研究課題名:抗がん剤効果予測による乳がん患者の再発リスク抑制と

研究課題名:抗がん剤効果予測による乳がん患者の再発リスク抑制と毒性軽減 および医療経済負担低減に関する検証的研究 課 題 番 号:H22-がん臨床-一般-039 研究代表者:京都大学大学院医学研究科外科学講座乳腺外科教授 戸井 雅和 1.本年度の研究成果 本年度は、原発性乳がん患者における抗がん薬の効果予測に関して、術前化学療法による
病理学的治療効果の予測を目的とする数理アルゴリズムを構築し、web システムに応用した
検証試験を行った。専門家、ならびに一般に公開し、客観的評価を行い、改良を加えた。
サブタイプごとに検討を加え、ルミナール型、HER2 型においては既存のノモグラムと比べ、
一段高い予測精度がえられることが明らかになった。一方、トリプルネガティブ型乳がん
における効果予測については、新しいバイオマーカーの導入が必須であり、新規の研究を
開始した。さらに、HER2 陽性乳がんで術前化学療法+抗 HER2 療法を施行した症例における
予後予測モデルの構築を目標とした臨床試験においては、データ集積を開始、全国規模で
500 例を集積し、現在 ADTree の手法による予後予測モデルを作成している。加えて、術前
ホルモン療法の効果予測モデル、骨関連事象の推移モデル作成のための研究組織を構築し、
研究を開始した。新規バイオマーカーの研究では、microRNA を用いた薬物療法効果予測の
研究を行った。原発性乳がんの臨床試料を用いた検討、また作用機作に関する基礎的検討
を行った。トリプルネガティブ乳がんの効果予測バイオマーカーについては、遺伝子発現
プロファイルから候補遺伝子を抽出し、基礎的にタキサン、プラチナ等の抗がん薬の効果
予測の可能性を検討した。臨床例の検討では、グレード、年齢、Ki-67 labeling index (LI)
などを用いた、タキサン、プラチナ系抗がん治療の効果予測、メトロノミック型治療法の
効果予測に関する検討を行い、年齢、Ki-67LI の組み合わせによりある程度の治療効果予測
が可能であることが示唆され、さらに継続的に検討を行っている。多遺伝子検査のなかで、
国際的に実用化され、日本での臨床的検証研究も報告されている 21 遺伝子シグネチャ
(OncotypeDX®)と 70 遺伝子シグネチャ(MammaPrint®)の日本の保健システム下における
経済評価を行った。早期乳がん患者の再発リスク予測や化学療法有効性予測に基づいて、
化学療法の適応を示し、効果の見込めない化学療法を回避することによって毒性を軽減、
医療経済効率性の向上にも寄与すると考えられた。 既存の病理組織学的バイオマーカー、組織グレード、Ki67LI などを用いた評価基盤の検証
を行った。本研究参加施設ならびに研究協力施設で行い、Ki67LI の測定法標準化の重要性
が示唆されたので、前向き検討を行った。経口 FU、シクロフォスファミド、ホルモン薬を
用いるメトロノミック型治療法の効果予測に関する検討を行い、Ki67LI 値が intermediate
の症例における同治療法の有用性が、術前治療前後の Ki67LI の変化と臨床的抗腫瘍効果の
相関性解析などから示唆された。近未来における、メトロノミック型治療法の治療個別化
に関して重要な知見がえられたと考えられた。これらの知見に関しては学術シンポジウム
等で情報発信するとともに、2012 年9月に行った専門家対象のシンポシウム、一般公開の
シンポジウムにおいてもとりあげ、発表、討議を行った。 数理モデルによる術前化学療法の効果予測アルゴリズムの構築と意思決定の支援のための
Web システムの作成に関しては、これまで開発したシステムにさらに改良を加え、予測精度
向上を図った。現在使われているノモグラム等との比較検証を行い、既存のシステムより
高い予測精度がえられたので、上述の2回のシンポジウムで討議、一般に公開し、実用化
に向けた準備を開始した。さらに、化学療法の適応決定においては、腋窩リンパ節転移の
有無の予測も重要であり、ふたつのシステムを取り込んだ臨床的なアルゴリズムの構築に
関する検討も行った。いずれの予測モデルも既存のノモグラムに比べ、予測精度や欠損値
への耐性でよい成績を出しており、モデルを導入した場合の医療経済的な評価も行った。
それぞれ、実際に患者情報を入力して予測値を計算する Web サイトを開発した。 高度なデータマイニング方法を用いて、術前化学療法+抗 HER2 療法を施行した HER2 陽性
乳がん患者予後予測モデル、術前ホルモン療法の効果予測モデル、骨関連事象推移モデル
作成に関する研究を開始した。 miRNA マーカーについては、LIN28/let-7 を中心に検討を行い、ヒト乳癌組織においては
RNA 結合タンパク LIN28 と let-7 の発現が逆相関することを見いだした。Let-7 は癌細胞の
増殖抑制に働くことが知られているが、その発現を制御する LIN28 の発現意義については
明らかではない。本年度の研究では LIN28B の乳癌での発現意義を検討することを目的とし、
浸潤性乳癌 141 例での免疫組織化学的検討を行い、LIN28B が細胞質に検出される症例では
Ki-67LI が有意に高いという結果が得られた。さらに乳癌培養細胞株(MCF-7, SK-BR-3)を
用いた in vitro 解析では、LIN28B の siRNA によるノックダウンによって増殖の抑制効果
が得られた。以上の結果から、LIN28B は細胞質においてその機能を発揮し、癌細胞増殖に
働いていることが示唆された。既知の増殖因子とのクロストーク等の検討を更に行った。 早期乳がん患者において、再発リスク予測や化学療法有効性予測に基づいて、化学療法の
適応を示し、効果の見込めない化学療法を回避することによって、毒性の軽減につながる
多遺伝子検査(multigene assay)のなかで、国際的に実用化され、日本での臨床的検証研
究 も 報 告 さ れ て い る 21 遺 伝 子 シ グ ネ チ ャ ( OncotypeDX® ) と 70 遺 伝 子 シ グ ネ チ ャ
(MammaPrint®)の日本の保健システム下での経済評価を行った。両者とも、既にわが国で
約 40 万円程度の臨床検査として提供されており、日本の保険診療におけるその位置づけが
問われているが、長期的にみるとがん医療の個別化における高価な診療方針決定支援技術
を考えるうえで先験的な事例である。経済評価結果としては、それぞれの保険診療導入は
費用対効果に優れており、通常診療での検査の提供が社会的に受け入れられる可能性が示
唆された。また、本研究班で開発した臨床疫学データに基づく診療方針決定支援技術の経
済評価を実施中である。これらは臨床的ツールとして確立されれば使用費用はほとんど無
くなるのでがん医療の個別化と経済性の両立が期待されるものである。さらに経済評価研
究の基礎研究として、原発性乳癌患者術後のクオリティ・オブ・ライフを時間得失法により
効用値として推定した。主な結果として、乳房が切除されると温存された場合と比較して
効用値が 10.7%低下し、リンパ節が廓清されるとされなかった場合と比較して、4.0%低下
することが示された。これらは術前薬物療法後の手術療法を考慮する上でも極めて重要な
知見となった。 2.前年度までの研究成果 京都大学医学部附属病院治療症例、術前化学療法、術前ホルモン療法多施設共同研究治療
症例を対象に、抗がん薬の効果予測に関する臨床病理学的因子、分子医学的因子よりなる
システムの最適化、標準化を行い、その有用性、問題点を前向き後ろ向き臨床試験におい
て検討した。医療経済負担低減に関する効果、医療経済的効率性を評価した。国際比較に
基づいて、評価システムの有用性を検証した。原発性乳がんの標準的な診療法に関する提
案を行い、また情報の提供を遂行した。具体的には、術前ホルモン療法施行症例 110 例を
対象に、組織グレード、細胞増殖指標 Ki67LI、21 遺伝子シグナチャの臨床治療効果予測、
病理組織学的治療効果予測、長期予後予測に関する意義を検討した。予後については
preoperative endocrine prognostic index (PEPI) を用いて解析した。組織グレード、
Ki67LI に加えて、21 遺伝子シグナチャを組み合わせると、臨床病理学的治療効果予測精度
が高くなり、また、乳房温存療法の可能性予測にも有用であることが示唆された。さらに、
治療効果、Ki67LI を組み合わせると長期予後良好症例を同定できる可能性が示唆された。
化学療法の効果予測、ホルモン療法の効果予測を行うことにより、化学療法高感受性例、
ホルモン療法高感受性予後良好例を同定し、治療の毒性を軽減しつつ、予後成績を高める
ことができると考えられた。一連の研究において、アッセイ手法の標準化とシステムとし
ての最適化も同時に遂行した。ADTree 手法による数理モデル研究では、腋窩リンパ節転移
予測モデルに関する検証試験を韓国ソウル大学と共同で施行して、海外臨床基盤における
有用性が検証された。術前化学療法の病理学的完全奏効(pCR)予測に関しては、前向き術前
臨床試験症例のデータを用いてモデルを作成、高い予測精度がえられたので、web システム
を作成、前向き検討を開始した。術前に抗 HER2 療法+化学療法を施行した症例を対象に、
組織学的抗腫瘍効果の予後に及ぼす影響を多施設共同で検討する臨床研究計画を作成した。 乳がん細胞、乳がん組織における CD44 variants の発現、変化を検索し、増殖、進展との
相関を検討した。費用対効果分析に関して、リンパ節転移陽性原発性乳がん症例における
21 遺伝子シグナチャを用いた化学療法の適応に関する分析を行った。優れた医療経済効率
をもたらす可能性が示された。 3.研究成果の意義及び今後の発展性 一連の研究成果は、原発性乳がん患者の治療成績に向上に直結し、治療個別化を図ること
により毒性の軽減に寄与し、乳がん薬物治療の最適化に貢献すると考えられる。新たに作
成した治療のアルゴリズムは新規性が高く、既存のイステムに比べて、有意に高い効果予
測精度等を有する。また、医療経済学的効率を向上する可能性が高い。Web 入力システムも
作成し、実用化の準備も進んでいる。広く実臨床に応用すれば予算削減に寄与する可能性
も高い。新しいバイオマーカー研究からはいくつか有望なマーカーがえられ、化学療法、
ホルモン療法、抗 HER 療法の効果予測に有用と考えられる。さらに、術前治療後の治療効
果をふまえた予後予測システムの構築も視野に入っており、将来大きく発展する可能性が
ある。医療経済学的研究では、多遺伝子アッセイの意義を検証したが、これらの研究は将
来のがん医療個別化における診療方針決定支援技術の役割を考慮するうえで先験的な事例
であり、今後の乳がん診療最適化、経済効率の向上に寄与すると考えられる。 4.倫理面への配慮 臨床試験、臨床研究に関しては、研究ごとに倫理指針に基づき研究を遂行、倫理面に十分
配慮した。 5.発表論文
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6.研究組織 ②分担する ①研究者名 研究項目 戸井雅和 笹野公伸 山城大泰 石黒 洋 稲本 俊 内藤泰宏 杉本昌弘 近藤正英 黒井克昌 ③所属研究機関 及び現在の専門 (研究実施場所) ④所属研究 機関にお ける職名 研究総括 京 大院医学研究科・乳 教授 効果予測因子・乳がん幹細胞に関す 腺外科学(京都大学) る研究 病理診断学 臨床研究の遂行 データの集積 東 北大学大学院医学系 教授 研究科・医科学専攻病
理病態学講座・病理診
断学分野 京
大院医学研究科・乳 非常勤講師 腺外科学(京都大学) 臨床研究のデザイン 京 都大学医学部附属病 改革推進講師 効果予測因子・乳がん幹細胞に関す 院(探索医療センター
る研究 検証部・外来化学療法
部) 臨床試験の実施 財 団法人天理よろづ相 乳 腺 外 科 嘱 託
治療アルゴリズムの研究 談所病院・乳腺外科 部長 治療アルゴリズムの数理モデル研究 慶 應義塾大学・環境情 准教授 報学部 乳がん幹細胞の分子解析とバイオイ 京都大学・医学研究科 特定講師 ンフォーマティクス研究 医療経済学的研究 筑波大学 人間総合科学研究科 准教授 臨床研究の実施 東京都立駒込病院 部長 効果予測因子・乳がん幹細胞に関す 外科(乳腺)臨床試験
る研究 科