フィリツプ・シャープ博士とリチャード・ロバーツ博士の業績 1993年度ノーベル医学・生理学賞に寄せて Database Center for Life Science Online Service 半田宏 1993年度ノーベル医学・生理学賞は，マサチュセッもこの遺伝子発現調節の研究を続けているので，今回ツ工科大学（MIT）生物学部長のフィリップA．シャーの受賞は感慨深く，両博士に心から祝福の意を表したプ教授（49歳）とニューイングランド生物学研究所のいと思います。シャープ博士は朝型で，早朝に来て一リチャードJ．ロバーツ研究所長（50歳）に授与されま仕事を片付けるタイプですので，毎早朝実験データにした。受賞理由は"分関するていねいなディスカッションをして下さり，分断遺伝子の発見 ” です。両博士のプロフィールを簡単に紹介いたしますと，シャープ博士は1944年6月6日子生物学・遺伝子工学の面白さを充分に教えてくださに米国ケンタッキー州フいました。そのおかげで，医師免許をもつ身の筆者でァルマウスに生まれ，ユニオンカレッジ卒業後，イリありますが，東京工業大学に籍を置くことになってしノイ大学で化学を専攻してPh．D．の学位を取得され，カまいました。当時，がん研究センタ-5階リフォルニア工科大学とコールド・スプリング・ハーープ博士に加えて，D．ボルチモア博士（1975年ノーベバー研究所でボスドク研究員を経たのち，1972年に同研究所の上級研究員になり，当時MITがん研究センター所長のS ．E．ルーリア教授（1969年ノーベル医学・生理学賞受賞）の勧誘を受けて，1974年 1979年に教授になられて，1991年にMIT助教授，には，シャル医学・生理学賞受賞）やR．A．ワインバーグ博士ら超一流の科学者がいて，皆が一同に会して行なうフロア・ミーティングでの熱き討論の質の高さに大変感激し， “これぞサイエンス ” と興奮したものです。シャープ博士から生物学部長になは背が高く，威風堂々としており，要点のみを言い，何られています。その間，同センターの副所長および所事にも興味を示す積極的な人物です。一方，ロバーツ長を兼任なされております。博士には，数回，国際会議でお目にかかった程度ですロバーツ博士は1943年9月6日に英国ダービー市にが，背はやや高く，痩せていて，もの静かで控え目で生まれ，英国シェフィールド大学化学科卒業後，同大ありますが，いかにも秀才といった感じの人物です。学で有機化学を専攻してPh．D．の学位を取得され， 1969年に米国ハーバード大学リサーチ研究員，1971年に同大学生化学助手，1972年ハーバー研究所の主任研究員になられ，1986年研究所の研究所長補佐を経て，1992年から同両博士がともに研究生活を送ったコールド・スプリからニューインング・ハーバー研究所は，J．ワトソン（1962年ノーベグランド生物研究所の研究所長をなされています。筆者は1978∼1980年の間，シャープ博士に師事し，ボスドク研究員としてSV40遺伝子発現調節の研究を行ないました。帰国後，数年にわたり（計8カ員研究員としてMITにル医学・生理学賞受賞）が所長をしている，世界でも屈指の研究所であります。当時は，制限酵素が発見されて間もないころで，分子生物学の主流が，核のない月間）客下等原核生物のバクテリアから核のある真核生物へと滞在し，アデノウイルス遺伝子移行していました。同研究所には，両博士のほかに，J．の発現調節に関する共同研究を行なう機会を得，現在 Hiroshi Handa，分断遺伝子の発見にコールド・スプリング・サンブルック博士，M．ボチャン博士，R．ティジアン博東京工業大学生命理工学部生体分子工学科（〒227 横浜市緑区長津田町4259） 83 84 蛋白質核酸酵素 Vol．39 No.1（1994） Database Center for Life Science Online Service リチャードJ．ロバーツ博士（WWP提供）フィリップA．シャープ博士士など優れた研究者がひしめきあっており，SV40やデノウイルスなどのDNAがアんウイルスの研究では世界を圧倒的にリードしていました。当時，なぜDNAがん（WWP提供）になっていると誰もが信じて疑わない時代でありました。したがって，mRNAは各遺伝子の鋳型で，両者を混ぜると完全に付着すると考えられていました（図1a）。ウイルスかと申しますと，次の理由があげられます。 ① ところが，両博士はアデノウイルスDNAとmRNA 細胞遺伝子に比較してはるかに小さい遺伝子をもつのとを付着させて，それを電子顕微鏡により解析しましで操作が容易であり，当時，組換え遺伝子技術がまだた。すると予想に反して，DNAの確立されていない時代なので，均一なDNAを多量に純応する部分を欠いているために付着できずに，余ったイルス遺伝子のみであった。 ② い部分がループ状に突出していること（Rループ）をそ化できるのはDNAウくつかの制限酵素によるウイルスDNA上の切断位置がれぞれ独立に発見しました片を分離・精製できた。 ③DNAがは細胞遺伝子と同じ2本鎖DNAをんウイルス遺伝子にもち，動対（図1b）。この実験に至るまでには，両博士ともに綿密で膨大決定されており，ゲル電気泳動法を用いて切断後の DNA断一部はmRNAにな実験データの蓄積があったことはいうまでもありませんが，シャープ博士はアデノウイルスmRNAの遺伝物細胞に感染し，細胞遺伝子発現にかかわる細胞性酵子上の位置づけ（マッピング）を，標識したDNA断素・因子群を利用して，ウイルス遺伝子を発現するのとmRNAとで，細胞遺伝子を反映したモデル教材であると考えらの電子顕微鏡による解析法で行なっていました。シャれた。 ④DNAがープ博士はんウイルスは，齧歯類では容易にがんを起こすので，ヒトの発がんメカニズム研究するうえ DNAがんウイルスの研究は，それ以後ますます発展して，現在でもさまざまな面からさかんに展開されています。また，DNAがんウイルスの研究が高等動植物を対象とした近代分子生物学の基礎を築き上げたことも確かです。さて，DNA二歩により，DNA上（mRNA）重らせんの発見以後，分子生物学の進にある遺伝子は，いったん伝令RNA という分子に正確に写し取られ，これをもとに蛋白質が合成されるという遺伝子発現の流れが解き明かされていました。分子生物学もバクテリアの研究が中心で，1つ1つ 84 の遺伝子はそれぞれ “ひとまとまり” ，カリフォルニア工科大学時代，N．デビッドソン教授のもとでR因でも貴重な実験系であると考えられた。図1 片のハイブリッド形成法およびハイブリッド子DNAを電子顕微鏡によりフィリップ・シャープ博士とリチャード・ロバーツ博士の業績解析した経験があり，電子顕微鏡によるDNA-RNAハ関しては解釈できます。しかし，5’端は理解できませイブリッドの解析はお手のものだったと思われます。一ん。両博士が非凡であるのは，そこを見逃さなかった方，ロバーツ博士はいくつかの制限酵素によるアデノことです。HindⅢA断ウイルスDNA上たBamHIB断の切断部位を決定しており，L．T．チ片片に加えて，それとは遠く離れ（図2参照）を加えると，それに5' ョー博士やT．R．ブローカー博士（両博士ともに，現ロ端が付着してみごとにループが形成されることを別々チェスター大学教授）らとともに電子顕微鏡によるアに見つけました（図3b）。また，ウイルス全DNAとデノウイルスmRNAのキソンmRNAと詳細なマッピングを行なっていました。ヘの間でも同様のループ構造が形成されることを確認しております。これが分断遺伝子の発見両博士はともに，アデノウイルスDNAよ HindⅢA断り得られた片（図2）とウイルス粒子を構成するヘキなのであります。この発見は，1977年にコールド・スプリング・ハーを付着さバー研究所で開催された「SV40，ポリオーマ，アデノ片はウイルス」という国際学会で発表されました。「それはヘキソン遺伝子をすべて含んでいるはずであるので，両遺伝子の機能や構造に対する従来の分子生物学の常識者は完全に付着すると予想していたのです。ところが，をくつがえす衝撃的なものでありました」と，その学ヘキソンmRNAの5'端会に参加された藤永意札幌医科大学教授も感想を述べソン（hexon）蛋白質をコードするmRNAとせると，奇妙なことが見つけました。そのDNA断 Database Center for Life Science Online Service 85 と3'端に付着しない部分が現われました（図3a）。mRNAの3'端には100∼200塩基長のポリ（アデニン）鎖がついているので，3'端にております。その講演要旨集の表紙は図4に示しております。図2 制限酵素の切断地図図3 図4 「SV40，ポリオーマ，アデノウイルス」講演要旨集 85 86 蛋白質核酸酵素 Vol．39 No．1（1994）がしだいに明らかにされています。ハーバード大学のウォルター・ギルバート教授（1980 年ノーベル化学賞受賞）は，分断遺伝子の中の蛋白質をコードしていない不必要な部分を “イントロン ”，蛋白質をつくるための必要部分を “エキソン” と命名しました（図5）。分断遺伝子の生物学における重要性エキソン，イントロンという観念ができ，いくつかのケースで，1つつ単位のエキソンは蛋白質の特定機能をも（機能ドメイン）をなすことが明らかになりました。すると，生物の進化に関して，異なる遺伝子間で組換えが起こり，一部のエキソンが交換されれば，新しい機能をもった遺伝子が一挙にできる理屈で，突然 Database Center for Life Science Online Service 図5 真核細胞における遺伝子の発現様式変異の蓄積だけよりも生物進化のスピードが速まるという考えが出てきました。また，エキソンの交換で起こるヒトのがんが見つか分断遺伝子の発見以後りました。その一つに慢性骨髄性白血病があります。染色体問の組換えが起こり，フィラデルフィア染色体（第この会議のあと，世界中の研究者たちがいっせいに 22と第9染色体間の組換え）とよぼれる異常染色体が細胞や他のウイルスの遺伝子について分断遺伝子を検できます。異なる染色体上にある異なる遺伝子討しました。また，分断遺伝子の生化学的な解析法とはがん遺伝子）が，この組換えにより同じ染色体上でして，シャープ博士と当時ボスドク研究員であったA．近接することになります。両者は1つのmRNAと J．バーク博士（現UCLA教写し取られ，互いのエキソンがスプライスされ，異な授）とが “S1ヌクレアーゼ・（片方してマッピング法 ” を開発しました。すると，分断遺伝子る遺伝子の部品からなる融合蛋白質が合成されることは下等原核細胞にはないが，酵母などの下等真核生物もわかってきました。から高等真核生物であるヒトに至るまで真核細胞遺伝子のほとんどすべてに存在することがわかり，その後，近年，RNAスプライシング異常が原因で起こるヒトの遺伝子病も見つかりました。遺伝子の突然変異によシャープ博士らが中心となり，真核細胞における遺伝り，通常とは異なる個所でRNAス子の発現様式が解き明かされましたるために，正常に働く蛋白質ができなくて発症するもそれによると，核内で遺伝子DNAか（図5）。らmRNAが成された直後では，それは“前駆体 ”mRNAと合よばれ，のです。 β サラセミアでは，RNAスプライシングが起こプライシング異常により起こる場合が知られています。情報をそのまま写し取さらに，「1つの遺伝子から1つの蛋白質が合成されった未完成品であります。その後，不必要な部分が削る（one gene，one protein）」という従来の考えが，も分断された部品としてのDNAの除されて，必要部分だけがつなぎ合わされシング）， “成熟 ”mRNAと（スプライよばれる完成品となり，こはや通用しなくなりました。RNAスプライシングパターンの違い（alternative splicing）により，エキソンれが最終的に細胞質のリボソームに到着して，蛋白質の組合せが異なり，1つの遺伝子から複数個の蛋白質が合成の鋳型になるというものです。したがって，分断できることもわかってきました。ちなみに，アデノウ遺伝子の発見により，成熟過程において，成熟mRNA イルスでは1つがRNAレベルで再構成（rearrangement）も明らかになりました。このRNAスされることプライシングのin の遺伝子から3種きることもあり，動物細胞でも発生過程や異なった組織間においては，エキソンの組合せの違いにより，異 vitro系も確立されて，試験管内での解析も可能となり，なった成熟mRNAがスプライシング機構およびそれに関与する酵素群などたがって，DNAの 86 類以上の蛋白質がでできる場合が見つかりました。し塩基配列がわかったとしても，最終フィリップ・シャープ博士とリチャード・ロバーツ博士の業績遺伝子産物を決定することはできません。スプライシング後の成熟mRNAにより最終産物が決定されるということです。 87 以上が，受賞理由の簡単な解説です。両博士は非常に優秀な研究者であることはいうまでもありませんが，このように，生物進化，発生・分化，ヒトのがんや優れた共同研究者，関連分野の研究者層の厚さ，当代一流の研究者との緊密な交流などもまた，ノーベル賞遺伝病などの疾病，さらにはバイオテクノロジーに至受賞に至る道のりでは欠くことのできないものであっるまで，分断遺伝子がきわめて重要な役割を果たしてたと思われます。いることが明らかになり，今回の受賞につながったと Database Center for Life Science Online Service 思われます。理化学研究所ライフサイエンス筑波研究センター安全評価研究室研究員1名研究分野：レトロウイルスによる白血病発症機構の研究業績リスト， ③ 主要論文の別刷， ④ 解明。同ウイルスベクターによる遺伝子治療を目指した基礎研究。応募資格：修士課程修了以上で，32歳以下の方。分推薦状（1通）を下記まで郵送してください。送り先：〒305 つくば市高野台3-1-1 理化学研究所ライフサイエンス筑波研究子生物学，生化学，細胞生物学分野の若センター手研究者を求めます。応募方法：平成6年1月20日までに ① 履歴書，② 安全評価研究室天沼宏（Tel．0298-36-9051）理化学研究所ライフサイエンス筑波研究センター分子遺伝学研究室技師研究内容：ショウジョウバエを用いた転写因子・シグナル伝達機構の遺伝学的研究応募資格：1994年4月1日で修士課程修了以上（修士課程修了予定，博士課程在学中を含む）で，32歳以下の方。 ⑤ 推薦書を下記連絡先まで応募締切日：1994年1月15日連絡先：〒305 茨城県つくば市高野台3-1-1 理化学研究所ライフサイエンス筑波研究センター待遇および採用日：理研の正式職員（技師）として 1994年4月1日（予定）より採用分子遺伝学研究室提出書類1① 履歴書， ②研究業績目録， ③主要論文 Te1．0298-36一9031 または 5266 別刷，④ 従来の研究の概要と今後の抱負，石井俊輔（同研究室・主任研究員） FAX 0298-36-9030 87