原薬マルチ工場における封じ込め技術 - Toyo Engineering Corporation

原薬マルチ工場における封じ込め技術
島 一己 *
1.は じ め に
医薬品製造の分野では,抗がん剤などの高い薬理
活性をもつ製品(以下では,高薬理活性医薬品)を
製造する場面が増加している。欧米では従来から広
く展開されてきているが,国内の大手企業や受託企
業でもこのような製品を手がけようとする動きが出
てきている。
高薬理活性医薬品の場合,製造する量が少ないこ
ともあり,多品種少量生産への指向が強くなってい
き,設備はマルチパーパス化していく。
このような状況の中で,品質のリスクを低減する
ための重要な技術が,液体を扱う場面での「洗浄」
であり,粉体を扱う場面での「封じ込め」である。
洗浄については,従来から各所で種々議論されて
いるが,
「封じ込め」が(日本の中で)話題になり
だしたのは比較的最近のことであり,まだなじみが
薄い状況にある。また,
「封じ込め」は GMP の観
点から論じられることが多いが,労働安全衛生とい
う視点からの議論が少ないようである。
本論では,上記の趣旨から,封じ込め技術につい
ての基本的なところから,実際の設備設計の考え,
そして原薬工場での適用事例,新しい技術の動向に
ついて紹介する。
2.封じ込め技術を取り巻く状況
2-1.なぜ封じ込めが必要とされるか
高い薬理活性をもつ物質(原料や中間製品,製
品)を現場で取り扱う場合には十分な留意が必要で
ある。
製薬工場では,次の 2 つの視点から,封じ込め技
術が必要とされる。
*
Kazumi SHIMA;東洋エンジニアリング(株) 国内事業統
括本部 設備システム設計部 商品開発チーム 生産システ
ム担当
(Tel. : 047-454-1780, E-mail : [email protected])
2009 年 7 月号
・ 1 つには品質管理の側面であり,製品の安全性
確保の点から,すなわち GMP 対応としてのク
ロスコンタミ防止の観点から封じ込めが必要と
される。この極端な場合が設備の専用化となる。
設備を兼用とする場合には,交差汚染を防止で
きる設備とする必要がある。
・ 2 つ目はハザード管理であり,作業者の安全性
の視点から,作業環境の労働安全衛生を実現す
る上で,封じ込めが必要とされる。ごく少量で
も健康に危害がある物質への曝露を防止・低減
し,作業者保護を図る必要がある。欧米では
Occupational Health and Safety という概念で
かなり以前から展開されてきているが,従来の
日本では比較的に軽視されてきた領域であり,
今後その普及が図られる必要性がある。
要約すれば,
・ 製品に対する品質管理
・ 作業員に対するハザード管理
という点から,必要とされるのが「封じ込め技術」
である。
2-2.法律的な状況
高薬理活性医薬品やその出発原料物質の法規制に
関連してよく話題になるのは,設備の専用化,兼用
化ということである。
ある種の製品や原料はその薬理活性がきわめて高
いので,専用の設備で製造することが法律的にも義
務付けられている。それが専用化用件である。
GMP 省令第 9 条 5 項では,「飛散しやすく,微
量で過敏症反応を示す製品または交叉汚染すること
により他の製品に重大な影響を及ぼすおそれのある
製品などを製造する場合には,当該製品などの関連
する作業室を専用とし,かつ,空気処理システムを
別系統にしていること」としている。
同省令では,微量で過敏症反応を示す製品につい
て具体的な名前は記載されていないが,原薬 GMP
のガイドライン 4.40 項には,
「例えば,ペニシリン
63
類やセファロスポリン類のように強い感作性を有す
る物質を製造する場合には,設備,空気処理装置及
び工程装置を含め,専用の製造区域を用いること」
とされている。諸外国の法規やガイドラインにおい
ても,ほぼ同様な状況である。
一方,上記原薬 GMP のガイドライン 4.41 項では,
一定の条件のもと兼用化が可能である。すなわち,
「例えばある種のステロイド類や細胞毒性のある抗
がん剤のように感染性,強い薬理作用又は毒性を有
する物質が関与する場合には,検証された不活化工
程及び清掃手順又はそのいずれかを確立し,保守し
ない限り,専用の製造区域の使用を考慮すること」
とあり,上記のような物質を扱う場合には,しかる
べく設備的な対応が取られて,また品質マネジメン
トが取られることを前提として,兼用化設備が可能
となる。
ここに,マルチパーパス工場に代表される兼用化
設備での封じ込めと洗浄の重要性,必要性が生じる
わけである。
2-3.封じ込めの対象物質
本報文で対象とする封じ込め技術は主に医薬分野
向けのものである。同分野では出発原料や中間製品,
製品として,危険有害性をもっている化学薬品(ケ
ミカルハザード)を取り扱っている。例えば,皮膚
に付着するとかゆみを起こしたり,粉状になってい
る物質を吸い込むと喘息になったりする物質もある。
原子力関係分野での放射線やバイオ関係分野での
微生物やウィルス類の封じ込めに関するものは固有
の特殊なアプローチを必要とするので,本報文では
取り扱わない。
が被ばくして危害を被ることを防ぐものである。完
全に防止できない場合には,できる限りその被ばく
量を低減する必要がある。ハザード物質が人体に入
っていく経路を遮断することがポイントである。
そのような経路にはいろいろある。
・ 直接に口に取り込んで,飲み込んで体内へ
・ 目などの粘膜や皮膚に付着することを経由して
体内へ
・ 肺呼吸により吸い込むことによって体内へ
などである。
ケミカルハザードの物質には液体,粉体とあるが,
液体で扱う場合には,通常ではその飛散,ベーパー
が問題となる。粒径が小さい粉体である場合には,
空気中を飛散・浮遊しやすくなるために,主に肺呼
吸により体内に入っていくことが問題となる。
液体は概して閉じ込めての移送が実現しやすいが,
粉体は従来の技術ではそれがなかなか難しく,開放
系が多くあった。開放系ではハザード性の高い粉体
原料や最終製品を安心して扱うことができないので,
このような状況を改善するべく必要とされているの
が粉体の「封じ込め技術」である。
3-2.イギリスにおける労働安全衛生に関する法律
の体系
こと労働安全衛生の分野での先進的な活動は,と
くに,イギリスで顕著である。リスクアセスメント
の重要性の提唱,封じ込め機器の選定の手順など広
く現在の取り組みの出発点になっている。そのよう
な意味で,イギリスにおける法律,規則を少し詳細
に紹介しよう。
同国における労働安全衛生の法律的な体系に関し
ては,次のようになる(表 1)
。
3.封じ込めの基本
・ 職場等安全衛生法(Health & Safety at Work
3-1.労働安全衛生の側面での封じ込め
etc. 1974)が最上位で基本的な法令となる。
先に述べたように,医薬品製造の現場にあっては,
・ その下には各種の規則(Regulations)がある。
2 つの観点から「封じ込め技術」が必要とされる。
労働安全衛生に関する規則で重要なのは,
第一の品質という視点では,クロスコンタミ防止
― 職 場 安 全 衛 生 管 理 規 則(Management of
であり,粉体移送時における密閉化が重要である。
Health & Safety at Work Regulations 1999)
第二の労働安全衛生という点では,ハザード対応
―就労時の個人保護具規則(Personal Protective Equipment at Work Regulations 1992)
ということであり,飛散防止ということに力点があ
―健康有害物質管理規則(Control of Substanる。この 2 つはともに絡み合っていくものである。
ces Hazardous to Health Regulations 2004/
労働安全衛生という視点からすると,製造現場で
2005)
(略称「COSHH」コーシュ)
作業員が,危険有害性をもつ物質(ケミカルハザー
―化学物質(危険有害性の通知並びに供給のた
ド物質)に接触したり,吸い込んだりすることを可
めの包装及び容器)規則(Chemicals(Hazard
能な限りに防ぐ手立てを講じる必要がある。作業者
Information and Packaging for Supply)Reguを何らかの手段でハザード物質から隔離する,例え
lations 2002)(略称「CHIP」チップ)
ば密閉化(閉じ込ること)することにより,作業者
64
化学装置
表1
イギリスの労働安全衛生に関する法律体系
根幹となる法令 職場等安全衛生法(Health & Safety at Work etc. 1974)
関連規則
(一部のみ)
職場安全衛生管理規則
(Management of Health & Safety at Work Regulations 1999)
就労時の個人保護具規則
(Personal Protective Equipment at Work Regulations 1992)
健康有害物質管理規則
(Control of Substances Hazardous to Health Regulations 2004/
2005)
化学物質(危険有害性の通知並びに供給のための包装及び容
器)規則
(Chemicals(Hazard Information and Packaging for Supply)
Regulations 2002)
承認実施基準
Approved Codes of Practice
指針
Guidance
HSC は,労働安全衛生問題に
関する監視などに対する全体的な
責任を負う機関である。委員長お
よび委員は,所管大臣から任命さ
れる。具体的な仕様である実施基
準を承認することも行っている。
HSE は HSC の執行機関であり,
総勢 4,000 名の体制で,労働安全
衛生に関する指針や承認実施基準
の解説書などを刊行している。
3-3.COSHH におけるハザード
物質
さて,ハザード物質というのは,
どのようなものを対象にした用語
だろうか。COSHH では,対象と
なるハザード物質を次のように規
このなかで,封じ込めに関連する規則として重要
定している。
なのは,COSHH,CHIP である。
(1) 前述の CHIP において,以下と表示されて
・ 上記の法律,規則は,いずれも性能的な規定で
いるもの(括弧内は CHIP Schedule 1 に記
あり,具体的な記述内容ではない。具体的な仕
載されている説明文である。文責筆者)
様をどうするかということになると,
―very toxic(非常にわずかな量で死に至るまた
―承認実施基準(Approved Codes of Practice,
は,急性・慢性の障害をもたらすもの)
ACOP)
―toxic(少量で死に至るまたは,急性・慢性の
―指針(Guidance)
障害をもたらすもの)
が適用される。
―harmful(死に至るまたは,急性・慢性の障害
をもたらす可能性のあるもの)
承認実施基準は,現実の場面での模範的な実施例
―corrosive(生組織に接触した時に,それらを
や仕様を示したものであり,業界団体などが作成し,
破壊する可能性のあるもの)
後述の HSC が承認を与えたものである。
「practical
―sensitising(物質へのさらなる曝露によって,
example of good practice」と し て 位 置 づ け ら れ,
法的な拘束力がある。基準を守っていない場合には,
特徴ある悪影響が引き起こされる反応を誘起する
別の方法で法律を遵守していることを立証できない
可能性のあるもの)
限り,法律上の義務を怠っているとみなされる。
―irritant(組織を破壊はしないが,皮膚または
指針は,法が定めていることを理解しやすくする
粘膜への突発的に,長期的または繰り返しの接触
ためのものであり,法規遵守の支援をし,そのため
により,炎症を起こす可能性のあるもの)
の技術的アドバイスを提供しているものである。遵
―carcinogenic(発ガン性のもの)
守することは義務とはなっていないが,指針に従っ
―mutagenic(変異原性(細胞変異を起こしやす
ていれば,法を遵守するために十分な手立てを講じ
い)のもの)
ているとみなされる。その意味では,しかるべく拘
―toxic to reproduction(生殖毒性のもの)
(2) 曝 露 限 界 基 準 値 WEL(Workplace Expo束力があるものといえる。
sure Limit) 注1)が指定されている物質:その
・ 上記の職場等安全衛生法の所管は,現在,環
よ う な 物 質 毎 の 基 準 値 の リ ス ト は,
境・運輸・地域省となっている。
COSHH EH40/2005 による。
この法律を実施するに当たっては,大臣が任命す
(3) 大気中における基準値以上のほこり
る労働安全衛生委員会(Health & Safety Commission,HSC)が上位機関としてあり,その下部組織
(4) 窒息性のあるガス:窒素ガス,アルゴンガ
で あ る 安 全 衛 生 庁(Health & Safety Executive,
スなど。
HSE)が実施面を担当するようになっている。
(5) 生物的なエージェント:バクテリア,ウィ
2009 年 7 月号
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ルス,菌類やプリオンなどの微生物を主に
Easy steps to control chemicals に提示されている
指し示す。
(後述)
。
これらのハザード物質による病理的な現象は次の
(2) 対策の決定
ようなものである。
リスクアセスメントの結果により,健康に重大な
・ 皮膚との接触による刺激,炎症
リスクがあると結論された時には,完全に曝露をな
くするか,または,曝露をなくすることが現実的に
・ 気管肺への進入による喘息
できない場合に限り,曝露のリスクを許容レベルま
・ 毒性ヒュームによる意識の喪失
で低減するような方策を採らねばならない。このよ
・ 発ガン
うな曝露のコントロールを行うための「principles
・ 感染症
of good practice」が,COSHH における〈Schedule
3-4.COSHH における封じ込めの基本戦略
2A〉である(表 2)。さらに具体的には,COSHH
COSHH では,封じ込めのための戦略として,次
Essential である。
の 8 つのステップを上げている 注2)。
(1) リスクを見積もる(アセスメントする)
。
(3) 曝露を防止するか,適切に管理する
(2) どのような対策が必要とされるかを決定す
ここでは具体的な方策が求められるが,対策は階
る。
層になっている(封じ込めのヒエラルキーと称され
(3) 曝露を防止するか,適切に管理するように
ることがある)。大きくは,曝露を防止する,曝露
する。
を適切に管理するに分かれる(表 3)。
(4) 管理された手立てが確実に使用され,維持
〈曝露を防止する〉
されているようにする。
① 工程や手順自体を変更して,当該危険有害物
質が必要とされないようにしたり,発生した
(5) 曝露をモニタリングする。
りしないようにする。つまりは,危険有害物
(6) 健康調査を実施する。
質を使用するニーズ自体を解消してしまう。
(7) 万が一の事故,災害,非常事態に備えた計
② 危険有害物質をより安全な代替物質に置き換
画と手順を準備しておく。
える。
(8) 従業員への情報伝達,教育,訓練を適切に
③ より安全な形態(例えば,粉体の代わりにペ
行う。
レットなど)で用いる。
重要な部分を詳細に見ていこう。
(1) リスクのアセスメント
表 2 危険有害性物質への曝露を管理する Good Practice の原則
リ ス ク ア セ ス メ ン ト は,
COSHH Regulation 7(7)SCHEDULE 2A(訳責:筆者)
COSHH において基本中の基本と
でもいうべき肝要なことであり,
危険有害性物質の排出,放出,拡散を最小にするように,プロセスおよび
1
作業を設計し,運用すること
「適切にかつ十分に」実施するこ
とが必要である。
管理の手立てを検討する際には,曝露に関するすべての関与するルート
2
(肺呼吸,皮膚吸収,経口摂取)を考慮すること
このリスクアセスメントに際し
ては,取り扱う物質についての情
健康被害に対して(合理的に実施可能で)妥当な手立てにより,曝露を管
3
理すること
報を入手する必要がある。化学物
質 に つ い て は,多 く の 場 合,
危険有害性物質の散逸,拡散を最小にする管理のための選択肢から,もっ
4
とも効果的で信頼性のあるものを選定すること
MSDS を 参 照 す る こ と が で き
注3)
る 。さらには COSHH による
適切な曝露管理の手立てが実現できない場合には,他の管理手段との併用
5
にて,適切な保護具 PPE を用いること
Risk-Phrase があり,最近では
GHS(化学品の分類および表示
管理するための手立てについては,効果が継続しえるように,そのすべて
6
の要素について,定期的にチェックし監視すること
に関する世界調和システム)によ
る表示方法もその一助である。
作業環境で取り扱う物質についての危険有害性とリスクに関して,および,
7 該当するリスクを最小にするために検討された管理のための手立てを用い
リスクアセスメントに際しては,
ることに関して,すべての作業員に情報を提示し,また,訓練すること
物質の危険有害性,使用する量,
管理のための手立てを導入することによって,総括的に健康と安全にリス
飛散の程度に応じて評価を行うが,
8
クが増加しないということを確認すること
そ の 手 順 が COSHH essentials :
66
化学装置
3-5.日本での労働安全衛生
に関する指針
曝露をなくす 消失
ハザード物質が発生しないようにプロセス自体
次の
3 つのものが指針とし
を変更する
て出されている。
代替
より安全な代替物質を使う
・ 労働安全衛生マネジメン
変形
より安全な形態とする(例:粉体→ペレット)
トシステムに関する指針
曝露をなくすことが現実的に不可の場合
労働安全衛生マネジメ
曝露を適切に 封じ込め 封じ込め機器を用いる
ントの普及促進を図る目
管理する
換気
発生源での曝露を管理する
的 で 告 示 さ れ て い る。
作業管理 作業管理として,オペレータ人数,曝露の程
「計 画-実 施-評 価-改 善」
度・時間を管理
サイクルを実施すること
保護具
保護具を使用する。ただし,最後の手立てとし
を求めている。
て考えよ
・ 危険性または有害性等の
調査等に関する指針
〈曝露を適切に管理する〉
事業者による自主的な安全衛生活動への取り
防止することが reasonably practicable ではない
組みを促進している。リスクアセスメント,リ
場合には,曝露を「適切に管理する」ことになる。
スク低減措置の検討,リスク低減措置の実施に
次の順番で適用する。
ついて,規定している。
④ 適切な作業工程,システム,エンジニアリン
・ 化学物質等による危険性または有害性等の調査
グコントロールを用い,適切な機材を利用す
等に関する指針
る。これには,危険有害物質の放出・開放・
化学物質を扱う現場でのリスクアセスメント,
拡散を最小にするように作業工程(手順)を
リスク低減措置の検討,リスク低減措置の実施
構築することも含まれる。具体的には,WIP
について,規定している。
の手順などである。メンテナンス手順の構築
なお,許容曝露基準については,日本産業衛
も含まれる。さらには,プロセス自体を閉じ
生学会が約 200 の化学物質について,HP 上で
込める機器(例えば,アイソレータ)や安全
公開している。
なバルクハンドリングシステム(封じ込め機
4.封じ込め設備の設計
器)を用いることである。なお,対象物には
4-1.一次封じ込めと二次封じ込め
危険有害物質を含む廃棄物も該当する。
封じ込め設備を計画するときに,一次の封じ込め,
⑤ 発生源での曝露を管理する(例えば,局所排
二次の封じ込めということがよくいわれる。
気システム)
。
ISPE 日本本部の HP における用語集では,これ
⑥ 適切な労務管理を行う。すなわち,危険有害
らを次のように定義している。
物質に曝露される作業員の数を最小にし,そ
・ 一次封じ込め
の曝露の程度や作業時間を最小にするような
クローズドシステムや物理的な隔離の適用に
管理を行う。
より,潜在的に有害な原因物質への曝露から作
⑦ 防 護 具(Personal Protective Equipment,
業者や製品を保護すること。
PPE:例えば,マスク,防護服など)を用い
・ 二次封じ込め
る。ただし,最後の手段として考えるべきで
空間のレイアウトや隣接性,フローのパター
あり,他の手段の代替として考えるべきでは
ン,方向性をもった気流,ならびに圧力境界な
ない。また,他の管理手段と合わせて用いる
べきである。
どにより,潜在的に有害な物質が外部環境に流
なお,上記④におけるエンジニアリングコントロ
出しないよう防止することを目的として,シス
ールの具体的な選定手順は,COSHH Essential に
テムや機器の設計を通じて汚染物質を管理する
て記載がある(後述)
。
こと。
戦略のステップ(4)∼(8)についての説明は割愛
具体的にいえば,一次封じ込めは粉体ハンドリン
する。
グの粉塵発生源に近い位置での封じ込め機器による
表3
2009 年 7 月号
COSHH における封じ込め手立ての階層
67
対応であり,二次封じ込めは封じ込め機器の周囲環
境(建物,空調など)による対応である。
4-2.封じ込め機器の選定
封じ込め機器の選定基準に関して,世界中で汎用
的に用いられているのが COSHH Essentials による
手法である。
これを基にして,医薬品製造会社,コンサル会社,
専門家などがより詳細に区分けするなどの展開をし
てきているのが現状である。
COSHH Essentials では,
・ 取り扱う物質の危険有害性(活性の度合い)
・ 取り扱い量
・ 飛散の程度
を組み合わせて,適切な封じ込め設備の選定に導い
ている。
選定の手順をまとめると,図 1 のようになる。
(1) 危険有害性のカテゴリー区分(表 4)
許容曝露基準 OEL(Occupational Exposure Limits)からハザードグループを特定する 注4)。COSHH
では,4 つの区分けがあるが,先に述べたように,
さらに細かい区分けも提案されている。
(2) 取り扱う量
取り扱う量が多ければ,それだけ飛散のリスクが
増すと考える。小(small)にはグラム程度(gm)
が,中(medium)には 10∼100 kg が,大(large)
には 100 kg 以上,と区分けされている。
(3) 飛散の程度
微粉の場合には,飛散して浮遊するリスクが高い。
一方,顆粒状であればそのリスクは低い。また,湿
っている(湿潤している)状態の粉体(例えば,遠
心分離機から出てくる状態)では,さらにリスクは
低くなる。
このように飛散する程度に応じて,危険度が異な
るので,どのような飛散程度であるかを,工程ごと
に設定する必要がある。
(4) 曝 露 の 度 合 い(Exposure Predictor Solid
Band,EPS)の設定(表 5)
上記の飛散の程度と取り扱う量の 2 つの因子を掛
け合わせて考えるとマトリックス表ができ,曝露の
度合い EPS が定義される。原薬工場での各工程ご
とに,曝露の程度を想定しておく必要がある。
(5) これに,取り扱う物質の危険有害性を絡め
て,封じ込めのグレードを決める(表 6)
。
COSHH では,この封じ込めグレードをコントロ
ールアプローチと称している。日本では,エンジニ
アリングコントロール EC(Engineering Control)
と称することが多いが,同義である。
(6) 封じ込めグレードに応じて,最適な封じ込
め機器を選定する(表 7)。
ここで,具体的に上記の作業を行って
飛散性
取り扱い量
みよう。OEL
が 50 mg/m 3,取り扱う量
(Dustiness)
(Quantity)
は 30 kg,乾燥微粉を扱うと仮定する。
表中の網がけ部分が相当する。
手順 1:OEL から,Hazard Group を
許容暴露基準
曝露の度合い
カテゴリー C と設定する(表 4)
。
OEL
EPS
手順 2:取り扱い量(30 kg なので中
量)と飛散の程度(乾燥微粉なので飛
散程度は高い)のマトリックスから,
曝露の度合いを EPS3 と設定する(表
EPS:Exposure Predictor Solid Band
エンジニアリング
5)。
OEL:Occupational Exposure Limit
コントロール
EC:Engineering Control
EC
手順 3:OEL と EPS のマトリックス
から,封じ込めのグレードをグレード
図 1 COSHH における封じ込め機器の選定手順
3 と決定する(表 6)
。
手順 4:グレード 3 なので,封じ込め
表 4 COSHH における OEL とカテゴリー区分 注4)
機器(例:アイソレータ,封じ込めバ
OEL〔mg/m 3〕
1,000∼10,000 100∼1,000
10∼100
<10
ルブなど)を選定することになる(表
Hazard Group
A
B
C
D
7)
。
上記では,COSHH による選定手順の
参考
日本で多用されている
1
2
3
4
例を示したが,ハザードカテゴリー区分,
カテゴリー区分
EPS,EC の各設定は汎用的なものがあ
68
化学装置
4-3.建屋内のレイアウト計画
封じ込めの観点から製造工場内のレイアウト
飛散の度合い
について重要なことは,人およびモノの動線の
取り扱い量
低い
中程度
高い
交差に伴う交差汚染の防止である。
小(small)gm
EPS1
EPS1
EPS2
例えば,封じ込め機器を用いたとしても,ゼ
中(medium)kg
EPS2
EPS3
EPS3
ロにすることはできない(低減することはでき
大(large)Tonnes
EPS2
EPS4
EPS4
る)ので,作業員の衣服やコンテナなどに付着
して,同作業員や同コンテナが他の場所へ移動
表 6 COSHH における設備グレード
することによって,危険物質が拡散,移動する
ことがある。
設備のグレード Control Approach
同じ作業員が次の原料のハンドリングにかか
Hazard
OEL
EPS1
EPS2
EPS3
EPS4
わると,保護服に付着した前の製品の付着粉が
Group
〔mg/m 3〕
別の製品に入ってしまう危険性が出てくる。こ
A
>1,000
1
1
1
2
れが交差汚染である。動線計画によって,防止
B
100∼1000
1
1
2
3
する必要がある。
C
10∼100
1
2
3
4
4-4.工程室の空調系
D
1∼10
2
3
4
4
医薬品製造の場合,一般的にクリーンルーム
環境下で製造が行われ,製造エリアは陽圧とな
表 7 COSHH における設備グレードに対する具体的な設備例
るのが通例である。
一方,危険有害物質を閉じ込めるという視点から
設備グレート
設備例
は,対象となる製造エリアを陰圧に管理するのが望
1
一般空調
ましい(外に出ていかないようにするため)
。
2
局所排気,部分封じ込め,気流管理
このため,陽圧の区域と陰圧の区域が並存するこ
3
封じ込め
とになる。この場合の差圧の調整方法として,エア
4
専門家の助言を求める領域
ロックを用いるのが通例である。危険有害物質を陰
圧区域に閉じ込め,その周囲の陽圧区域に流出・拡
表 8 日本で多く使われているグレードと設備選定リスト
散することを防止する。
空調設備の設計の点からは,排
COSHH
日本某コンサル
封じ込め性能の
気の方式,フィルタの選定が話題
における
封じ込め装置の例
会社における
区分
設備区分け
設備区分け
になる。複数の高薬理活性医薬品
を同一の施設で製造する場合には,
一般換気
一般空調排気
EC1
1
クロスコンタミネーション防止と
局所的な排除
局所排気,ドラフト
EC2
2
いう意味合いから全排気方式とす
気流管理
安全キャビネット
EC3 その 1
2
る。
封じ込め
パスボックス式アイソレータ
EC3 その 2
3
HEPA フ ィ ル タ と す る か
封じ込めバルブ
ULPA フィルタとするか,はた
EC4
3
厳格な封じ込め RTP 式アイソレータ
また中性能とするかは,取り扱う
バグアウト式アイソレータ
物質の危険有害性,粉体の粒子径
高レベル封じ込めバルブ
などに応じて選定する。排気系
特殊
ロボット操作
―
4
HEPA フィルタのエレメントは,
バグイン・バグアウトによる交換
るわけではない。医薬品製造会社が URS として,
方式とする。
独自に作成しておくべきものである。ちなみに実際
4-5.局所集塵
の設計に際しては,例えば封じ込めのグレードやエ
製造工程室内にあって,粉が飛散する可能性があ
ンジニアリングコントロールについて,より詳細な
る場所に局所集塵設備を設けることが多い。封じ込
ものが使われることが多い(例えば,表 8)
。
め機器を用いる場合でも,万が一のことを考慮して,
表5
2009 年 7 月号
COSHH における曝露の度合い
69
バックアップとして設備することがある。これに応
じて,ケミカルスクラバ・バグフィルタなどの捕集
装置を設けることとなる。この場合,捕集装置の下
流側排気には,HEPA フィルタを設置する。
こうした捕集装置は,他の一般空調の排気設備と
は分離された機械室に設置される。また,捕集物の
回収は密閉化するか,バグアウトを原則とする。
バグフィルタや HEPA フィルタの交換は,湿潤
させた状態で取り出すなど,捕集物の飛散防止対策
を十分に考慮して行う。このような考えは気体によ
り粉体を移送するような器具の場合でも同様である。
集塵系の循環はクロスコンタミネーション防止と
いう観点から認められない。
4-6.更衣室
人の動線に絡んで,更衣室への入退出をどのよう
に考えるかが封じ込めでは大きなポイントである。
一般作業服から,クリーンルーム用に更衣して,製
造エリアに入っていくことになるが,クロスコンタ
ミネーション防止という観点から,入退出のルート
を分離するのが通例である。製造エリアと更衣室と
の差圧の調整にはエアロックを用いる。
さらに,更衣室には,非常時・緊急時対応として,
緊急シャワーを備えるものとする。緊急事態が発生
した場合には,オペレータはすぐに退避する。緊急
退出時の使用済み更衣は,2 重袋に収納し外装を水
洗するか,バグアウトポートに収容された後に,一
般域あるいは失活エリアに搬出するものとする。活
性物質のレベルが高い場合などはさらに,緊急シャ
ワーを用いて,失活処理する必要がある。工程室内
に復旧のために入る作業員はエアラインスーツを着
用することになるが,退出する際にはこのエアライ
ンスーツをシャワーを用いて失活処理する。
4-7.廃棄物の取り扱い
製造工程室から生じる廃棄物の取り扱いにも留意
が必要である。
封じ込め機器(例えばアイソレータ)からの廃棄
物は,バグアウト方式(または RTP ポート)にて,
袋,容器などに収納される。外装を吸引清掃,ふき
取り清掃を実施した後,さらに袋,容器に収納する。
さらに,直接工程作業にかかわらない隣接した準
備室にて,2 重目の袋,容器の外装をさらに清掃し,
ラベル表示を行った後,パスボックス,パスルーム
を介して,一般域に搬出する。
4-8.モニタリング
複数の活性物質の製造を同一の設備,施設で行う
場合は,キャンペーン生産ごとに,
70
・ 作業員に対する吸入エアサンプリング,封じ込
め装置の要所および工程室の要所でのエアサン
プリング
・ 工程室の要所(床,壁,天井,ドアノブなど)
において,切替え洗浄前後のスワブサンプリン
グ
を実施する。
5.原薬工場における事例
5-1.原薬工場の特徴
原薬工場には,製剤工場とは違う特徴がある。ど
ちらかというと,製剤工場よりも複雑といえる。
特徴を列記すると,
・ 原薬工場では,同じ工程で液体,粉体の 2 つの
相を扱う。
・ 工程の進捗に伴って,扱うものの性状が変わっ
ていく。すなわち,液体→スラリー→湿体→乾
体という具合である。したがって,リスクの程
度が工程で異なる。
・ 同じ工程でも,乾燥した粉体だけでなく,湿体
を扱う場面がある。例えば,遠心分離機からの
湿体を反応釜に戻して精製する場合がある。反
応釜では,乾燥した出発原料を扱うだけではな
く,粗精製の湿体を扱うことになる。
・ 扱う量が工程で異なり,小量から大量までの広
い範囲となる。例えば,活性が高い種結晶はご
く少量であることが多い。
・ 遠心分離機,乾燥機などでは,その機械の構造
により複数のタイプがあり,これによって封じ
込めの機器との取り合いも変わることがある。
また,マルチ工場では製品レシピーによっては用
いる機器が異なることもある。
・ 建物が階層構造となることが多い。これは,液
体扱いにおいて,重力を使おうと計画するため
である。
・ マルチ工場では,洗浄工程で用いられる有機溶
媒が複数あるだけでなく,プロセスで用いる薬
品が多岐にわたることがある。封じ込め機器の
耐薬品性が広範囲に要求される場合がある。
5-2.リスクはどの工程にあるか
さて,原薬工場では,粉を扱うシーンが工程に応
じて多数ある。原料の秤量,釜への投入,遠心分離
機からの取り出し,乾燥機への投入/取り出し,粉
砕機への投入と取り出し,最終製品の充填,サンプ
リング(原料,中間製品,最終製品)などである。
この中で,リスクが高いのは当然ながら,乾燥体
化学装置
表9
原薬工場の各工程における作業とリスク
(太字はリスクが高い部分を意味する)
原料秤量小分け
アイソレータ
各工程における作業
工程への
取り込み
工程での
本作業
工程からの
取り出し
原料秤量小
分け
乾燥粉
乾燥粉
乾燥粉
反応・晶析
釜
乾燥粉
(主として)
釜として密閉
液,スラリー
遠心分離
液,スラリー
液体から湿体
湿体
乾燥
湿体扱い
乾燥粉
乾燥粉
粉砕
乾燥粉
乾燥粉
乾燥した微粉
充填
乾燥した微粉
乾燥した微粉
密閉
反応釜
取り扱い物質:
カテゴリー 4
OEL:1 ∼ 10μg/m3
封じ込めバルブ
遠心分離機
ライナの利用
図2
回転式
乾燥機
高薬理活性医薬品マルチ工場の構築事例
スなどで開放する必要がある場合,飛散を防止する
という点から,開放直前に該当部を湿潤する必要が
を扱う場面で生じる。大きくいえば,
ある。これが,定置湿潤(Wet-In-Place,WIP)
・ 原料の秤量小分け,・ 釜類への投入,・ 乾燥機か
である。これが確実にできないままで開放すると,
らの取り出し,・ 粉砕機への投入取り出し,・ 充填で
曝露することとなり,飛散の可能性が生じる。マル
ある(表 9)。量的には釜の大きさにもよるが,数
チ工場ではクロスコンタミの観点から問題となるの
十 kg から数百 kg となろう。
で,その方法について,定置洗浄(CIP)と同様に
一方,湿体の扱いが原薬工場では発生する。遠心
十分な検討が必要である。
分離機からの取り出し,乾燥機への投入,反応釜へ
(3) 現場での運用を考えたキメの細かいエンジ
の再投入の場面である。湿体なるがゆえに,飛散の
ニアリングが必要で,どこで,どのような作業が,
程度が少なくて,封じ込め区分も低く設定される。
どのタイミングで,どのような作業姿勢で,発生す
るのかを事前に十分に把握しておく必要がある。
とはいえ,例えば,床にこぼしてそのまま放置され
(4) 封じ込めは完全自動ということにはならな
て乾燥する場合には飛散が起こるわけであり,
湿体と
い。人手が必ず入ることになり,その作業のため,
はいえ現場的な管理はきちんとしておく必要がある。
そしてメンテナンス,さらには万が一のためにしか
5-3.当社における構築事例
るべく空間が必要なことについて関係者間の共通認
当社における封じ込め設備の構築例を紹介する。
事例は,カテゴリー 4(OEL : 1∼10 mg/m 3)を
識が必要である。また,人手が入るということから,
もつ高薬理活性物質を扱うマルチ工場であり,封じ
安全ということにも十分な配慮が必要となる。
込めの対象は原料秤量小分け,釜投入,乾燥機への
(5) 封じ込め機器は,接続・切り離しという操
投入,製品の払い出し充填である。アイソレータ,
作を必要とする機器であるので,サイズが大きいと
封じ込めバルブ(サイズは最大 200 mm)
,ディス
取り扱い作業がやりにくいことになる。このため,
ポーザルのライナを利用している。
現場での作業を支援するために,補助の道具立ての
この事例では,洗浄負荷を低減するという趣旨で, 準備が欠かせない。
ディスポーザルタイプの製品を最大限に利用してい
サイズによっては,人手で扱うのが大変な場合が
る(図 2)
。
ある。例えば,封じ込めバルブの場合,100 mm サ
イズでは 7 kg 程度であるものが,200 mm サイズ
5-4.封じ込め設計の留意点
になると 35 kg 程度となり,作業員が一人で操作す
封じ込め設備の設計における留意点をまとめる。
ることができなくなる。
(1) 各工程での操作手順の確立が大切である。
(6) キーポイントとなる工程では,最悪の事態
すなわち,操作手順を「見える化」して,SOP を
を想定しておく必要がある。封じ込め機器が不調に
早い時期に確立しておくのが重要である。
(2) 粉 体 ハ ン ド リングと同程 度に,洗浄手順
なったり,事故が生じたりという場面を想定してお
(WIP,CIP)をも考えた仕組みが必要である。
く必要がある。高薬理活性の物質を扱う上では,合
粉体が通った箇所を例えば分解洗浄,メンテナン
理的な範囲で幾重にも安全対策を取っておく。
2009 年 7 月号
71
(7) 確実な封じ込めのために各種の技術を複合
して用いる必要があり,その意味では包括的な取り
扱いを要する領域である。DQ の段階でできる限り
の検討を行う必要がある。
6.SMEPAC による薬塵測定の方法
封じ込め機器は,現場に据え付けられた後に,
OQ の一環としてその性能を検証する必要がある。
これが薬塵測定である。設計の初期に仮に設定した
性能を実際に検証するものである。
この薬塵測定に際しての標準的な手法,取り扱い
を ま と め た の が,SMEPAC(The Standardized
Measurement of Equipment Particulate Airborne
Concentration)で あ る。こ の ガ イ ド ラ イ ン は,
ISPE 日 本 本 部 か ら,「製 薬 機 器 の 粒 子 封 じ 込 め
(コンテインメント)性能評価」として,入手可能
である。
SMEPAC ガイドラインは,アイソレータなど封
じ込め機器単独での統一的な試験方法を取り決めた
ものである。メーカー間での性能の比較をする上で,
基準的な試験方法を提供する必要があるからである。
実際の現場では,封じ込め機器が単独であること
はなく,周囲には違う機器類も存在するので,ガイ
ドラインにあるような理想的な状況とすることがで
きない場合が多い。例えば,空気の流れの有無,測
定器具の取り付け位置,距離,サンプラーの個数な
どについて,必ずしもガイドライン通りというわけ
にはいかない。さらに,工程の手順,状況が個々の
ユーザーでは異なる。
したがって,それぞれの状況に応じた薬塵測定計
画書を策定することになる。測定の基本的な道具な
どは,SMEPAC ガイドラインによるものとしても,
前記の通り現場によって状況が異なってくるので,
測定条件などはガイドラインに準拠する形で設定す
るのが現実である。重要なことは,薬塵測定では実
際の作業手順(SOP)に基づいて計画がなされる必
要があるということである。その意味でも SOP を
早期に確立し,操作内容,操作手順に即した試験計
画を進めるのが大切である。
7.封じ込め技術の新しい動向
封じ込め機器について,新しい考えのものが実用
化され,低廉化を図る動きが出てきている。
(1) 洗浄を削減するという意味合いもあり,デ
ィスポーザルタイプが現実性ある選択肢になりつつ
あ る。例 え ば,ス テ ン レ ス 製 の IBC は PE 製 の
FIBC に,ステンレス製のシュートは PE 製のシュ
ートに,ステンレス製の封じ込めバルブはプラスチ
ック製の封じ込めバルブにと,提案されている。
特筆すべきは,ライナ(多くは PE 製)の活用技
術である。概念的には,ライナの 2ヵ所結束+中央
部カットは,スプリットバタフライバルブと同じこ
とである(図 3)
。ライナを緩みなく確実に結束し
て,切断面を最小にコントロールできるツール(ク
ロージャーキット)が開発市販されており,欧米で
は,より厳しいカテゴリー区分の領域用に次世代型
として多数利用され始めている。
ライナを含め上記の技術によって,洗浄負荷の低
減,取り扱い作業の容易,そして投資の低廉化を実
現することが可能である。
(2) 重力による粉体移送ではなくて,密閉化し
た状態でのガスによる流動化移送を実現する方法も
提案されている。従来からニューマ搬送の設備には
各種あったものの,CIP できる構造になっていない
ことが多く,分解洗浄が主流であった。これでは,
封じ込めには不向きである。
欧米では,分解洗浄ではなくて CIP できるタイ
プのものが開発され,多くの設備で使われている。
これにより,
粉体の密閉化移送が可能となり,
厳し
いカテゴリー区分をもつ場合への対処が可能となる。
8.労働安全衛生の視点からのリスクアセスメ
ント
PE 製ライナ
結束バンド
アクティブ側
結束部の間を
カット
パッシブ側
結束バンド
PE 製ライナ
封じ込めバルブ
図3
72
DB&C(Dual Banding & Cut)
ライナの二重結束の概念
最近,医薬品分野における日米欧調和の動き
の中で,リスクアセスメントの道筋や方法論が
ICHQ9 として取りまとめられ,厚生省からガ
イドラインとして出されている。さらには,よ
り具体的な方法論の例示が ISPE から RiskMAPP として提案されている。
ICHQ9 では,製品の品質リスクを低減する
ことが患者を保護することにつながるという立
場から,医薬品の品質リスクに対するマネジメ
化学装置
ントのあり方を提唱している。このため,例えば,
付属書Ⅱ.3 および 4 を見ても分るように,
「製品」
の品質確保という側面が強い。しかしながら,それ
だけでは不十分と思える。本報文の冒頭でも述べた
ように,ハザード物質を扱う製造現場では作業員の
労働安全衛生にも配慮する必要がある。実際,労働
安全衛生の分野では,リスクアセスメントの重要性
は従来から提唱されている。例えば米国安全衛生庁
OSHA による「安全衛生プログラム管理のための
ガイドライン」「職場でのハザードの分析」などが
先駆的なものであり,さらには英国の HSE による
「リスクアセスメントのための 5 つのステップ」
,職
場安全衛生管理規則,COSHH などである。いずれ
も,アセスメントを中心に据えている。
ICHQ9 は,労働安全衛生の分野で培われたリス
クアセスメントの考えや手法を医薬品の品質という
側面に焦点をあて,さらに意思決定のプロセスを科
学的かつ実用的に行おうとしたものともいえる。
今後のリスクアセスメントは,品質の面だけでは
なく,労働安全衛生という側面にも十分に配慮した
形を模索する必要があると考えている。
なお,ICH Q9 では各種のアセスメント手法をあ
げているが,それらの適用範囲そして使い勝手など
について,各所で議論が必要になるものと思われる。
9.封じ込めの今後について
個人的な見解であることを断った上で,封じ込め
技術全般の今後について述べる。
・ 取り扱う製品:より薬理活性の高いもの,カテ
ゴリー区分でいえば,4,5 というのが増えて
いく。
・ 取り扱う企業:大手企業だけではなく,独自の
技術的特徴を打ち出すという意味合いから,受
託を指向する企業が高薬理活性医薬品の分野に
参入してくる。その場合,やや高レベルなもの
を指向する傾向になるのではないか。
・ 技術の多様化・進化:次世代型とでもいうべき,
新しい考えの技術が実用化されつつある。欧米
でもその動きは顕著であり,今後 10 年で封じ
込めの技術が大きく様変わりする可能性がある。
・ 投資効率の見直し:封じ込め設備は一般に費用
が高いといわれている。今後は,技術の進歩を
採り入れて,費用対効果を考えた生産システム
2009 年 7 月号
の構築が必要となる。
・ 法的規制の変化:一部専用化要件の緩和がされ
るものの,リスクの評価をきちんと行うのが前
提とされる。したがって,封じ込め(および洗
浄)を必要とする工程での品質リスク評価手法
の確立が必要となる。
・ 評価手法への要求:より合理的な評価基準の採
用が望まれるようになる。例えば,ISPE など
では,1 日許容摂取量(ADI)を評価基準にす
ることを推奨している。
・ 設備規模:新規建設案件だけではなく,既存建
物設備を使った封じ込め改造案件も増加すると
思われる。この動きは,欧米ではすでに多くあ
り,各種の設備構築事例が紹介されている。
・ 労働安全衛生の普及:従来ややもすれば軽視さ
れていた現場での労働安全衛生への取り組みが,
品質リスクアセスメントの推進とからみ合わせ
ながら展開される。
10.お わ り に
従来「封じ込め技術」はごく限られた専門家が知
見を有していたわけであるが,状況が変わりつつあ
る現在,医薬品製造に関わる関係者が広くこの技術
について理解を深めることが大切であると考える。
さらに,製品の品質という側面だけではなく,製
造現場の労働安全衛生という側面からも,封じ込め
技術を捉える必要がある。現状,封じ込め技術は海
外からの技術に多くを依存している。この状況は今
後しばらく続くと思うが,国内での独自の技術も確
立していく必要があると考えている。
この報文が読者の一助になれば幸いである。
(注)
1) いわゆる OEL(許容曝露基準)と同じと考えてよい。
2) この 8 つのステップに関する詳細は,COSHH : A brief guide
to the Regulations を参照してほしい。COSHH における労働
安全衛生の考えを知るうえでも,一読しておくべきものであ
る。なお,上記は HSE の HP から無償でダウンロード可能
である。
3) MSDS を扱っている内外のデータベースにアクセスすること
が可能である。例えば,独立行政法人「製品評価技術基盤機
構(NITE)」にデータ集約化されている「化学物質総合情報
提供システム(CHRIP)」などである。
4) 表 4 にあっては,説明を簡単にするために,Risk-Phrases に
ついて省略している。
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