緬羊,山羊の衛生

岡山畜産便り1957.09
緬羊,山羊の衛生
農林省中国種畜牧場
松
めん羊,山羊を飼う場合病気にかからぬように良い
崎
格
病羊の中で舌の白い苔ようのものがある羊は胃腸
飼育管理をすることが第一ですが,若し病気になった
の病気のもの,黄味を帯びているものは肝臓の病気,
ら早く見つけ,適切な処置をせねばなりません。この
紫色或は赤黒色のものは熱のある病気,青白いものは
早期の病気発見が衛生上第一の要件です。それには先
貧血したもので,貧血が強いときは口の中が冷い感じ
ずめん羊,山羊の性質を知り健康な体とはどんなもの
となります。
であるかを良く知っておかねばなりません。
病羊は一般に元気がなく反芻(はみかえし)がとま
(四)皮膚の色
り,食欲がなくなり,呼吸が速くなったり,下痢,便
皮膚の色を見るには,めん羊は毛を分けて地肌の色
秘したり,歩き方に異常があったりその他色々の症状
を見るのですが,健康羊は桃色の艶がある色をしてい
を出しますが,これ等について健康羊との比較を具体
ます。
的に述べることとします。
病羊は色が青白かったり(貧血しているもので,内
部寄生虫の寄生,慢性胃腸病,栄養不良等)或は黄色
(一)眼
眼は健康を見極める最大の要素です。
かったり(黄疸等)黒ずんでいたり(打撲等)赤色又
は暗赤色(熱がある病気)等があります。
健康な羊の眼は,生き生きと輝いて力があり,澄ん
でいて結膜は鮮紅色のきれいな色をしています。
ところが病羊はその反対で,眼に力なく特に体に疼
みがあったり熱がある場合はどんより濁っています。
(五)呼吸
呼吸数は鼻翼,胸或はわき腹の動きによって1分間
の数を測ります。
脳が刺激され,或は色々の中毒のときなどは反対に眼
健康羊は温度,湿度等の影響で一定していませんが
が鋭く光り興奮状態を示し,眼の病気(結膜炎,角膜
休んでいるときの数は成羊12~20,仔羊20~30位です。
炎等)小麦大麦等の食い過ぎ(胃食滞)其の他肺炎等
然し運動後或は暑い日はその数が130以上の非常に浅
で熱がある病気のときは,眼は熱っぽく充血し眼やに
い呼吸を致します。
が出ます。又栄養不良,慢性の下痢胃虫等の内部寄生
ところが肺炎等の場合は非常に早くなり,やや疼み
虫がいると,眼は青白くなり貧血し,黄疸,(肝臓に
ある症状を致します。又肺の一部が化膿したり,くさ
寄生する虫)等の肝臓の病気のときは黄味を帯びます。
ったりした病気(化膿性又は壊疽性肺炎)のときは吐
く息にいやな臭がします。又中毒等で呼吸を司る神経
(二)鼻づら及び口唇
健康羊の鼻づらは冷たく,しめり気があって鼻汗が
が麻痺した場合は反対にゆっくりになることがあり
ます。
あり,口唇の色はきれいな淡紅色をしています。
これに対し病羊特に熱があるものは鼻づらは乾き
(六)脈拍
光沢がなく,口及び唇は紫赤色或は黒赤色を呈し,一
脈拍は下顎の真中位の所に内より外に走っている
方貧血のときは口及び唇は血の気がなく青白い色を
動脈(外顎動脈)で測りますが,良くわからないとき
しています。
は左前股の肘部の内側の毛が生えていない所(ここの
内側に心臓がある)に手をあてると,心臓の動き(心
(三)舌
健康羊は淡赤色で鮮かです。
拍動)を知ることが出来ます。
健康羊で静かに休んでいるときの数は,1分間に成
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羊で60~80,仔羊で90~100位です。所が発熱等で心
きは左腹を注意深く見ているとその動きを知ること
臓が弱って来ますと脈拍数がふえて来ます。
が出来ます。
大体成羊で熱が出ると脈拍数は90以上となり,その
健康羊は1分間に胃は2~3回位,腸は4~6回位
数110以上は病気が重く,150以上になると生命に危険
内容物の撹拌移動が行われています。それでこれらの
があります。
動きがなかったり,弱かったりしているときは胃腸の
病気(胃食滞,便秘,腸閉塞等)です。
(七)体温
体温は肛門の中に体温計を入れて測ります。体温計
には1分計,3分計,5分計等がありそれぞれに応じ
(一〇)挙動動作
健康羊は活発で,周囲の事柄に注意し,耳の動き,
正確に計ることが必要です。又計るとき注意せねばな
眼の輝き等きびきびし,特に山羊においては快活敏捷
らぬことは体温計の水銀を確実に下しておくこと,肛
です。
門挿入時は良く糞の中にさし込み,正確に計れないこ
ところが病羊はこれと反対に眼に力なく耳は垂れ,
とがあるので注意しましょう。挿入時の体温計の角度
頭を下げ元気なく,或は特定の動作(腹痛のときは脊
は20~30度位斜上方に向け静かに行い,必ず体温計の
のびをしたり腹部をみつめたり,或は横臥し起つこと
先は水又は唾液をつけて滑かにすることが大切です。
を好まず,歯ぎしりしたり等)をするものです。
健康羊の体温は寒い季節,清涼の季節においてはめ
ん羊,山羊共成羊は38.5~39.5度,仔羊39.5~40.5度
(一一)食欲
ですが夏の暑い時期はめん羊においては成羊40~
健康羊は食欲旺盛で,空腹時は管理者或は飼料のあ
40.5度,仔羊40.5~41度となりますがこれは夏に厚い
る方に向って鳴き,飼料を要求するものですが,充分
羊毛に覆われている為に体に熱がこもるためです。一
飼料をたべたものは横臥或は起立のまま反芻をした
方めん羊山羊共に汗腺の発達が非常に悪いものであ
り安らかに休んでいるものです。
りますので夏は畜舎は涼しく風通しを良くして過し
易い環境にしてやらなければなりません。
飼料を与えても見むきもせず或は一寸食べるよう
な食欲のないものは病気ですので早く適切な処置を
それで前記体温以上の熱があるときは病気と見做
致しましょう。この食欲の有無は病気発見上非常に大
し手当てをせねばなりません。熱病,肺炎,中毒等は
切なものですから飼料を与えぱなしにするのではな
41度以上の高熱となります。
く必ず喰べ具合を良く確めて病気の早期発見に努め
ることが必要です。
(八)反すう
めん羊,山羊は牛,鹿,ラクダ等と共に反芻動物で,
一度胃に入った食物を再び口にもどして食べなおす
動物です。
健康羊の反芻して再びかみこなす回数は50~70回
(一二)糞
健康羊が排泄する糞は,楕円形の塊で粒が揃ってい
ます。そして適度の湿気があり,色はそのときの飼料
により黄褐色,緑黄色,緑黒色を呈しています。
であり,これは40~60分続け1日8~9回,時間にす
又大体成羊では1個の糞塊は0.5~1.0gで1個1
れば5~9時間位行うものです。ところが熱があった
個はなれ落ちるものです。しかし糞の硬さ塊りは豚の
り,胃腸の病気等の場合反芻が全くやんだり或は非常
糞程度までは大丈夫ですが牛糞程度の塊,硬さ以上に
に弱かったりするので病羊発見の大きな要素となる
なると軟便,下痢便となり治療を要します。又体に熱
ので常日頃注意しておきましょう。
がある糞とは最初硬く便秘し終りには粘液性の下痢
便となり,或は泌結したりします。
(九)胃腸の動き
即ち糞粒の水分が尐く,大小不整形のものを排泄す
胃腸の活動状況は聴診器で聴きますが直接腹に耳
るときは便秘の前兆です。又糞に混って粘液が出る場
を当てて聴く事も出来ます。又山羊においては胃の動
合は食腸カタール等のときです。又夏より冬にかけ糞
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の中に条虫のきれ端(片節)が出ることがありますの
る方法があります。(この指状糸状虫は牛の体内では
で注意して糞を見守りましょう。糞は健康,不健康の
殆んど悪い影響を与えない)しかし以上のことは完全
判断をするのに非常に大切なものの一つであること
に行うことは仲々難しいので現在は糸状虫の仔虫が,
を念頭におきましょう。
めん山羊の体に入った2週間以内の発病前にアンチ
モン剤,砒素剤,ピペラジン誘導体(スパトニン)に
(一三)その他
めん羊は羊毛に覆われているので,栄養状態は往々
にして見あやまり勝ちですから,手でよく体にさわり,
良否を確めましょう。
羊毛がたやすく抜けるのは,重い病気を患ったとき,
或は栄養不良のときです。
以上健康羊と病羊の見分け方について簡単に述べ
よる予防注射による予防がされている訳です。これ等
の薬は一定の量さえ行えば概ね効果があります。
最近或る学者が腰麻痺の原因は糸状虫ばかりでな
く動物の素質,衰弱,運動不足,筋色素低下筋の在存,
飼料中の糖分過剰ならびにこれ等の相互関係が重要
な役割があると言っていますが未だこの論拠に対し
まして真凝の程はわかりません。
ましたが何んと言っても病気を発見して獣医師の診
療を乞うことが第一です。
以下主な緬山羊の病気について述べることに致し
ます。
(2)日射病(暑さ当り)
暑い季節に起し易い病気でよく腰麻痺と間違えら
れますし,手当がおくれると死ぬことが多いので注意
しましょう。
(1)腰麻痺(脳背髄糸状虫症)
原因及び症状
原因及び症状
暑い月に,太陽に直接長い間当てたり(暑い日の日
本来牛の腹腔内に寄生している素麺のような形を
中繋牧,畜舎の日陰がないものでの飼育)強い運動を
した10㎝位の指状原状虫(セタリヤジギタータ)の仔
行ったりしたときに起るもので特に衰弱せるもの,栄
虫が蚊(シナハマダラ蚊,トウゴウヤブ蚊,オオクロ
養不良のもの,肥えすぎのもの等に発病しやすいもの
シマ蚊)に吸われ蚊の体内で約2週間発育して再び緬
です。
羊,山羊の血を吸うときそれ等の体内に入り胸,脊髄
病羊は重くなると元気全くなく,眼は赤く充血し,
に侵入して病気を起させるもので,蚊の発生より1~
体温が42度以上にもなり呼吸が早くなり150以上,脈
1.5月おくれて発生する病気です。それで侵される場
拍は120以上となり転倒し,興奮するものもあり早く
所によって症状が異るものであり,急に起立が出来な
手当をしないと数時間~3日位で死にます。
くなり眼をくるくるさせたり,立ちながらくるくる廻
手当
る運動をしたり,腰がふらつきふらふらする歩き方,
何んと言っても早く日陰の風通しのよい所に運び,
片側により歩いたり,色々な症状が表われます。
水を飲ませ,頭部を冷し,(冷水又は氷)1~2升の
予防及び治療
冷水灌腸をやることが第一です。尚治療としては強心
本病は原因のところで述べたように虫による病気
剤,苦味丁幾又はウイスキー,焼酒20~50㏄を水150
であり予防注射という意味は殺虫治療のことになる
訳です。
では先ず予防として上げられることは
~300㏄にとかし気付薬としてのませます。
尚強心剤は3~5時間おきに注射します。その他症
状に応じ下剤,重ソー等を与えます。
(イ)蚊に努めてさされないようにすること。これに
はDDT,BHC等による殺虫,畜舎は努めて清潔,
乾燥,通風を良くし臭気が努めてないようにし蚊がよ
(3)第一胃食滞
よく管理の不注意から発病させる病気の一つで農
って来ない方法を講ずること。
繁期の収穫,播種期にめん山羊が畜舎より或は繋牧よ
(ロ)或地方で腰麻痺の発生する率が多いときは牛の
り離れてぬけ出して沢山の麦,籾,大豆等の穀類を貪
検査を行い,この指状糸状虫がいる牛について駆虫す
食するとき,或は山羊に於て無理に泌乳量を増さんが
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為に一度に沢山の濃厚飼料を多給する場合に発病し
プロピオニン製剤の注射を試みること
ます。
必ず与えること等です。
③強心剤を
症状
喰べた飼料の質,量により軽重がありますが先ず食
欲がなくなり,反芻がやみ,耳は垂れ眼は充血し熱ぽ
くなり,背をまげ,ぼうっとした姿勢をし,或は横臥
し,腹痛をうったえます。第一胃を圧えると,膨張し
た穀類が充満しているのが判り,その部分は凹みます。
胃の動きは全くやみ,心臓が弱くなり体温も41度以上
の高温となります。
手当
この病気は死ぬ場合が非常に多いので早く獣医師
に診療を乞うことが大切です。
看護としては安静にし腹部の按摩,冷水灌腸を行い,
炎暑のとき発病したときは患羊は抵抗力が減退し早
く衰弱するので,畜舎は涼しくしてやり,患めん羊は
剪毛をしてやるようにし外部からの悪影響を取除い
てやる必要があります。治療としては①強心剤の注射
②下剤を与えること③胃の亢奮剤の投与④場合によ
り第一胃の切開手術の方法がありますが,要は管理の
失宜ですので予防を第一とします。
(4)妊娠病(産前産後麻痺・ケトージス)
妊娠が進み分娩前1ヶ月前より分娩時に発病する
病気でカルシウム等の無機物の不足,ビタミン不足,
栄養不良,菜と豆腐粕といったような偏食胎児,胃圧
による副腎機能の障害等により起ります。
症状と手当
(イ)呼吸器型 鼻汁が多量流出し呼吸が早くなり伏
臥し,心臓,胃腸の働きが弱くなり,急に元気が悪く
なって早く治療しなければ2~3時間で死にます。手
当としては早く3~5%塩化カルシウム40~50㏄静
脈注射すれば鼻汁はとまりそのあと強心剤,ブドウ糖
を注射します。この注射の効果は非常に早く表われま
す。
(ロ)消化器型 食欲がなくなり次第に元気が衰え胃
腸の働が弱って来て体温やや上昇し歯ぎしりし胃食
滞のような症状を表わし腰がマヒしたように起立し
ないようになる病気で,この場合必ず尿のケトン量を
検査してやることが必要です。
治療としての
①砂糖50~100g投与
②ブドウ糖,
(5)其の他
緬山羊共繋牧等のとき首くくり死ぬ場合が案外多
いので注意しましょう。