外来において治療を継続していく乳がん患者の力

外来において治療を継続していく乳がん患者の力
-家族からのサポートの側面に焦点をあてて-
聖路加看護大学大学院看護学研究科
博士後期課程 山手美和
研究報告要旨
研究目的:本研究の目的は、乳がん患者が家族からの支えをどのように捉え、治療を継続し
ていく力にしているのかについて明らかにすることである。
研究方法:研究対象者は、外来において乳がんの治療として手術療法、術前または術後の化
学療法を受け、現在、放射線療法を受けている乳がん患者 3 名であった。データ収集は半構
成面接ガイドを用いて面接法にて行った。また、データ分析は Colaizzi の方法を用いた。
結果:乳がん患者が治療を継続していく体験として 3 つのテーマが抽出された。テーマ 1:
家族全体で“乳がんになったこと”を共有する。テーマ 2:お互いの家族員の存在の意義を
感じ生きる糧とする。テーマ 3:乳がんになったことを家族の生活の中に組み込む。
結論:乳がん患者の治療を継続していく力は、(1)「乳がんと共に生きる」体験を共有し、
「乳
がんになったこと」を家族の体験として組み込んでいくこと、(2)家族の存在意義を感じるこ
とから生じていた。
1.研 究 の 背 景
我 が 国 に お け る が ん に よ る 死 亡 者 数 は 、昭 和 56 年 以 降 死 因 第 1 位 を 占 め て い る 。特
に 、 最 近 10 年 間 の 乳 が ん の 罹 患 率 、 死 亡 率 は と も に 増 加 傾 向 に あ り 、 1998 年 に は 胃
がんを抜き、女性のがん罹患率では第 1 位となり、今後さらに増加することが予測さ
れる
1)
。乳がんの治療は、手術療法が主流であり、手術後は、再発予防のために放射
線療法・化学療法・内分泌療法を組み合わせた術後補助療法が外来で行われることが
多 い 。乳 が ん は 他 の が ん と 比 較 し て 予 後 は 良 好 で あ る が 、10 年 を 経 過 し て も 再 発・転
移する場合があるため、乳がん患者は再発・転移の心理的苦痛を感じながら、長期間
にわたって生活していくこととなる
2)
。
乳がん患者は、女性性に関する問題、化学療法の副作用の苦痛や脱毛などのボティ
イメージの変化、家事・育児のなどの家庭内での役割、仕事や経済面、家族の将来な
どのさまざまな困難を抱えながら生活している
3)~ 9)
。こ の よ う な 状 況 の 中 で 、乳 が ん
患者が治療を継続し生活していくために、家族からどのようなサポートを受けている
のか、家族との関係性がどのように治療を継続していく力となっているのかについて
明らかにすることは重要であると考えた。
2.研 究 目 的
本研究の目的は、乳がん患者が家族からの支えをどのように捉え、治療を継続して
いく力にしているのかについて明らかにすることである。
3.研 究 方 法
1)研 究 デ ザ イ ン
現象学アプローチに基づく質的帰納的記述型研究デザイン
2)研 究 対 象 者
外来において乳がん術後の放射線療法を受けている乳がん患者 3 名とした。
具体的な選定基条件は、①乳がん患者は壮年期であること、②初発の乳がん患者であ
る こ と 、③ 術 前 ま た は 術 後 に 化 学 療 法 を 受 け て い る こ と 、④ 術 式 は 問 わ な い 、⑤ 20 歳
代前半までの子どもがいること、⑥不安などの訴えがなく精神的に安定していると思
われる者で精神科・心療内科の受診歴のない者とし面接を受けることについて支障が
な い と 判 断 さ れ た 者 、 ⑦ 2~ 3 回 程 度 の 面 接 が 可 能 で あ る こ と と し た 。
3)デ ー タ 収 集 期 間 :
2010 年 3 月 ~ 5 月 の 3 カ 月 間
4)研 究 対 象 者 の 選 定 方 法
外来看護師から、本研究の研究参加者の選定条件に見合うと思われる乳がん患者に
対して、研究者へ紹介してもよいかについて内諾を得てもらった。内諾が得られた場
合、研究対象者に研究の主旨・方法・内容について説明するための都合のよい日時に
ついて調整してもらう。これらの連絡を受けたら、研究対象者の都合のよい日に外来
に行き、研究者自らが研究の主旨・方法・内容について研究依頼文書を基に文書と口
頭にて説明を行い、同意が得られた者を研究対象者とした。
5)デ ー タ 収 集 方 法
1
データ収集は、半構成面接ガイドに基づく面接法にて行った。乳がん患者 3 名に対
してそれぞれ 3 回面接を行った。
6)デ ー タ 収 集 内 容
①乳がん患者が乳がんになったこと、乳がんの治療を継続することでどのような体
験をしているのか、②乳がん患者が治療継続するため家族からどのようなサポートを
得ているのかの 2 点であった。
7)デ ー タ 分 析 方 法
面接内容を逐語録とし、研究対象者 1 人 1 人の体験の理解を深めるため何度も読み
込み、1 事例毎に分析を行った。本研究の研究課題に関する乳がん患者の体験に関係
する記述を抜き出し,さらに体験の移り変わりと構成要素を明確にし、構成要素を相
互および全体と関連付け、意味づけの把握をし、意味単位ごとにそれぞれの中心的な
テーマを見出していった。個々の研究協力者の体験のテーマ間の体験の意味の本質的
な 関 係 性 に つ い て 検 討 し 、研 究 協 力 者 に お け る 共 通 性 に つ い て 抽 出 し た 。デ ー タ 収 集・
分析の全過程において、がん看護学、現象学に精通している質的研究の専門家からス
ーパーバイズを受け真実性の確保を高める努力を行った。
8) 倫 理 的 配 慮
聖路加看護大学研究倫理委員会と研究協力病院の研究倫理委員会の承認を受けて行
った。研究対象者に対して、研究協力は任意であり、研究過程のいずれの段階におい
ても取消・中断が可能であることを説明した。面接は、研究対象者のプライバシーが
保持される場所で行い、面接中は、研究者以外のものが入室できないような場所を確
保した。面接日時は、研究対象者の都合に合わせた。面接内容は、研究参加者の許可
を得て、録音機で録音したが、得られたデータは、研究以外には使用しないこと、病
医院・病棟名、患者・家族などの個人名が特定されると思われる内容の文脈が出てき
た際には、匿名性を保持できるように記号化しデータ処理を行った。以上のことにつ
いて研究依頼文を基に文書と口頭で説明を行い、研究協力に同意が得られる場合は、
同意書に署名をしてもらった。
4.内 容 ・ 実 施 経 過
本 研 究 を 行 う 前 に 、 2009 年 6~ 8 月 に 乳 が ん 患 者 4 名 を 対 象 に 予 備 研 究 を 行 っ た 。
予備研究の内容は、本研究における理論的前提、データ収集方法・分析方法の検討、
インタビューガイドの洗練化とし、本調査実施の示唆を得ることを目的として予備研
究を行った。本研究は聖路加看護大学大学院に博士論文として提出する研究の一部で
あ り 、2009 年 12 月 に 博 士 論 文 研 究 計 画 書 の 提 出 、2010 年 1 月 に 聖 路 加 看 護 大 学 、2010
年 2 月に研究協力病院の倫理委員会から承認を受け行った。
デ ー タ 収 集 期 間 は 2010 年 3 月 ~ 5 月 の 3 か 月 間 で あ り 、研 究 対 象 者 1 人 当 た り 3 回
の面接を行った。その後、がん看護学、現象学に精通した質的研究の専門家よりスー
パーバイズを受けながらデータ分析を行った。
5.成 果
1)研 究 対 象 者 の 概 要
研究対象者の概要は下表に示すとおりである。
2
年齢
職業
家族構成
治療内容
リンパ節転
移の有無
A
B
C
40 歳 代
40 歳 代
30 歳 代
医師*
公務員*
無職
夫 、 患 者 、 長 男 (14 歳 )、
乳 房 温 存 術 ( 右 )、 術 前 化 学 療 法 、 放 射
長 女 (7 歳 )、 次 男 (3 歳 )
線 療 法 、 ホ ル モ ン 療 法 (予 定 )
夫 、 患 者 、 長 女 (14 歳 )、
乳 房 切 除 術 ( 左 )、 術 前 化 学 療 法 、 放 射
次 女 (7 歳 )、 長 男 (7 歳 )
線 療 法 、 ホ ル モ ン 療 法 (予 定 )
夫 、 患 者 、 長 女 (9 歳 ) 、
乳 房 温 存 術 ( 右 )、 術 前 化 学 療 法 、 放 射
次 女 (4 歳 )
線 療 法 、 ハ ー セ プ チ ン 療 法 (予 定 )
有
有
無
2)乳 が ん 患 者 が 治 療 を 継 続 し て い く 中 で の 体 験
乳 が ん 患 者 が 治 療 を 継 続 し て い く 中 で の 体 験 と し て 、研 究 対 象 者 3 名 か ら そ れ ぞ れ 4
つのテーマが見出された。
(1)A さ ん の 体 験
テ ー マ 1:死 を 意 識 し つ つ 、怒 涛 の 生 活 の 中 に あ っ て も 夫 と 共 に い れ ば 大 丈 夫 と 思 え
る 、 テ ー マ 2: 子 ど も が 自 信 を も っ て 生 き て い く こ と が で き る よ う に 「 愛 し て い る 」
こ と を 伝 え る た め に 生 き る 、テ ー マ 3:「 自 分 は な ぜ 生 き る の か 」と 考 え る 必 要 が な い
く ら い に 無 条 件 に 必 要 と し て く れ る 存 在 が あ る と 実 感 で き る 、 テ ー マ 4: 乳 が ん が 日
常のものになりつつある日々を「乳がん患者」ではなく、家族と共に「生活者」とし
て生活する
(2)B さ ん の 体 験
テ ー マ 1:”母 親 の 乳 が ん ”を 子 ど も な り に 一 心 に 受 け 止 め 、乗 り 越 え よ う と し て い る
姿 を み て 、 ま だ 生 き て い た い と 思 う 、 テ ー マ 2: 子 ど も が 自 分 な り に 生 き て い け る よ
う に な る ま で は 「 死 ね な い 」 と 思 う 、 テ ー マ 3: ど ん な 姿 に な っ て も 子 ど も が 受 け 入
れ て く れ た こ と が 救 い と な り 、 ”自 分 ”を 保 つ 、 テ ー マ 4: 何 年 先 も こ の 家 族 と 一 緒 に
いる時間が続くような感覚を感じる
(3)C さ ん の 体 験
テ ー マ 1: 夫 の 言 葉 の 裏 に 隠 さ れ た 、「 生 き て い て ほ し い 」 と い う メ ッ セ ー ジ を 受 け
取 り つ つ 生 き よ う と 思 う 、テ ー マ 2:一 番 リ ラ ッ ク ス で き る「 4 人 の 家 族 」で の 生 活 の
1 つ の 柱 と し て 生 き る 、 テ ー マ 3:「 1 カ 月 先 の 娘 の 笑 顔 」 を 見 て い た い か ら 生 き る 、
テ ー マ 4:「 死 」が 家 族 の 中 心 に 居 座 り 続 け る 生 活 の 中 で 、不 自 由 さ を 感 じ な が ら 家 族
が協力し乗り越える
(4)乳 が ん 患 者 が 治 療 を 継 続 し て い く 中 で の 体 験 の 共 通 性
乳 が ん 患 者 が 治療を継続している体験の共通性として 3 つのテーマが抽出された。
テ ー マ 1:家 族 全 体 で “乳 が ん に な っ た こ と ”を 共 有 す る 。 テ ー マ 2:お 互 い の 家 族 員 の 存
在 の 意 義 を 感 じ 生 き る 糧 と す る 。 テ ー マ 3:「 乳 が ん に な っ た こ と 」 を 家 族 の 生 活 の 中
に組み込む。
3)考 察
(1)乳 が ん 患 者 の 家 族 の 乳 が ん 共 に 生 き る 体 験
本研究結果より、乳がん患者と家族は「死」を意識しながら「生きる」ために治
療 を 継 続 し て い る こ と が 見 出 さ れ た 。 そ の 体 験 は 、 子 ど も と 共 に “母 親 の 乳 が ん ”を
3
受 け 止 め 乗 り 越 え よ う し た り 、夫 と 共 に い る 中 で の 安 心 感 を 感 じ た り 、家 族 か ら の「 生
きていてほしい」というメッセージを受け取ること、乳がんの治療を継続していく中
で感じる不自由さを家族が共に共有し、乳がんと共に生きる方策について模索するこ
とであることが見出された。中尾
10)
は 、 乳 が ん 患 者 の 不 安 定 さ の 知 覚 と し て 、【 が ん
告 知 に よ り 命 や 生 活 が 脅 か さ れ る 】【 が ん の 進 行 や 治 療 と い う 不 確 か な 状 況 に 没 入 す
る】
【 が ん と い う 病 気 や 治 療 に よ り 自 分 が 変 化 し た と 認 識 す る 】と い う 3 カ テ ゴ リ ー を
抽出している。乳がん患者の家族にとっても、生命の危機を予期させる出来事である
乳がんの診断は、不安や心配、苦悩、怒り、抑うつ、否認、悲嘆、無力感、絶望など
のさまざまな心理的反応や頭痛や睡眠障害などの身体的症状などの問題を抱えること
になる出来事である
11 ) ~ 1 7 )
。 乳 が ん 患 者 と 家 族 に と っ て 、「 乳 が ん に な っ た こ と 」 は 、
乳がん患者だけの体験ではなく、同じ家という環境の中で共に暮らす家族にも身体反
応や心理的反応として表れており、乳がん患者と家族は共に「乳がんになったこと」
の影響を共に受けながら、その体験を家族同士が気遣い、支えあいながら生活してい
る も の と 考 え る 。そ の 体 験 を 通 し て 、
「 乳 が ん と 共 に 生 き る 」体 験 を し 、共 に 家 族 の 体
験として呼応しあいながら共有する中で生じていくものと考える。
(2)乳 が ん 患 者 の 生 き る 糧 と な る 家 族 の 存 在
本研究結果より、乳がん患者を無条件に必要としてくれる存在、家族の生活の 1 つ
の柱として生きると家族の存在自身が生きる糧となっていたり、変わりゆく自分の姿
を子どもが受けて入れてくれたことが救いとなり自分を保つことができたり、何年先
もこの家族と一緒にいる時間が続くような感覚を感じるという家族としての永続性を
感 じ て い る こ と が 見 出 さ れ た 。妹 尾
18)
は 、乳 が ん 患 者 の 希 望 や 不 安 を 支 え る サ ポ ー ト
と し て【 家 族 に 支 え ら れ る 】
【 子 ど も の 存 在 を 頼 り に す る 】を あ げ て い る よ う に 、乳 が
ん患者は家族に支えられ子どもの存在を頼りにしながら生活していること考えられる。
ま た 、茂 木 ら
19)
は 、乳 が ん 患 者 が 抱 く 希 望 と し て 、子 ど も と の 触 れ 合 い や 、母 親 役 割
の遂行、子どもや夫の成長、家族関係の発展など、家族との関わり合いについて希望
を 抱 い て い る こ と を 報 告 し て い る 。乳 が ん 患 者 は 、本 研 究 の 結 果 よ り 、
「家族がいるか
ら 自 分 が い る 」、「 自 分 が い る か ら 家 族 は い る 」 と い う 思 い を 持 っ て い た 。 家 族 の 中 の
誰かが欠けてしまうのではなく、
「 家 族 」と い う 今 ま で 築 き 上 げ て き た 関 係 性 の 中 で 生
きていること、その関係性の中で自分は生かされていることを知り、乳がん患者と家
族 の そ れ ぞ れ の 思 い が 重 な り 、ま た 思 い や る こ と で 、乳 が ん 患 者 の「 生 き る 」
「生きな
くてはならない」という思いにつながっていると言える。
4)結 論
本 研 究 結 果 よ り 、乳 が ん 患 者 の 治 療 を 継 続 し て い く 力 は 、(1)「 乳 が ん と 共 に 生 き る 」
体験を共有し、
「 乳 が ん に な っ た こ と 」を 家 族 の 体 験 と し て 組 み 込 ん で い く こ と か ら 生
じ て い る こ と 、(2)家 族 の 中 で 生 か さ れ て い る 自 分 、家 族 と 共 に 生 き る 自 分 に つ い て 思
い、家族の存在意義を感じることから生じていた。
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