく見られる自然災害は、熱帯暴風・ハリケーン、洪水、旱魃、霜・降雹、地震、
火山噴火、津波および土砂災害である。一方、人的災害の中で多いのが、火災、爆発および石油
流出事故である。天然資源の不適切な利用、開発プロジェクトの設計・建設に関する規則や基準
の不履行など、人間活動によっては自然災害を誘発・悪化させるものもある。換言すれば、人の
手を加えることは、居住地、生産活動、インフラおよび各種サービスの脆弱性を悪化させかねな
いということである。
ラテンアメリカ・カリブ海地域において被害をもたらす自然災害には、水文気象災害と地質災
害がある。毎年、熱帯暴風やハリケーンがカリブ海および太平洋の熱帯域を移動する。太平洋に
おける大気・海洋の変化であるエルニーニョ現象ないしエルニーニョ南方振動は、海水の変化を
誘発し、洪水や旱魃の原因となる。また太平洋岸に沿って走る環太平洋火山帯は、構造プレート
同士が重なる線や面とともに、地震や火山噴火が頻発する地域である1。図Ⅰ−1−1は、環太
平洋地域やカリブ海を中心とした地震活動、水文気象活動および火山活動が最も活発な地域を示
したものである。
図Ⅰ−1−1
活火山
主要な地震
ハリケーン、サイクロン、および台風
出所:スタンフォード大学、クランディング・リムサミット、2001年
1
Jovel, Roberto (1989) “Natural Disasters and their Socioeconomic Effects,” ECLAC Review, No. 38, ECLAC,
Santiago, Chile.
3
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
Box Ⅰ−1−1
政策策定に向けた脆弱性、加害力、被災可能性および影響の相互関連性の包括的検討
Gilberto C. Gallopin
脆弱性の概念についてコンセンサスがないことは既存文献から明らかである。本論では、概念をめぐる論
争2における中心的な議論を網羅し、それを包括的な枠組みに位置付ける包括的アプローチを提示する。ただ
し、その枠組みは新たな疑問や批判を生んでいることも事実である。
まず、脆弱性を一般的な言葉で定義しておこう。外部または内部のプロセスとの相互作用の結果、あるシ
ステムが重大な変容を受ける性向をそのシステムの脆弱性という。ここでいう重大な変容とは、構造的な変
化あるいは構造的な変化とまではいえなくとも、比較的永続的で大きな変化のことである。
脆弱性の概念は、社会システムと無関係ではない。人間の制度(村落、社会集団など)
、自然システム(森
林生態系など)あるいは人的・生物物理的要素を含めた社会生態システムなど、外部環境と相互作用を起こ
すあらゆるシステムに適用することができる3。
社会システムおよび生態システムは、その外部環境と物質、エネルギーおよび情報を絶えず交換すること
によって存続する。このプロセスは、そのシステムの機能または構造を変容させ得るが、その契機となるの
が、そのシステムの外部環境の変化(例:地震が住民に与える影響)、内部変化(例:内戦が国に与える影響)、
外部プロセスと内部プロセスの相互作用(例:長引く旱魃と国内紛争)である。
事象、変化ないし加害力が外部的か内部的かを判断するのは、システムをどの規模でとらえるかによる。
例えば、地震やハリケーンは、地球全体の生態系をシステムととらえれば内部的な現象であるが、中米のあ
る村落をシステムととらえれば、外部的な事象であることはいうまでもない。
人間システムにおいて、脆弱性は貧困や総合厚生指標と関連していることが多い(連動ではない)が、貧
しい人が必ずしも脆弱性が高く、貧しくない人が必ずしも脆弱性が低いわけではない。
性向としての脆弱性4は絶対的な属性ではなく、特定の変化や加害力など、所与の状況の中にある当該シス
テムに左右される属性である。言い換えれば、あるシステムは特定の障害事象に強く、そのほかの障害事象
には弱いということが起こり得る。ただし、様々な種類の障害事象に対して一様に脆弱性を示すほど高い脆
弱性を有するシステムも存在する。
以上の一般概念に従えば、脆弱性は必ずしもマイナスの属性とはいえない。慢性的な貧困から特定の社会
集団が出現したり、強圧的な政権が崩壊したりするなど、変化が有益な変容をもたらす場合、脆弱性をプラ
スにとらえることは可能である。いうまでもなく、変容をプラスにとらえるかマイナスにとらえるかは、元
来、価値判断である。その意味で、脆弱性の定義に使われる「重大な変容」は、表Ⅰ−1−1に示すように、
プラスまたはマイナスに分類することができる。なお、表Ⅰ−1−1では、変容の緩急も評価している。
表Ⅰ−1−1 包括的な変容・影響の分類
公益サービスの
停止
******** ******** ******** ******** ******** ********
環境への影響
影響
影響
死亡
負傷
大気汚染
建物の全壊
建物の半壊
水質汚染
******************
道路の不通
土壌汚染
本ハンドブックでは、脆弱性のマイナス面にのみ着目し、
「重大な変容」は「被害」や「悪影響」という意
味に限定する。
脆弱性を検討する上での中心となる要因は、当該システムの感度および対応能力(対象システム、被災単
位または基準システム)、災害発生確率、災害誘発事象の種類および規模・強度・速度、当該システムが(外
部的または内部的な)事象の被害を受ける可能性、および当該システムが受ける変容または影響である。
2
3
4
Clark et al.(2000)、IHDP Update(2001)、Rodriguez(2000)などを参照。
Gallopin et al.(1989)
Popper(1990)
4
第Ⅰ部 方法論および概念
第1章 災害の種類と被災後の諸段階
感度とは、当該システムが内部あるいは外部の障害事象によって生じる変容または影響の度合いのことで
ある。理論上は、障害事象に起因する変化の1単位により当該システムが受ける変容の程度で表すことがで
きるが5、当該システムが所与の要因の影響を受けるかどうかの判断にとどまることもある。
対応能力とは、当該システムが障害事象に適応または抵抗し、被害を緩和し、好機を生かす能力のことを
いう。対応能力は様々な要因によって左右される。例えば、災害回復力、予備施設・備蓄品などの備え、情
報力、内部規律メカニズム、他のシステムとの協力関係の有無などである。
当該システムが障害事象、内部的・外部的な変化または加害力などの被害を受ける可能性は、当該システ
ムと障害事象との接触の程度、期間や長期化により左右される。
脆弱性は、当該システムがこれまで経験した障害事象の履歴に左右されることも少なくない(当該システ
ムの履歴の重要性)が、ここでいう脆弱性とは、障害事象・変化・加害力が発生する前の当該システムの属
性のこととする。
ただし、当該システムが障害事象による被害を受ける可能性は、当該システムと障害事象との関係性の属
性である。したがって、当該システムそのものの属性ではないが、一部の研究者は脆弱性の定義に被災可能
性を含めている6。
当該システムに与える影響を左右する要因としては、当該システムの脆弱性や被災可能性のほかに、事象
(変化・加害力などを含む)そのもの、事象の種類(ハリケーン、地震、経済恐慌、国内紛争など)、その発
生頻度、規模、強度、速度(または緩慢度)および持続性である。
感度、対応能力および被災可能性の違いは、洪水が住民に与える影響を考えると分かりやすい。標準以下
の住宅ほど洪水の被害を受けやすい(感度)。最貧困層の家屋は洪水を最も受けやすい場所に立地しているこ
とが多い(被災可能性)。資源を多く有する世帯は、水害から回復する手段に比較的恵まれている(対応能力)。
最終的な影響は、洪水の強度、規模および永続性(事象の属性)にも左右される。
図Ⅰ−1−2は、当該システムにとって外因性の事象(変化、加害力など)が発生した場合の各概念の関
係を示したものである。当該システムにとって内因性の障害事象についても同様の図を描くことができる。
この概念図を発展させると、自然災害などの被害をもたらす事象から住民や自然生態系を保護する政策を
分けて考えることの重要性が明らかになる。その各政策には、自然災害が当該システムに与えるマイナスの
影響だけでなく、当該システムの脆弱性、自然災害の発生確率または強度(可能な場合)
、当該システムの被
災可能性をも軽減することが求められる。
図Ⅰ−1−2
脆弱性
図Ⅰ−1−3
被災可能性
システム
内的
感度
プロセス 対応能力
システムと
それを取り巻く
環境との間の
通常のやりとり
脅威
●キャパシティ・ビルディング
●資産・予備備蓄
●予防接種
●予測
種類
外的
プロセス 規模、強度
および速度
持続性
脆弱性
被災可能性
●被害防止
●被害抑止
脅威
被災可能性
●適応
●修復
●補償
変容・影響
●防御
●移転
変容・影響
図Ⅰ−1−3は、脆弱性、脅威および被災可能性に最も関連の深い政策分野を示したものである。
5
6
Tomovic(1963)
Cutter(2001)
5
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
参考文献
Clark, W. C., et al. (2000) “Assessing Vulnerability to Global Environmental Risks.”
http://ksgnotes1.harvard.edu/BCSIA/sust.nsf/pubs/pub1.
Cutter, S. L. (2001) “A Research Agenda for Vulnerability Science and Environmental Hazards,” IHDP
Update 2/01: 8-9.
Gallopin, G. C., Gutman, P. and Maletta, H. (1989) “Global Impoverishment, Sustainable Development and
the Environment. A Conceptual Approach,” International Social Science 121: 375-397.
IHDP Update (2001) Newsletter of the International Human Dimensions Programme on Global Environmental
Change, 2/01, Bonn.
Popper, K. R. (1990) “A World of Propensities,” Thoemmes, Bristol.
Rodriguez, J. (2000) Vulnerabilidad y grupos vulnerables: un marco de referencia conceptual mirando a los jóvenes
(LC/R. 2043), ECLAC, Santiago.
Tomovic, R. (1963) Sensitivity Analysis of Dynamic Systems, McGraw-Hill, New York.
災害発生後の活動は一般に、①緊急対応期、②復旧期(移行期)、③復興期に分けられる。
緊急対応期とは、人命の救助と被災者に対する必要物資の提供を行う人道支援期のことである。
この期間においては、捜索、救助、避難、避難所の提供、応急措置、緊急医療・保護、交通・通
信ルートの暫定確保、基礎的公益サービスの暫定復旧、初期的な被災者登録および公的私的財産
の被害状況の記録などの活動を行う。この時期の期間には長短がある。しかし、災害の規模にも
よるが比較的短期になることが一般的である。
復旧期(移行期)では、住宅・建物および交通・公共インフラの応急復旧を含めた被災地の正
常化に必要な諸活動を行う。被災者の心のケアの問題もこの段階で対処する。被災者の職場復帰
支援、雇用創出、貸付金などの融資、復旧・復興関連事業の実施などが被災地に最も有益な復旧
活動となる。
復興期では、被災空間と環境を立て直し、被災によって優先順位が変更となった重点課題に沿
った資源配分を可能にする諸活動を実施する。
本ハンドブックで記述する災害評価活動は、緊急対応期が終了したか終了間際に実施し、上記
の諸活動を阻害せず、必要な人材や基本的な情報を確保できるようにしなければならない。災害
評価活動の狙いは、復興期のニーズと優先課題が把握できるように支援することである。
6
第Ⅰ部 方法論および概念
第2章 方法論に関する一般的考察
第2章 方法論に関する一般的考察
ここで提示する災害評価方法の最終的な目標は、災害が被災国・地域の社会、経済および環境
に与える影響を金銭的に評価することである。評価手法としては、国民経済計算を用いるととも
に、環境被害や女性に特徴的な影響などについては個別評価手法を用いる。
本方法論を用いることで、被災国・地域は資産の損失額の算定と復興需要の把握をすることが
できる。そのほか、被害が最も甚大な地域・分野、ならびにその復興の重点課題を明らかにでき
る。また、経済フローへの影響、被災国の自力復興能力、国際的な資金・技術協力需要を把握す
ることも可能となる。さらに、災害より発生したニーズに対応するために必要な公共政策、開発
計画の変更点を明らかにするとともに、経済動向や国民厚生への悪影響を回避することにも応用
できる。
復興活動および国際支援の指針となるべく被害評価の迅速な実施が必要になる場合が多い。被
災者の喫緊のニーズには速やかに対処することはもちろん、国際社会の目がほかの地域に向かう
前にあらゆる機会をとらえて復興支援を得る努力をすることも極めて重要である。したがって、
評価の正確性を追求するよりも評価結果を迅速に提示する方が重要だが、この初期評価でも被害
の規模と復興需要を明らかにしなければならない。
次章以下では、以上の方法論を詳しく論じるとともに、全体的な影響および各セクターへの影
響を評価する上でふさわしい情報源を提示する。このような評価に対して一律に有効な主要基準
にも触れる。
災害評価実施の第一歩は、災害前の状況、被害の規模とマクロ経済的影響を把握するのに必要
となる定量的な基礎的情報をすべて収集することである。評価担当者は、政府関係者、業界団体
ないし職業団体(技術者協会、建築家協会など)、サービス事業者、商工会議所、農業共同組合
のほか、災害時に被災国・地域に駐在していた外国の機関や国際機関、在外公館などの専門家に
相談することもできよう。
入手した情報については、現場でその確度を検証する。個別の事例に適切な基準に基づき、サ
ンプルを用いて被災した単位数と被害の規模・範囲を確定することも往々にして必要となる。災
害が女性に与えた影響を把握する場合、特に後者が重要である。
本ハンドブックが提唱する災害評価の結果は、復興計画の優先課題の決定・割り振りという意
思決定における基本的な資料となる。先に提案したように、復興計画を開始するためには、評価
見積もりの正確性と評価実施の緊急性のバランスを正しく考慮しなければならない。最低限のこ
ととして、評価結果は地理的・分野的な範囲を含めた被災状況を正確に推定したものでなければ
ならない。より正確な評価は、個別の投資プロジェクトを策定する段階で実施すればよい。
7
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
Box Ⅰ−2−1 影の価格と災害被害評価
経済的影響という観点から見ると、災害と投資プロジェクトは対照的な関係にあるともいえる。プロジェク
トはハード面での整備を目的とするものが多いが、そこでは財の生産やサービスの提供の増大・維持・改善に
向けていかに資源を利用するか、という決定が行われる。投資プロジェクトの基本要素は、初期投資の規模、プ
ロジェクトの期間、プロジェクト期間中に生じる費用便益フローの3つである。経済的な観点から見ると、プ
ロジェクトの事業可能性は費用と便益の兼ね合いにかかっている。
他方、災害は資産に損害を与える(その意味で災害は「負の投資」といえる)とともに、財・サービスの生
産を阻害する。その結果、財・サービスが不足し、生産効率が悪化する。プロジェクト評価の方法を特定の経
済セクターに適用する場合、経済的被害を評価するには、①資産損失(または負の投資)の量、②当該セクタ
ーにおける財・サービスのフローに与える影響(価格と量)
、③市場が混乱する期間、の3要素が必要となる。
プロジェクト評価の方法のように、災害による被害を特定するには、
「災害前の状況」と「災害後の状況」の
比較ではなく、
「災害を受けない状況」と「災害を受けた状況」の比較が必要である7。そうでないと、災害によ
る被害が過大評価されたり(生産が縮小傾向にあった場合)
、過小評価されたり(生産が拡大傾向にあった場合)
する危険性がある。あるいは、ほかの要因も考えられるのに、被害の要因を災害のみに負わせる危険性がある。
プロジェクト評価には民間評価と社会的評価の2種類がある。民間評価では、年間純益は生産物やサービス
の販売により生じる。原価は投入資源の購入や要素支払いにより生じる。社会的評価では、年間の社会的便益
はプロジェクトに起因する国民所得の増分であり、一方、費用とはそのプロジェクトを実施したことに起因す
る国民所得の減分である。民間投資は、民間投資家が得る利益とは極めて異なる社会的な利益を生む可能性が
ある。
いずれのプロジェクト評価もプロジェクトの実現可能性を検討するのに同様の判断基準を用いるが、プロジ
ェクトの費用と便益の決定する変数の評価方法は異なる。民間評価では市場価格を用いるが、社会的評価では
「影の価格」(社会的な価格)を用いる。これは、社会厚生に作用する間接的な影響および外部性を考慮したも
のである8。
社会的評価では、3つの基本的な影の価格、すなわち、外貨、労働力および社会的割引率を用いる。当該プ
ロジェクトで生じた財・サービスおよび生産に使われる投入資源の社会的価格を算定する必要がある。3つの
影の価格は通常、国レベルで算定される。この財・サービスおよび生産のための投入資源の影の価格は、現在
および将来の需要と供給に関する情報に基づいて算定する。それには、相当に複雑な調査研究を個別に実施す
る必要がある。
理論上は、プロジェクトの社会的評価の方法は、災害に起因する経済被害の評価にも応用可能であり、影の
価格を用いて社会が受けた被害額のおよその数字を得ることができる。例えば、外貨獲得の輸出品目の生産減
による損害は、評価基準に民間価格を用いるか、影の価格を用いるかによって大きく異なるであろう。理論上
は、影の価格を用いた被害推定額の方が望ましいかもしれないが、社会的評価には様々な情報が必要で、関係
するセクターの数が多く、被害評価の実施期間が通常限られていることを踏まえると、民間価格を用いる方が
現実的である。
7
8
資産についていえば、災害が期間の短い事象(ハリケーン、洪水、地震)である場合、「災害前の状況」と「災
害のない状況」は同義である。一方、緩慢に進行する災害(旱魃など)では同義でない場合がある。財・サー
ビスのフローの変化について経済的評価を行うためには、「災害を受けない状況」を想定して、「災害を受けた
状況」と比較することにより、災害による被害を正しく算定することが必要となる(ベリーズの観光業が好例)。
次に示すプロジェクトでは、社会的な価格とは大きく異なる民間価格を有する。①民間価格は0となる公共財
を生むプロジェクト、②市場の不完全性(独占、買い手独占)がある中で実施するプロジェクト、③税、補助
金および数量制限があり、生産物および投入資源の価格が完全な競争下における価格と一致しない中で実施す
るプロジェクト、④外部性が存在する中で実施するプロジェクト。
8
第Ⅰ部 方法論および概念
第3章 被害と影響の分類と定義
第3章 被害と影響の分類と定義
地震、暴風雨、洪水などの自然現象は直接的な被害だけでなく、後遺症ももたらす。災害に伴
う害虫発生による農作物の損傷、災害の数カ月後に発生する生活必需品不足など、後遺症は災害
発生後に緩慢に進行し、比較的長期間継続する。
本ハンドブックでは、災害による被害・影響の分類方法を提示するが、その分類方法は、災害
の発生時とその後における社会経済環境影響の評価ができ、なおかつ様々な地域レベルやセクタ
ーで評価が可能なことを条件とする。
定義というものは元来、型にはまったものであること、2つの概念にまたがることも珍しくな
いことは確かであるが、ここで採用する定義は、ラテンアメリカ・カリブ海地域で過去30年に実
施してきた災害評価活動を通じて合意されてきたものである。
極端に単純化していえば、災害が被害を与えるのは資産(直接被害)、財・サービスの生産フ
ロー(間接被害)、被災国の主要なマクロ経済指標の数字(マクロ経済的影響)である。便宜上、
被害や損害という言葉を用いることにするが、災害はプラスの結果をもたらすこともある。した
がって災害評価では、マイナスおよびプラスの結果を相応に考慮した純影響の評価を目的とする。
直接被害は、災害の発生の瞬間ないし数時間後の間に発生する。他方、間接被害およびマクロ
経済的影響は、災害の規模にもよるが、最長で災害発生後5年間にも及ぶ。旱魃やエルニーニョ
の影響など、緩慢に進行する事象あるいは長期にわたる事象においては、直接被害も長期にわた
るだけでなく、再発した洪水で橋梁が何度も破壊されるように、復旧したインフラが再度破壊さ
れる場合は、数度にわたって繰り返されることもある。ただし、損害の大部分は、経済フローへ
の影響による間接被害である。
暫定的な災害評価において、直接被害の把握・評価は比較的単純である。しかし、災害の間接
的な影響の評価は単純ではない。間接被害は災害後の様々な時期において顕在化するので、暫定
的な災害評価では特定することが困難である9。
事実、上記の間接的影響の大部分は評価実施時には顕在化しない。仮に被害評価実施時に把握
することは可能だとしても、金銭的な評価は必ずしも可能ではない。その意味で、緩慢に進行す
る災害(旱魃や長引く洪水)における間接的な影響は、原因となる現象が続く限り継続するとい
える。
1番目と2番目の影響(直接被害と間接被害)を総合して、被害全体のおおよその規模を推定
することができる。ただし、その推定値が資産および経済フローを考慮していることを正当に示
すことが条件である。一方、マクロ経済的影響は評価を異なる視点から見たものである。災害が
経済活動に与えた影響、および災害により生じたマクロ経済の不均衡を記述するものである。し
たがって、マクロ経済的影響は直接被害および間接被害に加算して考えることはできない。被害
を二重に計上することになってしまうからである。
被害の推定においては、物量単位(全半壊および一部損傷の戸数、延床面積㎡、ha、t(トン)
など)が基本的な単位である。個々のケースにおいて最適な評価基準が適用できるからである。
以下、影響の種類別に推定する被害を詳しく見ていくことにする。
9
間接被害の評価が対象とすべき期間は、「正常化」、すなわち災害前の状況に復帰するまでの期間と一致する。
9
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
3−1 直接被害
直接被害(全壊および半壊)の対象となるのが、不動産およびストック(完成品、仕掛品、原
材料、材料、予備部品を含む)である10。基本的には災害発生時に生じる資産の被害が直接被害
の内容となる。
直接被害の主な構成要素は、物的インフラ、建造物、施設、機械類、設備、交通・貯蔵手段、
什器の全壊・半壊、農地、灌漑施設、貯水施設などの損傷である。農業に限れば、収穫直前の作
物の損傷も評価し、直接被害として計上する必要がある。
セクター別の章でも論じるが、公的セクターの被害と民間セクターの被害を区別し、復興の重
点をどこに置くかを明らかにする必要がある。
同じことは、修復11、全壊の構造物、設備およびストックについてもいえる。直接被害の定量
化の過程においては、国際収支や貿易にも影響することから、被災資産の交換に必要な輸入も算
定しなければならない。
Box Ⅰ−3−1
人命の価値
災害では人命が失われることが多い。遺族や社会一般が被る苦悩を別にしても、人命が失われることは、被
災国にとって直接的な損失である。いわば人的資産の損失である。この損失の金銭的価値を推定するにはいく
つかの間接的方法がある。
そのひとつとして、死亡者が通常の余命を全うしたと仮定した場合、得たであろう所得である将来所得(純
現価で表示)を算定する方法がある。災害で死亡した人々の平均年齢とその平均余命を比較(性差を適切に考
慮)することにより、死亡者が失った時間を算定することができる。それによって算出した人年数と当該期間
における平均所得を総合することで、人的資産のおよその損失額を知ることができる。
ただし、この方法には欠点がある。よく知られていることだが、1人当たりの所得は国によって異なる。そ
れを人的資産の損失の基準に用いることは、ラテンアメリカ・カリブ海地域に限定したとしても、開発途上国
において失われた人命は、先進国の人命よりも価値が低いことを前提にすることになる。この考え方は通常、
受け入れられないだろう。
人命の価値を算出するもうひとつの方法は、国際民間航空機関(International Civil Aviation Organization:
ICAO)のワルシャワ条約に従い、航空機関連事故において保険会社が支払う額を採用するものである。しか
し、地域によって人命の価値が異なるという問題は残る。
危険な作業に伴う事故死に対して当該地域の保険会社が支払う補償額の平均値を採用する方法もある。しか
し、この方法を利用することはできない。支払い額は被保険者の実際の掛金負担能力に左右されるが、その負
担能力は任意の災害における平均的な被災者の能力とは一致することはまずないからである。1人当たりの所
得についても同様である。
人命の価値を算出する方法としては、その死を避けることができるとすれば、どの程度その費用を負担する
意思があるかを基準とする方法もある。危険な作業については労働者が負担する年間の保険掛け金(実際に調
査を実施して確定)を基準にした評価手法を用いて人命の価値を算定することができる。この算出方法は、生
産の損失に限定されない費用を反映できるという利点があるが、これまで述べてきた方法よりも算定額が高く
なる。また、1人当たりの所得が異なるという問題を排除することもできない。
まとめると、人命の価値の算定に利用できる方法もないことはないが、上記の限界があって実際に利用する
のは難しいといえる。
10
11
経営者や企業所有者は通常、回収不能となった売掛金などの換金可能資産の損害を損失として計上する。しか
し、マクロ経済的な観点からはこの損害は直接被害として計上すべきではない。なぜなら、回収ができた場合
は、セクター内部における収益の移転と見なされるので、これを損失とすると二重計算になってしまうからで
ある。
現状では、各セクターの専門家は修復価格を半壊資産の再取得価格の割合で計上することが多い。この方法は
簡便ではあるが、修復の原価に沿った推定方法で補足すべきである。
10
第Ⅰ部 方法論および概念
第3章 被害と影響の分類と定義
3−2 間接被害
間接被害とは、災害発生後の一定期間(復旧期・復興期も含む場合あり)において生産または
提供の中止を余儀なくされた財・サービスのフロー(現価表示)のことである。この期間は最大
で5年とするのが慣例となっているが、間接被害の大部分は災害発生から2年までに生じる。い
ずれにせよ、間接被害の推定は、被害を受けた生産設備の部分的または全体的な回復に必要な期
間の全体を対象にしなければならない。
間接被害は、生産設備および社会経済インフラが被った直接被害に起因するものである。間接
被害には、災害に起因する基本的サービス提供の支出ないし費用の増加、通常の条件では基本的
サービスが提供できないことによる所得の減少ないし消滅(これはマクロ経済的影響に反映する)
も含まれる。間接被害の例としては、洪水や長引く旱魃による収穫減12、工場の被害や原材料の
入手困難による工業生産の減少、交通輸送費の上昇(代替的の交通経路や通信手段は高価で低品
質)などが挙げられる。以上は当該セクターにとっての間接被害であるが、主要な経済指標を検
討する場合には、マクロ経済的影響としても位置付けられる。
災害の間接的な影響の中には、被害、犠牲、損害や損失ではなく、社会にとって有益なものも
あり得ることを評価専門家は認識しなければならない。事実、定量化できるほど大きく、全体の
被害評価額から控除する必要があるほどの便益をもたらす場合もある13。
災害は時として特定が難しく、定量化が不可能な間接的影響をももたらす。この間接的影響は
「無形の」被害(または便益)をもたらす。例えば、苦悩、不安感、自尊心、災害に対する当局
の対応の仕方に対する反感、連帯、利他的な参加、国家安全保障への影響、そのほかに厚生と生
活の質に影響する様々な要因などである。評価専門家がこれら重要な災害影響について金銭的な
評価を試みる時間的余裕が常にあるわけでない。ただし、災害影響を総合的に把握するためには、
この無形の被害または便益について評価を行うか、少なくとも全世界的な議論を行うことが欠か
せない、ということを評価専門家は認識しなければならない。なぜなら、無形の被害または便益
は生活条件・生活水準に大きな影響を与えるからである。
災害の間接的影響について最後に指摘しておきたいのは、金銭的な評価は可能であるものの、
評価の時間的余裕がないために実際には評価が極めて難しい間接的影響があることである。例え
ば、経済活動の構造および機能への災害影響により失われた機会、配分および再配分に与える影
響、犠牲者に代表される人的資本の損失などがそうである。
まとめると、災害は以下に示す間接被害の種類のうち、1つまたはそれ以上の間接被害を伴う
ことが多い。なお、これらは金銭的な評価が可能である。
①
物的インフラ・在庫の損傷または生産・所得の損失による営業経費の上昇。例えば、腐り
やすい商品あるいは保存が間に合わず売ることができなかった商品の販売損失、医療制度に
おける記録(医療センターのカルテなど)の損失により生じた費用など。
②
諸活動の全体または一部の停滞に起因する生産またはサービス提供の低下。例えば、学期
を全うできなかったことによる被害、輸出契約を履行できなかったことにより生じた費用な
12
13
ただし、収穫間際の作物が被害を受けた場合には前述のとおり直接被害とすべきである。この問題については、
本ハンドブック第Ⅱ部の農業に関する章でも論じる。
例えば、南米のある国ではエルニーニョ現象により大規模な洪水が発生したが、水が引いた後、それまで農地
に適さなかった沿岸部が広範囲にわたって一時的に肥沃な土壌となった。そこで地主が耕作を行い、その収穫
物は間接的な便益として被害評価額から控除された。
11
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
ど。
③
生産または基本的サービス提供について代替的な方法を取らざるを得ないことによって生
じた追加費用。例えば、通常よりもルートが長く質の悪い道路(迂回路)の利用や応急道路
の建設による費用増など。
④
予算の再編成ないし再配分に伴う費用増。
⑤
ライフライン(電気、水道など)の全面的または部分的な供給停止による所得減、失業や
非常勤雇用による個人所得の減少。
⑥
緊急対応期における被災者対応の人件費など。
⑦
流行病予防対策費用など、災害に起因する状況の変化に対処するための追加費用。
⑧
景気後退期に見られるような連関効果による生産・所得の減少。生産・所得の減少には
「前方」と「後方」がある。例えば、工場が損壊すると、代替的な市場を持たない納入業者
やほかに納入業者を持たない顧客の経済活動が低下する。
⑨
外的要因の費用または便益。すなわち、災害の波及効果または副次的な影響のうち、災害
の直接的な被害者(または受益者)ではない第三者がその費用(または便益)を吸収するも
の。この概念は、緊急対応要員・組織を訓練するという便益、一部の環境汚染費用、交通渋
滞の悪化など、災害の波及効果を含めており、相当に包括的なものである。評価専門家とし
ては、被害評価に大きな影響を与える外的要因を考慮しさえすればよい。
災害影響には様々な種類があるが、それらは必ずしも相互排他的ではないので、評価専門家は
二重計算とならないように注意する必要がある。例えば、災害影響を生産サイドで計上した場合
は、所得サイドでも計上することがあってはならない。復旧対応のための予算再配分の影響を計
上したら、その支出は後に間接費用として計上してはならない。
上記の問題点を踏まえると、間接被害の評価は、担当の当局や専門家と綿密な協議を行いなが
ら実施することが望ましい。諸サービスの提供再開に必要な時間、生産量の減少分や諸サービス
の提供にあたっての追加的費用、それに伴う所得の減少分を概算する場合には、このような協力
関係が不可欠である。公益事業の営業損益を分析し、復旧期における損失の把握に努めることも
必要である。また、農業産品や工業品の損失分(価格および量)も分析しなければならない。本
ハンドブックは、このような評価のための段階的な手順を被災セクターごとにまとめている。
上述の概念は、極めて包括的なものである。関連性のない定量化で時間を無駄にすることのな
いよう、評価専門家においては評価の焦点を絞ることを推奨する。災害が人的生産性に与えた無
形の影響、緊急対応のあり方に起因する間接的影響、実施されなかった抜本的経済対策がもたら
したであろう間接的影響などは、関連性が低い。要は、最も重要な間接的影響(一義的または一
次的な影響ともいえる)のみを評価することである。
以上の直接的間接的影響を総合することにより、災害の全体的な被害評価が可能となる。
3−3 マクロ経済的影響
マクロ経済的影響とは、災害が被災国の主要経済指標に与える影響のありようを示すものであ
り、当該の国家当局が調整を行わないことを前提にしている。直接被害および間接被害の波及効
果を反映したものであるので、直接被害や間接被害に計上してはならない。マクロ経済的影響の
評価はむしろ、直接被害や間接被害の評価を別の観点から実施することといえる。マクロ経済的
12
第Ⅰ部 方法論および概念
第3章 被害と影響の分類と定義
影響の定量化は、国民経済全体を対象として実施するのが普通である。各セクターの専門家は、
主要経済指標への影響を総合的に把握するために必要な情報をマクロ経済の専門家に提供しなけ
ればならない。この評価における基本単位は国家であるが、必要な情報が得られるのであれば、
それよりも小さい地域(省、州、県、市町村)の災害にも応用できる。
災害のマクロ経済的影響を妥当に評価するためには、災害が発生しなかったことを仮定したと
きに各指標がどのような値を示したかについての信頼できる予測が必要となる。この予測値は、
災害がどの程度指標に影響を与えたか、あるいは復旧復興需要を満たし国際協力需要の特定を行
う被災国の能力に対して、財政援助を中心とした主要指標の悪化がどの程度阻害したか、につい
て評価する上で基準値となる。
災害のマクロ経済的影響の中でも特に重要なのは、国内総生産、各セクターの生産高の成長、
経常収支(貿易収支、観光・サービス業、物品・サービスの輸入代金としての資金流出の変動に
伴うもの)、債務・通貨準備高、財政・総投資などに関係する影響である。災害の特性にもよる
が、公的債務の格付け、流動性、国内金利の変化と同様に、物価上昇、雇用、世帯所得に与える
影響の評価が重要となることも多い。
国内総生産は、被災セクターの生産縮小により減少するが、復興により増加する。生産が阻害
されると、輸出が縮小するとともに、国内需要を満たすために財を輸入する必要性が生じるため、
貿易収支および国際収支が悪化する。緊急対応期および復旧期の支出あるいは被害の大きな被災
者に対する補助のための支出により、公的セクターの支出は一般的に増大する。一方、生産およ
び輸出の縮小、あるいは被害の大きなセクターの負担を軽減するために一部の税を一次的に免除
する決定により税徴収額が減少すれば、歳入は縮小する。以上のような状況が重なると財政赤字
の誘発・拡大を引き起こしかねない。
同時に、復興特需や投機による物不足により価格が上昇し、インフレを誘発する。被災国の被
災前の経済状況や災害影響の規模にもよるが、対外債務の返済能力を示す外貨準備高も低下する
ことがある。
評価の対象となるそのほかのマクロ経済的影響としては、供給源が断たれることによる被災者
の生活条件の悪化、基本的サービスの入手可能状況の悪化のほか、重要なものとして、雇用喪失
とそれに伴う所得の低下がある。生活の質の低下は金銭的に評価することができないが、住民全
体への災害影響、言い換えると諸活動の部分的、一次的または全体的な停滞による所得の減少は
定量化が可能である。
マクロ経済的影響を評価し、全世界的な把握を行うためには、各セクターの専門家が農地、生
産設備、物的社会的インフラなどの回復に必要と判断する期間について、財・サービスの生産に
おける推定損失額を算定しなければならない。前述したほかのマクロ経済指標(雇用、所得、輸
出、輸入、総投資、税徴収額など)への影響の評価を可能にする基礎的情報を入手する必要もあ
る。各セクターの各専門家は、近年の実績あるいは被災前に行政が採用したセクター計画の目標
を踏まえて、当該セクターが被災前にどのような方向に向かっていたか、その基礎的情報をまと
める必要もある。
災害の規模は、マクロ経済的影響の評価を実施する時間枠を決定する重要な要因である。経験
則からいうと、災害が発生した年(短期)に加えて1、2年、場合によっては5年(中期)が
「合理的な」時間枠である。
マクロ経済的影響の評価とは、被災国・地域の行政がその政策・計画を変更しなかった場合、
どうなるかを示したものにすぎないことに留意する必要がある。この業績予測には、行政が被災
13
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
後の復興需要を踏まえて政策・計画の方向性を変更することができる。
この問題については本ハンドブックの当該の章において詳しく論じることにするが、主要なマ
クロ経済指標の評価によく使われる一般的な方法論的視点を以下に示す。
(1)国内総生産(Gross Domestic Product: GDP)
マクロ経済の専門家は、災害に起因し、生産設備の回復に必要な期間を含む復旧期に生じる
財・サービスの生産の損失を不変価格表示で推定する。この推定には、各セクターの専門家が情
報を提供するとともに、被災前の予測による当該セクターの災害発生年の実績予測を明らかにす
ることが前提となる。この推定は、損失を予測し、被災前と被災後の実績値を得るための基準と
なる。マクロ経済の専門家は、復興による建設ラッシュがGDPに与えるプラスの影響も考慮する
必要がある。
(2)総投資
直接被害として計上するストックの損失は、既存資産の損壊ではないので当該年の総投資には
反映されない。資源の利用可能状況や被災国の技術・建設能力にもよるが、災害発生の翌年には
資産の回復が開始されるので、総投資は増加するはずである。
災害発生年において、総資産という指標は、被災前に実施中であった開発プロジェクトの一時
停止または延期およびストックの損失という2つの影響を反映する。各セクターの専門家は、総
資産のデータと各セクターが修復に必要な5年間14の投資推定額をマクロ経済の専門家に提供す
る必要がある。
(3)国際収支
マクロ経済の専門家は、災害発生年の国際収支の経常勘定を推定する。その際、次項に関する
セクター別報告書に基づいて行うものとする。①観光客の減少、貨物量の減少、あるいはエンジ
ニアリング会社などのサービス輸出能力の低下をもたらした被害に起因する財・サービス輸出の
縮小。②2年ないし5年の復旧復興期に必要となる燃料、食糧(収穫減による)、建築材料・機
器などの輸出増。③現金・物品による救援寄付。④海外からの再保険金。⑤災害後の債権者との
取り決めによる対外債務返済の減額。
国際収支における資本収支の算定にはおおむね2つの数字が必要である。ひとつは災害発生後
の例えば5年なら5年15という復興期における優先投資プロジェクトがその中長期的に必要とす
る外国からの資金調達額である。もうひとつは、経常収支悪化を穴埋めするための外国資金調達
額である。
(4)財政
災害発生年(およびそれ以降)の承認予算が大きな変更を迫られる可能性が最も高いため、定
量化が求められるマクロ経済指標のひとつである。その点で、次に示すマクロ経済的影響を分析
する必要がある。①公共企業体からの所得の減少、あるいは財・サービスの生産縮小や所得・消
費支出の減少による税収減による政府収入の不足。②人道救援活動や被災公益サービスの応急修
復ないし復旧を中心とした緊急対応に伴う経常支出の増加。③復興期における投資需要。マクロ
14
15
または各セクターの専門家およびマクロ経済の専門家が復興にふさわしいと判断した期間。
または各セクターの専門家およびマクロ経済の専門家が復興にふさわしいと判断した期間。
14
第Ⅰ部 方法論および概念
第3章 被害と影響の分類と定義
経済の専門家は、各方面から収集したデータは相互に矛盾する場合も考えられるものの、有効に
活用するように努めなければならない。そうすることで、復興期の財政不足額を推定し、公的セ
クターの資金需要に適切に対処できるようにする。
(5)物価とインフレーション
災害の前後における一般インフレ水準を計測することは必ずしも可能ではないし、正当化もで
きないが、(作物、工業製品、販売経路、輸送路などの被害による)品不足が、代替的な方法に
よる供給を余儀なくされた特定の財・サービスの価格にどのように影響するか16、各セクターの
提供する情報に基づいてその全体像を把握することは必要である。このような品不足という変数
が一般価格および相対価格に与える影響を評価してマクロ経済的影響として計上することが必要
である。
(6)雇用
社会的インフラの生産設備の被害が雇用に与える総合的な影響、および緊急対応・復旧による
人材需要の増加については、セクターごとに評価する必要がある。
最後になるが、国家機関・国際機関が30年間にわたって蓄積した災害評価の経験により、災害
の種類と被害の性格には一定の関係性があることが分かっている。そのうち、重要と思われる関
係性を次に示す17。
・水文気象災害(洪水、ハリケーン、旱魃)は、地質災害よりも被害の地理的範囲が広くなる
傾向がある。
・人口密度が同程度ならば、地質災害(地震など)の方が水文気象災害よりも被災者の数が多
くなる傾向がある。
・物的社会的インフラの資本ストックの被害は、洪水よりも地震の方が大きくなる傾向がある。
・他方、生産被害などの間接被害は、洪水や旱魃の方が大きくなる傾向がある。
・洪水や土砂災害を伴う地質災害は、ほかの地質災害よりも生産被害などの間接被害がはるか
に大きくなる傾向がある。
次に示す一般的な影響は、あらゆる種類の自然災害に共通する。
・被災者の規模は様々。
・開発途上国では被災前の住宅、医療施設、教育施設の不足がさらに拡大する。
・社会的弱者層の所得が一次的に減少し、それに伴ってすでに高かった失業率がさらに悪化す
る。
・上下水道、電気、通信、交通の一時的な不通。
・食糧や農業および工業用の原材料の一時的な不足。
・被害の規模にかかわらず、中小企業やサービス業事業者の復旧が早い傾向。
・二重構造が顕著な国においては、伝統セクターよりも近代セクター、農業、商業およびサー
16
17
輸入など通常とは異なる供給元の代替品が通常よりも低い価格で入手できる場合は価格が低下する。
Jovel, Roberto(1989)op. cit.
15
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
ビスセクターよりも工業セクターの方が、雇用損失の規模が大きく、長期間継続する。
・復旧復興期には、住宅建設や公共事業が増加するため、雇用構造に変化が見られる。
・輸出が減少し、輸入が増加する。
・社会的支出と投資の増加は税徴収額および全体的な歳入の減少を伴うことが多いことから、
財政赤字が拡大する傾向が見られる。
3−4 被害評価基準
災害被害の影響評価には客観的かつ正確な基準が必要である。復旧復興計画の策定の根拠とな
らなければ、真の評価とはいえない。
30年にわたる災害評価の経験からいえることは、災害の直接・間接被害や被災国・地域の経済
に対する影響を金銭的に推計・評価するには、2つ以上の方法で行うことが重要であるというこ
とである。なぜなら、被害評価基準は、評価結果の用途によって変わってくるからである。また、
被災する財は広範にわたるため(住宅、一般道、幹線道路、輸送機関、輸送管路、上下水道、送
電設備、作物、農地、製造業、商業センター、レクリエーションセンターなど)、一定の水準に
達していないものも含めて様々な情報やソースが必要となる。
したがって、災害被害を評価する基準には、以下に述べる2つの極端な基準があり、その間の
中間的な基準が様々に存在する。
評価基準のひとつは、損失資産の減価償却後価額(「簿価」)である。この方法では、損壊した
資産の災害前の価値を算定し、その使用年数を考慮して残りの耐用年数の価値を求める。これは、
必ずしも生産工程で使用されなくとも減価・陳腐化する生産固定資産に適した評価方法である。
インフレ率が依然として高い国においては、簿価は資産ないし財の実際の市場価格を表してい
ない。この場合、当初の価値を算定し、その取得年から損壊した年のインフレ分を調整すること
も可能ではある。しかし、この方法は、物価指数の物理的特性の長期変化傾向により複雑なもの
となる。この場合、(減価償却の有無にかかわらず)取替原価を用いざるを得ない。
もうひとつの評価基準は、損失資産の防災強化のための追加費用を含む取替原価である。つま
り、損失資産の再取得価格には、一定の技術進歩の分(年数がたっているので、同一の製品が市
場で入手できる可能性は低い)だけでなく、自然災害であれ人的災害であれ、防災を強化した機
能の分も盛り込まれているとする考え方である。
以上の2つの評価基準の中間に位置する基準も存在する。前述のとおり、どの基準を採用する
かは、様々な要因によって左右される。その要因としては、評価のニーズ、対象資産の特性、価
値算定時における情報の入手可能状況のほか、特に重要なものとして、各セクターの専門家が評
価を実施する時間的な余裕がある。
したがって、上記2つの中間に位置する評価方法では、資産被害を評価するのに取替原価を基
準とするが、その価格は当該資産の当初設計と同じ特性を持つ資産の購入に必要な価格とし、減
価償却は行わないものとする。この評価方法は、国や民間セクターが被災資産の再取得に必要な
経費を算定するのに役立つ。
取替原価は、耐災害性の強化分を含める、含めないにかかわらず、算定する必要がある。なぜ
なら、被災した生産部門やサービスを復旧・復興するために被災国が必要とする資金や外国から
の借款の必要額の算定基準になるからである。
いずれの評価基準を採用するにしても、資産被害はまず物量単位(必要な機械類・生産設備の
16
第Ⅰ部 方法論および概念
第3章 被害と影響の分類と定義
単位数、被災した建物面積(㎡)、橋梁数、等級別幹線道路の延長(㎞)
、被災した作付面積(ha)、
損失した農作物のt(トン)数など)で定量化すべきである。そうすることにより、最適の評価
基準を特定しやすくなる。
同時に、様々な財・サービスの価格の一覧も作成する必要がある。様々な種類の住宅の1㎡当
たりの建設費、工業施設、棒鋼などの建設資材、主要農産品の現行価格などの一覧である。その
際、消費者物価、卸売価格、生産者価格の各指数などの一般に入手できる情報が参考になる。政
府が計画あるいは近々実施する予定であった投資プロジェクトで使用される資本財や建設資材を
用いることが望ましいことが多い。なぜなら、最新の価格および機能を有しているからである。
評価基準は、被災した辺境村落の復興に必要な建設の1㎡当たりの費用と政府が計画する被災
者向け恒久住宅(質的向上を含意)の1㎡当たりの費用の間、あるいは、耐用年数に近づいてい
た損壊繊維機械の価値とそれを技術の進んだ繊維機械に交換する費用との間、というように、2
つの両極端な基準の間に設定しなければならないことが多い。いずれにせよ、機能的に損壊した
財に最も近い財の価値を採用すること、その財は費用面や特性面で市場に存在し入手できる財の
範囲を超えないことが重要である。
生産・サービスのフローが一定期間阻害されることで発生する間接被害は、必要に応じて生産
者価格または市場価格で評価する。生産セクターの場合、損失は生産者価格で評価しなければな
らない。災害によって生産できなかった分の価値を表すからである。中止を余儀なくされたサー
ビス生産(受けられなかった授業日数・月数や受診回数、迂回による交通輸送費の増加など)の
場合、最も適切な方法(おそらく唯一の実行可能な方法)は、インフラの損壊により生産できな
かったサービスの価値を、最終消費者や末端利用者が負担する価格・運賃を基準に評価すること
である。
費用・価格は、「実質の」費用・価格で表示しなければならない(生産資源、財、サービスの
利用について)。つまり、資金調達費用を被害評価に含めない。資金調達費用は、手数料、金利、
割引、保険および再保険、補助金、あらゆる形態の被災後融資(金利の有無、国内融資や国外融
資を問わない)のことである(実体経済では費用・価格は現金で決済するとされることに注意)。
被災国内の移転は、生産資源や財・サービスを利用しないため、災害の費用(または便益)から
除外される。
間接的影響(財・サービスの生産フローの中断・減少)の評価にあたっては、災害があった場
合と災害がなかった場合の数字を算定すること、つまり、災害は発生しなかったと仮定した場合
の生産高と災害の影響を受けた実際の生産高を比較することが望ましい。ただ、被害の迅速な評
価が求められている場合、この方法を採用できるセクターはほとんどないであろう。
最後に、直接間接被害の評価は現地通貨で実施すべきである。ただし、比較の便宜上や国際社
会の理解を得るためには、米ドルに換算した方が実用的な場合も多い。輸出品や輸入品は外貨表
示にすべきである。
3−5 情報源
災害では、通常の情報チャンネルが不通となることが多い。特に、被災国の首都をはじめとす
る政治行政の中心地が大きな災害を受けた場合にその傾向が強い。多くの公的機関や公営企業は、
被災して仮の事業所での活動を強いられることから、その機能は低下する。当局者や専門家は現
地調査に従事したり、救出活動の調整に当たったりするため、通常の情報源を部分的に利用でき
17
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
なくなる。
評価専門家は、時として広範囲にわたるその情報源を速やかに把握する。例えば、国家統計機
関の事務所が一時的に閉鎖された場合、ほかの専門機関などを当たって、人口統計データを収集
しなければならない。被災者に関する基礎的情報の情報源は、保健省ないし内務省が最もふさわ
しいが、学校が被害に遭った場合の情報は、教育省や教育機関の担当する省庁が把握している可
能性が高い。女性に関する情報は国の女性組織というように、必要な情報の種類に応じて、それ
に適した組織・機関に問い合わせることになるが、基礎的情報は、首都ではなく被災現場でしか
得られないことも多い。
通常、評価専門家には、独自に被害評価を実施するか、行政や援助機関が実施した評価を専門
家の立場から検討することが求められる。しかし、その時間は限られており、緊急事態をようや
く抜け出した地域で悪条件の中で実施しなければならない。以下では、今日までのECLACの経
験から導かれた情報収集手法について述べる。
(1)基幹情報源
緊急対応および復旧を担当する組織が国の機関であれ、地方政府の機関であれ、評価専門家は、
必要なデータを提供でき、災害に関するほかの文章・報告書を請求できる国の組織、国内外の機
関、研究機関および権威筋からなるネットワークを見いだすことが必要である。評価専門家は緊
急を要する状況の中において、活字になったデータ、独自の所見、あるいは災害状況について確
度の高い口頭による報告のみに依拠しなければならない。このような基幹情報源がなければ、評
価専門家は情報の妥当性・確度を判断し、様々な見解や情報の混乱を調整することはほぼ不可能
である。
(2)報道機関
報道機関は災害発生日から災害のニュースを報道するが、その中には評価専門家にとって有益
なものが含まれている。新聞の切り抜きは、容易に検索できるように分類してファイルする。そ
のファイルは更新を怠ってはならない。なぜなら、評価プロセスの次の4点、すなわち、①基幹
となり得る情報源や有益な文書の入手先の確認、②公式および非公式の情報の一貫性や整合性に
関する独自の判断、③評価の対象として見逃されていた被災地域や被害の種類への着目、④ほか
のソースから入手した基礎的情報を補足するデータ・統計の提供、において決定的に重要となる
からである18。
(3)地図
地図は、評価専門家にとって不可欠なものであり、現地評価調査の開始時には入手していなく
てはならない。被災状況の詳細を記した災害後の地図があれば極めて有益だが、地図は絶えず更
新されているので入手は困難な場合が多い。中央の機関からは基本的な地図でさえ見つけ出すの
は困難かもしれない。
(4)現地調査
現地調査には陸海空の活動がある。評価専門家は通常1回の現地調査しか実施できないが、そ
18
評価専門家は、報道機関がしがちな「センセーショナルな」情報の位置付けと重み付けに注意を払わなければ
ならない。
18
第Ⅰ部 方法論および概念
第3章 被害と影響の分類と定義
の場合は、情報源の予備評価を机上で実施してから、現地調査を実施すべきである。そうすれば、
これまで照会した情報源からは入手できなかった情報が現地調査によって入手できる可能性が高
まる。隔離された地域やアクセスの悪い地域では、現地調査によってしか情報の収集ができない
ことも珍しくない。この調査により、評価専門家は被害評価プロセスを通して扱う情報源の質を
判断するのに必要な材料を得ることになるだけでなく、災害影響の優先順位付けにおいて特定の
評価基準を採用しやすくなる。現地調査は、活字情報では得られない甚大な被災状況に直接触れ
ることができる、またとない機会でもある19。
(5)調査
復旧・復興に必要な詳細調査は、被害の初期調査の実施から時間のたった緊急対応期の終了間
際になって初めて実施できる。調査では次の3つの形態が有効である。①損壊家屋の数と損壊・
損傷の程度を調べる現地調査などの「迅速評価」または被災者数および罹病状況の局所評価を担
当する部署、機関が実施する調査研究。②主要都市における雇用失業調査など、被災前の状況と
の比較が可能な被害以外の調査研究(被害評価プロセスのいくつかの段階では有用性の高い調査
研究であり、(6)の「データの二次分析」で検討する)。③現地調査の中などで評価専門家が実
施できる迅速評価調査(これよりも優れた情報源がない場合において最後の手段として位置付け
るべき)。
女性に特徴的な災害影響を評価する調査研究は、特に大きな課題である。災害により再生産労
働の負担が増えたり、女性が担う裏庭経済の資産・所得が失われたりするが、これを実証する直
接的なデータがないからである。避難所で生活する女性について、できる限り実地調査を実施し
てそのような情報を得ることが重要である。
(6)データの二次分析
二次的情報源(評価専門家以外の組織・個人)が作成した基礎的情報を含む出版物、文書、報
告書は、基礎的な情報源となり得る。どのような被害評価方法を用いているかにかかわらず、被
災後の状況を被災前の状況と比較することが必要である。関連の数値や被災前の状況を確認する
という点においては、二次的情報源は評価専門家に代わる最適の情報源となる。さらに、被災前
の基礎的情報は、災害影響評価の出発点でもある。これがなければ、客観的な被害評価は不可能
である。
被災地および被災者の物理的特性(規模、分布、性別、年齢、密度、経済的・文化的・民族的
な特性など)について、確度や妥当性の高いデータを収集しなければならない。政府機関や国際
機関が災害評価を担当する場合、評価専門家は当局筋や、当局筋に依拠した文書を最大限に活用
することが求められる。
セクター別統計(農業統計、製造業統計、鉱業統計など)、統計年鑑、統計局による総覧、被
災国の研究センターの出版物、公的機関、大学の研究所をはじめとする専門機関による調査など
と同様に、人口住宅統計調査も特に有用である。被災直後の時期においては、関連文書が少なく、
官公庁や国際機関が実施する部分的な調査や緊急対応および復旧の中心となる機関による内部報
告書がある程度である。
19
特に、社会セクターや被災者の被害状況の評価において当てはまることが多いが、ほかのセクターについても
いえることである。例えば、ある地震災害の初期評価では、数㎞に及ぶ石油パイプラインの損壊が主要な被害
と思われたが、空からの調査により、初期評価では必ずしも注目されない地すべりによって農業が大きな被害
を受けたことが判明した。
19
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
(7)対人コミュニケーション
評価専門家の友人や同僚が被災地域やその近辺に住んでいることが少なくない。このような確
度の高い情報源と電話、インターネット、無線、電信装置などの通信手段を利用して連絡を取る
ことは、基礎的情報を得るのに極めて有用である。災害対応で初めにすべきことのひとつが通信
の立て直しであることから、上記の通信手段のいずれかは使用できる可能性は高い。連絡が取れ
たら、特定の情報が欲しいことを明確に伝えることが重要である。その情報は、別ソースの情報
との入念な比較をして検証を行う。
(8)リモートセンシングによるデータ
衛星画像など、リモートセンシングにより得られる画像は、被害評価において極めて有効であ
る。ただし、その利用においては無視できない問題があることも確かである。
第一に、洪水、ハリケーン、土砂災害、地震、火山噴火、山火事、石油流出事故のような災害
の影響評価を行うのに、衛星画像が有利なのはいうまでもない。しかし、衛星画像はインフラの
物的被害状況を把握するには、解像度が低すぎる場合が多い。例えば、上空からは無傷に見える
建物も、内部構造が被害を受けているために解体すべき建物とされていることがある。また、こ
のようなデータでは、負傷者、下水道をはじめとする地下の輸送管路の被害、工場・事業所の内
部被害などを把握することはできない。
上記の問題点は、解像度の高い地理参照システムが実用化されれば解決されるかもしれない。
それでも当面は、防災対策において危険地域を特定するのに衛星画像を活用できる。
第二に、大半の途上国は災害評価用の画像を入手する経済的な余裕はない。したがって、この
方法は比較的開発の進んだ国、あるいは先進国が被災国に対して画像を提供する場合に限られる
可能性が高い。
前述のとおり、衛星画像技術は、防災計画立案、早期警告、および脆弱性分析を中心とした被
災前の諸段階において強力なツールとなる。衛星データの厳密な整理・分析が行われるであろう
復興期においても活用されることは明らかである。
航空写真もあれば強力なツールとなるが、その重要性は過大評価される傾向がある。経験から
いえることだが、専門家が体系的に撮影しない限り、航空写真は評価専門家にとってほとんど価
値のないものとなる。ただし、航空写真が航空写真測量システムの一部である場合は、この限り
ではない。評価専門家にとって被害の性質や規模について正確な解釈ができる材料がそろうこと
になるからである。したがって、評価専門家は積極的に航空写真測量分析の専門家と連携を密に
し、被害の評価・算定を行うことが重要である。
20
第Ⅱ部 社会セクター
本ハンドブックの第Ⅱ部では社会セクターを扱う。被害状況を把握する方法を被災者、住宅お
よび人間居住、教育・文化、保健医療に分けて各章で論じる。まずは、評価方法について説明し、
本ハンドブックへの理解を高め、十分に活用できるように実例を提示する。
第Ⅴ部では、総合的な災害分析の一環として雇用や所得に与える影響や女性に特徴的な影響の
評価方法を論じている。社会的、経済的なものも含めたセクター別の各章では、全面的、総合的
な分析に必要な基本情報を得るための専門家向け情報源を掲載している。
21
第Ⅱ部 社会セクター
第1章 被災者
第1章 被災者
被災者の規模や特徴を定量化することが、評価プロセスの中心となる。社会的課題の専門家が
まずすべきことは、災害評価チーム内の各セクターの専門家と連携し、被災地の範囲を特定する
ことである。その上で、被災者の数、避難民の状況、復興の現場などを含む被災者の被害状況の
評価を実施する。
被災者の被害状況の評価(あらゆる無形の要因が集中する)は、災害の概要を把握し農業、保
健医療、家屋などの各セクターにおける被害を評価する上で不可欠である。この評価は、他セク
ターの評価の整合性を判断する独立指標となるだけでなく、国内および国際的な援助活動の方向
性を規定し、復旧復興計画の優先課題を設定する根拠ともなる。
1−1 被災地および被災者の範囲を特定
災害評価は被災地の範囲を特定することから始まる。その後直ちに被災者の規模・特徴を把握
する。可能であれば、被災後の状況について評価を実施し、生活水準を左右する諸条件の目に見
えない悪化(改善)の全体像を把握すべきである。被災者の範囲を特定し、評価するには、様々
な相反する方法があるが、人口分析の専門家は独自の分析基準を活用して最適なものを選択しな
ければならない。初めは被災地および被災者の範囲を広くとらえてからその範囲を限定していけ
ばうまくいくことが多い。
この種の評価に最もよく利用されるデータは、最新の人口住宅統計調査、あるいは人口住宅統
計調査などに基づいた人口の推計・予測(官庁出版物や専門出版物に掲載)である。このデータ
を補完するのが、世帯調査や出生登録、行政記録である。
被災地の範囲を特定する作業には単一の方法を用いる。この作業は各セクターの評価プロセス
が始まる前に完了させておく。被災者の被害状況の評価は、後に各セクターのより正確な被害評
価を実施する際の共通かつ基本的な基準点となる。
被災者特定のための選択戦略を規定する要因のひとつは災害の種類である(選択戦略の例につ
いては付録Ⅰを参照のこと)。そのほかの要因としては、詳細で最新の統計調査データや人口予
測データの有無、人口予測の前提を崩す予見できなかった人口動態の変化、直近の統計調査から
の経過時間などがある。直近の統計調査から時間が経過するほど、人口予測の妥当性をめぐる評
価の前提条件ないし不確実性が増加する。統計調査データが下位の行政単位別になっていればい
るほど、評価の正確性が高まる傾向がある。速やかに評価を実施する必要があることから、直近
の統計調査のデータをそのまま受け止めても差し支えないだろう。直近の統計調査以降、被災前
に当該地域において、大幅な人口流入や新しい居住地の出現など、大きな人口動態的変化がない
場合は、特に差し支えないといえる。
次に、2つのシナリオに基づいたそれぞれのアプローチを示す。
(1)シナリオ1
年間人口予測が(市町村レベルなどの)細かいレベルで行われており、直近の統計調査から5
年以内に災害が発生した。その間、被災地において大きな人口動態的変化はなかった。この場合、
23
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
被災地の範囲が特定されれば(被災市町村の特定)、災害発生年の推定人口は人口予測の数字を
そのまま引用できる。あるいは、災害発生日の推定人口は以下の対数増殖式で求められる。
Pd = Po × ert
(1)
ただし、
Pd=災害発生日の人口
Po=最新の公式推定人口
r=災害発生年(災害発生期)の年間の対数増殖率
t=rの算定に用いた当初予測を行った日から災害発生日までの時間(単位は年)
例)災害が2000年11月10日に発生し、15の市町村に被害を与えた。この15の市町村の合計予測人
口は2000年6月30日で3,590,000人、2001年6月30日で3,695,000人であった。
P10/11/2000 = P30/06/2000 × ert
(1)の式を当てはめて増加率rを求める。
r=[ln(Pd/Po)]/t
r2000-2001=[ln(P30/06/2001/P30/06/2000)]/1
r2000-2001=[ln(3,695,000/3,590,000)]/1
r2000-2001=0.02883
ここで、
t=災害発生日から当初の人口推定日
t=(2000年11月11日−2000年6月30日)/365
t=(134)/365=0.36712
とすると
P10/11/2000=P30/06/2000 × ert
P10/11/2000=3,590,000 × e0.02883×0.36712
P10/11/2000=3,628,199
被災地域において大きな変化(例えば、直近の統計調査から災害発生までの間にかなりの人口
流出または人口流入)が発生した場合、上記の計算を行う前に予測人口および新規の予測合計に
ついて調整を行う。調整は下記(2)の手順に従って行う。被災地人口の調整済み合計数を算出
したら、上記(1)の手順に従う。
(2)シナリオ2
直近の統計調査から5年以上たってから災害が発生した。したがって、下位の行政単位別の人
口予測は更新されていないか、存在しない可能性がある。この場合、被災地の地理的範囲を特定
したら、人口予測を行うか、存在する推計を分析して、市町村の人口の変動が直近の統計調査と
24
第Ⅱ部 社会セクター
第1章 被災者
その前の統計調査との間の期間の変動傾向よりも大きいことを示す証拠はないか確認する。
個別の人口予測が存在しないか、古くて使えない場合、被災地の人口予測を行う必要がある。
上位の行政単位であれば、人口予測値が存在する場合がある。その場合、その上位の行政単位
(県、省、州など)の災害発生年(災害発生期)の人口増加率から被災地の人口を予測する。
例)X省の20の郡からなる被災地の人口について、2001年1月15日現在の人口を推定する。この
場合、2000年6月30日に実施された統計調査によれば、被災地の人口は補正数値で153万6000
人である。省独自の予測によれば、2000-2005年期におけるX省の人口増加率は1.89%である。
この場合、災害発生日の被災地の推定人口は次の方法で算出できる。
(1)式によれば、
P15/01/2001 = P30/06/2000 × e0.0189×0.54110
P15/01/2001 = 1,536,000 × e0.0189×0.54110
P15/01/2001 = 1,551,789
先の例では、当該の郡や市町村において急激な人口の流出入は存在しなかったか、存在しても
被災地内の流出入であったことが前提とされている。この前提が当てはまらない場合、予測より
も人口の増減は大きかった市町村については、上記の計算を行う前に個別の予測を行う必要があ
る。そのためには、個別の方法論に基づく別の情報源(学校の在籍簿、新規建築許可書などの行
政記録など)が必要である。
以下に示す2つの事例研究は、近年発生した2つの災害における被災地と被災者の範囲をどの
ように特定したかを示すものである。
事例1
中米のある国で近年発生した地震の場合、被災地や被災者の範囲について議論が分かれた。人
口分析の専門家による範囲の特定は次の手順に従って行われた。
・改正メルカリ震度階でVの地震についておよその初期評価を行うため、行政区分地図上に地
震を体感した地域を印した。
・公式および非公式の部分的データ、震災後の報道を丹念に研究して得た数字、および現地調
査で収集したデータを総合することにより、犠牲者や被害が報告された地域のみを被災地に
指定した。
・その被災地の中には孤立した地域もあり、その人口密度は低いか直近の統計データは確度の
低いものであった。そこで、軽微な被害しか報告されていなかった地域を除外し、それ以外
の地域の被害状況について「当て推量」を行った(被害評価を完了させるだけに時間的な余
裕がなかったため、やむを得ない措置であった)。
・統計調査データを用いて、最も詳細な人口データがそろっている行政単位を割り出した。こ
うして地域の範囲を特定し、最終的な被災者の推定に必要な調整・予測を行った。
25
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
事例2
事例1に類似した事例であり、アンデス山脈のアクセスの悪い地域を地震が襲ったものである。
被害の大きい被災者の規模と所在を確認する必要があったが、人口密度の低い農村地域であり、
人口の実態を示した地図が入手できなかったことから、この作業は困難なものとなった。
次の手順が取られた。
・点在する人口集積地を把握できる確度の高い情報が地理局から得られた。
・この地理局の情報および物的被害や被災者数に関する情報を活用することで、人口分析の専
門家は、陸路でアクセスできる村落、村、町の被害・被災状況を把握することができた。近
隣被災地域に派遣した調査班(上記情報の確度・妥当性の検証が主な目的)の報告から、そ
の地域で重大な被害を受けた人の割合を把握することができた。震央により近い地域を広く
調査することは現実的に困難な中において人口集積地で調査を実施し、震央から離れれば離
れるほど、被害が減少することがおおまかだがはっきりと確認できた。
・以上のデータに基づき、震央を中心に2つの同心円を描いた。内側の円の半径は、被害甚大
な人口集積地のうち、震央から最も遠い集積地と震央を結んだ距離である。外側の円の半径
は、地震を体感できた人口集積地のうち、震央から最も遠い集積地と震央を結んだ距離であ
る。農村部の住宅の建築特性を把握していたことから、内側の円内で最も被害が甚大な被災
者の規模と位置を推定することができた。外側の円内で人口に基づき、(都市部農村部を含
めた)被災者総数の推計も行った。
1−2 被災前人口データにアクセスするためのソフトウェア
(1)概観
前述のとおり、専門家はまず被災地の範囲を限定してから、被災者の様々な被害状況の評価を
行う必要がある。死傷者や避難所に避難している人々の数に関する情報があれば、一次被災者の
推定は比較的容易である。それ以外の被災者(二次・三次の被災者)の規模を推定するには、被
災地の被災時の総人口に関する基準データが必要である。
被災地の範囲を特定できたら、セクター別のチームに分かれて、情報を収集・分析する。一次
被災者に関する現場からの情報で最も早いのが、死亡者、負傷者および避難所の収容状況に関す
る報告である。被災前の人口に関するデータの不備を補う推計を行う必要がある。その際、基準
データは不可欠である。この作業で利用できるのが、人口統計調査(古い統計調査も含む)や世
帯調査(上位の行政単位別なものも含む)である。被災地域が広い範囲にわたれば(例えば、地
方全域や省全域)、詳細な人口データが得やすい傾向にあり、狭い範囲であれば、詳細なデータ
は入手しづらい。このような場合、国勢調査や世帯調査の人口データを処理できるコンピュータ
ソフトを利用すべきである。このようなソフトがいくつも開発されている。
ラテンアメリカ・カリブ人口センター(Centro Latinoamericano de Demografia: CELADE)
は、国勢調査や世帯調査の人口データを処理できるソフト「Redatam」を開発し、無料で配布し
ている。使い勝手がよく、無料で利用できることは特筆に値する。また、ECLACの特別現地調
査では何度も使われ、その実力が実証されている。
「Redatam G4」やそのインターフェースソフトである「R+G4xPlan」は、様々なデータソー
スから人口指標を作成することを目的としている。国レベルから市町村レベルまでの様々な行政
単位における意思決定を助けるものである。このソフトの機能は、ユーザーが定義する行政地域
26
第Ⅱ部 社会セクター
第1章 被災者
(いくつかの郡に街区や農村地区を加えて基本単位とすることも可能)における人口とその特徴
を把握するのに理想的である。このユーザー定義の機能と統計などの調査の基礎データを組み合
わせると、当該地域の人口・住宅の特徴を把握するための基礎データが得られる。この基礎デー
タを人口予測に応用することも可能である。また、上記の方法により、災害発生日までの人口増
加を推定することもできる。この方法については付録Ⅲで扱う。
(2)R+G4xPlan(事前設計インターフェース)
CELADEは、「Redatam」関連のツールも提供している。このインターフェースツール
「RxPlan」は、「Redatam」を直接操作できなくても「Redatam」を使えるようにするものであ
る。このインターフェースは、構築が極めて簡単であり、実際、評価活動の前に構築することが
できる。機能としては、被災国のニーズと災害の特性に合わせたモジュールアプリケーションの
構築、事前定義指標(世帯主男女別の世帯数、住宅入居率、被災者の年齢、性別、配偶者の有無、
学歴、雇用の有無などの基本属性別の構成など)の設定、テーマ別地図の作成などがある。
インターフェースは、質問フォーム、あるいは地域を選択すると出力テーブルが表示されるウ
ィンドウから構成される。用意するものは「Redatam」形式の統計調査データベースで、その地
図があった方がよい。
このツールは、最適な行政単位において被災者の調査を実施する際の情報収集に役立つ。この
調査では被災前後に収集したデータから得られる次の情報項目を検討する。
・被災者総数(死亡者、負傷者、物的経済的損失を被った者)
・年齢、性別などの基本属性による分類
・高リスク集団の特定(5歳未満の子供、乳幼児を抱える母親、妊婦、障害者、負傷者、高齢
者)
1−3 被災者の把握
被災者の種類や程度は災害の原因やそれがもたらす被害によって様々である。ここでは一次被
災者、二次被災者および三次被災者に分けて考える。
被災者と直接または間接の被害(資本損失、生産損失、サービス提供費用の増加など)を関連
付けることにする。この関連付けにより、上述の被害総体の3つの基本構成要素に沿って被災者
を分類することができる。
(1)一次被災者
一次被災者とは災害の直接的な影響を受けた人々のことで、具体的には、死亡者、負傷者、障
害を受けた人(一次外傷の被災者)のほか、災害の直接的な影響による物的損失を受けた人も含
まれる。災害発生時に被災地にいた人々で構成されるカテゴリーである。
(2)二次および三次被災者
二次および三次被災者とは、災害の間接的な影響を受けた人々と定義される。両者の違いは何
かといえば、二次被災者は被災地の範囲内または被災地との境界近辺の住民であるのに対し、三
次被災者とは、被災地の外側または被災地から遠く離れた所に居住する人々のことをいう。
二次および三次被災者の被害の評価はセクター別に行う。被災地の商業従事者や被害を受けた
27
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
作物の販売に昔から関わっている人々のうち、被災後の景気後退の結果として所得が下がった人
などが二次被災者に該当する。一方、自宅や職場は被災地の外側であるが、被災地に起因する交
通輸送費増の影響を受けた人々、あるいは公共支出が緊急対応に向けられたためになんらかの便
益を失った人々が三次被災者に該当する。
旱魃や洪水などの緩慢に進行する災害では、二次被災者が行政やそれ以外の避難所に避難する
ことも多い。この行動は国内の大きな人口移動の兆候となることがあるので、避難所の二次被災
者はほかの被災者とは別に把握するのがよい。
(3)住民に与える直接間接の影響
セクター別の被害推定額(貨幣価値換算)は、被災者が被った直接間接被害を示している。動
産の被災分は通常住宅関連セクターで計上するが、生産損失は生産セクターの被害推定額に計上
される。雇用や所得の損失については、後述するように分けて計上される。
災害による死亡に起因する金銭的な損失は大きくなる可能性が高い。方法論的な観点からいえ
ば、死亡者の残りの現役期間とその期間に得たであろう所得を基準に、あるいは生命保険給付金
を基準にすれば、失われた生命を貨幣価値で評価することは可能である。しかし、本ハンドブッ
クでは次の2つの理由から、この種の評価は行わない。第一に、本ハンドブックの趣旨は、災害
が被災国・地域の経済動向に与える社会経済的影響に反映される被害の量を推定することにある
からである。第二に、1人当たりの収入を用いることは、先進国と途上国の被災者の比較におい
ては、二流市民や三流市民という基準を採用することになりかねないからである。つまり、人命
の損失は社会にとって永遠の損失であり、代替や回復とは無縁なものとECLACでは考えている
からである。
被災者への影響で最も広く認識されているのが生活水準の悪化である。ハード面での環境が劣
化するとともに、仕事上の関係、通信システム、文化、余暇活動など、社会交流ネットワークが
弱体化する。人々の不安感は高まり、自分の生き方に自信を失い始める。教育や医療を受けたり、
食糧を確保したりすることが難しくなる。家屋や財産を失うことで、それまでの生活水準が低下
する。
被災者の性別によって受ける被害は異なる。男性の方が失う資本ストックが大きく、女性の方
が再生産労働の負担が増える傾向にある。
住民が受けるほかの影響(精神的損傷、社会変化、災害への対応で見られる連帯の精神や寛容
性、援助を受けられなかった人々の失望、そのほか様々な無形の費用および便益)は、間接影響
評価方法を用いなければ評価することはできない。
災害は精神的な後遺症も残す。緊急対応期の前後では、鬱、不安感、疲労感、神経過敏、短気、
食欲減退、睡眠障害、あるいは下痢や頭痛などの心身症的症状が観察・記録されている。災害影
響の精神医学的な解釈によれば、この種のダメージは短期的および長期的に大きな影響を与え得
る。他方、社会学的な研究によれば、災害は大きなストレスをもたらす一方で、被災者が異常な
行動を取る傾向は認められない。深刻な症状は少なく、精神的なダメージは最終的に消え、回復
は早いという。
被災者の対応は、危機感を煽るマスコミの論調とは異なっている。被災者はパニックを起こす
よりも前向きな対応をするというのがこれまでの経験則である。略奪、強奪や社会混乱が見られ
る場合もあるが、連帯や助け合いの精神が見られる場合の方が多い。したがって、人口分析の専
門家は社会混乱を被災者が被る被害の一部と位置付けて費用を推定することは避けるべきである。
28
第Ⅱ部 社会セクター
第1章 被災者
災害による破壊ほど社会の不平等を浮き彫りにする事象は少ない。このことは、特に途上国で
顕著である。貧困層が被る被害が異常に大きいことが、根本的な原因の所在、すなわち、貧困が
脆弱性の原因であることを明らかにしている。貧困層にとって環境劣化の影響、あるいは都市部
でも農村部でも貧困層が生活のよりどころとしている天然資源の枯渇の影響は非常に大きい。さ
らに、災害時には男女不平等が拡大する。そのため、災害後に全面的な社会変化が起こることも
希ではない。応急的な被害評価で社会変化の正確な特定・計測を行うことは、無形の影響や精神
的なダメージの場合よりもさらに難しい。
1−4 被災後の人口動態的影響の評価
災害が直接的あるいは間接的に与える人口動態的な影響は、人口関連の指標(死亡率、出生率、
人口移動)、罹病率の増加、あるいは人口の変動に与える総体的な影響に明確に表れる。
罹病率に直接影響を与えるのが、災害の直接的な結果であり死亡者報告にも掲載される人命の
損失である。しかし、罹病率への影響は間接的であるが、短期的または中期的に死亡につながる
ものもある。短期的には、避難所などで発生する死亡は、災害に起因する罹病率(急性呼吸器疾
患、伝染病、寄生虫病など)の増加の結果として起こるものもある。
災害に起因する生活条件の悪化は、脆弱性の増加や医療、住宅および基礎的サービスのインフ
ラの劣化の結果として、中期的にも継続する。災害が死亡率や罹病率に与える影響については、
本ハンドブックの保健医療に関する章で扱うことにする。なお、被災後に提供される援助は、医
療サービスの普及や質の向上を目的とした医療方針の改善につながれば、間接的ながら罹病率に
プラスの影響を与える。
年齢別死亡率や平均寿命に作用する特定の人口動態的影響を評価するためには、災害を直接の
原因とする死亡者数(可能であれば災害を間接的な原因とする死亡者も含める)の年齢別・男女
別の構造を把握する必要がある。まず、生命表により推定平均余命を算定する。さらに生命表を
活用し、年齢別・男女別の災害死亡者数を加えて、もうひとつの平均余命を算出する。両者の差
が災害を原因とする平均余命の減少分である。
出生率への間接的影響を算定するのは簡単ではない。大規模な災害や影響が継続する災害が発
生した後は、婚姻の延期や中止、あるいは性交渉回数の一時的な減少などにより、短期的には出
生率が低下することがある。しかし、戦争などの危機的状況の場合に見られるように、長期的に
は回復をもたらす要因が作用することもある。地震やハリケーンなどの突発性災害が出生率の大
きな影響を与えるのは、一次被災者が多くて妊娠可能年齢にある女性の数が減少する場合のみで
ある。
災害と人口移動の因果関係は極めて明快だが、その影響を評価するには、困難が伴うことが多
い。災害による財産(土地、家屋など)の損失は、一時的な人口流出を招く。ほかの中期的な影
響の方が大きいかもしれない。生産構造や失業率の変化は、大きな不安定要因になり得る。1985
年のメキシコ地震がそうであったように、転職や転居の契機となる場合も多い。被災直後にこの
ような影響を評価することは不可能であるため、ある程度の時間が経過した後に行うべきである。
人口の増加に与える全体的な影響の評価は、上で述べた3つの指標への影響がはっきりしてから
でないとできない。ただし、出生率や人口移動について先に論じた問題点を踏まえた上で、死亡
を考慮することにより災害が人口増に与える影響を算定することは可能である。例えば、ある地
域ではある災害により200人が死亡したとする。その地域の人口は災害が発生した年の1年間に
29
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
おいて35,000人から37,000人に増加すると予測されていたと仮定する(絶対値で2,000人増)。その
地域の人口増加予測分の10分の1(200/2,000)は、災害による死亡により増加しなかったこと
が分かる。
最後に、高齢者や若年層に与える影響も見過ごしてはならない。脆弱性が高い層であり、災害
の種類や原因にもよるが、ほかの人口集団よりも被害が甚大となる可能性がある。この層が大き
な影響を受けると、被災国・地域の全般的な人口構造が変化しかねない。
30
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅰ 被災地の範囲を確定する方法(自然災害の種類別)
付録Ⅰ 被災地の範囲を確定する方法(自然災害の種類別)
A. 地震現象
(a)事象
・断層線の移動
・地震
・液状化
・津波
(b)影響
家屋の全壊・半壊。多数の死傷者(特に骨折)、障害を負った人、孤児。相当の経済投資を
必要とする長期の復興プロセス。
影響
死亡
負傷
建物の全壊
建物の半壊
道路の不通
*****
*****
*****
*****
*****
公益サービス
の停止
*****
環境への影響
影響
大気汚染
水質汚染
越流水によるもの
土壌汚染
越流水によるもの
(c)収集する基本情報
①位置
・震央
・被災地に関する地質情報
②災害現象の強度と規模
・メルカリ震度は、人や財産に与える影響に着目して地震の強度を示すものである。
・リヒタースケールは、地震の震源から放出されるエネルギーの量であるマグニチュード
を地震計の記録に基づいて示したものである。
③履歴
・これまで発生した地震現象の間隔
(d)被災地の地理的範囲の確定
地震被災地は、震央を基準としてその地理的範囲を確定する。災害評価調査にはできるだけ
多くの平面上の地物情報を盛り込む。
震央を中心に円を描く。メルカリ震度でⅤ以上の揺れを感じた地点のうち、震央から最も遠
い地点と震央との距離をその半径とする。これを仮の被災地の範囲とするが、詳しい情報が入
り次第、適宜修正する。メルカリ震度を用い、災害評価調査の形態により適した被災地の円を
さらに描く。例えば、電気・水道・ガスなどをはじめとする諸サービスの供給の停止による被
害を受けている地域を調査する場合は大きい円、都市設備の物理的被害を調査する場合は小さ
い円になる。後者の場合、被災地を示す円の半径は、構造物が半全壊した地点で震央から最も
31
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
図A1−1
メルカリ震度Ⅴ以
上の揺れを感じた
地点のうち、最も
震央から遠い地点
遠い地点と震央を結んだ直線距離とする(図A1−1参照)。
(e)平面地図(縮尺)
・全国レベル 1:1,000,000∼1:250,000。災害発生地域が全国のどの地域で発生したかを
おおまかに示すもの。
・地方レベル 1:500,000∼1:50,000。災害発生位置と被災地全域(農村部と都市部を含
む)をより詳しく示したもの。
・都市部レベル 1:50,000∼1:2,500。被災地を詳細に示した平面地図を作成するための
縮尺。都市部の地図で一般的な縮尺である。
B. 気象災害現象
(a)災害現象
・熱帯暴風・ハリケーン
・豪雨
・旱魃
(b)影響
中米やカリブ海地域を襲う暴風雨のように、熱帯暴風、ハリケーンをはじめとする大気現象
により発生する豪雨や暴風は時として大きな被害をもたらす。
影響
死亡
負傷
建物の全壊
建物の半壊
道路の不通
*****
*****
*****
*****
*****
公益サービス
の停止
*****
環境への影響
影響
大気汚染
**********
水質汚染
32
土壌汚染
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅰ 被災地の範囲を確定する方法(自然災害の種類別)
ラテンアメリカ・カリブ海地域では、降水量の減少、長引く乾期などの異常気象がたびたび発
生する。農業生産、水力発電だけでなく、時として飲料用水や工業用水の供給にも悪影響を与え
る。
(c)収集する基本情報
①位置
・被災地
②強度
・降水量
・風速
③履歴
・これまで発生した気象災害現象の間隔
(d)被災地の地理的範囲の確定
ハリケーン、暴風雨などの気象災害現象の被災地を特定する最良のツールは衛星画像であり、
これはインターネットで入手できる。この種の写真は一日一日と変化する被災地の範囲を明確
に示す。基準地点も示されるので被災地の位置をマークすることができる。
(e)平面地図(縮尺)
・全国レベル 1:1,000,000∼1:250,000。災害発生地域が全国のどの地域で発生したかを
おおまかに示すもの。気象災害現象の場合、地図は複数の国にわたり現象の経過を示すも
のとなる。
・地方レベル 1:500,000∼1:50,000。被災地全域(農村部と都市部を含む)をより詳し
く示したもの。
・都市部レベル 1:50,000∼1:2,500。被災地を詳細に示した平面地図を作成するための
縮尺。都市部の地図で一般的な縮尺である。
C. 水文災害現象
(a)災害現象
・河川洪水
・高潮
・砂漠化
・浸食
(b)影響
この種の災害現象の影響は、洪水の発生速度により様々である。
・緩慢に進行する洪水:死傷者は少ない。作物の被害は栄養摂取面に即時的かつ長期的な影
響を与える。
・フラッシュ洪水:死者多数。負傷者は少ない。家屋の損壊。食糧の面で即時的かつ長期的
な影響を与える。
33
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
影響
死亡
負傷
建物の全壊
建物の半壊
道路の不通
*****
*****
*****
*****
*****
公益サービス
の停止
*****
環境への影響
影響
大気汚染
水質汚染
**********
土壌汚染
(c)収集する基本情報
①位置
・被災地
②強度
・降水量
・ピーク河川流量
・水量
・流速
③履歴
・これまで発生した水文災害現象の間隔
(d)被災地の範囲の確定
洪水の種類によって2つの評価形態がある。
・降雨や暴雨により発生する洪水の場合、平面地図を作成して入手した情報に従って基準地
点を定める方法(三角点法)と、標高が最も低い場所が洪水の被害を最も受けやすいとい
う前提に立って等高線を精査する方法がある。峡谷などの地形によっても洪水の範囲が確
定する。
・河川の増水や津波により発生する洪水の場合、通常の河道や汀線がベースラインとなる。
被災地に関する情報が入り次第、このベースラインに平行する線を引く(図A1−2参照)。
この情報は、等高線、傾斜面、山地などの地勢に関する情報によって補完する。
図A1−2 洪水被災地の範囲確定
浸水地域の境界を示す線
34
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅰ 被災地の範囲を確定する方法(自然災害の種類別)
(e)平面地図(縮尺)
・全国レベル 1:1,000,000∼1:250,000。災害発生地域が被災国のどの地域で発生したか
をおおまかに示すもの。
・地方レベル 1:500,000∼1:50,000。被災地全域をより詳しく示したもの。さらなる洪
水の危険がある支流を考慮した縮尺。
・都市部レベル 1:50,000∼1:2,500。被災地を詳細に示した平面地図を作成するための
縮尺。都市部の地図で一般的な縮尺である。
D. 火山災害現象
(a)災害現象
・火山弾
・噴火
・土砂災害
・溶岩流
・有害火山ガス
・酸性雨
・有害火山ガスによる汚染
(b)影響
火山噴火がもたらす被害には次の2つの種類がある。1回の噴火でいずれかの被害をもたら
す場合と両方の被害をもたらす場合がある。その被害面積は風や地勢などの条件により大きく
異なる。
・噴火(火山灰や有害火山ガスの噴出)による被害
・溶岩流による被害
(c)都市インフラへの影響
・火災
・火山灰の重みによる屋根の崩落
・土砂災害による損壊
(d)健康被害
・負傷、骨折、やけど
・呼吸器疾患の悪化
・気管支の炎症
・二酸化炭素吸入による窒息
・水硫化物中毒と一酸化炭素中毒
35
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
影響
死亡
負傷
建物の全壊
建物の半壊
道路の不通
*****
*****
*****
*****
*****
公益サービス
の停止
*****
環境への影響
影響
大気汚染
**********
水質汚染
**********
土壌汚染
**********
(e)収集する基本情報
①位置
・火山の位置と火山の近隣地域との関係
②強度
・火山灰の噴出量
③履歴
・これまで発生した火山噴火の間隔
図A1−3
噴火口
噴火による被災地
溶岩流による被災地
( f )平面地図(縮尺)
・全国レベル 1:1,000,000∼1:250,000。災害発生地域が被災国のどの地域で発生したかを
おおまかに示すもの。
・地方レベル 1:500,000∼1:50,000。被災地全域(農村部と都市部を含む)をより詳しく
示したもの。
・都市部レベル 1:50,000∼1:2,500。被災地を詳細に示した平面地図を作成するための縮
尺。都市部の地図で一般的な縮尺である。
36
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅱ 災害影響評価における情報の入手可能性と活用に関する諸問題
付録Ⅱ 災害影響評価における情報の入手可能性と
活用に関する諸問題
専門家が災害評価を初めて開始する段階で、確度の高い情報を見極めるのは難しいのが普通で
ある。最新情報の不足と入手困難に加え、様々なソースの情報が互いに矛盾したり、当該の指標
や行政単位によっては質的なばらつきがあったりするからである。
以下では、このような問題点を明らかにし、解決策を提示する。ただし、あらゆる状況に対処
できる具体的な解決法というよりは解決の方向性に重点を置いていることを強調しておきたい。
一般に共通する問題は次のとおりである。
(1)死亡者数および被災者数に関する基本情報の質を見極めることが困難
被災者の数に関する情報は多くの場合、様々な組織が収集するので、二重計算の危険がある。
また、行方不明者の数(死亡者として計上されることも多い)についても、実際の数よりも多く
推定される可能性もある。行方不明と思われていた人が見つかっても、数字の修正にはつながり
にくいからである。間接被災者数の推定においても大きな問題がある。この数字は避難所生活を
送る被災者をいつ計上するかで大きく変わる。
これと関連して後に詳細な調査を行う際に問題となるのが、男女別、年齢別などの社会経済的
指標別の情報が不足していることである。
以上を踏まえると、死亡者を含めた被災者の推定数を検証・評価し、被災者の人口動態的およ
び社会経済的な特徴に関する情報を可能な限り収集することが望ましい。
(2)データ収集における一貫性の欠如
災害発生後、緊急援助を担当する機関は被災者の調査を実施するのが普通である。その調査は
通常、避難所で行われる。残念なことに、様々な方法で異なる日にちに調査する場合が多いため、
厳密な比較には堪えられないデータとなりがちである。
このような混乱を回避するためには、災害発生後、できるだけ早い時期にデータ収集活動の調
整を図る必要がある。ただし、時間がかかる作業であるため、データ収集は避難所で行うととも
に、必要最低限の情報を収集するようにすることを推奨する。この種の調査で使われるアンケー
トには、理論的には有効であるが実際には分析されない質問項目が含まれていることが多い。基
本的な質問項目は次のようにすべきである。
・氏名
・性別
・年齢
・教育水準
・避難所生活をしている家族(父、母など)
・死亡した家族の性別・年齢
・健康状態(急性呼吸器疾患、下痢、そのほかの接触伝染病の症状など)
・家族が被った損失(家屋、家財道具、家畜など)
・地図データの有無
37
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
ラテンアメリカ・カリブ海地域の国々では、上位の行政単位レベルだけでなく市町村レベルに
おいても、電子地図を使う傾向が強まっている。災害影響評価を行う際は、最新版の地図を使用
するべきである。通常、最新版の地図は国の統計局や地図作成機関が作成している。また、地方
分権化の進展に伴い、多くの地方自治体は独自の地理情報システムを開発しているので、各自治
体内の地域であれば、その最新の地図も作成している可能性が高い。どの資料が入手でき、その
資料がどの程度新しいかを確認することも災害評価プロセスとして位置付けるべきである。
(3)災害の中期的な影響評価に向けたデータ収集戦略の必要性
災害の中期的な間接影響を詳細に評価するためには、復興の進捗状況の評価、さらには被災後
の人口移動パターン、災害とそれに対する援助が生活状況に与える影響などの把握を可能とする
被災後戦略の存在が前提となる。
38
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅲ Redatamを活用した被災地人口の推定
付録Ⅲ Redatamを活用した被災地人口の推定
統計調査などのデータを素早く簡単に処理し、ユーザー定義による地理的範囲(街区を組み合
わせたものなど)についての階層データベースを構築できる専門家用のソフトウェア製品が多数
存在する。そのうちCELADEが組織内で開発したものがRedatamである。ECLACが最近実施し
た現地評価調査の現地調査でもその有効性や実用性が確かめられている。以下ではRedatam+G4
の主な機能を紹介する。
(1)Redatam+G4に何ができるか
百万単位の人々、家屋、世帯に関するデータを含む人口統計調査、農業統計調査、世帯調査な
どの(Redatam+G4形式で作成した)非常に大きな圧縮データベースの情報を処理することがで
きる。つまり、通常Redatam+G4のデータベースには、個人、家屋、世帯などに関連するデータ
や変数であるミクロ・データが含まれており、そこから事前にユーザーが定義した地域について
様々な情報をテーブルに表示することができる。このデータは素早くアクセスできるように階層
構造になっており、ユーザー定義の地域に関する個別の情報を検索しやすいように処理されてい
る。
プログラマーの手を借りることなく、新しい変数を抽出したり、グラフィックインターフェー
スを利用してテーブルをはじめとする統計データを素早く加工したりすることができる。
(2)Redatam+G4の使用例
被災地の住民の年齢や性別に関する情報を用意する。
必要な結果を得る手順は次のとおりである(図A3−1参照)。
①データベースのディレクトリを開く(レベルと変数)。
②対象地域の地理セレクションを作成する。メインメニューから「File」−「New」−「Selection」
を選択する。エリアツリーを開いて選択する地域を表示し、ダブルクリックする。セレクショ
ンに名前を付けて保存する。
③「Statistical Process」メニューから相互参照変数オプションを選択し、「Statistical Process」
ウィンドウを開く。
④「Dictionary」ウィンドウからマウスを使って加工する変数を選択する。
⑤変数の名称を選択し、処理ウィンドウの空のボックスにドラッグする。
⑥頻度、変数の相互参照、平均値の必要性の有無に従って、ボックスに加工する変数を入れる。
⑦「Start」のアイコンをクリックして統計処理を開始する。
39
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
図A3−1 辞書、処理および地理セレクションのウィンドウを開いたRedatam+G4
R+G4xPlan(事前設計インターフェース)
このRxPlanのツールは、Redatamのデータ
ベースに含まれる情報への制御されたアク
セスを可能にするものである。メカニズム
や内部演算に関する知識は一切不要であり、
使いやすくユーザーフレンドリーなアクセ
スインターフェースを提供するツールであ
る。その操作性はINLファイルを通して管理
する。
災害影響評価の現地調査を開始する前に、現在人口に関する情報をこのツールに取り込むこと
ができる。そのため、Redatamなどのソフトの使い方をマスターしていなくても現場での情報活
用が可能となる。
図A3−2 人口統計調査のデータを含めた平面地図の例(パナマ)
図A3−3 人口動態統計のデータを含めた平面地図の例(チリ)
40
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅳ 地理情報システム(GIS)を活用した各セクター情報の分析
付録Ⅳ 地理情報システム(GIS)を活用した
各セクター情報の分析
地理情報システム(Geographical Information System: GIS)では、現実世界の物件のうち、
図形情報化が可能でその大きさを縮尺で表現できる物件をまとめた属性情報(非図形情報)デー
タベースにおいて、プロシージャを指定して作業を行う。またGISは地理参照情報ないし空間情
報をまとめた図形情報データベースも有しており、これが属性データベースに関連付けられてい
る。図形情報とは、計測可能で位置情報が含まれている情報のことである。
GISでは、地理参照情報の入力、保存、分析、画像化を行うプロシージャおよびアプリケーシ
ョンを備え、画像情報と英数字情報の処理を行う強力なツールを活用する。
GISの主要な利点は、データベースの情報に基づいて実世界のモデル化や図形情報化が可能な
ことである。空間解析のための情報を生成する一連のプロシージャを実行することでモデル化や
図形情報化が可能となる。
自然災害や自然現象を時間的空間的な推移を含めて分析して様々な影響因子を確定するシミュ
レーション・モデルを構築できれば、価値のあるツールとなる。したがって、GISは防災や自然
災害による被害のシミュレーションにおいて重要な役割を担っているといえる。情報を盛り込ん
だテーマ別地図を作成して情報を解釈する作業にもGISを活用できる。テーマ別地図には分布様
式、傾向、関係性などの情報が盛り込まれており、情報分析がしやすくなっている。
上記のことは、災害被害評価の一連の過程に当てはまる。この点に関連して、GISは次のよう
な使い方ができる。例えば、色、記号、数値などを変えることにより、地図情報の表示を変更で
きる。このため、空間的視点から情報を分析し、パターン、関係性、傾向などを把握することが
可能となる。
GISは動的なシステムである。GISにより作成した地図は期間限定ではない。地図を更新する
には、地図に関連付けられた情報を更新するだけでよい。この作業は簡単で時間もかからず、特
別な訓練も要求されない。
A. 活用例
エルサルバドルで2001年1月および2月に発生した地震
(a)収集情報
・エルサルバドルの国家緊急事態委員会(Comite de Emergencia Nacional: COEN)によれ
ば、家屋の被害は22万2773戸(都市部と農村部を含めたエルサルバドルの総住宅戸数125
万9697戸の18%)。
・家屋の被害は全国で発生したが、被害状況は地方によりばらつきがある。被害の大きな県
は、ウスルタン(被災戸数の割合(以下略)74%)、サンビセンテ(69%)およびラパス
(64%)である。このほか被災したソンソナテ、ラリベルタ、クスカトランの各県は被災
戸数の割合は20%から30%の間である。
・1人当たり被害額は100米ドル未満から1,000米ドル以上にわたる。
上記のデータを地図で示すと地図A4−1のようになる。
41
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
地図A4−1 2001年1∼2月地震による被害状況
チャラテナンゴ
サンタアナ
クスカトラン カバニャス
アワチャパン
モラサン
サンサルバドル
ソンソナテ
サンビセンテ
ラリベルタ
ラパス
サンミゲル
ラウニオン
ウスルタン
1人当たり被害額
100米ドル未満
100∼500米ドル
500∼1,000米ドル
1,000米ドル超
出所:ECLAC
GISを活用すれば、同一の地図上に別の情報を盛り込むことができる。また、地図A4−2、
A4−3に示す例のように、図形表示を変更することで分布様式や関係性が分かる。
地図A4−2 2001年1月13日地震の影響 県別被災戸数割合
チャラテナンゴ
サンタアナ
カバニャス
モラサン
サンミゲル
アワチャパン
ラウニオン
ソンソナテ
ラリベルタ
建築資材
コンクリート
日干し煉瓦
サンサルバドル
ラパス
その他
サンビセンテ
ウスルタン
被災戸数の割合
0.1 - 6.7%
6.7 - 15.8%
15.8 - 30.1%
30.1 - 74.2%
ラウニオン
サンミゲル
出所:COEN資料(2001年2月2日)
42
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅳ 地理情報システム(GIS)を活用した各セクター情報の分析
地図A4−3 2001年1∼2月地震の影響 県別人間開発指数(2001年)
サンタアナ チャラテナンゴ
アワチャパン
クスカトラン
カバニャス
サンサルバドル
ソンソナテ
ラリベルタ
サンビセンテ
ラパス
モラサン
ラウニオン
サンミゲル
ウスルタン
人間開発指数
0.57 - 0.627
0.628 - 0.654
0.655 - 0.696
0.697 - 0.765
出所:UNDP、エルサルバドル、人間開発報告、2001年
B. 地理データベース
GISはデータベースを有している。このデータベースの概念がGISの柱であり、図形情報しか
生成できない単純な描画ソフトや地図製作ソフトとの大きな違いでもある。最新のGISであれば、
データベース管理システムを備えている。データベースにはカバレッジ、画像、属性テーブルな
どが含まれている。
GISでは、地図上の特定の対象物についてその空間データと記述的情報をリンクさせる。その
情報は図形で示される要素の属性や特性として保存される。例えば、道路網は視覚的に表現して
も情報としての価値は低いので線で表現する。道路網についての情報を得るには、道路の等級、
幅、路面の種類、間道の数、道路名、序列などの情報が盛り込まれた表形式データを参照する。
そして、必要な情報の種類ごとにすべての道路を標示する画面を作成する(図A4−1参照)。
図A4−1
43
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
GISでは、属性情報を利用して、任意の道路の延長、特定の土壌で覆われた場所の面積など、
地図上の各要素についての計算もすることができる。
作図以上のことを行う場合には、コンピュータの保存されている各要素について3つのこと、
すなわち、その内容、位置、そのほかの要素の関係(道路網を構成する道路の接続状況など)に
関する情報を得る必要がある。
データベースは、様々な情報を保存し、データを入力するたびにプログラムを書き換えること
なくデータを更新できるシステムである。GISでは、ソフトウェアが要素の位置、属性のほか、
各属性とほかの属性の関係性を処理している。
記述的情報と地図要素との関連付け、様々な開発用地の配置を決定する上で参考となる関係性
の構築、環境影響評価、収穫量の算定、建設予定施設の立地選定など、GISの活用法は様々であ
る。
GISのデータ統合機能により、斬新な方法でデータをとらえ、分析することが可能となる。画
面上の地図からデータベースのテーブルの情報にアクセスする、あるいは、テーブルの情報に基
づいて地図を作成する、といったことができる。例えば、地図上のある市町村を選択し、その住
民に関する関連情報を一覧として表示することができる。逆に、市町村の地図を作成し、その住
民に占める子供の数、成人の数、高齢者の数などの条件ごとに地図を表示させることも可能であ
る。
C. GISの構成要素
GISはいくつかの要素から構成される。
図A4−2
ソフトウェア
ハードウェア
データ
人間
手法
GISは、ハードウェアおよび特定の手法によりデータベース上で様々な演算を行うソフトウェ
アから構成されている。データベースは実世界を単純化したものということができる。複雑な分
析が必要な場合は、ユーザー自身がGISの重要な構成要素となる。つまり、こういうことである。
ある場所に関するある情報がデータベースの画面からは得られない場合、派生データが必要とな
る。派生データは、モデルにより得られることが多い。モデルは、GISなどのツールで分析が可
能で問題解決や計画策定に役立つ情報を抽出するためのひとまとまりのルールとプロシージャと
して構成されている。
空間モデルの構築にはGISの分析ツールが使われる。空間モデルは、プロセスのシミュレート、
影響の予測、現象の再現に使われる推理的な手法・基準と論理式を組み合わせたものが多い。モ
44
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅳ 地理情報システム(GIS)を活用した各セクター情報の分析
デルの構築に必要なのは、GISの各ツール、適切なツールの選択活用能力、利用するデータへの
精通である。空間データベースの情報を分析する上で、GISは実に様々なツールを提供してくれる。
空間現象に関するテーマについて検索や復習を行う場合、GISを活用し分析モデルを構築する
ことで新しい情報を引き出すことができる。引き出された情報については検証を行う。このプロ
セスは空間解析といい、適性・能力の評価、あるいは推定・予測、解釈・理解に有用である。隣
接性解析、近接分析、境界画定、表面分析、ネットワーク解析、最小要素による分析など、GIS
には様々な空間解析がある。これらの分析・解析では、論理演算のほか、組み合わせの関係演算
と空間演算も行われる。
D. 近接分析
ある倉庫から100m未満の場所にはいくつの家屋があるだろうか。任意の店舗を中心とした半
径10kmの円の中には何人の顧客が住んでいるだろうか。あるサイロから500m以内の土地におけ
るアルファルファの作付面積の割合はどのぐらいだろうか。
このような質問に答えるため、GISではバッファリングと呼ばれる、要素間の近接関係を検証
する手法を用いる(図A4−3参照)。
図A4−3
どの区画が道路から60m以内にあるか?
E. 要素と属性の関連付け
先に述べたとおり、GISの強みは図形(空間)データと表形式(属性)データが関連付けられ
ていることにある。この意味で注目すべき機能は次のとおりである。
・地図要素と要素属性テーブルのレコードは1対1の関係で保存されている。
・要素とレコードの関連付けは、各要素に割り当てられた独自の識別子で保存されている。
・この識別子は、順序対(x, y)を含むファイルおよび要素属性テーブル内の対応する登録デ
ータの2カ所に物理的に保存されている。GISは自動的にこの関連性を生成・保存する。
(a)組み合わせの関係演算
要素とその属性の更新に加え、これまで述べてきた概念もほかの機能に利用することができ
る。2つのテーブルがある属性を共有している限りにおいて、相互に関連付けることができる。
関連付けでは、共通の項目を利用して2つのテーブルの対応する登録データ同士を一時的に関
連付ける。リレーションでは、一方のテーブルのレコードは、共通項目について数値が一致す
るもう一方のテーブルのレコードと関連付けられる。リレーションには、実際には別の場所に
保存されている属性データを一時的に当該属性テーブルに加えることにより、そのテーブルを
「拡大する」効果がある。この例を図A4−4に示す。
45
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
図A4−4
共通のフィールド
2つの属性テーブルを共通の項目を用いて一時的に関連付けるのがリレーションである。
GISでは、記述的属性を含むデータベースと要素属性テーブルを結合させることができる。リ
レーションを定義する場合、関連表形式データファイルは個別に保存・更新が可能である。例え
ば、地図上の各区画にそれぞれ異なる番号を付ければ、その地図に納税申告の登録データを対応
させることができる。土地に関する統計調査データは、双方に登録された区画の数に基づいてポ
リゴンと関連付けることができる。
(b)組み合わせの空間演算
リレーションと結合はGISの基本演算である。コンセプトが単純でよく使われる。例えば、空
間の重畳を行う場合、各出力要素は2組の入力要素の属性を有している。ポリゴンの重畳は基本
的に空間結合である。この場合、レコードの組み合わせは、2つのテーブルの共通項目を用いる
のではなく、その関連付けしたマップ・エレメントの位置に基づいて行う。
図2−11では、人口集積地のカバレッジ・レイヤーに、水域、ゾーニングおよび起伏のレイヤ
を組み合わせる。これらのカバレッジ・レイヤーの重畳を行うと、空間情報とその属性は結合さ
れ、結合カバレッジが生成される。
GISが大きな可能性を秘めているのは、考えられる様々な問いに回答するために必要な様々な
空間解析を実施できるからである。様々な問いに回答できるのも、異なるデータセット間の共通
の鍵として地理ないし空間を利用しているので、このようなあらゆる演算を実行することができ
る。情報は同一の地域を指定した場合にのみ関連付けられる。
GISはほかの情報システムと同様、良質の情報が良質の決定を生むという格言を証明している。
しかし、GISは自動意思決定システムではない。あくまで、意思決定に資する地理情報を解析・
検索・表示するツールである。GIS技術は、問題解決にあたって最良の意思決定をできるような
シナリオを作り出すのに使われるのである。
なお、パソコンの開発により、GIS技術は誰の手にも届くようになった。現在ではデスクトッ
プ・コンピュータで複雑で高度な空間演算を行えるようになっている。
46
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅳ 地理情報システム(GIS)を活用した各セクター情報の分析
図A4−5
位置
X=4,233,455,146
Y=2,425,103,229
井戸の種類
掘削井戸
建物の所有者
Smith
土壌の種類砂質
ローム
F. GISが対応できる問い
ArcView©、MapInfo©、IDRISI©、GISMAP©などの普及GISソフトは、PCで利用でき、既存
データを活用することにより、ユーザーの地域に関する多くの問いに答えることができる。
GISが対応できる典型的な問いを以下に示す。
(a)場所:何が存在するか
第1の問いは、特定の位置に何が存在するかというものである。場所を特定する方法は、住
所、郵便番号、緯度と経度をはじめとする地理参照情報など、様々である。
(b)条件:どの場所が満たしているか
第2の問いは、第1の問いとは逆で、回答の前に空間解析が必要である。特定の場所に何が
あるかではなく、特定の条件を満たす場所はどこか、ということである(例えば、面積2,000㎡
以上の非林地、道路から100mの距離にある建築に適した土壌を持つ土地など)
。
(c)経時的変化:何が変わったか
第3の問いは、上記の2つの問いとも関係するかもしれないが、ある地域における経時的変
化を発見するものである。
(d)パターン:どのような分布様式が存在するか
この問いは上記の問いよりも複雑である。例えば、原子力発電所の近隣住民の主な死亡原因
がガンであるかどうか、あるいは、パターンからの逸脱がどの程度あり、それはどの地域か、
という問いである。
(e)モデルの作成:何が起こるか
例えば、ある幹線道路網に新しい道路が建設された場合、あるいは、地下の上水道に有害物
47
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
質が混入した場合、何が起こるか、という問いである。この種の問いに答えるには、具体的な
地理情報やほかの情報が必要である。モデルの作成において加えられる問いに答えるためには、
既存の地理データに基づいて新しい情報を(ARC/INFOなどのGISソフトの完全版を利用して)
生成する必要がある。典型的な回答例を以下に示す。
( f )近接性:既存要素の周囲地域の特性
ある高圧送電線の防火装置から100m以内の除去しなければならない植生の構成について、
その概要を提供。山火事において最も近い水路について、消防隊に情報を提供。有害廃棄物の
埋立処理場から3マイル以内の井戸の所有者に対して、汚染が発生した場合に通知。処理場の
移転案について、移転先から500m以内の井戸の所有者に事前通知。中間記憶領域の生成や
「特性内距離」の算定を行う近接分析ツールにより、以上のことに対処できる。
(g)限定演算:特定地域内には何が存在するか
問題の検討、仮説の検証、およびプロトタイプ領域に関する代替的な手順の定義により、モデ
ルを対象地域全域に適用する。特定調査研究分野のデータ生成が必要となる場合もある。限定演
算ツールを使えば、特定地域を分離したり、特定地域内の要素を抽出したりすることが可能であ
る。
(h)論理演算:特定地域や要素群について、何が特徴的か
特定のアルカリ度を有する土壌の調査、特定の種類の路面を有する道路の調査、設計深度よ
りも深い井戸の調査など、空間要素に関する問いに対する答えは、その位置というより、表形
式で示される属性にある場合がある。論理演算により、要素をデータベースから抽出したり、
挿入したりすることができる。
( i )空間結合:対象地物はどこにあるか
区域区分のずれの確認、野生動物の生息地の必要条件の決定、道路用地のどの部分が所有権
の争われている土地にかかっているかの確認。このような問題は、空間結合演算によって対処
できる。「ポリゴンの重畳」とも呼ばれる空間結合演算は、既存の属性から新たな要素を生成
する。
G. ArcView©の利用について
空間データベースには、自然現象、人工地物、境界線、不動産などに関する情報が含まれてい
る。ArcViewは、画面表示環境において空間データベースの内容を照会できる。データベースの
検索、内容の全部または一部の表示、結果の表示・保存、情報の画像などのソフトへの移動など
が行える。
H. ArcViewのインターフェース
ArcViewのインターフェースは、ウィンドウ、メニュー、ツールバーおよびステータスバーで
構成されている。ArcViewはウィンドウズ用のソフトの例に漏れず、オプションの選択やアイコ
ンのクリックによりメニューを作動させて操作する。直感的に操作でき、ユーザーフレンドリー
な操作順序となっている。
48
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅳ 地理情報システム(GIS)を活用した各セクター情報の分析
ArcViewのメインウィンドウは、アプリケーションウィンドウになっている。ArcViewの操作は
すべてここから実行する。このウィンドウはマウスでサイズ変更、最小化、最大化が可能である。
カバレッジを取り込み、表示させるには、まずArcViewプロジェクトを作成する必要がある。
あらゆる作業内容はプロジェクト(拡張子.apr)に保存するようになっているからである。プロ
ジェクトには、任意のアプリケーションで必要なすべてのビュー、テーブル、グラフィック、マ
ップ・コンポジションが含まれている。つまり、作業内容を一括して保存することが可能である。
プロジェクトウィンドウは、開いているプロジェクトの内容を整理して一覧に表示するので、
維持管理が簡単である。新規のプロジェクトは、名前を付けるまでは「untitled」と表示される
(図A4−6参照)。
図A4−6
ツールバーはメニューバーのすぐ下に表示される。アイコンのボタンをクリックすると、メニ
ューオプションからでなくてもファンクションを実行できる。カーソルをツールバー上のアイコ
ンの上に移動させると、そのファンクションの説明が画面下部のバーに表示される。ArcViewを
起動させた直後のメインアプリケーションウィンドウには、プロジェクトの保存ボタンとオンラ
インヘルプのボタンしかない。
図A4−7
画面上部のツールバーは、アクティブになったウィンドウ(ビュー、属性テーブル、グラフィ
ック)によって変化する。
図A4−8は、グループ化したボタンのスクリーンショットである。様々なファンクションを
実行するためのアイコンやボタンがまとめられている。例えば、メインメニューの下の2列のツ
ールバーには、ビューに表示したマップ上で実行するファンクション(マップのエレメント(要
素)に関する情報の要求、エレメントの選択、バーテックスの編集、エレメントのグループの選
択、ズームイン・ズームアウト、パン(視点の移動)、距離計測など)がまとめられている。
図A4−8
I. ArcViewドキュメントの種類
ArcViewが扱うボックス、テーブル、ダイヤグラム、スキーム、マクロはすべてドキュメント
と呼ぶ。以下、各種のドキュメントを簡単に説明する。
49
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
(a)ビュー
ビューとは、地理データの表示・閲覧・検索・分析を行うインタラクティブな地図のことで
ある。ビューでは地理データの表示方法を指定するが、ビュー自体に地理情報が含まれている
わけではない。
ビューは、テーマのひとまとまりと見なすことができる。テーマとは、ユーザー定義による
地理事象のひとまとまりである。図A4−9は、「ビュー1」という名前のビューで、チリ国マ
ガヤネスのリージョンÊを示したものである。
このビューには、開いているテーマを一覧にした凡例部(レジェンド)がある。ビューの構
成要素は、凡例部を見ることによって決定できる。図A4−9のウィンドウでは、ビューの内
容を一覧表示している。
図A4−9
(b)属性テーブル
表形式データはテーブルに保存されている。地物、土壌の種類、道路状況など、ほぼあらゆ
る種類の表形式データについて、表示・検索・分析が可能である。
図A4−10
(c)グラフ
グラフでは数値をグラフ表示する。ある変数の動きをほかの変数の動きと視覚的に比較でき
る。ArcViewでは、グラフの作成についていくつものオプションがあり、属性を表示したマッ
プを同時に表示させることもできる。
(d)マップ・コンポジション
マップ・コンポジションでは、各種ドキュメントを1つのウィンドウに配置し、最終的なマ
ップを作成する。マップ・コンポジションから、直接コピーすることなく、テーブルやマップ
を参照できる。このようにあらゆるエレメントの変化が自動的にマップ・コンポジションに反
映される。マップ・コンポジションに要素(タイトル、レジェンド、スケールバー、テキスト、
50
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅳ 地理情報システム(GIS)を活用した各セクター情報の分析
北を示す記号など)を加えることもできる。
(e)マクロ
マクロとは、Avenueと呼ばれる言語で書かれた一連のコマンドのことをいい、ArcViewの
データベースをトランスペアレントに管理できる。Avenueを用いて、ArcViewにアクセスす
るインターフェースを設計することができる。
あらゆるドキュメントの管理は、プロジェクト管理ウィンドウで行う。ドキュメントの種類
ごとに異なるアイコンで表示される。アイコンを選択すると、当該プロジェクトに含まれるそ
の種類のドキュメントがすべて一覧表示される。
図A4−11
J. マップ・エレメントの表示
地理事象は、データベース内においてポリゴン、ライン、ポイントなどのマップ・エレメント
で表示する。
地理事象は次のようなエレメントのクラスとして知られる。
・例えば、課税評価額が一定の範囲内にある土地、特定樹類が存在する林地などがポリゴンで
表示される。
・舗装路、小道、直径が特定の長さの下水管などがラインで表示される。
・倉庫、顧客、井戸、主要箇所などがポイントで表示される。
K. ARC/INFO©のカバレッジ
カバレッジとは、地図のデジタル版である。ARC/INFO©において地理データ(マップ・エレ
メントとその属性)を保存する基本オブジェクトである。カバレッジには、マップ・エレメント
の1つ以上のクラスが含まれている。例えば、エリアやポリゴンをエレメントとするカバレッジ
には、各ポリゴンを識別する表示点数も含まれている。さらに、土地を表すポリゴンを含んだカ
バレッジには、土地の境界線に関する情報を含んだ線形のエレメント(アーク)が含まれている
可能性が高い。ARC/INFO©のカバレッジにビューを加えると、利用するエレメントのクラスを
選択することができる。
L. ArcViewプロジェクト
プロジェクトとは、作業内容とコミュニティを1カ所(ファイル)にまとめるためにArcView
が作成するスペース(拡張子.apr)である。これにより、相互に関連するArcViewのコンポーネ
51
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
ントの任意の組み合わせを簡単に維持管理できる。ビュー、テーブル、マップ、マップ・コンポ
ジションおよびマクロは、1つのファイル内で処理・保存ができる。
ArcViewのプロジェクトを作成すると、プロジェクトを構成するビュー、マップ、平面図
(plan)、ドキュメントを含むファイルが生成される。
M. ビューのテーマ
ArcViewでは、様々なデータベースの地理情報を利用して特定の地理的な特性やテーマをビュ
ーに表示する。例えば、ARC/INFOのカバレッジ、設定ArcViewファイル、衛星画像データを
含む空間データベースがその一例である。ArcViewは、番地やx, y座標などの地理情報を含んだ
表形式(英数字)データベースもサポートしている。
テーマとは、テーマの中で参照されている完全データベースを表示させるリクエスト、あるい
はデータのどの部分を表示するかを決めるデータベースの基準群ということができる。
ARC/INFOカバレッジや画像ファイルもデータベースのひとつである。画像はスキャンするか、
人工衛星から取り入れる。
テーマには任意の名前を付けることができる 。USENOW(現在の土地利用)、P3716、
COV143というように、参照するデータベースに沿った名前、あるいは、「開発適地」、「土壌コ
ード=5」、「モデル2結果」など、条件に沿った名前にすることもできる。
各テーマは、特定の特性・属性を有したマップ・エレメントの集合体である。この特性・属性
は、レジェンド(凡例)の記号で表す。レジェンドは、テーマのエレメントを描く方法を管理す
るもので、あるエリアを埋めるパターン、線形地物を表すラインの種類、ポイントの位置を表す
マークなどの記号で構成される(図A4−12参照)。
図A4−12
記号は様々な色の指定ができる。テーマの表示にあたっては、同じ記号で色を変えたり、同じ
色で記号を変えたりすることができる。例えば、道路はすべて赤く太いライン、ショッピングセ
ンターは黄色の旗という具合である。この目的のためにArcViewではカラーパレットを用意して
いる(図A4−13参照)。
52
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅳ 地理情報システム(GIS)を活用した各セクター情報の分析
図A4−13
テーマは地理データベースより作成したものであるため、通常、テーブルや属性に関連付けら
れているマップ・エレメントを含んでいる。テーマのあらゆるエレメントは、特定の属性値に基
づいて描くことができる。例えば、給水本管についていえば、輸送管路を表す線形エレメントの
属性のひとつが直径であれば、直径を基準にラインの色や太さを変えることができる。
エレメントは、分類体系に従って分類し記号化することができる。あるいは、属性のそれぞれ
の値を描くこともできる。例えば、土壌の種類をそのアルカリ度に従って陰影をつける、リージ
ョンを純流入人口によって色を変える、土地を所有者ごとに異なるパターンや色で埋める、とい
うことができる。
ArcViewに慣れてくると、凡例部を活用して表示するテーマを管理するできるようになる。1
つの画面に一部または全部のテーマを表示できる。テーマを表示する順位も指定できる。各テー
マは、システム内のデータベースに保存されたカバレッジと関連付けられている。データはロー
カルディスクやネットワーク上のディスクに保存できる。同一のカバレッジから多くのテーマを
生成できるが、各テーマはそのカバレッジの1つの属性しか参照できない。
テーマはエレメントの1つのクラス(ポリゴン、ライン、ポイント、テキストのいずれか)し
か含むことができないが、複数のクラスを含むカバレッジから生成することができる。例えば、
統計調査を受けた街区(ポリゴン)および各街区の前面(ライン)で構成されるカバレッジは、
そのポリゴンや線形エレメントのトポロジーを有しているが、この特性に基づくテーマは、1つ
のエレメントとしか表示できない。ほかのクラスのエレメントの属性を表示するには、別のテー
マを作成する。
図A4−14
N. 属性テーブル
空間データベース(ARC/INFO©など)は、マップ・エレメントに関連付けられた属性テーブ
ルを有している。このテーブルには記述的情報が含まれている。テーマをビューで表示すると、
属性テーブルは表示されたエレメント(ポリゴン、ライン、ポイント、テキスト)と即座に関連
付けられる。
53
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
ビューに表示されたエレメントに関連付けられた外部ファイル(dBase、INFOもしくはコン
マまたはタブで区切られたASCII形式)に数値情報がある場合、その情報はほかのテーブルと同
様にArcViewのプロジェクトに加えることができる。これらのファイルは、ビューに表示された
エレメントについての追加的な情報を含む。また、インタラクティブに情報を入力するためにテ
ーブルをArcView内に作成することもできる。
以上、ArcViewの操作やドキュメントの扱いについて、その概要を説明した。このソフトウェ
アの機能・操作についての詳細は、ArcView 3.0のユーザーズ・マニュアルを参照されたい。
O. 空間解析におけるArcViewの役割
前述のとおり、ArcView©とは、ARC/INFO©地理データベースの空間解析に含まれる様々な
タスクを実行できる表示・検索ツールである。ArcViewでは、1つ以上のカバレッジやデータベ
ースが利用できる。空間解析の結果の解釈において表示や検索は欠かせないことから、ArcView
はARC/INFO©が実行する空間解析を補完するものといえる。ArcViewによって、空間解析結果、
あるいはARC/INFO©を活用して作成しておいた解析手順やモデルから導き出した新しい空間的
関係の検証が可能になるからである。
54
第Ⅱ部 社会セクター
第2章 住宅および人間居住
第2章 住宅および人間居住
2−1 はじめに
2−1−1 概観
この章では、住宅、都市インフラおよび設備として使われるあらゆる建造物を扱う。建築材料
の生産・販売あるいは建築に直接関わるセクターはこの章では触れず、生産セクターに関する章
で扱うことにする。
このセクターについて評価を実施する際は、ほかの経済活動や社会単位との相関も考慮する必
要がある。なぜなら、ほかのセクターと比較して、住宅の損傷・損壊は被災国・地域の生活条件
や経済動向に大きな影響を与えるからである。住宅が大きな災害に襲われた場合、そこを職場と
する零細企業や中小企業は、世帯所得と同様に被害を受ける。これらの企業の多くは、女性が所
有・経営している。住宅建設(および再建)のための支出は、経済における総固定資本形成に貢
献する。住宅建設率の変化(大災害後の変化など)は、雇用や建築関連産業に大きな影響を与え
る。このように、住宅への悪影響はほかのセクターにも波及する。したがって、その影響を明ら
かにするとともに、災害の全体的な影響の評価だけでなく、復興の戦略や計画の策定を実施する
際に考慮することが不可欠である。
影響評価や復興計画策定時には被災前の状況を考慮に入れる必要がある。災害はそれ以前の住
宅不足を悪化させることが多いからである。住宅分野における取り組みは、政府が国民の住宅需
要の充足を図る国家社会開発政策の柱である。この取り組みを計画・実施する責任は中央政府だ
けにあるわけではない。近年は、地方行政や地域行政、および非政府組織の比重が増えているの
である。
被害評価や復興計画策定においては、雇用への影響、あるいは必要な投入資源を提供する工
業・商業セクターの対応能力への影響を考慮する必要がある。
2−1−2 評価手順
住宅および人間居住セクターの専門家(災害評価チームのほかの専門家も同様)は1週間から
3週間前に被災国・地域への派遣の通知を受け、派遣後1週間から2週間ほど現地調査を行うこ
とが多い。現地調査の前に、被災国・地域の住宅セクターに関して必要な情報を収集するととも
に、派遣期間に接触する機関や個人の一覧を作成しなければならない。
住宅および人間居住の専門家は、現地調査の終了時に住宅セクターの被害概要を一覧にした表
を作成することになっており、そのことを心に留めておかなければならない。表には、直接被害
額および間接被害額の推計を財産の種類別(公的財産と私的財産)とあらかじめ災害評価チーム
で決めた地方行政単位別に分けて記入する。表Ⅱ−2−1は、住宅および人間居住の専門家が作
成するにあたって求められる表の例である。
55
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
表Ⅱ−2−1 住宅および人間居住セクターの被害
(100万米ドル)
項目
合計
被害額
直接
間接
セクター
民間
公的
復興費用
輸入分
合計
公立学校
国立大学
私立学校
スポーツセンター
文化遺産
文化会館
公会堂
歴史的街区の家屋
専門家は、住宅および人間居住の被害が主要なマクロ経済指標(対外部門、財政など)に与え
る影響を評価し、その内容をチームのマクロ経済の専門家に伝える。同様に、雇用の専門家と連
携し、災害期および復興期における雇用への影響も評価する。さらに、ジェンダーの専門家と連
携し、女性に特徴的な影響やこの男女格差が復興計画・事業に与える影響を評価する。
以下は、通常専門家が取るべき評価手順の目安である。
・前章で説明した標準的な方法を用いて、住宅および人間居住セクターが被害を受けた地理的
範囲を確定する。
・現地の情報に基づき被災前の状況を把握する。
・直接的な被害や影響を特定する。
・直接的な被害や影響を定量化する。
・直接的な被害や影響を評価する。
・間接被害を特定する。
・間接被害を定量化する。
・間接被害を評価する。
・被災家屋について大きさ、主要建築材料および所有形態を基準に類型する。
・直接間接被害の地理的空間的分布を確定する。
・関連の社会的影響を評価する。
・マクロ経済的影響を評価する。
・雇用への影響を評価する。
・女性への影響を評価する。
・復興のための戦略・計画・事業やその実施スケジュールと予算に関する情報を収集する。
・復興期において優先的に支援または留意が必要な本セクターの課題や分野を特定する。
・行政が復興のための最終的な戦略・計画・事業を策定するのを支援する。
2−1−3 必要な情報
被災地域・国の住宅および人間居住セクターが被災前に置かれていた一般状況に関する情報
は、評価の基準値を確定する上で不可欠である。最低限必要な情報は次のとおりである。
・被災地の家屋数(都市部か農村部か、1世帯住宅か複数世帯か、所有者は男性か女性か、個人
56
第Ⅱ部 社会セクター
第2章 住宅および人間居住
宅か公営住宅か)
・現存の家屋の質(恒久住宅と仮設住宅の別、建築材料(鉄筋コンクリート、煉瓦、木造、日
干し煉瓦、段ボールなど)の種類別、保全状態(良い、普通、悪いなど)、家屋の種類(通
常の家、移動住宅、仮小屋など)別)
・家屋のタイプ別規模(1戸当たりの平均居住者数、平均床面積)
・被災地の主流な建築手法と建築材料
・被災地の典型的な什器と設備(家屋タイプ別)
・建築、什器・備品、設備の費用
直接費用の節で述べたように、費用は現行市場価格で表示し減価償却係数を適用して被災資産
の現価を算定する。費用は被災国の現地通貨で算定してから、被災国の金融当局と協議して決定
した災害発生日の単一公定為替相場により米ドルに換算する。
2−1−4 情報源
住宅および人間居住セクターに関する基本情報は、国内外のソースから入手できる。
国内では次のソースに当たるとよい。
・人口住宅統計調査をはじめとする定期的な国勢調査などの調査、統計広報や統計年鑑、土地
登記簿、定期的な住宅セクター調査、建築許認可一覧、消費者物価一覧
・国家統計機関、住宅・都市開発省・機関、計画省・機関、建設業界の会議所、関連業界団体
など(技術者・建築家の専門学校、協会、連盟など)、社会的住宅の建設に融資する金融機
関、本セクターに関連する学術研究機関
・最新の統計を提供できる女性関連機関・組織
・建設会社、建設資材の生産者および販売者などの関連企業
・商工会
・現地紙の求人広告
・資産・不動産ブローカー
・保険会社
国外では次のソースに当たるとよい。
・国連の各種統計年鑑・便覧。例えば、『Statistical Yearbook for Latin America and the
Caribbean』(ECLAC)
、『Compendium of Human Settlements Statistics』(ニューヨーク)、
『Construction Statistics Yearbook』(ニューヨーク)、国連開発計画(UNDP)の『人間開
発報告』など。
・ラテンアメリカ・カリブ人口センター(CELADE)、国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員
会(ECLAC)の本部および地域本部、ECLACの女性と開発課、国際連合人間居住計画(国
連ハビタット/ケニア)、国際連合統計局(ニューヨーク)、米州機構(OAS/ワシントン)
などの国際機関。
57
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
2−2 被害の定量化
2−2−1 直接被害
(1)概観
前章で述べたように、直接被害とは資産・財産の損失のことをいう。基本的には、住宅、家具、
公共の建物、都市インフラの損傷または損壊である。
災害の種類や構造物のタイプによって被害は異なる。地震は通常、構造部位(梁、ジョイスト、
パネル、耐力壁など)および非構造部位(隔壁、非構造屋根、什器、設備、備品類など)に被害
を与える。これらの部位に過度の負担・力がかかるからである。地盤沈下や地すべりなどの土地
の永久変形も被害を与える。
熱帯暴風やハリケーンの強風には、建造物に非常に大きな力がかかる。基礎やほかの地下部位
が被害を受けなくても構造部位および非構造部位に損傷を与える。火山噴火、土砂災害、洪水な
どの災害も建造物に過度の応力を生じさせるので、場合によってはその部位を損壊・損傷させ、
立地している土地を変形させたり、使用不能にしたりする。風水害により土地が泥、灰、廃棄物
に埋もれる場合もある。
被害が大きいのは構造的な損傷であり、ひどい場合には取り壊しが必要となる。非構造的な損
傷は目につきやすいが、修復できる可能性が高く、建造物全体に影響しない一部の部位を交換す
るだけでよい場合もある。地盤が崩れるとその建造物を断念するか、地盤改良が必要になる。
(2)家屋の分類
評価の実施にかけられる時間が比較的限られていることから、住宅および人間居住の専門家が
被災戸数とその内訳を詳細に把握することは時として不可能である。その場合、統計学的に適切
なサンプリングではなく、可能な範囲での調査から推量するしかない。
専門家は家屋および公共の建物を次のように分類する。
・全壊または修復不能
・半壊で修復の可能性あり
・影響なしまたは軽微な損傷
家具、設備についても同様の分類が可能である。
被災した家屋などの建物を上記の分類によって地図上にプロットすることにより、被害が最も
甚大な地域が視覚的に確認できる。また、行政による詳細な調査の実施、あるいは解体や瓦礫撤
去の需要を把握する上で、優先順位が付けやすくなる。
さらに、住宅および人間居住の専門家は、次の基準を適用し被災前の状態に照らして家屋など
の建物を分類する。
・地理的位置(都市部か農村部か)
・建築材料
・1家屋当たりの部屋数
・所有形態(個人所有か共同所有か、賃貸か持ち家か、公有か私有か)
58
第Ⅱ部 社会セクター
第2章 住宅および人間居住
これを次のカテゴリーごとに分類する。
・戸建て
・集合住宅
・標準以下の住宅
・そのほかの家屋
住宅および人間居住の専門家は、上記のカテゴリーの定義を明らかにして、評価文書を分かり
やすいものにしなければならない。
長期耐久型の建築材料と標準以下の建築材料の違いを考慮する必要がある。この区別は、現地
調査チームが都市部の建築では使われない現地資材による農村部の家屋を発見する上で有益であ
る。また、部屋の数で家屋を分類し、家屋のタイプごとに平均の部屋数を算定できるようにする。
被災家屋について当初発表される情報は通常、全壊・半壊、都市部・農村部という簡単な分類
がされているだけで、人口や住宅に関する統計調査のような詳細なものではない。この場合、統
計調査と被災情報を単純に比較することができない。Redatamから得られる被災前の情報から分
かることは、被災前の家屋の母集団だけである。災害前後の状況を比較してみると、あらゆる建
物が同じように被害を受けるわけではなく、標準以下の住宅が最も被害を受けやすいことが分か
る。他方、建築材料の耐性も災害の種類によって異なる。家屋被害についてタイプ・立地別の正
確な評価を実施するには、被災前後の住宅データの比較と現地調査の両方が必要である。
被災住宅の類型が曲がりなりにも完了したら、1戸当たりの延床面積などの統一的な基準でそ
の被災前の価値を算定する。国によるばらつきがあるので、ラテンアメリカ・カリブ海地域の標
準的な住宅価格帯を事前に決めることはできない。建設業協会、住宅基金、本セクターに関わる
非政府組織(Non-Governmental Organizations: NGOs)、住宅協同組合、求人広告などからの現
地情報に基づいて災害ごとに住宅の価値の算定を行わざるを得ない。
中米では、国際連合人間居住計画が低所得者向け住宅の延床面積と一般最低賃金を結びつけた
評価式を用いて評価を実施している。土地やライフラインとの接続の費用もこの計算に加える必
要がある。この評価式では粗い概算は可能であるが、人件費と建築材料費の関係には変動があり、
限界がある。
(3)被害−災害に弱い家屋など建物の構成要素
被害を受けやすい家屋など建物の基本構成要素を事前に特定し、実際の評価を迅速に実施する
ことが可能である。その基本要素と受けやすい被害を以下に示す。
1)建物
構造部位と非構造部位の被害
①構造部位:梁、ジョイスト、パネル、耐力壁、基礎など
修復の可能性がある被害:被害の種類−亀裂、変形、半壊
対応−当該部位の修復とできればその強化
修復不能の被害:被害の種類−ひび割れ、変形、全壊
対応−当該部位の交換・強化または建物の居住不適宣言と再建
②非構造部位:隔壁、内部設備、窓、非構造屋根、床など
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災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
修復の可能性がある被害:被害の種類−ひび割れ・亀裂、変形、半壊
対応−当該部位の修理とできればその強化
修復不能の被害:被害の種類−亀裂、変形、全壊
対応−当該部位の交換・強化または建物の居住不適宣言と再建
2)什器・備品
この災害評価において、什器・備品とは家具(ベッド、テーブル、いすなど)、厨房器具、
衣服類、電化製品・家庭器具(ストーブ、洗濯機、ラジオなど)、その他(装飾品、書籍、ゲ
ームなど)とする。もし可能であれば、都市および農村の家屋の標準的な什器・備品(との価
値)を家屋のタイプ別に決めておき、評価において分かるようにしておくとよい。
什器・備品には、自宅をベースにした零細企業や中小企業の機械類や設備は含まれない。こ
のような企業は女性が経営していて副収入源になっていることが多いため、ジェンダーや工業
の専門家と連携して、このような機械類や設備については、別途被害評価を行うべきである。
損壊が広範囲に及ぶ場合、住宅および人間居住の専門家が、各地において什器・備品の被害
と修復可能性を正確に把握する時間的余裕はないことが多い。したがって、各セクターの専門
家が現地調査に基づき、標準的な家屋の什器・備品に対する基準被害割合を2、3設けて
(100%、50%、25%など)評価を実施するのがよい。
3)設備
衛生設備や電気装置など、通常の内部設備のほかに、建物によっては空調設備や暖房設備、
小型発電機、上下水用ポンプ、焼却炉などのゴミ処理設備、エレベーター、防犯設備、娯楽設
備(プール、屋内運動施設など)、灌漑設備などが備わっている。
以上の設備の中には、ラテンアメリカ・カリブ海地域の全域で共通性が極めて低く、特定の
気候帯において限定的にしか使われていないものもある(例えば、熱帯地域の空調設備や寒冷
地域の暖房設備など)。したがって、住宅および人間居住の専門家は以下のいずれかの基準を
採用することになろう。
・被災家屋全体にとっての「標準的な設備」の定義と内容の説明
・特定タイプの被災家屋にとっての「標準的な設備」の定義と内容の説明(最も多く使われ
る基準)
・タイプ別(一戸建てか集合住宅か、都市部か農村部かなど)に、1戸当たりの家屋の総価
値に占める什器・備品の平均価値を算定
同様に、全半壊設備の数と内訳を詳細に把握することも不可能なことが多い。その場合、家
屋の標準的な設備、あるいは評価対象とすべき個別設備について、その被害の程度によって2、
3の段階に分けることになる(全体の交換が必要な被害、大がかりな修理が必要な被害、簡単
な修理が必要な被害など)。
4)公共の建物
公共の建物とその什器や設備も家屋と同様に災害による被害を受ける。数の上では家屋の方
が多いが、その複雑性や費用は住宅よりもはるかに高いのが普通である。したがって公共の建
物には、上記の手順をより詳細に適用することが求められる。
60
第Ⅱ部 社会セクター
第2章 住宅および人間居住
歴史的建造物の被害評価は別途実施する。その方法の詳細は「教育・文化」の章で述べるこ
とにする。
5)ほかの直接被害
災害により交換や修理が必要になった上記以外の被害についても評価が必要である。上下水
道管、電気引込線、ガス管(一部の国)など公益事業サービスへの家庭接続などがこれに当た
る。
また、緑地、公園、広場などの公共空間が被った被害についても評価を実施する。
(4)被害の定量化
被災前の状態への回復を目的とした被災建物の取替原価についても算定が必要である。標準以
下の家屋やインフォーマルな家屋の場合、取替原価以上の経費をかけて質的改善を図る必要があ
る。
その後すぐに、防災対策強化を含めた最終的な復興費用を算定する。
1)建物・什器・設備
全壊の場合の取替原価の算定は、半壊または一部損壊の場合の費用の算定よりも先に行うべ
きである。長年の経験から言えることは、各類型別に被災家屋の数を算定してから、1㎡当た
りの建築費用をその数に適用するのが時間のロスが最も少ないことである。
インフォーマルな家屋については再取得価格を採用する。この場合の再取得価格は、現在実
施中の政府住宅事業の最も基本的な単位(1戸)の費用とする。
半壊または一部損傷の家屋の被害は、その総取替原価についての係数を用いて算定する。
建物内の什器・備品や設備の損傷・損壊は、被災家屋の各カテゴリーの平均被害額を推定す
る調査を別途行い、それに基づいて算定する。
被災した住宅などの建物が危険地域に立地していることが確認された場合、安全な場所に再
建するために必要な土地および付随するサービス、不動産権利証書の費用を算定することが必
要である。ただし、この追加的費用は間接被害とすべきである。
2)公共の建物
通常は家屋と比較して数が少ない公共の建物の被害は建物ごとに算定すべきである。家屋と
同様に、取替原価は床面積とその1㎡当たりの建築費用を基準に算定する。
当局者と連携の上、什器・備品および設備について個別に評価を行う。評価額は家屋の場合
よりもはるかに大きくなることはいうまでもない。
修復で事足りる被害の場合でも詳細な算定が必要である。ただし、取替原価の何分の1、あ
るいは%とすることも可能である。
3)公益サービスへの再接続費用
ライフライン(上下水道、電気、電話など)への接続部の交換・修理の費用を算定する。そ
の場合、全壊または半壊の単位数に基づいて算定する。単位当たりの交換・修理費用は、当局
の発表を待って適用する。
61
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
4)公共空間
緑地や公共広場、公園などの被害は、その面積と修理費用ないし取替原価に基づいて算定す
る。公園や広場については、ベンチ、街灯柱と街灯の数と修理費用ないし取替原価も計上する。
公共空間は、次のカテゴリーに分類できる。
・環境面で地方または国にとって重要な公園(森林保護区を含む)
・都市部の大きな公園で、比較的重要な施設インフラと補助設備を含み、環境面で重要なもの
・地域社会の中にある中位の公園で、自然環境面ではそれほど重要でないもの
・地区にある小さな公園で、環境面での重要性はほとんどないもの
5)女性に特徴的な影響
第四巻で詳しく論じるが、各セクターにおける女性に特徴的な影響を見極めるための情報を
入手することが肝要である。
住宅および人間居住の専門家はこのことを念頭に、女性が世帯主や所有者である住宅の数や
割合について明らかにする。この数字は、住宅、設備および什器・備品に関する女性の損失状
況を把握する上で必要である。第四巻で指摘するように、家計生産の損失は間接被害として計
上する。
2−2−2 間接被害
(1)概観
資産の直接被害に加えて、以下の項目に沿って間接被害を算定する必要がある。
・復興に伴う解体、瓦礫撤去の費用(撤去清掃費用は、人道支援ないし緊急対応の一環として
位置付ける)
・地質安定化、家屋の保護、構造の強化など、住宅および人間居住の脆弱性を軽減するための
費用
・危険地域から家屋移転のための土地を購入し、ライフラインに接続するための費用
・新規住宅の建設や被災家屋の修復が完了するまでの仮設住宅の費用
自宅をベースにした零細企業や中小企業は、女性が所有・経営する場合が多いため、このよう
な企業が復興期に被る一時的な所得損失については、生産セクターについて論じた第Ⅳ部で扱い、
女性に特徴的な災害影響の評価の一環として論じる。
(2)間接被害の算定
1)解体と瓦礫撤去
家屋などの建物を修復・再建するためには、一部または全体の解体が必要となることが多い。
その場合、撤去の過程で出された瓦礫の撤去も必要である。この間接費用は、災害被害の種類
にもよるが、被害総額の大きな部分を占めることがある。
他方、緊急対応期には、被災者の捜索・救助・支援のために建物の一部を解体し、その瓦礫
を撤去する必要があるが、この費用は上記の間接費用よりも大幅に少なく、質的にも異なる。
解体費用は、被災家屋の建築材料とその立地によって大きく左右される。専門家は便宜上、
家屋のタイプ別の1戸当たりの総費用推定額を被災戸数で乗じて費用を求めることが多い。瓦
62
第Ⅱ部 社会セクター
第2章 住宅および人間居住
礫撤去費用は、撤去量、撤去・廃棄費用およびタイプ別の被災家屋の数に基づいて算定するこ
とが多い。
2)住宅および人間居住の脆弱性軽減
大災害が発生した後は、将来発生し得る同じような災害から家屋などの建物を保護するため
の防災対策が取られることが多い。地盤改良、洪水防御および構造補強の費用は間接被害に計
上する。防災対策は広範に及ぶことから、評価手順を1つに絞ることは不可能である。ただし、
家屋に必要なタイプ別の主要工事を設定して1戸当たりの費用を算定する方法が推奨できる。
あるいは、ある防災プロジェクトが対象とするひとまとまりの住宅について、その費用を算定
する方法もある。
3)家屋の移転
家屋を一時的または最終的に安全な地域に移転する可能性が高い場合、その移転にかかる総
費用を算定する。この算定には、緊急対応期に発生する避難費用は含めない。
家屋の移転費用には次のものを計上する。
・新しい家屋を移転する土地の価値
・上下水道、電気、通信などのライフラインを供給する費用
・不動産権利証書の費用
・什器や設備を移転先に輸送する費用
上記の費用はすべて1㎡当たりの建設費用、または1戸当たりの総費用として算定し、その
数字を移転する戸数で乗じることによって求められる。
4)仮設住宅
最終的な住宅問題の解消に至るまでの間に提供する仮設住宅の費用も、間接費用として算定
する。仮設住宅の戸数は、住むところを失った家族の数に合わせる。必ずしも損壊家屋(1戸
当たり複数の家族が居住していた可能性がある)の数に合わせないのは、仮設住宅では通常1
戸につき1家族だからである。
上記以外の対策としては、通常はほかの目的に使用されていた建物の内部に仮設避難所を設け
る方法や臨時住宅の建設がある。学校、教会、競技場などの施設を利用する場合は、通常の目的
に使用しなかった費用に加え、避難所として利用したために生じる損傷について、避難所として
の役割を終えた時に修繕する費用も算定する。この費用は、住宅および人間居住の費用ではなく、
当該のセクターの費用(学校であれば教育セクターの費用)として計上する。
仮設の避難所を設定する際は、その建設費だけでなく、水、トイレ、電気などの関連サービス
の費用も算定する必要がある。これらの費用は通常、仮設避難所の面積(㎡)と単位当たりの建
設費用、避難民の家屋や家族の数に基づいて算定する。ここでいう仮設避難所は、緊急対応期の
人道支援の一環としての避難所ではなく、雨期が終了するまで復興を遅らす決定をした際を含め
て長期に運営する避難所のことをいう。臨時住宅の場合は、建設単価はその住宅の技術的特徴に
よって左右される。
被災地の行政担当者には様々な技術的選択肢があるが、ECLACとしては基本的に、恒久住宅
の建設や再建に使われる建築材料を利用することを推奨する。
63
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
2−2−3 直接被害および間接被害に関する情報源
直接被害および間接被害の算定に必要な基本情報は、国、地方自治体のほか、普段から被災地
で活動し、緊急対応(人道支援)に参加した非政府組織から入手する。これを補完するのが住宅
および人間居住専門家が現地調査で得た情報である。報道も現地調査に照らして適切に判断すれ
ば、役に立てることができる。
単価に関する情報源は、建設業界が発行する広報、近年の住宅事業の入札書類、資材・設備機
器の供給業者の価格一覧、商業・工業・建築業の業界団体が公表する価格・賃金の変動指標、新
聞雑誌などである。対象地域における建設会社や技術者・建築家協会の聞き取り調査も大いに参
考になる。
2−2−4 マクロ経済的影響
住宅および人間居住セクターの直接被害と間接被害は、住民の生活条件や経済動向に影響を与
える。その影響としては次のものが挙げられる。
・住宅賃貸の直接的・間接的な所得(実契約および黙示契約)の国民経済への寄与度の減少と
それに伴う国内総生産(GDP)への影響
・建設セクターの好況
・対外部門への影響
・公的セクターへの影響
・物価やインフレへの影響
・雇用や所得への影響
以下では、これらの経済的影響をそれぞれ検討する。
(1)住宅賃貸の経済への寄与度の減少
国内総生産(GDP)には一国の住宅セクター全体の賃貸が含まれている。このGDP寄与度は実
契約の賃貸借契約料と所有者が居住する住宅についての黙示契約の賃貸契約料の合計を住宅戸数
で乗じて求める。災害により国の住宅ストックが損壊や大きな損傷を受ければ、その分だけGDP
に影響を与える。
住宅および人間居住セクターの専門家はマクロ経済の専門家と連携して、この項目について評
価を実施しなければならない。実契約および黙示契約の賃貸借料の平均値と全壊戸数の積が損失
額である。
(2)建設セクターの好況
災害発生後に復旧復興計画が実施に移されると、建設セクターの活動が活発になる。災害が大
きなものだと、建設セクターの好況が経済の活性化に寄与したり、その災害によるほかの生産セ
クターの成長率の下落分を相殺したりすることもある。
住宅および人間居住の専門家は、マクロ経済の専門家と共同で住宅の復旧が建設セクターに与
える影響を評価しなければならない。この評価の基礎となるのが、復興の計画および事業、調達
可能な資金、建設業界の実施能力の現実的な分析である。住宅および人間居住の専門家は同セク
64
第Ⅱ部 社会セクター
第2章 住宅および人間居住
ターの復旧復興計画案を所管省庁から入手し、国内の実施能力を客観的に評価した上で修正・調
整を加える。その上で現実的な実施スケジュールも作成する。このスケジュールはGDP推計の参
考資料としてマクロ経済の専門家にも提供する。
(3)対外部門への影響
大きな災害が発生すれば、住宅および人間居住セクターの被害は被災国・地域の対外部門に間
違いなく悪い波及効果を及ぼす。災害特需により材料・設備機器・機械類の輸入が増加したり、
輸出分が国内に振り向けられたりするからである。
復興に必要な材料・設備機器・機械類が国内で生産されていなければ、輸入に頼らざるを得ず、
その輸入が被災国の国際収支への圧力となる。住宅および人間居住の専門家は、地方自治体と緊
密に連携して建物や設備機器のどの部位・部品が国内生産されていないのかを見極め、直接被害
の「輸入分」を算定する。この数字をマクロ経済の専門家が参考にして対外部門の予測を行う。
被災国が復興に必要な材料・設備機器・機械類の輸出国であれば、復興計画が実施されると、
その輸出は大きく減少あるいはストップし、輸出収入の減少という形で対外収支への圧力となる。
住宅などの建物には多くの場合、様々なリスクに対して保険がかけられており、被災国の保険
会社は外国企業に再保険を付している。再保険金が支払われた場合、外貨の純流入となり、検討
の対象となる。住宅および人間居住の専門家は、このような外貨流入の額を推定してその結果を
マクロ経済の専門家に知らせ、対外部門の影響評価に盛り込むようにする。
(4)公的セクターへの影響
中央政府や地方自治体が住宅および人間居住セクターにおける解体、瓦礫撤去、再建事業を実
施する場合、財政への圧力は相当なものになる。
本セクターの復旧復興にとって何が最も大きな支出になるかは、そのための事業の予定原価を
元に予測することができる。住宅など建物の損壊が税徴収額の低下をもたらすことから、予測さ
れる税収の不足分を算定することができる。この算定には、実際には支払われなかった黙示契約
の賃貸料を用いる。
ここでも住宅および人間居住の専門家はマクロ経済の専門家と緊密に連携し、上記の算定を行
う。
(5)物価やインフレへの影響
住宅および人間居住の専門家は被災国・地域における現地調査において、復興のための投入資
源の価格に災害が与える影響を評価する時間的な余裕はないのが普通である。それでも、投機、
建築材料や設備機器の不足が物価の上昇をもたらす可能性は高い。そこで最低限のこととして、
このような諸資源の供給および価格の動向について、派遣期間中の価格と被災前の一般的な価格
を比較することで定性的な情報を入手し、それに基づいて今後の動向について合理的な予測を行
う。
住宅および人間居住の専門家とマクロ経済の専門家との緊密な連携が欠かせない場合がある。
(6)雇用や所得への影響
災害は住宅セクターで働く人々の雇用や所得に影響を与える。人道支援期には通常の建設工事
が一時的に停滞したり、同セクターの開発事業が無期限に棚上げされたりすることがある。その
65
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
後、復興が始まると、建設セクターの雇用は拡大し、労働力が不足すれば賃金は上昇する。
緊急対応期に伴う停滞は基本的に極一時的なものなので、現地調査では停滞の影響が軽微と判
断されることが多い。経験から、住宅セクターの開発事業が復興事業によって完全に中止される
ことはめったにない。実際は、復興事業と開発事業は統合されることが多い。したがって、雇用
への影響評価は、復興期に必要となる雇用の数を算定することで事足りるのが普通である。
雇用の増加は、復興に対する年間投資額に基づいて算定することができる。算定では年間投資
額と雇用数を関連付ける因子を用いる。これについては、住宅および人間居住の専門家は行政側
と連携し、復興スケジュールが確定した後、対象事例について年間投資額と雇用数の関係性を明
らかにしなければならない。
2−2−5 復興計画
住宅および人間居住の専門家は、防災対策を含めた復興の戦略や計画の策定および修正の提案
に関わることが多い。
住宅および人間居住の専門家は、住宅とその周辺の特性や状況を把握して記述しなければなら
ない。その特性や状況が被害の形態や大きさを決定付けた可能性があるからである。そうするこ
とにより、復興事業に対する全般的な提言を行うことができる。
そのためには、被災地の住宅の最も一般的な建築形態、さらには災害がその構造部位と非構造
部位にどのような損壊をもたらしたのかについて記述する必要がある。同様に重要なのは、被災
地で最も一般的に使われている建築材料、その品質と被災中の状況および被災地で最も一般的な
建築形態への適性を記述することである。さらに、住宅の立地と周辺環境の物理的特性(土質、
地質、地形など)についても、住宅の自然災害に対する耐性を左右した可能性があるので、記述
する必要がある。このような記述により、復興プロセスの次の項目について提言をまとめること
ができる。
・住宅の修復・再建の技術的な特性、適用する工法、使用する資材(国産または輸入品)のタ
イプ
・周辺環境の特性に従った住宅の立地または移転(災害危険地域からの移転が不可能な場合に
は住宅の改善が必要なことを指摘することも含む)
・復興のための投入資源の経済面や供給面の課題
・住民参加、提供される技術支援、教育訓練、関係機関間の調整など、復興事業の実施に関す
る行政上あるいは制度上の問題
上記の項目を十分発展させるのに必要と思われる復興支援技術協力プロジェクト(国際プロジ
ェクトまたは国家プロジェクト)の特定とその概要の提示も必要である。
あらゆる情報を収集して復旧復興事業の一覧を作成する。一覧には必要投資額と予定財源(海
外資金か国内資金か、公的資金か民間資金か)を明記する。
住宅・人間居住の専門家は復興事業のスケジュールを作成するとともに、各事業の必要資金額
をまとめる。資金額と復興事業の期間について1つ以上の仮説を立て、財政あるいは行政の復興
事業実施能力に与える影響を評価する。そのためには次の点を考慮する必要がある。
・復興予算の確保可能額およびその予算の折衝・配分・実行に必要な時間
・復興における官民や市民が果たす役割も考慮した、復興を先導・実施する諸機関の制度的組
66
第Ⅱ部 社会セクター
第2章 住宅および人間居住
織的能力
・通常復興は通常の活動を超えた取り組みを住宅セクターに要求することに留意しつつ、住宅
をはじめとするほかの被災セクターの災害被害の規模、住宅セクターの生産量と生産高(被
災前5年間の実績など)を考慮した、建築セクターの復興対応能力
・復興のための投入資源(人的資源、材料、設備)の輸入を含めた供給
・復興の構想・計画立案・組織化に必要な時間
・気候条件や被災後の正常化に関する事項。例えば、雨期の開始時期や雨期の期間、あるいは
洪水の水が引くまでの時間は、復興事業が不可能か阻害される可能性がある。
住宅および人間居住の専門家は官民の組織から上記の項目について可能な限り情報を収集する
とともに、その情報を現地評価調査に基づいた所見とすり合わせる。そうすることにより、被災
後の各年における建設戸数や投資額を明らかにしたスケジュールを作成することができる。この
スケジュールは復興およびそれがマクロ経済に与える影響を分析する上で参考になる。
67
第Ⅱ部 社会セクター
第3章 教育・文化
第3章 教育・文化
3−1 はじめに
3−1−1 概観
本章では教育文化セクターに焦点を当て、その施設インフラ、設備およびその一般的な機能が
被る被害を評価する方法を検討する。ここで対象とする施設インフラとは、学校および成人教育
のためのあらゆる施設(教室、実験室、工作室など)およびその付随施設(衛生設備、事務室、
保管室、運動場と運動施設、図書室など)のことを指す。ここでいう文化とは、文化遺産や歴史
遺産を構成するあらゆる建造物のことで、公式認定遺産、博物館、遺跡、文書館、図書館、教会、
歴史的街区の家屋、文化会館などが含まれる。生産セクターや社会セクターに不可欠な建造物、
例えば、病院や工場の図書室や研修室などは含まない。
ラテンアメリカ・カリブ海地域では、その比重は国によって異なるが官民双方が教育文化に取
り組んでいる。農村部あるいは都市の貧困地域では、学校が公民館や文化センターの役割も果た
していることが多い。逆に教会や公民館を教育活動に利用しているケースもある。
学校は臨時の避難所として使われることが多いが、その場合、学期カリキュラムの中断や混雑
した環境の中での諸設備の使用による損傷などが予測される。
残念なことだが、教育文化セクターの復興は、例えば住宅や運輸と比較して比重が低い。それ
でも教育文化セクターの正常化の遅れは、重大な波及効果をもたらし、ひいては被災家族に心理
的な影響を与えかねない。
3−1−2 評価手順
教育文化セクターの被害の評価手順は、住宅・人間居住セクターで説明した評価手順に近い。
事実、歴史的な家屋や建造物などについては評価の二重計算がないよう、教育文化の専門家は住
宅および人間居住の専門家と緊密に連携しなければならない。
教育文化の専門家は、同セクターの被害の概要を表にまとめる。この表には直接被害額および
間接被害額の推計を財産の種類(公的財産と私的財産)、教育段階(初等、中等、高等)、あらか
じめ災害評価チームで決めた地方行政単位別にわけて記入する。表Ⅱ−3−1は、教育セクター
の専門家が被害評価の終了時に作成する評価項目を示したものである。
69
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
表Ⅱ−3−1 教育文化セクターの被害
(100万米ドル)
項目
合計
被害額
直接
セクター
民間
公的
間接
復興費用
輸入分
合計
公立学校
国立大学
私立大学
スポーツセンター
文化遺産
文化会館
公会堂
歴史的街区の家屋
住宅セクターの場合と同様、教育文化セクターの専門家は、同セクターが主要なマクロ経済指
標(対外部門、財政など)に与える影響を評価し、マクロ経済の専門家を支援する。また、雇用
の専門家とも共同して、災害が教育文化セクターに与える影響を評価する。さらには、ジェンダ
ーの専門家と連携し、同セクターにおける女性に特徴的な影響について、休校になり女性の再生
産労働の負担が増えることなどを中心に評価を実施する。
評価の実施に通常必要な手順は以下のとおりである(順同)。
・第Ⅰ部の第1章で述べた標準的な方法を用いて、教育文化セクターが被害を受けた地理的範
囲を確定する。
・被害状況の面的分布を確認する。
・被災前の一般状況を把握する。
・直接的な影響を特定する。
・直接被害を定量化する。
・直接被害を評価する。
・間接被害を特定する。
・間接被害を推定する。
・間接被害を評価する。
・直接間接被害の地理的空間的分布を確定する。
・マクロ経済的影響を評価する。
・雇用への影響を評価する。
・女性に特徴的な影響を評価する。
・教育文化行政が策定した復興のための戦略・計画・事業やその実施スケジュールと予算に関
する情報を収集する。
・復興期において優先的に支援または留意が必要な本セクターの課題や分野を特定し、それに
必要な資金額を算定する。
・被災した国・地方自治体への援助として、復興のための最終的な戦略・計画・事業の策定を
支援する。
3−1−3 必要な情報
教育文化の専門家は、同セクターにおける災害影響評価の基準値を設定するのに必要な情報を
70
第Ⅱ部 社会セクター
第3章 教育・文化
収集する。最低限必要な情報は次のとおりである。
(1)教育機関・施設
・被災地の教育機関・施設の数。都市/農村、公立/私立、教育段階(初等、中等、専門・職
業学校、大学)別の内訳
・各教育施設の教室と生徒の数(施設合計または午前、午後、夜間の各部ごとの合計)
・建築材料(日干し煉瓦、木材、煉瓦、コンクリートなど)、平均築年数、保守管理状況など
を判断基準にした施設の建設の質
・あらかじめ決めておいた各カテゴリーの教育機関・施設に標準的な什器・備品と設備
・建物、什器、設備の単位費用
(2)文化遺産建造物
・世界遺産、遺産建造物、博物館、遺跡、可動文化財、文書館および文書資料に分類した公有
の(国有財産に指定された)歴史遺産資産の数と特性
・私有の歴史遺産資産の数と特性
・個人所有、組織所有(教会遺産、歴史的街区の家屋、図書館、財団・図書館・教会の所蔵品
に分類)による歴史遺産資産の数と特性
・非遺産で公有の文化施設インフラ、すなわち、国家所有の非歴史的遺産で公的な文化事業で
運営されているもの(文化施設、図書館、遊園地、先住民地域や職人地域の文化センターに
分類)
・建築材料の種類(日干し煉瓦、木材、煉瓦、コンクリートなど)、築年数、保守管理状況な
どを判断基準にした上記資産の建設の質
・あらかじめ決めておいた各カテゴリーの遺産展示施設に標準的な什器・備品と設備
・建物、什器、設備の単位費用
本ハンドブックの第Ⅰ部の直接費用の節で述べたように、建物・什器・設備の単位費用は住宅
および人間居住の場合と同様、現行市場価格で表示し減価償却係数を適用して被災資産の現価を
算定する。費用は被災国の現地通貨で算定してから、被災国の金融当局と協議して決定した災害
発生日の単一公定為替相場により米ドルに換算する。
3−1−4 情報源
ほかのセクターと同様、教育文化セクターの情報も地域、国家および国際的なソースから入出
する。
標準的な地域および国家の情報源は次のとおりである。
・教育文化担当省
・教育施設・文化資産の建造・維持について委託を受けた公的機関
・大学教育および成人教育の調整について委託を受けた公的機関
・教育センターおよび文化センターを管理運営する宗教団体および民間財団
・保険会社(博物館、図書館、文書館などの場合)
・教育文化セクターの統計調査
71
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
教育文化セクターの主な国際的情報源は、国連教育科学文化機関(United Nations Education,
Science and Culture Organization: UNESCO)と米州機構(Organization of American States:
OAS)である。両機関ともラテンアメリカ・カリブ海諸国の教育文化遺産の開発に関して記録を
保持し、定期刊行物を発行している。国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)も
『Social Panorama of Latin America』を中心に教育文化に関する情報を発信している。
3−2 被害の定量化
3−2−1 直接被害
(1)概観
本ハンドブックの第Ⅰ部で述べたように、直接被害は資本や資産の損失に限定されている。教
育文化セクターにおける直接被害とは、建物、什器、設備のほか、災害にさらされた遺産建造物
に保存され文化的価値を有する資料、作品および書籍が被った損傷または損壊である。
住宅および人間居住セクターと近似しているため、被害評価方法についてはここで繰り返さな
い。前章を参考にされたい。
(2)建造物の分類
住宅セクターとは異なり、教育文化関連の建造物の分類や類型は簡単な作業ではない。公立学
校を中心にした教育施設、特に教育文化セクターの開発計画に基づいて近年に建設されたものは
例外かもしれないが、そのほかの教育施設や特に文化的な建造物は標準的でない建築デザインや
特色を有しているのが常である。教育施設は、邸宅や元は別な用途のために建設された建物を学
校施設に転用したものが少なくない。他方、遺産建造物は多種多様であるだけでなく、古くに建
てられたものが多く、植民地時代までさかのぼるものもある。
1)学校施設
学校施設については何らかの方法で類型を行い、教育文化の専門家の業務の便宜を図る必要
がある。類型の基準としては、教育段階、建築材料の種類、保存状態、築年数などが考えられ
る。ここでは、同一の教育段階にある学校施設は教室、運動場、そのほかのスペースの各面積
が同一であると仮定している。どのような建築材料が使われているかによって、建物の単位当
たりの建築費用が推定できる。他方、建物の保存状態や築年数は、建物の減価償却後価額を算
定したり、災害そのものによる損傷と不適切な維持管理による損傷を区別したりする上で参考
になる。
以下に示す面積基準は、教育施設の教育段階や立地(都市部か農村か)によっては、必ずし
も厳密には施行されていない。成人教育や大学教育における面積や施設についてはばらづきが
大きく、一般に適用できるような平均値を提示することはできない。したがって、教育文化の
専門家は個別に評価を行い、現場からの知見によってその都度教育施設の分類をせざるを得な
い。それでも以下の示す基準は現地調査において目安となる。
72
第Ⅱ部 社会セクター
第3章 教育・文化
Box Ⅰ−3−1 学校施設の面積基準の範囲
学校施設の建設および運営に関する基準は、ラテンアメリカ・カリブ海地域の各地で大きく異なる。しか
し、以下のように教育機関・施設の種類や用途別に基準の範囲を示すことは可能である(数字は生徒1人当
たりの面積(㎡))。
初等・中等教育の教室
延床面積
6.0(アルゼンチン)∼1.2(パラグアイ)
各教室の床面積 1.5(ウルグアイ、ペルー)∼0.9(ガイアナ、ハイチ)
ほかの学校設備
管理棟 0.85(アルゼンチン)∼0.05(ボリビア)
実験室 3.80(エクアドル)∼1.20(ドミニカ共和国)
技術室 5.00(エクアドル)∼1.20(ウルグアイ)
美術室 6.00(パラグアイ)∼1.50(ウルグアイ、ペルー)
工作室 9.00(ガイアナ)∼4.50(グアテマラ)
図書室 4.32(ブラジル)∼0.15(ボリビア)
音楽室 2.70(パラグアイ)∼1.20(アルゼンチン)
2)文化遺産建造物
文化遺産建造物はその起源や建設方法のばらつきが大きいため、施設インフラや設備に標準
はない。それでも以下のように分類することは可能である。
公有の歴史遺産建造物(指定歴史資産で国有財産になっているものなど)
・世界遺産(ユネスコの世界の文化遺産および自然遺産として登録されている世界文化資産)
・遺産建造物または指定歴史建造物(その設備と所蔵品)
・博物
・遺跡
・可動文化財(博物館以外の建物が保管し国が保有する歴史的価値のある所蔵品など)
・文書館および文献資料
私有の歴史遺産建造物(個人または財団が所有)
・政令または大統領令により歴史遺産に登録された教会
・歴史遺産とされる地区に立地する歴史的価値のある建造物(家屋または職住兼用)などの
歴史的街区の家屋
・図書館および所蔵品(財団、図書館、教会などに保管されている私有の可動文化財など)
非遺産の公有文化施設インフラ(国家所有の非歴史的遺産で公的な文化事業で運営されてい
るもの)
・文化会館、公共図書館、非遺産の劇場など文化施設
・図書館とその設備
・遊園地(動物園を含む)
・先住民地域の文化施設
・職人・工芸地域
73
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
3)スポーツ施設
スポーツ施設もひな型がなく、各施設は特性・設計・建築材料の面でほかの施設と異なって
いる。体育館、スタジアムだけなく、これよりも規模の小さい施設も被害評価の対象となる。
(3)被害を受けやすい建物の構成要素
教育文化セクターは住宅および人間居住セクターとの間に共通点が多いが、留意すべき特性を
有している。いずれにせよ、当セクターの損傷・損壊の評価について住宅セクターの章も参照さ
れたい。
1)建造物、什器・備品および設備
教育文化セクターにおける「什器・備品」とは、器具・調度・機器のうち、教育文化業務で
使用するもの(実験室や技術室の器具備品、スポーツ用品など)や建物に所蔵された作品・著
作などの加工・利用に必要なもの(マイクロフィルム・リーダー、コンピューター、プロジェ
クターなど)の総称であり、通常は品目ごとに保管されている。
他方、「設備」とは、建物の一部となっている装置などであり、エレベーター、防犯設備、
空調設備、校内通信システムなどがこれに含まれる。
2)備品在庫・作品・所蔵品
教育施設に通常、それぞれの活動に必要な学校備品(紙、書籍、化学薬品など)の在庫を用
意している。この備品在庫の金額が高く、個別の被害評価が必要となることもある。
特定機関に寄託された作品や所蔵品もこの項目に含まれる。具体的には、図書館の書籍、宗
教作品、美術作品、博物館資料、文書館の文献などである。
教材は再取得が簡単なことから、その価値は単純に算定できる。一方、図書館、博物館、文
書館、教会などが所蔵する文化的、歴史的あるいは宗教的な作品は基本的に、個別に扱わなけ
ればならない。このような作品は、ほかにはない、何にも代えられないものであるため、修理
や交換は困難(あるいは不可能)である。美術作品や歴史的な価値を有する作品など、その価
値が主観で左右される物件、あるいは市場でオープンに取引されない物件の価値を鑑定するこ
とは容易ではない。
(4)被害の定量化
繰り返しになるが、教育文化セクターの直接被害の定量化については、住宅および人間居住セ
クターに関する章を参照されたい。そこで説明されている評価基準や定量化基準は、教育文化セ
クターにも当てはまるからである。特に、教育施設や非遺産の文化施設インフラにはそのまま適
用できる。ただし、文化遺産は例外であり、その下位項目を以下で説明する。
1)遺産建造物
遺産建造物は多種多様であることから、個別に扱わざるを得ず、その直接被害による修復ま
たは再取得の原価も個別に算定することになる。修復で済む場合には、現地の専門家の意見を
聴取し、修復原価を算定する。
全壊した歴史的街区を評価するには、その街区の家屋などの建物について被災前の平均入札
額を把握する必要がある。その際、土地利用規制があるために、投機の対象ではないことに留
74
第Ⅱ部 社会セクター
第3章 教育・文化
意する。ここでは、この入札価格が評価対象となる歴史的街区の建物の文化的価値および状態
を表していると仮定されている。
什器・備品や設備の原価については、住宅および人間居住セクターと同じ基準をそれぞれの
文化建造物について適切に調整し、適用する。
2)可動文化財、文書館などの項目
美術作品、所蔵品および歴史的価値を有する物件の修復原価は、物件の種類(絵画、彫刻、
装飾品、宗教画など)、その起源と古さおよび損傷の程度を考慮し、現地の専門家と協議して
算定する。文書館の場合、修復が不可能なら、最低限のこととして資料の内容を撮影したマイ
クロフィルムを保存し、一般の利用に供するための原価を算定する。
完全に損壊した物件の価値を算定するには、専門家の意見の聴取が必要である。これらの物
件には保険をかけられていることが多いので、保険会社が必要な情報を提供できる場合が少な
くない。
3−2−2 間接被害
(1)概観
教育文化セクターの資産が直接被害を受けると、その資産の修復が進む間に間接被害が発生す
る。具体的には次のような間接被害である。
・一時的に避難所として使われた教育施設やスポーツ施設の修復ないし復旧の費用
・緊急対応期が終了し復興が始まるまでに発生する解体および瓦礫撤去の費用
・施設インフラの修復・再建の間、教育または文化サービスの提供を目的として一時的に施設
を賃貸するための費用
・教育文化関連の建造物の耐災害性を高める費用
・建物を脆弱性の低い地域あるいは安全な地域に移転するため、土地を購入しライフラインを
整備する費用
・学校施設の修復・再建期間において途絶えた授業料収入
・修復・再建期間において途絶えた遺産施設やスポーツ施設からの収入
・休校による女性の再生産労働の増分。この数字は、女性に特徴的な災害影響に計上する必要
がある。
(2)間接的影響の算定
1)教育施設、スポーツ施設、文化施設などを避難所として使用することによる損傷
災害時には、学校、スタジアム、教会などの施設を避難所として使うことが多い。しかし、
大勢の人々を継続的に収容する設計にはなっていないことから、施設インフラが損傷を受ける
ことになる。したがって、その修復に必要な費用は間接被害として計上しなければならない。
特に修復が必要となる箇所は、衛生設備や什器などで、壁の塗り直しも必要に応じて行う。
2)解体と瓦礫撤去
建造物の修復や再建を実施するには、損傷ないし損壊した箇所を解体するとともに、その解
体瓦礫を撤去・処分しなければならない。建造物の種類にもよるが、その費用は建造物の総原
75
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
価の相当部分を占める可能性がある。
この解体・瓦礫撤去費用は、緊急対応期に建物の中に閉じ込められた人々を捜索・救出する
ためにかかる費用とは異なる。後者は緊急対応期の支出として計上する。
教育文化セクターの建造物は使われている建築材料も立地も様々であることを踏まえると、
その解体・瓦礫撤去費用も大きなばらつきがある。したがって、撤去する材料の量と建造物ご
との撤去・運搬の単位費用に基づいて算定することが多い。被害を受けた財の総取替原価に対
する割合(経験値として10∼25%)を採用する方法もある。
3)一時的な賃貸
教育・文化・スポーツ・宗教の施設建物が損傷または損壊しても、そのサービスは続ける必
要があることから、その施設建物を修復・再建する間は、ほかの施設を賃貸することが一般的
である。その費用は、被災後の市場における一般賃貸料に基づいて算定し、修復・再建にかか
る予定期間分の費用を予測する。
教育文化サービスの提供に必要な什器・設備については、賃貸した施設へ運び、修復・再建
が完了したら元の施設に戻す費用も賃貸経費として計上する。
4)脆弱性軽減
今後同様の災害が発生した際の損傷を防止する建造物の強化対策にかかる費用は脆弱性軽減
の項目で扱う。具体的には、構造補強のほか、土砂災害や地盤沈下を受けた土地の地盤改良や
洪水防御も含まれる。そのほか、建物内の可動文化財を保護するシステムや学校の早期警戒・
避難システムも整備する必要があるだろう。
5)建造物の移転
自然災害の加害力にさらされた建造物をより安全な場所に移転するための費用も算定する。
ただし、その移転が現実に実施される合理的な根拠がある場合に限る。
具体的には次の費用を算定する。
・移転先の土地の価格
・上下水道、電気、通信などのサービスを提供する費用(移転先では整備されていない場合)
・什器・備品および文化財を移転先に運搬する費用
6)所得損失
教育やスポーツの施設もそうだが、特に文化施設の施設インフラの損傷・損壊するとそれが
修復・再建される間での間、施設収入が途絶える。また、遺産が損傷・損壊を受けると観光客
や商店の客足が途絶えるので、影響を受けた商店やその地域にとっては収入の減少や損失にな
る。
教育文化の専門家は、被災前の所得と推定の復旧復興期間を基に災害による所得損失を算定
しなければならない。また、生産セクターの専門家とも連携し、文化建造物や文化財の損傷・
損壊により生じる商業収入や観光収入(地域や地方の見本市など)の減少分を(二重計算する
ことなく)算定する。
76
第Ⅱ部 社会セクター
第3章 教育・文化
7)女性に特徴的な影響
学校などを避難所として利用する場合、学校は通常休校となる。休校の間自宅で学童を世話
しなければならないので、女性の再生産労働の負担は増加する。この労働は国民経済計算では
計上されないが(女性に特徴的な影響に関する章を参照)、教育文化の専門家はジェンダーの
専門家と連携して、推定の休校期間における女性の再生産労働の負担増分を算定する必要があ
る。
さらに、教育文化セクターの雇用人口の占める女性の割合は高いことから、ジェンダーや雇
用の専門家とも連携して、女性が一時的に失う教育文化関連の雇用や所得も算定する必要があ
る。
3−2−3 マクロ経済的影響
(1)概観
教育文化セクターの建造物が災害により損壊・損傷すると、被災国・地域の経済動向や生活条
件も影響を受ける。その影響が継続する期間は様々である。
このようなマクロ経済的影響を以下に示す。
・国や地方の経済の開発成長率に対する教育文化セクターの寄与度の低下
・雇用への影響
・対外部門への影響
・財政への影響
・物価やインフレへの影響
(2)マクロ経済的影響の算定
教育文化の専門家はマクロ経済の専門家と連携し、当セクターがマクロ経済に与える影響を算
定する。
1)開発成長率への寄与度の低下
教育文化セクターの諸機関が得る所得は、国民経済計算においてはサービス業の所得として
計上される。
この所得の損失を算定するには、まず、この教育文化関連機関の「産出額」について、民間
営利団体、民間非営利団体および公的機関にわけて算定する。営利団体の産出額を算定するに
は産業セクターの企業と同一の基準を適用するが、非営利団体および公的機関については、投
入資源から間接的に損失を求める。投入資源(原材料および中間財)の数量を算定し、これに
推定平均単価およびサービス停止推定期間を掛け合わせて損失を算定する。
民間教育セクターが被る損失がGDP成長率に与える影響は、間接的影響のところで示したよ
うに、損失した平均授業料収入と授業が停止になった期間を考慮して算定する。その算定数字
は、被災地の国民経済計算における教育文化セクターの価値総額に対する付加価値の割合(通
常50∼75%)により調整する。別の方法としては、学校会計に基づく総収入に対する付加価値
の割合で調整してもよい。
他方、公共教育セクターが被る損失がマクロ経済に与える影響は皆無か、極端に少ないのが
77
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
普通である。公共教育セクターのGDPへの寄与度は、教員およびそのほかの教育関係者の賃金
給与により算定するが、これらの人々は災害発生後も、職場は変わるかもしれないが、雇用と
給与給付は継続するからである。
いずれにせよ、学期の延長や1日2部制の導入により補講を行う場合、それが当年度の経費
を拡大させない限りにおいては、休校になった分の損失を通常時のスケジュールを基準に算定
しないように注意しなければならない。
2)雇用への影響
災害は教育文化セクターの失業率を左右しかねない。教育機関が被災するとそこで働いてい
た職員が比較的長期にわたり、職を失う可能性があるからである。ただし前述のとおり、公立
教育機関では職員の雇用と給与給付は年間を通じて継続することが多い。教育文化の専門家は
このことに考慮して影響評価を実施しなければならない。いずれにせよ、災害による一時的な
解雇者の数を算定する必要があるので、教育文化の専門家は雇用の専門家と緊密に連携しなけ
ればならない。
3)対外部門への影響
教育施設、スポーツ施設および文化施設の修復や再建は、場合にもよるが被災国の輸出入に
も影響を与える。次のような状況では、輸出入に影響が出る。
・復興に必要な建築材料、機械類および設備機器が被災国内で生産されていない場合は、海
外から輸入しなければならず、国際収支に影響が出る。この影響の算定には、住宅および
人間居住セクターの章で説明した同じ方法を採用する。すなわち、輸入の割合と復興原価
を基準にして算定する。
・被災国が復興に必要な建築材料、機械類および設備機器の輸出国である場合、通常は輸出
されているものが被災後は復興に向けられる可能性がある。その場合は輸出が減少して国
際収支に影響を与える。この影響を算定するためには、教育文化の専門家は住宅及び人間
居住の専門家と共同で、建設セクターの対応能力を分析する必要がある。
・教育文化セクターの建造物や財には損傷・損壊に対する保険がかけられていることが多い
ため、海外の保険会社からの再保険金は外貨収入の増加分として国際収支に計上する。こ
れは、歴史的や文化的な価値の高い物件の場合に特に重要である。この算定については、
現地の保険会社から情報を得る必要がある。
・復興の計画および事業の資金源として、復興期の全期間にわたり外貨収入が必要となるこ
とが多い。地方自治体と協議の上、復興期間を定め、復興および外国資金調達の暫定的な
スケジュールを確定し、それに基づいて国際収支への影響を算定する。この算定において、
教育文化の専門家はマクロ経済の専門家と緊密に連携しなければならない。
4)財政への影響
教育文化関連施設の損壊・損傷とその修復・再建は、財政に大きな影響を与えかねない。特
に次のような影響が多い。
・税収の低下あるいは教育機関や文化施設の移転に起因する収益の減少(各私立教育機関の
所得の減少とその所得税率から算定できる)
・復旧・復興に必要な公的支出と投資の増加(影響に関する上記の項目において示したよう
に、事業実施と資金調達スケジュールから算定)
78
第Ⅱ部 社会セクター
第3章 教育・文化
5)物価やインフレへの影響
教育文化セクターの建造物が大きな損傷・損壊を被り、復興に必要な材料、機械類および設
備機器の不足が生じた場合、これらの投入資源の価格は上昇する。これは、国民経済における
セクターに共通である。
教育文化の専門家は住宅および人間居住およびマクロ経済の専門家と緊密に連携してこの問
題に対処するとともに、最低限のこととして、後者が完全な状況分析を行えるように教育文化
セクターの評価(定性的評価であっても)を提供しなければならない。
79
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅴ 教育文化セクターの被害額算定の事例
付録V 教育文化セクターの被害額算定の事例
教育文化セクターの災害被害および災害影響を算定する方法について、2001年の1月と2月に
エルサルバドルを襲った地震に関する情報を活用した事例を紹介する。
A.
直接被害
教育文化セクターの直接被害の算定は、評価調査班による現地調査と現地の教育文化行政によ
る被災前の調査を踏まえて行われた。
a)教育
1回目の地震により損傷・損壊した教育機関・施設の数は合計1,367で、これには様々な国立大
学の建物や34の私立教育機関・施設が含まれている。2回目の地震では、1回目の地震で被災し
た219の建物が再度損傷または損壊したほか、150の公立教育機関・施設と27の私立教育機関・施
設が被災し、双方の地震合わせて1,516の教育機関・施設が被災した。
被災した建物の種類別、すなわち立地別(都市/農村)および教育段階別(初等、中等、専
門・職業学校、大学)に建物の修復や再建に必要な平均単価を割り出した。この平均単価と建物
の種類別の床面積から、教育セクターの直接被害総額は6億3900万米ドルと算定された。
スポーツ施設の場合、国立スポーツ機関(National Sports Institute)が管理運営する3つの公
営スタジアムといくつかの民営スタジアムのインフラが一部損傷を受けたことが確認された。こ
の修復費用は合計120万米ドルと算定された。
b)文化
災禍はエルサルバドルの文化遺産にも及んだ。数多くの公営歴史遺産施設、文化財、22の遺産
建造物、博物館2カ所、遺跡1カ所、什器・備品および文書館が損傷を受けた。このほか損傷を
受けたのは、私有の歴史遺産(100以上の教会、5,120の歴史的街区家屋、図書館、2つの財団の
所蔵品)、145の都市文化施設、図書館3カ所、様々な劇場、遊園地3カ所、39の先住民地域文化
施設、40の工芸地域である。
政府関係当局との連携の下で各遺産展示施設の詳細かつ個別の被害評価を行い、修復や復元の
費用を算定した。公営の歴史遺産地については、物件、所蔵品、什器・備品、設備の復元・交換
の費用、建造物の修復・補強の費用を算定した。私有の歴史遺産については、教会の修復・再建
の費用を特定救援プロジェクトのために国内で用意した数字に基づいて算定した。歴史的街区家
屋の取替原価は、土地利用規制地区における被災前の購入入札価格に基づいて算定した。その家
屋の什器・備品や設備の価値の算定も同様に行った。家屋が一部損傷の場合は、修復費用を算定
した。非遺産の文化施設インフラの修復再建原価は、同様の特性を有する現代建物の修復再建費
用を基準に算定した。工芸地域については、施設インフラの修復・再建の費用に加え、工芸職人
(75%が女性)が保管する財の価値も算定した。先住民地域の文化施設が被った損傷の修復原価
は、近年建設した同様の施設の原価を基準に算定した。
以上から、文化セクターの推定直接被害総額は1億2520万米ドルとなった。
81
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
B.
間接的影響
a)教育
一時避難所として使われた教育機関・施設がわずかであった。それでも、施設が使えるように
なるまで(修復が完了するか、臨時施設や賃貸施設が確保できるまで)学期の開始を延期せざる
を得なかった。さらに、当局は学期の遅れを取り戻すために長期休暇に入る時期を延期し、教育
の質を低下させない決定を下した。この事例では、教室の一時的な確保に必要な費用が間接被害
とされ、1億9200万米ドルと算定された。
スポーツ関連では、公営および民営の特定スポーツ施設が一部損傷を負ったことで、一部の競
技が中止となった。その所得損失は70万米ドルと算定された。
b)文化
文化遺産の場合、公有および私有の歴史建造物の修復・再建に必要な期間に途絶えた収入、そ
の間に臨時施設を賃貸するために必要な費用が算定された。歴史的街区の家屋については、同等
の家屋を賃貸するのに必要な費用が直接原価の5%と算定された。推定の間接被害総額は20万米
ドルとなった。
また、工芸地域の工芸展示施設がインフラの復旧復興期において低下した所得分、および損
傷・損壊した歴史的あるいは宗教的建造物の周辺で実施される見本市の所得損失分を算定した。
ただし、これらは貿易およびサービスの分野に計上された。エルサルバドルの被害総額を算定す
る際に二重計算を避けるためである。
C.
被害のまとめ
2001年1月および2月にエルサルバドルを襲った地震による教育文化セクターの被害総額は
5730万米ドルと算定された。内訳は、遺産の直接被害が4090万米ドル、収入低下と経費上昇によ
る間接被害が1640万米ドルである。被害総額の51%(2940万米ドル)が公的セクター、残りの
49%(2790万米ドル)が民間セクターであった。
82
第Ⅱ部 社会セクター
第4章 保健医療セクター
第4章 保健医療セクター
4−1 はじめに
4−1−1 概観
あらゆる災害は保健医療セクターに影響を与える。緊急事態や災害の期間には住民の健康を保
護し被災者の避難・救援にあたり、中長期的には医療モデルないし医療制度を修正しなければな
らないからである。あるいは、医療機関網のインフラが被害を受けるからである。このような災
害影響は緊急対応を必要とするだけでなく、長期的な影響を生じさせる。
以上のような影響を把握・評価するために必要なのは、保健医療セクターの様々な構成要素や
機能が被った被害の範囲を時間的制約の中で確定するのに必要な情報の確保である。そのような
情報がなければ、サンプル調査の実施や復旧に必要な時間と条件の予測によって評価を行わざる
を得ない。情報の収集と分析、社会レベルでは健康情報システムの実施が防災の基本のひとつで
ある。健康情報の確保や質は極めて重要である。保健医療政策の基本を理解するための基盤であ
り、資源の合理化と保健医療セクターの近代化を視野に入れた医療機関網を見直す契機となるか
らである。
災害は以下の理由から公衆衛生上問題とされる。
・被災地では突然死傷者や病気が発生するので、地域の医療機関の治療能力を超えてしまい、
当局は保健医療セクターの再編や援助の要請を迫られる。
・災害は、病院、医療センター、研究所などの地域保健医療インフラを破壊するので、緊急事
態に対応できなくなる。また、通常の医療サービスや健康予防活動に変更を余儀なくされる
ので、罹病率や死亡率の上昇という長期的な影響も懸念される。
・一部の災害は罹病率や死亡率を増加させ、将来の生活の質を低下させる伝染病や環境脅威の
潜在的リスクを増大させるため、環境や住民に悪影響を及ぼす。
・災害は、被災住民の精神衛生や心理的・社会的行動に影響を与える。大きな災害が身体的パ
ニック、麻痺性の精神的外傷、反社会的行動を引き起こすことはまれであり、生存者は当初
のショックから急速に回復する。しかし、突発性の災害や緩慢に進行する災害の別を問わず、
被災者の間に不安、神経症、抑鬱状態などが生まれることが知られている。
・一部の災害は食糧不足を引き起こし、その結果、特定微量栄養素の欠乏(ビタミン不足など)
などの深刻な栄養障害が発生する。
・災害は大規模な避難民の大規模移動(自然発生的あるいは組織的な移動)を引き起こすが、
その避難先の医療機関が人口流入に対処できず、罹病率や死亡率の増加につながるケースが
多い。また、避難先の地域では多くの避難民が非衛生な環境の中で生活しなければならず、
汚れた水しかないことから、伝染病の発生のリスクが高まる。
災害が発生すると保健医療セクターは3つの基本的な課題に対処することになる。すなわち、
災害の直接被害を受けた一次外傷の被災者の救出・治療・療養、公衆衛生の観点から見て有害な
影響の発生・拡大の防止、および被災医療施設の速やかな復旧である。一次外傷の被災者の救出、
83
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
医療手当てとその後の治療に伴う支出のうち、緊急対応あるいは被災者の評価の科目として計上
されなかったものについては、本章で論じるように保健医療セクターの影響の評価に計上しなけ
ればならない。
保健医療セクターの使命は公衆衛生を脅かす災害影響の拡大を防止することだが、根拠のない
噂、あるいは大規模な国際医療援助が最も遠い地域で迅速に展開される様子などから、災害が発
生すると汚染された水、媒介動物または直接伝染により流行病の発生はほぼ不可避であると誤っ
て信じている人が多い。しかし、災害に起因する原因により流行病がすぐに発生するリスクは通
常存在しないことが経験上分かっている。ある程度の時間がたつと、流行病発見のため標準監視
または状況に応じた監視が行われるため、伝染病のリスクを特定・管理し、流行病の発生を防止
することができる。過去10年に発生したあらゆる種類の災害の経験から、大規模な予防接種運動
を展開する必要はないといえる。
これも近年の経験から言えることだが、住民、国の諸資源および国際援助をすみやかに動員す
ることで、重傷者を含む負傷者の迅速な手当が可能となり、その結果、保健医療セクターにおけ
る「危機」期間という観点からは災害の影響を低減することができる。そのため、復興の課題へ
の迅速かつ実効的な対処が可能となる。
4−1−2 評価手順
現地評価調査チームのほかの専門家と同様に、保健医療セクターを担当する専門家に対しても
派遣の2、3週間前には現地調査への参加を通知する必要がある。現地調査の期間は1、2週間
である。したがって、保健医療の専門家は派遣前の期間において被災国および被災地域の保健医
療に関するあらゆる情報を収集するとともに、現地で接触する個人や期間を一覧にしておくこと
が望ましい。
現地評価調査の終了時には、保健医療セクターの被害概要を一覧にした表を作成することにな
っている。表には、被災国の地方行政単位などの地域単位別(セクター共通)だけでなく、公的
セクターと民間セクター、直接被害と間接被害を区別して記入する(収集する情報の例を表Ⅱ−
4−1に示す)。
保健医療セクターの被害が主要マクロ経済指標、特に財政に与える影響を算定できるように、
マクロ経済の専門家に関連情報を提供する。ほかのセクターの専門家とも緊密に連携し、災害の
波及効果を評価することも重要である。ジェンダーの問題については、保健医療セクターの雇用
人口は大半が女性であり、女性の健康への災害影響の方が大きいことを考慮する必要がある。
評価プロセスは次の順序で行われることが少なくない。
・被災地の地理的範囲を確定し、災害の主要な直接影響を確認する。
・既存の参考文献に基づいて被災前の保健医療セクターの運営と方針を分析する。
・保健医療セクターの災害影響の政治的社会経済的な影響を分析する。
・直接的な被害・影響の現地評価に基づき現地の保健医療行政の情報を検証し、必要に応じて
修正する。
・直接被害を定量化する。
・間接被害を算定・評価する。
・マクロ経済的影響を評価する。
・雇用や女性をはじめとするほかのセクターへの影響を算定する。
84
第Ⅱ部 社会セクター
第4章 保健医療セクター
表Ⅱ−4−1 災害が保険医療セクターに与えた影響
(1,000米ドル)
項目
被害額
直接
合計
セクター
間接
公的
民間
国際収支への
*
影響
注1
インフラ
保健省
社会保障
民間
注2
設備・什器類
保健省
社会保障
民間
医薬品
保健省
社会保障
民間
不測の支出・収入
救急治療
未受取の収入
できなかった治療
費用の増加
医薬品支出の増加
疫学的監視
防疫
住民啓発
心理社会的リハビリ
合計
注1:被害を受けたインフラの名称(ある場合)と被害の程度を記入。
注2:価値の定量化が必要な設備・什器類を記入。
表Ⅱ−4−2 災害が保険医療セクターに与えた影響(地域別)
(1,000米ドル)
項目
地域別
2
1
3
合計
保健省注1
設備・什器類
医薬品
社会保障
インフラ
設備・什器類
医薬品
公的セクター小計
民間セクター
インフラ
設備・什器類
医薬品
民間セクター小計
不測の支出・収入
救急治療
未受取の収入
できなかった治療
費用の増加
医薬品支出の増加
疫学的監視
防疫
住民啓発
心理社会的リハビリ
合計
注1:被害を受けたインフラの名称(ある場合)と被害の程度のほか、設備と投入財の損失分を記入し、個別の定量化の便
宜を図る。
85
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
・検討中の戦略・計画・事業に関する情報を収集するとともに、保健医療セクターが利用でき
る(かもしれない)支援・復興資源を確保する。
・復興のための戦略・計画・事業の策定および保健医療セクターの再生を支援する。
4−1−3 必要な情報
災害が保健医療セクターに与える影響の評価にあたっては、被災前における被災地域・国の行
政・経済・社会・疫学的状況に関して得られる情報を分析することが重要である。
評価報告書には最低限のこととして、次の情報を盛り込む必要がある。
・社会人口動態的状況、対象災害の種類に関連する様々な疾病の罹病率と罹患率をはじめとす
る主要な疫学的指標
・既存の医療施設の特徴と立地
・保健医療セクターおよびその施設が有する人的資源・設備・医療用品
・保健医療セクターの管理運営(資金調達方法、財務資源など)
・各種医療機関による保健医療サービスの範囲
・往診費用、1日当たりの病室利用料、平均賃金などを含むサービス提供原価
4−1−4 情報源
情報の種類や出所によって情報源は大きく異なる。災害が保健医療セクターに与える影響や直
接間接の被害を算定するのに参考となる情報を収集するためには、あらゆる情報源に当たるべき
である。
被災前の状況に関する刊行物、関連歴史資料、データなど、入手できる情報を活用することが
重要である。ドナー、人道支援団体の関係者、国家行政の関係者、現地の専門家、住民のリーダ
ー(男女)、長老、医療関係者、教師、企業関係者など、関連事情に通じた人々の話を聞くこと
も有効である。被災者とグループ討議を行うことも、被災者の習慣や信条を理解する上で役立つ。
早期警報システム、脆弱性評価、国および地方の防災計画なども情報源となる。
いうまでもなく、主な情報源のひとつは所管省庁(保健医療セクターでは健康社会保険担当省)
で、保健医療セクターの資源や取り組みに関する統計データや予算情報を得ることができる。特
に役に立つのが、毎年ないし定期的に発行されている予算関連文書、関連機関(機関の職員や資
料についての詳細情報)、定期的な統計刊行物、医療施設に関する報告書、疫学的状況に関する
広報などである。
保健社会保障担当省の様々なサービスも、現在実施中の計画、国際援助、策定中の改革に向け
た計画および事業に関する情報源となる。保健省以外には、被災国における国際援助や国際協力
を担当する省庁も、保健医療セクターに配分される援助資源に関する有益な情報源である。
製薬業界や医薬品の規制行政を担当する省庁も、医薬品市場に関して有益な情報を有している。
人口とその社会人口動態的な特性に関する情報は、政府統計の作成を担当する国の機関に申請
できる。詳細または個別の情報が必要な場合は、地方政府機関、市町村および職業団体から入手
が可能である。
民間の機関も重要な情報源である。民間セクターのインフラや人的資源、資金についての詳細
情報のほか、様々なサービスの原価、私立病院の来院率、民間セクターの開発予測などの情報も
86
第Ⅱ部 社会セクター
第4章 保健医療セクター
有しているからである。教育訓練機関や医師会、医師以外の医療従事者の団体も様々な医療情報
や人口動態的な情報を提供する重要な情報源である。
保健医療セクターに特定の支援を提供する国際機関が発表する情報も検討すべきである。
PAHO/WHOの(定期的な)統計出版物、「Health Conditions in America(米州における保健の
現状)」報告書、ユニセフの子供の健康に関する出版物、国連人口基金(United Nations
Population Fund: UNFPA)の出版物がその例である。緊急援助に関わる国際赤十字や国際NGO
も同様に重要な情報源である。特定の改革支援プログラムに資金提供を行う国際援助機関や二国
間援助機関も、政策の現状を知る上で有益な情報を発信していることが多い。
4−2 被害の定量化
4−2−1 定義
(1)直接被害
直接被害とは、医療制度インフラや医療施設、あるいは医療設備・投入財が負う被害のことで
ある。次の各要素が最も直接被害を受けやすい。
・病院、医療センター、診療所、薬局、国の医療制度や社会保障制度が所管する農村部および
都市部の保健所
・保健事務所
・研究所および血液バンク
・農村部および都市部の私立病院、私立診療所
・医療設備、医療補助設備、医療器具、手術用器具
・保健医療セクターで使われる非医療設備・用品
・什器類や基材
・医薬品やワクチンの在庫
保健医療インフラと医療投入財・施設が被る被害の程度は、建物の種類だけでなく、その立地
や災害の原因などによっても左右される。
(2)間接被害
間接被害とは、災害の原因となった事象が発生した後の被害に関することで、保健医療セクタ
ーの経済フローに与える影響のことをいう。具体的には、通常のサービス水準の低下、被災者の
救援に必要な追加的費用(サービスや人員を緊急サービスに振り向けるための費用を含む)、イ
ンフラ被害により余剰となった人材を維持するための費用、疫学的監視の強化、医療費の増加、
所得損失、救急医療に関連する活動、医薬品その他の投入財の納入、防疫、予防接種、心のケア
などである。
間接被害は様々であるが、その主なものは以下のとおりである。
・感染症、接触伝染病の蔓延や健康被害を監視・防止する費用
・入院治療や通院治療の社会的費用と私的費用
・農村部および災害弱者向けプライマリー・ケアの強化のための費用
・公衆衛生水準の全般的な悪化に伴う被災者の厚生・生活水準の低下
87
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
・被災者の心理的トラウマに起因するフォーマルおよびインフォーマル部門の生産セクターの
全般的な停滞(この間接被害は通常、当該の生産セクターの被害評価に計上)
・被災者の治療と医療にかかる追加的費用
・保健医療セクターの建物の耐防災性強化対策により生じる追加的費用
4−3 評価方法
4−3−1 直接被害
直接被害の評価に必要な情報源のうち、最も重要なのが官民の保健医療セクター当局である。
被災地を所管する地方政府機関にも情報を申請することができる。
建設セクターの現価に関する情報は、認可を受けた業界・職業団体(技術者協会、建築家協会、
建設業協会)から入手できる。
災害の影響は、医療機関網やケアのモデル(被害の大きさによって地方レベルあるいは国レベ
ルが決定)の事業総括の一環として分析が可能なので、保健社会保障担当省は、任意の医療施設
が機能しているか、修復や再建が必要でないかどうかを判断できる実績指標を提供することがで
きる。つまり災害は、住民に十分な医療を提供できない医療施設の事業費用を引き下げる契機と
もなり得るのである。
(1)インフラの被害
保健医療インフラの直接被害の評価については、住宅および人間居住の章で説明した一般手順
を適用する。繰り返しになるが、インフラの被害は次の3つに大きく分けられる。
①構造部位の損傷:梁、ジョイスト、構造床、耐力壁、基礎など
②非構造部位の損傷:隔壁、内部設備、戸、窓、非構造屋根、床など
③土地の変形:地盤沈下、地すべりなど
保健医療の専門家は、まず被災地の保健医療インフラの一覧を作成し、各施設を事業体の種類
別に分類してから、損傷の診断に進む。住宅の場合と同様に、施設を全壊または修復不能な建物、
半壊または修復可能な建物、被害を受けていないか軽微な損傷を負った建物の3つに分類すると
よい。
つまり、損傷または損壊した病院、医療センターなどの保健医療インフラについて確度の高い
情報を収集した後、再建や修復の1㎡当たりの単価に関する最新情報をそれぞれのケースごとに
入手する。
次に、各施設について、その立地、タイプ、主な建築材料、再建、総取り替え、修復の単価を
それぞれのケースごとに確認する。修復の原価見積もりは、修復や一部再建の必要を判断する損
害鑑定人が算定した総取り替えの原価に対する割合(%)で表示する(表Ⅱ−4−3)。
医療機関網への影響を評価するには、保健医療施設を①地域、②医療のレベル、③病床数、④
公立・私立の別、の4点を基準に分類する。評価では、各分類について被災後の状況を記述する。
また、この評価の一環として、被害インフラが全体に占める割合も推定する(表Ⅱ−4−4参照)。
88
第Ⅱ部 社会セクター
第4章 保健医療セクター
(2)什器・設備
什器・設備の被害は、インフラで用いた3つの分類、すなわち、①修復不能(交換が必要)、
②修復可能、③軽微な損傷、に基づいて評価することができる。
医療設備や什器・備品の修復原価や取替原価を算定するには、各病床の価値に係数を掛け合わ
せてその病床に関係する什器・備品の価値を求める方法と、現行の価格表ないしこの評価のため
に作成した価格表に基づいて算定する方法があり、施設のレベルによっていずれかを選択する。
ただし専門設備の場合は、現行の取替原価を求めるともに、それが輸入しないと入手できない
ものかどうか確認する。
評価においては、非医療設備の損傷も計上しなければならない。ここでは、空気および水の品
質管理システムから人事管理まで、保健医療セクターの運営に必要なあらゆる非医療設備を指し
ている。例えば、空調設備、暖房設備、ワクチン貯蔵用冷蔵庫、事務機器、空気清浄機、水こし
器などが含まれる。
インフラおよび設備の被害について、被害の程度と関連原価などをまとめた表を作成する(表
Ⅱ−4−3、表Ⅱ−4−4参照)。
表Ⅱ−4−3 インフラ施設の直接被害
単位
取り替え
平均原価
(1㎡当たり)
単位
修復
平均原価
(1㎡当たり)
単位
軽微な損傷
平均原価
(1㎡当たり)
病院
診療所
保健所
薬局
研究所
医療設備
非医療設備
什器類
その他
合計
表Ⅱ−4−4 被害インフラの割合
単位
取り替え
全体に占める割合
(%)
単位
病院
診療所
保健所
薬局
研究所
合計
89
修復
全体に占める割合
(%)
単位
軽微な損傷
全体に占める割合
(%)
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
4−3−2 間接被害
(1)解体・撤去清掃費用
解体、瓦礫撤去および地盤改良のための費用は間接被害と見なす。この間接費用の評価は、保
健医療行政側との緊密な連携を保ちつつ実施する。解体費用は建築材料の種類によって大きく異
なる。この点については技術者や建築家の意見を求める。瓦礫撤去の費用は、撤去する瓦礫の量
と撤去および廃棄物処理場までの輸送にかかる単位費用から算定する。
(2)防災
防災対策を実施して、保健医療インフラへの災害影響を抑止・軽減させることも必要である。
このような防災対策の費用や施設をより安全な場所へ移転させる費用は間接被害とされる。
防災対策による災害の被害軽減は、災害が頻発する地域においては費用対効果が高い。適切な
防災対策にかかる単位費用は、災害による損失抑止において何倍もの効果を上げる。防災対策に
は様々な実施方法があり、費用も様々である。最も簡単で費用もかからないのはソフト面の防災
対策であるが、他方、ハード面の防災対策は複雑で費用もかかる。
病院について、総合的な防災計画を段階的に実施すれば、資金調達にも時間の余裕ができ、調
達の実現可能性も高まる。過去10年間にわたる病院の防災対策工事の経験と、建築基準に関する
最近の知見は、防災対策費用を算定する上で大きな根拠となる。
(3)被災者の治療費用
医学的な観点からは、負傷者をその負傷の程度とリハビリの可能性によって分類することは非
常に重要である。比較的多くの被災者を出す災害においては、すべての被災者を一度に手当する
ことは不可能である。そのような場合、医師やそのほかの医療従事者は、人命救助活動の時にト
リアージで被災者の選別をする必要がある。トリアージは、医療資源を最大限に活用する上で不
可欠である。なぜなら、負傷の程度を判断して被災者の選別を行うことは、重傷者と軽傷者の治
療やリハビリに必要な費用の推定にも有効だからである。
保健医療の専門家が直面するシナリオは2つある。第一のシナリオとは、一次被災者が少なく、
地理的にも比較的まとまっており、孤立地域や遠隔地においても通常の救援治療体制で大きな遅
滞なくすべてのケースに対処できる場合である。この場合、情報はおおむね1カ所に集約されて
おり、保健医療の専門家が被災者の診察、入院費、長期治療、医薬品・鎮静剤需要の増加、医師
そのほかの医療従事者の残業、被災者の搬送や長期入院の被災者の一時帰宅などに必要な費用な
どを含めた追加費用を問題なく算定することが可能である。第二のシナリオとは、一次被災者の
数が、被災地内外のプライマリー・ケア機関や病院の対応能力を超えている場合である。この場
合、医師による手当ての費用を算定することは困難であることから、次の基準に従うことが慣例
的に認められている。すなわち、国や民間の健康保険に加入していない負傷者についていたずら
に推測せず、病院側が負担した総費用は、一次被災者に施した治療に基づいて算定するという基
準である。つまり、追加費用は、人命救助および孤立地域や遠隔地からの外傷性の被災者に対す
る医療手当てとその後の治療について病院側が負担した費用の総額とするのである。この算定の
正確性は基本的に、被災者の選別の妥当性・確度や十分な情報が得られたかどうかによって決ま
る。
健康保健の加入者の数が信頼できるものであれば、費用の算定にそれほど困難はない。そうで
90
第Ⅱ部 社会セクター
第4章 保健医療セクター
なければ、次の事項について費用の増分を基準にして算定する。①受付エリアおよび治療エリア
の拡大、②受付エリア、治療エリアおよび入院エリアに患者がとどまる時間、③入院患者の治療
とリハビリ、④通院患者(人員不足でやむを得ない場合)の治療とリハビリ、⑤医師、そのほか
の医療従事者および補助要員、⑥新規および以前からの患者の避難、⑦交通輸送費、⑧早期退院
を余儀なくされた患者の治療、⑨巡回診療車、⑩巡回診療。
上記の費用要素は、公立または私立病院の一次被災者の受入担当部署の都合により組み合わせ
を変えることができる。治療費を請求する病院がある場合、その分病院が受ける利益は、上記の
手順により差し引く。なお、被災者の記録の監視と登録は保健省などの政府機関が一括して行う
ことが多い。
(4)公衆衛生と疫学的介入の費用
この節では、災害が公衆衛生に与える悪影響を回避・抑制するのに必要な公衆衛生介入につい
て検討する。
災害発生後の保健医療対策は対症療法的な性格が強い。その主な目的は、水質の管理、流行病
発生の防止とともに、災害影響が潜在的疾病の流行の契機とならないようにすることである。流
行病の発生については、費用の算定を行う前に災害を唯一の原因として発生した流行病を特定し
なければならない。
次のような介入は迅速に実施されるが、一般には保健省が調整を行う。保健省がこれらの介入
に関するあるゆる情報(資源、運営、資金提供約束額、外国援助の性質と量など)を提供するよ
うに要請することが重要である。介入を実施する場合は、その費用を明らかにしなければならな
い。
1)水
このカテゴリーには、次の事項に関する簡単な手引きを住民に配布する費用も含まれる。①
使用前に水質を検査する必要性、②滅菌水としての利用、③破損した容器や不衛生あるいはふ
たのない容器に水を保存することの危険性、④井戸、泉などの原水や飲料水の水源が人間や動
物の排泄物、ごみ、工業排水や生活系排水と接触しないように保つことの重要性。
水質の監視も実施する(この費用はインフラに関する部の水供給と衛生などに関する章節に
特定し算定する)。水質監視のプロセスには、水質の分析(残留塩素や細菌)、滅菌化の監視、
貯水槽を中継して配水する水質の監視などが含まれることもある。公衆衛生行政は、水源を利
用できない避難所や被災者に対して、その人数に十分な水を蓄えておくことのできる適切で破
損していない貯水槽を確保する責任がある。
避難所に専用の貯水槽がない場合、貯水機能のある設備(PVC、ガラスファイバー、あるい
は石綿セメント製のタンクなど)を提供する。被災者や避難所に滅菌用錠剤を配布してもよい。
死体や土に全部または一部が埋められた動物の死骸の撤去に必要な費用も計上する。
2)衛生管理
これには、食品の扱いや家庭衛生に関する公衆衛生啓発活動、一次被災者をはじめとする被
災者用の居住区域や一時避難所の診療も含まれる。考えられる活動としては啓発活動、被災者
グループとの対話、避難所訪問などがある。火山噴火の後に呼吸器系疾患を防止するための火
91
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
山灰フィルターマスクなど、防災用品の全面的あるいは選択的な配布も考えられる。
3)媒介動物対策
これには、媒介動物の細胞増殖巣の破壊・監視、あるいは媒介動物そのものの駆除の費用が
含まれる。防鼠剤や殺虫剤の局部的な散布、家庭給水の保護、人為的な水たまりの破壊、必要
に応じた症例の発見と治療および予防などが該当する。人と媒介動物の接触を減らすための保
健教育や駆除剤・仕切りの配布もこの項目に含めるべきである。
4)予防接種運動
場合によっては、集団予防接種(腸チフス、コレラ)、一部を対象にした予防接種(子供と
はしかなど)が必要であり、その費用は災害の間接被害として扱うべきである。同時に、普段
から実施されている国の予防接種プログラムが中断しないようにする必要がある。そのために
は、次の措置が有効である。①国の予防接種プログラムで通常行われている予防接種を即座に
再開する。②被災地のワクチンを確実に保存するためにコールドボックス(RCW42)の一時
的な使用を提案するとともに、氷が入手できる場合は免疫生物の活用の可能性を検討する。③
十分なバッテリーがある場合は、ワクチンの保存や製氷用の太陽光発電式の冷蔵庫を活用する。
④コールドチェーン(冷蔵庫、魔法瓶、温度計などの購入)の復旧を開始する。
5)疫学的監視
災害発生後の疫学的監視には4つの基本段階がある。①現場の症例に関する噂や報告の調査、
②研究所に対して最終的な診断と疫学的調査を依頼、③政策決定者に疫学的情報を提供、④復
旧期前後において疫学的監視を徹底。次の項目について原価を算定する。医療施設および地域
における疫学的監視(現地調査、データ処理および実験室分析を含む)、最初の症例の検疫・
隔離・治療、避難所の被災者に対する疫学的監視。
6)食の安全
保健医療セクターは、必要に応じて情報提供や指導を行うことにより、被災後の食の安全に
関するセクター横断的な政策の策定に貢献できる。保健医療セクターには、人道的援助により
提供された食糧の衛生状態を維持する責任もある。被災者の栄養状態を(調査などによって)
監視する必要もある。食糧不足がタンパク質やビタミンC、ビタミンA、鉄分など微量栄養素
の不足による栄養不良を引き起こすからである。以上の取り組みはすべて費用算定に含めるべ
きである。
主な情報源は国家緊急事態委員会(COEN)や保健省となる。原則的に、関連の疫学情報はす
べて含まれるものとする。
保健医療の専門家は、関連情報はすでに何らかの形で分類されていることに気づくだろう。い
ずれにせよ、手持ちの情報の妥当性や確度を検証したり、めいめいの費用算定を行ったりするこ
とは有益である。
保健医療の専門家は、特に次の項目に注意すべきである。
・人件費:被災後の状況に対処するために必要な追加人員と残業の費用をこの項目として計上
する。医療制度が雇用し、災害関連の公衆衛生介入、水質管理、疫学的監視、予防接種運動、
92
第Ⅱ部 社会セクター
第4章 保健医療セクター
研究所、環境衛生、媒介動物対策などに配属された追加人員に特に注目すべきである。保健
医療関連の対策や疫学的監視のため編成した特別チームの費用も計上する。そのほかに計上
する費用としては、災害関連の公衆衛生対策の実施に向けた研修や指導の費用が挙げられる。
・消耗財と設備の費用:災害の影響を抑制するための設備、医薬品、ワクチン、予防薬(伝染
病の場合は治療薬)の購入・保存・配布の費用も計上する。予防接種運動の後方支援費用、
あるいは災害対応の一環としての防疫や衛生管理対策のために調達した設備の費用も計上す
る。輸入医薬品は別途計上する。
・広報費用:集団啓発運動、被災者を対象にした教育プログラム、災害弱者との討論など、公
衆衛生情報を発信する費用を算定する。
二重計算を回避するため、被災者の治療に必要な人員、消耗財、設備の費用と、上記の公衆衛
生対策に計上される費用を区別することが重要である。前者は間接被害の最初の見出し項目(被
災者の治療費用)として計上し、後者はこの項目として評価し計上する。
保健医療の専門家がまずすべきことは、衛生や疫学的監視の運営に関連した費用を特定するこ
とである。第二に、難易度は増すが、どの災害関連影響が後遺症と位置付けるかを決定する。こ
の区別は、伝染病の発生または細胞増殖巣のリスク(存在)を確定するためのデータの収集と解
釈など、疫学的監視の活動について特に考慮すべきである。災害は伝染病を「生み出す」のでは
なく、単に環境条件を変容させるために潜在的疾病を発生させるといわれている。罹患率の増加
が確認されたら、その増加が災害に起因するものか一定の確度をもって判断する唯一の方法は、
疫学的な記録と保健医療組織の記録に当たることである。
そのほかの情報源としては、独自の情報システムを有することもある国際機関が運営するセク
タープログラムである。保健医療の専門家は、次のような情報源を参考にできる。
・プロジェクトのプレゼンテーション文書
・メディアの報道
・保健医療関係者の聞き取り調査
(5)災害弱者に対する優先的な医療を提供することによる費用の増加
脆弱性の原因は様々で複雑であるが、経験上言えることは、最大の原因は貧困であり、特にシ
ングルマザー、5歳未満の乳幼児および高齢者の場合がそうである。同様に、災害が発生すると
妊娠中の女性や栄養不良の人々が、感染症、接触伝染病をはじめとするリスクに最も晒される集
団を形成している。そのほかに影響を受けやすいのが未成年者や障害をもった人である。したが
って、災害が発生した後にこれらの集団を保護するためには、具体的な保健医療介入を実施する
必要がある。農村部の世帯や農民の土地が洪水や長引く旱魃により甚大な被害を受けるなど、特
に災害被害の大きい上記以外の集団を対象にした保健医療の取り組みがなされることも多い。こ
のような災害弱者集団のための特別介入による費用の増加は、間接被害として算定し、計上すべ
きである。
(6)間接被害としての保健医療サービス運営費用
公立や私立の病院、プライマリー・ケアおよびほかの保健医療インフラが損壊または麻痺し、
医師やそのほかの医療従事者が災害によって死亡や負傷すると、国および民間の医療制度の営業
費用は増加する。これを説明すると次のようになる。
93
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
所得が見通しを下回ること。適格な人材が不足したり、保健医療インフラが使用不可になった
りすると、国の公的医療機関や民間の診療所や病院の有料診療による収入が減少する。保健医療
の専門家は、外来診療や病棟診療による将来期待所得の減少分について、被災前の当該数値を参
考にして算定する。
当該病院の企画部が災害前に確認していた収入と費用指数を用いれば簡単に算定できる。対象
疾病について量と総体原価を記録する病院情報システムがあれば、より正確な算定が可能である。
1)提供されなかった医療
公的医療機関の無料または補助付きの医療が提供されなかったことによる損害を算定するこ
とも必要である。これを簡単に算定するには2つの方法がある。実施されなかった外来診療、
手術および病棟診療の数について、規定の料金に基づき算定・評価する方法である。この情報
が入手できない場合(または、インフラが相当の損壊または損傷している場合)、医師、その
ほかの医療従事者および補助要員の医療が提供できない期間の所得である「放棄所得」を用い
た方がよい。この医療関係者の3つのカテゴリーの平均個人給与に、勤務しなかったシフトの
数と各カテゴリーの欠勤数を掛け合わせて算定する。
この項目の評価においては、特定の医療施設において全面的または一部の医療が停止したこと
による費用の減少、医療停止に伴う投入財購入の減少とその医療施設の営業に必要な公共料金の
支払い額の低下なども考慮する。
2)医療サービス提供による追加費用
この項目は災害状況下でも公立および民間の医療機関が継続して医療を提供することにより
生じるあらゆる追加費用を網羅している。ただし、①災害の直接的な被害者に提供する医療、
②上記の公的医療機関、を除く。災害に起因する医療原価の増加、交代要員の人件費(上の段
落で説明した方法で算定)、外来診療の移転、インフラの補強、交通輸送、広報費、医薬品や
医療器具の輸入などがこの項目に含まれる。災害の影響を回避するための資源の使用は、当初
の目的に使用できなくなったのであるから費用となることに留意することが肝要である。その
資源の算定については、災害関連の需要を満たすために資源が使われたために減少した便益を
基準にするか、あるいは提供した医療サービスの再取得価格を基準にする。
医療機関の営業費用の増分を算定するにあたっては、将来期待サービスすべてを計上しなけれ
ばならない。それがすでに提供されているかいないかにかかわらず、受益者にとっては純損失で
あるからである。
3)支援事業の中断
国の医療機関は、なんらかの社会支援事業(牛乳の配給、家族扶助事業、医療費の先行給付
など)を行っている。災害が発生するとこれらの事業が中断されることが多い。ただし、多く
の社会支援事業ではその中断期間が短いので、事業の受益者が重大な影響を受けることは少な
い。したがって、保健医療の専門家は自らの判断でそれによる追加費用の算定を行えばよい。
受益者が支援事業を中断した年に純損失を被った場合、その損失の費用は、事業が中断すると
予想される年の分として計上する。事業給付の前倒しによって生じるであろう追加費用につい
94
第Ⅱ部 社会セクター
第4章 保健医療セクター
ても同様にする。
(7)罹病率の増加による公的および民間追加費用
罹病率の増加は疫学的監視の担当者や保健医療の専門家が確認するが、この増加が災害に起因
する要因によって引き起こされる場合、被災者だけでなく、国および民間の医療制度にとっても
追加費用が発生する。この被害の簡易評価を行う保健医療の専門家は、情報不足に悩まされるか
もしれない。そのような場合、最も簡単な方法は、発生する公的および民間の(全体的な)追加
費用を記録し、症例の数の推定値を用いて(罹病率の増加による)追加費用を算定する。症例が
広範囲に及ぶときは、まず災害に起因する費用の2つのカテゴリーを確認する。
・最初の症例に対する措置(検疫、隔離など)
・追加医療サービスの提供により保健医療セクターに生じる追加費用
上記のいずれかまたは両方が費用を発生させる場合、保健医療の専門家は、罹病率の上昇に起
因する追加費用とほかの要因に起因する追加費用に分ける。そうすることにより追加費用の二重
計算を避け、罹病率の上昇に起因する追加費用のみを算定する。
災害に起因する罹病率の増加により、個人の経費が増え、生産性が低下し、医療費や入院費が
発生する。保健医療の専門家はマクロ経済の専門家と連携して、これらの損失を算定し、組織が
負担する費用として計上する。この罹病率の増加に起因する生産性の損失を算定する方法は2つ
ある。1つは、当該期間の1人当たりの平均生産性を比例配分と外挿により求め、これをGDPか
ら差し引く。この方法は比較を行いやすいが、活動は社会の1カ所だけに関わるわけではない点
と、疾病は住民の間で均一に発生するわけではない点をこの方法は見落としている。2つめの方
法は、罹病者の生産活動にできるだけ焦点を当てるものである。異なる所得水準の集団を決め、
労働できなかった日数を算定することで生産損失を割り出す。ただし、この費用には、罹病者の
生活の質やその周囲に与える「無形の影響」が含まれていない。
ここで難しいのは、勤労意欲や心理的な苦痛に与える影響の費用を金銭に換算することである。
罹病率の増加による追加費用を算定するためには、罹病者1人当たりの平均費用を算定する。医
療費や医薬品費であれば、既存の料金表を参照するか、罹病者サンプルのあらゆる疾病関連費用
を考慮することで算定できる。これらの数字(生産損失、医療費、および医薬品費)を災害が原
因で罹患したとされる人口集団に当てはめる。治療費が罹病者の年齢との間に相当程度の相関が
ある場合、特定の年齢層を分離することにより、これを考慮する。
95
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
4−4 マクロ経済的影響
保健医療およびマクロ経済の専門家は連携して保健医療セクターに起因するマクロ経済的影響
を算定する。
(1)開発成長率への寄与度の低下
損失はまず、保健医療セクターの国内総生産(GDP)への寄与度という点から評価する。保健
医療は、様々な雇用を生むとともに、知識への投資(科学的研究)、人的資本への投資(教育訓
練)、ハードへの投資(建造物や設備機器)など様々な波及効果があるサービス・セクターであ
る。
保健医療セクターがGDPに占める割合の減少を求めるには国民経済計算を利用する。民間セク
ターの場合、この減少は、工業や商業セクターの企業指標を用いて評価する。公的セクターにつ
いては、平均生産高を算出してから、それを活動低迷期の推定期間に当てはめる。
(2)雇用への影響
保健医療インフラへの影響は、同セクターの失業率を増加させる可能性がある。ほとんどの場
合、給与が途絶えることはないが、対象期間に発生した失業者の実数を算定する必要がある。
(3)対外部門への影響
災害影響は、復興に必要な原材料や設備に関する限り、輸入や輸出に影響を与え得る。
・国によっては、保健医療インフラの建設や修復が、国内生産されていない材料や設備の輸出
につながる。この場合、保健医療の専門家が中央の保健医療行政側と緊密に連携し、輸入す
る生産物や材料の量とその費用を確認し、輸入のうち復興に向けられる割合を算定すること
が重要である。
・損傷・損壊した建造物や設備について、国内保険会社の保険がかけられており、その保険会
社が外国の保険会社に再保険を付している場合、外貨の流入が発生する。保健医療の専門家
は国内の保険会社に問い合わせて必要な情報を入手する。
(4)財政への影響
保健医療の専門家は、緊急対応や復旧復興の需要に対応するのに必要な予算配分の増分を算定
する。緊急対応期の支出額を復旧復興事業の予算配分予想額に加えてこれを算定する。
さらに、政府は歳入の減少を経験するかもしれない。民間の医療機関が提供する医療サービス
が減少するとその分の税収が減るからである。この減少分を算出する際には、通常の税率を考慮
する。
(5)価格やインフレへの影響
災害影響が大きいと、保健医療だけでなく、あらゆるセクターの復興需要が建築材料や設備の
不足を招き、価格が上昇する。保健医療の専門家はあらゆる情報源を探り、被災前と直後の一般
価格に関する情報を入手し、価格の上昇を顧慮したり、価格変動を予測したりする。そのために
は、住宅および人間居住の専門家と緊密な連携を行う。
96
第Ⅱ部 社会セクター
第4章 保健医療セクター
(6)女性に特徴的な影響
ほかのセクターと同様、災害影響は男性と女性とでは異なる。保健医療セクターでは、教育・
文化セクターでも同様だが、雇用人口は女性の割合の方が大きいため、失業率の上昇や所得の減
少は、影響を受けやすい集団として女性を直撃する。さらに、保健医療セクターの労働者に残業
が求められると、残業代で相殺できないほど女性への負担は増大する。なぜなら、家に帰っても
再生産労働をしなければならないからである。
このような女性に特徴的な災害影響を算定するには、保健医療の専門家が評価チーム内の雇用
やジェンダーの専門家と緊密に連携して、この損害を正確に算定するとともに二重計算にならな
いように注意する。
前章と同様、近年発生した災害から得られた数字を用いて上で説明した方法を適用した事例を
付録Ⅵに示す。
97
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅵ 1999年にベネズエラで発生した土砂災害による保健医療セクターの被害の算定
付録Ⅵ 1999年にベネズエラで発生した土砂災害による
保健医療セクターの被害の算定20
1999年12月、カリブ海に気圧の谷が20日近くも停滞し、ベネズエラの北海岸沿いで集中豪雨が
発生した。その結果発生した土砂災害や洪水は住民、都市インフラ、ライフライン、防災施設に
甚大な被害を及ぼしただけなく、環境にも極めて大きな禍根を残した。最も被害が大きかったの
はバルガス、ミランダ、ファルコンの各州である。
1. 保健医療セクター
保健医療セクターは、物的インフラ、施設へのアクセスおよび人員体制が被害を受けたため、
この大災害が発生した後の尋常でない需要に十分対処することができなかった。これらの地域は
被災前から停滞しており、不平等が広がっていた。
最も被害が大きかった地域(特にバルガス)において、病院や診療所の施設は様々な被害を受
け、非常事態が進展する中、一部の施設は使えなくなり、診療が行える医療施設でも、周辺道路
が流されたため孤立した。什器類、設備、消耗財、医薬品が失われ(一部では略奪も発生)、職
員も犠牲となり、職員の3分の1が被災者(バルガス)となった上、ほかの職員もカラカス−
ラ・グアイラ間の幹線道路を含めた主要道路が劣悪な状況になったため、出勤もままならない状
態であった21。
緊急対応期には医療チームが海外から派遣された。キューバからは400人を超える医師、救急
医療士、看護師が現地入りし、被害が最も甚大な地域で活動を行った。設備や医薬品なども海外
から届けられ、当面の不足分の多くは解消された。
緊急対応期(救助、緊急医療、死亡者の捜索22、犠牲者の一時避難所への移動)が過ぎると、
環境監視や疫学的監視が強化され、リスク要因の抑制が図られた。バルガスでは住民参加の一環
として、保健隊が組織され、有害廃棄物の取り扱い、食事の用意と食品の保存、浄水および防疫
の訓練を受けた。
緊急対応期におけるそのほかの優先課題としては、被害を受けた医療施設の修復であった。
2000年初頭、ベネズエラには182の病院、外来診療所が都市部に707、農村部に3,541存在した23。
被害の大半はバルガス、ミランダ、ファルコン、ヤラクイおよび連邦保護領に集中し、これらの
地域には合計で31の病院と687の外来診療所が存在したが、9の病院(29%)、251の外来診療所
が、軽微な損壊から全壊まで含めて被害を受けた。被害の程度は全国の割合から考えるとそれほ
ど深刻ではないように思えるが、被災地では大きな被害であり、36万人の被災者が医療面で影響
を受けている(表A6−1参照)。
20
21
22
23
ECLAC(2000)Los efectos socioeconomicos de las inundaciones y deslizamientos en Venezuela en 1999, Mexico City,
February 2000.
銀行も機能が停止したため、多くの医療関係者は給料日に自分の給与を引き出せなかった。
犠牲者の死体の捜索は司法長官室が担当した。
Censo de Establecimientos de Salud de las Direcciones Generales Regionales de Salud, 1998参照。
99
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第一巻 方法論と概念・社会セクター
表A6−1 ベネズエラ:被害甚大地域における被災医療施設
病院
被災
合計
9
31
合計
5
5
バルガス
6
1
連邦保護領
12
1
ミランダ
3
ファルコン
1
5
ヤラクイ
1
出所:厚生社会開発省およびPAHO/WHO
州
%
29.0
100.0
16.7
8.3
33.3
20.0
合計
687
36
76
178
308
89
外来診療所
被災
251
26
―
107
97
21
%
36.5
72.2
―
60.1
31.5
23.6
バルガスの医療施設の大半が大小様々な被害を受けた。甚大な被害を受けたのは5つの外来診
療所と2つの病院である24。Macuto産科病院(Hospital Materno Infantil de Macuto)はすべて
が土砂に囲まれ、病床120とほかの設備も破壊されたが、建物自体は無事であった。
州立の精神病院も同様に被災した。ベネズエラの社会保障機関のバルガス病院は、災害時には
一般に開かれていなかったが、すみやかに清掃を行い、ほかの孤立した医療施設からの患者の対
応に当たった。
PariataとLa Sabanaの各病院は、通常の機能の70%、Naiguata病院は40%であった。外来診療
所が最も被害が大きかった。Catia la MarにあるタイプⅢの診療所「Dr. Alfredo Machado」は人
口密度の高い区の主要医療機関であったが、完全に土砂で覆われてしまい、隣の教会を借りてあ
る程度の医療を行った。バルガスだけで6つの外来診療所が全壊した。
連邦保護領のガン病院では、非常に高価な医療機器が大きな被害に遭ったが、清掃作業と上下
水道や道路の普及の後、一部のよく知られた例外を除き、多くの施設が回復した。
医療施設の建物の直接被害は1800万米ドルと推定され、このほかにも設備・什器類の損害が
1100万米ドルであった。したがって直接被害は合計で2900万米ドルである。被災施設の再建では
最新の建築材料や設備が使われ、その費用は約5500万米ドルと算定された。
表A6−2 ベネズエラ:保険医療セクターの被害注1
(100万米ドル)
注1
外国からの割合
再建費用
直接被害
合計
項目
間接被害
4.2
55.2
29.0
61.0
合計
32.0
2.3
32.4
18.0
18.0
医療インフラの全壊・半壊
2.0
23.1
11.0
11.0
設備・什器類の損失
12.0
病棟診療と外来診療の割り当ての増加注2
12.0
衛生、予防接種および疫学的予防に
8.0
8.0
よる追加的費用注2
1.0
外傷性の被災者の救出と手当て
1.0
8.0
医療・食料援助と心のケア注2
8.0
3.0
医療機関の機能低下に起因する費用
3.0
注1:公的医療機関ならびに営利および非営利の民間医療施設に関連する推定費用も含む。
注2:外国からの資金・財による援助を含む。
出所:ECLAC、厚生社会開発省およびPAHOのデータにより作成。
24
バルガス州には3つの専門病院(Hospital de Ninos Excepcionales、Hospital Dermatologico “Martin Vegas”、
the Hospital Materno Infantil de Macuto)
、2つのタイプⅢ病院、19の都市外来診療所(タイプⅢが5、タイ
プⅡが1、タイプⅠが13)、17の農村外来診療所(すべてタイプⅠ)がある。
100
第Ⅱ部 社会セクター
付録Ⅵ 1999年にベネズエラで発生した土砂災害による保健医療セクターの被害の算定
さらに注目されるのが、保健医療セクターが(国際社会、市民社会および地域社会からの援助
を受けつつ)行った推定総額3200万米ドルの支出である。この緊急対応資金は主に、負傷者や避
難民を対象とした特別なケアと衛生予防、予防接種運動に使われた。したがって、保健医療セク
ターが被った直接間接の被害は合計で6100万米ドルとなる。
101
災
害
時
の
社
会
・
経
済
・
環
境
被
害
の
影
響
の
評
価
ハ
ン
ド
ブ
ッ
ク
︵
全
4
巻
︶
第
二
巻
イ
ン
フ
ラ
災害時の社会・経済・環境被害の
影響の評価ハンドブック
(全4巻)
第二巻 インフラ
世銀・ECLAC作成の“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”(2003)翻訳版
平
成
19
年
3
月
独
立
行
政
法
人
国
際
協
力
機
構
国
際
協
力
総
合
研
修
所
ISBN4-0903645-21-5
平成19年3月
総研
独立行政法人 国際協力機構
国際協力総合研修所
JR
06-42
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
(全4巻)
第二巻 インフラ
世銀・ECLAC作成の“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”(2003)翻訳版
2007年 3 月
JICA
独立行政法人国際協力機構
国 際 協 力 総 合 研 修 所
本書の内容は、国際協力機構が、“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”英語版(2003年。国際連合ラテンアメリカ・カリブ海経
済委員会(ECLAC)と世界銀行に著作権が存在する)を、ECLACと世界銀行の許可を得て
(「当翻訳と原著作について」に詳細参照)、日本語に翻訳してとりまとめたもので、必ずしも
国際協力機構の統一的な公式見解ではありません。
本書及び他の国際協力機構の調査研究報告書は、
当機構ホームページにて公開しております。
URL: http://www.jica.go.jp/
なお、本書に記載されている内容は、国際協力機構の許可無く転載できません。
※国際協力事業団は2003年10月から独立行政法人国際協力機構となりました。2003年10月以
前に発行されている報告書の発行元は国際協力事業団としています。
発行:独立行政法人国際協力機構 国際協力総合研修所 調査研究グループ
〒162‐8433
東京都新宿区市谷本村町10‐5
FAX:03‐3269‐2185
E-mail: [email protected]
序 文
犠牲者23万人を出したインド洋大津波、7万人強のパキスタン地震、6千人弱のジャワ島中部
地震など、近年、世界各地において大災害が頻発しています。被災地では復旧・復興に対して多
方面にわたる国際社会からの支援が行われています。インフラ施設が破壊され、家族や家、生計
手段を失い、更なるダウンサイズリスクにさらされている被災者に対して、独立行政法人国際協
力機構(Japan International Cooperation Agency: JICA)としても「人間の安全保障」の観点か
ら積極的な支援を行ってきております。
復旧・復興支援を効率的・効果的に行うためには、災害発生直後に社会・経済・環境に与えた
被害状況、および復興・復旧へのニーズを的確かつ迅速に評価することが、まず求められます。
被害やニーズ評価の指針となる資料が、2003年に国際連合ラテンアメリカ・カリブ海経済委員会
(Economic Commission for Latin America and the Caribbean: ECLAC)および世界銀行によっ
て出版されました。これが、“Handbook for estimating the socio-economic and environmental
effects of disasters”です。このハンドブックでは、インフラ・社会公共施設のみならず、被災
者の暮らしの再建に欠かせない生計復旧などの多様なニーズもカバーしています。また、復旧・
復興支援に欠かせない、女性などの災害弱者についての配慮も述べられております。
このたび、このハンドブックを翻訳して「災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンド
ブック」(全4巻)として一般に公開することとなりました。本書は開発途上国における復旧・
復興支援の基礎となる被災状況の評価や復旧・復興に向けてのニーズ調査に役立つものです。普
段からの備えとして人材育成研修などにも利用可能です。
本書が多くの日本の関係者に活用され、効果的・効率的な被災地域への復旧・復興支援援活動
に役立てていただければ幸いです。
最後に、翻訳作業に協力していただいたた石渡幹夫JICA国際協力専門員、および翻訳を承諾し
ていただいたECLAC・世銀関係者に、この場を借りてあらためて、心より感謝を申し上げます。
2007年3月
独立行政法人 国際協力機構
国際協力総合研修所 所長
田口 徹
当翻訳と原著作について
本書は原著作の英語版(原著はスペイン語版)を、その著作権を有する国際連合ラテンアメリ
カ・カリブ海経済委員会(Economic Commission for Latin America and the Caribbean:
ECLAC)と世界銀行(World Bank)の両機関の許可を得て、独立行政法人国際協力機構
(Japan International Cooperation Agency: JICA)が日本語に翻訳したものである。JICAの責任
において原著の内容を変更しないように翻訳した。
本書に記載されている関係者の見解は、あらかじめ何らかの公式な断り書きがない限り、国
連・世銀の見解とは必ずしも見なさない。
“The views expressed in this document, which has been reproduced without formal editing,
are those of the authors and do not necessarily reflect the views of the United Nations or the
World Bank.”
本書は、ECLACおよび世界銀行の加盟国においては、研究・教育・学究を目的とする限りに
おいて複製が認められる。本書の内容は改訂を含めて変更されることがある。本書で表明されて
いる見解や解釈は個々の著者および教官のものであり、ECLACや世界銀行に帰することはない。
“This material may be copied for research, education or scholarly purposes in member
countries of the institutions. All materials are subject to revision. The views and
interpretations in this document are those of the individual author(s) and trainers, and should
not be attributed to either institution.”
英語版刊行者:国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)2003年
Economic Commission for Latin America and the Caribbean (ECLAC) 2003.
英語版書籍名:災害の社会経済環境影響評価ハンドブック
Handbook for estimating the socio-economic and environmental effects of disasters
LC/MEX/G.5
LC/L.1874
英語版著作権有者:^国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)および国際復興開
発銀行(世界銀行)2003年
Copyright @ United Nations, Economic Commission for Latin America and the Caribbean
(ECLAC) and International Bank of the Reconstruction and Development (The World Bank)
(2003).
目 次
(全4巻)
序文(日本語翻訳版)
当翻訳と原著作について
第一巻 方法論と概念・社会セクター
はじめに
第Ⅰ部 方法論および概念
第1章 災害の種類と被災後の諸段階
第2章 方法論に関する一般的考察
第3章 被害と影響の分類と定義
第Ⅱ部 社会セクター
第1章 被災者
第2章 住宅および人間居住
第3章 教育・文化
第4章 保健医療セクター
第二巻 インフラ
はじめに
第Ⅲ部 インフラ
第1章 エネルギー
第2章 水供給と衛生
第3章 運輸・通信
第三巻 経済セクター
はじめに
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業
第2章 通商産業
第3章 観光業
i
第四巻 災害の総合的な影響
はじめに
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
第2章 災害が女性に与える影響
第3章 被害のまとめ
第4章 災害のマクロ経済的影響
第5章 雇用と所得
ii
目 次
序文
当翻訳と原著作について
はじめに …………………………………………………………………………………………………… v
第Ⅲ部 インフラ
第1章 エネルギー ……………………………………………………………………………………… 3
1−1 はじめに ……………………………………………………………………………………… 3
1−2 電力セクター ………………………………………………………………………………… 4
1−2−1 直接被害 …………………………………………………………………………… 4
1−2−2 間接被害 …………………………………………………………………………… 6
1−2−3 輸入分と費用の内訳 ……………………………………………………………… 7
1−3 石油セクター ………………………………………………………………………………… 8
1−3−1 直接被害 …………………………………………………………………………… 8
1−3−2 間接被害 …………………………………………………………………………… 9
1−3−3 被害の内訳 ……………………………………………………………………… 10
1−3−4 雇用や女性への影響 …………………………………………………………… 10
1−3−5 環境への影響 …………………………………………………………………… 10
付録Ⅶ 1987年3月に発生したエクアドル地震によりエネルギー・セクターが受けた被害 … 13
第2章 水供給と衛生 ………………………………………………………………………………… 15
2−1 はじめに …………………………………………………………………………………… 15
2−2 評価手順 …………………………………………………………………………………… 15
2−3 必要な情報 ………………………………………………………………………………… 16
2−3−1 水供給システム ………………………………………………………………… 16
2−3−2 汚水処理システム ……………………………………………………………… 17
2−3−3 廃棄物の収集・処理 …………………………………………………………… 17
2−4 情報源 ……………………………………………………………………………………… 17
2−5 被害の内容 ………………………………………………………………………………… 18
2−5−1 直接被害 ………………………………………………………………………… 18
2−5−2 間接被害 ………………………………………………………………………… 18
2−6 被害の定量化 ……………………………………………………………………………… 19
2−6−1 直接被害 ………………………………………………………………………… 19
2−6−2
間接被害 …………………………………………………………………………… 21
2−7 マクロ経済的影響 ………………………………………………………………………… 24
2−7−1 国内総生産への影響 …………………………………………………………… 24
2−7−2 総投資への影響 ………………………………………………………………… 25
2−7−3 国際収支への影響 ……………………………………………………………… 26
2−7−4 財政への影響 …………………………………………………………………… 27
2−7−5 物価やインフレへの影響 ……………………………………………………… 27
iii
2−8 そのほかの影響 …………………………………………………………………………… 28
2−8−1 雇用への影響 …………………………………………………………………… 28
2−8−2 女性に特徴的な災害影響 ……………………………………………………… 29
2−8−3 環境への影響 …………………………………………………………………… 29
付録Ⅷ 2001年1月13日にエルサルバドルで発生した地震により水供給と衛生セクターが受けた
被害の評価 …………………………………………………………………………………… 31
第3章 運輸・通信 …………………………………………………………………………………… 35
3−1 はじめに …………………………………………………………………………………… 35
3−2 被害の定量化 ……………………………………………………………………………… 36
3−2−1 道路網と陸上輸送 ……………………………………………………………… 36
3−2−2 船舶輸送や航空輸送とそのインフラ ………………………………………… 39
3−2−3 通信 ……………………………………………………………………………… 40
3−2−4 沿岸インフラ …………………………………………………………………… 41
3−2−5 そのほかの影響 ………………………………………………………………… 47
付録Ⅸ 河川氾濫により国道橋梁が受けた被害の社会経済的費用の算定 ……………………… 49
iv
はじめに
Ⅰ.背景
災害は、被災国・地域の生活条件、経済動向および環境資産・サービスに大きな影響を与える。
その影響は長期にわたることも少なくなく、経済社会構造や環境に不可逆的な影響をもたらすこ
ともある。先進国においては、大規模に蓄積された資本に甚大な影響を与える一方、早期警報お
よび避難の実効的な体制、適切な都市計画、厳格な建築基準などにより人命の損失は比較的限ら
れたものになっている。一方、開発途上国では、予報や避難対策の欠如や不備により、多くの犠
牲者を出すことが多い。絶対的な資本損失は先進国と比較すれば小さいかもしれないが、往々に
して相対的な比重や全体的な影響は非常に大きく、持続可能性を阻害しかねない1。
災害が自然災害であれ、人的災害であれ、その影響は人間の行為と自然のサイクル・システム
との相互作用の組み合わせの結果ということができる。災害は世界各地で頻発しており、その発
生件数および強度は近年拡大傾向にある。このような災害は広範な人的損失、直接的および間接
的な(一次的または二次的な)原因により広域にわたり被災民を発生させ、重大な環境影響およ
び大規模な経済的社会的損害をもたらしかねない。
事実、最近国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)が実施した推計によれば、過
去30年間のラテンアメリカ・カリブ海地域においては死者10万8000人、直接的な被災者1200万人
超を含む1億5000万人が何らかの災害被害に遭っている。さらに、総被害額(同地域全域を網羅
したものではない)は、1998年の為替レートで500億米ドルであり、中央アメリカ、カリブ海お
よびアンデス地域の小国や比較的開発の遅れた国に集中している2(図1参照)。
世界規模で見ると、災害の社会的影響が大きく、被害が不可逆的となる傾向が強いのが開発途
図1
1
2
ラテンアメリカ・カリブ海地域における災害の影響(1998∼2001年)
Jovel, Roberto (1989) “Natural Disasters and Their Economic and Social Impact,” ECLAC Review, No. 38,
Santiago, Chile, August 1989.
ECLAC and IDB (2000) Un tema de desarrollo: La reducción de la vulnerabilidad frente a los desastres, Mexico City
and Washington参照。
v
上国であり、そこでは最貧困層や社会的に最も弱い立場にいる人々が最も大きな影響を受けてい
る。一方先進国では、災害対策に加え、実効的な被害防止、被害抑止および防災計画立案に必要
な資源・技術を有していることから、長年にわたり防災力をかなりの程度高めてきた。しかし、
先進国においても、社会活動の集中化や価値向上の結果、被害額は大幅に高くなっている。
ラテンアメリカ・カリブ海地域においても、防災計画立案や被害の防止・抑制の面において一
定の進歩が見られるものの、多くの人々は非常に不安定で脆弱な状況に置かれていることに変わ
りはない。同地域の大半の国は、水文気象・地質上の災害多発地域に位置しており、実際に多く
の人命が犠牲となり、物的社会的インフラに大きな被害を与え、経済動向と環境に打撃を与えた
災害が発生していることが知られている。
災害の望ましくない影響としては、経済的・社会的インフラの被害、環境悪化、財政および対
外部門の不均衡、物価上昇、人口構造の変容のほか、被災資産を再建しなければならないために
長期ニーズ対応型事業が後回しにされてしまうという、開発課題の優先順位変更などが考えられ
る。しかし、最も深刻な影響は人々、特に貧困層や社会的弱者の社会的厚生の悪化であることは
いうまでもない。また二次的な影響として、想定外の人口移動、疾病伝播、貿易減少、広範な環
境悪化などが発生し、災害の影響が被災地域・国を超える傾向が強まっている。
各国は災害の長期的影響を軽減するため、2つのことに同時並行的に取り組む必要がある。ひ
とつは、社会経済発展戦略の重要な柱として、災害の予見可能な影響を防止・抑止するための財
源を配分することである。これは、長期的な成長を達成するための(経済的、社会的、政治的な
意味での)高利回りの投資と位置付けるべきである。もうひとつは、災害発生後の復興投資にお
いては、十分な水準の持続的成長を確保するために防災に配慮することである。
通常、災害発生時には当該国の緊急対応機関が中心となり、国連グループやほかの公的および
民間の国際機関の支援を受けつつ、緊急対応期における人道的支援ニーズを把握する。基本的に
は被災国・地域が災害による人道的支援ニーズに対応するのが現在では通例となっているのであ
る。その上で、友好国や国際機関が直接あるいは非政府組織を通して必要に応じた補助的支援を
速やかに実施する。この支援には、局地、地域、国際レベルの非政府組織(Non-Governmental
Organization: NGO)、社会支援組織のほか、公的および民間の主体が多数関わっている。
損傷または損壊した資産の再建には通常、緊急対応期ないし人道支援期などにおいて被災国が
動員できる資源よりもはるかに多くの資源を必要とする。そのため、脆弱性軽減を考慮すること
なく再建が行われることが多い。率直に言ってしまえば、脆弱性を軽減するのではなく、脆弱性
を「再建」してしまうことになる。
これを回避するためには、緊急対応期の直後において、災害自体およびその結果が被災国・地
域の社会的厚生や経済動向に対して与えた直接間接の影響を評価することが不可欠である。この
評価には、厳密な定量的正確性は要求されないが、各経済セクターおよび社会セクター、物的イ
ンフラおよび環境資産に対する影響と相互作用をすべて対象とする包括的なものでなければなら
ない。このような影響評価により、復興需要を把握することができる。被災者が被災後の状況下
にいつまでも置かれることは許されないことから、復興需要の把握は喫緊の課題といえる。また
この作業は、復興の計画や事業(その多くが国際社会による資金協力および技術協力を必要とす
る)の策定および実施にも欠かせない。
脆弱性の軽減を図るためには、復興の計画・事業は、開発の一環としての防災戦略の中に位置
付けなければならない。このため、災害種類別の被害の種類と量を把握するための各種診断ツー
ルが必要となる。しかし、社会、経済および環境への影響をすべて計測することは困難なことも
vi
あり、経済学の文献の中に有効な診断ツールが豊富に存在するわけではない。
ECLACは1970年代前半から同地域における災害評価に重点的に取り組んできており、その経
験を踏まえて災害評価法を開発した。これは、10年前に国連災害救済調整官事務所(Office of
the United Nations Disaster Relief Coordinator: UNDRO)が打ち出した概念3を拡大・発展させ
たものである。
ECLACが10年前に発表した災害評価法は、自然災害の影響を対象にしたものであったが、中
央アメリカにおける特定武力紛争など、人的災害にも応用することが可能であった。これは災害
の影響をセクターレベルおよび国際レベルで算定できるもので、被災国・地域の復興能力と求め
られる国際協力の範囲を把握することが可能となった。この方法では、ラテンアメリカ・カリブ
海地域について確度の高い定量的データがおよそ不足しており、災害時にはその不足が顕著にな
ることが十分に考慮されている。ただし、特定の社会経済セクターや環境、特定人口集団の被害
を評価する方法は考慮されていなかった。
そこでECLACは旧ハンドブックの改訂拡大版を出すことにした。改訂拡大版は、過去10年間
に発生した様々な災害の評価に関する実経験と現代にマッチした新しい概念を盛り込んでいる。
これは、ラテンアメリカ・カリブ海地域内外の専門家およびコンサルタントから多大な協力があ
ったからこそ可能となったもので、過去30年間に同地域で発生した様々な災害について概念解析
した成果である4。
この新ハンドブックは、旧ハンドブック(1991年発行)の各部において記述した被害評価方法
を改良しつつ、最近の知見を盛り込んでいる。この点に関し、環境、雇用、所得などのセクター
横断的課題、さらには女性に特徴的な災害影響(女性の力は復興期や被害抑止において不可欠)
も検討していることを強調しておきたい。また、インターネットで利用できるデータベース、リ
モートセンサーの活用、地理参照情報のシステム化により利用できるようになった新分析ツール
も紹介している。ただし、十分に詳細な情報や項目ごとの情報(性別、所得層別、地域別または
行政単位別など)をまとめるには時間がかかること、あるいは環境評価や人間開発指標、社会構
造指標など「標準」ないし被災前の状況を定義する基準値が不備であることなど、分析に伴うい
くつかの問題点も指摘している。
Ⅱ. 内容
この新ハンドブックは、災害が社会、経済および環境に与える影響の評価に必要な方法につい
て記述している。影響は直接被害と間接被害、あるいは全体的な影響とマクロ経済への影響に分
けている。本書は災害の原因の特定、あるいは緊急対応期ないし人道支援期における対応の明確
化を意図したものではない。それはほかの機関・組織の管轄である。本書はハンドブックの第2
版であり、初版よりは大きく改善されているが、完成品ではない。むしろ、今後発生する災害の
個別の課題に対して関係者各位が本書を活用し、その体験から得られたものや関係者からのフィ
ードバックにより不断に改善を重ねるべき未完成品である。
本ハンドブックは、災害が資本ストックに与える被害、財・サービスの生産フローが被る損害、
さらには主要マクロ経済指標に対する一時的な影響の算定ないし推定の概念や方法論に重点を置
3
4
ECLAC (1991) Handbook for the Estimation of the Socio-economic Effects of Natural Disasters, Santiago, Chile;
UNDRO, (1979) Disaster prevention and mitigation: Compendium of Current Knowledge, Vol. 7, “Economic Aspects,”
United Nations, New York.
ECLACが1970年代初頭から実施してきた評価に関する文献リスト(本ハンドブックの巻末)を参照のこと。
vii
いている。生活条件、経済動向および環境に対する損害と影響についても検討している。
本書では、統一的かつ一貫性のある方法論に基づく災害被害の整理・定量化を可能にするツー
ルについて記述している。その方法論は過去30年間においてその有効性が証明されたものである。
最も被害が大きい社会、経済および環境の各セクターおよび地理上の地域、言い換えると復興に
おける優先課題を見極める方法も提示している。しかしながら、本書の活用によりどの程度詳細
に被害推定が可能となるかは、被災国・地域において得られる定量的情報に左右される。本書が
提示する方法論は、人的災害か自然災害か、緩慢に進行する災害か突発性の災害かを問わず、あ
らゆる災害による被害の定量化を可能にするものである。さらに、復興という課題に対して国が
十分な力を有しているか、国際協力が必要かどうかを判断することも可能である。
本ハンドブックは様々な状況を把握する手法を提示するが、あらゆる状況に対応することを意
図してはいない。むしろ、本ハンドブックが提示する考え方や事例を、本書では明示的に触れら
れていない事例を検討する基本的なツールとして活用することを想定している。
本ハンドブックは5部構成になっている。第Ⅰ部は、全般的な概念的・方法論的枠組みを提示
する。第Ⅱ部は、各社会セクターへの被害を推定する各手法を概観する。各章において、住宅お
よび人間居住、教育・文化、保健医療をそれぞれ扱う。第Ⅲ部はサービスと物的インフラを扱う。
各章において、運輸・通信、エネルギー、水供給と衛生などを扱う。
第Ⅳ部では、各生産セクターの被害を取り上げる。各章では、農漁業、工業、貿易および観光
業をそれぞれ検討する。第Ⅴ部では、セクター横断的、マクロ的な視点から被害の全体像をとら
えようとする。各章では、環境被害、女性に特徴的な被害、雇用・所得への影響、全体的な直
接・間接被害の算出方法を含めた被害のまとめ、および災害が主要なマクロ経済指標に与える影
響をそれぞれ扱う。
被害のまとめは特に重要である。経済規模をはじめとする一般指標との比較において全体被害
を算定することにより、その災害の規模と全体的な影響をとらえることができるからである。主
要経済指標に対する災害の影響を分析するためには、災害発生後の1年ないし2年、被害の大き
さによっては最長で5年の期間を費やすことが求められる。
各章では概念的な枠組みを論じているが、それに加え、ECLAC事務局で分析した災害の実例
も付属資料としてそれぞれの部に掲載している。この実例は、被害の内容や相対的な規模を記述
するだけでなく、様々な自然現象(発生原因が気象系か地質系か、発生過程が急か緩慢か、など)
が起こり得ることを反映したものである。世界の様々な地域の国々を取り上げるとともに、小島
嶼開発途上国(Small Island Developing States: SIDS)などの特殊な脆弱性についても検討して
いる。さらには、季節的なものなど、様々な頻度で再発する災害・現象をも取り上げている。
本ハンドブックは、特定セクターについて評価を実施する専門家がその専門分野に関する検討
資料や章が容易に参照できるように構成されている。本ハンドブックはCD-ROM版もあり、
ECLACのホームページでも閲覧できるようになっている。これらの電子版では、改良した方法
を用いて近年の事例についての評価も掲載している。この第2版が完成度の面だけでなく、使い
勝手の面でも初版を上回ることを願っている。
また、版を重ねるごとにより良いものにするため、本ハンドブックの読者・利用者の経験をお
寄せいただければ幸いである。各国の防災担当者の研修ツールとして、あるいは、地域に防災文
化を普及させるための道具として本ハンドブックを活用されたい。
viii
Ⅲ. 評価の実施に最適なタイミング
評価の実施に最適なタイミングは、災害の原因、規模、地域的な範囲に左右されるため、先験
的に判断することはできない。しかし、経験上一般的にいえることは、人道支援期が終了あるい
は本格化するまでは評価を実施すべきではない、ということである。それ以前だと、人命救助活
動の妨げになったり、直接被害、間接被害およびマクロ経済的被害に関する定量的な情報が十分
に得られなかったりする可能性があるからである。各災害における災害評価チームは、被災地に
居住する国や地方の災害評価担当者の支援を必要とすることから、その災害評価担当者が人道支
援期の活動に従事する時期、あるいは自身やその家族が被災者となる場合も多いので、その場合
は被災者として援助対象とされる時期を経てから災害評価活動を開始するようにしなければなら
ない。
他方、災害評価はいたずらに引き延ばすべきではない。なぜなら、評価には遅延なく国際社会
の支援が必要だが、ほかの地域で災害が起こると、国際社会の関心はそちらへ移ってしまうから
である。
評価対象を扱うタイミングや順序は、災害の種類や規模によって異なることから、あらかじめ
決めておくことはできない。ただし一般的には、様々な程度の影響を評価することを念頭に被災
者の把握が第一段階となることが多い。そこでは、男女間では災害影響や緊急対応期、復旧復興
期における役割が異なることも忘れてはならない。第二段階としては、各社会セクター(住宅及
び人間居住、教育・文化、保健医療)が被った被害を把握・分析し、最も被害が大きい集団の状
況に光を当てることが考えられる。第三段階としては、各経済セクター(農漁業、通商産業、サ
ービス)やインフラへの災害影響を評価することになろう。同時に、災害が環境的な資産やサー
ビスに与えた影響の把握・分析も実施することができよう。
分析の細分や深度は(ECLAC事務局が近年作成した各文書からもうかがえるように)災害の
種類や被害評価に必要な情報の入手可能状況によって左右される。場合によっては、災害弱者集
団、市町村、地域社会単位まで詳細な被害推定を行うことも可能である。
Ⅳ. 謝辞
1991年の初版発行に尽力いただいたイタリア政府からは、第2版の作成に対しても資金援助を
いただいている。オランダ政府からもECLACとの間の技術協力事業を通じて支援をいただいて
いる。
米州保健機構(Pan-American Health Organization: PAHO/World Health Organization: WHO)
からは保健医療や水供給と衛生などの章の作成について、中央アメリカ環境開発委員会からはそ
の専門分野について、それぞれ技術協力の提供をいただいている。
世界銀行および米州開発銀行(Inter-American Development Bank: IDB)は、ハンドブック
第2版の作成に深く関わっており、進捗会議への参加や随時貴重な提言をされている。特に世界
銀行からは、改訂作業について助言や資金援助をいただいている。ノルウェー外務省および英国
国際開発省紛争人道部からも防災コンソーシアムを通して資金援助をいただいている。
ECLACは、以上の協力に深く感謝するとともに、ラテンアメリカ・カリブ海地域における現
地評価調査を通じて多くの政府関係者、専門家らとの交流が果たした重要性、すなわち、交流か
ら生まれた様々なアイディアが本ハンドブックに大きく寄与したことを感謝するものである。
ix
Ⅴ.
執筆者
ECLACはハンドブック第2版の作成を、ECLACにて災害担当を務めるメキシコシティの地域
本部職員Ricardo Zapata Martíに委託した。初版の作成を指揮したRoberto Jovelは、外部コンサ
ルタントとして採用し、いくつかの節を執筆したものの、基本的には第2版の方向付け、監修を
担当していただいた。各章を担当した専任スタッフ、部署横断的な作業の担当者、外部コンサル
タントを以下に示す。
「被災者」
José Miguel Guzmán( ラ テ ン ア メ リ カ ・ カ リ ブ 人 口 セ ン タ ー
(CELADE)協力)、Alejandra Silva、Serge Poulard、Roberto Jovel
担当。
「教育・文化」
Teresa Guevara(国連教育科学文化機関(UNESCO)コンサルタント)
担当。
「保健」
Marcel Clodion(汎米保健機構(PAHO/WHO)コンサルタント)、
Claudio Osorio(PAHO/WHO)担当。
「住宅および人間居住」 Daniela Simioni(ECLAC環境居住局(DEHS)担当。およびMauricio
Faciolince、Ricardo Bascuñan、Silvio Griguolo(コンサルタント)協力。
「エネルギー」
Roberto Jovel(Ricardo Arosemena(コンサルタント)の先行研究に
依拠)担当。
「水供給と衛生」
Claudio Osorio(PAHO/WHO)担当。
「運輸・通信」
ECLAC天然資源・インフラ局運輸課長Ian Thompson担当。David
Smith(コンサルタント)協力。
「農漁業」
Antonio Tapia(コンサルタント)担当。Roberto Jovel協力。
「通商産業」
コンサルタントおよびメキシコ国立防災センター(CENAPRED)職員
Daniel Bitran担当。
「観光業」
Françoise Carner(コンサルタント)、Jóse Javier Gómez(DEHS)、
Erik Blommestein(ECLACカリブ地域本部)担当。
「環境」
Jóse Javier Gómez(DEHS)、Erik Blommestein、Roberto Jovel、
Alfonso Mata、Cesare Dosi担当。David Smith、Leonard Nurse、Ivor
Jackson(共にコンサルタント)協力。
「女性への影響」
Roberto Jovel担当(Angeles Arenas(コンサルタント)の報告書に依
拠)。ECLACカリブ地域本部のAsha KambonおよびRoberta Clarkeな
らびにSarah Bradshaw、Fredericka Deare(共にコンサルタント)協
力。
「被害のまとめ」
Roberto Jovel担当。
「マクロ経済的影響」
Ricardo ZapataおよびRene Hernandez(メキシコシティのECLAC地
域本部)担当。
以下のECLAC職員からは、草稿に目を通していただき貴重な助言をいただいた。それらは本
ハンドブックの最終稿に反映されている。
Nieves Rico(ECLAC本部女性と開発課)、Pilar Vidal(ECLAC/メキシコ 女性と開発課)、
Esteban Perez(ECLACカリブ地域本部)。
x
第Ⅲ部 インフラ
第Ⅲ部では、エネルギー(電力および石油)、水供給と衛生、運輸・通信についてそれぞれの
章で論じる。
第Ⅲ部 インフラ
第1章 エネルギー
第1章 エネルギー
1−1 はじめに
エネルギー・セクターもほかのセクターと同様、災害が発生すれば直接・間接の被害を受け、
そのマクロ経済への影響も評価する必要がある。直接被害とは、災害時まで有用であった物的イ
ンフラやストックに対する直接的な損傷ないし損壊のことをいう。間接被害とは、復旧するまで
のエネルギー需要を満たすために必要な費用および復旧期において災害がなければ得られたはず
の純利益という損失の合計である。この間接被害を踏まえて、別途マクロ経済的影響を評価する。
被災前の稼働能力を回復するための修復・復興費用を算定する必要がある。稼働能力の回復に
ついては、被災前の状態と同等でよいのか、それとも効率性および安全基準の面で強化を図るの
かの判断が求められる。現価の取替原価に基づく評価基準(技術革新も考慮)を用いれば、実際
の工事を実施する費用とそれに必要な資金について正確性を高めた費用算定が可能である。
被害費用の算定にあたっては、修復工事にかかる時間と当面の需要に対処する費用も考慮しな
ければならない。これについては、後の間接被害に関する節で説明する。
現価の取替原価を用いれば、災害により損傷・損壊した設備、材料および原料のストックの算
定がはるかに楽である。算定時において市場に同等のものがない場合は、最も類似した代替品の
費用を用いて同等ないし実際に近い値を求める必要がある。
他方、間接被害の定量化は推定に依拠せざるを得ない側面が強いため、複雑なものとなる。復
旧期の需給動向を推定する一方で、復旧期における実際の損益と災害がなかったと仮定した場合
の損益を比較検討することが求められる。大口需要家の需要は減少することから、実際の損益状
況の方が悪くなると考えられる。しかし、復旧工事が多くのエネルギーを要する場合、エネルギ
ー需要が逆に増えることも可能性は低いがあり得る。実際には以上2つの状況が混在することも
あり、その場合は純損益を定量化する必要がある。
被災後の需要(平常時の需要と同等のこともあれば、それを上回ることも下回ることもあり得
る)を把握したら、その需要に対処する手段を明らかにしなければならない。そのためには、ま
ず、エネルギー需要は何らかの形で満たされると仮定し、そのために必要な資本費用と運転費用
について、施設すべてを復旧させるのに必要な時間を基準に推定するのが一般的である。基本的
に資本費用とは設備調達費用、運転費用とは人件費および材料費のことである。人件費には、対
象災害に起因する理由により一時レイオフされた工場人員の給与が含まれる。
次に間接被害を算定する。まず、復旧期に得られる純利益を算定する。具体的には、復旧期に
おいてエネルギーを供給することにより得られる収益から、復旧期のエネルギー企業体の運転費
用とエネルギー供給費用を差し引いて求める。こうして求めた純利益は、被災後にエネルギー需
要家の購買能力によってはマイナスになることに留意する。第二に、災害が発生しなかったと仮
定した場合の純利益を算定する。具体的には上記の例と同じように、総収益から総費用を差し引
いて求める。この純利益は、エネルギー・セクターを担う企業体、特にその中短期計画を担う部
署が把握していることが多い。この純利益から先に求めた実際の純利益を差し引くことで間接被
害総額を求めることができる。この間接被害総額には、災害のために得られなかった収益はもち
ろん、復旧期の当面の需要を満たすために必要な追加的費用も含まれている。
3
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
上記の直接被害額および間接被害額については、2種類の分類を行う必要がある。ひとつは、
現地通貨部分と外貨部分に分けて、国際収支の計算ができるようにすることである。もうひとつ
は、公的セクターおよび民間企業に分け、後のマクロ経済的影響の算定に必要な国民経済計算に
利用できるようにすることである。
電力および石油の各セクターについて、次に示す評価方法を推奨する。
1−2 電力セクター
1−2−1 直接被害
電力セクターの直接被害とは通常、発電所、送電線・配電網、および配電所が受ける直接被害
のことである。
(1)発電所
電力は、蒸気タービン、ディーゼルタービン、ガスタービンなどによる通常の火力発電所のほ
か、水力発電所や地熱発電所によって生み出されている。本ハンドブックではそのユニークな特
性踏まえ、水力エネルギーおよび地熱エネルギーを生じさせるのに必要な土木構造物について検
討する。その後に、これらのエネルギーを電力に変換する設備を備える発電所について論じる。
水力発電については、水資源開発には分水や貯水のためのダム・水路・トンネル・サージタン
ク・水圧管をはじめとする様々な施設が必要である。このような施設が受けた損傷は修復して、
発電に必要な水の供給を復旧させなければならない。さもなければ、発電所を稼働させることは
できず、電力セクターのシステム全体が影響を受けることになる。これらの施設は交通幹線から
は外れた場所にあることが多く、季節によっては到達手段が限られる傾向にある。そのような場
合、そこまでのアクセスルートの復旧に必要な追加的費用も直接被害に計上するが、交通運輸セ
クターに計上する被害額は除外し、二重計算を回避する。
被災した施設の復旧再建費用を算定するためには、撤去する土量(ã)(関連資材の種類に関
する仕様を含む)、必要なコンクリート量(タイプおよび強度別)、導水路・送水路の長さおよび
そのほかの特性、主要な機械設備および特殊施設について概算を行う。これを踏まえ、各構成要
素の単価(現価)に基づいて費用を算定する。代替的な方法としては、基本的な情報が入手でき
るかにもよるが、分野別の労働必要量、原材料の量、建設設備の使用期間、構成要素別の単位費
用などを考慮する詳細なやり方もある。いずれの方法を採用するにせよ、施設が受けた損傷には
どのような種類があるか、基礎建設資材(土、砂、砂利)はどの程度入手できるか、未熟練労働
および専門職はどの程度確保できるか、といった要素は直接被害費用を直に左右する。その意味
で、被災地や同様な状況にある地域において、近年の実績がある建設業者の行う費用算定や入札
申請書類は非常に参考になる。
地熱発電については、深い井戸、輸送管、蒸気を加工収集する設備などが地熱資源の開発・管
理に必要である。利用可能な地熱エネルギーに与える被害の算定は本ハンドブックの範囲を超え
ており、専門家の助けや現地調査なしには、それは不可能である。ただし、電力セクターの専門
家が当該地域あるいは地質的特性の近い地域に深い井戸を掘削する際の最新単位原価を基準にし
ておおまかな推定をすることは不可能ではない。輸送管、汽水分離器などの被害については、水
力発電所の箇所で説明したもうひとつの方法で算定する。
4
第Ⅲ部 インフラ
第1章 エネルギー
次に発電所本体を検討する。発電所本体には建造物のほか、様々な機械設備、電気設備および
電子設備が含まれる。ここではまず、エネルギーを発電機に送る設備・機械類、すなわち、水力
発電所では水力エネルギーを集める設備、そのほかの発電所ではボイラ、圧力タンクおよび蒸
気・ガスタービンを循環する熱エネルギーを集める施設について評価を行う。前者については、
水力発電所が立地する場所の特性に合わせて設計されているので、再建も同様の設計手順を踏む
ことになる。ただし、その費用の算定は、同様の設備の国際価格動向を反映した指数を用いて当
初設計時の投資額を調整することで行う。水位の落差(m)や水量(ã/秒)別に分類された設
備の費用を示す設備メーカーの価格一覧やデータを参考にすることもできる。
次に、水蒸気エネルギーや石油派生品の燃焼エネルギーを電力に変換する発電装置についてで
あるが、これはその大きさや種類によって異なる特性を有しているものの、水力発電設備よりは
標準化されている。その種類とは、地熱発電のほか、蒸気発電、ディーゼル発電、ガス発電など
である。
これら発電装置の取替原価は、水力発電所の箇所で説明した標準的な評価方法によって算定す
るが、装置の標準化の度合いが高いため、一般に被害算定が容易である。発電所では主に各種電
気機械装置を用いて、水力、地熱、あるいは石油派生品の燃焼エネルギーを電力に変換するが、
これらの装置は電力源が異なっても類似性が高いことが多い。ただし、発電所がどの程度最新で
あるかは、その特殊な機能によって様々である。いずれにせよ、取替原価は、当初の設備購入の
ための投資額に対して、国際的な観点からインフレ調整を行った値を基準に算定する(特に設備
購入が最近行われた場合)。また、設備メーカーの価格一覧に掲載されている価格や専門刊行物
に掲載されている価格データを参考にする方法もある。
以上は、設備を総入れ替えする場合についてのことである。修復や復旧で済む程度の被害であ
る場合は、費用算定の前に被害の程度や修復の可能性について技術的な評価を実施する。そのた
めには、この設備の修復・保守について経験豊富な専門家が関わることが必要となる。費用算定
の正確を高めるためには、被害を受けた設備の実験室試験が必要となるが、災害評価チームがこ
れを実施する時間的余裕はないのが通常である。
発電装置一式を抱える建造物も被害評価を行う。その直接被害評価は、以下で説明するように
ほかの建造物と同じ手順で実施する。
(2)送電・配電システム
送電・配電システムには、送電、副送電、配電に必要な電線および電線網のほか、発電所・最
終需要家間の送電に直接関係する変電所も含まれる。
まず、規模が大きく費用のかかる鉄塔を張られた高圧電線の被害を評価する。そのためには現
地調査が必要である。その際は、高圧電線が通行可能な道路から近ければ自動車、それ以外の場
所では軽飛行機やヘリコプターなど、現場に急行できる交通手段を用いる。被害を受けた鉄塔の
数・種類や電線の長さを把握する必要がある。通常の電柱に張られている電線の場合は、被害を
受けた電線のキロメートル数を把握するとともに、被害の範囲が電柱だけなのか、あるいは電線
も相当な長さが被害を受けているのかを明確にする。また、被災電線上の変圧器などの設備の被
害状況も把握する。
次に、被害を受けた変電所のリストを作成する。その際、屋外の設備や主要変電所の設備を含
め、何らかの被害を受けた設備は漏れなく、可能な限り正確に記述する。
被害費用の算定は、上記施設の現地調査の結果に基づいて行う。算定にあたっては、被害を受
5
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
けた電力会社およびその周辺の電力会社に関するあらゆる情報を検討材料にする。この種の情報
は利用頻度が高いので、簡単に入手できるようにしておく。電力発電施設の場合と同様、被災地
にとって有用な経験を有する国内外の建設業者による費用見積もりや設備の価格一覧など、被害
費用の総額や項目別費用を用いることもできる。
以上、再建ないし総取り替えが必要な施設設備ではなく、部分的に被害を受けた施設設備につ
いて述べてきたが、このことは、送電・配電のための施設設備にも当てはまる。
(3)配電管理センターなど
電力計測や給電指令のためのセンターや管理棟の被害も電力セクターの被害として算定する。
ここでいうセンターとは、発電所から主な需要地域までの電力の流れを監視・制御する設備一式
を集めた建物のことである。センターには、手動制御による最も基本的な施設から、基本機能は
相当部分が自動最適運転で、最新式の遠隔計測電算システムを用いた高度な施設までが含まれる。
センター全体の再建が必要な場合、被害費用算定は当該配電会社の総合的な算定に基づいて行う。
他方、設備や建造物が部分的に被害を受けた場合は、被害箇所一覧とその被害の範囲および規模
を評価する。専門性の高い設備については、専門家の関与が必要である。
管理棟などの施設については、その構造や構成は一般的なので被害評価は比較的楽なことが多
い。いずれにせよ、床面積または建物面積の単位当たりの平均価格を算定する。より正確な算定
を行うためには、パネル、壁、天井、窓枠などの各主要エレメントの単価を求める。
1−2−2 間接被害
すでに指摘したように、間接被害とは復旧期の被災施設を修復するまでの当面の電力需要を満
たすのに必要な追加的費用と、復旧期において電力会社が通常であれば得られたはずの純利益な
いし純収益のことである。
(1)当面の電力供給
当面の電力供給に必要な追加的費用を算定するには、被災した電力関連施設の復旧に必要な期
間を予測する必要がある。この期間の長短は基本的には災害の範囲・規模に左右されるため、直
接被害の評価結果に基づいて予測する。次に、復旧期の電力需要の予測を行う。
電力需要を予測するためには、災害が電力会社の主な供給先(工業・商業分野の需要家、一般
需要家など)に与える影響を把握する必要がある。一般家庭需要の予測においては、被災を免れ
た家屋数も考慮する。工業需要の予測では継続して稼働できる施設の数(その施設が生産する製
品の需要も含む)、商業需要の予測では被災地の事業所の稼働能力をそれぞれ考慮する。あらゆ
るセクターにとって、被災後の電力供給に制限が生じることを予測しなければならない。これら
を考慮することにより、総電力需要の規模と特性を把握することが可能なはずである。
次に予測した当面の需要を満たす方法を検討する。前述のとおり、当面の需要は災害が発生し
なかったと仮定した場合よりも低くなるのが普通である。ただし、需要家によっては、消費する
電力が増加することもある。いずれによせ、電力供給の迅速な復旧を可能にする方法を模索しな
がら、当面の需要を満たす方法を検討する必要がある。
遠隔地の発電系統については、主要な給電拠点に運搬・設置できる一体型の発電設備による対
応を検討する。この場合の費用は、その専門設備の価格一覧を参考にする、あるいは工業地帯の
6
第Ⅲ部 インフラ
第1章 エネルギー
予備発電用や国の送電網が行き届かない遠隔地用といった特殊な用途に使う設備の近年の導入例
を参考にすることで、容易に概算することができる。
運転費用は、この臨時発電設備の燃料消費需要と設置場所までの運搬費用(需要地域の中心に
できるだけ近い場所に設置することが望ましい)を基本とし、これに人件費と材料費(同一また
は同等の設備の運転について電力会社が行う原価計算により確定できることが多い)を加えて算
定する。
国の電力網に接続していない発電系統が被害を受けたが、その近くに被害を免れた発電系統が
ある場合は、当面の電力供給に必要な費用の算定は極めて容易である。まず、被災を免れた発電
系統に被災した発電系統を補う余力があるかどうかを確認する。次に、双方の発電系統を相互接
続する費用(必要な送電線、変電設備などの費用)を算定する。その後、電力需要に対して供給
できる電力供給価格を算定する。このような緊急事態に関する協定が未締結の場合、電力供給を
担う側の追加的な運転費用を基準に妥当な供給電力料金を決定する。電力需要を部分的にしか満
たせない場合は、前述の個別一体型の発電系統に関する方法を各系統の寄与度に基づいて踏襲す
る。なお、復旧までの電力供給の追加的費用を算定することが目的なので、運転費用が平常時よ
りも低下した分(災害により運転を停止した発電系統の変動費など)は、前述の算定値から控除
しなければならない。
(2)そのほかの間接被害
復旧期において電力会社が逸した収益も間接被害である(復旧後は電力需要が回復すると考え
られる)。電力需要家の多くはその業務・活動の回復を急ぐために電力を必要とするが、災害に
よる収益減により支払い能力が低下することが予測される。これを踏まえて当面は電力料金を引
き下げる選択もある。この暫定的な電力料金を用いて、前節で論じた総収益と実需要を算定する
ことも可能である。この総収益から復旧期における総費用(復旧期の電力供給に必要な追加的費
用と電力会社の通常時の費用の合計)を差し引く。その差が復旧期における純利益推定額となる
が、収益の減少や費用の増加により、マイナスになることもあり得る。
次に災害が発生しなかったと仮定した場合の純利益を求める。その方法はまず、単位当たりの
平均収益を通常時の電力需要予測値に当てはめて平常時の期待収益を算定する。そこから、近年
の費用動向(直接および間接の費用)を基準に求めた平常時の期待費用を差し引く。通常電力会
社は、期待余剰を将来の需要に十分かつタイムリーに対処するための設備投資に充てる。営業余
剰が大幅に減少すれば新規の借り入れが必要になるが、その電力会社に採算性がなければ融資を
受けることはできない。電力会社は中短期の計画を定期的に更新する必要があるため、通常は以
上の算定を行っている。
間接被害(この場合は、災害のために実現しなかった期待利益に等しい)は平常時(災害が発
生しなかったと仮定した場合)の純利益と災害時の純利益(復旧期の電力供給に伴う追加的費用
を含む)の差として求めることができる。なお、災害時の純利益がマイナスの場合は、その絶対
値を平常時の純利益にプラスして、災害による利益損失総額を算定する。
1−2−3 輸入分と費用の内訳
災害が国際収支や国民経済計算に与える影響は、直接被害および間接被害を自国通貨支出と外
貨支出に分けることによって把握することができる。直接被害に関する外貨支出とは、施設・機
7
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
械類の復旧に必要な設備、資材、特殊技能を有する人材を輸入するための外貨支出である。
他方、国内通貨支出は、調査、土砂除去、建造物の建設などの建設修復費がその大半を占める。
ただし、建設修復費には、牽引車両、貨物自動車、クレーンなど、特殊設備機器の輸入に必要な
外貨支出も含まれることがある。以上の支出を算定するにあたっては、被災地近辺で近年の実績
がある電力会社や建設業者による過去の原価計算が参考になるはずである。
間接被害に占める外貨支出分については、当面の電力需要を満たすために必要な費用のうち、
そのために輸入する設備機材の費用を算定する必要がある。電力そのものを他国から輸入する場
合はその費用も計上する。
費用を公的セクターおよび民間セクターに分けるかどうかは、被害を受けた電力会社が国営企
業か民間企業かどうかによる。また、政府が電力を供給している場合は、被災した施設の再建・
修復などへの民間企業の参加も考慮しなければならない。
1−3 石油セクター
1−3−1 直接被害
(1)生産施設
石油生産とは陸地や海に深い油井を掘り、原油を採掘することである。石油の輸送・保管は、
国内精製、輸出のいずれの目的を有しているのかを問わず、運輸セクターの領域であり、運輸セ
クターで扱う。
生産井の掘削・稼働には、その地理的環境の要件・特性に合わせた構造物・施設・設備が使わ
れている。具体的には、制御リグ、掘削装置、海洋プラットフォーム、掘削した石油を扱う各種
のパイプラインおよび設備である。災害により油層からの採油ができなくなった場合、その被害
評価を行うには、高度な専門知識技能を有する人材による現地調査が欠かせない。
そのような調査は、短期間に実施可能な災害評価を扱う本ハンドブックの範疇を超えている。
ある油井が全壊した場合は、これまでの投資を災害が発生した日で評価した額が直接被害の当面
の概算額となる。間接被害の概算額は、復旧期の生産減少分を商業的に評価した額に相当する。
リグ、掘削装置および関連設備などの施設設備について、個別被害の評価をすることにより、こ
れらの概算額をより正確なものにすることができる。
上記の施設設備が全壊したために再建・交換が必要な場合、当該の石油会社が把握している
(最新の)標準原価を基準にその被害を算定することができる。標準規格設備の場合は、その製
造業者の価格一覧から原価を算定することが可能である。この分野で実績のある建設業者に照会
することも一案である。施設設備の修復で済む場合は、被害の規模および範囲を明らかにする必
要があるが、その作業には、修復や維持管理について豊富な経験を有する専門家が必要になる。
その専門家は被害を受けた施設設備に明るいことが望ましい。
(2)石油精製施設
石油精製施設は一次蒸留だけであれば単純な施設であるが、精製の段階が進んだ製品の取り扱
いや硫黄などの有害物質の除去を行う場合は複雑な施設が必要になってくる。石油精製施設は通
常、石油用の各種の処理塔や貯蔵タンク、直径の異なる様々なパイプと各種バルブ、そのほかの
器具備品で構成されている。石油精製施設の災害被害評価は、施設設備の類似性が高いため、前
8
第Ⅲ部 インフラ
第1章 エネルギー
節で取り上げた火力発電所と同様の手順で行う。
(3)石油流通施設
石油派生品の流通販売はその主要供給先によって、家庭用および産業用のガス、道路輸送、海
上輸送および航空輸送用の液体燃料、ならびに道路建設などに使われるアスファルト(精製残渣)
に分けられる。基本的な石油流通施設としては、パイプライン、貯蔵タンク、ポンプ場(これら
は実際には運輸または工業セクターで取り扱われる)、および自動車・小型車両に燃料を供給す
る一般のガソリンスタンドがある。ガソリンスタンドの被害評価については、本節ですでに説明
した手順に従って行う。
(4)そのほかの施設
そのほかの施設とは、一般管理業務のための建物と会社関係者用の娯楽施設などのことである。
これはあらゆるセクターに共通する施設であり、その被害評価には、住宅および人間居住セクタ
ーについてすでに説明した手法が必要となる。
1−3−2 間接被害
被害を受けた施設が復旧するまでのエネルギー需要への対処を目的に石油および石油派生品を
供給するために必要な追加的費用、さらには、この復旧期において逸した純利益が間接被害とな
る。
(1)石油および石油派生品の当面の供給
復旧が完了するまで石油製品を暫定的に供給するために必要な費用は、被害の規模・性質と復
旧完了までの期間に基づいて算定する。この2つの要素は直接被害の評価時にはすでに明らかに
なっていると考えられる。次に、生産設備の回復あるいは全体的な復旧に必要な石油・石油派生
品の需要を推定する。この推定においては、災害が一般需要家および大口需要家の需要に与える
影響の程度、被災を免れた自動車などの車両全般、およびアスファルト材で建設・修復する必要
がある道路を考慮に入れる。被災後の石油派生品の需要(量と種類)は、上記の要因を基準に、
需要家の購買力の低下を十分考慮して予測する。
被災後の需要を予測したら、その需要に対処する方法を検討する。既存資源がどこにあり、ど
の程度利用できるか、あるいは輸送・転送のためにどのような施設設備が利用できるかによって
いくつかの選択肢が考えられる。まず、油層から近距離の小規模な需要に対してはタンク車両で
対処する。これよりも距離が長い場合は、使用可能だが使われなくなったパイプラインを利用す
るか、投資が可能な状況であればパイプラインを新設して対応する。さらに、石油および石油派
生品の国際輸送に使われているタンカーを活用することもできる。そのための諸施設が利用可能
であればそれを利用し、利用不可能であれば、緊急対応用の暫定施設で対応する。
需要に対処するために必要な費用算定は、前述の考慮事項を踏まえ、最も経済的で実現可能性
の高い方法を選択した後で行う。いずれにせよ、この種の活動は運輸・通信セクターの管轄であ
り、そのように計上する必要がある。資本コストおよび運転費用も算定する。これには、石油お
よび石油派生品の仕入原価も含まれるが、これは国際価格で売買されているため容易に把握でき
る。
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災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
(2)そのほかの間接被害
電力セクターに関する節で詳しく説明したとおり、災害による利益損失は次の方法で算定する。
まず、災害の発生が反映された当該石油会社の純利益を算定する。なお、総収益は低下する一方、
費用は上昇する。当面の供給に伴う追加的費用が発生するからである。純利益はほぼ確実にマイ
ナスとなる。次に、災害が発生しなかったと仮定した純利益を算定する。この数字は石油会社が
統計ないし予測として出しているはずである。万が一数字を出していない場合は、同様の会社の
数字を参考にして算定する。この平常時の期待純利益から災害発生を反映した純利益を差し引い
た値が間接被害総額となる。この数字は、当該石油会社が災害のゆえに逸した利益に等しい。
1−3−3 被害の内訳
電力セクターの場合と同様に、直接被害および間接被害を自国通貨支出分と外貨支出分に分類
して国際収支に対する影響を把握する一方、公的セクターおよび民間セクターにも分類して国民
経済計算に対する影響も把握する。石油セクターについては、マクロ経済的影響は大きくなる傾
向があり、被災国が石油および石油派生品の純輸出国の場合にその傾向が顕著である。その場合
は、エネルギー・セクターの専門家がマクロ経済の専門家と連携して、直接被害および間接被害
をより詳細に分析する必要がある。
1−3−4 雇用や女性への影響
電力セクターおよび石油セクターは、技術への依存度が高いこともあって雇用人口は比較的少
ないので、災害が発生しても個人所得水準への影響は限定的なことが多い。同じ理由により、こ
れらのセクターに起因する女性への影響も限定的な傾向がある。
1−3−5 環境への影響
本節では、エネルギー・セクターが受ける被害の評価と環境が受ける被害の評価との関連を論
じる。エネルギーの専門家においては、本ハンドブック第四巻の環境影響評価に関する章も参照
されたい。
水資源関連の環境変化の中で、水力発電に悪影響を及ぼすものもある。旱魃はもちろんのこと、
ほかの災害、例えば洪水や地すべりなども利用可能な水量や水質に影響を与える。地すべりによ
りダムに流れ込む川をせき止めたり、その流れを変えてしまい、水力発電の資源有用性を低下さ
せてしまう。洪水は貯水池の土砂堆積率を高めるため、その貯水容積を低下させ、耐用年数を縮
めてしまう。
河道が変われば河道改修工事が必要となるが、そのための支出はエネルギー・セクターの間接
被害として計上する。技術的あるいは資金的な理由で河道改修工事を断念する場合は、水力発電
所の発電容量が将来的に犠牲となるので、直接被害として計上する。この直接被害は、災害に起
因する純利益の損失の現価評価額で表すことができる。土砂堆積により貯水池の耐用年数が短縮
する場合も同様にする。すなわち、被害額は、耐用年数が短縮した分の純利益の損失を現価で表
した額とする。ただし、土砂堆積量の算定には長期にわたる現地調査が必要であり、その結果は
災害評価に間に合わないことを指摘しておかなければならない。
10
第Ⅲ部 インフラ
第1章 エネルギー
石油とは一国の自然資本の一部を構成する再生不能な天然資源である。大規模な石油流出事故
は、エネルギー・セクターの直接被害として現価で計上する。環境影響評価は、自然資本が受け
る影響の割合を人的資本あるいはそのほかの資産(インフラ、機械類および設備など)が受ける
影響の割合とは区別して算定するものである。その算定には経済地代の概念を用いるが、この方
法は地下資源に適用するのは難しい。したがって、ほかの方法による算定が必要となる1。二重
計算を回避するため、これらの被害算定は「被害のまとめ」には計上しない。
災害の影響としては、石油流出事故をはじめとする有害物質の環境への放出も一般的である。
地震に伴う主なリスクのひとつとしては、石油パイプラインの損傷がある。有害物質(地熱生産
に伴う硫黄やほかの化合物など)もその収集・廃棄装置が損傷・損壊を受けると環境に放出され
てしまう。
上記の直接被害や間接被害はエネルギー・セクターまたは運輸セクターに計上するのが一般的
である。災害評価チームにおいて環境の専門家はほかのメンバーと緊密に連携を図り、被災前の
環境を回復するために必要な支出を中心に適切な被害評価を行う2。自然地域が上記の事象によ
り被害を受ける場合、環境の専門家がその被害評価を担当することになろう。その被害評価にお
いては、第四巻第V部第1章 環境 1−3定性的な環境評価で説明する復元原価法を用いること
が望ましい。
エネルギー・セクターの評価方法の一例を付録Ⅶに示す。
1
2
例えば、Kunte et al. (1998)“Estimating National Wealth: Methodology and Results,”Discussion Paper, the
Environment Department of the World Bank, Washingtonを参照のこと。
被害評価チームにおいて、これらの事象による直接および間接の被害はエネルギーの専門家が評価したとして
も、実際にはエネルギー・セクターとは直接関係のない機関が環境復元対策を実施することがある。その場合、
環境復元支出はエネルギー・セクターには計上しない可能性が高い。特に環境復元対策が環境行政次第である
場合はその傾向が強い。
11
第Ⅲ部 インフラ
付録Ⅶ 1987年に発生したエクアドル地震によりエネルギー・セクターが受けた被害
付録VII
1987年3月に発生したエクアドル地震により
エネルギー・セクターが受けた被害
1987年3月、エクアドル北東部を震源とする一連の地震が発生した。この災害は低所得者の住
居とライフラインを破壊し、生活条件を大きく悪化させた。さらに被害が深刻だったのは、経済
の主要セクターが利用する交通インフラであり、エクアドルの輸出力や外貨獲得能力が低下した。
1.電力セクター
地震に加えて、土砂災害や洪水により、一部の発電所、国の電力網を構成する送電線、建設中
の水力発電所2基が直接被害を受けた。その上、一部の都市への電力供給が一時的に停止し、水
力発電よりも費用がかかる火力発電に依拠せざるを得なくなったが、ディーゼル燃料の輸送費が
高騰したため、火力発電所の単位当たりの運転費用が上昇した。
発電所や電力送電システムの修復費用は、当該の電力会社が提供する原価に基づいて算出した。
建設中の発電所の作業員宿舎の修復・再建の費用も同様に算出した。直接被害総額は350万米ド
ルとされた。
間接被害の内訳は、建設中のダムの費用の増加、火力発電への切り替えによる発電費用の増加、
電力会社が逸した収益などであった。間接被害総額は30万米ドルとされた。
以上をまとめると、この災害によりエネルギー・セクターが受けた直接および間接の被害は
380万米ドルとなる。交換が必要な設備・資材の大部分が国内生産で賄えないため、国際収支に
与えた被害は220万米ドルと予測された。
表A7−1
1987年エクアドル地震による被害の概要
項目
合計
発電インフラ
送電線および変電所
作業員宿舎
発電費用の増加分と電力売上高の減少分
合計
3.80
0.13
0.12
3.26
0.29
被害(100万米ドル)
直接
間接
3.51
0.29
0.13
0.12
3.26
−
0.29
国際収支への影響
注
2.18
−
−
2.18
−
注:国内生産されていないために輸入に依拠せざるを得ない要素の価値。
出所:公式の数字に基づいてECLACが算定。
2.石油セクター
油井には物理的な損傷は確認されなかったが、ラゴ・アグリオの油田地帯とエスメラルダスに
位置する精製や石油・石油派生品の輸出の拠点を結ぶ赤道横断石油パイプラインが、土砂災害と
洪水により不通となった。国内産油量の99.6%を占めるエクアドル東部からの原油の流れが止ま
っただけでなく、約10万バレルの石油が流出した。様々な直径のパイプラインの破損箇所は合計
で78kmにも及んだ。一部ポンプ場の土木工作物も被害を受けた。
パイプラインとその関連工作物が受けた直接被害と流出した石油の価値は、1億2000万米ドル
13
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
と算定された。損壊したパイプラインについては、簡便性を優先して同一ルートに再建されるこ
とになったが、これには4カ月が必要となった。また、間接被害は直接被害を大幅に上回った
(表A7−2参照)。
この間接被害は、国内的および対外的な要因からエクアドルの経済動向に影響を与えた。具体
的には、復興期には石油輸出による外貨収入が大きく減少したことと、石油派生品の国内需要を
賄うための費用が高騰したことである。
国内的には、パイプラインが損壊したことにより首都キトまで液体ガスを輸送するコストが高
騰した。普段とは異なるルートおよび手段で運搬せざるを得ず、運転費用が多くかかったからで
ある。その上、石油派生品の国内需要に対処するため、ベネズエラから一時的に石油派生品を融
通してもらうとともに、コロンビアまでの代替的なパイプラインを敷設して限定的に石油を入手
し、船舶でエスメラルダスの製油所に運搬する方法をとった。
石油輸出の開始はパイプラインの再建まで待たなければならなかった。石油輸出契約について
は、ベネズエラおよびナイジェリアからの一時的な融通を受け、部分的ながら履行した。このた
め、間接被害はパイプラインの再建期間を超えて発生した。
上記に加えて、エクアドル石油公社(Corporacion Estatal Petrolera Ecuatoriana: CEPE)も、
ガソリンの国内消費の低迷により損失を被り、他方、公営および民間の製油所の精製量も減少し
た。この利益損失により災害の間接被害を押し上げることとなった。
以上をまとめると、地震により石油セクターのインフラが受けた直接被害は1億2170万米ドル、
間接被害は7億6670万米ドルで、合計8億8840万米ドルとなった。このほか国際収支については、
石油輸出の減少と国内需要対応のための輸入の増加により8億1500万米ドル分の悪影響を与えた。
表A7−2
1987年エクアドル地震による直接被害および間接被害
項目
合計
パイプラインおよびポンプ場の再建、流出した石油の費用
国内供給費用の増分
・コロンビアまでのパイプライン関連の投資
・輸送費の増分
・代替石油の費用
・液体ガス輸送費用の増分
・オリエンテまでの石油派生品輸送費用の増分
輸出損失分
・輸出損失
・一時融通の石油
利益損失分
・消費の減少分
・製油所の精製量の減少分
被害(100万米ドル)
注
国際収支への影響
合計
直接
間接
888.42
121.67
766.89
815.6
121.67
121.67
−
66.0
90.17
90.17
87.3
17.05
17.05
15.69
15.69
−
54.56
54.56
0. 87
0. 87
2.00
2.00
662.30
662.30
662.3
64.27
−
64.27
19.60
19.60
14.28
14.28
5.27
−
5.27
−
9.01
9.01
出所:公式の数字に基づいてECLACが算定。
1987年の地震によりエクアドルの石油セクターが受けた被害は8億9200万米ドルである。この
うち、石油セクターのインフラが受けた直接被害は14%にしかすぎず、残りの86%は間接被害で
ある。これ以外に、石油輸出契約の履行不能などにより、国際収支にも8億1800万米ドル分の悪
影響を与えた。このため、国際石油価格の下落などによりすでに停滞していたエクアドルの経済
状況がさらに悪化することになった。
14
第Ⅲ部 インフラ
第2章 水供給と衛生
第2章 水供給と衛生
2−1 はじめに
ラテンアメリカ・カリブ海地域の疫学的な指標を見てみると、死亡率が伝染病と密接な関係に
あることが分かるが、伝染病の発生は飲料水の質や衛生設備の状況に大きく左右される。災害に
よりこの状況が悪化するのであれば、被災後の対応では流行病の発生源を生じさせないサービス
の復旧を重視しなければならない。特に、水質、衛生的なし尿処理および廃棄物処理に留意する。
給水の復旧方法の検討にあたっては、各水源、水量、下水施設までの距離、および化学物質に
よる汚染のあらゆる可能性を考慮しなければならない。
平常時でも不適切なし尿処理は公衆衛生に悪影響を及ぼすが、災害時では、伝染病の伝染防止
という観点からし尿処理が一層重要になり、公衆衛生の重点課題となる。
水供給と衛生セクターの被害程度は、災害の強度だけではなく、本セクターにおけるシステム
の各構成要素の特性すなわち脆弱性にも左右される。言い換えると、災害の規模や種類は同一で
も被害は様々であり、その被害はシステムやシステムの構成要素によっても異なる様相を呈する。
システムの脆弱性を左右する要因は基本的に4つある。すなわち、システムの立地、工学的設計
の質、建設の質(建設に使われる技術、機器、資材を含む)および施設維持管理の質である。
水供給と衛生の各システムを構成する要素の大部分は、適切な運転と体系的な保守の継続を必
要とする。それを怠ると損傷に対する抵抗力が低下し、被災した際には復旧の妨げにもなる。逆
に、運転保守を適切に実施するためには、修理工場、予備部品、配水管図面も含めた実効的な体
制が必要となる。このような体制を整備しておくと、災害による被害を受けても被害の計測・評
価や復旧を迅速かつ低費用で実施することが可能となる。したがって、被災したシステムの運転
保守を担当する部署が災害評価チームにとって一番の情報源となる。
2−2 評価手順
評価を行う前提として被災地の範囲を特定する必要がある。その上で、水供給と衛生セクター
に関わる諸機関とその役割を把握する。水供給と衛生セクターには、その構成要素間の相互作用
が強いことから分野横断的・総合的なアプローチが求められる。同時に本セクターの各事業ない
し部門(水供給、汚水処理、廃棄物の収集・処理)には個別の評価手順が必要となる。災害評価
チームは、各サブセクターの個別方針や整備水準についても把握しておく。
技術面について、災害評価チームは被害を受けたシステムの基本情報と詳細な地図を入手する。
現地における評価や検証に欠かせないからである。評価が終了すれば、水供給と衛生の専門家は
下位システムが受けた被害の詳細をまとめた表を作成できるはずである。一例を表Ⅲ−2−1に
示す。
15
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
表Ⅲ−2−1 水供給と衛生セクターの被害(1,000米ドル)
構成要素
被害
合計
直接
間接
セクター
公的
民間
国際収支へ
の影響
合計
給水システム
都市水道システム
インフラ
復旧支出
水道料金収入の減少
生産原価の上昇
農村給水システム
インフラ
復旧支出
汚水処理システム
インフラ
復旧支出
汚水処理料金収入の減少
生産原価の上昇
農村汚水処理システム
インフラ
復旧支出
井戸および簡易トイレ
廃棄物処理システム
復旧支出
処理料金収入の減少
2−3 必要な情報
水供給と衛生の専門家は、評価の根拠として以下に示す項目についてあらゆる情報を収集する。
2−3−1 水供給システム
●
上水道部門の体制(水道事業体、市町村および規制管理組織)
●
被災前の上水道普及率(都市部および農村部)
●
共同および個人システム(上水道、個人井戸、共用給水など)別の人口構成
●
被災した都市水道および農村給水システムの特定
●
浄水処理への影響の有無と薬品・試薬や設備の追加投入の必要性の確認
●
被災したシステムの特性
・ 被災前の普及率など(給水戸数、平均給水量など)
・ 水供給率、助成金の種類、水道料金の回収率など
・ 被災前の給水量
・ 被災後の給水設備
・ 被災した全システムを復旧させるのに必要な予想期間
●
被災した全システムの復旧に向けた計画
●
被災した全システムの被害の特性
・ 被災システムの設備・構成要素が受けた被害の内容
・ システムの構成要素の建設手法および資材
・ 被災システムの各構成要素までのアクセスの良し悪し
16
第Ⅲ部 インフラ
第2章 水供給と衛生
●
完全復旧までの上下水道事業の暫定体制
●
システムの復旧対策の特定
●
システムの復旧復興に必要な資材、建設、設備、薬品・試薬、そのほかの投入資源の費用
2−3−2 汚水処理システム
●
汚水処理部門の体制(下水道事業体、市町村など)
●
都市および農村における被災前の汚水処理人口普及率
●
共同および個人システム(簡易トイレおよび浄化槽)別の人口構成
●
都市および農村の被災したシステムの特定
●
被災したシステムの特性
・ 被災前の普及率など(下水道接続戸数など)
・ 普及率、補助金、処理料金の回収率(水道料金との連動など)
・ 被災前の汚水処理水準
・ 被災後の汚水処理能力
・ 被災したシステムの復旧に必要な予想期間
●
被災したシステムの被害の特性
・ 被災したシステムの設備・構成要素が受けた被害の内容
・ 衛生システムの建設手法および資材
・ 被災したシステムまでのアクセスの良し悪し
●
完全復旧までの上下水道事業の暫定体制
●
システムの復旧対策の特定
●
システムの復旧復興に必要な資材、建設、設備、薬品・試薬、そのほかの投入資源の費用
2−3−3 廃棄物の収集・処理
●
一般廃棄物の収集・処理・最終処分を行う公益事業の概要
●
事業体の資産(貨物自動車、都市部や処分場までの道路など)が受けた被害の特徴
●
被災前の廃棄物収集の対象地域および対象者
●
被災システムの復旧対策の特定
●
システムの復旧復興に必要な資材、建設、設備、薬品・試薬、そのほかの投入資源の費用
2−4 情報源
水供給と衛生の専門家は、被害評価に必要な基本情報を有するあらゆる機関、情報源の支援を
要請する。その機関、情報源とは次のようなものをいう。
●
監督機関、規制機関、上下水道事業体
・ 水と衛生システムおよび事業の維持管理と担当する市町村
・ 水と衛生セクターを管轄する保健、住宅、公共事業担当省
●
全国や県レベルの市町村連合体
17
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
●
上下水道事業体(国、州、市町村、民間、官民共同、コミュニティなど、運営主体は様々)
・ 特に上下水道事業体の年次報告書
・ 地域の上下水道管理委員会
●
農村給水システムを建設し、コミュニティの自主管理に委ねる手法を取る非政府組織(NonGovernmental Organization: NGO)(CARE、セーブ・ザ・チルドレン、OXFAM、カトリ
ック救済サービスなど)
●
米州衛生環境工学協会(Inter-American Association of Sanitary and Environmental
Engineering: AIDIS)の各国支部
●
水と衛生の普及率を含めた現状に関する国連開発計画(United Nations Development
Programme: UNDP)、ユニセフ、米州保健機構(Pan-American Health Organization:
PAHO/World Health Organization: WHO)の報告書(通常、10年に1回発行)
2−5 被害の内容
2−5−1 直接被害
水供給と衛生の専門家は、次に示す水供給と衛生の各システムが受けた直接被害の内容を漏れ
なく記述できなければならない。
水供給システム(以下の項目を確認)
●
都市水道のインフラおよび諸設備が受けた被害(構成要素別が望ましい)
●
農村給水のインフラおよび諸設備が受けた被害(構成要素別が望ましい)
●
ストック(薬品類、貯水量、予備部品、そのほかの資産)の損失
汚水処理システム(以下の項目を把握)
●
都市下水道のインフラおよび諸設備が受けた被害(構成要素別が望ましい)
●
農村汚水処理システムのインフラおよび諸設備が受けた被害(構成要素別が望ましい)
●
ストック(薬品類、予備部品、設備など)の損失
廃棄物処理システム(以下の項目を確認)
●
インフラ、諸設備の被害
●
処理場、最終処分場までのアクセスルートの被害
●
処分場への影響
2−5−2 間接被害
水供給と衛生の専門家は、3部門について間接被害の算定に必要な情報を漏れなく収集しなけ
ればならない。
水供給システム(以下の項目の把握は必要)
●
復旧関連活動(タンク車両などによる給水、設備・機械類の購入、修復、浄水方法の変更、
復旧用に保管していた資材などの活用、残業)
●
給水量の低下(取水、浄水、貯水および給水のための施設に関連するため)
18
第Ⅲ部 インフラ
第2章 水供給と衛生
●
システムの機能低下による運転費用の減少
●
水供給生産費用の上昇
●
期待収益の損失(料金請求額の低下、水道供給停止など)
●
保険担保範囲
汚水処理システム(以下の項目は間接被害の算定に不可欠)
●
復旧関連活動(下水道の点検、設備・機械類の調達、修復など)
●
汚水処理能力の低下
●
汚水処理費用の上昇
●
期待収益の損失
●
保険担保範囲
廃棄物処理システム
●
期待収益の損失
●
廃棄物の収集処理費用の減少
●
保険担保範囲
2−6 被害の定量化
2−6−1 直接被害
被害の定量化には、被害を次のように分類して検討するとよい。
●
まず、被害をシステムの種類別に明らかにする。
・水供給システム
・汚水処理システム
・廃棄物処理システム
●
その上で、各都市の各システムについて、被害を構成要素または下位システムごとに分類す
る。例えば、都市の上水道を例に取ると次のようになる。
・取水施設(取水口A、取水口B…)
・ポンプ場(ポンプ場1、ポンプ場2…)
・浄水場(浄水場1、浄水場2…)
・配水池までの主要送水施設
・配水池(配水池A、配水池B…)
・配水管網
・そのほか、個別に定める構成要素
構成要素別の被害を合計し、各都市の上水道が被った被害全体を算定する。
各部門(水供給、汚水処理、廃棄物処理)の被害について、構成材、設備、施設別にまとめた
一覧を作成する。参考のため、手順の一例を以下に示す。
●
構成要素別の被害概要をまとめる。その概要には各構成要素の主要部分、被害の種類、工作
物・構成材が受けた被害の量的範囲を適切な単位で記載する。また、各構成要素について次
19
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
の項目を明らかにする。
・ 必要な工作物や構成材の種類
・ 再取得価額で表示した建設単価(UP)
・ 修復費用(上記の建設単価に占める割合(R%)の概算)
●
施設・構成材・設備が受けた被害の割合(R%)を求めるには、当該事業体に直接照会する
方法と、修理・修復で間に合うか、再建・交換が必要かを考慮した加重計算による方法があ
る。修理・修復で間に合う場合、被害額は当該施設・構成材・設備機器の総費用に占める割
合(R%)として算定する。再建・交換が必要な場合、R値は100%となる。
●
暫定のR値は各システムを運営する事業体の担当者などが提供する数字に基づくものでもよ
いが、最終的に採用するR値については、災害評価チームの水供給と衛生の専門家による現
地調査の結果を基に算定する。
また、次に示す方法で取り壊し、取り外し、瓦礫撤去の費用も計上する。
●
システムの各構成要素(上記の方法にしたがって特定する)について、取り壊し、取り外し、
瓦礫撤去の前に再建または修復の必要性を判断しなければならない。再建または修復が必要
であれば、解体する工作物・構成材の量を適切な単位で概算する。その単位はその工作物・
構成材の被害算定に使用した単位に可能な限り合わせる。
●
取り壊し、取り外しおよび瓦礫撤去と位置付けられる工事ないし主要作業の内容を明らかに
する(工作物・構成材ごとの単位価格を採用)。
●
工作物・構成材に関する困難度や費用に配慮する。例えば、鉄筋コンクリート製の貯蔵施設
の「取り壊し」と石綿セメント管の「取り外し」を区別する。後者は作業がはるかに楽であ
り、一部は再利用できる。
●
この項目の価格の正確な算定ができない場合、先に説明した基準に準じて算定する。すなわ
ち、「解体・瓦礫撤去」の費用を単価に占める割合(D%)として表示する。ただし、工作
物・構成材が同一でもD%が同一になるとは限らない。解体の難度が異なるからである。
●
解体の結果、構成材の一部が当該事業体による再利用あるいは販売という形で有効活用が可
能な場合、その価値を当該構成材の新品単価に対する比率(V%)で見積もる。その数字は、
取り壊し・取り外し・瓦礫撤去の費用から差し引く。
予備部品、薬品・試薬、水槽などが保管されている倉庫やそのほかの保管施設が災害の直接被
害を受けた場合、その被害も計上する。水供給と衛生の専門家は、あらゆる情報を検討して当該
の構成材の量と単価を決定する必要がある。
被害評価で用いる単価については、最近の実現可能性調査の結果や被害を受けた事業体が用い
る単価一覧を基準にするのが一般的である。後者の場合、一覧の作成日を確認して必要に応じて
インフレ調整を行う。直接調査や適切な地元情報から導かれた単価も被害評価で用いる単価の基
準となる。あるいは、必要に応じてラテンアメリカ・カリブ海地域の「相対単価」を基準にする
ことができる。これは上記の単価との比較という観点からも有効である。
どれを基準にするにしても、評価で用いる単価においては、総単価に占める人件費、国産の構
成材および輸入の構成材の割合が明らかでなければならない。さもなければ、直接被害総額、輸
入分の価値、およびその国際収支への影響を区別できない。
水供給、汚水処理および雨水排水の各システムには、様々な施設、構成材、設備が使われてい
20
第Ⅲ部 インフラ
第2章 水供給と衛生
る。このうちの一部については単価一覧を基準にして容易に費用算定ができる。例えば、水道管
がそうである。水道管の単価は、水道管単体の調達にしても全体の敷設にしても1m単位で表す
ことができる。技術面や価格面で異なる要素で構成される施設(例えば、浄水場)の費用は、そ
の施設の総費用に基づいて算定する。
2−6−2 間接被害
災害の間接的な影響は、復旧復興期の始めから終わりまで、あるいは施設が正常に稼働し始め
るまで継続するのが一般的である。この間接的な影響としては、水道事業体の期待収益の損失分
(給水量の減少に伴う水道料金収入の減少と水道管の破損の修理が進まないことによる漏水の増
大によるもの)がある。また、水供給が正常化するまでの給水需要に対応するために必要な水道
事業体の運転費用の増大、さらには保健衛生への影響も間接的な影響である。この点については、
保健医療セクターの専門家と協議して、重複や見落としがないようにする。
(1)水供給システム
1)正常化
自然災害はその規模にもよるが、大小様々な都市、町および農村部を含む広大な地域に影響
を及ぼすことがある。予測が困難な災害の性格やそれがもたらす影響を踏まえると、水供給の
復旧には様々な活動が求められる。その活動(直接被害に対する修復を含む)の費用は間接被
害に計上する。この復旧のための諸活動には次のようなものがある。
・ プラスチックのパッチやジャケットによる水道管の修復、応急措置としてのバイパス管
の設置、漏水口を回避する工事の実施による水道水の損失防止。
・ 設備、構成材、薬品、試薬などのストックまたは予備の利用。
・ 未処理水や配水池を対象にした塩素消毒施設の暫定的に稼働させてすでに塩素消毒され
ている水の塩素濃度の引き上げ。都市部および農村部における深井戸および浅井戸の予
防的塩素消毒。
・ 民間企業の工場、事業所、スポーツ施設の深井戸など、水道以外の飲料水の利用(水道
接続、ポンプ設備への電力供給なども含む)。
・ ガラスファイバー製やプラスチック製のタンクだけでなく、既存の貯水施設(水泳プー
ル、工場・事業所の貯水槽)を飲料水の貯水や給水に活用。
・ タンク車両などの車両を給水車に転用。
・ 必要かつ可能であれば、上水道に上水を配分するために必要な諸活動。
・ 上水の汚染防止のために水圧を上げる(漏水の増加時にも必要)。
・ 予防的観点からの水の利用方法(沸騰させるなど)、給水スケジュール、給水車のルート、
給水ポイントなどについての要領の作成・配布。
・ 住民がほかの方法で水を調達・購入する費用・代償(例えば、上乗せ料金、健康上の問
題)。
2)水供給の復旧費用の算定
復旧活動は考えられる災害の範囲や地域の特性によって大きく異なる。物事を単純化するた
め、復旧費用をいくつかのカテゴリーに分類して検討する。
21
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
人件費の増分。復旧活動のための専門家、技術者、管理事務担当者および肉体労働者を雇用す
るのに必要な追加的費用である。被害を受けた水道事業体もすでに何らかの算定をしていること
を念頭にしつつ、次の方法で人件費の増分を算定する。
・ 職種カテゴリーの単価(人月、人日など)を示した簡単な一覧を作成する。
・ 復旧活動の予想期間の始めから終わりまでに必要な「単位人数」を職種カテゴリー別に算
定する。
・ 以上を掛け合わせ、得られた小計を合計して人件費の増分総額を求める。
工事・修復に必要な費用。上の項目に計上されない費用はこの項目に計上する。工事や修復に
必要な資材、運搬、燃料なども含まれる。緊急対応として設置する設備、機械類、パイプ、バル
ブの総費用のうち、この項目に計上されるのは一部のみである。この項目は復旧期においてどの
ように使われたのかによってその額が上下する推定減価償却(r%)が含まれているからである。
実施した主な資材工事の一覧を作成する。一覧には工事・資材別の費用の概要、工事・資材・
品目ごとの概算量、それぞれの単価、間接費および利益(必要に応じて)を簡潔に記入する。
公共水道事業体に属さない水源・取水口の利用に必要な費用。この項目には、第三者との特別
な協定に基づき支払われる支出が含まれる。
タンク車両を給水に活用。タンク車両による給水で、災害により水道などの給水が停止した地
域の水不足を解消する。この費用の算定では、給水車として活用するタンク車両の容量、1回の
給水ごとの料金などの要因を考慮する。
3)給水量の減少
災害により、水源から水を引いて浄水処理し、各家庭に給水する量が減少することがある。
この減少分は次のような直接被害により引き起こされる。
・ 旱魃による水資源の減少
・ 水源の汚染
・ 取水施設、ポンプ場などの設備の被害
4)水道システムの給水能力の低下
浄水を都市や中間施設(浄水場、ポンプ場、配水池など)へ運ぶ水道本管が被害を受けると
システムの全体的な給水能力が低下する。水道支管や配水管網の被害では、給水能力への影響
は限定的である。世帯接続や建物、家屋、工場、市場などの内部配管網の被害の場合、給水能
力への影響は局所的である。ポンプ場が被害を受けた場合、給水能力の全体または一部が影響
を受ける。
5)水道システムの管理・貯水能力の低下
水管理能力が低下すると、継続的な水需要に対応し、水資源の損失を防止する水道システム
の能力も低下する。システムの水管理・貯水能力が受けた被害、小規模貯水池、工業商業用貯
水池、家庭用貯水池が受けた被害はこの項目に計上する。
22
第Ⅲ部 インフラ
第2章 水供給と衛生
6)水道使用量の減少
被災した都市や町の水道使用量は、前述の給水障害(例えば、上水道が受ける直接被害)や
住民の他地域への避難により全体的あるいは部分的に減少する。衛生の観点から問題が生じる
ほど水質が低下すると、住民は水を沸騰させて利用せざるを得ない。給水量あるいは需要が減
少すれば、水道料金収入も減少することはいうまでもない。
7)上水生産費用の増加
主な原因としては、既存の取水地点の上昇やほかの水源を利用する必要性、水道本管や配水
管網からの漏水分を補うことを目的とした1日当たりの上水生産量の引き上げ、電力などの投
入資源の費用の上昇などである。
8)期待収益の損失(料金請求額の低下、給水の一時停止など)
水道料金請求額がどの程度低下したか(あるいは被災地の都市や町の需要者への上水販売量
の低下)を算定するには、その低下の主な要因を把握しなければならない。
9)水量の不足・不安定化や水質悪化による公衆衛生への影響
公衆衛生、特に子供や高齢者の健康への影響は様々であり、保健医療セクターが分析を担当
する。
(2)汚水処理システム
汚水処理システムおよび雨水配水システムが受ける間接被害は大きく分けて3つある 。
1)健康リスクの増加と生活の質の低下
上水不足による衛生状況の悪化に加えて、汚水や雨水の排水が適切になされないと次に示す
理由により公衆衛生リスクが大幅に増加する。
・ 水がないとし尿などの汚物を流せないため、上水が供給されない地域では汚水処理シス
テムは使えない。
・ 下水道網が破損したり詰まったりすると、汚水が道路にあふれ、直接感染や媒介動物に
よる感染により流行病などの疾病リスクが高まる可能性が高い。
・ 汚水処理場で問題が発生すると排水先の水源をさらに汚染する可能性がある。
・ 雨水排水システムが被害を受けると洪水のリスクが高まる。
2)下水道復旧工事の費用
復旧には、水道管の修復、緊急対応としての水道管・下水道管の敷設、排水路の整備など
様々な活動が必要となる。場合によっては、バルブ、ゲートなどの施設設備を操作して、下水
や雨水のポンプ場からの流れを変えたり、処理場、水槽、排水路からあふれた下水を排除する
ことも必要になる。この操作や下水道復旧工事の費用は、給水の場合と同様の方法で算定する。
3
汚水と雨水の排水を同一のシステムで行うケースや地域によっては分けて行う。
23
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
3)下水道料金収入の減少
災害が下水道料金収入にどのような影響を与えるかは、被災都市の下水道料金の請求のあり
方によって変わる。水道料金に対する割合で下水道料金が決められている場合、被害は次の公
式によって求める。
It = 対象都市の水道料金の総減少分
a% = 水道料金に上乗せされた水道料金に対する下水道料金の割合(%)
s% = 上水道に接続している人口に占める上下水道に接続している人口の割合(%)
ここで、下水道料金の請求額の減少分は次のようになる。
△fa = It×(a%)×(S%)
ただし、損壊のために下水道を利用できなくなる人々も発生する。この損失は、次の方法に
より上記の割合に上乗せする割合(Z%)として求められる。
△fa =(Z%)×(通常の下水道料金請求額)
下水道料金の料率が一定だとすると、請求額の損失分は都市全体の請求額の一定の割合を適
用することにより求めることができる。
ここで、
Fa = 都市全体の1月当たりの下水道料金請求額の総額
Fa/30 = 1日当たりの平均請求額
g% = 災害が原因により請求されなかった額の推定割合
p = 下水道が不安定または使用できなかった期間(日数)
とすると、
[米ドル/期間]
△fa =(g%)×p×(Fa/30)
下水道料金の請求がもともとない場合は、下水道事業体の収入は影響を受けない。
2−7 マクロ経済的影響
水供給と衛生セクターが国のマクロ経済動向に与える影響を評価する上で必要となる項目、情
報、背景および手順を以下に示す。
2−7−1 国内総生産への影響
(1)給水量の損失分
これは災害が発生してから完全に復旧するまでの給水量の損失分のことである。請求の対象と
なる給水量の減少による水道事業体の収入の減少分および水道管からの漏水などにより使用者に
届かないことによる給水費用の増分として算定できる。
直接被害の規模と特性、あるいは対象水道事業体の財政力、修復再建能力に鑑みて、給水と請
24
第Ⅲ部 インフラ
第2章 水供給と衛生
求の正常化にかかる期間を予測することが可能である。
被災した都市・水道事業体ごとに次の項目に関する表を作成する。
●
災害発生時から正常化の見通しが立つまでの期間において、請求対象水量の1カ月当たりの
減少分。
●
給水量について住民に請求する平均額の増減。
●
水道事業体の1カ月当たりの収入の損失分(平常時と災害時の請求額の差)。
●
住民がほかの手段で水を調達せざるを得ない場合、その調達に必要な追加的費用。
(2)被災前の水供給と衛生セクターの動向予測
マクロ経済の専門家は、国全体および被災地について本項目のデータにアクセスできるかもし
れない。しかし、ラテンアメリカ・カリブ海地域においては、取水量、浄水処理量、都市部の漏
水率などの予測値しかない場合が多いため、請求対象の水量に基づく水供給と衛生セクターの
GDPを算定した方が現実的かもしれない。水供給と衛生の専門家はマクロ経済の専門家と緊密な
連携を図りつつ次の課題を実施することを推奨する。
●
国民経済計算を分析するとともに水供給と衛生セクターを監視するすべての機関と協議する
ことにより、過去5年間のGDPの動向のほか、災害発生前に担当官が予測した同セクターの
当年度の業績についての情報を可能な限り集める。
●
復旧およびさらなる発展を可能にする水供給と衛生セクター戦略の修正点を検討する。
2−7−2 総投資への影響
総投資への影響は次の3つに分けられる。
1)一時停止や延期を余儀なくされた、あるいは資金を災害関連に再配分せざるを得なくなっ
た進行中の事業およびそのほかの計画投資
この項目については、被害を受けた主な事業とその事業ごとに計画された投資をまとめた表
を作成する。その上で、災害に起因した投資の予測減額分(当期以降)を事業ごとに算定する。
2)ストックの損失
ストック(貯水池・貯水槽の水や浄水用の薬品・試薬など)の損失、あるいは在庫や建設中
の施設にある資材や予備部品の損失をまとめた表を作成する。
3)修復・再建に必要な資金
この項目について算定する際の主な参考資料は、直接被害の一覧および個別および全体の被
害額を示した評価結果である。この参考資料に基づき、次の情報を盛り込んだ表を作成する。
・ 被害を受けた工作物をシステム、下位システムおよび主要施設ごとに分類し、各工作物が
受けた被害総額を示した一覧を作成する。その際、都市別や事業体別(同一の都市に複数
の事業体が存在する場合)に分類する。農村部も同様に分類する。
・ 当該の被害を修復するためにその後年単位で必要となる投資予測額。この予測にあたって
は、当該工作物の総体的な緊急性、国やその事業体の技術力、および考えられる資金源を
考慮する。国の事業実施能力と復興需要とのバランス、あるいは復興需要に対する国内の
25
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
対応能力と輸入とのバランスに特に留意が必要である。
水供給と衛生の専門家は、再建・修復に関する予想要件と能力的な限界について特段に指摘し、
(時間や情報の面で条件が許す限りにおいて)適切な勧告を行う。
2−7−3 国際収支への影響
水供給と衛生の専門家は、マクロ経済の専門家が災害の経常収支に与える影響を算定できるよ
うに間接被害に関する基本情報を提供する。具体的には次のような情報である。
(1)財・サービスの輸出の減少分
飲料水が輸出されることはほとんどないので、この項目は通常考慮されない。ただし、被災国
が水供給と衛生セクターに関する技術サービスの輸出国である場合、災害に起因した国内需要の
増大により、そのようなサービスの輸出力が一定の期間低下する可能性がある。この場合、その
輸出の損失は次のように表す。
M$s = 所与の期間におけるサービス輸出の損失
MsO = 災害が発生した年におけるサービス輸出の損失
Ms1 = 災害が発生した翌年におけるサービス輸出の損失
Ms2 = 災害が発生した翌々年におけるサービス輸出の損失
とすると、
M$s =(MsO+Ms1+Ms2)
(2)輸入の増分
この項目を算定するためには、直接被害の復旧復興に必要な輸入を計上する。先に算定した直
接被害算定額の輸入分合計がこの輸入に該当する。
次の手順で輸入の増分を算定できる。
Idd = 直接被害に起因する輸入の増分
Idd0 = 直接被害に起因する輸入の増分のうち、災害が発生した年のもの
Idd1 = 直接被害に起因する輸入の増分のうち、災害が発生した翌年のもの
Idd2 = 直接被害に起因する輸入の増分のうち、災害が発生した翌々年のもの(該当すればそ
れ以降の分も含む)
とすると、
Idd = Idd0+Idd1+Idd2
(3)寄付
この項目は本セクターに属する国際援助で、現物、設備、資材および機械類からなる。この寄
付は災害発生後直ちに(災害発生年=0年)寄せられる可能性が高いが、災害発生の翌年にも寄
付が予想されるかどうかを明らかにする。
(4)対外債務返済の減少分
債権国から利払いの減額が認められた場合、認められた年においてその旨明記する。
26
第Ⅲ部 インフラ
第2章 水供給と衛生
(5)保険と再保険
水供給と衛生セクターの資産および収益について、災害リスクに対する国内保険が掛けられる
ことが増えている。その場合、災害発生を受けて支払われるべき保険金のほか、国際収支に影響
することから海外からの再保険金も算定する。
2−7−4 財政への影響
災害は次のような点で財政に悪影響を与える。
(1)財・サービスの生産低下による税収の減少
水供給と衛生の料金請求も課税対象であり、その事業体の収入が災害発生により減少すれば、
国または市町村の収入もその分減少する。この税収損失分を算定するには、次の事項を考慮に入
れる必要がある。
●
料金請求総額の減少と水の損失による収入の減少
●
水道・下水道事業体が算定する該当税金の割合(p%)と絶対値
●
税収の減少分は次のようになる。
●
Mi = Mi0+Mi1+Mi2 = 災害発生から起算して0年度、1年度および2年度における税
収の損失分
(2)水道・下水道事業体収入の減少
給水量の低下による料金請求総額の減少は前述のとおり、当該事業体の収入減につながる。
したがって、
Mf = Mf0+Mf1+Mf2 = 災害発生から起算して0年度、1年度および2年度における料金
請求総額の損失分
(3)再建・損傷修復にかかる予算支出の増分
予算支出への影響を算定するには、総投資のところで説明した表を基準にする。
Mgi = 復興投資に対する予算支出の増分
とすると、
Mgi = Mgi0+Mgi1+Mgi2 = 0年度の増分+1年度の増分+2年度の増分
2−7−5 物価やインフレへの影響
災害はその規模や額によっては、水道料金や水供給と衛生セクターの復旧に必要な建設資材の
価格を左右する。
(1)水道料金の変化
災害が発生すると以下の理由により水道原価が変動することがある。
●
上水生産原価は、取水口の場所や種類、浄水場の種類あるいは水の輸送・揚水の方法の変更
や、地下水位の低下などにより変化する。
●
災害に起因する原価の増加分の補助金を水道事業体が吸収するのであれば、水道料金に変更
27
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
はないはずである。
上の項目については、水道事業体が把握しているはずである。ただし、災害直後に水道料金に
対する正確な影響を把握するには無理があることから、今後の動向予測は欠かせない。上記の要
因による原価が上昇した場合、1ã当たりの被害後の原価と被災前の原価の関係、あるいは被災
後の水道料金の予測動向を明らかにする必要がある。
(2)建築資材の価格への影響
水供給と衛生セクターや経済全体における建設資材の需要が被災によって増加すると、それが
大きく価格に反映される。したがって、災害評価チーム全体で建設資材価格の高騰を分析する必
要がある。
水供給と衛生セクターの観点からは、被災のあと年単位で実施される復旧復興に必要な主要資
材の需要増加について算定しておくとよい。国内の生産能力はどの程度か、それが需要増加にど
の程度対応できるか、対象の資材をどれだけ輸入できるかなどについても把握しておく。さらに、
政府による価格統制の可能性にも留意する。
2−8 そのほかの影響
2−8−1 雇用への影響
エネルギー・セクターの場合と同様であるが、技術や設備への依存度が高いため水供給と衛生
セクターにおいても上下水道の稼働に必要な人員は限られている。したがって本セクターの雇用
や個人所得が災害によって受ける影響も極めて限定的である。限定的どころか、復旧期には残業
が増えるために上下水道事業体の個人所得が増えることもある。
災害評価チームにおいて、水供給と衛生の専門家は雇用の専門家と緊密な連携を図り、災害が
雇用および所得に与える全体的な影響を評価する。その際、水供給と衛生セクターの数字が正確
に計上され、後の「被害のまとめ」に二重計上されないようによう留意する。
以下は水供給と衛生セクターの雇用への影響についてである。
① 施設やインフラの再建による影響。上水を利用できることが住民にとって不可欠であるこ
とから、損壊した施設やインフラはできるだけ迅速に再建しなければならない。再建する
インフラの技術や設計によっては、その維持管理に必要な人材の数や種類が異なるかもし
れない。このような技術的な変更に起因する雇用の変更は適切に明らかにする。
② 復旧復興期に発生する影響。緊急対応期に必要な人員の雇用は本ハンドブックで扱う評価
の範囲外である。ただし、次に示すような復興期における雇用への影響は明らかにする。
・ 被災前に開始された事業が中止または延期されたためにレイオフされた労働者を復興活
動が吸収する場合、雇用水準は変わらない。
・ これまでの事業・活動が平常時のままで、復旧復興事業が労働者を必要とする場合、雇
用水準は上昇する。
・ 被災前に開始された開発事業の一部のみが中止または延期された場合、雇用見通しは複
雑なものとなる。
28
第Ⅲ部 インフラ
第2章 水供給と衛生
災害が政府関係者や水道事業者の投資決定に影響を与えることもある。したがって、水供給と
衛生の専門家は、災害発生から起算して0年度、1年度および2年度(復興工事がこれ以上かか
る場合は該当する年度を加える)の雇用の変化を予測する際には、政府機関や水道事業体から必
要な情報を入手する。
この雇用予測は復興需要に関して先に行ったスケジュールと投資予測に合わせて実施する。
2−8−2 女性に特徴的な災害影響
農村部や都市周辺部の給水システムが受ける被害は、女性に特徴的な影響をもたらす。上水道
が整備されていない地域において、生活水の調達は女性が担うことが多いからである。
家庭用やコミュニティの井戸・わき水が汚染や土砂堆積により飲料水として使えなくなると、
遠方まで水を調達に行く時間・労力が必要となり、女性の再生産労働を増やすことになる。
本ハンドブック第四巻の女性に特徴的な災害影響に関する章では、この再生産労働の増加を現
地調査によって評価する方法について詳細に説明している。水供給と衛生の専門家は、その評価
実施においてジェンダーの専門家と緊密な連携を図る。
2−8−3 環境への影響
水供給システムが利用できる水量やその水質の変化は、住民の健康と厚生に悪影響を及ぼす環
境変容といえる。汚水処理や廃棄物処理の障害により発生する衛生問題もそうである。このよう
な問題は第四巻の環境に関する章で論じているが、当該の被害額の算定は水供給と衛生の専門家
の管轄である。いずれにせよ、水供給と衛生の専門家は環境の専門家と緊密な連携を図り、必要
な情報を漏れなく収集するとともに、二重計算がないように努める必要がある。
29
第Ⅲ部 インフラ
付録Ⅷ 2001年1月13日にエルサルバドルで発生した地震により水供給と衛生セクターが受けた被害の評価
付録VIII 2001年1月13日にエルサルバドルで発生した地震に
より水供給と衛生セクターが受けた被害の評価4
2001年1月13日、マグニチュード7.6の地震がエルサルバドルを襲った。震源は、サンミゲル市
の南東約100kmの太平洋沖であった。この地震はエルサルバドル全体だけでなく近隣国でも体感
されているが、被害が最も甚大だったのは、ウスルタン、ラパスおよびサンビセンテの各県であ
った。
この地震は数多くの強い余震を伴ったが、国民の最貧困層の住宅、ライフライン、教育、医療
の面を中心に大きな被害を与えた。あらゆる生産セクターと国の基礎的インフラが被害を受けた。
水供給と衛生セクターの評価に必要な情報の大部分は、上下水道公社(Administración Nacional
de Acueductors y Alcantarillados: ANDA)、米州保健機構(PAHO/WHO)および保健省から
入手した。
1.水供給と衛生
エルサルバドルの被災前の給水率は都市人口の86.8%(295万1565人)、農村人口の25.3%(83
万130人)であった。汚水処理人口普及率は都市人口の85.9%(272万7160人)、農村人口の50.3%
であった5、6。
上記の普及率の内訳から、
(都市と農村を合わせた)全体の給水率は60.4%、汚水処理人口普及
率は68.3%であることが分かる。水供給および汚水処理の主体は、ANDA、市町村および保健省
のほか、農村部を中心に活動する国内外のNGOである。
(1)水供給
ANDAの被害報告書によれば、都市部の水道で最も被害が甚大であったのが配水池と配水設備
である。被害の程度は、壁にひびが入った程度から、支持構造物(梁、塔など)の弱体化、地盤
沈下まで様々である7。
サンサルバドル首都圏をはじめとするANDA管轄地域では、井戸やポンプ場からの水流が大小
様々な規模の影響を受けた。他方、斜面の地盤のゆるみと地すべりにより傾斜地に近い所を中心
に水道本管が破裂し、その復旧が完了するまでの数日から数週間、給水が止まった。電気系統や
浄水場は被害を受けたものの、修復・復旧に時間はかからなかった。
残念ながら、ANDA管轄外の市町村における水供給システムの被害状況は把握できなかった。
約400存在する農村給水システムのうち、32のシステムが程度の差はあれ、被害を受けたこと
が報告されている。被害の主な内容は、傾斜地や渓谷の近郊など、地盤が不安定な地域を中心に
4
5
6
7
ECLAC (2001) El terremoto del 13 de Enero de 2001 en El Salvador. Impacto socioeconóico y ambiental,
Mexico City, February 2001.
Direcció de Planificació (1999) Boletin estadistico N°21, ANDA, San Salvador, 1999.
OPS/OMS - UNICEF (2000) Evaluació global de los servicios de agua y saneamiento - Informe analitico, San
Salvador, July 2000.
ANDA (2001) Informació preliminar de agua potable y alcantarillado sanitario a nivel nacional - Ocasionado
por el sismo del 13/01/2001, San Salvador, 2001.
31
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
水道本管の接合部の外れや破裂である。浅井戸の内壁が被害を受けた地域では、内壁を清掃する
か、ほかの水源を確保する必要に迫られた。被害推定によれば、約1万400の家庭用浅井戸が修
復ないし再建が必要な被害を受けたが、その被害は農村部や都市周辺部に集中していた。
ANDAをはじめとする関連機関のデータによれば、都市部の約50万世帯が一時的に水道を利用
できなくなった。これは通常の給水人口の15%に相当する。農村部では、給水人口の9.1%(7万
5626人)への給水が一時的に停止した8。
緊急対応期には、タンク車両を活用して適切に塩素消毒された水を給水したほか、通常の給水
が被害を受けた地域では可搬式の浄水設備を投入した。タンク車両が2月8日までに給水した量
は1万8968ãに及んだ。
ANDA、市町村および地方水道局も災害直後から緊急対応を行い、被災した給水管網の修復に
努めた。その際、都市水道、あるいは地方水道局やANDAが直ちに費用を負担できる農村給水網
を優先させた。給水の復旧を最優先させたため、地すべりが発生した渓谷沿いを中心に、復旧工
事が災害脆弱性を高めてしまった例もある。地震により地盤がゆるんだままの傾斜地は、地震、
人間活動および降雨の影響を極めて受けやすくなっており、当初の地震と同等かそれ以上の被害
を受ける可能性がある。
(2)汚水処理システム
汚水処理施設の被害はANDAからは報告されておらず、市町村の発表もない中、災害評価チー
ムは、被害があれば汚水処理システムの稼働中に表面化すると結論付けた。下水道管の敷設箇所、
特に水道本管にどれだけ近いかによるが、上水が汚染された可能性も少ないながら排除できなか
った。
農村部や都市周辺部における衛生設備の中心である簡易トイレは、被害が最も甚大な地域を中
心に半全壊した。農村部における損壊家屋数や衛生設備の被害状況に関する情報によれば、約6
万3000の簡易トイレが被害を受けている。
(3)廃棄物処理
廃棄物の収集・処理を担うのは市町村である。現地調査ではこの面での被災状況に関する情報
は一切得られなかった。COMURES(エルサルバドル地方自治体協会)が被害状況の把握に努め
ることになっている。
2.被害推定額
水供給と衛生の諸システムが受けた直接被害推定額は1310万米ドルである。間接被害(水道・
下水道事業体にとっての費用増分と収入損失分)の推定額は330万米ドルである。したがって被
害総額は1630万米ドルとなる。国際社会による緊急支援総額は100万米ドルである。他方、給水、
汚水処理などが一時的に停止したことにより、ANDAへの国の補助金が約52万5000米ドル分節約
できた(表A8−1参照)。
8
Gerencia de Sistemas Rurales (2001) Informe de da ño s a sistemas rurales de agua potable hasta el
29/01/2001, ANDA, San Salvador, 2001.
32
第Ⅲ部 インフラ
付録Ⅷ 2001年1月13日にエルサルバドルで発生した地震により水供給と衛生セクターが受けた被害の評価
表A8−1
2001年1月のサンサルバドル地震による被害のまとめ
(1,000米ドル)
被害総額
16,340.0
8,363.0
直接被害
13,062.0
6,200.0
6,200.0
間接被害
3,278.0
2,163.0
項目
合計
1. 都市部
注1
・インフラの被害
注2
・緊急支援
663.0
・期待収入の損失
1,500.0
2. 農村部
6,862.0
1,215.0
7,977.0
・農村給水システムの被害
362.0
・緊急支援注1
1,215.0
・浅井戸の被害
500.0
注1:復興費用には、地震の被害を受けた公的セクターの建造物の修復費も含まれる。
注2:運転費用の増分も含む。
33
国際収支への影響
8,500.0
5,000.0
3,500.0
第Ⅲ部 インフラ
第3章 運輸・通信
第3章 運輸・通信
3−1 はじめに
本章では、災害が被災国・地域の運輸・通信システムに与える影響について、 ECLACの30年
の経験の中で最も被害が甚大であった部門である道路交通とそのインフラを中心に論じる。通信
や沿岸インフラについても触れる。
本書のようなハンドブックでは、運輸・通信セクターが受けるあらゆる被害を想定することは
不可能である。インフラやサービス、あるいは災害の原因となる現象は国ごとに大きく異なるか
らである。本ハンドブックでは、本セクターについての一般的な評価手順について説明する。こ
れを各事例の個別の状況に応用するのは、運輸・通信の専門家の仕事である。
緊急対応期が終了するまで評価を実施しないという一般的なルールは、運輸・通信にとって特
に重要である。緊急対応期では、評価に関わるべき現地担当者は当面の対応に忙殺されているの
が普通であり、必要な情報は収集できていない。また、自然災害が終息しない限り、完全無欠の
評価は不可能である。例えば、地震の評価では、大きな被害をもたらしかねない余震の影響まで
視野に入れなければならない。長引く洪水の影響(例えば、太平洋に面した南米の国々における
エルニーニョ現象の場合)についていえば、水か完全に引くまで十分な評価はできない。
現地評価調査が開始されたら、運輸・通信の専門家は、被災国・地域の現地担当者(民間防衛
組織ないし同等の組織、公共事業省ないし運輸省、被災した市町村などの代表者)と面会し、次
に示す課題の実施を図る。
●
対象となる災害の特徴に関する詳細を入手する。
●
運輸・通信セクターの被害の地理的範囲を確定する。
●
官民の運輸・通信インフラの被害について担当する行政機関のあたりをつける。
●
被害評価に不可欠の基本情報の収集にあたり、協力をしてもらえそうな地方組織の担当者と
初めての接触を図る。
災害評価チームが定期的に調整会合を持つことにより、運輸・通信の専門家はほかのチームメ
ンバーから必要な情報を入手するとともに、同一の被害を複数のセクターに計上することを避け
ることが可能となる。特に後者の点は運輸セクターにとって重要である。なぜなら、運輸セクタ
ーは農業や工業が利用するため、二重計算をしてしまう可能性が高いからである。
被災地の現地視察は不可欠である。被害の範囲のあたりをつけるのに公式の航空写真を閲覧す
ることは重要だが(写真は評価を実施する前に準備されているのが通例)、現地を視察すること
は徹底的な評価の鍵となる。橋梁の倒壊、浸食された路床、浸水などで現地に近づけないときは、
陸路を断念し、ヘリコプターや軽飛行機でそのような場所を回避して現地に向かわざるを得ない
こともある。
35
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
3−2 被害の定量化
3−2−1 道路網と陸上輸送
本セクターにおいて最も大きな災害を受けるのが道路網であることが多い。国や地方自治体は
最低限のこととして、道路インフラが受けた直接被害について予備評価を実施する。具体的には、
最低限の交通ないしアクセスを復旧させるための緊急対応、インフラを被災前の状態または適切
な維持管理がなされたと仮定した場合の状態まで復旧させること、迂回路の新設、耐用年数の長
い橋梁への架け替えなどの改善、という3点について費用算定を実施するのが一般的である。初
めの2点に関する工事の費用は直接被害の算定に直接関わることであるが、第三の点は復興事業
の策定において重要な意味を持つ。復興事業の策定については、被害評価完了後に運輸・通信の
専門家が関わることになる。
国や地方自治体が公表する正式な直接被害の算定を精査する。この算定は次の理由により、不
完全であったり、完全に信頼できるものではなかったりすることが少なくない。
●
道路不通区間が発生すると、それよりも上流側の区間が受けた被害を発見し評価することが
難しい。
●
国や地方自治体は、復興資金を増やそうとして被害を過大に評価した可能性がある。
●
保守の不備により被災前に相当な損傷を受けていた可能性がある。
●
この直接被害算定では、関連の機関・組織がすでに予算化していた正規労働力の費用など、
復興費用の一部を見落としている可能性がある。
●
国は、地方が管理するインフラや民間運営のインフラの被害を計上していない可能性がある。
●
このような直接被害算定では、自家用車両の被害を計上することはまずない。
したがって、運輸・通信の専門家はまず、公式推定があらゆる関連要素を検討し、被害を正し
く定量化しているか検討しなければならない。主要な資産の単位原価を表Ⅲ−3−1にまとめた。
国や地方自治体は、被害を受けた道路網の復旧ニーズの把握を主眼としており、(被害全体の
一番大きな割合を占める)間接被害の評価は行わないというのがこれまでの一般的なあり方であ
る。
災害が発生すると通常、発着輸送量は減少する。その意味で、災害発生前後の単位輸送費用の
差を求め、それに平常時の輸送量を掛け合わせるのは間接被害の過大評価となり、不適当である。
災害発生後の輸送量を掛け合わせるのは間接被害を過小評価となり、同様に不適当である。
運輸・通信の専門家は、地方自治体が実施した直接被害推定額を必要に応じて修正、更新する。
ただし、間接被害については一から独自で算定しなければならない。
間接被害の評価では、被災した道路上の車両交通の営業費用について、平常時と比較した増分
を(金銭的に)定量化する必要がある。この定量化にあたっては、道路の不通や車両の運転費用
の高騰に起因するトリップ数の減少により失った期待利益も考慮しなければならない。
この間接被害は次の一般公式で求めることができる(なお、この公式では、税金が車両の運転
費用に与える影響など、時間的な余裕があれば考慮すべき要因が考慮されていない)。
36
第Ⅲ部 インフラ
第3章 運輸・通信
表Ⅲ−3−1
主要資産の単位当たりの直接原価
項目
価格(米ドル)
新車の実用車(平均)
10,000
新車の小型車(平均)
10,000
新車の高剛性フレーム貨物自動車(平均)
60,000
新車の都市バス(平均)
100,000
新車の都市間バス(平均)
150,000
新車の自転車(平均)
150
新車の二輪車(平均)
500
平坦地/起伏地の未舗装道路1km当たり(再建)
10,000
起伏地/山間地の未舗装道路1km当たり(再建)
20,000
平坦地/起伏地の石畳道路1km当たり(再建)
50,000
起伏地/山間地の石畳道路1km当たり(再建)
75,000
平坦地/起伏地の片道1車線の舗装道路1km当たり(再建)
100,000
起伏地/山間地の片道1車線の舗装道路1km当たり(再建)
150,000
舗装道路1km当たり(復旧)
25,000
石畳道路1km当たり(復旧)
15,000
未舗装道路1km(復旧)
5,000
片道1車線の舗装道路のホットホール修復1km当たり
2,500
全長20mのベーリー橋、CIF輸入国
200,000
中古の2,500馬力ディーゼル機関車
750,000
中古の750馬力ディーゼル機関車
450,000
85,000
新規の貨物車
新規の客車
500,000
鉄道片方向1km(再建)
100,000
新規の軽飛行機
500,000
50人乗りプロペラ機(新規)
15,000,000
150人乗りターボジェット機(中古)
20,000,000
65,000
全長20mの漁船(木製、新規)
200,000
全長25mの漁船(金属製、新規)
75,000
グレーダー(中古)
37
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
q0
間接被害 = ∫p・∂q-p0(q0-q1)+q1(p1-p0) (1)
q1
ただし、
q0 = 平常時の交通量
q1 = 被災後の交通量
p0 = 平常時の交通輸送費用
p1 = 被災後の交通輸送費用
この公式をどのように当てはめるかは、基本情報がどのぐらい入手できるかなどの状況に左右
される。道路の区間とその前後の区間とは交通量が異なるなどの矛盾点が出るとしても、通常は
道路の被災区間ごとに公式を当てはめる。なお、交通輸送費用には、その交通を利用する人の個
人的な時間の費用も含める。
通常は、軽車両、バス、貨物自動車と分けて公式を適用できるほど十分な情報が確保できる。
以下に一般的な手順を示す。
① 現地の道路技術者と協議し、道路の各被災区間について、被災前の国際ラフネス指数(IRI)
を算定する。
② 各被災区間について、車両の種類ごとの被災前の運転費用をIRIの関数として算定する。そ
の際、世界銀行の道路設計モデルを被災国あるいは同等の国において適用した結果などを
参考にする。
③ 対象道路区間の被災後のIRIと運転費用についても、上記の①と②と同様に算定する。
④ 被災前の交通量を、さらにはその交通量と運転費用の価格弾力性を算定し、q = kpeで被
災後の交通量を求める(q = 交通量、k = 補正因子、e = 価格弾力性)
。
各道路区間の被災前の交通量については、交通調査の結果、あるいは道路および車両の種
類ごとに平常時の交通量を把握している現地の道路技術者から情報を得る。価格弾力性に
ついては通常、運輸・通信の専門家の経験から推定する。ただし、被災後の交通量(公式
(1)のq1)に関する情報がある場合は、概算で算定してもよい。
⑤ 最後に公式(1)を適用する。
公式(1)による算定値については、次に挙げる状況が1つまたはそれ以上当てはまる場合、
別の算定を行ってこれを補う。
●
橋梁が全壊した場合。この場合、川のいずれかの側に取り残された貨物自動車とその乗員に
関する費用、フェリーや全壊した橋梁に平行して走る鉄道による連絡に必要な費用、および
貨物自動車の迂回路を取らなければならないことに伴う費用も計上する。
●
貨物自動車やバスによる交通輸送を空の交通輸送に切り替えた場合。この場合も上記の公式
は有効である。ただし、q1とp1の値は陸路以外の交通輸送とする。
●
迂回を余儀なくされた場合。この場合の費用は、走行距離の増分と1km当たりの交通輸送
費用の増分である。
運輸・通信の専門家はいうまでもなく、当面対処できそうもない道路被害の総距離を算定しな
ければならない。この点について国の当局者は楽観的すぎることが多いため、運輸・通信の専門
家が、確保可能な機械類や労働力といった生産能力、被害を受けた道路の総延長および妥当な復
38
第Ⅲ部 インフラ
第3章 運輸・通信
旧スケジュールを考慮して独自の算定を行う。間接費用の算定値は現価で表すとともに、未来原
価については当該の割引率を適用する。
次に道路以外の運輸関連部門についてであるが、道路部門よりも間接被害は低くなるのが一般
的である。上記の算定方法を適用できるが、ほかの留意事項がある。例えば、自然災害により鉄
道交通輸送が不通になった場合、その一部は道路など、ほかの交通輸送手段に振り替えることが
多いが、それはあくまで一部である。この場合に公式(1)を適用する場合、p0は鉄道による交
通輸送費用、p1はほかの交通手段となる。鉄道貨物料金、特に私鉄の貨物料金は、短期の限界交
通輸送費用よりも高いのが通常である。
p0の値は、利用者が負担する貨物料金を基準とし、公式(1)を適用して鉄道利用者が被る損
失を求める。鉄道事業者が被る損害(およそ放棄所得に等しい)を計上するが、これは次の公式
により算定する。
(q0−q1)(f0−c0)+q1 (c1−c0)
(2)
ここで
f0 = 貨物輸送料金(輸送単位当たり)
c0 = 被災前の限界交通輸送費用(輸送単位当たり)
c1 = 被災後の限界交通輸送費用(輸送単位当たり)
平常時においては、p0 ≠ f0である。p0の値には鉄道利用者に課せられる追加的費用(駅まで
のトラック輸送費など)が含まれているためである。
災害はどれひとつとして同一のものはないため、考えられるすべての仮定について算定例を本
ハンドブックに掲載することは不可能である。運輸・通信の専門家には、自身の基準および経験
に基づいて以上の指針を個別の事例に当てはめることが求められる。
ラテンアメリカ・カリブ海地域では運輸セクターの民営化傾向が強まっているため、被害評価
を複雑なものにしている。利用度の高い交通インフラ(幹線道路、港湾、鉄道など)の民営化が
進行しており、関連施設や設備を所有する民間会社も出てきている。
このような民間企業は、財政的な支援につながらない限り、政府機関と比較して基本情報の提
供に消極的な傾向がある。また、企業は官公庁よりも全国各地に広がっていることが多いため、
現地訪問がその分大変になる。
被害を受けた交通インフラが委託運営で料金を徴収している場合、損害は利用者と委託業者に
及ぶ。利用者の損害を算定するには、基本的に公式(1)を用いるが、p0およびp1の値を交通サ
ービスの限界費用ないし直接費用ではなく、利用者が支払う料金とする。委託業者の損害を算定
するには公式(2)を用いる。
3−2−2 船舶輸送や航空輸送とそのインフラ
船舶輸送や航空輸送の各部門も道路部門と基本的に変わらない。特に直接被害については同一
と考えてもよい。ただし、間接被害の評価については、部門ごとの調整が必要である。船舶輸送
や航空輸送の間接被害評価に伴う問題点は、次節で扱う通信部門とも共通する。
道路が災害による被害を受けると貨物自動車や乗用車の運転費用が増加することが多いが、空
や海・川による輸送の場合は運転費用が基本的に変わらないことが多い。水位が通常を上回って
39
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
も船舶の運航に影響を及ぼすとは限らない。災害により航路が変更になることはあるが、変更が
ない場合は、運転費用もまず変わらないであろう。ただし、川の水位が低下したため比較的小型
の船舶が必要な場合、あるいは滑走路が被害を受けたため比較的小型の航空機が必要で単位輸送
費用が増加する場合はこの限りではない。その場合は公式(1)をそのまま当てはめることがで
きる。
船便や航空便が悪天候や港湾・空港の被害により運休になった場合、被災後の単位輸送費用で
あるp1の値(運賃や貨物輸送料のほか、その移動に費やす個人的な時間の価値などの利用者が被
る損失)を算定するのは極めて困難となることもある。運航ルートによっては運航便の一部また
は全面の運休は、総輸送費用の減少にもつながる(災害により全面運休になればq1の値は0とな
り、このため、公式(1)のq1(p1−p0)の部分もp1の値が無限でない限り0となる)。この減
少した総輸送費用の算定にあたっては、減価償却費の一部、人件費、一般管理費など一部の費用
要素は変化がないことに留意する。災害発生時やその直後には運休となってもやがては復旧し、
その際には運休分を取り戻すための増便も予想されることを念頭に置く。
運航便の運休により貨物便が数週間の足止めを余儀なくされた場合、費用p1には、金利(この
算定は単純)と貨物の劣化という損失(定量化は比較的複雑)も計上する。貨物便の遅れは大き
な損害を招きかねない。例えば、医薬品が送付先に届かないと人的被害の拡大を招くし、工場も
原材料が納入されないと操業停止に追い込まれる。運輸・通信の専門家にはこのような被害の評
価も求められる。人的輸送の場合、p1の費用には生じた不都合というコストの推定額も計上する。
この不都合というコストを納得できる形で定量化するには調査を実施するしかなく、災害被害評
価の中で実施することは不可能であるが、何とか定量化しなければならない。次節では、学問的
には議論があるだろうが、そのための方法を提案する。
3−2−3 通信
通信部門では、ファクス、インターネットおよび電子メールをはじめとする電気通信全般を扱
う。基本的にラジオやテレビの放送も通信部門である。ほかの部門同様に、この部門の災害被害
も直接被害と間接被害に分けて検討する。
運輸産業、特に委託運営のインフラと同様のアプローチを通信部門に対しても取ることにする。
現在では通信事業者の大半は民間企業となっているからである。直接被害費用は、3つのカテゴ
リーのインフラ、すなわち、通信を管理する施設、発信施設および放送施設、情報を送受信する
ための設備機器の復旧に必要な費用である。第一のカテゴリーとは、管理運営本部、修復施設、
研究所などである。第二のカテゴリーは主に、アンテナ、ケーブルのほか、理論的には無線通話
を伝達する短波信号が行き来する大気も含む。第三のカテゴリーは、固定電話、携帯電話、コン
ピュータ、ファクスなどである。
災害発生後のサービス復旧とこの3つのカテゴリーにおける損壊資産の交換に必要な費用を算
定するには、道路交通や鉄道に関する一般的な被害算定方法を踏襲するのが基本である。ただし、
20世紀の終わりから21世紀の初めにかけて急速に進んだ通信部門の技術革新に留意する必要があ
る。この技術革新のために、一部のインフラについては陳腐化と減価償却が加速化したため、企
業会計におけるインフラの価値は過大評価されていると考えられる。
現在はデジタル技術が主流となっているため、洪水で損壊したのがアナログ交換局やダイヤル
式の電話であれば、その実質的な取替原価は相当に低いはずである。したがって、災害発生時の
40
第Ⅲ部 インフラ
第3章 運輸・通信
現価でインフラ設備機器を評価することが重要である。被災国に対象となる種類のインフラ設備
機器の市場がない場合、その種類ごとの耐用年数と実際に被害を受けた設備機器の平均使用年数
と性質に基づいて評価を行う。
被害を受けた設備機器を修理するのは、新しい設備機器を購入した方が低いコストで生産性が
高い場合には経済合理性を欠くことがある。そのような場合、取替原価を検討するよりは、次の
公式が有効である。
(新しい設備機器の費用)×(古い設備機器の生産性)×(新しい設備機器の生産性)−1−
(アナログ設備機器の残存価値)
ただし、どれとして同じ事例はないので、評価担当者の専門的な経験と判断で評価を行う。
間接被害は、私鉄の場合と同様、交通機関の利用者と事業者の双方が受けることが多い。事業
者の間接被害が公式(2)を用いることで比較的簡単に定量化できることが多い。他方、後ほど
説明するように、利用者の間接被害を算定するのははるかに難しい。
通信システムは災害に弱く、通話やファクス、電子メールの送信に障害が発生しやすい。その
場合、公式(1)のp1に値を代入することが極めて難しい。災害直後には任意の2点間の連絡が
全く取れなくなる、という意味で通信産業は航空輸送や船舶輸送と類似している。
したがって、災害の結果として不通になった通話やファクス、電子メールの平均価値も算定し
なければならない。しかし、その算定にあたって理論的に満足のいく公式は存在しないのが現状
であり、単純に利用者が通常支払う料金の2倍としてもよい。
この価値の算定は、全く主観的な方法で通話などの価値を測ろうとするものだが、これより良
い方法はまず見つからない。理想をいえば、通話、ファクスおよび電子メールの需要の性格を明
らかにした業界の研究にアクセスでき、通話などの数ないし量と対応する料金を基に算定できれ
ばそれに越したことはない。
被災者の通信行動に基づく通話など(通話、電子メールなど)の需要の関数の算定が可能とな
るデータが入手できることもある。例えば、ある都市において、平常時にはq0の値の通話が固定
電話や携帯電話でなされており、その際の通話料がp0とする。固定電話や携帯電話が通じない災
害時においては、軍が設置した非常電話から被災民が掛ける通話の量がq1とし、その際の待ち時
間が3時間とする。被災民の個人的な時間の価値を算定すれば、p1の値を求めそれを公式(1)
に当てはめることができる。ただし、ひとつとして同一の事例はないので、最もふさわしい形に
アレンジする必要がある。
通信サービスが不通になるのは比較的短期間であることが多い。地下ケーブルや高架ケーブル
から一時的にでも無線に切り替えが可能な現代においては特にその傾向が強い。
3−2−4 沿岸インフラ
本節では、災害が沿岸インフラに与える影響を検討する。ハリケーンなどの自然現象が甚大な
被害に結びつく小島嶼開発途上国(Small Island Developing State: SIDS)にとっては最も重要
な課題であるが、大陸国の沿岸部にも当てはまる。
SIDSの国土面積に占める沿岸地帯の割合は極めて大きい。その上、都市開発インフラ(病院、
警察署、公共事業体などの必須インフラを含む)、工業地区、港湾インフラ、係留施設、漁村、
観光施設などのインフラも沿岸地帯に集中していることが多い。カリブ海地域、特に小アンティ
41
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
ル諸島では、火山やサンゴ礁によってできた島がほとんどである。火山島は山地が大部分を占め
るため、沿岸部の比較的狭い平地に開発が集中しがちであり、他方、サンゴ礁によってできた島
では、開発が島全体に展開される傾向が強い。いずれにせよ、沿岸の道路が島の中心地と観光施
設を結ぶ主要な連絡路となっていることが多い。このようなインフラが被害を受けると島の経済
にとって大打撃となり、復旧には1年以上かかり、島民にとって大きな苦難となる。
(1)必要な情報
1)沿岸道路
次の項目についての情報は最低限必要である。
・ 主要道路、幹線道路の建設・修復を管轄する省庁
・ 道路の物理的被害の範囲
・ 撤去あるいは損壊した道路資材の実質量
・ 町と農村部の中心地を結ぶ道路網における被災道路の位置付け
・ その道路を利用する主な交通の量と種類
・ 災害により被害を受けた可能性のある公益事業の範囲
・ 現地の地勢や海底水深
・ 被害をもたらした可能性のあるハリケーンに伴う波浪状況
・ 沿岸インフラの建設基準や設計基準(カリブ海地域では、基幹インフラ以外のインフラ
については50年に一度のハリケーンに耐えられる設計基準が一般的)
・ 復旧活動における護岸工作物の必要性の算定
2)港湾・係留施設
観光業の成長に伴い、カリブ海地域のクルーズに対処するために多くの港湾施設が開発され
ている。港湾区域に周遊船用の施設とほかの一般港湾施設が同居していることもある。カリブ
海地域では、ヨット愛好家のための係留施設が整備されつつある。係留施設の規模は大小様々
であり、小型ヨットから大型ヨットまで対応している。港湾や係留施設は、防波堤などの構造
物で守られていることが多い。ただし、地形上その必要がない場所を除く。
港湾・係留施設の被害評価に必要な情報は次のとおりである。
・ 港湾の運営を管轄する省庁
・ 被災前の施設の配置を示す図面や地図
・ 物理的被害の範囲
・ 設備別の被害状況一覧(該当する場合)
・ 係船施設の被害一覧
・ 災害につながるハリケーンに伴う波浪状況
・ 海底水深の概要
・ 復旧・修復の必要性(建造物の適切な種類、必要な資材のおおまかな量も含む)
・ 復興に必要な資材の入手可能状況
・ 復興に必要な資材、労働力および特殊設備のうち、海外に依拠せざるを得ない部分
3)砂浜や海岸の浸食
砂浜や海岸の存在とその保護は観光セクターや各種生態系にとって最重要課題である。熱帯
42
第Ⅲ部 インフラ
第3章 運輸・通信
暴風やハリケーンにより砂浜の大規模な浸食が発生した場合、その砂浜近くのインフラも被害
に晒される。それは観光関連のインフラのことが多いが、民生用や産業用のインフラの場合も
ある。砂浜以外の海岸においても、防潮壁や護岸壁が被害を受ける。生態系の関連でいえば、
砂浜は絶滅の危機に瀕しているウミガメの産卵地となっていることが少なくない。大規模な浸
食が発生すると、流された砂が藻場やサンゴ礁に堆積しかねない。砂浜は自然に回復するが、
復旧活動と並行して回復を促進する措置が必要な場合もある。
海岸線の被害評価には以下の情報が必要である。
・ 地方の環境局が定める海岸後退規制
・ 海岸の物理的な被害の範囲
・ 失われた砂浜の砂や小石の量、海岸の浸食量 ・ 失われた砂や小石の行方の概要
・ 現地の海底水深と海浜変形傾向の概要
・ 現地の波候の一般背景情報
・ 海岸の被害をもたらす波浪状況
・ 適切な復旧戦略(対策を取らないという選択肢も含む)
・ 浚渫機の国内調達可能状況と輸入の必要性
・ 海岸変形防止のための特殊建造物建設に使われる被覆石の入手可能状況
・ 被害を受けた海岸近くのサンゴ礁や藻場の概要
・ 生物の生息環境の損失概要
4)取水施設と排水施設
沿岸部や島嶼部の多くは、降雨量や地下水が不足しているため、汽水や海水から真水を抽出
している。場所によっては淡水化プラントが設置されており、汽水を取り込んで塩を多く含ん
だ水を地下や海に放出している。さらに、市町村単位や事業単位の排水処理では、処理水を海
に放流する場合もある。実質一次処理しかされない排水は海底放流管から海に放流されること
が多い。他方、二次処理や三次処理までされた排水は海に放流されることもあるが、灌漑用水
として再利用されることの方がはるかに多い。排水施設や取水施設が災害により被害を受ける
と、そのコミュニティの保健衛生状態が大幅に悪化するなど、コミュニティの規模を問わずに
深刻な事態となりかねない。
取水施設や排水施設の被害評価にあたっては、次の情報やデータを入手する。
・ 水供給と衛生を所管する地方政府機関の把握
・ 物理的被害の範囲(地上および海底の施設)
・ 被害を受けた配管そのほかの設備の種類と量
・ 被害を受けた施設の利用者層(コミュニティを対象にした市町村営の処理場、ホテルを
対象にした淡水化プラント)
・ 災害を招く可能性のあったハリケーン関連の波浪・高潮の概要
・ 必要な修復・復旧の概要
・ 修復に必要な資材のうち、国内で調達可能な割合
・ 修復に必要な建設資材、特殊技能を有する人材および専門設備のうち、海外からの調達
が必要な割合
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災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
(2)情報源
被害評価にあたっては、以下の機関が貴重な情報源となる。
・ 公共事業局と運輸省
・ 公営企業
・ 港湾当局
・ 調査局
・ 技術規制機関
・ 建設業者
・ 採石事業者
・ 資材供給業者
・ 観光局
・ 上下水道局
・ 環境規制局
(3)被害内容
1)直接被害
沿岸道路
・ 道路および路盤の被害
・ 道路関連の護岸構造物の被害
・ 道路と関連する公営企業施設の被害
港湾・係留施設
・ 係留施設やその入口に整備された防波堤の被害
・ 停泊区域内の埠頭、桟橋などの係船施設
・ 港湾・係留施設の運営に必要な専用施設の被害
・ 係留施設に付随する通路、陸地側施設およびインフラの被害
砂浜・海岸
・ 砂浜の浸食量
・ 砂浜の後背地に整備されたインフラの被害(観光インフラを含む)
・ 砂浜の後背地に整備された公営企業施設の被害
・ 護岸工作物の被害
・ 生態系生息環境の損失
取水管・排水管
・ 取水管・排水管の被害
・ 取水管・排水管の固定装置の被害
・ 海岸沿いの関連施設設備の被害
44
第Ⅲ部 インフラ
第3章 運輸・通信
2)間接被害
沿岸道路
・ 農村部の中心地から都市部の中心地への人の移動が阻害されたことによる生産性の損失
・ 車両通勤で迂回路を使わざるを得ないことによる交通費用の増加
・ バスやタクシーが被災道路を運行できないことによる収益の損失
・ 公営企業施設の被害による収入の損失
港湾・係留施設
・ 災害によって周遊船が停泊しなかったことによる収益の損失
・ 港湾運営に伴う支援サービスからの収益の損失
・ 係留施設の許可サービス業務からの収益の損失
砂浜・海岸
・ 砂浜のレクリエーション的価値に起因する収益の損失
・ ホテルをはじめとする観光関連施設が砂浜の消失や海水・波の流入に伴い閉鎖に追い込
まれた結果、この観光関連施設が失う収益
・ 重要な生態系生息環境の破壊による砂生成能力の損失
取水管・排水管
・ 処理場の稼働不能に起因する期待収入の損失
・ 下水処理能力の低下が保健医療セクターに与える影響
・ 復旧活動
(4)被害の定量化
1)直接被害
評価プロセスにおける被害の定量化において、沿岸インフラの専門家は復旧・修復に関わる
地方政府機関の担当者、あるいは被害を受けた施設の運営に直接関わる機関と連携する。被害
を受けた構成材や修復に必要な資材の実際の量をより正確に算定することができるからである。
沿岸道路、港湾・係留施設、砂浜・海岸および取水・排水構造物の直接被害の定量化にあた
っては次の手順を踏むとよい。
・ 被災国によっても変わるが縮尺が25,000分の1から2,500分の1の最新測量図を入手する。
・ 現地の関係者との協力や現地調査を通じて被害の範囲を確定する。
・ 実際に損傷・損壊した道路・路盤の量を算定する。
・ 修復が可能か、総取り替えが必要かを判断する。
・ 修復部分の割合を考慮して修復費用または取替原価を算定する。
・ 被災国・地域における同様の道路工事の費用を参考して復旧の費用を算定する。
・ 復旧活動に護岸工作物の設置を組み込むかどうか判断する。組み込む場合は(次に続く)、
・ 海岸線における設計波高を算定し、必要な護岸工作物の大きさと容積を算定する。
・ 被害を受けた公益事業施設の修復・再建が必要な程度を算定する。
上記の手順に加え、港湾・係留施設について次の情報をできるだけ入手する。
45
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
・ 港湾区域または係留施設区域の最新測量図を入手する(縮尺は2,500分の1が望ましい)
。
・ 被災地域の海底地形データを入手する。
・ 現地の関係者との協力や現地調査を通じて被害の範囲を確定する。
・ 区域(防波堤区域、停泊区域、陸地側施設など)別に被害実態を評価する。
・ 修復が可能か、総取り替えが必要かを判断する。
・ 現地の建設業者や政府機関と協議し、近郊地域における同様の修復の費用を算定した上
で、再建ないし取り替える工作物の費用を算定する。
砂浜・海岸の被害の定量化には次の項目を計上する。
・ 失われた砂浜の量
・ 砂浜再生の費用(再生の方法は、指定の海底から砂を採取し、被害を受けた海岸線にま
く方法が一般的)
・ 海岸線の安定を確保する堅牢な土木構造物(護岸壁、防潮壁など)の必要性
取水・排水構造物の直接被害には次の項目を計上する。
・ 被害を受けた配管のサイズ
・ 配管の被害箇所の長さ
・ 被害を受けた可能性のある陸地側の関連インフラ
・ 災害により破裂した可能性のある配管の固定装置
2)間接被害
間接被害は、評価・修復・復旧の期間に発生すると考えられる。間接被害を定量化するには、
すでに指摘した情報源からデータを入手する必要があるが、沿岸インフラの専門家には、かな
り限られた時間の中で適切な情報源を割り出すことが求められる。
上記の沿岸インフラの種類について間接被害の定量化を行う上で以下の項目に関する情報が
必要となる。
・ 被災道路の被災前の交通量
・ 平均的な通勤料金、ガソリンや軽油の費用、平常時に被災したルートを利用する通勤者
の平均的な数
・ 被害を受けた公営企業体の収入損失の推定額
・ 被災前の平均的な周遊船寄港数
・ クルーズ船寄港1回当たりの平均的な観光客の数
・ クルーズ船料金と観光客1人当たりの平均支出額
・ 通常寄港する一般貨物船ないしコンテナ船の数
・ 平均的な手数料
・ 海運会社の収益損失推定額
・ 係留施設に停泊する平均的なヨットの数
・ 平均停泊料
・ ヨットを顧客とする小売業者の収益損失推定額
・ 平常時に砂浜で営業する小売業者やマリンスポーツ業者の数とその収益損失推定額
・ 復旧工事の期間レイオフされたホテル従業員やそのほかの観光関連の従業員の数とその
46
第Ⅲ部 インフラ
第3章 運輸・通信
平均給与
・ 淡水化プラントの取水管の被害に起因する給水事業者の収益損失推定額
・ 下水道の被害に起因する収入損失について上下水道局が推定した額
・ 別の方法で水供給・下水処理を行うことに伴う費用
この節では各種沿岸インフラ・施設について被害算定方法を説明してきたが、ほかのセクター
と重なる部分が多い。例えば、上下水道施設の被害は水供給と衛生セクターに、観光施設の被害
は観光セクターに計上すべきであり、自然資源(砂浜、サンゴ礁など)の被害は環境影響評価で
検討すべきである。二重計算にならないよう、特段の注意が必要である。ただし、道路、滑走路、
空港、港湾、桟橋、係留施設などの被害は、運輸・通信セクターとして算定・計上する。
3−2−5 そのほかの影響
ほかのセクターと同様、運輸・通信セクターにおいても被害を公的セクターと民間セクターに
分類にしなければならない。これは、復旧復興の対応には様々な形態を取らざるを得ない、ある
いは女性に特徴的な災害影響に便乗して復興が行われる可能性がある、などの理由による。した
がって、運輸・通信の専門家は各セクターについて直接被害と間接被害を分けて算定しなければ
ならない。
これもほかのセクターと同様であるが、運輸・通信セクターの被害も被災国のマクロ経済に影
響を与える。復興需要に対処するために機械類、設備、資材などの輸入を増やせば、対外部門が
影響を受ける。あるいは、輸送手段が遮断されたため輸出ができなかったり、腐敗性物品の輸出
中に災害が発生し、輸出先に到着する前に悪い状態になったりした場合にも、対外部門が影響を
受ける。復興に必要な機械類などの財が国内生産されていても、たいていその一部に輸入材が含
まれている。さらに、国内資源が復興に振り向けられれば、その分輸出が減少する。産油国で災
害が発生すると輸出向けの石油の一部は復旧に使われるのがその一例である。
公的サービス料金の請求総額や回収総額が減少し、緊急対応や復旧において予想外の支出を強
いられて収入が減少すると公的セクターの財政も悪化し、財政赤字が拡大しかねない。このよう
な数字は運輸・通信の専門家が算定してマクロ経済の専門家に提供し、しかるべき検討をしても
らう。
運輸・通信サービスの停止が長期にわたると、運輸・通信セクターの失業率が上昇し、所得損
失が発生する可能性がある。その失業率上昇や所得損失に占める女性の割合や運輸・通信サービ
スの提供に占める女性の割合を把握しなければならない(第四巻の「災害が女性に与える影響」
の章を参照)。運輸・通信の専門家は、関連の算定が雇用やジェンダーの専門家と緊密な連携の
上でなされるようにしなければならない。
以上の評価方法をラテンアメリカ・カリブ海地域に典型的な災害に適用した例を付録Ⅸに示
す。
47
第Ⅲ部 インフラ
付録Ⅸ 河川氾濫により国道橋梁が受けた被害の社会経済的費用の算定
付録IX
河川氾濫により国道橋梁が受けた被害の
社会経済的費用の算定
(1)場所
チリの国道5号線は、サンチアゴを経由してアリカとプエルト・モントを結ぶ全長3,000km強の
幹線道路である。5号線は州都テムコの南30km、サンチアゴの南677kmに位置するPitrufquen
町の北でトルテン川を越える。この橋が架けられたのは1935年で、国道が舗装されるはるか前の
ことであった。1993年7月8日、トルテン川の土手が決壊し、被害を受けたこの橋の中央部が通
行に耐えられなくなった。ここでは簡単な検討を行い、通行止めによる社会経済的被害を算定す
るとともに、5号線の橋梁点検プログラムを実施して今後5号線が不通になるリスクの低減を図
る必要があるかどうかを検討する。
図A9−1
Freire
国道5号
Puente Toltén
Pitruíquén
Camino 119
トルテン川
ビジャリカ
ビジャリカ湖
Camino 91
Loncoche
(2)被害内容とその結果
この橋が被害を受けると警察は直ちに車両および歩行者の通行を禁止した。車両の場合は、橋
の向こう側へ行くのをあきらめるか、ビジャリカ道路と呼ばれるルートを通行して46kmも遠回
りするか(図A9−1参照)の選択を迫られた。この地での交通費用は通常の7倍にまで達した。
ただし、橋の損傷に起因する被害費用総額の大部分を占めたのが、9月16日にベーリー橋が設置
されるまで長距離走行を強いられることと、ビジャリカ道路の交通量急増に伴い舗装路面が劣化
したため車両運転費用が増加したことに伴う費用であった。歩行者の場合は、この橋の西側に数
メートル離れて平行する鉄道橋(被害なし)に折り返し運転の列車を臨時運行させることで対応
した。この臨時運行は7月12日に歩道が整備されるまで続いた。
(3)費用と便益
公共事業省による投資はベーリー橋の設置、固定橋の完全修復のほか、技術調査、応急修復
(この費用負担の一部は5号線の定期保守費用を引き下げることで対応)および再建工事が必要
なビジャリカ道路に向けられた。この橋の利用者にとっての費用増分は次の点を考慮して項目別
に算定した。
●
緊急対応期の列車運行費用
49
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第二巻 インフラ
●
緊急対応期以降の列車運行費用
●
迂回に伴う車両運転費用の増分
●
長距離移動の取りやめに伴う放棄所得
●
この地での交通の運転費用の増分
●
地域内移動の取りやめに伴う利益損失
●
迂回道路の路面損傷に伴う運転費用の増分
●
交通機関をバスから鉄道に変更した乗客の移動時間の増分
●
鉄道への振り替えに伴う緊急対応期のバス運転費用の減少分
●
鉄道への振り替えに伴う緊急対応期以降のバス運転費用の減少分
(4)損失算定
およその損失利益は次の公式で算定できる。
q i0
iδq
∫c・
q i1
だたし、
q i 0 = 被災前の交通量(iタイプ車両)
q i 1 = 被災後の交通量(iタイプ車両)
c i = 交通費用(iタイプ車両)
一般に、q = k i c e i とされている。ただし、k i は定数(事例の調整)、eは価格弾力性の値とする。
後者については、長距離移動のトラックなど特定車両の交通量は、乗用車などの車両(特に経済
活動とは無関係な移動)と比較して、価格弾力性が低いことを考慮して評価担当者が事例ごとに
決定する。本調査で採用した弾力性係数は−1.00から−0.25までであった。
厳密に言えば、移動主体が考える費用と実際の資源消費にかかる費用を区別しなければならな
い。両者の違いがどこにあるかといえば、例えば前者では税金も含まれており、また、移動主体
は車両整備費用などの費用要素を不正確に解釈する傾向があることを前提にした数字である。
(5)結果と結論
この橋の被害についての社会経済的費用の現価は56億1900万チリペソ(1994年12月現在の価値)
と算定された。その主な内訳は、道路交通の長距離化に伴う運転費用の増分(29%)、迂回道路
の路面損傷に伴う運転費用の増分(24%)、ビジャリカ道路の再建工事(20%)である。年次橋
梁点検プログラムを実施していれば、その実施費用は約8億チリペソ、点検により今回の被害が
予測でき、事前に修復を行っていたとしたらその費用は2億5000万チリペソであったと考えられ
る。
言い換えれば、56億1900万チリペソの社会経済的損害は、約10億5000万米ドルの投資で回避で
きたことになる(国道5号線のほかの橋は考慮外)。
したがって、橋梁点検を制度化することの便益は極めて大きいと結論できる。
50
災
害
時
の
社
会
・
経
済
・
環
境
被
害
の
影
響
の
評
価
ハ
ン
ド
ブ
ッ
ク
︵
全
4
巻
︶
第
三
巻
経
済
セ
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タ
ー
災害時の社会・経済・環境被害の
影響の評価ハンドブック
(全4巻)
第三巻 経済セクター
世銀・ECLAC作成の“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”(2003)翻訳版
平
成
19
年
3
月
独
立
行
政
法
人
国
際
協
力
機
構
国
際
協
力
総
合
研
修
所
ISBN4-0903645-22-3
平成19年3月
総研
独立行政法人 国際協力機構
国際協力総合研修所
JR
06-43
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
(全4巻)
第三巻 経済セクター
世銀・ECLAC作成の“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”(2003)翻訳版
2007年 3 月
JICA
独立行政法人国際協力機構
国 際 協 力 総 合 研 修 所
本書の内容は、国際協力機構が、“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”英語版(2003年。国際連合ラテンアメリカ・カリブ海経
済委員会(ECLAC)と世界銀行に著作権が存在する)を、ECLACと世界銀行の許可を得て
(「当翻訳と原著作について」に詳細参照)、日本語に翻訳してとりまとめたもので、必ずしも
国際協力機構の統一的な公式見解ではありません。
本書及び他の国際協力機構の調査研究報告書は、
当機構ホームページにて公開しております。
URL: http://www.jica.go.jp/
なお、本書に記載されている内容は、国際協力機構の許可無く転載できません。
※国際協力事業団は2003年10月から独立行政法人国際協力機構となりました。2003年10月以
前に発行されている報告書の発行元は国際協力事業団としています。
発行:独立行政法人国際協力機構 国際協力総合研修所 調査研究グループ
〒162‐8433
東京都新宿区市谷本村町10‐5
FAX:03‐3269‐2185
E-mail: [email protected]
序 文
犠牲者23万人を出したインド洋大津波、7万人強のパキスタン地震、6千人弱のジャワ島中部
地震など、近年、世界各地において大災害が頻発しています。被災地では復旧・復興に対して多
方面にわたる国際社会からの支援が行われています。インフラ施設が破壊され、家族や家、生計
手段を失い、更なるダウンサイズリスクにさらされている被災者に対して、独立行政法人国際協
力機構(Japan International Cooperation Agency: JICA)としても「人間の安全保障」の観点か
ら積極的な支援を行ってきております。
復旧・復興支援を効率的・効果的に行うためには、災害発生直後に社会・経済・環境に与えた
被害状況、および復興・復旧へのニーズを的確かつ迅速に評価することが、まず求められます。
被害やニーズ評価の指針となる資料が、2003年に国際連合ラテンアメリカ・カリブ海経済委員会
(Economic Commission for Latin America and the Caribbean: ECLAC)および世界銀行によっ
て出版されました。これが、“Handbook for estimating the socio-economic and environmental
effects of disasters”です。このハンドブックでは、インフラ・社会公共施設のみならず、被災
者の暮らしの再建に欠かせない生計復旧などの多様なニーズもカバーしています。また、復旧・
復興支援に欠かせない、女性などの災害弱者についての配慮も述べられております。
このたび、このハンドブックを翻訳して「災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンド
ブック」(全4巻)として一般に公開することとなりました。本書は開発途上国における復旧・
復興支援の基礎となる被災状況の評価や復旧・復興に向けてのニーズ調査に役立つものです。普
段からの備えとして人材育成研修などにも利用可能です。
本書が多くの日本の関係者に活用され、効果的・効率的な被災地域への復旧・復興支援援活動
に役立てていただければ幸いです。
最後に、翻訳作業に協力していただいたた石渡幹夫JICA国際協力専門員、および翻訳を承諾
していただいたECLAC・世銀関係者に、この場を借りてあらためて、心より感謝を申し上げま
す。
2007年3月
独立行政法人 国際協力機構
国際協力総合研修所 所長
田口 徹
当翻訳と原著作について
本書は原著作の英語版(原著はスペイン語版)を、その著作権を有する国際連合ラテンアメリ
カ・カリブ海経済委員会(Economic Commission for Latin America and the Caribbean:
ECLAC)と世界銀行(World Bank)の両機関の許可を得て、独立行政法人国際協力機構
(Japan International Cooperation Agency: JICA)が日本語に翻訳したものである。JICAの責任
において原著の内容を変更しないように翻訳した。
本書に記載されている関係者の見解は、あらかじめ何らかの公式な断り書きがない限り、国
連・世銀の見解とは必ずしも見なさない。
“The views expressed in this document, which has been reproduced without formal editing,
are those of the authors and do not necessarily reflect the views of the United Nations or the
World Bank.”
本書は、ECLACおよび世界銀行の加盟国においては、研究・教育・学究を目的とする限りに
おいて複製が認められる。本書の内容は改訂を含めて変更されることがある。本書で表明されて
いる見解や解釈は個々の著者および教官のものであり、ECLACや世界銀行に帰することはない。
“This material may be copied for research, education or scholarly purposes in member
countries of the institutions. All materials are subject to revision. The views and
interpretations in this document are those of the individual author(s) and trainers, and should
not be attributed to either institution.”
英語版刊行者:国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)2003年
Economic Commission for Latin America and the Caribbean (ECLAC) 2003.
英語版書籍名:災害の社会経済環境影響評価ハンドブック
Handbook for estimating the socio-economic and environmental effects of disasters
LC/MEX/G.5
LC/L.1874
英語版著作権有者:^国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)および国際復興開
発銀行(世界銀行)2003年
Copyright @ United Nations, Economic Commission for Latin America and the Caribbean
(ECLAC) and International Bank of the Reconstruction and Development (The World Bank)
(2003).
目 次
(全4巻)
序文(日本語翻訳版)
当翻訳と原著作について
第一巻 方法論と概念・社会セクター
はじめに
第Ⅰ部 方法論および概念
第1章 災害の種類と被災後の諸段階
第2章 方法論に関する一般的考察
第3章 被害と影響の分類と定義
第Ⅱ部 社会セクター
第1章 被災者
第2章 住宅および人間居住
第3章 教育・文化
第4章 保健医療セクター
第二巻 インフラ
はじめに
第Ⅲ部 インフラ
第1章 エネルギー
第2章 水供給と衛生
第3章 運輸・通信
第三巻 経済セクター
はじめに
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業
第2章 通商産業
第3章 観光業
i
第四巻 災害の総合的な影響
はじめに
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
第2章 災害が女性に与える影響
第3章 被害のまとめ
第4章 災害のマクロ経済的影響
第5章 雇用と所得
ii
目 次
序文
当翻訳と原著作について
はじめに …………………………………………………………………………………………………… v
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業セクター …………………………………………………………………………………… 3
1−1 はじめに ……………………………………………………………………………………… 3
1−1−1 概観 ………………………………………………………………………………… 3
1−1−2 被害の内容 ………………………………………………………………………… 5
1−1−3 情報源 ……………………………………………………………………………… 6
1−2 被害の定量化 ………………………………………………………………………………… 8
1−2−1 直接被害 …………………………………………………………………………… 8
1−2−2 間接被害 ………………………………………………………………………… 10
1−2−3 被害総額 ………………………………………………………………………… 11
1−3 その他 ……………………………………………………………………………………… 12
1−3−1 雇用と所得 ……………………………………………………………………… 13
1−3−2 食糧の需給バランスおよび国内消費と輸出のバランス …………………… 13
1−3−3 セクター別生産高 ……………………………………………………………… 14
1−3−4 女性に特徴的な影響 …………………………………………………………… 16
1−3−5 環境への影響 …………………………………………………………………… 17
付録Ⅹ ハリケーン・ミッチによるホンジュラスの農業被害 …………………………………… 19
第2章 商工業 ………………………………………………………………………………………… 25
2−1 はじめに …………………………………………………………………………………… 25
2−1−1 概観 ……………………………………………………………………………… 25
2−1−2 工業と商業に共通する特徴 …………………………………………………… 25
2−2 製造部門 …………………………………………………………………………………… 26
2−2−1 概観 ……………………………………………………………………………… 26
2−2−2 直接被害 ………………………………………………………………………… 28
2−2−3 間接的な被害・影響 …………………………………………………………… 30
2−2−4 マクロ経済的影響 ……………………………………………………………… 31
2−2−5 復旧復興の優先事項 …………………………………………………………… 31
2−3 商業部門 …………………………………………………………………………………… 31
2−3−1 概観 ……………………………………………………………………………… 31
2−3−2 被災状況の把握 ………………………………………………………………… 32
2−3−3 直接被害 ………………………………………………………………………… 32
2−3−4 間接的な被害・影響 …………………………………………………………… 33
2−3−5 マクロ経済的影響 ……………………………………………………………… 34
iii
2−4 そのほかの関連事項 ……………………………………………………………………… 35
2−4−1 雇用と所得 ……………………………………………………………………… 35
2−4−2 女性に特徴的な影響 …………………………………………………………… 35
2−4−3 環境への影響 …………………………………………………………………… 35
付録É
参考手引き …………………………………………………………………………………… 37
第3章 観光業 ………………………………………………………………………………………… 41
3−1 はじめに …………………………………………………………………………………… 41
3−1−1 概観 ……………………………………………………………………………… 41
3−1−2 観光業と脆弱性 ………………………………………………………………… 42
3−1−3 情報源 …………………………………………………………………………… 42
3−2 被害の算定 ………………………………………………………………………………… 43
3−2−1 直接被害 ………………………………………………………………………… 43
3−2−2 間接被害 ………………………………………………………………………… 44
3−2−3 マクロ経済的影響 ……………………………………………………………… 45
3−2−4 雇用への影響 …………………………………………………………………… 46
3−2−5 女性に特徴的な影響 …………………………………………………………… 47
3−2−6 環境への影響 …………………………………………………………………… 47
付録Ê
2000年のハリケーン・キースがベリーズの観光業に与えた影響 ……………………… 49
iv
はじめに
Ⅰ.背景
災害は、被災国・地域の生活条件、経済動向および環境資産・サービスに大きな影響を与える。
その影響は長期にわたることも少なくなく、経済社会構造や環境に不可逆的な影響をもたらすこ
ともある。先進国においては、大規模に蓄積された資本に甚大な影響を与える一方、早期警報お
よび避難の実効的な体制、適切な都市計画、厳格な建築基準などにより人命の損失は比較的限ら
れたものになっている。一方、開発途上国では、予報や避難対策の欠如や不備により、多くの犠
牲者を出すことが多い。絶対的な資本損失は先進国と比較すれば小さいかもしれないが、往々に
して相対的な比重や全体的な影響は非常に大きく、持続可能性を阻害しかねない1。
災害が自然災害であれ、人的災害であれ、その影響は人間の行為と自然のサイクル・システム
との相互作用の組み合わせの結果ということができる。災害は世界各地で頻発しており、その発
生件数および強度は近年拡大傾向にある。このような災害は広範な人的損失、直接的および間接
的な(一次的または二次的な)原因により広域にわたり被災民を発生させ、重大な環境影響およ
び大規模な経済的社会的損害をもたらしかねない。
事実、最近国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)が実施した推計によれば、過
去30年間のラテンアメリカ・カリブ海地域においては死者10万8000人、直接的な被災者1200万人
超を含む1億5000万人が何らかの災害被害に遭っている。さらに、総被害額(同地域全域を網羅
したものではない)は、1998年の為替レートで500億米ドルであり、中央アメリカ、カリブ海お
よびアンデス地域の小国や比較的開発の遅れた国に集中している2(図1参照)。
世界規模で見ると、災害の社会的影響が大きく、被害が不可逆的となる傾向が強いのが開発途
図1
1
2
ラテンアメリカ・カリブ海地域における災害の影響(1998∼2001年)
Jovel, Roberto (1989) “Natural Disasters and Their Economic and Social Impact,” ECLAC Review, No. 38,
Santiago, Chile, August 1989.
ECLAC and IDB (2000) Un tema de desarrollo: La reducción de la vulnerabilidad frente a los desastres, Mexico City
and Washington参照。
v
上国であり、そこでは最貧困層や社会的に最も弱い立場にいる人々が最も大きな影響を受けてい
る。一方先進国では、災害対策に加え、実効的な被害防止、被害抑止および防災計画立案に必要
な資源・技術を有していることから、長年にわたり防災力をかなりの程度高めてきた。しかし、
先進国においても、社会活動の集中化や価値向上の結果、被害額は大幅に高くなっている。
ラテンアメリカ・カリブ海地域においても、防災計画立案や被害の防止・抑制の面において一
定の進歩が見られるものの、多くの人々は非常に不安定で脆弱な状況に置かれていることに変わ
りはない。同地域の大半の国は、水文気象・地質上の災害多発地域に位置しており、実際に多く
の人命が犠牲となり、物的社会的インフラに大きな被害を与え、経済動向と環境に打撃を与えた
災害が発生していることが知られている。
災害の望ましくない影響としては、経済的・社会的インフラの被害、環境悪化、財政および対
外部門の不均衡、物価上昇、人口構造の変容のほか、被災資産を再建しなければならないために
長期ニーズ対応型事業が後回しにされてしまうという、開発課題の優先順位変更などが考えられ
る。しかし、最も深刻な影響は人々、特に貧困層や社会的弱者の社会的厚生の悪化であることは
いうまでもない。また二次的な影響として、想定外の人口移動、疾病伝播、貿易減少、広範な環
境悪化などが発生し、災害の影響が被災地域・国を超える傾向が強まっている。
各国は災害の長期的影響を軽減するため、2つのことに同時並行的に取り組む必要がある。ひ
とつは、社会経済発展戦略の重要な柱として、災害の予見可能な影響を防止・抑止するための財
源を配分することである。これは、長期的な成長を達成するための(経済的、社会的、政治的な
意味での)高利回りの投資と位置付けるべきである。もうひとつは、災害発生後の復興投資にお
いては、十分な水準の持続的成長を確保するために防災に配慮することである。
通常、災害発生時には当該国の緊急対応機関が中心となり、国連グループやほかの公的および
民間の国際機関の支援を受けつつ、緊急対応期における人道的支援ニーズを把握する。基本的に
は被災国・地域が災害による人道的支援ニーズに対応するのが現在では通例となっているのであ
る。その上で、友好国や国際機関が直接あるいは非政府組織を通して必要に応じた補助的支援を
速やかに実施する。この支援には、局地、地域、国際レベルの非政府組織(Non-Governmental
Organization: NGO)、社会支援組織のほか、公的および民間の主体が多数関わっている。
損傷または損壊した資産の再建には通常、緊急対応期ないし人道支援期などにおいて被災国が
動員できる資源よりもはるかに多くの資源を必要とする。そのため、脆弱性軽減を考慮すること
なく再建が行われることが多い。率直に言ってしまえば、脆弱性を軽減するのではなく、脆弱性
を「再建」してしまうことになる。
これを回避するためには、緊急対応期の直後において、災害自体およびその結果が被災国・地
域の社会的厚生や経済動向に対して与えた直接間接の影響を評価することが不可欠である。この
評価には、厳密な定量的正確性は要求されないが、各経済セクターおよび社会セクター、物的イ
ンフラおよび環境資産に対する影響と相互作用をすべて対象とする包括的なものでなければなら
ない。このような影響評価により、復興需要を把握することができる。被災者が被災後の状況下
にいつまでも置かれることは許されないことから、復興需要の把握は喫緊の課題といえる。また
この作業は、復興の計画や事業(その多くが国際社会による資金協力および技術協力を必要とす
る)の策定および実施にも欠かせない。
脆弱性の軽減を図るためには、復興の計画・事業は、開発の一環としての防災戦略の中に位置
付けなければならない。このため、災害種類別の被害の種類と量を把握するための各種診断ツー
ルが必要となる。しかし、社会、経済および環境への影響をすべて計測することは困難なことも
vi
あり、経済学の文献の中に有効な診断ツールが豊富に存在するわけではない。
ECLACは1970年代前半から同地域における災害評価に重点的に取り組んできており、その経
験を踏まえて災害評価法を開発した。これは、10年前に国連災害救済調整官事務所(Office of
the United Nations Disaster Relief Coordinator: UNDRO)が打ち出した概念3を拡大・発展させ
たものである。
ECLACが10年前に発表した災害評価法は、自然災害の影響を対象にしたものであったが、中
央アメリカにおける特定武力紛争など、人的災害にも応用することが可能であった。これは災害
の影響をセクターレベルおよび国際レベルで算定できるもので、被災国・地域の復興能力と求め
られる国際協力の範囲を把握することが可能となった。この方法では、ラテンアメリカ・カリブ
海地域について確度の高い定量的データがおよそ不足しており、災害時にはその不足が顕著にな
ることが十分に考慮されている。ただし、特定の社会経済セクターや環境、特定人口集団の被害
を評価する方法は考慮されていなかった。
そこでECLACは旧ハンドブックの改訂拡大版を出すことにした。改訂拡大版は、過去10年間
に発生した様々な災害の評価に関する実経験と現代にマッチした新しい概念を盛り込んでいる。
これは、ラテンアメリカ・カリブ海地域内外の専門家およびコンサルタントから多大な協力があ
ったからこそ可能となったもので、過去30年間に同地域で発生した様々な災害について概念解析
した成果である4。
この新ハンドブックは、旧ハンドブック(1991年発行)の各部において記述した被害評価方法
を改良しつつ、最近の知見を盛り込んでいる。この点に関し、環境、雇用、所得などのセクター
横断的課題、さらには女性に特徴的な災害影響(女性の力は復興期や被害抑止において不可欠)
も検討していることを強調しておきたい。また、インターネットで利用できるデータベース、リ
モートセンサーの活用、地理参照情報のシステム化により利用できるようになった新分析ツール
も紹介している。ただし、十分に詳細な情報や項目ごとの情報(性別、所得層別、地域別または
行政単位別など)をまとめるには時間がかかること、あるいは環境評価や人間開発指標、社会構
造指標など「標準」ないし被災前の状況を定義する基準値が不備であることなど、分析に伴うい
くつかの問題点も指摘している。
Ⅱ. 内容
この新ハンドブックは、災害が社会、経済および環境に与える影響の評価に必要な方法につい
て記述している。影響は直接被害と間接被害、あるいは全体的な影響とマクロ経済への影響に分
けている。本書は災害の原因の特定、あるいは緊急対応期ないし人道支援期における対応の明確
化を意図したものではない。それはほかの機関・組織の管轄である。本書はハンドブックの第2
版であり、初版よりは大きく改善されているが、完成品ではない。むしろ、今後発生する災害の
個別の課題に対して関係者各位が本書を活用し、その体験から得られたものや関係者からのフィ
ードバックにより不断に改善を重ねるべき未完成品である。
本ハンドブックは、災害が資本ストックに与える被害、財・サービスの生産フローが被る損害、
さらには主要マクロ経済指標に対する一時的な影響の算定ないし推定の概念や方法論に重点を置
3
4
ECLAC (1991) Handbook for the Estimation of the Socio-economic Effects of Natural Disasters, Santiago, Chile;
UNDRO, (1979) Disaster prevention and mitigation: Compendium of Current Knowledge, Vol. 7, “Economic Aspects,”
United Nations, New York.
ECLACが1970年代初頭から実施してきた評価に関する文献リスト(本ハンドブックの巻末)を参照のこと。
vii
いている。生活条件、経済動向および環境に対する損害と影響についても検討している。
本書では、統一的かつ一貫性のある方法論に基づく災害被害の整理・定量化を可能にするツー
ルについて記述している。その方法論は過去30年間においてその有効性が証明されたものである。
最も被害が大きい社会、経済および環境の各セクターおよび地理上の地域、言い換えると復興に
おける優先課題を見極める方法も提示している。しかしながら、本書の活用によりどの程度詳細
に被害推定が可能となるかは、被災国・地域において得られる定量的情報に左右される。本書が
提示する方法論は、人的災害か自然災害か、緩慢に進行する災害か突発性の災害かを問わず、あ
らゆる災害による被害の定量化を可能にするものである。さらに、復興という課題に対して国が
十分な力を有しているか、国際協力が必要かどうかを判断することも可能である。
本ハンドブックは様々な状況を把握する手法を提示するが、あらゆる状況に対応することを意
図してはいない。むしろ、本ハンドブックが提示する考え方や事例を、本書では明示的に触れら
れていない事例を検討する基本的なツールとして活用することを想定している。
本ハンドブックは5部構成になっている。第Ⅰ部は、全般的な概念的・方法論的枠組みを提示
する。第Ⅱ部は、各社会セクターへの被害を推定する各手法を概観する。各章において、住宅お
よび人間居住、教育・文化、保健医療をそれぞれ扱う。第Ⅲ部はサービスと物的インフラを扱う。
各章において、運輸・通信、エネルギー、水供給と衛生などを扱う。
第Ⅳ部では、各生産セクターの被害を取り上げる。各章では、農漁業、工業、貿易および観光
業をそれぞれ検討する。第Ⅴ部では、セクター横断的、マクロ的な視点から被害の全体像をとら
えようとする。各章では、環境被害、女性に特徴的な被害、雇用・所得への影響、全体的な直
接・間接被害の算出方法を含めた被害のまとめ、および災害が主要なマクロ経済指標に与える影
響をそれぞれ扱う。
被害のまとめは特に重要である。経済規模をはじめとする一般指標との比較において全体被害
を算定することにより、その災害の規模と全体的な影響をとらえることができるからである。主
要経済指標に対する災害の影響を分析するためには、災害発生後の1年ないし2年、被害の大き
さによっては最長で5年の期間を費やすことが求められる。
各章では概念的な枠組みを論じているが、それに加え、ECLAC事務局で分析した災害の実例
も付属資料としてそれぞれの部に掲載している。この実例は、被害の内容や相対的な規模を記述
するだけでなく、様々な自然現象(発生原因が気象系か地質系か、発生過程が急か緩慢か、など)
が起こり得ることを反映したものである。世界の様々な地域の国々を取り上げるとともに、小島
嶼開発途上国(Small Island Developing States: SIDS)などの特殊な脆弱性についても検討して
いる。さらには、季節的なものなど、様々な頻度で再発する災害・現象をも取り上げている。
本ハンドブックは、特定セクターについて評価を実施する専門家がその専門分野に関する検討
資料や章が容易に参照できるように構成されている。本ハンドブックはCD-ROM版もあり、
ECLACのホームページでも閲覧できるようになっている。これらの電子版では、改良した方法
を用いて近年の事例についての評価も掲載している。この第2版が完成度の面だけでなく、使い
勝手の面でも初版を上回ることを願っている。
また、版を重ねるごとにより良いものにするため、本ハンドブックの読者・利用者の経験をお
寄せいただければ幸いである。各国の防災担当者の研修ツールとして、あるいは、地域に防災文
化を普及させるための道具として本ハンドブックを活用されたい。
viii
Ⅲ. 評価の実施に最適なタイミング
評価の実施に最適なタイミングは、災害の原因、規模、地域的な範囲に左右されるため、先験
的に判断することはできない。しかし、経験上一般的にいえることは、人道支援期が終了あるい
は本格化するまでは評価を実施すべきではない、ということである。それ以前だと、人命救助活
動の妨げになったり、直接被害、間接被害およびマクロ経済的被害に関する定量的な情報が十分
に得られなかったりする可能性があるからである。各災害における災害評価チームは、被災地に
居住する国や地方の災害評価担当者の支援を必要とすることから、その災害評価担当者が人道支
援期の活動に従事する時期、あるいは自身やその家族が被災者となる場合も多いので、その場合
は被災者として援助対象とされる時期を経てから災害評価活動を開始するようにしなければなら
ない。
他方、災害評価はいたずらに引き延ばすべきではない。なぜなら、評価には遅延なく国際社会
の支援が必要だが、ほかの地域で災害が起こると、国際社会の関心はそちらへ移ってしまうから
である。
評価対象を扱うタイミングや順序は、災害の種類や規模によって異なることから、あらかじめ
決めておくことはできない。ただし一般的には、様々な程度の影響を評価することを念頭に被災
者の把握が第一段階となることが多い。そこでは、男女間では災害影響や緊急対応期、復旧復興
期における役割が異なることも忘れてはならない。第二段階としては、各社会セクター(住宅及
び人間居住、教育・文化、保健医療)が被った被害を把握・分析し、最も被害が大きい集団の状
況に光を当てることが考えられる。第三段階としては、各経済セクター(農漁業、通商産業、サ
ービス)やインフラへの災害影響を評価することになろう。同時に、災害が環境的な資産やサー
ビスに与えた影響の把握・分析も実施することができよう。
分析の細分や深度は(ECLAC事務局が近年作成した各文書からもうかがえるように)災害の
種類や被害評価に必要な情報の入手可能状況によって左右される。場合によっては、災害弱者集
団、市町村、地域社会単位まで詳細な被害推定を行うことも可能である。
Ⅳ. 謝辞
1991年の初版発行に尽力いただいたイタリア政府からは、第2版の作成に対しても資金援助を
いただいている。オランダ政府からもECLACとの間の技術協力事業を通じて支援をいただいて
いる。
米州保健機構(Pan-American Health Organization: PAHO/World Health Organization: WHO)
からは保健医療や水供給と衛生などの章の作成について、中央アメリカ環境開発委員会からはそ
の専門分野について、それぞれ技術協力の提供をいただいている。
世界銀行および米州開発銀行(Inter-American Development Bank: IDB)は、ハンドブック
第2版の作成に深く関わっており、進捗会議への参加や随時貴重な提言をされている。特に世界
銀行からは、改訂作業について助言や資金援助をいただいている。ノルウェー外務省および英国
国際開発省紛争人道部からも防災コンソーシアムを通して資金援助をいただいている。
ECLACは、以上の協力に深く感謝するとともに、ラテンアメリカ・カリブ海地域における現
地評価調査を通じて多くの政府関係者、専門家らとの交流が果たした重要性、すなわち、交流か
ら生まれた様々なアイディアが本ハンドブックに大きく寄与したことを感謝するものである。
ix
Ⅴ.
執筆者
ECLACはハンドブック第2版の作成を、ECLACにて災害担当を務めるメキシコシティの地域
本部職員Ricardo Zapata Martíに委託した。初版の作成を指揮したRoberto Jovelは、外部コンサ
ルタントとして採用し、いくつかの節を執筆したものの、基本的には第2版の方向付け、監修を
担当していただいた。各章を担当した専任スタッフ、部署横断的な作業の担当者、外部コンサル
タントを以下に示す。
「被災者」
José Miguel Guzmán( ラ テ ン ア メ リ カ ・ カ リ ブ 人 口 セ ン タ ー
(CELADE)協力)、Alejandra Silva、Serge Poulard、Roberto Jovel
担当。
「教育・文化」
Teresa Guevara(国連教育科学文化機関(UNESCO)コンサルタント)
担当。
「保健」
Marcel Clodion(汎米保健機構(PAHO/WHO)コンサルタント)、
Claudio Osorio(PAHO/WHO)担当。
「住宅および人間居住」 Daniela Simioni(ECLAC環境居住局(DEHS)担当。およびMauricio
Faciolince、Ricardo Bascuñan、Silvio Griguolo(コンサルタント)協力。
「エネルギー」
Roberto Jovel(Ricardo Arosemena(コンサルタント)の先行研究に
依拠)担当。
「水供給と衛生」
Claudio Osorio(PAHO/WHO)担当。
「運輸・通信」
ECLAC天然資源・インフラ局運輸課長Ian Thompson担当。David
Smith(コンサルタント)協力。
「農漁業」
Antonio Tapia(コンサルタント)担当。Roberto Jovel協力。
「通商産業」
コンサルタントおよびメキシコ国立防災センター(CENAPRED)職員
Daniel Bitran担当。
「観光業」
Françoise Carner(コンサルタント)、Jóse Javier Gómez(DEHS)、
Erik Blommestein(ECLACカリブ地域本部)担当。
「環境」
Jóse Javier Gómez(DEHS)、Erik Blommestein、Roberto Jovel、
Alfonso Mata、Cesare Dosi担当。David Smith、Leonard Nurse、Ivor
Jackson(共にコンサルタント)協力。
「女性への影響」
Roberto Jovel担当(Angeles Arenas(コンサルタント)の報告書に依
拠)。ECLACカリブ地域本部のAsha KambonおよびRoberta Clarkeな
らびにSarah Bradshaw、Fredericka Deare(共にコンサルタント)協
力。
「被害のまとめ」
Roberto Jovel担当。
「マクロ経済的影響」
Ricardo ZapataおよびRene Hernandez(メキシコシティのECLAC地
域本部)担当。
以下のECLAC職員からは、草稿に目を通していただき貴重な助言をいただいた。それらは本
ハンドブックの最終稿に反映されている。
Nieves Rico(ECLAC本部女性と開発課)、Pilar Vidal(ECLAC/メキシコ 女性と開発課)、
Esteban Perez(ECLACカリブ地域本部)。
x
第Ⅳ部 経済セクター
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業セクター
第1章 農業セクター
1−1 はじめに
1−1−1 概観
災害の種類によって農業セクターが受ける被害は異なる1。農業セクターが最も被害を受ける
のは、水文気象災害(熱帯暴風・ハリケーン、洪水、霜害、旱魃など)だが、地質災害(地震、
火山噴火、津波など)の場合は間接被害や小規模被害で済むことが少なくない。
農業の専門家の業務範囲は災害影響の程度によって規定されるが、本セクターの評価はほかの
セクターの評価と密接に関わっている。したがって、あらゆるセクターの専門家の間で常に連携
を図ることが不可欠である。
農業の専門家としては、まず、農業セクターの災害影響について明確に把握してから、同セク
ターの物的インフラが受けた被害の評価を土木技術者に依頼しなければならない。この土木技術
者による評価の対象としては、畜産施設、作物および投入財の保管施設の損傷・損壊、灌漑排水
システムの土砂堆積・損壊などが挙げられる。したがって、土木技術者との緊密な連携が不可欠
である。
すでに指摘したように、農業セクターが最も被害を受けるのが、洪水、霜害、旱魃である。熱
帯暴風やハリケーンが都市部を襲うこともあるが、農業セクターよりもほかの生産セクターやイ
ンフラに与える被害の方が大きい。地震によるセクターの被害としては、サイロ、倉庫および灌
漑排水システムの損壊・損傷がある。土砂災害は農村部と都市部双方に被害を及ぼす。
災害のほとんどは環境被害を伴うことから、農業セクターの専門家は環境の専門家と緊密に連
携して、環境の専門家が環境被害の評価に必要な情報を漏れなく収集できるようにする。農業と
環境の専門家間の連携は一層重要になってきている。なぜなら、ラテンアメリカ・カリブ海地域
では自然資源の劣化が進行しており、それに起因する自然災害の被害が増加し今後も拡大するこ
とが予想されているからである。この点に関しては、浸食や土砂災害による農地の損失、堤防の
決壊、河道の変化、動植物への影響などを検討する必要がある。
同様に重要なのが、女性に特徴的な災害影響の把握である。最終的な目標は災害被害を金銭的
に評価することであるが、災害被害は性別により異なるため、復旧復興のあり方もそれを踏まえ
検討する必要がある。災害評価にあたり、農業セクターの専門家はジェンダーの専門家とも緊密
に連携し、ジェンダーの専門家に必要な情報を提供しなければならない。
農業セクターの生産物は、農村部の生産者とは別の個人や企業によって加工・販売されるのが
一般的であるので、工業部門の専門家との連携も欠かせない。
以下では、農業セクターの専門家が広い視野を持ち、セクターを超えた影響の評価を行う必要
があることを明らかにしていく。
農業セクターの専門家は、当面の食糧事情と食糧不足の可能性も検討しなければならない。災
害が発生すると、農業従事者が農業を中断し、緊急対応と自らの住居の修復・再建に追われるこ
1
本ハンドブックでは、農業セクターを農業部門のほか、畜産、水産および林業の各部門も含むものとする。
3
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
ともある。地震によりサイロや倉庫が被害を受けると食糧供給が滞ってしまう。エクアドルで発
生したエルニーニョに起因する洪水2のように、洪水が長期にわたると作付けができなくなる一
方、旱魃が続けば、収量は大幅に低下し、食糧事情が悪化する。
農業セクターの専門家は、災害をもたらす自然現象の特性を見極めなければならない。さもな
ければ、その後の業務を効果的に組み立てることができないからである。例えば、ハリケーンの
場合、強風によりプランテーションや作物が被害を受ける一方、豪雨により農地が内水氾濫や外
水氾濫で浸水する。耐風性の非常に強い作物の中には、アフリカヤシのように長期の浸水に弱い
ものもある。地震被害の地理的範囲は通常限定的だが、旱魃の被害は広範囲に及ぶことが多く、
国境を越えることもある。極端な場合、ほかのセクターに様々な被害を及ぼす気候の変化を一時
的ではあるが広範囲にわたって生じさせる自然現象もある。その典型的な例がボリビアとペルー
の高地に被害をもたらした1982∼1983年のエルニーニョ現象である3。したがって、農業セクタ
ーの専門家は災害をもたらす各自然現象の強度・範囲とその主な影響、影響を受ける地理的範囲
について十分把握しておく必要がある。
災害影響は、災害が農業暦のどの時期に発生するかによって大きく異なる。熱帯暴風やハリケ
ーンが発生するのはちょうどコーヒー・プランテーションの収穫期に当たるため、その年の収穫
を全滅させたり、収量が大幅に減少したりすることもある。一年生作物では事情が異なる。播種
期後に洪水や雨期の遅れが発生する場合、早生種の作付けで対処できるが、収穫期に災害が発生
し、その年には新たに種まきができない場合、被害は全損になりかねない。これは、作物やプラ
ンテーションの種類によって大きく異なる。1979年、2つのハリケーン「デービット」と「フェ
デリコ」がドミニカ共和国のコーヒー産地を相次いで襲った。コーヒーの樹が根こそぎ倒れて被
害が全損になった場所もあれば、分損で済んだ地域もあった4。永年作物のプランテーションは
回復に時間がかかるため、総じて一年生作物よりも被害が長期にわたる。プランテーションの一
部が失われると、その部分の改植、関連インフラ(用排水路、圃場内農道など)の再建が必要に
なる上、作物が生長して実を付けるまで数年待たなくてはならない。ホンジュラスの北部沿岸地
方のバナナ・プランテーションが受けた1998年のハリケーン・ミッチによる被害はその一例であ
る5 。
農業セクターの専門家は、被害を受けた生産物の行き先の確認も行う。自給を目的とした農業
地域にとって、災害は深刻な社会的影響を及ぼしかねない。商品作物を生産する農業地域であれ
ば、損害の定量化は基本的に経済的観点から実施する。すなわち、生産高の減少分の算定、被災
国の食糧需給バランスの評価、食糧不足の解消に必要な輸入量の算定などの被害評価である。
生産被害が、サトウキビ、サイザル麻や缶詰用作物など、産業原料であれば、さらに被害は拡
大する。精糖業は一般に波及効果が高いが、サトウキビが被害を受ければ原料を遠くの産地から
調達する、あるいは被害を受けた道路を使って輸送することは採算に合わなくなることもある。
輸出向け農作物の生産被害であれば、その影響は地域経済だけではなく、貿易収支や経常収支
にも及び、マクロ経済均衡を脅かしかねない。生産損失を輸入で補えば同様の不均衡を招く可能
性がある。
2
3
4
5
ECLAC (1983) Natural Disasters in Bolivia, Ecuador and Peru, Santiago, Chile; Jovel, Roberto, et al. (1999)
Consultants’ Report for the Corporación Andina de Fomento, San Salvador.
ECLAC (1983) Natural Disasters in Bolivia, Ecuador and Peru, Santiago, Chile.
ECLAC (1979) Dominican Republic: Repercussions of Hurricanes David and Federico on the Economy and
Social Conditions, Mexico City.
ECLAC (1999) Central America: Analysis of the Damage Caused by Hurricane Mitch, Mexico City.
4
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業セクター
最後に、どの生産セクターにも当てはまることではあるが、農業セクターの生産高が減少すれ
ば、同セクターの勤労者の雇用と所得は縮小する。この雇用や所得の損失の算定にあたっては、
雇用の専門家と緊密に連携するとともに、単位生産量とそれに必要な労働力の量の比率について
は、一般的なものを用いる。
1−1−2 被害の内容
農業セクターの専門家は被害評価の実施とその評価報告書の作成にあたり、被害を受けた作物
やプランテーションの種類とその地理的範囲を明確にする。その際、被害の地理的範囲と生産被
害について可能な限り正確な定量化を行う。被害の性格は一年生作物か永年作物かによっても異
なる。
プランテーションと永年作物が受ける被害は、全損から分損まで幅がある。熱帯暴風やハリケ
ーンなど単独の自然災害がプランテーションを全滅させ、豪雨や暴風が作物(コーヒーなど)の
開花を阻害し、湿害に弱い作物(バナナなど)の圃場を浸水させる力があることを忘れてはなら
ない。
その典型例が1974年末にホンジュラスを襲ったハリケーン・フィフィである。ホンジュラスの
大西洋岸の北東部に上陸したフィフィは、東西に走る川の流域沿いに進み、畜産のほか、バナナ、
アフリカヤシ、トウモロコシ、コメなどを生産する肥沃で理想的な土地に被害をもたらした。ハ
リケーンの通り道に位置していたバナナ・プランテーションは直撃を受け、事実上壊滅した。他
方、対岸のアブラヤシ・プランテーションは強風や2週間を越える浸水にも耐えた。コメやトウ
モロコシは浸水した場所では事実上全滅したが、流域の標高が比較的高い地域では被害を免れた。
小家畜(家禽類、豚、山羊など)はほぼすべてが流された。高い土地に避難できなかった牛も同
様であった6。
農業セクターの専門家は、自然資源、物的インフラ、運転資本、被害を受けた機械類、家畜な
どを含めた環境全体の影響について総合的に把握・記述する。その際、農地に対する考えられる
影響をあますところなく記述しなければならない。例えば、大雨と洪水による土砂災害、あるい
は山腹や近隣の平地の肥沃な土地に土砂が堆積し、その復旧は経済費用あるいは環境費用の観点
から難しいほどの被害をもたらすことも視野に入れる必要がある。火山噴火による火山灰は作物
に害になるという意味で一時的な被害をもたらすが、中長期的に見れば作物の生産量が拡大する
という意味では便益となる。
段々畑の損壊、洪水が運んできた土砂・ゴミなどの問題は損失を招くであろうが、最終的には
被災前の姿に戻すことも可能である。このような問題を詳細に記述することにより、対象の土地
における今後の生産量の減少分や被害を受けた農産物や農業投入物の被害を算定することが可能
になる。熱帯暴風による強風・洪水は家畜のストレスとなり、牛乳や卵の生産量が激減してそれ
が数カ月にわたって回復しないこともある。農業セクターの専門家はこのような将来の間接被害
を完全には定量化できないかもしれないが、重要な間接被害については留意が必要である。
サイロに保管してある農業投入物や農産物の被害を記述することは比較的容易である。各サイ
ロとその量または価値を一覧にし、全損か分損かを明らかにすればよいからである。これがなぜ
重要かといえば、農産物が被害を受けた場合、ある用途には使えなくてもほかの用途には使える
ことがあるからである。例えば、トウモロコシは見た目は悪くなるかもしれないが、牛の飼料と
6
ECLAC (1974) Report on the Damage and Repercussions of Hurricane Fifi on the Honduran Economy,
Mexico City.
5
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
しては利用できる場合がある。
したがって、農業および環境の各専門家は、自然資源の被害が永続的なものか、一時的なもの
なのかを慎重に検討しなければならない。豪雨による肥沃な山腹土壌がその下の平地に流れ込め
ば短期的には損害であるが、そこの沖積土の肥沃度を高めることもあり得る。また、表土を入れ
替えるには比較的多くの投資が必要になることもある。
火山が噴火しても、土壌に降り積もる火山灰は限定的なら地力も完全に回復するかもしれない。
もちろん、降り積もる量が多ければ、地力の回復にかかる費用は法外なものになり得る。
女性が自給のため、あるいは臨時ないし補助の収入源として行う「裏庭経済」活動についても
影響評価を実施することは同様に重要である。裏庭経済とは農村部や都市周辺部でよく見られる
比較的規模の小さな活動(作物栽培や小家畜の飼育とその副産物の獲得など)のことをいう。裏
庭生産活動は、多額の投資は必要としないものの、経済にとって非常に重要であり、多くの世帯
の食糧需要を支えているという意味でも意義が大きい。裏庭経済が受ける被害は通常全損であり、
女性が家族を食べさせることが不可能、もしくは非常に困難になることが多い。このような被害
は広範囲に及ぶと食糧の調達が難しく、価格も上昇する。女性が世帯主の世帯にとっては特に厳
しいものとなる。
したがって、被災前の統計あるいは被災後の簡易サンプル調査に基づいて、被災者を男女別に
分類することは極めて有用である。例えば、被災した小農民女性の集団を把握することは、裏庭
経済の復興を目的とした計画および事業の策定に役立つ。この場合、男性側を把握することも非
常に参考になる。なぜなら、男性は被災後に職や所得を求めて都市部や外国に一時的あるいは永
続的に移住し、女性に土地や農地を任すことが多いからである。復旧復興計画の策定にあたって
は、こうした女性に特徴的な災害影響に留意しなければならない。
災害影響評価は中長期的な復興計画の策定に不可欠であるが、農業セクターの専門家が当面の
課題を発見し、関係当局に報告する上でも参考になる。
1−1−3 情報源
災害評価にかけられる時間は非常に限られている。復興の方向性を定めるため、評価結果が緊
急に求められるからである。ただし、農業やほかのセクターの専門家は各種の影響や被害を記述
できるように、追加的情報も収集しなければならない。
災害発生後に被災国の関係機関が実施する暫定評価は評価担当者にとっての第一陣の情報であ
るが、詳細な評価を開始する際に非常に参考になることが多い。この暫定評価では、被害が最も
大きな地域、災害の地理的範囲とその被害、経済への影響が評価対象となるが、評価結果が緊急
に求められることや主観的要因が入り込むことから、評価の性格は定量的というより定性的であ
り、また被害を過大評価しがちである。このため、現場において暫定評価の妥当性を検証するこ
とが農業セクターの専門家には求められる。
政府は緊急対応と暫定評価を完了させた後、現地調査などによる詳細な調査を実施するのが通
例である。この調査結果は農業セクターの専門家にとって貴重な情報となる。なぜなら、詳細な
災害影響評価に必要な地域の作物、収量、価格などの事情に明るい被災地居住の担当者がこの調
査を実施することが多いからである。
農業セクターの専門家には、被災地域の農業生産とその動向に関する長期統計情報の収集も求
められる。災害が発生しなかった場合の生産予測を行い、被災後の実際の生産高と比較できるか
6
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業セクター
らである。
農業セクターの専門家は現地調査において、各方面から可能な限りの情報を収集しなければな
らない。その情報の間に整合性がなくとも、とにかく収集する。調査を進める中で情報を検証し、
現状に最も近いと思われる情報を取捨選択できるからである。多くの情報を収集するためには、
被災地をできるだけ広く視察する。交通ルートの遮断など、現地視察には困難がつきまとうが、
そのような場合、できれば空路を利用する。その際はヘリコプターが望ましい。機動性に優れて
おり、必要な場所に行きやすいので、結果的に時間の節約になるからである。交通手段が限られ
ているために被災地の全域を視察できない場合、使える交通手段7、物理的被害の程度(例:被
災者が多数でインフラも損壊した場合)、経済的な重要性(例:コーヒー・プランテーションの
損害が被災国の外貨収入の5割に達する場合)などに応じて視察先の重点化を行う。いずれにせ
よ、被害が典型的で、社会経済的に重要な地域を選択して視察することになる。
現地視察を実施すれば、現地の担当者や被災者からの聞き取り調査が可能となる。担当者や被
災者の生の声は、災害の規模とその影響を把握する上で有益である。農業セクターの専門家は
様々なレベル、分野の専門家とも接触しなければならない。例えば、農業省の担当者は被害を全
体的に把握しているだろうし、農業改良普及員はその担当地区の被害状況に詳しいことが多い。
サービス事業者、農業投入物の販売業者などとの接触も欠かせない。食糧や農産加工品原料の地
域需要の構造や規模に明るいからである。農業セクターの専門家は以上を踏まえて災害について
独自の見解をまとめることになる。
現地聞き取り調査の質問項目は事前にまとめておく。中央政府レベルにはインフラの被害状況
に関する情報がない場合、現地視察がその情報を入手する貴重な機会となる。一方、情報はある
が確認がとれていない場合は、聞き取り調査がその確認の手段となる。要するに、農業セクター
の専門家は必要な情報とその入手方法を明確にしておく必要がある。
繰り返すが、どのような情報でもとりあえず収集することと、災害の生情報が得られる機会は
見逃さないことが重要である。したがって、農業セクターの専門家は、暫定被害評価報告書を作
成する官僚、あるいは農業計画局員など農業関連の様々な政府関係者から聞き取り調査を行う。
また、被災地で活動しているか何らかの影響力がある専門機関や業界団体(コーヒーやバナナの
生産者、畜産農家、農薬の空中散布を行うパイロットなどの団体)のトップ、さらには被災地で
活動する担当者(国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization: FAO)、国際農業開
発基金(International Fund for Agricultural Development: IFAD)、世界食糧計画(World
Food Program: WFP)
、米州開発銀行(Inter-American Development Bank: IADB)、世界銀行、
米州機構(Organization of American States: OAS)などが行う開発プロジェクトの担当者など)
とも協議する。
被災地域で農産物の加工などに関わる企業(牛乳殺菌業者、食肉加工業者、缶詰業者、農薬製
造業者、販売御者など)の代表者とも面会する。原材料の不足がこれらの業者に与える影響、あ
るいは雇用、復旧に必要な時間などについて専門的な見地からの意見を聴取することにより、災
害影響への理解を深めることができる。
なお、災害発生直後は新聞、雑誌などが有する情報が、特に第一陣の情報として事態の把握に
役立つことがある。ただし、非公式な情報源からの定性的な情報は額面通り受け取らないように
注意しなければならない。
7
現地評価調査の段階では、ヘリコプターはまだ緊急対応に使用されている可能性がある。
7
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
1−2 被害の定量化
1−2−1 直接被害
農業セクターの直接被害とは資本資産の損失のことである。直接被害は大きく4つに分けるこ
とができる。すなわち、農地の被害(その回復には何年もかかる可能性がある)、物的インフラ
(灌漑排水システム、貯蔵施設、サイロなどを含む)と機械類・設備(トラクター、噴霧器など)
の被害、収穫を迎えた作物の損失、ならびにストック(家畜、農業投入物、収穫した農作物など)
の損失である。
収穫前の作物の損失と将来の収穫物の損失は区別されなければならない。前者は直接被害であ
るのに対して、後者は後に本章の中で説明するように間接被害である。
(1)農地の損失
浸食や堆積により失われた農地の価値を算定することは難しい。土壌が失われ、それに対して
何ら措置がとられない場合でも、その土地が今後10年にわたり生み出すであろう生産物について、
被災地の平均的な生産力を基準にして算定した額を求め、これを被害額とすることも多い。例え
ば、1haのバナナ畑が年間平均で2万米ドルの純利益を生み出すとすれば、1ha当たりの損失額
は20万米ドルとされる。
氾濫堆積物により短期的な被害を受けた土地の被害額については、疎林の開墾に必要な費用が
およその目安になる。この数字は農業省が把握しているほか、そのような開墾を行う民間企業か
ら入手することも可能である。農業セクターの専門家は被害面積を算定するとともに、土木の専
門家とも連携して被害を受けた土地の原状回復にかかる総費用も算定する。
火山灰が降り積もった土地など、資源に対する影響が必ずしも永続しない外部物質の侵入によ
る土地の被害を算定することは、氾濫堆積物による被害よりも難しい。短期的には作物が育たな
いが、植生が回復するのにどのぐらいの期間が必要なのか、予測する決まった方法はない。ある
中米の国では、綿花の収穫時に火山が噴火したが、その被害が良い例である。この噴火ですぐに
影響が出たのが、収穫した綿花の質の低下とそれに伴う価格の下落であった。しかし、堆積した
火山灰は薄く、鋤き込むことができたので、翌年には作付けが可能であった。火山灰の成分が地
力を高めた例もあるので、機械で鋤込む前に分析しなければならない。堆積した火山灰が厚いと
回復に必要な費用と時間は増大する。降灰によりそれ以降収穫できなくなったことによる損失を
間接被害に計上することはいうまでもない。
(2)農業用インフラ・設備の被害
農業セクターの物的インフラ(用排水路、貯蔵施設、サイロ、機械類、試験所、家畜囲い、鶏
舎、養殖池、漁港施設など)と設備の被害は、全壊にせよ半壊にせよ、物量単位で被害を算定す
る。まず、農業セクターの専門家が農道の延長(km)、水路の延長(m)、トラクターの数など
の物理的な単位で被害の範囲を算定してから、土木の専門家と連携して金銭的単位に換算する。
インフラの直接被害の場合に実施する被害評価の種類を表Ⅳ−1−1に、農家資産の被害を表
Ⅳ−1−2にそれぞれ示した。
この点において、本ハンドブックの第Ⅰ部(評価基準)で論じた資産の時価と再取得価額の違
いに留意する必要がある。
8
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業セクター
表Ⅳ−1−1
1.
項目
アクセス道路
2.
インフラ
インフラの被害
被害の内容
未舗装のアクセス道路の状態が延べ70kmにわたり不良
全長22mのベーリー橋が2橋損壊
幹線水路が延べ6km、取水口が14番から27番まで損壊
費用(100万米ドル)
電柱20本、変圧器1器など
7カ所の取水口と設備
ポンプ用の電線延べ800m
電柱20本、変圧器1器など
(3)生産損失
厳密にいえば、災害時に収穫を迎えていた作物のみが生産損失の対象となる。それ以前は資産
とは位置付けられないからである。
しかし、一年生作物が成長段階にあるときに災害が発生した場合、労働力と農業投入物への投
資の損失も計上する必要がある。作物が全滅した場合、生産者が被る被害費用はその作物の生育
段階に基づいて算定する。被害が部分的であれば、比例配分する。その収穫の費用を被害とする
ことはできない。二重計算になってしまうからである。失われた作物の分を再作付けができず、
輸入に頼る場合は、その輸入額を明らかにし、マクロ経済の専門家が被災後の経済動向の分析に
おいて参考にできるようにする。いかなるケースにおいても直接被害に計上してはならない。
永年作物の被害を算定することは一年生作物の場合よりも難しい。作付け期から成熟期までの
全期間(例外なく数年かかる)と生産が再開されるまでの費用を算定する必要があるからである。
バナナを箱詰出荷所まで運ぶケーブル、用排水路などの生産インフラの修復ないし交換が必要と
なる場合もある。その際の費用は被害を受けた事業者からの情報を参考に、農業用インフラ・設
備の被害として計上する。
家畜については、間接被害も直接被害も生産損失に計上してはならない。ストックの損失(次
節参照)、あるいは将来生産の損失(間接被害に計上)として計上する。すでに指摘したように、
作物ごとの損失量を算定してから、生産者の販売収入に基づいて金銭的な損失に換算する。
(4)ストックの損失
農業の投入物および収穫・貯蔵した生産物のストックの被害も全損と半損とに分けられる。全
損の場合、農産物は農産物価格、農業投入物は再取得価額で被害を算定する。分損の場合は比例
配分で算定する。
家畜の場合、損害額を算定する際には、価格や単価が異なるので食肉牛、乳牛および種牛を区
別する。ストックの損失における生産損失は間接被害として計上する。
穫後貯蔵されていた牧草が災害による被害を受けた場合は、専門家や被災地の農家との連携で
算定した値を基本にストックの損失に計上する。
小農を中心とする地域では、育牛が地域住民の総所得に占める割合はわずかであることが多い。
大家畜、特に農耕用の家畜についてはその時価で算定する。
ストックの損失は表Ⅳ−1−2に示した。
9
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
表Ⅳ−1−2 農家の資本資産の被害
1.
項目
土地の被害
2.
灌漑排水システム
3.
機械類・設備の損壊
4.
作物・農業投入物の損失
5.
ほかの生産財
6.
建物および設備
被害の内容
35haが土砂に埋まり全損
150haがゴミで散乱したが回復可能
幹線水路延べ100km
支線水路延べ750km
土砂が堆積した排水路が延べ210km
トラクター10台
播種機2台
ポンプ3台
牽引トラック5台
トラック1台
噴霧器7台
日干し設備
トウモロコシ21t
トウモロコシ種子5t
肥料50袋
ガソリン1,500リットル
黄麻布製の袋1万7000袋
ラバ16頭
干し草70俵
コンクリートおよび煉瓦製の穀倉1棟(700㎡)
日干し煉瓦製の穀倉2棟(950㎡)
搾乳場1棟(日干し煉瓦製)
費用(100万米ドル)
1−2−2 間接被害
農業セクターの間接被害とは、災害の直接被害に起因し復旧期の終わりまで続く生産高の減少
分、ならびに今後同様の災害が発生した場合の被害の防止・抑止対策にかかる費用のことである。
一年生作物ないし季節作物の間接被害は、再度播種しても時期的に遅く二番作が望めない場合、
あるいは長引く浸水や降雨不足で作物の作付けが不可能か、収穫量が減少する場合に発生する。
そのような場合、被災地の平均的な生産力に基づいて求めた作物別の予想収穫量を基準にして予
想損害額を求めることを推奨する。プランテーションや永年作物については、生産力の低下は作
物そのものの被害によってもたらされる。例えば、コーヒーの樹や果樹は花付きが悪化すると将
来の作柄が低下する。
畜産についても、自然災害が家畜のストレスとなって畜産物の生産が低下する。例えば、ハリ
ケーンの被害を受けたり浸水が長引いたりすると、鶏は卵を産まなくなり、乳牛は体重を落とし
て産乳量も低下する。このような間接被害は算定が難しい。平常時の生産水準の20%以下とされ
ることが多いが、過去の同様の経験を有する現地の専門家や生産者の話を聞いてからその割合を
判断すべきである。災害は牧草の生育にも大きな影響をもたらす。ジャラグア、エストレラ、タ
イワンなどの牧草種のように浸水で全滅する牧草もあれば、旱魃で全滅する牧草もある。この場
合、災害の間接被害は牧草地の再生費用として算定できる。
養殖の漁獲量や将来の生産量に対する災害影響は様々である。国によっては洪水や高潮がエビ
の養殖池を破壊し、復旧期の生産高を減少させる。また、南米諸国の太平洋岸におけるエルニー
ニョ現象、あるいは海中を震源とする大地震が発生した場合など、海水の温度や塩分濃度が変化
すると漁獲量も低下することがある。零細漁船では対応できない深海に魚群が移動した事例が最
10
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業セクター
表Ⅳ−1−3 農業に対する物理的および経済的被害の算定(地域・セクター別)
国内地域
区分
中央部
南西部
南部
東部
北部
北東部
北西部
全国合計
ハリケーンによる
被災前の作付面積
(ha)
61,451
56,621
46,317
34,169
117,393
30,657
128,984
475,502
被害総面積
(ha)
48,075
17,826
12,253
21,325
37,301
11,007
54,292
202,239
全損面積
(ha)
30,067
9,355
5,232
6,926
14,303
4,794
13,600
84,357
半損面積
(ha)
農家の損害額
注
(1,000米ドル)
10,003
6,471
7,021
14,399
22,998
6,293
40,692
117,002
143,706
13,994
15,010
10,334
43,392
3,422
26,360
257,127
被害総額に
占める割合
(%)
55.9
5.4
6.2
4.2
16.9
10.3
1.3
100.0
注:資本資産の再取得原価(永年作物の場合は数年にわたる)を含むが、ストックの損失や生産麻痺の影響によ
る損害は含まない。そのため、表Ⅳ−1−4の数字とは必ずしも一致しない。
出所:農業省
近エルサルバドルで報告されている8。
ただし、水文気象現象は生産に好影響を及ぼすこともある。エルニーニョ現象の影響により、
通常は乾燥地または半乾燥地であった土地で一時的にではあるが収益性の高い作物の生産が可能
になったり、通常はほかの緯度に生息する魚種を漁獲できたりした。このような生産高の増加は、
平常時の生産物の損害額から差し引いて純被害額を算定する。
今後の自然災害による被害を防止・抑止する工作物を建設することは極めて重要である。中米
のある国では、河川などの雨水排水能力を超える豪雨により、海岸平野の広範囲で大洪水が発生
した。しかも、洪水が運んできた土砂が河口に堆積し、河川の雨水排水能力をさらに低下させた。
そこで、河口を浚渫するとともに、河川の要所には堤防を設置した。この費用は災害の間接被害
として計上された。流域上流部の植林や河川の要所における改修工事も間接被害に計上されてい
る。
表Ⅳ−1−3は、生産に対する間接被害の算定方法の一例を示したものである。
1−2−3 被害総額
ある災害による被害総額は直接被害と間接被害の和である。例として、1999年にホンジュラス
を襲ったハリケーン・ミッチが農業セクターに与えた被害を表Ⅳ−1−4に示す。なお、この詳
細については付録Xで説明する。被害総額は、復興の官民配分がケースごとに異なるため、民間
セクターと公的セクターに分類する。また、地理的・空間的な被害分布を把握し、復興計画の重
点化の参考とする。
二重計上になるおそれがあるので、国内消費分の生産損失を埋めるための輸入分、あるいは生
産損失のために輸出できなかった分は被害総額に計上しない。マクロ経済の専門家が対外部門に
計上する。同様に、生産低下による個人所得や家計所得の損失分も、ほかのセクターで扱う災害
が国レベルの雇用や所得に与える影響に計上する。
表Ⅳ−1−4は、直接被害および間接被害を含めた総被害費用とそれが対外部門に与える影響
(輸出減と輸入増)を示した例である。
8
ECLAC (2001) The January 13, 2001, earthquake in El Salvador, Mexico City.
11
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
表Ⅳ−1−4
1998年のハリケーン・ミッチがホンジュラスの農林水産業に与えた被害
(100万レンピラ)
セクター・部門
総被害
合計
農業(1+2)
1. 資産(A)
土壌
プランテーション、施設
2. 生産:作物
国内消費(B)
米
豆類
トウモロコシ
モロコシ
輸出・産業(C)
バナナ
コーヒー
サトウキビ
柑橘類
メロン
アフリカヤシ
パイナップル
その他
畜産(1+2)
(D)
1. 資産
牛
家禽類
設備資産
牧草地
2. 生産
牛乳
林業(E)
漁業(1+2)
1. 資産
漁業
養殖池
2. 生産
漁業(F)
養殖池のエビ
27,424.5
23,256.3
11,535.2
5,214.4
6,320.8
11,721.2
901.5
128.4
156.5
611.6
97.0
10,819.7
6,548.9
854.9
747.2
440.2
473.6
862.9
177.0
715.0
3,492.5
2,755.4
1,217.3
738.1
500.0
300.0
737.1
737.1
46.0
629.7
119.0
14.4
104.6
510.7
139.4
371.3
直接被害
16,554.2
14,105.3
11,535.2
5,214.4
6,320.8
2,570.1
772.8
30.9
66.8
609.1
66.1
1,797.3
466.5
629.2
387.0
30.0
31.7
143.8
11.0
98.0
1,886.0
1,763.1
225.0
738.1
500.0
300.0
122.9
122.9
27.0
536.0
119.0
14.4
104.6
417.0
120.0
297.0
間接被害
10,870.3
9,151.1
9,151.1
128.4
30.9
89.7
2.5
30.9
9,022.4
6,082.4
225.7
360.2
410.2
441.9
719.1
166.0
617.0
1,606.5
992.3
992.3
614.3
614.3
19.0
93.7
対外部門への影響
輸出減少分
輸入増分
5,864.2
561.2
5,492.9
561.2
19.3
104.2
383.5
54.3
4,276.8
600.3
85.5
25.0
530.2
−
0.0
371.3
93.7
74.3
371.3
出所:公的機関および生産セクターの資料に基づいてECLACが算定。
1−3 その他
災害が農業セクターに与える影響を評価するにあたり、本セクターの専門家は以上で検討して
きた以外の項目も考慮して、生産連鎖における関連セクター、すなわち商工業に与える影響や災
害のマクロ経済的影響も検討しなければならない。具体的な項目としては、上で触れた雇用・所
得への影響、生産損失が食糧の国内消費と輸出のバランスに与える影響(対外部門に関連)、生
産・加工・販売の様々なポイントないしレベルにおける農産物の価格、女性に特徴的な災害影響、
環境への影響などがある。
12
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業セクター
1−3−1 雇用と所得
災害発生後の雇用および所得の損失もセクターを越えた問題といえる。この問題は全部とはい
えないまでもほとんどのセクターが発生するからである。雇用および所得の損失の算定は、様々
な財の生産とそれに必要な労働力との関係に着目して行うことが多い。このようなデータは通常、
労働省が把握している。
被害を受けた各セクターの雇用・所得の損失を算定する方法については、「第四巻第Ⅳ部第5
章 雇用と所得」で詳しく説明している。ここで取り上げるのは農業セクターに限定したもので
ある。いずれにせよ、農業セクターの専門家はこの損害算定の実施にあたり、雇用の専門家と緊
密な連携を図ることが肝要である。
災害が発生すると、雇用は様々な理由により影響を受ける。作物が被害を受けると、農業労働
者の所得も犠牲になる。雇用・所得の損失には、収穫前の作物の損害、主要プランテーションの
被害、洪水や暴風による生産低下、収穫作業を阻害する農道の損壊・損傷などが含まれるものと
する。いずれにせよ、労働需要は低下するので、農場労働者の所得も下落する。このような損害
は、他のセクターにおける同様の損害との合計を間接的に算定した後、マクロ経済レベルで計上
する。
被害算定の基準となるのが正常時における作物別の平均労働量である。例えば、1haのコーヒ
ー畑で収穫までを含めた生産を行うためには120日の労働が必要で、この生産が行われないと、
約80人の農場労働者は所得を失う。このような算定に用いる平均値は被災した地域や国の平均と
する。
牛乳や鶏卵の生産量や漁獲量も減少するが、いずれの場合も労働需要が低下するため、従事者
の所得もその分だけ減少する。
農業労働者の住家への被害が広範に及ぶような地震が発生すると、農業労働者は緊急対応と住
宅の修復に追われるため、通常の農業労働に従事できなくなり、その分の所得も減少する。
農業セクターにおける雇用と所得の損失については、ほかのセクターと同様、男女別に数字を
出してジェンダーの専門家が女性に特徴的な災害影響を評価できるようにする。
雇用と所得の損失推定額は、住民の厚生水準の低下を把握する上で、あるいは災害に余剰とな
った労働力を生かした復旧復興の戦略・計画・事業を策定する上で参考になる。
1−3−2 食糧の需給バランスおよび国内消費と輸出のバランス
この項目を含めたのは、定量化が必要なマクロ経済的影響を及ぼすからである。農業セクター
の生産が低下すると輸出向けの農産物にも影響し、国内需要に十分対処できなくなる可能性があ
る。
災害による国内生産能力が低下し、食糧需要に対応できない期間がある程度続くようであれば、
生産が回復するまでの総食糧需要を算定することになるが、それには国内の食糧需給バランスの
評価が不可欠である。この評価は極めて重要であり、特に経済規模の比較的小さい国ではなおさ
らである。なぜなら、今後の食糧輸入需要と貿易収支や国際収支に与えるマクロ経済的影響の把
握につながるからである。
被災前の食糧事情に加えて被災後に外国や国際機関による食糧援助見通しについても情報を収
集する。言い換えると、国内外から調達可能な食糧の総量を把握する。その上で、被災者の数、
13
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
表Ⅳ−1−5 ハリケーン・ミッチ後のホンジュラスの食糧需給バランス
食品目
トウモロコシ
インゲンマメ
サトウモロコシ
米
小麦
1人当たり消費量
(kg)
125
30
−
−
−
注1
総消費量
(t)
875,000
210,000
−
−
−
被災後の総生産量
(t)
670,000
200,000
−
−
−
海外からの寄付
(t)
注2
200,000
−注3
−注4
−
注5
−
輸入必要量
(t)
5,000
10,000
−
−
−
注1:人口700万人として算定。
注2:米国のPL480法に基づく寄付。
注3:友好国からの寄付。
注4:ドイツ連邦共和国からの米の購買に対する寄付金。
注5:世界食糧計画(WFP)からの寄付。
食品目別の1人当たり予想消費量と国内生産の不足が予想される期間を基準に総食糧需要を算定
する。災害による食品目別不足量は、この予想供給量と予想需要量の差に等しい。
表Ⅳ−1−5は、1999年後半のハリケーン・ミッチによる被災後のホンジュラスにおける食糧
需給バランスを示したものでる。
災害による生産損失に起因する輸出の減少を予測するためには、近年の実績値と災害発生年の
予測値を精査する。被災後に実質的に生産可能な量を算定して、それを予測輸出量と比較検討す
れば、災害を原因とする輸出減少分を算定することができる。この方法で品目ごとにt(トン)
で輸出減少分を求める。この輸出減少分が被災国の対外部門に与える影響の評価はマクロ経済の
専門家が担当する。
1−3−3 セクター別生産高
農業セクターの専門家は平常時と被災時の品目別の生産高を示した表を作成し、マクロ経済指
標への影響の分析における本セクターの専門家としての役割を果たさなければならない。この分
析ではあらゆる品目を対象とするか、少なくとも農業セクターの総生産高の85%以上が分析対象
となるように品目を選定する。
この表では生産量のほか、前述したように生産・加工・販売の様々な段階における農産物の価
格を表示する。マクロ経済の専門家が農業セクターの生産損失が被災国の国民総生産(Gross
Domestic Product: GDP)に与える影響を算定できるようにするためである。この表は、商工業
の専門家が商工業セクターにおける被害を算定するひとつの根拠ともなる。
農業セクターの被害評価を実施するにあたって把握する各種の価格は次のとおりである。
(1)生産者価格
生産損失の算定においては、品目ごとの生産者価格を基準とする。単位当たりの生産者価格は、
所管省庁の統計局ないし農業経済局は把握しているはずである。特に、政府機関が特定品目につ
いて生産者価格を保障している場合は、把握していなければおかしい。国際価格は輸出品目につ
いてのみ利用する。
14
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業セクター
(2)卸売価格
加工産品を卸売業者に売るときの価格が卸売価格である。生産者価格と比較すれば、農産物の
加工費用について暫定的な推定ができる。農産物の加工費用は通常、国の統計局や商工省が把握
している。
(3)小売価格
消費者が小売店で購入するときの価格が小売価格である。卸売価格と比較すれば、およその販
売費用が推定できる。小売価格も通常、国の統計局や商工省が把握している。
表Ⅳ−1−6
主な農業投入物の価格
品目など
注2
トラクター
フォード6600/77馬力
フォード6610/84馬力(輸入)
フォード6610/103馬力(輸入)
TW-25/164馬力
保障種子(t当たり)
トウモロコシ
豆類
飼料用モロコシ
穀実用モロコシ
コメ
大豆
小麦
肥料(1t当たり)
尿素(バラ)
(袋入り)
硝安(バラ)
(袋入り)
リン安(バラ)
(袋入り)
硫安(バラ)
(袋入り)
リン酸(バラ)
無水アンモニア(バラ)
三リン酸塩(バラ)
(袋入り)
過リン酸石灰(バラ)
(袋入り)
塩化カリウム(バラ)
(袋入り)
硫酸カリウム(バラ)
(袋入り)
硝酸カリウム(バラ)
(袋入り)
価格(米ドル)注1
21,000
26,500
860
710
280
415
190
410
325
88
102
70
81
197
224
46
56
166
91
109
123
46
54
110
125
199
213
241
254
注1:メキシコにおける市価(1米ドル=9.5ペソ換算)
注2:2000年春夏期の保障種子価格
15
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
(4)政府保障価格
国民経済にとって重要な品目を中心として、政府が生産者価格を保障することがある。収穫に
あたって最低限の所得を農業従事者に保障するものである。政府保障価格については、所管局や
商工省が把握している。
(5)輸入価格
災害による生産損失が発生したか、発生する見込みが示されたことにより生じる食糧不足に対
処するためには、輸入も必要となる。このような輸入の額を算定するためには、まず食糧需給バ
ランスを用いて需要量を求めてから、実際に輸入を行う民間事業者の担当者の協力を得て輸入価
格(保険料、運送費、販売マージンを含む)を算定する。
表Ⅳ−1−6は、ラテンアメリカ・カリブ海地域のある国における主な農業投入物の平均的な
価格一覧である。農業セクターの専門家にとって参考になると思われる。
(6)輸出価格
前述のとおり生産損失は生産者価格で算定するが、輸出産品作物は直接、間接の被害を受けた
分について国際価格で算定する。国際価格はFAO年鑑、農産品貿易関連の国際機関の刊行物に
掲載されているほか、被災国の農業省や貿易省でも把握しているはずである。
1−3−4 女性に特徴的な影響
第Ⅴ部では、性別により災害の影響が偏っていることと、この性別によって異なる影響の算定
方法を議論する。個別の計画や事業は、復旧復興計画の一環として女性が実施するという視点か
ら策定することが可能かつ必要だからである。第Ⅴ部では女性に特徴的な影響の評価方法を説明
するほか、各セクターの専門家がジェンダーの専門家と緊密な連携を図る必要性が強調されてい
る。この種の評価が難しいのは、本ハンドブックの被害評価の基礎で国民経済計算に裏庭経済が
含まれていないからである。それでも極めて重要な生産活動である裏庭経済の損失を算定するこ
とは可能である。
女性はほかの生産セクターにおいては、自宅ベースにして零細事業や小規模事業を営み、家族
の食料調達や家計の足しにしている。農業セクターにおけるこのような活動が裏庭経済である。
農業セクターの専門家は、裏庭経済活動に関するストックや生産の損失(農村部で高い傾向)を
別途算定する。
鶏、豚などの小家畜の損失が、裏庭経済におけるストックの損失の代表的なものである。ただ
しその定量化は難しいので、被災地域別に世帯総資産(家屋、家具、家財道具など)に占める割
合で示されることが多い。その割合は、対象世帯が自給的な農業か、より発展した形態の農業を
営んでいるかによって変わるが10∼40%である。農業セクターの専門家は、現地聞き取り調査、
あるいは簡易調査やサンプリングの結果に基づいてこの算定を行う。具体的な算定方法について
は、ジェンダーの専門家と緊密な連携を図りながら決定し、見落としや二重計算がないようにす
る。裏庭経済の資産損失は、農業セクターの資産損失の算定とは別に行う。
裏庭経済における生産損失も間接被害であり、被害算定の対象となる。裏庭経済については、
詳細かつ信頼性の高い情報がないので、農業セクターの専門家はジェンダーの専門家との緊密な
連携の下、裏庭経済のストックの直接損害を踏まえて、世帯所得に占める裏庭経済の生産損失の
16
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業セクター
割合を求める。所得水準にもよるが、世帯のフォーマルな所得の20∼40%が間接被害になる。現
地を訪問し、被災した男女から直接話を聞くとともに、調査やサンプリングを行い、採用する割
合を決定する。資産損失の場合と同様、この生産損失も農業セクターの生産損失とは別に行う。
農業活動における女性の雇用と所得も、災害の影響を受ける分野である。この影響については、
農業、ジェンダー、労働の各専門家の連携やすり合わせによって算定する。本ハンドブック第四
巻の当該章では、この算定の事例を紹介している。
以上のようにして裏庭経済における女性の資産や役割に対する影響を評価するわけだが、この
評価額は環境への影響の評価額と同様、農業セクターの総被害額に計上してはならない。現時点
では国民経済計算の対象となっていないからである。被害総額はマクロ経済指標への影響の分析
に使われるが、マクロ経済指標はまさに国民経済計算に基づいて算定されている。
農業セクターの災害被害を算定するために農業セクターの専門家がジェンダーの専門家との緊
密な連携・協力を通じて把握する項目は、次のとおりである。
直接被害については、簡易調査やサンプリングにより推定または確定するデータ・情報には、次
のようなものがある。
・失われた農地の面積(男女別)
・収穫済みや収穫前の自給用作物の被害額(男女別)
・収穫済みや収穫前の輸出用作物の被害額(男女別)
・農業協同組合資産の損失額(男女別)
・大小家畜の被害額(男女別、生産者の種類別)
・漁業資産(漁船、エンジン、漁網、漁具など)損失額(男女別)
間接被害については、推定または現地サンプリングにより以下の項目を把握する。
・農業生産の将来損失額(男女別)
・畜産生産の将来損失額(男女別)
・農業協同組合における畜産生産の損失額(男女別)
・漁獲の将来損失額(男女別)
・農業セクターにおける女性賃金労働者の雇用・所得の損失額
1−3−5 環境への影響
環境資産や環境財・サービスのフローの災害被害を評価する方法については、本ハンドブック
第四巻の当該章で説明している。農業、畜産業および漁業は、国の自然資源に依拠した産業部門
である。物的インフラ、労働管理および経営管理、技術などの生産要素は、農産物、林産物およ
び魚介類などの環境財を得るための自然資本に含まれるが、農業や漁業は一方で、特定の生態系
が提供する環境サービスともつながっている。木材をはじめとする林産物や森林そのものを持続
可能な方法で利用すれば、炭素の吸収、生物多様性の保全、流水量の調整などの環境サービスを
得ることができる。
庇陰樹利用のコーヒー生産などのアグロフォレストリーについても同様のことがいえる。農業
における最も重要な資産のひとつが遺伝的多様性である。伝統的な生産方式などは生物多様性に
貢献する。同様に、マングローブ林、サンゴ礁、藻場などの生態系の繁栄と漁業生産性に相関関
係が見られる地域もある。
17
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
このように、農漁業の被害評価と環境被害評価は密接に結びついているのである。被害の定量
化や金銭的評価の実施にあたっては、次の2つの状況が考えられるが、明確に区別する必要があ
る(詳細は「第四巻第Ⅴ部第1章 環境」を参照のこと)。
(1)農業セクターの評価に計上した環境被害
農業セクターにすでに計上した直接被害および間接被害(自然資本の損失と環境財・サービス
のフローの変化)のことである。農地や用材林の損失、あるいは復旧期における農漁業生産の低
下などがこれに該当する。環境被害評価は、被害における自然資本の割合を人的資本や他の資産
(インフラ、機械類・設備など)の割合と区別して明らかにするものである。この割合は、経済
地代の概念(市場価格と生産採取費用の差)を用いて算定する。二重計算を回避するために、こ
の被害は被害のまとめには計上しない。
(2)個別の定量化・金銭的評価
主に、農業セクターの評価では計上されない生産活動に関連する資産および環境サービスの評
価のことである。例としては、炭素の吸収、流水量の調整、森林・マングローブ・アグロフォレ
ストリーなどの損失に起因する魚介類の生育環境などの環境サービスの変化などがこれに該当す
る。この被害は農業セクターの被害評価では考慮されていないため、被害のまとめに計上する。
18
第Ⅳ部 経済セクター
付録Ⅹ ハリケーン・ミッチによるホンジュラスの農業被害
付録Ⅹ ハリケーン・ミッチによるホンジュラスの農業被害
農業被害を算定するにあたり、次の概念を適用した。
1.資産の損失
本ハリケーンの主要な影響(短期的および長期的な影響)のひとつが資産の損失である。ここ
でいう資産には、設備資産、プランテーション投資、表土が流出した土壌の生産力が含まれる。
洪水により、土砂などが流れ込み農地が壊滅的な被害を受けた。
詳細な被害調査が実施されるまでの暫定調査によれば、土壌の全損被害は氾濫源を中心に1万
haに及んだ。特に石礫の堆積による被害が大きかった。面積約750haのある土地では、堆積した
砂の除去費用は、農地の収益性で賄えるとされたが、砂などの除去や整地を行い、農地として使
用できるようにするには、高額の費用が必要である。
泥状の堆積物であれば土壌質の改善につながるので有益な場合もあるが、数期は作付けできな
いことに変わりない。山腹のコーヒー畑約7,000haで土砂災害による土壌被害が発生した。回復
には長い年月が必要である。
土壌損失による被害総額は、純利益ベースで52億レンピラと推定された(表Ⅳ−1−4参照)。
プランテーションや付随設備の被害推定額は63億レンピラであった。双方合わせた被害が農業セ
クターの総被害額の50%に相当した。作物や地域によっては、作付け用に新たに種子が必要とあ
る。
渓谷地の農業が大きな被害を受けたことで、農村部人口の大きな部分にとって食糧供給源や収
入源としてだけでなく、農林業セクターの持続可能な開発の不可欠な要素としても山腹農業の適
切な管理が一層重要になった。
2.国内消費用作物
ハリケーンの襲来が、一部作物の収穫期や作付け期に重なったため、その作物については翌年
の収穫が落ち込むとみられる。土壌湿度が良好で二番作が可能であれば収量の減少は抑えられる。
生産損失の規模を表A10−1に示す。
トウモロコシについては、1998/99農業年の一番作の約3分の1が収穫済みであったが、収穫
を終えていない地域では、25万tの減収(6億900レンピラ)が見込まれている(表A10−1参照)。
土壌が余分な水分を含んだため、収穫に農機が使えず手作業になったため、膨大な費用がかかっ
た。この費用は間接被害に計上する。また、道路の被害により穀物乾燥所兼集荷所までの輸送が
阻害されたため、品質が低下した。
豆類については、ハリケーン襲来時に一番作は収穫済みで、国内収穫量の75%を占める二番作
は播種が完了していた。豆類が作付けされた地域では収穫量は30%減と推定された。これは、
1999年の収穫量よりも約9,000t少ない計算になる。不足分は輸入を増やすことで対応せざるを得
ない。再作付けが可能なのは被災地域の一部であった。直接被害額6700万レンピラには、一番作
の生産損失、さらには被災地域における作付けのための投入費用が含まれる。間接被害とは収穫
できなかった作物のことである。
19
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
表A10−1 ハリケーン・ミッチがホンジュラスの主要農作物に与えた生産損失推定額
品目
被災前の予測生産額
主食用穀物
玄米
豆類
トウモロコシ
モロコシ
産業・輸出向け作物
バナナ
サトウキビ
コーヒー
メロン
アフリカヤシ
被災後の生産推定額
64.8
95.1
607.1
94.2
56.1
89.9
252.2
71.8
872
3,397
153
203
576
766
1,360
126
144
415
生産損失
14
6
58
24
8.8
5.2
354.9
22.4
注1
(1,000 t)
予測生産額に対す
る損失の割合(%)
注2
739
2,037
27
59
161
85
60
18
29
28
注1:1998年。
注2:1998年の終わりの数カ月と1999年の収穫。
出所:公的機関および生産セクターの資料に基づいてECLACが算定。
米の場合も同様で、ハリケーンにより8,800tの収量減となった。さらに、作付けを終え、翌年
に収穫を予定していた約700haの農地では湿害による生育障害が発生した。直接被害3000万レン
ピラは生産と投資費用の損失分である。550万レンピラの間接被害は将来生産の損失分である。
モロコシについては、収穫できたのは10分の1であり、年間収穫量の4分の1が失われ、その
損失量は米や豆類の損失量を上回った。次の栽培期間に備えていた農地が一部被害を受けたため、
モロコシの供給量は約1万t減少すると予測された。
主食用穀物供給量の大幅な減少が見込まれたため、市場は不透明感と品薄感に覆われたが、幹
線道路や生産地のアクセス道路が被害を受けたため輸送力の低下し、状況はさらに悪化した。価
格の上昇を抑えるため、政府は暫定的に価格凍結する協定を生産者および卸売業者との間で結ん
だ。他方、産業向けや一般消費向けの需要に対処すべく、一定の価格帯で販売されている特定の
主食用穀物について、約35%の変動関税を撤廃することが検討された。しかし、交通事情がある
程度安定すると、短期的なストックは十分にあり、輸入(総額5億6000万レンピラ)も翌年まで
延期できることが判明した。
支援計画は生産者の社会経済的状況を踏まえて作成し、その状況に起因する被害の回避を図る
必要があると考えられる。農業セクターの総合復旧復興計画の重点項目としては、被害を受けた
農地の復旧、遺伝子材料の回復・分譲、動植物の健康監視、再生促進を目的とした優遇融資によ
る資金調達のほか、流域管理の導入とインフラの再建が必要である。
表A10−2 ハリケーン・ミッチの被害を受けたホンジュラスの主要輸出作物の作付面積
輸出作物
合計
バナナ
コーヒー
サトウキビ
アフリカヤシ
被災前の作付面積(ha)
292,000
22,000
194,000
44,300
32,000
被害を受けた面積(ha)
83,760
16,000
38,800
22,000
8,960
出所:公的機関および生産セクターの資料に基づいてECLACが算定。
20
割合(%)
29
73
20
50
28
第Ⅳ部 経済セクター
付録Ⅹ ハリケーン・ミッチによるホンジュラスの農業被害
3.産業・輸出向け作物
産業・輸出向け作物もほかの農業セクターと同様、推定18億レンピラという大きな直接被害を
受けた。また、被害の大部分は永年作物であり、多くの地域で再作付けが必要なほどの被害であ
ったため、損害は当栽培期間の生産だけでなく、新たに作付けした作物が成熟するまでの間(作
物にもよるが2年から7年)続くと考えられる。資産被害や数年にわたる間接的な生産損失を含
めた損害総額は60億レンピラと算定された。
洪水の被害が甚大な複数の地域のうち、2つの地域にほとんどのプランテーションが集中して
いたため、バナナは大きな被害を受けた。大規模生産者はそのプランテーションの全部または一
部を失った。独立系生産者、特に協同組合も同様であった。テラ鉄道会社(チキータ・ブランズ)
はプランテーションの50∼60%が被害を受ける一方、スタンダードフルーツ社(平常時は約1万
人の労働者を雇用)は80%のプランテーションを失った。独立系生産者については、非常に大き
い損害を受けたプランテーションが約6,000haあり、このうち、現在収穫が可能なのはごく一部
である(収穫は国内需要や農場・協同組合の組合員向け)。
洪水は多くの作物に被害を与えたため、現在だけでなく将来の収穫にも影響を及ぼした。新た
に作付けすれば1年後には収穫できるようになるものの、農地の堆積物の除去と整地にかかる時
間を考慮する必要がある。被災した年の作物損害(4億6600万レンピラ)は11/12月収穫のもの
であり、一方、間接被害はプランテーションが回復する2年後までの生産損失である。インフラ
とプランテーションの被害は、総額35億レンピラ、被害面積にして1万6000haであったが、資産
の被害として計上されている。
ホンジュラスの主要な輸出産品であるコーヒーの被害は50万キンタルで、このほかにも倉庫が
浸水したことにより10万5000キンタルの在庫が被害を受けた。さらに、土砂災害により7,000ha
の農地とプランテーションまでのアクセス道路の多くが被害を受けた。河川の氾濫により流され
たか、洪水により使用不可になったコーヒーの生産施設の数は100を超えた。洪水はアクセス道
路や多く橋にも大きな被害を与えた。作物の生産損失は6億2900万レンピラと推定された。他方、
コーヒーの木の多くが失われたため、今後の生産も低下する見込みである。この損害は土壌の被
害に計上された。次回の収穫量、あるいは当栽培期間以降の輸出の減少分についても計上する。
平常時のプランテーションの開発が阻害されたからである。
サトウキビについては、浸水あるいは土砂石礫の堆積により土地が使えなくなった地域で大き
な被害となった。サトウキビは比較的湿害に強いものの、土砂が堆積したところでは機械でも手
作業でも収穫は不可能か、困難を極めた。収穫が遅れざるを得なかったので砂糖の生産も減少し
た。収穫の遅れが長引くと、収穫しても経済的に成り立たなくなってしまう。一部のコーヒー精
製所などの施設が被害を受けたため(そのひとつでは機械類が水と泥で埋まった)、生産の遅れ
はさらに拡大し、極めて厳しい状況に追い込まれた。まとめると、作付面積の50%が失われ、ま
た、当栽培期間に収穫できなかった作物の被害は3億8700万レンピラに及んだ。サトウキビ・プ
ランテーションを復旧させるためには広範囲で再作付けが必要となったことから、プランテーシ
ョン投資の損失分も計上された。翌年のサトウキビ収量も平常時までは回復せず、今後2年間の
砂糖輸出による外貨獲得額は8500万レンピラ減少するとみられる。
アフリカヤシの被害は、独立系の生産者や大規模生産企業のほか、農地改革以降に設立された
協同組合にも影響を与えた。最近作付けが開始された土地は大きな被害を受けた。最も被害に弱
い樹齢2、3年のヤシが一部泥に埋まり、木の髄が損傷したため、枯れてしまった。成木したプ
21
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
ランテーションの被害は比較的小さかった。苗床などのプランテーション関連設備も大きな被害
を受けた。プランテーションの被害は、当年の生産損失(1億4300万レンピラ)を算定する根拠
となる。このような状況は、被害を受けたプランテーションが回復するまでの数年間継続すると
予想される。
メロンについてであるが、産地のチョルテカ県では、冬期の需要を見込んで1万2000haが作付
け用に割り当てられていた。ハリケーンが襲来した時点で、播種が完了したか播種の準備が進め
られていたのが3,600haであったが、このうちの80%が失われた。この直接被害により、3200万
レンピラの投資が失われた。他方、間接被害は播種の準備にも至らなかった面積についてである
が、1998年および1999年の輸出減を招いた。市場の回復に向けて迅速な対応が取られたものの、
確保できたのはわずか7,000haであった。河川の氾濫により大量の土砂石礫が農地を覆い、肥沃
な土壌がすべて失われたことがその理由である。これは、被災地域の復旧に必要とされる多額の
投資と同様、農業資産の損失に計上されている。インフラも大きな被害を受けた。例えば、冷蔵
車の被害は50台以上に及んだ。ただし、この被害は運輸交通の被害として計上する。
西洋岸の柑橘類も大きな被害を受けた。グレープフルーツのヨーロッパ向け輸出は幸いなこと
に10月15日で完了していたので、直接被害の中心はオレンジと国内向けのグレープフルーツであ
った。果樹が被害を受けているため、次の栽培期間以降の生産は低下すると思われる。間接被害
は4億レンピラと推定された。資産の被害が最も大きかったのがアグアン川渓谷地方である。こ
の地方では、グレープフルーツ畑1,750haが土砂で埋まり作物が全滅する一方、樹齢の若いオレ
ンジ畑約7,000haが浸水し、再作付けが必要となった。
4.畜産
肉牛、乳牛合わせて5万頭が犠牲となった。約2億2500万レンピラの損害である。畜産が盛ん
な地域の被害状況はアクセスが悪いために、完全には把握できなかった。畜産は高地で行われて
いるが、低地の放牧が被害に遭っている。天候が悪いために家畜の体重が減ったことで、9億レ
ンピラの損害となった。
畜産が集中している大西洋岸では、農場の浸水と交通運輸事情の悪化が原因で、被災後1週間
は産業向け原材料の供給が落ち込んだ。この期間の損害により、牛乳生産が数カ月にわたり低下
することが予想された。直接被害は1億2000万レンピラと推定される一方、生産の低下は、その
回復に時間がかかることを踏まえると、間接被害額を押し上げる結果となりそうである。
家禽生産の被害は、家禽類の60%が失われたことから約7億4000万レンピラとなった。酪農関
連の施設およびフェンスの被害は5億レンピラで、修復を要する。浸水した牧草地はそのうち回
復するが、その改善には投資が必要である。組合の算定によれば、7万haが被害を受け、その被
害額は3億レンピラである。
公的セクターの被害としては、家畜健康管理施設と遺伝子材料の作出・記録を行う研究所の被
害がある。当時の全般的な状況下において、疾病防止における公的セクターの対応と国際的な支
援は迅速であった。復興においては、失われた設備容量の回復も課題のひとつである。
22
第Ⅳ部 経済セクター
付録Ⅹ ハリケーン・ミッチによるホンジュラスの農業被害
5.林業
ホンジュラスにおいて木材生産は重要な位置を占めており、2000万ドルの外貨を稼いでいる。
製材所は大きな被害は受けなかったものの、洪水で一部の機械が被害を受けた。むしろ、道路の
被害の方が伐採現場までのアクセスが阻害されるという意味で問題となった。ただし、復興用の
木材は確保できた。
林業における最も大きな被害のひとつが、ハリケーンの強風によりなぎ倒された立木で、10万
ãの松の木が被害に遭った。被害が最も甚大だったのが、オランチョ県内の東西に延びるシエ
ラ・デ・アガルタとヨロ県である。1ã当たりの平均価格で算定した損害額は2700万レンピラで
あった。道路状況が悪く、遠隔地にあるため搬出が阻害されたが、この搬出費用を捻出できる販
売価格であれば、損害額の一部は相殺できる。この木材搬出のほかの利点としては、乾期におけ
る山火事リスクの回避や森林汚染の防止などがある。
アトランティダ県では、広葉樹の木材2万5000ãが被害を受けたほか、全国の森林プランテー
ションも被害を受けている。
6.漁業
大西洋岸の漁業とフォンセカ湾のエビ養殖は、ホンジュラスで非常に収益性が高い。ハリケー
ン・ミッチはこの2つの地域も襲い、零細漁船と商業漁船に被害をもたらした。南部におけるエ
ビ養殖投資の性格から、経済的な影響は南部の方が大きくなる傾向があった。チョルテカ県とバ
ジェ県では1万3700haが浸水したが、ハリケーン襲来後の数日間の被害状況としては、インフラ
のほぼ全壊に加えて、年に2.5回あるエビの収穫のうち、少なくとも2回が収穫できなくなったこ
とが挙げられる。ひとたび水が引くと、被害は大きいことが明らかになったが、当初の予測ほど
ではなかった。養殖池や梱包施設、養殖用の幼生への投資が総額1億レンピラの被害に遭った。
生産部門では、直接被害が3億レンピラ(収穫エビ3,200t分)、1999年の初回収穫の分損による間
接被害となっている。
沿岸漁業の被害は1億4000万レンピラであった。ただし、合計365隻の漁船、エビ漁船、貝漁
船の被害情報については確認がとれていない。
23
第Ⅳ部 経済セクター
第2章 商工業
第2章 商工業
2−1 はじめに
2−1−1 概観
本章は4つの節で構成されている。初めの節では、商工業に共通し、資源災害の被害評価にお
いて留意すべき考え方を説明する。2番目および3番目の節では、工業と商業の各部門をそれぞ
れ扱う。具体的に扱う項目は、自然災害の特徴と各部門における被害の規模、直接被害の定量化
と間接的な影響ないし損害の推定に必要な方法と情報源、災害がマクロ経済指標に与える影響の
算定ないし被害が被災国の主要経済指標に影響を与える過程の把握、各部門の復旧復興課題の対
応にあたって所管当局が設定すべき重点項目に関する提言などである。章末付録Éの参考手引き
には、本セクターの専門家にとって役立つチェック表の形式を掲載した。本文の中で指摘した
様々な情報源から入手した情報を書き込んで活用されたい。
直接被害、間接被害およびそのマクロ経済的影響が国民経済に与える影響を評価する方法を本
章で提示していくが、分かりやすくするため、1999年にベネズエラで発生した洪水の影響評価に
関する現地調査や様々な文献に触れながら論を進めていくことにする9。
各節においては、ラテンアメリカ・カリブ海地域で最も一般的な統計情報、あるいは公的機関、
商工会議所および現地調査などから得られる補足的情報にも言及する。
2−1−2 工業と商業に共通する特徴
自然災害による被害の評価においては、工業部門と商業部門に共通するある種の特徴が浮かび
上がってくる。いずれの部門においても、付加価値が生まれるのは土地と施設で規定される大事
業所、中小事業所においてである。両部門がほかの経済部門と一線を画しているのは、災害影響
が特徴的で、生産部門の復旧復興とリスク軽減に必要な対策も独特だからである。
商業でも工業でも、大事業所が生産の大部分を担っており、通常は中小企業よりも近代的であ
る。したがって、資本ストックも大企業に集中している。設備も災害に強く、災害保険にも加入
している傾向が強い。
ラテンアメリカ・カリブ海地域の統計調査によれば、小事業所の相対的な地位はその数でも付
加価値においても構造的な低下傾向にある。しかし、商業や工業の雇用において大きな割合を占
めており、それは強まる傾向にある。生産性に優れた設備(技術進歩に敏感)は労働吸収力が弱
いことと、大都市集積地を中心にインフォーマル部門が拡大傾向にあることが主な要因である。
小事業所は不安定な状況に置かれているため、当然、自然災害に対しても弱い。ただし、被害
からの回復も早い。企業活動が従事者の生計に直結していること、事業規模が小さいために被害
に合う物的資本も小さいことがその理由である。
商業も工業も大都市に集中している(ただし、商業の大都市集中は工業ほどではなく、中小都
9
ECLA (2000) The Socioeconomic Effects of the Floods and Landslides in Venezuela in 1999, Mexico City.
25
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第三巻 経済セクター
市や地方の観光地でも商業活動は行われており、特に小規模やインフォーマルな事業者はその傾
向が強い)。したがって、地方を中心に発生する災害(旱魃、洪水など)の影響を比較的受けに
くい。ただし、アグリビジネス、あるいは鉱業、漁業、林業、食品加工業までの広範な生産連鎖
を有する製造業種は例外である。
いずれにせよ、沿岸地域がハリケーンの強風に襲われれば、沿岸部およびその周辺地域で展開
する商業活動や製造活動は大きな影響を受ける。観光に関連した第二次産業や第三次産業が大き
い場合も同様である。
上記の特徴は商業と工業に共通するものであるが、自然災害の種類と規模だけでなく、復旧復
興や防災に必要な支援内容をも左右する。
注目すべき特徴はほかにもある。大事業所は扱う金融資本の規模が大きく、機械類・設備・建
物・倉庫・ストックの投資規模も大きいことから、多くの場合これらに保険を掛けているので、
その資産損失は事業規模の割には少ないこともある。他方、零細企業(自宅が事業所を兼ねてい
ることが多く、自宅にあるものを投入財とすることが基本)は、自然災害に対してより柔軟かつ
迅速に対応し、零細事業者の資産の大半を占める投入財、仕掛品、完成品のストックの安全確保
を図ることができる。その上、先にも述べたことだが、零細事業者や職人の唯一の収入源である
零細事業を復旧させることが急務となるため、自分たちの力で災害を乗り越え、事業所や作業所
の操業を早期に再開させようとする。
商工業セクターの復旧支援においては小事業所や大事業所よりも中事業所を重視する必要があ
ることが、ラテンアメリカ・カリブ海地域における長年の災害被害評価の経験から明らかになっ
ているが、それは以上の理由によるものである。
商工業セクターの災害影響を男女別に分けて評価することも同様に重要である。災害評価は被
害を金銭的に算定することが目的であるが、事業主の性別によって災害影響や復旧復興ニーズは
異なる様相を呈する。その意味で、商工業の専門家はジェンダーの専門家と緊密に連携を図らな
ければならない。
商工業セクターの直接被害や生産低下による雇用や個人所得の損失の算定も忘れてはならな
い。その際は、雇用の専門家と連携し、単位生産量とそれに必要な労働力の比率は一般的なもの
を採用する。
2−2 製造部門
2−2−1 概観
工業部門における自然災害の被害評価は、次のような手順で算定を積み上げて実施する。まず、
被災地の工業部門の概要が分かるような基本情報の収集である。次に、個別の被害についてでき
るだけ正確な算定を行う。最後に、状況の正確な診断を行う。このプロセスにより、復興計画・
事業の策定を通じて生産活動の復旧における優先課題を設定することが可能となる。具体的には、
次の手順を踏むことを推奨する。
(1)情報収集と情報源
工業部門の専門家がまず行うべきことのひとつに、基本情報の収集がある。時間が限られてい
ることが多いので重点を絞って情報を収集しなければならない。
26
第Ⅳ部 経済セクター
第2章 商工業
利用すべき国内情報源の主なものは次のとおりである。
・直近の工業統計
・統計局、中央銀行、工業企画局などが有する生産関連の情報・時系列データ
・商工省や中央銀行が実施する定期的な調査
・業界団体が発行する定期刊行物に掲載される情報
・繊維、衣服、食品、電化製品、建築資材などの工業・製造業団体が公表・公開する経済統計
情報
・業界団体以外(開発銀行、製造業労働組合、社会保険機関など)が発行する零細企業や小企
業に関する情報
・特許局や商標局が公開する情報
・産業振興局が公表する情報や市町村が保持する記録
商工業の専門家は地域や国の情報源に加えて、被災前の状況が極めて正確に把握できるラテン
アメリカ・カリブ人口センターの「Redatam」も参考にすべきである。Redatamのデータは、被
害算定、被災者の特定、および復興計画・事業の根拠の明確化において有益である。Redatamの
ネットワーク機能を利用すれば、統計調査や家計調査の情報を体系的かつ比較可能な形でまとめ
ることができ、その上、国、州(県)、市町村ごとの内訳も分かる。例えば、Redatamを利用す
ると、ベネズエラのバルガス州に関する極めて有益な情報(経済活動人口・就業人口、生産活動、
規模別事業所など)にアクセスできる。
同様に、被害評価の実施前や実施期間中にインターネット検索を行うと、主要製造業者の特徴
など、ほかでは分からない情報が入手できる可能性がある。
工業部門の専門家は、利用できる情報源にはすべて当たり、被災国および被災地域の工業部門
に関する定量的な情報をできる限り収集する。こうして収集した背景情報は、現場で入手した極
めて重要な個別情報の補足情報として利用する。以上の情報は、直接被害、間接被害およびマク
ロ経済的影響の評価に活用する。
(2)被災地と全般的な被害の状況の把握
災害発生直後から、災害緊急対応を担当する中央行政機関は通常、直ちに行動を起こし、災害、
被災地および被害規模の概要を発信する。場合によっては簡易調査を実施する。この調査は、損
傷・損壊した工業事業所の数をおおまかに把握する上で有益である。
工業部門の専門家は、被災地の特徴を把握するとともに、地方自治体をはじめとする国内情報
源から入手できる一次情報の状況を踏まえた上で、(最新の工業統計の情報や上記の情報源から
の情報を勘案しつつ)被害を受けた事業所の概数と業界別の内訳、事業所の規模(従業員の数で
大企業、中企業、小企業に分類)、事業所ごとの従業員数と付加価値額、被災地内の生産活動と
被災地外の生産活動の相互依存度などを明らかにする。これにより、任意の部門の生産構造が破
壊された場合に起こり得るドミノ効果を予測することができる。
次にこの情報を活用し、所管省庁や計画局が定期的に実施する評価も参考にしながら、災害発
生直後の工業活動状況について定量的および定性的な評価を行う。この作業は、後に特定のマク
ロ経済指標に与える影響を検討するためにも極めて重要である。
工業部門の専門家は単独、あるいは中央行政機関と連携して、すべての主要工業事業所と代表
抽出された中小企業の所有者や経営者を対象に非公式な調査を実施し、被害の規模と性質や工業
27
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第三巻 経済セクター
部門で最も喫緊の復旧復興課題についての理解を深める。この調査においては、前述の情報源で
は分かりにくい企業の生産連鎖、あるいは被害を受けた企業の投入財の仕入れ元や中間財・最終
財の供給先も調査の対象とする場合もある。
2−2−2 直接被害
製造部門の専門家は、被災地の工業部門の災害影響について概要をつかんだら、被害状況をよ
り正確に把握しなければならない。まずは直接被害からみていく。
災害評価の最終的な目的は、具体的な事業と特徴を有する復興計画を策定することにある。そ
のことを視野に入れて、次の3種類の直接被害について、可能な限り評価を行う。
・製造事業所が失った資産の被災前の価値(減価償却後価額で表示)
・損失資産の取替原価(当初設計と同一の特性を保持)
・脆弱性低減対策を含めた復興費用。脆弱性とは、製造事業所が自然外力を受けたときに被害
を受ける確率であり、事業所の施設設備がどれだけ頑丈かにより異なる。この被害の規模は、
脆弱性の程度に比例する。
工業部門の専門家は直接被害の評価対象を次の項目に分類する。すなわち、建物・施設、機械
類・設備、運送設備、什器、仕掛品のストック、完成品、原材料、予備部品である。
以上の被害算定にあたり、工業部門の専門家は工業部門の所管省庁や業界団体、生産者組合と
も緊密な連携を図る。現地調査の期間において、あらゆる公式推定値を検証する。
損失資産の金銭的な評価を行うための最新取替原価としては、国際的に有効な単位価格(単位
輸入価格で表示)、あるいは被災国の開発銀行が関わり、なおかつ可能な限り同様の工業業種・
規模の開発プロジェクトで用いられる費用を採用することができる。
直接被害の算定は事業所の規模別に行う。従業員数が200人以上の事業所が大事業所、199人以
下40人以上が中事業所、39人以下が小事業所である。一般的に、大事業所は正確な会計記録を保
持している。その場合、算定の根拠として、その事業所の経営陣からの聞き取り調査に比重を置
く。小事業所の場合は、総資産に占める固定資産の割合は極めて低い上に、会計の正確性も劣る
ので、おおまかな算定にならざるを得ない。
再輸出向け製品の生産過程を有する製造企業、いわゆるインボンド(マキラドーラ)企業につ
いては、特に注意が必要である。災害被害の評価にあたっては、この種の企業の特徴(国際企業
の子会社や系列会社であることが多い、損害保険に加入していることが多い、労働集約的である、
資産の減価償却が早い傾向があるなど)を考慮する。いずれにせよ、工業部門の専門家はこの種
の企業に関する情報を可能な限り収集する(被災時)。できれば、経営陣から直接話を聞くとと
もに、企業が受けている優遇措置を地方自治体に確認することが望ましい。
損壊または損傷した資産は次の項目に分類して直接被害の評価を行う。
(1)建物・施設
この項目に分類する損害は、被災前の価値(すなわち減価償却後価額)、当初設計と同一の特
徴を保持することを条件とした取替原価、および脆弱性低減対策を含めた復興費用で評価する。
そのためには、損壊・損傷した床面積、施設の築年数、工業用建築物の建築面積1㎡当たりの時
価の算定が必要となる。この建築面積1㎡当たりの時価はおおむね企業規模によって異なる。大
28
第Ⅳ部 経済セクター
第2章 商工業
企業は使用する機械類・設備や関連技術の性質上、中小企業と比較して高品質かつ複雑な施設や
建物を必要とするからである。
再建において実施すべき脆弱性低減対策(再建費用を押し上げる要因)については、中央行政
機関と連携の上、事例ごとに決定する。あるいは、排水路、河川堤防、洪水調節池、水路など事
業所施設からは別途独立した工作物を整備する脆弱性軽減対策もある。前者の脆弱性軽減対策の
場合、構造設計や土地利用規制において重要な留意点がある。防災の面で大幅な質的改善を図る
のでなければ、施設の再建は実施すべきではない。
(2)機械類・設備
この項目では、機械類・設備の全壊または損傷の評価にあたって、再取得価格を決定しなけれ
ばならない。工業統計に掲載されている機械類・設備の価値は、企業の会計記録上の価値であり、
取得時からの耐用年数に応じた減価償却累計額は考慮されていない。取得価格も掲載されている
が、インフレ率が高くて物的資産価値の定期的な修正の実施が推奨されるような一部の国は例外
である。このような限界は、特に機械類・設備の場合に大きい。再取得価格が急速な技術進歩に
規定されるからである。
建物・施設の場合と同様、大企業の機械類・設備の損害は、中央行政機関と協議の上、経営陣
が直接算定しなければならない。この算定額を工業部門の専門家が精査・調整し、損壊した設備
の時価を求める。その際、最近の輸入の単価を基に算定する。
中小事業所が受けた直接被害の評価にあたっては、被害を受けたと考えられる業種は広範に及
ぶことや、直接調査では結果データの非整合性がつきものであることから、統計調査で使われる
指標に重点を置く必要があるかもしれない(この指標も評価・更新が必要)。
(3)什器・車両
大企業はその規模を考慮しても什器・車両のストックが大きいのが一般的である。従業員の労
働条件がよいことと、フォークリフトなどの設備、原材料・中間財・完成品を運搬する車両に恵
まれているからである。おおむね中小企業は輸送を外部委託している。什器や車両に計上する広
範な被害を評価するには、損壊・損傷を受けたものと同様の什器や車両の最新市価を知る必要が
ある。
この固定資産の災害被害が比較的軽微と判断できれば、間接的な推定で十分である。例えば、
什器・設備への投資は建物・施設の価値にある程度比例している。ただし、この比例関係が成り
立つかどうかは、事業所の規模次第ではある。業種別に分けて考えることも必要である。例えば、
総資産における車両の相対的重要性は、清涼飲料水業やセメント業で高い。
(4)ストックないし在庫
この項目には、対象の企業が生産した完成品、仕掛品、原材料、予備部品など生産に直接関係
のないものが含まれる。機械類・設備が設置されている建物に比べ、倉庫施設はスペースの限界
から防災性が低く、災害時に最も被害を受ける項目のひとつである。
ストックの一部は輸入品である可能性を検討する必要がある。大企業に関するこの点の情報は、
公的機関やその企業そのものから入手できる。中小企業の場合、ストックと総固定資産の比率を
適用して算定する。ちなみにこの比率は中企業の方が若干高いことが多い。
固定資産の被害総額は、上記の4つの項目を合計することで得られる。直接被害の輸入分は、
29
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第三巻 経済セクター
輸入した固定資産や損壊・損傷したストックの再取得に必要な外貨を計算することにより算定す
る。この算定には様々な情報を用いることができる。例えば、開発銀行が公表する投資プロジェ
クトの国内品・輸入品の割合を示した原価構成、総投資に占める輸入分を一覧にしたマクロ経済
統計などがそうである。また、被害を民間企業と公企業に分ける必要もある。再建のあり方が双
方では異なるからである。
2−2−3 間接的な被害・影響
被災地域の工業事業所が受けた被害は、生産フローに悪影響を与えることは明らかである。具
体的には、活動が一時的に(復旧期および被災前の生産水準が回復するまでの期間)停止すると
ともに、交通と販売経路の一時的な中断により投入財が不足しがちとなる。
輸送における迂回ルートの選択と利用に伴う追加的費用も間接被害として計上する。これは、
製糖業やセメント業など、輸送費の比重が大きい産業部門にとっては特に重要である。
同じ理由により、輸出の中断による損害、生産・販売の中断により減少した税収も間接被害に
計上する。間接被害の全体像を把握するため、企業の緊急対応支出も算定する。
地域の工業事業者組合が生産の中断による損害の算定を目的として調査を実施することも少な
くない。この調査結果は災害地の事業者からの聞き取り調査により検証しなければならない。小
事業所の場合、あるいは必要な場合は、統計調査や産業調査で用いられている労働者生産性係数
に基づいて算定をすることもできる。
業界団体でも、被害を受けた企業や輸出中心の企業に関する情報を把握している。また、ラテ
ンアメリカ・カリブ海地域におけるこれまでの経験から生産フローへの影響が1年以上継続する
ことはまずないことから、この種の被害の算定にあたっては季節的な要因も考慮する必要がある。
例えば、1999年にベネズエラのバルガス州とミランダ州を襲った洪水と土砂災害において、直
接被害と間接被害の算定の根拠になったのは、中小企業の場合はFEDEINDUSTRIA(ベネズエ
ラ中小企業連盟)、大企業の場合はCONINDUSTRIA(ベネズエラ工業総連盟)であった(表
Ⅳ−2−7、表Ⅳ−2−8参照)。
表Ⅳ−2−7 ベネズエラ・バルガス州の製造企業および非小売企業が受けた
直接被害および間接被害
(100万ボリバル)
事業所の種類(括弧内は数)
ドラッグストア(57)
医療設備工場
パスタ工場
鉄工所(315)
製パン所(40)
衣類縫製工場(337)
靴製造工場
機械工場(17)
ラジオ放送局、コンセショナリー(2、25)
その他
合計
直接被害
1,130
300
125
2,700
1,600
405
625
595
395
725
8,600
出所:公的機関および商工会議所の資料に基づいてECLACが算定。
30
間接被害
830
300
125
1,880
1,600
400
625
600
350
690
7,400
被害総額
1,420
600
250
4,580
3,200
805
1,250
1,195
745
1,415
16,000
第Ⅳ部 経済セクター
第2章 商工業
表Ⅳ−2−8 製造部門の被害推定額
(100万ボリバル)
州
バルガス州(ドラッグストアを含む)
ミランダ州およびその他の被災州
自動車部品
食品
金属加工
プラスチック
薬品・化学物質など
その他の業種
合計
直接被害
8,600
4,110
960
830
1,240
380
200
500
12,710
間接被害
7,400
1,920
400
360
560
200
100
300
9,320
合計
16,000
6,030
1,360
1,190
1,800
580
300
800
22,030
出所:公式の数字や商工会議所のデータに基づいてECLACが算定。
この災害で最も被害が甚大であったバルガス州における商業以外の産業活動の規模は比較的小
さく、その企業数は800に満たなかった。具体的には、鉄工所、衣服・靴工場、機械工場などの
小事業所である。この大部分は全損の被害を受けた。
他方、ミランダ州は、グアレナス−グアティレの産業複合体(プラスチック、バッテリー、薬
品・化学物質、繊維・衣料、食品などの製造業者の集合体)が存在するため、大きな被害を受け
た。同州の製造部門が受けた直接、間接の被害は93億6000万ボリバルと推定されている。
2−2−4 マクロ経済的影響
ここでは、災害が国内総生産、国際収支、財政などの主要マクロ経済指標の動向にもたらす全
体的な影響について、マクロ経済の専門家が把握する上で必要な背景情報や定量化などを扱う。
工業部門の専門家は、工業部門の被災前の一般状況と展望について概要把握に努めなければな
らない。このような基準点を明らかにすることは、災害がもたらす結果を正しく評価する上で不
可欠である。
被害を受けた生産部門から直接入手する情報は、粗生産額で表示されていることが多い。これ
を付加価値の単位に換算して工業部門の総生産量を算定する。この換算には、工業統計、一部統
計および国民経済計算で採用されている係数を用いる。
2−2−5 復旧復興の優先事項
工業部門の被害評価においては、被害を受けた事業者が政府に対して望む復旧復興の優先事項
も明らかにする。被害を受けた事業者、工業会議所、産業組合を対象にした調査を行う際は、工
業部門が復旧に必要な公的セクターおよび海外からの緊急支援について意見を求める。その意見
が事業の構想や提案に結び付けば理想的である。
2−3 商業部門
2−3−1 概観
災害が商業活動に与える影響の評価方法については、簡潔に紹介するにとどめる。工業部門と
31
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第三巻 経済セクター
重なる部分が多いためである。もちろん、異なる部分もある。商業事業所は工業事業所と比較し
て従業員数が少なく、従業員数や総物的資産に対する機械類・設備の比重も小さい。他方、在庫
は商業事業者の方が多い。
工業部門では、中小企業を犠牲にしてまで大企業化が進んでいるが、実は、この傾向は商業部
門の方が顕著である。スーパーマーケットの拡大が進んでいるからである。この動きで最も被害
を受けているのは中企業である。小企業は都市周辺部や農村部で事業展開することが多いため、
生き残れる可能性は高い。
他方、商業部門に関する情報は工業部門と比較して一般に少なく、信頼性も低い。したがって、
商業部門の専門家は対象の国や地域の業界団体や職業団体の見解や判断を工業部門よりも重視せ
ざるを得ない。例えば、商業活動の動向に関する時系列データを保持している国はラテンアメリ
カではほぼ皆無である。GDPのデータはあるが、あまりに漠然としており間接的な情報である。
ここでは、前述した工業部門の評価方法や情報源と異なるものに限定して、詳しく見ていくこ
とにする。
2−3−2 被災地状況の把握
損壊・損傷した商業事業所の数を事業規模別および種類別(スーパーマーケット、食料品店、
農産物即売スタンド、靴店、雑貨店、ガソリンスタンド、予備部品店など)におおまかに推定す
る。この推定は、中央行政機関が被災地の範囲を特定するために収集した情報に基づいて行う。
被災前および被災後のデジタル航空写真は場合にもよるが、被災地の範囲を特定し、被害の概
要を把握する上で極めて有用である。
2−3−3 直接被害
商業に関する情報は通常限られており、企業の固定資産の項目別被害算定が商業部門ではでき
ないことが多い。したがって、直接被害は、建物・施設、什器・事務機器、ストックの3項目に
分類して算定する。
(1)建物・施設
この項目の算定を行うためには、被害を受けた床面積や全壊・半壊の区別、建築面積1㎡当た
りの費用で計算した再取得価格を算定する必要がある。この再取得価格には解体費用や災害対策
費用も含まれるよう、調整を行う。
小規模店舗の床面積は50∼500㎡、平均で100㎡というのがこれまでの経験値である。ただし、
平均値は店舗によって様々であり、例えば市場の果物の売店や露店は約12㎡、ガソリンスタンド
や予備部品店は500㎡、スーパーマーケットは1,500㎡である。ガソリンスタンドや予備部品店な
ど災害に強い建築物の1㎡当たりの費用は、食料品店や市場と比べ数倍にもなる。
(2)什器・設備
工業部門と比較して商業部門の総固定資産に占める什器・設備の割合は低いので、商業部門の
専門家が入念な評価調査を行う必要はない。これまでの評価実績では、什器・設備の価値を建
物・施設の価値に占める割合で表示してきており、この割合は小企業で20%、その他は40%が最
32
第Ⅳ部 経済セクター
第2章 商工業
も実態に即しているようである。
(3)ストック
商業部門では総資産に占めるストック(在庫)の割合は高い。商業事業所は生産者と消費者の
中間に位置しているためである。これまでの調査によれば、小事業者のストックはおよそ売上高
の2カ月分以下である。商業部門の専門家はこの数字と現場の数字を照らし合わせる必要がある。
また、建物・施設の価値とストックの価値との間にも、何らかの関連性が認められている。例
えば、ストックの価値と施設の保管スペースとの関連性であるが、これは業種によっても異なる。
このような平均値が現場に当てはまるかどうか、商業部門の専門家は確認しなければならない。
2−3−4 間接的な被害・影響
商業はサービスの提供を中心とする活動であることから、諸活動の中断によって生じた生産損
失は、実行されなかった販売の量ではなく(工業の場合に、生産できなかった製品の量ではない
のと同様)、期待利益の損失に基づいて算定する。この期待利益の損失は付加価値ベースで行う。
つまり、労働者(販売員または所有者)1人当たりの平均所得(または現物所得)を小事業所、
中事業所および大事業所に分けて算定する。年間の売上高を基準にして、活動の中断期間分(月
で換算)の損失を求めることができる。
これまでの経験上、小事業所は適切な行政の支援があれば1カ月で活動を再開できる。中小の
事業者の場合でも災害発生後6カ月を越えることはまずない。
商業部門が災害の直接被害を受けなくとも、つながりのある生産部門が被害を受ければ、程度
の差はあれ間接的な影響は受ける。
1999年にベネズエラのいくつかの州を襲った洪水と土砂災害の直接被害および間接被害につい
て、表Ⅳ−2−9にまとめた。ベネズエラの商業部門の生産高は1999年当時、被災前に大幅な減
少を見せていた(約18%の減少)が、この災害によってさらに落ち込んだ 10。被災した沿岸部
(バルガス、ミランダ、ファルコンの各州が中心)の被害算定が行われたが、被害が比較的少な
い首都やほかの州の状況に注目が集まった。しかし、被害総額の大部分を占めたのがバルガス州
であった。沿岸部は観光関連の商業に大きく依存しているため、その回復は観光業の復旧にほぼ
依存していた。被害総額に占める間接被害の比重が高くなったのはこのためであった。
主なデータの出所は、ベネズエラ商業連盟(Consejo Nacional de Comercio y Servicios:
CONSECOMERCIO)
、ラ・グアイラ商工会議所、および専門家の現地調査であった。
被災地で営業する6,000強の事業所が被害を受けたと推定された。これには、大中のスーパーマ
ーケット、広範な商業・サービス活動をカバーするフォーマルおよびインフォーマルな商業事業
所、500を超える通関業者が含まれている。飲食店やリゾートクラブ施設の被害は、対象地域に
おける影響が大きいために個別に扱われた。検討した事例の大半では被害は甚大で、ストックや
施設が全損の被害を受けた例も多かった。
10
CONSECOMERCIO (1999) Basic Economic Policies to Stimulate Internal Demand, Venezuela.
33
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第三巻 経済セクター
表Ⅳ−2−9 商業・サービス部門の推定被害額
(100万ボリバル)
地域および業種
バルガス州
スーパーマーケットなど
カラバジェダ(7)
カラヤカ(5)
カティア・ラ・マル(27)
マクト(5)
ナイグアタ(2)
ラ・グアイラ(19)
マイケティア(18)
その他の中規模商業事業所注1
零細商業注2
銀行支店(44)
ミランダ州
スーパーマーケット2店舗と55の商業・サービス事業者
ファルコン州注3
スクレ、タチラ、ヤラクイ、スリアの各州注4
総合計
直接被害
間接被害
被害総額
53,950
4,550
3,250
17,550
3,250
1,300
12,350
11,700
132,000
15,000
6,600
10,790
910
650
3,510
650
260
2,470
2,340
33,000
3,000
2,200
64,740
5,460
3,900
21,060
3,900
3,900
14,820
14,040
164,000
18,000
8,800
3,050
3,000
5,100
218,800
1,340
1,500
2,400
54,280
4,390
4,500
7,500
265,580
注1:直接被害4000万ボリバルの公的商業事務所約3,000件
注2:平均在庫500万ボリバルの施設または小規模店舗推定3,000件
注3:単純推定
注4:商業事務所への被害の1人当たり損害額の半数を考慮し、ミランダ州およびファルコン州のデータに基づ
く推定被害額。表に記載されている4つの州の人口に適用される係数。
出所:公式の数字や商工会議所のデータに基づいてECLACが算定。
2−3−5 マクロ経済的影響
ここでは、商業事業所の被害が地域(データがある場合)および全国のGDPに与える影響を、
商業部門の専門家が算定する。
災害はその経済的な影響により被災国の開発にも影響する。災害の経済的な影響は、被災国の
経済的多様性と災害脆弱性に反比例する。
直接・間接被害に関するベネズエラの事例のところですでに述べたが、沿岸部には飲食店、リ
ゾートクラブ施設、ホテル、コンドミニアムおよび民家が非常に多いばかりでなく、商業・サー
ビスのためのインフラもよく発達しているが、そのすべてが相当の損壊を被った。農業を除く生
産セクターの被害をまとめたのが表Ⅳ−2−10である。
表Ⅳ−2−10
セクター
商業・サービス
製造業
建設業
観光
合計
農業以外の生産セクターが受けた直接被害および間接被害のまとめ
輸入分
直接被害
間接被害
被害総額
(100万ボリバル) (100万ボリバル) (100万ボリバル) (100万ボリバル)
218,800
12,710
640
124,150
356,300
54,280
9,320
640
66,120
130,360
出所:公式の数字や商工会議所のデータに基づいてECLACが算定。
34
273,080
22,030
1,280
190,270
486,660
426.7
34.4
2.0
297.3
760.4
第Ⅳ部 経済セクター
第2章 商工業
2−4 そのほかの関連事項
2−4−1 雇用と所得
すでに指摘したように、災害の発生により生産活動が一時的に麻痺し、労働者とその家族が雇
用や所得を失うことはセクターを超える問題である。商工業セクターも例外ではない。実際、セ
クター内の部門や業種によっては、雇用や家計所得への悪影響が大きい。
様々な財の生産高とそれに必要な労働力の相関関係係数を明らかにし、その係数を用いて雇用
や所得の損失を算定することができる。この係数は通常、労働省、工業省、商業省などが把握し
ている。
本ハンドブック「第四巻第Ⅴ部第5章 雇用と収入」では、災害被害の対象となるセクターに
共通して適用できる被害算定方法について詳しく論じている。その意味でも、このような被害算
定の実施にあたり、商工業の専門家は雇用の専門家と緊密な連携を図る必要がある。同様に、雇
用と所得の損失を男女別に分ける際はジェンダーの専門家とも連携を図らなければならない。
2−4−2 女性に特徴的な影響
女性が受ける災害被害の特徴やその特徴的な影響の算定方法については、本ハンドブック第四
巻第Ⅴ部第2章で論じている。この点で、各セクターの専門家はジェンダーの専門家と緊密な連
携を図ることが望まれる。商業部門や工業部門における女性の直接被害および間接被害を算定し
なければならない。
対象とする災害による損傷・損害を受けた女性の民間セクター資産については、個別に被害評
価を実施する必要がある。商工業セクターの事業主に占める女性の割合は通常、公的統計に掲載
されている。女性への影響の把握を目的とした調査やサンプリングの結果も利用できる。ここで
も、事業所の商工別、規模別(大、中、小、零細)に算定を行う。商工両部門において、零細企
業や小企業の事業主に占める女性の割合は高いことが多い。
零細企業や小企業の女性事業主は、自宅を職場とし、家計所得を助けるために事業を行うこと
が多い。その生産活動は必ずしも国民経済計算体系の中で正当に検討されていない。また、商工
業の専門家が実施する簡易調査でも明らかにできていない。女性が経営する企業は必ずしも業界
団体に加入していないからである。したがって、女性が所有する資産や生産の被害は、フォーマ
ルな零細企業や小企業の総額の何%という形で推定する必要がある。この算定は、商工業の専門
家による被害算定とは別に行う。
ジェンダーの専門家は、被害を受けた女性を対象に簡易調査を実施し、自宅をベースにした零
細企業や小企業の資産損失や生産損失に関するデータを収集することが多い。この調査の結果は、
前段落で述べた概算算定の数字と比較検討しなければならない。
商工業の専門家がジェンダーの専門家と緊密な連携の下、災害被害の算定のために入手する情
報は次のとおりである。
直接被害については、簡易調査やサンプリングの手法により次の項目について推定または確定
する。
・商工業セクターの女性が事業主である民間事業所の資産(インフラ、機械類・設備およびス
トック)の損失(大、中、小および零細の規模別)
35
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第三巻 経済セクター
・女性が自宅で経営する零細家内企業の資産(機械類・設備およびストック)の損失
間接被害については、推定やサンプリングにより次の項目の情報を入手する。
・女性が事業主であるフォーマルな民間企業(大、中、小、零細の各企業)の生産損失
・女性が自宅で経営するインフォーマルな企業の生産損失
2−4−3 環境への影響
災害で頻発する影響のひとつに有害物質の環境(大気、土壌および水域)への放出がある。こ
の影響は工業セクターやエネルギー・セクターで発生することが多い。基本的に人為的な活動に
より発生するものであり、それ自体が災害と位置付けられている。ただし、地震や洪水などの自
然現象の結果として発生することもある。
このような事象により生じる環境への影響は実に様々であり、また災害の規模、発生地域およ
び種類によっても異なる。環境への影響を特定することが困難な場合もあり、特に短期的な影響
はその傾向が強い11。このような環境被害は、直接、あるいは連鎖効果により、複数セクターの
資産や財・サービスのフローに影響を与える。
このような直接被害や間接被害はそれぞれのセクターで計上するのが基本である。環境影響評
価の専門家は災害評価チーム内の他のメンバーと緊密な連携を図り、環境復元費用を含めた被害
が適切に計上されるように努める。自然地域が環境被害を受けることもある。そのような被害の
評価も環境の専門家が担当するだろう12。この被害評価では、復元原価法を用いることが望まし
い(第四巻第Ⅴ部第1章 環境で解説)。
11
12
特定物質と環境との相互作用は必ずしも十分に解明されていない。特に、極めて長期的な影響がそうである。
例えば洪水の場合、河川の物質を希釈させる容量は大幅に高まるが、有害物質の容器ごと流されて、環境への
流出は遅れることもある。
商工業セクターの専門家が直接被害および間接被害を算定したかどうかにかかわらず、環境復元措置は、商工
業セクターに直接関係のない機関が担当することがある。その場合、復元措置の費用は商工業セクターとして
計上されていない可能性が高い。特に、環境行政がその措置を決定する場合は、その傾向が強い。
36
第Ⅳ部 経済セクター
付録É
付録É
参考手引き
参考手引き
この参考手引きでは、商工業セクターの専門家が現地調査のほか、行政、商工会議所および職
業団体から収集する必要のある情報の一覧を提示する。
表A11−1 農業を除く各セクターの基礎統計調査
2000年
1.
2.
3.
4.
5.
項目
事業所の数
大
中
小
従業員数
大
中
小
固定資産
大
中
小
付加価値
大
中
小
その他
国全体
被災地内
割合(%)
注:事業所の規模を大、中、小に分類する基準を明示すること。国によって異なるため。
表A11−2 製造部門の建物・施設について取替原価で算定した直接被害額
(当初設計と同一の特性を保持することが条件)
企業の規模・種類(事業所の数)
合計(230)
大(30)
製糖所(10)
造船所(10)
人口繊維(10)
食品(10)
中(80)
被害大(50)(a)
被害小(30)(a)
小(120)
被害大(90)(a)
被害小(30)(a)
被害を受けた床面積(㎡) 建物面積1㎡当たりの平均費用
総額
例としては、1事業所当たりの平均床面積は、中事業所で1,400㎡、小事業所で500㎡と推定されている。
注:括弧内に示した事業所数、中事業所および小事業所の平均床面積、ならびに業種別の内訳はベネズエラで実
施した調査結果であり、あくまで例である。商工業セクターの専門家は対象事例ごとに実際のデータを入手
しなければならない。被害算定の方法としては、災害発生時の建物・施設の状態を反映した減価償却後価額
を用いる方法と、建物・施設の災害対策を含めた再建費用を用いる方法がある。いずれの方法を用いるかは、
災害評価の目的に応じて決定する。
37
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第三巻 経済セクター
表A11−3 製造部門の固定資産およびストックについて取替原価で表示した直接被害額
企業/事業所数
合計
大
製糖所
造船所
石油化学
その他
中
被害大
被害小
小
被害大
被害小
建物・施設
機械類・設備
什器・車両
ストック
合計
注:業種別の内訳はベネズエラの例を参考までに示したにすぎない。商工業セクターの専門家が各事例において
実際のデータを収集しなければならない。ストックの被害は、被災前の一般的な再取得価格が算定する。他
の資産の被害については、被害評価の目的に応じて様々な表示方法がある。すなわち、被災前の減価償却後
価額で表示する方法、当初設計と同一の特性を保持することを条件にした取替原価で表示する方法、および
建物・施設については災害対策を含めた取替原価で表示する方法である。機械類・設備については、技術進
歩を考慮する必要がある。
表A11−4 セクター別生産連鎖と被災地内の企業についての推定
(単位:現地通貨)
業種/
企業規模
原材料および投入財の仕入先
(a)
(b)
(c)
合計
(a)
最終財の供給先
(b)
(c)
合計
食品
大
中
小
繊維
大
中
小
セメント
大
中
小
その他の業種
企業1
企業2
凡例:(a)域内、(b)国内の他地域、(c)輸入/輸出
注:生産連鎖に関する情報を収集し、災害が主要セクターや被災地内の主要企業に与える影響を算定する。つま
り、原材料や投入財の供給が中断されれば、特定のセクターや企業の生産フローが一定期間阻害されること
は明らかである。生産連鎖や相互依存関係は、この表に示したように業種や代表的な企業のレベルで行うこ
とができる。
38
第Ⅳ部 経済セクター
付録É
参考手引き
表A11−5 被害評価に必要な基本情報一覧
(災害発生後数日で政府が通常提供する情報)
災害を引き起こした自然現象の特徴
・発生日
・自然現象が発生していた時間の長さ
・自然現象の定義と強度
・自然現象のその他の特徴
利用可能な情報源
・統計調査
・Redatam
・省庁、計画局などによる定期的な評価
・その他の情報源(インターネットを含む)
表A11−6 被災した州・県と農業以外の生産セクターに属する事業所の被害の程度
(単位:現地通貨)
州・県名/
事業所の規模
大(全損)
被害の程度
中(半損)
小(一部損)
州・県1
大
中
小
州・県2
大
中
小
注:被災国・地域の政府または市町村は、所管当局(商工会議所、職業団体、業界団体など)との連携の下、商
工業セクターの専門家が現地調査を円滑に実施できるように上記の情報を整備する。
39
第Ⅳ部 経済セクター
第3章 観光業
第3章 観光業
3−1 はじめに
3−1−1 概観
ラテンアメリカ・カリブ海諸国の大半では、観光業の位置付けがそれほど明確ではなく、国民
経済計算においても観光業以外のセクターに計上されることが多い。ただし、災害頻発地域であ
るメキシコ、中米およびカリブ海地域において、観光業は外貨獲得や雇用の面で国民経済の重要
なセクターとなっている。そのため、本ハンドブックでも観光業について独立した章を設けるこ
とにした。
観光活動は次の形態に分類できる。
・沿岸観光。カリブ海地域、メキシコおよび中米の島嶼部や臨海部の大半で典型的な形態。南
米諸国にもあり。
・自然遺産や歴史遺産に依拠した観光。メキシコや中南米で一般的。
・海洋観光。ヨット、ダイビング、比較的小型の帆船または動力船による周遊、遊漁など。
・周遊観光。カリブ海地域では旧来より人気が高い形態であるが、近年では中南米にも拡大。
・冬期観光
・業務渡航
・家族連れの友人宅・親族宅の訪問
・飲食関連の事業と活動
港湾施設以外の施設を特に必要としない周遊観光を除き、すべての観光活動形態についての被
害評価は、同じような方法で実施することができる。
一年中変化のない業務渡航とは対照的に、ラテンアメリカ・カリブ海地域の観光は基本的に季
節依存型である。海外からの観光客は、自国の寒い気候を避けてやってくるからである。したが
って、典型的な観光シーズンは、赤道から遠い国とは異なっている。
観光業のもうひとつの特徴は、インフラや観光業務が災害の被害を受けるとほかのセクターに
も波及することである。観光客相手の飲食業やタクシーなどのサービス業も影響を受ける。観光
業は観光客の需要に応える事業であるが、その事業を観光客の出身国で行うか、そのほかの国で
行うかによって国内観光業と外国人向け/出国向け国際観光業に分けられる。国内観光業と外国
人向け観光業は災害の影響を受けやすい傾向がある。ただし、海外旅行計画(出国向け観光)し
ていた被災国の国民も影響を受ける。
観光業は世界的に成長を続けており、一般的な傾向としてラテンアメリカ・カリブ海地域でも
外国人向け国際観光の成長が顕著である。カリブ海諸国は観光業への依存度が高いが、近年は中
米諸国でも観光業が年率5%を超える成長を示している。さらに、世界観光機関や世界旅行産業
会議では、観光セクターの成長率をカリブ海諸国で5%、ラテンアメリカ諸国で2%から10%と
予測している。
外国人向け国際観光は、外貨獲得、国内投資および対内直接投資の促進、男女の雇用創出、税
41
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
収の面で大きな役割を果たしている。観光セクターは、国産および輸入の財・サービスの様々な
生産連鎖と結びついている。具体的には、陸海空の交通運輸、情報通信、金融および企業向けサ
ービス、商業、建築業、生産サービス一般などである。観光セクターは、自国にはない財・サー
ビスの輸入を大幅に拡大させる可能性も有している。簡単に言えば、観光セクターの災害影響は
他のセクターにも大きく波及するといえる。
観光業は持続可能なセクターでなければならない。そのためには、経済、社会および環境の要
請に応える様々な態度、行動、戦略、行動、法律および規則が必要である。地域社会と企業の利
益となり、男女の個人的、社会的および経済的な成長に寄与する国全体の経済機会を向上させる
ような総合的観光政策が求められる。
3−1−2 観光業と脆弱性
ラテンアメリカ・カリブ海地域のあちこちに観光施設が出現しているが、環境や防災に配慮し
た計画性を持ったものではない。そのため、観光施設は危険な場所に立地していることが少なく
ない。その理由としては、環境管理の欠如、自然資源としての土地の利用に関する規制の欠如、
あるいはホテルのインフラや関連の人間居住に関する十分な建築基準や規制遵守の欠如などが挙
げられる。観光業は、環境の保全や文化的・社会的・歴史的な遺産の保護に依拠している側面が
強い。そのため、以上の問題に対して厳しく対処しなければ、災害の影響は拡大しかねない。
カリブ海や中米など一部の地域については、外国人観光客で賑わう観光開発施設が災害を誘発
しかねない自然現象にさらされる率が高いことは周知の事実である。事実、ラテンアメリカ・カ
リブ海地域で最も人気のある観光地は、熱帯暴風やハリケーン、洪水、地震などが頻発している。
災害脆弱性は国によって異なるものの、同地域の土地や海洋生態系が脆いこと、あるいは適切な
環境管理がなされておらず、防災を意識した土地利用計画や建築基準が欠如していることは明ら
かである。
そのほかの長期にわたる自然現象、例えば旱魃や長期化する火山灰噴火などでも、観光業は間
接的な影響を受ける。国の供給連鎖(農業とアグリビジネスの連鎖、あるいは飲料水の確保も含
めた問題)に影響が出たり、あるいは外国人観光客が敬遠したりするからである。供給が滞りが
ちになっても、外国人観光客に優先的な扱いがなされるとするなら、地元住民の不満は高まり、
観光業も安泰ではいられない。
観光セクターは、災害脆弱性だけでなく、需要の不安定性という脆弱性も抱えている。実際の
災害や災害の危険性が報道されれば、外国人観光客の予約はキャンセルが相次ぎ、長期にわたる
観光客数の低迷や収入低下の引き金になりかねない。
3−1−3 情報源
観光セクターの専門家は、国内外の様々な情報源を利用して、被災前の状況と自然災害による
被害に関して信頼性の高い情報を入手することができる。
国内の情報源には次のようなものがある。
・観光客の支出や滞在日数に関する最新の統計や調査
・国の統計局
・観光行政が提供する情報
42
第Ⅳ部 経済セクター
第3章 観光業
・宿泊施設組合や観光業者組合
・旅行業者
・中央銀行
・港湾空港当局
・保険会社
国外の有益な情報源としては次のようなものがある。
・中米観光統合事務局
・カリブ海地域ホテル組合(Caribbean Hotel Association)
・カリブ海地域観光業者組合(Caribbean Tourism Association)
・国際的な保険会社
・世界観光機関
上記の国際機関が公表する情報をチェックしたり、前述の現地機関を訪問したりすることで、
災害前後の状況に関する情報を収集することができる。
3−2 被害の算定
ほかのセクターと同様に、資産の直接被害、ならびに観光業に起因する経済フローの間接被害
を算定する必要がある。これを踏まえた上で、主要マクロ経済指標(国内総生産、国際収支、財
政など)や雇用への影響と女性に特徴的な影響を算定する。
3−2−1 直接被害
観光セクターの直接被害の算定にあたり、まずやるべきことは基準値を定めることである。他
のセクターには含まれない観光業独自の資産に関する基準値であり、そのためには、次に示す各
種施設について、その数や収容人数などの項目に関する詳細な情報が必要になる。
・ホテル(カテゴリー別)
・ゲストハウスまたは家族経営の宿泊施設
・文化的・歴史的な名所
・埠頭・突堤
・船舶または輸送船
・冬期観光施設
・飲食店
観光セクターの専門家は、同セクターのインフラや設備が受けた直接被害の評価にあたり、基
準値として以上の項目に関するデータを利用できる。被害評価の第一歩として、この基準値に被
災地を重ね合わせるのである。
観光セクターの直接被害算定は、住宅セクターの場合と基本的に同じであるので、当該章にて
すでに述べたことは繰り返さない。ただし、観光施設における設備としては浄水設備、下水処理
設備、発電機、大規模な空調設備などが含まれる。同様に、観光セクターの交通運輸インフラ
43
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
(埠頭、レジャー船など)の被害も計上する。そのためには、観光セクターの専門家は運輸通信
セクターの専門家と緊密に連携して業務の円滑化を図るとともに、二重計算を回避する。さらに、
環境の専門家との緊密な連携の下、砂浜の浸食や堆積など、観光環境を構成する自然資源への影
響も算定する。いうまでもないことだが、このような算定は観光セクター独特のものもあれば、
他セクターの専門家との連携が不可欠なものもある。
なお、中米・カリブ海地域において、熱帯暴風やハリケーンによる砂浜の浸食は一般的である。
砂浜は自然に被災前の状態に戻ることが多いが、時間がかかることもある13。
3−2−2 間接被害
直接被害の場合と同様に、観光セクターの専門家は被災前の状況に関する基本情報を収集し、
被災後の状況と比較検討する。
この点に関して、前述の施設やレクリエーション・観光用の交通設備の各カテゴリーについて
次の情報を入手する。
・室数(収容人数別)
・部屋の種類別の稼働率と経時的変化(需要曲線)
・飲食店の数と収容人数
・船舶の定員と観光シーズンの平均乗船率
・施設の種類別の必要従業員数(職種別、男女別)
・各種施設・船舶の稼働のために輸入が必要な各種投入財(食品、飲み物など)の量
観光セクターの専門家は、施設の所有者や業界団体と緊密に協議して、被災前の状態の回復に
必要な時間を予測する。この予測値と稼働率や需要曲線のデータを用いると観光業の所得損失
(間接被害の主項目)が予測できる。
間接被害のほかの項目、例えば、海外観光客の予約取り消しの可能性、観光客を取り戻すため
の宣伝キャンペーンの費用などについても検討しなければならない。
潮、洪水、風などにより被害を受けた砂浜やエコツーリズムに利用する遊歩道の清掃費用も間
接被害に計上する。
アクセス道路、上下水道、発電・送電システム、通信システムなど、ほかのセクターが受けた
被害に起因する観光客の減少幅を推定することも必要である。
観光活動が低下すると、飲食店、ナイトクラブ、タクシーなど関連サービスの需要も低下する。
観光やほかのセクターの専門家が考慮する必要があるもうひとつの項目が、災害発生後の保険
料の増加である。自然災害の再発の可能性を踏まえて保険会社が保険料を引き上げる可能性が高
い。そうなると、観光施設の収益や採算性が低下しかねない。
カリブ海で人気が高く一般的な周遊観光の場合、以上とは別に算定する間接被害がある。周遊
船は余裕を持って寄港の予定を立てるため、災害が発生しなかった場合の各観光地の予定所得を
算定することが可能である。観光地の港湾インフラ、自然資源および商業が自然災害による被害
を受けると、周遊船の寄港予約が直ちに取り消しになるかもしれない。中央行政機関、観光事業
者、周遊船会社の代表から意見を聴取すれば、周遊船が戻ってくるまでの期間を予測することが
13
1995年のハリケーン「ルイス」と「マリリン」はアングイラの砂浜に大きな被害をもたらした。しかし、1996
年に現地を訪れたところ、潮の作用により砂浜はほぼ回復していた。
44
第Ⅳ部 経済セクター
第3章 観光業
できるので、それに伴う収益に減少分(間接被害)の算定が可能となる。
3−2−3 マクロ経済的影響
すでに指摘したように、ラテンアメリカ・カリブ海地域では、観光業をほかのセクターに属す
るものとして位置付けている国が多い。観光サテライト勘定はまだ一般的になっておらず、導入
されていても更新や活動・地域別の内訳が不十分な可能性がある。さらに、観光は多元的な性格
が強いため、その多くの部分がインフラ、通信、商業などの他セクターの範囲に含まれている。
このような問題点があるものの、観光の経済における比重がカリブ海地域で大きく、中米、メキ
シコなどでも拡大傾向にあることを踏まえると、観光のマクロ経済的影響を別途分析する必要が
ある。
この分析では、観光セクターの災害影響が、国内総生産、対外収支、財政にどのような影響を
もたらすのかを、公共・民間投資、雇用および女性への影響を適切に考慮しながら評価すること
がかかせない。
(1)経済活動への影響
災害による諸活動の中断がなかったならば、対象年度において観光業の実績がどうであったの
か、という予測値は一般に、国の計画局、中央銀行、観光庁が把握している。
この予測値と間接被害に計上する観光セクターの所得損失推定値とを比較し、被災後の同セク
ターの生産高(GDPへの寄与度)を算定する。この算定では、観光活動がほかのセクターに計上
された場合、二重計算にならないよう、特段の注意が必要である(国民経済の規模は小さいが観
光業収入の比重が大きいカリブ海諸国では、二重計算の可能性は低い)。
カリブ海地域の観光セクターに被害をもたらす熱帯暴風やハリケーンが襲来するのは、観光シ
ーズンをはずれた時期であることが多いことにも留意する。このため、観光施設の利用率の低下
やそのGDPへの影響は、被災インフラの再建が長期化しない限り、必ずしも大きくない。
(2)対外部門への影響
外国人向け国際観光が対外部門にもたらす影響は大きい。被災国の経済活動に観光業の比重が
大きい場合、災害による観光活動が低下すれば、(サービス輸出からの)外貨収入は大幅に減少
する。観光セクターの専門家はこの外貨収入の減少分を算定する必要がある。
観光セクターの専門家は、観光セクターの財の損壊・損傷について保険や再保険に加入できる
可能性も考慮に入れる必要がある。なぜなら、不測の外貨収入につながるからである。さらに、
宿泊施設や飲食店のインフラの復旧再建とその設備・機械類の交換には、多くの部分を輸出に依
存せざるを得ないこともある。被災国で生産されていない設備などであればなおさらである。こ
の点についても算定を行う必要がある。
以上の算定結果はマクロ経済の専門家に提供し、マクロ経済の専門家が他セクターの算定結果
と総合して災害が被災国の対外部門に与える全体的な影響を把握できるようにする。
(3)財政への影響
ラテンアメリカ・カリブ海地域では観光インフラの民営化が進んでいるが、災害は発生すれば
被災国の財政に大きな影響を与えることに変わりはない。
45
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
事実、自然災害は交通インフラや港湾・空港インフラ(通常は公営)に直接被害をもたらすの
で、観光業収入をさらに低下させる。しかし、このようなインフラの被害推定値は、それぞれの
セクターで計上するのが一般的である。
観光セクターにおいて財政への悪影響をもたらす主な要因は、観光客からの税収や料金収入の
減少である(被災国は一定期間回収ができなくなる)。この国家歳入の減少分は、先に間接被害
として算定した宿泊施設の需要や利用率の低下に基づいて算定することができる。
さらに、砂浜や森林の遊歩道の清掃、失業者に対する特別給付の支給など、国が観光セクター
においても臨時の災害対策支出を余儀なくされる可能性がある。
観光セクターの専門家は以上の算定を行い、その結果をマクロ経済の専門家に提供する。マク
ロ経済の専門家は他セクターの算定結果との重複がないことを確認した上で、災害が財政にもた
らす全体的な影響を算定する。
(4)投資への影響
公共投資や民間投資への影響は、被災国・地域の経済規模に照らした被害総額の相対的な大き
さによって異なる。
災害の発生やその後の復旧復興はいくつかの影響をもたらす可能性がある。第一に、防災対策
導入の見通しが不透明なために、投資決定や投資の流れを阻害される可能性である。第二に、公
共・民間投資計画が、復旧復興需要に対応するため変更あるいは拡大する可能性である。第三に、
長年の懸案であった公共整備事業よりも損失資産への対応が優先される可能性である。これによ
り整備事業が延期あるいは中止されれば、社会的費用となる。
上記のことはほかのセクターにも当てはまることではあるが、観光セクターの専門家はこの点
について入手できるあらゆる情報をマクロ経済の専門家に提供しなければならない。さもなけれ
ば、マクロ経済の専門家が被災国の経済動向について明確な予測を行うことはできない。
3−2−4 雇用への影響
観光活動が低下すると、観光業に従事する男女の雇用や所得もその分減少する。観光セクター
の全体所得と被雇用者数(職種や収入水準は様々)とは相関関係にある。そのため、復旧復興期
以降の観光セクターの動向や所得の推定に基づいて同セクターの雇用減少分を推定することがで
きる。この雇用損失分については、職を失った観光業従事者を清掃業務やインフラ復旧業務に活
用することにより、一部補填が可能である。緊急対応期を経て平時の観光活動が回復したら、被
災前と同じ人員を確保したいというのが、雇用者および被雇用者の願いである。以上の算定にあ
たっては、雇用の専門家と緊密な連携を図る。
経済規模の小さな国では、宿泊施設の再建を早急に実施する上で建設セクターの労働力では不
十分なこともあり得る。そのような場合、労働力や機械類・設備を輸入に頼ってきたが、この海
外からの労働者は復興期が終了しても本国に戻るとは限らないので、被災前に存在していた雇用
問題をさらに悪化させかねない。観光セクターの専門家はこのようなジレンマを十分認識すると
ともに、マクロ経済や雇用の専門家に遅滞なく報告しなければならない。
46
第Ⅳ部 経済セクター
第3章 観光業
3−2−5 女性に特徴的な影響
ほかのセクターと同様、観光業に従事する女性も災害の影響を受ける。女性が観光施設や観光
サービスの事業主であれば、その施設やサービスが災害被害に遭う。それ以外の女性も一時的に
雇用を失う。
この点で観光セクターの専門家はジェンダーや雇用の専門家と緊密な連携を図り、次の項目に
ついて算定を実施しなければならない。
・観光セクターの事業主に占める女性の割合
・観光セクターの労働力に占める女性の割合
・復旧復興業務に女性を活用する可能性
上記の情報は、統計調査、家計調査、観光会議所の統計などから入手できる。算定結果はマク
ロ経済やジェンダーの専門家に提供する。ジェンダーの専門家は、すべてのセクターから収集し
た数字を合計して、女性に特徴的な災害影響を国レベルで確定する。
3−2−6 環境への影響
環境資産や環境財・サービスのフローが受ける被害を評価する方法は、本ハンドブック「第四
巻第Ⅴ部第1章 環境」において説明している。観光業は、レクリエーションの機会や美しい景
観という環境サービスに依存している部分が大きい。それは、人の手が入った環境(「太陽と砂
浜」の観光など)でも、人の手があまり入っていない環境(エコツーリズムと呼ばれる保護区の
観光など)でも同様である。
したがって、観光セクターの被害評価と環境被害評価は密接に関わり合っている。被害の定量
化・金銭的な評価という観点からは、次の2つの状況が考えられる(「第四巻第Ⅴ部第1章 環
境」を参照のこと)。
(1)通常観光セクターの評価に計上される環境被害
この環境被害とは、観光セクターですでに計上した直接被害および間接被害(自然資本の損失
と環境財・サービスのフローの変化)のことである。砂浜の損失・劣化、宿泊施設インフラの被
害、復旧期における収益の低下などがこれに該当する。環境被害評価は、被害における自然資本
の割合を人的資本やほかの資産(インフラ、機械類・設備など)の割合と区別して明らかにする
ものである。この割合は、経済地代の概念(市場価格と生産採取費用の差)を用いて算定する。
しかし、観光セクターにおいてはこの割合を算定することは容易ではない。ただし、保護区の入
場料、観光保全税(一部の国では、外国人観光客を対象に空港利用料や宿泊料に上乗せされるこ
ともある)の場合はこの限りではない。いずれにせよ、被害のまとめではひとつのセクターのみ
に計上して二重計算を回避する。
(2)個別の定量化・金銭的評価
観光セクターの評価では計上されない観光活動に関連する資産および環境サービスの評価のこ
とである。例としては、森林やサンゴ礁など観光セクターに関連する生態系の変化、あるいは象
徴種を受けた被害の評価などがこれに該当する。この被害は観光セクターの被害評価では考慮さ
47
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第三巻 経済セクター
れていないため、被害のまとめに計上する。
48
第Ⅲ部 インフラ
付録Ê
付録Ê
2000年ハリケーン・キースがベリーズの観光業に与えた影響
2000年ハリケーン・キースがベリーズの観光業に
与えた影響
以下は、2000年後半にベリーズを通過したハリケーン・キースによる被害について、ECLAC
がまとめたものである14。
1.概観
ハリケーン・キースは、ベリーズの観光業に大きな被害を与えた。観光業は同国の経済にとっ
て主要セクターであり、世界観光機関によれば、観光業がGDPに占める割合は1996年において
14.3%であった。観光業はベリーズの輸出においても中心的な位置にあり、1998年には8800万米
ドルの外貨を獲得している。これらは、輸出第2位の砂糖の2倍近い規模である。
観光業は過去10年間で急成長した(図A12−1参照)。観光客数はほぼ倍増し、観光インフラや
観光活動も大きく拡大した15。ベリーズ観光物産は、熱帯雨林、生物多様性、歴史的建造物、海
洋生物など、同国の文化的・環境的遺産と切り離して考えることはできない16。観光客の国別内
訳をみてみると、米国とカナダで70%、ヨーロッパが23%を占めている。
ホテル1室当たりの収益が高い地域は、アンバーグリス・キー(全体の43.1%)、ベリーズ州
(23.6%)、カヨー州(10.7%)となっている17。最も観光に適した季節は12月から復活祭までであ
る。
2.直接被害
ハリケーン・キースによる強風と高潮により、ベリーズ北部の島嶼(キー)、特にアンバーグ
リス・キー、キー・カーカー、キー・チャペルに甚大な被害を及ぼした。ホテルのほとんど(ア
ンバーグリスが62、カーカーが37)が、そのインフラや設備に程度の差はあれ、被害を受けた。
図A12−1
観光客支出(1998∼1999年)
(100万ベリーズ・ドル)
250
200
150
100
50
0
1998 1990 1992 1994 1996 1998
14
15
16
17
ECLAC (2000) Belize: Assessment of the Damage caused by Hurricane Keith, 2000: implications for
Economic, Social and Environmental Development, Mexico City and Port of Spain, November 2000.
1990年から1999年までの間に、ホテルの数は210から390に、室数は2,115から3,963に増加した。
1997年に実施された観光客に関する調査によれば、ベリーズを訪れる最大の理由は海であった。
ベリーズ政府観光局は、宿泊室料収入に対して7%を課税している。
49
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第三巻 経済セクター
表A12−1 観光業が受けたハリケーン・キースによる直接被害の推定
項目
全国の合計
ホテルの建物(什器、設備、ゴルフコースを含む)
土産品店
飲食店
景観
埠頭と係留施設
桟橋と関連工作物
観光用ボート(140)
1,000米ドル
62,047.0
42,000.0
5,000.0
5,600.0
1,280.0
567.0
5,200.0
2,100.0
出所:公式の数字に基づいてECLACが算定。
内陸部の被害は比較的軽かったものの、ラマナイ自然保護区(Lamanai Nature Reserve)のマ
ヤ遺跡は、強風、木の倒壊、洪水などにより被害を受け、主要なピラミッドにはひびが入った。
北部の島嶼は次のような被害を受けた。
・全壊したホテルはキー・カーカーで2棟、アンバーグリスで1棟であり、このほかにもいく
つかのホテルが構造損傷を受けた。
・多数のホテルで屋根が損傷し、天井や什器を含む内部が被害を受けた。
・設備(ポンプ、給湯装置、洗濯機、空調設備)の被害
・木の倒壊や残留物の堆積による景観の悪化
・土産物屋や飲食店の被害
・キー・チャペルのゴルフコースの被害
・埠頭の全半壊
・キー・チャペルおよびキー・カーカーにおける突堤の損壊
・砂浜の浸食による土地損失(環境被害に計上)
・観光用ボートの損失
損壊したインフラの交換と損傷したインフラの修復にかかる費用、失ったボートの再取得費用
について算定を行った。ベリーズ当局や国内の保険会社が提供した公式情報を算定基準にした。
直接被害総額は6200万米ドルと推定された。その内訳を示したのが表A12−1である。
3.間接被害
ハリケーン・キースがベリーズの観光セクターに与えた間接被害は次のとおり。
・ホテルの利用率の低下(アンバーグリス・キーとキー・カーカーのホテル)
・観光客支出の低下(飲食、国内移動、レクリエーションを含む)
・出国税による収入の減少
・ハリケーン被害に関する海外報道機関によるネガティブな報道に対処する海外宣伝活動に要
した不測の支出
・被災後の電力不足を補うために一部のホテルが購入した非常発電機の費用
幸いなことに、周遊観光の減少や宿泊料の低下は見られなかった。
ハリケーン・キースが襲来した季節やハリケーン・ミッチ直後の1998年と1999年の動向を念頭
50
第Ⅲ部 インフラ
付録Ê
図A12−2
2000年ハリケーン・キースがベリーズの観光業に与えた影響
ベリーズ訪問観光客数のハリケーン・キース前後の動向の分析と予測
(人)
20000
16000
12000
8000
4000
0
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月
ハリケーンの襲来がなかったと仮定した場合の数
表A12−2
ハリケーンの襲来を踏まえた数
ハリケーン・キースがベリーズにもたらした間接被害推定額
(1,000米ドル)
項目
セクター合計
客室稼働率の低下
サービス消費の低下
飲食
国内移動
レクリエーション
国内購入
その他の支出
出国税による収入の減少
追加的なエネルギー費用
10月
11月
12月
1月
2,496.3
2,462.6
1,780.0
1,077.9
998.6
665.7
665.7
443.8
277.3
985.0
656.7
656.6
437.8
273.6
712.0
474.7
474.7
316.5
197.8
431.1
287.4
287.4
191.6
119.8
合計
18,149.5
7,816.7
9,553.8
3,126.7
2,084.5
2,084.4
389.7
868.5
242.2
536.8
出所:公式の数字に基づいてECLACが算定。
に、観光客訪問の将来動向に関する調査が行われた。その結果、回復には4カ月かかることが判
明した。これは、海外宣伝活動の効果が発揮されるのに必要とされた期間と同じものであった。
要するに、ベリーズの観光業は2001年2月までに予測水準まで回復するというのが結論である
(図A12−2)。
観光客数と観光客支出との相関関係を示すデータを用いて間接被害総額を算定した。その結果、
観光セクターの間接被害総額は1815万米ドルとなった(表A12−2参照)。
表A12−2の算定にあたってはベリーズ政府観光局の資料を参考にした。この資料によれば、
観光客がベリーズに滞在する平均日数は7.1日、1999年のホテル宿泊料はアンバーグリス・キーで
179.84ベリーズ・ドル、キー・カーカーで51.12ベリーズ・ドルである。同観光局が1997年に実施
した観光客支出に関する調査によれば、支出の内訳は宿泊(45%)、飲食(18%)、国内移動
(12%)、レクリエーション(12%)、購入(8%)、その他(5%)となっている。出国税につい
ては、空港で20米ドル、そのほかの出国ポイントで10米ドルが徴収されることを考慮した。また、
アンバーグリスとカーカーのホテルの20%は、非常発電機の調達に1室当たり1,350米ドルの投資
を行ったことも考慮した。
51
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第三巻 経済セクター
4.被害総額
直接被害額と間接被害額を合計し、ハリケーン・キースがベリーズにもたらした被害総額を求
めたところ、8020万米ドルとなった。内訳は、直接被害額が77%(6200万米ドル)、間接被害額
が23%(1820万米ドル)である。
5.マクロ経済的影響
観光セクターが受けた被害は、ベリーズのマクロ経済動向にも大きな影響を及ぼした。同セク
ターの成長率や経済成長率が低下しただけでなく、国際収支にも悪影響が及んだ。
2000年のベリーズ経済成長率は1%低下したが、この多くの部分は観光セクターによるもので
あった。観光インフラの修復費用が発生し、同セクターの所得も低下したため、国際収支は5760
万米ドル悪化した。この数字には、国内生産されていない復興向け資材・設備の輸入、観光客の
減少による外貨収入の減少が含まれている。
6.雇用、所得および女性への影響
ハリケーン・キースによる洪水の被害が最も甚大であったのは、最貧州であるオレンジ・ウォ
ーク州とカヨー州の農村部である。観光インフラや観光サービスの損害(金銭的評価が可能で、
例外なく大部分が保険で賄える)は、上記の州の被害ほど深刻ではなかった。
女性が世帯主である割合はオレンジ・ウォーク州で25%、カヨー州で38.5%である。女性の失
業率や出生率は高く、25歳以下の女性は特に顕著である。この2州では貧困と伝染病の高い罹患
率との間に相関関係がありそうである。
ベリーズの人口の33%は、1人当たり年間所得が645米ドル未満であり、農村部の所得はこの
数字のわずか42.5%と推定されている。ベリーズ南部に近隣諸国からの難民が流入し続けている
ことが、貧困ライン以下の人口を押し上げている。貧困率は農村州や社会の中で最も弱い立場に
おかれている人々の間で増加している。このような貧困地域における平均の所得損失は1人当た
り239米ドルにも及んだとされている。
貧困削減に向けたベリーズ政府の取り組みに対してハリケーン・キースが深刻な悪影響をもた
らしたことは明らかである。ハリケーンの襲来前に実施されていた貧困削減戦略は財政赤字を
GDPの2%未満に抑えることを前提としていたが、財政赤字はGDPの3%を超える勢いである。
貧困削減目標は後退せざるを得ない。さらに、ハリケーンの襲来前に設定した目標を堅持しよう
とすれば、自国通貨の為替レートが悪化する危険がある。
52
災
害
時
の
社
会
・
経
済
・
環
境
被
害
の
影
響
の
評
価
ハ
ン
ド
ブ
ッ
ク
︵
全
4
巻
︶
第
四
巻
災
害
の
総
合
的
な
影
響
災害時の社会・経済・環境被害の
影響の評価ハンドブック
(全4巻)
第四巻 災害の総合的な影響
世銀・ECLAC作成の“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”(2003)翻訳版
平
成
19
年
3
月
独
立
行
政
法
人
国
際
協
力
機
構
国
際
協
力
総
合
研
修
所
ISBN4-0903645-23-1
平成19年3月
総研
独立行政法人 国際協力機構
国際協力総合研修所
JR
06-44
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
(全4巻)
第四巻 災害の総合的な影響
世銀・ECLAC作成の“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”(2003)翻訳版
2007年 3 月
JICA
独立行政法人国際協力機構
国 際 協 力 総 合 研 修 所
本書の内容は、国際協力機構が、“Handbook for estimating the socio-economic and
environmental effects of disasters”英語版(2003年。国際連合ラテンアメリカ・カリブ海経
済委員会(ECLAC)と世界銀行に著作権が存在する)を、ECLACと世界銀行の許可を得て
(「当翻訳と原著作について」に詳細参照)、日本語に翻訳してとりまとめたもので、必ずしも
国際協力機構の統一的な公式見解ではありません。
本書及び他の国際協力機構の調査研究報告書は、
当機構ホームページにて公開しております。
URL: http://www.jica.go.jp/
なお、本書に記載されている内容は、国際協力機構の許可無く転載できません。
※国際協力事業団は2003年10月から独立行政法人国際協力機構となりました。2003年10月以
前に発行されている報告書の発行元は国際協力事業団としています。
発行:独立行政法人国際協力機構 国際協力総合研修所 調査研究グループ
〒162‐8433
東京都新宿区市谷本村町10‐5
FAX:03‐3269‐2185
E-mail: [email protected]
序 文
犠牲者23万人を出したインド洋大津波、7万人強のパキスタン地震、6千人弱のジャワ島中部
地震など、近年、世界各地において大災害が頻発しています。被災地では復旧・復興に対して多
方面にわたる国際社会からの支援が行われています。インフラ施設が破壊され、家族や家、生計
手段を失い、更なるダウンサイズリスクにさらされている被災者に対して、独立行政法人国際協
力機構(Japan International Cooperation Agency: JICA)としても「人間の安全保障」の観点か
ら積極的な支援を行ってきております。
復旧・復興支援を効率的・効果的に行うためには、災害発生直後に社会・経済・環境に与えた
被害状況、および復興・復旧へのニーズを的確かつ迅速に評価することが、まず求められます。
被害やニーズ評価の指針となる資料が、2003年に国際連合ラテンアメリカ・カリブ海経済委員会
(Economic Commission for Latin America and the Caribbean: ECLAC)および世界銀行によっ
て出版されました。これが、“Handbook for estimating the socio-economic and environmental
effects of disasters”です。このハンドブックでは、インフラ・社会公共施設のみならず、被災
者の暮らしの再建に欠かせない生計復旧などの多様なニーズもカバーしています。また、復旧・
復興支援に欠かせない、女性などの災害弱者についての配慮も述べられております。
このたび、このハンドブックを翻訳して「災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンド
ブック」(全4巻)として一般に公開することとなりました。本書は開発途上国における復旧・
復興支援の基礎となる被災状況の評価や復旧・復興に向けてのニーズ調査に役立つものです。普
段からの備えとして人材育成研修などにも利用可能です。
本書が多くの日本の関係者に活用され、効果的・効率的な被災地域への復旧・復興支援援活動
に役立てていただければ幸いです。
最後に、翻訳作業に協力していただいたた石渡幹夫JICA国際協力専門員、および翻訳を承諾し
ていただいたECLAC・世銀関係者に、この場を借りてあらためて、心より感謝を申し上げます。
2007年3月
独立行政法人 国際協力機構
国際協力総合研修所 所長
田口 徹
当翻訳と原著作について
本書は原著作の英語版(原著はスペイン語版)を、その著作権を有する国際連合ラテンアメリ
カ・カリブ海経済委員会(Economic Commission for Latin America and the Caribbean:
ECLAC)と世界銀行(World Bank)の両機関の許可を得て、独立行政法人国際協力機構
(Japan International Cooperation Agency: JICA)が日本語に翻訳したものである。JICAの責任
において原著の内容を変更しないように翻訳した。
本書に記載されている関係者の見解は、あらかじめ何らかの公式な断り書きがない限り、国
連・世銀の見解とは必ずしも見なさない。
“The views expressed in this document, which has been reproduced without formal editing,
are those of the authors and do not necessarily reflect the views of the United Nations or the
World Bank.”
本書は、ECLACおよび世界銀行の加盟国においては、研究・教育・学究を目的とする限りに
おいて複製が認められる。本書の内容は改訂を含めて変更されることがある。本書で表明されて
いる見解や解釈は個々の著者および教官のものであり、ECLACや世界銀行に帰することはない。
“This material may be copied for research, education or scholarly purposes in member
countries of the institutions. All materials are subject to revision. The views and
interpretations in this document are those of the individual author(s) and trainers, and should
not be attributed to either institution.”
英語版刊行者:国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)2003年
Economic Commission for Latin America and the Caribbean (ECLAC) 2003.
英語版書籍名:災害の社会経済環境影響評価ハンドブック
Handbook for estimating the socio-economic and environmental effects of disasters
LC/MEX/G.5
LC/L.1874
英語版著作権有者:^国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)および国際復興開
発銀行(世界銀行)2003年
Copyright @ United Nations, Economic Commission for Latin America and the Caribbean
(ECLAC) and International Bank of the Reconstruction and Development (The World Bank)
(2003).
目 次
(全4巻)
序文(日本語翻訳版)
当翻訳と原著作について
第一巻 方法論と概念・社会セクター
はじめに
第Ⅰ部 方法論および概念
第1章 災害の種類と被災後の諸段階
第2章 方法論に関する一般的考察
第3章 被害と影響の分類と定義
第Ⅱ部 社会セクター
第1章 被災者
第2章 住宅および人間居住
第3章 教育・文化
第4章 保健医療セクター
第二巻 インフラ
はじめに
第Ⅲ部 インフラ
第1章 エネルギー
第2章 水供給と衛生
第3章 運輸・通信
第三巻 経済セクター
はじめに
第Ⅳ部 経済セクター
第1章 農業
第2章 通商産業
第3章 観光業
i
第四巻 災害の総合的な影響
はじめに
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
第2章 災害が女性に与える影響
第3章 被害のまとめ
第4章 災害のマクロ経済的影響
第5章 雇用と所得
ii
目 次
序文
当翻訳と原著作について
はじめに ………………………………………………………………………………………………… Ï
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境 ……………………………………………………………………………………………… 3
1−1 概観 …………………………………………………………………………………………… 3
1−2 評価手順 ……………………………………………………………………………………… 5
1−2−1 被災前の環境状況の把握 ………………………………………………………… 5
1−2−2 災害が環境に与える影響 ………………………………………………………… 8
1−3 定性的な環境評価 …………………………………………………………………………… 11
1−3−1 環境影響の分類と評価 ………………………………………………………… 14
1−3−2 環境被害の経済的評価 ………………………………………………………… 15
1−3−3 環境被害の推定 ………………………………………………………………… 20
付録ⅩⅢ 環境被害算定の例……………………………………………………………………………… 29
付録ⅩⅣ 生態ゾーン体系………………………………………………………………………………… 34
第2章 災害が女性に与える影響 …………………………………………………………………… 39
2−1 はじめに …………………………………………………………………………………… 39
2−2 災害が女性に与える全体的な影響 ……………………………………………………… 40
2−2−1 直接被害 ………………………………………………………………………… 40
2−2−2 間接被害 ………………………………………………………………………… 41
2−3 情報源 ……………………………………………………………………………………… 43
付録ⅩⅤ 評価の実例 …………………………………………………………………………………… 45
第3章 被害のまとめ ………………………………………………………………………………… 49
3−1 概観 ………………………………………………………………………………………… 49
3−2 純被害額 …………………………………………………………………………………… 50
3−3 復興費用 …………………………………………………………………………………… 50
3−4 直接被害の規模 …………………………………………………………………………… 50
3−5 被害の地理的分布 ………………………………………………………………………… 51
3−6 弱者層への影響の把握 …………………………………………………………………… 51
付録ⅩⅥ 被害総括分析の例 …………………………………………………………………………… 53
iii
第4章 災害のマクロ経済的影響
4−1 マクロ経済評価 …………………………………………………………………………… 59
4−2 マクロ経済専門家の役割と評価の準備 ………………………………………………… 60
4−3 被災前の状況 ……………………………………………………………………………… 62
4−4 被災後の動向 ……………………………………………………………………………… 63
4−4−1 経済への全般的な影響 ………………………………………………………… 64
4−4−2 経済成長と所得への影響 ……………………………………………………… 64
4−4−3 対外部門と国際収支への影響 ………………………………………………… 69
4−4−4 財政への影響 …………………………………………………………………… 70
4−4−5 雇用 ……………………………………………………………………………… 71
4−4−6 価格とインフレ ………………………………………………………………… 71
4−4−7 モデルの活用 …………………………………………………………………… 72
付録ⅩⅦ 2001年エルサルバドル地震のマクロ経済的 ……………………………………………… 75
付録ⅩⅧ 被害影響の推定とその中短期的な影響の予測に有効な2つのモデルの例 …………… 82
第5章 被害のまとめ ………………………………………………………………………………… 91
5−1 はじめに …………………………………………………………………………………… 91
5−2 脆弱な雇用への全体的な影響の推定 …………………………………………………… 91
5−3 セクター別の雇用・所得損失の推定 …………………………………………………… 92
5−3−1 中小零細企業(MSME)………………………………………………………… 92
5−3−2 農業セクター …………………………………………………………………… 94
iv
はじめに
Ⅰ.背景
災害は、被災国・地域の生活条件、経済動向および環境資産・サービスに大きな影響を与える。
その影響は長期にわたることも少なくなく、経済社会構造や環境に不可逆的な影響をもたらすこ
ともある。先進国においては、大規模に蓄積された資本に甚大な影響を与える一方、早期警報お
よび避難の実効的な体制、適切な都市計画、厳格な建築基準などにより人命の損失は比較的限ら
れたものになっている。一方、開発途上国では、予報や避難対策の欠如や不備により、多くの犠
牲者を出すことが多い。絶対的な資本損失は先進国と比較すれば小さいかもしれないが、往々に
して相対的な比重や全体的な影響は非常に大きく、持続可能性を阻害しかねない1。
災害が自然災害であれ、人的災害であれ、その影響は人間の行為と自然のサイクル・システム
との相互作用の組み合わせの結果ということができる。災害は世界各地で頻発しており、その発
生件数および強度は近年拡大傾向にある。このような災害は広範な人的損失、直接的および間接
的な(一次的または二次的な)原因により広域にわたり被災民を発生させ、重大な環境影響およ
び大規模な経済的社会的損害をもたらしかねない。
事実、最近国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)が実施した推計によれば、過
去30年間のラテンアメリカ・カリブ海地域においては死者10万8000人、直接的な被災者1200万人
超を含む1億5000万人が何らかの災害被害に遭っている。さらに、総被害額(同地域全域を網羅
したものではない)は、1998年の為替レートで500億米ドルであり、中央アメリカ、カリブ海お
よびアンデス地域の小国や比較的開発の遅れた国に集中している2(図1参照)。
世界規模で見ると、災害の社会的影響が大きく、被害が不可逆的となる傾向が強いのが開発途
図1
1
2
ラテンアメリカ・カリブ海地域における災害の影響(1998∼2001年)
Jovel, Roberto (1989) “Natural Disasters and Their Economic and Social Impact,” ECLAC Review, No. 38,
Santiago, Chile, August 1989.
ECLAC and IDB (2000) Un tema de desarrollo: La reducción de la vulnerabilidad frente a los desastres, Mexico City
and Washington参照。
v
上国であり、そこでは最貧困層や社会的に最も弱い立場にいる人々が最も大きな影響を受けてい
る。一方先進国では、災害対策に加え、実効的な被害防止、被害抑止および防災計画立案に必要
な資源・技術を有していることから、長年にわたり防災力をかなりの程度高めてきた。しかし、
先進国においても、社会活動の集中化や価値向上の結果、被害額は大幅に高くなっている。
ラテンアメリカ・カリブ海地域においても、防災計画立案や被害の防止・抑制の面において一
定の進歩が見られるものの、多くの人々は非常に不安定で脆弱な状況に置かれていることに変わ
りはない。同地域の大半の国は、水文気象・地質上の災害多発地域に位置しており、実際に多く
の人命が犠牲となり、物的社会的インフラに大きな被害を与え、経済動向と環境に打撃を与えた
災害が発生していることが知られている。
災害の望ましくない影響としては、経済的・社会的インフラの被害、環境悪化、財政および対
外部門の不均衡、物価上昇、人口構造の変容のほか、被災資産を再建しなければならないために
長期ニーズ対応型事業が後回しにされてしまうという、開発課題の優先順位変更などが考えられ
る。しかし、最も深刻な影響は人々、特に貧困層や社会的弱者の社会的厚生の悪化であることは
いうまでもない。また二次的な影響として、想定外の人口移動、疾病伝播、貿易減少、広範な環
境悪化などが発生し、災害の影響が被災地域・国を超える傾向が強まっている。
各国は災害の長期的影響を軽減するため、2つのことに同時並行的に取り組む必要がある。ひ
とつは、社会経済発展戦略の重要な柱として、災害の予見可能な影響を防止・抑止するための財
源を配分することである。これは、長期的な成長を達成するための(経済的、社会的、政治的な
意味での)高利回りの投資と位置付けるべきである。もうひとつは、災害発生後の復興投資にお
いては、十分な水準の持続的成長を確保するために防災に配慮することである。
通常、災害発生時には当該国の緊急対応機関が中心となり、国連グループやほかの公的および
民間の国際機関の支援を受けつつ、緊急対応期における人道的支援ニーズを把握する。基本的に
は被災国・地域が災害による人道的支援ニーズに対応するのが現在では通例となっているのであ
る。その上で、友好国や国際機関が直接あるいは非政府組織を通して必要に応じた補助的支援を
速やかに実施する。この支援には、局地、地域、国際レベルの非政府組織(Non-Governmental
Organization: NGO)、社会支援組織のほか、公的および民間の主体が多数関わっている。
損傷または損壊した資産の再建には通常、緊急対応期ないし人道支援期などにおいて被災国が
動員できる資源よりもはるかに多くの資源を必要とする。そのため、脆弱性軽減を考慮すること
なく再建が行われることが多い。率直に言ってしまえば、脆弱性を軽減するのではなく、脆弱性
を「再建」してしまうことになる。
これを回避するためには、緊急対応期の直後において、災害自体およびその結果が被災国・地
域の社会的厚生や経済動向に対して与えた直接間接の影響を評価することが不可欠である。この
評価には、厳密な定量的正確性は要求されないが、各経済セクターおよび社会セクター、物的イ
ンフラおよび環境資産に対する影響と相互作用をすべて対象とする包括的なものでなければなら
ない。このような影響評価により、復興需要を把握することができる。被災者が被災後の状況下
にいつまでも置かれることは許されないことから、復興需要の把握は喫緊の課題といえる。また
この作業は、復興の計画や事業(その多くが国際社会による資金協力および技術協力を必要とす
る)の策定および実施にも欠かせない。
脆弱性の軽減を図るためには、復興の計画・事業は、開発の一環としての防災戦略の中に位置
付けなければならない。このため、災害種類別の被害の種類と量を把握するための各種診断ツー
ルが必要となる。しかし、社会、経済および環境への影響をすべて計測することは困難なことも
vi
あり、経済学の文献の中に有効な診断ツールが豊富に存在するわけではない。
ECLACは1970年代前半から同地域における災害評価に重点的に取り組んできており、その経
験を踏まえて災害評価法を開発した。これは、10年前に国連災害救済調整官事務所(Office of
the United Nations Disaster Relief Coordinator: UNDRO)が打ち出した概念3を拡大・発展させ
たものである。
ECLACが10年前に発表した災害評価法は、自然災害の影響を対象にしたものであったが、中
央アメリカにおける特定武力紛争など、人的災害にも応用することが可能であった。これは災害
の影響をセクターレベルおよび国際レベルで算定できるもので、被災国・地域の復興能力と求め
られる国際協力の範囲を把握することが可能となった。この方法では、ラテンアメリカ・カリブ
海地域について確度の高い定量的データがおよそ不足しており、災害時にはその不足が顕著にな
ることが十分に考慮されている。ただし、特定の社会経済セクターや環境、特定人口集団の被害
を評価する方法は考慮されていなかった。
そこでECLACは旧ハンドブックの改訂拡大版を出すことにした。改訂拡大版は、過去10年間
に発生した様々な災害の評価に関する実経験と現代にマッチした新しい概念を盛り込んでいる。
これは、ラテンアメリカ・カリブ海地域内外の専門家およびコンサルタントから多大な協力があ
ったからこそ可能となったもので、過去30年間に同地域で発生した様々な災害について概念解析
した成果である4。
この新ハンドブックは、旧ハンドブック(1991年発行)の各部において記述した被害評価方法
を改良しつつ、最近の知見を盛り込んでいる。この点に関し、環境、雇用、所得などのセクター
横断的課題、さらには女性に特徴的な災害影響(女性の力は復興期や被害抑止において不可欠)
も検討していることを強調しておきたい。また、インターネットで利用できるデータベース、リ
モートセンサーの活用、地理参照情報のシステム化により利用できるようになった新分析ツール
も紹介している。ただし、十分に詳細な情報や項目ごとの情報(性別、所得層別、地域別または
行政単位別など)をまとめるには時間がかかること、あるいは環境評価や人間開発指標、社会構
造指標など「標準」ないし被災前の状況を定義する基準値が不備であることなど、分析に伴うい
くつかの問題点も指摘している。
Ⅱ. 内容
この新ハンドブックは、災害が社会、経済および環境に与える影響の評価に必要な方法につい
て記述している。影響は直接被害と間接被害、あるいは全体的な影響とマクロ経済への影響に分
けている。本書は災害の原因の特定、あるいは緊急対応期ないし人道支援期における対応の明確
化を意図したものではない。それはほかの機関・組織の管轄である。本書はハンドブックの第2
版であり、初版よりは大きく改善されているが、完成品ではない。むしろ、今後発生する災害の
個別の課題に対して関係者各位が本書を活用し、その体験から得られたものや関係者からのフィ
ードバックにより不断に改善を重ねるべき未完成品である。
本ハンドブックは、災害が資本ストックに与える被害、財・サービスの生産フローが被る損害、
さらには主要マクロ経済指標に対する一時的な影響の算定ないし推定の概念や方法論に重点を置
3
4
ECLAC (1991) Handbook for the Estimation of the Socio-economic Effects of Natural Disasters, Santiago, Chile;
UNDRO, (1979) Disaster prevention and mitigation: Compendium of Current Knowledge, Vol. 7, “Economic Aspects,”
United Nations, New York.
ECLACが1970年代初頭から実施してきた評価に関する文献リスト(本ハンドブックの巻末)を参照のこと。
vii
いている。生活条件、経済動向および環境に対する損害と影響についても検討している。
本書では、統一的かつ一貫性のある方法論に基づく災害被害の整理・定量化を可能にするツー
ルについて記述している。その方法論は過去30年間においてその有効性が証明されたものである。
最も被害が大きい社会、経済および環境の各セクターおよび地理上の地域、言い換えると復興に
おける優先課題を見極める方法も提示している。しかしながら、本書の活用によりどの程度詳細
に被害推定が可能となるかは、被災国・地域において得られる定量的情報に左右される。本書が
提示する方法論は、人的災害か自然災害か、緩慢に進行する災害か突発性の災害かを問わず、あ
らゆる災害による被害の定量化を可能にするものである。さらに、復興という課題に対して国が
十分な力を有しているか、国際協力が必要かどうかを判断することも可能である。
本ハンドブックは様々な状況を把握する手法を提示するが、あらゆる状況に対応することを意
図してはいない。むしろ、本ハンドブックが提示する考え方や事例を、本書では明示的に触れら
れていない事例を検討する基本的なツールとして活用することを想定している。
本ハンドブックは5部構成になっている。第Ⅰ部は、全般的な概念的・方法論的枠組みを提示
する。第Ⅱ部は、各社会セクターへの被害を推定する各手法を概観する。各章において、住宅お
よび人間居住、教育・文化、保健医療をそれぞれ扱う。第Ⅲ部はサービスと物的インフラを扱う。
各章において、運輸・通信、エネルギー、水供給と衛生などを扱う。
第Ⅳ部では、各生産セクターの被害を取り上げる。各章では、農漁業、工業、貿易および観光
業をそれぞれ検討する。第Ⅴ部では、セクター横断的、マクロ的な視点から被害の全体像をとら
えようとする。各章では、環境被害、女性に特徴的な被害、雇用・所得への影響、全体的な直
接・間接被害の算出方法を含めた被害のまとめ、および災害が主要なマクロ経済指標に与える影
響をそれぞれ扱う。
被害のまとめは特に重要である。経済規模をはじめとする一般指標との比較において全体被害
を算定することにより、その災害の規模と全体的な影響をとらえることができるからである。主
要経済指標に対する災害の影響を分析するためには、災害発生後の1年ないし2年、被害の大き
さによっては最長で5年の期間を費やすことが求められる。
各章では概念的な枠組みを論じているが、それに加え、ECLAC事務局で分析した災害の実例
も付属資料としてそれぞれの部に掲載している。この実例は、被害の内容や相対的な規模を記述
するだけでなく、様々な自然現象(発生原因が気象系か地質系か、発生過程が急か緩慢か、など)
が起こり得ることを反映したものである。世界の様々な地域の国々を取り上げるとともに、小島
嶼開発途上国(Small Island Developing States: SIDS)などの特殊な脆弱性についても検討して
いる。さらには、季節的なものなど、様々な頻度で再発する災害・現象をも取り上げている。
本ハンドブックは、特定セクターについて評価を実施する専門家がその専門分野に関する検討
資料や章が容易に参照できるように構成されている。本ハンドブックはCD-ROM版もあり、
ECLACのホームページでも閲覧できるようになっている。これらの電子版では、改良した方法
を用いて近年の事例についての評価も掲載している。この第2版が完成度の面だけでなく、使い
勝手の面でも初版を上回ることを願っている。
また、版を重ねるごとにより良いものにするため、本ハンドブックの読者・利用者の経験をお
寄せいただければ幸いである。各国の防災担当者の研修ツールとして、あるいは、地域に防災文
化を普及させるための道具として本ハンドブックを活用されたい。
viii
Ⅲ. 評価の実施に最適なタイミング
評価の実施に最適なタイミングは、災害の原因、規模、地域的な範囲に左右されるため、先験
的に判断することはできない。しかし、経験上一般的にいえることは、人道支援期が終了あるい
は本格化するまでは評価を実施すべきではない、ということである。それ以前だと、人命救助活
動の妨げになったり、直接被害、間接被害およびマクロ経済的被害に関する定量的な情報が十分
に得られなかったりする可能性があるからである。各災害における災害評価チームは、被災地に
居住する国や地方の災害評価担当者の支援を必要とすることから、その災害評価担当者が人道支
援期の活動に従事する時期、あるいは自身やその家族が被災者となる場合も多いので、その場合
は被災者として援助対象とされる時期を経てから災害評価活動を開始するようにしなければなら
ない。
他方、災害評価はいたずらに引き延ばすべきではない。なぜなら、評価には遅延なく国際社会
の支援が必要だが、ほかの地域で災害が起こると、国際社会の関心はそちらへ移ってしまうから
である。
評価対象を扱うタイミングや順序は、災害の種類や規模によって異なることから、あらかじめ
決めておくことはできない。ただし一般的には、様々な程度の影響を評価することを念頭に被災
者の把握が第一段階となることが多い。そこでは、男女間では災害影響や緊急対応期、復旧復興
期における役割が異なることも忘れてはならない。第二段階としては、各社会セクター(住宅及
び人間居住、教育・文化、保健医療)が被った被害を把握・分析し、最も被害が大きい集団の状
況に光を当てることが考えられる。第三段階としては、各経済セクター(農漁業、通商産業、サ
ービス)やインフラへの災害影響を評価することになろう。同時に、災害が環境的な資産やサー
ビスに与えた影響の把握・分析も実施することができよう。
分析の細分や深度は(ECLAC事務局が近年作成した各文書からもうかがえるように)災害の
種類や被害評価に必要な情報の入手可能状況によって左右される。場合によっては、災害弱者集
団、市町村、地域社会単位まで詳細な被害推定を行うことも可能である。
Ⅳ. 謝辞
1991年の初版発行に尽力いただいたイタリア政府からは、第2版の作成に対しても資金援助を
いただいている。オランダ政府からもECLACとの間の技術協力事業を通じて支援をいただいて
いる。
米州保健機構(Pan-American Health Organization: PAHO/World Health Organization: WHO)
からは保健医療や水供給と衛生などの章の作成について、中央アメリカ環境開発委員会からはそ
の専門分野について、それぞれ技術協力の提供をいただいている。
世界銀行および米州開発銀行(Inter-American Development Bank: IDB)は、ハンドブック
第2版の作成に深く関わっており、進捗会議への参加や随時貴重な提言をされている。特に世界
銀行からは、改訂作業について助言や資金援助をいただいている。ノルウェー外務省および英国
国際開発省紛争人道部からも防災コンソーシアムを通して資金援助をいただいている。
ECLACは、以上の協力に深く感謝するとともに、ラテンアメリカ・カリブ海地域における現
地評価調査を通じて多くの政府関係者、専門家らとの交流が果たした重要性、すなわち、交流か
ら生まれた様々なアイディアが本ハンドブックに大きく寄与したことを感謝するものである。
ix
Ⅴ.
執筆者
ECLACはハンドブック第2版の作成を、ECLACにて災害担当を務めるメキシコシティの地域
本部職員Ricardo Zapata Martíに委託した。初版の作成を指揮したRoberto Jovelは、外部コンサ
ルタントとして採用し、いくつかの節を執筆したものの、基本的には第2版の方向付け、監修を
担当していただいた。各章を担当した専任スタッフ、部署横断的な作業の担当者、外部コンサル
タントを以下に示す。
「被災者」
José Miguel Guzmán( ラ テ ン ア メ リ カ ・ カ リ ブ 人 口 セ ン タ ー
(CELADE)協力)、Alejandra Silva、Serge Poulard、Roberto Jovel
担当。
「教育・文化」
Teresa Guevara(国連教育科学文化機関(UNESCO)コンサルタント)
担当。
「保健」
Marcel Clodion(汎米保健機構(PAHO/WHO)コンサルタント)、
Claudio Osorio(PAHO/WHO)担当。
「住宅および人間居住」 Daniela Simioni(ECLAC環境居住局(DEHS)担当。およびMauricio
Faciolince、Ricardo Bascuñan、Silvio Griguolo(コンサルタント)協力。
「エネルギー」
Roberto Jovel(Ricardo Arosemena(コンサルタント)の先行研究に
依拠)担当。
「水供給と衛生」
Claudio Osorio(PAHO/WHO)担当。
「運輸・通信」
ECLAC天然資源・インフラ局運輸課長Ian Thompson担当。David
Smith(コンサルタント)協力。
「農漁業」
Antonio Tapia(コンサルタント)担当。Roberto Jovel協力。
「通商産業」
コンサルタントおよびメキシコ国立防災センター(CENAPRED)職員
Daniel Bitran担当。
「観光業」
Françoise Carner(コンサルタント)、Jóse Javier Gómez(DEHS)、
Erik Blommestein(ECLACカリブ地域本部)担当。
「環境」
Jóse Javier Gómez(DEHS)、Erik Blommestein、Roberto Jovel、
Alfonso Mata、Cesare Dosi担当。David Smith、Leonard Nurse、Ivor
Jackson(共にコンサルタント)協力。
「女性への影響」
Roberto Jovel担当(Angeles Arenas(コンサルタント)の報告書に依
拠)。ECLACカリブ地域本部のAsha KambonおよびRoberta Clarkeな
らびにSarah Bradshaw、Fredericka Deare(共にコンサルタント)協
力。
「被害のまとめ」
Roberto Jovel担当。
「マクロ経済的影響」
Ricardo ZapataおよびRene Hernandez(メキシコシティのECLAC地
域本部)担当。
以下のECLAC職員からは、草稿に目を通していただき貴重な助言をいただいた。それらは本
ハンドブックの最終稿に反映されている。
Nieves Rico(ECLAC本部女性と開発課)、Pilar Vidal(ECLAC/メキシコ 女性と開発課)、
Esteban Perez(ECLACカリブ地域本部)。
x
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
第1章 環境
1−1 概観
ある国の国民の厚生は環境の状況に大きく依拠していることは周知の事実である。生態系は人
間の生命を支え、その需要を満たす財(食物、水、薬、エネルギーなど)やサービス(汚染物の
希釈・分解、水循環の調整、炭素の吸収、生物多様性の維持、レクリエーションなど)の供給源
である(表Ⅴ−1−1参照)。
経済的観点からいえば、自然資源は人々の厚生の向上に寄与する財・サービスを生み出す資産
(自然資本)ととらえることができる。この視点でいえば、自然資源は利用価値を有していると
いえる1。自然遺産は直接的・間接的な利用とは関係のない価値をも生む。この非利用価値は心
理的価値から派生するもので、その心理的価値とは資源が存在しているという認識そのものから
生じるもの(存在価値)や、将来の世代が享受できるように自然資本を保全したいという願いか
ら生じるもの(遺贈価値)がある。
自然災害などの極端な事象も自然の摂理の一部であり、生態系もその極端な事象とともに変化
を遂げてきた。例えば、旱魃がしばしば誘発する山火事に適応してきた生態系は少なくない。実
際、そのような生態系の好火性植物は、発芽に火を必要とする。河川の生育環境や生態系は、毎
年の河川氾濫に依存していることが多い。このような自然事象が遠隔地において人間活動とは無
関係に発生する場合、それは災害とは見なされない。
しかし、自然システムと人間システムが相互に作用する場合、人々の厚生を損なう環境変化は
極端な自然現象に起因することもある。
例えば、ハリケーンの到来により、砂浜に残骸などが散乱し、レクリエーションに利用できな
くなったり、洪水により下水があふれて汚染の原因になったり、あるいは旱魃により絶滅危惧種
の生存が危ぶまれる、といった事態が起こる。このような環境変化は、永続的な変化と一時的な
変化に分類できる。溶岩流を伴う火山噴火は、景観に不可逆的な変化をもたらすが、その火山が
噴出するガスによる大気汚染など、大気に及ぼす変化は一時的である。人々の厚生が影響を受け
るのは、環境の財・サービスが一時的あるいは永続的に利用できなくなったり、環境の変化がな
いにもかかわらず、環境の財・サービスを享受するのに追加的費用がかかるときである。例えば、
砂浜に続く遊歩道が損壊すると、砂浜そのものの環境は変化していないにもかかわらず、その砂
浜のレクリエーション利用はできなくなる可能性がある。
1
直接的な利用価値とは、自然資源の消費的利用(薪としての利用など)と非消費的利用(観光活動など)から
生じる価値である。間接的な利用価値(機能的価値ともいう)とは、特定資源の一義的な環境機能のゆえに
人々が間接的に利用する便益ということができる。例えば、湿地の間接利用価値には、下流で利用する水の濾
過機能が挙げられる。
3
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
表Ⅴ−1−1 生態系が提供する財・サービス
生態系
農業生態系
森林生態系
淡水生態系
草地生態系
沿岸生態系
出所:World
財
食用作物
繊維作物
作物遺伝資源
サービス
流域の一部機能(浸透、部分的な土壌保護)を維持
農業にとって重要な鳥類、花粉媒介者、土壌生物の生息環境を提供
土壌有機物を生成
大気中の炭素を固定
大気汚染物質を除去、酸素を排出
木材
栄養素を循環
薪
流域の諸機能(浸透、浄化、土壌安定化)を維持
上水および灌漑用水
生物多様性を維持
飼料
非木材産品(蜂蜜、果 大気中の炭素を固定
実、香辛料、薬草類、 気象災害などの影響を緩和
土壌を生成
狩猟など)
美的景観とレクリエーションの場を提供
遺伝資源
水流を調整(タイミングと量の制御)
上水および灌漑用水
汚染物を希釈・排出
魚類
栄養素を循環
水力発電
生物多様性を維持
遺伝資源
水生生物の生息環境を提供
航路を提供
美的景観とレクリエーションの場を提供
家畜(食肉、皮革など) 流域の諸機能(浸透、浄化、土壌安定化)の維持
栄養素を循環
上水および灌漑用水
大気汚染物質を除去、酸素を排出
遺伝資源
生物多様性を維持
土壌を生成
大気中の炭素を固定
美的景観とレクリエーションの場を提供
魚介類
暴風の影響を緩和(マングローブ、砂州)
魚粉(家畜飼料)
野生生物(陸生・水生)の生息環境を提供
海草類(食用および工 生物多様性を維持
業用)
汚染物を希釈
遺伝資源
港湾や航路を提供
美的景観とレクリエーションの場を提供
Resources Institute(2001)
ラテンアメリカ・カリブ海地域において、国民経済計算に明示的に計上される環境資産および
環境サービスの項目はほとんどない。言い換えると、農業や観光業などのセクターの統計には環
境サービスの一部は計上されるものの、ラテンアメリカ・カリブ海諸国の国民経済計算に環境勘
定が含まれていないのが現状である。このため、これまでの被害評価方法においては、災害が環
境に及ぼす影響の評価は含まれていない。それでも、間接的な方法を組み合わせることにより、
その評価を行うことは可能である。
本ハンドブックが提案する環境被害評価方法では、評価実施にかかる時間的な制約、被害を受
けた生態系に関する情報の欠如、環境サービスの市場の未発達などの主要な制約要因が考慮され
ている。なお、環境経済学が経済学の一分野として取り入れられたのは最近のことであることか
ら、環境評価の手法や方法については工夫・改善の余地は大きい。
環境被害調査を実施するためには、諸概念をECLACの方法論に沿って定義するとともに、環
境とその資産およびサービスに適用することが必要となる。環境資本ないし環境資産は、社会お
よび経済に環境財・サービスを提供する諸生態系で構成されている。災害が自然資本に与える影
響を評価するには、自然資本をその構成要素に分解することが第一歩となろう。その構成要素と
は、すなわち、物理的媒体(土壌、水、空気、気候)、生物的媒体(人間、動植物)、知覚的媒体
(景観、科学的・文化的資源)およびこれらの媒体の相互作用である。災害によって生じた環境
4
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
変化は、これらの資産やそれを利用するための工作物に直接被害をもたらす。さらに、関連の環
境サービスが減少、質的低下または価格上昇に見舞われた場合は、間接被害をも生じる。
環境への直接被害は、被害を受けた資産の価値として算定することができる。被害が不可逆的
な破壊ならば、その資産の市場が存在する場合、その商業的価値とほぼ同額となる。そのような
市場が存在せず、被害環境を復元することが適切と判断される場合、直接被害は被害資産を復
旧・回復させる費用を求めることで算定できる。例えば、ある農地が全壊し、その農地を回復さ
せることが(技術的あるいは経済的理由により)適切でないと判断された場合、その農地の価値
が直接被害額となる。山腹が浸食された場合、その山腹を土壌保全事業によって安定化させる費
用が直接被害の算定基準となる。
環境の利用とは無関係な価値(存在価値など)が存在すること、あるいは環境財・サービスの
多くについては市場が存在しないことは、経済的評価の理論面および実施面において障害となる。
直接被害を算定する際、資産を価値評価できないのであれば、間接的な方法で算定せざるを得な
い。例えば、土砂災害による土壌への直接被害は、農業生産または林業生産が不可能な期間が続
けば全損と判断され得る。ある資産への被害が一定期間のうちに自然に回復する場合、回復する
までその資産が提供できなかった環境サービスの量を計測することで間接的に被害額を算定する
ことができる。
損害や被害は様々であり、環境への直接・間接被害を算定する方法を個別に検討・選択する必
要がある。以下では、前述の資産・資源別の手順に説明していく。なお、この方法で算定する被
害の大半は環境以外の社会セクターや経済セクターですでに推定ないし確定されている可能性が
高いので、被害の算定に際し二重計算しないよう、注意が必要である。
1−2 評価手順
環境の専門家は他セクターの専門家やマクロ経済の専門家と緊密な連携を図りつつ、以下の段
階を踏んで災害による環境影響の経済的評価を実施する。
①評価の基準点となる被災前の環境状況の把握
②当該の自然災害が環境に与えた影響の特定
③定性的な環境評価
④環境への諸影響の分類
⑤環境影響の経済的評価
⑥他セクターとの重複
上記の各段階について説明する。
1−2−1 被災前の環境状況の把握
災害に起因する影響を見極めるには、被災前の環境状況の把握が不可欠である2。この段階で
2
長期にわたる災害(旱魃など)の場合、災害が発生しなかったと仮定した場合の環境状況に可能な限り近い近
似点が基準点となる。被災前の状況と比較しても、対象災害以外の要因による影響を排除できないからである。
例えば、旱魃の影響を把握するために山火事による被害面積を算定する場合、(情報が入手できる限り)平常年
の山火事による被害面積を考慮することが不可欠である。前者から後者を差し引いた面積が旱魃に起因する被
害面積となる。
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災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
は、対象地区および公式に認定された被災地域内の他地区の関連環境条件(資源、自然システム
および人工システム、生物多様性)の情報収集、分類および記述を行う。
この手順は災害影響の原因を見極めるだけでなく、災害被害の規模と被災前の環境悪化の状況
を分析する上でも有用である。例えば、ハリケーン・ミッチ(1998年10月)による中米の被害を
評価する中で判明したことは、大雨による大被害も被災前の災害(1997年から1998年までのエル
ニーニョ現象)や人間活動(傾斜地の森林伐採や植生の減少、不適切な土地利用、氾濫原や山腹
などの高リスク地帯における人間居住など)がなければ、これほど甚大とはならなかったことで
ある。自然災害などの影響について、環境悪化が進んでいる地域とそれほどでもない地域を比較
すると、環境状況が被害の抑止または拡大にどのような役割を果したのかが明らかになる。
(1)収集する基本的情報
環境の専門家は一連の初歩的段階を踏んで、情報を適切に記録簿または手順書に記録し、日付
と情報源を明記する。このように記録した内容は、環境の専門家だけのものではなく、追跡調査
や今後同様の評価を行う際にも役立つ。この方法では次の段階を踏む。
・個人・図書館・組織のデータベース、一次資料(書籍、第三者機関による公式の報告、非政
府機関(Non-Governmenral Organization: NGO)
、国際機関、国連機関、国際開発銀行、民
間企業)や二次資料(新聞雑誌記事、インターネットのサイトなど)を活用し、対象とする
問題および地域に関する基礎資料や文献を収集する。
・災害調査に関する窓口担当者、プロジェクト責任者、広報担当者、臨時代表者などが掲載さ
れた政府機関およびNGOの要覧にアクセスする。
・国の関連窓口担当者と連携して個人インタビュー(次項参照)の計画を立てる。
・責任者、担当の技術専門家、そのほか当該事例に関する知識および責任または情報を有する
人物にインタビューする。
・緊急事態防止、組織的な連携・態勢整備、復旧・復興全般(工作物、インフラ、環境)だけ
でなく、環境管理、環境規制、流域管理、環境保全および生物多様性に関する当該の国・
州・地域の法的枠組みを把握しつつ、法令にアクセスする。
被災地の現地調査の計画および方向付けを行う。可能であれば、被災していない地域や手付か
ずの環境を有する地域についても同様に行う。
・ほかの現地調査や既存の評価結果を検討しつつ、当局者、政府広報担当者および住民のリー
ダーを対象にした現地聞き取り調査を実施する。
・情報のない要因について、専門家や顧問団がどのように検討し、定量化を図ったのかを明示
する。
・情報および評価について改善を図るために必要な方法を決定する。
(2)机上研究
机上研究および机上評価は、被害評価に関わるほかの専門家とのすり合わせの前後において、
最新の情報を用いて日常的に実施する。被災した地域・地区の環境質を評価する際に第一の前提
となるのが、信頼性の高い良質の情報が十分に活用できることである。良質の情報の有無は、被
災国によって異なる。いずれにせよ、以下の情報を入手する。
・環境の現状と自然史
6
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
・過去の災害に関する報告書および対象災害に関する暫定報告
・野生動物および生物の生息地域および生息可能地域の地図、ならびに土地利用地域および土
地利用可能地域の地図
・地形地質に関する地図および報告
・気象図および水文地質図
・広域および複数の流域を網羅する縮尺20万分の1および5万分の1の地理情報システム(場
合によっては縮尺1万分の1または5,000分の1が適当)
・現場の写真・映像、航空写真・映像または衛星写真・映像、起伏地図(被災地域および比較
のために訪問する被災していない地域の現地調査について詳細な記録を残す)
以上の資料は、被災前後の環境状況を十分正確に把握するのに役立つものばかりである。これ
らを収集することにより、環境の専門家は総合的な観点から定性的および定量的な評価を実施す
ることが可能となる。
(3)重点地域・課題の確定
まず、重点課題を洗い出すことにより、調査および評価の焦点を問題の核心に当てることが重
要である。なぜなら、現地調査の費用や被害状況把握の緊急性の面から、専門家で構成される災
害評価チームに与えられた時間は極めて少ないのが常だからである。調査の範囲は、被災地の主
要な環境特性と推定被害を踏まえた上で実地調査に入って2、3日で決定するのが通例である。
環境調査班を組織できるのであれば、各専門家はそれぞれ専門分野の環境指標を担当して評価
を実施した上でその評価結果を統合化する。各々の野生生物地域(被害を受けた保護区を含む)
にとって重要な系、生息環境および種の一覧ないし基本枠組みを作成する。典型的な生態系やそ
の生態系における被災前の環境サービス(水源涵養、二酸化炭素吸収、生物多様性、エコツーリ
ズムなど)の供給量を考慮する。対象の環境指標については、影響範囲内の現場において、対象
災害が発生した系の構造と挙動様式に従って計測し、環境状況の大枠ないしシナリオを明らかに
する。
対象とする環境の特性ないし価値は、自然資源、種あるいは環境サービスの最も重要な質・属
性を踏まえて把握する3。生態系や環境サービスの質を把握するにあたっては、少なくとも次の
項目を考慮しなければならない。
・独特あるいは珍しい地形
・保護区あるいは保護対象の生態系(公有、私有)
・地域にとって重要な野生生物地域
・対象国・地域外に立地する自然システムの維持にとって重要な地域(産卵地・孵化地・出生
地・繁殖地、河川流域、保護支援システムなど)
・農業、養殖、畜産などに有用な種の維持にとって重要な地域
・固有動植物の良質あるいは独特の群集
・再増殖および生態系回復に活用できる動植物の群集
3
コラム解説を活用して重点課題を明らかにすることができる。例えば、ハリケーン・キースがベリーズに与え
た影響の評価(2000年)にあたり、ラテンアメリカ・カリブ海地域で有数の生態系であるメソアメリカ珊瑚礁
系の主な特徴や人間活動の影響に関するコラム解説が掲載されている。ECLAC(2000)Belize: Assessment of the
Damage Caused by Hurricane Keith, 2000: Implications for Economic, Social and Environmental Development,
(LC/MEX/G.4 y LC/CAR/G.627)
, Port of Spain, Trinidad and Tobagoを参照のこと。
7
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
・希少あるいは独特の生息環境
・生物回廊
・極めて多様な生物群集
・極めて生産力の高い生息環境(樹林地、湿地、河口域、岩礁など)
・希少種や絶滅危惧種の保護生息環境
・広い領域を必要とする種の生息環境
・単数または複数の生物種の採食や生殖にとって季節的に重要な地域
・家畜種の野生原種群を維持している地域
・学問的または教育的な価値の高い生息環境
・燃料、生地、食物、建築材料、伝統薬の供給源として伝統的に重要な生息環境
・歴史・文化・宗教・建築の面で重要な地域
・美的価値、景観的価値およびレクリエーション的価値を有する大・中・小の地域
1−2−2 災害が環境に与える影響
地球表面を変化させる力を有する自然災害は明確に定義された2つのカテゴリーに分類でき
る。ひとつは、地球内部の力学現象で、地殻内の地球物理的な力学および現象によって規定され
る。地震活動、プレート変動、プレート内活動、火山活動などがこれにあたる。もうひとつは、
水文気象現象で、貿易風・モンスーン、熱帯収束、ハドレー循環、ウォーカー循環、エルニーニ
ョ(El Niño, Southern Oscillation: ENSO)現象、極前線、熱帯波動・熱帯暴風、ハリケーン、
熱帯低気圧など、広域の気候である大気候現象や地球規模の対流圏現象によって主に規定される。
水文気象現象には、影響が地方に限られる中気候現象や影響が局地に限られる小気候現象、例え
ば、竜巻、沿岸暴風、対流性暴風、地形性暴風、雷雨も含まれる。このような現象の一部は成層
圏(オゾン層など)で見られる。
表Ⅴ−1−2 大規模な自然現象が物理的環境、生物的環境、知覚的環境に与える影響
現象
火山噴火
地震
物理的環境
・火山ガスによる大気汚染
・河道変化、砂浜の浸食、海岸
線変動
・氷雪や溶岩壁崩壊による土石流
・水域の汚染
・火事
・地震と津波
・地震の揺れに起因する山地・
崖・海岸崖の地すべり
・地下水を多く含む山腹における
大規模な土砂移動(川をせき止
めたり、河道を移動させ、さら
なる土石流を誘発しかねない)
・地震に起因する地盤隆起およ
び地盤沈下
・水・電気・ガス・炭化水素な
どのライフライン・インフラ
への影響(炭化水素や化学製
品の流出・火災・爆発など)
に起因する環境被害
影響
生物的環境
・人の健康に対する悪影響
-エネルギー放出による悪影響
-大気汚染(粘膜・目・皮膚・呼
吸器系の不快感)、水質汚染な
どの環境変化による悪影響
・火事・土石流・酸性雨などに
よる植生と野生生物の損失
・生息環境の損失
・広範な生態系の不均衡
・人の健康に対する悪影響
-エネルギー放出による悪影響
-流出事故や山火事に起因する
大気汚染や水質汚染などの環
境変化による悪影響
・地すべり・土石流の被災地域
の植生被害
8
知覚的環境
・美 的 損 失 を 伴 う 景 観 の 激 変
(荒涼とした景観と土壌多様性
の喪失)
・地すべりの被災地域の植生損
失による景観の変化
・水域の出現や消失など、より
大きい変化や不可逆的な変化
の可能性
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
表Ⅴ−1−3 大規模な自然現象が物理的環境、生物的環境、知覚的環境に与える影響
現象
津波
洪水
(気候、海洋
などに起因す
るもの)
土砂移動
ハリケーン・
熱帯低気圧
現象
旱魃
ENSO現象
物理的環境
・沿岸地帯の浸水
・地上水域および地下水域への
海水流入
・化学物質流出による水質汚染
・浸食、土壌の不安定化、地す
べり
・近隣の土地や水域における瓦
礫・岩屑の流入・堆積
・河川のせき止めやそれによる
土石流の可能性
・浄水場および下水処理槽から
の流出や水道・下水道の被害
による汚染
・化学物質の流出による汚染
・浸食、土壌の不安定化・損失、
地すべり・土石流
・近隣の土地や水域における瓦
礫・岩屑の流入・堆積
・河川のせき止めやそれによる
土石流の可能性
・潮汐や海洋乱流による海岸浸
食、海岸の粒度組成の変化、
水深変化
・地理的特性の変化
・降 雨 に よ る 浸 食 、 地 す べ り 、
土石流
・地上水域および地下水域への
海水流入
影響
生物的環境
・人の健康に対する悪影響
・波の衝撃による悪影響
・水質汚染や塩水化などの環境
変化による悪影響
・波の衝撃や海水浸水による沿
岸の植物や野生動物への被害
・人の健康に対する悪影響
・エネルギー放出による悪影響
・水質汚染などの環境変化によ
る悪影響
・エネルギー放出、物理的変化
および化学物質汚染による動
植物への影響
・植生の損失
・生息環境の損失
・エネルギー放出などを原因と
する人の健康に対する悪影響
・森林地の地すべりや植生の破
壊
・樹木のねじれ・折れ(歪みが
継続している場合)
・動物の死滅・移動
・強風による樹木の割裂・倒壊
・海岸植生(マングローブ)の
喪失、海生植物の死滅、サン
ゴ礁の物理的損傷
影響
生物的環境
・植生の乾燥化とそれに伴う山
火事による植生の損失
・湿地(絶滅危惧種の生息環境や
渡り鳥の渡来地・中継地である
ことが多い)の乾燥化と山火事
による生物多様性の喪失
・その他の生態系不均衡(花粉
を媒介する鳥類や昆虫類の死
滅など)
「洪水」および「旱魃」の欄を参照。 ・一部の疾病(マラリア、デング
熱など)の発生や罹病率の増加
はENSO現象と関連がある。
・海洋構造の変化、植物プラン
クトンの消滅、魚類相の移
動・死滅、サンゴ群の死滅
・「洪水」および「旱魃」の欄
を参照。
物理的環境
・土壌の乾燥とひび割れ、土壌
の耐浸食性・耐劣化性の低下
・地表水量の減少と地下水位の低
下、水域の温度の上昇、汚染物
質の希釈能力の低下、沿岸地帯
では井戸の塩害の可能性
・湿地の乾燥化
9
知覚的環境
・沿岸景観の大きな変化
・水域の出現や消失など、より
大きい変化や不可逆的な変化
の可能性
・土砂が下流に流出したり、自
然排水系が阻害されたりする
ことにより、河道などの変化
(不可逆的な変化を含む)や海
岸線の変化が生じる可能性
・景観の激変(大半は局地的)
・植生の損失と海岸線の変化に
よる景観の激変
・「洪水」の欄を参照
知覚的環境
・植生損失による景観の激変
・「洪水」および「旱魃」の欄
を参照。
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
表Ⅴ−1−2は、自然現象が物理的環境、生物的環境および知覚的環境に与える影響をまとめ
たものである。
主な環境影響間の因果関係を図示すると非常に分かりやすい。例えば、次の2つの図はコスタ
リカに被害を与えた1997∼1998年のENSO現象4とベネズエラにおける1999年の洪水・地すべり5
を示したものである。被災前の環境状況の内容と同様に、必要に応じて解説で個別の影響を扱う
ことができる。例えば、ニカラグアにおけるハリケーン・ミッチの影響評価報告書には、カシー
タ火山の被害状況に関する解説がある6。ベネズエラの洪水・地すべりの場合は、ラグアイラ港
で化学物質が搭載されたコンテナが流されて発生した環境問題について解説で説明している。
図Ⅴ−1−1 1997∼1998年に発生したエルニーニョ現象が
コスタリカの環境に与えた諸影響の関連性
ENSO現象
海洋構造の変化
魚類相の
移動
漁獲量の
減少
対流圏の変化
生息環境の変化、
岩礁・海岸の被害、
鳥類・哺乳類の死滅
旱魃の
長期化
森林地および土壌の乾燥、
涵養量・基底流量の減少
井戸掘削
脆弱性
人口居住地域
農地・家畜
インフラ
通信
降雨の
長期化
湿地の
乾燥化
集中的な浸食、溝、
細溝、地すべり、洪水
火事
生息環境と
生物多様性の損失
環境財・サービスの損失
土砂流出
洪水
土砂堆積
社会・環境への被害
生活の質の低下
図Ⅴ−1−2 1999年にベネズエラで発生した洪水・地すべりによる災害の詳細構造
長期にわたる
豪雨
・土壌の不安定化・緩み
・斜面表面に浮いた岩石
・根が剥き出しになった樹木
・狭い急斜面
・強い浸食作用
・落石・地すべり
・堤防決壊
・樹木や岩石の流出
・谷のせき止め
・ダムのひび割れ
・鉄砲水(土石や木の幹)
・残骸、土石、土砂
・土壌剥離・細溝
・土砂などの長距離流出
・土壌損失
・植生の損失
・地方部の劣化
・野生動植物の損失
・海岸植生
・景観の劣化
・土砂堆積
・砂浜の有機および
無機のごみ
・破壊
・インフラの埋没
引きずり損傷、
打撲傷、溺水
・火山噴出物の円錐状堆積
・土石・土砂の堆積、
海成堆積物
・水質悪化
・下水による汚染
・濁水
・有害物質によるリスク
・景観の劣化
・水生種の死滅
・サンゴ礁の被害
人間の死傷
環境サービスの損失
4
5
6
ECLAC (1998) Fenómeno de El Niño en Costa Rica durante 1997-1998: evaluación de su impacto y necesidades de
rehabilitación, mitigación y prevención ante las alteraciones climáticas, (LC/MEX/L.363), Mexico City.
ECLAC (2000) Los efectos socioeconómicos de las inundaciones y deslizamientos en Venezuela en 1999,
(LC/MEX/L.421/Add.1), Mexico City.
ECLAC (1999) Nicaragua: evaluación de los daños ocasionados por el huracán Mitch, 1998: sus implicaciones para el
desarrollo económico y social y el medio ambiente, (LC/MEX/L.372), Mexico City.
10
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
1−3 定性的な環境評価
環境影響評価において、専門家が相対的な質を計測できるような絶対的尺度を定めることは困
難である。ただし、環境規制機関が定める環境指標値があれば作業は容易になる。環境の専門家
がその経験および適切な文献に基づいて評価を実施するなら、適切で論理的、かつ整合性のある
結果を得ることができる。
自然災害の環境影響の特質・強度・範囲は、放出エネルギー、そのエネルギーを受ける媒体の
感度・特質や回復力と回復時間、環境資産・サービスの全損・分損などにより左右される。人間
活動には不可避的かつ不可逆的な環境影響が伴う。土地利用はその最たるものである。労働、生
産、保管、アクセス道路、サービスエリアなど、その用途を問わず、土地利用は例外なく、貴重
な空間の損失という悪影響を及ぼす。しかし、自然環境は通常、短期的にも中長期的にも、生態
的進化の独自システム(自然遷移、自然回復、水の自浄作用、生物地球化学的循環における化学
物質・汚染物質の吸収・分解、大気の光化学反応など)によって回復する。この場合のねらいは、
自然災害(特に規模が大きく、長期化する災害)の影響を吸収する環境の能力を回復させること
にある。
環境の専門家は、環境状況調査と必要な分析(学際的な情報交換による実施が望ましい)を終
えたら、システム全体の変化の一般的な重要性や等級を判断することができる。人間開発研究の
課題のひとつは、環境影響調査には、あらゆる自然システムや人間システムへの影響について6
つのマイナスの評価と4つのプラスの評価を実施することである。これらの評価の基準となるの
が、プロジェクトの分析の過程、あるいは任意の時空における環境に人間的な手を加える過程で
得られる知見、専門的な経験、環境マトリックス、モデル、データから引き出される結果である。
この定性的方法は、自然災害の場合にも活用することができる。
この評価は中立性の確保が前提となるが、いずれにせよ、環境特性、環境インベントリの調査
のほか、状況や委託内容によって必要となる分析を終えてから評価を行うことが望ましい。マイ
ナス影響の等級は次のとおり(表Ⅴ−1−4も参照のこと)。
①影響ゼロ。取るに足りない影響または極めて軽微な影響で、環境の回復も早いもの、あるい
は防止費用や回復費用が極めて低いもの。
②軽微または最小の影響。定量化は可能な影響だが、システムの安定性には影響を与えないも
の。中短期で回復する。プラスの影響も考慮すると、問題・変容・変化・被害は軽微である。
③影響中程度。変化は顕著であるが、地理的に比較的限定されている。地域全体に対する影響
は軽微。短期で回復する。問題は中程度か容認できるレベル。被害抑止対策も容易で低費用。
④影響強烈。地域全体に対する極めて顕著な変化あるいは非常に広範な変化。適切な被害抑止
対策が実施されている場合は中短期で回復。住民が受ける精神的・物理的な影響も大きい。
被害抑止には多くの費用がかかる。
⑤影響激烈。地域全体の被害が非常に広範で深刻。部分的な回復やわずかな回復は望めたとし
ても、中長期的に非常に費用がかかる。将来、資源を活用するのは困難。開発を行った場合、
資源や住民の健康に恒久的な悪影響を及ぼす。
⑥壊滅的な影響。被害は部分的であったとしても、システムの回復は望めない。壊滅的な破壊。
将来、システムの資源を活用する方法がない。ハード面およびソフト面の人間開発は禁止せ
ざるを得ない。災害状況の観点からは、自然による回復は極めて時間がかかるといえる(25
年以上)。
11
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
表Ⅴ−1−4 環境影響の等級
環境影響
ゼロ
軽微または最小
中程度
強烈
激烈
壊滅的
被害の程度
事実上なし
小
顕著
極めて顕著
深刻で破壊的
壊滅的
またはそれに近い
被害の範囲
極めて限定的
局地的
局地的、限定的
局地的または広範囲
局地的または広範囲
局地的または広範囲
回復に必要な時間
即時的、超短期的
短期的
中短期的
中長期的
中長期的
極めて長期的
または不可逆的
回復に必要な費用
なし
低
中、高
高、極めて高
極めて高
算定不能
出所:Alfonso Mata(1995)を基に作成。
この方法の利点の一つは、ハリケーンの風速、地震のマグニチュード、山火事の範囲、漁獲量、
浸水範囲などの定量値を挿入した後の評価がはるかに実施しやすくなることにある。
竜巻の規模を表す藤田スケールや西半球の熱帯性低気圧を表すシンプソン・スケールはその好
例である。藤田スケールによる竜巻の分類は、「微弱(F0)」、「弱い(F1)」、「強い(F2)」、「強
烈(F3)」、「激烈(F4)」、「想像を絶する(F5)」となっている。同様に、シンプソン・スケール
では熱帯性低気圧を「1(微弱)」、
「2(強い)」、
「3(強烈)」、
「4(非常に強烈)」、
「5(激烈)」
に分類している。「エルニーニョ現象を定性的・定量的に把握するスケールは、海面水温の移動
平均値に基づいて、「中程度」、「強い」、「非常に強い」となっている。ハリケーンの各等級には、
同様の定性的基準に基づく被害程度別区域が定められている。具体的には、影響弱区域、影響強
区域、影響強烈区域、影響激烈区域などとなっている。
1998年のハリケーン・ジョージによりドミニカ共和国が受けた環境被害、1997∼1998年のエル
ニーニョ現象によりコスタリカが受けた環境被害について実施した定性的評価の例を以下に示
す。
表Ⅴ−1−5は、ドミニカ共和国においてハリケーン・ジョージによる土砂災害の被害につい
て、被害程度別の区分を示したものである。被災前後の航空写真の分析のほか、地すべりをはじ
めとする土砂災害の被害地域・種類・強度の把握を目的とした現地調査隊が能力を発揮した結
果、被災面積の割合を算定するとともに、被害の定性的記述と関連付けを行うことができた。
表Ⅴ−1−6は、ハリケーン・ジョージにより被害を受けた保護区の分類と被災国当局が定め
た影響分類を示したものである7。
表Ⅴ−1−5 1998年のハリケーン・ジョージがドミニカ共和国にもたらした
地すべり・土石流の被災地域の分類
分類
D1
D2
D3
被災面積(%)
10
30
50
推定被害
微弱
中程度
強烈
出所:Lüke, O. and Mora, R.(1988)より算出。
7
ECLAC (1998) República Dominicana: evaluación de los daños ocasionados por el huracán Georges, 1998: sus
implicancias para el desarrollo del país, (LC/MEX/L.365), Mexico City.
12
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
表Ⅴ−1−6 1998年ハリケーン・ジョージにより被害を受けたドミニカ共和国の
保護区の分類とその影響別分類
国立公園などの保護区注1
Armando Bermúdez
(国公)
Cuevas de Borbón or El
Poumier(国公)
被災面積(à)
Del Este(国公)
Isla Catalina
Isla Cabritos(Lake
Enriquillo)(国公)
Jos del Carmen Ramírez
(国公)
laguna de Cabral or
Rincón(国公)
Redonda and Limón
Lagoons(国公)
Los Haitises(国公)
Mount La Humeadora
(国公)
Sierra de Bahoruco
(国公)
Sierra de Neyba(国公)
Lomas de Barbacoa
Valle Nuevo(国公)
766
注2
生態ゾーン と特徴
亜熱・潤林および亜熱・雨林。ア
ンティル諸島の最高地。
0.25
環境影響のレベル注3
中程度
強烈
22
亜熱・湿林および亜熱・乾林。鳥
類、植物類、ソレノドン、フチア
の生息環境。
亜熱・雨林
25
亜熱・乾林。絶滅危惧種
最小
亜熱・潤林および亜熱・雨林
中程度
カメと固有魚種
強烈(洪水)
107.7
亜熱・雨林
中程度−強烈
1,375
亜熱・湿林。固有種
強烈−激烈
420
亜熱・雨林
激烈
800
低山・湿林
最小
407
22
低山・湿林
低山・雨林および低山・湿林
低山・雨林および山地。Yuna川
およびNizao川の水源地。
低山・雨林および低山・湿林
低山・湿林
中程度
中程度−強烈
430
764
240.54
657
激烈
激烈
中程度−強烈
23.1
中程度−強烈
RC ÉbanoVerde
72.5
中程度
Quinta Espuela(科保)
Santo Domingo and
16.4
激烈
Botanical Garden(都公)
6,796
合計
注1:略語は次のとおり。国公:国立公園、科保:自然科学保護区、都公:都市公園。
注2:生態ゾーン(ホールドリッジによる定義。付録XIV参照)。Tasaico(1962)
略語は次のとおり。亜熱:亜熱帯、山地:山地帯、低山:低山帯、湿林:湿森林、潤林:湿潤森林、
雨林:雨林、乾林:乾燥森林。
注3:ドミニカ共和国・国家計画局によるハリケーン・ジョージ被災地域。
出所:ECLAC(1998)
表Ⅴ−1−7は、エルニーニョ現象により1997∼1998年にコスタリカが受けた影響に関する定
性的評価の例である。表のように分類することにより、被災地域で失われた環境サービスの価値
を明らかにすることができる。
13
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
表Ⅴ−1−7 コスタリカのウエタル地方およびコロテーガ地方の野生生物に対する
1997∼1998年エルニーニョ現象の主な環境影響
影響の対象注
湿地/CaÒo
Negro野保
湿地/CaÒo
Negro野保
ヒマラヤスギ/
CaÒo Negro野保
河辺林
CaÒo Negroの鳥類
生息地
CaÒo Negro野保の
渡り鳥
陸生哺乳動物
原因
規模
回復期間
備考
旱魃
強烈
5年未満
ラグーン・沼の水位の低下
火事
激烈
1年未満
下草と周囲の草の被害
旱魃
不 可 逆 的 、自 然 種の導入により
回復は望めない。 20年未満
中程度
1年
Maria cedarは、北部地域に固有
の種。火事になれば、回復せず。
開花の遅れ、落果
火事
激烈
生息環境の損失
火事
激烈
火事
激烈
不明だが、短期
の可能性
不明
コウモリ
火事
強烈
不明
両生類/両生爬虫
類相
湿地の乾燥化
中程度
中期
絶滅の恐れのある
魚類相
湿地の乾燥化
強烈
様々
海洋漁業
海洋の不均衡
強烈
様々
火事
10年未満
水流の低下
中程度
短期
マス養殖
下草の燃焼
強烈
不明
ヤシ・下草
注:略語は次のとおり。国公:国立公園、野保:野生生物保護区
出所:ECLAC(1998)
生息環境の損失
個々の動物の死
昆虫・種子を補食するコウモ
リの生息環境の損失
個体数・生息環境の減少
絶滅の恐れのある生きた化石
であるトロピカル・ガー
(Atractosteus tropicus)
漁場の移動、労力増、サンゴ
礁の死滅
淡水水量の減少
害虫捕食者の消滅
1−3−1 環境影響の分類と評価
次に災害が環境に与える影響を直接被害と間接被害に分解して、経済的評価方法を適用できる
ようにする。ところで直接被害とは、環境資産の量的または質的な変化(環境変化)に起因する
被害である。この環境変化とは、例えば土壌・植生の損失、水の量的・質的な損失、生態系の動
態の変化などのことをいう。環境資産の利用を阻害する(あるいはより費用がかかるものにする)
人工資本の被害も直接被害とされる。例えば、上水道や浄水施設の障害、あるいは環境財・サー
ビスの利用を伴う諸活動を阻害する通信ネットワーク・交通機関の遮断などがこれにあたる。他
方、間接被害とは、災害被害により自然資本や人工資本が復旧するまでは環境資源の利用ができ
なくなるために環境財・サービスのフローが変化することをいう。
環境影響を特定して直接被害と間接被害に分解したら、それぞれの被害を定量化し評価する。
これは、時間的制約などから評価の中で最も困難を伴う段階であり、情報の質が決め手となる。
定量化段階では、特定した環境影響の規模を推定する。具体的には、焼失森林面積や土壌浸食
面積、被害を受けた海岸線の長さ、漁獲量の減少、水量の減少、水中の汚染物質濃度、死滅した
種の数などである。評価段階では、特定した環境影響の経済的価値を算定する。評価は定量化を
前提とするのが通常だが、環境影響の経済的価値の算定に定量化が必ず必要というわけではない。
実際には様々な状況が発生する。
現状では、定量化も評価もできないことが多い。例えば、災害影響評価に際し、(利用価値は
14
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
ない)特定の種や生態系の動態を表すほかの変数への影響について定量的な情報を入手する時間
的な余裕はめったにない。環境への影響を特定し、それを裏付けることができても、定性的な評
価にどとまることも多い。例えば、動物の場合、被害を受けた個体数を確定することは至難の業
である。もし可能であったとしても、各個体の価値評価を行うことは不可能である8。そのよう
な場合にできるのは、環境影響の特定のみである。ただし、その動物を外部から導入するのであ
れば、その費用をもって個体損失のおよその価値とすることは可能である。
以上のことは、生産活動(例えば、観光業)への影響は無視できる程度の景観の変化(例えば、
海岸線の変化)についてもいえる。技術的には不可能ではなくとも、詳細な情報は得られない、
あるいは情報の質が低い事態も起こる。例えば、洪水による浸食に起因する土壌損失面積を求め
ようとしても、被害面積が大きく、航空写真を提供できるような遠隔計測装置がなければ非常に
難しい。
1−3−2 環境被害の経済的評価
この方法において被害を評価する目的は、環境資源・サービスや被災国・地域の経済への影響
の規模を明らかにすることにある9。これは、災害発生後の環境回復に向けた戦略・計画の策定
にもつながる10。
先に述べたように、環境価値にはそれぞれ明確に異なるいくつかの種類がある。人々の厚生に
寄与する環境財・サービスが自然資源に由来するものである場合は、利用価値が使われる。他方、
非利用価値は、直接的な利用や間接的な利用とは一切関係がなく、心理的価値から派生するもの
で、その心理的価値とは資源が存在しているという単なる認識から生じるもの(存在価値)や、
将来の世代が享受できるように自然資本を保全したいという願いから生じるもの(遺贈価値)が
ある。オプション価値とは、特定資源が将来において利用できるか、あるいは存在するか不確か
な場合、その資源利用の選択肢を残しておくことによって生じる便益である11。
自然資産の評価についてはいくつかの方法がある。
・市場価値が存在する環境資産の経済価値の算定方法。この場合、価格の歪みがなければ、環
境変化は市場価格を用いて直接評価することができる。自然資源が複数のサービスを提供し、
かつ市場価値が存在しない場合、この方法では、その自然資源について信頼性の高い経済価
値を求めることはできない。
・市場が存在しない環境財の価値を、関連する経済財の市場価格を算定することにより間接的
8
例えば、絶滅危惧種の存在価値のおおまかな算定はあるが、その場合でも種全体としての価値であり、任意の
個体数の価値に適用することはできない。これまで採用された方法は再考の余地があるが、非常に多くの情報
が必要になることは明白である。
9
環境評価に際する問題のひとつに、厚生の損失を被る人の数の算定が挙げられる。環境サービスの中には、一
般公共財の性格を有しているものがあるからである(生物多様性の維持、温室効果ガスの固定)。例えば、山火
事により炭素が大気中に放出されると被災国のみならず、世界全体が影響を受ける。地球規模の環境便益を生
む活動の実施を各国に促す地球環境基金(Global Environment Fund: GEF)などの金融メカニズムを国際社会
は設立してきた。ただし、各国がその活動から直接的な便益を受けるわけではない。被害を受ける地理的規模
(個人レベル、国家レベル、地球レベル)に関係なく、あらゆる被害を計上する方法をここでは採用している。
10
環境分析においては、環境変化の費用便益を(金銭的尺度で)計測して他の市場価値と比較考量できるように
することが基本である。この比較考量により何ができるようになるかといえば、ひとつには、他の経済財の配
分における環境変化・変容を伴う代替的なシナリオについて事前に評価できることがある。もうひとつは、環
境変化が厚生に与える影響を評価できるようになるため、被害の補償額や復旧対策の経済効率を評価できるこ
とである。
11
オプション価値を利用価値の一形態とする見方もあれば、非利用価値の一形態とする見方もある。
15
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
に求める方法(代理市場)。この方法では、非利用価値の算定はできない。
・市場が存在しない環境財の価値をその利用者に尋ねることにより間接的に求める方法。この
方法は、利用価値、非利用価値の双方に用いることができる。
市場価値で直接算定できる環境財・資産は限られている。したがって、一般的には間接的な算
定が行われている12。
間接的な方法では、様々な原因による被害を客観的に算定できるだけでなく、因果関係を示す
物理的な関係を特定・算定することもできる。そのような方法のひとつに生産関数法がある。ほ
かには、防災、移転、疾病、人的資本、復元などの費用に基づく方法もある。このうち、一般的
な復元原価法は以下の解説欄で説明する13。
Box Ⅴ−1−1 復元原価法
環境要素EA(例:飲用に堪える水質の水)に由来する経済便益Btは次のように表すことができる。
Bt = f (EA)
計算を単純にするため、EA=0であれば、Bt=0とする(あるいは、EA=0であっても、例として挙げ
た水は、各家庭で浄水処理しなければならず、費用はかかるが消費を続けることは可能、と見なしてもよい)。
災害が発生してEAが影響を受け、EA=0になった場合、その経済被害額は、失われた便益の現在価値(PV)
から間接的に求める。あるいは、復元原価C(水を元の水質に戻すのに必要な投資額)から求めることもで
きる。復元のための投資が「即時的」に行われると仮定すると、C<PVであれば復元は経済効率がよいこと
になり、Cを用いた推定額では一般に経済被害額が過小評価される。基本的に、C>PVであれば復元はすべ
きではない。復元すれば、経済被害額が過大評価されることになる。
直接的な環境被害は、人工資本の被害が環境資産の利用を阻害したり、その利用にかかる費用を増加させ
たりする場合にも発生する。主にこの被害は、ほかの形態の資本(物的インフラなど)の全損・分損により
生じる。
ここでの復元原価は、人工資本の復元原価すなわち環境被害の間接的推定額である。被害額を直接的な方
法で推定する場合、環境要素EA(例:飲用に耐える水質の水)に由来する経済便益Btは、物的資産K(例:
水供給システム)を必要とする。
Bt = f(EA, K)
この場合、災害はEAに影響を与えなかったと仮定し、計算を単純化するために、K=0とすると、Bt=0
となる(あるいは、K=0でも、費用は高くなるが水を引き続き消費することも可能と考えても良い)。災害
がKに被害を与え、K=0になったら、経済被害額は損失便益の現在価値(PV)から求める。あるいは、復
元原価C(水供給システムの再建に必要な投資額)から求めることもできる。復元のための投資が「即時的」
に行われると仮定すると、C<PVであれば復元は経済効率がよいことになり、Cを用いた推定額では一般に
経済被害額が過小評価される。基本的に、C>PVであれば復元はすべきではない(復元すれば、経済被害額
が過大評価されることになる)。
入手できた基本的情報によっては、ほかの算定方法も有効である14。図Ⅴ−1−3は、様々な
状況における様々な環境変化を評価する手順・方法をまとめたものである。その中でも生産性変
動アプローチ(生産関数法)は、ほかの経済セクターにとっても重要なため、コラム解説欄で説
明する。
12
13
14
上記の分類は、Pearce and Turner(1990)およびTurner et al.(1995)による。
復元原価法は、新規の事業や政策の費用便益分析によく使われてきた。実際、米国など一部の国では、損害補
償額の算定基準となっている。国連が提唱する環境経済統合勘定では、この方法が環境評価方法の候補に挙げ
られている。United Nations(2000)Integrated Environmental and Economic Accounting: An Operational Manual,
New York.
ほかの算定方法については、Dosi, D.(2000)Environmental Values, Valuation Methods, and Natural Disaster
Damage Assessment,(LC/L.1552-P),ECLAC, Santiago, Chileを参照のこと。
16
17
無
なし
代理市場
アプローチを
採用。
生産変動に
影の価格を適用。
出所:Dixon, et al.
生産性変動
アプローチを
採用
有
歪みのない
市価の有無
あり
計測可能な
生産変動
環境影響
生息
環境
防災支出
取替・移転費用
取替原価
アプローチ
地価
アプローチ
仮想評価
防災の
費用対効果
大気質・水質
機会原価
アプローチ
環境質の変化
医療費
収入
損失
疾病
人的資本
仮想評価
移動費用
レクリエーション
防災の
費用対効果分析
死亡
健康への影響
図Ⅴ−1−3 環境影響評価方法
仮想評価
美/生物多様性/
文化的・歴史的遺産
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
Box Ⅴ−1−2 生産性変動アプローチ
このアプローチは、環境要素と特定経済活動の産出量の関係に着目して評価を行うものである。その前提
となるのが、ある環境要素が企業の生産関数に入った場合、環境変化の経済的な影響は、生産への影響を検
討し、その影響を市場の(または調整した影の価格としての)産出価格を評価することよって算定できると
いう考え方である。このようにして算定した推定金額の位置付けは「真の」価値を示すものではなく、環境
変化が厚生にもたらす究極的な影響の代理指標とする必要がある。このアプローチでは、自然資本の価値は
生産投入資源の量とみなす。農業生産における土地、木材供給源としての森林などがこれにあたる。対象の
資源が複数の財・サービスを供給するが、その財・サービスの中に市場が存在しないものがある場合、この
アプローチでは、対象資源について信頼性の高い価値評価を行うことはできない。ただし、自然災害の被害
評価においては、個別に評価を行う個々の経済活動(農業、林業、漁業)へ環境がどのぐらい寄与している
かを評価することはできる。
対象とする経済活動の産出量をYとし、対象の環境変数をENV、ほかの投入資源をXi(i=1∼N)とする
と次の式が成り立つ。
Y = f(Xi, ENV)
ENVが変化すると(例:水質汚染の増減)、産出量は増減する。おおまかにいえば、Yが市場の存在する財
であり、その観測価格が災害に伴う市場の欠落にも影響を受けない場合、その価格を用いてENVの変化値を
推定することができる。
このアプローチは、経済地代の概念と密接に関係している。経済地代とは、ある商品による収益のうち、
そのサービスを生産するのに必要な最低限の原価を超えた部分のことをいう。したがって、自然資本の経済
地代とは、市場価格と生産採取原価の差である。例えば、農業や畜産の場合、環境資産(農地と放牧地)の
寄与分は、生産物の市場価格と生産原価の差とみなすことができる。森林資源の場合、丸太生産および非木
材林産物の価値から生産原価を差し引いたものが、森林が経済活動に寄与した値となる。環境の変化が自然
資産の生産性を減少させる場合、その減少分は産出量に現在の産出価格を乗じることにより推定できる。
以上が、この評価アプローチの最も単純な適用例である。主な注意点は、価格変動の可能性を無視してい
ることと、環境条件の大幅かつ広範な変化により無視できない価格影響が発生する場合は無効であることで
ある。資源が誰でも利用可能になっている状況(漁業によく見られ、経済地代は0に近い)などの市場の欠
落も、本アプローチを活用する際の問題点となっている。
復元原価法を用いることが望ましいが、資産が回復するまでに発生する被害の評価が必要なこ
とには変わりはない。また、復元原価法が適用できない場合もある(被害を受けたのが自然資産
の場合はその特性がゆえに、復元の経済効率が低い、あるいは復元を実施しないことがある)。
その場合、技術的に可能であれば、そのほかの方法を適用して被害評価を行わざるを得ない。最
終的にどの評価方法を採用するかは、一連の判断基準や状況にもよるが、究極的には、必要な情
報の量、その情報の有無、限られた時間の中でその情報を入手する能力にかかっているといえる。
既存の方法のほとんどはその性質上、あらゆる価値カテゴリーについて算定することはできな
い。実際、既存の方法の中には、レクリエーション価値における移動費用、地域環境要素の価値
におけるヘドニック価格、健康リスク関連価値における予防費用など、特定の利用価値の算定に
特化したものもある。
仮想評価法(利用価値および非利用価値の推定が可能)による推定は、時間的制約やコスト面
で事実上不可能である。それでも、被害を受けた地域(または種)について被災前に仮想評価法
による評価が行われているのであれば、仮想評価法により被害推定を実施すべきである。
環境価値移転法とは、ひとつまたはひとまとまりの環境要素について、ある背景事情において
得られた需要関数または価値を別の背景事情における環境価値の推定に用いる方法である。先行
研究による推定値を用いて新規事業、環境規制、そのほかの政策の費用便益を検討することは、
政策決定において一般的な方法であり、環境影響の経済的評価についても複数の機関が正式に提
唱・採用してきた方法である。
この方法を採用することは、資源節約の観点から妥当なことである。災害評価を阻害する時間
18
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
的制約や資源面での制約を考慮すると、特にこの方法を検討する価値があるといえる。この方法
の実施手引きが整備されており、大きく分けて次の3つの手順からなっている。
(1)先行調査研究の洗い出しと選択
調査対象地域(「算定の背景事情」)で発生が予想されるかすでに発生した環境変化に起因する
人々の厚生の変化について、その変化の動因とされる環境面および経済面の因果関係の見極めが
できたら、その変化の定量化が可能となるような先行調査研究を発掘する。
文献やほかの資料をあたって算定に際し参照するいくつかの候補を割り出したら、その妥当性
を評価検討して最適な調査研究を選択する。先行調査研究の妥当性の評価検討については、いく
つかの判断基準が提案されている。科学的に健全であることはもちろんであるが、先行調査研究
の関連性に特に注意が必要である。すなわち、先行調査研究の背景事情であり、算定の背景事情
はできる限りこれに近いものである必要がある。特に、環境変化の規模と「環境商品」の被害が
対応していること、基準となる環境条件や被災者の社会経済的特徴が類似していることが重要で
ある。
(2)得られた情報のまとめ
上記の判断基準を十分に満たした調査研究が容易には見つからないかもしれない。また、見つ
けられたとしても、得られた情報すべてを効率的かつ賢明な方法で活用することは容易ではない。
最も簡単なのは、主な調査研究を集めて推定額の幅(推定値の下限と上限)を把握するか、基本
的な記述的統計値(例:中心値と標準誤差)を得る方法である15。これより複雑な方法としては、
メタ分析法などがある。
(3)情報の応用
関連の調査研究の洗い出しと得られた情報をまとめたら、その情報を応用して被害(または便
益)の推定を行う。この作業には、得られた推定値に暫定的な調整、あるいは独自の判断が必要
になることがある。
15
例えば、アマゾンにおける森林破壊の総合的な経済価値の評価を目的とした研究であるTorras(2000)では、
森林の特定価値カテゴリー(直接利用価値、間接利用価値、非利用価値)に焦点を当てた先行研究から推定値
の中心値を求め、この中心値に基づいて年間1ha当たりの経済損失額を算定した。その結果、アマゾンの熱帯
雨林1ha当たりの年間経済損失総額は1,175米ドル(1993年価格)となった。この方法はかなり大雑把な方法で
はあるが、森林の価値算定を目的とした先進国および途上国の膨大な実証研究について貴重な情報を提示して
いる。
19
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
Box Ⅴ−1−3 割引率
自然資源は経済資産であり、その価値はサービスのフローから間接的に求められることを踏まえると、環
境被害の評価においては、そのフローが発生する期間におけるフローの変動を考慮する必要がある。そのた
めには、環境サービスの損失の始まりと終わりを把握し、厚生の年間損失額を推定し、割引率を決定する必
要がある。
割引率の適用については、広範な理論上の論争があり、いまだに決着を見ていない。自然資本の生産性を
回復するための政治的な決定がなされれば、適切な割引率の選択という難問を回避することも可能である。
ただし、その生産性の回復が技術的に可能であり、実際に実施されることが条件である。しかし、復元が被
災後直ちに実施され、自然資本の生産性の回復も「即時的」でないと16、実際には難しい。しかし実際には、
復元が即時的に実施されないことや、その実施に1年以上かかることが多いので、その場合は、割引率を用
いて復元費用を現在価値で表し、被害額を過大評価しないようにする。復元は即時的でも、環境サービス全
体が即時的に回復しない場合も同様である。分かりやすくするために、次の3つのシナリオを検討する。
1. 復元(その総費用をCとする)は即時的に実施されるが(t=0)、被害を受けた資本の回復には時間
(t=n)がかかる場合。この期間中、影響を受ける人々は、厚生の年間損失Bt(t=0, ... n)を被ること
になる。このシナリオの場合、災害による経済被害は次のように表すことができる。
n
D=C+
Σ (1
t=0
Bt
(1)
t
+ r)
2. 復元が期間n(t=n)に行われ、これが完了すると生産性が即時的に回復する場合は、次のようになる。
D=
n
C
n
(1 + r)
Bt
Σ (1
+
t=0
t
+ r)
(2)
3. 復元が期間n(t=n)に行われるが、当該資産の生産性の回復には時間がかかる場合(t=n+s)は、
次のようになる。
D=
n+s
C
n
(1 + r)
Bt
Σ (1
+
t=0
t
+ r)
(3)
回復期が長くなり過ぎない限り、割引方法に関わる理論上の問題の大部分(世代間の衡平性、将来の選好
の不確実性、割引率そのものの不確実性)は回避することが可能である17。この場合(環境被害が短期的な場
合)、災害評価担当者は「標準」割引率、例えば、公共事業の費用便益分析に使われるような割引率を採用す
べきである。
別のアプローチもある。例えば、Kunte, A., et al.(1998)18では、世界各国の生産投入資源としての自然資
本の価値を算定するのに、4%の割引率を採用している。
1−3−3 環境被害の推定
被害の評価にあたり復元原価法を優先的に適用する場合、環境の専門家は自然資産の復元と人
工資本の復元にはいくつかの相違点があることに留意する必要がある。
相違点の第一は、自然資本の復元は技術的に不可能な場合もあることである。第二に、技術的
には可能でも、人工資本インフラと比較して復元に時間がかかる。第三に、人工資本とは異なり、
自然資本は(人の手を加えることもできるが)自然に回復することもある。ある種の森林が山火
16
17
18
この条件が実際に満たされることは少ないが、復元の内容がレクリエーションに利用される砂浜から瓦礫など
を撤去することであれば、この条件に近くなる。
回復期が長くなればなるほど、適切な割引率を設定することが難しくなる。このため、基本注意事項では「標
準」割引率を下方修正することとしている。ただし、適切な下方修正幅を定めることは容易ではない。
Kunte, A., Hamilton, K., Dixon, J. and Clemens, M.(1998)Estimating National Wealth: Methodology and Results;
Series Indicators and Environmental Valuation of the World Bank(問題提起文書), Washington.
20
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
事に遭った場合、あるいは、一部の島の砂浜がハリケーンや熱帯暴風により浸食された場合など
がこれに該当する。第三の場合、復元原価法は意味がないので、ほかの方法を採用することにな
る。図Ⅴ−1−4は、環境被害の経済的評価手順を示したものである。
図Ⅴ−1−4 環境被害の経済的評価手順
災害
人工資本の被害により、利用できるはずの
環境財・サービスが利用できない
(あるいは利用のための費用が高くなる)
人間の厚生に影響する環境変化
いいえ
人工資本の復元は可能で
実施される予定
自然資本の復元は可能で
実施される予定
はい
自然による復元
はい
自然資本/人工資本の復元が
環境被害の即時的な
回復につながる
被害総額(直接)
自然資本/人工資本の
復元原価
被害総額
・自然資本/人工資本の
復元原価(直接)
・自然資本/人工資本の復元
過程における被害フローの
現在価値(間接)
環境資産の市場価格は
存在するか?
存在
しない
被害総額(直接)
環境変化による被害フローの
現在価値
いいえ
存在
する
被害総額(直接)
環境資産の市場価格
21
被害総額(直接)
人工資本の障害による
被害フローの現在価値
いいえ
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
以上述べてきた直接被害・間接被害の定義、被害の直接推定方法と間接推定方法、ならびに算
定方法を踏まえ、以下に示す様々な環境資産・サービスの各種被害について検討する。
(1)大気の被害
大気は人間活動だけでなく、火山噴火をはじめとする自然事象による汚染の影響を受けること
も多い。いうまでもなく、人間が吸い込むきれいな空気の価値を評価することは事実上不可能な
のが現状である。大気質の明らかな変化についても、大気浄化計画の費用(復元原価)を算定す
ることで間接的に価値評価するしかない。しかし、そのような計画は自然災害対策としてという
より、人間活動による都市環境悪化への対策として実施されるのが普通である。その場合、大気
浄化事業の実施に必要な年間投資額を基準にして評価がなされる。
一時的な大気汚染に起因する間接被害は、事態が正常化するまでの間の医療支出や予防支出に
伴う経済フローの増加分(経常費用の増分)を基準に求めることができる。
この例としては、火山噴火によりある都市の大気が汚染されるとともに、影響地域内の都市間
交通における視程が低下する状況が想定できる。この場合、大気は時間の経過とともに自然に
(おそらく降雨により)浄化されるのを待つしかないため、直接被害の評価は現実的ではない。
しかし、間接被害については、例えば事態の正常化に必要な3カ月の期間における被災者の医療
費の増加分、(呼吸器系を守るための)マスクを購入する費用、(交通障害により)迂回路や費用
のかかるルートを使わざるを得ないための追加的な交通輸送費用などを算定することで、推定が
可能である。観光セクターも観光客の減少による被害を受ける可能性がある。ただし、このよう
な直接被害は、保健医療、運輸、観光業の各セクターにおいて計上されることになるだろう。
(2)水資源の被害
発生する被害には2つのタイプがある。水域(自然資産)の量的、質的な変化と上水道システ
ム(人工資本)の損傷・損壊である。
直接被害の評価はタイプごとに異なる。1番目のタイプ(水質劣化や水量減少)の場合、資産
が受けた被害について価値評価を行うことは通常は難しい。しかし、浄水施設・システムの建設
に必要な年間投資額を基準にすれば間接的には評価が可能である。2番目のタイプ(人工資本の
被害)の場合、上水および工業用水の供給、発電、灌漑などのための現存システムを復旧・再建
するために必要な費用に基づいて直接被害の評価を行うことができる。
水質汚染による間接被害の算定基準となるのは、現存の浄水場の運転費用の増加分と収入の減
少分、個人の自衛策(浄水器の購入など)のための支出額、医療費の増加分などである。上水道
が被害を受けた場合、その間接被害についても、水道事業者の原価増加分と収入減少分を基に算
定することができる。
この例としては、上水・工業用水用を取水する河川流域が豪雨に見舞われたため、河川の堆積
土砂が増加したことによる被害が考えられる。この場合、浄水場が負担する河川流域の水道施設
の修復と水道設備の洗浄のための費用が直接被害額に相当する。河川流域を守るための植林投資
も直接被害に計上できる。他方、遠方から取水するための消費エネルギー増加に伴う浄水場の運
転費用増加分、復旧するまでは浄水場が停止または部分的な運転にとどまり料金請求額が減少す
ることに伴う収入減少分が間接被害額に相当する。
灌漑システムに被害を与える洪水の場合、その灌漑システムの復旧・再建のための費用が直接
被害額に相当する。他方、復旧・再建の実施期間における生産市場価格と生産原価の差の現在価
22
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
値が間接被害額に相当する。
旱魃の発生、あるいは水量が需要に追いつかない場合、直接被害の評価は行われない。ただし、
旱魃などの期間における農畜産業、工業、商業(サービス業を含む)の各セクターの生産減少分、
あるいは電力事業者、水道事業者などのサービス事業者が直面する原価増加分と収入減少分は間
接被害に計上される19。大気汚染の場合と同様、この被害も、インフラ、保健医療、農業の各セ
クターで計上されることになるだろう。
(3)土地および海底の被害
土地も自然災害や人災により不可逆的あるいは一時的な影響を受ける。堆積した土砂などが中
期的には土壌を豊かにしたり、平常時は乾燥地である土地が思わぬ降雨により生産が可能になっ
たりと、プラスの影響をもたらすこともある20。
影響がマイナスの場合、被害を受けた土地の市場価格(歪められていないことが条件)を直接
被害額とすることができる。あるいは、農業生産の現在価値から生産原価を差し引いた額(経済
地代)を直接被害額とすることもできる。修復可能な被害の場合、土壌保全事業などにより被害
を受けた土地を復元するために必要な費用を直接被害額とすることができる。灌漑地が被害を受
けた場合、灌漑地の価値には暗黙的に水の価値も含まれている。
住宅や人間居住のための土地であれば、自然資産の直接被害額はその土地の商業的価値に相当
する(都市部の土地は人工資本という方がふさわしい)。人工資本(インフラおよびサービス)
については、復元原価や取替原価で評価する。以上の被害評価額は通常、住宅および人間居住セ
クターに計上されている。
ハリケーンなどの自然災害の場合、強風による高波が海底や海洋の生態系に大きな影響を与え
ることも多い。高波は海底との相互作用効果で大きな地形変化を生じさせ、それが海岸線にまで
及ぶことがある。沖から汀線に向かって砂が移動する岸沖漂砂の場合など、プラスの影響を及ぼ
すこともある。
砂浜の場合、レクリエーションや観光のための土地や建物が浸水し、土砂堆積や残骸・瓦礫の
散乱に見舞われた場合、除去清掃や砂浜復元(補砂を含む)の経済評価が可能であればその費用
に基づいて直接被害額を算定する。この被害評価は観光セクターに計上されている可能性がある。
土壌修復が技術的・経済的に実現可能な場合、間接被害は収穫作物の市場価格から修復に必要
な期間における作物生産の原価を差し引いたものの現在価値が間接被害額の基準となる。平常時
は乾燥している土地が自然事象によって生産可能な土地となった場合、その生産は被害額から控
除し、その自然現象の純被害額を求める。この被害は通常、農業セクターに計上される。農業生
産は産業連関の起点であることを踏まえると、農業生産の減少(増加)に起因する工業生産や商
業セクターの売上高の減少分(増加分)も算定する必要がある。
住宅および人間居住セクターに関連する災害の間接被害額は通常、住宅および人間居住セクタ
ーに計上される。観光業では、砂浜の修復期間に途絶える収益を間接被害とする。この被害額は
観光セクターの被害額として計上する21。
19
20
21
例えば、2001年に中米を襲った旱魃による被害(ECLAC, L.510/Rev.1, February 12, 2002)を参照。
例えば、メキシコのチンチョン火山により堆積した火山灰が豊富なミネラルを含んでいたために土地が肥沃に
なった。平常時は乾燥したエクアドルの広範な土地にエルニーニョ現象による降雨があったため、一時的に作
物の生産が可能となった例もある。
同様に、(観光施設が被害を受けていなくとも)道路をはじめとする交通手段が直接被害を受けたため途絶え
た観光セクターの所得も間接被害として計上する。
23
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
(4)生物多様性の被害
災害の中には、森林や植生に極めて大きなマイナス影響を与えるものもある。山火事、旱魃、
ハリケーン、豪雨などは、森林やマングローブ湿地の広範囲に、不可逆的あるいは一時的な被害
を与えることがある。
このような場合の直接被害は、生産過程にある自然林や人工林の木材および非木材林産物の商
業的価値から生産原価を差し引いた額(経済地代)を基準として評価することができる。木材伐
採をしない自然林地の場合22、直接被害は環境サービス(炭素の吸収・固定、生物多様性の保全、
水循環の調整など)や環境財(利用できる薪や非木材林産物など)のうち、長期にわたり入手で
きない分の価値に基づいて算定することができる(入手できない期間の長さは環境の専門家が定
めること)23。マングローブ林は、木材、漁場、魚類以外の種の生息環境、汽水水質の維持、海岸
線の保護など、様々な環境財・サービスを提供している。森林、マングローブ湿地、都市公園な
どの復元対策を計画しているのであれば、直接被害評価はその復元原価を基準にして行う。
この例としては、1997∼1998年にエルニーニョを原因とする旱魃において火災被害を受けたコ
スタリカの森林が挙げられる。森林の自然回復が望めることから、回復期間において供給が断た
れる森林関連サービスの現在価値を基準にして直接被害額が算定された24。
森林やマングローブ湿地の被害が部分的あるいは一時的な場合、間接被害の評価は被害資産が
回復するまで供給が絶たれる環境サービスの現在価値に基づいて行う。資産が全損で回復が望め
ない、あるいはその復元には極めて長い期間が必要と判断される場合は、間接被害の評価は行わ
ない。
被害が及べば生物多様性の減少につながる野生動物種の場合、直接被害の評価は通常不可能で
ある25。ただし、再増殖が計画されている場合、その費用の被害評価を間接的に推定する基準と
することは可能である。カリブ海の沿岸を中心とする珊瑚樹が失われたり、直接被害を受けたり
した場合も同様である。ハリケーンによる高波はサンゴ礁を破壊することがある。高波の垂直方
向および水平方向の運動がサンゴの枝を折ってしまうからである。このような事象が発生した後、
あるいは、サンゴ礁の被害が報告された場合は、海中をビデオ撮影したり、地元のプロのダイバ
ーに協力を要請したりして、被害の空間的広がりを把握する必要も出てくる。
その場合、生態系としてのサンゴ礁が提供する環境サービス(海岸保全、レクリエーション、
漁業、生物多様性保全)を基準にして間接的に評価することも可能である26。ただし、この方法
の大きな問題点は、自然による回復の可能性と期間を推定することが難しいことである。
22
23
24
25
26
保護区の場合は、木材伐採をしない自然林の被害評価を行うもうひとつの方法としては、保全の機会原価(自
然林を放牧地や農地に転用すると仮定して得られる便益)を適用するやり方がある。この値は、保護区の最低
限の価値として位置付ける必要がある。
一部の国では、森林関連サービスの被害(一部損および全損)を直接算定する環境サービス支出メカニズムが
整備されている。
ECLAC(1998)The El Nino phenomenon in Costa Rica in 1997-1998; Assessment of its impact, and rehabilitation,
mitigation and prevention needs in light of climatic change,(LC/MEX/L.363)
, Mexico City.
極端な場合、特定の野生種に対する直接被害を評価することは、その関連産物や(スポーツあるいは職業とし
ての)狩猟の免許について市場が成立していれば不可能ではない。ただし、その種の標本の商業的価値(その
全体的な経済価値の一部を推定したにすぎない)を算定できても、個体群としての被害範囲を推定することは
困難である。
オーストラリア、アルーバおよびジャマイカで実施したサンゴの価値評価における検討作業は、サンゴ礁の被
害を金銭的に評価する上で参考になるかもしれない。この作業によれば、サンゴ礁の価値は、その位置や生態
系全体の中での役割によって1ha当たり7,500米ドルから50万米ドルまでの幅がある。サンゴ礁の価値評価に関
する最近の調査研究では、製薬業にとってのサンゴの重要性が考慮されている。復元の取り組み(サンゴ移植
など)が行われることもある。
24
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
波はサンゴ礁の上を通って岸に到達するため、藻場の海藻を根こそぎにしてしまうことも少な
くない。例えば、ハリケーン・キースが到来したベリーズでは本土と群島の間の内海においてこ
の現象が記録されている。数百ヘクタールの藻場が破壊され、大きなマット状に海面に浮かんで
いるのが確認された。この生態系の価値評価は、海藻移植事業の1ha当たりの事業費を参考に行
うことができる。ほかには、藻場の砂生成能力を推定してその砂の養浜能力を評価する方法もあ
る。
観光資源としての珊瑚樹や象徴種が被害をうけた場合、それ以前の環境条件を回復するまでの
間に観光セクターが被る所得減少分を基準に間接被害額を推定することも可能である27。ただし、
観光活動が経済価値に換算できること(例:陸上公園や海中公園の入園料収入の減少、ダイビン
グ関連企業の収益減など)が前提になる。
(5)人工資本の障害による環境被害と他セクターとの重複
すでに示したように、環境被害は環境財・サービスの利用を阻害する人工資本の障害(上水道
や道路の障害、ホテルなどの建物の被害など)によっても発生する。この直接的な環境被害の推
定に用いるのが人工資本の復元原価である。この方法においては、次に示す2つの状況を分けて
考える必要がある。
①人工資本の用途が環境財・サービスの利用に限定されている場合、人工資本の復元原価は環
境被害の代理指標と見なすことができる。水の利用を可能にする上水道や自然地域(例:国
立公園)内の観光専用道路などがこれに該当する。
②しかし、人工資本はレクリエーション専用ではなく、商業や人的輸送に利用するインフラ
(例:道路)など環境以外の財・サービスの利用も想定されていることが多い。例えば自然
地域のホテルは、自然中心のレクリエーションのためでなく、ほかの財・サービス(食事、
宿泊、娯楽など)も提供する。このような場合、人工資本の復元原価には、環境の財・サー
ビスだけでなく環境以外の財・サービスも含まれている。そのため、この方法では環境被害
の過大評価につながる危険がある。
環境被害が一時的に観光客の足を遠ざける場合などの間接被害の推定についても同様である。
この場合、観光客支出のうち、100%「環境関連」として計上できるのは一部であるが、この部
分を分離させるのは必ずしも容易なことではない。それが可能となるのは、例えば保護区入場料、
観光保護税などの場合である。環境の経済活動への寄与分の代理指標となるからである。しかし、
そのような被害をさらに精査することは時として非常に難しい28。
27
この具体的な例としては、カリブ海のアングイラ島が挙げられる。近年この島では、ハリケーンや熱帯暴風に
伴う高波で珊瑚樹や砂浜が被害を受け、ホテルなどの観光施設の利用率の低下が見られる。ECLAC(1995)
The macro-economic effects and reconstruction requirements following hurricane Luis in the Island of Anguilla,
(LC/MEX/L.289 and LC/CAR/L.462),Mexico Cityを参照。
28
観光客の活動における環境起因の経済地代を推定するには、市場価格(例:1泊分のホテル宿泊費)とホテル
の生産原価(人件費、物件費、通常の投資配当を含むそのほかの費用)の差額を求める。景観に恵まれた場所
に立地するホテルは、ほかの場所のホテルよりも高い料金を設定できる。これと同じことは同一ホテルの部屋
についてもいえる。眺めの良い部屋は料金も高い。
25
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
表Ⅴ−1−8 タイプ別の環境被害評価
直接的および間接的な環境被害
Ⅰ
金銭的評価なし。被害の記述または定性的評価。
Ⅱ
金銭的評価。環境被害額は他セクターの被害評価に計上されていない。
Ⅲ
金銭的評価。環境被害額は他セクターの被害評価に計上されている。
他セクターの被害評価から容易に分離できる。
Ⅳ
金銭的評価。環境被害額は他セクターの被害評価に計上されている。
他セクターの被害評価からの分離は不可能ではないが難しい。
したがって、いずれの場合(直接的および間接的な環境被害の場合)でも、環境被害額をほか
のセクターの被害額から明確に分離することは困難なことが少なくない。どれだけ情報が得られ
るかが鍵となる。ただし、環境被害の大部分はほかのセクター(農業、観光業、インフラ、保健
医療など)ですでに計上されていると判断できれば、この問題は(あらゆる環境被害を計上する
という観点からは)部分的には解決済みとなる。
以上のまとめとして、状況によって環境被害の評価方法が異なることを表Ⅴ−1−8に示した。
環境被害の金銭的な評価は表Ⅴ−1−8のⅡとⅢに限られている。Ⅱの被害額を他セクターの
被害額に合計して、直接被害および間接被害を含めた被害総額を求める。ⅡとⅢを比較すると、
環境が受けた被害額がより明確になるとともに、他セクターの被害額との比較もしやすくなる。
ただし、被害総額を求める際は、Ⅲの数字を分離して二重計算を回避しなければならない。
表Ⅴ−1−9は、表Ⅴ−1−8の各種環境被害をカテゴリー別および最も該当すると思われる
セクター別に示したものである。
被害のまとめにあたっては、二重計算のないようにして、後に行う比較考量(例:被災国・地
域の国内総生産(Gross Domestic Product: GDP)との比較など)が妥当なものとし、被害実態
を正確に把握できるようにしなければならない。
26
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第1章 環境
表Ⅴ−1−9 環境被害のタイプと他セクターとの重複
直接的および間接的な環境被害
Ⅰ
金銭的評価なし。被害の記述または定性的評価。
Ⅱ
金銭的評価。環境被害額は通常、他セクターの被害評価に計上されていない。
(i)環境復元費用に基づいて評価する環境被害(被害を受けた環境資産の保全が国の環境関連機関の所管で
ある場合など)。保護対象となっている自然地域が主に該当する。
(ii)明確な市場が存在しない財・サービス(例、大気中炭素の固定、水循環の調整などの森林による環境サ
ービス)のフローの変動に基づいて評価する環境被害。このカテゴリーの代表的な被害は次のとおり。
・森林、マングローブ、サンゴ礁などの生態系の被害に関連した環境サービスの損失
・保護区のインフラ(道路、標識、研究センターなど)の被害
II-III
環境被害が計上されている可能性のあ
金銭的評価。環境とその他セクターの境界が曖昧な被害。災害評価 るセクター
チームの構成や被災国の組織体制によって異なる。
・廃棄物処分場、廃棄物の収集・処理のための施設・設備など環境 水供給と衛生セクター、
衛生関係のインフラ・設備の被害
住宅および人間居住
・都市公園の復元
・保護区(陸上公園や海中公園)の入園料収益の減少
観光
・環境保護税(一部の国において空港税やホテル税に上乗せして外
国人観光客から徴収する税)による収入の減少 観光
Ⅲ-Ⅳ
環境被害が計上されているセクター
金銭的評価。通常はほかのセクターの被害評価に計上される環境被
害。環境被害を分離できるかどうかは、十分な情報が得られるかど 農業・漁業セクター
うかにかかっている。
・農地と放牧地の損失または質的劣化
・農林生産の減少
・漁獲量の減少
保健医療および水道・下水道セクター
・上水道の水質汚染、水道インフラの被害による配水障害や利用障害
・環境条件の変化に伴う健康上の問題
・観光セクターに関する損失
観光
・環境変化に起因するエネルギーの生産・配給の変化(ダムの堆砂、 エネルギー・セクター
配給網の障害など)
・地下資源の損失(例:石油流出事故)
・新たな危険にさらされた家屋の移転
住宅および人間居住
・環境変化に起因する家屋価値の低下(景観の変化を含む)
・地すべり、洪水、港湾・河川の土砂堆積などによる交通(陸上、 インフラ:通信運輸セクター
海上、河川)の障害
・復元対策を必要とする環境条件の変化(例:排水処理が必要な河
道変化)
27
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅢ 環境被害算定の例
付録ⅩⅢ 環境被害算定の例
例1:ハリケーンによる環境被害
環境遺産が豊富なことで知られるある国の一地域をハリケーンの強風、高波および豪雨が襲っ
た。被災地域の主な産業は漁業のほか、砂浜やサンゴ礁でのダイビングを中心とする観光業であ
る。表A13−1は、国民の厚生に影響を与える環境や人工資本の変化を整理したものである。
環境資産の直接被害は、その市場価格(存在する場合)、あるいは被災国の政府やそのほかの
関係主体による復旧投資額に基づいて算定する。他方、間接被害はインフラおよび自然資源の復
元過程(回復が即時的な場合を除く)における所得の損失に相当する。後で触れるように、これ
らの被害の一部は他セクター(漁業、観光、インフラ)ですでに計上されている。以下では、評
価プロセスを説明した図を使って直接被害および間接被害の算定を説明している。
表A13−1 環境、人工資本および環境財・サービスの変化のまとめ
環境変化
・海鳥の死滅とその生息環境(営巣地、繁殖地)の破壊
・海水の水質変化。濁度上昇、海産植物の漂流、浄化槽の冠
水によるし尿汚染など
・汀線変化。浸食、砂嘴、砂浜の消滅、残骸などが散乱した
砂浜
・藻場の被害。物理的損傷、過度の堆砂、魚介類生息環境の
破壊・損失など
・マングローブ湿地。海水の浸水による耐性の低い植物種の
落葉・根こぎなど
・サンゴ礁。局所的な物理的損傷などの影響(窒息死と藻類
の成長)
・浄化槽や下水処理ラグーンの冠水・溢出による衛生状態の
変化
被害を受けたインフラ・設備
・観光業・漁業のインフラ:ホテル、桟橋、船艇、漁具、防
潮堤など
・汚水処理池および浄化槽の破壊
29
環境財・サービス
・野生生物の生息環境
・レクリエーション(観光)
・航行
・漁業
・レクリエーション(観光)
・土地(不動産)
・レクリエーション(観光)
・漁業
・野生生物の生息環境
・海岸保全
・野生生物の生息環境
・漁業
・海岸保全
・レクリエーション(観光)
・漁業
・固有の生態系(存在価値)
・健康状態
・レクリエーション(観光)
・レクリエーション(観光)
・航行
・漁業
・健康状態
・レクリエーション(観光)
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
表A13−2 環境被害の評価
A. ほかのセクターで評価の対象となっていない環境被害
A.1 直接的な環境被害
(千米ドル)
1. 海岸(砂浜を含む)の浸食による資産損失
1,280
土地の市場が存在する地域での算定。失われた土地は6,400㎡で、200米ドル/として計算。
被害は不可逆的あるいは長期にわたるとされる。
2. 観光用砂浜の残骸除去・清掃
280
観光地では、ハリケーンからまもなくして市町村が、残骸撤去と植生復元のための資金を投
入した。総費用は28万米ドル。
3. マングローブ湿地の被害(部分的評価)
2,400
環境行政にとっての優先事項は、暴風雨に対する防災効果が極めて高いマングローブ湿地帯
の回復である。マングローブ湿地の被害面積は2,300haと推定。自然による回復が困難とされ
る最も脆弱な場所にある500haのマングローブ湿地について植生復元事業が計画された。植生
復元費用は1ha当たり4,800米ドル。これ以外の被災マングローブ湿地の環境価値は評価され
ていない。
4. サンゴ礁の被害
10,762
カリブ海の島において同様の生態系に関する調査研究が行われたが、その際、以下の環境サ
ービスを考慮した。すなわち、レクリエーション(観光関連)、魚類生態系、海岸保全、生物
多様性の維持、砂浜・砂丘の砂の供給源である。その結果、1ha当たりのサンゴの現在価値
は9万米ドルから32万米ドルの間と推定された。オプション価値や存在価値は算定されてい
ない。環境当局によれば、不可逆的な被害ないし回復が極めて長期にわたる被害を受けた範
囲は長さ7,000m、幅75mに及ぶという。算定基準(単純平均)は1ha当たり20万5000米ドル。
5. 評価対象外の直接被害
以下の直接被害は確認はしたが、復元対策が予定されていない、あるいは復元原価法以外の
方法で評価を行うのに必要な情報がないという理由から評価が行われていない。
・鳥類の生息環境の破壊
・海水の水質変化(濁度上昇、海産植物の漂流)。漁業、観光および運輸の各セクターに関連
する。
14,722
直接被害総額
A-2 間接的な環境被害
6. 評価対象外の間接被害
マングローブの回復期における環境サービスの損失
間接的な環境被害の総額
0
A. 環境被害総額
14,722
表A13−3 他セクターに計上された環境被害のうち、
環境セクターの分として被害額を分離できるもの
B. 他セクターに計上された環境被害
B-1 他セクターから分離可能な直接環境被害
7. 以下のインフラ・設備の復旧
・漁業セクター(漁業担当者による情報)。①設備・漁船、②冷蔵・冷凍保管施設、③魚介類
の在庫など。
・水供給と衛生(関連インフラ担当者による情報)。水道・下水道(ポンプ場、貯水槽、汚水
池など)の被害など。
直接被害総額
B-2 他セクターから分離可能な間接環境被害
8. 人工資本および自然資本の復旧期における環境財・サービスのフローの変化
・観光セクター(同セクター担当者による情報)。次に示す観光客からの徴収額の減少による
収入の減少など。①海中公園の入園料(ダイビング用)、②空港出国税に上乗せされた環境
保護税。
・漁業(漁業担当者による情報)。平常時の水準に回復(漁船、設備、平常時の海の状態の回
復)するまでの期間における漁獲量減少分の推定。その結果、漁獲量減少分は460万米ドル、
保護費用は収益の75%と推定。
・水供給と衛生(同セクター担当者による情報)。水の運搬、化学的処理、非常用設備の運転
に必要なエネルギー、予防キャンペーンなどの追加的費用、給水減に伴う請求額の減少など。
間接被害総額
他セクターから分離可能な環境被害総額
30
4,780
1,655
6,435
935
1,150
1,138
3,223
9,658
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅢ 環境被害算定の例
表A13−4 他セクターに計上された環境被害のうち、
環境セクターの分として被害額を分離できないもの
C. 他セクターに計上された環境被害
C.1 他セクターから分離不可能な直接環境被害
9. 以下のインフラ・設備の復旧
不明
・観光セクター(災害評価チームの観光担当者による情報)。①ホテル(建物、什器、設備、
ゴルフコースを含む諸施設)、②土産物屋、③飲食店、④埠頭と観光船、⑤防潮堤の取替原
価など。復元原価総額は6200万米ドル。この数字には観光に関する環境サービスの損失額
が含まれているが、その分の算定は容易ではない。
C.2 他セクターから分離不可能な間接環境被害
10. 人工資本および自然資本の復旧期における環境財・サービスのフローの変化
不明
・観光セクター(同担当者による情報)。ホテル宿泊客の支出の減少(利用率の低下)および
ほかの観光関連収益(飲食店、土産物屋、交通機関など)の減少による所得の減少など。
総額1800万米ドルと推定。この中には復旧期において失われた観光関連の環境サービスが
含まれる。
表A13−5は環境被害評価をまとめたものである。
表A13−5
(千米ドル)
他セクターから分離
他セクターに計上なし
14,722
他セクターで計上
9,658
推定なし
80,000
他セクターから分離なし
図A13−1 環境被害の経済評価プロセス
ハリケーン
環境変化
物的インフラへの影響
観光インフラの被害
・建物
・埠頭、桟橋
・船
・保護
漁船および
設備の損失
浄化槽および
処理池の破壊
健康被害
漁業セクターの被害
水質低下
(濁度上昇、藻類の発生)
観光セクターの被害
他セクターに計上された被害
環境財・サービスの損失価
値は次のセクターの直接間
接の被害として計上
・観光
・漁業
・水供給と衛生
鳥類の生息環境の破壊
藻場の被害
サンゴ礁の被害
直接被害の評価なし
マングローブ林の被害
砂浜の浸食・汚染
直接被害の評価
・マングローブ(部分的)
・砂浜の残骸除去・清掃
・砂浜の浸食
・サンゴ礁
31
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
以上より、環境被害の完全な評価のためには、環境の専門家および他セクターの専門家による
被害(直接および間接)の評価が必要となる。
例2:森林が提供する環境サービスの被害評価
この例では、森林が提供する環境サービスの被害の評価のみを扱う。災害の影響を最も受けや
すい分野のひとつだからである。この被害のみに焦点を当てるために災害を単純化しているため、
他セクターとの関連は検討していない。
この災害では、ある国のある地方において次のような被害が発生した。
・原生林は3,200haの破壊。その大部分は回復不能か、回復に極めて時間がかかる。
・二次林は6,100haの破壊。その大部分は回復不能か、回復に極めて時間がかかる。
・日陰コーヒーのプランテーションは7,200haの被害。この60%(4,320ha)は回復不能とされ
ている。残りの2,880haは5年で回復の見込みがある。
被災国の政府は、森林保全を実施する地主に対しては環境サービスの対価を支払う仕組みを導
入した。対価を支払う期間は20年である。対象となる環境サービスとその年間額は次のとおりで
ある29。
表A13−5 森林の環境サービスの価値
環境サービス
炭素固定
水の保全
生物多様性の保護
レクリエーション(自然美)
合計
原生林(米ドル/ha/年)
38
5
10
5
58
二次林(米ドル/ha/年)
29
3
6
3
41
日陰コーヒーのプランテーションとは、森林が代表的な環境サービスを提供する能力を保全し
ながら農産物を生産するアグロフォレストリーの形態である。当該地域に関する環境評価研究で
は、1種類の財(薪)と3種類の環境サービス(水源涵養・洪水抑制、土壌の安定化・保全、生
物多様性の維持)が検討された。毎年の枝打ちで発生する枝は燃されるため、炭素固定という環
境サービスは検討対象から外された。
木材生産量は14ã/ha/年で1ãの価値は56米ドル/ha/年と推定された。これ以外の3種類
の価値は21米ドル/ha/年である。したがって、総価値は77米ドル/ha/年となる。
29
世界銀行では、二酸化炭素排出による被害について、炭素1t当たり20米ドルという基準を採用している。この
数字は、汚染物質としての炭素が大気中に存在する期間における人間の厚生の低下による被害と経済資産の被
害を合計したものを現行価値で表したものである。植生の種類別の炭素吸収能力については、いまだに見解の
一致をみていない。
32
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅢ 環境被害算定の例
表A13−6 環境被害評価
直接環境被害
(千米ドル)
1. 原生林が提供する環境サービスの損失
3,200haの森林損失の価値評価に用いた方法は、森林保全に対して対価を支払う政府の決定に依
拠している(すなわち、環境サービスの市場が存在する)。
以下の式を適用し、割引率を7%(政府の投資事業の評価について採用されている割引率)と
すると、森林保全による今後20年間の収入は現在価値で算定される。
20
58
∫ (1.07)
VP = +
t
t=0
将来の収入フローの現在価値は672米ドル/haである。3,200haとすると、右欄のようになる。
2. 二次林が提供する環境サービスの損失
上記の計算と同様だが、ha当たりの年間支払額が次の式のように変更されている。
20
2,150
41
∫ (1.07)
VP = +
t
t=0
将来の収入フローの現在価値は475米ドル/haである。6,100haとすると、右欄のようになる。
3. 日陰コーヒーのプランテーションが提供する環境サービスの損失
この場合、土地の価値は、本来であれば環境被害の拡大評価で計上されるべきだが、農業セク
ターの評価に計上されていると見なす。計上した環境サービスの価値は、上の例と同様に回復
が不可能な土地(4,320ha)について実施した。上の2つの例と同様な式を用いているが、haあ
たりの年間便益の価値が使われている。
20
2,897
77
∫ (1.07)
VP = +
t
t=0
将来の収入フローの現在価値は893米ドル/haである。4,320haとすると、右欄のようになる。
直接的な環境被害の総額
間接的な環境被害
4. 日陰コーヒーのプランテーションが提供する環境サービスの回復期間中の損失
回復が可能な2,880haのプランテーションについては、回復するまで環境サービスの損失が発生
する(必要な投資額は、本来であれば環境被害の拡大評価で計上されるべきだが、農業セクタ
ーの評価に計上されていると見なす)。計算の便宜上、薪と環境サービスの生産は5年間で直線
的に回復すると仮定する。
VID = 2,880 × 77 + 77 ×
0.8
(1.07)
+ 77 ×
0.6
(1.07)2
+ 77 ×
0.4
(1.07)3
+ 77 ×
0.2
(1.07)4
間接的な環境被害の総額
33
3,858
8,905
610
610
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
付録ⅩⅣ 生態ゾーン体系
気候と植生の相関関係は旧来より知られていたが、各種の生息環境や自然生物相を地理的に規
定する世界的な環境分類体系が研究者によって完成した。任意の地方の定常的または周期的の特
性を規定する物理的環境因子(土壌、栄養素、気候パターン、日照、季節変動性、湿度など)は、
その地方を生物学的に規定する自然生態系の発展や存在を決定する要因でもある。これらの環境
因子は、L・R・ホールドリッジの生態ゾーン分類方法における主要な基準点である。この分類
体系では、個別の自然単位に着目しており、原生植生であっても大きく変容した植生形態であっ
ても、現地で容易に識別できるようになっている。どの地方であっても同等の精度で容易に計測
でき、同一の形式を用いた同一のモデルに代入できる普遍的なパラメータを用いているので、地
球のどこでも適用することができる。
この体系を適用することには、次のような利点がある。
①ひとつの地方・国・大陸を構成する様々な植物種・植物群系を緯度経度、標高、気候、土壌、
海況などで地図上に表現できて使い勝手がよい。
②特定地域の生態系サービス(例:水源の涵養、二酸化炭素の吸収)の質と潜在力が把握でき
る。
③人間開発や自然災害が環境に与える影響を予想できる。
④農業、林業、畜産業に最も適した地域を把握できる(土地利用計画)。
⑤保全を重視することを視野に入れた自然群落の把握が可能となる。
⑥世界気候変動を踏まえた生物地理的シナリオを描くことができる。
生態ゾーン体系においては、基本的な分析因子が4つある30。第一に、生物気温で表す気温因
子である。第二に年間平均生物気温と降水量の対数増加で、これにより自然植生群の大幅な変化
を表現する。第三に、生物気温および可能蒸発散量(湿度)と湿度および実蒸発散量の比率であ
る。第四に、蒸発散量と生物生産力31の比率で、これは環境サービスと密接な関係にある。
簡単に言えば、生態ゾーン体系は物理的環境と次の3つのレベルで表現されるあらゆる生物相
との関係を反映したものである。
・レベル1:生気候または生態ゾーン
・レベル2:植生群集または生態系
・レベル3:遷移状態(植生被覆)
つまりこの体系の基になっている考え方は、特定の気温、降水量、湿度の条件との明確な相関
関係に基づいて、生態系または植物群集のグループを客観的に規定することができるというもの
である。ホールドリッジはこのグループを生態ゾーンと呼ぶ。生態ゾーンとは、その条件によっ
て上位および下位に分類された自然群集のグループのこととされている。その際、沼沢地から流
域まで、といったように様々な景観や環境の単位が含んでいても一つのグループと考える。生態
ゾーンは、気温、降水量、湿度という気候の三大指標について、一つの地域内で標高により自然
30
31
Holdridge(1979)
Tosi(1997)
34
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅣ 生態ゾーン体系
群集は変化することを踏まえつつ、重み付けを均等にしている。この分類方法は、世界に120存
在する生態ゾーンないし生気候の各々には、様々な生態系や植物群集が存在し得ることを認識し
ている。植物群集は次のように分類されている。
・気候的群集(1種類)
・大気的群集(3種類)
温度的群集(高温、低温)
湿度的群集(乾燥、湿潤)
・土壌的群集(5種類)
湿度的群集(乾燥、半乾燥、湿潤)
肥沃度的群集(肥沃土、やせた土)
・水的群集
さらに、以上の各分類には、最高潮や理想的な状態から、自然災害や人的災害による被害を受
けた状態まで様々な遷移段階が見られる。このように、植物区系ではなく相観による規定された
様々な状態においては、各遷移状態に対応したあらゆるレベルの植生が見られる。
(1)体系の妥当性の検証
この生態ゾーン体系は、熱帯地方および亜熱帯地方について広範なマッピングを行い、限られ
た気象データならびに気候、植生および土地利用形態の相互関係に関する検討結果に基づいて、
類似した地域を比較検討することにより、その妥当性が検証されている。中米のあらゆる国のほ
か、ボリビア、コロンビア、ドミニカ共和国、エクアドル、ハイチ、ジャマイカ、パラグアイ、
ペルー、プエルトリコ、セントルシア、ベネズエラについては、生態ゾーン体系に基づいて環境
マッピングが実施済みである。このほか、オーストラリア、ブラジル、メキシコ、モザンビーク、
ナイジェリア、タイ、チモール、パプアニューギニアおよび米国においても、予備的なマクロス
ケールのマッピングや部分的なマッピングが行われている。大半の国では、補足文書や説明文書、
解説文章なども併せて作成されている。
(2)気象データに基づく生態ゾーンの規定
この体系によれば、生態ゾーンは年間平均気温(生物気温)、降水量、湿度および標高で規定
される。それぞれの定義は次のとおりである。
・生物気温:植物に適した年平均気温(摂氏0度から30度)
・降水量:ミリメートルで表した平均降水量で降水形態(雨、雪、みぞれ)を問わない。
・湿度:ほかの湿気の原因とは切り離した、温度と降水量の比率。これを求める最良の公式は
可能蒸発散量因数(単位:㎜)と呼ばれ、生物気温に係数58.93を乗じて求める。
(3)二次および三次分類の生態ゾーン
ホールドリッジは、生物気温、降水量、湿度など全地球的に適用できるパラメータによって規
定される生態ゾーンを考案した。しかし、局地的な個々の景観の生態系を規定する上で、具体的
な環境因子が大きく関わっている。この環境因子が、土壌の種類、降雨形態、土壌湿度形態、強
風(乾湿)の発生状況、濃霧の発生頻度からなる二次分類の根幹をなしている。以上の因子の有
無によって、ホールドリッジ生態ゾーン・モデルにおける上下左右の位置が決定する。
35
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
ある地方や国の植物相構成や植生の構造・相観の多様性は、赤道付近の亜高山性の景観を有す
る熱帯雨林と比較した場合、緯度が同じなら標高が高くなるにつれて低下する傾向がある。同様
の傾向は、降水量や季節変動性について、同一緯度上の乾燥熱帯林と高湿潤熱帯林を比較した場
合にもみられる。
単一の生態ゾーンや群系の中においては、マングローブ、磯、ラグーン、乾燥ステップ、風の
強い丘、そのほか多くの系などの限定要因が多くの群集を条件付けたり、その成長を可能にした
りする。
生態ゾーン体系では、気象条件、土壌条件、大気条件および湿度条件という4種類の基本的な
群集(その組み合わせも含む)に着目している。気象的群集は、降水量、あるいは生物気温など
の月間分布が対象の生態ゾーンにとって標準的であり、強風や頻度の高い霧の発生などの大気の
異常がなく、土壌もその生態ゾーンにとって標準的である場合に発生する。土壌的群集は、対象
の生態ゾーンの標準的な土壌(成帯性土壌)の群集にとっておよそ適した条件の場合に発生する。
大気的群集は、気候が対象生態ゾーンの標準とは異なる場合に発生する。湿度的群集は、あらゆ
る形態の湿地(海水、汽水、淡水)を含むが当然のことながら水深の深い水域は除かれる。
気候でおおまかに規定された生態ゾーンは、さらに局地的な環境条件および実際の植生被覆お
よび土地利用のあり方に依拠する群集へと細分化されている。一般に、群集により植生が当該生
態ゾーンの標準よりも乾燥していたり、湿潤であったりするように見える。例えば、肥沃な土壌
で熱帯雨林から水の補充を受ける群集は、高湿潤熱帯雨林の群集と代謝の点で類似している。同
様に、乾燥熱帯林に分類される地域は、モンスーンの気候形態ならびに雨期に水を多く含み乾期
には乾燥してひび割れるバーティソル土壌のために、高乾燥熱帯林のように見えることがある。
生態ゾーン体系の三次分類においては、人間や動物を契機とする自然遷移に起因する生態系の
一時的な変化に着目する。生態ゾーン体系では、この一時的変化を遷移状態の一部と見なして整
理しているが、極めて短期間の変化のため、土地利用の一部として扱われる。
局所的な植生とそれに対応する生態ゾーン(気候的群集の原植生を表していることもある)の
間のずれには十分な注意が必要である。現地調査の実施段階においては、対象地域の気候的群集
の遷移に何らかの変化・変容がみられることがある。ただし、この問題が発生するのは、生態ゾ
ーン体系を適切に適用していないからである。例えば、人間活動により植物相が変化していても、
その生態ゾーンの名称は環境遷移の自然プロセスにより完全な回復が望める条件を前提とした潜
在的な(理想的な)植生を想定しているはずである。
36
37
熱帯
8.
発
量
2.
砂漠性雑木
50
0.
5
2
0.
いばら雑木
湿森林
0
25
0
50
湿森林
乾燥森林
雨林
雨林
湿森林
湿潤森林
雨林
2
雨林
00
40
低山帯
丘陵帯
24
12
6
3
1.5
年間平均
生物気温(℃)
亜高山帯
高山帯
恒雪帯
00
80 山地帯
標高帯
水
量(
0 mm
00
)
平
均
0
降
0
年
10
湿潤森林
湿潤森林
湿潤森林
湿森林
臨界温度線
強乾燥森林
5
12
湿潤ツンドラ 多雨ツンドラ
乾燥森林
草地
いばら雑木
砂漠性雑木
乾燥雑木
乾燥ツンドラ 湿ツンドラ
砂漠
00
1.
00
砂漠性雑木
砂漠
0
0
4.
散
砂漠
00
蒸
砂漠
0
0
6.
1
温帯・亜熱帯
冷帯
北帯
亜極域
率
出所:Tropical Science Center, San José, Costa Rica.
24
12
6
3
緯度帯
能
可
年間平均
生物気温(℃)
1.5 極域
比
図A14−1 ホールドリッジの世界生態ゾーン
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅣ 生態ゾーン体系
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
参考文献
Fournier, L. A. (1972) Algunas observaciones sobre la nomenclatura de los pisos altitudinales en el
Sistema de Zonas de Vida de Holdridge, Turrialb 22(4): 468-469.
Grenke, W., Hatheway, W. H., Liang, T. and Tosi, J. (1971) Forest Environments in Tropical Life
zones: A Pilot Study, Pergamon Press, Oxford.
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Rica.
Jiménez-Saa, H. (1993) Anatomía del sistema de ecología basada en zonas de vida de L.R.
Holdridge, Curso Internacional de Ecología Basada en Zonas de Vida, San José, Costa Rica,
February 22 through March 13, 1993. Tropical Science Center, San José, Costa Rica.
Tosi, J. (1997) An Ecological Model for the Prediction of Carbon Offsets by Terrestrial biota. Occasional
Paper, N°17, Tropical Science Center, San José, Costa Rica.
38
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第2章 災害が女性に与える影響
第2章 災害が女性に与える影響
2−1 はじめに
女性に特徴的な災害影響とは、本ハンドブックにとって新しいテーマである。女性および女性
ならでは資源を十分に開発プロセスに統合するとともに、持続可能な開発の観点から途上国の経
済的・社会的・政治的条件の改善をめざしてエンパワーすることなしに十分な開発は望めない、
という認識が国際社会の中で高まっており、このテーマを新規に取り上げたのはその認識の高ま
りの反映でもある32。さらに、災害に直面したとき、男女がそれぞれの性別に特徴的な脆弱性を
露呈するという認識の反映でもあり、これがこのテーマと取り上げる一番の契機となっているか
もしれない。この事実を踏まえると、災害に直面している女性を支援し、その状況を克服する女
性の力を強化するよう、明確なジェンダーの視点を持ち続けることが極めて重要である。このよ
うな意識には、復興の取り組みや事業のあり方を変える可能性がある。
女性に特徴的な災害影響や復興のおける女性の役割を個別のセクターというより、社会、経済、
環境の各セクターを横断する広範なテーマとして位置付けて本ハンドブックでは検討している。
同様に、このテーマは女性だけの領域ととらえること、あるいはこうした問題の検討を災害評価
チーム内のジェンダー分析担当者のみに委ねることはすべきではない。チーム内の各専門家が連
携して検討するセクター横断的な社会的課題としてとらえる必要がある。
被災後の復興計画では、任意のセクターの生産復旧をめざす事業が実施されるのと全く同様に、
社会的弱者の具体的なニーズに対応する事業も実施しなければならない。そうすることにより、
経済的な回復を促進しつつ社会的紐帯の断絶を修復することができる。したがって、被災国・地
域の女性への具体的な影響を明らかにして、女性の機会原価の抑制と女性の回復能力の強化に資
する取り組みや事業を作成することが極めて重要である。同時に、災害を男女間の公平性を含め
たこれまでのあり方を改善する契機ととらえることも必要である。したがって、復興を単に失わ
れたものを取り戻すプロセスとするのではなく、社会の最底辺の人々の脆弱性を軽減し、男女間
の公平性を促進し、世帯主となっている女性を含めた女性全体の生活条件を改善する取り組みを
実施する契機として位置付けるべきである。
災害被害のひとつに、フォーマルおよびインフォーマル部門における女性の資本基盤の脆弱化
と生産活動における比重の低下がある。女性は直接被害や生産損失(住宅や生産手段)を被るだ
けでなく、比較的高い機会原価も負担しなければならない。つまり、無報酬の緊急対応に追われ
る、あるいは、学校が避難所となって休校になった場合に子供の世話をするなど、無報酬の再生
産労働が増える、などの理由で女性の所得が減少する33。このような再生産労働は、女性にしわ
32
例えば、Directrices y guía de conceptos del Comité de Ayuda para el Desarrollo sobre la igualdad entre mujeres y
hombres, published by the Office for International Cooperation and for Latin America, Ministry of Foreign Affairs, Madrid,
1998. p. 14を参照のこと。
33
再生産労働とは、労働力の更新に必要な活動(子育て、将来の人材の教育、食事の提供など)、労働人口の確保
に必要な活動(家事、食事の提供、身の回りの世話、家庭および地域での世話)、および定年、病気、障害など
の理由で引退した人々の世話に必要な活動の総称である。
39
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
寄せがいくことから有償労働よりも低くみられることが多い。再生産労働には、週末の休みも長
期休暇もない途切れのない労働であるため、女性の活動が制限され、場合によっては市民として
の権利の行使すら犠牲になることもある34。
世帯主の性別にかかわらず、女性の家計への寄与は男性と同等に重要である。女性は有償労働
には就いていないかもしれないが、裏庭経済から自宅をベースにした小事業まで、インフォーマ
ル部門の様々な活動により世帯所得を得ることで、生産的な活動と再生産のための活動を結び付
けることが可能となる。このような活動(生産活動と再生産活動)は、公式の国民経済計算には
計上されない。しかし、計上されれば、世帯維持への寄与度において男女間にそれほど差がない
ことが明らかになるだろう。
女性に特徴的な災害影響は被害評価の全プロセスにおいて(セクターおよび地域の面で)横断
的に扱うべきだが、本ハンドブックでは2つのレベルで扱っている。第一に、女性に特徴的な災
害影響の評価方法に関する節を各セクター(社会、経済、環境に関連するセクター)に関する章
に設けた。第二に、この章を設けて災害が女性に与える全体的な影響の暫定的な推定を行う方法、
ならびに女性の方を向いた復興事業を実施する方法について論じている。
この横断的な評価は、女性への影響の評価における一部のパラメータが国民経済計算に計上さ
れていないことからも分かるように、経済への全体的な影響の数字に肩を並べる水準はないこと
を明確に認識する(そして、そのことを評価報告書に明記する)必要がある。さらに、女性への
影響を他セクターの評価に盛り込むことにより、二重計算の問題を回避することも重要である。
実際、他セクターの評価では、女性の直接間接被害が検討されているはずである。
2−2 災害が女性に与える全体的な影響
各セクターの専門家には、災害が女性に与える全体的な影響を把握するために必要な情報をで
きる限り詳細に提供することが求められる。その影響を算定する方法のひとつを以下に示す。本
ハンドブックで扱うほかのセクターと同様に、被害を直接被害(資産への被害)と間接被害(経
済フローへの被害)に分けて検討している。
2−2−1 直接被害
女性が受ける直接被害のすべてを定量化するためには、女性が所有するあらゆる資産を考慮し
なければならない35。世帯主が女性の場合、家具や家庭用品だけでなく、住宅そのものの損失・
損害も女性の直接被害となる。女性が自宅をベースにした作業所や小・零細事業を営んでいる場
合、被害評価はその女性が所有する機械設備や生産関連資産も対象とする。いわゆる裏庭経済の
活動に従事している場合はその家畜、農地および作物も対象とする。以上いずれの場合において
も、生産した財のストックもその保管場所が自宅かその近辺かにかかわらず、評価の対象とする。
女性に帰属する以上の資産について災害推定を行うには、被害額を男女別に分けた各セクター
34
35
Gálvez P. (2001) Thelma, Aspectos econóicos de la equidad de género, p. 20, Serie Mujer y Desarrollo No. 35, ECLAC,
Santiago de Chile, June 2001.
裏庭経済には、家禽類、山羊、羊、豚の飼育や牛乳、卵、羊毛などによる利益も含まれる。自宅近くの狭い土
地に栽培する果樹やその果実も裏庭経済とする。
40
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第2章 災害が女性に与える影響
の評価結果をそのまま採用する。その際、民間セクターの被害に関する部分のみを採用する。こ
のため、女性被害担当の専門家は、各セクターに関する章を参照しつつ、各セクターの専門家と
直接協力してデータの算定・分解を行う。
2−2−2 間接被害
本ハンドブックでは、被害を男女別に分解する方法を踏襲することにより間接被害の大部分を
推定する方法を検討しているが、女性のみに影響する間接被害、すなわち、災害およびその余波
に起因する再生産労働の増加に伴う間接被害もある。そのため、評価にあたっては工夫が必要と
なる。
女性が受けた間接被害は主に4つに分けられる。すなわち、自宅以外における生産的雇用の損
失、裏庭経済および女性が自宅で経営する小・零細事業の損失、再生産労働の増加、および未払
債務や借り入れに起因する金融上の被害である。
(1)自宅以外での生産的雇用とその所得の損失
女性が自宅以外で行う有償労働の一時的な損失のことで、その労働の分野、すなわち、家事サ
ービス、工業、商業、あるいは技術職、専門職、経営職であるかどうかは問わない。この一時的
な失業状態は、フォーマル部門の生産システムが受ける被害に起因しており、その期間は、その
システムの復旧・復興に必要な時間に依存する。
繰り返すが、この間接被害の推定には、セクター別の評価や雇用分野の評価の結果をそのまま
採用し、女性被害担当の専門家は各セクターの専門家と連携して被害を男女別に分解しやすいよ
うにする。
いずれにせよ、この間接被害の値は、有償労働が一時的に失われる期間の日数または週数を所
得水準別の平均単位賃金に乗じて求める。単位賃金は、各セクターで用いられているものを採用
する(それを知るための情報源は当該の各章で説明しているのでここでは繰り返さない)。一時
的な女性の失業状態の期間は、他セクターにおいて分析に用いられる期間と一致しなければなら
ないことは言うまでもない。
(2)自宅における生産と所得
ここでは自宅をベースにした女性の事業について、その生産と所得の一時的な損失を推定する。
その際、世帯主が女性であるかどうかは問わない。この一時的な損失の内容は、裏庭経済におけ
る損失および女性が自宅で営む小・零細事業による損失である。
裏庭経済における一時的な損失については、住宅または農業の専門家が女性被害担当の専門家
と連携して男女別の被害を算定するとともに、対象の活動の回復に必要な期間を予測することに
より、部分的に算定することができる。また、被害を受けた女性のサンプリング調査を実施し、
各セクターの専門家による推定結果に裏庭経済の分が含まれているか、あるいは追加的な推定が
必要かを判断する必要もある。
フォーマル部門の小・零細企業における生産損失については、工業、商業およびサービスの各
セクターの担当者が評価するのが普通である。雇用の専門家は各セクターの専門家と緊密に連携
して、各セクターにおける生産の一時的な停止による雇用や所得の一時的な損失を推定または計
測する。女性被害担当の専門家もこれらの専門家と緊密に連携して、この間接被害を男女別に分
41
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
解する。裏庭経済の場合と同様、被害を受けた女性に関するサンプリング調査が有効である。損
失が漏れなく計上されていることを確認するとともに、各セクターの専門家による推定に加えて、
サンプリング・データによる推定が必要かどうかを判断することができる。
女性被害担当の専門家は工業、商業、サービスを担当する専門家とも同様に連携し、女性が所
有する自宅をベースにしたインフォーマル部門の小・零細事業のうち、被害を受けた可能性のあ
る事業の生産損失を評価する必要がある。この種の損失を推定・計測する方法については、当該
する章において説明している。これらの専門家は、生産の回復にかかる時間の推定においても連
携する必要がある。
(3)女性の再生産労働の増加
災害には、女性の無償再生産労働の増加がつきものである。災害が女性にもたらす全体的な影
響を把握するのであれば、これによる仕事量のと精神的な負担の増加分についても定量化しなけ
ればならない。この作業は、女性被害担当の専門家が行う。その際、各セクターの活動、その被
害状況のほか、女性の再生産労働の負担増がどのぐらい続くのかに関する関連情報の収集という
点で、災害評価チームの他メンバーの協力が必要となるかもしれない。
女性の再生産労働の負担増分を推定するには、基準点との比較が必要となる。この基準点は事
例ごとに設定する。同じ国内においても、被災地域の慣習や環境・空間条件(例:都市部か農村
部か)によって様々な再生産労働の形態がみられる。このため、再生産労働の一般的な形態をま
とめた一覧を作成する必要がある。そのためには、評価担当者は関連の文献を精査し、現地の専
門家と意見交換し、可能であれば簡易サンプリング調査を実施する。そのような定量的情報が得
られない場合、被害を受けた女性を対象にしたサンプリング調査を行うことが有効である。これ
が不可能な場合、女性は1日8時間以上、この無償労働に従事していると仮定してもよい。
その後、災害が発生した結果、女性が担わざるを得ない再生産活動の形態の変化について、代
表サンプリングか、それが不可能な場合は推定により、把握する必要がある。この評価において
は、上で述べた通常の標準的な活動に加えて、緊急対応、復旧、復興に関する新規の活動に女性
が従事していること、あるいは以前からの活動に取られる時間が長くなっていることを考慮する。
被災後の典型的な再生産労働としては、避難所におけるボランティア活動や食糧配給を受ける
列に長時間並ぶことなどが挙げられる。家事に必要な時間の増分を算定する場合、水の運搬や薪
の収集(通常の供給源が被害を受けたり、量が減ったりしているため)、避難所における集団的
な食事の準備、子供が通う学校が休校となった際の子供の世話、輸送に状態の悪い道路を利用せ
ざるを得ない物品の購入などに必要な時間の増分も計上する必要がある。
再生産労働の時間について、被災後の状況と平常時ないし基準となる状況とを比較することに
より、女性が毎日再生産労働に費やす時間のうち災害が原因で増加した分を(適切な分計や空間
化によって)算定することができる。
この算定結果は金銭的尺度で表現すべきである。そのためには、適切な調整を行った上で生産
労働の価値と比較するぐらいしか方法がない。例えば、女性の月間平均賃金(最低限のこととし
て、都市部および農村部に分ける必要あり)を22労働日ではなく、1日8時間労働として30日で
除する方法が考えられる。
災害に起因する女性の再生産労働の増分についてその総額を求めるには、事態が平常に戻るま
での期間を推定する必要がある。その期間は被害の種類や強度によって変わるが、当然のことな
がら、活動の種類、地域、セクターによっても異なる。女性被害担当の専門家は各セクターの専
42
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第2章 災害が女性に与える影響
門家と緊密な連携を図り、女性の再生産労働を増加させる各状況が継続する期間の決定因子につ
いて、確定的な数字を算定するか、それが無理ならば可能な限り正確な推定を行う43。
再生産労働時間の増分の価値と被災後の様々な復旧状況の期間が確定したら、原因を災害に求
めることが妥当な再生産労働の増加に起因する間接被害総額を推定することが可能となる。
二重計算をしないように注意が必要である。個人または集団としての女性が災害によって生産
労働の代わりに再生産労働を余儀なくされた場合、有償労働の一時的な停止に起因する所得の損
失分のみを計上する。その額は再生産労働の一時的な増加分の価値よりも高いであろうことはい
うまでもない。
(4)そのほかの間接被害
女性は、自分または家族の所得増あるいは生活の質の向上の手段として、フォーマルまたはイ
ンフォーマルな信用買いにより物品を購入することが多い。そうして購入した物品が支払完了前
に災害によって分損・全損することがある。
厳密にいえば、信用買いで購入した物品の損失が家族の資産・住宅としてすでに計上されてい
る場合、二重計算を回避するために、その未払残高の額を損失した物品の価値に加えるべきでは
ない(住宅、商業、工業、サービスなどの専門家は慣例的に行っている)。しかし、当該女性の
所得が平常時の水準に戻るまでの間、未払残高の支払遅延に対して課される罰則的な金利を計上
することは理にかなっている。また、債務の借り換えをすることで未払残高だけでなく、損失し
た物品について新品を購入するための資金も債務に加えられた場合、その分の金利上昇分も物品
損失として計上することが可能である。
女性への災害影響について評価を行った事例を付録XVで紹介する。これは2001年前半のエル
サルバドル地震において入手した情報に基づいて評価を行ったものである。
2−3 情報源
女性の社会的・経済的活動への参加に関する基本的情報は、人口統計調査から入手することが
できる。ラテンアメリカ・カリブ海地域の多くの国では、2000年の国勢調査がすでに開始されて
いるか、完了している。この調査結果が入手できない場合、これらの国で定期的に実施されてい
る家計調査のうちで直近の調査結果を利用することができる。人口統計調査と家計調査の結果は、
各国の統計局で入手できる。
女 性 の 開 発 活 動 へ の 参 加 に つ い て は 、 国 連 開 発 計 画 ( United Nations Development
Programme: UNDP)が発行する人間開発報告書が参考になる。この報告書はUNDPの現地事務
所で入手可能である。
国立大学や男女平等を推進する機関は、膨大な関連文献を所蔵していることが多い。ジェンダ
ーの専門家には、こうした機関に照会して追加的な情報を入手するとともに、評価プロセスにお
いて必要となる簡易調査やサンプリング調査の実施について協力を要請することも求められる。
様々な国のデータが比較できるECLAC Annual Statisticsもこのテーマに関する基本的な情報
36
例えば、電気や水道の復旧に必要な時間、あるいは住宅(都市部、農村部別)や学校の改修に必要な時間は、
女性が再生産労働に従事する時間を増加させる要因であることから、主な決定因子といえる。
43
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
源である。各国の人口やその特徴については、ラテンアメリカ・カリブ人口センター(Centro
Latinoamericano de Demografía: CELADE)の刊行物やホームページが参考になる。また、
Gender Index System( ECLACの 女 性 と 開 発 課 が 維 持 管 理 ) の 国 別 最 新 情 報 は
http://www.eclac.org/mujer/から入手できる。
CELADEのソフトウェアRedatamは、国や行政単位、地理的単位の人口統計調査や家計調査
のデータが使えるので、対象とする任意の指標の分布状況を把握することができる。使い勝手が
よいソフトである。事実、1999年のベネズエラにおける洪水や2001年1∼2月のエルサルバドル
の地震において、災害影響評価に対する有用性が証明されている。
44
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅤ 評価の実例
付録XV
評価の実例
付録XVでは、2001年の1月と2月にエルサルバドルを襲った複数の地震が女性に与えた全体
的な影響を評価した事例を紹介する37。ECLACが各地震について作成した文書、およびECLAC
の災害評価チームに参加したジェンダー問題のコンサルタントが実施したサンプリング調査の結
果を元に評価したものである38。
1. 直接被害の評価
直接被害の評価は、各被災セクターの専門家による個々の評価結果に基づいている。以下でそ
の概要を説明しているように、様々な方法や情報源を活用して、直接被害額を男女別に分解して
いる。
(1)住宅
住宅の直接被害に占める女性の被害については、世帯の総所得における男女別の寄与度を明ら
かにすることで算定した。各被災住宅の所有者を男女別に把握する方法もあったが、時間がかか
りすぎることや住宅の費用分担のあり方を必ずしも正確に反映しないという理由で採用されなか
った。先行する全国規模の調査研究によれば、住宅に対する女性の寄与度が男性と同等か高かっ
た割合は都市部で49%、農村部で56.6%であった。
都市部および農村部における住宅の直接被害額(家具、物品、器具を含む)を求め、これに上
記の係数を掛け合わせた結果、女性の家計資産の直接被害額は1億4610万米ドルとなった。
ECLACの住宅被害評価方法では、女性の裏庭経済における被災資産の70∼80%を住宅セクター
で計上していることから、後で二重計算しないように注意が必要である。
(2)工業・商業・サービス業
ここでは、工業・商業・サービス業の事業所の所有者に占める女性の割合に関する統計を利用
した。それによると、小・零細事業所の所有者に占める女性の割合は、工業で40%、商業で60%、
サービス業で71%である。工業およびマキラドーラの大規模事業所では、男性の比率が圧倒的に
多い。
上記の各セクターの専門家が女性の比重が高いサブセクター・部門別の資産損失額を算定し、
この数字に以上の比率を掛け合わせた。その結果、上記の各セクターの全損資産に占める女性の
損害額は1億1700万米ドルとなった。
37
ECLAC (2001) The January 13, 2001 , Earthquake in El Salvador: Socio-economic and Environmental Impact ,
(LC/MEX/L.457), Mexico City, February 21, 2001 and ECLAC (2001) El Salvador: Assessment of the Tuesday January
13, 2001, Earthquake, (LC/MEX/L.457/Add.2), Mexico City, February 28, 2001.
38
Arenas Ferriz, Angeles (2001) Estimate of Damage to Production Activities of Women who Lost Their Homes and the
Shadow Value of Their Work in the Emergency and Rehabilitation and Reconstruction Tasks, Madrid.
45
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
(3)裏庭経済
この項目には、女性が自宅で所有し、自給用と一部販売用に食物を生産するための資産が含ま
れる。この資産の損失のうち、比較的多くの割合が都市部の住宅セクターや農村部の農業セクタ
ーにおいてすでに計上されている。
住宅および農業セクターの専門家は、自宅における生産資産と家畜の損失額をすでに算定して
いる。しかしながら、被害を受けた女性に関する調査結果も含めて詳細に分析した結果、裏庭経
済の資産の被害はセクター別の被害推定額に計上されていないこと、その被害額は住宅セクター
の家庭用物品・器具の被害額の約20%を占めていること、羊・山羊・豚の被害も同程度の割合で
あることなどが判明した。その結果、裏庭経済の直接被害額は3770万米ドルと推定された。
2.
間接被害
(1)自宅以外での雇用とその所得の損失 雇用の専門家が各セクターの専門家と連携した結果、地震被害による雇用喪失数が明らかにな
った。各生産セクターの雇用人口に占める女性の割合とその月間平均賃金については、UNDPの
『人間開発報告書2000年版』の数字を活用している。
女性被害担当の専門家が実施した調査の結果も、職を失った女性に関してなど、特に参考にな
った。各セクターの専門家による推定結果を裏付けたり、場合によっては補足することにもなっ
た。
組み立て工場や農業セクター(特にコーヒーや漁業関連)における女性の雇用喪失数に関する
データが得られている。女性の家事サービス労働者の場合、損壊家屋150,660棟における女性労働
者の15%が職を失ったとの前提でおよその算定がなされた。女性被害担当の専門家が実施した調
査もこれを裏付ける結果となった。いずれの場合も、都市部と農村部の月間賃金が適宜使われた。
暫定復旧と復興に最低限必要な5カ月間について計算したところ、以下のような結果が得られた。
以上から、有償労働所得について女性が失った被害総額は3470万米ドルとなる。
農業
小・零細・中企業
マキラドーラ
家事サービス
月
3,700
105,750
−
45,400
米ドル/月
111.03
226.60
226.60
226.60
100万米ドル
0. 4
24.0
−
10.3
(2)自宅における生産損失
この項目については、セクター別の算定における生産損失データの一部と被害を受けた女性に
関する調査結果のデータを統合する必要があった。
具体的には、上記調査情報による裏庭経済の生産損失推定額を、生産セクターの専門家が計上
していないことを確認の上で計上された。裏庭経済における向こう5カ月間の損失推定額は2500
万米ドルであった。
自宅をベースにした生産活動(女性が自宅で経営する小規模な作業所や零細事業)における損
失についても同様の算定がなされた。被害を受けた女性の調査結果に基づき、9180万米ドルとい
う暫定推定値が出されたが、この数字から商業・工業・サービス業における自宅をベースにしな
い小・零細企業についてすでに算定・計上された損失額(2400万米ドル)を差し引いた。つまり、
46
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅤ 評価の実例
このような自宅をベースにした事業の5カ月間の生産損失推定額は6780万米ドルとなった。
被害を受けた女性の再生産労働増加分については、ある調査結果に基づいて推定が行われた。
その調査結果とは、エルサルバドルの都市部および農村部を含めた女性は1日平均8時間を再生
産労働に費やしており、この数字は女性が生産活動に費やす時間を大きく上回っている、という
ものであった。この調査では、5カ月の復旧復興期において、女性の1日の再生産労働時間は都
市部で14時間、農村部で16時間にも膨れ上がったことも判明した。食物の調達、子供・高齢者・
病人の世話、給水源までの距離の拡大などが再生産労働時間拡大の理由である。
都市部の女性の時給を1.29米ドルに設定した。これは、都市部の月間平均賃金を176(1日8時
間で月22日として計算)で除した数字である。農村部の女性の時給は0.46米ドルに設定した。こ
れは、農村部の月間平均賃金を240(1日8時間で月30日として計算)で除した数字である。そ
の結果、損失推定額は2億7650万米ドルとなった。
(3)そのほかの間接被害
復旧復興期において収入が大幅に低下したために女性が負担する遅延利息の総額については、
女性の借入未払残高に関する調査結果に基づいて算定した。
その結果、都市部女性の43%が平均240米ドルの未払残高、農村部女性の35.5%が平均1,600米
ドルの未払残高を抱えていたことが判明した。これについて3.5%の遅延利息が5カ月間課された
として算定したところ、この間接被害額は2110万米ドルとなった。
3. 被害のまとめ
表A15−1では、フォーマル部門およびインフォーマル部門において女性が被った所得損失額
に女性の資産の直接被害額を合計して、女性の総被害額を算定した。
この結果、エルサルバドルの地震災害による女性の被害総額は7億1520万米ドルと推定された。
このうちの42%(3億80万米ドル)は、女性が被災前に所有していた資産の損害額であり、残り
の58%(4億1440万米ドル)は生産・所得の間接被害額である。間接被害総額の内訳(二重計算
を回避するため、必要に応じて自宅以外での雇用の喪失による所得損失額から差し引いた値)は、
表A15−1
被害額(100万米ドル)
300.8
146.1
117.0
37.7
414.4
(34.7)
116.8
25.0
24.0
91.8
276.5
21.1
715.2
被害の種類
直接被害
住宅・家具・用具
工業・商業・サービス業
裏庭経済資産
間接被害
自宅以外での雇用とその所得の損失注
自宅をベースにした事業
裏庭経済
インフォーマル部門の小零細事業
生産活動
再生産労働の増加分
その他の被害
被害総額
注:この額は合計から差し引いて、再生産労働の増加による被害額との部分的重複を回避する。
47
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
再生産労働の増加分が2億4180万米ドル、インフォーマル部門およびフォーマル部門の生産損失
が1億1680万米ドル、災害時における債務残高に対する遅延利息が2110万米ドルである。
上記は民間セクターの女性に限った数字である。女性もその利用者である公的セクターの被害
額の女性該当分も計上すると、女性の被害総額は10億400万米ドル、1人当たり314米ドルになる。
この数字には国民経済計算に計上されない裏庭経済や女性の再生産労働時間の値が含まれている
ため、1人当たりの所得やGDPとは単純に比較できない。
48
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第3章 被害のまとめ
第3章 被害のまとめ
3−1 概観
災害の社会経済環境影響を評価したら被害を総括して、評価プロセスの最後を飾るとともにそ
の後のマクロ経済分析の基礎となる被害のまとめを行う必要がある。それには、被害総額のほか、
被害の大きなセクター、地域および人口集団を明らかにする被害内訳を盛り込む。被害のまとめ
では、全体的な影響を金銭的に定量化するだけでなく、優先的な取り組みが必要なセクターや地
域を明らかにすることで、復興の戦略・計画・事業の策定における貴重な参考資料となるように
しなければならない。
全体被害評価の専門家は、これまでの各章で説明してきた統一の評価方法に基づいて直接・間
接被害のまとめを作成し、対象とする災害の被害総額を算定する。
二重計算にならないよう、特に注意が必要である。あるセクターに計上された被害をほかのセ
クターで計上することは、生産連鎖(例:生産、加工、販売)に関する間接被害では珍しくない
が、そのようなことをしてはならない。同様に、推定被害総額には、国民経済計算で計測できる
損失のみを計上することにも注意が必要である。ただし、女性に特徴的な災害影響や環境の場合
などは、推定方法に多少の工夫が必要となる。
被害総額が推定できたら、災害の総合的な影響を俯瞰し、今後の比較考量に耐えられるように
主な要素に分解する。その分解の方法は次の3通りに分けられる。
・直接被害総額と間接被害総額
・資産・生産の被害総額とサービス提供における費用増加・収入減少
・公的セクターの被害総額と民間セクターの被害総額
直接被害総額と間接被害総額を分けることで、資産への影響と今後の経済動向を分けて予測す
ることが容易となる。直接被害額は、被災国・地域において損失資産の再調達に必要な努力の量
を示すものである。間接被害ないし間接影響は、経済フローの変化を表しており、マクロ経済の
専門家はこれを用いて被災国・地域の被災後の経済動向を予測する。
資産・生産の被害とサービス提供における費用・所得の変化とに分解することで、資産損失額、
生産減少額、国家財政への影響、公益事業体への影響、国民の生計費の増加額などを把握するこ
とが可能となる。直接被害には、損壊資産額のほか、災害時に消費できる形になっていた生産物
の損失額も含まれている。
この2種類の直接被害額は別々に算定し、後のマクロ経済分析に備える。間接被害には、将来
の生産損失額のほか、水供給と衛生、電気、交通機関などのサービス提供における費用増加額と
収益減少額が含まれている。したがって、2の分解方法では、資産・生産の被害総額のほか、公
的セクターの財政やライフラインを供給する官および民の事業体の財政に与える間接的影響を計
る物差しとなる。
被害総額を公的セクターと民間セクターに分解することにより、国家と民間(個人・組織)の
役割分担が明確になるので、復興計画の方向性を示すことができる。公的インフラの再建費用
(これにより今後の公的資金必要額が決定する)は政府が負担しなければならないが、民間セク
49
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
ターにも、災害影響を受けた個人・企業、特に低所得層や国民経済の重要セクターを対象にした
融資制度や融資枠の整備が求められる場合もある。
被害総括の専門家は以上の分解を実施するだけでなく、被害総額のセクター別内訳を提示する
ことで、被害が大きく、復興の戦略・計画において重点的な取り組みが必要なセクターを明らか
にする。
3−2 純被害額
資産や生産について保険を掛けることは、ラテンアメリカ・カリブ海地域でも一般的になりつ
つある。したがって、正味の被害額を求めるには、被害総額から保険金を差し引く必要がある。
ただし、保険の担保範囲は国や地域によっても異なる39。被害総括の専門家は、各セクターの専
門家が提供する情報に基づいてこの純被害額を確定する。
さらに、現地の保険会社は通常、大手の外国保険会社に再保険を付している。再保険金という
外貨流入は相当のプラスの影響となることもある。この影響についても算定を行い、マクロ経済
の専門家が今後の(国および地域レベルの)経済動向の予測において参考にできるようにする。
3−3 復興費用
本ハンドブックの序章で触れたように、復興費用は被害総額と同額ではない。被害は被災資産
の現在価値で表すが、その再調達においては、建設費や物品価格の価格上昇や防災対策の追加的
費用も考慮する必要があるからである。このため、被害総括の専門家は各セクターの専門家が提
供する情報を参考にして総復興費用を算定しなければならない。
被害総額と復興費用との間にはもうひとつ注目すべき相違点がある。復興費用には、損失資産
の再取得が含まれているが、生産損失の額、あるいはサービス提供における支出増加や収益減少
の分は含まれていない。必要に応じて生産の再生に必要な金融費用も含めなければならない。金
融費用の例としては、様々なセクターの生産者がその生産活動において少なからぬ被害を受けた
場合、その生産者に再融資するための資金などが挙げられる。例えば、洪水や旱魃により収穫が
減少した農業従事者が設備融資の借り換えが必要になる事例などがこれに該当する。したがって、
復興費用との災害被害総額との不一致は避けられない。被害総額に占める直接被害の割合が高い
場合、復興費用は被害総額を大幅に超えることもある。他方、洪水や旱魃などのように間接被害
の割合の方が高い場合、復興費用は被害総額よりも少なくなる。
3−4 直接被害の規模
被災した地域や国に対する災害影響を明らかにするためには、被害総額を地域または国の指数
と比較することが必要である。その比較結果は、復興の方向性の目安となるだけでなく、被災し
た地域や国が自力で復興の成し遂げる能力が十分にあるのか、あるいは外国の協力が必要なのか
どうかの判断基準にもなる。以下のように、被害総額やその内訳とマクロ経済指標を比較するこ
39
保険普及率と国の開発水準との間には相関関係があるといえそうである。ただし、カリブ海諸国は例外的であ
り、旧宗主国の影響のためか、資産に対する保険の普及率が高い。
50
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第3章 被害のまとめ
とで災害の規模を判断することができる。
・被害総額の対GDP比(%)
・生産損失総額の対GDP比または対輸出高比(%)
・資産損失総額と年間の総固定資本形成、現地の建設セクターの生産高または国の債務残高の
比較
・被災国・地域の人口規模に照らした被害総額
被害総額の対GDP比は、国や地域の経済に対する災害影響を計るひとつの目安になる。ラテン
アメリカ・カリブ海地域の小国にとって、被害総額の対GDP比は相当な水準となり、場合によっ
てはGDPを超えてしまう場合もあるが、他方、経済規模の比較的大きな国においては、小規模な
災害であればその影響を問題なく吸収できることもある40。被害総額の対GDP比は、被災国の復
旧復興事業の規模を示す目安ともなる。
生産損失総額の対GDP比は、災害が国や地域の生産や将来の経済成長に与える全般的な影響を
知る目安になる。他方、生産損失の対輸出比は、被災国・地域の対外部門に与える影響を把握す
る上で参考になる。
資産の被害額と年間総固定資本形成を比較すれば、被災国が建設セクターにおいてどの程度追
加的な取り組みが必要かを把握する上で参考になる。資産損失総額と建設セクターの国内生産高
とを比較すれば、被災国の復興能力と復興に必要な期間を知るおよその目安になる。資産の被害
額と被災国の対外債務残高を比較すれば、復興のための資金調達においてどの程度の債務負担が
必要か、見当をつけることができる。
1人当たりの被害額と被害額の対GDP比が分かれば、被災者の生活条件に与えるマイナス影響
を推定できる。同時に、発生場所や時間が異なる様々な国内災害について比較も可能となる。
3−5 被害の地理的分布
社会セクターに関する本ハンドブックの第Ⅱ部で紹介したソフトウェアRedatamを活用する
と、被害総額の地理的分布を示すことができるため、被害が大きな地域・自治体、言い換えれば
復興計画において重視すべき地域・自治体を把握することが可能である。
被害総括の専門家は地理情報システムおよび人口の専門家と緊密な連携を図りつつ、被害総額
および1人当たりの被害額の面的分布を明らかにしなければならない。そうすることにより、被
災者の被害状況をより正確に把握することができる。住民1人当たりの被害額や1人当たりの被
害額の対GDP比について、地理的分布を示した地図を作成するのも一案である。
そのような地図を貧困の分布を示した地図と重ね合わせれば、政策決定者が復興資源の地理的
分布を把握する上で参考になる。
3−6 弱者層への影響の把握
被害総括の専門家はセクター別の分析に基づき、最も大きな被害を受けた人口集団を明らかに
40
例えば、ハリケーン・ミッチによるホンジュラスの被害総額は、被災前年のGDPの79%に相当した。1999年に
ベネズエラを襲った洪水の被害総額は、バルガス州においては州GDPの166%以上であった。他方、1985年の
メキシコ地震の被害総額は国のGDPの約4%である。
51
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
しなければならない。その際網羅していなければならない集団としては、女性、子供、高齢者、
小・零細事業従事者のほか、最低所得層が挙げられる(その意味で被害総額と1人当たりの所得
やGDPの面的分布を表した地図が有効)。
52
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅥ 被害総括分析の例
付録XVI
被害総括分析の例
2001年の1月13日と2月13日にエルサルバドルを襲った地震についてその被害総括を以下に示
し、被害総括においてどのような分析が必要なのかを明らかにする。
この地震による被害総額は16億米ドルと推定された。
このうち、58%(9億3900万米ドル)が直接被害、残りの42%(6億6500万米ドル)は間接被
害である。つまり、エルサルバドルの資産被害の方が大きく、それ以外の被害は2001年以降の経
済フローへの影響ということになる。以上の詳しい数字を表A16−1にまとめた。
表A16−1
エルサルバドルの1月および2月の地震による被害のまとめ(100万米ドル)
セクター・部門
被害
資産
合計
1,604
939
665
567
1,037
社会
617
496
120
238
379
211
190
20
69
142
教育・文化
72
56
16
72
-
住宅
334
250
84
97
237
インフラ
472
97
375
171
301
電気
16
3
13
3
13
保健医療
23
19
4
13
10
交通運輸
433
75
358
155
278
生産セクター
339
244
96
15
324
水供給と衛生
農漁業
93
39
55
13
80
商工業
246
205
41
2
244
環境影響
103
102
1
103
−
73
−
73
40
33
そのほかの被害・支出
出所:ECLACによる算定。
表A16−1の合計は次のような被害の種類に分解できる。
被害の種類
(100万米ドル)
資産損失
1,025
生産損失
84
支出増と所得減
495
以上の数字から、物的インフラ・設備に対する被害が最も大きな割合(被害総額の64%)を占
め、その後は一部サービス(主に交通運輸)の供給における費用増と所得減(31%)、生産損失
(5%)と続いている(図A16−1参照)。この被害額分布は地震被害の典型的パターンと一致し
ている41。
41
水文気象現象による被害の場合、生産損失の割合が最も高くなる。この点については、Jovel, Roberto (1986)
“Natural Disasters and Their Socio-economic Impact,”ECLAC Review, No. 38, Santiago, Chileを参照のこと。
53
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
図A16−1
支出増
資産
生産
図A16−2
その他
社会
環境
生産
インフラ
被害総額の3分の2が私有資産で、残りの3分の1が公有資産であることは特に留意が必要で
ある。復興計画の方向性を示唆しているからである。
被害総額のセクター別内訳は次のとおりである。
セクター
被害(100万米ドル)
社会
617
インフラ
472
生産
339
環境
103
その他の被害・費用
73
図A16−2が示すように、社会セクターの割合が最も高く(被害総額の39%)、これにインフラ
(29%)、生産セクター(21%)、環境(6%)が続いている。
被害の大きい業種ないしセクターは、運輸・通信(4億3300万米ドル)、住宅および人間居住
(3億3400万米ドル)、商工業(2億4600万米ドル)、教育・文化(2億1000万米ドル)であった。
前出の表A16−1を参照のこと。
そもそも被害総額(16億米ドル)が非常に大きいが、国の経済発展や国民の生活条件に与える
影響を明確にするためには、より広い観点から検討する必要がある。すなわち、被害総額は前年
(2000年)のGDPの12%、輸出高の40%強である。資産損害額は、年間総固定資産形成の42%で
建設業の生産高の約4倍である。
この地震による国民経済への影響を過小評価してはならないのは当然だが、国レベルのデータ
では被害の実態がなかなか見えてこない42。被害の大半は社会セクター(住宅、教育、保健医療)、
生産セクターでは商工業、その中でも特に事業規模の小さい生産者・事業者、ならびに低所得者
層に集中している。
42
参考までに、1988年のハリケーン・ミッチによる被害総額は中米全域のGDPの13%であった。建設業がフル稼
働しても復興には最低でも4年かかるとされた。
54
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅥ 被害総括分析の例
表A16−2
県
アワチャパン
カバニャス
チャラテナンゴ
クスカトラン
ラリベルタ
ラパス
ラウニオン
モラサン
サンミゲル
サンサルバドル
サンビセンテ
サンタアナ
ソンソナテ
ウスルタン
2001年1月のエルサルバドルの地震による被害の面的分布
被害総額
(100万米ドル)
20.3
3.5
1.4
147.1
263.6
270.5
4.1
0.8
47.5
199.5
243.7
94.7
127.0
180.4
県民1人当たり被害額
(米ドル)
64
23
7
735
399
943
14
5
101
103
1,533
175
289
534
県民1人当たりGDP
43
(米ドル)
2,242
2,191
2,578
3,335
5,121
3,020
2,803
2,475
3,526
4,142
2,671
3,356
3,252
2,789
被害総額の対GDP比
(%)
2.9
1.1
0.3
22.1
7.8
31.2
0.5
0.2
2.9
2.5
57.4
5.2
8.9
19.1
出所:ECLACによる算定。
地理的分布ないし面的分布を分析することも、災害が国民に与える影響の規模を明らかにする上
で有効である。表A16−2はそのような面的分布を示したものであり、被害総額、1人当たり損害
額、被害総額の対GDP比などの県別内訳になっている。
表A16−2によれば、被害が特に高い県にはサンビセンテ県、ラパス県、クスカトラン県であ
り、県民1人当たりの被害額は1,500米ドルから700米ドルとなっており、県民の総資産に占める
割合が極めて高いことは疑いの余地がない。これに続くのが、被害の高い順にウスルタン県、ラ
リベルタ県およびソンソナテ県である(表A16−2と地図A16−1参照)
。
県民1人当たりの被害額の地理的分布をみてみると、プラスの影響とマイナスの影響があるこ
とが分かる。被害の大半は比較的発展した県に集中しているが、これらの県はエルサルバドルで
も貧しい県(カバニャス県、モラサン県、アワチャパン県、ラウニオン県)よりも復旧する能力
が高い。言い換えると、人間開発の損失の影響は、以上の貧しい県ではそれほど大きくなかった
といえる(地図A16−2参照)。
地図A16−1
エルサルバドルで2001年1月および2月に発生した地震による被害の地理的分布
(県民1人当たりの被害額(米ドル))
チャラテナンゴ
サンタアナ
クスカトラン カバニャス
アワチャパン
ソンソナテ
ラリベルタ
サンビセンテ
ラパス
サンミゲル
ラウニオン
ウスルタン
1人当たりの被害総額
100未満
100∼500
500∼1,000
1,000超
43
モラサン
サンサルバドル
国連開発計画 (UNDP)(2001) Report on Human Development in El Salvador, San Salvador.
55
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
地図A16−2
2001年1月13日地震の影響―震災前の人間開発指標(HDI)の面的分布状況
チャラテナンゴ
サンタアナ
クスカトラン
アワチャパン
カバニャス
モラサン
サンサルバドル
ソンソナテ
サンビセンテ
ラリベルタ
ラウニオン
サンミゲル
ラパス
ウスルタン
エルサルバドルのHDI:0.702
HDI水準
0.608∼0.627
0.627∼0.654
0.654∼0.696
0.696∼0.764
出所:UNDP。速報値は2000 report Human Development in El Salvadorより。
また、復興は被災者にこれまでよりも災害に強い住宅、生産手段および収入獲得手段を提供す
るなど、防災対策を行うよい機会でもある。
2つのマイナス面に留意したい。第一に、エルサルバドルは近年、人間開発指標について少し
ずつながら改善が見られたが、地震の被害が大きかった県では改善が無に帰してしまった。別の
言い方をすれば、貧困の地理的分布が地震災害のために変化し、被害の大きかった県では人間開
発指標が大幅に低下した。エルサルバドルで人間開発指標の最も低いカテゴリーにこれまで属し
ていたのがカバニャス県、モラサン県、アワチャパン県、ラウニオン県であったが、新規の人間
開発地図(2001年版)を見ると、今回の地震災害によりサンビセンテ県、ラパス県およびウスル
タン県が新たにこのカテゴリーに加わったことが分かる(地図A16−3参照)。第二に、復興資金
は被害の大きい県に集中的に配分しなければならないが、これらの県は現在、開発投資が集中し
ている地域と重なっている部分が多い。つまり、開発の遅れた地域の貧困根絶に向けた取り組み
が後退を余儀なくされることを意味する。
被害の規模(被災地域において被害総額の対GDP比(%)で表示)が大きいのが、サンビセン
テ県(57%)、ラパス県(31%)、クスカトラン県(22%)、ウスルタン(19%)県である(表
A16−2と地図A16−4を参照)。これらの県の年間GDPの相当な割合が、わずか2分間の地震で
失われたことになる。
地図A16−3
2001年1月13日地震の影響―震災後の人間開発指標(HDI)の面的分布状況
サンタアナ
チャラテナンゴ
クスカトラン
アワチャパン
ソンソナテ
カバニャス
モラサン
サンサルバドル
ラリベルタ
サンビセンテ
ラパス
ラウニオン
サンミゲル
ウスルタン
HDI水準
0.608∼0.627
0.627∼0.654
0.654∼0.696
0.696∼0.764
出所:UNDP。速報値は2000 report Human Development in El Salvadorより。
56
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅥ 被害総括分析の例
地図A16−4
エルサルバドルで2001年1月および2月に発生した地震による被害の地理的分布
チャラテナンゴ
サンタアナ
クスカトラン カバニャス
アワチャパン
モラサン
サンサルバドル
ソンソナテ ラリベルタ
サンビセンテ
ラパス
サンミゲル ラウニオン
ウスルタン
被害総額の対GDP比(%)
5%未満
5∼18%
18∼35%
35%超
出所:ECLAC
図A16−3
災害被害比較
被害総額の対GDP比(%)
出所:ECLAC
ベ
ネ
ズ
エ
ラ
ジ
ョ
ー
ジ
キ
ー
ス
︵ミ
ホッ
ンチ
ジ
ュ
ラ
ス
︶
ウ
ス
ル
タ
ン
県
ク
ス
カ
ト
ラ
ン
県
ラ
パ
ス
県
サ
ン
ビ
セ
ン
テ
県
地震災害の絶対値や相対値を分析することにより、今回の災害の特徴が明らかになった。
・被害額が比較的大きく、その3分の2が民間セクター。
・幹線道路インフラの遮断・損壊により、運転費用が大幅に上昇。
・小さな町や農村部を中心に住宅および人間居住が全半損し、赤字状況が悪化。
・教育や保健医療の全半損により、このセクターにおける国の開発努力が後退。
・農業や商工業における零細や小中の事業者の生産が被害を受ける一方、同セクターの大企業
の被害は比較的小さい。
・環境の被害が大きく、地すべりによる土地被害、山腹の地盤の緩みが多発。
・国の中央地方の県を中心に被害の多くが集中。
・1人当たりの数字でも県のGDPとの比率でも被害が大きい県が多い。
・貧困地図が書き換えられ、複数の県が人間開発指標の最も低いカテゴリーに転落した。
ただし、上記の被害は、別の文脈でとらえる必要もある。第一に、エルサルバドルの年間総固
定資本形成に占める資産被害額の割合は、損失資産再取得に必要な資金規模の目安となるが、こ
れが40%を超えている。さらに、取替原価は被災時の損壊資産の価格を大きく上回る19億4000万
米ドルと推定された。被災時において建設業がフル稼働していたわけではないが、その対応能力
57
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
の規模そのものが限られている。損壊資産の完全復旧には4、5年かかり、それまで、国民は相
当に低い生活条件を強いられるとECLACでは予測している。
第二に、交通運輸インフラの被害により、貨物輸送や通勤にかかる時間が増加しており、これ
により追加的費用が3億5800万米ドルと推定されている。この費用は結局、交通輸送のサービス
利用者が負担せざるを得ず、そのことが生計費指数にもはね返る。同様に、国際社会から緊急援
助を受けても、政府は緊急対応や復旧復興のため、予想外の支出を迫られるため、財政赤字が拡
大する。
第三に、生産損失額はエルサルバドルの輸出高の3%であり、国の生産設備はほぼ無傷ではな
いかという印象を与える。それでも、生産損失の相当の部分は、国内消費向けの小零細企業が負
っている。このような国民セクターの所得が減少するだけでなく、国内市場において様々な物品
が品薄状態となり、輸入に頼らざるを得なくなる。
第四に、エルサルバドルの災害被害は部分的に中米全体に波及するので、この地域にとっても
災難となる。パンアメリカンハイウエーは各所で寸断され、貨物輸送や通勤交通も迂回を強いら
れたため、域内貿易において輸送の遅れや輸送費の増加がみられた。さらに、中米全体が被災し
ているという誤った印象により、外国人観光客が予約を取り消すという事態も発生した。その上、
中米諸国が貧困克服に向けてパートナーを募ることを目的に国際社会に提唱した地域の改革・近
代化戦略も変更を余儀なくされ、防災対策に力を入れることになったため、外国人投資家にとっ
ては中米の魅力が低下した44。
44
Jovel, Roberto, et al. (2001) Transformation and Modernisation of Central America in the XXI Century,
General Secretariat of the Central American Integration System (SG-SICA), San Salvador, January 2001を参
照。
58
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第4章 災害のマクロ経済的影響
第4章 災害のマクロ経済的影響
本章では、災害が主要マクロ経済指標(GDP、国民所得、投資、総資本形成)や基礎的経済収
支など(国際収支、財政収支、インフレ)に与える定量可能な影響の算定を扱う。この災害影響
算定には短期的なもの(災害が発生した年または経済周期)と中期的なもの(災害規模や「平常
時」の状態を回復するために必要な推定期間を基準に個別に設定する期間)がある。本章では、
マクロ経済の専門家が、各セクターの専門家が作成した報告に基づいて、災害のマクロ経済的影
響について詳述する。セクターや地域の情報や部分的な情報を総合して得た動向をマクロ経済指
標の動向と比較することにより様々な要素の整合性を検証するのもマクロ経済の専門家の任務で
ある。マクロ経済の専門家は、被災前の経済動向や主要経済指標の動向も把握する。なお、最も
重要なことだが、マクロ経済評価は、復旧復興プロセスにおいて国際社会による資金協力や技術
協力がどのぐらい必要かを推定する根拠となる。本章は5つの節で構成されている。第1節では、
災害被害のマクロ経済評価に必要な手順について、その概要を説明する。第2節では、マクロ経
済の専門家の役割について説明する。第3節では、被災前の状況であり、災害発生年に実現する
はずだった状況である基準点の設定について論じる。第4節では、被災後状況の評価を扱う。第
5節では、全般的な経済影響、経済成長や所得への影響、財政収支や対外収支への影響を詳細に
検討する。被災後の状況については、経済の外部資源吸収能力と事業実施能力に基づいて復興シ
ナリオを導入している。
4−1 マクロ経済評価
マクロ経済評価は、被災国の経済発展全体と各主要指標に対する災害の社会経済的影響の全体
像を提示するものでなければならない45。災害影響が特に大きなセクターや地域を特定し、その
影響が継続する期間を推定できるマクロ経済評価である。したがって、経済成長率、所得、対外
部門、財政、雇用、物価水準およびインフレへの災害影響だけでなく、天然資源への災害影響も
網羅する必要がある。
総合評価の基本は、「デルタ値」、すなわち被災前の推定状況と被災国・地域が直接間接被害に
より直面するであろう状況の差の算定である(図Ⅴ−4−1参照)。
45
この全体像は、統一的かつほかとの比較が可能な形(統一の貨幣単位の採用など)で提示しなければならない。
その際、災害には社会に損害や損失ではなく、便益を与えることもあることを考慮する。その便益が無視でき
ない水準にある場合、その価値を算定して被害総額推定額から差し引く必要がある。
59
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
図Ⅴ−4−1 被害の「デルタ値」の算定
被災前状況
被災前状況(セクター別の基準点)
と比べ
国民経済に与える直接的および間接的な被害の測定。
被災前シナリオと被災後シナリオの区別。
復興の前提条件によってシナリオは複数存在。
3∼5後の予測動向
予測動向
(被災前
(被災前シナリ
被災前シナリオ)
3∼5年後の災害影響
(被災後シナリオ)
被災後の影響については複数のシナリオが考えられる。そのシナリオを左右するのが現地の復
旧能力である。復旧能力は、外部援助の実際の量、被災前の計画におけるマクロ経済、財政、民
間業績に関する目標、復旧に必要な債務についての途上国の履行能力、国際金融機関との約定事
項などで総合的に判断される。
4−2 マクロ経済専門家の役割と評価の準備
災害のマクロ経済的影響に関する部分は通常、各セクターの専門家が作成した報告に基づいて
マクロ経済専門家が作成する。そうではあっても、マクロ経済専門家も被災地に赴いてデータ
(セクター別や地域別のデータ)を収集し、災害のマクロ経済的影響に関する評価を行わなけれ
ばならない。そのため、マクロ経済専門家は、経済を扱い金融、税制など国家計画を所管する省
庁や政府部局のマクロ経済専門家とも接触するとともに、学界や専門別の第三者アナリストにも
関連情報の協力を求める必要がある。データが曖昧で信頼できない場合は、マクロ経済専門家自
身の判断で情報源を特定し、推定を行うことも必要である。
データは様々な情報源から収集するものであり、経済単位も統一されていないことから、数字
の不一致や整合性の問題が発生する確率は高い。例えば、国民経済計算における公的セクターの
数字と国際収支が一致しないこともある。このような問題を克服するため、マクロ経済専門家は
監査証跡を確立しなければならない。
監査証跡は、災害の性格、発生状況、被害推定額について詳細な情報を提供するものである。
数字に疑問が生じたときに、作業の簡略化や推定値の検証を可能とする推定値を引き出す精細な
手法の一部と位置付けることができる。監査証跡の被害額の算定を別の角度から実施するもので
あり、復旧復興計画の方向性を決める決定事項や優先事項の策定・採用の基準となる客観的で正
確な基準を用いる。監査証跡は、セクター別評価における二重計算を回避する上でも有効である。
つまり、あるセクターにおける被害がほかのセクターにも表れる場合、双方のセクターで計上し
ないということである。例えば、農村道路の被害は農業セクターとして計上し、運輸通信セクタ
ーに計上されないようにする。
マクロ経済データの整合性の確認に役立つ簡単な方法としては、財政統計を活用して国民経済
計算における政府消費を算定すること、輸出入のデータを国民経済計算の観点から点検して国際
収支の比較を可能にすること、投資のデータの質を確認すること、名目GDP増加率を金融資産の
増加率と比較すること、消費と国内税収を比較すること、GDP増加率を輸入高と比較すること、
60
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第4章 災害のマクロ経済的影響
図Ⅴ−4−2
被害評価手順
被害額
経済セクター別
公的セクター、民間セクター別
復興需要
経済セクター別
公的セクター、民間セクター別
取替原価
経済セクター別
公的セクター、民間セクター別
技術進歩
防災対策の強化
被災国の外部資源吸収能力
現在価値
物資資材
資産減価償却含む
労働力
現況を考慮
ソフト面の支援
整備不良分の差引き
事業設計
復興・再調達
被害抑止・強化
被害防止
スケジュール作成
投入資源の入手可能性
物資資材
人的資源
財務資源
マクロ経済への影響
マクロ経済的有効性
金融面での影響
公的セクター
民間セクター
国内資源
融資
寄付
保険と再保険
外部資源
融資
寄付
などが挙げられる。
災害評価報告書の導入部には、災害の特徴とその影響についての概観を盛り込むことが基本で
ある。この導入部の作成におけるマクロ経済専門家の役割は大きい。
基本的には、直接被害についてはまず物理的被害を定量化してから統合化することと、マクロ
経済専門家はその貨幣価値化に用いられる基準や価格を精査することが重要である。必要に応じ
て(特に高インフレの国において)、取替原価で評価できる(あるいは、すでに取得原価で算定
した数字を調整して取替原価で表示することができる)からである。この作業は被災資産の復元
復旧に必要な資金を算定する上で欠かせない46。
図Ⅴ−4−2は評価手順を示したものである。
総合評価は、マイナスの影響からプラスの影響を差し引いた正味の影響を示すものでなければ
ならない。例えば、建設セクターの復旧は比較的早期に目に見える形で表れてくるだけでなく、
生産セクター全体の予想される活動低下を多少とも食い止めることもある。
マクロ経済専門家が現場において留意すべきもう一つの原則は、被災前の経済動向予測、ある
いはその予測が主要指標にどう反映される可能性があったか(災害発生年およびそれ以降)につ
いて独自の見解をまとめることである。
したがってマクロ経済専門家は、様々なセクターの影響に関するデータを収集し、統合化する
責任がある。上で述べた直接被害(資本に対する被害)と間接被害(経済フローに対する被害)
に関するまとめのほかに、マクロ経済専門家は、復旧復興プロセスにおける経済の資金需要、な
らびに国際社会からの財政援助・技術援助の予測規模について算定を行う。復旧復興プロセスの
期間は通常2年だが、災害影響が大きい場合は最大で5年まで延長される。
46
本ハンドブックの序章では、直接被害の評価基準を提示するとともに、取得原価と取替原価の長短を論じてい
るが、ある程度の柔軟性が求められる。取得原価は損失費用を表すが、取替原価は被害資産の再取得時の技術
進歩を反映しているので、場合によっては両方の原価で表示するのも一案である。復興においては被害拡大の
一要因でもある脆弱性を低減させる必要があるので、復興の費用には取替原価のほかに、防災対策費用も含ま
れていることにも留意が必要である。
61
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
マクロ経済分析は、「経済発展への影響」や「災害が経済に与える影響」などと称されること
もある。災害影響の予想継続期間によっては、「短期的に」、「中短期的に」などという表現を挿
入することもある。災害影響期間は最大で5年間を想定しているが、都市部のサービス・インフ
ラ、農地、林地、環境の復旧・回復にはこれ以上かかる場合もある。同様に、生産設備や一部プ
ランテーションの再取得に必要な投資が実を結ぶまでに5年以上かかることもある。その場合は
災害評価報告書に記載しなければならない。
4−3 被災前の状況
すでに述べたように、マクロ経済専門家の任務の一つは、被災前の経済動向の総合的な把握で
ある。これには、主要な経済問題や実施されていた経済政策の主な特徴も含まれる。この背景情
報は、災害が被災国の経済に与える影響、被災国の経済政策の重点分野、経済の新たな課題など
を把握するために必要である。その際に参考となるのが、中央銀行、被災国の経済省、税務財務
省とその部署、国家計画省、国際金融機関およびECLACが発行する年次報告書やその他の資料
などである。
被災国の経済がよりどころとする基準点を明らかにしない限り、被災前状況を把握することは
できない。基準点とは経済発展の中心となる要素である。それは経済成長の原動力でもあり、現
行の開発モデルによる阻害要因でもある(開発モデルの価値評価をしているわけではない)。ま
た、被災前状況の重要な特徴も把握する必要がある。その特徴とは、災害が発生した経済周期の
段階、被災国およびその主要セクターにおける活動の季節的特徴、被災国のリスク管理能力や対
外折衝能力(債務履行能力、国内貯蓄とその比重、外国直接投資フローの量と比重を含む)など
である。
そのためには、中央行政機関、学界、被災国の経済顧問からマクロ経済のデータベースを入手
する必要がある(被災国経済の計量経済モデルの有無、投入産出表ないし産業連関表の有無の確
認)。マクロ経済専門家はこのような資料によって、被災前状況に関する推定値や予測値(シナ
リオ、中短期予測など)を把握することができる。情報や聞き取り調査は断片的なことも多いが、
入手できた情報に基づいて、被災前の経済成長率や、それが経済成長率、インフレ率、輸出高、
輸入高、国際収支、対外債務残高などの主要指標にどう反映される可能性があったかについて推
定を行う。この暫定的な推定は、マクロ経済専門家自身の作業だけでなく、災害評価チームの他
メンバーの作業にとっても大いに役立つはずである。
以上のような推定を実施する際に特に重要となる情報を列挙すると、当期の経済成長率の予測
(計画局、国家計画省、中央銀行が6カ月や3カ月単位の予測を行っていることもある)、自然災
害発生前に採択された予算と向こう数カ月の予算見積もり(財務省)、統計局などが作成するそ
のほかのマクロ経済統計(作柄指数、製造業の動向、月間インフレ率の推移、都市失業率など)
などがある。マクロ経済専門家は以上の統計数字が得られる数カ月間の動向を参考にすれば、災
害が発生しなかったと仮定した場合の通年動向を予測することができる。
マクロ経済専門家にとって入手がより困難なのは、被災した地域や地方における経済動向に関
する包括的な数字である。なぜなら、国家計画省、地域開発公社、州(省)政府などが地域レベ
ルの統計整備計画を開始したのはごく最近のことであるからである。いうまでもなく、仮に地域
レベルの情報が入手できれば、状況の把握や被災地域の経済見通しにおいて大きな力を発揮する
だろう。
62
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第4章 災害のマクロ経済的影響
対外部門の主要指標、すなわち、輸出高、輸入高、対外債権残高、外貨準備高および対外債務
残高についても、動向の分析が必要である。被災前の輸出水準を推定する際には、主要輸出品目
の価格動向や供給動向も考慮しなければならない。被災後の財政状況や資金需要の変化を踏まえ
た債務履行の実現可能性の検討が必要なため、債務返済の推定費用も重要な要素である。
以上のことは、その他の主要マクロ経済指標、すなわち、財政指標(被災前の財政赤字予測を
含む)、消費者物価指数や失業率の動向についてもいえる。
主要マクロ経済指標に関する災害発生期および1、2年の予測値(被災前シナリオは複数の場
合もある)を活用してGDP系列を現価で作成し、災害発生期から最低5年間の開発予測を行う。
途切れのない物価系列(被災国の基準年を採用、現地通貨とドルで表示)も主要マクロ経済指標
に必要である。いずれの場合も、国際機関、特にECLACが実施した評価によるマクロ経済デー
タは現地調査前に収集整理して、どのような異時点間比較が必要かを明らかにする。
最後に、評価に用いる為替レートを設定する。不測の災害の場合は、適切な期間(四半期、月、
週、日など)の為替レートとする。長期化する災害(数カ月継続する旱魃、エルニーニョ現象な
どの災害)の場合は、その期間の平均レートを採用する。
4−4 被災後の動向
災害影響はセクターによって程度が異なるため、経済全体のマクロ経済動向に反映される。表
Ⅴ−4−1は、災害の考えられる影響と時間軸を示したものである。
ここでは、マクロ経済専門家と各セクター専門家の役割が極めて重要である。その目的は、経
済指標に影響を与える緊急対応期の動きや事象を特定することにある。ここでいう経済指標とは、
食糧、医薬品などの基本的物資の緊急輸入高、国際機関、地域内および国内からの援助の規模、
疾病対策のための国家支出(国および地方レベル)47、民間セクターの支出(被災者救援、基本的
サービスが復旧するまでの間の財・サービスの提供)などである。これは特に公益サービス(水
道、電気、通信、電話)について重要であり、その重要性は高まっている。
同様に、マクロ経済専門家は各セクターの専門家の協力を得て、災害が教育、保健医療などの
公的インフラ施設に及ぼす影響についても定量化を図る。被害が激しくなければ、避難所や支援
物資の保管配給所として利用できる施設が多いからである。この費用は、保健医療や教育のセク
ターの被害とは別に計上しなければならない。
災害発生期に寄せられる資源は、人道的な援助(援助要請の有無を問わない)だけでない。赤
表Ⅴ−4−1
指標
GDP
財貨の輸出
財貨の輸入
訪問観光客数
クルーズ船
対外債務
47
経済小国が自然災害発生後に受ける経済的な影響
経済小国が自然災害発生後に受ける経済的な影響
災害発生年
災害発生翌年
復興によるGDP成長率の上昇
GDP成長率の即時的な低下
以前の水準を回復
増加率の低下
被災前水準まで低下
増加率の大幅な上昇
ある程度回復
大幅な低下
大幅な低下
増加率は被災前水準を下回る
増加率の上昇
その後
2年後、3年後には鈍化
その後継続
所得減少などによりさらに低下
回復基調
軍関係支出(輸送、人員動員、軍施設の提供)、軍以外の公的機関の施設、車両、人員の緊急対応機関(委員
会、国・地方レベルの緊急事態局など)による利用、国の予算に組み込まれた国家災害基金などが含まれる。
63
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
十字、その他国際機関などの援助機関については要覧が存在する。国連も、災害動向、緊急援助
の必要性、災害の即時的な影響などの情報を掲載した定期刊行物を発行している。被災国の要請
があれば、合同の支援要請がなされる。以上の国際的な情報はwww.reliefweb.orgで入手できる。
このホームページは、災害評価を実施する前に参考にされたい。緊急対応期に発生する支出項目
(被害の統合化のまとめに掲載が必要)の洗い出しに必要なデータがそろっているだけでなく、
情報が体系化されているので、対外部門の指標、財政および通貨に与える災害影響を把握する際
にも活用が容易である。
4−4−1 経済への全般的な影響
この項目における意図は、災害が経済全体に与える影響の全体像を提示することが中心となる。
マクロ経済の専門家は、資本資産への影響(直接被害)と断たれたフロー(間接被害)、さらに
は前述の主要マクロ経済指標に対する二次的な影響についてデータを収集する。ここでは、物的
インフラと資源の被害、財・サービスの生産の損失を示す表データのまとめと分析が中心となる。
災害による輸入需要の増加も扱う。対象期間は通常2年間だが、災害の規模によっては最大で5
年間まで延長される。必要に応じて今後の動向についての代替的なシナリオも検討し、各シナリ
オの前提条件を明らかにする。
この分析は、復旧復興計画の策定や、必要となる国際援助の指針の整備に際し、極めて重要で
ある。そのため、国内通貨(評価実施期間の価格表示)と米ドルの両方での表示が必要となるこ
とが多い。経済成長率、国民の所得水準、雇用、インフレ率、輸出入高および財政への影響に関
する要約(内訳も含む)も盛り込む。
主要経済指標とそれに対する災害影響をまとめた表を作成すると、分析が行いやすい。各セク
ターの専門家は、当年および翌年の生産・サービスの被害と対外部門への影響に関する推定値を
マクロ経済の専門家に提供する。この被害・影響は災害発生年当時の価格で表示し、表Ⅴ−4−2
の1、2列目に記入する。3、4列目には、総生産高に対する付加価値額の比率を記入する。セ
クター別の章と同様の例に倣い、付録ⅩⅦではマクロ経済に対する全体的な影響の評価の事例を
紹介している。
Box Ⅴ−4−1
被害額「デルタ値」
災害の有無による予想値の差は次のようになる。
D=Va−Vb
ただし、Vaは当初予想値(セクター別重み付け)
、Vbはそこから災害の影響を割り引いた値
直接被害は資本資産の損失であり、次の式で求めることができる。
K=Ka−Kb
ただし、Kは資産損失の額を表す(求めたセクター別直接被害額から算定)
災害による生産/所得の被害である間接被害は、次のようになる。
DY=Ya−Yb
ただし、DYは生産/所得の損失額を示す。
64
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第4章 災害のマクロ経済的影響
表Ⅴ−4−2
(1,000米ドル)
セクター
対外部門への影響
マクロ経済への影響
経済モデルおよび投入産出表(入手
可能な場合)による重み付け
総生産高
付加価値
生産セクター
農業(畜産業、漁業、森林資源を含む)
工業
商業
サービス業
・金融
・観光
・対人・非工業サービス
インフラ
水(上水、灌漑、排水、衛生、廃棄物処理)
エネルギー(生産、送給、配給)
・電力
・その他(石油、ガス)
運輸・通信
社会関連
教育
保健医療
住宅および人間居住
文化遺産
社会状況(社会構造指標、雇用など)
環境関連
合計
財政への影響(公的セクター)
・収入
・支出
直接被害、間接被害という影響のコストは、各セクターについて説明した評価方法によりセク
ター別に推定を行う。セクター別重み付け法をこの推定値に適用して、デルタ値(D)、すなわ
ち、災害が発生しなかったと仮定した場合の予想値(Va)と重み付けを行ったセクター別推定
値による値(Vb)の差として表示した被害額を求める。
一般的に、資本と所得・生産高の関係は災害でもそれほど変わらないと考えられている。しか
し、十分な情報があれば、災害やその後の復興プロセスが原因で、この関係に変化が生じたと仮
定できるかもしれない。代替的なシナリオを提示するのは、このような理由にもよる。
4−4−2 経済成長と所得への影響
経済活動の全体的な水準の変動を最も適切に表す指標は国内総生産(GDP)である。したがっ
て、マクロ経済の専門家は災害のGDP成長率への影響と、それによって被災前に出されたGDP予
測がどの程度変更されるのかを推定する。前述のとおり、この推定は災害発生年後の1年間また
は2年間についてのものである。
名目値と実質値は明確に区別する必要がある。GDPは通常名目値で算定してから実質値に調整
する。したがって、被害額である「デルタ値」は実質値で表す(被災国で通常適用する基準年の
65
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
価格で表示する)ことで、災害が経済成長率に与える実影響の値を得る。統計ではよくあること
だが、災害発生時の国内の需要と供給を構成する主要指標(供給関連は業種別の総国内生産高、
需要関連は一般政府消費支出、民間消費支出、資本形成)について、名目値と実質値は明確に区
別する必要がある。
したがって、マクロ経済の専門家は被災国の専門家と相談して、最適で最も信頼性の高い価格
指数(GDPのインプリシット・デフレーター、卸売物価指数、生計費指数など)を選択し、同じ
指数で数字を表すようにする。この調整は、災害によるGDPや所得の損失とそれがGDPや所得の
成長率に与える影響について正しく評価する上で極めて重要である。この調整を行った上で、災
害発生年やその後の2年間またはそれ以上の期間のデータは、可能な限り災害発生年の価格で表
示することを徹底することが重要である。つまり、インフレの影響を排除するということである。
これがなぜ重要かといえば、この時点での目的は、災害が実質成長率に与える影響を算定するこ
とにあるからである。
総需要予測と総供給予測に関して得られた情報は、各セクターの専門家が提供する被害算定額
に従い、中央銀行ないしそれと同等の経済当局が推奨するデフレータで調整する。
上の計算を使って、災害がセクター別GDPに与える影響の暫定値を得る。復興計画の影響を考
慮すると、災害がGDPにプラスの影響を与えることもあり得る。マクロ経済の専門家は各セクタ
ーの専門家から推定被害総額を得たら、それを付加価値に換算してGDPに組み込めるようにする。
そのためには、あらゆる経済セクターと業種について付加価値の対総生産高比率を求める。通常、
この比率は投入産出表に掲載されている。その際、その比率が有効・適切と判断できるほど、新
しい投入産出表にあたる必要がある。
被災後の動向に関する予測は、まず災害発生年について行い、その後に災害発生翌年以降につ
いて行う。対象とする期間の年数は、経済発展や経済循環の規模・水準に対する災害影響の相対
的な大きさによって決定する。この予測は複数のシナリオについて行う。各シナリオの前提条件
を明らかにする必要がある。このテーマに関する文献は多くないこともあり、災害被害のおよそ
の値を知るためには、被災国や国際機関のアナリストが採用しているモデルを検討するのも一案
である。このようなモデルは例外なく、各種の内生変数および外生変数を使うものであり、単純
化するためには、事例ごとにある種の前提条件を設定しなければならない。各モデルの方法論上
や分類学上の進歩についてはここでは触れない。事例ごとに検討して、どのモデルを採用するの
かを決定しなければならない。
(1)GDPの算定
図Ⅴ−4−3
東カリブ海GDP成長率(1983∼1999年)
成長率(%)
「ルイス」と「マリリン」
(1995)
年
出所:東カリブ中央銀行
66
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第4章 災害のマクロ経済的影響
一般的にGDPデータは、セクター別の実質値に基づいて算定する。場合によっては、市場価格
表示のGDPと要素費用表示のGDPを区別する必要がある。GDPデータは要素費用で得られるこ
ともあるが、マクロ経済の専門家としては市場価格表示のGDPが必要である。付加価値と最終需
要の関係をまとめたのが表Ⅴ−4−3である。
表Ⅴ−4−3
所得への純寄与度としての国内総生産
● 基本価格に対する付加価値の合計
・雇用者所得
・その他の税金から生産補助金を控除したもの
・固定資本減耗
・営業余剰・混合所得
● 税金から生産補助金を控除したもの
純最終需要としての国内総生産
● 家計最終消費支出
● 世帯(個人)にサービスを提供する非営利組織の
最終消費支出
● 政府最終消費支出
・総合
・個別
● 総固定資本形成
・総固定資本形成
・在庫変動
・貴重品の取得マイナス処分
● FOB輸出額
● マイナスFOB輸入額
Box Ⅴ−4−2 GDPを算出するほかの方法
●付加価値の総和としてのGDP(生産アプローチ)−購入者価格表示GDP(GDPbp)。これは、各セクターの
生産者価格表示総生産(GPpp)から各産業の購入者価格表示中間消費(ICbp)を差し引いたものに関税な
どの輸入税(Im)を足したものである。
GDP=基本価格表示の総産業生産
GDP=GPpp−ICbp+Im
このアプローチでは、基本価格表示の各産業の生産から購入者価格表示の中間消費を差し引くことにより、
各産業の基本価格に対する付加価値を算定する。
●第一次所得の総和としてのGDP(所得アプローチ)
。このアプローチにおいて、GDPbpは、雇用者所得(Er)、
間接税−補助金(Tin)、固定資産減耗(CKF)
、純営業余剰(NES)および関税などの輸入税(Im)の総和
である。
GDPbp=Er+Tin+CKF+NES+Im
●純最終需要としてのGDP(支出アプローチ)
。このアプローチにおいて、GDPbpは最終消費(FC)
、総固定
資本形成(GFKF)、在庫変動(E)および輸出(X)の総和から輸入(M)を差し引いたものに等しい。
GDPbp=FC+GFKF+E+X−M
●コモディティ・フロー法。国民経済計算は3つのアプローチ(生産、所得、支出)をまとめて、国民経済計
算統計を作成するものである。供給・使用表により、各々の財・サービスの供給と使用を対応させたもので
あるから、極めて詳細なレベルで数字に整合性があるかを一貫性のある方法でクロスチェックすることがで
きる。
つまり、投入産出表の作成方法を活用すれば、購入者価格表示GDP(GDPbp)を算定し、それを付加価値
の総和、第一次所得の総和または純最終需要として計測することができる。投入産出表やセクター別重み付け
を活用することにより、あるセクターの被害が他セクターにどのように反映されるかを把握することができる。
損失は取替原価で計上し、被害シナリオを確定する。基礎収支(対外部門、財政赤字、国内均衡(価格、為替
レートなど)の変化に注目する。
67
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
大災害発生後の経済動向の例として、カリブ海地域を襲った2つの大きなハリケーン「ルイス」
と「マリリン」の事例を図Ⅴ−4−3に示す。
(2)複数の将来シナリオの活用
第一のシナリオ(後の復興活動を考慮しない災害の定量化と影響)は、復興活動を考慮するほ
かのシナリオの基準となる。いずれのシナリオの場合も、取替原価ではなく復興費用で表示する
こと、セクター別の応急復旧の優先事項や災害発生後数週間で形になり始める復興戦略を中心に
考えることが基本である。
数あるシナリオだが、被災国の外部資源吸収能力と事業実施能力のうち、2つの基本的な要素
についての前提を明らかにしなければならない。各シナリオにおいては、金利、債務負担能力、
生産投入資源・生産手段(原材料、資本財、国内貯蓄、労働力など)を踏まえつつ、復興資源が
大幅に増加または転用が発生した際に主要経済指標がどのように変動するかについても評価をす
る必要がある。
所得への影響は雇用への影響との関連性抜きには考えられない。これは、所得獲得活動の低下
ないし停止をもたらす災害の影響を算定する上で極めて重要である。所得への影響の算定では、
インフレ率や利用可能な供給資源への災害影響も評価する。国民所得への影響を算定するのも、
災害が生産活動に与える影響を分析する方法のひとつである(そのため、国民所得への影響は生
産活動に与える影響に加えてはならない)。ある特定層(特に最下位層)に集中する災害影響が
あれば、その影響に焦点を当てて、農村部であれ都市部であれ、復興関連の労働力吸収計画の策
定に役立てることも場合によっては有効である。いうまでもなく、このような評価は雇用への災
害影響の評価とも密接に関わっている。供給経路が一時的に寸断されて供給の硬直化がインフレ
を悪化させると、国民の実質所得にも影響が出かねない。本章の付録ⅩⅦ(2001年エルサルバド
ル地震のマクロ経済的影響に関する評価の抜粋)では、分析の種類とマクロ経済評価の結果を示
している。表Ⅴ−4−4や図Ⅴ−4−4は、評価終了時における結果の提示方法に関する例である。
整合性のあるモデルに基づき、様々な復興シナリオを評価することができる。図Ⅴ−4−4(2)
表Ⅴ−4−4
マクロ的影響・全体的な影響
(現在価値と基準価値)
事前状況(当期) 事後状況(当期)
1.
GDP
対外収支
・輸出
・輸入
A. 貿易収支
B. 経常収支と資本勘定
・正味債務(利払いと元本返済)
・純寄付
・民間移転収支
・その他の収入(保険者、受再者への支払い)
2. 財政収支
・収入
・支出
3. 資本勘定
・総資本形成
・国内投資
・対内直接投資
68
中短期予測(代替的
なシナリオを含む)
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第4章 災害のマクロ経済的影響
図Ⅴ−4−4
災害
シナリオ「A」
シナリオ「B」
時間
自国通貨単位
災害
遅い復興
動向
早い復興
期間(年)
は、当該の経済小国の特徴および、経済小国一般について災害前後に得られた実証的証拠に基づ
いている。
4−4−3 対外部門と国際収支への影響
各セクターの専門家は担当の評価を実施するにあたり、国際収支の経常収支や必要に応じて復
興プロセスに必要な外部資金への影響を二次的影響に含めていることがある。
マクロ経済の専門家としては、経済全体の国際収支の推定と災害発生年(可能であればその次
の年も含む)の予測を行う必要がある。この数値は、対外部門のほかの基本指標(対外債務総額、
債務返済の影響、外貨準備高など)で補足しなければならない。
災害が国際収支に与える影響の算定には、災害発生年の国際収支についての被災前推計のほか、
可能な限り詳細なデータを用いた先行する5年間の国際収支が必要である48。国際収支は次の3要
素から構成される。すなわち、財・サービスの対内対外フロー、実物資源または金融債権に相当
48
IMF『国際収支提要』第5版
69
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
Box V−4−3 国際収支への影響
(1)財・サービスのフロー
・輸出品の減少(生産・能力の被害または国内市場への転用による)
・貨物量、観光、そのほかのインフラの被害に起因するサービス収入の減少
・復旧段階において不可欠な輸入品(燃料、収穫物および主食生産の被害を補う食糧、追加投入資源)の増
加
・関税引き下げによる輸入額の減少
・災害に伴う保険および再保険
(2)一方的取引
・外国からの一方的取引の増加(寄付、無償援助、送金)
・外国への一方的取引の減少(利益権益の送還)
(3)居住者債権の変化
居住者債権の変化は、被災後の2年間における復旧復興にとって中長期的に必要な外国資金の額に基づいて
算定する。
表Ⅴ−4−5
ドミニカの国際収支(1993∼1997年)
(100万米ドル)
財
サービス
収入
移転
資本移転
投資収支
外国直接投資
1993
−118
48.9
−17.3
23.5
26.3
53.9
35.7
1994
−129
36.4
−29.9
19.1
23.2
80.5
61.1
1995
−143
34.5
36.0
21.2
52.3
78.9
146.1
1996
−129
64.9
−53.2
27.5
57.4
26.6
48.1
1997
137
84.0
−46.5
28.3
60.8
14.2
57.0
する対内対外の一方的取引、および経済取引に起因する居住者の非居住者に対する債権と債務の
変化である。
4−4−4 財政への影響
自然災害は予算にも影響を与える。予算とは、政府が歳入をどのように使うかを予測する財務
計画である。項目別の歳入・歳出の計画を提示するものである。公的セクターの活動は、キャッ
シュフローまたは発生主義で報告される。中央紙府の歳入はキャッシュフローで表示する。実現
されない歳入項目は発生主義で表示する。
財政収支を発生主義で表示するかどうかは、財務指標と経済金融指標とのすり合わせの必要性、
財源としての浮動公債の位置付け、データの有無などで決まる。公的セクターの活動は会計年度
に沿って行われる。会計年度と暦年は必ずしも一致しない。したがって、財政数値を国民経済計
算などほかの数値と比較する場合は調整が必要である。
災害が予算に与える影響としては、次のことが考えられる。
・税収減少による当期歳入の減収。課税ベース、税率、免税措置(輸入税の引き下げ)、税外
収入
・損壊・損傷による資本収入の減少
70
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第4章 災害のマクロ経済的影響
表Ⅴ−4−6
アンティグア・バーブーダの国家予算収支(1993∼1997年)
(ECドル)
税収
国内税
貿易税
輸入税
経常的支出
資本的支出
1993
255.0
44.8
140.5
44.0
274.4
2.4
1994
281.0
52.0
156.2
47.1
275.4
2.8
1995
283.0
53.3
160.6
46.0
29.6
4.2
1996
323.0
69.9
181.6
54.6
314.6
5.0
1997
327.0
63.4
187.5
56.8
324.3
3.7
・経常的支出の変化(増加が多い)。一般歳出の増加、移転支出の増加、一般政府負債利子の
減少
・資本支出の増加。直接投資、資本移転および金融業務の増加
災害が財政に与える影響は、中央政府の活動とその資金調達の差を示した発表資料の財政項目
を整理し直すことにより分析することができる。一般政府勘定のそのほかの項目、特に国営企業
の項目が予算に与える影響を考慮することが重要である。国営企業と国の予算の関係は、経常的
支出の移転支出で把握することができる。企業は、生産関連企業、特定サービス関連企業、販売
関連企業、石油製品の生産・輸入・精製に関連する企業に分類される。
極めて経済規模の小さい国であるアンティグア・バーブーダの予算に対する災害影響の評価に
おいては、1995年のハリケーン「ルイス」と「マリリン」の被災以降、輸入税の引き下げにもか
かわらず、輸入税収入が増加した。
4−4−5 雇用
社会セクターおよび経済セクターに関する災害評価報告においては、生産設備や社会インフラ
の損壊、緊急対応期および復旧期における労働力需要に起因する雇用水準への全般的な影響の評
価ができるような推定値を盛り込む。
雇用への影響は世帯所得や国民生産に影響を与えるだけでなく、国民の国内流動性(被害が少
ない地域と大きい地域の間)および近隣諸国などへの人口流出に与える影響も大きくなりつつあ
る。このような移動は往々にして社会や政治に大きな影響を及ぼす。
4−4−6 価格とインフレ
インフレのデータは、中央銀行が毎月あるいは少なくとも3カ月ごとに発表している。IMFお
よびIMFのプログラムを実施している国にとっては主要な指標である。しかし、価格指数の設定
につながる価格調査は都市部に集中しがちである。したがって、農業などのセクターに被害をも
たらす自然災害を評価する際、評価担当者は農村部の価格データの不足に悩まされることになる。
マクロ経済の専門家に対して、被災前後のおよそのインフレ水準を推定することを期待するこ
とはできないが、供給不足(作物、製品、貿易経路、交通輸送経路などの被害が原因)が代替的
な方法で供給される財・サービスの価格に与える影響について、(セクター別の分析結果に基づ
き)見解を表明することは最低限必要である。一般価格水準や相対価格に関するこのような指標
に対する影響の評価を実施し、災害の全般的な影響に関する記述に盛り込まなければならない。
71
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
4−4−7 モデルの活用
前述のとおり、被災国のアナリストが一般に使用しているモデルを使用することが望ましい。
ここでは一般的な2つのモデルとそのモデルを個別の事例に適用する際に必要なツールについて
説明する。投資行動についてはここでは検討しない。被害評価からは投資への影響は見えにくい。
復興に必要な資源の入手可能性や質(量、条件、国内資源と外国資源の割合、官民の割合)など
によって異なるからである。モデルを活用することにより、様々なシナリオや制約要因を導入す
ることができる。付録ⅩⅧでは2つのモデルを概観し、中短期的な影響の推定や復興戦略の策定
において有用であることを例示している。
モデルは、各セクターの専門家や被災国の経済当局から得た情報の処理・分析を行う際にマク
ロ経済の専門家が任意に選択できる。災害評価のこれまでの経験から、GDPやGDP成長率への影
響の評価は、単線思考ではなく、様々なシナリオを設定することにより可能になるといえる。な
お、投入産出表やGOV、VAの比率を活用したGDP成長率への影響の推定はおおまかな推定にす
ぎず、ラテンアメリカ・カリブ海地域においては、最新版や比較的新しい投入産出表を整備して
いる国は少ないことを留意すべきである。したがって、この方法による推定は信頼性が低かった
り、セクター別影響の規模を十分に反映していなかったりする危険がある。
マクロ経済政策の視点から見た中心的課題は、復興費用を賄うために政府はどの程度の資金が
必要なのか、持続可能な財政政策をどうにか堅持しつつ、どれだけ早くその資金を調達できるか、
ということである。評価プロセスのこの段階において、復興費用を除いた基礎的な公的赤字を明
らかにしておくことが重要である。次に、その基礎的赤字をどのように穴埋めする予定であった
のか(国際機関から借入金、公債の発行、その組み合わせなど)を明らかにする。借入金の場合、
償還期間、据置期間、金利(通常LIBORプラス○○ベーシスポイントと表示)についての情報を
被災国の担当当局から入手し、中長期的な債務計画を策定する。情報の入手が完了した時点で次
の2つのシナリオモードを推奨できる。
①可能性の高い資金調達構造
②資金調達構造別の生起確率。第一のシナリオモードについて、資金調達構造は様々なので、
様々なシナリオを設定することができる。ここでは単純化するために、シナリオの数を3つ
にとどめる。以下では各シナリオについて簡単に説明する。
シナリオA(悲観的)。前提条件は次のとおりである。数年(例えば5年)で経済の過熱や不
均衡を避けつつ被害を復旧させ、推定取替原価を賄うために必要な資金について、政府は借入金
契約を締結する。経済の吸収能力が限られているため、関連支出も同期間全体に割り振っている。
長期借款(例:償還期間20年)で、据置期間は数年(例:5年)、金利はLIBORに低めのベーシ
スポイント(例:150)を上乗せする49。
シナリオB(高確率)。前提条件は次のとおりである。シナリオAと同期間(5年)で被害を復
旧させ、推定取替原価を賄うために必要な資金について、政府は借入金契約を締結する。災害発
生年の末に契約した借入金の返済はシナリオAと同じ条件で行うが、特別災害債の発行による資
金調達も行う。魅力的な投資にするため、この債権の償還期限は長く(例:7年)、金利も
49
各期間やベーシスポイントは、事例ごとに被災国の財政状況・リスク格付け、債務の規模、および復興に必要
な資源の吸収能力に合わせて設定する。
72
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第4章 災害のマクロ経済的影響
LIBORに高めのベーシスポイント(例:280)を上乗せする。
シナリオC(楽観的)
。前提条件は次のとおりである。復興プロセスに防災力強化計画を組み込
み、被災地のインフラの改善・強化を図るため、政府はより多くの資金を借り入れる。借り入れ
条件はシナリオAと同じである。
第二のシナリオモードでも第一のシナリオモードと同様、各シナリオは3つのシナリオに割り
当てた生起確率によって区別できる確率分布と関連している。生起確率は高確率のシナリオで
50%、悲観的および楽観的なシナリオで25%である。
いずれの場合も、復興支出が経済成長を早めるのか、特に、支出増加分の相当の割合が輸入量
に反映されると仮定した場合にはどうなるのかについて、検討することが重要である。端的に言
えば、次に示す基礎的赤字総額に基づいて、計画した復興期間について予測を行うということで
ある。
基礎的赤字総額 = 純資金需要+債務の割賦償還 = 総資金需要−既存債務返済
= 財政資金調達ギャップ
以上は、各シナリオにおける財政赤字総額と基礎的赤字総額を区別する「感応度分析」に活用
できる。この分析は、政府負債・債務返済、資金調達ギャップ、国際収支にも応用が可能である。
73
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅦ 2001年エルサルバドル地震のマクロ経済的影響
付録XVII
2001年エルサルバドル地震のマクロ経済的影響
1.被害の概要
被害総額は2000年GDPの12.1%、輸出高の43.5%、輸入高の29.3%、総固定資本形成の42.3%に
相当する。この数字は財政と対外部門の課題を象徴している。
2.被災前の状況
概要
エルサルバドルの2000年におけるGDP成長率は2%であり、3年連続の前年度割れであった50。
その主な原因のひとつが輸出セクターであり、コーヒーと砂糖の国際価格の下落に伴う輸出の不
振と、燃料価格の高騰により交易条件が悪化した。建設業や商業、国内消費向けの農業も低迷し
た。
1999年には財政が悪化した。対外部門とともに財政がエルサルバドルのアキレス腱であった。
歳出において控えめな財政政策を採用するとともに、課税ベースの拡大と節税・脱税の抑止をめ
ざした対策を実施したが、財政の悪化は避けられなかった。被災前の経済状況に関する政府の基
本的前提を表A17−1にまとめた。
2000年末、国の財政赤字の対GDP比は2.3%と発表された。これは1999年水準を若干上回って
いる。被災前の予測では、2001年の対GDP比は2.8%になると見られていた。政府は向こう5年
間の年金支給に10億米ドル以上の支出が必要であったこともあり、これまでの歳入動向が継続す
れば、財政赤字はさらに悪化するとされていた。関税収入についても、エルサルバドルが締結し
た自由貿易協定のあおりを受けて減収が見込まれていた。
表A17−1
主要経済指標
2001年
1999年
2000年
3.4
2.0
3.5-4.5
−1.0
4.3
2.0-4.0
(被災前)
目標
実質GDP(%)
インフレ率(%)
前提条件
コーヒー生産高1999/2000年(単位:億ポンド)
3.2
コーヒー生産高2000/2001年(単位:億ポンド)
−
3.2
コーヒー輸出高(単位:億ポンド)
2.5
3.1
2.6
輸出向けコーヒーの平均価格(100ポンド当たり、単位はドル)
99.0
96.5
75.0
財貨の輸出、FOBベース(100万ドル)
2,500.4
2,981.9
3,603.1
財貨の輸入、CIFベース(100万ドル)
4,119.9
4,908.1
5,782.0
2.6
3.7
2.0-3.0
対外インフレ(%)
出所:エルサルバドル中央銀行
50
−
2.9
2000年12年の公式推定値による。
75
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
2000年において高い成長率を見込まれていた民間の各セクターは、運輸通信業(6.2%)、金融
保険業(5.1%)、製造業(4.5%)となっている。対外部門では、財貨・サービスの輸出の伸びが
17.3%、同輸入の伸びが18.1%で、財貨・サービスの貿易収支は26%拡大した。経常赤字はGDP
の3%で、1999年の2%を上回った。カリブ海地域開発計画の拡大を受けてマキラドーラ製品
(特に繊維)の輸出が好転するとされており、被災前の予測では、経常赤字の対GDP比は2001年
に2.5%まで縮小するとみられていた。
引き続き貿易赤字の穴埋めをしたのが家族送金で、2000年には17億5100万米ドルであった。中
央銀行の純外貨準備高は19億米ドル弱であり、当年度の輸入高の4カ月半分に相当した。
2000年(12月∼12月)のインフレ率は、エルサルバドルの消費者物価指数(CPI)による算定
で4.3%弱であり、前年度の−1%から大きく上昇した。被災前の予測では、2001年のインフレ率
(12月∼12月)は3%であった。
2000年11月下旬、通貨統合計画が発表された。2001年1月1日に実施されると、1994年以降の
一般為替レートは1米ドル8.75コロンとなった。ほかの通貨は変動相場に移行し、ドルが決済通
貨となった。被災前、この流れが資本フローの活発化と外国直接投資の増加につながることを政
府は期待していた。
外的ショック(1月13日地震など)を緩和するマクロ経済調整メカニズムは、ドル建てのシナ
リオと国内通貨建てのシナリオでは全く異なることを強調しておきたい。ドル建てのシナリオに
おいて、調整は財政政策と労働市場を通じて行われる。他方、国内通貨建てのシナリオでは、名
目為替レートの変更によって行う。ドル建てのシナリオでは、厳しい財政管理、外部資源の増加、
労働市場の柔軟性の大幅拡大が必要となる。
3.二度にわたる地震の累積効果―2001年以降の被災後予測
2回目の地震が2001年以降のマクロ経済に与える影響を評価するには、1回目の1月13日地震
に関する文書に掲載された推定を用いて、成長、インフレおよび国際収支の経常赤字と財政赤字
への影響に注目する必要がある。
2001年の最も可能性が高いマクロ経済シナリオによる被災後予測では、経済政策の役割を評価
しており、結果的に復興の課題を明らかにしている。
この地震がGDP成長率に与える主な影響を構成要素別の割合で見てみると、社会セクター
(40%)、インフラ・セクター(32%)、生産セクター(20%)となっている。社会セクターで最
も被害が大きかったのが住宅である。インフラ・セクターで最も被害が大きかったのは道路であ
り、その復旧復興のために、低い水準にある公共・民間投資が上向くかもしれない。生産セクタ
ーで最も被害が大きかったのは小零細企業である。その多くは自助努力により回復し始めている
が、撤退に追い込まれたか、運転資本や在庫資本の調達に絞られた融資プログラムの支援のみを
受ける企業も多い。
表A17−2は、総需要と総供給を現価で示したものである。被災後予測の欄には、復興に起因
する輸入増加も含まれている。
表A17−3は、総需要と総供給を1990年の基準価格で示したものである。2001年予測は、中央
銀行がGDP成長率を4.5%とした被災前シナリオを用いて算定したものである。被災後予測はす
べてECLACが実施したが、GDP成長率は初年度(2001年)で4%、2002年と2003年はこれを上
回る予測である。
76
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅦ 2001年エルサルバドル地震のマクロ経済的影響
以上をまとめると、財政支出と輸入需要(建設、住宅関連が中心)が共に拡大し、国内赤字と対
外赤字が同時に発生するため、エルサルバドルのように規模が小さく開放された経済を有する国
で地震が発生すると財政へのしわ寄せが大きい。そのため、国際社会が提供する資金が増加しな
い限り、調整プロセスが失業率の上昇を招いてしまう。そのような新規融資の条件は緩やかなも
のとして、被災国の対外債務の増加が対外脆弱性を強めないようにしなければならない。
大規模な復興支出(2回目の地震について推定3億3600万米ドル)により生じる財政ギャップ
を埋めるため、国際機関が新たな提供する融資は、1回目の地震の後に決定した融資と合わせる
と、その総額は19億4000万米ドルになる 51。復興には、向こう5年間で毎年3億9000万米ドル
(総額19億米ドル)が必要とされている。
表A17−2
総需要
消費
民間
公共
国内総投資
固定資本形成
民間
公共
在庫変動
財貨・サービスの輸出
総供給
財貨・サービスの輸入
国際総生産
農業
鉱業・採石業
製造業
水道・電気
建設業
商業・宿泊施設業・飲食業
交通運輸・保管・通信
銀行、保険、その他金融
不動産・法人向けサービス業注1
不動産賃貸
コミュニティ・社会・対個人・
家事の各サービス注2
政府サービス
−
帰属金融サービス
+
関税および付加価値税
現価表示の総需要と総供給
2000年
被災前2001年 被災後2001年
1999年
予測値
予測値
予測値
暫定値
(12月修正)
180,767.7
182,163.7
149,779.1 163,730.2
121,514.9
121,503.2
104,605.4 111,988.5
108,649.9
108,569.6
93,624.4 100,411.5
12,865.0
12,933.6
10,981.0 11,577.0
21,310.2
22,588.3
17,741.6 19,574.9
21,083.3
22,406.1
17,618.9 19,436.2
17,148.1
18,216.4
14,376.1 16,011.2
3,935.2
4,189.8
3,242.8
3,425.0
226.9
182.2
122.7
138.7
37,942.6
38,072.2
27,432.1 32,166.8
180,767.6
182,163.7
149,779.1 163,730.0
56,108.5
58,108.5
40,693.6 48,062.9
124,659.1
124,055.2
109,085.5 115,667.1
12,414.4
12,086.2
11,725.9 11,806.7
499.3
499.3
435.2
461.7
29,476.9
29,412.6
24,545.9 27,092.3
2,551.8
2,444.5
2,020.4
2,350.9
5,484.0
5,799.8
4,773.6
5,037.0
22,857.8
22,632.3
20,740.6 21,462.6
10,858.2
10,858.2
9,209.3
9,955.6
5,417.8
5,417.8
4,606.9
4,952.7
5,000.9
5,050.9
45,44.3
4,704.7
9,649.4
9,699.4
8,634.9
9,027.4
8,143.1
8,034.7
7,191.5
7,751.1
(100万米ドル)
対GDP比(%)
2001年
2001年
2000年
(被災前) (被災後)
141.6
145.0
146.8
96.8
97.5
97.9
86.8
87.2
87.5
10.0
10.3
10.4
16.9
17.1
18.2
16.8
16.9
18.1
13.8
13.8
14.7
3.0
3.2
3.4
0.1
0.2
0.1
27.8
30.4
30.7
141.6
145.0
146.8
41.6
45.0
46.8
100.0
100.0
100.0
10.2
10.0
9.7
0.4
0.4
0.4
23.4
23.6
23.7
2.0
2.0
2.0
4.4
4.4
4.7
18.6
18.3
18.2
8.6
8.7
8.8
4.3
4.3
4.4
4.1
4.0
4.1
7.8
7.7
7.8
6.7
6.5
6.5
8,071.2
8,491.7
9,084.5
8,898.5
7.3
7.3
7.2
4,506.6
4,845.4
5,225.4
5,225.4
4.2
4.2
4.2
7,092.4
7,418.1
8,446.4
8,446.4
6.4
6.8
6.8
注1:非住宅資産の賃貸・利用、専門・法務・会計・監査、データ作成・コンピュータ・設計・広告など。
注2:民間教育・保険医療・娯楽(映画・TV)・獣医などサービス、業界・専門職・労働・宗教の各団体、電気
修理・自動車修理など。
出所:ECLAC。暫定値はエルサルバドル中央銀行のデータに基づく推定。
51
加えて、1月31日以降、2回目の地震が発生する前までに被害が報告された住宅の再建に総額1億1200万米ド
ルが必要となった。
77
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
表A17−3 基準価格表示の総需要と総供給
1999年
暫定値
2000年
予測値
(12月修正)
対GDP比(%)
被災前2001年 被災後2001年
予測値
予測値
2000年
2001年
2001年
(被災前) (被災後)
総需要
84,898.5
89,439.8
96,081.2
97,100.6
5.3
7.4
8.6
消費
55,411.0
56,273.4
58,777.6
58,776.9
1.6
4.5
4.4
民間
50,710.6
51,557.7
53,749.1
53,720.7
1.7
4.3
4.2
公共
4,700.5
4,715.7
5,028.5
5,056.1
0.3
6.6
7.2
国内総投資
10,594.8
11,149.5
11,957.8
12,630.6
5.2
7.2
13.3
固定資本形成
10,488.3
11,054.0
11,670.8
12,400.2
5.4
5.6
12.2
民間
8,829.3
9,421.4
9,851.4
10,463.2
6.7
4.6
11.1
公共
1,659.0
1,632.6
1,819.4
1,937.0
-1.6
11.4
18.6
106.5
95.5
287.0
230.3
-10.3
200.5
141.2
財貨・サービスの輸出
18,892.6
22,016.9
25.345.8
25,693.2
16.5
15.1
16.7
総供給
84,898.5
89,439.8
96,081.2
97,100.6
5.3
7.4
8.6
財貨・サービスの輸入
29,015.1
32,455.2
36,550.4
37,855.7
11.9
12.6
16.6
国際総生産
55,883.4
56,984.6
59,530.8
59,244.9
2.0
4.5
4.0
7,205.1
7,145.9
7,403.0
7,207.0
-0.8
3.6
0.9
242.6
249.9
262.3
262.4
3.0
5.0
5.0
12,655.3
13,225.8
14,109.9
14,079.8
4.5
6.7
6.5
在庫変動
農業
鉱業・採石業
製造業
水道・電気
建設業
350.2
354.3
374.4
358.6
1.2
5.7
1.2
2,176.6
2,126.5
2,243.4
2,373.1
-2.3
5.5
11.6
10,940.9
11,030.8
11,370.7
11,259.9
0.8
3.1
2.1
交通運輸・保管・通信
4,554.8
4,836.6
5,124.8
5,124.2
6.2
6.0
5.9
銀行、保険、その他金融
2,098.4
2,205.2
2,337.5
2,337.3
5.1
6.0
6.0
不動産・法人向けサービス業
1,811.4
1,838.6
1,893.7
1,912.5
1.5
3.0
4.0
不動産賃貸
4,719.4
4,790.2
4,876.4
4,9,1.2
1.5
1.8
2.3
コミュニティ・社会・対個人・
2,889.7
2,928.3
2,982.1
2,942.0
1.3
1.8
0.5
3,093.1
3,099.3
3,145.8
3,081.2
0.2
1.5
-0.6
1,825.6
1,918.7
2,005.0
2,005.1
5.1
4.5
4.5
4,971.5
5,071.9
5,411.7
5,410.9
2.0
6.7
6.7
商業・宿泊施設業・飲食業
注1
注2
家事の各サービス
政府サービス
−
帰属金融サービス
+
関税および付加価値税
注1:非住宅資産の賃貸・利用、専門・法務・会計・監査、データ作成・コンピュータ・設計・広告など。
注2:民間教育・保険医療・娯楽(映画・TV)・獣医などサービス、業界・専門職・労働・宗教の各団体、電
気修理・自走車修理・時計・宝石など。
出所:公式の数字に基づいてECLACが算定。
言い換えると、2番目の地震の影響は、財政だけではなく、国内貯蓄や投資能力のさらなる悪
化である。中米経済統合銀行(Central American Bank for Economic Integration: CABEI)、米
州開発銀行(Inter-American Development Bank: IDB)、世界銀行などによる特恵的な条件の借
款により外部資源が入手できなければ、このような復興支出の大幅な増加は不可能である52。
2回の地震による被害推定に基づき、ここでは3つのシナリオを提示することが有益と判断し
た。経年投資額の違いによる3つのシナリオは次のとおりである。シナリオ1は、1年目に1億
52
エルサルバドル中央銀行とIMFによれば、特恵的な借款条件とは、償還期間が20年、据置期間が5年、年金利
が7.5%(LIBOR)である。この条件であれば、2001年以降の3年間において短期債務が大幅に増加することは
ない。
78
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅦ 2001年エルサルバドル地震のマクロ経済的影響
表A17−4
2月13日地震発生後の3つの2001年復興シナリオにおける主要経済指標
(%)
シナリオ1(悲観的)
シナリオ2(高確率)
シナリオ3(楽観的)
実質GDP成長率
3.0
3.5-4.0
4.0-5.0
インフレ
4.3
3.0
3.0
財政赤字
5.0-5.5
4.8-5.0
2.7-3.0
経常赤字/GDP
4.0
3.5
2.5
政府負債/GDP
35
33
32.3
出所:ECLAC作成。3つのシナリオとも、金利と据置期間を中心に特恵的な条件の借款(年金利7.5%、償還期
間20年、据置期間5年)を前提としている。
5000万米ドルで、その後復興が完了するまでの4年間は1年当たり4億米ドル超。シナリオ2は
5年間平均3億8000万米ドル。シナリオ3は1年目が4億米ドルでその後の4年間は1年当たり
3億7500万米ドル53。これにより、公共支出・公共投資の水準が決定する。それは向こう数年間
の国家債務の条件により異なり、その実現可能性は国の生産構造の拡大能力と関係する。復興期
の長さも変化する可能性のある要因であり、2回目の地震による累積の影響により、5年を軽く
越える可能性がある。
悲観的なシナリオ。復興投資は2001年に1億5000万米ドル、2002∼2005年で17億5000万米ドル
が前提。実質GDP成長率は2000年よりも高いが、2001年における復興向け資源フローの減少は生
産セクターを後押しするまでには至らず、主要経済指標の大幅な低下を招きかねない。
高確率のシナリオ。復興投資は2001年に3億8000万米ドル、2002∼2005年で15億2000万米ドル
が前提。このシナリオでは、GDP成長率は2000年水準の2倍となり、年インフレ率が低下する。
新規の復興事業と輸入の増加により、財政赤字、経常赤字共に増加させる。基礎的赤字はGDPの
2.7%、復興支出はGDPの2.1%、2001年の赤字総額はGDPの4.8%と推定される。
楽観的シナリオ。復興投資は2001年に4億米ドル、2002∼2005年で15億万米ドルが前提。この
シナリオでは、GDP成長率は増加、インフレ率は2000年水準を下回り、財政収支、対外収支とも
に健全な範囲にとどまる。
以上のシナリオは、主要経済指標への影響を評価するのに有効である。ただし、2回目の評価
を準備している時点では、予想援助額、2001年に調達できる資金量、実際の支払いや貸付実行の
時期、上記の特恵的条件で融資が実施されるかどうかについては不透明である。
この評価では、民営化企業の事業権や持ち株の売却など、借款によらずに復興資金の一部を賄
うことの影響は考慮していない。借款によらないもうひとつの方法としては、国内貯蓄と税収の
引き上げがある。この方法では、公共支出―経常支出(緊急対応期と暫定復旧期)と公共投資
(復興とされる5年以上の期間)―増加による歪みを軽減することができる。
図A17−1
2001年以降の復興シナリオ
悲観的なシナリオ
高確率のシナリオ
楽観的なシナリオ
年
53
金利や復興借款の条件が変化すると、新規借款の債務返済費用も変化する。借款条件の緩和は、復興プロセス
を早めるだけでなく、基礎的マクロ経済収支への負担も軽減される。
79
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
図A17−1は、3つのシナリオによるGDP成長率を示したものである。
すでに指摘したように、復興費用は19億米ドルを超える。これは1回目の地震によって難しい
課題を突きつけられていた経済政策にさらなる試練を与えるものである。国の復興計画の資金を
調達すると同時に、外貨準備高を適切な水準に維持し、債務返済費用を抑制し、マクロ経済不安
定化のリスク増加を阻止するという課題を実現するには、追加的な資金の調達と財政の適切な管
理が必要である54。地震によってすでに被害を受けた生産能力や雇用をわずかでも犠牲にするこ
となく、このすべての課題を実現しなければならない。
2回の地震の発生後、企業活動や様々な業種の予測に関する調査が実施されたが、2001年に税
収が増加したとは明確に結論づけていない55。所得と雇用が回復しないかぎり、国内需要は縮小
するというのが明確に述べられた結論である。また、復興用の資源需要の増加がほかの地域の需
要を低下させかねないともしている。復興は経常的支出の相対的な増加をもたらすかもしれない
が、それは社会的支出や資本的支出の予測増加率にマイナスの影響を与えかねない。緊急対応期
に発生する費用と2001年の「冬季計画」(雨期の到来の前に仮設住宅の供給と山腹の安定化を行
う緊急対策)がまさにその理由である。
以上のどの復興シナリオにおいても、公的赤字の穴埋めは新規の借款ですることになっている。
家族送金の増加に備えて中央銀行が国際通貨の獲得を継続するシナリオですらそうである。中長
期的な債務を増加させることで復興資金を調達すれば、これまでの状況はさらに悪化する。高確
率のシナリオでは、債務返済総費用は年間GDPの33%に達することになるが、これは妥当な水準
である。
4.雇用への影響
2回目の地震の影響は、1回目の地震と比較して地域的に限定されているので、雇用への影響
はサンビセンテ県、クスカトラン県およびラパス県の生産セクター(特に商業部門の小零細企業)
の被害との関連性が強い。2回目の地震では、農業やマキラドーラのセクターへの影響は1回目
の地震と比較してはるかに小さく、被害は農村部および都市周辺部の自宅をベースにした小零細
企業に集中したと考えられる。そのため、1回目の評価結果の数字を基準とすることができる。
2回目の地震による主要関係や規模の変化を予測したものではないからである。
エルサルバドル・コーヒー審議会のデータによれば、2回目の地震で8,900以上の雇用が失われ、
その43%がサンビセンテ県、13%がラパス県、9%がクスカトラン県やサンサルバドルなどの県
となっている。また、農業会議所(CAMAGRO)のデータによれば、イロパンゴ湖の漁民400人
以上が損害を受けた。
このような家内事業や小・零細事業の従事者の多くは女性であることから、女性への影響は特
に大きいといえる。
雇用への影響はここでも小零細事業に集中している。2回目の地震により失業率は上昇した。
54
55
国際機関からの譲許的借款、債券発行、自前の資金、課税ベースの拡大と徴税の改善をめざす財政政策、歳入
当局の効率化を組み合わせることで、追加的な資金を調達する余地はある。節税・脱税という長年の問題に対
処するため最近税制が改正されたが、徴税の効率化が期待される。
こ の 調 査 の 実 施 主 体 は 、 エ ル サ ル バ ド ル 経 済 社 会 開 発 財 団 ( Foundation for Economic and Social
Development: FUSADES)
、エルサルバドル民間企業連盟(National Private Enterptise Association: ANEP)
、
およびエルサルバドル商工会議所である。
80
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅦ 2001年エルサルバドル地震のマクロ経済的影響
具体的には、サンビセンテ県で7.3%、クスカトラン県で6.9%、ラパス県で6.3%となっている。
これらの県では失業以外に雇用の不安定化もみられ、生産セクターの企業が被害を受けている。
1回目の地震では、コーヒー・プランテーションで484人、コーヒー加工工場では630人の雇用
が失われた。この両方の数字とも2回目の地震でさらに拡大した(上記参照)。
81
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
付録XVIII 被害影響の推定とその中短期的な影響の予測に
有効な2つのモデルの例
モデルA
基本的な理論的前提
これは、自然災害がGDPと主要マクロ経済指標に与える影響を推定するのに国際通貨基金
(IMF)などが活用するモデルを簡略化かつ改良したものである56。モデルAは基本的に経験則を
前提にしている。自然災害は通常、その発生からまもなくの間(例えば、1年間)は経済成長率
にマイナスの影響を与えるが、その後、成長率は比較的に急速に回復することが多い、という経
験則である。ほかの条件が同じであれば、成長率の回復の早さや規模は、災害で損壊した資産の
再取得能力、より一般的にいえば復興プロセスそのものの一次関数であることがこのモデルでは
前提とされている。
このモデルでは、自然災害発生後の数年における高めの成長率は、中期的(3∼5年)にも長
期的(8∼10年)にもその災害で失われた厚生の更新・回復には必ずしもつながらないことが前
提とされている。これは、最貧国(資本ストックが少ない)は先進国(資本ストックが多い)よ
りも成長が早いとする、成長理論の条件収束仮説と関係している57。
このモデルの第一の前提は、一般レベルにおいて経済全体に加えられた生産の関数である。災
害や経済のタイプによって別の関数を採用してもよい。単純化するため、コブ・ダグラス関数で
規模に関して収穫不変と仮定する。
Y=AK αL β
ただし、
y=
K
Y
0 <α<k 1=
L
L
YはGDP、Kは資本ストック、Lは労働ストック、Aはトレンド変数や対外競争力や人的資本蓄
積水準量の変数を含む技術パラメータである(生産要素の総生産性)。
上記のコブ・ダクラス関数によるパネル回帰結果で成長因子を明らかにする誤差修正モデルを
活用して算定を行う。構造要因が技術変数とマクロ経済に影響を与える一方、見通しは長期トレ
ンドからの偏差を説明する。
このモデルにより、長期収支要因に関する情報を盛り込むことが可能となるとともに、動的構
造の特定にあたりその情報が重要な役割を与えられる。また、技術生産関数により与えられる均
衡関係の文脈において、全要素生産性の長期的な因子を特定することができる。短期的偏差は、
長期均衡関係が実現しなかった場合に作動する要素の結果である。その規模は固定変数により説
56
57
このモデルの改良点の一部は、2001年初頭にECLACがエルサルバドルで実施した地震被害評価の過程で提案
されたものである。IMFの当初モデルは誤差修正機能がなく、GDP増加率は支出と財政ギャップの推定値から
抽出される。
Robert Barro and Xavier Sala-i-Martin (1995) Economic Growth.
82
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅦ 2001年エルサルバドル地震のマクロ経済的影響
明される。
一般的にこのモデルは、変数とパラメータのグループ化の方法に関する特定の要件を設定する。
同時に、これが結果の信頼性試験として機能するとともに、成長動向や経済循環の性質について
の情報を提供する。
以下は、誤差修正モデルの簡単な説明である。
共和分変数の基本的な特徴は、その短期的偏差が長期的には減少する傾向があることである。
したがって、例えば、2つの変数YtとXtの間に共和分関係があると仮定するのは妥当に思える。
Yt = βXt +εt
(1)
変数間には短期的な不均衡が存在する可能性が高いが、これは下の自己回帰ベクトルのVAR
モデルで説明できる(ホワイト・ノイズでなければ、短期的変化はARMAモデルを使って算定
できる)。
Xt =Σn i = 1α11 (i)
Xt - 1+ Σni = α
1 1 2 (i)
Yt - i+εx 1
(2)
Yt =Σn i = 1α21 (i)
Yt - 1+ Σni = α
1 2 2 (i)
Xt - i+εY1
(3)
ただし、変数は長期的に機能するので、以前のVARはこれを認識しておらず、短期的な挙動
を正しく特定していないかもしれない。したがって、誤差修正モデルを含める必要がある。
Xt = αs (Yt - 1−βX
Yt =αL (Yt - 1−βX
t-1
)+ Σ i = 1α1 1 (i)
n
n
i = 1α1 2 (i)
X t -+
1 Σ
Yt - i+εXt
n
t-1
n
i=1
Xt - i+εYt
)+ Σ α2 1 (i)
Yt - 1+Σ
α2 2 (i)
i=1
(4)
(5)
この修正により、短期的な変数と長期的な変数の差は、変数t−lからtまでの値が変化する場合、
変数間に均衡が見られることを条件にして修正する。例えば、Ytがt−lのXtに対して増加するな
ら、式(4)においてtのXtは増加する(αx>0)。式(5)において、Ytはtにおいて減少する(αy<
0)。
αxおよびαyは、均衡調整速度と呼ばれる。このいずれか一方が0になることはあるが、両者が
同時に0になることはない。したがって、αy=0なら、不均衡調整はXtによってのみ修正でき、
また、すべてα21(i) =0なら、グレンジャー因果はYtからXtまででその逆はないと結論できる。
このモデルは、自然災害の影響を計測するマクロ経済モデルを提示しているJ. M. AlbalaBertrand (1993)に基づいている58。
このモデルでは、自然災害の影響は地理的に把握できることと、付加産出量にはまずマイナス
の影響を及ぼさないことが前提とされている。事実、少なくとも短期的には、自然災害はGDPに
プラスの影響を与えるようである。基本的に、このモデルは自然災害の影響は「開発の問題であ
り、開発にとっての問題ではない」ことを前提にしている。ここでの中心的な議論は、被害総額
がGDPとの関係で大きい場合、経済の成長にとって障害とはならない、ということである。この
モデルは影響が即時的な災害(地震、洪水など)と緩慢な災害(旱魃など)を区別している。ま
58
詳細は、World Development, Vol. 21, N°9, pp.1417-1434, 1993を参照。
83
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
図A18−1 被害評価手順
災害
シナリオ「A」
シナリオ「B」
時間
た、人的災害(戦争、技術的障害など)には適用できない。このような議論にもかかわらず、
ECLACがラテンアメリカ・カリブ海地域の発展途上国において過去30年以上にわたり災害評価
を実施してきた経験から言えば、災害対応力や災害回復力を獲得するには既存の構造や制度の変
革が欠かせないという意味で、災害は開発の問題でもあり開発にとっての問題でもある。さもな
ければ、災害が成長や産出量に与えるプラスの影響は、災害用に確保する資金(災害基金、防災
基金)の量によって制限されることになる。途上国が被災前に資金不足に悩まされている場合、
防災や復興向けの資金は既存の開発事業と競合するだけでなく、国が単独では負担・吸収できな
い追加的な負担を強いることにもなる。その結果、災害が発生するごとに成長の期待水準と実水
準の格差は拡大していく(図A18−1参照)。
モデルにおいても分析的に検討しても、自然災害は3つの要素、すなわち、災害の影響、災害
への対応、および災害の偶発的な干渉から成り立っていることがわかる。資本と産出量の増加と
損失に与える影響が分析の中心となる。被害総額の対GDP比(%)がGDPの成長率(%)と同レ
ベルに並ぶ場合(例えば5%)、大きな災害と判断される。ただし、この基準の適用には注意が
必要である。対GDP比が低くても被害が経済活動の中心地に集中すれば、経済被害は甚大なもの
にもなるからである。
このモデルは、災害の挙動と評価に関するいくつかのルールを前提としているが、ECLACの
経験則に照らせば、最後の3つのルールについてはその有効性が疑問視されるか有効性はないと
判断される59。最近の事例が参考になるとすれば、政治的な理由で災害を実際よりも大きく見せ
ることは必ずしも行われていない。事実、マクロ経済や財政の厳格な運営を維持するために被害
59
59
59
59
59
59
59
59
59
このモデルは6つの「ルール」ないし前提に基づいている。
ルールI:被災エリアの特定。災害は「地理的」または「経済的」に特定された活動エリアにしか災害を及ぼさ
ない。
ルールII:被災地域内での異なる影響。災害の規模や特定の災害規模における社会的脆弱性は、被災地域内で
も異なる。
サブルールII(a):局地的セクター内共存。災害地域内では、被災した経済単位は、同一経済セクターに属する
被害を受けない経済単位と共存する。
サブルールII(b):災害被害は社会の貧困セクター(同一セクターの最貧困集団)ほど大きい。
ルールIII:資本ストックによって異なる被害。資本ストックの種類により、災害被害の程度は異なる。事実、
資本損失の分布パターンは災害の種類によって左右される。
ルールIV:被害の過大評価。被害総額は政治的、技術的な理由で過大評価されると考えられる。
ルールV:GDPの安定性とインフレ。災害はGDPやインフレ率にそれほど大きなマイナス影響を与えないと考
えられる。
ルールVI:災害の確率。災害の発生件数は少ない。
84
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅦ 2001年エルサルバドル地震のマクロ経済的影響
を最小限に抑えたり、選挙に備えて脆弱な社会セクターなどへのマイナス影響の存在を否定した
りする事例が最近は多い。ハリケーン・ミッチのような事例では、マクロ経済指標の安定性が大
きく損なわれた。また、災害の発生頻度は高まり、その被害規模もますます拡大しているようで
ある。この傾向は、気候変動の関連も指摘される水文気象災害に顕著である。
上記のことから方法論的には、災害が産出量に与える影響の上限を設定できるモデルは有用性
が高いと考えられる。これは5段階のプロセスである。災害評価時には次のことを前提とする。
①緊急対応期が終わりに近づいているか、終了している。
②物資や資材は足りている。
③資本ストックの損失は短期的には再取得できない。
④損失は例外なく資本ストックに関するものである。
⑤資本ストックは均質である。
④と⑤を前提とすると、
(1)
ここで、Kは資本、Dは災害による分損または全損、bは被災前の影響でaは被災後の影響であ
る。総合的な資本・産出量比率は、総被害額比率と同様と仮定すると、
(2)
ただし、
c = 資本・産出量比率
△Y = Ya −Yb(生産に与える被害推定額)
Y = 生産(所得)
(2)を△Yについて解き、△KにDを代入する。
△Y = D/c
(3)
(3)を成長率に換算し、左辺および右辺をYで除する。
y = d / c (4)
ただし、y = △Y/Yは産出量増加率(低下)、でd = D/Yは被害総額・産出量比率である。
したがって、産出量増加率(y)の予想される低下量は、被害総額・総産出量比率(d)と正比
例の関係にあり、資本・産出量比率(c)とは反比例の関係にある。前提(iv)を除外すれば、
被害額は資本ストックの損失だけでなく、産出量の損失にも対応することから△K < Dとある。
つまり、△Kが不均質であり、cは様々な種類の資本ストックの生産性に基づいて再評価しなけ
ればならない。したがって、ほかの因数を(4)に挿入して、最低水準と産出量増加率の予測さ
85
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
れる低下の間隔についての現実的な値を設定する。
(i)災害被害は資本ストックに限られない。
(ii)基本的には災害被害は過大評価される。
(iii)資本ストックの損失は通常、取替原価で算定される。
(iv)あらゆる資本ストックは生産の面で不均質である。
(v)産出量の増加を左右する要因は物理的ストックだけではない。
初めから3番までの要因は(4)の分子に、残りは分母に影響する。得られた等式により、
GDP成長率の予測される低下の最低水準が分かる。前提(iv)を除外し、要因(i)を挿入すると、
D = D1+ D0 (5)
ただし、D1は資本の被害総額でD0は生産の被害総額である。(1)を別の式で表すと、
△K = D − D0 = D1
(6)
資本費用は取替原価で算定するので(要素iii)、減価償却費を差し引いて、資本損失に起因す
る生産能力の損害・損失を現在価値で評価する。そうしないと、資本損失の影響を過大評価する
ことになる。したがって、
D3 = πD2 = πD1
(7)
ただし、D3は資本損失の現在費用、Bは減価償却費率の逆数、Tは減価償却である。例えば、
π = 1 − λとλ = T/D2。D2 を(8)で修正すると、
△K = D3 = πD2 = πD1
(8)
資本はあらゆるタイプのストックにおいて不均質であり(要因iv)、(ルール③により)最も生
産性の低いタイプのストックは基本的に災害被害が最大のものであるので、平均の資本・産出量
比率は資本損失がある場合、全体平均よりも高い(生産性が低い)。この異なる影響は、cをルー
ルIIを適用した場合に1を越える比率とcを掛け合わせることで組み込む。ただし、実証的証拠
に照らしてこのルールが適用できない場合、その値は1以下にもなる。
c 1 = αc
(9)
ただし、c 1は要因(iv)で修正した資本・産出量比率である。
資本はあらゆるタイプのストックにおいて不均質であり(要因v)、資本損失の構成によって任
意のタイプよりも生産性が高かったり、低かったりするので(ルール②とサブルール②a、②b)、
資本損失の平均の資本・産出量比率は全体平均とは異なる。これは、事例ごとに決定する係数
86
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅦ 2001年エルサルバドル地震のマクロ経済的影響
(被害が最も生産性の低い資本の場合は1よりも大きくなるが、それ以外の場合は1未満)とc1
を掛け合わせて組み込む。
c2 = βc1 = αβc
(10)
ただし、c2は要因(v)に従って修正した資本・産出量比率。
最後に、産出量を左右する要因は資本の寄与度だけではないため、非資本要素(要因v)の寄
与度は、1より大きい係数とc2を掛け合わせて修正する。
c3 = γc2 = γβc1 = γαβc
(11)
ただし、c3は資本・産出量比率を非資本要素の寄与度で乗じたものである。すべての修正値を
(4)に代入すると、
y = d3/c3
(12)
別の方法で表すと、
y =(πε/αβγ)
(d − d0)/c
(13)
これは自然災害に起因する産出量増加率の予測される低下の下限であるから、間隔は次のよう
に表すことができる。
d3/c3 < y < d/c(予測される損失間隔)
(14)
このモデルにより、産出量の予測される損失・損害を完全に補償するためには投資(または支
出)をどのぐらい増やせばよいかが分かる。このモデルには次のような3つの追加的な前提があ
る。
(vi)被災後対応の主な目的は資本の再取得(復興投資)にあることから、間接被害(フロー)
の再取得のための割合は限られている。
(vii)復興投資は独立した資本的支出ではあるが、資源のほかの用途と競合することに変わり
はない。
(viii)経済、その中でも特に建設セクターには使われていない十分な余力があるはずである。
したがって、
△Y = m △KIr
(15)
87
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック
第四巻 災害の総合的な影響
ただし、mは乗数、Irは建設投資、Yは所得(産出量)、△は変化量、そしてm > 1である。等
式(5)の左辺および右辺をYで除する。
y = m△v
(16)
ただし、v = Ir/Yは投資率である。つまり、m > 1の場合、投資率(v)の変化量の1単位に
ついて、産出量増加率(y)はmだけ増加すると考えられる。
復興事業が数年続くと予測される場合、等式(14)と(13)と同じにすることができる。
△v = d3 /mc3(補償的投資率)
上の等式は、災害発生翌年における産出量増加率の予測される低下(損失・損害資本)につい
て、これを完全に補償するために必要な投資率の最低限の増加を示している。これは補償的投資
率と呼ばれる。
必要最低限の補償的投資を算定するためには、次の前提条件をモデルに加える。
(ix)新規資本は損失資本と少なくとも同等の質を有している。被害抑止や防災力強化の基準を
採用した場合は、当然のことながら質は向上する。
1年目の終わりにおけるその年の復興投資率△v1を損害または総資本損失率から控除する必要
がある。2年目の補償的投資率は次のようになる。
(17)
このように、翌年について一般化したり、等比級数として引き出すことができる。
等比級数は無限に向かうほど減少し、0に収斂していく。このアプローチの意義は、産出量に
マイナス影響を与えることなく、ほかの開発事業を犠牲にすることなく、復興を数年間継続し得
ることを示したことである。これはもちろん、乗数(m)、修正資本・産出量比率(c3)、修正資本被
害率(d3)の値次第である。これにより、乗数と資本・産出量比率の値が大きくなるほど、1/mc3
の値は小さくなり、比率rは1に近づく。1に近づけば近づくほど、任意の年において必要な復
興投資は減少する。
1年目においては、投資支出に加えて、直接被害の中には当期GDPに関わっており、一度きり
同時に補償しなければならない部分がある。所得の乗数が対称的で災害影響が減少につながる一
方、災害対応が増加を促す場合は、それと同額の追加的投資が当期所得損失を穴埋めするために
必要である。いずれにせよ、影響乗数が対応乗数よりも低い場合、補償的支出は当期所得損失の
一部にしかすぎない。したがって、1年目に必要な補償的支出の額は次のようになる。
△e1 =(m1/m2)d0 + △v1
(18)
88
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
付録ⅩⅦ 2001年エルサルバドル地震のマクロ経済的影響
ただし、e1は1年目の総支出率、v1は1年目の最低補償的投資率、d0は当期産出量損失比率、
m1は影響乗数、m2は対応乗数である。
89
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第5章 雇用と所得
第5章 雇用と所得
5−1 はじめに
災害が雇用や所得に与える影響を迅速に推定することは非常に難しい。とりあえず入手できる
情報を活用して被災国・地域の労働者の雇用や所得がどの程度危機に晒されているのかを推定し
ていくことから始めるしかない。
その後、被災地域に現地入りしてその地域の経済の主要セクターにおける雇用や雇用創出の被
災後状況を評価する。次に、より正確で詳細な調査を実施するタイミングを計るが、その際、復
旧復興計画の立案を担当する政策決定者に遅滞なく調査結果が届けられるよう、その入念な調査
が期間内に終わるようにしなければならない60。
政策決定者が、被害の大きな地域やセクターに重点的に対応できるかどうかは、評価のタイミ
ングが鍵である。雇用回復の動態は、単なる間接的な調整の変数(復興投資の結果)ではない。
復興計画が最大限の成果を収めるためには、被害を受けた地域・セクターと被害の規模を十分考
慮しなければならない。このようなアプローチは、雇用回復の遅れが原因でしばしば発生する人
口移動を食い止めるためにも極めて重要である。この人口移動は都市周辺部の貧困地帯を拡大さ
せるだけでなく、この社会的弱者層が生活を立て直すという(マクロ経済的災害評価では対象と
されない)ミクロの取り組みについても、その選択肢を奪うことにもなりかねない。
5−2 脆弱な雇用への全体的な影響の推定
暫定的な対応としては、雇用の脆弱性の面で被害を受ける人々を把握する。被災地域の経済活
動人口(Economically Active Population: EAP)データと住宅や住民への影響を比較したり、貧
困率、失業率、女性の就業率などの脆弱性指標を検討することで、おおまかな像をつかむことが
できる。
次の手順としては、一次被害者と二次被害者の割合を明らかにする。これにより、被災EAP
(雇用喪失や所得低下を経験した人々とその予備軍)を把握することが可能となる。被災EAPは、
被災地域の総EAPに一次被害者と二次被害者の割合を乗じることにより推定する。
その後、被災EAPの数字と全貧困の割合または貧困指数を組み合わせることにより脆弱EAP
を推定する。
次に、雇用と所得の脆弱性を悪化させる要因を確定する。そのためには、女性就労者の割合、
一般失業率、被災地域の被災住宅についての情報が必要である。国民の脆弱性を悪化させる要因
には、自宅以外で働く女性労働者が抱える具体的な問題、被災後に職を見つけることの難しさ、
住宅の修復・再建に伴う経済的負担などがある。
災害により脆弱となった経済活動人口の推定方法の例として、2001年1月13日のエルサルバド
60
調査のタイミングは、被災地域までのアクセスや交通手段にも左右される。また、緊急対応期の大変な時期に
度重なる聞き取り調査やアンケート調査で被災者を煩わせてはならない。
91
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
表Ⅴ−5−1 2001年1月13日のエルサルバドル地震により雇用・所得の損失にさらされた
経済活動人口(EAP)の推計
県
ウスルタン
ラパス
ラリベルタ
ソンソナテ
サンビセンテ
アワチャパン
サンミゲル
サンサルバドル
サンタアナ
クスカトラン
合計
一次および
注1
被災EAP
二次被害者
(%)
120,230.0
96.1
82,624.0
76.0
57,093.0
21.2
37,151.0
21.4
33,117.0
55.9
22,884.0
21.0
22,226.0
12.8
16,920.0
2.0
14,892.0
6.9
14,349.0
18.1
421,486.0
注2
全貧困
脆弱EAP
(%)
55.8
49.3
32.9
60.5
39.9
60.3
44.6
28.4
45.7
39.9
67,088.0
40,734.0
18,783.0
22,476.0
13,213.0
13,799.0
9,912.0
4,805.0
6,646.0
5,725.0
203,381.0
脆弱性を悪化させる要因注3
EAP女性
失業率
被災住宅
(%)
(%)
(%)
36.5
8.7
71.3
36.0
6.3
63.0
42.4
6.5
20.4
7.2
25.9
37.6
32.3
7.3
64.4
28.2
8.5
14.3
11.7
36.4
6.5
7.0
2.7
45.1
36.3
7.7
6.2
41.6
6.9
20.6
注1:雇用喪失、所得減少を経験したか、その可能性のあるEAPの層。総EAP×一次および二次被害者の割合で
求める。
注2:被災EAPのうち、貧困が回復の阻害要因となる層。被災EAP×貧困率で求める。
注3:働く女性の状況、就職の難しさ、住家の修復・再建に伴う経済的負担などが脆弱性を悪化させる。
出所:公式データと災害評価チーム独自のデータに基づきILOが推定。
ル地震が与えた雇用・所得への全体的な影響の分析結果を表Ⅴ−5−1に示す。
表Ⅴ−5−1は、脆弱EAPについて、被災した県別に内訳を示している。この算定の基になっ
ているのが、一次および二次被害者(本ハンドブック第一巻第Ⅱ部第1章 被災者で説明済み)
の事前推定値、貧困指数(政府統計局やUNDPの『人間開発報告書』などから入手)である。女
性の就業状況や完全失業率に関する情報も必要である。これも前述の情報源から入手できる。最
後に、雇用担当者は災害評価チーム内の住宅および人間居住の専門家と緊密に連携して、住宅の
被害評価についての情報を入手する。
5−3 セクター別の雇用・所得損失の推定
セクター別の生産損失の量または価値とそれに関係する雇用者数との関係を示した係数を入手
したり、設定することが可能な場合もあるが、時間的な制約から通常は無理である。したがって
間接的な方法を利用して、セクターや業種ごとの雇用損失、復興が雇用に与える影響(熟練およ
び未熟練の労働者の需要が増加することが多い)について推定することになる。
それでは、代表的な生産セクターにおける雇用・所得損失の算定・推定方法の例を見ていくこ
とにする。他セクターで用いた方法は多少手直しすることで、このセクターにも適用することが
できる。
5−3−1 中小零細企業(MSME)
途上国においては、家計収入源となる様々な生産活動を家庭で行うことが一般的である。した
がって、「生産的な家庭」という言い方がよくなされる。
このような「生産的な家庭」は貧困層の間では、インフォーマルな市場、問屋、サービス事業
92
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第5章 雇用と所得
所などとして機能することが少なくない。住宅が被害を受けるとこのような生産活動が停止を余
儀なくされ、ストックや物品の在庫の全損・分損につながることもある。他方、アクセス道路が
不通になったり、損壊したりすると、交通輸送費も跳ね上がる。これが雇用ないし収入源の損失
につながるだけでなく、ほかの人口集団にとっても、投入資源や生活必需品について費用の上昇、
供給の減少、価格投機など、間接的に収入に影響する可能性がある。食糧援助や救援物資がタイ
ムリーに配給されると、価格の高騰や供給不足は当初の緊急対応期が終了するまで、恐らく復興
活動が開始するまでは、発生しない。言い換えると、その後に、生活の立て直しのための費用負
担も多くなり、被災民にとってはダブルパンチとなる。
このセクターにおける雇用・所得の損失を算定するには、事業所規模別の雇用数、事業所の数
とその建物の関係などについて基礎的な統計データが必要となる(中小零細企業の企業調査など
から入手可能)61。場合によっては被災直後に企業団体が簡易調査を実施して、団体会員の被害
状況を調べる場合もある。できれば、このような調査は災害評価チームの雇用の専門家が指揮を
執るか、少なくとも調整を行うことが望ましい。この結果は住宅および人間居住の専門家がまと
めた被災住家の数に関する情報と一緒にして全体像を把握する。そのためには、各企業における
賃金を把握するとともに、生産活動を復旧させるために必要な時間を推定する必要がある。いう
までもなく、雇用の専門家は生産セクターの専門家と緊密な連携を図り、これらの算定を行う。
災害評価チームによるある推定では次の結果が得られた。
・事業所兼住家の損壊戸数11,820×事業所ごとの平均雇用者数1.82 = 21,500の雇用損失
・事業所兼住家の損傷戸数20,218×事業所ごとの雇用喪失割合30% = 11,040の雇用損失
・事業所兼住家の損傷戸数20,218×事業所ごとの雇用不安定化割合25%=9,200の雇用が不安定
化
・損壊事業所のうち、3カ月以内に再建する事業所の30%では、従業員が平均1.5カ月分の賃
金/所得を失った。6カ月以内に再建する事業所の40%では、平均4.5カ月分の所得を失った。
6カ月以降に再建する事業所の30%では、その6カ月間の所得の損失のほか、その後は所得
が平均で25%減少した。法律で定められた1カ月の最低賃金は144米ドルなので、所得損失
額は1625万4000米ドルとなる。
・損傷した事業所の50%では、被災後6カ月以内に修復を行い、従業員1人当たり平均で3カ
月分の賃金が失われた。残りの50%では、その後の6カ月の間に修復を行い、従業員1人当
たり平均で6カ月分の賃金が失われた。上記の最低賃金で算定すると、所得損失額は715万
3900万米ドルとなる。
以上をまとめると、3万2540の雇用が失われ、9,200の雇用が不安定化した。この数字から、事
業所の復旧に必要な6カ月から18カ月の期間に失われた所得は、2340万米ドルと推定される。こ
のセクターの雇用人口の65%は女性であり、女性への影響の範囲も推察できる。表Ⅴ−5−2は
以上の結果を県別に示したものである。
61
例えば、平均従業員数は自家消費的な単純蓄積型零細企業で1.5人、広範蓄積型零細企業で3.5人、小企業で25人
となっている。さらに関連の統計によれば、住宅20戸に1戸はこのような事業所になっている。
93
災害時の社会・経済・環境被害の影響の評価ハンドブック 第四巻 災害の総合的な影響
表Ⅴ−5−2 2001年1月13日のエルサルバドル地震により被害を受けたMSME労働者の
雇用・所得への影響
ウスルタン
ラパス
ラリベルタ
ソンソナテ
サンビセンテ
アワチャパン
サンミゲル
サンサルバドル
サンタアナ
クスカトラン
全国合計
損壊した事業所
3,880
2,853
1,985
1,404
477
87
582
175
128
229
損傷した事業所
3,398
3,668
1,633
2,242
3,801
440
2,510
842
156
1,265
失われた雇用
8,345
7,557
4,936
1,852
3,047
351
2,975
1,020
335
1,257
32,540
不安定化した雇用
2,359
2,137
1,396
524
862
99
841
288
95
355
9,200
損失賃金(米ドル)
6,117,887
5,485,730
3,624,167
1,270,555
2,071,840
242,233
2,066,072
702,281
242,935
864,864
23,407,920
出所:99 Survey of homes(未公表)、1998 Directory of establishments、2001 CONAMPYE report、および災
害評価チームの補足データに基づくILOの推定値。
5−3−2 農業セクター
農業セクターの雇用に与える影響は、2つの要因から成り立っている。第一の要因の内容は、
生産・農地の損失とインフラの被害である。第二の要因の内容は、農業従事者の住宅損失、農業
労働の一時停止や部分的停止などによる間接被害である。
農業セクターの各生産部門における損失雇用数は、災害に起因する生産の落ち込みから推定す
る。この情報は通常、農業省から入手できる。
推定の回復期間と各部門における賃金水準への影響を以上の数字とともに検討する。
賃金への影響を直接算定することはできないので、このセクターにおける不安定化雇用数を推
定するのは極めて難しい。
エルサルバドルの被害評価チームは損失数について次のような推定を行った。
・コーヒー豆採取:2,015
・コーヒー加工工場:630
・零細漁業:1,527
・灌漑区:1,240
・分散小規模灌漑設備:215
専門家や現地当局の意見に沿って推定した回復期間は次のとおりである。
・コーヒー豆採取は12カ月。災害以外の要因が完全な活動復旧を妨げると思われることから、
この数字はほかの労働セクターからの流入に必要な期間である。
・半壊のコーヒー加工工場は修復に6カ月、一部損壊の工場は3カ月、軽い損傷を受けた工場
は影響なし。
・零細漁民の漁場におけるバイオマスの回復とセクターのインフラの修復に3カ月。
・灌漑区と小規模灌漑設備の修復に3カ月。
各部門の賃金を考慮すると、2001年1月13日のエルサルバドル地震による被害は、損失雇用数
94
第Ⅴ部 災害の総合的な影響
第5章 雇用と所得
表Ⅴ−5−3
県
2001年1月13日のエルサルバドル地震による農業セクターの雇用・所得損失
合計
雇用
全国合計
ウスルタン
ラパス
ラリベルタ
ソンソナテ
サンビセンテ
アワチャパン
サンミゲル
サンサルバドル
サンタアナ
4,716
1,166
7
2,691
549
9
165
1
20
108
灌漑区
1,000
1,000
雇用
米ドル
米ドル
2,895 1,840
795
571
515
223
12
1,687 1,325
572
282
16
94
2
9
187
小規模灌漑
設備
1,000
米ドル
235
102
雇用
コーヒー
加工工場
1,000
米ドル
630
467
70
52
雇用
76
45
33
19
440
50
320
43
114
49
50
43
20
9
コーヒー
プランテー
漁業
ション
1,000
1,000
雇用
雇用
米ドル
米ドル
484
836 1,527
660
35
60
546
236
7
12
305
527
545
235
18
31
435
188
9
16
1
2
1
2
108
187
出所:公式データと災害評価チーム独自のデータに基づきILOとECLACが推定。
が4,716で損失所得は290万米ドルと推定される(県別内訳については表Ⅴ−5−3参照)
。
上の事例は、ある途上国の2つの主要経済セクターのものであるが、災害による雇用と所得の
損失を算定する指針となっている。様々な災害が多種多様な影響をもたらすことを踏まえ、雇用
の専門家は住宅や生産セクターの専門家と緊密な連携を図り、ここに示した手法を個別の状況に
適合させることが必要である
95