青年期のスポーツライフに関する研究-ポジティブ心理学の視点から-

青年期のスポーツライフに関する研究-ポジティブ心理学の視点から-
発 表 者 鈴木 はるな
指導教員 日下 裕弘
キーワード: 可能性、強み、アイデンティティ、楽観性、かかわり
1. 緒言
近年、我が国において、心身ともに健康で明る
く活力ある国民を育成するため、スポーツ基本法
やスポーツ基本計画等が定められた。生涯スポー
ツの実践が、奨励されているわけである。特に、
青年期のスポーツは、こころやからだの健康や体
力の向上、自主性・主体性や社会性の育成、そし
て自己実現等の機能をもつものとして期待されて
いる。
本研究は、青年期におけるスポーツライフをポ
ジティブ心理学の立場から考察することを目的と
している。
2. 研究の枠組み
2-1 ポジティブ心理学
1) ポジティブ心理学とは
ポジティブ心理学とは、マーティン・E・P・セ
リグマン(Martin E. P. Seligman 1998)が提唱した
心理学である。ポジティブ心理学は、人生がより
良い方向に向かうことについて科学的に研究し、
人生をより価値のあるものにすることを主題とし
て取り組む学問である。
フランク・ゴーブル(Frank G. Goble 1972)は、
心理学におけるパースペクティブを次の 3 つの系
譜に整理している。
2) ポジティブ心理学の系譜
〈第一勢力 精神分析学(フロイト主義)
〉
シグムント・フロイト(Sigmund Freud)によっ
て創始された人間心理の理論と治療技法の体系
である。精神分析は人間の心や精神を理解する包
括的な心理学として台頭することとなった。
〈第二勢力 行動主義〉
内的・心的状態に依拠せずとも科学的に行動を
研究できると主張する心理学である。行動主義の
一般理論は、ジョン・B・ワトソン(John B. Watson)
によって体系づけられた。行動主義者は、外的な
環境の影響を強調する。
〈第三勢力 人間性心理学〉
人間性(ヒューマニスティック)心理学は、 1960
年に発展した分野である。人間性心理学を主唱し
たのは A.マズロー(A. Maslow)であり、心理学領
域の『第三勢力』と位置づけられる。この新しい
理論は、人間そのものへ、つまり、人間の欲求・
目標・業績・成功などへ焦点を合わせる。
ポジティブ心理学は、この第三勢力(人間性の心
理学)の系譜にある。
3) 第三勢力におけるポジティブ心理学の位置
づけ
ポジティブ心理学は、人間性に着目し欲求・目
標・業績・成功などへ焦点を合わせ、人間の可能
性を追求する心理学である。そして、生きる意味
と目的を探求する心理学である。しかし、A.マズ
ローの「欲求階層説」やエリクソンの「グランド
プラン」のような、人間の社会心理学的な発育発
達に関する決定論的な誇大理論ではない。心理学
的規則性・法則性は求めながらも、すべての段階
や領域における発育発達の可能性をポジティブに
とらえ、追求する。
4) ポジティブ心理学の主要な特徴
①ポジティブな主観的経験
・快感、歓喜、満足、安らぎ
・ポジティブ感情
・ポジティブ情動
・フロー
・幸せ
②ポジティブな特性
・ポジティブ思考
・諸徳性における「強み」
・価値観
・興味、能力、達成
③ポジティブな社会制度(家族、学校、地域社
会)
様々な制度レベルの美徳について一致する要素
がある。それは、
「道徳目標に関する共有された展
望」
、
「公平さ」、
「尊敬」
(あらゆる人を地位に関係
なく一人の人間として扱うこと)
」、
「人間性(相互
の思いやりと気遣い)
」、
「安全性」等である。
良い制度とは、そこに属するメンバーの「強み」
(諸徳性の中での個人的特性)を生かす制度であ
る。
3. 考察
3-1 文部科学省のとらえる青年期のスポーツラ
イフ
保健体育審議会によって平成 9 年に出された、
生涯にわたる心身の健康の保持増進のための今後
の健康に関する教育及びスポーツの振興の在り方
について(答申)によると、この時期に、豊富な
スポーツ経験を持つことが、その後のライフステ
ージにおけるスポーツ習慣の形成に大きく影響を
及ぼすが、運動部活動をめぐる問題のほか、スポ
ーツをする生徒としない生徒の二極化が進むとと
もに、体力・運動能力が低下傾向にあることなど
の問題がある。
この時期は、親しい友人や仲間を積極的に求め、
種々の活動を共に行う中で楽しさを十分経験する
時期であることから、学校内外を通じて、興味・
関心等に合った様々なスポーツを体験したり、見
て楽しんだり、スポーツの意義や特性などに関す
る理解を一層深め、スポーツ習慣を形成すること
が期待される。また、日常生活の様々な場面にお
いて主体的に運動・スポーツを実践し、体力の向
上や健康の増進を図ることが求められている。こ
の時期の発育・発達上の課題を解決していくため
には、多面的な体力や運動能力の向上を図ってい
くことが必要である。
3-2
ポジティブ心理学の視点から見る豊かな青
年期のスポーツライフ
青年期の身体的・精神的変化を受容するために
は、自己の身体や周りで起こる出来事の意味につ
いて適切な情報を必要とし、自分自身についての
肯定的同一視(プラスのアイデンティティ)や家
族や仲間の支持的(受け入れられている)雰囲気
を必要とする。論文では、特に、青年期の「自己
概念(アイデンティティ)」および他者としての「仲
間(集団)
」に焦点を絞って考察する。
1) 個人としてのあり方(セルフ・アイデンティテ
ィ)
①ポジティブな情動・感情
ポジティブ情動は、遺伝性があるものの、優れ
た健康や栄養や教育の機会により増強するもので
ある。目標に向けて努力する過程こそが、実際に
目標を達成すること自体よりもさらに多くの活力
を生み出す。
体育系部活動や体育授業、スポーツクラブにお
いて、成長著しいこの時期に、技能習得や試合の
勝敗等に焦点を当てすぎることなく、その過程を
重視し、その過程で起こった「良い出来事」を深
く味わうようにすることが大切である。スモール
ステップなどの方法を活用し、目標達成への過程
で喜びや楽しみを数多く実感できるようなプログ
ラムを組むことが、指導者には求められる。
②ポジティブな思考・価値
青年期の価値観は、仲間集団という状況下で、
個人的満足を達成しようとする青年の努力を強め
る。集団内で、切磋琢磨し合いチーム全体のレベ
ルが向上するのもそれによるものである。
特に青年は、価値があると考える目標を明確に
して追求することが重要である。この時期に、い
つ「満足者」
(今ここのあり方に満足する)になり、
いつ「追求者」
(目標を未来に向かって追求し続け
る)となるべきかについて考え、個人のあり方、
そして集団でのあり方を見直すことは、自己のあ
るべき姿を見つけるヒントとなる。
失敗を多く経験すると、悲観的な思考パターン
に陥りやすくなるが、
「楽観的な思考」へポジティ
ブに変換できるかどうかが鍵となる。ひとつの失
敗から何を学べたか、同じ失敗を繰り返さないた
めにはどのようにすればいいのかを考える絶好の
機会と捉える。楽観性は、生涯にわたりスポーツ
を続けるより良い考え方であり、ひいては健康な
人生を送るためのひとつの考え方であるといえる
だろう。
③個性(「強み」を生かす)
多々ある徳性のうちから自己の「強み」となる
徳性を見つけ出すことは、自己のあり方について
考える上で重要である。「自己に向けられた強み
(創造力や好奇心など)
」と「他人に向けられた強
み(チームワークや公平さなど)
」、
「知性に基づく
自制を伴う強み(柔軟性や思慮深さなど)
」と「感
情的な表現を伴う強み(愛情や感謝など)
」は互い
に正反対の「強み」である。類似する「強み」は
同時に発現することを示すが、正反対の二つの「強
み」はトレードオフされる傾向が強いものとなる。
この性質を考慮し、例えば、仲間集団やチームに
おいて自己の存在意義をどこに置くべきか。自己
の「強み」をどのような個性的な役割へと結びつ
けるのか。青年期のスポーツライフはそうした自
分の「強み」探しの実験であり得る。
2) 集団(仲間)としてのあり方(かかわりの中で)
この時期に、望ましい集団形成能力を身に付け
ることはその後の人生に大きな影響を与える。そ
の意味でも、この時期に行われるチームスポーツ
やスポーツクラブなどの仲間集団は重要な役割を
果たす。クリストファー・ピーターソン(Christopher
Peterson)の、ソーシャル・サポートに関する研究が
示唆するのは、次のような事柄である。すなわち、
青年期のスポーツ集団において、ストレスの多い
出来事がおきた際に対処する仲間の手助けとして、
「共感、信頼、思いやり、いたわり」、「アドバイ
ス、提案、解決策」
、
「建設的なフィードバック」
「具
体的にサポートし合うこと」が考えられる。
3) 青年期のスポーツライフを支えるポジティブな
社会制度
ポジティブ心理学では、
「抽象的価値観」が、人々
が実際に行っている課題と緊密に連携していると
き、各専門家は自分の最高の状態で自由に機能す
ることができ、士気が高まり、その専門領域が活
気づくとしている。このような状況を「真の連携
一致」と呼んでいる。
青年期のスポーツライフを支えるためには、子
どもの「アイデンティティ」の形成と、
「仲間との
かかわり」を最高の価値とするポジティブなスポ
ーツ支援が必要になるといえる。そこで、それぞ
れの子どもを育てる専門家である家庭、教育の専
門家である学校、そして、それを取り巻く地域の
専門家であるスポーツ指導者の「真の連携一致」
が見られたとき、地域全体が活性化し、青年期の
スポーツ活動も総合的に、ポジティブに、そして
豊かに行われるものと考える。
4
今後の課題
本研究での考察を、実践を通してより発展させ
ていくことが今後の課題である。
5.文献
1) バーバラ・M・ニューマン/フィリップ R.ニ
ューマン 福富護訳(1988)
:生涯発達心理学,
川島書店,pp.261-297
2) クリストファー・ピーターソン 宇野カオリ訳
(2012)
:ポジティブ心理学入門~「良い生き
方」を科学的に考える方法~,春秋社,Pp.340
3) フランク・ゴーブル 小口忠彦訳(1972)
:マ
ズローの心理学,産業能率大学出版部,pp.2-83
4) マーティン・E・P・セリグマン 小林裕子訳
(2004)
:世界でひとつだけの幸せ,アスペク
ト,Pp.365,他