第 14 回ブックワールド・プラハ 名 称 Book World Prague 14th International Book Fair and Literary Festival 会 期 2008 年 4 月 24 日 ( 木 ) ~ 27 日 ( 日 ) 入場時間 9:30 ~ 19:30( 最終日は 9:30 ~ 16:00) 会 場 Palace of Industry, Prague Exhibition Grounds( 工業宮殿 ) 展示面積 3,260㎡ 主 催 Association of Czech Booksellers and Publishers 運 営 Svet knihy, s.o.r.[Book World], SCKN company テ ー マ Love and Passion in Literature( 文学における愛と情熱 ) Lifestyle and the Book Egypt - 50 years of Czech Egyptology Literature in Spanish from the countries of Latin America 出 展 数 385(206 ブース ) 参 加 国 36 カ国 / 地域 アイスランド、アイルランド、アルゼンチン、イギリス、イスラエル、 インド、ウエールズ、エジプト、エストニア、オーストリア、カタ ロニア、ギリシア、コスタリカ、スイス、スペイン、スロバキア、 スロベニア、台湾、チリ、ドイツ、トルコ、バスク、ハンガリー、 フランス、ペルー、ベルギー ( フランダース、ブリュッセル、ワロン )、 ポーランド、ポルトガル、マルタ、メキシコ、ラトビア、リトアニア、 ルーマニア、ロシア、日本 ( アルゼンチン、インドは初参加国 ) ゲスト国 スペイン 入 場 者 34,500 人 (professional visitors: 810) 昨年は 30,000 人 入 場 料 24 日 ( 木 ): 120 コロナ 25 日 ( 金 )、26 日 ( 土 ): 100 コロナ 27 日 ( 日 ): 50 コロナ 6 ~ 18 歳・学生・シニア : 50 コロナ ( 両親の付き添いがある 15 歳以下の子どもは無料 ) (1 コロナ=約 7 円 ) 報告 : 平井 公子 [ ㈱武蔵野美術大学出版局 編集主幹代理 ] チェコ 2 回目の参加となる日本 ブックワールド・プラハに、国際交流基金と出版文化国際交流会 (PACE) の共催による日本ブー スが参加するのは 2 回目である。昨年、初参加のおりには法政大学出版局の古川真氏が派遣専 門家として活躍され、その様子は氏による緻密な報告書からご存知の方も多いだろう。 2 回目を迎える今年、小さな美術大学出版局の編集者である私が派遣されることになったが、 東京ブックフェアしか体験したことのない者がお役にたてるものか、はなはだ不安な気持を抱い てプラハに向かうことになった。よほど頼りない顔をしていたのか、PACE 石川専務理事に「あ なたの仕事は、無事に行って無事に帰ってくることですよ」とにこやかに諭されての出発となっ た。 アール・ヌーボー様式の会場 会場は昨年とおなじく「工業宮殿 ( イン ダストリアル・パレス )」と呼ばれる 1891 年に建てられた鉄骨とステンドグラスの美 しい万博パヴィリオン。美大で建築史をか じった者ならば、この建物の外観と内観を すぐにイメージできるほど有名な建築で、 終日ここにいられるとは、学生時代には想 像すらできなかった幸福である。 プラハを訪れるのは私にとっては 2 度目。 「アール・ヌーボー期の建築をみたいならば、 パリよりもプラハに行かなければ」という ( 会場となった工業宮殿 ) 建築史の先生のひとことで、1989 年 10 月末、ウィーン、ブダペスト、プラハへの旅に出た。 初めてのプラハは、息をひそめるかのように静かな、美しい街であった。私が滞在した 10 日 後には、この街で 10 万人規模のデモがはじまり、チェコは社会主義から資本主義へと大きな転 換をはかったのであるから、 まさに革命前夜。初冬のプラハは寒く、灯りが少なくたいへん暗かっ た。午後 3 時をすぎると商店は電気をつける前に店を閉めてしまうようで、暗くなって心細くなっ てくると書店の灯りが頼もしく見える。なにしろ気楽に入れる唯一の場所が本屋さん。チェコ語 は読めないのに、どうしても気になる犬の絵本を買うと、珍しく丁寧にプレゼント用に包んでく れたのも思い出のひとつだ(数年後、 『ダーシェンカ』というタイトルで翻訳が出た。そこで初 めてチャペック作であることを知った) 。 石川専務理事のおすすめもあり、今回の出発直前に国立国会図書館国際子ども図書館「チェコ への扉 子どもの本の世界」展 ( 上野 ) に出かけ、19 年前のプラハの書店の雰囲気をはからずも 思い出した。また、この展覧会で Albatoros( アルバトロス ) という出版社名を覚え、ぜひブック ワールドで探してみようとメモをとった。 チェコ 変わらないのは本屋だけ? ウィーンを経由してプラハに到着したのは 4 月 22 日 ( 火曜日 ) 夜 9 時。夜分にもかかわらず 在チェコ日本大使館の眞下真由美さんが空港に迎えに来てくださった。 翌 23 日の午後 2 時までが自由になる時間である。朝になると飛び出すようにトラム ( 路面電 車 ) でまずはカレル橋へ。春のよく晴れた空はどこまでも青い。中世への入口のように暗く、寒々 としていたカレル橋はどこへいったのだろう。 広場にはカフェが色とりどりのパラソルをならべ、 ここはまるで知らない国のようだ。たしか、このあたりに本屋さんが……少しも変わらないたた ずまいの、この書店のなんと煤けて見えることか。あんなに安堵感をもたらした書店が、いまや 街の明るさを苦々しくみつめているようで、なんとなく可笑しい。 それにしても観光客の姿が多い。ガイドブックや地図を手に、物珍しげに見回す人々に埋没す るようにプラハを歩くとは!と思いながら、数年前に開館したキュビスム博物館へ。キュビスム 建築がいくつも見られるのもプラハの楽しみであるが、最近ではこうした建物を修復し、記念館 や美術館にしているようだ。ここは 1912 年、ヨセフ・ゴチャールの設計。1 階のミュージアム ショップをのぞくのも楽しい。小さな家具やグッズとともに並べている本は数こそ多くないが、 私にはおもしろい本ばかり。つい数冊を購入。簡素なデザインの大きな紙袋にポンと本を入れて くれた。なんというサービスの良さだろうと、ここでまた驚いてしまったのだが、大きな紙袋が 貴重品だった時代はとっくに終わっている ( しかし通貨は、EU に加盟後の現在も依然として「コ ロナ」である )。 さらに足をのばして、チェコ建築協会直営の書店 Fraktaly へ。このあたりの情報は、『プラハ アート案内』( エスクァィア マガジン ジャパン 2006 年 ) によるものだ。半地下のこの書店は薄 暗くて見づらいなぁと思いながらも、しばらくすると居心地がよくなってしまい、イスに座りこ んで読めもしないチェコ語のページを繰る。すっかり自分の任務を忘れていた!午後 2 時には 搬入が始まることに気づき、あわててホテルにいったん戻った。 18 平方メートルの日本ブース 宿泊先のホテルからブックワールド会場へは歩いて 15 分、トラムならば 2 駅という近さであ る。 何も並べられていないブースはひろく感じたのだが、在チェコ日本大使館のドライバー、現地 スタッフの男性 3 人が日本から送られた 19 箱を運び入れると、狭い「国土」をたちまち実感する。カレル大 学の学生 4 人、眞下さんと私、総勢 9 人で本を並べてゆく。展示する書籍総数は 391 冊、以下 のような構成である。 ・英文版図書 237 冊 ( 文学 19、日本語教材 32、人文 43、産業 1、芸術 37、伝統 72、写真 17、児童 15) ・日本語版辞典類 8冊 ・日本語版児童書 17 冊 チェコ ・コミック 54 冊 ・Japanese Book News No.53-54 掲載図書 32 冊 ・日本語版写真集 43 冊 昨年の経験のある人たちが中心となり、 人気のありそうな本は手に取りやすく見や すい位置に、そうでないものは下の方に、 と作業は手際よくすすめられた。最後に、 日本から持参した兜のタピスリーを中央に かざり、予定よりはやく 4 時半に準備完了。 日本ブースは間口が約 6 メートル、奥行 き ( 側面 ) が約 3 メートルという細長いか たちをしている。展示はいわゆる面陳(め んちん)と呼ばれる形式、A4 サイズが 4 冊 並べられる棚が 3 段ある ( この棚はあと 10 ( 開会日前日、スタンド設営を終えて ) センチずつ下げて、4 段にしたほうが良いのではないかと思った )。いちばん下は幅の狭い台に なっているので、ここには本棚のように背を見せて並べることもできる。ブース内部の様子をご 紹介しておきたい。 ブースにむかって左手側のいちばん手前は絵本を中心に子ども用の本、左手中央の壁面は和食 関係、左手側 3 番目は風景写真集、左奥の左は庭園と茶室関係、左奥の右は、武道と書道と浮世絵、 そのとなりの小さな黒いボックスには百科事典など。このボックス脇の更衣室を隔てて、右奥の 壁面には工芸や家具、渋い内容ながら人気のありそうなものを並べた。 こんどは右手側から、いちばん手前の上段はチェコ語訳された小説類と英語版の日本紹介 ( 観 光案内 )、インテリア写真集。右手中央はマンガ・コーナー、右手側 3 番目は日本語学習関係。 床の上に段ボール箱を置いて、白い布をかけて陳列台のようにして小型の本を置いているのは、 昨年、考え出された方策という。 つまり、約 1 メートル幅のパネル 9 枚で構成されている。391 冊をこのスペースに並べるの は困難であり、選書は多くの方のご苦労のうえでなされたと思うのだが、スペースと書籍数のバ ランスは今後の大きな課題であるように感じた。来月 (5 月 ) には、この書籍がワルシャワへと 巡回するとのこと、規模の違いがわからないが、ワルシャワでの印象をぜひお聞きしたいと思う。 伝説のビアホール「黄金の虎」 会場準備が早めにすみ、大使館にもどるという眞下さんについてゆき、甲斐哲朗公使、藤岡康 恵さんにご挨拶をする。さて、早めの夕食をということで、藤岡さん、眞下さんに通称〈くまの 店〉に案内していただく。 プラハ出張が決まったとたん、わが同僚が「これを読んでいかねば!」と貸してくれたのが千 チェコ 野栄一『ビールと古本のプラハ』( 白水社 1997 年 )。共産主義時代にチェコに学んだ言語学者 の千野先生によれば、プラハでいちばん美味しいビールが飲めるのは U zlateho tygra( 黄金の虎 ) という旧市街のフス通りにある店だという。この店はただのビアホールではなく、あらゆること が不自由な時代にあっても、つねに自由な討論が交わされていた聖域と呼ぶべき場所であり、と ても一見の客が入れるような店ではない……憧れの店です……と話すと、藤岡さんが「行ってみ ましょう。あそこのビールは、ほんとうに美味しい! 8 時だから座れるかもしれないし」。眞下 さんも「女性が 2、3 人ならば、きっと誰かが詰めて座らせてくれますよ。千野先生のときとは 時代が違いますから!」 。 その店の中をちょっとのぞいて見るだけでもいいと思って行ってみると、眞下さんのいうとお り、入口にちかい席のおじさまがたがベンチ席をぐっと詰めてくれた。運ばれてきたビールがい かに美味しいかを語るのは愚鈍だろうが、こんなに馨しいビールは初めてだ。感激のあまり無口 になってしまう。 席を詰めてくれた人は私たちが日本人だと知ると、日本の歌をぜひ教えてくれと懇願する。 「カエルの歌」をお礼がわりに伝授すると、ラブ・ソングでなければダメだという。藤岡さんが 「嫁にこないか」を唄うと、そっくりの音程で即座にマスターしてしまった。チェコの離婚率は 70%、再婚率もたかいというので、もしかしたらお役にたつ日がくるのかもしれない。 各国ブースをみて歩く すっかりプラハを堪能した翌 24 日 ( 木曜日 )、ブックワールドは晴天のもとに幕をあけた。9 時半に開場、10 時のセレモニーをへた会場の様子は、専門家が多いと聞いていたが、むしろ年 配のお客様の姿ばかりが目立つ。 現地でアンケートによる声を持ち帰るのは重要な「任務」である。昨年、古川さんはアンケー トを記入した人に福引きをひいてもらい、はずれの人には飴を、あたりの人には法政大学のグッ ズを用意したところ、 たいへんな人気で 200 枚以上のアンケートを集める結果となった。今年も、 昨年の福引きを利用し、はずれの人にはペロペロ・キャンデーにおりがみのカブトをつけたもの、 あたりには大学出版部協会 45 周年記念のボールペンやシャープペン、ムサビ(武蔵野美術大学) のスケッチブックを用意したのだが、あのおばあちゃま、さっきも来た人ではないかしらん、あ、 また来てる!というわけで、まずはじっくりと本を見てくれた方に個別にアンケートをお願いす る方式にあらためることにした ( その結果、今年のアンケート総数は 136 枚 )。 今年も会場は大きく 3 つに分かれており、ミドル・ホールは各国のブースが並ぶ国際展示場 とでもいうべき会場、その両翼の会場にチェコの書店が軒をならべている。それぞれの会場に theatre と呼ばれる催事場があり、 50 分単位でぎっしりとプログラムが組まれている。 『源氏物語』 のチェコ語全訳という偉業をされたカレル・フィアラ教授の講演は 27 日 ( 日曜日 ) に行われた。 ここでいくつか目立つブースをご案内したい。まずはミドル・ホールの玄関口に位置するゲス ト国であるスペイン。日本の約 5 倍のスペースは、マスタード系の黄色を主としながら赤でア クセントをきかせ、アテンダントの制服を黒で統一してシックな印象にまとめているが、展示の チェコ 数々は今回のテーマ「愛と情熱」とすぐに は結びつかない。もちろん、チェコ語訳ス ペイン文学作品の数々はこのテーマにぴた りと添っているようだった。 スペインにつぐゆったりとしたスロバキ ア。木目調の書架や家具類は、まるで小さ な図書館のようで居心地がよさそうだ。ス ロバキアからは「今年の 11 月のブラチス ラバ図書展に、ぜひ日本ブースを出してく ださい」との要請があった。今年の出展は 決定済みなので、いまからでは難しいと思 ( テーマ国、スペインのブース ) うが、次年度以降の検討とさせてくださいとご返事した。 じつにうまいなぁ、 と感じさせるのはフランス系。スペインの 3 分 2 程度の正方形の敷地スペー スに黒い絨毯を敷き詰め、壁面はまぶしいようなピンク。意外なことにこの派手なピンクは、本 を展示してもうるさくない。大人の雰囲気を漂わせるピンクづかいは流石、床に大きなテントウ ムシや人形のクッションを置いた壁面には子ども用の絵本を配するなど、演出もうまい。 日本とほぼ同面積ながら、正方形のポルトガルは、なかなか凝ったつくり。スペースの雰囲気 優先らしく、展示している本の数は少ないが、小ささを生かしたデザイン・コンセプトはお見事。 床に段ボール箱を置いてクロスをかけ、少しでも多くの本を見せようと努力するわがブースとは 正反対である。 日本ブースは小さいほうではあるが、台 湾やイスラエル、アルゼンチン ( 初参加国 ) よりは大きく、最も小さなハンガリーの倍 近くもある。なによりも、ミドル・ホール の真ん中の角地にあり、左翼会場への出入 口のわきという立地条件は最高だ。小さい がゆえに、いつも人でいっぱいの賑やかな ブースに見える。人が少なくなってきたなぁ というところで、おりがみを始めるとどん どん人が集まって……おりがみ効果は抜群 である。 ( 盛況の日本ブース、写真は 3 日目の様子 ) 日本ブースのすぐ裏手には、 「Exhibition of Czech Erotic Prints」というチェコのエロティック な挿絵の系譜を歴史パネルで説明しながら、書籍展示をしているコーナーがあり、ここを見にき た人がついでに寄ってくれるということもあったようだ。この展示をみて妙に感心してしまった のは「1948 年から 89 年にかけては、この手の本は出版されなかった」とあっさりと説明され ていたことで、禁じられた時代こそ何かあったはずなどと思うのは平和な日本人だけだろうか。 10 チェコ チェコの芸術系大学出版部 チェコの大学出版部はカレル大学に代表され、古川さんが昨年のレポートで詳しく報告してい る。ブックワールド右翼会場では、カレル大学出版部ブースと少し離れて、小さな大学出版部が 集合して出展しているブースがあり、芸術系大学出版部である「AMU Press」にようやく出会う。 眞下さんに通訳をお願いしながら、代表の Marie Kratochvilova 教授にお話をうかがうことが できた。 「AMU」は Academy of Performing Arts in Prague の略称で、音楽、ダンス、ドラマ、 映画、テレビ、マルチメディアを専門とする大学である。日本でいうと、音大 + 美大 + 演劇科 というイメージにちかいだろうか。 AMU Press は 15 年前に創立、現在 230 冊を市販している。スタッフは Kratochvilova 教授の ほかに、広報、テクニック、印刷担当の 4 人。編集はすべて外部スタッフに任せており、年間 15 冊程度を刊行しているそうだ。音楽論や演劇史など、カタログや展示をみるかぎりでは文字 中心が多く、舞台美術関係の本でも図版は小さく控えめである。つくりの凝った写真集もなく、 実質的な教科書を中心としているようだった。最小発行部数は 300 部とのこと。 芸術系大学出版部としては、Vysoka skola umelecko-prumyslova v Praze(プラハ工芸大学) という美大が母体となる「VSUP」があるのだが、今回のブックワールドには参加していないと のこと。日本にいるときにもっと下調べをしてから来るべきであったと大いに反省した。しかし、 たいへん幸運なことに 25 日 ( 金曜日 ) に甲斐公使邸にお招きいただいた際に、プラハ工芸大学 副学長 Filip Suchomel 教授にお目にかかることができた。 お会いするなり Suchomel 教授「先週、ムサビに行ったんですよ。小松誠先生に会うためです。 ムサビとうちの大学で交換留学ができるといいと思いましてね」。すべらかな日本語に驚いてい ると、Suchomel 先生は陶芸がご専門で、日本の陶磁器調査研究のために佐賀にながくおられた ことがあるとのこと。 「VSUP」では専属編集者 4 人をかかえ、通信教育課程 ( 実技ではなく美術史 ) の教科書作成も 行っているという。弊社にとても近い組織であり、プラハにいる間に「VSUP」の編集者に会え なかったのは残念だったが、交換留学が実現すれば「VSUP」とわが「MAUP (Musa-shino Art University Press)」との距離も縮まり、あらたな展開を期待できるのではないかと思う。 チェコと絵本と子どもたち 日本ブースにおける記念すべき最初の質問は老婦人による「人形についての本はないのかし ら?たとえばこけしは?」 。残念ながら人形に関する本は今回なかった。チェコは人形劇が盛ん な国で、専用の国立劇場があるお国柄。来年は、こけしはもちろん、文楽関係の本も展示できま すように。質問に応対してくれるカレル大学の学生アテンダントおふたりの通訳ぶりは見事なば かりか、爽やかな笑顔には会期中ずっと助けられた。 午後になって、慣れてきたアテンダントさんに日本ブースを任せてチェコの本屋が軒をならべ る左翼会場をぶらぶらしていると、 家庭で楽しめる紙人形とマリオネット劇場を売る店があった。 前回も、今回も、マリオネットを見る時間がないのが残念だが、こんど来るときのお楽しみにし チェコ 11 よう。 では、上野の展覧会で興味をもったアル バトロスはどのようなブースを出している だろう。ガイドブックをみると、左翼会場 の奥まったところに、ずいぶんと広いスペー スを占めているようだ。現場を見てみると、 書籍売り場の裏手にキッズ・コーナーとい うべき場を設けて、子どもたちが自由に絵 を描いてそれを展示している。 「お母さんは むこうで本を見てくるから、その間、ここ で絵を描いていてね」と言い聞かされてい る子もいる。アルバトロスは絵本だけの出 ( アルバトロスのキッズ・コーナー ) 版社ではないようだが、なんともわくわくする楽しい空間をここにつくりだしている。こうした エネルギーは、この会場にとどまらず、おそらく本作りにそのまま反映されているのだろう。 おや、こんな乗り物を会場に持ち込んでいる子どもがいる。大人と一緒になって本をのぞいて いる後ろ姿はご愛敬、東京ブックフェアでこんなほほえましい光景は見ることができない。 3 日目の土曜日になるといっそう子ども の姿が目立ってくる。日本から持ってきた 古新聞でカブトを作って、通りがかりの子 どもたちにつぎつぎとかぶせて記念撮影。 ベビーのパパは会場のカフェの経営者だっ たようで、このあとすぐに「さっきはあり がとう!」と言って、ライムやフレッシュ・ バジルがたっぷり入ったモヒートを 5 杯も 配達してくれた。アテンダントの学生と「日 本の古新聞は役にたつ!」と称えながら遠 慮なくご馳走になった。 ( 新聞カブトでポーズ ) この雰囲気からお察しいただけるように、ブックワールド・プラハは企業が妍を競うビジネ スの場というよりも、地元の人たちが毎年の開催を楽しみにしているイヴェントとしての性格 が強い。赤ちゃんを抱っこして、あるいは乳母車をひいて日本ブースに立ち寄り、熱心に本を みてくれた若いお母さんの姿は、東京ブックフェアでは想像ができない。帰国してから Final Press Release を見ると、 入場者 34,500 に対して「professional visitors 810」と発表されていた。 98%が一般来場者ということだ。 そして日本ブース最年少の読者の姿。こんな小さな読者のために幼児用の小さなイスを 1、2 脚おくだけで、 「日本ブースは小さなお子さんを歓迎します」というサインになる。来年から可 愛らしい日本製の幼児イスをブースに置いてみませんか? 12 チェコ 人気のトップは「スシ」「おりがみ」 2 日目の朝、日本ブースの本を丁寧に見ていた男性が、チョコレート色の文字が印刷されたハ ガキを鞄からとりだして、本のタイトルなどをせっせと記入している。この用紙は会場のビジネ スセンターに備え付けてあり、必要事項を記入して持って行くと翻訳相談などにのってくれるの だという。日本ブースにも備え付けておいたほうがいいよ、とのアドヴァイスがあり、さっそく 準備したのだが、この用紙に目をつけたのは私の知る限りでは高校生の双子姉妹のみ。この愛ら しい姉妹は TSUKEMONO (Shufunotomo) に目を輝かせ、自分たちで梅干しをぜひ作りたいのだ と言って、一生懸命に作り方を暗記していた。 日本のイメージが「ゲイシャ、フジヤマ、テンプラ」であったのはひと昔も前のこと、いま ( の プラハ ) では「スシ、おりがみ、マンガ」となるようだ。 「スシ」は料理を作るための本というよりは、グラフィカルで、見て楽しめる、かなり豪華な 写真集タイプが人気で、買いたいという人だけではなく、出版したいという要望があったほどだ。 日本人の私が見るとかえって凝りすぎという印象の Complete Book of Sushi (Tuttle) に人気が集 まっていた。 もう 1 冊、買いたいという希望が集中したのが Japanese Foods that Heal (Tuttle)。レシピ集 というよりは、具体的な食品をあげて、日本の食文化に言及するタイプで、ある程度、日本食を 知っている健康志向の人たちの興味をそそったようだ。 そしておりがみ人気は聞きしにまさる状 況である。ブックワールド 2 日目の金曜日、 在チェコ日本大使館に 28 年間おつとめさ れたコトラジョーヴァーさんによるおりが みワークショップは、子どもからお年寄り まで大人気。もちろんワークショップの後 は「おりがみの本はどこで買えますか?」 という質問が殺到する。できるだけ平易な 子ども向け「初心者用」と、もっと難易度 の高いものに挑戦したい「上級者用」の両 タイプをおりがみとセットで買えるように ( コトラさんのおりがみ ) してあげると喜ばれるにちがいない。チェコの本屋さんで、この期間だけでもいいから、おりが みの本を扱ってくれないものだろうか。 昨年、メガブックスという大型書店の仕入れ担当者が日本の書籍に興味をもってくれたものの、 今年も販売にはいたらなかった。数ある日本の展示書籍から、何を仕入れるべきなのかが分から ないのも原因ではないだろうか。そこで、いつも会場を元気に飛び回り、会うたびに「何でも相 談してね」と言ってくださる主催者のおひとりであるカリノヴァーさん (Ms. Dana Kalinova) に、 日本ブースで展示する本を数冊で良いから売ってもらう方法が何かないだろうかと相談してみ た。 彼女は「うちの受付で扱ってもいいけれど、フランクフルトのシマダに頼めば仕入れてくれて、 チェコ 13 ここですぐ買えるように出店してくれると思う。それがいいんじゃないかしら?」とのこと。う まくいくかどうかわからないが、来年は早めにカリノヴァーさんに相談し、具体的な推薦図書を 数冊あげておくことで販路がひらけるのではないだろうか。 日本で暮らす者はいとも簡単に「アマゾンで買えばいい」と思うが、チェコの一般家庭でネッ トショッピングはまだ普及しておらず、手数料が加算されてかなり高い買い物になってしまうと いう現状がある。 プラハの直前にブダペストのブックフェアを視察した八ッ橋愛子さん ( 国際交流基金 ) によれ ば、ブダペストでは Central European University(CEU) の書店をはじめ、いくつかのブースで日 本関係の書籍が販売されていたとのこと。事前に日本ブースや大使館、国際交流基金ブダペスト 事務所と協議があったわけではなく、独自に仕入れられたものらしく、日本ブースでの展示図書 と同じものもあれば、そうでないものもあり、主に講談社インターナショナルの本が十数種並ん でいたそうだ。 「日本の本が買いたかった」と残念がる来場者に気づいた CEU が、日本ブースに CEU のチラシを置かせて欲しいと言ってこられたそうで、プラハでもこうしたことが実現でき ればどんなに喜ばれるだろう!ブダペストではブックフェア期間中だけでなく、普段からこうし た日本関係の本が書店で購入できること、また、CEU が私立大学で比較的資金が潤沢であるこ とが予想でき、国際的な教育に力を入れていることも大きいようだ、と八ッ橋さんからうかがっ た。 スシを超えて 9 枚の壁面展示パネルで来場者の期待すべてに応えることはとうていできない相談であるが、 アートやデザイン系の書籍が少ないように感じた。たとえばグラフィックデザイン、ファッショ ン、現代美術を紹介する書籍の見あたらないのは寂しいことだなぁ、と ( 職業柄 ) 思っていると、 カレル大学の図書館司書という人から、日本で刊行される全書籍のデータを Web 上で定期的に 手に入れる方法はないかと聞かれた。 PACE で発行されている「Books from Japan」などの資料をさしあげたが、大学出版部協会で つくっている英語ヴァージョンの図書案内はどのように利用されているのだろう。世界各地の日 本語専攻のある大きな大学に定期的に発信するようなサービスをしてもいいかもしれない。 この司書の方が「うちの図書館でぜひ買います」とメモをしていたのは A History of Japanese Religion (Kosei)。後日、 プラハ国際図書館司書の方もこれを「購入したい」と言っておられた。「ス シ、おりがみ」にとどまらない読者がいるのは頼もしいことで、そういう人の要望にも応える展 示は実に難しいことをあらためて感じた。 アンケートの詳細についてはこの報告書の末尾に添付するが、回答者のうち図書館関係者は 10%に満たない ( 研究者にいたっては 0.6% )。しかし、思想・宗教に関心がある人は 30 人 (22% ) におよび、この割合は「歴史」と同列である。 アンケートの項目に「購入したいと思った本はどれですか ?」という設問を増やしてはどうだ ろう。関心ある分野に「芸術」 「文化」をあげた人がそれぞれ 59%に上っているが、もっと細分 14 チェコ 化して「造園」 「盆栽」 「建築」 「インテリア」 「浮世絵」 「グラフィックデザイン」 「プロダクト(イ ンダストリアル)デザイン」 「ファッション」 「着物」 「写真」 「映画」 「伝統行事」 「伝統工芸」 「武 道」 「茶室・茶道」 「華道 ( 生け花 )」 「書道」 「おりがみ」 「和食」 「観光」など列記したほうが、チェ コの人々のリクエストにより応えやすくなるように思った。 アンケート総数 136 に書かれた感想のほとんどは「購入したかった」「もっと広いと良かった ですね」という好意的な回答である。わけても若い人たちには熱烈な日本ファンがいるのを感じ る。しかし 50 代の、いわゆる目利き世代からは「全体の印象が薄い」「専門性の高い本は!?」 という意見が出ており、 スシとおりがみ人気に頼っていられないことを忘れてはならないだろう。 マンガ人気に応えるには? 展示準備をしているときに、アテンダントのトマーシュ君がやや難しい顔で「今年はマンガが 少ないですね。こういう『おたんこナース』みたいな日本語の多いものではなく、この『ゲド戦 記』のように、文字は少なくてもストーリーの展開が楽しめるようなマンガが望ましいと思いま す」と言っていた。 日本アニメに触発されて、日本語の勉強をはじめる若者「アニメ世代」が、チェコではどうや ら想像以上に多いようだ。トマーシュ君は昨年の日本語弁論大会の優勝者、大学に入ってから 3 年間で謙譲語まで使いこなす秀才である。 「召し上がれ」とお菓子をすすめると「平井さん、命 令形はよくないですよ」と注意してくれる彼に、日本語を勉強するきっかけを聞いてみると、そ れまでの自信に満ちた表情をがらりと変えて恥ずかしそうに「『クレヨンしんちゃん』のアニメ」 と 21 歳らしい顔をのぞかせた。 会場でマンガを熱心に立ち読みしているのは 10 代後半の世代ばかりだ。そして彼らは一様に、 無条件に「日本が大好き!」と言ってくれる貴重な日本ファンである。 テレビアニメ以外でマンガ(書籍)を初めて会場で手にする若者には、トマーシュ君の意見の ように文字が少なく絵で楽しめるマンガを置きたいし、一方、アンケートにはっきりと「ジブリ 以外の、 まだ海外での紹介がされていないような作品を展示して欲しい」とする立派な「おたく」 の声もあった。両方に応えるのは難題ではあるが、この両者の要望をかなえるのは、どの分野の 本を選ぶかを考えるよりもはるかにたやすく、しかも若者へのアピールがより効果的といえるの ではないだろうか ( アンケートによると、マンガに興味があるのは 10%にすぎないが )。 最新情報を伝えるために雑誌を! 3 日目、とびきりオシャレな刺繍をほどこしたショート・ブーツをはいた 20 代女性が熱心に 建築関係の写真集を見ている。スカートはバルーン型、全体に地味な色を上手に着こなしている。 チェコの人かしら。トマーシュ君に「チェコ語であの女の子に、ステキなブーツですね、どこで 買ったのって聞いてくれない?」とお願いする。 「え、そんなこと知らない人に聞きませんよ」と抵抗するトマーシュ君。「あら、東京ではいき チェコ 15 なり聞くわよ」 「ここはプラハです。平井さんが自分で聞いてください」「いいえ、チェコ語で話 しかけたいの。さ、はやく聞いて!これは命令形よ!」。 しぶしぶとトマーシュ君がたずねると、ににこにこしながらその女の子は「このブーツは 7 年 前にプラハで手に入れたもので、でも一般には売っていなくて、じつは私はスタイリストなんで す」と教えてくれた。 ははぁ、以後、ちょっとオシャレで、熱心に建築やインテリアの写真集を見ている人に「失礼 ですが、どんなお仕事ですか?」と聞くと、たいてい雑誌の編集者(記者)であった。アンケー トに「出版関係」と書く彼らは、ネタあつめに各ブースを見て回っているようだ。 それならば、日本から最新の雑誌があれば喜ばれるはずだ。壁面パネルのひとつを雑誌専用に して 10 冊の雑誌をならべるとしたら何がいいだろう。 ・総合婦人雑誌 『婦人画報』または『ミセス』『家庭画報』など、『和楽』 ・建築系 『新建築』 『住宅建築』 ・アート系 『美術手帖』 『芸術新潮』『デザインの現場』『high fashion』 ・料理など 『きょうの料理』 『dancyu』や『東京人』 思いつくだけでも簡単に 10 冊を越えてしまうが、雑誌を持って行けるならば、最新号の月刊誌、 発行月をそろえる (4 月号ならば全部 4 月号にそろえる ) ことによって、その時の日本があぶり 出されて面白いだろう。他国ブースでも類例はないので、画期的ではないだろうか。 プラスαのチラシづくり スペイン・ブースの制服を着た女性が英語で「こんにちは。私の弟が日本語を勉強しているの だけれど、なにか日本語で読めるパンフレットをもらえませんか?」とやってきた。はいはい、 と答えてさがしたのだが、パンフレットはいずれも英語で日本の出版社情報を記載したものばか り。 「パンフレットはないんだけど、これは日本の新聞で、ここが文化面、こっちがスポーツ、こ れは広告面。読むとけっこう面白いと思うんだけど」とカブト用の古新聞をあげると「弟はまだ 日本の本物の新聞をみたことがないからきっと喜ぶわ!」と帰っていった。そのあと私がスペイ ン・ブースを通りかかると「さっき弟に新聞をくれた人ですね!」といって、スペインのブック ワールド宣伝用 T シャツをプレゼントしてくれた ( 古新聞はほんとうに役にたつ )。 偶然通りかかった人もいるが、このブースを訪れる多くの人は日本あるいは日本語に興味のあ る人たちである。そういう人たちに、 コピー印刷でいいから日本語 ( ルビつき ) で書かれた「ブッ クワールド速報」のようなものが配布できるといいのではないかと思った。内容は展示する本の 紹介をからめて、料理レシピや、歴史あるいは観光案内なども良いだろう。 在チェコ日本大使館では、毎年、日本文化を紹介するパンフレットを作成しているそうで、今 年は会席料理の特集であった。カラーで作成されたパンフレットは、会席料理の説明と、いくつ かのレシピがチェコ語で紹介されており、もちろん人気が高く、あっという間になくなってしま う。チェコ語版は日本大使館におまかせして、ブックワールドならではの日本ブース・チラシを 16 チェコ 作りたくなってしまった。 プラハでの 7 日間 ブックワールドでの 4 日間、準備などを含めて 1 週間をプラハで過ごした。在チェコ日本大 使館の眞下さんはもちろんのこと、 藤岡さん、 佐藤知咲さん、そしてご自宅にお招きくださり、フィ アラ先生やプラハ工芸大学 Suchomel 先生をご紹介くださった甲斐公使ご夫妻に、あらためて御 礼を申し上げます。 また、日本ブースを明るくもりたててくれたばかりか、やっかいな私の頼み事をいつも笑顔で 引き受けてくれたカレル大学のトマーシュ・バルタル君、ハナ・ドゥシャーコバーさん、リンダ・ ホレイショフスカーさん、ヴェロニカ・ベダーニョヴァーさん。「おりがみの先生」コトラジョ ヴァーさんにはチェコの生活習慣についてうかがうこともできました。日本ブースの連日の盛況 は皆さんのご尽力のおかげです。 こうした方々との出会い、あらたな経験を授けてくださった出版文化国際交流会石川晴彦専務 理事、さまざまな準備をしてくださった横手多仁男事務局長、国際交流基金の諸永京子さん、免 田征子さん、高畑律子さん、八ッ橋愛子さん、そして大学出版部協会山口雅己理事長に心からの 感謝をささげます。どうもありがとうございました。 チェコ 17
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