事故調査委員会報告書 平成 26 年 9 月 22 日 地方独立行政法人 神奈川県立病院機構 神奈川県立こども医療センター 目次 Ⅰ はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 Ⅱ 事故の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 Ⅲ 事故調査委員会の審議経過 Ⅳ 事故の経過 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 Ⅴ 死因に関して ・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 Ⅵ 血小板異型輸血の影響 Ⅶ 事故発生に至った問題点と根本的な原因について Ⅷ 再発防止策 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 総括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 ・・・・・・・・・・・・1 ・・・・・・・・・・・・・・5 ・・・6 事故調査委員会報告書 Ⅰ.はじめに 神奈川県立こども医療センター事故調査委員会(以下「事故調査委員会」という。 ) は、平成 26 年 4 月 20 日、神奈川県立こども医療センター(以下「こども医療センター」 という。)において、血小板異型輸血を受けた患者さんが、平成 26 年 4 月 25 日に死亡 に至った事故原因の究明のため、平成 26 年 4 月 28 日に設置された。 この報告書は、事故発生の原因とその背景となった問題点を、事故調査委員会で調 査・検討し、事故の再発防止に向けた対策をまとめたものである。 Ⅱ.事故の概要 1.事故発生日 平成 26 年 4 月 20 日 2.事故発生場所 3.患者 病名 こども医療センターICU病棟 事故時 新生児 先天性食道閉鎖、心室中隔欠損症、心房中隔欠損症、動脈管開存症 4.事故の内容 シリンジ(注射筒)で行われていた A 型血小板輸血の交換時、看護師が血小板振 盪器(血小板を保管する際、血小板機能の低下を防ぐため振り動かす機器)上に 載っていた他患者のトレイから、誤って他患者の O 型血小板の入ったシリンジを 取り出し、輸血を実施した。 Ⅲ.事故調査委員会の審議経過 1.事故調査委員会構成員 委員長 山下 純正 (こども医療センター 病院長) 副委員長 猪谷 泰史 (こども医療センター 副院長 医療安全推進室室長) 委員 後藤 裕明 (こども医療センター 血液・再生医療科 科長) 上田 秀明 (こども医療センター 循環器内科 科長) 森内 みね子(こども医療センター 看護局 副看護局長) 大石 直子 (こども医療センター 看護局 ハイケア救急病棟 1 看護科長) 千葉 秀之 (こども医療センター 事務局 副事務局長) 佐藤 裕季子(こども医療センター 医療安全推進室 医療安全管理者) 外部委員 山下 行雄 (横浜市立市民病院小児科 科長) 菊地 龍明 (横浜市立大学附属病院医療安全・医療管理学) 2.審議経過 第 1 回 平成 26 年 4 月 28 日(月) 事故の事実経過のまとめと外部委員選定 1 第2回 平成 26 年 5 月 15 日(木) 事故原因の検証 第3回 平成 26 年 6 月 5 日(木) ダブルチェックミスの検証 第4回 平成 26 年 7 月 9 日(水) 医学的検証と医療安全面からの再発防止 対策の検討 第5回 平成 26 年 7 月 30 日(水) 報告書のとりまとめ Ⅳ.事故の経緯 1.出生から事故発生まで 平成 26 年 3 月 こども医療センター母性病棟で出生後、新生児病棟へ収容となる。 出生時診断:食道閉鎖 心室中隔欠損症 食道閉鎖に対して一期的食道吻合術を施行する。 4月2日 人工呼吸器を離脱する。 心室中隔欠損症、心房中隔欠損症、動脈管開存症のため心不全を呈し、4 月 9 日手術 が予定される。 4月9日 他患者の予定手術が終了しないため、4月 10 日に手術変更となる。 4 月 10 日 動脈管結紮、心室中隔パッチ閉鎖、心房中隔自己心膜パッチ閉鎖が施行される。 術後 22 時頃より覚醒し、肺高血圧クリーゼを思わせるエピソードを数回起こす。 4 月 11 日 肺高血圧クリーゼが頻回に見られたため、心房中隔欠損作成術が施行され、肺動脈 圧モニターラインが挿入される。術後のレントゲンにて胸水貯留を認め、胸腔ドレ ナージを施行し留置される。ドレナージ分の補てんを行っていたところ、血圧低下と 心収縮の悪化が見られ、胸骨圧迫が施行され、ボスミンが投与される。 4 月 12 日 肺高血圧クリーゼを繰り返し、一酸化窒素吸入療法が開始となる。 4 月 13 日 心エコーにて左肺動脈閉塞が確認され、動脈管再結紮が施行される。 4 月 15 日 肺高血圧が続き循環が保てないため、胸骨開放・補助循環装着・人工透析が開始とな る。血小板濃厚液・赤血球濃厚液・新鮮凍結血漿の持続輸血が開始される。 4 月 16 日 上行大動脈送血部からの出血に対し止血処置が施行される。 4 月 17 日 2 セラチア菌による菌血症に対して抗生剤治療が行われる。 2 事故の発生から家族への説明まで 4 月 19 日(土) 14:35 日勤看護師 A が、検査科で検査技師とダブルチェック(2 名で指示箋や電子カ ルテ内の画面・伝票などと、薬剤や輸血などの実物を照らし合わせ確認を行う こと)を行い、実施予定の血小板濃厚液(A 型+21-0732-3050)を受領する。 14:40 ICU 病棟で日勤看護師 B と ICU 当直医師 C が、受領した血小板濃厚液(A 型+ 21-0732-3050)を電子カルテで認証(実施前医師確認)する。 血小板振盪器上には、患者の血小板濃厚液が 2 バッグ(現在実施中の残りのも の A 型+21-0630-3555 と 14:35 受領したもの A 型+21-0732-3050)と別患者 の血小板濃厚液 1 バッグ(O 型+21-0735-9096)が、トレイを分け 3 個載って いる。 23:27 準夜看護師 D は、投与中の血小板濃厚液(A 型+21-0630-3555)が終了近く なり、次の血小板濃厚液(A 型+21-0732-3050)の準備のため、準夜看護師 E と本来輸血実施直前にベッドサイドで行うべき電子カルテでの認証(輸血開始 認証)を行い、3 本のシリンジに分注する。 4 月 20 日(日) 0:50 準夜看護師 D と深夜看護師 F は、患者のベッドサイドで電子カルテにて指示 を確認しながら申し送りを行う。 1:10 実施中の血小板濃厚液(A 型+21-0630-3555)が終了するため、準夜看護師 D と準夜看護師 E が、電子カルテの輸血画面を見て血小板濃厚液(A 型+ 21-0732-3050)の 1 本目のシリンジのダブルチェックを行い、準夜看護師 D は輸血を開始する。 1:48 準夜看護師 D は、電子カルテの輸血画面で、終了した血小板濃厚液(A 型+2 1-0630-3555)の完了操作を行う。 終了した輸血バッグは廃棄し、この段階で血小板振盪器上には患者の血小板濃 厚液(A 型+21-0732-3050)と別患者の血小板濃厚液(O 型+21-0735-9096) の入ったトレイが 2 個となる。 5:20 深夜看護師 F は、補助循環装置の人工肺の酸素フラッシュを行う。 5:25 患者の透析ブラッドアクセス(人工透析の際、血液を出し入れする出入り口) でトラブルがあり、深夜看護師 F、深夜看護師 G、深夜看護師 H、ICU 当直医師 C で対応する。 6:00 深夜看護師 F は、血小板濃厚液の残量アラームに気づき、血小板振盪器に次の 血小板濃厚液のシリンジを取りに行く。その際、誤って別患者のトレイからシ 3 リンジを取り出し、シリンジに貼られていたビニールテープの手書きの患者氏 名と、同じトレイ内の輸血確認票の患者氏名を確認し、シリンジのみを患者の ベッドサイドに持参する。ダブルチェックのため、他看護師を探したが深夜看 護師 F の視界内に他看護師が見えず、アラームが鳴ってしまったことで焦り、 F看護師単独で輸血を実施する。 7:00 深夜看護師 F は、1 時間毎の輸血・薬剤などの流量チェックを行い、電子カル テに記録する。 8:00 深夜看護師 F は、1 時間毎の輸血・薬剤などの流量チェックを行い、電子カル テに記録する。 8:06 深夜看護師 I の受け持ち患者の血小板濃厚液(O 型+21-0735-9096)が終了 する。深夜看護師 I が血小板振盪器上の患者のトレイを見ると、空の輸血バッ グと輸血確認票のみ入っている。 「もう 1 本取り分けたシリンジがあったはず だ」と深夜看護師Iは思ったが、受け持ち患者の血小板濃厚液は継続中止の指 示が出たため、後で探そうと思い、電子カルテで輸血完了操作を行い、空の血 液バッグは所定のゴミ箱に廃棄する。 8:33 集中治療科 J 医師より、血小板濃厚液の流量を 10ml/hから 5ml/hへ変更する 指示が出る。深夜看護師 F は、血小板濃厚液の流量を 5ml/hへ変更する。 9:00 深夜看護師 F は、1 時間毎の輸血・薬剤などの流量チェックを行い、電子カル テに記録する。 9:04 深夜看護師 F と日勤看護師 K が、患者のベッドサイドで電子カルテにて指示 を確認しながら申し送りを行う。深夜看護師 F が指示を読み上げ、日勤看護 師 K が確認を行っていたところ、患者に実施されていた血小板濃厚液のシリン ジに貼られていたビニールテープに、別患者の氏名が書かれていることに気づ く。 日勤看護師 K は、直ちに血小板濃厚液を中止し、他の日勤看護師に患者の血 小板濃厚液を吸ったシリンジと新しいシリンジルートを準備するよう依頼す る。深夜看護師 F は、集中治療科 J 医師へ異型輸血が実施されたことを報告す る。 9:15 日勤看護師 K は、新たなシリンジルートを接続した患者の血小板濃厚液を開始 する。 9:19 ジュニアレジデントL医師は、抗体価検査のため、取り違えた他患者の血小板 濃厚液の入ったシリンジと、取り分けた輸血バッグを検査室へ持参する。 9:31 血液ガス検査を実施する。 9:43 ジュニアレジデントL医師が採血を行い、血液一般・生化学検査用の検体を 検査科へ提出する。 10:26 検査結果にて貧血の進行はなく、血小板減尐もないことを確認する。代謝性ア 4 シドーシスの進行と乳酸値の上昇が見られたため、血漿交換(新鮮凍結血漿 2 単位)が開始となる。 11:15 両親に集中治療科J医師、心臓血管外科M医師より説明が行われる。 3.患者死亡までの経過 その後、異型輸血の影響と考えられる変化は見られなかったが、原疾患の悪化により 不安定な状態が続く。 4 月 23 日 両親に今後の見通しと治療継続について説明を行い、家族の意向を確認する。 4 月 25 日 9:11 家族が来院後、補助循環装置を離脱する。 9:46 死亡確認。 Ⅴ.死因に関して 食道閉鎖に対して日齢0日に根治術を行い経過は良好であった。心室中隔欠損症・心 房中隔欠損症・動脈管開存症に対して、4 月 10 日に根治術を施行した。術式に関して、 死後検討会(death conference)では妥当であったと結論された。術後に肺高血圧クリ ーゼをきたし、心不全となった。原因としては、左肺動脈閉塞や食道閉鎖術後癒着の影 響、また予想しえない肺血管病変の合併などが考えられる。肺高血圧による循環不全を 回避するために補助循環が必要であったが、病状の好転には至らなかった。 死因は、肺高血圧クリーゼによる循環不全と考えられた。 次のⅥに述べる通り、血小板異型輸血は死因との因果関係はないと考えられた。 Ⅵ.血小板異型輸血の影響 1.血小板異型輸血による溶血はみられなかった 異型血小板製剤は O 型血小板で、抗 A 抗体は生食法 32 倍、クームス法 128 倍であ った。また、異型輸血発見後に患者から採取した血液で検査した直接クームス試験 は陰性であり、理論上は溶血を来す可能性が低い値であった。 異型輸血後の患児の状態は、血小板異型輸血による臨床症状の変化はなく、血液検 査で逸脱酵素増加なく、貧血増強なく、その他にも検査所見の変化は見られなかっ た。 血液透析の排液にも溶血所見は認めなかった。 2.血小板輸血の必要性はあった 補助循環開始後に血小板数 0.8 万/μl と著しい血小板低下が見られた。翌日頭部 エコー検査で側脳室脈絡叢内に尐量の出血所見も認め、血小板補充療法を必要とし た。 5 その後も、胸腔内出血がみられ、持続的血小板補充を要した。 3.セラチア菌感染症と血小板異型輸血との関連はみられなかった セラチア菌の菌血症が見られたが、原因として新生児であること、心臓手術後およ び開胸中であったこと、補助循環治療中であったことなどが複雑に関連しているこ とが考えられた。 感染症による血小板異型輸血への悪影響はみられなかった。 4.循環不全と血小板異型輸血との関連は見られなかった 循環不全のため輸血前から血中乳酸値が高く、血小板異型輸血後にさらに増加がみ られた。 抗 A 抗体除去のための血漿交換療法がおこなわれた。この時点では血中乳酸値が高 く、循環不全状態における血小板異型輸血の影響も考慮して血漿交換療法を開始し た。その後の経過から判断し、この乳酸値の上昇は、血小板異型輸血のためではな く、循環不全による持続的高乳酸血症の変動の一部と考えられた。 血漿交換療法自体は適切な処置と判断された。 5.医療安全からみた集中治療の必要性 心臓外科手術後の循環不全を治療するために、補助循環装置装着、人工呼吸器療法、 血漿交換療法、血液製剤輸血、抗生剤投与などを要した。 それぞれは救命のために必要な治療であり、各治療の組み合わせは総体として医療 安全の上から、妥当であると判断された。 Ⅶ.事故発生に至った問題点と根本的な原因について 今回の事故は、患者確認の過程に問題があり異型輸血が行われたが、単に確認方法 の問題だけではなく、臨床現場やシステムで何らかの問題があるのではないかと検討 した。 1.輸血実施に関して必要な確認作業が行われていない 今回異型輸血が実施された際、必要な確認作業が行われていなかった。輸血について は、マニュアル上複数回 2 名での確認作業が定められ、さらに電子カルテでの 2 回の認 証作業が必要とされている。各段階で 2 名での確認作業は行われていたが、最終的に輸 血実施直前の 2 名での確認が行われなかったことで事故は発生した。また、電子カルテ での認証作業も、輸血実施直前に行うべき操作を当該病棟では輸血準備途中で行ってい たため、電子カルテの認証が患者誤認防止のシステムとして機能しない状況が発生して いた。さらに、適切な患者確認も行われていないため、シリンジを取り出す時、輸血実 施時、そして異型輸血実施後、何度かシリンジを確認する機会はあったが間違いに気づ かなかった。小児や意思疎通のとれない患者が多いからこそ、医療者の慎重な確認が必 要である。そのため、特に輸血については、複数の場面で 2 名での確認作業を必須とし ている。病棟全体で重症患者を管理し、看護師一人ひとりが大きな責任を担って業務を 6 遂行している中、安全確認よりも業務遂行が優先されていなかったか、マニュアルが順 守されなくても仕方がないという意識はなかったか振り返る必要がある。 2.分割輸血に関する手順がない ICUやNICUで日常的に行われている分割輸血(1 つの輸血バッグからシリンジ や専用バッグに複数回血液を取り分け実施される輸血)について、明確な手順がないこ とも問題となった。輸血バッグから血液をシリンジに吸い取り患者に投与する複雑なプ ロセスにおいて、具体的な取り決めがなかった。これは、厚生労働省や日本赤十字社が 推奨する輸血の取り扱いが、医療現場で行われている分割輸血の実際と合致しない部分 があり、明文化が困難だった背景があると考える。 また、分割輸血についての電子カルテでの正しい認証操作が周知されていなかったこ とも、今回の事故発生でわかった。先にも述べたように分割輸血に関して手順がなかっ たこと、分割輸血がすべての病棟で頻繁に行われることではないため、操作上不都合が あっても、緊急性のある問題として挙がってこなかったと思われる。また、正しい操作 が行われないことで、分割輸血の 2 本目以降の交換が記録上に残っていないこともわか った。電子カルテの正しい操作は、患者誤認防止機能の一つとして活用できるため、正 しい操作方法の周知と確実な実施が重要である。 3.マニュアルはあるが明確な内容ではないため、行動レベルにおいて個人やセクショ ンで差が生じた 今回の事象から、既存のマニュアルや手順類の不備が指摘された。輸血実施前の電子 カルテの認証操作が準備段階で行われたこと、血小板振盪器上からシリンジを取り出す 際の確認方法が明確でないなど、マニュアル類の不備・不足が見られた。これは、マニ ュアルが臨床場面の動きで監査されていないため、的確な表現で明示されておらず、読 み取り方に差が生じたものと思われる。発育・発達段階や疾患により、対象となる患者 層が幅広い小児医療において、画一的なマニュアル作成は困難な部分もあるが、原理・ 原則においては明確なマニュアルが必要であり、特に輸血については、共通理解できる 内容でなければならない。 4.輸血と薬剤が同様の感覚で取り扱われ、輸血の重大性に対する認識が不足してい る可能性がある 輸血や危険薬を多く取り扱う病棟では、その取り扱いが日常的に行われることでの慣 れが発生するのではないかと考える。今回当事者は、焦りのためダブルチェックを行わ ず輸血を開始しているが、本当に焦るほど輸血を再開しなければならない状態だったの か、患者の病態を含めた医療者間の検討やコミュニケーションも課題の一つと言える。 輸血はシリンジに吸ってしまうと交換手技は薬剤と同じである。輸血はマニュアル上実 7 施直前のダブルチェックを必須としているが、場面によって輸血が薬剤のシリンジ交換 と同様の感覚となり実施される可能性も考えられる。取り扱う人の認識や判断で、確認 作業が省略されてしまう場面があるならば大変危険である。 5.医療の規模に応じた設備投資が不足している 1)輸血業務に関して人的・物的資源の不足 輸血科はあるが、その業務に関わる医師は兼務であり、複雑な輸血治療に対応するた めの監査・指導まで行えないのが現実である。また、1 台の血小板振盪器に複数の患者 の血小板が載っていたこと、ICUやNICUで日常的に行われている分割輸血に対し て無菌接合装置の設備がないことは、専門性を発揮するための十分な設備とは言えない。 小児専門病院として、その任務を遂行するための設備投資が求められる。 2)当該病棟における看護配置の問題 当該病棟は、診療報酬上2:1看護配置であり、常にそれを順守した人員を保持して いる。事故当日も入院患者 6 名に対して 4 名の看護師が配置されていた。しかし、入院 患者の重症度を考えたとき、4 名の看護師で必要な看護を安全に提供できたかの検証も 必要となる。余裕がなく、常に緊張状態を強いられる勤務体制は、事故発生のリスクが 高い。患者の重症度に応じた看護師配置の調整も、今回の事故を通して課題の一つとな る。 Ⅷ.再発防止策 1.輸血に関するマニュアルの整備と安全な輸血実施 1)マニュアルの整備 輸血に関しては、輸血療法マニュアル・看護手順・電子カルテ操作マニュアルがそれ ぞれ独立して存在している。マニュアルが分散していると、確認場面において十分熟 読・理解できない可能性がある。輸血療法マニュアルの改訂とともに、看護手順では輸 血療法マニュアルとの整合性を確認し、行動レベルでの具体的な内容を示し、最終的に 輸血について1つのマニュアルで確認できるような形とする。 さらに、異型輸血は患者の生命に大きく影響するものであることを、職員全員が再認 識するとともに、輸血実施については、確実な確認(決められたタイミングでのダブル チェックと認証操作)を絶対とし、病院全体で順守する。 2)安全な輸血実施に向けた機器類の導入 分割輸血に対して、輸血委員会を中心にシステムの改善に取り組んでいる。 1 点目としては、検査科での赤血球濃厚液の分割化が導入されることになり、輸血バ ッグの無菌接合装置およびチューブシーラーを購入した。血小板濃厚液についても分割 化が検討されたが、現段階で血小板を分割できる専用バッグがないため、これについて は、今後も情報収集を行い、検査科での分割化に向けて検討していく。 8 2 点目としては、分割輸血のための新たなラベルを発行する。従来、輸血バッグに貼 られたラベルと添付された輸血確認票しかなく、シリンジでの分割輸血の場合、ビニー ルテープに患者氏名や血液型、その他必要な情報を手書きし貼っていた状況であった。 今回、輸血確認票と同じ情報のラベルを複数枚発行することで、シリンジに貼付し、患 者や血液製剤の確認、電子カルテの認証操作に活用できる。 2.明確なマニュアル作成・改訂 マニュアルを順守できない原因の一つとして、マニュアル自体が教科書的であり、実 際の医療現場に見合っていない可能性がある。複雑な処置こそ、マニュアルにおいて丁 寧な表現が必要となるため、現在作成されているマニュアルについては、行動レベルで 順守可能か監査を行うとともに、定期的な見直しを行い、現場で活用し順守できるもの でなければならない。また、医療安全に関連した内容については、医療安全管理会議で 確認し、担当セクションとともに管理する体制を構築する。 3.マニュアルを順守する環境の構築 今回の事故を通して、マニュアルの作成・改訂だけでなく、輸血について新たなシス テムも導入される。便利な機能が導入されても、それを活用する側にルール違反があれ ば、再発予防にはならない。個人がきちんと決まりを守ること、それを組織が支え守る ことが、再発防止につながると考える。具体策として、ヒヤリ・ハットや医療事故発生 の際には、マニュアルと照らし合わせ、振り返りや分析を行い、再発防止策につなげる サイクルを徹底する。検討した事象について、各会議や研修などを活用して共有化を図 り、院内全体で再発防止に取り組む体制を医療安全推進室が中心となり構築する。 4.効果的なダブルチェック 既存のマニュアル類にも、輸血についてはすべての場面でダブルチェックを必要とし ていた。注射や内服もダブルチェックの必要な場面をマニュアルに載せているが、曖昧 な表現であり、本当にどのような場面でダブルチェックを必要とするのか判断し難い可 能性もある。ダブルチェックの必要性や、そこから発生する責任の所在などを含め、形 式的な行為ではなく、効果的にダブルチェックを行えるよう、場面や方法を再考してい く。 5.柔軟な人員調整 今回の事故が起こった当時、当該病棟では、補助循環装置装着患者3名を抱えた状態 であった。4名の看護師が配置されていたが、患者の重症度と照らし合わせた看護師配 置についても、再発予防の一つとして検討される必要がある。ダブルチェックやマニュ アルが順守されていれば今回の事故は防げたが、常に余裕のない状態での勤務は事故発 9 生のリスクが高い。入院患者数だけではなく、患者の重症度による人員調整や、業務が 集中する時間帯の病棟間支援体制の中央管理、入院患者調整など、各セクションだけで の調整に終わらず、病院全体で検討し取り組む必要がある。 6.輸血管理体制の見直し 1)輸血科に専従の医師が配置されることが望ましいが、大学病院以外の日本の小児病 院で専従医師が配置されている施設はない現状を踏まえ、輸血担当職員の業務内容を見 直し、専門知識と業務権限を強化する必要があると考えられる。臨床における輸血業務 の監査や指導、設備や機器について提案できる仕組みなど、輸血委員会がこども医療セ ンターの専門性に見合った役割が発揮できる体制を検討していく。 2)医療安全対策における輸血委員会の位置づけの見直しが必要である。従来は輸血検 査業務に重きが置かれてきたが、今後は医療安全対策の強化が必要である。具体的には、 専任医療安全管理者も輸血委員会に参加し、医療安全の視点から輸血委員会をサポート する。 7.職員の意見が反映される体制づくりをおこなう 現場の実態に即し、より安全な医療を提供していくためには、現場に従事する職員の 意見が反映され、必要とされる環境整備が迅速に行える体制づくりが求められる。その ためには、医療安全管理会議がより活性化され、意見の集約に貢献する必要がある。ま た、個々の職員は、医療安全に対して常に高い意識を持ち、改善に向けた積極的な提案 を行っていく姿勢が必要とされる。 総括 事故調査委員会は、今回の血小板異型輸血事故が、患者死因と因果関係はなかったと 結論した。 しかし、異型輸血は重大な医療事故であることに変わりはなく、患者の死亡事故に発 展する可能性をはらむ事故である。こども医療センターとしては、この事故を重大に捉 え、原因分析と再発予防策をあらゆる方面から検討するとともに、小児、特に新生児に 輸血を行うマニュアルを見直し、統一手順を整備した。また、電子カルテでの認証手続 きを周知し、医療現場におけるダブルチェック体制を検証した。 この事例を通して、いくつかの問題点が明らかとなったことを契機に、これらの再発 防止策を確実に実施し、事故のない医療の実現を目指して行きたい。 2014.9.22 事故調査委員会 (参考)記者発表資料 10
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