実践事例2 1 研究テーマ 「コミュニケーションを重視した主体的な学力の育成」 2 テーマ設定の意図 テーマ設定の意図は、次の2点である。 (1)相 手 ・ 目 的 ・ 状 況 を 意 識 す る 必 要 生徒は、次のような文章を書く。 「狂悪な犯罪が増え続けているが、一人一人が自分の身の安全を守り、自分も間違いを 犯 さ な い よ う に 気 を 付 け な け れ ば な ら な い 社 会 に な っ て き た 。」 手書きで書いた文章の一部である。変換ミスではない。漢字の誤りは、意味がわからな い か ら 、「 狂 悪 」 な の で あ る 。「 凶 悪 な 犯 罪 が 増 え 続 け て い る 」 現 状 と 「 自 分 も 間 違 い を 犯さないように気を付けなければならない社会」とは対応関係がない。書く内容を明確に 意識していないから、何でもよいことになる。誰に対して、何の目的で書いているのか、 書いた本人に自覚がない。だから、この文章が誰にどう解釈されるかという思考が働いて いない。自己中心的な文である。 文章は、コミュニケーションのためのものである。文章を読むのは、書かれている何か を知るために読む。また、文章を書くのは、他者である読み手に何かを知らせるために書 く。話す聞くも同じである。国語教育は、言葉がコミュニケーションにおいてどのように .. 有効に働いているかを認識するためにある。文章は、ある相手・状況を考え、相手にわか るように具体的に書かれたものであるべきである。コミュニケーションは、誰に対して、 何の目的で行うかによって、表現や理解の仕方が変わる。つまり、文章の読み書きには、 コミュニケーションの相手意識・目的意識・状況意識が要る。このような意識を欠くと、 具 体 例 で 示 し た よ う な 無 内 容 な 抽 象 論 を 書 く 。〈 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 離 れ 〉・〈 状 況 離 れ 〉 した概括論や抽象論は、無内容なスローガンである。経験される事実の裏付けのない空虚 な 言 葉 で あ る 。 学 習 方 法 が わ か ら な い 生 徒 に 、「 が ん ば れ ! 」 と 連 呼 す る よ う な も の で あ る 。 小 論 文 の 指 導 に お い て 、「 論 理 的 に 書 け 」 と い う 指 導 は 役 に 立 た な い 。〈 状 況 離 れ 〉 . しているからである。生徒が知りたいのは、論理的に書くための具体的な技術である。あ ............ る 生 徒 の 国 語 能 力 に 応 じ て 、 具 体 的 で わ か り や す い 言 葉 の 対 応 が 要 る 。 例 え ば 、「 要 約 は 避 け 、 論 じ た い 部 分 を 引 用 し よ う 。」 と い え ば 、 引 用 部 分 に 意 識 は 集 中 し 、 無 益 な 抽 象 論 は 考 え な く て す む 。課 題 文 を じ っ く り 読 む 。文 章 を 書 く の は 、同 時 に 読 み 方 の 指 導 で あ る 。 読 め な け れ ば 、文 章 は 書 け な い 。読 み 書 き を 同 時 に 行 う 指 導 が 効 果 的 な の は 、読 み 、書 き 、 そして、その文章を吟味して読むから、一字一句を大切にするためである。このような緻 密な言葉の吟味をともなう読み書きによって、思考は論理的になる。 要するに、コミュニケーションの目的意識・相手意識・状況意識をもたせ、言葉の使用 の 在 り 方 を 指 導 す る の は 、国 語 教 育 の 必 要 な 条 件 で あ り 、生 徒 の 自 己 学 習 の 基 盤 で も あ る 。 このような指導は、言葉と経験される事実の関係を重視するはずである。言葉に経験され る 事 実 の 裏 付 け を 要 求 す れ ば 、 言 語 主 義 ( verbalism ) ― 自 分 の 使 っ た 言 葉 が 言 葉 の 受 け 手 も同じ意味にとってくれるという言語盲信―に陥るのを防ぐことができる。 (2)自 己 学 習 を 促 す 指 導 ・ 助 言 の 必 要 授業は、生徒自身が自力で意義のある問題を発想・構想し、その問題を解決する能力を 身に付けるためになされる。授業を受けること自体が目的ではない。授業で育成する国語 能力も、生徒が自力で学んでいく方向でなされるべきである。授業を必要としない方向で 指導すべきである。だから、授業で生徒にどこまで教えるか、生徒の問いにどこまで答え るかは重要な問題である。辞書で調べればわかる事柄に、教師は答えてはならない。授業 ですべきことと、してはならないことの区別がいる。教師の指導・助言は、生徒が自力で 学習する能力を身に付けるためにある。 生 徒 は 、 試 験 前 に 突 然 、「 古 典 文 法 が わ か り ま せ ん 。」 な ど と い う 。 し か し 、 一 般 に こ のような言い方をする生徒が、古典文法全般が皆目わからないわけではない。わかってい る部分とわからない部分との区別がつかなくなっている場合が多い。どこがわからないか を聞くと、わからない部分を探して質問する。しかし、わからない部分がわかったら、自 分で調べればわかるのである。問題はわかった気になり〈わからない〉という自覚を欠く 場 合 で あ る 。 だ か ら 、 授 業 で は 、〈 わ か ら な い 〉 と い う 意 識 を も た せ る べ き で あ る 。 教 師 は わ か っ た 部 分 と わ か ら な い 部 分 を 区 別 さ せ 、ま た 、わ か ら な さ の 程 度 を 知 る 必 要 が あ る 。 学習内容を指導すると同時に学習の方法を指導すべきである。 本 校 の 「 学 校 紹 介 」 に は 、「 授 業 が 勝 負 ! 」 と 書 か れ て い る 。 運 動 部 に 入 っ て い る 生 徒 が多いからではない。授業が学校教育の中核であるからである。現実では部活動と学習と の両立は難しい。運動部の生徒はかなり疲れている。だから、授業を真剣に受けることが いっそう重要になる。さらに、家庭学習を2時間するように指導している。家庭学習でな くても、あいている時間を活用すればよい。実際、定期考査でよい成績の生徒は、部活動 と学習を両立させている生徒が多い。そのような生徒は、家庭学習や、いわゆる隙間時間 を有効に活用している。準備のないまま授業を受けることがないようにし、また、すぐに 復習をする習慣を身に付けているのである。課題などの教師からの働きかけをうまく利用 するのも、学習方法として取り入れている。 要するに、生徒が自ら学習をするようにする指導が重要である。教師の指導・助言がな くても、自ら学習する習慣を身に付けている生徒はいる。しかし、少数である。多くの生 徒は、教師の指導・助言がいる。どのように学習するか、限られた時間をどう有効に使う か は 、学 習 内 容 と と も に 教 え る 必 要 が あ る 。例 え ば 、ノ ー ト の 使 い 方 ・ 取 り 方 を 教 え れ ば 、 予 習 で す べ き 内 容 、復 習 で す べ き 内 容 が わ か る 。自 ら 学 習 す る こ と が で き る 。自 己 学 習 は 、 予習・復習に限らない。本を読むのが好きになれば、文字どおり発展的な学習になる。広 い意味での自己学習は、授業の質を高め、発展させる。生徒の学習は、授業よりも広くあ るべきである。授業は、生徒の学習総体のある部分にすぎない。だから、授業は授業以外 の在り方により、授業の方法・内容は規定される。自ら学ぶ力の育成は、授業以外ではで きない計画的な学習と、授業以外の自己学習の総体でなされるべきであろう。 3 調査研究の内容 (1)学 習 状 況 調 査 今 回 の 調 査 は 、第 1 学 年 を 対 象 に 6 月 2 0 日 に 実 施 し た も の で あ る 。す で に 、4 月 以 降 、 教師の指導が入っている状態である。どのような指導か。 ① 物の管理 ② 時間の管理 ③ 授業におけるルールの厳守(たとえば、ノートの取り方や発言の仕方など) 要するに、けじめが必要である。このけじめがなければ、論理的思考は伸びない。学習 自体がたるんだものになる。1学期の段階では、学習に必要なことをどこまでできるか、 徹底すべき時期である。 ア 学習状況調査(調査対象:第1学年 1 「 進 路 指 導 部 資 料 」 よ り 抜 粋 」) 部活動加入率 全体加入率 2 94.46% 運動部 65.92% 文化部 28.53% 無所属 5.54% 帰宅時間(平日) 8時30分以降=40.05% 3 勉強時間(平日) 1時間以下 =69.30% 1~2時間まで=14.57% 2時間以上 4 =16.42% TV・音楽などの視聴 30分以下=21.31% 1~2時間=61.61% 2時間以上=17.13% 5 平均睡眠時間 6時間未満=21.6% 6時間台 =46.8% 7時間台 =24.6% 8時間台 = 〔総体的な状況〕 6.9% (※補助資料「週間学習計画表」の記述から) ・部活動で帰宅時間が遅い。 ・部活動でかなり疲れている。疲れを翌日にもち越す。 ・その分、家庭学習の時間がとれない。 ・睡眠時間が不足している。 【補足】 「 学 習 計 画 表 」 に は 、「 疲 れ て す ぐ に 寝 て し ま っ た 」 と い う 記 述 が 少 な か ら ず あ る 。 運 動部の多くの生徒が、疲労を翌日に残している。平日の家庭学習時間は、減少する。とは いえ、休息は必要である。このバランスをとりつつ、いかに学習時間を確保するか、生徒 の妥当な判断ができるかにかかっている。 イ 問1 国語に関する調査結果 (第1学年 3クラス対象・6月実施) 読書に関する質問 1.小学校まで保護者による本を読み聞かせてもらった経験はどの程度あります か。 ① ま っ た く な か っ た ( 29 % ) ② 時 々 あ っ た ( 56 % ) ③ か な り あ っ た ( 15 % ) 2.小学校時代、どの程度読書をしましたか。 ① ま っ た く 読 ま な か っ た ( 37 % ) ② 月 に 1 冊 程 度 ( 39 % ) ③ 月 に 3 冊 以 内 ( 12 % ) ④ 月 に 3 冊 以 上 ( 12 % ) 3.中学校時代、どの程度読書をしましたか。 ① ま っ た く 読 ま な か っ た ( 38 % ) ② 月 に 1 冊 程 度 ( 33 % ) ③ 月 に 3 冊 以 内 ( 24 % ) ④月に3冊以上(5 %) 4.小中学校のとき、強く興味・関心をもった分野の読書体験がありましたか。 それは何ですか。 ① 特 に な か っ た ( 83 % ) ②(スポーツ・歴史・英語・携帯小説など)に関する分野 ( 17 % ) 5 . 現 在 、 本 を 読 む こ と が 好 き で す か 。( コ ミ ッ ク を 除 く ) ① は い ( 66 % ) ② い い え ( 34 % ) 6.5の「いいえ」と答えた人で、その理由は何ですか。 ① 本 を 読 み た い と 思 わ な い ( 38 % ) ② 忙 し く て 読 む 時 間 が な い ( 57 % ) ③他にやりたいことがある(5 %) 7 . 余 暇 の 時 間 は 主 に 何 を 過 ご し て い ま す か 。( 多 い 順 位 ) (睡眠・TV・音楽鑑賞・ゲーム・勉強・余暇がない・読書・インターネット 携帯電話・映画・マンガ・飲食・スポーツ・DVD) 8.現在、どの程度読書をしていますか。 ① ま っ た く 読 ま な い ( 74 % ) ② 月 に 1 冊 程 度 ( 21 % ) ③月に3冊以内(2 %) ④月に3冊以上(2 %) 9 . 現 在 、 新 聞 を 読 み ま す か 。( テ レ ビ 番 組 欄 を 除 く ) ① ま っ た く 読 ま な い ( 60 % ) ② 1 0 分 以 内 ( 38 % ) ③20分以内(2 %) ④20分以上(0 %) 10 . 次 の よ う な 読 み 物 を 自 分 か ら 読 み た い と 思 っ て 、 読 む こ と は ど れ く ら い あ り ま す か 。 (該 当 す る も の に ○ を つ け て く だ さ い 。 まったくない 月に数回 ①雑誌 1 ( 40 % ) 2 ( 43 % ) 3 ( 20 % ) ②コミック(マンガ) 1 ( 20 % ) 2 ( 35 % ) 3 ( 42 % ) ③フィクション(小説、物語など) 1 ( 75 % ) 2 ( 25 % ) 3( 8 %) ④ノンフィクション 1 ( 89 % ) 2 ( 20 % ) 3( 0 %) ⑤Eメール、ホームページ 1 ( 28 % ) 2 ( 25 % ) 3 ( 53 % ) ⑥新聞 1 ( 68 % ) 2 ( 18 % ) 3 ( 20 % ) ⑦その他 (なし) 週に数回 【補足】 新 聞 の 比 率 が 低 い 。 な ぜ 新 聞 を 読 ま な い か 。 多 く の 生 徒 は 、「 難 し い か ら 。」 と い う 。 何が難しいか。熟語(漢語)の意味である。第1面は、最も話題性の高い記事である。し かし、その第1面の用語がわからない。これは国語教育を考える上で重要な問題を提起し ている。毎週漢字テストを行っている。常用漢字レベルである。これらの個々の漢字練習 は、生徒の語彙を増やすのにどの程度役立っているか。読書と並行して行っていきたい。 11 . 知 り た い 情 報 を 得 る に は ど の よ う な 方 法 が 多 い で す か 。 ①インターネット ( 77 % ) ②図書 ( 5 %) ③新聞 ( 0 %) ④テレビ ( 18 % ) 【補足】 生徒が知りたい主な情報は、音楽・芸能ニュース・スポーツである。社会的な関心は薄 い。 問2 国語学習に関する質問 1.小学校で楽しかった国語の授業で記憶に残るものは何ですか。どのようなこ とでもけっこうです。 ・漢字テスト・スイミー・ふきのとう・グループで音読(群読) ・漢字・自分で詩を作る・かげぼうし・くじらぐも・小説から劇の制作 ・郷土カルタなど 【補足】 漢字の学習は、一方で嫌いだと思っている生徒も多い。 2.中学校で楽しかった国語の授業で記憶に残るものは何ですか。どのようなこ とでもけっこうです。 ・オツベルと像・竹取物語・百人一首・文法・古文・海ガメと少年 ・音読をくりかえす・少年の日の思い出・走れメロス・詩の群読 ・詩を絵にする・短歌を読んだことなど 【補足】 国語の授業で印象に残っていること。 ⅰ 音読・群読などの身体的表現と結びついた学習 ⅱ 文章を別のカテゴリーに変換する学習 文章を脚本化する、文章を絵にする、短歌を現代詩訳する この後、もう一度文章にもどり解釈を深める ⅲ 教材自体がもつおもしろさ 3.高校の国語に興味・関心はありますか。 ① 全 く な い ( 17 % ) ② あ ま り な い ( 43 % ) ③ 少 し あ る ( 30 % ) ④ 大 い に あ る ( 10 % ) 【補足】 興味・関心がない理由は、古典文法の授業である。1学期で助動詞まで進んだ。授業の 多くを「古典文法」に費やした。きちんと口語文法を学んでいない生徒が、日本語の文法 を古典文法から本格的に学習するのだから、かなりの負担である。授業時間がきわめて少 ない現状では、かつてのようにゆっくりと古典文法を学ぶゆとりはない。なぜこのような 授業の展開になるか。理由は、受験対策である。模擬テストに対応した授業なのである。 古典文法に興味・関心をもつ生徒は少ない。しかし、漢文の訓読と併せて、かなり定着 している。もちろん、続けなければ忘れてしまう。長期休業中の復習の意義は大きい。 4.自分から進んで知りたい事柄がありますか。 ・日本史・世界史・英米文化・日本の情勢・中国の現状・スポーツなど。 【補足】 現在の教科書は、かつて多く掲載された文芸評論は減少している。現代社会の話題が増 えている。一方で、受験に頻出する評論家の文章が多い。文芸評論に比してこれらの評論 は、まだわかりやすい。しかし、生徒が読んで「なるほど」と思わせるような論理的に説 得 力 の あ る 教 材 が い る 。 随 想 的 な 文 章 が 評 論 と し て 掲 載 さ れ て い る 場 合 も あ る 。「 な ぜ 」 と問うてもどこにも論拠は書かれていない。単なる印象批評である。 5.国語の授業で最も教えてほしいことは何ですか。 ① 正 し い 日 本 語 の 使 い 方 ( 42 % ) ② 文 章 の 書 き 方 ( 30 % ) ③ 話 し 方 ( 16 % ) ④ 文 章 の 読 み 方 ( 11 % )) ⑤その他(文法 1 %) 【補足】 かつて「正しい日本語の使い方を教えてほしい」と、生徒から言われた。この言葉は、 私の授業の在り方を問うたものである。正しい日本語の使い方、あるいは適切な日本語の 使用法は、国語教育の中核的な指導内容でなければならないことを痛感した。 1つの方法として、特別な知識を必要としない文章を読んで、その論評文を書く方法で .. ある。そして、その論評文の文体を吟味する。小論文の指導と違うのは、文を思考の単位 として分析する方法である。自分が文章を書く際に有効な技術を身に付ける。このことに ついては後で詳しく記す。 6 .現 代 文 の 教 科 書 の 教 材 に 魅 力 は あ り ま す か 。そ れ ぞ れ 理 由 も 書 い て く だ さ い 。 ① あ る ( 41 % ) 〈理由〉 ・工夫が凝らされているから。 ・今日の話題が取り入れられているから。 ・読んで楽しい作品があるから。 ・古文や漢文が好きだから。 ・たまにおもしろい作品があるから。 ・現代文がおもしろいから。 ② な い ( 59 % ) 〈理由〉 ・読んでもわからないから。 ・関心のある作品がないから。 ・内容が難しいから。 ・自分から進んで読もうと思わないから。 7.面白くない教材はどのような分野ですか。 ①小説(3 %) ② 評 論 ( 33 % ) ③ 古 文 ( 48 % ) ④ 漢 文 ( 16 % ) 8 . 教 科 書 の 教 材 を 家 庭 で 読 む こ と は あ り ま す か 。( 試 験 前 を 除 く ) ①よくある(0 %) ② と き ど き あ る ( 54 % ) ③ 全 く な い ( 46 % ) 9.授業ノートはどのぐらいとっていますか。 ①先生の説明のほとんどと板書 ( 18 % ) ②先生の説明のポイントと板書 ( 63 % ) ③板書のみ ( 16 % ) ④板書のポイント ( 3 %) 【補足】 当初、ノートの重要性がわかっていない。どのようにノートをとるかは、将来も役に立 つ技術である。それ以前に、ノートを拡げ鉛筆をもって授業に臨むことで、ぼんやりと授 業 を 受 け ら れ な い 。 生 徒 は 、 視 写 ・ 聴 写 す る の が 遅 い 。 現 在 、「 教 師 が 言 っ た こ と は す べ てノートに書くように」と指示している。視写・聴写する能力の低い生徒は、一般的に国 語能力が低く、考査の点数も低い。 10 . 古 典 の 予 習 は ど こ ま で し ま す か 。 し て い る も の に 全 て ○ を 付 け て く だ さ い 。 ①音読 ( 15 % ) ②本文をノートに写す ( 86 % ) ③わからない語句を辞書で調べる ( 37 % ) ④文法事項を記入する。 ( 11 % ) ⑤現代語訳をする。 ( 34 % ) 11 . 授 業 の 復 習 を し ま す か 。 ①毎日(5 %) ② 週 に 数 日 ( 62 % ) ③ ま っ た く し な い ( 33 % ) 12 . 宿 題 以 外 に 家 庭 で 学 習 す る 時 間 は ど の く ら い で す か 。( 試 験 勉 強 ・ 読 書 の 時 間を除く) ①まったくしない ( 27 % ) ③30分以上60分以内 ( 31 % ) ②30分以内 ( 29 % ) ④60分以上 ( 13 % ) ( 2 )研 究 概 要 第1学年を対象にした今回の調査研究で、主に取り組んだのは次の3点である。 ア 学習計画書を活用し、家庭学習をどう定着化させるか 週単位の学習計画書を作成させた。国語を含め、家庭学習を習慣化させるためである。 家庭学習のポイントは、授業の予習・復習により、授業で学んだ内容を定着させる点にあ る。実際に授業で学んだ内容は、授業のみでは定着しない。予習ではわからない点を明確 にし、復習では授業内容を忘れる前に記憶する。そのために、どのように学習計画書を利 用したかを記す。 イ〈論理的な思考〉を鍛える文章の読み書きをどう行ったか 〈論理的思考〉を鍛えるには、言語技術の習得が必要である。この学習は、本来国語科 教育の中核である。しかし、国語科の指導内容は、現代文、古文、漢文と指導領域が広く 多様である。一般に、古典に比べ、現代文の授業内容は「読解」中心である。教材の文章 の解釈に多くの時間が割かれる。ほとんどの場合、言語技術の指導までは及ばない。その ような現状で、文章を読み、その論評文を書かせ、それを分析する時間を設定した。古典 の授業の間に、はさみこんで行ったものである。この指導により、自己学習の基盤を固め ていった。 この期間で指導できなかったものは、プリントを配付した。そのプリントに書かれたも のも補足として記載した。 ウ 読書指導をどう行ったか 課 題 読 書 で あ る 。 9 ク ラ ス が 一 週 間 ご と に テ キ ス ト を 輪 読 す る 。「 読 書 カ ー ド 」 に 簡 単 な感想を記入させた。クラス単位で同じテキストを読んでいるので、共通の話題となる。 年間授業計画はすでに4月当初に決まっている。今回の調査研究は、この年間授業計画 を補完する範囲で行ったものである。期間も限られていたので、学校、学年、国語科の取 り組みと一部は重なり、新たに補完した取り組みもある。 ( 補 助 資 料 ― 総 合 教 育 セ ン タ ー の 「 参 考 資 料 」 に 対 応 す る 本 校 の 取 組 を 附 記 し た 。) (1) 生徒の学習意欲を高める方策をについて考える ①学習の全体像を提示する。 ※ シ ラ バ ス の 提 示「 学 び の 手 引 き 」・ 総 合 的 学 習 の 時 間「 進 路 の 学 習 」( 第 1 学 年 ) ②全体像の中に自発的、発展的な学習の契機を組み込む。 ※ 「 週 間 学 習 計 画 表 」 の 作 成 ( 予 習 ・ 復 習 の 実 施 )・ 朝 自 習 ( 英 数 国 ) ③生徒の主体的な学習を評価するシステムを構築する。 ※ 「 週 間 学 習 計 画 」( 反 省 欄 が あ り 、 教 師 が コ メ ン ト を 記 す 。) ※ 「 STEP UP DATA ] ⅰ考査の個票を貼り反省と目標を記入する。 ⅱ長期休業中の学習計画 (2) 主体的な学習をのための方法論を構築する。 ※ 「 学 び の 手 引 き 」( 予 習 ・ 復 習 の 仕 方 ・ シ ラ バ ス ・ カ リ キ ュ ラ ム の 説 明 の 部 分 ) ①自己学習マニュアルを作成する。 ※「学びの手引き」 (英数国の予習・復習の具体的な方法など) ②自己学習の基本方針を提示する。 ※ 「 進 路 の 手 引 き 」・「 学 び の 手 引 き 」 ― 予 習 ・ 復 習 の 方 法 な ど (3) 生徒の学習領域を拡大する。 ①学習内容の背景や発展形への視点を提示する。 ②「目的をもった読書」に関する指導を実施する。 ※集団読書テキスト(9冊)の読書・自由読書―「読書カード」への記入 ③実社会や教科横断的な視点を提示する。 4 実践事例 (1)学 習 計 画 書 に よ る 家 庭 学 習 の 習 慣 化 「学習計画書」は、生徒の授業以外の時間を自己学習のために有効に使うことを目的と し て 活 用 し た 。国 語 及 び そ の 他 の 教 科 ・ 科 目 に つ い て 定 期 考 査 3 週 間 前 か ら 記 入 を 始 め る 。 1週間を単位としたB4判1枚である。1週間単位は、計画が立てやすい。部活動の練習 時間や私的な用事などはっきりしているからである。下記に掲載した実際の記入例を見て いただきたい。1日の生活の中に学習時間を組み込んでいく。教科・学習時間・学習内容 を計画的に組み入れる。毎日の朝のSHRで、実施記録を提出する。担任が実施内容や反 省事項を確認し、アドバイスを記入し、帰りのSHRで返却する。 「学習計画書」を作成する際に注意すべき点は、主に次の3点である。 ・不得意科目に時間をかけよう。 ・学習時間は、バランスよく配分しよう。 ・生活のリズムにあわせて、学習時間を考えよう。 生 徒 に よ っ て 、得 意 科 目 ・ 不 得 意 科 目 が あ る 。不 得 意 科 目 を 克 服 す る に は 時 間 が か か る 。 生徒自身もねばり強く取り組まなければ、苦手科目の克服は難しい。苦手な科目は徹底的 に基本事項を復習する必要がある。自ら進んで意識的に学習しなければ、苦手意識をもち 続けることになる。そうして、少しでもテストの点数が上がれば、自分からやろうという 気が起きる。このようなアドバイスを該当生徒にできる点は、この「学習計画書」活用の 利点である。 個 々 の 生 徒 に よ り 、「 学 習 計 画 書 」 の 内 容 は 当 然 異 な る 。 だ か ら こ そ 、 個 々 の 生 徒 に 適 したアドバイスが必要である。詳細なアドバイスはできない。端的に問題点を指摘しなけ ればならない。時間との戦いである。一生懸命に学習している生徒ほど、学習の達成感よ りも、やり残した事柄をしきりに反省する生徒がいる。反省する記載内容が暗い。このよ う な 生 徒 に は 、学 習 し た 時 間 と 内 容 に 自 信 を も つ よ う な ア ド バ イ ス を す る 。コ メ ン ト 欄 に 、 「明るく書くように。学習した事実の方がはるかに重要だ。やり残したことは今日やれば い い 。」 と 記 す 。 す る と 、「 反 省 」 欄 の 記 載 内 容 が 変 わ っ て く る 。 運動部の生徒の多くは、学習時間の確保に苦労している。そこで、自己学習は家庭学習 ではない。学校の開いている時間が使える。教科担任の先生にどんどん質問し、家庭でで きないことを補うように言う。また、休養は絶対に必要である。生活のリズムが乱れてし まえば、不規則になり疲れをひきずる。疲れがひどいときは、しっかり休養をとることは 重 要 で あ る 。無 理 を す れ ば 、必 ず そ の 反 動 が く る 。体 調 を 崩 す 場 合 も 出 て く る 。こ れ で は 、 何のための「学習計画書」かわからない。自分のペースをつかみ、着実に実行するべきで ある。そのためには、教師の適切な指導・助言が必要な場合がある。 (2)〈 論 理 的 思 考 〉 を 鍛 え る 文 章 の 読 み 書 き 先の調査が示すように、生徒は本や新聞をほとんど読んでいない。まして、まとまった 文章を書く機会も少ない。当然、読み書き能力は貧弱である。生徒が自己学習を進めるた めには、この読む力、書く力を付けさせなければならない。一方、国語教育は、国語科の 授業だけで対応できるほど狭い領域ではない。他の教科も国語教育をしている。思考は、 言葉によって担われているのである。貧弱な語彙力では、さまざまな分野の学問について いけない。このような生徒の実態に対し、国語科に対する要求は多大である。国語科が指 導できる領域は限られている。その限られた領域で、他に影響が拡がるような指導が必要 である。言葉の基礎的な技術である。つまり、具体的な目的・状況における言葉の使用に ついての指導が必要なのである。基礎的な技術だから、応用が利く。このような指導が、 〈論理的思考〉を伸ばす。 〈論理的思考〉は、使用している言葉の吟味なくして伸びない。言葉に意識を注ぎ、正 確な言葉づかいをしようとすることにより、思考は論理的になる。言いかえれば、言葉が 事 実 を 正 確 に 指 し 示 し て い る 必 要 が あ る 。そ の よ う な 言 葉 の 使 用 の 在 り 方 が〈 論 理 的 思 考 〉 の必要条件である。 文章の読み書きでは、目的・相手・状況により、思考内容は決まる。思考はコミュニケ ーション状況による。つまり、思考は目的・相手・状況に対するコミュニケーションであ る。その思考の所産である言葉は、目的・相手・状況をもったコミュニケーションに使わ れる。読み手を意識して、最適な言葉を選び、具体的でわかりやすい文章を書こうする自 覚が必要である。 なお、この取り組みは、短期間に指導できるものではない。今回の取り組みも、ごく初 期の段階である。今後も続けて指導し、徐々に思考力が付いていくものであると考えてい る。 〔指導の手順〕 具体的には、次のような手順で行った。 ① 指 示 「 課 題 文 を 読 み 、 四 百 字 詰 め 原 稿 用 紙 に 論 評 す る 文 章 を 書 き な さ い 。」 ( 週 末 の 課 題 と し た 。 授 業 時 に 書 か せ る 時 間 が な い か ら で あ る 。) ②生徒の書いた「論評文」を生徒が検討する。 (このときは、留意したのは文章と書いた人[意図]を区別し、文章のみを論じる 点 で あ る 。 こ の 原 則 を 守 る 限 り 、 自 由 に 発 言 さ せ た 。) ③教師が生徒の書いた典型的な「論評文」を選び、検討した内容をプリントして配 付し説明する。 ア 指導内容のポイント 論 評 文 の 読 み 書 き の 指 導 で は 、 次 の 点 を 重 視 し た 。( た だ し 、 今 回 の 日 程 で 指 導 で き た こ と は 限 ら れ て い る 。こ の 実 践 報 告 に は 、前 年 度 行 っ た 実 践 を 補 足 し た 部 分 も あ る 。) (ア)単 文 、 短 文 で 書 く 文 ( a sentence )の 書 き 方 を 重 視 す る 。 文 は 思 考 の 最 小 単 位 で あ る 。( 論 理 学 で い う 命 題 で あ る 。) 文 は 語 と 異 な り 、 あ る 判 断 内 容 を 示 す 。 真 偽 が あ る 。 語 に は な い 。 語 の 使 用 の在り方に適切か不適切かであるだけである。使用されている語句が適切かどうかを吟 味する。 (イ)段 落 の 構 成 を 考 え て 書 く ( 文 章 の 定 型 ) 文章の構成(定型)を示す。よい論評文は、次のような性質がある。 A 実証… 事実を正確に報告する。 B 発想… 「問題提起」のように、新しい考えを構築する。 C 論証… 主張の理由付けをし、論理に矛盾や飛躍のなく整合的に論じる。 具体的にいえば、次のようなモデルを提示できる。 1.課題文からの引用 2.問題提起 3.その答え 4.答えの理由 この具体的な「基本型」を示す。 ○○氏は言う。 「 (引用) 」 … … … … か 。〔 疑 問 文 に よ る 問 題 提 起 〕 … … … … で あ る 。〔 問 題 に 対 す る 答 え 〕 そ の 理 由 は 、 次 の 三 点 で あ る 。〔 答 え の 理 由 〕 1.………… 2.………… 3.………… (ウ)具 体 的 な 文 章 を 書 く ( 一 般 論 ・ 抽 象 論 は 書 か な い ) 文や語句のレベルでは、次のような点に注意する。 ・文は、多様に解釈できる文を一つの解釈しかできない文にする ・ 推 定 表 現 :「 思 わ れ る 」「 考 え ら れ る 」 は 使 わ な い ・ 程 度 : な る べ く 「 か な り 」「 数 ~ 」「 で き る だ け 」 は 使 わ な い ・ 指 示 語 :「 こ の 」「 そ の 」 が 指 す も の を 具 体 的 に 書 く ・ 事 例 の 列 挙 :「 な ど 」 が 含 む も の を 具 体 的 に 書 く (エ)心 理 で は な く 、 論 理 、 思 考 内 容 の み を 書 く (詳細は後述する) (オ)引 用 を 重 視 す る (詳細は後述する) (カ)正 確 な 文 体 で 書 く われわれは文体において考えている。考えた内容を書くのではなく、書くことにおい て考えるのである。文体の定型を身に付けさせたい。文章を書くときは、常にその定型 で考えているような状態になっている。 1 主張があり、論証(理由付け)がある。 2 正 確 に 引 用 す る 。( な る べ く 要 約 は 避 け る 。) 3 短 文 、 短 文 で 書 く 。「 A は B す る 。」「 A は B で あ る 。」 と い う 型 で 書 く 。 4 文 と 文 の 間 を 「 し か し 」「 だ か ら 」「 例 え ば 」 等 の 強 い 接 続 詞 で つ な ぐ 。 定型で考えるからこそ、内容は自由に多様に考えられる。定型は内容を自由に扱うた めの手段である。次の点を意識して書く。 ・何を知らせるか ・なぜ知らせるか ・どのようにして読み手にわかる文章を書くか (キ)簡 潔 な 文 を 書 く ・短い文を書く(主語は一つにする) ・不要な語句を削る ・不要な接続詞を削る ・文脈を考えながら推敲する ・形式名詞「こと」を多用しない ・接続助詞「が」は、注意して使用する ・不要な受動態は使わない ・サ変動詞の使用に注意する (ク)親 し み や す い 文 を 書 く ・ 接 尾 語 「 ~ 的 」「 ~ 性 」「 ~ 化 」 は で き る だ け 使 わ な い ・文末表現:はっきりと言い切る 無駄な虚飾はしない ・「 … … か も し れ な い 」 ・「 … … と 言 え る 」 ・「 … … と 思 う 」 (ケ)論 法 を 意 識 し て 使 う 1.対比 2.重複(同内容の言い換え) 3.要点の並列(要点を列挙する方法) 4.譲歩 5.理由 6.具体例(喩え・例え) イ 論理的な文章の指導 〈第1課〉 課題の文章 四円の教育論争 荻窪まで模型飛行機の部品を買いに行った小学四年生の男の子が手ブラで帰 ってきました。部品は六百五十円で、買うのに四円足りなかったとか。それが ネ、暑い日だったんですよ。なのに、たった四円のことで……。店の人は「ど こ か ら き た の 」 と 聞 い た そ う で す 。「 高 円 寺 」 と 答 え た の に 「 ま た い ら っ し ゃ い」と帰されてしまったわけ。 そこで私は店へ電話をしました。十円の買物じゃない、六百五十円の買い物 で 四 円 ぐ ら い 、 貸 し て く れ た っ て い い じ ゃ な い ん で す か 。「 借 り ち ゃ っ た 」 と 子どもから話を聞けば、当然返しに行かせます。それが教育でしょ? と こ ろ が 、 店 主 は 店 員 の し つ け な ど を 弁 解 す る ど こ ろ か 、「 教 育 と い う な ら 、 定 価 で 買 う の を 教 え る の が 子 ど も へ の 教 育 だ 」 と い う ん で す 。「 お た く は 、 た った四円と思うだろうが」といって。それで電話は切れてしまいました。私は ハ ラ が 立 っ て … … 。〈『 朝 日 新 聞 』 1973 年 8 月 8 日 〉 【例文1】 ① 私は、店主が「教育というなら、定価で買うのを教えるのが子どもへの教育 だ 。」 と 言 う 意 見 に 賛 成 で す 。 ② 店主がもし、四円を貸していたら、男の子は、四円くらい足りなくても借り ればよいという考えになってしまい、男の子ためにもならないと思います。 ③ 筆者はたった四円と言ったが、買うこととは、一円足りなかろうが千円足り ママ なかろうがどちらも同じ足りないという事実で買うことができません暑い日だ ママ った、距離が遠いい、小学四年生、などという点は店には関係なく、筆者の言 っていることはおかしいと思います。 ママ ④ 男の子は、たった四円というお金のたいせつさや買うことなどが知ることが できていい経験ができたと思います。 ⑤ 筆者は、もう小学校四年生にもなるのに、過保護になりすぎです。 ⑥ そういう点から、筆者は教育のことを違った解釈をしてしまっているのだと 思いました。 ( 文 頭 の 番 号 は 引 用 者 が 附 し た 。) ( 引 用 は 、 原 文 に 誤 記 が あ っ て も そ の ま ま 写 す 。 文 中 の 「 マ マ 」 は 、 誤 記 の 部 分 に 記 す 符 号 。「 原 文 の ま ま 」 と い う 意 味 。) ①は、店主の「発言」を引用し、それに対し自分の意見を述べている。評価したい。他 、、 の 文 章 の 内 容 に つ い て 主 張 す る た め に は 、そ の 文 章 か ら の 引 用 は 不 可 欠 で あ る 。 (引用は、 原文の一字一句、符号まで正確に書き写す。もちろん、引用は必要な部分だけでいい。略 す と き は 、「 … … 」 を 使 う 。 中 の 多 く の 部 分 を 略 す と き は 、「 中 略 」、 後 半 部 分 を 略 す と き は 、「 後 略 」 と 書 く 。) ① は 、 文 の 構 造 が 複 雑 で あ る 。 単 純 に し た い 。「 私 は 」 は 、 不 要 で あ る 。 こ れ 以 下 の 文 も、すべて「私」が考えた内容である。引用部分と自分の意見を区別するために二文に分 ける。次のように改めたい。 店 主 の 言 葉 と し て 、「 教 育 と い う な ら 、 定 価 で 買 う の を 教 え る の が 子 ど も へ の 教育だ」とある。この意見に賛成である。 (「 と あ る 。」 や 「 と 言 う 。」 は 、 事 実 の 報 告 で あ る 。 色 付 け を せ ず 、 読 者 の 判 断 に ま か せ る 権 利 を 保 障すべきである。 ②は、三つに分けられる。 (1)店主がもし、四円を貸していたら、男の子は、四円くらい足りなくても借りれば よいという考えになってしまう。 ( 2 )( だ か ら ) 男 の 子 た め に も な ら な い 。 ( 3 )( 私 は そ う ) 思 い ま す 。 1 、、 ( 3 )「 … … と 思 い ま す 。」 は 不 要 で あ る 。 書 く べ き は 、 考 え た 事 柄 で あ り 、 心 理 、、 ではない。事柄だけを書けばよい。 2 ( 1 ) は 、 文 の 形 式 が 不 整 合 で あ る 。 こ の 基 本 文 型 は 、「 も し … … し た な ら ば 、 … … だ ろ う 。」 で あ る 。 こ の 形 式 は 、 あ る 具 体 的 な 条 件 下 で の 、 あ る 行 動 が 、 あ る 予 想 さ れ る 結 果 を も た ら す こ と を 示 す 。こ の 条 件 の 仮 定 に は 、さ ま ざ ま な も の が あ り 得 る 。 したがって、行動とその結果の予測もまったく多様である。 ( 1 ) の 場 合 も 同 じ で あ る 。「 店 主 が も し 、 四 円 を 貸 し て い た ら 」 に 続 く 、 あ る 予 想 さ れ る 結 果 は 多 様 で あ る 。 つ ま り 、「 男 の 子 は 、 四 円 く ら い 足 り な く て も 借 り れ ば よ い と い う 考 え に な っ て し ま い 」 と は 限 ら な い 。 ま た 、 こ の 条 件 で は 、「 だ ろ う 」 が つかない文形式は、不自然である。 「 な る 」 は 「 そ れ ま で と 違 う 物 ・ 違 う 状 態 に 変 わ る 」(『 大 辞 林 』) の 意 で あ る 。 補 助 動 詞 「 し ま う 」 は 、「 そ の 動 作 が す っ か り 終 わ る 、 そ の 状 態 が 完 成 す る こ と を 表 す 」 (『 大 辞 林 』) 意 で あ る 。 こ の 条 件 の 仮 定 か ら 予 想 さ れ る 結 果 と し て 、 こ の 文 は 極 端 である。一回金を借りたという経験によって、この「男の子が、四円くらい足りなく ても借りればよいという考えになってしまう」蓋然性は低い。一般に、そう考えにく い。物を買うとき、必要な金を用意する。金が足りなければ、出直さざるを得ない。 その程度の常識がわかる年齢であろう。そう考えるのが自然である。一回の経験が、 その後同じ行動をくりかえさせる場合はある。例えば、万引き、たばこなど非行・犯 罪の類である。初めての万引き行為が発覚せず、万引きの常習となる場合はあろう。 借金を重ねる人も少なからずいる。しかし、小学四年生が「四円くらい足りなくても 借りればよい」という考えが定着するだろうか。定着するには、日常的に金の貸し借 りにルーズな生活を送っている場合である。また、この男の子の場合は、同じ行為を く り か え す の は 難 し い 。た と え 小 学 四 年 生 で も 、普 通 の 店 は 金 を 貸 さ な い か ら で あ る 。 が いぜ んせい 【 蓋 然 性 】 ( probability )「 一 般 に 、〈 あ る 事 柄 A が 生 じ る か ど う か の 確 実 性 の 度 合い〉のこと。……(中略)…… [1]数学的蓋然性→確率。…… [ 2 ] 信 用 可 能 度 。「 明 日 は 雨 が 降 る だ ろ う 」 な ど の 確 実 性 。( 後 略 )」 〔『 新 版 哲 学 ・ 論 理 用 語 辞 典 』 三 一 書 房 81 ペ ー ジ 」〕 (2)の文は、①の文の理由説明のためには不適切である。論文の弱点となる。む しろ、逆効果である。 例 え ば 、「 比 較 の 論 法 」 を 使 え ば よ い 。 筆 者 の 主 張 の 「 根 拠 」 を 否 定 す れ ば い い 。 ( 主 張 に は 証 拠 が い る 。 証 拠 を 挙 げ て 主 張 を 認 め さ せ る の が 論 証 で あ る 。) この店主の主張に対し、筆者の意見は次のようである。 「『 借 り ち ゃ っ た 』 と 子 ど も か ら 話 を 聞 け ば 、 当 然 返 し に 行 か せ ま す 。 そ れ が 教 育 で し ょ ? 」。 これは、母親の立場からすれば、子どもに対するしつけの一つである。しかし、こ れは、あくまでも家庭内のしつけの問題である。お金を貸さなかった店を非難する理 由にはならない。 このような主張に付随する「事実」を挙げ、疑問に思った事柄を検討してみよう。 ( 文 か ら 目 を 離 す な 。「 考 え る な 、 見 よ 。」 で あ る 。) Ⅰ 「部品は六百五十円で、四円足りなかった」 お金が不足していても、商品を購入できる店は多いか。母親はなぜお金が不足し ていないか事前に確認しなかったのか。その確認を怠った責任はだれにあるのか。 部品の値段がわからなかったなら、電話をするなどして確認をしなかったのか。 Ⅱ 「それがネ、暑い日だったんですよ」 どの程度暑かったのか。なぜそのような暑い日に子どもに部品を買いに行かせた のか。暑い日と部品の購入は関係があるか。 Ⅲ 高円寺から荻窪まで部品を買いに行った 一般に、客がどこから来たかが、品物の売買に影響するか。小学四年生が電車で 部品を買いに来た事情は考慮されてしかるべきか。 Ⅳ 「またいらっしゃい」と帰されてしまった この店員の対応は、不適切か。不適切だとしたら、どのような理由か。どのよう な言動をすればいいのか。また、四円のお金を貸すかどうかの判断は、どこにある か。貸さないからといって非難される理由はあるか。 Ⅴ 「店主は店員のしつけなどを弁解するどころか」 課題文の「店員のしつけ」とは何か。店主(店員)は、子どもを教育する義務が あるか。店主は店員のしつけを怠っていたか。怠っていた証拠はあるか。店主は、 弁 解 を す る 必 要 が あ る の か 。 弁 解 と は 、「『 言 い わ け 』 の 意 の 漢 語 的 表 現 」〔『 新 明 解 国 語 辞 典 』 第 五 版 〕 で あ る 。「 言 い わ け 」 と は 、「 自 分 の し た 失 敗 ・ 過 失 な ど に ついて、そうならざるを得なかった事情を客観的に説明して、相手の了解を得よう と す る こ と ( 言 葉 )」〔 同 辞 典 〕 で あ る 。 ど こ に 失 敗 ・ 過 失 と 言 え る よ う な 言 動 が あ っ た の か 。「 ま た い ら っ し ゃ い 」 は 、 失 敗 ・ 過 失 に あ た る か 。 店 主 は 、 弁 解 を す る必要はあるのか。あるいは、そのような義務があるのか。 仮に四円貸したとしたら、それは店の配慮、あるいは好意ではないのか。そのよ うな配慮は当然なされるべきものか。 例文1の筆者は、この点を具体的に論じるべきであった。②の文は、次のように 改め、③の文に続ければいい。 店主が四円を貸したとしたら、それは店主の好意である。義務ではない。 ③は、長い文である。いくつかの事柄がごちゃごちゃに入っている。短い文に分けるべ きである。 「筆者はたった四円と言ったが、買うこととは、一円足りなかろうが千円足りなかろう ママ ママ が ど ち ら も 同 じ 足 り な い と い う 事 実 で 買 う こ と が で き ま せ ん 暑 い 日 だ っ た 、距 離 が 遠 い い 、 小学四年生、などという点は店には関係なく、筆者の言っていることはおかしいと思いま す 。」 次 の よ う に 改 め た い 。( た だ し 、 具 体 的 に も っ と 詳 細 に 書 く べ き で あ る 。) 筆 者 は 、「 た っ た 4 円 の こ と で … … 。」 と 言 う 。 しかし、金額の多寡にかかわらず、お金が足りなければ物は買えないのが 常識である。 ま た 、 筆 者 は 、「 暑 い 日 だ っ た 」 こ と や 、 高 円 寺 か ら 荻 窪 ま で 部 品 を 買 い に 行 っ た こ と を、お金を貸すべき理由としている。しかし、これは、自分の側の事情であり、店とは関 係がない。したがって、筆者の主張に正当性はない。 ママ ④「男の子は、たった四円というお金のたいせつさや買うことなどが知ることができて い い 経 験 が で き た と 思 い ま す 。」 こ の 文 も 、 ほ ん と う に そ う か 不 明 な 、 印 象 を 述 べ た だ け の 文 で あ る 。「 … … い い 経 験 が できた」かどうか確かめようがない。 ⑤ 「 筆 者 は 、 も う 小 学 校 四 年 生 に も な る の に 、 過 保 護 に な り す ぎ で す 。」 主 述 が 離 れ て い る の で 、 誤 っ た 解 釈 を さ れ る 。「 男 の 子 は 小 学 四 年 生 で あ り 、 こ の 程 度 の 判 断 の 能 力 は あ る 。 問 題 が 生 じ た の は 、 筆 者 が 過 保 護 だ っ た か ら で あ る 。」 ま た 、「 過 保 護 に な り す ぎ 」 は 、「 過 」 が す で に 過 ぎ る と い う 意 が あ る の で 、 重 複 表 現 で あ る 。 単 に 「過保護」でいい。 ⑥ 「 そ う い う 点 (「 そ う い う 」 の 指 示 内 容 が 不 明 ) か ら 、 筆 者 は 教 育 の こ と (「 教 育 の こ と 」 と は 何 か 、 粗 大 な 言 葉 で あ る 。) を 違 っ た 解 釈 ( ど う 違 っ て い る の か 。 正 し い 解 釈 は 何 か 。) を し て し ま っ て い る の だ ( こ れ は 解 釈 の 問 題 か ) と 思 い ま し た 。( こ の よ う な 抽 象 論 は 、 無 意 味 で あ り 、 無 内 容 で あ る 。 ④ ・ ⑤ ・ ⑥ は 「 事 実 」 か ら 離 れ た 印 象 を 書 い た だ け で あ る 。) 〈第2課〉 無内容な一般論を書かないために 【例文1】 (前略)…定価で買うことは常識です。お金が不足していたら、商品は買えな いし、売ってもくれません。このような常識がなぜ分からないのでしょうか。 これは経済の法則であり、これが守れないと経済は成り立たなくなります。子 どもでも、この大原則に従うべきです。 ここで最も問題なのは、この文章がコミュニケーションの役割を果たしていない点であ る。 「 … … 常 識 」 が な ぜ 「 経 済 の 法 則 」 な の か 。「 経 済 の 法 則 」 が 、 な ぜ 「 大 原 則 」 な の か 。 このように大きな言葉を使うと、それが何を指し、どう関係しているのか、意味不明にな る 。 こ れ ら の 概 念 は 強 引 に 同 じ 意 味 内 容 と し て 結 び つ け ら れ て い る 。「 経 済 の 法 則 」 と は 何か。たぶん、市場では「定価で買うこと」が一般的だと言いたいのではないかと推測す る 。「 定 価 で 買 う 」 こ と が 「 守 れ な い と 経 済 は 成 り 立 た な く な り ま す 。」 と い う 論 理 展 開 である。しかし、元の文の「定価で買う」かどうかは、ある状況の具体的なコミュニケー ションで議論されている問題である。 指 示 は 、「 課 題 文 を 読 ん で 」 で あ り 、 当 然 、 課 題 文 と の 関 連 で 論 じ ら れ る は ず で あ る 。 しかし、この文章は、課題文とは何の関係もない空虚な抽象論である。課題文から目が浮 いた一般論であり、無意味・無内容である。課題文には具体的な状況がある。このような 〈状況離れ〉した抽象論を書かないためにはどうしたらよいか。 1.原文をよく読んで、そこでの問題を見出す。 2.原文の論じたい部分を引用する。 〈第3課〉 【例文1】 お金は大切である。たとえ一円でも無駄にはできない。たとえば、駅で切符を 買うときに、一円足りなければ切符は買えない。あたりまえのことだ。だから、 金銭にいい加減では、今日の社会ではいろいろとトラブルが生じるのだ。金銭 の貸し借りには、ルーズであってはいけないと思う。 「お金は大切である。たとえ一円でも無駄にはできない。たとえば、駅で切符を買うと き に 、 一 円 足 り な け れ ば 切 符 は 買 え な い 。 あ た り ま え の こ と だ 。」 こ こ ま で は 、 お 金 の 大 切さについての一般論である。 「だから」で続く文も、一般論である。金銭の貸し借りにルーズであっていいはずはな い。まことにもっともな常識論である。しかし、課題文は、上記に書かれているような常 識論は、投稿者も承知している事柄である。つまり、課題文の具体的な状況に対応してい ない。課題文を十分に読まずに、元の文章から思いついた一般的な常識論を書いただけで ある。 【 例 文 2 】( 下 線 部 は 引 用 者 ) ① 私は、店員の意見に賛成である。なぜなら、金額が足りていないなら、 物を売らないというのは、店として当然の行いだと思うからである。 ② 私は、現在の発達した自由市場経済においては、唯一金だけが感情に左 右されず物の価値をはかれる道具だと思う。金を払えば売るが、払えない のなら売らない。これが自由市場経済におけるルールであると私は思う。 ③ さて、この筆者は、買い物に行った人物が、小学四年生の男の子だった、 ということを、四円貸してくれるべきだ、という理由の一つにしている。 さらに暑い日で、子供には大変だっただろうという思いもあるのだろう。 しかし、今回の経験そのものが、すばらしい教育だととらえられないのか、 私は疑問に思う。 ④ 筆者は、今回のでき事の背景にとらわれるあまり、本質を見失なっている。 ⑤ 教育とは何かを考えた際に、今回正しい行動をとったのは、店側だと思う。 ①について 二 つ の 文 を 除 い て 、「 思 う 」 と い う 語 が つ い て い る 。「 思 う 」 が つ い て い な い 二 つ の 文 も 、 書 き 手 が 思 っ た 事 柄 で あ る 。「 思 う 」 は 、 書 き 手 の 心 理 で あ る 。 こ の 他 の 論 評 文 に も 同 様 の 文 尾 が 書 か れ て い る 。 例 え ば 、「 … … と 感 じ ら れ た 。」、「 … … よ う に 思 う 。」 な ど で あ る 。 思 っ た 内 容 だ け を 書 け ば よ い 。「 私 」 も 不 要 で あ る 。 そ う す れ ば 、 そ の 内 容に注意が注ぎ、不明瞭な表現がわかりやすくなる。 「 私 は 、 店 員 の 意 見 に 賛 成 で あ る 。」 … … 「 店 員 の 意 見 」 は 書 か れ て い な い 。 店 員 は 、 「 ど こ か ら き た の 」 と 聞 き 、「 ま た い ら っ し ゃ い 」 と 対 応 し た だ け で あ る 。 意 見 を 述 べ て い る の は 、 店 主 で あ る 。「 店 の 人 の 対 応 に 賛 成 で あ る 。」 か 、「 店 主 の 意 見 に 賛 成 で あ る 。」 か 不 明 確 で あ る 。 ②について 「 自 由 市 場 経 済 」 と い う 用 語 は 、 自 由 経 済 と 市 場 経 済 を つ な げ た 造 語 か 。「 自 由 経 済 」 「市場経済」の内容を示すのは、きわめて難しい。このような大きな言葉を使う必要は まったくない。元の文章の具体的な状況に即し、わかりやすい言葉を使えばよい。わか りやすい言葉で、具体的な事柄を書くのである。 ③について 「 今 回 の で き 事 の 背 景 」 と は 何 か 。「 本 質 」 と は 何 か 。 ② の 段 落 で 述 べ て い る 事 柄 が 、 ③の「本質」の内容であろうと推測する。なぜこのような難しい語を使う必要があるの か。要するに、次のようなことが言いたいのだろう。 プラモデルの部品の金額をよく確かめ、子どもに必要なお金をもたせるのは、 親である筆者の責任である。 ④について 「教育とは何か」は、これもきわめて難しい。また、そのような定義はここでは不要 である。店主も店の人もこの子どもを教育する義務や責任はない。店主は「教育という な ら 、 … … 。」( 下 線 部 は 引 用 者 ) と 、 筆 者 か ら の 電 話 に 一 般 論 を 応 え た だ け で あ る 。 【例文3】 「 教 育 と い う な ら 、 定 価 で 買 う の を 教 え る の が 子 供 へ の 教 育 だ 。」 と い う 店 主 の言葉に、私は腹が立つ。一見、正当な大人の意見に聞こえるが、思いやりが欠 けている。小学四年生の男の子が一人で荻窪まで模型飛行機の部品を買いに来た という事は、それだけ、何としてでも欲しかったのだろう。だが、たった四円ぽ っ ち の 金 額 の せ い で 買 え な い 。 こ の 不 景 気 の 世 の 中 、「 取 っ ち ゃ え ば い い や 。」 と 万引に手を染める子供も多いだろう。そんな中、この男の子は正直に四円足りな い事を店員に告げた。大人なら、子供の素直を分かってくれても良いだろう。確 かに、万引をするなんておかしい。だが、その当たり前な気もちを忘れてしまっ ている人間はたくさんいる。しかも大人でさえ「当たり前」ができない者は多勢 いるのだから、子供だってそうなる。だから、この男の子は貴重な存在だ。その 事をふまえて、ただ正統的な理由を並べて子供を帰すだけでなく、良い解決策を 考えるべきだ。 問い1―課題文に即して、具体的に書かれている。しかし、感情をそのまま表している 語で読者に訴えてはならない。感情語をわかりやすい言葉に直そう。 問い2―論理が飛躍している部分を指摘しよう。 〈第4課〉 論理的思考― 論説文の読み書き 強く明るく単純に― 正確・明確な文章を書こうとすることによって思考は論理的になる。 具体例を示す。 課題の文章 学校での破損代はどちらに 私の住む団地内にある小学校では児童がガラスやけい光灯をなど備品を割っ た場合、ケースによりけりですが、家庭に弁償させています。一万五千円もす る高価なガラスを二人で負担させられたこともあり、最近でも学校と父母の間 で一騒ぎありました。学校側は「故意やふざけて割った場合」といっています が、物価高であえぐ主婦にとってはきつい負担です。 高学年ならまだしも、物の判断もつかない低学年に責任を求めるのはやりす ぎかと思います。市教委は「親にも責任がある」といいますが、そういわれる と売り言葉に買い言葉、学校の方にも監督不行届きの責任はないのかと聞きた くなります。各学校によってケースはまちまちのようですが、せめて小さい子 から金をもらわなくていいぐらいの財政負担を市教委に求めたいものです。 (朝日新聞 「声」欄) ①この文章を読んで、四〇〇字詰め原稿用紙一枚以内で論評しなさい。 ②題、組・番号・氏名は、原稿用紙の欄外に書きなさい。 ③常体(です・ます調の敬体でない)で書きなさい。 <文章以前の問題> Ⅰ 論 理 の 本 質 … ① ・ ② ・ ③ の 指 示 は 、 明 確 で あ る 。「 四 〇 〇 字 以 内 」 と 言 っ た ら 四 〇〇字以内なのである。AはAである。Aは非Aではない。こうい う異同のけじめこそが論理の本質である。このけじめなしには思考 は論理的に発展し得ない。 Ⅱ 公平の原理……提出日を守るのは、この異同のけじめの一つである。また、提出日 を守った生徒は、限られた時間内に課題を行ったのである。遅れた 生徒と同等に扱うべきでない。提出日を守った生徒が不利益を被る のは、不公平である。さらに、担当者は時間的・事務的な被害を受 ける。自分の責任でない他の原因で被害を受けなくてすむ状態が望 ましい。 <文章とそれを書いた人間(人格・意図)とをはっきり区別する> 論じるべきは、文章である。文章を書いた人間を論じるのは無礼である。人間の心は、 他人がみすかせるほど底が浅くない。人間は、複雑で多様な存在である。このような人間 観に立ち、文章のみを徹底的に吟味し検討すればよい。 ま た 、 書 か れ た 文 章 は 個 人 を 離 れ 、 非 個 人 的 ( non-personal ) な も の と な る 。 文 章 に 全 て を語らせるのである。逆に言えば、読者は、文章以外の事柄は一切考慮する必要がない。 ................. このような非個人性があるから、学問は成り立つ。生徒の例として挙げる文章は、学習の 対 象 で あ る 。 書 い た 本 人 も 当 然 、「 文 章 」 だ け に 意 識 を 注 ぎ 、 学 習 の 対 象 と し て 吟 味 ・ 検 討 す れ ば い い 。「 自 分 の 文 章 」 で あ る と い う 意 識 は 不 要 で あ る 。 気 を 使 う な 、 頭 を 使 え 。 〈第5課〉 【例文1】 ① 学校の備品の破損について、市教委の方が正しい。 ② 「 物 価 高 に あ え ぐ 主 婦 に と っ て は き つ い 負 担 で す 。」 と あ る が 、 物 価 高 は 、 主婦だけがきついわけではない。 ③ 市教委も同じであるから、家庭に弁償させざるを得ない。 ④ 「高学年ならまだしも、物の判断のつかない低学年に責任を求めるのはやり す ぎ か と 思 い ま す 。」 と あ る が 、 高 学 年 だ け で な く 、 低 学 年 に も 責 任 を 負 わ せ るべきである。 ⑤ な ぜ な ら 、 一 度 経 験 す れ ば 、「 何 を ど う し た ら 、 こ の ガ ラ ス が 割 れ る だ ろ う 。」 と 考 え る よ う に な る 。 ⑥ 私も、小学生の時に家の窓ガラスを割って、母にひどく叱られたことがあ るが、割った日以来、ガラスを割ったことがない。⑦どうすればガラスがわ れるかわかるからだ。⑧私の経験のように、小学生なら、すぐに身に付くだ ろう。 ⑨ 全て家庭が負担すべきだとは言わないが、半額ぐらいは家庭が負担すべき ではないだろうか。 ( 便 宜 上 、 文 頭 の 符 号 は 引 用 者 が 附 し た 。) Ⅰ 「引用なき批評は印象批評」 例文1には、引用がある。つまり、証拠を示して意見を述べている。 しかし、多くの論評文は、引用がない。他人の考えを論じるのに、証拠を示さず、自分 の印象で論じているわけである。無礼である。引用なしで批判するのは、証拠なしで有罪 判 決 を 下 す よ う な も の で あ る 。 例 え ば 、「 筆 者 の 考 え は お か し い 。」 と い う 書 き 方 で あ る 。 筆 者 の 考 え と は 何 か 。 何 が お か し い の か 。「 お か し い 」 と は 、「 お も し ろ い 、 滑 稽 だ 」 と いう意味か。 Ⅱ 主張の理由……明確な根拠を示し、なぜそう言えるのか(理由)を書こう。 ①の主張の理由は、二つ書かれている。一つは、②・③である。二つ目は、⑤・⑥・⑦ (例示を含む)である。 ①の主張は、もっと明確に書くべきである。 学 校 の 備 品 を 「 故 意 や ふ ざ け て 割 っ た 場 合 」、 家 庭 に 弁 償 さ せ る と い う 学 校 側 の方針に賛成である。 備 品 を 家 庭 に 弁 償 さ せ る か 否 か は 、学 校 側 の 方 針 で あ る 。だ か ら 、正 誤 の 問 題 で は な く 、 妥当な判断かどうかの問題である。 ②は、引用と主張からなる一文である。一文には、一つの事柄を書く。あいまいな接続 助詞「が」で続けずに文を切る。 筆 者 は 、「 物 価 高 に あ え ぐ 主 婦 に と っ て は き つ い 負 担 で す 。」 と 言 う 。 し か し 、 物 価 高 は 、 主 婦 だ け が き つ い わ け で は な い 。(「 … … が 、 … … 。」 型 の 文 は 、 二 つ に 分 け よ う 。 そ し て 、 強 い 接 続 詞 で 、 文 と 文 を 結 ぼ う 。) ③ は 、 意 味 不 明 で あ る 。「 市 教 委 も 同 じ で あ る 」 … … 家 庭 も 市 教 委 も 物 価 高 の 影 響 は 受 ける。市教委も配分された予算の使途に影響する。しかし、学校側が備品の破損代を家庭 に求める理由は、同じではない。物価高による家庭の事情は、筆者の主張である。市教委 が 物 価 高 に あ え い で い る 事 実 は あ る の か 。事 実 は 不 明 確 で あ る 。確 証 は な い 。だ か ら 、「 市 教 委 も 同 じ で あ る か ら 」は 、主 張 の 理 由 に な ら な い 。ま た 、市 教 委 の 財 政 の 問 題 で も な い 。 ⑤ ・ ⑥ ・ ⑦ … … 例 文 の 筆 者 が 学 ん だ 経 験 は 、「 ど う す れ ば ガ ラ ス が わ れ る か 」 と い う 物 理的な知識か。そうではあるまい。不注意や故意でガラスを割ってはならないという規範 意 識 を 身 に 付 け た 経 験 で あ る 。そ う だ と す れ ば 、 「低学年にも責任を負わせるべきである」 と い う 主 張 の 理 由 は 、 次 の よ う に な る 。「 低 学 年 で も 故 意 に ガ ラ ス を 割 る の は い け な い と い う 判 断 を 身 に 付 け さ せ る 経 験 が 必 要 だ か ら 。」 し か し 、「 叱 る 」 と い う 子 ど も へ の 直 接 的 な 行 為 と 、「 家 庭 に 弁 償 さ せ る 」 と い う 経 済 的 な 責 任 を 求 め る の は 違 う 。 こ の 原 文 の 論 点 は 、「 物 の 判 断 も つ か な い 低 学 年 に 責 任 を 求 め る の は や り す ぎ か 」 で あ る 。「 責 任 を 求 め る 」、 す な わ ち 弁 償 を さ せ る で あ る 。 筆 者 は 、 低 学 年 の 子 ど も の 備 品 の 破 損 行 為 に 弁 償 責 任 は な い と 主 張 し て い る の で あ る 。こ れ に 対 し 、 理由付きで否定するか、肯定するかである。例文は、原文が示す現実の具体的な問題を具 体 的 に 論 じ よ う と し て い る 。抽 象 的 な 一 般 論 は 書 い て い な い 。評 価 す べ き で あ る 。し か し 、 論点が不明確になってしまった。なぜ、論点がずれてしまったのか。 Ⅲ どこを引用するか 引 用 す る た め に は 、引 用 す べ き 箇 所 を 選 ば な け れ ば な ら な い 。引 用 箇 所 を 書 き 写 す に は 、 文面を忠実に読まねばならない。何が問題か、正確に詳しく読めば、文面から遊離した粗 大な概括・印象は防げる。 引用部分を材料として、問題が作られる。 ① 材 料 ( デ ー タ ) と な る 事 実 を 示 す 。( 結 果 と し て 、 論 点 を 一 つ に 絞 る 作 業 を す る こ と に な る 。) ②この事実について問題提起がなされる。 問題提起は、必ず疑問文の形にする。 低学年の子どもには、故意やふざけてガラスや蛍光灯などの備品を割ることが よいかどうかの判断がつかないだろうか。 家庭に弁償を求めるのは、社会的常識の程度を越えた要求なのだろうか。 ③事実を解釈して、この問題に対する答えを書く。 ④この答えの理由を示す。 〈第6課〉 【 例 文 3 】( 一 つ の 段 落 に は 複 数 の 異 な っ た 内 容 を 書 か な い 。) ① 学校における備品破損について、市教委の対応は正しい。筆者は「物の判断 もつかない低学年に責任を求めるのはやりすぎか」と言う。 ② なぜ、低学年の物の判断がつかないと言い切れるのか。そしてなぜ責任を求 める必要はないのか。 ③ 物の善悪がつく、つかないは教育次第でどうにでもなる。つまり、教えなけ れば子供は理解することがない。市教委は「親にも責任がある」と言うがまっ た く そ の と お り で あ る 。 筆 者 は ま た 、「 学 校 の 方 に も 監 督 不 行 届 き の 責 任 は な い か」と述べている。しかし、学校では何百人という子供を預かっている。その 一人一人を監視するのはもはや不可能である。したがって市教委や学校が責任 をとる必要は全くなく、むしろ、教育を怠った親に責任がある。故に市教委の 言う学校における備品破損について、市教委の対応は正しいと言えるのだ。 引用・問い―答え・理由が具体的に書かれている。引用があるので、元の文に即してい る。しかし、まだかなり粗雑な点がある。問題点をいくつか指摘する。 ①について この書き出しをいかすならば、次のように段落を区切った方が整合的である。 学校における備品の破損について、筆者の意見に反対である。以下、その理由を 記す。 筆 者 は 「 物 の 判 断 も つ か な い 低 学 年 に 責 任 を 求 め る の は や り す ぎ か と 思 い ま す 。」 と言う。この主張は妥当であろうか。 このように端的にずばりと見通しを書く。見通しだけを強く短く書く。早く読み手に知 らせる内容を予告するのである。 ①の段落は、このままでは読者にはわからない。なぜわからないか。 「 学 校 に お け る 備 品 破 損 に つ い て 、 市 教 委 の 対 応 は 正 し い 。」 こ の 文 と 次 に 続 く 文 は 、 どう関連するのか。つまり、次の文との関連がわからない。つながりのないこの二文が一 段落に入っているので、論理が飛躍している。論理の飛躍した部分は書き足せば、論理の 飛躍はなくなるだろう。しかし、この二文の間を埋めるには相当量の文章が必要である。 「 学 校 に お け る 備 品 破 損 に つ い て 、 市 教 委 の 対 応 は 正 し い 。」 読 み 手 は 、 次 の よ う な 内 容 の 文 が 続 く と 予 想 す る だ ろ う 。〈 市 教 委 の 対 応 の 具 体 的 な 内 容 は 何 か 。 そ の 対 応 は な ぜ 正 し い の か 。〉 し か し 、 次 の 文 は 筆 者 の 主 張 に 当 た る 部 分 の 引 用 で あ る 。 読 み 手 は 混 乱 す る。文章はコミュニケーションのためのものである。読み手に無用な混乱をさせてはいけ ない。 ..... 段落分けに必要なのは、平等の原理である。つまり、一つの段落には一つの事柄だけを 書く。 具体的に論じる方法として、最初の一文を書かず、課題文の記述の報告をする。 文章の一部分を切り取り、引用するのである。 筆 者 は 、「 物 の 判 断 も つ か な い 低 学 年 に 責 任 を 求 め る の は や り す ぎ か と 思 い ま す 。」 と言う。 ..... 引用は、考える材料である。この文に対しどう考えるかは、この文の後に論じるべきで ある。読者とともに考える材料は、そのまま示せばよい。記述の報告や具体例は、書き手 と 読 み 手 が 共 有 す る 考 え る 材 料 で あ る 。 引 用 文 の 前 に 、〈 例 え ば 、 次 の 筆 者 の 主 張 は 誤 り で あ る 。〉 と 記 せ ば 、 読 み 手 は 、〈 次 の 筆 者 の 主 張 は 誤 り で あ る 〉 と 考 え な が ら 引 用 文 を 読む。引用文の内容が誤りならば、書き手はその理由を記し論証すべき事柄である。と同 時に、読者もその理由が正しいか吟味しつつ読める。 引用は、自分が述べる意見を筆者の具体的な議論から離れないようにする効果がある。 論評文を書くときは、論じる箇所を必ず引用し、引用していない部分については論じない という原則を徹底するべきである。論究する範囲を限定すれば、筆者の文章に即し、論じ られる。筆者の文章を論じるのであり、一般的な議論ではない。 ②について 「 な ぜ 、 低 学 年 の 物 の 判 断 が つ か な い と 言 い 切 れ る の か 。」「 … … と 言 い 切 れ る の か 。」 ( 下 線 引 用 者 ) と 書 く な ら 、「 低 学 年 の 物 の 判 断 の つ か な い 」 は 、 不 正 確 な 引 用 で あ る 。 ... 言い変えただけという反論があろう。しかし、その反論は間違っている。もとの語句「物 の 判 断 も つ か な い 低 学 年 」 と 、「 低 学 年 の 物 の 判 断 が つ か な い 」 で は 意 味 が 違 う 。 確 か に 、 連 体 修 飾 句 だ か ら 判 断 が 含 ま れ て い る 。つ ま り 、文( 論 理 学 で い う 命 題 )に な る 。だ か ら 、 〈低学年は物の判断がつかない〉と書きたかったのだろうと推測する。しかし、他人の文 ... をなぜ言い変える必要があるのか。①について述べたように、読み手に無用な混乱をさせ ている。 元の文を正確に引用して言い変えると、次のようになる。 「物の判断もつかない低学年」とある。なぜそう言えるか。そして、なぜ「……低 学年に責任を求めるのはやりすぎ」なのか。 二つの問いがある。前者と後者の問いは、分離した類の問いではない。前者の判断(連 体修飾句)に妥当性がなければ、後者の主張も妥当性を欠く関係にある。前者は、後者の 主 張 の 理 由 だ か ら で あ る 。 そ の 理 由 に 基 づ き 、 筆 者 は 、「 … … や り す ぎ か と 思 い ま す 。」 と 不 当 性 を 主 張 し て い る 。「 そ し て 」 で 問 い を 分 け て 並 置 さ せ る の は 適 切 か 。 〔 元 の 文 の 「 物 の 判 断 」 は 、 あ い ま い な 表 現 で あ る 。 文 脈 か ら す れ ば 、「 行 動 の 善 悪 の 判 断 」 で あ ろ う 。〕 ③について 〔 〕の中は、授業者のコメントである。 物 の 善 悪 が つ く 、 つ か な い は 教 育 次 第 で ど う に で も な る 。〔「 教 育 」 は 、 学 校 教 育 か 、 家 庭 教 育 か 。 ど こ の 、 だ れ に よ る 教 育 な の か 。「 教 育 次 第 で 」 と は ど の よ う な 教 育 か 。「 ど う に で も な る 」 ほ ど 、 人 間 の し つ け は 容 易 な の か 。「 物 の 善 悪 」 の 基 準 は 何 か 。〕 つ ま り 、 教 え な け れ ば 子 供 は 理 解 す る こ と が な い 。〔 だ れ が 何 を 「 教 え な け れ ば 」 な の か 。 子 供 は 「 何 を 」 理 解 す る こ と が な い の か 。〕 市 教 委 は 「 親 に も 責 任 が あ る 」 と 言 う が ま っ た く そ の と お り で あ る 。〔「 … … と 言 う 。」 で 文 を 切 れ 。 接 続 助 詞 「 が 」 は 不 要 で あ る 。「 ま っ た く そ の と お り で あ る 。」 殿 様 で は な い の だ か ら 、「 余 は 、 そ ち の 申 す と お り で よ い 」 で は す ま な い 。 な ぜ 「 親 に も 責 任 が あ る 」 か を 論 証 せ よ 。〕 筆 者 は ま た 、「 学 校 の 方 に も 監 督 不 行 届 き の 責 任 は な い か」と述べている。しかし、学校では何百人という子供を預かっている。その一人一人を 監 視 す る の は も は や 不 可 能 で あ る 。〔「 も は や 」 と は 、「 今 と な っ て は 」 と い う 意 。 昔 は 可 能 だ っ た と い う 問 題 か 。「 も は や 」 と い う 語 を 入 れ る と 意 味 不 明 に な る 。 学 校 は 生 徒 を 「 監 視 」 し て い る の か 。「 監 視 」 と い う 語 は 不 適 切 で あ る 。「 基 本 的 な 指 導 ・ 管 理 」 は す る 。 囚 人 で は な い の だ か ら 、「 監 視 」 は 職 務 で は な い 。「 監 視 」 と は 、「 悪 事 を 見 張 る 」 意 で あ る 。〕 し た が って市教委や学校が責任をとる必要はまったくなく、むしろ、教育を怠った親に責任があ る。故に市教委の言う学校における備品破損について、市教委の対応は正しいと言えるの だ 。〔 文 は な る べ く 短 く す る 。「 し た が っ て 、 市 教 委 や 学 校 が 責 任 を と る 必 要 は な い 。 む し ろ 、 教 育 を 怠 っ た 親 に 責 任 が あ る 。 市 教 委 の 備 品 の 破 損 へ の 妥 当 で あ る 。「 … … と 言 え る の だ 。」 は 強 調 が す ぎ る 。 単 純 で 適 切 な 語 を 使 え 。〕 ③の添削例 ガラスや蛍光灯などの備品を破損をしてはならない。この程度の判断は、親が 養育者としての自覚をもち、子どもに教えれば身に付くはずである。多くの子ど もの中には、故意にガラスを割る子どももいるであろう。しかし、その子どもは 善 悪 の 判 断 が つ か な い か ら し た の で は な く 、「 故 意 」 で あ る 。 このようなモラルを身に付けさせるのは、保護者の責任である。それを「学校 の監督不行届の責任」だというのは、学校や市教委への責任転嫁である。保護者 が子どもの責任をとるのは当然である。 〈第7課〉 【例文1】 ① 筆 者 は 言 う 。「 高 学 年 な ら ま だ し も 、 物 の 判 断 も つ か な い 低 学 年 に 責 任 を 求 め る の は や り す ぎ だ 。」 し か し 、 本 当 に そ う で あ ろ う か 。 低 学 年 だ け が 必 ず し も 物 の判断がつかない訳ではない。その理由は次の二点である。 ② 一つは、高学年に行くに従って犯罪が増えているということである。罪を犯 かす生徒に物の判断がついていると言えるだろうか。 ③ 二つは、たとえ低学年であろうとも、善意の心はもっている。 ④ 私も幼い頃、ふざけてばかりで先生に怒られたが、次からは絶対にしないと 反省したのを覚えている。してはいけない事を理解することは、正常な子供に ならできる。 ⑤ つまり、高学年でも低学年でも、罪は罪である。罪を償う責任に、低学年だ からという言い訳は通用しない。そのことから、財政負担を市教委に求める権 利があると言えるだろうか。 再 び 言 う 、「 文 を 憎 ん で 人 を 憎 ま ず 」 例 え ば 、「 こ の お ば さ ん は く だ ら な い 。」 と い う 文 を 書 く 人 が ま だ い る 。 こ の よ う な 文 を読むと暗い気持ちになる。仮に筆者の文章が「くだらない」ものであったとしても、そ のようなことは低次元のどうでもいいことである。はるかに重要なことは、証拠を示さず に印象・想像で非難するというゆゆしい文章である。証拠もなく、有罪を宣告されるよう な も の で あ る 。「 こ の お ば さ ん は く だ ら な い 。」 と 書 い た 人 を 「 く だ ら な い 人 だ 」 と は 言 わない。この文章を書いた人間(人格)など知りようがない。また、知る必要もない。こ .. ...... .. の文章が粗雑なだけである。なぜ粗雑か。人間(人格)と文章の峻別がついていない文章 だからである。 引用なき批評は印象批評 印象や想像でものが言えるなら、気楽なものである。ある文章を読んで論評する場合、 引 用 が な い の は 論 文 で は な い 。事 実 に 基 づ く 論 証 で は な く 、引 用 が な い と 、「 一 般 意 味 論 」 で い う 「 色 づ け 」( coloring )・「 傾 向 づ け 」( slanting ) の 用 語 法 が 用 い ら れ や す い 。 こ の よ うな言葉遣いは、学問ではなく宣伝である。宣伝の言葉は、どんな事実・行為を具体的に 指し示すのかが不明である。論点が拡散し、雑多な事柄を支離滅裂に書いてしまう。 Ⅰ 引用するとは、論評の範囲を限定することである。論評の範囲を読者と自分自身に 対して約束することである。 Ⅱ .. 引用するとは、自分の観念ではない対立物を示すことである。自分の意志には服さ ない、他者の観念を示すことである。これは、科学的研究におけるデータの提示にあ たる。それが欠けていたら、自分と他者との区別、観念と存在との区別は、不分明に なる。 ..... 要するに、引用のない論文は、文明国では論文ではない。スローガンとみなされるだけ で あ る 。と に か く 目 を 低 く し て 、相 手 の 文 章 よ り も 具 体 的 な 例 を 出 す の で あ る 。抽 象 論 は 、 一見カッコよく見える。しかし、文体が粗雑なので「アラ」が見えにくいだけである。 【例文2】 筆者は言う。 「高学年ならまだしも、物の判断もつかない低学年に責任を求めるのはやりす ぎ か と 思 い ま す 。」 筆者の言う物の判断とは何か?それは物事の善悪の判断だ。低学年はもう善悪 の判断ができる年齢である。なぜなら物事の判断は小学校以前に、家庭や幼稚 園 で 学 ぶ 人 間 と し て の 基 本 の 部 分 だ か ら だ 。「 で き る 子 と で き な い 子 が い る 。」 という奴もいる。しかし、学校という公の場にいる以上、常識はもっていなけ れ ば な ら な い 。「 ま だ 小 さ い か ら 」 な ど と い う 奴 が い る か ら 判 断 力 の な い 子 供 が 多くなるのだ。従って低学年であろうが高学年であろうが関係ない。公の場で 悪いことをしたら罰っせられる。これは普遍の原理である。もしその本人に責 任能力がなければ保護者が責任をとるべきだ。常識不足の多い中、子供もかわ いそうだが、世界に進出していくなら、もっと意識を高くもったほうがよい。 四〇〇字という限定された範囲で、論じるべき内容は限られる。論点を思いきってしぼ るべきである。つまり、大きい議論をせずに、具体的な事実をつかまえて書く。目を低く して、小さい部分について、しつこく書く。そうすると、書きたいことが明確に意識さ れる。この論評文は、課題文から離れず、論述が拡散していない部類である。 ① 「 ? 」 の 後 は 、 一 マ ス あ け る 。 た だ し 、「 … … ? 」 と カ ッ コ が 下 に く る と き は あ け ない。 ② 「 罰 っ せ ら れ る 」 で は な く 、「 罰 せ ら れ る 」 で あ る 。 ③ 最後の一文は、論文の論及範囲を逸脱している。このような一般論を書くより、保 護者が責任をとらなければならない理由を書くべきである。この文は蛇足である。 ④ 「 で き る 子 と で き な い 子 が い る 。」 と い う 文 に は 、 何 が ( 主 語 ) が 欠 如 し て い る 。 これらの指摘も有意義ではある。しかし、文をもっと重視しよう。 ⑤ 「 学 校 と い う 公 の 場 に い る 以 上 、 常 識 は も っ て い な け れ ば な ら な い 。」 こ の 程 度 に 文が粗くても、意味は通じる。つまり、具体的な事柄がすでに述べられているからで ある。例えば、家でガラスを割った場合は、親が子どもに弁償させることはない。し かし、学校では、物の破損であるから、家の場合とは事情が異なる。言いたいことを 想定すれば、公的な場と私的な場を区別することは大切なのである。公的な場では、 公共心が要求される。つまり、個人の恣意的な言動は制約される。このような集団の 中における立ち居振る舞いの在り方を、一般に常識とか道徳(モラル)という。当然 そ こ に は 、 善 悪 の 判 断 、 自 由 と 規 律 の 問 題 な ど が 含 ま れ る 。「 普 遍 的 な 原 理 」 は 不 要 である。 ⑥ 「 奴 」 と い う 語 が あ る 。 こ の 語 は 、「 人 を 卑 し め て 、 ま た 乱 暴 に い う 他 称 の 代 名 詞 」 ( 広 辞 林 ) で あ る 。「 人 」 と 改 め る 。 小 論 文 ・ 論 説 文 ・ 論 評 文 、 さ ま ざ ま な 呼 び 名 が .. あ る 。い ず れ も 基 本 的 に は 議 論 の 文 章 で あ る 。議 論 で は 、す き を 作 る の は ま ず い 。 「奴」 い う 語 は 、本 論 以 外 の 部 分 で 追 及 さ れ る 危 険 性 の あ る 言 動 で あ る 。議 論 の 際 の 思 考 は 、 自分と相手との主張の内容をつき合わせ比較することに集中させなければならない。 他のことを考える余裕はない。そのすきを本論である主張と絡められるとたいへんで ある。呼び方の不平等は、この絡め論法でほぼ負ける。議論以前の問題である。 一見、些細で周辺的な事柄を論じているように見えるだろう。しかし、そうではな い。議論では、相手と同等かそれ以上に丁寧に言葉を慎むべきである。それくらい気 を使うからこそ、相手の異質性が見えやすくなるのである。相手の考えが自分とはど う 違 う か に 気 付 き や す く な る 。「 丁 寧 」 と は 、 言 い か え れ ば 、 自 己 中 心 性 を な く す こ とである。相手の立場と自分の立場を正確に比較することである。 〈第8課〉 正確な解釈のために―文・語句に問いを考える。 辞書を引けばわかる類の質問ではなく、素直に読んでわからない表現を問う。 (1)意味の問い……(a)あいまいさはないか。 (b)具体性に欠けるところはないか。 (2)論証の問い……(a)矛盾はないか。 (b)飛躍はないか。 【例文1】 抽 象 的 な 一 般 論 で あ る 。何 が 書 い て あ る か 、多 く の 生 徒 は わ か ら な い で あ ろ う 。し か し 、 あきらめず、文章をじっくり読んで、分析してみよう。 日本文化は日本人にしか理解できないなどという意見は、われわれ日本人に は外国文化が理解できないというに等しい愚劣な意見である。なるほど、日本 文化は他に類例をみない特殊な文化であろう。しかし、特殊を前提にしなけれ ば普遍性はありえないのである。 問1 「日本文化は他に類例をみない特殊な文化であろう」とは、何を意味しているの か。どのような点で「ほかに類例をみない特殊な文化」なのか。なぜ日本の文化だ け が 、「 他 に 類 例 を み な い 特 殊 な 文 化 」 な の か 。 な ぜ そ う 言 え る の か 。 根 拠 ・ 理 由 は何か。 問2 「日本文化を理解する」とは、具体的にどういう事態を指すのか。例えば、茶道 を理解するとは、どういうことなのか。茶の湯を楽しむ程度ではだめなのか。 問3 「 特 殊 を 前 提 に し な け れ ば 普 遍 性 は あ り え な い 」 と は ど う い う 意 味 か 。「 特 殊 」 「 普 遍 性 」 は ど の よ う な こ と を 意 味 す る の か 。 ま た 、「 前 提 す る 」 と は 具 体 的 に は どうすることか。具体的にはどういうことなのか、具体性の欠如(曖昧さ)を問い ただす。 問4 「特殊を前提にしなければ普遍性はありえない。それゆえ、日本文化は外国人に も 理 解 可 能 で あ る 」 と 議 論 さ れ て い る 。 こ こ に 飛 躍 は な い か 。「 特 殊 を 前 提 に し な け れ ば 普 遍 性 は あ り え な い 」こ と は 、決 し て「 特 殊 性 は 必 ず そ こ か ら 普 遍 性 に 至 る 」 ことを意味していないからである。 問5 この主張を次のように解釈したとする。日本文化が広く外国にも理解されるため には、むしろ日本文化の特殊性が前提になる。そうだとするならば、なぜそのよう なことが言えるのか、その論拠は何か。 【練習問題】次の文を読んで、疑問文を10個作れ。 ① 子どもの作文のためのマニュアル本はたくさんでています。 ② ところが、作文ほどマニュアルのないもの、マニュアルとは相容れない ものもないはずです。 ③ マニュアルとおり書かれた作文なんて普通の人間なら気もちが悪くて読む 気も起こらないでしょう。 ④ なぜなら、それらは、ともすれば現在の大人の価値観で評価されること を目的にして書かれているからです。 ⑤ あるいは、考えることよりも、表現することを重視しているからです。 ⑥ そこから出てくる子どもらしさを装った作文、あるいは、既に大人の評 価にへつらうことを知った「うけねらい」の作文なんて見るだけで気分が 悪くなります。 疑問から問いを立てる 問題 関心を疑問文で表現する これは、問いと答えの関係とし、自分の問題・関心を考えるためである。 〈 実 態 を 問 う 〉 形 式 の 問 い :「 … … ○ ○ は ど う な っ て い る か 。」 【例文】 中学生の塾通いはどうなっているか。 具体的な事実を調べていけば、解決する問題も多い。多くの具体的な事実は、問いを考 える上で必要不可欠である。ろくに事実を調べずに印象でものを言うべきでない。現実か ら乖離した抽象論・一般論はむなしい。具体的な事実に基づいて現実の問題に対応できる 具体的な思考ができればいい。つまり、どうすればいいかという具体的な思考である。複 数 の 原 因 を 考 え 、 解 決 策 を 提 示 し な け れ ば な ら な い 。 そ の た め に は 、「 な ぜ … … か 」 と い う原因追及が必要である。 〈 な ぜ を 問 う 〉 形 式 の 問 い :「 な ぜ … … か 」 【例文】 中学生の塾通いはなぜ増えているのか。 こ の 問 い は 、 考 え を 誘 発 す る 。 そ の 答 え 、「 な ぜ な ら … … 」 に つ い て 考 え て み る こ と 自 体 に 意 味 が あ る か ら で あ る 。社 会 ・ 経 済 ・ 政 治 ・ 教 育 な ど は 複 雑 で あ り 多 様 な 現 実 で あ る 。 因 果 関 係 は 単 純 で は な い 。 原 因 は 一 つ と は 限 ら な い 。「 な ぜ … … か 」 と い う 問 い は 、 ま た 「 な ぜ … … か 」 な ど の 新 し い 問 い を 生 む 。「 ど う す れ ば い い か 」 な ど の 問 い に 波 及 す る 。 「なぜ」という問いを基点として、新しい問いを発見していく。 (3)読 書 指 導 を ど う 行 っ た か 集団読書テキストを使って、次のプリントの形式で読書指導を行った。生徒の読書量は 絶対的に少ない。そこで、学年(国語担当者)で一斉に集団読書テキストの読みを実施し た。1週間で読み、次のクラスにまわす。 生徒の読書傾向が変わった。ほとんど、単行本を読まなくなった。そのような生徒にな るべくおもしろそうな本を選ぼうと思った。しかし、集団テキストの選択の範囲が狭いの で、下記のようなテキストにした。 この読書指導のねらいは、生徒が自分から本を読むきっかけを作ることにあった。その 目的は、ある程度達せられたのではないだろうか。生徒の読書ノートには、集団テキスト 以外の作品の感想が書かれていた。生徒によって冊数は異なる。3冊程度が最も多い。月 1 冊 に な る 。最 も 多 い 生 徒 は 1 2 1 冊 で あ る 。読 ん で い る 本 は 、さ ま ざ ま で あ る 。し か し 、 本を読むのが面白いと思ってくれたら成功である。 集団読書テキストの読み 国語科(1学年) クラス単位ごとにテキストの「読み回し」を行います。 国語係は、下記の活動をしっかり行ってください。テキストは、次のクラスで 使用しますので、 ○なくさない ○汚さない ように大切に扱ってください。紛失した場合は、弁償してもらいます。 〔方法〕 ・ 国 語 係 が 教 科 担 任 の と こ ろ に 行 き 、「 テ キ ス ト 」 を 受 け 取 る 。 ・テキストに付してある番号と同じ出席番号の生徒に配る。 ・生徒は一週間で読み、期日に国語係に提出する。 ・国語係は、教科担任に提出する。 (この方法で循環するので、期日を守り必ず係に提出する) 1組→2組……9組→1組 回収 水曜日 (点検) 配付 木曜日 〔一般生徒〕 「読書カード」に感想を記入し、後日提出する。 配付 回収 9月13日 ~ 9月19日 9月20日 ~ 9月26日 9月27日 ~ 10月 10月 3日 テキスト カナダ・エスキモー 岳物語 4日 ~ 10月10日 野菊の墓 10月11日 ~ 10月24日 高瀬舟 10月25日 ~ 10月31日 スローカーブをもう一度 11月 11月7日 女子高校生は菫色 1日 ~ 少年 「読書カード」に書かれた感想の一部を記す。 『 盲 導 犬 ク イ ー ル の 一 生 』( 石 黒 謙 吾 ) この本はごく普通の家庭で生まれたジョナサン(後のクイール)が、飼い主の希望で 盲導犬になるためにいろいろな経験をし、優れた盲導犬になるという話である。今もま だ盲導犬を受け入れてくれない所がたくさんあるのは悲しい事実である。少しずつ盲導 犬の重要さを知ってもらえるといい。 『 伊 豆 の 踊 子 』( 川 端 康 成 ) 主人公の学生が踊り子に抱いた感情は、主人公の心を少しずつほぐしていくような感 じがした。読んでいくうちに「青春」とは何かを感じた。 『 リ ア ル 鬼 ご っ こ 』( 山 田 悠 介 ) 国 王 と 同 じ 苗 字 を 全 員 を 消 す た め に 発 令 さ せ た 「 鬼 ご っ こ 」。 不 運 に も 標 的 に さ れ た 主人公は、地獄の7日間を過ごすことに。追いまくられる方の身になって読むと、ふっ と時々振り返ってしまうような感覚に襲われます。 『 女 子 高 生 は 菫 色 』( 千 田 夏 光 ) 今までの本の中で最も読みやすかった。 特 に 、「 お し ご と 」 と 言 う 女 子 高 生 と 「 仕 事 」 と は っ き り 言 う 女 子 高 生 の 違 い が 明 確 に書いてあり、そのような「感じ」の違いを発見できるなどすごいと思う。 生徒の感想(例) 私は普段、時間があっても、本を読みませんでした。でも今回の「読書テキスト」を 読み、感想を書くという課題が出て、本を読むきっかけができました。 本は、テレビなどと違って自分で読もうとしなければ内容を理解することができない ので、面倒だと思っていました。しかし、読み始めると、結構おもしろく読み続けまし た 。 そ れ に 、「 文 字 」 を 読 む の で 、 漢 字 や 語 句 を 新 し く 知 る こ と が で き た も の が た く さ んありました。そして、たくさんの種類の本を読むことができました。なかなかいろい ろな本を読むことがなかったので、本当によい機会になったと思います。 おもしろさや読みやすさは、当然生徒によって個人差はある。ただし、9冊の本の中に は 、お も し ろ い と 思 っ て 読 ん だ 本 が 何 冊 か は あ っ た よ う で あ る 。提 出 さ れ た「 読 書 カ ー ド 」 を見れば、読みの程度がわかる。丁寧な字で書いてあれば注意はしない。 集団読書テキストの読みは、2学期をもって終わりとする。あとは、月1冊を目安に自 分 の 好 き な 本 を 読 み 、「 読 書 カ ー ド 」 に 記 し て い く よ う に 指 導 し て い る 。「 お も し ろ い 本 の紹介」は、時々プリントし配付していく。 5 分析と考察 (1)「 学 習 計 画 書 」 の 利 用 「学習計画書」の利用は、生徒の自主学習の時間を増加させた。部活動で帰宅時間が遅 くなり、疲労も残っている。この現状で、国語及び他教科の自主学習の時間を確保するに は、時間の使い方を工夫するしかない。言いかえれば、学習計画は自分の部活動時間とそ れ に と も な う 疲 労 を 考 え て 、時 間 を 計 画 的 に 使 う た め 、効 率 的 に 配 分 し な け れ ば な ら な い 。 こ の 点 、 生 徒 は 、「 学 習 計 画 書 」 を 書 き 始 め た 時 と 比 較 す れ ば 、 時 間 を う ま く 使 え る よ う になった。家庭での学習時間がとれなければ、授業の合間の時間、いわゆる隙間時間を利 用する生徒も出てきた。また、各教科の学習時間も、自分の学力に応じて適切に配分する ようになった。 「学習計画書」を作成する利点に、自ら学習するようになった点が挙げられる。学習時 間がなかなかとれないから、無駄を省き、集中して学習しなければならない。自ら学習す る 生 徒 が 増 え た の は 、「 省 エ ネ 」 や 「 集 中 」 と 関 連 し て い る 。 意 識 し て 、 や ら ざ る を 得 な い状況に自分を追い込んでいるのである。 担任は生徒の状況を把握し、適切なアドバイスを短く書くべきである。ひどく疲れてい る 生 徒 に は 、 ま ず 休 養 が 必 要 で あ る 。 そ う 判 断 し た ら 、「 ゆ っ く り 休 め 」 と 書 い た 。 す る と、次の日にはしっかり自己学習に取り組んでいく生徒が多かった。 1週間を単位とする「学習計画書」は、毎日提出と返却を必ず行い、継続することが重 要である。 (2)論 理 的 文 章 の 読 み 書 き こ の よ う な 学 習 の 経 験 の な い 生 徒 は 、文 章 を 書 く の は き つ か っ た 。原 稿 用 紙 1 枚 で も( 1 枚だからこそ)言葉に意識を注ぎ書かねばならない。生徒はきついという。現状では、原 稿 用 紙 1 枚 が 限 界 で あ る 。そ れ で よ い と 思 っ て い る 。粗 大 な 抽 象 論 を 何 枚 も 書 い て も 、 〈論 理的思考〉は育たないからである。今回の学習で生徒は〈論理的思考〉の基本を身に付け たと考えている。そして、この〈論理的思考〉が「自ら学ぶ力」となる。 今回の指導は、時間がないので指導事項を絞って行うべきであった。この点、多くの指 導 内 容 を 盛 り 込 み す ぎ た 。「 一 時 に 一 事 」 で て い ね い に 指 導 す べ き で あ っ た 。 し か し 、 2 年次には、総合的な学習の時間「小論文指導」がある。指導しきれなかった部分は、引き 継げばよい。 今回の短い期間で指導し再確認したのは、定期考査に向けての教科書教材の解釈だけで は読解力はつかないということである。授業を行っているとき、どこかに「定期考査のた めの」という意識が働く。これはまずい。親切にすぎる解釈や指導・助言が入り込んでし . ま う 。授 業 で 教 え る の で は な く 、授 業 内 容 を 教 え 込 む 状 態 は な る べ く 避 け る べ き で あ っ た 。 その点、古典の授業に挟み込んで行った〈論理的思考〉の授業は、思考の方法を教える ものであった。文章の読み書きは、決まった方向(定型)に合うしかたで進められた。文 体 と 構 成 の「 型 」の 指 導 で あ る 。文 章 の「 型 」が 定 ま っ て い れ ば 、書 く 内 容 は 自 由 に な る 。 ただ、多くの文章を書く機会はとれなかった。 この方法で生徒に行わせた文章の検討は、原稿用紙1枚の文章でも生徒からの指摘が1 時間では足りないほど出された。言葉を緻密に読まなければ、出てこないものである。生 徒間で食い違った指摘が出る。しかし、後から出された意見の方が前の発言を検討してか ら出されるので、多くの場合より適切な意見になっていく。要するに、思考の〈具体性〉 と〈定型性〉をどう組み合わせるかである。 文体と思考は一体である。生徒は、一字一句を疎かにせず、言葉と経験される事実との 対応を考え、文や語句を〈分析〉する経験をさせた。しかし、この思考の方法をある程度 身に付けても、それだけでは〈論理的思考〉は伸びない。もっと多量の文章の読み書きが 必要である。豊かな知識の蓄積構造がいる。 (3)読 書 指 導 「集団読書テキスト」の回し読みは、2学期から始めた。ちょうど、1週間単位で読み 9 ク ラ ス 9 冊 で 2 学 期 い っ ぱ い を 使 っ た 。 こ の 間 、「 読 書 案 内 」 を 配 付 す る と と も に 、 こ の「集団読書テキスト」の他に月3冊程度の読書を勧めた。この計画は実施できた。 読書の必要はよく説かれるところである。しかし、なかなか実践に及ばないのが現状で あ る 。 そ こ で 、「 集 団 読 書 テ キ ス ト 」 か ら 本 を 読 む 機 会 を 設 定 し た 。 こ れ を き っ か け に し て生徒が一冊でも多く本を読むように働きかけた。授業時に、テキストの感想を聞いてみ る。さまざまな感想がでる。作者について簡単なコメントをした。また、同じ作者の他の 本 を 紹 介 す る 。 北 杜 夫 な ら ば 、『 ど く と る マ ン ボ ウ 青 春 期 』 な ど お も し ろ そ う な 本 の 一 読 を 勧 め た 。「 読 書 カ ー ド 」 に は 、「 ケ ー タ イ 小 説 」 や 「 ラ イ ト ノ ベ ル 」 の 類 が 記 さ れ て い る。このような本を読むことを決してバカにしてはならない。どんどん読めばよいのであ る。今の段階は、本を読むのがおもしろいと思うようになってくれればよい。それが今回 の読書指導のねらいであり、月1冊程度のペースで生徒は本を読んでいる。現状ではこの 程度でも、今回の取り組みは読書をするきっかけとなったのではないか。 「学問研究」の進め方の説明の中で、環境問題についてふれた。その後、何人かの生徒 に あ の 話 は ど の 本 に 書 か れ て い る の か 聞 か れ た 。と り あ え ず 、石 裕 之 著『 地 球 環 境 報 告 Ⅱ 』 ( 岩 波 新 書 ) を 勧 め た 。「 あ る で き 事 の 事 実 を 知 る こ と は 大 切 で あ る 。 さ ら に 、 目 に 見 え な い そ の で き 事 の 原 因 や 背 景 を 知 り 、自 分 で 考 え る に は 読 書 は 欠 か せ な い 」趣 旨 を 伝 え た 。 読書への取り組みは、全教科で行ってほしいものである。 6 成果と課題 今回の調査研究の成果は、数値として示す用意がない。また、そのようなデータで明確 に示すのは取り組みの内容からして困難な面がある。生徒の書いた文章から判断するほか に な い 場 合 も あ る 。ま た 、模 擬 試 験 の 偏 差 値 と し て 、ど う 反 映 し て い る か も 証 明 が 難 し い 。 た だ し 、「 分 析 と 考 察 」 で す で に 記 し た よ う に 、 現 状 の 取 組 状 況 か ら 判 断 す れ ば 、 生 徒 は よい方向で変化している。 「学習計画書」では、計画の内容が詳しくなり、時間配分も妥当である。定期考査に向 けての学習時間は、個人差はあるが増えている。多くの生徒が部活動の中心で活動してい る現状では、時間の増加よりも要領よく部活動と自己学習を両立させている方が重要であ る。どちらの活動も大切である。 生徒の中には、自己学習の時間が1時間に満たない生徒がいる。課題はこれらの生徒が もっと自覚的に自己学習をするようにすることである。個々の生徒との面談や日常の指導 をとおして、学習意欲を高めていきたい。 〈論理的思考〉をうながす文章の書き方は、ある程度整ってきた。まだ、粗雑な論理や 稚拙な表現が見られる。主張を理由付け、論証するまでには至っていない。また、他者の 批判的な目で自分の文章を意識して考えることができる状態ではない。自己中心的な言葉 づかいから脱していない。つまり、思考は非論理的な状態にある。 しかし、これらを一度に矯正できるものではない。これから、文章の読み書きの訓練と 検討を重ねる中でじっくりと指導していきたい。そのことによって生徒の「自ら学ぶ力」 は育っていく。 現 在 の 方 法 を よ り 有 効 に し て い く に は 、 生 徒 の 語 彙 の 実 態 や 、「 ケ ー タ イ 小 説 」 の 読 み に見られるようなこれまでの生徒との違い、書くことへ意識の変化をもっと深く把握した い。現実の生徒に対応するには、まだ情報・認識が不足している。現在指導をしている生 徒に適した有効な方法を考え、作り出していくように考えを深めていきたい。
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