比較スポーツ論(和田 浩一、2016.10.13) テーマ:蹴鞠のリフティング

比 較 ス ポ ー ツ 論 ( 和 田 浩 一 、 2016.10.13)
テーマ:蹴鞠のリフティング技術
I.蹴鞠とは
1. 人 数 1グ ル ー プ 8名 ま た は 6名
2. ル ー ル 地 に 落 と さ な い よ う に 足 で 鞠 を 蹴 り 続 け て 楽 し む 。 手 は 用 い な い 。 基 本 的
に勝ち負けはなし。
※.勝負鞠 リフティングの回数を鞠数(まりかず)と呼び、回数を主目的としたプ
レーを数鞠(かずまり)と言い、数をかぞえる役人がついた。より競技的に行う
と き は 、 8人 か ら な る 二 チ ー ム を つ く り 両 チ ー ム 間 で 数 鞠 を 競 っ た 。
3. 場 所 鞠 庭
4. 時 間 時 間 の 区 切 り に 厳 格 な 取 り 決 め は な く 、 普 通 は 10~ 15分 で 終 る 。 メ ン バ ー が
楽しく時を過し、ちょっと休みたくなった頃にやめる。
5. 作 法 様 々 な 作 法 が 定 め ら れ 、 見 る 人 が 見 苦 し く 感 じ な い よ う に 配 慮 さ れ て い る 。
II.蹴鞠の歴史
600年 頃 . 中 国 か ら 伝 わ っ た と 言 わ れ る 。
644年 . ( 春 正 月 に ) 中 大 兄 皇 子 と 藤 原 鎌 足 が 飛 鳥 の 法 興 寺 ( 現 ・ 飛 鳥 寺 ) で 蹴 っ た 。
黒 坂 勝 美 編 『 訓 読 日 本 書 紀 』 岩 波 書 店 、 下 巻 、 pp. 191-192.
905年 . 3月 、 天 覧 鞠 ← 確 実 な 蹴 鞠 記 録 の 初 見
1001年 頃 . 「 あ そ び わ ざ は 、 小 弓 、 碁 、 さ ま あ し け れ ど 、 鞠 も を か し 」 『 枕 草 子 』 201段
院政期.急激に芸道化する。平安末期の名手・大納言藤原成通は、清水寺に詣でたとき、
清水の舞台の欄干の上で鞠を蹴りながら何度も往復したといわれている。
※.以後、歴代天皇はじめ宮中の高官・ 将軍・大名、室町・江戸時代では庶民に至
るまで広く行われたが、明治維新頃には―旦跡絶えた。
III.道具・衣装・鞠庭
1.鞠
鹿 の 皮 を 2枚 円 形 ( 直 径 30~ 36cm) に し て 、 毛 の 方 を 裏 ( 内 側 ) に し て 、 独 特 の 半 な め
しの状態にして互に縫い合せて球形にする。縫う方法は馬の背の皮(真皮)をあけ、そこ
から大麦をつめて、球形に張りふくらませ形を整え、表面に膠(にかわ)を塗り、その上
に 鉛 白 に て 化 粧 し た 後 、 つ め た 大 麦 を 取 り 出 し て 小 穴 を 閉 じ て 用 い る 。 直 径 は 17~ 18cm、
重 さ 約 150g、 勿 論 ハ ン ド メ イ ド で あ る か ら 、 形 の 大 小 や 軽 重 は 避 け ら れ な い 。
2.装束
1) 鳥 棺 子 ( エ ボ シ )
2) 鞠 水 干 ( マ リ ス イ カ ン ) = 上 衣
生糸(練ってない)を用いて紗と言う織りにする。後鳥羽上皇の時代から鞠専用のもの
が定められた。種々の色や紋・刺繍などの組み合わせにより、階級が示される。
1
3) 鞠 袴 ( マ リ パ カ マ )
葛の繊維を煮て水に晒して用いる。これにも各種の色分けがある。
4) 沓 ( ク ツ )
靴と言う字を用いない。韈(シトウズ=足袋にあたる)の鞣皮(なめしがわ)の色によ
り階級が示される。
3.鞠庭
鞠 を 蹴 る 場 所 を 鞠 庭 ・ 鞠 場 ・ 鞠 懸 ( マ リ ガ カ リ ) と 言 う 。 広 さ お よ そ 14m 四 方 で 、 平 坦
で水はけのよい土地がよく、鞠庭四隅の内側に松・桜・柳・楓の木(式木=四季木)を植
え る 。 高 さ は 4~ 5m 。 地 中 に 壷 を 数 個 埋 め て 、 蹴 っ た 鞠 の 反 響 を よ く す る 。
IV.リフティングの技術1:蹴るときの姿勢とかけ声
1.姿勢
鞠を蹴るときの姿勢は極めて大切である。すなわち腰や膝を曲げることなく、足の高さ
も足裏の見えない程度にあげ端正優雅を要する。
ろう
.下臈鞠足は、袖さがりたる。しかるべき人は左右の袖うちひろげて、足に鞠あたる折、
左の袖少しもてあはする様なるべし。……おほかたは、早足はみな、袖の高き也。鳥
の 羽 に て 飛 ぶ や う な る 事 に や 。 ( 『 蹴 鞠 口 伝 集 』 上 巻 四 四 条 「 袖 も ち の 様 」 、 12世 紀 )
2.かけ声
鞠を蹴るときのかけ声には「アリ」「ヤ」「オウ」の三声がある。掛け声の長短・抑揚
により鞠の受け渡しを正確にして、鞠を奪い合ったり受け損じのないようにする。
V.リフティングの技術2:プレーの内容
1.上鞠(あげまり)
最初に鞠を蹴ることで、この役を務めることは名誉なことだった。プレーヤー(鞠足:
まりあし)はパスを受け取ると、何回かリフティングして、次の人に鞠を送る。前方に強
く蹴らないので、「鞠を上げる」と言った。
2.鞠長(まりたけ)
鞠 を 上 げ る 高 さ の こ と で 、 懸 り の 木 と 同 じ 1丈 5尺 ( 約 4.5m) が 至 適 の 高 さ と さ れ て い た 。
この高さに垂直に蹴上げることは「真ぐに上げる」とか「うるわしく上げる」と呼ばれ、
蹴鞠の基本的技術だった。パスを送るときは、鞠があまり高くては受け取りにくいので、
やや低めに放物線を描いて緩い鞠を送った。これは「中ふくらに」あるいは「虹形に」蹴
って渡す、と表現されている。
3.一段三足
一 人 が 続 け て 蹴 る 数 の 標 準 は 3回 で あ っ た 。 す な わ ち 、 1) 人 か ら パ ス を も ら い 、 2) 自
分 で 「 う る わ し く 」 蹴 り 、 3) 次 の 人 に 「 中 ふ く ら に 」 パ ス を 送 る こ と 、 が 無 駄 が な く 、
当人の技量を発揮するのに適当な回数とされていた。
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4.縮開(つめびらき)
イ レ ギ ュ ラ ー な 場 所 へ 鞠 が 飛 ん だ と き は 、 1) 最 も 都 合 の よ い 位 置 に い る 人 が 声 を か け
て 落 下 点 ま で 移 動 し て こ の 鞠 を 上 げ 、 2) 他 の 7人 が こ れ に つ い て 移 動 し て キ ッ カ ー の 周 囲
に散開し次の鞠に備えた。
こ の よ う な 難 し い 鞠 を 処 理 す る に は 、 1) つ な ぎ の キ ッ ク ( = ぬ す み 足 ) で 鞠 を 自 分
の コ ン ト ロ ー ル 下 に 置 き 、 2) 次 の キ ッ ク で 「 う る わ し く 」 蹴 る 、 と い う 高 度 な 技 法 が 必
要だった。これを「甲乙に蹴る」あるいは「甲乙の足を蹴る」と言った。
5.三曲 = 高度な技
1)延足(のびあし)
自分が立っている場所から遠く離れた地点に落ちる鞠を追いかけていって、身体を鞠に
投げかけて、地面すれすれで鞠を蹴り上げるプレー。このとき、左膝を地面につけ右足を
鞠に向かって出して蹴った(蹴鞠の蹴り足は常に右足)。足から滑り込むようにして蹴っ
た の で 、 地 面 に は 左 の 沓 先 を 引 き ず っ た 跡 が つ い た 。 こ の 痕 跡 が 1丈 程 つ く の が 上 手 と さ
れ て い た の で 、 上 手 な 鞠 足 は 最 後 の ス テ ッ プ で 鞠 に 向 か っ て 3メ ー ト ル ぐ ら い 飛 び 込 ん だ
ことになる。
2)帰足(かえりあし)
自分のすぐ背後で烏帽子より低い高さに上がった鞠を、肩に当てて(懸けて)後ろに流
し落としながら、素早く振り返って落ちてくる鞠を蹴り上げるプレー。鞠が右肩に懸かっ
たときは左回りで、左肩に懸かったときには右回りで振り返るのが正しい方法だった。
3)傍身鞠(みにそうまり)
自分の身体(衣裳)の前面に当たった(懸かった)鞠を、胸・腹・腿・膝・脛と身体に
沿って足下まで流し落として、鞠が確実に沓の上に乗ったところで蹴り上げるプレーで、
三曲の中でも特に重視されていた技術。鞠が身体に当たったときに鞠の勢いを殺すコツと、
鞠が身体から離れることなく流れ下るような真っ直ぐな姿勢とを体得することが大切とさ
れていた。
.傍身鞠は殊に大事也、三曲皆大事なれども、延足は悪ながら毎人すること也、傍身鞠
は上手も術無かる事也、此足しつけぬれば諸の足に通ず、殊に帰足にむねといる事也
… … ( 『 内 外 三 時 抄 』 練 習 篇 、 三 曲 の 項 、 傍 身 鞠 、 13世 紀 末 )
VI.参考文献・参考URL
桑 原 浩 然 他 『 蹴 鞠 技 術 変 遷 の 歴 史 』 平 成 3年 度 科 学 研 究 費 補 助 金 研 究 成 果 報 告 書 、 1992年
村 戸 弥 生 『 遊 戯 か ら 芸 道 へ : 日 本 中 世 に お け る 芸 能 の 変 容 』 玉 川 大 学 出 版 部 、 2002
稲 垣 弘 明 『 中 世 蹴 鞠 史 の 研 究 : 鞠 会 を 中 心 に 』 思 文 閣 出 版 、 2008年
池 修 『 日 本 の 蹴 鞠 』 光 村 推 古 書 院 、 2014
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