写真展 <小路> 旅の記録から

写真展 <⼩路>
旅の記録から
「チェコ・ボヘミアの旅」より <ホラショヴィツエ>
バスで走っていると、実に見事な一瞬の場面転換で、大きな町が田園風景に変わります。
徐々に家がまばらになり、畑がだんだん増えてゆくというのが日本ですが、チェコではそ
うでなさそうです。区画をはっきりさせているのは、かつての社会制度からきているのか
もしれません。突然、広大な田園風景になり、行けども行けども、なだらかな丘陵に畑と森ばかりが続きます。そして、突然
家並みが始まると、かわいらしい、おとぎの国の出現です。緑の芝生と小さな池を取り巻くように、パステルカラーでおしゃ
れな化粧をしたファサードの家々がきれいに並んでいます。バロック、ロココ、クラシックの要素が入り混じった様式で、南
ボヘミア風バロック様式というのだそうです。 南ボヘミア地方のどこにもあったそうですが、ここ、ホラショヴィツェに
当時のままの状態で保存されているとして、世界遺産に登録されたということです。人口がわずか 140 人という小さな村で、
こんな田舎に、伝統の文化が息づいているのは驚きです。もっと、ずっと佇んでいたくなる静かで、穏やかな家並みでした。
我々が到着してから出発するまで、ずっと家の前の小路で、腰に手を当てて立ったまま動かなかった老人の姿が印象的でした。
村の、小さな、小さな教会の前には、
「5月の木」が立っていました。
「チェコ・ボヘミアの旅」より<チェスキー・クルムロフ>
この町の中に、まるで 2 つの川が流れているように見えますが、実は町の中でUターンし
て、町を包み込んでいる一本の川です。その名が、ヴルタヴァ川で、あの有名な、スメタ
ナのモルダウ川のことです。プラハ城に次ぐ大きさのチェスキー・クルムロフ城が丘にそ
びえています。城を中心とする町は、世界で最も美しい町のひとつと称えられています。足を踏み入れたとたんに別世界、別
次元に飛び込んだような錯覚を覚えます。城の塔に登って見下ろしたとき、足元の、川のほとりから遠くの丘の上まで続く赤
瓦の家並みの見事さに言葉を失います。しかし、中世そのままの姿である見えるその景色は、実は混乱の歴史に翻弄されつつ
残った文化であり、町の人たちの努力によって激しい荒廃から復興されたものです。ヒトラーが来てチェコのドイツ併合を宣
言したこの町は、混乱の後 1989 年の民主化の頃から美しい町並みの復興が始まって、1992 年にプラハやホラショヴィツェ
と同時にユネスコの世界遺産に登録されました。その小路の石畳にも、スグラフィット式と呼ばれる模様が立体的に見える道
端の壁にも、永く、激しい歴史とやさしい人々の物語が深く刻み込まれている、美しいだけではない街です。
「ベルギー・オランダ・ルクセンブルグの旅」より
<絵画の風景>
日本の旧街道を歩いて、江戸から明治のころの民家や商家などの家並みに関心を寄せていますから、
海外の国々の家並みにも興味を引かれます。17 世紀のオランダ・フランドル絵画に描かれた世界は今
もかなり残っています。例えばデルフトには、フェルメールの世界が殆どそのまま、あるいは濃厚に
その雰囲気を保ったまま残されていることに驚き、感心します。遺産として保存する努力だけではな
く、現代に通用する形や色に進化させつつ、その美しさをごく自然に現役として機能させているのが
すばらしいことです。中世の町がそのまま残るベルギーの小さな町、デュルビュイの石の小路も印象的でした。
1
<赤瓦の家並み>
まったく違うように思えるヨーロッパの石造りと日本の木造の建物にも、ホッとするような共通点が
あります。
「瓦」です。洋の東西を問わず、レンガ造りにも木造りでも赤や黒の瓦屋根が馴染んでよ
く似合います。多くのヨーロッパの国々同様、オランダでは赤瓦が多いのですが、ベルギー、ルクセ
ンブルグと南に行くほど黒い瓦が増えてきます。黒瓦は高価であるので、豊かな人は黒瓦を、そうで
はない人は赤瓦を使うと、聞いた記憶があります。当時は、赤瓦や黒瓦の色の違いは、原料となる土
の違いからくるのだろうと思っていたのですが、そうではないらしいのです。黒瓦は還元焼成で得ら
れる耐水性のある緻密な瓦ですが、燃料がたくさん要るので高コストです。それに対して赤瓦は酸化焼成で得られ、低コスト
だそうです。しかし、赤瓦は素焼きであるがゆえに耐水性に劣り、特に凍結で壊れやすいため、多雨地帯や寒冷地には向かな
いとされます。なお、石見の石州赤瓦は独特の赤い釉薬をかけて高温焼成するため、赤瓦でも耐水、耐寒性にすぐれていて雪
の多い日本海岸の各地に拡がっています。ヨーロッパでは、雨が少なく、凍結の心配も大きくないので、素焼きの赤瓦で十分
なのでしょう。しかし、素焼きゆえに汚れやすいのか、注意してみると、黒瓦と見間違えるほど変色している赤瓦も多いこと
がわかります。しかも、その変色が風格を生んでいます。古い町の小路にしっかり馴染んでいるように思うのです。
<運河と茅葺屋根>
ピーター・ブリューゲル(父)の描いた風景は 16 世紀後半のフランドル地方の姿ですが、そ
こに出てくる民家の形が日本でいう兜(かぶと)造りに似ているような気がします。オラン
ダの町にも田舎にもその形を見ることができます。しかも茅葺屋根が多いことに驚かされま
す。オランダ北部のヒートホールンは、もと泥炭(ピート)を採掘した跡である運河が縦横
に走る小さな村ですが、
この村の建物はほとんどすべてが茅葺屋根で、
兜造りに似た屋根もたくさんあります。水路に映えて、
実に美しく、どこを見ても絵になる風景です。この景観を保存するために、この村では自動車の走る道を作らず、移動手段は
小舟か水路脇の小路を使った自転車です。建物の建て直しも変更も厳しく禁じられているということです。観光客を見かけな
い静かな村を小舟で周りました。
2012 年 12 月
ますたに・まさひろ
ますたに・まさひろ( 升谷 正宏 )
宮城県仙台市出身。工学部化学系学科を卒業後、総合化学会社、その後、化学系学術団体に勤務。その2度目の定年後、大学
院教育改革を手伝ったが、 その間、旧街道を歩くことを思い立ち、旧東海道、旧中山道、旧北国街道を踏破。現在、旧北陸
道を越後、越中、加賀と歩いて越前・金津宿に到着している。街道で撮影した写真を当ギャラリーでの個展や自身のホームペ
ージで紹介。本年 6 月にはこの旧街道歩きが全国の地方紙 9 紙に紹介された。また海外の旅の写真では、静岡県のアマチュ
ア交響楽団のポスターとプログラム、東京都の高校のオーケストラのプログラムに採用され、また、秋田県の祭の写真が地元
関係のパンフレットに採用されたこともある。
WEBサイトに、旧街道歩きを始め、旅行記や写真集を掲載している。
検索 ➪ 「腹の出た年輪の物語」
http://members.jcom.home.ne.jp/m.masupage/
E-mail: [email protected]
2