アメリカでの雇用関連の意外な盲点

BUSINESS INTELLIGENCE
アメリカでの雇用関連の意外な盲点
バーンズ&ソーンバーグ法律事務所
弁護士
日系企業統括パートナー
山 本 真 理
シ
カゴ地区のいたるところで建築ラッシュが目立ち、イリノイ州内でも工場の拡張、
雇用増大など、景気が上向きになったことを実感する。昨年から引き続きアメリ
カの景気も大幅回復に向かっているようだ。しかし、企業活動が盛んになると、職場での
弁護士
前田 千尋
紛争や賃金問題が増大する。これも景気回復の証ではあるが、事業拡張に伴う社員の新
規採用、残業の増加などが新たな雇用法関連の問題を巻き起こしている。
米国では、全体の就業時間が延びている中、残業代、社員のカテゴリー区分等に関し
労働局による取調べが強化されている。一方、外国人、移民が多く、更にテクノロジー
の目覚ましい進展により、アメリカでは多くの業務を外国人に依存しているが、これら
の雇用は国防問題にも関係するため、外国人の雇用に関する新しい法律も急激に増加
している。日本でも派遣法の改正や裁量労働制の拡大など雇用に関する新しい立法が
目白押しだが、今回は雇用増大のトレンドの中で特に注意すべき、アメリカでの雇用関
連の意外な盲点をとりあげたい。
Barnes & Thornburg LLP
One North Wacker Dr., Suite 4400
Chicago, IL 60606
Website: www.btlaw.com
日系企業グループパートナー弁護士
山本 真理
Tel:
312 -214 -8335
Email: [email protected]
弁護士
前田 千尋
Tel:
312 -214 -2017
Email: [email protected]
10 JCCC News Chicago
エグゼンプト(Exempt)と
らない。この就業時間規制の対象となる
ノンエグゼンプト(Non-Exempt)
従業員がノンエグゼンプトと呼ばれる。
エグゼンプトとノンエグゼンプトの言
水産業、特定分野の農業、臨時のベビー
葉は聞いたことがあっても、その内容に
シッター等もエグゼンプトと分類される
ついてはよく知らないないという人も多
が、最も身近で問題となるのは、日本で
いかもしれない。米国の公正労働基準法
も話題を呼んでいるホワイトカラー・エ
(Fair Labor Standards Act、
“FLSA”
)は、
グゼンプションであろう。
従業員の就業時間が週 40 時間を超える
アメリカでホワイトカラー・エグゼン
場合には、5 割増の時間外賃金の支払い
プションの対象となるのは、管理職、経営
を義務付けている。しかし、一部のエグ
職、専門職及び外勤セールスマンである。
ゼンプトはこの就業時間規制の対象にな
ホワイトカラー・エグゼンプションの
Japanese Chamber of Commerce & Industry of Chicago
対象となるかは、職務内容、報酬額及び
メディケア、失業保険、労災保険等の負担
また、輸出管理規則(Export Administration
報酬の支払方法に基づいて決定されるも
額を納付しなければならなくなる。また、
Regulations、
“EAR”
)も規制対象品目(情報
のであり、肩書き等によって任意に決定
刑事罰が伴う場合もある。しかし、いず
を含む)の輸出の一部に商務省の承認を
してはならない。仮にノンエグゼンプト
れに分類すべきかは単純明快ではなく、
義務付けており、これにはソフトウェアや
とされるべき従業員をエグゼンプトと
多くの要素を考慮しなければならない。
CNC 制御に関する技術も含まれている。
分類し、不当な賃金を支払っていたこと
2015 年 7 月 15 日 に 労 働 省 は、従 業 員 と
情報を外国人に伝達することも輸出と
により訴訟を提起された場合、雇用者は、
独立請負人の判定法として、いわゆる経
解されることは ITAR と同様であり、外国
未払賃金及びそれと同額の追加賠償金
済的現実性テストを採用する旨表明した。
人に職務を行わせるためには商務省から
(liquidated damage)の支払いを課され
このテストでは、
(1)業務が雇用者の事業
承認を得る必要が生じ得る。
る可能性がある。訴訟となった場合に
にとって不可欠なものか、
(2)業務提供
要する弁護士費用及び訴訟費用も相当
者の損益が本人の管理能力に左右され
以上、雇用関連で最近特に留意しなけ
高額であり、また、就業時間規制の故意
るか、
(3)雇用者と業務提供者の投資の性
ればならない点で、管理者が意識するだ
の違反は刑事罰の対象となり、違反者は
質及び程度、
(4)業務が特別な能力及び
けでも有意義と思われる情報をいくつか
$ 10 , 000 以下の罰金もしくは 6 ヶ月以内
イニシアティブを要するか、
(5)雇用者と
紹介した。
の禁錮又はその双方を科される可能性が
業務提供者の関係が恒久的か、
(6)雇用者
あるので注意が必要である。当然その場合、
が業務提供者に対して有する指揮命令権
社員側にかかった弁護士費用も会社が負
限の性質及び程度、が考慮されることに
担することになる。
なる。全ての要素が総合的に判断される
ことになるため、独立請負人としての契
従業員(Employee)と独立請負人
(independent Contractor)
約すべきかは、充分に検討した上で決定
する必要がある。
従業員と独立請負人の分類もアメリカ
では要注意である。多くの州でもこの分
類の違反に関して法律が制定されるほど
外国人の雇用及び輸出規制
米国では外国人の雇用は珍しくないが、
関心の高い問題でもある。米国の労働統
特定国の外国人は一定の職務を行うこ
計局によると、10 年前の 2005 年には 1030
とはできず、又は職務を行うには承認を
万人(従業員の 7 . 4 %)であった独立請負
得る必要があるので注意しなければなら
人のうち、10 〜 30 % が誤って独立請負人
ない。例えば、武器国際取引に関する規則
とされていたとも言われている。一般に、 (International Traffic in Arms Regulations、
人件費の節約、雇用者としての責任の回
“ITAR”)は、国防に関連する規制対象品
避、推移する労働需要への柔軟な対応等
目(情報を含む)を輸出するためには、
の観点から、従業員として雇用せずに独
事前に国務省から承認を得なければな
立請負人として雇うことにメリットがあ
らないと定めている。情報を外国人に伝
るなどと言われる。しかし、裏返せば、独立
達することも輸出と解されることから、
請負人と誤って分類されてしまうことは、
国防に関連する職務に外国人が就く場合
本来は従業員として受けられた便益を享
には、国務省から承認を得る必要が生じ
受できないことを意味する。そのため、
ることになる。ITAR には、
一部の国籍(具
誤って独立請負人と分類されたという
体的には、アフガニスタン、キューバ、
従業員の言い分が訴訟で認められると、
イラン、北朝鮮、中国等)の外国人に対す
雇用者は未払賃金を支払わなければな
る輸出には承認を与えない旨も定められ
らなくなるほか、遡って税金、社会保障、
ているので、この点も注意が必要である。
November 2015
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