全文 - ヒューマンサイエンス振興財団

HS レポート No.84
産学官連携による創薬
-アカデミア発シーズへの創薬支援戦略-
研究資源委員会調査報告書
平成 26 年 3 月
公益財団法人
ヒューマンサイエンス振興財団
発行元の許可なくして転載・複製を禁じます
はじめに
公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団(HS 財団)は、医薬品や診断薬等の研究
開発に関連する先端的創薬及び基盤的科学技術の振興を図り、人類の健康と福祉に寄与す
ることを目的として活動を行っています。
HS 財団の研究資源委員会では、製品化に向けた研究開発の促進を追及し、大学や公的
研究機関等アカデミアからの創薬シーズや最新の基盤技術の研究資源活用(オープンイノ
ベーションやバイオバンク・ネットワーク等)に関する動向を継続的に調査研究して参り
ました。平成 25(2013)年度は、医薬研究及び治療薬開発のために用いられる研究資源
を有効的に活用する上での課題を改めて把握し、その解決策について提言を行うことを目
的に「産学官連携による創薬
-アカデミア発シーズへの創薬支援戦略-」を主題として
掲げ、調査研究を実施しました。
従来からの自社完結型の研究開発のみでは製薬業界の企業経営は不可能となっていま
す。生活習慣病関連の治療薬開発を主軸とする製薬企業のビジネスモデルは 20 世紀末に
終焉し、アンメットメディカルニーズの高い疾患領域における研究開発のモデルへと変遷
しています。日本の基礎研究は国際的に高い競争力を保っていますが、加えて、その研究
成果を臨床の現場に応用する創薬や診断薬開発及び医療機器開発に向け、産学官が連携し
た組織的なマネジメントによる医療分野でのオープンイノベーションが興っています。
政府は平成 25 年に日本再興戦略を打ち出し、経済における復興を推進させています。
医療分野においては飛躍的なイノベーションが不可欠であり、医薬品や医療機器関連分野
における産業力向上の為に文部科学省、厚生労働省、経済産業省が連携して、限られた予
算と人材を活用し、基礎研究から実用化までを連続的に実施できる体制の構築を行ってい
ます。また、企業及びバイオベンチャーに関わる創薬環境の整備も実施しており、これに
よって日本発の医薬品や医療機器及び医療技術の開発を実現し、経済成長に貢献すること
を目指しています。
これらの背景の中で、平成 25 年に内閣官房 健康・医療戦略推進本部が設置され、同 27
年には新たな独立行政法人である日本医療研究開発機構も設立されて医療分野の研究開発
に関する総合戦略と産学官の連携した医療分野の事業が推し進められることになりました。
本調査研究では、日本の創薬支援政策と連携事業として内閣官房 健康・医療戦略室、
医薬基盤研究所 創薬支援戦略室、理化学研究所、産業技術総合研究所、更に海外の創薬支
援政策及び連携事業としてフランス政府(バイオクラスター政策)、欧州製薬団体連合会(革
新的医薬品イニシアティブ)の各責任者あるいは担当者の皆様と共に会議を開催し、現状
での事業進捗や将来展開そして HS 財団研究資源委員会からの企業要望につき議論を行い
ました。そして、産学官連携による医療産業振興に関して、アカデミア発シーズの育成支
援戦略と企業の関連について報告を行うと共に、各機関を通して日本と海外の両視点から
考察を行い、連携を潤滑に推進して医療産業の発展を促進する為の提言を述べ、HS レポ
ートとして編集しました。
-1-
本レポートが、医薬品等医療関連の産業界に従事されている皆様、そして政府、行政、
アカデミア、医療機関の皆様に取りまして問題解決の一助となり、ヒューマンサイエンス
の進展による輝かしい医療の未来創造に向け、イノベーション創出の貢献材料となります
よう切に願っております。
本調査研究は、HS 財団の研究資源委員会が計画を立案し、実施したものです。日本及
び海外の政府、行政、公的研究機関等の企画官、調査役、プログラムディレクター、理事、
特別任務官、理事長等責任者や担当者の皆様におかれましては、ご多忙のところ会議開催
を快く受け入れていただき誠にありがとうございました。また、多くの貴重なご意見及び
ご助言を頂き深く感謝申し上げます。さらに、本調査研究の実施に当たり、諸準備や諸手
配にご尽力いただきました関係各位に厚く御礼申し上げます。
平成 26 年 3 月
公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団
研究資源委員会
委員長
-2-
内林 直人
本調査研究にご協力いただいた学識経験者及び機関
内閣官房
健康医療戦略室
奥野
真
企画官
原田
幸弘
企画調査官
独立行政法人 医薬基盤研究所 創薬支援戦略室
二名
俊彦
連携推進グループ 調査役
陰山
卓哉
創薬支援戦略課 課長補佐
独立行政法人 理化学研究所
社会知創成事業
創薬・医療技術基盤プログラム
後藤
俊男
プログラムディレクター
吉田
茂美
事業開発室 室長
藤田
茂雄
技術統括マネージャー
山口
時男
ポートフォリオマネージャー
社会知創成事業
早田
智紀
横断プログラム推進室
計算科学研究機構
伊藤
聡
コーディネーター
生命システム研究センター
泰地
真弘人 副センター長、主任研究員
八尋
純平
生命システム研究推進室 HIPC 計算生命科学推進プログラム
独立行政法人 産業技術総合研究所 ライフサイエンス分野
湯元
昇
理事、研究統括
織田
雅直
副研究統括
田村
具博
研究企画室長
夏目
徹
創薬分子プロファイリング研究センター長
新家
一男
バイオメディカル研究部門、上級主任研究員
在日フランス大使館
ジャック・マルヴァル
科学技術部産業イノベーション特別任務官
斎藤
科学技術部生命科学担当アシスタント
堀
文子
玲子
企業振興部ユビフランス上席貿易担当官
エティエンヌ・カステル
企業振興部ユビフランス貿易担当官
水田
企業振興部ユビフランス貿易担当官
真紀
欧州製薬団体連合会(EFPIA-Japan)
島田
秀孝
欧州製薬団体連合会・理事長
兼本
典明
グラクソスミスクライン(株)経営戦略部門
(
(前)欧州製薬団体連合会・事務局長)
(注:所属・役職は訪問調査時点のものです)
-3-
調査実施者及び執筆者
内林
直人(委員長)
武田薬品工業株式会社
石間
強
(副委員長)
日本新薬株式会社
江口
有
(副委員長)
協和発酵キリン株式会社
清末
芳生
株式会社シード・プラニング
小紫
俊
大正製薬株式会社
多田
秀明
小野薬品工業株式会社
中尾
裕史
興和株式会社
中田
勝彦
参天製薬株式会社
中村
賢治
和光純薬工業株式会社
東本
浩子
株式会社エスアールエル
深水
裕二
科研製薬株式会社
松久
明生
扶桑薬品工業株式会社
医薬研究本部
東京支社医療政策情報部
研究本部
医薬事業部門
筑波研究所
医薬事業部東京創薬研究所
CSR 統括部
臨床検査薬研究所
臨床検査事業商品企画部門
ライセンシング室
研究開発センター
-4-
目次
はじめに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・
・・・・・・・・・・・ ・
3
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・
4
本調査研究にご協力いただいた学識経験者及び機関
調査実施者及び執筆者
目
次
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・
第一章
概況と調査機関の概説
第二章
国内の創薬支援政策と連携事業
〔1〕内閣官房
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
創薬支援ネットワーク
・・・・・・・・・・・・ ・・
17
・・・・・・・・・・・・ 24
創薬・医療技術基盤プログラム
〔4〕理化学研究所
計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
第三章
6
9
〔3〕理化学研究所
〔5〕産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
5
・・・・・・・・・
健康医療戦略及び日本医療研究開発機構
〔2〕医薬基盤研究所
1
・・・ 38
・・・・・・・・・・・・・ ・ 51
海外の創薬支援政策と連携事業
〔1〕フランスのバイオクラスター政策と産学連携事業・・・・・・・・・・・
63
〔2〕欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
78
・・・・・・・・・・・・・・・・
第四章
考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
91
第五章
提言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
95
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
98
おわりに
-5-
第一章
概況と調査機関の概説
産業界では自社完結型研究開発の生産性が鈍化している一方で、第二の主軸として産
業・アカデミア・行政が関与するオープンイノベーション等、連携型の研究開発事業が盛
んに進められている。これは、研究開発の連携体制における課題を解決してアカデミアが
創薬シードを総合的に産業化する事業であり、ネットワーク型の体制として新たに構築さ
れる事業となっている。
政府は、平成 25(2013)年に策定された日本再興戦略により経済成長政策を推進して
いる。医療分野では、創薬や医療技術の研究開発におけるイノベーションを促進させ、日
本発の医薬品や医療機器の社会実装を実現することで、日本の成長に貢献しようとしてい
る。さらに、医療分野での研究開発の司令塔機能を創設することにより、革新的な治療法、
医薬品そして医療機器を世界に先駆け日本で生み出す環境を増強し、健康長寿社会を実現
するという基本的コンセプトが打ち出されている。平成 26 年 1 月には「医療分野の研究
開発に関する総合戦略(専門調査会報告書)」が策定され、翌 2 月には内閣官房 健康・医
療戦略推進本部の設置及び独立行政法人 日本医療研究開発機構の設立に関する法案が国
会に提出された。
この推進本部では、医薬品や医療機器関連分野における産業力の向上の為、文部科学省、
厚生労働省、経済産業省が連携し、限られた予算と人材を活用して基礎研究から実用化ま
でを滞りなく連続的に実施できるシステムを運営する。また、企業及びバイオベンチャー
育成に関わる創薬環境の整備を実施する。
日本医療研究開発機構は、①製品化に向けた優れたシーズの探索、②臨床試験への移行
や企業導出への事業企画と医療に関する研究開発のマネジメント、③各省連携あるいは単
独で実施される基礎研究を実用化する為のプロジェクト運営、④研究開発に共通する基盤
技術の整備と利活用(トランスレーショナル研究において重要なバイオバンクや創薬での
高速大量スクリーニング HTS 等)、⑤国際水準の臨床研究や医師主導治験の中心となる臨
床研究中核病院の設定、の機能を持つ。
本調査研究では、日本の創薬支援政策及び連携事業として内閣官房 健康・医療戦略室、
厚生労働省所管の医薬基盤研究所(創薬支援戦略室)、文部科学省所管の理化学研究所(創
薬・医療技術基盤プログラム、計算科学研究機構及び生命システム研究センター)、経済産
業省所管の産業技術総合研究所(ライフサイエンス分野)の企画官や調査役等責任者や担
当者の皆様と共に会議を開催し、現状での事業進捗や将来展開、そして HS 財団研究資源
委員会からの企業要望に付き議論を行った。さらに、日本での関連施策との対比の為に海
外の創薬支援政策と連携事業として、フランス政府のバイオクラスター政策及び欧州製薬
団体連合会(EFPIA)の革新的医薬品イニシアティブについて、在日フランス大使館の科
学技術部特別任務官他、及び EFPIA-Japan の理事長他の責任者や担当者と共に、同様に
会議を開催し議論した。各調査機関での機関概説を表 1 に記載する。
-6-
第一章
概況と調査機関の概説
表1.調査機関の概説
調査機関
創薬支援戦略と事業要旨
(調査対象)
・内閣総理大臣を本部長とする健康・医療戦略推進本部が 2013 年に設置
・内閣官房の健康・医療戦略室を事務局として企業とアカデミアの提言を
内閣官房
健康医療戦略室
(健康・医療推進本部
導入し、戦略を検討
・これらは 2014 年に健康・医療戦略推進法及び独立行政法人日本医療研
究開発機構法として法制化
及び日本医療研究開発 ・同推進本部を司令塔に文部科学省、厚生労働省、経済産業省の三省が連
機構)
携して施策を立て、同研究開発機構がファンディングエージェンシーと
して健康・医療のトップダウン型研究を振興する体制を構築
・2013 年閣議決定の日本再興戦略はアカデミアの基礎的研究成果を革新
的な医薬品に育てる政策を含む
・医薬基盤研究所、理化学研究所、産業技術総合研究所の三者で構成され
日
本
の
創
薬
支
援
政
策
と
連
携
事
業
医薬基盤研究所
創薬支援戦略室
(創薬支援
ネットワーク)
る創薬支援ネットワークを構築して新薬創出に向けた研究開発を支援
・2013 年設立の基盤研 創薬支援戦略室は創薬ナビ、創薬アーカイブ、創
薬ブースターの諸施策を開始
・アカデミア発の創薬シーズの収集、評価、支援が、製薬会社出身者を主
としたメンバーにより強力に推進
・理研や産総研で開始の技術的支援プロジェクトが既にあり
・独自の創薬基盤を整備して新薬創出事業を開始させる
理化学研究所
・創薬・医療技術基盤プロジェクトは 2010 年に開始
創薬・医療技術基盤プ ・現在まで 3 年で既に臨床研究開始中の課題あり
ログラム
(創薬支援全般)
・基盤研 創薬支援戦略室や産業技術総合研究所(創薬分子プロファイリ
ング研)との協働体制
・スーパーコンピュータ「京」は 2010 年設立の計算科学研究機構の共
用施設
理化学研究所
・計算機科学と計算科学分野の連携を促す国際的な研究拠点
計算科学研究機構及び ・「京」の産業利用で、創薬分野では、HPCI 戦略プログラム、予測する
生命システム研究セン
生命科学・医療及び創薬基盤、更に製薬企業が参画する産学コンソーシ
ター
アムも開始
(創薬支援全般)
・生命システム研では「京」と専用スーパーコンピュータを使用
・分子動力学シミュレーションで標的蛋白と化合物の結合過程を解析
・リード化合物の最適化や新規標的部位の発見に注力
-7-
第一章
日
本
の
創
薬
支
援
政
策
と
連
携
事
業
概況と調査機関の概説
・ライフサイエンス分野では創薬支援技術、健康状態の計測評価技術、微
生物・植物による物質生産技術を中心とした融合技術の研究開発
・バイオメディカル研究部門及び創薬分子プロファイリング研究センター
産業技術総合研究所ラ
が主軸となり創薬支援活動を担う
イフサイエンス分野
・創薬を支援するため新規技術開発に特化
(創薬支援全般)
・製薬企業、理研、基盤研との創薬支援ネットワークにより、アカデミア
創薬を推進
・政府は産業クラスターPôles de compétitivité(競争力拠点)政策を推進
し、産業競争力の強化や世界市場での対外貿易を増強
・この政策は多くの産業分野を対象とし、全国 71 か所に競争力拠点あり
在日フランス大使館
海
外
の
創
薬
支
援
政
策
と
連
携
事
業
(フランスのバイオ
クラスター政策)
・予算総額年間 50 億ユーロ、2006 年開始の第一期では実行された研究開
発プロジェクト総数は 5,700 以上
・現在 2013 年から 2019 年までの第 3 期が稼働中
・バイオメディカル分野の予算は 6 億ユーロ、事業の中心は 3 つの国際拠
点、Medicen Paris Region、Lyon Biopôle、Alsace Biovalley
・競争力拠点政策とは別に、未来への投資プログラムが 2010 年から開始
・EFPIA の革新的医薬品イニシアティブ IMI は製薬産業の競争力の強化を
目指して 2007 年に設立
・官民あるいは産学官の創薬に関する大規模な連携システム
・EFPIA 加盟企業間の競争前段階の連携
・EU(欧州連合)から 10 億ユーロの公的資金、EFPIA 加盟企業から同額
欧州製薬団体連合会
の現物(人材供給等)による拠出が財政的基盤
EFPIA-Japan
・6 千名の研究者とスタッフが IMI 及び各共同研究プロジェクトに関与
(欧州の創薬支援戦
・これまで 11 次の共同研究プロジェクトが募集
略、IMI と EFPIA)
・第 7 次コールまでで 41 件のプロジェクトが開始
・創薬システム全体の改善、毒性・副作用の予測、バイオマーカーの探
索と活用、疾患毎のメカニズム及び疫学研究、創薬・治験のシステム全
体の改善、医薬 R&D に関する教育・啓発関係等
・プロジェクトあたり、600 万ユーロから 1 億 9,700 万ユーロまで、平均
で約 3,200 万ユーロの予算が投入
・後継の IMI 2 を計画中、2024 年まで予算総額 35 億ユーロ
-8-
第二章
国内の創薬支援政策と連携事業
〔1〕 内閣官房 健康・医療戦略及び日本医療研究開発機構
要 約
平成 25 年 8 月に内閣総理大臣を本部長とする健康・医療戦略推進本部が設置され、
内閣官房の健康・医療戦略室を事務局に産学の提言も踏まえて我が国の健康・医療戦略
が検討されてきた。これらは平成 26 年 2 月の健康・医療戦略推進法案及び独立行政法
人日本医療研究開発機構法案の 2 法案として取りまとめられた。これにより、健康・医
療戦略推進本部を司令塔として各府省を総合調整し、独立行政法人日本医療研究開発機
構がいわゆるファンディングエージェンシーとして医療分野のトップダウン型研究開
発を振興する体制が作られることになった。この新しい独立行政法人の設立は平成 27
年 4 月に予定されており、平成 26 年度は移行期間としてバーチャルに新独法関連予算
が組まれることとなった。
1. はじめに
従来から健康・医療関連の政策実施は文部科学省(以下、文科省)、厚生労働省(以下、
厚労省)、経済産業省(以下、経産省)の 3 省が分担していたが、しばしば縦割りの弊害
が指摘されていた。そのために司令塔の設置が望まれており、長く議論が続いていた。こ
のほどようやくそれらの議論が一定の形を取ることになり、健康・医療戦略推進本部が設
置されて内閣官房にその事務局である健康・医療戦略室が置かれ、また、新しい組織とし
て独立行政法人日本医療研究開発機構(以下新独法と呼ぶ)が設立される運びとなった。
そこで内閣官房健康・医療戦略室を訪問し、奥野真
及び原田幸弘
内閣官房健康・医療戦略室企画官
同企画調査官から直接これまでの経緯や新しい組織、また、その運用につ
いて伺う事が出来たので以下に報告する。なお、ヒアリング時点では両法案は国会に提出
(訪問日:平成 26 年 2 月 19 日)
され審議中であったことをお断りする。
2. 健康・医療戦略室設置の背景と役割
平成 22 年 6 月に民主党政権下で閣議決定された新成長戦略において、
「ライフイノベー
ションによる健康大国戦略」が 7 つの戦略の一つと位置づけられ、「医療イノベーション
会議」が設置されると共に推進の核となる「医療イノベーション推進室」が内閣官房に設
置された。初代室長は中村祐輔東大教授(当時)であった。
平成 24 年 12 月に自民党政権になり、我が国が世界最先端の医療技術・サービスを実現
し、健康寿命延伸を達成すると同時に、それにより医療、医薬品、医療機器を戦略産業と
して育成し、日本経済再生の柱とすることを目指すため、従前の医療イノベーション推進
室に代わって平成 25 年 2 月に「健康・医療戦略室」が内閣官房に設置された。
さらに、同年 6 月に閣議決定した「日本再興戦略」及び関係閣僚申合せによる「健康・
医療戦略」に基づき同年 8 月に医療分野の研究開発の司令塔の本部となる「健康・医療戦
略推進本部」が内閣に設置され、健康・医療戦略室はその事務局機能を担うことになった。
-9-
第二章
〔1〕 内閣官房 健康・医療戦略及び日本医療研究開発機構
3. 健康・医療戦略推進本部と健康・医療戦略
(1)健康・医療戦略推進本部
前述の目的の為に法案提出に先立って閣議決定により設置された健康・医療戦略推進本
部は、本部長が内閣総理大臣、副本部長が内閣官房長官、また、その他全ての国務大臣が
本部員であり、
平成 25 年 8 月の発足以来、平成 26 年 2 月までに 3 回の会合が開催された。
健康・医療分野の国のヘッドクォーターであり、予算のコントロールも行っている。また、
事務局である内閣官房健康・医療戦略室に対し、文科省、厚労省及び経産省が協力してい
る。なお内閣官房はブレーン機能しか持たないため、今後は、内閣府もサポートを行って
いくこととなる。
健康・医療戦略の検討を進めるため、以下の 3 つの関係会議が設置されている。
①
健康・医療戦略参与会合
健康・医療に関する成長戦略及び医療分野の研究開発に関する施策に係る重要事項の調
査・検討を行うための会合。菅内閣官房長官を座長に、産業界を含む下記の各分野のステ
ークホルダーの代表で構成されている。平成 25 年 3 月から 12 月の間に 5 回開催されてお
り、各参与から意見が述べられ戦略本部に対して多数の提言が行われた。
座 長
菅 義偉
内閣官房長官
副座長
加藤 勝信
内閣官房副長官(衆)
世耕 弘成
内閣官房副長官(参)
健康・医療戦略参与
②
黒岩 祐治
神奈川県知事
黒川 清
政策研究大学院大学 アカデミックフェロー
近藤 達也
医薬品医療機器総合機構 理事長
丹呉 泰健
内閣官房参与
手代木 功
日本製薬工業協会 会長
戸田 雄三
再生医療イノベーションフォーラム 代表理事・会長
中尾 浩治
日本医療機器産業連合会 会長
堀田 知光
国立がん研究センター 理事長
松本洋一郎
東京大学大学院工学系研究科 教授
水野 弘道
京都大学 iPS 細胞研究所 アドバイザー
森下 竜一
大阪大学大学院医学系研究科 教授
山本 修三
一般社団法人日本病院会 名誉会長
横倉 義武
公益社団法人日本医師会 会長
医療分野の研究開発に関する専門調査会
医療分野の研究開発に関する総合戦略の策定に係る専門的な事項の調査・検討を学術
的・技術的観点から行う調査会であり、本部の諮問機関である。自治医科大学の永井良三
学長を座長に、アカデミア中心の有識者で構成されており、ヒューマンサイエンス振興財
団の竹中登一氏も参画している。本調査会は平成 25 年 10 月から 6 回開催されており、平
- 10 -
第二章
〔1〕 内閣官房 健康・医療戦略及び日本医療研究開発機構
成 26 年 1 月に「医療分野の研究開発に関する総合戦略(報告書)」が提出された。
座長
永井 良三
自治医科大学学長
委員
③
大澤 真木子
東京女子医科大学名誉教授
垣添 忠生
公益財団法人 日本対がん協会会長
菊地 眞
公益財団法人 医療機器センター理事長
榊 佳之
豊橋技術科学大学学長
笹月 健彦
九州大学高等研究院特別主幹教授
清水 孝雄
国立国際医療研究センター理事・研究所長
竹中 登一
公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団会長
田中 紘一
医療法人社団 神戸国際フロンティアメディカルセンター理事長
平野 俊夫
総合科学技術会議有識者議員
健康・医療戦略推進会議
内閣官房長官が議長となり、長官からの招集により関係省庁の局長クラスが集まる会議
である。本部の方針を各省に指示する会議であり必要に応じて開催される。
4. 平成 26 年度の医療分野の研究開発予算のポイント
平成 26 年 2 月に発表された平成 26 年度の医療分野の研究開発予算のポイントは図 1 の
とおりである。
図1.平成 26 年度の医療分野の研究開発予算のポイント
- 11 -
第二章
〔1〕 内閣官房 健康・医療戦略及び日本医療研究開発機構
新独法対象経費とは、後述の新独法から委託や助成されることになる研究開発費等を指
している。平成 26 年度はまだ新独法は設立されていないが、既に新独法相当として区分
けされてバーチャルに管理される。
インハウス研究機関経費とは、それぞれの省が管轄している理化学研究所(文科省)、
産業技術総合研究所(経産省)、がん研究センター等の国立高度専門医療研究センター(厚
労省)等の公的研究機関の運営費交付金等を指している。これらのインハウス研究機関が
交付金以外に、新独法経費から競争的資金を獲得することは自由である(図 2)。
図2.新たな医療分野の研究開発体制の全体像
予算取りは図 3 のように健康・医療戦略推進本部からの指示に基づいて文科省、厚労省、
経産省がそれぞれ行う。予算取り前に調整が入ることから、従来言われていたような省庁
間で競合する問題は避けられる。
特筆すべきは上記予算以外に科学技術イノベーション創造推進費 500 億円のうち、35%
の 175 億円が医療分野の調整費として用意されていることである。一般の調整費に比べて
金額も割合も大きく、これにより柔軟な予算の支出が可能となっている。
- 12 -
第二章
〔1〕 内閣官房 健康・医療戦略及び日本医療研究開発機構
図3.制度設計のイメージ
5. 健康・医療戦略推進法案と新独法法案
これまで閣議決定により設置されていた健康・医療戦略推進本部の法定設置や、独立行
政法人を設立するため、第 186 回通常国会において平成 26 年 2 月に下記の 2 法案が提案
出された。一般論的であるが、法制化されると政権が交代しても原則引き継がれる事にな
り、枠組みの継続性が担保される。
(1) 健康・医療戦略推進法案
法案の趣旨は「国民が健康な生活及び長寿を享受することのできる社会の形成に資する
ため、世界最高水準の医療の提供に資する医療分野の研究開発及び当該社会の形成に資す
る新たな産業活動の創出等を総合的かつ計画的に推進するための健康・医療戦略の策定、
これを推進する健康・医療戦略推進本部の設置等の措置を講ずる。」とされている(図 4)
。
本法案により健康・医療戦略推進本部が法的根拠を持つと共に、中核的な役割を担う機
関として新独法の設置が謳われている。
- 13 -
第二章
〔1〕 内閣官房 健康・医療戦略及び日本医療研究開発機構
図4.健康・医療戦略推進法案
(2) 独立行政法人日本医療研究開発機構法案
法案の趣旨は「医療分野の研究開発及びその環境の整備の実施・助成等の業務を行うこ
とを目的とする独立行政法人日本医療研究開発機構を設立することとし、その名称、目的、
業務の範囲等について定める。」とされている(図 5)。この機関は従来「日本版 NIH」と
呼ばれていたが、米国の NIH は多数の研究所で構成されるが日本版には所内研究所は置
かれないなど機能が大きく異なることから誤解を招きやすい。従って政府としては「日本
版 NIH」と言う呼称は用いないとされている。
新独法の業務の二本柱は研究助成と研究開発環境の整備であり、研究助成は「委託研究」
あるいは「研究補助」として実施される。前者は例えば委託事業として iPS 細胞を使った
再生医療の研究及びその研究に必要な研究機器の整備を行うなどであり、資産や知財は原
則新独法に帰属する。ただし知財についてはいわゆる日本版バイドール法(注)と同様の
扱いとなることが基本となり、その場合、知財は委託先の企業等に帰属する。また、その
成果の実用化を促進することも新独法の業務に含まれる。一方、後者は助成金であり、資
産も知財も補助事業者に帰属する。なお新独法自身は研究開発を直属の研究所で自ら実施
しない。ここが米国の NIH とは大きく異なる部分である。
新独法の設立は平成 27 年 4 月 1 日と予定されている。よって平成 26 年度は前述のよう
に健康・医療分野の予算はバーチャルに新独法の予算分として集計がなされ、健康・医療
戦略推進本部の下で、各省が連携して新独法発足後は一度の手続きで必要とする関連作業
をすべて完了させられるワンストップサービス的な運営がなされると思われる。
- 14 -
第二章
〔1〕 内閣官房 健康・医療戦略及び日本医療研究開発機構
(注) 政府資金による委託研究開発から派生した特許権等を民間企業等に帰属させるこ
とにより、成果の実施化を活性化しようとするもの。産業活力再生特別措置法第
30 条に規定されている。
図5.独立行政法人日本医療研究開発機構法案
6. 今後の運営
(1)健康・医療戦略推進本部
民間企業が健康・医療に関して国に対して提言等を行う場合は、新しい本部が別途アド
バイザリーボード的な組織を立ち上げて意見を聴取する可能性もある。
コホート研究やバイオバンク等についても新本部が総合的に担当することになると思わ
れる。一方で臨床情報に関しては厚生労働省の管轄であり、それらを包括したビッグデー
タ的な概念の課題は国全体で議論が必要であるので健康・医療戦略推進本部を超えた課題
と思われる。
(2)独立行政法人日本医療研究開発機構
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や独立行政法人科学技術
振興機構(JST)の医療関連のファンディング部門の一部もしくは大半は新独法に移管さ
れる。この際、既に終了したプロジェクトについては従来の組織でフォローアップされる
と思われるが、現在進行中のプロジェクトについては新独法に移管されるものが多いと考
えられる。なお新独法の本部は東京に設置され、大阪に置かれている創薬支援ネットワー
- 15 -
第二章
〔1〕 内閣官房 健康・医療戦略及び日本医療研究開発機構
クの連携部門は引き続き設置される予定。
新独法のプロジェクトの委託や補助の対象は特に国内に限定されない。プロジェクト毎
の判断で国外にも門戸が開かれる可能性がある。
なお新独法の委託・補助は健康・医療戦略推進本部からのトップダウンの指示に基づい
ている一方、研究者の創意によるボトムアップ型の研究に関与せず、これらの研究は文科
省の科研費等で引き続き支援される。
(3)医薬基盤研究所創薬支援戦略室との関係
医薬基盤研究所は新独法設立後、独立行政法人国立健康・栄養研究所と統合されるが、
医薬基盤研究所創薬支援戦略室は新独法に引き継がれ、創薬支援ネットワークの整備が
粛々と進められる。
7. 所感
国の施策はその対象が健康・医療戦略推進本部、日本医療研究開発機構、医薬基盤研究
所創薬支援戦略室と階層的に構成されており、厚労・経産・文科の 3 省に内閣官房や内閣
府が絡んで一見分かり難い。また、従来から健康・医療分野では省庁縦割りの弊害が言わ
れており、司令塔の存在が望まれていた。新しい制度では内閣総理大臣が本部長を務める
健康・医療戦略推進本部が司令塔として法定整備され、3 省と内閣府の調整を経て新独法
が研究管理を行うラインが明確になった。
もっともこれだけ大きな制度改革であり、移行期には相当の混乱が起きる可能性がある。
その弊害を最小限に抑え、スムーズな制度移行が行われることが望まれる。また、3 省の
連携は既に進んでいると言われているものの、健康・医療戦略推進本部と新独法と 3 省の
連携体制が見えてくるには多少の時間が必要と思われる。新独法が設立されるまでの平成
26 年度は移行期間と位置付けられており、産学官それぞれに移行期に対応する必要がある。
8. 参考文献
健康・医療戦略推進本部 HP
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/index.html
使用した図及び数値は、内閣官房 健康・医療戦略室より提供された資料による。
無断転写、無断使用を禁ずる。
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第二章
〔2〕 医薬基盤研究所 創薬支援ネットワーク
〔2〕医薬基盤研究所 創薬支援ネットワーク
要 約
2013 年 6 月 14 日に閣議決定された「日本再興戦略」には大学等の基礎的研究成果を
革新的な医薬品に導くために、創薬支援戦略室が本部機能を担い、創薬支援ネットワー
クを構築して新薬創出に向けた研究開発を支援することが謳われた。本稿では、創薬支
援ネットワークと 2013 年 5 月 16 日に医薬基盤研究所内に設立された創薬支援戦略室の
業務内容について紹介する。
1. はじめに
日本は現在、医薬品に関しては海外製薬企業による高価な抗がん剤や抗体医薬品の日本
上市等で 2 兆 6798 億円(厚生労働省、2012 年薬事工業生産動態統計)の輸入超過になっ
ている。海外においては、大学発等の創薬シーズを創薬ベンチャーと投資家が一体となり
育成し、大手製薬企業が開発、上市に結びつける良い循環ができているが、日本は優れた
基礎研究を大学等が行っているにも関わらず、企業とのコラボレーションがうまくいって
いないために革新的医薬品の創製に至っていない。
このような背景の下、2013 年 6 月 14 日、
「日本再興戦略」の一つとして、
「大学等の基
礎的研究成果を革新的医薬品として実用化に導くため、医薬基盤研究所に設置した創薬支
援戦略室が本部機能を担い、理化学研究所、産業技術総合研究所等の連携による創薬支援
ネットワークをいわゆる、「日本版 NIH」(現在は「独立行政法人日本医療研究開発機構」
として国会で法案審議中である)の創設に先行して構築し、新薬創出に向けた研究開発を
支援する。
」ことが閣議決定された。この重要な政策遂行のため、創薬支援ネットワークの
本部機能を担う創薬支援戦略室が医薬基盤研究所に設置されその活動が軌道に乗りつつあ
るが、今回、同室を訪問して、二名調査役と陰山創薬支援戦略課長補佐に最新の活動状況
(訪問日:2014 年 3 月 3 日)
についてお話を伺った。
2. 創薬支援ネットワークの概要
創薬支援ネットワークは、「死の谷」と呼ばれる応用研究を成功に導くための“フル装
備”のインキュベータ機能を持つ日本初の公的創薬支援組織であり、文部科学省、経済産
業省並びに厚生労働省の支援のもと、理化学研究所、産業技術総合研究所及び医薬基盤研
究所が中心となって、オールジャパンでの連携体制を構築し、大学等の優れた基礎研究の
成果から革新的新薬の創出を支援する日本初の公的な創薬支援制度である(図 1)
。
- 17 -
第二章
〔2〕 医薬基盤研究所 創薬支援ネットワーク
図1.創薬支援ネットワークの概要
創薬支援ネットワークの構成メンバーには理化学研究所、産業技術総合研究所及び医薬
基盤研究所に加えて、テーマに応じて創薬連携研究機関が入る。例えば、バイオバンクや
ライブラリーの利用時には様々な大学や公的研究機関、民間企業等との連携が必要になる。
医薬基盤研究所及び理化学研究所は技術支援に要する費用を独自で負担するが、産業技術
総合研究所や創薬連携研究機関を利用する場合は、創薬支援ネットワークから資金を提供
する。CRO(Contract Research Organization :医薬品開発業務受託機関)や CMO
(Contract Manufacturing Organization:医薬品製造業務受託機関)等の民間企業は委
受託方式で参加することができる。
創薬支援ネットワークでは、国内の大学、公的研究機関、大学発ベンチャーで生み出さ
れた優れた創薬シーズの実用化(企業導出による製品化、医師主導治験による POC 取得)
に向けた活動が支援されるが、既に製薬企業と共同研究開発を実施しているテーマについ
ては対象外となる。当面、First in Class 創薬の支援に注力し、扱うシーズとしては低分
子化合物や天然物、生物製剤(ワクチン、抗体等)、核酸、細胞等広く設定している。また、
創薬に関連するバイオマーカーや診断薬については、一般診断薬は対象外であるが、コン
パニオン診断薬は支援対象である。疾患領域は 2012 年 6 月 6 日に内閣官房医療イノベー
ション推進室より出された「医療イノベーション 5 か年戦略」に則り、8 領域(がん、難
病・稀少病、肝炎、感染症、糖尿病、脳心臓血管系疾患、精神神経疾患、小児疾患)を重
点としているが、それら以外でもアンメットメディカルニーズのあるものは支援される。
- 18 -
第二章
〔2〕 医薬基盤研究所 創薬支援ネットワーク
創薬支援ネットワークによる研究の支援範囲は標的選択から前臨床試験までの応用研究が
中心となる。支援テーマの進捗や成果に関する情報公開を行っていく必要があるが、知財
戦略の関係もあり、現在それらの公開については合理的な方法を模索している段階である。
重点 8 領域に含まれる稀少疾病については、事業性の観点等から POC 取得までを創薬支
援ネットワーク自らの主導で実施することも想定されている。創薬支援ネットワークは臨
床施設を持たないことからそれらの実施のために橋渡し研究や臨床研究の拠点病院や
ARO との連携を始めている。今後、更に拠点病院との連携を深めるために、拠点病院では
手に余るシーズの受け入れについても検討を行っている。
3. 創薬支援戦略室の設立経緯
創薬支援戦略室の設立経緯は、東京大学医科学研究所の教授であった中村祐輔氏(現シ
カゴ大学医学部教授)が民主党政権に働きかけて設立された医療イノベーション推進室に
遡る。中村教授は医療イノベーション推進室の設立により、米国の NIH のようなライフ
サイエンスの研究開発を一元的に支援する組織、すなわち、「創薬支援機構」と言う独立
した組織の新設を目指していたが、理化学研究所や産業技術総合研究所等の既存の組織
(インフラ)を活用することが良いとの考えから「創薬支援ネットワーク」構想が生まれ
た。「創薬支援ネットワーク構想」を進めるためにはキーとなる組織が重要であり、医薬
品の創製と言うことから、2013 年 5 月 16 日、「創薬支援戦略室(Center for Innovative
Drug Discovery and Development (iD3))」が厚生労働省管轄の医薬基盤研究所内に設
立された。
創薬支援戦略室は多数の創薬エキスパート(コーディネーター)を含む 31 名で構成さ
れる日本初の本格的な公的創薬支援組織であり、東日本統括部(東京都港区虎ノ門)、西日
本統括部(大阪駅うめきた)及び創薬支援戦略課から構成されている(図 2)
。
図2.創薬支援戦略室の組織図
4. 創薬支援戦略室の特徴
創薬支援戦略室はネットワーク本部機能を担いうる経験豊富なエキスパートを製薬企
業や公的研究機関、特許庁等の在籍経験者から多数採用している。多数の大手製薬企業か
ら生え抜きの人材を登用し、製薬大手各社に蓄積されている失敗のリスク回避のノウハウ
を集結するとともに、創薬シーズを実用化するために必要となる探索薬理や創薬化学、安
- 19 -
第二章
〔2〕 医薬基盤研究所 創薬支援ネットワーク
全性・毒性評価、代謝・薬物動態、物性評価等の多様な専門性を有する人材を確保するこ
とで、専門家チームによる総合支援を初めて実現することが可能となった。
コーディネーターに求められる能力は以下のとおりである。
① アンメットメディカルニーズに照らした創薬シーズのグローバル製薬企業に匹敵する
国際標準の目利き評価
② 創薬シーズに応じた研究戦略策定
③ 創薬支援ネットワークに散在する先進技術を紡ぎ上げ、最適な創薬プロセスを保証
④ 最新のビジネス及び科学技術に関する高度な情報収集能力
5. 創薬支援戦略室の事業内容
現在、創薬支援戦略室では、創薬シーズ情報収集・評価(2013 年 5 月 16 日開始)、創
薬ナビ(2013 年 6 月 8 日開始)、創薬アーカイブ(2013 年 7 月 31 日開始)及び創薬ブー
スター(2013 年 9 月 25 日開始)の4つの事業を実施している。
(1)創薬シーズ情報収集・評価
創薬シーズ情報収集・評価では、専任コーディネーターが実用化の可能性の高い創薬シ
ーズ(新標的・新物質)に関する情報収集と目利き評価を行い、大学等の研究者や窓口担
当者との情報交換を行っている。創薬支援ネットワークで取り上げられる創薬シーズの選
択(実際に支援を行うシーズの選択)はコーディネーターが行っている。
(2)創薬ナビ
創薬ナビは、コーディネーターによる研究戦略及び技術面での課題解決に向けた無料相
談事業(図 3)であり、実用化の可能性が高いと判断された創薬シーズについては技術支
援等を実施している(
「(4)創薬ブースター」参照)。相談対象者は、創薬シーズを保有す
る大学・公的研究機関・大学発ベンチャー等の研究者となり、相談範囲(創薬研究及びコ
ンパニオン診断薬研究)は以下の 10 種類となっている。
① 創薬標的分子の探索・検証
② スクリーニング系の確立
③ HTS(High-throughput Screening)実施
④ 構造最適化
⑤ 非臨床試験(薬効薬理、安全性、代謝・薬物動態等)
⑥ CMC(Chemistry, Manufacturing and Controls、製造、品質等)
⑦ 製剤化(DDS を含む)
⑧ 研究計画(独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の実施する薬事戦略相
談への対応を含む)
⑨ 知財取得
⑩ コンパニオン診断薬開発(バイオマーカーの探索)
- 20 -
第二章
〔2〕 医薬基盤研究所 創薬支援ネットワーク
技術支援対象テーマと選定された後は、コーディネーターと大学等のシーズ保有者は一
緒になってプロジェクトを進め、対等の関係である。テーマの Go/ No Go の判断は、あら
かじめそのタイミングや判断材料、クライテリアを両者で協議して決めている。
図3.創薬ナビ
申込み~相談終了まで
(3)創薬アーカイブ
創薬アーカイブでは、優れたスクリーニング系や化合物構造最適化、薬効評価等に有用
な創薬技術の登録事業を行っており(図 4)、創薬プロジェクトとのマッチングを図ってい
る。
登録対象となる研究機関は、主に創薬標的分子の探索・検証段階から非臨床試験段階ま
での創薬研究に有用な技術を保有する大学、公的研究機関等の研究者、製薬企業、診断薬
開発企業、ベンチャー企業、CRO、CMO 等である。登録範囲は、創薬及びコンパニオン
診断薬研究に関する下記の内容に係る技術である。
① 創薬標的分子の探索・検証
② スクリーニング系の確立
③ HTS 実施
④ 構造最適化
⑤ 非臨床試験(薬効薬理、安全性、代謝・薬物動態等)
⑥ CMC(製造、品質等)
⑦ 製剤化(DDS を含む)
⑧ コンパニオン診断薬開発(バイオマーカーの探索)
⑨ その他
これら技術の知財面の裏付けの有無に関しては非常に複雑であることから、ケースごと
- 21 -
第二章
〔2〕 医薬基盤研究所 創薬支援ネットワーク
の判断を行っている。創薬ナビのシーズに関してはアンメットメディカルニーズが高いも
のであれば開発を希望する企業もあり、知財が無くても対応する場合がある。
図4.創薬アーカイブ
申込み~受付完了まで
(4)創薬ブースター
創薬ブースターでは、創薬支援ネットワークの技術・設備等を活用し、創薬シーズの実
用化を加速するために、探索研究から前臨床試験までの応用研究、権利化、企業連携等を
切れ目なく支援することを目的としている。理化学研究所、産業技術総合研究所による技
術支援に加え、創薬支援ネットワーク構成機関や CRO 等を活用した最適化研究並びに各
種前臨床試験の支援プログラムを計画している。なお、試験実施に必要な経費は創薬支援
戦略室もしくは創薬支援実施機関で負担している。支援対象は、大学や公的研究機関等で
実用化の可能性の高い創薬シーズを保有する研究者となっている。
6.成果の実用化に向けた出口戦略
創薬ブースターによって得られた成果については確実な実用化につなげるため、創薬支
援戦略室が製薬企業等への導出あるいは医師主導治験への橋渡しに係わる支援を行う。
理化学研究所や産業技術総合研究所、各大学、各公的研究機関にも出口戦略を支援する
部署として知財部門等が設置されており、ベンチャー育成も含め機能している。創薬支援
戦略室では、各機関の知財部門等と情報交換、連携を進めている。
研究成果の導出については日本国民の健康・医療への還元と言う観点から、日本国内で
の研究開発の実施が約束される限り、導出先企業の国籍は問わないことを基本方針として
いる。
- 22 -
第二章
〔2〕 医薬基盤研究所 創薬支援ネットワーク
7. 所感
米国では 1998 年から 2007 年にかけて FDA で承認された新薬の 50%以上が大学あるい
はベンチャー由来であったが、日本では同期間に承認された 23 品のうちわずか 4 品のみ
が大学発の医薬品であった。優れた創薬シーズが日本国内に数多くあり、今までは、各大
学、研究機関、地域連携等でそれらが育成されてきたが、十分に機能している状況とは言
えない。今回、省庁横断的に日本のアカデミア等発の創薬シーズを育成するための創薬支
援ネットワークが発足し、創薬支援戦略室を中心として実用化に向けた出口戦略策定等の
専門家による相談、創薬関連技術及び資金の総合支援が行われることになったことは、大
きな一歩であると思われる。今後、日本が医薬品の輸入超過の現状を一刻も早く脱し、世
界に向け画期的な医薬品を数多く輸出するためには、創薬支援戦略室を中心にした創薬支
援ネットワークが持続的に活性化することが重要になると考えられる。企業への出口戦略
で実績が上がり、大学等の創薬への関心が高まることで、更に多くの創薬シーズが生まれ
る良い循環が形成されることを祈りたい。
使用した図及び数値は、独立行政法人医薬基盤研究所創薬支援戦略室より提供された資料による。
無断転写、無断使用を禁ずる。
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第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
〔3〕理化学研究所
創薬・医療技術基盤プログラム
要 約
かつて創薬大国と言われた日本の地位が 1990 年以降、所謂 2010 年問題と相まって下
落している。この状況は、現在においても更に続いている。日本の創薬発展が担う国民
と人類の健康への貢献、及びグローバル化に伴う日本の健康への寄与度と、その創薬先
進国としての役割を考えると国家的に重要な課題であると言える。独立行政法人・理化
学研究所(以下、「理研」)の国家的使命の一部には、創薬の停滞状況を打開し、日本に
おける独自の創薬基盤を整備して、日本の新薬創出を軌道に乗せる事がある。このコン
セプトに基づき、2010 年 4 月に創薬・医療技術基盤プロジェクト(以下プロジェクト)
がスタートした。現在まで 3 年ほど経過しているが、理研の先端技術力と生命科学を含
む基礎研究基盤を融合したテーマ・プログラムが確実に前進し、既に出口を見いだし、
臨床研究に入っている課題がある。今後の理研の役割は、このシステムを理研以外にも
拡大し、新たに見出されたシーズの中からも、独立行政法人・医薬基盤研究所(以下、
「基盤研」
)創薬支援戦略室や、独立行政法人・産業技術総合研究所(以下、
「産総研」
)
の創薬分子プロファイリング研究センター(molprof)等との協働体制を組みながら、
医薬品候補を創出し、製薬企業や臨床研究を主導する医療機関に提供し、日本発の創薬
の推進を図るところにある。
1. はじめに
日本アカデミア発創薬研究で先行している理研の創薬への取り組みについて意見交換
を行うことは、今後の日本アカデミア発の創薬戦略動向を知る上で欠かせない機会である
ばかりでなく、今後の日本における創薬の着地点をどこに置くかを知る上でも重要な関心
事である。理研は 2010 年に創薬・医療技術基盤プログラムを立ち上げた。当委員会との
会議では本プログラムをプログラムディレクターとして牽引している後藤俊男氏、本プロ
グラムマネジメントオフィスに属するポートフォリオマネージャー山口時男氏、事業開発
室長吉田茂美氏、技術総括マネージャー藤田茂雄氏、横断プログラム推進室早田智紀氏に
出席して頂いた。また、理研(横浜)内の本プログラム関連施設として、構造・合成生物
学研究部門・創薬タンパク質解析基盤ユニットの NMR 棟(白水部門長による NMR 装置
の説明)、同部門 X 線関連施設(梅原ユニット:生命分子制御研究グループエピジェネテ
ィクス制御研究ユニットリーダーによる施設及び機器の説明)、創薬分子設計基盤ユニット
(本間チームリーダー:創薬分子設計基盤ユニット長による蛋白の分子設計法と計算によ
る構造解析法に関する説明)
、機能性ゲノム解析部門次世代シーケンサー施設(吉野上級研
究員による次世代シークエンサーと、その今後の使用展開についての説明)を見学させて
いただいた。この報告では後藤ディレクターの本プログラムについての説明に関し、その
(訪問日:2013 年 11 月 14 日)
重要な骨子を主内容とする。
- 24 -
第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
2. 理研の役割と歴史的背景
理研は財団法人として 1917 年(大正 6 年)に東京都文京区に設立された。設立者総代
は渋沢栄一氏であり、以来、鈴木梅太郎博士、高峰譲吉博士、朝永振一郎博士、仁科芳雄
博士、湯川秀樹博士等世界的に傑出した科学者を輩出してきた。戦前から、当研究所内か
らの発明を産業化に結びつけ、事業化することで研究資金を生み出すと言う当時としては
斬新なシステムを有していた。この企業グループは理研コンツェルンと呼ばれていたが、
このコンツェルン自体は第二次大戦後に GHQ により解体された。現在の理研は 1958 年
(昭和 33 年)に特殊法人として再出発したものであり、2003 年(平成 15 年)に文部科
学省所管の独立行政法人理化学研究所となり現在に至っている。現在の理事長は 2001 年
ノーベル化学賞受賞者の野依良治氏である。
3. 理研における研究体制
理研では、国の科学技術政策の方針に位置づけられるグリーンイノベーション・ライフ
イノベーションの実現といった重要な課題や、様々な社会的ニーズのうち科学技術により
達成しうると考えられる課題について、その達成に向けて戦略的・重点的に研究開発を推
進している。
さらに、組織横断型の研究プログラムとして 3 つのコアプログラム、即ち、創薬・医療
技術基盤、予防医療・診断技術開発(ライフイノベーション)、バイオマス工学(グリーン
イノベーション)があり、それぞれのコアが全所的に培ってきた技術や資源等の研究基盤
を横断的に活用しながら社会に貢献するために産学官の連携を推進している。また、最高
水準の研究開発を目指し、国家的・社会的ニーズを踏まえた課題達成を推進している(図
1)
。
図1.理研における研究体制
- 25 -
第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
理研の研究体制の大きな特徴は主任研究員制である。研究室の主催者である主任研究員
に対して、研究テーマの選定、人事、予算等の強力な権限を与え、研究者達の自由な発想
と自由裁量に基づいた研究によって、さまざまな成果が生み出されてきている。このよう
に理研における研究体制は、主任研究員が理研の高い総合力を活用して独創的な研究を推
進できる独自の先端的融合研究体制となっている。
4.理研の研究拠点及びリーダー
研究拠点は国内外にあるが、主な拠点は和光、横浜、大阪、神戸、播磨等にある。これ
らの拠点には研究センターがあり、
それぞれのセンター長によって統括されている。また、
拠点を跨いだ組織横断的な研究プログラムについては、それぞれのプログラムディレクタ
ーによって統括されている。
世界トップレベルの研究開発拠点として、Spring-8 と SACLA 等の施設がある播磨、ス
ーパーコンピュータ「京(けい)」のある神戸、重イオン発生施設(RI Beam Factory)の
ある和光(本部)
、ヒトと分子との相互作用を解き明かす計測・制御技術基盤を有する横浜、
バイオリソースの収集・保存・提供の拠点でバイオリソースセンターのある筑波がある。
これらは同時に国家戦略的な要請を充足させ得る研究機関でもある。
5.1990 年以降の日本の創薬分野での地位
1960 年から 1989 年に至る First in class 医薬品創出国の年次推移を見てみると、医薬
品を創出出来たのは日米欧の 10 カ国であり、そのうち日本は米国につぎ、第 2 位の創出
国であった(図 2)
。しかしながら、1990 年から 2002 年までの期間においては、米国が全
体の 53.3%を占めるに至ったのに対して、日本は 8.6%を占めるに過ぎず、現在もこの下
降傾向を辿っている。この理由として以下が挙げられる。即ち、この期間、米国ではアカ
デミア発のバイオベンチャーが次々と誕生し、活発な創薬活動が繰り広げられ、メガファ
ーマはそこから生まれた成果を企業買収等によって獲得する事で、大型医薬品の特許切れ
の問題(所謂 2010 年問題)を克服してきた。さらに、米国 NIH も新薬創出に意欲的に取
り組み、研究組織(センター群)の再編・統合により National Center for Advancing
Translational Sciences(NCATS)を設立してアカデミア発の創薬システムの構築を目指
してきている。
これに対して、日本ではアカデミア発創薬がバイオベンチャーの起業につながらず、日
本の基礎研究成果が企業の医薬品開発に結実していない状況があり、現在に至っている。
このような大きなギャップを生み出した原因が、基礎研究と臨床開発の間に存在する資金
不足、システム欠如にあり、年々そのギャップは広がる一方である。
このような状況を打開するために、日本におけるアカデミア発創薬戦略として野依良治
理事長のもと(野依イニシアチブ)
、2010 年、創薬・医療技術基盤プログラムが立ち上げ
られ、現在 3 年半が経過している。
- 26 -
第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
図2.First in class 医薬品創出国の年次推移
6.創薬・医療技術基盤プログラムについて
(1)概要
プログラムの目標は、理研内外のライフサイエンス基礎研究課題から創薬・医療技術を
生み出すスタンダードモデルを構築し、その成果を国民の健康・医療に結びつけることに
ある。これらの取り組みを通して日本の国際競争力強化に寄与していくことを目指してい
る。
より具体的に言えば、基礎研究から生まれたシーズを、製薬企業における創薬プロセス
や、医療の現場で実際に活用される技術に最適化させるため、創薬及び医療技術のテーマ・
プロジェクトとして推進する。また、基礎研究で培われた優れたシーズを発掘し、理研の
各センター等に設置された創薬基盤ユニットや外部ネットワークを活用して最適化を図り、
最終的に企業や医療機関に導出することを目標とする。
本プログラムの発足は 2010 年 4 月 1 日(第 2 期中期計画期間中に発足)、設置期間は
10 年間で 2020 年 3 月末までである。2012 年度の予算は 8.4 億円(2011 年度は 6 億円)
で理事長ファンドからの捻出である。
プログラムには 3 つの中心的な機能、「プログラムマネジメントオフィス」、「創薬・医
療技術を目指すテーマ・プロジェクト」、「テーマ推進のための創薬・医療技術プラットフ
ォーム」からなる(図 4 参照)。ここで言う「テーマ」とは創薬・医療技術の標的(シー
ズ)から最適化化合物群を選択するまでの研究をいい、選択した臨床開発候補品の前臨床
試験以降をプロジェクトと定義する(テーマ・プロジェクトのステージ定義の項目参照)。
- 27 -
第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
(2)プログラムの出口(図 3)
本プログラムは創薬・医療技術テーマ及びプロジェクトの推進をミッションとするが、
臨床機能を有さない理研自体の役割は臨床試験の前までのステージと言う事になる。そこ
で、プログラムの出口として以下の 3 つを設定している。
出口 1:創薬・医療技術標的(シード)特定段階での導出
基礎研究段階において、個別標的や疾患で企業と MTA や共同研究を立ち上
げた場合を想定している。
出口 2:開発品を包含出来る特許提出段階での導出
強い特許を出願した段階での企業とのアライアンスを想定している。
出口 3:臨床開発候補品或は臨床開発品段階での導出
臨床開発品(候補)段階での企業とのアライアンスを想定している。
以上のように、これら 3 つの出口は従来から基礎研究と臨床研究の間のギャップを埋め
るべく設定されたものである。それによって、理研は創薬標的の同定・解析から始まり、
創薬シードの創出、創薬リードの最適化、更に前臨床から臨床試験に至る各ステージを必
要な予算とシステムによってバランスよく管理・サポートし、保有する先進的なライフサ
イエンス基盤技術を駆使して早期に企業・医療機関への導出を目指している。
図3.3 つのプログラム出口を設定
- 28 -
第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
(3)テーマ・プロジェクトのステージの定義
ここで、本プログラムでのテーマ・プロジェクトのステージ(図 3 と図 5 で略号で表記)
の定義について以下に簡単に説明する。テーマ・プロジェクトの進捗状況は先述した S0
から P3 までの 11 段階に分類され、最終医薬品(又は医療技術)を包含しうる特許を取得
する L2 までのステージをテーマ、開発候補品を選択した L3 ステージ以降をプロジェクト
と呼ぶ。
① S0:ターゲットを同定した段階
② S1:スクリーニング系を構築し、スクリーニングを実施している段階
③ S2:ヒット化合物を発見し、シード化合物へ展開している段階
④ S3:有望な創薬シードが見つかり、リード化合物へ展開している段階
⑤ L1:動物試験で効果を示すリード化合物を発見し、最適化を行う段階
⑥ L2:いくつかの有望な化合物を同定し、non GLP 試験に進めるために最適化を進
めている段階
⑦ L3:non GLP 試験によって P0 候補化合物を選択する段階
⑧ P0:GLP 試験によって P1 候補化合物を選択する段階
⑨ P1/P2/P3:臨床試験の PhI/II/III に対応
以上のように定義されているが、この定義に基づいた各ステージの完了時において、中
止、中断を含めた出口を設定している。完了はしているが、何らかの理由で次のステージ
に進めないテーマも生じるが、このようなケースでマネジメント的な役割をするのがプロ
グラムマネジメントオフィスである。
(4)プログラムマネジメントオフィスとマトリックスマネジメントシステム(図 4)
本プログラム設立から 3 年を経て、その中に各創薬プロセスに不可欠の 8 つの創薬基盤
ユニットが環境資源科学研究センター、生命システム研究センター、統合生命医科学研究
センター、ライフサイエンス技術基盤研究センターに設置されており、それぞれの創薬関
連技術に対応している(http://www.riken.jp/research/labs/dmp/)。
創薬基盤ユニットのメンバーは各テーマ・プロジェクトリーダーのもとでテーマ・プロ
ジェクトを推進する。さらに、創薬基盤を有する各研究センターとプログラムとは、図 4
のようなマトリックス体制で各固有の研究とプログラム推進をバランスよく網羅しコント
ロールできる仕組みになっている。この役割を担うのがプログラムマネジメントオフィス
である。
プログラムマネジメントオフィスは以下のセクションからなり、プログラムディレクタ
ー後藤俊男氏が統括し、副ディレクター西川伸一氏が特に再生医療や細胞治療等の医療技
術面において補佐する体制になっている。
① 事業開発室:プログラム出口である企業・医療機関への導出を促進させる。室長、
事業開発マネージャーの他、導出に当たって主に薬事的な面からサポートする規制
科学マネージャー、並びに、主に前臨床から臨床までのプロセスにおいてトータル
なサポートをする役割を担う臨床開発マネージャーが配置されている。
② ポートフォリオマネージャー:テーマ・プロジェクトリーダーを支援する。テー
マ・プロジェクトの進捗状況を把握管理し、審議・見直しを行い、機動的なプログ
- 29 -
第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
ラム運営を行っている。
③ 技術総括マネージャー:理研内外での創薬技術パイプラインの整備を推進してい
る。ライブラリーからのシード化合物の探索システムの整備、in silico スクリーニ
ング、医薬品分子設計については「京」による分子動力学計算法の創薬応用へのパ
イプ役を担っている。
④ プロジェクトリーダー:前臨床試験段階以降の各々の開発プロジェクトにつき、
各プロジェクトリーダーは出口 3 に向け責任を負う事にしている。
以上のマネジメントオフィスとマトリックスマネジメントシステムにより、本プロ
グラムが司令塔として機能を果たすための意思決定機関として運営委員会がある。
テーマ・プロジェクトの運営に関しての重要事項が審議され、理研としての意思決
定に反映される。その他、推進機能に応じて、推進会議とテーマ・プロジェクト会
議が設置されている。
図4.理研の創薬・医療技術基盤体制
(5)本プログラムで実施中のテーマ・プロジェクト
プログラム発足当時の 2010 年 4 月には、理研センター内から 92 テーマ・6 プロジェク
トが候補として登録された。スタート時には、そのうちから重点的に絞り込んだ 18 のテ
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第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
ーマ・プロジェクトを選定した。その後、新たに選定したテーマ・プロジェクトも加え、
現在 30 のテーマ・プロジェクトを実施中であり、来年度には 35〜45 テーマ・プロジェク
トまで増える見込みである(図 5)。
① 創薬プロジェクト:7 プロジェクトのうち、出血性副作用のない血栓薬とアルツハイマ
ー治療薬については開発候補品を選定し、開発ベンチャーへの資本投資や開発資金の
手当をつけ、P0 で出口に到達(EXIT)している。
1)アルツハイマー型認知症向け根本治療薬の開発:株式会社産業革新機構 (INCJ)は、
株式会社ファルマエイトの第三者割り当て増資を引き受け、前臨床試験等の医薬品開
発の初期段階に必要な資金(5.5 億円)の投資を決定し、実行した。ファルマエイト
は、アルツハイマー型認知症の根本治療薬の開発を目指している京都大学発の創薬ベ
ンチャー企業である。理研と共同開発を行う事により、理研創薬・医療技術基盤プロ
グラムの支援及び理研の最先端技術を利用すると共に、アルツハイマー研究の最先端
の知見も活用して、当該薬の開発を行っていく予定である。
2)出血性副作用のない抗血栓薬:JST は課題名 PAI-1 阻害に基づく造血幹細胞移植で
の造血機能改善薬を A-STEP「本格的研究開発ステージ実用化挑戦タイプ(創薬開発)」
としてベンチャー企業株式会社レナサイエンスに資金提供する事を決定した。
② 創薬テーマ:がん領域から 11、感染症領域から 4、脳神経疾患領域から 3、骨形成疾患
領域から 2、自己免疫疾患領域から 3、消化器疾患領域、循環疾患領域、体内診断薬領
域から各々1、総計 26 テーマを選定している。このうち、白血病幹細胞治療、FOP
治療がシード段階(S0)から現在リード最適化段階(L1)に進み、複数のテーマは中
止している。最近の 2 つのトピックスについて以下に事例を述べる。
1) 白血病再発の主原因<白血病幹細胞>を標的とした低分子化合物を同定した。急性
骨髄性白血病に対する生体内での効果をマウスで確認した 4)。
2)「滲出型加齢黄斑変性に対する自家 iPS 細胞由来網膜色素上皮移植に関する臨床研
究」の実施を機関決定し、EXIT3 に入った。
・ iPS 細胞を用いた加齢黄斑変性症の網膜色素上皮細胞治療」に係る特許を(株)
ヘリオス社(旧社名(株)日本網膜研究所)にライセンス許諾した。
・日本網膜研究所と大日本住友製薬株式会社他は iPS 細胞技術の実用化を加速する
ため、資本提携に合意した。
③ 創薬テーマ・プロジェクト選定のスキーム
以上の創薬テーマ・プロジェクトは、理研内部から、あるいは大学や研究機関からのシ
ーズを 候補登録したものと公募によりエントリーされたものとがある。最終的には新
規テーマ審査会
で選定する。選定ガイドラインに関する重要な 6 項目として、疾患
領域、メカニズムの新規性と信頼性、ドラッガビリティ(薬剤としての適性)、先行品
情報、研究ステージにおける優先順及び研究リーダーについて定めている。
1)疾患領域:理研創薬の重要なコンセプトとも言うべきもので、企業では取り組みが困
難な疾患、
コマーシャルベースに乗らないが大きなアンメットメディカルニーズのあ
る疾患として、アルツハイマー病や難治性がん等の難病を取り上げ、アカデミア創薬
の視点からオーファン、ネグレクテッドも視野に入れている。また、理研の先端技術
でしか 取り上げる事が出来ないような、iPS 細胞を利用した細胞治療や先端的な計
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第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
図5.プログラムで実施中のテーマ・プロジェクト
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第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
測技術、蛋白構造解析基盤を駆使した低分子化合物の開発も対象としている。
2)研究リーダー:テーマ・プロジェクトのリーダーとして、創薬を推進する中核となる。
より詳細なテーマ・プロジェクトの選定とステージアップのためのガイドラインにつ
いては本プログラムのホームページ、http://www.riken.jp/dmp/contens3b.html を参
照されたい。
④ 創薬テーマ・プロジェクトのメンバー構成、ステージアップとそのマネジメント
テーマ提案者はテーマリーダーとなり、ポートフォリオマネージャーの支援を受けて
各創薬基盤ユニットから推薦されたチームメンバーをリードしながら、テーマを推進
させる。各ステージにエントリーするためには、それぞれの条件があり、そのハード
ルを超えながら次のステージに入る。テーマがプロジェクトに昇格した時点で、プロ
ジェクトリーダー(ほとんどテーマリーダーが継承する)が臨床試験に向けてチーム
を結成する。L3 以降で必要となるイメージング基盤、薬事的なサポートをする規制科
学マネージャー、外部基盤を活用する臨床開発マネージャーが各創薬シーンでサポー
ト体制を担っている。(http://www.riken.jp/dmp/contens2.html)
(6)テーマ推進の為の先進的な創薬・医療技術プラットフォーム
理研では多機能な技術基盤をカバーするための 8 つの創薬・医療技術の基盤ユニット
群[ケミカルバンク、シード化合物探索、創薬分子設計、先端計算科学、タンパク質解析、
抗体、創薬化学、イメージング]と技術革新に対応するために3つの先鋭・育成基盤[次
世代シーケンス、細胞イメージング、RNA 干渉]を設けている。各創薬プロセスと創
薬・医療技術基盤とは以下の関係にある(図 6 および 7)
。
① 疾患原因タンパク質等の創薬標的の同定・解析については、次世代シーケンス基盤
が対応している。
② シード化合物を見いだすプロセスでは、ケミカルバンク基盤、シード化合物探索基盤、
創薬分子設計基盤及びタンパク質解析基盤が対応している。先鋭・育成基盤として、
細胞イメージング基盤が設置されている。
③ リード創出プロセス及びリード化合物最適化プロセスでは、タンパク質解析基盤、創
薬化学基盤、創薬イメージング基盤を設置している。
④ 抗体医薬では、抗体基盤(準備中)が抗原タンパク質調製機能を持つタンパク質解析
基盤と連携して研究を進めることになる。また、核酸医薬の領域においては先鋭・
育成基盤として RNA 干渉基盤が設置されている。
(7)外部関係機関との連携
創薬テーマ・プロジェクトではオールジャパン体制で日本独自の創薬開発に取り組むた
めに、①テーマの基礎研究における大学や研究機関との連携、②外部連携基盤としての大
学や研究機関等との連携、③外部試験機関へのアウトソーシング、④資金供給企業との連
携、⑤臨床機関との連携、を幅広く推進している。特に理研は病院等の臨床機能を保有し
ていないので、創薬・医療技術についての臨床研究や臨床試験を実施できない。それ故に、
臨床機関との連携は最後の出口として最も重要である。
テーマ・プロジェクト推進のコンセプトが、基礎研究領域と臨床領域のギャップを埋め
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第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
図6.最先端技術と創薬・医療技術基盤
図7.蛋白構造解析基盤と創薬
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第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
る為の企業への橋渡しにある事は先述してきた。しかし、橋渡しと言えども、臨床 POC
(proof of concept)が取得出来てはじめて企業との接触が可能となるケースも多い。そこ
で、2012 年 3 月 12 日に国立病院機構と理研は包括的な連携協定を締結し、その第一弾と
して、肺がんを対象とした NKT プロジェクトがスタートしている。これは、千葉大学医
学部の参画を得て、国立病院機構名古屋医療センター等で理研・統合生命医科学研究セン
ター発の開発候補品が臨床試験に移行している。また、資金の確保の面では、2012 年 7
月 12 日に株式会社産業革新機構との間にオープンイノベーション推進に向けた相互協力
協定を締結し、出口 2 及び出口 3 での EXIT を促進しようとしており、その最初の例が前
述したアルツハイマー病治療薬プロジェクトである。
創薬・医療技術テーマ、プロジェクトのアライアンス、連携、提携については理研事業
開発室のホームページ:http://www.riken.jp/dmp/bus_dev_top.html を参照されたい。
7.今後の展開とネットワーク構想
(1)創薬支援ネットワーク構想
2013 年 5 月 16 日に基盤研に創薬支援戦略室が設立され、創薬支援ネットワーク構想が
一歩具体化した(図 8)。このネットワーク構築のコンセプトは、アカデミア発の創薬シー
ズを対象とした橋渡し機能を強化し、基礎研究の成果を医薬品の実用化に繋げるため、医
薬基盤研究所が中心になって、理研及び産総研と連携しながら、大学・研究機関や関係府
庁で構成するネットワークを構築し、有望なシーズに対して切れ目の無い支援を行う事に
ある。この構想構築にあたっては、理研の創薬・医療技術基盤プログラムがコアモデルと
して検討された。このように本プログラムと創薬支援ネットワークは設立目的を同じくし
ているので、今後も継続的に協力しあっていく事で重要性を増してくる事になる。
(2) 創薬支援ネットワークにおける協働体制
前記の創薬支援ネットワーク構想における、3 極:理研、基盤研(創薬支援戦略室)、産
総研の役割であるが、理研は専ら創薬プロセスを強力に推進する実務部隊の役割である。
即ち、各研究センターに設置してある各基盤ユニット:創薬ケミカル基盤ユニット、創薬
シード化合物探索基盤ユニット、創薬先端計算科学基盤ユニット、創薬抗体基盤ユニット、
創薬タンパク質解析基盤ユニット、創薬分子設計基盤ユニット、創薬化学基盤ユニット、
創薬・医療技術イメージング基盤ユニットに加え、SACLA、Spring-8、スーパーコンピュ
ータ「京」等の研究基盤を利用した探索研究及び最適化研究を実行して行く。産総研では
独自技術として開発している、創薬分子プロファイリング研究センター(molprof)の定
量プロテオミクスによる標的分子同定技術、アッセイ系作製技術や理論分子設計技術等、
並びに世界最大級の天然物ライブラリー等により理研の探索研究及び最適化研究を強力
にサポートする(図 9)
。そして、ネットワークの司令塔とでも言うべき基盤研内に設置し
てある創薬支援戦略室が中心となり、体制整備、創薬プラットフォーム構築並びに、アカ
デミアの有望シーズの探索、評価、選定を行い、支援体制を固めて行く。
現在のネットワーク構想は、オールジャパンでの創薬支援体制の構築に向けてスタート
したばかりではあるが、必ずや本プログラムはアカデミア発創薬の一翼として、日本が目
指す健康・医療イノベーションに貢献出来るものと確信している。
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第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
図8.創薬支援ネットワークでの連携・協力体制
図9.ネットワークにおける molprof/DMP の協働体制
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第二章
〔3〕 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム
8. 所感
理研の歴史的背景、現在の姿、各研究施設との繋がりと位置づけ、国家戦略としての創
薬への結びつきに関して、今まで報告者を含め産業側が認識不足であったことは否めない。
医薬品創出国の年次推移を見ると、ここ 10 年では米国が 50%以上を占め、日本は欧州各
国よりは高いとはいえ、歴然たるギャップがある。米国の医薬品創出において NIH 等の
官並びにバイオベンチャーを育成してきた産及び学の果たして来た役割は非常に大きい
と感じる。日本でも、この認識から日本版 NIH 構想が出てきている。現在の理研の先端
技術・施設規模、基礎研究力の世界レベルのポテンシャルを見れば、その構想の実現は可
能であり、10 年後の将来、米国と肩を並べ世界の医療に貢献している理研の姿を想像して
いる。
参考文献
1)
後藤俊男:日本アカデミア発の創薬戦略:理化学研究所の取り組み、細胞工
学:Vol.32,
No.6,
649-654(2013)
2)
理化学研究所ホームページ:http://www.riken.jp/dmp/
3)
山口 時 男: 日 本ア カ デ ミア 発 創薬 の 支援 プ ロ グラ ム 、日 薬 理誌 ( Folia
Pharmacol.Jpn):Vol.142,
4)
241-246(2013)
Saito et al. “A pyrolo-pyrimidine derivative targets human primary AML
stem cells in vivo”.
Science Translational Medicine, 17 April 2013:
Vol.5, Issue 181.
使用した図及び数値は、独立行政法人理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラムより提供された資料
による。
無断転写、無断使用を禁ずる。
- 37 -
第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
〔4〕理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
要 約
国家的な大規模プロジェクトとして開発と整備が進められたスーパーコンピュータ
「京」は、世界のスーパーコンピュータ性能ランキング TOP500 において 2011 年 6 月
と 11 月の二期連続で世界一となった。また、10 ペタフロッブス級の計算能力を有する
世界最高水準の計算機であり「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律(2006
年 7 月施工)」に基づく共用施設でもある。この共用施設が計算機科学と計算科学分野
の連携と融合を促す国際的な研究拠点の形成に寄与し、優れた研究成果を創出するため
に、理化学研究所(以下理研)は 2010 年 7 月に計算科学研究機構(Advanced Institute
for Computational Science、AICS)を設立した。
計算科学研究機構は「京」の運用と共に産業利用を含む活用機会の拡大を目指し、種々
の施策を講じている。また、国は「京」を活用することで社会的・学術的に大きなブレ
ークスルーが期待できる 5 分野を指定し、研究開発を推進する HPCI 戦略プログラム
(HPCI は High Performance Computing Infrastructure の略)を実施している。創薬
に関しては、「予測する生命科学・医療及び創薬基盤」という分野テーマ設定の下、研
究の遂行と共に創薬での計算科学コミュニティの発展、育成、ユーザーの支援、教育に
も貢献している。また、コンピュータ創薬を目指し、製薬会社研究員も多数参画する産
学コンソーシアムも立ち上がっている。
一方、理研生命システム研究センターでは「京」と専用のスーパーコンピュータの両
方を使い分け、分子動力学シミュレーションに基づく標的蛋白と化合物の結合過程の解
析から、リード化合物の最適化や新規標的部位の発見を目指した研究が進められている。
1. はじめに
次世代スーパーコンピュータ研究開発プロジェクトは 2009 年 11 月 13 日の行政刷新会
議「事業仕分け」で一度は凍結された。その後、科学技術関連団体などの緊急声明発表や、
ノーベル賞、フィールズ賞の日本人受賞者による緊急会見などにより、1 か月後の大臣折
衝で予算計上されことになった経緯は大きく報道で取り上げられたため、記憶されている
方も多いと思われる。
この次世代スーパーコンピュータは 2010 年 7 月の愛称募集により「京(けい)」と命名
された。次世代スーパーコンピューティング技術は、第 3 期科学技術基本計画(2006 年 3
月閣議決定)において、国家規模プロジェクトとして集中的に投資される「国家基幹技術」
の一つと位置づけられ、文部科学省及び理研が開発と整備を進めてきた。今回、計算科学
研究機構とスーパーコンピュータ「京」の概要について計算科学研究機構広報国際室及び
伊藤聡コーディネータに説明していただいた。
「京」のシステム概要及び運用に必要な設備
について詳細を報告すると共に全体像を紹介する。また、共用施設として適切な運用がで
きるように設立された計算科学研究機構(AICS)の概要、及び創薬への応用の現状をクロ
ーズアップして報告する。
- 38 -
第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
更に、実際の高性能計算の創薬応用に関するこれまでの研究成果と今後の課題について、
理研生命システム研究センターの泰地真弘人副センター長にもお話を伺ったので紹介する。
泰地副センター長の研究グループは理研 創薬・医療技術基盤プログラムでの創薬基盤ユニ
ットの一つである、創薬先端計算科学基盤ユニットを兼ねており、理研における創薬プロ
(訪問日:2013 年 12 月 12 日)
グラムの技術支援に当たっている。
2. スーパーコンピュータ「京」の概要
次世代スーパーコンピュータプロジェクトは 2005 年に文部科学省から委託を受けた理
研が中心となって進められた。当初、ベクトル型とスカラ型からなる汎用複合システムを
開発することが決定し、日本電気と日立製作所がベクトル型を、富士通がスカラ型の詳細
設計を担当することになった。しかし日本電気と日立製作所が撤退したことにより、スカ
ラ型単独で開発を進めることになった。2011 年 8 月、富士通より最終構成となる 864 筐
体全ての搬入と据付が完了した。一方、計算科学研究機構はこれより先、2010 年 7 月に
設置され、
「京」の共用施設としての運用と幅広い活用・研究を推進している。
スーパーコンピュータ「京」のプロセッサ部は 45nm 半導体技術により作成されたスカ
ラ型 CPU を採用している。スカラ型スーパーコンピュータは、データを細かい単位で順
次処理する仕組みの CPU を複数個ネットワークで結合して構成されるタイプのシステム
であり、複雑なデータアクセスを行なう計算によく用いられ、世界的に主流になっている。
計算ノード間ネットワークには 6 次元メッシュ/トーラス結合の直接結合網を採用する
ことで、例えば何処かの CPU(計算ノード)が故障しても全体のシステムを止めることな
く交換可能となり、ユーザー利便性、耐故障性・運用性の向上につながっている。冷却は
水冷システムを導入することにより、効率よくシステムを冷却して消費電力を削減すると
共に、故障率を低減している。スーパーコンピュータ「京」は全体で 864 のラックで構成
されている。1 ラックは 102 ノード(CPU)、24 枚のシステムボード、IO 用システムボー
ド、磁気ディスク、電源で構成されている。このため全体での CPU 数は 88128 個となる。
この能力は数十万台の高速パーソナルコンピュータに相当する。数百ペタバイト超級まで
拡張可能な高機能・超大規模ファイルシステムを用い、数十ペタバイトのユーザー領域を
提供している。OS は Linux ベースとしたものであり、科学技術分野で広く使われている
Fortran、C/C++などの言語環境、さらに並列化用の標準ライブラリーである MPI などを
サポートしている(図 1)。
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第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
図1.
スーパーコンピュータ「京」の概要
3. 計算科学研究機構の概要
計算科学研究機構は、コンピュータシミュレーションにより、科学的に未来を見通す「予
測の科学」の確立を目指し 2010 年 7 月に発足した。神戸市のポートアイランドにあり、
スーパーコンピュータ「京」が設置してある計算機棟は震度 6 強レベルの大地震でも主要
な機能を確保できる免震システムを採用している。
「京」は常時 10,000kw 以上の電力を消
費し、その電力は熱に変わってしまうので、熱源機械棟で消費電量を安定に供給し、廃熱
を確実に除去かつ有効再利用することにより「京」の性能を最大限に引き出している。ま
た、敷地内に特別高圧受電施設を併設している。
計算科学研究機構の基本コンセプトは以下の 3 つであり(図 2)、これらのコンセプトを
元に組織が構成されている。
・利用者視点に立つ共用施設としてスーパーコンピュータ「京」を運用
・計算機科学と計算科学の連携により科学技術のブレークスルーを生み出す国際的な
研究開発拠点の構築
・わが国の計算科学技術の在り方、将来構想の策定
大きく分けて運用技術部門と研究部門がある。運用技術部門は、「京」及びシステム稼動
に必要な施設設備、ネットワーク設備の管理・運用を行なうとともに、
「京」のシステム利
用技術の高度化、施設設備と連携したシステム運用技術の高度化に関する研究開発を進め
ている。また、文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・
インフラ(HPCI)
」計画について、HPCI システム運用における技術調整を行なっている。
- 40 -
第二章
図2.
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
計算科学研究機構の基本コンセプトと組織体制(2013 年 11 月現在)
研究部門は、スーパーコンピュータ「京」の能力を限界近くまで発揮させるために、計
算科学と計算機科学を融合・発展させ、新しい分野である「学際計算科学」の確立を目指
している。計算科学は、物理・化学・生物・医学・工学などの分野において超大規模数値
シミュレーションという新しい方法論を用いて研究・開発を行なう。一方、計算機科学は
コンピュータの方式設計、問題解決の方法・手続きアルゴリズム、コンピュータの持つ演
算・記憶資源の管理やコンピュータ同士の通信等を制御するシステムソフトウエア、アプ
リケーションプログラムの開発環境などの研究・開発を行なう。計算科学研究機構の研究
部門では、この計算科学と計算機科学という二つの分野の研究者が一堂に会していると言
う特徴があり、より計算科学と計算機科学を融合・発展させる環境が整っていると考えら
れる。
4. スーパーコンピュータ「京」の利用状況
スーパーコンピュータ「京」の利用枠は図 3 に示すように、3 つ設定されている。
「トッ
プダウンによる戦略プログラム利用枠」は重点 5 分野が指定されている。「ボトムアップ
による一般利用枠」は広く課題を公募し、産業利用枠の設定をはじめ、産業利用の促進に
配慮した選考・支援の仕組みが検討されている。
「京調整高度化枠」は計算科学研究機構が
実施する共通基盤研究、高度化研究のための利用枠である。
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第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
図3.
スーパーコンピュータ「京」の利用枠
(1)戦略プログラム枠
「戦略プログラム枠」についてさらに詳しく解説を行なうと、以下に示すように 5 つの
研究分野が設定されている。
第 1 分野の「予測する生命科学・医療及び創薬基盤」として以下の 4 つの課題を設定し
ている。「細胞内分子ダイナミクスのシミュレーション」、「創薬応用シミュレーション」、
「予測医療に向けた階層統合シミュレーション」そして「大規模生命データの解析」であ
る。これらの課題を解決することにより、生体分子から細胞、臓器、全身にわたる生命現
象を予測することができるようになり、効果が高く副作用が少ない画期的な医薬品を開発
できると考えられている。
第 2 分野の「新物質・エネルギー創成」としては以下の 5 つの課題を設定している。
「新
量子相・新物質基礎科学」、
「次世代先端デバイス科学」、「分子機能と物質変換」、「エネル
ギー変換」及び「マルチスケール材料科学」である。これらの課題から、次世代電子デバ
イス開発の指針やクリーンエネルギーの効率的創出等、物質科学の新たな世代を築くこと
を目標としている。
第 3 分野の「防災・減災に資する地球変動予測」としては 6 つあり、
「地球規模の気候・
環境変動予測に関する研究」
、「超高精度メソスケール気象予測の実証」、「地震の予測制度
の高度化に関する研究」、「津波の予測制度の高度化に関する研究」、「都市全域の地震等自
然災害シミュレーションに関する研究」及び「計算科学技術の推進体制の構築」であり、
天候や地震、津波の高精度予測により、効果的な防災・減災対策を講じることができる。
- 42 -
第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
第 4 分野の「次世代ものづくり」には 3 つの課題が設定されている。「プロダクトイノ
ベーション」、
「プロセスイノベーション」及び「安心・安全社会の構築」であり、プロセ
スの質的・時間的なブレークスルーと革新的技術・製品の早期創出の実現を目指している。
第 5 分野の「物質と宇宙の起源と構造」の課題は 4 つが設定されている。
「格子 QCD に
よる物理点でのバリオン間相互作用の決定」、「大規模量子多体計算による核物質性解明と
その応用」
、「超新星爆発及びブラックホール誕生過程の解明」及び「ダークマター密度ゆ
らぎから生まれる第1世代天体形成」を研究することにより、物質と宇宙の起源と構造を
統一的に理解することを目的としている。
(2)産業利用枠
産業利用枠では、利用者の目的に合わせて利用できる制度が設けてあり、これまで「京」
を利用した企業は総勢 83 社となっている(図 4)。随時受付の利用環境評価フェーズ(ト
ライアルユース)は、現時点までに 19 社が利用している。HPC 実証フェーズ(実証利用)
は 26 社が利用している、この 2 つのフェーズでは成果を公開する必要があるが、無償で
使用することができる。成果公開に関しては、特許出願、公開までの期間は非公開にでき
る等の優遇措置が取られている。成果を非公開にできる成果創出フェーズ(個別利用)は
有償であり、9 社が利用している。2013 年度の利用料金は 12.68 円/ノード時間が基本で
ある(図 5)。
図4.
スーパーコンピュータ「京」の利用企業
- 43 -
第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
図5.
スーパーコンピュータ「京」の産業利用体制
大学、独立行政法人、産業界等の幅広い利用者のニーズは一般社団法人 HPCI コンソー
シアムで集約して国等へ提言を行なう。また、計算科学振興財団(FOCUS)、計算科学研
究機構(AICS)、高度情報科学技術研究機構(RIST)が連携して、シミュレーション技術
の普及・啓蒙活動や利用者の支援を行なう(図 6)。
図6.
スーパーコンピュータ「京」の利用にあたっての支援策
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第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
5. スーパーコンピュータ「京」を用いた創薬基盤の構築
創薬の基盤構築のために HPCI 戦略プログラムとして「予測する生命科学・医療及び創
薬基盤」がある。以下の 4 つの研究課題が設定されている。
課題 1「細胞内部ダイナミックスのシミュレーション」は以下の研究を行う。
① 大規模シミュレーションを実施する。
② 細胞内のタンパク質の運動を計測データと直接比較することで、生命現象の理解と
予測をおこなう。
③ タンパク質の動態理解から阻害剤の開発等の創薬に繋がるシミュレーションを行う
ことにより、疾患と細胞内でのタンパク質動態の関係等を導き出し、創薬に発展さ
せる。
課題 2「創薬応用シミュレーション」は、分子動力学シミュレーションでタンパク質とリ
ガンドの結合自由エネルギーを高精度に計算して、創薬プロセスを革新する新しい
Computer Aided Drug Design(CADD)技術の確立を目指す。
課題 3「予測医療に向けた階層統合シミュレーション」は、以下の研究を実施している。
①
心筋梗塞・脳梗塞のマルチスケールシミュレーション
② 疾患の治療・薬効評価のためのマルチスケール・マルチフィジクス心臓シミュレー
ション
③ 神経疾患における運動機能障害解明のための全身筋骨格-神経統合シミュレーショ
ンを実行し、これらのシミュレーションの統合を進め、病態の予測と治療支援、薬
効の評価などを行なう筋骨格-神経-循環器系統合シミュレータを開発する。
課題 4「大規模生命データ解析」として、超高速・低コストで網羅的な解析ができるよう
になった大規模シークエンサーデータ解析基盤を整備した上で、生命プログラムの複雑
性・多様性や進化をゲノムにより理解する研究と同時に、ゲノムを基軸として生体分子
ネットワーク解析を行なうことを目的としている。
これらの 4 つの課題の研究では、生命科学分野は理研が代表機関となり、全国の大学研
究期間が参画し共同して研究を行なっており、計算科学技術の飛躍的な発展を目指して画
期的な成果を生み出すことを目標としている。また、計算科学技術コミュニティの発展・
育成を行なうために、①HPCI 活用のための高度化推進として、医療や製薬関連企業の研
究者を含む国内外の関連する研究者が必要な計算機環境を整備し運用している。また、
「京」
を中心とする HPCI の利用に際してはプログラム技術やノウハウが必要なため、ユーザー
の支援を行なっている。②アウトリーチ活動としては、若い人材の支援プログラムの実施、
「SCLS 計算機システム(Supercomputational Life Science、「京」互換スーパーコンピ
ュータシステム)」の計算機資源を、創薬・医療などの生命科学研究者らに提供し、「京」
を中心とした HPCI への参画を促進している。
また、HPCI 戦略プログラム以外の産業利用枠を使用するため、NPO 法人バイオグリッ
ドセンター関西が製薬企業 11 社、IT 企業 2 社、京都大学、産業技術総合研究所、理研
HPCI 企画調整グループ等を取りまとめ、①コンピュータ創薬の根本課題に挑戦、②製薬
会社による現場利用に耐えうる計算フロー(計算精度と計算時間)の構築、③わが国のコ
ンピュータ創薬の中心拠点形成、を目標に創薬基盤の構築を行なっている。
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第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
6. 分子動力学シミュレーション: 創薬研究でのこれまでの成果と今後の課題
スーパーコンピュータ「京」を用いた高性能計算はどのように創薬に応用され、今後期
待されているのだろうか。最も期待されているのは有効な新薬候補物質の発見・創出であ
り、さらには副作用の予測、薬物動態評価などである。今後は薬剤応答の予測などが期待
されている。
このようなシミュレーションはどのように行なわれるのだろうか、基本的には分子動力
学(molecular dynamics, MD)を用いて原子の運動を計算するもので、タンパク質など
の柔らかい分子のシミュレーションに多く使われる計算方法が用いられている(図 7)。
図7.
分子動力学シミュレーションの基本原理
創薬における段階的なスクリーニングを考えた場合、ターゲット物質の運動を考えない
でシミュレーションする分子ドッキングの方法とターゲット物質の運動まで考慮してシミ
ュレーションする MD がある。分子ドッキングと MD との効率を比較すると MD が高効
率でターゲット物質を見出すことが証明されている(図 8)。
MD にはいくつか種類がある。MD-PBSA(molecular dynamics Poisson-Boltzmann
surface area)に比べ 100 倍程度の計算量が必要で、熱力学的にはより精度が向上する
MP-CAFEE(massively parallel computation of absolute binding free energy)がある。
実際の実験結果とシミュレーションを比較した場合、MP-CAFEE の方が良い相関性を示
すという。このようなシミュレーションを用いて LEAD 化合物からさらに最適化した化合
物を導いた例も報告されている(図 9)
。
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第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
図8.
図9.
分子動力学シミュレーションと分子ドッキングの比較
分子動力学シミュレーションに基づく化合物最適化
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第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
スーパーコンピュータ「京」で計算可能な MD 計算規模は MP-CAFFE で 1 日 10 から
100 化合物と予測される(図 10)。しかし、結晶構造がない、複合体構造がない、あるい
は骨格が異なる場合などは MP-CAFEE でもうまくいかない場合がある。
シミュレーションによる創薬では、結晶構造を得ていないと高精度の評価を行なうこと
ができない。ターゲット物資が結合した時の構造変化の評価をどのように行なうかが重要
となる。リガンド結合、複合体結合、水中・膜中構造、SNP による構造変化などタンパク
質の構造予測・構造の最適化には長時間 MD を行なうことによりシミュレーションが可能
であり、計算創薬の適用範囲が拡大すると考えられる。
図10.
スーパーコンピュータ「京」による MD 計算
しかし、スーパーコンピュータ「京」では他のプロジェクトが同時に進行しており、長
時間連続して使用できないのが現状である。また、京では並列化の限界から長時間計算を
実施することがそもそも不可能である。これを打破するために長時間 MD の計算が可能な
専用のスーパーコンピュータの開発が進められており、理研では MDGRAPE-4 として開
発中である。「京」に比べると、全体的な計算能力は落ちるが、長時間 MD 専用でシミュ
レーションを行なうことが可能となる(図 11)
。
スーパーコンピュータ「京」と MDGRAPE-4 を用いて、より強固な創薬基盤の創設が
行なわれようとしている。①大規模計算によるターゲット物質のスクリーニングと薬剤の
結合過程の解析、及び②結合過程での構造変化が追跡できる長時間 MD シミュレーション
システムでの新規標的部位の検索などを組み合わせて、新たなターゲット物質の選択と創
薬のスピード化が大いに期待される(図 12)。
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第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
図11.
図12.
MDGRAPE-4 と「京」の比較
分子動力学シミュレーションの今後の展望
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第二章
〔4〕 理化学研究所 計算科学研究機構並びに生命システム研究センター
7. 所感
「京」の開発費は建屋等も含めて 1,111 億円で年間 80 億円(電気代、計算機保守費、
運営費等)の運用費がかかっている。米国のスーパーコンピュータ関連の国家予算が年間
1,500 億円程度であることと比べて安いか、高いかであるが、2009 年の事業仕分け政策で
議論になったように、スーパーコンピュータを活かしてどのような政策効果を実現してい
くのかが重要である。国家戦略のみではなく日米共同体制の構築などの模索等、幾つかの
課題があるのは事実であり、検証しながら進むべきだと考えられる。創薬でのスーパーコ
ンピュータ「京」利用については、着実に進んでおり、目的化合物の探索や効果と副作用
の予測などにおいて、
システムの開発効率や開発スピードなどは飛躍的に良くなっており、
近い将来シミュレーションで選択された化合物が臨床応用されるものと考えられる。
これらのシミュレーションの効率を高めるためには、より正確な蛋白質立体構造の把握
と多くのリード化合物のデータベース化が必要となる。これらの基礎研究を効率的に進め
るためには、国家戦略にもなっている研究基盤事業(理研施設である放射光施設 SPring-8
や SACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser、X 線自由電子レー
ザー施設)などの有効利用や産総研の天然物ライブラリー・データベースなど)で基礎技
術を複合的に統合していくことが必須であると考えられる。
また、製薬会社自体が合併統合により多国籍化する現実において、国民の税金を使った
国家戦略としてどのような政策効果を期待するかは常に検証しながら進めるべきだと考え
られる。
使用した図及び数値は、独立行政法人理化学研究所 計算科学研究機構及び生命システム研究センターよ
り提供された資料による。無断転写、無断使用を禁ず。
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第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
〔5〕産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
要 約
独立行政法人産業技術総合研究所(以下、産総研)のライフサイエンス分野は、「技
術を医療へ」を合言葉に、健康長寿社会を支えるべく、創薬支援技術、健康状態の計測
評価技術、微生物・植物による物質生産技術を柱とした融合技術の研究開発を展開して
いる。その中でも強力に創薬支援活動を担っているバイオメディカル研究部門及び創薬
分子プロファイリング研究センターについて情報収集した。産総研は、自らが化合物ス
クリーニング等の創薬を行うわけではなく、創薬を支援するための、世界の中でも独自
の新規技術開発に特化している。これらの技術を用いて、製薬企業との協働はもちろん
のこと、独立行政法人理化学研究所(以下、理研)及び独立行政法人医薬基盤研究所(以
下、基盤研)創薬支援戦略室との創薬支援ネットワークにより、アカデミア創薬を推進
することが期待されている。
1.はじめに
産総研
1)は日本の産業を支える環境・エネルギー、ライフサイエンス、情報通信・エレ
クトロニクス、ナノテクノロジー・材料・製造、計測・計量標準、地質と言う多様な 6 分
野の研究を行う我が国最大級の公的研究機関である。本部を東京及びつくばに置き、つく
ばセンターを除く全国 8 か所にそれぞれ特徴ある研究を重点的に行う地域センターを配し
ている。総職員数は約 3,000 名で、そのうち 2,000 名以上の研究者が、組織・人材・制度
を集積する「オープンイノベーションハブ」構想の基に、産業界、大学、行政との有機的
連携を行い、研究開発からイノベーションへと展開している。
特に産総研が貢献するべき重要分野として、世界最高水準にある我が国の環境・エネル
ギー技術を更に発展させる「グリーン・イノベーションの推進」、質の高い医療サービスへ
のニーズに応え、少子高齢化社会・介護等の課題に対応する「ライフ・イノベーションの
推進」、国の安全・安心を支える「知的基盤の整備・推進」、科学技術立国を掲げる我が国
の産業競争力の強化、明るい未来社会を切り拓く「先端的技術開発の推進」を研究推進戦
略としている。
重要分野の1つであるライフサイエンス分野については、
「技術を医療へ」を合言葉に、
健康で安心して暮らせる健康長寿社会や、環境負荷を抑えた持続可能な社会の実現を目指
している。そのため、新たな健康評価技術や創薬支援技術の開発あるいは個人の状態に合
わせて健康維持・増進・回復を支援する技術の開発により、ライフ・イノベーションに貢
献している。また、バイオプロセスを用いた環境負荷低減技術の開発によりグリーン・イ
ノベーションに貢献している。
今回は産総研が創薬支援ネットワークの一員であることから、創薬に関連の深いバイオ
メディカル研究部門及び創薬分子プロファイリング研究センターの活動を中心に産総研ラ
イフサイエンス分野全体の創薬支援への取り組みを同分野幹部からお話を伺った。
(訪問日:2013 年 11 月 21 日)
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第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
2.産総研ライフサイエンス分野の目指すもの
産総研ライフサイエンス分野は「健康を守る」、「健康な生き方を実現する」、「バイオも
のづくり」の技術開発をその社会的使命として各研究センターや研究部門が取り組んでい
る。
(1)
「健康を守る」技術開発として、先端医療支援技術、創薬支援技術の開発を行ってい
る。代表的な取り組みとしては下記が挙げられる。
① 糖鎖解析技術(質量分析技術、レクチンアレイ)等による疾患マーカーの開発
② 再生医療の基盤技術、支援技術と標準化技術
③ バイオインフォマティクスによる創薬と有用物質発見の支援
④ 生活自立支援のための身体機能支援・回復技術の開発
(2)
「健康な生き方を実現する」技術開発として、健康状態・脳機能・心理・行動情報の
計測並びに評価技術の開発と標準化に取り組んでいる。代表的な取り組みとしては下記が
挙げられる。
①
生態機能等の評価技術の開発と国際標準化
②
未病の状態を検知するための技術開発
③
生活自立支援のための身体機能支援・回復技術の開発
(3)
「バイオものづくり」技術開発として、微生物資原や植物を用いた物質生産技術の開
発を行っている。代表的な取り組みとしては下記が挙げられる。
①
微生物資源の探索と遺伝子情報解析技術の開発
②
植物による医薬品原料、工業用原料の生産技術
3.産総研ライフサイエンス分野の研究体制
ベースとなる研究部門(Research Institute、以下 RI)は、各部門長のシナリオ設定と
研究者の発意に基づき、継続的に研究を展開している。バイオメディカル RI、健康工学
RI、ヒューマンライフサイエンステクノロジーRI、生物プロセス RI の 4 つからなる。一
方、研究センター(Research Center、以下 RC)は、特定課題の解決を目指して、3~7 年
の期限で集中的に研究を行っている。平成 25 年度現在は、生命情報工学 RC、創薬分子プ
ロファイリング RC、糖鎖医工学 RC、幹細胞工学 RC の 4 つからなる。期限が終了すると、
各研究員は RI に戻って、研究を継続展開する(図 1)。
4.産総研のライフサイエンス拠点
産総研にはつくば本部と全国 8 か所の地域拠点が設置されている。また、平成 26 年 1 月
には再生可能エネルギーの研究開発を推進する福島再生可能エネルギー研究所を郡山市に
開所した。ライフサイエンス分野の研究拠点は、つくば本部を含む 5 か所からなり、いく
つかの RI は複数の拠点にまたがって設置されている(図 2)。各拠点の重点化の方向とし
ては、北海道拠点(札幌市)はバイオものづくり、臨海副都心拠点(東京都江東区)はバ
イオ・IT 融合、関西拠点(大阪府池田市)は医工連携、四国拠点(香川県高松市)は健康
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第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
工学である。創薬に関連する、生命情報工学 RC と創薬分子プロファイリング RC は臨海
副都心拠点に、糖鎖医工学 RC と幹細胞工学 RC はつくば本部にある。
図1.産総研ライフサイエンス分野の研究組織
図2.産総研ライフサイエンス分野の研究拠点
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第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
5.産総研の医療・創薬推進技術の概要
産総研では図 3 に示すように、創薬の様々なステップで活用できる革新的な技術を開発
し、提供することを目指している。それぞれの技術の特徴については後述するが、これま
で長年に渡り産総研で培われた製造技術、計測技術、IT 技術、ロボット等機械工学技術、
細胞工学技術等が巧みに活用されている。
図3.産総研の医療・創薬推進技術
6.創薬分子プロファイリング研究センター 2)
(1)概要
本センターでは、様々な創薬ステップの中で化合物の最適化段階における分子プロファ
イリングに特化し、このミッションに関わる創薬基盤技術を一極集中化している(図 4)
。
ここでの分子プロファイリングとは、生命システムを司るタンパク質ネットワークを化合
物がどのように制御しているのかを知り、更に化合物とその標的タンパク質の化学結合様
式までも理解することを意味している。
創薬の基礎研究段階と臨床試験段階の間には死の谷が存在し、各製薬会社が創製した医
薬品候補化合物の 90%は薬効不足と副作用により開発中止となる。しかし、各化合物を分
子プロファイリングすることで、薬効、副作用メカニズムの解明、薬効を高めたり副作用
を軽減させたりするため論理的な分子設計、あるいは新たな適応疾患の発見が可能となる。
その結果、製薬企業における臨床試験の成功率の向上や開発中止化合物の復活が期待され
る。また、アカデミア創薬で得られたヒット化合物を最適化する際の論理的な分子設計に
より、迅速確実なステップアップからアカデミアと製薬企業の橋渡しを加速し、産官学「一
体」型創薬の実現にも寄与できると考えられる。
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第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
さらに、国立がん研究センターとも連携し、臨床データと分子プロファイリングデータ
を共有することで、臨床段階での成功確率の向上や個体レベルでの薬効の解析や予測への
活用を目指している。
図4.創薬分子プロファイリング研究センターの概要
(2)組織体制
本研究センターは、実験/理論と検証がワンセットとなった相補的な 5 つのチーム(定
量プロテオミクス、数理システム解析、データ管理統合、理論分子設計、分子間相互作用
解析)で構成される。これらチームが綿密に連携しながら合理的な分子プロファイリング・
システムを構築し、プロファイリング結果と分子間相互作用解析結果及び理論分子設計技
術を用い、ターゲットタンパク質への最適な結合能を持つ候補化合物の分子設計を実施し
ている。
① 定量プロテオミクスチーム
定量プロテオミクス技術の基盤開発とともに、タンパク質の絶対定量と抗体計測によ
り、特定のタンパク質や化合物と相互作用するタンパク質を同定し、体系化する。こ
れにより、化合物の標的部位決定と薬理効果の作用機序解明に役立てている。また、
ロボット、ナノテク、クリーンルーム技術と高度なロボット技術を駆使し、世界最高
感度の高精度質量分析を実現している。
②
数理システム解析チーム
大規模計測データを用いたシステム生物学的解析に基づき、リード化合物の作用パス
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第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
ウェイ及び機序を推定する。
③
理論分子設計チーム
タンパク質立体構造や周辺実験データを活用して、タンパク質の動的構造変化も考慮
したドッキング計算を実現し、薬物活性を高精度で予測する手法を開発する。併せて、
主作用増強と副作用の減弱を実現する合理的な分子設計手法の開発と実証を行う。
④
分子間相互作用解析チーム
水溶液中の化合物とタンパク質の分子間相互作用を解析するための NMR 解析技術と
計算機科学ソフトを高度化・高速化し、高活性・低副作用リード化合物を迅速かつ合
理的に選定する技術を確立する。
⑤
データ管理統合チーム
計測された実験データの一括管理や既存大規模データとの連携・集約化を図り、解析
ツールと連携した知的基盤の構築を行う。
(3)汎用ヒト型ロボット「まほろ」の開発
従来のロボットシステムは、分注だけ、培養だけといった特定の作業に特化しており、
人間の手の介在が必要である。このようなシステムでは拡張性、汎用性がなく、複雑な作
業ができないといった欠点がある。汎用ヒト型ロボット「まほろ」はこれらの欠点を克服
し、非常に複雑で煩雑な作業の繰り返しであるベンチワークの高精度化、効率化を実現し
ている。
「まほろ」は、マイクロチューブのふたの開閉等の操作、チューブ、ディッシュのスム
ーズな受け渡し、ディシュから細胞の掻き取り、培養液の吸引廃棄、ピペット操作による
高速(人手の 2 倍)かつ高精度の分注等を行うことができる。また、「まほろ」は遠心機
やボルテックスミキサー等の周辺機器のスイッチの ON/OFF や蓋の開閉を自ら行うが,そ
の際に周辺機器のカスタマイズは不要である。これらは非常に優れたセンサー機能を「ま
ほろ」に搭載することで実現されている。また、PC の仮想空間を用いたシミュレーショ
ンによる簡単なティーチング機能が付与されており、短期間のティーチングで使用を開始
することができる。
「まほろ」を使用することで、人手によるサンプル調製によって生じる
ばらつきの減少と再現性の向上が確認されている。また、病原性ウィルス等を取り扱う危
険な作業の無人化にも「まほろ」は利用されつつある。
(4)分子間相互作用解析チーム
分子間相互作用を原子レベルで解析可能な実験手法と理論計算手法の確立を目指し、溶
液 NMS 法及び計算機科学ソフトの開発を進めている。また、実測データと計算データと
の融合により、複合体モデルの高速・高精度の構築を行う。なお、NMR も活用できるソ
フトウエア myPresto を開発し、無償で公開している。
① タンパク質と化合物の正確な複合体情報の取得
NMR 手法として交差飽和法を開発し、より正確な相互作用面の情報が入手可能とな
った。さらに、タンパク質と化合物の結合に伴う大きな構造変化も含む立体構造変
化を、計算と NMR で再構成する。一方、ソフトウエアの Sievgene を用いて、最適
なタンパク質-化合物複合体構造と結合エネルギーを算出し、最適な複合体モデル
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第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
を選択する。また、DIRECTON 法により化合物のタンパク質接触界面の測定を行
う。次に計算で求めた複合体構造情報を NMR の測定結果を用いて座標を修正し、
最適化する。
② タンパク質と化合物の正確な結合活性
従来の厳密な分子動力学計算手法(例えば、Smooth Reaction Path Generation
(SRPG)法は、正確であるが計算に長時間を要する。一方で、計算が短時間で済む
ドッキングスコアは不正確である。そこで、計算結果の正確性と計算時間のバラン
スのとれた Direct
Interaction Approximation 法:DIA 法)を新たに確立した。
③ 標的タンパク質に特異性が高い化合物の選択
1 つの化合物を標的タンパク質だけでなく、それ以外の 200 種類のタンパク質に in
silico でドッキングさせ、結合力を見積もる。複数のタンパク質の中で、標的に最も
強く結合する化合物を選択する。その結果、標的に効果を示し、副作用の少ない化
合物を選択できる。
7.次世代天然物化学技術研究組合 3)
(1)概要
微生物が産出する天然化合物は、豊富な生物活性と多様な構造を保有していること、医
薬品の半数以上は天然物由来であることから、医薬品候補化合物の探索の優れたソースと
して大きな魅力がある。しかしながら、天然物ライブラリーは菌株の管理・培養、ヒット
化合物の単離・合成等煩雑な処理が必要であり、その取扱いも独特の経験やノウハウが必
要である。残念ながら国内企業では天然物をソースとする創薬研究体制の縮小が進んでい
る。
2006~2010 年度にバイオ産業情報化コンソーシアム (JBIC)が NEDO 受託事業とし
て実施した「化合物等を活用した生物システム制御基盤技術開発」プロジェクトでは、製
薬企業等が所有する天然物の提供を受けて約 30 万の天然物ライブラリーを整備した。製
薬企業等から提供を受けたライブラリーは、通常プロジェクト終了時に廃棄あるいは返還
される。しかし、本プロジェクトでは終了時の 2011 年に、整備したライブラリーを継続
的に維持管理し、有効活用を図ることを目的として本組合が設立された(図 5)。本組合で
は、ライブラリーの提供企業と利用企業が組合員となって維持管理されている天然物ライ
ブラリーを組合員及びアカデミアが相互利用する仕組み作りに取り組んでいる点がこれま
でと大きく異なる特徴である。この天然物ライブラリーの相互利用により、各社が保有す
るライブラリーの最大限の活用が図られ、天然化合物の提供者及び利用者の両方にメリッ
トが生ずる。また、このような活動から、多くの医薬品候補化合物が見出され、日本の天
然物創薬の発展に寄与することが期待される。
一方、現状の天然物ライブラリーでは、培養抽出物であるために安定的かつ大量に取得
できない等、そのままではスクリーニングの効率化に様々な問題点がある。そこで、生産
菌より生合成遺伝子を取り出し、工業生産株で異種発現させることにより、天然化合物を
安定的かつ効率よく取得する手法を高度化することを目指している。さらに、放線菌以外
の細菌等にもその手法を広げることも視野に入れている。
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第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
図5.次世代天然物化学技術研究組合の概要
(2)天然物ライブラリーの概要
2014 年 1 月現在で、製薬企業を含む 9 施設から提供された約 23 万サンプルを保有し
ており、京都大学 iPS 細胞研究所、理研等複数の研究機関とも共同でスクリーニングを
実施している(図 6)。
図6.天然物ライブラリーの概要
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第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
(3)天然物ライブラリーの利用
ライブラリー利用と提供の両方、又はどちらか片方を目的として、本組合への参画が
可能である。提供企業は自社で作成した培養抽出物や単離化合物のライブラリーを組合
に提供し、組合が産総研内にある本組合のスペースにサンプルを保管して管理している。
ライブラリー提供企業以外で、これらライブラリーを利用したい企業やアカデミアは、
お台場にあるスクリーニングセンターに来て、スクリーニングすることが前提となって
いる(図 7)。ここにはハイスループットスクリーニング(HTS)を行うための機器が揃
っており、アッセイ系にもよるが、384 穴プレートでの 30 万サンプルの HTS を 2 ヶ月
程度で完了することができる。本組合では、 ヒット化合物の単離・精製、構造同定ま
でを 3 ヶ月程度で終了させることを目標としている。産総研内で実施できない特殊なス
クリーニング系については、提供企業の承諾の元に 1 回のアッセイ分のサンプルを持ち
出して、自社でスクリーニングする事もできる。
この仕組みでは、利用者にとっては、微生物収集やサンプル化の労力をかけずに大規
模な天然物ライブラリーへのアクセスが可能となるメリットがある。一方、提供者にと
っては、生産菌等の権利を保護しつつ自社サンプルがスクリーニングに提供される機会
を増やすことができると言うメリットが期待できる。また、天然物からのスクリーニン
グには興味があるが、自社で精製や単離を行う事ができないと言う場合には、本組合の
スタッフの技術的サポートを受けてヒット化合物の同定や単離を行う事も可能な仕組
みとなっている。
図7.天然物ライブラリーの相互利用の流れ
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第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
(4) 産総研での取り組み
産総研臨海副都心センターでは、菌サンプルの保存、菌の培養、サンプル調製、スク
リーニング、活性本体の単離・精製、構造決定に至る基盤技術の構築、改良を行うとと
もに、これらの技術を利用した医薬品リード化合物の探索を行っている。
①
次世代型天然物ライブラリー生産技術
有用な天然物の生産菌に関して、培養を継代することにより生産性が低下あるいは消
失することも多いため、不安定な菌株でなく、生合成遺伝子として保存している。さ
らに、放線菌ゲノム中には休眠生合成遺伝子が多く存在することから、未利用生合成
遺伝子クラスターを異種発現宿主細胞に導入し、化合物生産を行っている。
ただし、臨床利用されている化合物の生合成遺伝子クラスターの多くは巨大
(10-110kbp)であり、通常の技術では取得困難である。そこで、産総研では世界で
最も効率的に 120kbp までの巨大な遺伝子クラスターを取得することが可能な
Bacterial Artificial Chromosome(BAC)法の技術を確立し利用している。
②
天然物ライブラリーを用いたハイスループットスクリーニング
様々な酵素アッセイや細胞毒性、レポーターアッセイを 10 万アッセイ/週で実施可
能である。
③
高速、高効率天然化合物単離・同定システム
生物活性が認められたサンプルについては、再度菌を培養して活性フラクションの精
製分取を繰り返した後、UPLC-TOFMS にて活性本体の構造を推定する(1-2 週間)。
その際には、所内で構築した天然化合物マススペクトルデータベースを利用する。本
データベースは、1,400 以上の既知天然化合物を UPLC-TOF MS で解析した際の液
体クロマトグラフィーの保持時間と高分解能質量データが登録されている。このデー
タベースによって、活性本体の分子同定を迅速に行うことが可能となる。さらに、構
造が新規と予測された場合は 1~2L 規模で再度培養し、活性本体を単離精製後、NMR
にて構造を決定する(所要 1 週間)。
④
事例
放線菌サンプルのスクリーニングから、極めて悪性度の高い神経膠腫の治療に有効な
可能性のある化合物として、テロメスタチン(テロメラーゼ阻害剤)を見出した
4)。
また、アスベスト被害によって生じる中皮腫の治療薬の創製を目指して、放線菌サン
プルのスクリーニングから、中皮腫細胞に対する細胞死誘導作用を有する化合物
JBIR-23 を見出した 5)。
8.今後の展開、 創薬支援ネットワークとの協働体制
2013 年 5 月 16 日に基盤研に創薬支援戦略室が設立され、創薬支援ネットワーク構想が
一歩具体化した(図 8)。このネットワーク構築の目的は、アカデミア発の創薬シーズを対
象とした橋渡し機能を強化し、基礎研究の成果を医薬品の実用化に繋げる事にある。この
構想では理研、基盤研及び産総研が連携・協力体制を構築している。理研は専ら創薬プロ
セスを強力に推進する実務部隊である。一方で、産総研は上記の独自技術として開発して
いる、創薬分子プロファイリング研究センターの定量プロテオミクスによる標的分子同定
技術、アッセイ系作製技術や理論分子設計技術等、並びに次世代天然物化学技術組合が持
- 60 -
第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
つ世界最大級の天然物ライブラリー等により創薬支援ネットワークにおける探索研究及び
最適化研究をサポート・加速化する役割を担っている。基盤研内の創薬支援戦略室がネッ
トワークの司令塔として、体制整備、創薬プラットフォーム構築並びにアカデミアの有望
シーズを探索、評価、選定することになる。
図8.創薬支援ネットワークでの連携・協力体制
9.所感
産総研は、国内外のアカデミアあるいは製薬企業にはない独自の先端技術、例えば高精
度定量プロテオミクス技術、創薬ロボット「まほろ」、NMR を基盤とした分子相互作用解
析技術、天然物ライブラリーの保管及び活性本体の単離精製技術等を数多く所有すること
が今回改めて確認できた。これらの技術は、基盤研や理研の進めるアカデミア創薬はもち
ろんのこと、製薬企業の様々なプロジェクトとも相補する関係であると予測される。既に
製薬企業との共同研究も進められているとのことであるが、このような独自性の高い産総
研技術の詳細と利点をより多くの人が理解することで、各企業やアカデミアにおける創薬
プロジェクトの課題にフィットする技術が見出され、各所でブレークスルーを引き起こす
ことが期待される。既に、創薬支援ネットワーク構想の中で産総研、理研と基盤研の協働
が開始されたことから、アカデミア創薬からのこれまでと次元の異なる独創的な成果に期
待したい。
- 61 -
第二章
〔5〕 産業技術総合研究所ライフサイエンス分野
参考文献
1)
産総研ホームページ
http://www.aist.go.jp/
2)
産総研創薬分子プロファイリング研究センターホームページ
http://www.molprof.jp/
3)
次世代天然物化学技術研究組合ホームページ
http://www.natprodchem.jp/
4)
Clin. Cancer Res., 18, 1268 -1280 (2012)
5)
Cancer Lett. , 300, 189-196 (2011)
使用した図及び数値は、独立行政法人産業技術総合研究所バイオサイエンス分野より提供された資料によ
る。無断転写、無断使用を禁ず。
- 62 -
第三章
海外の創薬支援政策と連携事業
〔1〕フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
要 約
フランス政府は、イノベーションと高度な新技術を生み出す産業の育成支援を目標に
した産業クラスターPôles de compétitivité(競争力拠点)を推進する政策を展開し、産
業競争力の強化や世界市場での対外貿易増強について成果を挙げた。
この政策では多くの産業分野が対象にあり、全国 71 か所の競争力拠点が形成された。
予算総額は年間 50 億ユーロであり、2006 年の第一期開始以来、実行された研究開発プ
ロジェクト総数は 5,700 以上で、現在 1,173 件が稼動している。バイオメディカル分野
では、3 つの国際拠点 Medicen Paris Region、Lyon Biopôle、Alsace Biovalley を含む
7 つの拠点があり、イノベーション創出に貢献している。この分野の予算は全体の 12%
で 6 億ユーロに昇る。現在 2013 年から 2019 年までの第 3 期が稼働中である。
パリの Medicen Paris Region 拠点への参加者は、サノフィ、イプセン、GM メディ
カルシステム、シーメンス、他であり、中核機関は、キュリー研究所、パスツール研究
所、国立科学研究センター、欧州大規模病院ネットワーク、等の主要公的研究センター
である。政府による事業投資が厚く、これまでに心臓代謝・栄養学研究所、脳脊髄研究
所、遺伝病研究所、がん研究パリ連合の 4 つの機関が創設されている。
リオンの Lyon Biopôle 拠点へは、ビオメリュー、サノフィ・パスツール、メリアル、
ベクトン・ディッキンソン、他が参画している。国立科学研究センター、国立保健医学
研究所、他 14 か所が中核であり、拠点規模の拡大に向けて日本や欧州各国のバイオ・
クラスターとの連携や提携等の事業が行われている。
ストラスブールの Alsace Biovalley 拠点には、サノフィ、ロシュ、ノバルティス、リ
リー、他が参加しており、中核は、ストラスブール大学、国立科学研究センター、国立
保健医学研究所、ストラスブール生物工学大学院大学
他、11 の大学研究センターであ
る。拠点振興の為にドイツやスイス等との欧州バイオバレー地域間提携、及びカナダ
CQDM との国際提携を行なっている。
競争力拠点 Pôles de compétitivité 政策からは独立しているプログラムとして「未来
への投資プログラム」が 2010 年から始まった。政府は 5 から 10 の研究教育拠点を編成
し、技術や製品の価値向上と雇用創生、国際的提携の増強、成長市場で産業を育成する
為の環境整備に取り組む。
1.はじめに
フランス共和国は、日本の 1.5 倍の国土と増加中の 6,540 万人の人口を有する世界第 5
位の経済国である(2012 年)1)。欧州の中では、航空宇宙産業と原子力産業が第 1 位にあ
り、医薬品産業と情報通信産業は第 3 位である。外国からの投資は 19 世紀に始まってお
り、2012 年には 2 万社以上が進出している。フランスで事業する大企業(社員 5 千以上)
の 32%、中堅企業(社員 250~5,000)の 28%が外国企業であり、有利な事業環境が設定
- 63 -
第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
されている。
その環境の一つは、効率的で利用しやすい公的融資の推進である。高度な技術を駆使し
た再生医療やロボット工学、新素材産業、燃料電池産業等の急速な成長が見込まれる最先
端分野では、技術の飛躍的進歩をもたらす革新的プロジェクトの研究開発やこれによる生
産活動に対し、イノベーション支援プログラムを適応している。中小企業に対して Banque
publique d'investissement(公的投資銀行)は、年間 420 億ユーロを資金援助に割り当て、
5 億ユーロの公的信用保証を充当している。フランスは 2009 年に企業設立数では欧州第 1
位であるが、これの投資により起業精神あふれる力強い活動が盛んとなった。2011 年には
55 万社が新設されたが、この中で 29 万社が個人事業主による企業である。
もう一つは、企業法規の簡略化である。政府は国家財政の再建を目指し、一貫して秩序
立った長期的な事業 Modernisation de l'action publique(現代化プログラム)の開始を
2012 年 12 月に発表した。三分割されていた社会保障関連の申告手順を 2013 年より一本
化する等、企業法規や行政手続きを簡略化し、公共事業の非文書化を推進して企業設立窓
口の一元化で手続きを簡素化して、行政のデジタル化と企業へのサービスを向上させる。
この度、在日フランス大使館の科学技術部並びに企業振興部・ユビフランス(対外貿易
輸出部)東京事務所の招聘により、「フランスのバイオ・クラスター政策と産官学連携事
業」について、会議を開催した。当財団から日本の産学官連携事業の現状と展望について
報告し、同館 企業振興部 ユビフランス 貿易担当官 Etienne Castel 氏から French «
pôles de compétitivité » policy、そして同館 科学技術部 産業技術イノベーション特別任
務官 Jack Maleval 氏から Public incentives to promote Private-Public Partnership in
R&D について報告をいただいた。その後、日本とフランスの産学官連携について意見を
交換した。本稿ではこの中でフランスの競争力拠点政策の現状と将来について述べる。
(訪問日:2013 年 7 月 4 日)
2.イノベーション創出の場:競争力拠点、Pôles de compétitivité
(1)競争力拠点の概観
①環境分析
企業はフランス経済において重要な動的原動力である。また、知的産業での革新的
研究成果は、経済成長と国際競争力増進の原動力であり、政府の成長戦略では重要な
位置付けにある。しかし、現在のフランス産業は生産力と国際貿易の成長において新
興国からの挑戦を受けており、重要な局面に立たされている。
これを克服するには、公的研究開発資金を効率良く運用し、研究開発の経済的支援
協力体制を構築して、基礎研究と産業を連携させることが必須である。そして世界市
場での対外貿易シェアを増強し、産業技術分野の競争力の強化を図る必要がある。
②競争力拠点政策の目標
競争力拠点は、特定の地方内に立地する産学官が結集して相乗的に事業成果を生み
出す連合体であり、出口戦略として革新的な技術や製品の創造と地域雇用の増進、そ
して起業化や民間からの投資(ビジネスエンジェル)を容易にする経済システムの構
築を共通目的として、科学、技術、市場を標的に組織化されている。ステークホルダ
ーとフランスの競争力強化並びに国際的優位性の増強を目指す。
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第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
競争力拠点 Pôles de compétitivité 政策の主要なガイドラインは、A) 事業開発を行
う大企業や中小企業、公的機関で共通した戦略を構築する。国内のみならず、遠隔地
域での国際開発政策についても首尾一貫していること。B) 高い可能性を秘める市場に
特化した技術開発に集中し、事業関係団体が統合された連携関係を構築すること。C)
各競争力拠点が数か年の独自戦略を構築すること。D) 中心的活動として、地域の共同
研究事業で新興支援をしながら、資金調達を確保すること。E) 各々の競争力拠点が事
業を拡大し、国際競争力を獲得して拡大すること。F) 追加活動として、人材確保と育
成、知的財産獲得、企業からの資金調達、輸出戦略支援の充実、が挙げられる。
図1.Pôles de compétitivité での 71 の競争力拠点
- 65 -
第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
③ 競争力拠点の運営
生命科学、医療、エネルギー、航空宇宙、交通、材料化学等の産業分野が対象にあ
り、71 か所の競争力拠点で構成される。その中で世界レベルの拠点は 18 か所あり、
その他国家認定を受けた拠点が 53 か所ある。フランスに進出している 670 の外国企
業が参画している(図 1)。
競争力拠点政策では、開始された 2006 年以降、実行された研究開発事業総数は 5700
以上に上り、現在 1,173 件が稼動している。予算は総額 50 億ユーロで、公的資金から
の投資は、22 億ユーロ、その中で 13 億ユーロが国家予算より捻出さている。これら
事業には 15,000 人の研究従事者が雇用されている。
(2)競争力拠点の準備段階と選択過程
フランスの産業クラスター政策については、1990 年代後半に展開された地域の中小規模
生産者からなるネットワーク形成支援政策 SPL(Système productif local:地域生産シス
テム)が初期の政策に当たり、DATAR(Délégation à l'aménagement du territoire et à
l'action régionale:国土整備地方開発局)が推進してきた。2002 年 12 月には DATAR の
戦 略 委員 会 が 、 産 業 、 ア カ デミ ア 、 行 政 等 か ら の 有識 者 を 招 集し CIADT (Comité
interministériel d'aménagement et de développement du territoire:国土整備関係省連
絡会議)を設置した。これが競争力拠点 Pôle de compétitivité 政策の発端となった。
各競争力拠点の政府認定に先立ち、拠点地域の自主性を重視する観点から CIADT は
2004 年 11 月から翌年 2 月末日までに拠点候補地域からの事業計画公募を行った。集めら
れた企画書は 2004 年秋から、経済産業省、DATAR、農務省、交通省、厚生省、等の省庁
合同のワーキンググループにより評価が行なわれた。拠点選択の判断基準では、拠点地域
の企業、研究所、教育機関、地方行政を包括して活用して地理や産業や技術の優位性を考
慮した戦略になっているか、革新的な共同事業での相乗効果が期待できる連携強化に特化
しているか、高い国際的視野に立った充分な資質の確保ができているか、が問われた。採
択された事業計画の報告書が 2005 年 5 月に策定され、同年夏に事業名が競争力拠点 pôles
de compétitivité と決定された。
各拠点は技術開発、市場性、国際戦略、人材育成、等について、3 か年の戦略ロードマ
ップを提示し、行政との契約を取り交わした上で活動を開始する。3 年毎に中立のコンサ
ルタント業者が戦略と運営、管理能力、成果のパフォーマンスを評価し、事業の継続が決
定される。各拠点の新陳代謝もあり、2010 年 5 月にはグリーンイノベーション分野で 6
つの新規拠点が新規認定を受け、6 つが閉鎖された。
(3)競争力拠点政策の第一期 2006~2008 年
目標は共同事業での相互信頼と組織管理能力の促進(大企業や中小企業、大学の研究や
教育機関との協働)、容易な資金調達(調達手続きの簡素化、公的資金調達の将来動向調
査、個人投資家誘致)、マインドセットの改善(資金を優遇し、相互利益の実現)であっ
たが、多くの拠点が始動する中で、中心的拠点が大規模な資金を調達した。71 拠点の中で
10 か所が研究事業助成金の 55%を受け取った。投資を受けた事業は多様性に富んでいた
が、数種の事業は将来発展の鍵となるグリーンイノベーション分野で拠点を形成した。各
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第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
拠点により機関や企業間での成果の差異はあるものの、経済成長に向かう前進的な効果が
得られた。
研究事業助成の投資額は 3 年間で 15 億ユーロである。中央行政から省庁横断的な特定
基金の研究開発支援が 7.2 億ユーロ、ANR(Agence Nationale de la Recherche:国立研
究機構)、OSEO(Œuvre suisse d'entraide ouvrière:中小企業庁)、CDC(Caisse des
Dépôts:預金供託公庫)等の国立研究機関から 5.87 億ユーロ、税制優遇が 1.6 億ユーロ
となった。また、拠点運営助成は中央行政から拠点管理費として 0.33 億ユーロが拠出され
た。
政策第一期で現れた運営上の問題点と対策は、以下の項目が挙げられる。A)事業や技
術で提携の可能性が大きい中小企業、ベンチャー企業、地方経済団体で、本事業とシステ
ムについての認知度が低い。この競争力拠点はオープンイノベーションを前提に運営され
ていることを再確認してもらう。B)イノベーションをもたらす中小企業の参入が本事業
にとって重要であり、育成強化が必要である。C)知的財産はイノベーションを産業化す
る原動力である。関係者で所有権や持分を迅速に合意できる方法を見出す必要がある。D)
公的資金の運用について、承認された研究事業の開始時期と資金調達の時期に時間差が生
じて大きな問題となった。E)拠点を運営する知識と技術や、システム調整と管理を行な
う経験者が不足している。企業、公的研究機関、中央行政、地方行政等、競争的拠点に参
加する関係者の要望を実現できるプロフェッショナル・チームの構築が必要である。また、
clusterpreneur(拠点構築推進リーダー)の育成が欠かせない。F)拠点活動成果の評価
を行うに当たって、必要な評価指標の知識や技術が欠如している。G)本政策の有効性を
評価して各拠点を最適化する。
(4)競争力拠点政策の第二期 2009~2012 年
投資額は第一期と同様に 3 年間で 15 億ユーロ、内訳は中央行政から 6 億ユーロ、国立
研究機関から 8.5 億ユーロ、拠点管理費は 0.5 億ユーロであった。研究開発事業当たりの
平均予算は 200 万ユーロであった。
経済上での大きな成果は、2,500 の研究成果及び 1,000 の特許出願を達成したことであ
り、研究事業からは 100 のベンチャー企業が生み出された。これらの 66%は競争力拠点
政策に直接リンクした援助からの創出であり、3 分の 1 の企業は売上及び輸出量を増加さ
せていた。
第二期では選択率 44%の割合で 600 以上の研究事業が資金を得た。一つの事業は平均 7
団体から資金を調達しており、3 分の 2 は企業、残りは研究機関からの調達であった。
問題点とその対策は以下の項目が挙げられる。A)研究事業に対する毎年の評価は容易
でなく、期間は 2 年から 3 年が必要である。B)拠点政策は成果達成までに 5 年から 10
年が必要であり長期政策が確保されるべきである。C)研究事業の経済的な影響力を向上
させる為に、経済評価に注力して、拠点を研究開発型プロジェクトの場から革新的製品生
産の場へと転換を図る。この拠点政策に基づいて、全国的あるいは地域的な連携の強化が
必要である。D)基礎研究から製品開発へのリンクは未だ非効率である。国際戦略も含め
た広範囲での戦略設計開発により改善する。E)研究開発資金の調達はこれまで関係者間
において協調性が希薄であったが、政府は公的支援を確保しイノベーションを興す為、中
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第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
央行政及び地方行政において省庁横断的資金の確保を決定した。F)行政主導型の研究開
発支援は、顧客ニーズに合致せず効果的でなかったが、民間基金からのボトムアップも加
えた支援体制を構築する。これは、産学間ギャップの軽減と公的資金の更なる援助捻出に
寄与し、高度に洗練されたイノベーションを生み出す効果的な手段の一つと成り得る。G)
国際的な視点から、世界的に競争力のある主要産業に投資を集中させる。
(5)研究開発税額控除制度 CIR(Crédit d’Impôt Recherche)
競争力拠点政策の研究事業助成と同時に重要なインセンティブは、研究開発税額控除制
度であり、フランスで研究活動を行う企業にとって大変有利な措置となっている(図 2)。
図2.フランスの研究開発税額控除制度
①概観
制度は 1983 に設置され、2008 年の大規模増資以来、本制度の予算は徐々に増加して
135%まで大きくなった。2011 年の財政法(Loide linance)により改善され、制度の仕
組みは一層効果的なものとなった。中でも中小企業に対しては控除額の即時還付が可能
となっている。
研究開発支援は、企業のニーズに応じて、イノベーション産業を優遇するべく維持さ
れてきているが、実際 2009 年には研究開発税額控除として 62 億ユーロが財政支出さ
れた。2,130 の外国企業も含め 2009 年からは 15,000 社が控除を受けている。
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第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
②税額控除の適用範囲
対象はフランス国内で工業、商業、農業分野の活動を行う企業であり、外資企業を含
みフランスで法人税若しくは所得税が課せられている企業である。研究事業では、基礎
研究(抗体のアミノ酸配列特定等)、応用研究(蛋白質の疾患関連性等)及び実験的開
発(化合物合成手技、治験、等)が研究開発税額控除の対象となる。
③事前審査の手続き
税務当局は事前審査制度(Rescrit Fiscal)を設けている。審査依頼は拠点の企業が
各 々 、 OSEO 、 ANR 、 MESR ( Ministere de l'Enseignement Superieur et de la
Recherche:高等教育研究省)に対して行なう。依頼書は定められた書式を用いて研究
事業助成金が支出される前に提出する。書類提出後、企業は審査が決定される以前でも
研究事業を開始することが出来る。
④税額控除の比率
研究開発費の 30%が控除されるが、年間控除額は 1 億ユーロを上限とする。上限の 1
億ユーロを超える場合には 5%の控除率となる。
研究開発税額控除制度を初めて利用する企業や 5 年以上控除を受けていない企業に対
しては、初年度 40%、次年度 35%の控除率が適用される。
3.医療及びバイオテクノロジーの産業クラスター
(1)バイオメディカル分野の競争力拠点
競争力拠点 Pôles de compétitivité は全国に 71 か所あり、その中で 18 か所が世界レベ
ル拠点に当たる。バイオメディカル分野では、3 つの国際拠点①Medicen Paris Region、
②Lyon Biopôle、③Alsace Biovalley 及び 4 つの地域拠点が稼動しており、フランスのイ
ノベーション創出に貢献している(図 3)。
全拠点の研究開発費総額は 50 億ユーロだが、バイオメディカル分野は 6 億ユーロであ
り、全体の 12%を占めている。このうちの 2.8 億ユーロは公的資金からの支援であり、政
策第一期から 135 の共同研究開発プロジェクトが動いている。それらを領域別に分類する
と、免疫系工学 32%、創薬 20%、製剤技術 12%、他となる(図 4)。
- 69 -
第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
図3.バイオメディカルでの 7 つの競争力拠点
図4.共同研究開発プロジェクトの領域別分類
(2)国際拠点「Medicen Paris Region」2)
事業領域は、バイオテクノロジー、医療機器、研究開発支援であり、疾患及び医療領域
は、がん、神経変性疾患及び精神疾患、感染症、予防医療・治療・診断のレベル向上に寄
与するバイオ医薬品、製品化の為の創薬技術、病態解明や治療体系モデル化のバイオ・デ
ジタル技術、イノベーション創出のトランスレーショナル研究である。政策第二期でのプ
ロジェクト総額は 3.138 億ユーロ。この中で FUI(Fonds unique interministériel:省間
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第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
特別基金)が 1.082 億ユーロ、NRA(National Regulatory Authority:国立規制機関)が
0.493 億ユーロを出資している。
拠点参加者は、大中企業の Sanofi、Ipsen、GM メディカルシステム、Siemens 他 15
企業と小企業の 140 企業である。中核センターはキュリー研究所、パスツール研究所、
CNRS(French National Center for Scientific Research:国立科学研究センター)、欧州
大規模病院ネットワーク等の主要公的研究機関である。資金を調達したプロジェクトは 56
であり、成果は目標達成プロジェクト 12、特許数 9(2010 年)で、学術論文は 175 報に
達した。
本拠点の特徴は、イノベーション創出を優先的に考慮して医療、研究、教育の環境を充
実させたこと、医学、科学技術、産業について専門的な知識や技術が得られること、ビジ
ネス投資ネットワークを駆使したベンチャー企業への投資や拠点からの支援が完備されて
いることである。
参加者の50%がフランスのバイオテク企業である。研究開発部門には126,000名が従事し
ており、規模は欧州で1位、世界で5位、また、臨床試験の規模は床数22,000である。9つ
の 大 学 が 生 命 科 学 関 連 講 座 を 開 設 し て お り 、 パ ス ツ ー ル 研 究 所 、 CNRS 、 AP-HP
(Assistance Publique Hôpitaux de Paris:パリ公立病院協会)等の代表的な先鋭研究機
関や、Biocitech、Cancer Campus、Geopole、Paris Biotech Santé等のバイオパークも参
加している。
政府による事業投資が厚く、これまでにICAN(Institute of Cardiometabolism and
Nutrition:心臓代謝・栄養学研究所)、ICM(Brain and Spine Institute:脳脊髄研究所)、
IMAGINE(Institute of Genetic Diseases:遺伝病研究所)、PACRI(Paris Alliance of
Cancer Research Institutes:がん研究パリ連合)の研究拠点が創設されている。
拠 点 規 模 の 拡 大 に 向 け て 、 ド イ ツ Biotop Berlin-Brandenburg 、 米 国 Maryland
Biotechnology Center、スウェーデン Invest in Skåne、イスラエル Matimop との提携事
業が進行中である。
(2)国際拠点「Lyon Biopôle」3)
事業領域はバイオテク、医療、生命科学で、疾患及び医療領域は感染症、がん、免疫療
法、ウイルス学、微生物学、免疫学、診断学である。政策第二期でのプロジェクト総額は
2.181 億ユーロであり、この中で FUI が 0.943 億ユーロ、NRA が 0.746 億ユーロを出資
している。
拠点の参加者は、大中企業では Biomerieux、Sanofi Pasteur、Merial、
Becton Dickinson、
等の 12 社、小企業は Flamel technologies、PX Therapeutics、GenOway、Alize Pharma
等 80 社である。中核センターは、CNRS、INSERM(French National Institute for Health
and Medical Research:国立保健医学研究所)、ENS(Écoles normales supérieures:高
等師範学校)、CEA-Leti(Laboratoire d'électronique des technologies de l'information:
原子力庁・電子情報技術研究所)
、パスツール研究所等 14 か所である。資金を調達したプ
ロジェクトは 56 であり、成果としては目標達成プロジェクトが 27、学術論文は 151 報に
達する。
- 71 -
第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
拠点の特徴は、約 600 社に 10 万人が雇用されていること、生命科学分野ではフランス
第 2 位の拠点であること、バイオメディカル分野でトップクラスの頭脳が集積するクラス
ターであること、特に感染症研究においては専門性に秀でていることが挙げられる。本拠
点 は 、 13 の セ ン タ ー で 構 成 さ れ る 先 端 研 究 テ ー マ ネ ッ ト ワ ー ク RTRA ( Réseaux
Thématiques Recherche Avancée)の 1 つとして政府から認定を受けており、フランスの
研究事業で中核的役割を果たしている。
拠点の Gerland 地区は、生命科学分野において 26 の研究機関が集積しており、テクノ
パークを形成している。INSERM が誘致されており、拠点研究者の 32%は CNRS のメン
バーである。
企業においては Lyon-Auvergne-Rhône-Alpes Canceropôle(がん医療研究拠点病院)、
Hospitals of Lyon and Grenoble(リオン及びグルノーブルの専門医療機関)、CEA-Leti
の専門的な技術や知識を有効活用できる。また、高等教育機関が充実しており、ライフサ
イエンス関連の講座を持つ大学や専門学校が数多く存在する。
拠点規模の拡大に向けて、連携と提携の事業が進行中である。連携(Alliance)では欧
州の Council of European Bioregions 及び European Diagnostic Clusters Alliance との
連携、スペイン Barcelona の Biocat、ドイツ München の BioM、イタリア Piedmont の
BioPmed との European project bioXclusters 連携が稼動している。また、BioPmed、ス
イス Lausanne/Genève の BioAlps 、ベルギーWallonia の BioWin とは、個別に提携
(Partnership)を行っている。
日本の関西バイオ推進会議
4)は、生命科学分野における日仏バイオクラスター連携とし
て、2008 年に Life Science Corridor France と基本合意(MoU)を締結している。他に、
米 国 の MOITI / MTTC ( Massachusetts International Trade Council, Inc. &
Massachusetts Technology Transfer Center)、カナダの Centre Québec de Valorisation
des Biosciences、国内の Cancer Bio Santé and Alsace Biovalley(図 5)、と基本合意を
結んでいる。
国内での新規産学官連携事例では感染症及び微生物病に特化した技術研究事業
Bioaster がある。この共同リーダーは Lyon Biopôle 及びパスツール研究所であり、Sanofi、
Institute Mérieux、Danone Research の各企業、アカデミアの INSERM、CEA、CNRS、
INRIA(Institut National de Recherche en Informatique et en Automatique:フランス
国立情報学自動制御研究所)
、50 以上のバイオテク企業が参加している。予算は公的資金
1.85 億ユーロを含む総額 5.8 億ユーロである。
- 72 -
第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
図5.Cancer Bio Santé 及び Alsace Biovalley との協働
(3) 国際拠点 Alsace Biovalley 5)
事業領域はバイオテク及び医療で、疾患及び医療領域は創薬及び医療機器である。政策
第二期でのプロジェクト総額は 1.044 億ユーロであった。この中で FUI が 0.572 億ユーロ、
NRA が 0.272 億ユーロを出資した。
拠点の参加者は Sanofi、Roche、Novartis、Eli Lilly 他 9 つの大中企業と 32 の小企業
である。中核センターは、ストラスブール大学、CNRS、INSERM、ESBS(Ecole Supérieure
des Biotechnologies de Strasbourg:ストラスブール生物工学大学院大学)、ENSPS(Ecole
Nationale Supérieure de Physique de Strasbourg:ストラスブール物理学大学院大学)、
IRCAD(Research Institute on Digestive Tract Cancers:消化器癌研究機関)、CEIPI
(Centre d'Études Internationales de la Propriété Intellectuelle:知的財産国際研究セン
ター)、ENCM(Ecole Nationale Supérieure de Chimie de Mulhouse:ミュルーズ化学
大学院大学)他、11 の大学研究センターである。資金を調達したプロジェクトは 37 に達
し、成果としては目標達成のプロジェクト 16、特許数(2010 年)13、学術論文 21 報が
挙げられる。
拠点の特徴は 3 番目の国際拠点であることで、生命科学と医療イノベーションに特化し
た唯一の基盤集約地域である。生命科学関連企業や研究機関は、研究開発事業の設立、事
業所開設、提携相手や基盤技術の確保等で幅広い支援を受けることができる。また、生命
- 73 -
第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
科学分野でビジネスを展開しようとする外国の企業や研究機関は、ビジネスと科学の専門
家チームから無償のコンサルテーションを受けることができる。350 の製薬企業やバイオ
テク企業及び 250 の医療テク企業が参加しており、15,000 の研究者と 10 万人の大学生が
11 の大学研究センターに登録している。国内規模 2 番目のストラスブール大学や 2 つの高
等教育機関 ESBS 及び ENCM では、国際的な研究が可能である。
拠点振興の為、ドイツの BioValley Deutschland、スイスの BioValley Basel 他、13 の
欧州拠点との欧州バイオバレー地域間提携(図 6)及びカナダ CQDM(Québec Consortium
for Drug Discovery)との国際提携が進行中である。
図6.フランス、ドイツ、スイスとの欧州バイオバレー地域間提携
4.未来への投資プログラム Investment for the Future
(1)イノベーションと成長への挑戦
競争力拠点 Pôles de compétitivité 政策は、第 2 期が 2012 年に終了し、第 3 期が 2013
年から 2019 年の期間で新たに開始され、現在稼働中である。一方、この政策からは独立
しているプログラムとして「未来への投資プログラム」が 2010 年から始まった。これは、
先端科学やイノベーションの育成を強化する事業であり、Pôles de compétitivité 政策を強
化する方針も含むが、同政策のみに係るものではなく、領域は広範囲に亘る。公共の研究
と教育の関係者及び中小企業及び大企業が参加し、技術や製品の価値と雇用の創生、国際
的提携の増強、成長市場で産業を育成する環境整備の各課題にも取り組む(図 7)。政府及
び地方行政からの公共資金及び関連企業からの出資は、10 年間で 350 億ユーロとなる。
- 74 -
第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
(2)バイオメィデカル分野でのプログラム
支援には下記の各事業がある。IDEX(目的は 5~10 の研究教育拠点を創設:予算は 77
億ユーロ)がまず 5 つ形成され(図 8)その研究教育拠点の中で、SATT(アカデミアから
の技術移転:9 億ユーロ。)
、IHU(大学病院研究機関設立:8.5 億ユーロ)、IRT(革新的
製品やサービスの開発:20 億ユーロ)、Labex(国際的研究所強化:20 億ユーロ)、生命
科学・医療インフラ(両分野に特化した基盤整備:2.2 億ユーロ)、EQUIPEX(科学基盤
への投資:3.4 億ユーロ)、ナノバイオテク・バイオインフォーマティクス(診断と画像解
析:1500 万と 1000 万ユーロ)、サンドイッチトレーニング(インターンシップ制度:2.5
億ユーロ)の支援がなされる。
図7.未来への投資プログラム « Investment for the Future »
- 75 -
第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
図8.投資プログラムのプロファイル
- 76 -
第三章
〔1〕 フランスのバイオクラスター政策と産官学連携事業
5.所感
医療、航空宇宙、IT 等のハイテク産業は成長を期待できる分野であるが、研究開発や
事業化において世界規模での競争が激化しており、知的クラスター形成による産学官連携
とイノベーションの創出が注目を集めている。
競争力拠点の形成に向けては、全産業を対象とする従来の包括的な産業政策ではなく、
Medicen Paris Region、Lyon Biopôle、Alsace Biovalley に見られるように地域の強みを
生かし、ブランド化した地域クラスターを形成することが必要である。また、世界的な競
争力を意識して助成金や優遇策のインセンティブを用い、選択して集中的に特定領域を強
化することが必要である。
米国やドイツでは地方政府のイニシアティブにより地域クラスター開発並びに地域経済
活性化が進められ有力な地方が誕生している。
日本の地域産業化プランは政府の科学技術基本計画に従い、中央省庁を中心に組み立て
られてきた。経済産業省や文部科学省主導のクラスター推進計画の実施と共に、各地域で
独自のクラスター形成が行われている。
フランスは日本に近い体制にあり、経済開発政策が中央集権化している。DATAR がク
ラスター開発政策を主導し、競争力拠点 Pôles de compétitivité 政策が誕生した経緯があ
る。しかし地域でのクラスター開発支援は、政府のイニシアティブが強いものの、地域の
商工会議所と経済財政産業省の地方局との提携により取り組まれており、地元関係主体の
参加余地が大きい。
これらの動きを更に展開させるには、行政は元より地域クラスターにある産業界とアカ
デミア等の団体から内発的にイニシアティブを起こすべきであり、地域と全国及び外国の
資源を共に活用して発展を図っていくことが重要である。
「未来への投資プログラム」が 2010 年から始まり、価値と雇用の創生や国際的提携の
増強、成長市場向けの環境整備の各課題に取り組んでいる。日本の地域クラスターも連携
を組み、フランスとの協働での産業発展を期待したい。
参
考
1)
フランス大使館 HP 統計資料:
http://www.ambafrance-jp.org/article5751
2)
Medicen Paris Region 連絡先: e-mail: [email protected]
website: http://www.medicen.org
3)
Lyon Biopôle 連絡先:e-mail : [email protected]
website: www.lyonbiopole.com/index-en.html
4)
関西バイオ推進会:
http://www.kansai.meti.go.jp/2-4bio/portal/kansai/proj_01.html
5) Alsace Biovalley 連絡先:e-mail:[email protected]
website:
http://www.alsace-biovalley.com
使用した図及び数値は、在日フランス大使館より提供された資料による。
無断転写、無断使用を禁ずる。
- 77 -
第三章
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
〔2〕欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
要 約
IMI(Innovative Medicines Initiative、革新的医薬品イニシアティブ)は 2007 年に
製薬産業の競争力の強化を目指して設立された欧州における大規模な官民若しくは産
学官の創薬に関する連携システムである。一方、EFPIA(European Federation of
Pharmaceutical Industries and Associations ) 加 盟 企 業 間 の 競 争 前 段 階
(pre-competitive)連携の色彩も強く打ち出されている。官の EU(欧州連合)から 10
億ユーロの公的資金、EFPIA 加盟企業から同額相当の現物による拠出が財政的基盤にな
っている。共同研究プロジェクトには複数の EFPIA 加盟企業、公的研究機関、臨床医
療機関、中小サイズの企業、プロジェクトによっては規制当局や患者団体も参加する。
現在、約 6,000 名の研究者及びスタッフが IMI 及び各共同研究プロジェクトに関わって
いる。
これまで 11 次にわたり、共同研究プロジェクトの募集(コール)が行われ、現時点
(2014 年 2 月)で第 7 次コールまでで 41 件のプロジェクトが立ち上がっている。内容
的には創薬システム全体の改善、毒性・副作用の予測に関するもの、バイオマーカーの
探索と活用、疾患毎のメカニズム及び疫学研究、創薬・治験のシステム全体の改善、医
薬 R&D に関する教育・啓発関係等創薬のボトルネックとなっている課題に対し、多岐
に渡るプロジェクトが設定されている。予算は 1 プロジェクトあたり、600 万ユーロか
ら 1 億 9,700 万ユーロと幅があるが、平均すると約 3,200 万ユーロの予算が投入されて
いる。
共同研究プロジェクトやそれを支えるプロジェクトコンソーシアムの立ち上げ、プロ
ジェクトの運営、並びに知的財産の管理については巧妙な仕組みが構築されている。こ
れまでのところ、各種データベースの構築や教育プログラムの整備等成果が徐々に出始
めているところである。注目すべきこととして、後継のプロジェクトである IMI 2 が既
に計画されており、2024 年までの期間で予算総額が 35 億ユーロと、産官学連携の更な
る拡大策が練られていることが挙げられる。
1.はじめに
既にヒューマンサイエンス振興財団平成 23 年度国外調査において、EFPIA 本部を訪問
し IMI に関するヒアリングを実施、報告書に纏めているが、今回、その後の進捗状況を伺
うとともに、わが国の創薬における官主導の産学官連携への参考となるべき点を探索すべ
く、現在、サノフィ株式会社本社に置かれている、欧州製薬工業団体連合会(EFPIA-Japan)
事務局を訪問し、要望や意見の交換を行った。前回報告書と一部重複するが、設立の経緯
も含め、以下、IMI の活動状況と今後の展開について報告する。
(訪問日:2014 年 2 月 3 日)
2.IMI 設立の経緯と設立時の理念
IMI は 2007 年に設立され、EU(The European Union、欧州連合)の第 7 次研究開発
- 78 -
第三章
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
枠組み計画(FP7、Seventh Framework Program for Research)の主要構成要素であり
官民のパートナーシップを創造する手法として立ち上げられた JTI(Joint technology
Initiative)で策定された、5 つの共同技術イニシアティブ(他は、ARTEMIS(組み込み
型コンピューターシステム)、Clean Sky(航空及び航空輸送)、ENIAC(ナノエレクトロ
ニクス技術)、FCH(水素、燃料電池))の一つである。
IMI の前身として、官民連携を謳う European Technology Platform on Innovative
medicines が既に設立されていたが、2004 年に EFPIA より Vision Document が刊行され、
その中で創薬における重要な課題として、安全性の予測の困難さ、薬効の予測の困難さ、
knowledge management(知識管理)の弱さ、教育訓練の現状とのギャップが指摘された。
これを受けた上記 4 課題の解決策として、2006 年に Strategic Research Agenda が産学官
に患者団体を加えたメンバーで策定され、その後の IMI の年次活動の基本政策となってい
る。
現在の IMI の達成目標としては、①欧州の官民共同研究の支援、②医薬 R&D における
より協調的な ecosystem の構築、③欧州の市民への社会経済学的利益の提供、④欧州の世
界的国際競争力の増強、⑤欧州の地を医薬 R&D に最も魅力的な場とすること、が挙げら
れている。
IMI の連携の仕組みは次項で述べるが、基本的には多くの製薬企業を巻き込む、競争前
段階(pre-competitive)な連携であり、更にアカデミア、臨床機関や中小サイズの企業、
プロジェクトで必要な場合には患者団体や規制当局もメンバーに加わり、基礎研究から臨
床開発、市販後までの各段階の課題を解決しつつ、欧州全体での製薬産業の成長を推進か
つ国際競争力の強化を目指すものである。
3.連携の仕組み
(1)IMI の構成メンバー
IMI を構成するメンバーは以下のように多岐にわたる。
・EFPIA 加盟の大手製薬企業
EFPIA は現在、full member 会社 35 社、affiliate member 会社 5 社の計 40 社
が加盟している。
・中小サイズの企業
・患者団体
・大学及びその付属・関連研究機関
・病院
・規制当局
・他産業の企業
・EU(その実施機関である EC(European Community、欧州共同体)
・ EFPIA
(2)IMI 共同事業(IMI Joint Undertaking、IMI-JU)の管理運営
IMI の管理運営組織である、IMI-JU は、図 1 に示すように事務局(Executive Office)
運営委員会(Governing Board)、科学委員会(Scientific Committee)の 3 組織から成る。
- 79 -
第三章
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
運営委員会は IMI-JU の最高意思決定機関であり、メンバーは 10 名で EC と EFPIA か
ら 5 名ずつを選出している。IMI の目標達成に向けての責任を負い、その日々の活動を監
督する。
科学委員会は欧州各国から 1 名ずつ選ばれ、計 15 名のメンバーで構成される IMI-JU
に対して科学的な助言を行うことがその使命であるが、特に共同研究課題の募集時にその
トピックスに関しての推薦等を行う。
事務局は Executive Director(現在は Michel Goldman 教授)に率いられ、IMI-JU の
日々の運営に当たると共に、運営委員会からの指示や質問に対応する。主たる業務内容は
以下のとおりである:
・毎年のテーマ募集(コール)と応募者からの IMI の資金援助を受ける候補者の選定
・予算管理
・IMI 内外のコミュニケーションの確立
(3)予算及び各プロジェクトへの資金提供
2008 年からの約 10 年間の共同研究に必要な費用として 20 億ユーロを見込んでおり、
うち 10 億ユーロの公的資金を EC が、残り 10 億ユーロ相当を EFPIA 加盟会社が現物
(in-kind)で、それぞれ拠出する。現物とは、労務提供、研究施設の提供、データや試料
の提供等が相当し、直接・間接経費の実費分又は労務提供の場合は平均 FTE(常用雇用者
換算)で算出する等、換算法の詳細が会計規則により定められている。
図1
IMI の組織体制
- 80 -
第三章
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
なお、これらの EU や EFPIA 会員企業から提供された資金や現物は各プロジェクトに
配分されるが、EU からの提供資金を使用できるのは中小サイズの企業、学術機関、非営
利研究団体、患者団体、公共団体及び専門機関を含む政府間機関に限られており、EFPIA
会員企業には配分されない。各共同研究プロジェクトの研究期間は基本的に 5 年間とな
っており、単年度予算ではなく全研究期間の費用が計上される。
(4)共同研究プロジェクトの選定の仕組み
共同研究プロジェクトの選定と各共同研究プロジェクトへの参加メンバーの選定の仕組
みは図 2 に示すようなユニークなものである。以下、プロジェクトの選定から研究開始ま
で順を追って概説する。
① 研究トピックスの定義(Definition of Research Topics)
EFPIA 加盟会社(EFPIA コンソーシアム)は IMI の研究指針と年間計画に基づき、
連携の為のトピックを特定する。IMI 事務局は
学術団体、医療機関、中小企業、規
制当局、患者団体から成るコンソーシアムに対して、プロジェクトの提案募集(コー
ル)を行う。
②プロジェクトの募集
参加を希望するコンソーシアムはプロジェクト案(Expression of Interest)を提出
し応募する。独立専門家による評価、順位付けを受ける。IMI は第 1 位のコンソーシ
アムにそのプロジェクト案での、EFPIA コンソーシアムとの合流を招請し、プロジェ
クトコンソーシアムが形成される。参加する EFPIA 会員会社の 1 社がコンソーシア
ム全体の取りまとめを行う。
③プロジェクトの採択
プロジェクトコンソーシアムはプロジェクト最終提案(Full Project Proposal)を作
成し、独立専門家と倫理委員会による評価を受ける。IMI 運営委員会は交渉段階への
招請を行う。
④交渉からプロジェクト開始
プロジェクトコンソーシアムのメンバーは IMI と契約条件について交渉を行う。合意
後、
IMI 運営委員会の承認の下、共同研究及び助成金に関する契約(Grant Agreement)
を締結し、プロジェクトが開始される。
2008 年の第 1 次コールでは、
約 150 件の応募があり、最終的に 15 件が選定され、2009
年から 2010 年に共同研究が開始されている。なお昨年(2013 年)12 月に募集された
第 11 次コールを以て最後となるが、本年(2014 年)4 月が応募期限(Expression of
Interest の提出期限)であり、本年 12 月のプロジェクト開始を目標としている。
- 81 -
第三章
図2
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
プロジェクトの提案、選定から開始まで
(5)知的財産の管理
コンソーシアムメンバーより各プロジェクトの共同研究に提供される知的財産や、各プ
ロジェクトの成果として取得された知的財産については図 3 に示すようなポリシーで管理
運用されている。
まず、それぞれの知財の所有権については以下のように規定されている。
・バックグラウンド知財:プロジェクト開始以前から参加者が所有し、プロジェクト
に提供される知財。所有権はそれを提供したコンソーシアム参加者のままである。
・フォアグラウンド知財:プロジェクトの成果として生み出されたサイドグラウンド
知財を除く知財。所有権は IMI でなく、それを産み出したコンソーシアム参加者が
保持する。
・サイドグラウンド知財:プロジェクトから産み出された成果であるが、プロジェク
トの目的外の知財。所有権はフォアグラウンド知財と同じく、それを産み出したコ
ンソーシアム参加者に帰する。
知財の使用条件についても規定されており、参加者のそのプロジェクトでの利用のため
の使用料は不要であるが、参加者のプロジェクト目的以外への利用、第三者の研究目的利
用については、それぞれ適切な使用条件が定められる。商業目的利用も可能で使用条件は
プロジェクト毎に、若しくは個別の交渉により定められる。
- 82 -
第三章
図3
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
IMI に提供された、若しくは生み出された知的財産の管理
4.これまでの実績
2008 年の第1次コール以降、毎年募集が行われており、2013 年の第 11 次コールが最終
となる。現時点(2014 年 2 月)で共同研究が開始されたプロジェクトは第 7 次コールま
でで計 41 件である。投入された資金(EU からの公的資金と EFPIA 会員企業から現物と
して拠出される分の合計)は合計約 13 億ユーロ、1 件当たりでは最低 600 万ユーロ(約 8
億円)から最高 1 億 9,700 万ユーロ(約 276 億円)まで、平均で約 3,200 万ユーロ(約
45 億円)である。
各プロジェクトのテーマの一覧を図 4 に示すが、2004 年の EFPIA の Vision Document
の 4 つの課題を反映したもの、すなわち、バイオマーカーの探索と活用、疾患毎のメカニ
ズム及び疫学研究、創薬・治験のシステム全体の改善、毒性・副作用の予測に関するもの、
医薬 R&D に関する教育・啓発関係が多くを占めている。各トピックスへの予算配分は、
図 5 に示すように、第 11 次コールまでの累積で感染症関係が 7 億 1,200 万ユーロ、37%
と最も多く、以下、創薬(11%)、脳疾患(9%)、代謝性疾患と医薬品の安全性(それぞれ
6%)、幹細胞、がん、データ管理、炎症性疾患がそれぞれ 4%と続いている。
IMI の各プロジェクトコンソーシアムへの参加団体数(延べ数)は、第 9 次コールまで
で EFPIA から 409 チーム、学術・研究団体から 650 チーム、中小企業から 120 チーム、
患者団体から 25 チーム、規制当局から 17 チームとなっており、参加する研究者の合計は
6,000 名を超えると言う。
- 83 -
第三章
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
5.注目すべきプロジェクトの例
これまでに開始された 41 プロジェクト及び準備中のプロジェクトのうち、いくつかの
注目すべき例について以下に述べる。
(1)薬剤耐性菌への対応
欧州では毎年約 25,000 人が感染症で死亡し、経済損失が年間 15 億ユーロと言われてい
るが、過去 30 年間に登場した抗生物質は 2 種類のみと言う状況から、IMI では ND4BB
(Combatting Antimicrobial Resistance – NewDrug4Badbugs)と言うプログラム名で薬
剤耐性菌克服の取り組みを進めている。 ND4BB プログラムでは 9 つのプロジェクトが開
始、又は準備中であり、総額 6 億 5,500 万ユーロの投資を決めている。内容的には科学的
課題の解決、産業連携の新たなモデル育成、臨床ネットワークの開発、規制面の再検討、
産業界へのインセンティブ提供を目指している。
(2)アルツハイマー病
アルツハイマー病は欧州で現在 1,000 万人が罹患、2040 年には 1,400 万人に到達すると
されており、現在の欧州での経済損失は年間 1,800 億ユーロと言われているが、このとこ
ろ 3 件の大規模臨床試験で新薬の有効性が確認できなかったこともあり、医薬品開発への
障害を取り除く必要性が訴求されている。IMI では以下の 3 件のプロジェクトに対し、
1 億 1,400 万ユーロを投資する。
・患者における薬剤候補品の有効性を予測するモデルの開発
・遺伝的背景、生物学的異常、脳画像の変化、精神的症状及び疾患の進行等の関連を解
明するために 4,000 万人分のデータを取得、紐付けして解析
・病因の違いに基づく個別化治療を行うため、アルツハイマー病のサブグループを特定
(3)自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorders、ASD)
ASD は子供の 1%に発症し、生涯における医療コストが1人あたり 300 万ユーロ、英国
での年間コストが 400 億ユーロと言われている。病因論に関しては未解明で、過去の MMR
ワクチン説やフランスでの精神分析理論等は不信だけが残る状況であり、治療薬開発に関
しても脳回路の複雑性、患者の多様性、疾病活動をモニターできる信頼性のある指標の欠
如といった高い障壁が存在する。これらの問題の克服のため、IMI では以下の 2 つの大規
模臨床研究のプロジェクトを立ち上げている。
・ASD 発症に先行するバイオマーカーの特定
・小児及び成人における ASD バイオマーカーの信頼性に関する経時的研究
この pre-competitive な官民パートナーシップ EU-AIMS には、EFPIA 会員企業 6 社、
学術研究拠点 14 か所、中小企業 2 社、及び患者団体が参画、参加する研究者は 120 名を
超える。投入する予算は 3,500 万ユーロである。
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第三章
図4
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
開始された IMI のプロジェクト一覧(第 1 次~第 7 次)
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第三章
図5
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
第 11 次コールまでの予算配分(トピックス毎)
(4)糖尿病
2030 年には欧州で 4,300 万人が糖尿病に罹患すると予想されている。また、糖尿病治療
薬には心血管系の合併症のリスクを伴うものがあること、医薬品開発への障害として、患
者の多様性や原疾患や合併症の活動性を見るための信頼性の高いマーカーの欠如が挙げら
れる。IMI では新たな糖尿病治療薬の開発促進を目指し、3 件のプロジェクトを立ち上げ、
既に 1 億 1,700 万ユーロを投資している。
・科学的課題の解決
・糖尿病及び合併症の振る舞いに関する信頼性の高い指標の開発
・個々の患者ニーズに適合する個別化治療の開発
(5)医薬品の安全性及びベネフィット・リスク評価
以下、4 件のプロジェクトが立ち上がっている
① SAFE-T:より安全かつ迅速なエビデンスに基づいたバイオマーカー
・薬剤誘発性の肝・腎・血管障害に対する 153 のバイオマーカー候補を評価するた
め、17 件の探索臨床試験を開始、一部は完了。
② eTOX:信頼性の高い毒性予測システムの開発
・EFPIA 会員製薬会社 10 社の化合物の毒性情報のデータベース構築と毒性予測シ
ステム、eTOXsys の開発。毒性予測モデルの構築。
③ PROTECT::ベネフィット・リスク評価の向上
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第三章
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
・EMA、規制当局 4、EFPIA 会員企業 12、学術機関 11、中小企業 2 社、患者団体 1
団体が参加。
・Natalizumab を題材として、有効性と副作用のリスク・ベネフィット評価法を改善
するためのケーススタディを実施している。
④ ADVANCE コンソーシアム:ワクチン接種のベネフィット・リスク評価
・EMA、規制当局 5、学術機関 6、EFPIA 会員企業7で構成。
・ワクチンのリスク・ベネフィット評価のフレームワークを立案し、すべての利害関
係者によって承認され、実施可能となることを目指す。
(6)創薬支援・化合物ライブラリーとスクリーニング
開始されているプロジェクト中、予算面で最大規模のものが European Lead Factory
(ELF)と言う、化合物のスクリーニングに関するプロジェクトである。1 億 9,600 万ユ
ーロが投資されるが、EC から 8,000 万ユーロが資金提供され、9,100 万ユーロが EFPIA
会員企業から、残り 2,500 万ユーロが非会員の企業から、それぞれ現物で拠出される。ま
た、このプロジェクト自体で 150 名を雇用する。
参加している EFPIA 会員会社は Bayer、Janssen、Lundbeck、AstraZeneka、Merck
KGaA、Sanofi、UCB の 7 社で、合計で 30 万の最適化された化合物を提供する。EFPIA
会員外の中小サイズの企業は 10 社、更に 12 の大学と公的研究機関が参加している。彼ら
は新たな 20 万の高質な化合物の合成に寄与する予定であり、合計 50 万の化合物からなる、
Joint European Compound Collection と名付けられるライブラリーを構築、スコットラ
ンドの Automated Compound Store(ACS)に保管する。
本プロジェクトでは新たに European Screening Centre をオランダに設置しており、自
動化された Ultra High Throughput Screening を実施する。標的分子及びスクリーニング
系の提供は広く、アカデミア、企業から募集している。IMI はスクリーニングを IMI の費
用で実施した後、結果を提供者に返すが、商業化にあたっては、EFPIA 会員企業にライセ
ンス交渉の第一優先権を与える等の経済条件が定められている。
(7)教育、啓発
教育・訓練関係のプロジェクトもいくつか開始されているが、PharmaTrain は最初期に
開始されたプロジェクトであり、医薬品開発の専門家を養成するための教育訓練コースを
種々開発し、実施している。EFPIA 会員 15 社、22 の大学と 11 の公共団体が参画してい
る。教育内容は関連法規、規制関係、プロジェクト管理、創薬科学全般、医療経済学、統
計学、データ管理等多岐に亘っており、短期間のコースに加え、修士号や Diploma の取得
できるコースも設定されている。また、グローバル展開も検討されており、日本では一般
財団法人・日本製薬医学会が 2013 年より PharmaTrain の標準カリキュラムに準拠した製
薬医学教育コースを開講している。その履修実績は EU 内外の PharmaTrain プロジェク
トに参加する各国で認知される。
6.今後の展望、IMI 2 へ
IMI は現在募集中の第 11 次コールで終了となるが、その後も同様のプロジェクトを
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第三章
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
IMI 2 として承継することが昨年 7 月の時点で EC より提案されており、現在、欧州議会
と EU 加盟国でその審議が進められているようである。IMI 2 の概要を以下に纏める。
(1)予算規模、年限
2014 年からの 10 年間のプロジェクトとして設計されており、予算規模は IMI より増額
されて、総額 34 億 5,000 万ユーロ、うち 17 億 2,500 万ユーロを EC が拠出し、EFPIA
が現物として 15 億ユーロを負担する。加えて、他のライフサイエンス企業が参加を決め
た場合は 2 億 2,500 万ユーロを現物で提供することになる。EC から提供される公的資金
は、本年から 7 年間の研究イノベーションの投資計画で総予算額 800 億ユーロの Horizon
2020 から拠出される。
(2)運営方法、プロジェクト選定方法等
基本的に IMI のそれを引き継ぐようであるが、各種の規則の簡素化、特に会計処理や知
財の管理に関するルールが緩和される方向となる模様である。また、製薬産業以外の企業
の参加の道も開かれる。
(3)目的、目標
高齢化時代を迎える欧州により有効かつ効果的な医薬品と医療を提供すること、あるい
は個別医療の実現、“the right prevention and treatment for the right patient at the right
time”を設立目的として掲げ、成果目標としては以下を挙げている。
・WHO により選定された優先医薬について、臨床試験での成功率を 30%向上させる。
・免疫、呼吸器、神経、神経退行性の各疾患領域で臨床 POC を 5 年以内に取得
・上記領域の 4 疾患で新規診断マーカーの承認を取り、抗生物質若しくはアルツハイマ
ー病で最低 2 個の新薬を創製すること。
7.所感
前回のヒューマンサイエンス振興財団国外調査チームの訪問より 2 年半が経過したが、
今回のヒアリングで、稼働開始した共同研究プロジェクト数が大幅に増加、内容的にも、
EFPIA が最初に企図した創薬のボトルネック解消を目指した課題、テーマが着実にプロジ
ェクトとして確立されていることが明らかとなった。おそらく、EFPIA の会員企業のみな
らず、欧州産学官のステークホルダーの IMI に対する関心が相当に高まっているものと思
われる。
このように IMI が隆盛を迎えたことの要因としては、①プロジェクト 1 件ごとの予算額
が大きいこと、②予算が単年度予算でなく、最初に全期間の経費を賄う予算が投下される
こと、③EFPIA 会員企業からは資金提供でなく現物出資であること、④プロジェクトの評
価は第三者機関で公平に行われること、⑤中小サイズの企業には起業間もないバイオベン
チャーも含まれるが、官民の資金や現物面の支援とともに、アカデミアや規制当局からの
知財や情報の提供も受けられること、⑥EFPIA 会員の大手製薬企業にとっては、複数の企
業がプロジェクトコンソーシアムに参加できることから、pre-competitive な連携に入りや
すい環境にあること、等が挙げられよう。
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第三章
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
EFPIA 加盟企業の IMI に対する評価については公式な表明が見つからず、不明である
が、更に規模を拡大した、IMI 2 が計画されていることを見ると、全体的にポジティブな
捉え方になっていると推察される。特に、IMI 2 では製薬産業のみならず、関連産業ある
いは異業種の企業にも門戸を開放するとのことであるので、製薬のみならず、健康医療産
業全体の育成、競争力強化に繋がっていくものと思われる。
わが国で現在構想が練られている、健康医療戦略や日本医療開発機構を中心とした医療
分野における研究開発に関する総合戦略では、アカデミア発の創薬シーズの探索と開発が
謳われてはいるが、IMI と比べ、まだシステム的なところが整っているとは言い難い。企
業間の pre-competitive 連携やバイオベンチャーの育成策、予算システムの柔軟化、更に
はプロジェクト評価の公平性を盛り込んだ、IMI や米国の産官連携に対抗できるわが国固
有のシステムの構築が望まれる。
参考文献、資料
1) 財団法人ヒューマンサイエンス振興財団・平成 23 年度国外調査報告書
解読 10 年を経た個別化医療の進展と新たな創薬の方向性を探る”
2) 兼本典明
“ヒトゲノム
99-103 (2012)
“欧州製薬団体連合会(EFPIA Japan)について:課題と取り組み”
ファルマシア
49: 780-784(2013)
3) NEDO 海外レポート
“革新的医薬品イニシアティブによる官民共同研究がスタート”
No. 1047(2009.7.01)
4) EFPIA のホームページ:
http://efpia.eu/
5) EFPIA-Japan のホームページ:
http://efpia.jp/
6) 各プロジェクトのホームページ:
EMTRAIN
Eu2P
Pharmatrain
SafeSciMET
EUROPAIN
IMIDIA
NEWMEDS
Pharma-Cog
PRO-active
SUMMIT
U-BIOPRED
eTOX
MARCAR
PROTECT
SAFE-T
BTCure
Onco Track
PREDECT
QuiC-ConCePT
RAPP-ID
DDMoRe
http://www.emtrain.eu/index.php/about/imi
http://www.eu2p.org/
http://www.pharmatrain.eu/
http://www.safescimet.eu/
http://www.imieuropain.org/
http://www.imidia.org/
http://www.newmeds-europe.com/
http://www.alzheimer-europe.org/Research/PharmaCog
http://www.proactivecopd.com/
http://www.imi-summit.eu/
http://www.ubiopred.eu/
http://www.etoxproject.eu/
http://www.imi-marcar.eu/
http://www.imi-protect.eu/
http://www.imi-safe-t.eu/
http://btcure.eu/
http://www.oncotrack.eu/
http://www.predect.eu/about/
http://www.quic-concept.eu/
http://www.rapp-id.eu
http://www.ddmore.eu/
- 89 -
第三章
EHR4CR
Open PHACTS
EUPATI
DIRECT
EU-AIMS
PreDiCT-TB
ABIRISK
BioVacSafe
MIP-DILI
CHEM21
COMPACT
EMIF
eTRIKS
K4DD
ORBITO
STEMBANCC
ELF
COMBACTE
〔2〕 欧州の創薬支援戦略、IMI と EFPIA
http://www.ehr4cr.eu/
http://www.openphacts.org/
http://www.patientsacademy.eu/
http://www.direct-diabetes.org/
http://www.eu-aims.eu/
http://www.predict-tb.eu/
http://www.abirisk.eu/
http://www.biovacsafe.eu/
http://www.mip-dili.eu/
http://www.chem21.eu/
http://www.compact-research.org/
http://www.emif.eu/
http://www.etriks.org/
http://www.k4dd.eu/
http://www.orbitoproject.eu/
http://stembancc.org/
http://www.europeanleadfactory.eu/
https://www.combacte.com/
使用した図及び数値は、EFPIA-Japan より提供された資料による。
無断転写、無断使用を禁ずる。
- 90 -
第四章
考察
2013 年 6 月 14 日に閣議決定された「日本再興戦略」及び同日付の関係大臣の申し合わ
せ「健康・医療戦略」において、推進本部の設置、医療分野の研究開発に関する総合戦略
の策定及び研究開発の推進、医療分野の研究開発の予算要求の一元的な調整及び戦略的・
重点的配分、研究開発の推進体制の整備等々、革新的な創薬シーズや基盤技術等の創出に
向けた具体的な項目が盛り込まれた。現在、この内容に基づいて医療分野における各施策
が進められている。
今回、健康・医療戦略や日本医療研究開発機構、創薬支援ネットワークあるいは海外の
創薬支援政策や連携事業等について、行政や公的研究機関、在日フランス大使館科学技術
部、EFPIA-Japan 等の担当者や責任者の方々にお話を伺うとともに、ヒューマンサイエ
ンス振興財団研究資源委員会から企業の要望を述べ、議論を行った。ここでは産学官連携
による創薬に関して各政策の進捗状況や課題等について考察する。
■
健康・医療戦略及び日本医療研究開発機構
日本再興戦略及び健康・医療戦略の策定後、医療分野における研究開発の司令塔機能の
本部として、2013 年 8 月に健康・医療戦略推進本部が内閣に設置され、内閣官房の健康・
医療戦略室が事務局機能を担うことになった。従来から健康・医療分野の研究開発に係わ
る政策は、文部科学省、厚生労働省、経済産業省の 3 省が分担しており、しばしば省庁縦
割りの弊害が指摘されていたが、健康・医療戦略本部の設置によって各省からの予算要求
を一元的に調整することが可能となった。2014 年度の医療分野の研究開発関連予算につい
ては、新独法(日本医療研究開発機構)対象経費 1,215 億円、独立行政法人や国立研究機
関の運営費交付金によるインハウス研究機関経費 740 億円の計 1,955 億円となり、更にこ
の予算額に加え科学技術イノベーション創造推進費(500 億円)のうち 175 億円を調整費
として充当することも決まり、医療分野の研究開発関連予算は日本再興戦略を踏まえて前
年度に比べ増額となった。米国 NIH(National Institute of Health)の予算(2014 年度
予算要求額:313 億ドル)と比較すると、その規模の違いに対する不安の声もあるが、単
純に予算額を比較するのではなく、取り組み内容、予算配分、長期的な視点等がより重要
であると思われる。
2014 年度の主な取り組みとしては、医薬品創出の基盤強化(254 億円)、オールジャパ
ンでの医療機器開発(112 億円)
、再生医療の実現化ハイウェイ構想(151 億円)、疾病克
服に向けたゲノム医療実現化プロジェクト(70 億円)、革新的医療技術創出拠点プロジェ
クト(121 億円)
、疾病領域毎の各プロジェクト(がん:172 億円、脳神経疾患:71 億円、
感染症:53 億円、難病:93 億円等で計 389 億円)等が挙げられている。疾病領域毎のプ
ロジェクトにおいて、がんや難病等への重点配分が行われているが、これらの配分につい
ては、その成果等を見極め、研究の多様性を奪うことのないようにバランス良く運用して
いくことが必要である。
医療分野の研究開発の司令塔機能の本部として内閣に設置された「健康・医療戦略推進
- 91 -
第四章 考察
本部」が医療分野の研究開発の総合戦略を策定する際、外部の有識者や専門家から助言を
受けることになり、
「健康・医療戦略参与会合」及び「医療分野の研究開発に関する専門調
査会」の 2 つの外部機関が設置された。
「健康・医療戦略参与会合」は、産業界・医療関係
機関等の有識者から構成され、一元的な研究管理の実務を担う新独法に求められる機能や
医療分野の研究開発の出口戦略に関する専門的助言等の政策的助言及び提言を行い、一方、
「医療分野の研究開発に関する専門調査会」は総合戦略の基本的な考え方(達成目標等)
を専門的・技術的見地から助言するとされている。このように外部機関の有識者の意見が
総合戦略に反映されることは非常に有用であり、今後、総合戦略に基づいて実際の取り組
みを進めていく際にも、可能な限り産・学の専門家との連携を図っていることが重要にな
る。
健康・医療戦略では、研究管理の実務を担う中核組織の創設について、総合戦略に基づ
き、個別の研究テーマの選定、研究の進捗管理、事後評価等、日本として戦略的に行うべ
き実用化のための研究を基礎段階から一貫して管理し、実務レベルの中核機能を果たす独
立行政法人日本医療研究開発機構を設置すると明記されている。健康・医療戦略推進本部
が司令塔の本部としての役割を果たすのに対して、日本医療研究開発機構は一元的な研究
管理の実務を担う組織と言える。同機構は 2015 年 4 月 1 日に設立予定であり、現在のと
ころ、その規模や人員構成等は明らかになっていないが、官民から(特に民から)積極的
に人材を確保し、着実に実務を進めていくことが期待される。同機構に対しては、プロジ
ェクトマネジメントの重要性が指摘されている。その役職員には、優れたシーズを見出す
目利き力、臨床試験への橋渡しや産業界への導出に向けての企画力、規制への対応力等々
の能力が求められる。省庁間の垣根を越えて、また、産学官を含めて幅広く真に有能な人
材を確保することが達成目標の実現のために必須である。
■
創薬支援ネットワーク
創薬支援ネットワークは、大学・研究機関等の優れた基礎研究の成果を確実に医薬品の
実用化に繋げるため、基盤研が中心となって、理研、産総研、大学等と連携協力し、がん
をはじめとする 8 つの重点領域における有望なシーズに切れ目のない実用化支援を行い、
治験への導出等を図ることを目指したものである。
2013 年 5 月には基盤研に創薬支援ネットワークの本部機能を担う創薬支援戦略室が新
設され、創薬支援ネットワークはオールジャパンでの創薬支援体制として、日本医療研究
開発機構の創設に先行して活動を進めている。現在、基盤研、理研、産総研が連携して強
固なネットワークを構築し、各々の強みを生かして創薬シーズを出口となる企業の開発に
繋げるため、戦略策定、創薬技術支援、進行管理等、総合的な支援を進めているところで
ある。創薬支援戦略室には企業出身の創薬エキスパートも在籍しており、出口戦略の策定
に力を発揮することが期待される。しかしながら、各企業は自社研究開発の状況等から研
究開発の進め方や戦略等を常に見直しており、創薬支援ネットワークの成果と出口となる
企業のニーズとの間でミスマッチが起こる可能性がある。そこで進行中の創薬シーズに対
して早い段階から企業が関わり、創薬シーズの育成に関与あるいは支援できるようなシス
テムがあれば、更に有益と思われる。一方で、国家事業として進められている創薬支援ネ
ットワークに対して、特定の企業のみが利益を享受することは公平性の観点から問題とな
- 92 -
第四章 考察
る可能性がある。国民の健康寿命の延伸のため、創薬支援ネットワークと各企業がオープ
ンな場で議論していくことが重要である。
今回の調査研究により、理研の先端技術・基礎研究力の高さや産総研の幅広い分野にお
ける総合的な技術開発力を確認することができた。理研では、創薬・医療技術基盤プログ
ラムを 2010 年 4 月より開始し、これまでに理研の先端技術力と基礎研究を融合したテー
マ・プロジェクトが確実に前進し、既に出口を見出して臨床研究に入っている課題もある。
創薬におけるスーパーコンピュータ「京」の利用については着実に前進し、標的タンパク
質に対する候補化合物の探索や効果・副作用の予測等において、システムの開発効率やス
ピードが飛躍的に上がっている。また、産総研においては、アカデミアや企業にはない独
自の先端技術、例えば高精度定量プロテオミクス技術、汎用ヒト型ロボット「まほろ」、
NMR を基盤とした分子相互作用解析技術、天然物ライブラリーの保管及び活性本体の単
離精製技術等を確認できた。これらの先端技術力や基礎研究力等を集結すれば、従来とは
異なる独創的な成果に繋げていくことが可能である。
■
海外の創薬支援と連携事業
在日フランス大使館では、フランス政府が進めている産業クラスター政策に関する現状
や将来像を確認することができた。競争力拠点の形成に向けては、全産業を対象とする包
括的な産業政策ではなく、地域の強みを生かし、ブランド化した地域クラスターを形成し
ており、更に世界的な競争力を意識して、助成金や優遇策のインセンティブ等により特定
領域を強化している。これらの競争力拠点は、特定の地方内に立地する産学官を結集させ
ており、革新的な技術や製品の創造と地域雇用の増進にも繋がり、大きな可能性を感じる。
EFPIA-Japan 事務局からは、欧州の産学官の創薬に関する連携システムである IMI
(Innovative Medicines Initiative)の活動状況や今後の展開を確認できた。IMI は製薬
産業の競争力の強化を目的に 2007 年に設立され、EU(欧州連合)からの 10 億ユーロの
公的資金及び EFPIA 加盟企業からの 10 億ユーロ相当の現物支給(労務提供や研究施設の
提供等)の計 20 億ユーロの財政基盤により、産学官の共同研究を支援している。現在で
は IMI の共同研究プロジェクト数が大幅に増加し、更に規模が拡大された IMI 2 も計画さ
れる等、順調に機能している。その要因としては、①プロジェクト 1 件毎の予算額が大き
い、②予算が単年度ではなく、最初に全期間の経費を賄う予算が投下される、③EFPIA 会
員企業からは資金提供でなく現物出資である、④プロジェクトの評価は第三者機関で公平
に行われる、⑤中小企業やバイオベンチャーが官民の資金や現物面の支援とともにアカデ
ミアや規制当局からの知財や情報提供も受けられる、⑥EFPIA 会員の大手企業にとっては、
複数の企業がプロジェクトコンソーシアムに参加できることから、前競争的
(pre-competitive)な連携に入りやすい環境にある、等々が挙げられる。特に使いやすい
資金面はアカデミアあるいはバイオベンチャーにとって魅力的なものになっているであろ
うし、EFPIA 会員企業は資金でなく現物出資ということで、自社研究開発に不要となった
研究リソースの有効活用ということでは受け入れやすいものではないかと思われる。産業
育成、強化という面でも、新興バイオベンチャーにとっては資金と共に大企業からの技術
(知財)や人材(経験)が得られるというメリットがあり、大企業にとっても
pre-competitive collaboration に速やかに入りやすい環境が整備されということになるで
- 93 -
第四章 考察
あろう。以上の点については、今後、本格展開していく日本の産学官連携による創薬シス
テムにとって、参考になる点も多々あるものと思われる。
日本における健康・医療分野の研究開発については、司令塔の本部となる健康・医療戦
略推進本部や関連組織が設置され、予算配分も一元化された。研究管理の実務を担う中核
組織の日本医療研究開発機構も 2015 年 4 月に設立予定であり、創薬支援ネットワークや
再生医療研究の推進等により、国を挙げて創薬支援に取り組むことになる。単に米国 NIH
を踏襲すると言う考えではなく、日本独自のシステムを構築していくことが重要である。
- 94 -
第五章
提言
本調査研究を踏まえて、主として政府や創薬支援ネットワーク及びその参画機関に向け
た提言として取りまとめた。一方で民間企業に向けては、これらの仕組みを最大限活用し
て各社の発展に繋げて行くことを併せて提言したい。
提 言
1.健康・医療戦略の推進
【提言1】
戦略全体像の明確化を望む
【提言2】
柔軟な資金運用体制を望む
2.創薬支援ネットワークの推進
【提言3】
企業からの協力体制の充実を望む
【提言4】
効率的な推進体制と公平な評価体制の充実を望む
【提言5】
臨床現場との連携を望む
3.産学官連携の推進
【提言6】
中核人材の育成による前競争的連携、ベンチャーの育成を望む
【提言7】
情報発信の充実を望む
1.健康・医療戦略の推進
【提言1】
戦略全体像の明確化を望む
 健康・医療戦略推進本部が設置されて日本医療研究開発機構設立に向けて準備が進ん
でおり、省庁の枠を超えた健康・医療戦略推進の体制整備が進んでいる。しかしなが
ら、産学官それぞれの機能や役割分担に関し、各種スケジュール、手続き等具体的な
推進方策や長期的視点に立った年次計画や達成目標が必ずしも明らかとなっていな
い。新独法に関する法案成立後、急速に体制構築と諸施策の立案が進むと思われるが、
戦略の全体像の明確化と産学へのタイムリーな情報提供を望む。
【提言2】
柔軟な資金運用体制を望む
 これまでも公的資金に民間資金を組み合わせた、研究開発の経済的支援体制が構築さ
- 95 -
第五章
提言
れてきているが、単発的であり、所管の省庁主導の旧来の予算体系であったため、必ずしも
研究開発当事者にとって使いやすいシステムではなかったと思われる。将来において民間
の資金の流入も可能となる予算運用体系の構築が期待される。
 今後は年度を跨いだ予算の使用、省庁横断的な資金運用等研究開発当事者にとって使
い易い仕組み、並びに税制優遇策等のインセンティブの導入、返済条件の見直し等企
業にとってリスクの取りやすい補助金、助成金の拡充、あるいは新規のマッチングフ
ァンドの創設等が望まれる。政府による医療分野の研究開発への資金援助がある程度
長期的に継続されることが担保されるべきである。
2.創薬支援ネットワークの推進
【提言3】
企業からの協力体制充実を望む
 アカデミア創薬の出口において企業への滞りなきシーズの引き渡しを実現するには、
研究の早期段階からの企業の関与が必須である。知的財産権確保に配慮をしつつ、シ
ーズ育成の初期段階からアカデミアより開示可能な情報を発信し、複数の企業が参加
する Pre-competitive(前競争的)な情報交換の場や仕組み作りを望む。
 さらに、シーズについては、アカデミア側からのアプローチと、実用化の観点からの
企業のアプローチ、あるいはニーズの観点からの臨床現場のアプローチ、それぞれの
方向から、歩み寄ることのできる産学官の連携の仕組み作りを望む。
 一方でシーズとニーズがマッチした場合は、ライセンスアウト等、特定企業との一対
一の連携を早期から行える仕組みも望まれる。ただしこの場合は特に公平性と透明性
に留意すべきである。
【提言4】
効率的な推進体制と公平な評価体制の充実を望む
 アカデミアのシーズを育成して確実に産業化に結び付ける為、製薬企業等が求めるニ
ーズを調査すると共に普段からの対話を充実し、それに対応したシーズの発掘と育成
に期待する。
 また、各プロジェクトに対しては、メディカルアドバイザーや臨床医等を含む第三者
による公平な臨床応用等に関してのアドバイス及び評価、更にはプロジェクトの迅速
な継続・中止の判断が可能なマネジメント体制を構築するべきである。
【提言5】
臨床現場との連携を望む
 創薬支援ネットワークにおいては、アカデミア発シーズを確保し開発を進めている
Academic Research Organization(ARO)機能を持つ臨床研究中核病院等に対して、
期待される役割とその持つべき機能の違いを明確にすると共に、連携の在り方につい
てあるべき姿を構築すべきである。
 また、臨床現場からのニーズを創薬支援ネットワークの活動に反映する仕組み作りを
望む。
- 96 -
第五章
提言
3.産学官連携の推進
【提言6】
中核人材の育成による前競争的連携、ベンチャーの育成を望む
 創薬支援ネットワーク等の中核となる人材については、アカデミアと企業の双方向の
人材交流による育成を推進することが重要である(提言 3、4 参照)。この交流は、日
本の強みを生かした Pre-competitive(前競争的)な連携体制の構築に向けての環境
の醸成にも繋がるものである。
 また、ベンチャー育成においては資金面の援助に加えて、大学におけるベンチャー経
営者育成システムの構築や、産学官による人的ネットワークを介した総合的な起業支
援が望まれる。
【提言7】
情報発信の充実を望む
 それぞれの機関が持つ創薬シーズや先端的技術は、実用化を進める産業界に的確に届
いていないのが現状であり、産業界が評価を行う際に必要な情報を具体的に公表すべ
きである。論文発表だけではなく、プレスリリース等でのタイムリーな公開、研究機
関における研究動向や方向性の開示、技術シーズについては企業の利用件数や導出件
数等も含めたその技術水準に関する情報の公開も望まれる。
 個々のプロジェクトにおいては、事業目標、内容、期待される成果、創薬ステップの
中での位置付けや進捗状況等について明確かつタイムリーに公表頂きたい。
 更には理研や産総研等の技術を活用した成功例を積極的に公開すべきである。それに
より企業が個別技術の導入に踏み切りやすくなると期待される。
- 97 -
おわりに
長く続いた経済の低迷から脱却し、日本経済再生を目指すわが国の成長戦略として、昨
年(2013 年)の 6 月 14 日に「日本再興戦略」が閣議決定されました。安倍政権の経済施
策「アベノミクス」の 3 本目の矢となる成長戦略「日本再興戦略」では、わが国の医療分
野における研究開発の司令塔機能の創設が掲げられ、昨年の半ば以降、本年(2014 年)の
3 月まで、推進本部の設置、2014 年度予算要求の基本方針の決定、内閣官房長官による各
省ヒアリング、関連予算の要求取りまとめ、概算要求の取りまとめ、予算編成、総合戦略
の基本的考え方の策定及び決定、関連法案の準備及び提出等、わが国の創薬支援政策や連
携事業の環境整備が慌ただしく進められました。
このように変化が激しい中で、「産学官連携による創薬-アカデミア発シーズへの創薬
支援戦略-」の主題でレポートをまとめるのはある程度の方向性が固まってからの方が良
いのではないかとの思いもありましたが、逆に形が固まっていない時期であるからこそ、
レポートの考察や提言の意味も大きくなるのではないかと考え、本調査研究を進めてきま
した。お忙しい中、貴重なお時間を割いて調査研究にご協力いただいた方々に、この場を
借りまして厚く御礼申し上げます。
今後のわが国の健康・医療分野における研究開発の推進については、これまで以上に産
学官が一体となって取り組む必要があります。今後、進められる各政策についても、行政
にすべてを任せっきりにするのではなく、製薬業界や各企業がより早い段階から関わり、
一緒になって具体的成果に結びつけていくことが重要です。本レポートが産学官それぞれ
の関係者の方々にとって参考になれば幸いです。
平成 26 年 3 月
公益財団法人
ヒューマンサイエンス振興財団
研究資源委員会
- 98 -
副委員長
石間
強
副委員長
江口
有
HS レポート No.84
研究資源委員会調査報告書
産官学連携による創薬
- ア カデミ ア 発 シ ーズ へ の 創 薬 支 援 戦 略 -
発行日: 平成 26 年 3 月 31 日
発 行: 公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団
〒101-0032
東京都千代田区岩本町 2-11-1 ハーブ神田ビル
電話 03(5823)0361/FAX 03(5823)0363
(財団事務局担当 加藤 正夫)
発行元の許可なくして転載・複製を禁じます
©2014 公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団