新しい時代を拓く「心」の授業 ―子どもが育つ、心が育つ、私の絵手紙

新しい時代を拓く「心」の授業
―子どもが育つ、心が育つ、私の絵手紙実践―
狛江市立狛江第五小学校 教諭 安藤 晴美
1 心に響いた折々の手紙
これまでの人生において、様々な苦難や悩みに沈んだ時に救ってくれたのは
恩師からの折々の手紙であった。心に響くそのひと言ひと言が、私の心に危機
を乗り越える勇気と希望を与えてくれた。あるとき、一通の絵手紙が私の手元
に届いた。それはハガキいっぱいに大きく描かれたバラの花に添えられた「で
っかい私」という言葉であった。いろいろなことにつまずきそうな時、その絵
手紙によって、
「おおらかな気持ちで頑張ろう」という気持ちになった。人の心
に明るさや元気を与え、温かく、心を満たす絵手紙―。これを図画工作の教材
として取り組んだら、子どもたちに人に対するやさしさや思いやりの心を育ん
でいけるのではないかと思った。これが絵手紙に取り組む私の第一歩となった。
2 自分と向き合う
私はコミュニケーション不足を問われる今の時代にこそ、絵手紙は社会生活
に潤いを与える大切なものだと考えている。手紙は相手に自分の思いを届ける
までにかなりの時間を要するが、その「間」が大切なのである。例えば長崎の
カッター殺傷事件はメールの即時性が取り上げられていた。問題行動を起こし
たのは6年生である。手紙のやり取りのような「間」があれば、相手のことを
考えるゆとりが生まれ、あのような事件は防げたのではないだろうか。
人と人を結びつけるのは「心」である。相手の顔を思い浮かべて、自分の気
持ちを伝える絵手紙は、子どもの感性を育てる上で重要な役割を果たすと思う。
絵手紙は、相手に対する思いやり=優しい気持ち=「愛」がなければかけない。
絵手紙はどの学年でも取り組める教材であるが、私はあえて高学年、特に6
年生に的を絞っている。思春期に入り、自分の気持ちを素直に表現できなくな
る多感な時期の子どもたちである。どれだけありのままの自分を見つめ、どれ
だけ本気で自分の思いを語れるか・・・。むずかしい時期だからこそ挑戦させ
てみたいし、必要なのではないかと思う。これは私自身が教師として、本気で
子どもたちと向き合うことでもある。私のこの強い思いは必ず子どもたちに伝
えている。この思いを伝えなければ絵手紙の授業は始まらない。
3 絵手紙、試行錯誤の7年間-そして 8 年目に-
私が絵手紙の実践を始めて今年で 8 年目になった。大きな転機が訪れたのは 6
年目のことである。絵手紙の第一人者であり、また地域住民でもある小池恭子
先生に出会い、直接ご指導を受ける機会に恵まれた。このことが、私の絵手紙
実践の方向を大きく変える転機となった。それまでは私が独自の方法で絵手紙
を指導してきたのであるが、これを機に地域の教育力を導入することとなり、
ゲストティーチャーという形で、直接子どもたちへのご指導をいただくように
なった。このことにより、絵手紙をかく心がより性格に子どもたちに伝わるよ
うになった。
4 新潟県の川口町に絵手紙を出そう!
平成 16 年 10 月 23 日、新潟県中越地震が起こった。狛江市の友好都市である
川口町はこの地震で大打撃を受けた。実は私の故郷も新潟である。知人もたく
さんいるし、大切な恩師もいる。心の中で何かできないかと思っていたところ、
「川口町に激励の絵手紙を出してみては?」という小池先生からのアドバイス
があった。
(小池先生は阪神淡路大震災の時、夫の小池邦夫先生と共に 7 千通の
絵手紙を届けたことがあるのだ。)この時、私は迷わず「よし、やろう!」と、
絵手紙の持つ力を信じて子どもたちと取り組むことを決心した。
その冬、私は川口町を訪ねた。被災の様子を自分の目で確かめ、町役場の人
にも会って話を聞いた。帰京して資料作りをした。そして 3 学期、子どもたち
に「川口町に絵手紙を出そう!」と提案をした。作成した資料を読ませ、自分
たちに何ができるのかを考えさせた。
実際に絵手紙制作に着手する前に、自分の絵手紙をかく心構えについて感想
文を書かせたところ、子どもたちの強い思いが次々と出てきた。
「家族を失った
人がたくさんの温かい心に触れて前向きに生きていこうと思ったそうです。人
間を癒すのは人間だと思いました」
「今回の絵手紙の大切さがわかりました。こ
れまでの図工の中で一番一生懸命取り組んだので、新潟の人に喜んでもらいた
いです」私は、子どもたちの豊かな感性に胸が熱くなった。
「『がんばって』という呼びかけよりも、自分が夢中になっていることや大切
に思っているもので、明るさや元気を伝えよう!」と、私はいよいよ筆を持つ
段になった子どもたちに授業の中で訴えた。そして教室に、69 枚の元気な絵手
紙が生まれた。長い準備期間を経て完成した絵手紙は、川口町にある三つの小
学校に分けて送った。子どもたちの心は、大きなボードになって川口町の子ど
もたちの手に届いた。
その後、川口町の小学校からのお礼の電話や手紙の送付に加え、卒業式の朝
には、それまでこのプロジェクトの窓口を務めてこられた川口町役場の星野課
長から、卒業する子どもたちへ心のこもった絵手紙が届いた。
(ここにも絵手紙
を愛する人がいたのである。)それは式の中で紹介され、子どもたちは自分たち
の心が確かに伝わったことを実感して巣立っていった。
しばらくして、新潟の恩師から、新潟日報のコラム欄「日報抄」にこの絵手
紙の取り組みが掲載されているという連絡を受けた。送られてきた新聞の切り
抜きに書かれた文字をひとつひとつ追いながら、私は一生懸命取り組んだ子ど
もたちの心が確かに伝わったのだという一つの安堵(あんど)感と充足感を得
ることができた。
5 これからも子どもの心と向き合って
絵手紙の授業の最後に、いつも私は子どもたちに尋ねる。「『絵手紙は人に○
○を与える』-○○に入る言葉は何か?」と。子どもたちは様々な答えを返し
てくれる。「元気」「勇気」「感動」「喜び」「笑顔」「愛」等々。絵手紙の授業を
通して、人と人の心がつながり、相手をいたわるやさしい気持ちが生まれ、お
互いの絆が深まる。ここにすべての授業における私自身の基本的なスタンスが
ある。絵手紙の授業はこれからもずっと私のライフワークであり続けることだ
ろう。
今後も絵手紙の持つ力をフルに活用し、子どもたちの実態やクラスの状況に
あった企画を考え実行することにより、子どもたちの心と向き合い、思いやり
の心を育んでいきたい。そして、新しい時代を切り拓いていく子どもたちの心
を育てるべく、日々の授業に誠実に取り組み、自分自身も高めていきたいと思
っている。