マレーシアにおけるイスラーム金融のクライス・マネジメント: ドバイ

The Murata Science Foundation
マレーシアにおけるイスラーム金融のクライス・マネジメント:
ドバイ・アプローチの汎用性
Crisis Management for Islamic Finance in Malaysia: Versatile of Dubai Approach
H26助人2
代表研究者 川 村 藍 京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科 特定研究員
Ai Kawamura
Research Fellow, Graduate School of Asian and African Area Studies,
Kyoto University
This research aims to clarify the Malaysian model for Islamic finance dispute system and to
analyze the versatility of Dubai Approach. With the growth of Islamic financial markets, civil
disputes have increased, and transnational disputes have emerged. Global discussions on recent
court judgments pertaining to Islamic finance dispute cases focus largely on the merits of settling
cases in court or through arbitration, particularly since disputes brought to conventional courts
raise the issue of Sharī’ah compliance. The UAE and Malaysia has established their own system
to tackle such issue.
The UAE and Malaysia had developed its own unique system to maintain the Sharī’ah
compliancy for Islamic finance. For the UAE, it has built a new system to deal specific Islamic
financial cases, while Malaysia had utilized the conventional system by having the SAC to
govern the cases.
来型金融と差別化した特別法の制定等を推進
研究目的
してきた。
本研究は、イスラーム金融の二大拠点であ
一方で、市場が拡大するに伴い、イスラー
るマレーシアとアラブ首長国連邦(UAE)の民
ム金融をめぐる民事紛争は増加傾向にあり、
事紛争処理のメカニズムを解明し、比較を行
近年は英国裁判所においてもイスラーム金融に
うことでイスラーム法が既存の法律と抵触する
関連した判例が出されている。しかし、世界的
問題を解決する新たな紛争処理制度の実態を
にみてもイスラーム金融をめぐる民事紛争処理
明らかにする。
のモデルや指針となるものは確立されていない。
イスラーム金融は従来型金融とは異なり、
この背景には、イスラーム国の多くが金融を含
イスラーム法との適合性を必要とする新しい金
む商取引に関する法制度が、西洋を継受した
融であり、それに伴って新たな金融商品が多
法体系を有しており、商取引においてイスラー
く開発されてきた。
ム法との適合性は考慮していないことから法の
マレーシア及びアラブ首長国連邦(UAE)は
抵触が問題となっている。例えば、マレーシア
イスラーム金融市場の二大拠点として市場を
では、通常の裁判所でイスラーム金融に係る
牽引してきた。また、これら二カ国では、イス
判例が1980年代からあるものの、通常の裁判
ラーム金融のための法整備も進んでおり、従
所ではイスラーム金融に対する理解が十分で
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Annual Report No.29 2015
ないことから批判的な意見が出されている。
ることを目指す。さらに、マレーシアにおける
2008年に生じた世界金融ではイスラーム金
イスラーム金融をめぐる民事紛争処理制度の
融市場がほとんど悪影響を受けなかったとして
モデルを分析し、それをドバイ・アプローチと
注目された。しかし、2009年にはドバイで未曾
比較することで、イスラーム金融による新たな
有の金融危機が政府の主導してきた不動産開
民事紛争処理制度が構築されている実態を明
発プロジェクトを停滞させ、このプロジェクト
らかにすることを目的とする。
にイスラーム金融取引が関わっていたことから
イスラーム金融は、イスラーム法との適合
問題が複雑化し、金融危機が更に悪化する危
性を有する取引を合わせた金融であり、通常
険性があった。ところが、これらのプロジェク
の金融とは異なるスキームを有する。そのた
トに関わる民事紛争は特別司法委員会や特別
め、イスラーム法との適合性のために新たに金
法廷によって処理された。
融商品を開発もしくは従来型金融のスキームを
このアプローチは裁判制度と裁判外紛争処
組み替えるなどして発展してきた。従来型金融
理(Alternative Dispute Resolution, ADR)を折
では利子を運用しているが、イスラーム法では
衷した第三の制度であり、イスラーム金融に
利子は禁止されているので、利子が生じない仕
係る紛争をイスラーム法と金融といった両側
組みになっている。イスラーム金融の成長は、
面からアプローチできる紛争処理制度である。
1975年に商業展開を初めてから右肩上がりを
この新たに構築されたイスラーム金融の民事紛
続けており、イスラームが国教となっていない
争処理制度を「ドバイ・アプローチ」と名付け
西欧諸国においても進出し始めている。
てこの制度を分析してきた。
イスラーム金融の市場が拡大するにつれ、
本研究では、マレーシアにおいてイスラーム
当事者間の紛争も増加している。イスラーム
金融の登場により紛争処理「制度の変革」がど
銀行が融資する事業が停止するとそれに関わ
のように行われてきたのか調査し、マレーシア・
る債務不履行や倒産といった法的問題が生じ
モデルの実態を明らかにする。また、ドバイ・
ている。このような中、イスラーム金融をめぐ
アプローチのように既存の枠組みに当てはまら
る民事紛争を通常の裁判制度で処理すること
ない紛争処理制度が形成される過程を追跡し、
で、イスラーム法との適合性が見過ごされ批
イスラーム金融に係る民事紛争処理制度の全
判を受ける事態に発展している。特に2004年
容をメタ地域的な分析枠組みを構築する。そ
に英国裁判所で審理された判例ではイスラー
の中で、ドバイ・アプローチがイスラーム金融
ム法は国の法律でないことを根拠に、イスラー
をめぐる民事紛争処理制度として汎用性を検
ム法を準拠法としないことが明言された。この
証する。
判例を筆頭に、既存の裁判所といった民事紛
争処理制度で通常の金融と同じ法的枠組みの
概 要
中でイスラーム金融をめぐる民事紛争を扱うこ
本研究では、イスラーム金融をめぐる民事
とを批判する動向が強まっている。
紛争処理制度の総合的理解のために、実態が
ほとんどの場合、裁判制度のみの問題ではな
ほとんど解明されておらず、かつ、国際的にも
く、既存の法制度がイスラーム法との適合性を
重要性が高いマレーシアにおけるイスラーム金
持たないことが課題となっている。この背景に
融の民事紛争処理制度への取り組みを解明す
は、中東・湾岸諸国や東南アジアにおけるイス
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ラーム国の多くが、金融を含む商取引のための
改正が進められていることから、2000年代後
法制度が西洋法を継受しており、イスラーム法
半からイスラーム金融の民事紛争処理制度に
との適合性は前提にないことから、イスラーム
変革が齎されている実態が調査で明らかになっ
法と既存の法律との間で抵触が生じてしまう。
た。このことからマレーシア・モデルは、漸進
そのような中、2008年に生じた世界金融危
的にイスラーム法との適合性を持たせる紛争処
機ではイスラーム金融市場がほとんど悪影響を
理制度を確立していることを明らかにした。
受けなかったとして注目された。しかし、UAE
では2009年にドバイで未曾有の金融危機によ
り、政府主導の大型不動産開発プロジェクトが
滞り、このプロジェクトにイスラーム金融取引
が関わっていたことから問題が複雑化し、UAE
の経済を悪化させる危険性が強まった。とこ
ろが、これらのプロジェクトに関わる民事紛争
はこれまでにない斬新な制度で処理された。
その方法とは裁判制度とADR制度の持つ長
所を兼ね備えた第三の制度であり、イスラー
ム金融に係る紛争をイスラーム法と金融といっ
た両側面からアプローチできる紛争処理制度で
ある。このUAEで登場した新たなイスラーム
金融の民事紛争処理制度を「ドバイ・アプロー
チ」と名付けてこの制度の汎用性について検討
した。ドバイ・アプローチは急遽出現した危機
に対する緊急措置のような性質がある一方で、
イスラーム法との適合性を確保するためのアド
ホックな制度であることを明らかにした。
一方、マレーシアでは通常の裁判所でイス
ラーム金融の判例が2000年代後半に入って増
加した。2000年代半ばまではイスラーム金融
に係る民事紛争は、イスラーム法に関連する
ことは争点として扱われることはなかった。と
ころが、臨地調査で収集した判例から2009年
からイスラーム法に関連する判決は、通常の裁
判所では審理できないとする判決が出された。
2009年以降、マレーシアにおいてイスラーム金
融に係る民事紛争処理制度でイスラーム法に
関連する事項はシャリーア諮問委員会(Sharia
Advisory Board: SAC)の助言を必要とする法
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-以下割愛-