ドイツ語圏の旅(1)

ドイツ語圏の旅(1)まずは飛行機に乗って
日本から飛行機に乗って最も近いヨーロッパの空港はどこか? それはフィンランドの
ヘルシンキ・ヴァンタ空港。ここ数年ドイツ語圏に行くときはいつもフィンランド航空を
利用する。飛行機が大きすぎず、エコノミー席でも窓際2列・中央4列なので、トイレに
行くのも楽だし、2人で行けばなお安心。これがJALやANA、ルフトハンザ・ドイツ
航空だとジャンボ機なので、窓際3列・中央5列で、窓際に座ったら、通路側の人が寝込
むとトイレに行けず、逆に通路側に座ると窓際の人がトイレに行くからと起こされる。
それに、ヘルシンキ空港は、ムーミングッズを筆頭に小物のお土産がたくさん売られて
いるから、乗換の待ち時間も楽しい。ところが最近、料金が安いフィンランド航空の人気
が徐々に上がって、早く予約しないと満席で、利用できなくなった。
ルフトハンザはドイツの飛行機会社なので、成田で搭乗した時からもう気分はドイツに
なれるが、全日空と共同便なのでたまに全日空丸出しの時がある。それに、フランクフル
ト国際空港は世界で3本指に入る評判の悪い空港で、どうしてもルフトハンザで行くなら、
フランクフルトで乗り換え別の空港を離着地にすると良いだろう。
ドイツ語圏の旅(2)空港から鉄道へ
前回に書いたように、ドイツの空の表玄関フランクフルト国際空港は大きすぎて非常に
わかりづらい。でもまあ、到着の際はなんとかなる。税関を経て、荷物を受け取って、自
動 ド ア が 空 く と そ こ は い よ い よ ド イ ツ だ 。 Endlich bin ich in Deutschland! と い う 感
動も束の間、目の前に飛び込んでくるのは外国人ばかり。まわりを見回しても、さっき飛
行機内にいたあの大勢の日本人はどこへ行った?と驚くほど姿を消して、とにかくいまは
一人踏ん張ってドイツの地を歩むしかない。
さ て 、 こ こ か ら フ ラ ン ク フ ル ト 中 央 駅 (Hauptbahnhof, Hbf)へ 行 く に は 、 鉄 道 の マ ー ク
を見ながら階段を下りて、まずは切符を買わなければならない。切符売り場はたいてい数
人行列している。たかが3人ぐらいと甘く見てはいけない。場合によってはこの3人への
切 符 販 売 等 が 終 わ る ま で 30 分 も 待 た な け れ ば な ら な い こ と が あ る か ら だ 。 な の で 、 極 力
切符売り場で切符を買うのは避けて、自動販売機で買いたい。ところが、この自動販売機
は、慣れないうちはとても操作が難しい。
どの駅でも、良く見ると、切符の自動販売機には2種類ある。1つは現金を投入するも
ので、燻し銀色をしている。もう1つはクレジットカードで買うもので、赤い色の機械。
現金投入式の場合は、機械表面左手の駅名表示板から目的地を探し、見つかったら、そこ
に書かれた番号を右のボタンで押すか画面の数字を押す。すると、小さなガラス窓に金額
が表示されるので、その額を投入すればよい。なあんだ簡単。と思ってはいけない。そん
な単純な話ではない。なぜなら、まず、フランクフルト中央駅が駅名番号表のどれかがわ
か ら な い 。 Frankfurt と い っ て も 南 駅 や ら 何 駅 や ら い ろ い ろ あ っ て ど れ だ か わ か ら な い 。
運良くわかって投入口にコインや紙幣を入れてもなぜか貨幣が戻ってきて受け付けてくれ
ない。紙幣を入れる向きが悪いのかと裏返したり左右を逆にしたりしても全然ダメ。そう
こうしているうちに後ろに次の客が来て待っているから焦る。焦ると余計だめで、もうい
い や と 諦 め 画 面 を ご 破 算 に す る (abbruch)。 そ し て 後 ろ の 客 に 先 を 譲 っ て 、 そ の 間 に そ の
人がやることをジッと観察してふたたび再挑戦。ところが、さっきの人はできたことが、
自分の番になるとまたできない。そうこうしているうちに予定している電車の発車時刻に
なってしまう。そんなとき、そばのおじさんが話しかけてくる。とても嬉しいと同時にち
ょっと怪しい。親切なふりをしてお金を盗られるのではないかと心配だ。かといって、無
視するのも失礼だし、いいえ結構です、とも言いづらい。なぜなら、その人は私の悪戦苦
闘をそばですべて見ていたからだ。仕方がない、金を盗られたらその時だ、盗られてもせ
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い ぜ い 10 ユ ー ロ だ し と 覚 悟 を 決 め て 、 し か じ か と 自 分 が し た い こ と を と り あ え ず 説 明 す
る 。 た と え ば フ ラ ン ク フ ル ト 中 央 駅 が 駅 名 表 示 板 に な い 場 合 、 Danke, ich fahre zum
Frankfurt Hauptbahnhof.と 言 う 。 す る と 、 怪 し い お じ さ ん は ニ コ ニ コ し な が ら 機 械 の
駅 名 表 示 板 を 指 さ す 。 な ん と 、 そ こ に Frankfurt hauptbahnhof と は っ き り 書 い て あ る
ではないか。あるいは、お金をいれても戻ってくると言うと、そのおじさんは紙幣を持っ
て歩きだす。ギョッとしてついて行くと、別の機械でいとも簡単に操作し切符とお釣りを
渡してくれる。ああ、この親切なおじさんを泥棒と怪しんだ自分のいやらしさを後悔する。
基本的にドイツ人は世話好きなのだということはあとでわかるだろう。
こんなことならカード式で買えばよかった。最近はカード式の機械ばかりで、現金投入
式が少ないし。まず「画面を手で触れてください。」つぎに目的地は?乗車日は?乗車時
刻は?一等か二等か?大人か子どもか?枚数は?自転車は?割引カードを持っているか?
ICE(特急)を利用するか急行はどうか?時刻表を印刷するか?等々と次々と画面で質
問攻めにあう。もう画面表示通りで良いというところまでやっとたどり着いたところで、
行き詰まる。なぜなら、もうこれでOKだからその切符が欲しいという画面がないからだ。
困ってこれかなと、かまわず画面を押すと、ああ、それはすべてキャンセルのボタンだっ
た!もう一度やり直し、となる。とならずに無事にクレジットカードを挿入するところま
でいったら、カードを差し込むと、スーッと吸い込まれる。ドイツの機械は壊れやすいか
ら、万一カードが戻ってこなかったら、今回の旅行は地獄と化す。たまに裏返し、あるい
は向きが逆ということもある。あまり間違えると、日本でもそうだが没収となりかねない。
冷や汗をびっしょりかいて、とにかくも無事に切符が発券される音がする。ああと、ここ
で気を抜いてはいけない。なぜなら、ククククとかと切符を印刷する音が聞こえてしばら
くして下の口から出てくるのはクレジットカードの領収証であって切符ではないからだ。
切符はそれからしばらくしてから出てくる。慌てると、領収証だけ手にして切符を取り損
なう。カード式の場合は、必ず2枚(切符と領収書とは同じ紙なので非常によく似てい
る)受け取らなければならない。
こんなことをしているうちに、予定した列車はとうに出発した後となるかもしれない。
ドイツ語圏の旅(3)格安鉄道切符
むかしヨーロッパに旅行する人はほとんど全員と言って良いほどユーレールパスを買っ
て行った。これはヨーロッパの鉄道のほとんどすべてに所定の期間内なら何度でもどこへ
でも、しかも一等車に乗れるというお得な切符だった。ただし、同じ町に滞在して鉄道に
乗らないとその分損する。そこでついあくせく毎日あちこちの町を移動しつづけることに
なって疲れ果てる。幸い今は、期間ではなく回数を決める切符が売られているので、移動
日だけ有効にすれば良い。それでも、たとえばドイツ国内しか旅行をしないのに、ギリシ
アの鉄道もイギリスの鉄道も乗れるという権利を買わされるのは馬鹿げている。そこで、
さらに改善されて、いまは隣接する3ヶ国だけとか5ヶ国だけという切符も売られている。
だけれども、ほんとうにドイツ国内しか旅行しないのならば、ユーレールパスではなく、
ジャーマンレールパスを買うべきだろう。ちなみに、ユーレールパスはヨーロッパでは買
えないしヨーロッパに住む人は使えない。ジャーマンレールパスはドイツに住む人は変え
ないが、こちらは、ベルリンとケルンとミュンヒェンなどの中央駅でも売られている。た
だ し 、 5 日 間 と 10 日 間 の 2 種 類 の 切 符 し か 買 え な い 。 値 段 は 日 本 で 買 っ て も ド イ ツ で 買
ってもさして違わない。
しかし、ここで注意しなければならないことがある。たとえば、ミュンヒェンからハン
ブルクまで特急ICEで行くと超お得だが、ミュンヒェンからアウクスブルクまでしかい
かないならば往復でも大損になる。ジャーマンレールパスがつねに得だいうわけではない。
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近 場 や 同 じ 州 内 の 移 動 な ら ば 、 別 の 格 安 切 符 が あ る 。 そ れ は 、 Bayern-Ticket と か
Schleswig-Holstein-Ticket と 呼 ば れ る Länder-Tickets で 、 そ れ ぞ れ の 州 内 は 有 料 急
行列車以外は朝9時から深夜まで何度でもどこへでも乗れ、しかも1枚で5人まで乗れる
便 利 な 切 符 で 、 し か も 超 割 安 。 ま た 、 週 末 に は 週 末 切 符 (Wochenendekarte)と い う の が
あり、これも1枚で5人まで、有料急行列車以外は全国乗り放題。2人以上で旅するなら
ば絶対お得な切符だ。週末切符には単身用もある。1枚で5人まで乗れるので、駅のホー
ムには便乗させてくれと寄ってくる若者がたむろしている。逆に便乗させてやるから5ユ
ーロよこせという奴もいる。こういう連中は、車内検札が終わるといなくなるので、万一
乗車中に車内検札が2度あったら、われわれは無賃乗車ということになってしまうので、
危ない。詳しくは
http://www.bahn.de/p/view/preise/regional/laendertickets.shtml ち な み に 、
有 料 急 行 列 車 と は 、 新 幹 線 に あ た る Inter City Express (ICE)と 欧 州 国 際 列 車 Euro
City (EC)と 都 市 間 急 行 Inter City (IC)で 、 ICE は 急 行 券 の 他 に 乗 車 券 ま で 割 り 増 し 料
金 が か か る 。 EC と IC は 急 行 料 金 の み 。 ジ ャ ー マ ン レ ー ル パ ス や ユ ー レ ー ル パ ス は ICE
も含めてすべての列車に乗り放題なので、気楽というメリットがある。
ドイツ語圏の旅(4)格安バス乗車券
前 回 は ド イ ツ 鉄 道 ( DB) の 格 安 切 符 の 話 を し た が 、 今 回 は も っ と 驚 く べ き バ ス の 割 引
乗車券の話。
京都に行った人は誰でも気づくと思うが、京都の市営バスの料金はたしか1回乗車で一
律 220 円 。 と こ ろ が 一 日 乗 車 券 は 500 円 。 つ ま り 、 乗 り 継 ぎ な ど で 3 回 バ ス に 乗 る と し
たら一日乗車券のほうが得になる。これのもっと凄いのがドイツのバスの割引乗車券で、
市によって多少違うが、たとえば今年3月に行ったミュンスターの場合、1回乗車券はA
ゾーンで2ユーロ。したがって往復したら4ユーロであることは小学生でもわかる。とこ
ろ が 一 日 乗 車 券 (Tages-Ticket)は た っ た の 3.5 ユ ー ロ ! つ ま り 往 復 す る な ら 一 日 乗 車
券を買ったほうが得で、しかもなにしろ「一日乗車券」だから何度でもどこへでもそれ一
枚 で 行 け る 。 三 日 間 乗 り 放 題 乗 車 券 (Drei Tages Karte)と か 一 週 間 乗 り 放 題 乗 車 券
(Wochen Karte)、 一 カ 月 乗 り 放 題 乗 車 券 (Monatskarte)な ど い ろ い ろ と あ り 、 い ず れ も
信じられないくらい割引率が高い。短期の旅行でもし同じ町に3日間滞在するならば、ぜ
ひ一週間切符を買うべきだ。乗り放題の切符は、乗り間違えても心配いらないし、余った
時間に来たバスに適当に乗って市内見学をしたりできる。また、市内にトラム(路面電
車)や地下鉄があれば、バスともども同じ会社がやっているのでその乗車券でバスでもト
ラムでも地下鉄でも乗れる。
もっとも、つわものは無賃乗車するから、それに比べれば格安乗車券も高いかもしれな
い が 、 無 賃 乗 車 が 発 覚 す る と 50 ユ ー ロ ぐ ら い 有 無 を 言 わ せ ず 徴 収 さ れ る か ら 、 無 賃 乗 車
はやめたほうがよい。無賃乗車を摘発する係員はみな私服でふつうの乗客のように席に座
って新聞なんか読んでいるから、そういう検札官が乗っているのかどうかは見た目ではわ
からない。隣に座っているふつうのちょっと汚らしいおっさんが、突然起ち上がって、身
分証明書を提示して、切符を見せろと言うので、驚かされる。市街電車だけでなくバスに
も乗っている。検察官はとても権威があり、この人に無賃乗車だと言われたら、例外なく
罰金を払わされる。美人女性とかかわいい女子学生が目の前で摘発されるのを何度か見た
ことがあるが、「いま買おうと思っていたところだ」とか「小銭がなくて」なんていうい
かなる口実も絶対に聞いてもらえない。だから、まあ、ほとんどの乗客がちゃんと切符を
買って持っている。だって、一カ月乗車券など割引乗車券を買ったほうが絶対に得だから。
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ドイツ語圏の旅(5)改札
ドイツの地下鉄や市街電車の駅には改札がないので、その気になれば、そして検札に捕
まらなければ、無賃乗車ができる。ただし、長距離列車は走行中に車掌が必ず検札に来る。
バスや路面電車はどこのドアからも出入り自由だから、乗車券を車内で購入する場合には
運転手の脇を通らなければならない。見方を変えれば、後ろのドアから乗って後ろのドア
から降りれば無賃乗車ができる。ただし、前回書いたように私服の検察官が突然検察を始
めるから、そうやすやすと無賃乗車ができるわけではない。
しかし! そもそも、ヨーロッパに行って初めて「自由とは何か」「人間が自由である
と は ど う い う こ と か 」 を き ち ん と 自 覚 し て い る か が 問 わ れ る 。 18 世 紀 末 の 哲 学 者 カ ン ト
が言うように、自由とは自律を意味する。つまり、自分で自分を律する、自分で決めたこ
とをみずから守ることが自由である。したがって、ドイツの(オーストリアもフランスも
同様)鉄道やバスに改札がないから無賃乗車をしよう、誰も
見ていなければ不正を働こうなどと思う人は自由ではない。
誰も見ていなくても正しいことをするのが自由だ。
ところで、ホームの脇や駅の入口付近に妙な小箱がついた
柱が立っている。これは自主改札機だ。小箱の腹についた細
長い口に切符を挿入すると、切符に日時が刻印される。これ
は、買った切符がこの瞬間から有効になるという印で、この
操 作 を Entwerten と 言 う 。 直 訳 す る と 「 価 値 を 無 く す 」 と い う 意 味 。 購 入 し た だ け の 切
符はいつでも使えるので、それに日時を刻印することで、「当日のみ有効」とか「以後2
時間内有効」となる。この作業をしないと、車内検札でいくら切符を持っていると言って
も、無賃乗車と見なされる。
ドイツ語圏の旅(6)コンディトライ
ドイツの町に着いたので、ここで一息つこう。まずは喫茶店へ。喫茶店はドイツ語で
Café と 言 う 。 こ れ は フ ラ ン ス 語 つ ま り 外 来 語 な の で ア ク セ ン ト は 後 ろ に あ る 。 カ フ ェ ー
と 発 音 す る 。 ち な み に コ ー ヒ ー は ド イ ツ 語 に な っ て Kaffee カ フ ェ ー と い う よ う に 最 初 に
ア ク セ ン ト が あ る 。 Ich trinke Kafee im Café.( イ ヒ ・ ト ゥ リ ン ケ ・ カ フ ェ ー ・ イ ム ・ カ
フェー)ところで、喫茶店に入ろうと思ったら、隣りにも似たような店があるが、こちら
は Konditorei と 書 い て あ る 。 ど こ が 違 う の か 。
Konditorei( コ ン デ ィ ト ラ イ ) は 、 も と は ラ テ ン 語 。 konditor は お 菓 子 を 作 る 人 を
言う。だから、コンディトライはドイツ語圏では、店で出すケーキやお菓子を自家製にし
て い る 喫 茶 店 を 言 い 、 パ ン 屋 を 兼 ね て い る 場 合 が 多 い 。 た だ の Café で 出 し て い る お 菓 子
やケーキは、逆に言えば、自家製ではない。コンディトライはおしゃれな店が多く、一階
がお菓子屋で二階がカフェになっているところが多いが、カフェと同様、天気が良いと、
屋外にテーブルを並べている。市民、とりわけ中高年婦人は、ここでケーキを食べコーヒ
ーや紅茶を飲み、おしゃべりをして半日を過ごす。
ドイツのケーキはフルーツ・ケーキが一般的で、タルトにフルーツがのっている。ちな
み に 、 Kuchen〔 ク ー ヘ ン 〕 と い う の は 、 生 地 に 工 夫 し て ナ ッ ツ や フ ル ー ツ を 織 り 交 ぜ て
焼いたもので、焼いた生地の上にあれこれとデコレーションを加えるのはタルトと言う。
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クーヘンには生クリームをたっぷりとかけて食べることが多い。これを週に数回繰り返す
と、確実に太る。
ハ イ デ ル ベ ル ク に て 。 ク ー ヘ ン は い つ も 食 べ て し ま っ て 写 真 が な い (^-^;)
ドイツ語圏の旅(7)お店の開業時間
ドイツには閉店法というものがある。要するに、商店の開業時間を決めている法律で、
そ れ は 閉 店 時 間 を 決 め て い る と も 言 え る の で 、 閉 店 法 と 言 う 。 こ れ が 2006 年 に 変 更 さ れ
ま し た 。 そ の 前 の 法 律 は 2003 年 に 改 定 さ れ た も の で 、 小 売 店 は 平 日 の 20 時 か ら 翌 朝 6
時 ま で 、 日 曜 ・ 祝 日 は 終 日 、 閉 店 す る こ と が 決 め ら れ て い た 。 遡 れ ば 、 1956 年 に 制 定 さ
れ 、 1989 年 と 1996 年 、 そ し て 2003 年 に そ れ ぞ れ 改 訂 さ れ 、 そ し て 2006 年 11 月 に ま た
改 訂 さ れ る と い う よ う に 、 時 代 の 流 れ に 合 わ せ て ど ん ど ん 改 訂 さ れ て い ま す 。 2006 年 の
改訂で閉店決定権が国から州政府に委譲され、これによって、たとえばベルリン州では、
11 月 9 日 か ら 24 時 間 営 業 が 認 め ら れ る 小 売 店 が 出 来 た 。
日 本 で は い ま や 当 た り 前 の 24 時 間 営 業 だ が 、 日 本 で も ほ ん と う に こ れ が 必 要 か は 疑 問
だ。それはともかくとして、むかしはドイツの閉店法を知らないとたいへんなことになっ
た 。 と い う の も 、 商 店 は ふ つ う 、 平 日 は 朝 10 時 か ら 午 後 5 時 ま で 、 土 曜 日 は 正 午 ま で し
か開いておらず、もちろん日曜休日は閉店だったからだ。さらに、銀行は、開店時間が平
日 の 午 前 10 時 か ら 12 時 ま で と 、 午 後 2 時 か ら 4 時 ま で だ け だ っ た か ら 、 仕 事 や 会 議 を
抜け出して両替に行かないと、お金がない!ということになりかねなかった。仮にいまも
同様だったとしても、いまは自動預貯金機が街のあちこちにあるので問題ないが、当時は
そんなものもなかった。
1996 年 に 改 訂 さ れ て か ら 、 一 般 の 商 店 は 、 平 日 は 午 前 10 時 頃 か ら 午 後 8 時 ま で 、 土
曜 日 は 午 前 10 時 か ら 午 後 3 時 頃 ま で 開 い て い て 、 慣 れ れ ば 生 活 す る う え で と く に 不 自 由
に感じることはなくなった。緯度が高いドイツでは、冬は午後4時頃には暗くなるので、
午後7時頃に買い物に行くのは深夜に出かけるような気分だから(私にとっては)、こう
した開店時間の規制もこれぐらいならば問題なかった。
なぜこんな不便な規制があったかというと、小売店で働く従業員の権利を保護し、深夜
勤務や超過勤務を強いられることがないようにするためと、小売店どうしで営業時間延長
競争が起きないようにして、小規模店が不利にならないようにするためだった。休日や夜
は家族みんなでゆっくり過ごしましょう、というのがドイツ人の考えであり、日本のサラ
リーマンが自分の子どもと一緒に過ごすのは一カ月に一度か二度、というのは、ドイツ人
に言わせれば、狂気の沙汰だ。なんのために生きているのか!と。
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で も 、 2006 年 の 法 律 の 改 定 で そ う し た 規 制 が 緩 和 さ れ 、 と く に 駅 ビ ル な ど で は 日 曜 休
日 の 開 店 は 当 た り 前 に な り 、 つ い に 24 時 間 営 業 の 店 が 存 在 す る よ う に な っ た か ら 、 ド イ
ツ人も徐々に世知辛い人生を送ることになるのかもしれない。日本人のように。
ドイツ語圏の旅(8)蚤の市
店の話をしたので、ついでに蚤の市について。
フリマと言えば、フリー・マーケットのこと。公園や広場、路上、ホールなど、いまで
は日本でも場所を問わずに各地で開かれている、市民が自由に(と言ってもたいていは参
加 費 が 必 要 ) 市 を 開 け る 場 所 の こ と な の で 、 こ れ を 「 自 由 市 」 つ ま り Freemarket だ と 思
っ て い る 人 が た ま に い る が 、 そ れ は 間 違 い 。 英 語 で は こ れ を Fleamarket と 書 く 。 ド イ ツ
語 で は Flohmarkt と 言 う 。 Flea と か Floh と い う の は 「 蚤 ( の み ) 」 の こ と 。 蚤 が 飛 び
出すほどのボロを売る市場のことで、東京ではむかしから世田谷のボロ市が有名だ。
北ドイツの港町キールでは、毎月第一日曜日に商店街から市庁舎前広場にかけて蚤の市
が 開 か れ 、 約 1000 軒 ほ ど の 店 が 並 べ ら れ る 。 ち な み に 、 ド イ ツ で は 日 曜 休 日 は す べ て の
商店が休みで閉まっているので、商店の邪魔にはならない。
日本では、フリマと言っても、けっこう新しいものが売られているが、ドイツの蚤の市
はほんもののボロ市で、どう見たって屑でしかないものもたくさん売られている。売られ
ているものは、本やCD、レコード、古着などと並んで圧倒的に多いのがほんもののがら
くた。絶対に使えそうもない、というか絶対に要らないとしか思えない電気のコードやコ
ンセント、どこかの食堂から盗んで集めたのではないかと思われるようなフォークやスプ
ーンやナイフ(揃っているものなどほとんどない)等々。なかには、新品同様の人形や玩
具もあるが、とにかくボロとがらくたの山々がずらりと並ぶ光景には圧倒される。
午前8時から午後4時頃まで開かれているが、閉店の頃に見ても、朝の光景とほとんど
変わらない。つまり、ほとんど売れていないように見える。たまに、大きな絵を抱えてい
る人がいるから、まったく売れないということはなさそう
だ。とにかく、こんながらくたをふだん自宅に置いておけ
るスペースがあることが、なんと言ってもわれわれ日本人
にとっては驚嘆に値する。こういうがらくたをけっしてゴ
ミとして廃棄せずに、誰かがいつか再利用するだろうと期
待する気持ちは、さすがに環境先進国だと思える。フリマ
は、リサイクルの頂点に位置するからだ。
ドイツ語圏の旅(9)照明
2号館4階にある私の研究室に初めて来た人はみな一様に驚くことがある。部屋が暗い
からだ。なぜ蛍光灯をつけないのかと問う。しかし、もしこれがドイツだったら、おそら
く誰も驚かないだろう。なぜならこれがふつうだからだ。外で太陽が照っているときに電
燈をつけるなんて信じられない、というのがドイツの常識なのだ。
ドイツの環境政策がかなり先進的であることは良く知られており、そのリサイクル精神
はみごとなものだが、エネルギー節約政策も半端ではない。上述のように、外で太陽が照
って窓から光が差し込んでいるときにはまずほとんど照明をつけない。夕方暗くなってそ
ろそろ新聞の字が見づらいというころになってようやく小さな灯りを少しだけつける。大
学や州立の図書館は一般に閲覧室の窓が大きく、さらに天井からも外の光が間接的に入る
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ようになっているので、閲覧室の机にスタンドがついていないところが多い。ならば、館
内は明るいかというと、やっぱり暗い。なぜならめったに照明をつけないからだ。なので、
こういう環境に慣れていない人が図書館で仕事をしようと思ったら、朝早く、開館と同時
に入って、真っ先に窓ぎわの席を確保する必要がある。
ところが、マールブルク大学の中央図書館は、奇妙なことに、窓ぎわの席にだけライト
スタンドがついている! たぶん、夜になると天井の照明が部屋の隅まで届きにくいから
ではないかと思う。数年前に新築オープンしたキール大学中央図書館は、外光も入るし机
にスタンドもついているので、明るくて使い勝手が良い。やっぱりドイツ人もこれまでの
図書館の照明は暗すぎると思っているのではないかと推測する。しかし、こういう傾向は
全国的なエネルギー節約政策に逆行しているのかというと、必ずしもそうとは言えないと
思う。なぜなら、多くの学生は自宅でエネルギー節約教育をしっかり受けてきているので、
図書館でもどこでも日本人のように無暗に電気スタンドをつけないからだ。結局は各人の
自覚の問題ではないかと思う。
ホテルの部屋の照明が暗いのはまあ日本も同じだが、ドイツ旅行中にホテルの部屋で本
を読もうと思うとちょっとつらい。机はあるが電気スタンドはないから、ベッドの枕元に
ある小さな電灯に頼るしかない。しかし悲しいかな、ベッドに入るとつい眠くなって本が
読めない。仕方がないのでカフェでも行って本を読むか、なんて思うのは甘い。なぜなら、
レストランでもカフェでもテーブルの上にある灯りはほとんどがロウソクのみだからだ。
ロマンチックと言えば言えないこともないが、極端な場合、自分が食べている料理がよく
見えないということもごくまれにある。そんなことはめったにはないが、少なくとも新聞
などは暗くてまず読めない。だから、夜のレストランやカフェでは、誰かを誘って一緒に
楽しくおしゃべりでもしながら食事をしたり時を過ごしたりするのが良いのだと思う。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 10) 待 つ
たぶん日本以外は、だと思うが世界中を知っているわけではないので、ドイツの話に限
るが、ドイツへ行ってまず身につけなければならないのは「待つ」ことに慣れる心だ。
現代日本の生活はせわしない。とくに都会ではそうだ。インドとは比較にならないにし
ても、ドイツでせわしない日本的生活をそのまま続けようとしたら胃潰瘍になるだろう。
た と え ば 、 ど こ か の 窓 口 で 人 が 2 、 3 人 並 ん で い た ら 、 早 く て 5 分 、 長 く て 30 分 は 待
つと覚悟を決める必要がある。駅で切符を買うときはたいてい時間があまりない。ときに
は あ と 10 分 後 に 来 る 列 車 に 乗 ら な い と 次 の 宿 泊 地 ま で 行 き 着 か な い 、 と い う 場 合 だ っ て
ある。ところがそんなときに限って、列の前の人が切符を買うのにえらく時間がかかる。
そ の 人 が た と え ば 「 ベ ル リ ン へ 行 く の で 13 時 15 分 の 1 等 の 座 席 を 予 約 し た い 」 と 注 文 し 、
駅員が空席があるかどうかを調べるから、時間がかかるというのならばまだ許せる。だが、
そうでもなさそうな場合が多い。詳しくは聞こえないが、客がいちいちああでもないこう
でもないと注文をつけたり、文句を言ったりして、話がぜんぜんまとまらないことが多い。
ひどいときになると、客と駅員がおしゃべりを始め、うしろに長い行列ができても全然や
めようとしないばかりか、冗談を言って笑ったりしているときもある!
私は短気の典型的日本人だから、「速くしろバカ野郎!」と怒鳴りたいのをじっと我慢
して脂汗が出るぐらいイライラするが、なんと! ドイツ人は「速くしろ」などと絶対に
言わないし、イライラしている様子もない。いつものことで諦めているのかもしれない。
店で商品を買おうとして、カウンターで並んでいたら、前の客があれこれと言って、な
かなか自分の番が来ない。そんなとき、日本だったら、他の店員が奥から出てきて受け付
けてくれたり、店員がちらっと私の方を見て、「申し訳ありませんが、もうしばらくお待
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ち下さい」と言ったりする。しかし、ドイツではそ
ういうことはまずありえない。だいたい店員は目前
の客だけを相手にしていて、脇目をふらない。
しばらくドイツで生活していると、じきに諦めの
境地に入り、イライラしなくなる。カフェでは、い
つ注文を取りに来るかわからない。勘定を払いたく
ても店員が来ない。通りかかった店員に声をかける
と 、 返 事 は 決 ま っ て Ich komme gleich.〔 は い 、 す ぐ 参
ります〕だが、すぐに来ることはめったにない。の
んびり構えて通行人見物でもするしかない。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 11) レ ス ト ラ ン
ある程度の大きさのレストランでは、給仕さんがそれぞれ自分のテーブルを管理してい
る。すなわち、〈注文を受け、料理を持ってきて、支払を済ませる〉までを一人で担当す
るテーブルを各自いくつか持っている。客が多いときには、忙しくてなかなか注文を取り
に 来 な い か ら 、 メ ニ ュ ー ( ド イ ツ 語 で は Speisekarte と 言 う ) を 見 て 、 何 を 食 べ よ う か
と あ れ こ れ 考 え る 暇 は 十 分 す ぎ る ほ ど あ る (^-^;)
メニューを見る楽しみの一番は、それを見てもどういう料理が来るかほとんどわからな
い点にある。まったく予想もしなかった代物が来ることもある。店の入り口に立てかけた
黒板に5行にわたってあれこれ何か書かれていて、しかもそれがたったの4ユーロという
ので、勇んで店に入り、店員に「表の黒板に書いてある今日のお勧め料理を下さい」と告
げ、楽しみにして待っていると、サイコロステーキのようなもの5つにポテトが添えてあ
るだけということがある。だまされたかと思いつつ、帰り際に改めて黒板をよくよく読み
直してみると、長々と書いてあったのは、この肉にかかっているソースのことだった、と
いうことはよくある。
メニューを読みながら発音しにくい料理の名前を告げて、さてと待っていると、全然違
うのが来ることもよくある。聞き間違えたのだ。ではなく、正確には、正確に発音しなか
ったこっちが悪いのだ。泣きたい気持ちを抑えつつ、イメージと異なる料理を一口食べて、
うまい! と、失敗を感謝することも、たまにはある。
さて、食べ終わってしばらくすると、店員が皿を片づけに来る。そのとき、「皿を片づ
け て 良 い か 」 と い う の を ド イ ツ 語 で Hat es Ihnen gut geschmeckt?と 言 う 。 直 訳 す る と
「あなたはこれをおいしく味わいましたか」という意味だが、実質的な意味は「皿を片づ
け て 良 い か 」 と い う 意 味 。 だ か ら 、 Ja〔 は い 〕 と 答 え る し か な い 。 文 字 通 り に は 「 お い
しかったですか」と聞かれているわけだから、なんとなくだまされた感じがしないでもな
い 。 か と い っ て 、 お い し く な か っ た か ら と 、 Nein〔 い い え 〕 と 答 え た ら 、 テ ー ブ ル を 片
づけてもらえないだろう。
勘定は各テーブルで自分の係りの人に支払うので、そろそろ帰ろうかという段になった
ら 、 係 の 人 に Rechnung, bitte!〔 勘 定 を お 願 い し ま す 〕 と 言 う 。 と こ ろ が 、 係 の 人 が な
かなか来ないので、帰るに帰れないことがよくある。だから、急ぎのときには、料理を持
ってきたときに払ってしまった方が無難だ。計算した額よりも少し多めに払うのがふつう
で、ましてツェントのお釣りなど請求したら、はしたない。余計に払うと、店員は
Danke!と 言 わ ず に 、 条 件 反 射 の よ う に Schönes Wochenende!「 良 い 週 末 を 」 と か
Schönen Tag「 良 い 日 を 」 と 言 う 。 ほ ん と う に そ う 思 っ て い る の で は な く 、 決 ま り 文 句 。
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ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 12) ト ラ ム
ト ラ ム と は Tram つ ま り 路 面 電 車 の こ と で 、 か つ て は 市 内 交 通 の 中 心 だ っ た が 、 日 本 と
同様に自動車の普及で次々と廃止された。ところが、一周遅れの先頭のように、廃止が遅
れたところで環境に良いとしてトラムの復権がなされ、とくに旧東ドイツ地区を中心に、
ドイツやスイス、オーストリアなど(英仏に行ったことがないので知らない)のあちこち
で 路 面 電 車 が 走 っ て い る 。 Wien の ト ラ ム は と く に 有 名 だ が 、 オ ー ス ト リ ア で は Salzburg
や Graz、 ス イ ス で は Zürich や Basel、 Bern、 ド イ ツ で は München や Freiburg な ど は
日本のテレビでもときどき紹介されるトラム・シティーだ。
こ の 夏 滞 在 し た 旧 東 ド イ ツ の Thüringen 州 の 州 都 Erfurt も 路 面 電 車 が 活 躍 し て い る 。
しかも、朝から晩まで大勢の乗客がおり、しっかりと市民の日常生活の足になっている。
路面電車が通っている限り、低額料金でかなり遠くまで行ける。繁華街を過ぎて住宅がま
ばらになってもまだ線路が続いているとちょっと心配になるほどだ。
エ ア フ ル ト か ら 列 車 で 約 1 時 間 東 に 行 っ た と こ ろ に Naumburg と い う 古 都 が あ る 。 哲 学
者のニーチェが住んでいた所としても有名だ。ドイツの旧市街は鉄道駅から離れているこ
とが多いが、ナウムブルクも同じで、駅前は住宅とスポーツセンターがあるだけ。駅の右
手奥にバスターミナルがあり、旧市街へ歩いて行くなら左手の道を行くのだろうと勘を働
かせて左手を見ると、ラッキー、路面電車が停
まっている。近づいて見ると、かなりレトロな
車輌で、しかも1両きり。(路面電車が1両き
りなんて当たり前のように思うかもしれないが、
ちなみにエアフルトの路面電車は3両から6両
連結で、バスでさえ2両連結は普通で3両連結
のバスもある。だから1両だけの路面電車など、
パーティ電車、つまり結婚式やパーティ用にチ
ャーターする貸し切り電車ぐらいのものなの
だ。)おもしろいので乗ってみると、車内のつ
くりもかなりレトロ。一番驚いたのが、走り始
めたら車掌さんが突然大きな声で「次の駅はxxでーす」と
狭い車内で告げたことだった。懐かしい! むかしは車内放
送はみんな地声だった。そんなわけで、レトロな路面電車で
ゴトゴトと4駅乗ってようやく旧市街にたどり着いた。(な
お、この路線は5駅分しかない。)
へえーと思ったが、あとでこの町の絵葉書を買ったら、路
面電車が写った絵葉書もあったから、いまやこのレトロな路
面 電 車 も 立 派 な 観 光 対 象 ( ド イ ツ 語 で こ れ を Sehenswürdigkeit「 見 る べ き 価 値 が あ る こ と 」 と 言 う ) に な っ て い
るようだ。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 13) テ レ ビ 録 画
「 応 用 1 」 の 授 業 で Chihiros Reise ins Zauberland を 読 ん だ の で 、 ド イ ツ 語 版 の 映 像 を 紹 介
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しようと準備したら、情報準備室が画像コードと音声コードをキットに入れ忘れて映せず、
すぐに電話をかけてコードを持ってきてもらったら画像コードしか持ってこず、結局画像
だけ見て終わった。画像だけだったら日本語版と同じだからドイツ語の教材にならない。
まったく気の利かない職員だ。次の回では、同じく日本のアニメ映画がドイツで流行して
い る 他 の 例 と し て Heidi の ド イ ツ 語 版 D V D を 用 意 し た が 、 ド イ ツ の ビ デ オ や D V D は
PAL 規 格 と い っ て 、 日 本 の NTSC 規 格 と 異 な る た め 、 通 常 の ビ デ オ デ ッ キ や D V D デ ッ キ
では見ることができないことをうっかり忘れていたため、教室備え付けの機材では駄目で、
結局また見ることができなかった。後期最初の授業は前期のまとめをしたついでに〝再挑
戦 ― ― 三 度 目 の 正 直 〟 で 、 今 回 は Chihiro と Heidi の ド イ ツ 語 版 D V D 2 本 だ て と し て 張 り
切ってPCを持参し放映しようとしたら、いずれもPCがハングアップしてしまい、結局
授 業 時 間 30 分 を 無 駄 に し て し ま っ た 。 受 講 生 の 皆 さ ん に は ま っ た く 申 し 訳 な い 。 〝 二 度
あることは三度ある〟という諺のほうが勝ってしまった。
上記のようにドイツのビデオやDVDは規格が異なるからふつうのデッキでは再生でき
ないが、PCならば可能であることは、自宅のノートPCや研究室にあるデスクトップP
Cで何度も経験済みだ。そこで、さっそく情報準備室に行き、いったいどうなっているの
かと問い合わせたが、アルバイト職員(たぶん)では答えられない。調べてみますと言う
のでソフトを預けたがなかなか結果を知らせてこないので問い合わせたら、デスクトップ
のPCでは再生できたけれど、貸出用ノートPCでは再生できないのでまだ調査中だと言
う。我が家のノートPCではごくふつうに再生できるのに――。
ところで、なぜこんな愚痴をここに書いているかというと、みなさんもドイツでビデオ
テープやDVDを購入したいと思ったら、次の点に気をつける必要があると伝えたいから
だ。まず、ビデオテープだが、これは世界規格対応のビデオデッキでなければ再生できな
い。現在こういうデッキは韓国のサムソンの製品しか日本で購入できない。7万円ぐらい。
DVDは上述のようにPCで再生できる……と昨日までは思っていた。なぜなら自宅で使
っているIBMのノートPCとSONYの外付けDVDでは難なく再生できるし、研究室
に備え付けのちょっと古いNECデスクトップ内蔵DVDでも難なく再生できるからだ。
しかし、大学が授業用に貸し出しているDELLのノートPCではハングアップすること
を昨日知った。DELLってアメリカの会社だと思うけど……。なので、みなさんがドイ
ツでDVDを買っても、各自お手持ちのPCによっては再生できないことがある!
*
*
*
さて、ここからが本文。ドイツの地上波テレビ番組は少ない。しかし、ケーブルテレビ
を 導 入 し て い る と 、 日 本 と 同 様 一 挙 に 局 数 が 増 え て 、 30 局 ぐ ら い に な る 。 国 境 付 近 だ と
さらに隣国の番組も加わって、とてもおもしろい。ドイツのキー局として、まずはドイツ
公 共 放 送 連 盟 (Arbeitsgemeinschaft der öffentlich-rechtlichen Rundfunkanstalten der Bundesrepublik
Deutschland)、 略 称 ARD が あ る 。 国 内 9 つ の 地 方 公 共 放 送 団 体 と リ ン ク し て 「 1 チ ャ ン ネ
ル (Das Erste)」 と い う 放 送 局 を 運 営 し て い る 。 1 チ ャ ン ネ ル が あ る な ら 2 チ ャ ン ネ ル も あ
る だ ろ う と い う 推 測 は 正 し い 。 こ れ を 「 ド イ ツ 第 二 テ レ ビ (Zweites Deutsches Fernsehen) 」
と 言 い 、 略 称 は ZDF。 こ の 2 つ は 非 営 利 団 体 だ 。
ARD に 属 す 9 つ の 地 方 公 共 放 送 と は 、 ミ ュ ン ヒ ェ ン に 本 部 を 置 く バ イ エ ル ン 放 送 協 会
(Bayerischer Rundfunk)、 略 称 BR、 フ ラ ン ク フ ル ト ・ ア ム ・ マ イ ン に 本 部 を 置 く ヘ ッ セ ン 放
送 協 会 (Hessischer Rundfunk, HR)、 ラ イ プ ツ ィ ヒ に 本 部 を 置 く 中 部 ド イ ツ 放 送 協 会
(Mitteldeutscher Rundfunk, MDR)、 ハ ン ブ ル ク に 本 部 を 置 く 北 ド イ ツ 放 送 協 会 (Norddeutscher
Rundfunk, NDR)、 ブ レ ー メ ン に 本 部 を 置 く ラ ジ オ ブ レ ー メ ン (Radio Bremen, RB)、 ポ ツ ダ ム に
本 部 を 置 く ベ ル リ ン ・ ブ ラ ン デ ン ブ ル ク 放 送 協 会 (Rundfunk Berlin-Brandenburg, RBB)、 ザ ー
ル ブ リ ュ ッ ケ ン に 本 部 を 置 く ザ ー ル ラ ン ト 放 送 協 会 (Saarländischer Rundfunk, SR)、 マ イ ン ツ
な ど 3 都 市 に 本 部 を 置 く 南 西 放 送 協 会 (Südwestrundfunk, SWR)、 ケ ル ン に 本 部 を 置 く 西 ド イ
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ツ 放 送 協 会 (Westdeutscher Rundfunk, WR)を 言 う 。 こ の う ち 、 多 少 画 像 が 悪 い が ド イ ツ 国 内 一
般 に 見 ら れ る の は BR, MDR, SWR, WR で 、 そ の 他 は 本 拠 地 以 外 で は 見 た こ と が な い 。
以上は公共放送で、この他に民間テレビ局がたくさんある。バラエティ番組が多い
VOX, RTL, ARTE, VIVA, RTL, RTI II、 海 外 も の が 多 い SAT.1, 3 SAT, Premiere、 ニ ュ ー ス だ け
や っ て い る NTV, EURONEWS、 ス ポ ー ツ だ け や っ て い る DSF, EURO SPORT、 も ち ろ ん 音 楽
だ け の MTV も あ る 。 そ の ほ か に 全 国 で 見 る こ と が で き る ト ル コ 語 放 送 や ア メ リ カ の CNN、
イ ギ リ ス の BBC ニ ュ ー ス な ど も あ る 。 新 聞 の テ レ ビ 番 組 欄 は 、 局 が 多 い の で 記 事 が い っ
ぱいだ。週刊テレビ番組表ももちろんあるし、日本同様に新聞も1週間に1回、週間テレ
ビ 番 組 表 を 載 せ て い る 。 ネ ッ ト で は http://www.tv14.de/tv-programm/jetzt.html な ど に よ っ て 2
週間分の番組一覧を見ることができる。
朝 テ レ ビ を つ け る と 、 1 チ ャ ン ネ ル の ARD と 2 チ ャ ン ネ ル の ZDF が ま っ た く 同 じ 番 組
を や っ て い る の に 気 づ く だ ろ う 。 こ れ は 月 曜 日 か ら 金 曜 日 ま で の 毎 朝 5 時 30 分 か ら 9 時
ま で や っ て い る Morgen Magazin と い う ニ ュ ー ス の 長 寿 番 組 で 、 1 週 間 毎 に 担 当 が ARD と
ZDF と で 交 替 す る 。 ま た 、 上 記 公 共 放 送 連 盟 に 加 盟 し て い る 局 で は ARD 制 作 の 定 時 ニ ュ
ー ス 番 組 Tagesschau を 放 送 し て い る 。 ど こ の チ ャ ン ネ ル で も 同 じ ニ ュ ー ス 番 組 が 見 ら れ る
というのは日本では考えられない。同じと言ってもチャンネルを瞬時にガチャガチャ(い
まはリモコンを押すだけだから音はしないが)と変えると、進行が微妙にずれていて、ち
ょっとおもしろい。単語にして5つぐらいずれる。このニュース番組は現在インターネッ
ト (http://www.tagesschau.de/)で 過 去 数 年 に 遡 っ て 見 る こ と が で き る 。
ドイツのテレビでもう1つ特徴的と思えるのは、歌手もそうだが、ニュースキャスター
の 現 役 期 間 が 長 い こ と 。 10 年 前 に 見 た キ ャ ス タ ー が い ま も 大 勢 現 役 で 番 組 を 担 当 し て い
る 。 こ れ で は 後 身 が 育 た な い と 思 う が 、 Morgen Magazin の 天 気 予 報 の お 兄 さ ん は 、 初 め
て私が見たときは大学出たてじゃないかと思ったが、いまや中堅の立派な気象予報士にな
ったから、後身が立派に育っていると言うべきかも。あと1つ、民放ではCMがメチャク
チャ長いこと。ドイツでもアメリカのテレビドラマ「フルハウス」をやっているが、番組
の 途 中 に 入 る C M が 10 ~ 15 分 入 る ! 初 め て 見 た と き は 、 半 分 で も う 終 わ っ た の か と
思 っ て し ま っ た 。 こ れ ら を 録 画 し て み な さ ん に 紹 介 し た い が 、 PAL 規 格 な の で 難 し い 。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 14) テ ィ ッ シ ュ ペ ー パ ー
社会文化システム学科では去年から紙に関する臨地教育プロジェクトを実施している。
学生たちが製本所や印刷所、古紙回収業者などでフィールドワークをしている。今年の学
祭では研究成果を発表するだけでなく、リサイクルペーパーの手作りノートの展示販売や、
外国のトイレットペーパーの展示も行うらしい。社会文化の教員は海外出張する機会が多
いので、われわれも外国でトレペを集める作業をさせられている。学科ではこの夏だけで
もアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、トルコ、インド、タイ、ネパール、フィリピ
ン、インドネシア、中国、台湾、韓国に教員が出張したが、全員がトレペを買ったかどう
かはまだわからない。私は中部ドイツでトレペを買い、ホテルのトイレからも1つ失敬し
た。
残念なことに、いまはドイツでも日本と変わらないトレペしか入手できない。ちょっと
前までは、ドイツのトレペは基本的に灰青色でいかにも漂白剤を使ってない古紙再生紙と
いう感じだった。DB(ドイツ鉄道)の車内トイレのペーパーには「DB」というロゴが
印刷されていたが、それもいまは経費削減のためか見つけられなかった。
前にここで書いたように、ドイツ人は日中めったに照明をつけないほど環境意識が高く、
また、レジ袋などもとうの昔から存在せず(なぜか最近レジ袋が流行しだした)、紙資源
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も大切にして、ゴミの分別回収も徹底している。ならば、紙の使用もかなり制限している
と思うでしょう。ところが! レストランやトイレでの手ふき用ペーパーの使い方が半端
じゃない。われわれはふつう1枚、多くても2枚で済ませるが、彼らは一度に4、5枚つ
かんで棄てる。だからトイレの紙くず入れはいつも紙であふれている。鼻をかむのにもテ
ィッシュペーパーを3、4枚使う。ただし、このことについては若干注釈が必要だ。
ミュンヒェン大学の便所の一室。広い!
ウィーンのフンデルトバッサーによる男性便所
ドイツにも日本と同じ薄紙のティッシュペーパーはもちろんある。しかし、携帯用のテ
ィッシュはたいてい4枚重ねで厚い。ハンカチ代わりに使える。厚いから、鼻をかんだら
ポイと捨てないで、ぼろぼろになるまで何度でも使える。ドイツ人は一般に、日本人より
も頻繁に、しかも豪快に鼻をかむから、薄くてはすぐに破けてしまう。
ところで、彼らがしょっちゅ鼻をかむのは空気が汚れているせいではない。ドイツでは、
鼻水をすするのは最低のマナーと思われているからで、公衆の場でズルズル、スースーと
鼻水をすすってはいけない。食事中に鼻水をすすったら顰蹙をかい軽蔑される。逆に豪快
にチーンと鼻をかいでも誰も何とも思わない。
学祭ではぜひ「紙プロ」の教室に来てドイツのティッシュで豪快に鼻をかんでください。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 15) 旧 東 ド イ ツ は い ま
旧 東 ド イ ツ は 、 ド イ ツ 民 主 主 義 共 和 国 (Deutsche Demokratische Republik)、 略 称
DDR と 言 っ た 。 1989 年 11 月 9 日 に ベ ル リ ン の 壁 が 壊 さ れ 、 1990 年 10 月 3 日 に ド イ ツ は
再 統 一 し た 。 も う す ぐ 20 年 に な る 。 旧 東 ド イ ツ 地 区 で 生 ま れ 育 っ て 東 ド イ ツ 社 会 体 制 を
知らない若者がもうじき二十歳になる。映画「グッバイ、レーニン」ではないが、この現
実をなかなか受け入れられない人のためにたまには昔を再現してみたいと思う人が少なか
らずいるらしい。そのためか、最近、旧東ドイツ政府政党だったドイツ社会主義統一党の
流れを汲む民主社会党が支持基盤を広げている。東ドイツの独裁的支配監視体制を打ち破
ったのは良いけれど、西側資本の欲得競争社会も堪えられないと思う人が増えている。東
西の賃金格差はなくならないし、失業率も旧東ドイツ地区では高い。
しかし、観光で訪れ見る限りでは、いま旧東ドイツ地区は西ドイツと変わらない。とい
うよりも、むしろ旧東ドイツ地区のほうがきれいで裕福に見える。それもそのはず、旧東
ドイツの古い建物や鉄道やもろもろの施設が建て替えられ、安い土地と労働力を目当てに
たくさん西側資本が入って世界中どこにでもある洒落た商店が建ち並んでいるからだ。旧
態依然の西ドイツの町よりも、リニューアルした東ドイツの町のほうがきれいに決まって
い る 。 ベ ル リ ン の 中 心 街 も い ま や 、 ツ ォ ー (Zoo)駅 周 辺 か ら ク ー ダ ム (Kudamm)に か け て の
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いわゆる銀座通りではなく、東西を分断す
る壁があったポツダム広場
(Potsdamerplatz)周 辺 や 、 旧 東 ド イ ツ の
繁 華 街 ウ ン タ ー ・ デ ン ・ リ ン デ ン (Unter
den Linden)と 交 わ る ミ ッ テ (Mitte)地 区 に
移った、と言って間違いない。(ミッテと
は「真ん中」という意味だから、名前の通
りになったと言うべきか。)
自動車交通の邪魔だとして、次々と廃止
された路面電車も、東ドイツ地区では、〝
一周遅れの先頭ランナー〟のように、環境
にやさしい市民に身近な交通手段として生き
て い る 。 ( 前 ペ ー ジ の 写 真 は ハ レ Halle を
走るモダンでハイテクの路面電車)
ところで、私が初めて行ったドイツの町は、
ハ レ か ら さ ら に 列 車 で 20 分 ほ ど 南 の 工 場
町 メ ル ゼ ブ ル ク (Merseburg)だ っ た 。 こ の
町のはずれにプロイセン機密公文書館があり、
そ こ で 1840 年 代 の 活 動 家 の 秘 密 書 簡 を 読
むためだった。駅より南側は数キロに及ぶ大
規模な工場があったが、当時すでに廃墟と化
していた。町にホテルなどなく、町の案内所
で 民 宿 を 斡 旋 し て も ら い 、 Sonntag と い う 名 の 老 看 護 師 の 部 屋 に 間 借 り し て 数 日 を 過 ご
した。左下の写真は数十年ぶりに訪ねた際に撮ったもので、右に並ぶ建物の一番奥の2階
にゾンタークおばさんの部屋はあった。おばさんはもう住んでいないが、建物も道路も昔
とまったく違わない。このように昔のまま残っている旧東ドイツの町は、要するに〝取り
残され〟〝無視された〟町を意味する。(ちなみに、プロイセン機密公文書館分館はいま
もここにあるが、ここの文書を閲覧するにはベルリンのダーレムドルフにある本館で請求
し、閲覧しなければならない。)この一見古めかしい町だが、すぐ近くに古城があって、
その下に流れる川と周囲の自然はことのほか落ち着いた雰囲気があり、私は好きだった。
嬉しいことに、そのお城も庭園も、昔のままいまも残っている。ライプツィヒやイエナな
ど西側資本による大規模開発で無機的になった町よりもはるかにここは風情がある。
ところで、一つだけ気になることがあった。それは、あの数キロに及ぶ廃墟の工場跡地
だ。行けども行けども錆びたパイプラインが続いていた。それが、まったく信じられない
ほどにきれいな工場として甦っていた! 東ドイツの工場などどこも廃墟ばかりであるに
もかかわらず、メルゼブルクの工場はモダンな工場として立派に機能していた。これこそ
〝夢のような〟と言うべきだろう。もっとも、工場に隣接して原子力発電所ができ白い湯
気を吹き上げていて、夢は覚まされた。そう言えば、ゾンタークおばさんは元気だろうか。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 16) 鍵
ヨーロッパは鍵社会だと言われる。家族で住んでいても、部屋には鍵をかけるらしい。
「らしい」と言うのは、本で得た情報だからであり、私の知っているドイツ人家庭ではそ
んなことはなかったし、前回書いたゾンタークおばさんの部屋でも、まったく見知らぬ私
が泊まっているあいだ、おばさんが夜中に自室に鍵をかけた気配はなかった。
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しかし、共同住宅が多いヨーロッパでは、自分の住居に鍵をかけるのはもちろんだが、
建物の入口にも鍵をかけるのがふつうで、小さなホテルでは建物の入口に鍵がかかってい
る。中高級ホテルは泊まり客が多いから出入りは自由だから、むしろ館内は安全ではない。
鍵はほとんどがマグネット式で、たとえば初めてホテルに入るときにはまず呼び鈴を押
す 。 Hallo と か な ん と か と イ ン タ ー ホ ン で 言 っ て く る の で 、 Guten Tag! Ich bin japanischer
Tourist. Ich möchte heute übernnachten.と か な ん と か と 答 え る と 、 ど こ か ら か ジ ジ ジ ジ ジ と い う
音が聞こえてくる。おや何だろうナァ、などとぼんやりしていたら、中に入れない。その
ジジジジジという音が聞こえるあいだだけ鍵が開く仕組みになっているので、急いでドア
のノブを押すか引くかしなければならない。ベルリンで初めてそういうホテルに泊まった
とき、わけがわからず、呼び鈴を3回も押してしまったことがある。呆れ顔のホテルの主
人が階段を下りてきて中からドアを開けてくれて、ようやく入れた。
さて、宿泊の手続きをすませると鍵を渡されるが、それには3種類ある。一つは、いま
述べた、通りに面した外の玄関の鍵。つぎが各階の階段から廊下へ入るための鍵。そして
3つめが部屋の鍵だ。これだけあればひとまず安心、と思うのは素人の浅はかさ。鍵がま
ともに開かない時がよくあるからだ。シュトゥットガルトのあるホテルで、鍵が開かなく
て 部 屋 の 外 に 出 ら れ ず 、 30分 ほ ど 戦 っ た 挙 げ 句 、 緊 急 電 話 を フ ロ ン ト に か け て よ う や く 〝
救出〟されたことがある。ベルリンのあるホテルでは、外の玄関のドアがどうしても開か
ないので、必死に開けようとして、通行人から不審な目で見られた。泣く泣く、親切そう
な通行人に開けてもらった。ちょうど中に入る人がいたので、のこのことその人のうしろ
について入ったこともある。
ゾンタークおばさんの民宿でも、おばさんが留守のときに預かっていた鍵ではドアがど
うしても開かず、アパートの他の階の人が通りかかったので、泥棒と間違えられそうにな
り 、 慌 て て Ich bin Bekannter von Frau Sonntag und wohne jetzt bei ihr. Ich habe den Schlüssel, aber
damit kann ich die Tür nicht öffnen. Können Sie mir helfen?〔 私 は ゾ ン タ ー ク さ ん の 知 人 で い ま こ
こに住んでいる。鍵を持っているけど、ドアが開けられないので、助けてくれますか〕と、
事情を説明し、一緒にあれこれ試してもらってようやく中に入ったことがあった。
鍵 は ド イ ツ 語 で Schlüssel と 言 う 。 Schloß も 「 鍵 」 と い う 意 味 だ が 、 こ ち ら は ふ つ う
「 城 」 と い う 意 味 で 使 う 。 ど ち ら も schließen「 閉 め る 」 と い う 動 詞 に 由 来 す る 。 だ か ら 、
鍵で閉め出されても当然かもしれない。
ところで、最近は、いま紹介したような〝事件〟を体験することが少ないかもしれない。
というのは、鍵がいまや金属ではなく、磁気情報が刷り込まれたカードになったからだ。
だが、それで安心してはいけない。このカードがまたくせ者なのだ。ドアについているカ
ード入れに挿してもそう簡単にドアは開かない。カードの向きを変えたり、裏返しにした
り(だいたいどちらが表か、わかりづらい)、いろいろと試しても開かず、始めからやり
直して、つまり一番最初に直観でやった方法でカードを入れたら、今度は簡単に開いた、
などなど。ああ、やっぱりハイテクは日本が一番と、急に愛国主義者になる瞬間だ。
鍵がカード式になったので、ホテルに宿泊中に町へ遊びに行くとき、鍵をフロントに預
けなくてもよくなった。それはまあ日本でも同じで、めずらしくはない。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 17) コ ン ロ
ドイツに短期で旅行するならば、ホテルに泊まることになるから、部屋で料理をするこ
とはまずありえない。日本のホテルや旅館と違って、お湯さえ飲めない。――と、そう書
いて、いま気がついたが、ドイツでは、自分で調理できない限り、お湯は飲めない。カフ
ェ や レ ス ト ラ ン や ス ー パ ー で Minerarwasser は 売 っ て い る け れ ど 、 Heißes Wasser( お
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湯)は有料でも存在しない。自分で調理できても、水道水を沸かして飲もうという気がし
ない。なぜならそんなお湯はただひたすらまずいからだ。
話がそれたが、民宿やアパートはもちろんのこと、アパートメントホテルにも調理器具
がついている。(アパートメントホテルとは、食事は自分で作り、部屋の掃除も自分で行
う長期滞在型ホテルで、かなり安い。)ついでながら、食器もすべて揃っている。食器は
揃っているが、コーヒー濾過ペーパーがない。どうせコーヒーの粉だってまだ持ってない
から、それはちょっと我慢ができるが、トイレットペーパーも自分で買ってこなければ無
いから、着いた初日にペーパーがなくて困るときがある。
また話がそれたが、コンロはまずほとんどが電磁式だ。良く言えばIHだから、ハイテ
ク だ 。 ち な み に I H と は 「 Induction Heating の 略 で 、 誘 導 加 熱 の こ と 。 電 磁 調 理 器 な
ど の 加 熱 原 理 」 だ そ う だ (Wikipaedia)。 電 磁 式 だ か ら 、 陶 器 や ガ ラ ス 鍋 や ス テ ン レ ス 鍋
は使えない。だけど、どこかちょっと変だ、という気がすることがある。日本でふつうI
Hヒータと言えば電磁調理器であり、コンロが熱くなるのは火のせいではなく電磁波で起
こされた容器の熱がコンロに伝わったためだが、ドイツのコンロが熱くなるのはハンパで
ない。つまり、余熱ではけっしてない。コンロにある分厚い鉄板の中に銅線があってこれ
が熱を帯びる仕掛けになっているものがある。要するに、これはIHヒータではなく昔懐
かしい電気コンロにすぎない。ちなみに、電気コンロとはコンロの上面にバネのように巻
かれた銅線があって、それが熱を帯びて真っ赤になるもの。火事になりやすいし、火傷も
しやすいので、最近はめったに見かけない。ドイツでも危険は同じだから、電気コンロの
上に円形の鉄板を置き、人が直に銅線に触れないようにしているわけだ。もちろん、ドイ
ツの名誉のために言えば、IHヒータももちろんある。
一般家庭でもアパートメントホテルでも、まず見たことがないのがガスコンロだ。しか
し、ガスコンロのほうが火力が強いし、すぐに火がつくから、料理好きな人は使っている
らしい。利用者が少ないから、鋼鉄のタンクに液体ガスを詰めたプロパンガスだろう。―
―と思うのだが、ガスコンロはないのに、風呂沸かし機や瞬間湯沸かし器がガス式のもの
をときどき見かける。これがまたとてつもなく大きくて、部屋の壁に手漕ぎボートが立て
掛けてあるみたいだ。スイッチを入れるとヴォーと豪快な音がする。ところが、この使い
方がなかなか難しくて、容易に火がつかず、シャワーを浴びたら水だったということがし
ばしばある。ガスだけ出て火がつかず、もう一度やったら漏れたガスに火がついてヴァン
なんて大きな音がして死ぬ思いをするときがある。なにしろ大きいからこれが爆発したら
大惨事になる。――が、そういうニュースを聞いたことがないから安全なのだろう。
ドイツで電気コンロしかないと不便だと思うのは、魚が焼けないというのはまあ我慢し
ても、正月にお餅が焼けないこと。他方、電気コンロの良いところは、余熱でもう1回お
湯が沸かせることで、食器洗い用のお湯はたいていこの余熱で沸かす。蛇口からお湯が出
ないのか…と思う人がいるかもしれないが、洗面所や風呂場の蛇口からはお湯が出るが、
台所の蛇口からはなぜかお湯が出ない。食器洗い用にお湯が欲しければ沸かすしかない。
ドイツでは中水が発達しているから、台所の蛇口からは浄水が出るが(上水道)、洗面所
等にある蛇口から出る水やお湯は飲料水でないということと関係しているのかもしれない。
(中水とは、上水と下水の中間で、再利用水のこと。水洗トイレなどで使われる。)
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 18) 朝 食
ドイツ語圏のホテルではたいてい朝食代が宿泊料金に含まれている。ただし、最近朝食
料金を別に徴収するところが増えてきたので、予約をするときやチェックインのときに確
認 す る 必 要 が あ る 。 朝 食 代 を 別 に 徴 収 す る 場 合 、 12 ユ ー ロ ぐ ら い す る か ら 、 日 本 円 に し
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て 1800 円 ぐ ら い に な り 、 恐 ろ し く 高 い 。 も っ と も 日 本 の ホ テ ル で 朝 食 を 食 べ る と そ れ ぐ
らいかかるから、特別高いわけではないとも言えるが、昼間レストランで大きなピザとコ
ー ヒ ー 大 で 10 ユ ー ロ ぐ ら い だ か ら 、 や は り ホ テ ル の 朝 食 は 高 い 気 が す る 。 い ず れ に せ よ 、
多くのホテルはまだ朝食込みの料金であることには変わらない。
食堂は朝7時から9時頃までがふつうで、6時半からとか8時からというところもある。
日曜日は8時からというところも多いので、朝早い列車で出発するときは朝食をあきらめ
なければならないこともある。
食 堂 へ 入 っ た ら ま ず 、 誰 彼 か ま わ ず に Guten Morgen!( た い て い は Morgen!と だ け 言 う )
と 挨 拶 し よ う 。 一 般 に 、 Guten Tag!と か Danke!と か Auf Wiedersehen!と か の 挨 拶 言 葉 は 、 店
や博物館、その他で必ず言うことがドイツでは常識だ。マールブルクのお城にある博物館
で 、 日 本 人 女 子 学 生 が 2 人 入 っ て き た と き 、 受 付 の お じ さ ん が Guten Tag!と 挨 拶 を し て い
るのに、それを無視して2人で「あー、暑い」と言っているのを目の前で見て、その失礼
な態度に同国人として恥ずかしかった。
さて、食堂へ入って空いている席に着くと、係りの人(と言っても、安ホテルでは受付
係も食堂係も主人もすべて同じ人。掃除係だけは別)が寄ってきて何か言ってくる。これ
はつまりコーヒーか紅茶かどっちを飲みたいかと尋ねているので、こういう場合にはただ
ち に Kaffee, bitte!と か Tee, bitte!と 答 え る と 良 い 。 も っ と も 、 大 き な ホ テ ル で は 部 屋 の 鍵 を
見 せ ろ と か 部 屋 番 号 を 訊 い て い る 場 合 も あ る の で 、 遮 二 無 二 Kaffee, bitte!と 答 え る と 漫 才
になりかねない。ところで、テーブルについただけではコーヒーか紅茶しか出ない。食べ
物は自分で取りに行くのだ。
比 較 的 安 い ホ テ ル の 朝 食 は 、 部 屋 の 隅 に あ る テ ー ブ ル に 丸 い プ チ パ ン Brädchen、 四 角 い
ラ イ 麦 パ ン 、 2 ~ 3 種 類 の ハ ム Schinken、 チ ー ズ Käse、 牛 乳 Milch、 ジ ュ ー ス Saft、 ヨ ー グ
ル ト 、 ジ ャ ム Marmelade、 バ タ ー Butter、 オ ー ト ミ ー ル な ど が 並 べ ら れ て い て 、 そ こ か ら 好
きなだけ自分のテーブルへ持って行く。少し高級なホテルになると、さらに品数が増えて、
酢漬けの魚やピクルス、果物やスクランブルエッグ、野菜サラダなどが豊富に並んでいる。
ヨーグルトの種類も多い。むかしはほとんどいつも安ホテルばかりに泊まっていたが、あ
るときどうしても安ホテルで部屋が見つけられず、仕方なくちょっと高級なホテルに泊ま
ったことがある。その朝食のすばらしい品揃えを見て悔し涙が出た。だって、人間が一度
に 食 べ ら れ る 量 は 決 ま っ て い る か ら ……。 あ あ 、 い つ も こ ん な お い し そ う な 朝 食 が 毎 朝
食べられたらいいなあ、と。
スイスのホテルで、むかしわが娘がまだ小さかったと
き 、 「 Schokolade が あ る け ど 飲 む か い 」 と ボ ー イ さ ん に 言
われて喜んで注文した。それは小さな袋に入ったココアだ
った。娘はそれがすっかり気に入り、それ以来別のホテル
で も い つ も Schokolade を 注 文 し た 。 さ ら に ス ー パ ー マ ー ケ
ットでお土産として買って帰ったり、私がドイツに住んで
いたときはわざわざドイツから航空便で送ったこともあっ
た 。 あ る と き マ ー ル ブ ル ク 大 学 の 教 授 宅 で こ の Schokolade
の 話 を し た ら 、 先 生 曰 く 、 「 そ れ は Schokolade で は な く
Kakao と 言 う の だ 」 と 。 Kakao つ ま り コ コ ア の こ と だ が 、
ス イ ス 人 が そ れ を Schokolade と 言 う か ら 、 ヨ ー ロ ッ パ で は
コ コ ア の こ と を Schokolade( チ ョ コ レ ー ト ) と 言 う の か と
思い込んでしまった。ドイツでもやっぱりココアはココア
と言うらしい。だって、袋にもそう書いてあるから。
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ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 19) 両 替
両 替 は ド イ ツ 語 で Wechsel と 言 い 、 両 替 屋 は Wechselstube と 言 う が 、 街 中 で ふ つ う 見 か
け る の は ほ と ん ど が 英 語 の Exchange だ 。 両 替 は 両 替 屋 で な く て も 、 銀 行 (Bank)や 貯 蓄 銀 行
(Sparkasse)、 大 き な ホ テ ル の カ ウ ン タ ー な ど で も で き る 。 日 本 で も 同 様 だ が 、 店 に よ っ て
レ ー ト が 違 う か ら 気 を つ け な け れ ば 損 を す る 。 日 本 の 銀 行 、 た と え ば 三 菱 東 京 USB 銀 行
やみずほ銀行の大きな支店には外国為替を扱うコーナーがある(常総銀行なども)が、手
数 料 は 1 ユ ー ロ 毎 に 変 動 相 場 で 決 ま っ て い る 。 た と え ば 、 新 聞 の 経 済 欄 に 1 ユ ー ロ 124 円
( い ま の 値 段 。 8 月 は 168 円 ぐ ら い し た ) と 書 い て あ っ た ら 、 銀 行 で は た い て い 129 円 ぐ
ら い す る ( 逆 に ユ ー ロ を 売 っ て 日 本 円 に す る と 119 円 ぐ ら い し か も ら え な い ) 。 差 額 の 5
円が手数料というわけだ。ドイツの銀行では、両替の額に関係なく一律に5ユーロとか
10 ユ ー ロ と か を と っ た り す る こ と が 多 い か ら 、 少 額 の 両 替 だ と 損 を す る 。 街 中 の 怪 し い
両替屋(レートが不当に高い)もあるから注意が必要。逆に日本の金券屋のようなものも
あって、素人(旅行者)にはその点の見極めが難しい。
日本人は釣銭を店員の前でちゃんと数えたりしないが、ドイツでは後ろに行列ができて
いてもおかまいなしに、窓口に立ったまま店員の見ている前で必ずきちんと額を数える。
その場を離れてから数が合わないと言ってももう手遅れだ。街中の両替屋ではとくに注意
して数えたほうが良い。商店でもスーパーマーケットでもレジのおばさんが小銭をちょろ
まかすことがたまにある。文句を言うと、「あら、まちがえたわ」などととぼけるが、明
らかに意図的にやっていることがある。空港のカフェや町の屋台などでは外国のよく似た
コインが釣銭に混じっていることがあって、たいていは額が低いコインだから、知らずに
混じったのではなく、外国から着いたばかりのまだコインに慣れていなさそうな客をカモ
にしてしているふしがある。
ついでに言うと、レジでレシートを受け取る受け取らないとか、くれと言うと店員が嫌
な顔をするとかということがいま日本で話題になっているが、イタリアではレシートを受
け取らないと罰金をとられるらしい。レシートは客に対する金額保証という意味だけでは
なく、税務署に申告する際の資料として使われるから、客がレシートを受け取らないとそ
れで経費を改竄できるから、レシートを受け取らないことで犯罪を助長するという意味で、
それが軽犯罪になるらしい。ドイツはレシートを受け取らなくても罰金は取られないが、
店 員 が 必 ず 「 レ シ ー ト は 要 り ま す か (Möchten Sie einen Bon?)」 と 尋 ね る か ら 、 と り あ え ず Ja
と 答 え て お こ う 。 レ シ ー ト は eine Quittung と 言 う が 、 通 常 は み な Bon と 言 う 。 こ れ は も と
フランス語だ。日本と違って、レシートがあれば本でさえ交換してくれるから、大切だし、
イラストが描いてあったりすることもあるから旅の記念にもなるから、もらっておくに損
はない。また、高額の商品では、帰国の際にヨーロッパ最後の空港の税関で書類に印鑑を
押してもらって付加価値税(日本の消費税)を返してもらえる(免税扱い)から、レシー
トはやはり必要だ。
「 こ れ を ユ ー ロ に 両 替 し て く だ さ い 」 は ド イ ツ 語 で Wechseln Sie bitte das in Euro!と 言 う 。
まあ、でも、日本で両替してから行ったほうが便利で速いと思う。北欧ではホテルに泊ま
るときに身分証明書代わりにクレジットカードをチェックインの時に示すことがよくある
から、学生といえどもクレジットカードを作って持っているのが一番便利だ。ドイツで買
い 物 を す る 場 合 も 、 リ ン ゴ や ビ ー ル ぐ ら い な ら 現 金 で 払 っ た ほ う が 良 い が 、 30 ユ ー ロ 以
上のものはクレジットカードのほうが安全で便利だし、直接に支払うのは1ヶ月以上先だ
から、旅行者ならば帰国後ということになって、現金を海外で多く持ち歩かなくて良いか
ら 安 心 だ 。 ほ か に 、 Citibank も 便 利 で 、 郵 便 貯 金 と 連 携 し て い る か ら 、 出 国 前 に Citibank 用
に額を決めて「固定」してもらい、使わなかった分を帰国後に「解除」できるから便利だ
し 、 ド イ ツ の ど の 町 に も た い て い Citibank は あ る し 、 な く て も 全 国 の ATM で 現 金 を 引 き
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出 せ る か ら 問 題 な い 。 た だ し 、 Citibank の 店 内 に あ る ATM だ と 機 械 で 「 日 本 語 」 が 選 べ る
から外国語が苦手な人でも安心だし、残額証明書も発行してもらえるから便利だ。ドイツ
の 街 中 に あ る ATM は 書 類 は 出 ず 、 現 金 し か 出 て こ な い 。 む か し ド イ ツ か ら 列 車 で ウ ィ ー
ン に 行 っ て 、 着 い て か ら よ う や く 見 つ け た ATM で 100 シ リ ン グ ( ユ ー ロ に な る 前 ) を 引
き 出 し た ら 、 100 シ リ ン グ 相 当 額 の 小 銭 で は な く 、 ほ ん と う に 100 シ リ ン グ 紙 幣 が 1 枚 だ
け出てきて驚いたことがある。こんな高額紙幣では地下鉄2駅分なんていう切符は買えな
いしカウンターでも売ってくれないから、仕方がなく2駅分歩いて行ったことがある。
な お 、 ATM で 現 金 を 引 き 出 す 時 は 道 路 に 面 し て 人 通 り が 多 い と こ ろ が 安 全 で 、 ボ ッ ク
ス の 中 と か 建 物 の 奥 に 入 っ た と こ ろ な ど の ATM は 危 険 だ か ら 使 わ な い ほ う が 良 い 。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 20) 美 術 館 と 博 物 館
今週の「2」の授業はドイツ語圏の芸術事情を取り上げるが、芸術と言っても幅が広く、
実際に紹介できるのはそのうちの一ジャンルのさらにそのごく一部でしかない。
と こ ろ で 、 芸 術 は ド イ ツ 語 で Kunst と 言 う が 、 こ れ は 「 技 術 」 と も 訳 せ る 。 「 技 」 の
こ と だ か ら 、 芸 術 に も 技 術 に も あ て は ま る 。 も ち ろ ん 技 術 に は Technik と い う ギ リ シ ア
語 由 来 の 言 葉 も あ る が 、 Kunst に は Technik よ り も も う 少 し 技 巧 に 走 っ た 感 が あ る 。 英
語 で art と 言 え ば 「 芸 術 」 と 同 時 に 「 様 式 」 「 種 類 」 と い う 意 味 も あ る の と 似 た 事 情 だ 。
アートと言えば美術も思い出すが、一般に美術は芸術の一部と考えられているから、美術
は 英 語 で fine arts と 言 っ て 芸 術 一 般 と 区 別 し て い る 。 な ら ば ド イ ツ 語 で も 美 術 は た だ
Kunst と 言 わ ず に 何 と 言 う か 。 英 語 と 同 じ 発 想 で schöne Kunst と 言 う 。 つ ま り 「 美 し い
芸 術 」 だ 。 な ら ば 美 術 館 は 何 と い う か 。 das Museum と 辞 書 に は 書 い て あ る 。 な る ほ ど 。
し か し 、 た と え ば キ ー ル に あ る 美 術 館 は das Museum と 言 わ ず に die Kunsthalle と 言 っ
た。訳せば「芸術ホール」。芸術ホールならば、美術だけでなく音楽だって何だって芸術
ならばいろいろあって良さそうだが、実際に展示されてあるのは絵画と彫刻だけだった。
ミ ュ ン ヒ ェ ン で は Museum と も Kunsthalle と も 言 わ ず に Pinakotek と い う ギ リ シ ア 語
を 使 っ て い る 。 17 世 紀 ぐ ら い ま で の 古 典 芸 術 を 展 示 し て い る の が Alte Pinakotek で 、
18 世 紀 以 降 の 作 品 は Neue Pinakotek に 展 示 さ れ て あ る 。 建 物 は 二 つ 向 か い あ っ て い る 。
ミ ュ ン ヒ ェ ン に は Deutsches Museum と い う 強 大 な 施 設 が あ り 、 そ の 展 示 物 は 、 日 本 で 例
えれば科学博物館のそれにあたる。ただし規模が違う。建物の中にほんものの電車や自動
車どころか飛行機や船まで展示してあるのだから。
ベルリンには博物館がたくさんあり、いろいろなジャンルの博物館が集まって世界遺産
「 博 物 館 島 」 と 呼 ば れ て い る 。 Alte Museum と Neue Museum の ほ か に 、 ギ リ シ ア 神 殿 が
建物の中にそのまま移築展示されているペルガモン博物館、有名絵画が揃っている絵画館
(Gemäldegalerie)、 図 書 館 近 く に あ る 近 代 美 術 館 (Neue Nationalgalerie)、 工 芸 美 術
館等々もある。
ついでながら、オランダのアムステルダムにも美術館、博物館がたくさんあるが、その
展示品を良く見ると、ある法則に気がつく。それは、美術館に展示されてあるものはほと
んどすべてがヨーロッパ人の作品で、わが日本の勝れた美術品も含めてアジアやアフリカ、
中南米の美術品はすべて博物館に展示されてあるという点だ。つまり、欧米人の作品以外
はすべて異文化社会の〝見せ物〟の扱いなのだ。そう思ってふたたびドイツの美術館の展
示を思い出してみると、なるほど、いわゆる美術館には欧米の作品しか展示されておらず、
ギリシア彫刻も含めてアジア、アフリカ、中南米の国々の美術品はみな博物館に収められ
ている。そういうことに気がつくと、欧米人が言う「美」とは何かと疑いたくなる。
ちなみに、ヨーロッパ人が書いた著名な絵画や彫刻には、どう見ても「美しい」とは思
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えない、はっきりと言って「醜い」と言うべきものが取り上げられている作品が少なから
ずある。これはしかし、彼らに言わせればなんら不思議ではない。なぜなら、仮に対象物
が「醜い」と世間一般に思われても、それを作品として仕上げた時に「美」の基準に合致
していれば、それは「美しい」のだから。苦渋に顔をしかめるラオコーン、デューラー描
く老婆の顔、悲惨な戦争を描いたピカソのゲルニカなどは立派な「美」術品として扱われ
ている。フランスのマルセル・デュシャンは、市販の小便器そのものを美術館に展示して
「美」とは何かを人びとに問いかけた。もっとも、ヒトラー率いるナチズムの「頽廃芸
術」排斥となると問題が大きい。ただし、「頽廃芸術」とナチスが規定し没収したものを、
世の中にはこんな頽廃的なものがあるのだと言うために「頽廃芸術」を集めた展覧会を催
している点がおもしろい。ナチスは頽廃性を訴えるつもりでいても、観客は心の中でひそ
かに「すばらしい!」と思っていたかもしれない。
左上:ベルリンのイーストサイドギャラリー(壁に絵が)
中上:トルコ国旗で覆われたキールの美術館
右上:ウィーン分離派美術館
左下:ドイツ博物館内に展示されたジェット戦闘機
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 21) オ ー ス ト リ ア
「2」のクラスでは、今回オーストリアを取り上げる。オーストリアはドイツ語で
Österreich と 言 い 、 ヱ ス タ ー ラ イ ヒ と 発 音 す る 。 こ の 発 音 が 下 手 な 人 だ け が オ ー ス ト ラ
リ ア と 言 い 間 違 え る 。 Australia は オ ー ス ト レ イ リ ア と 発 音 す る か ら 、 ぜ ん ぜ ん 違 う 。
Österreich は 「 Ost の Reich」 つ ま り 「 東 の 国 」 で 、 ド イ ツ か ら 見 て 東 に あ る 国 だ 。 一
方 、 オ ー ス ト レ イ リ ア は terra australis( 南 の 土 地 ) つ ま り 「 南 に あ る 大 陸 」 を 意 味
する。方角も異なる。
チャップリンの映画『独裁者』で、ヒトラーみたいな主人公ヒンケルが、占領・併合し
よ う と 画 策 す る 国 は 「 オ ス ト リ ッ チ 」 と 言 う が 、 Ostrich は Ost-reich に 似 て い る の で 、
Österreich の も じ り か と も 思 え る が 、 ネ ッ ト で 調 べ る と 日 本 に は 「 オ ス ト リ ッ チ 」 と か
「オーストリッチ」とかという名前の会社がいくつかある。へー、オーストリアの関連企
業かと思って会社の概要を見てみると、オーストリアとはぜんぜん関係がなさそうだ。た
し か に 、 オ ー ス ト リ ア は 「 オ ー ス ト リ ア 航 空 」 を 一 例 と し て 挙 げ ら れ る よ う に Austria
と も 書 く が 、 こ れ と Ostrich と は 明 ら か に ス ペ ル が 異 な る 。 ち な み に 、 Ostrich は 英 語
で、「ダチョウ」という意味である。
オ ー ス ト リ ア の 首 都 は Wien( ヴ ィ ー ン ) で 、 リ ン グ と 呼 ば れ る 環 状 道 路 の 中 か そ れ に
面して主だった名所旧跡がずらりと建ち並び、リングを路面電車が走っているから、ヴィ
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ーンに着いたらまずそれに乗ってぐるっと一周すると良いだろう。
ヴィーンの「銀座通り」と呼ばれるのが(そんなふうに呼ぶのは日本人だけだが)ケル
ントナー通りで、これとリングとの交差点のリング内側に国立歌劇場つまりオペラハウス
がある。オペラ座の前を通るまっすぐな道、ケルントナー通りを行くとシュテファン寺院
大聖堂がそびえ立っている。同行者とはぐれたらこの寺院の前で会うことにすれば心配な
い。誰でも知っているし、大きいし、道は単純だし、地下鉄駅が目の前にある。
オペラ座の裏に、濃厚なチョコレートケーキ、ザッハートルテで有名なホテル・ザッハ
ーがある。カフェは左右に2つに分かれ、入口を入って左側のこじんまりした部屋のほう
が落ち着くが、中にいる客の3、4組は日本人。なんと言っても、ヴィーンに来てザッハ
ートルテを食べないのは、東洋大学6号館地下食堂でインドカレーを食べないようなもの
かどうかはともかく、パリへ行ってルーヴル美術館に行かないようなものだ。
オペラ座からリングを時計回りに進むと、リング外にヒトラーが入学できなかった美術
学校があり、隣にマリア・テレジアの像が広場中央に立つ美術史美術館がある。その辺り
のリング内にモーツァルトの像がある。モーツァルト像のある公園の隣が国立図書館で、
その次が王宮。王宮の向かいのリング外に国会議事堂があり、日本と違って自由に近づけ
るし、日によって中に入れる。柵も門もないから。議事堂の隣が市庁舎で、大きな前庭で
毎年クリスマス市が盛大に開かれる。市庁舎向かいのリング内に市民劇場があり、その横
に有名なカフェがある。その横が高台になっていて、ベートーヴェンが住んでいた家があ
る。高台の向かいのリング外にヴィーン大学本館がある。大学は出入り自由で、トイレも
使えるし教室や廊下も風情があるからぜひ見学して行きたい。中庭に面して回廊があり、
そこに歴代の著名教授の胸像が並んだり壁に貼り付けられたりしている。これも必見。
さて、さらにリングを進むと日本大使館があるが、それは別におもしろくはない。大き
なビルが建ち並び、さらに進むと、オットー・ワーグナーというヴィーンを語るに欠かせ
ない建築家が建てた郵便局(必見)、さらに少し先のリング外に大きな公園が見える。そ
こにシューベルトを筆頭とするヴィーンの音楽家たちの像があちこちに建てられている。
さらにリングを進むと、毎年元旦の夜(日本で)に放映されるウィーン交響楽団「ニュー
イヤーコンサート」でおなじみの学友協会の建物がリング内に見えてくる。そのすぐ近く
にある高級ホテルは私には一生縁がない。などと溜息を吐くうちに路面電車はふたたびオ
ペラ座の前に着く。なお、世界遺産のシェンブルン宮殿とか、クリムトやエゴン・シーレ
の絵がたくさん見られる美術館があるベルヴェデーレ宮殿とかはリングの外にある。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 22) ス イ ス 国 境
1999 年 に 、 ド イ ツ 南 西 部 の 黒 い 森 (Schwarzwald)か ら 、 ス イ ス と フ ラ ン ス の 国 境 に あ
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る バ ー ゼ ル (Basel)経 由 で 、 ラ イ ン 川 右 岸 の ド イ ツ の 小 さ な 町 ラ ウ フ ェ ン ブ ル ク
(Laufenburg)へ 行 っ た こ と が あ る 。 列 車 内 で ち ょ っ と ト イ レ に 行 っ た ち ょ う ど そ の 時 、
運悪く国境警備隊の検査が始まった。トイレに逃げ込んだと思われたのか、思いきりドア
をドンドンと叩かれ、小便をすませて出ると、パスポートを取り上げられてさんざん調べ
られ無線で当局と連絡をとりと、とんでもないおおごとになった。しかし、なんらやまし
いことはないので、検査は無事に済んだ。
さて、その小さな町はライン川を挟んで対岸のスイスにも同名の町がある。スイス側の
ほうが店もあるし教会もあっておもしろそうなので、橋を渡ってスイスへ行こうとしたら、
橋の両側に国境警備隊の検問所があった。パスポートを提示して「ちょっと向こうの町を
見学したい」と告げると、パスポートをじろじろ見られたものの、難なくOKとなった。
スイス側の国境警備隊は何も言わない。まあ、さほど長くない橋の途中で何か悪さをでき
るわけでもないから、1度検査すれば十分だろう。さて、帰りにふたたび国境の橋に来た
ら、スイス側の検問所に誰もいない。なるほど、両岸で警備をする必要がないからどちら
か片側で検問をやっているのだろうとライン川を渡ってドイツ側に着いたら、そこも無人
だった。立っている看板をよく読むと「国境警備は午前6時から午後6時まで」と書いて
ある。それ以外の時間は、閉鎖されているのではなく、なんと通行自由なのだ! とても
私の頭では理解できない。悪いヤツは夜自分たちが知らない間に通れば良いのだなんて。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 23) ク リ ス マ ス 市 (Weihnachtsmarkt)
ク リ ス マ ス は ド イ ツ 語 で Weihnachten 〔 ヴ ァ イ ナ ハ テ ン 〕 と 言 う 。 直 訳 す る と 「 聖 夜 」 。 そ
の日から4週前の日曜日からクリスマス行事が始まる。これを「待降祭」つまりキリスト
降 臨 を 待 つ 祭 と 言 い 、 Adventszeit 〔 ア ド ヴ ェ ン ト 〕 と 言 う 。
この日の前日から市庁舎前の広場やメイン
ストリートに即した広場などでクリスマス用
品を売るクリスマス市が開かれる。ヨーロッ
パではどこの町でも村でも必ず開かれるこの
市を見るのが、この季節の最大の楽しみだ。
とくに、暗くなってから出かけるといっそう
きれいだ。たくさんの屋台に明かりが灯り、
売られているクリスマス飾りに光が反射し
て、ほんとうに夢のような光景が繰り広げら
れる。大道芸人も大勢繰り出し、特設舞台で
聖 歌 の 合 唱 や 演 奏 も 行 わ れ る 。 12 月 の 夜 だ か
らもちろん寒いが、立ち並ぶ屋台のあいだの狭い通路を、町の人たちとわいわいがやがや
とにぎやかに歩いていれば、気持ちが温かくなるし、どこからか焼きソーセージの香ばし
い匂いがしてくる。それをほおばりながら、温めたワインにシナモンなどとリキュールを
垂 ら し た グ リ ュ ー ヴ ァ イ ン (Glühwein)を 飲 め ば 、 身 体 も ポ カ ポ カ す る 。 ( グ リ ュ ー ヴ ァ イ
ンは瓶入りがスーパーなどでも売られており、クリスマス市の気分を自宅でもう一度楽し
もうと買って飲んでも全然おいしくない。これは寒い夜に屋台で飲むからおいしいの
だ 。 ) も っ と も 、 グ リ ュ ー ヴ ァ イ ン よ り も プ ン シ ュ (Punsch ス ピ リ ッ ツ に レ モ ン や 香 辛 料
や砂糖を入れたもの)のほうがコクがあっておいしい。
世界で一番有名で大規模なクリスマス市はニュルンベルクのそれだそうだが、残念なが
ら見たことがない。思い出すだけでもうっとりとした気分になれるのはウィーン市庁舎前
の ク リ ス マ ス 市 だ 。 2005 年 度 は 一 年 間 研 究 休 み で 11 月 い っ ぱ い ウ ィ ー ン に 住 ん で い た か
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ら、何度もクリスマス市を見に行った(ウィーンの市庁舎前のクリスマス市は通常より1
週間前から始まる)。
さ て 、 い よ い よ ク リ ス マ ス 当 日 、 12 月 24 日 か ら 26 日 は 国 民 の 休 日 で 、 鉄 道 も バ ス も 3
分の2ぐらいが運休し、商店もレストランも休みなので、うっかりすると食いっぱぐれる
しどこにも出かけられない。クリスマスはふつう家族だけで祝うので、ドイツの一般家庭
でじっさいにどのようにしてクリスマスの日が過ごされているのかは、ホームステイでも
しない限り、よそ者にはわからない。
ド イ ツ 語 圏 の 旅 ( 23) 帰 国
さて、旅もいよいよ終わり。ドイツ最後の晩は、いままで高そうで敬遠していたホテル
のレストランで豪華に行きたい。と言っても、よほど高級なホテルなら別だが(と言うか、
そういう所に泊まったことがないので知らない)、ふつうのホテルにあるレストランでは
「 豪 華 」 で も 一 人 前 20 ユ ー ロ ( 約 3000 円 ) し な い か ら 安 心 ( ? ) 。 む か し チ ュ ー リ ヒ の
ホテルのレストランで魚料理を注文したら(たいてい一番高価な料理は魚)、若いウェイ
トレスがテーブルの脇にワゴンを運んできてていねいに骨と皮を剥いでまず片面を出して
くれて、私が食べる間ずっと待っていて、食べ終わると、冷めないように蓋をしてあった
皿に乗ったもう片面をふたたびナイフとフォークで丁寧に骨と皮を剥いで出してくれた。
こ ん な に リ ッ チ な 食 事 を し た の は 初 め て だ っ た が 、 ワ イ ン と 併 せ て た し か 2000 円 ぐ ら い
だった。などという話をしていたら帰国できないので、先に行こう。
9・11以降、空港のセキュリティ・チェックが異常なほど厳しくなり、チェックイン
でも手荷物検査でもおそろしく時間がかかるようになったので、空港へは2時間前に着く
のはもう常識。それどころか、とくにフランクフルト国際空港ではそれでも遅すぎる。一
昨年久しぶりにフランクフルト国際空港から帰国したが、恐ろしい目に遭った。2時間前
に空港に着いたが、最近はチェックインを自動発券機で行うことが増えたために、人がい
るカウンターが減った。カウンターでチェックインをしなければならないとき、空港内が
複雑で、自分が行くべきカウンターがどこにあるかわからない。うろうろするうちに時間
が経つ。いろいろ聞いてようやくわかったが、要するにフランクフルト国際空港では、ル
フトハンザなどが加盟している便はすべて1箇所のカウンター、アメリカ合州国行きは別
のカウンター、そして上記に加盟していない個々の航空会社のカウンター(たくさんあ
る)と、大別3つに分かれている。私は最近しばらくフィンランド航空を利用していたの
でカウンターが独立しており、たいして混んでいなかったが、今回はフィンエアーが満席
で使えなかったのでスカンジナヴィア航空を利用した。この会社はルフトハンザと同じ団
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体に属している(全日空やスイス航空なども同じ)。そこで、メインカウンターに向かっ
た が 、 な ん と 延 々 長 蛇 の 列 。 15 ぐ ら い あ る 加 盟 航 空 会 社 す べ て が こ の 1 箇 所 の カ ウ ン タ
ー(受付は4つ開かれていた)で処理するのだから大勢並んでいても無理はない。しかし、
搭 乗 ま で あ と 1 時 間 半 。 と に か く 蛇 の 尻 尾 ( ド イ ツ 語 で 行 列 の こ と を Schlange〔 蛇 〕 と 言
う)についた。行列は途中で左右二列に分かれるが、どちらが早いかは神のみぞ知る。な
んとなく右のほうが早そうだったので右の列についたのが悪夢の始まりだった。チェック
インカウンターの前にあるトランクの検査にひっかかる人が続き、カウンターが空いてい
るのに、後ろの人が検査を先に済ませることができない(こういう点がまさにドイツ的
だ)。トランクを空けて中身を調べている間、後ろの人たちはじっと待たなければならな
い 。 そ う こ う し て い る 内 に 私 が 乗 る 予 定 の 飛 行 機 の 搭 乗 開 始 時 刻 ま で あ と 10 分 と 迫 っ た 。
しかし、こちらはまだトランクをもったままチェックインを待っている段階。しかも、私
の 前 に は ま だ 15 人 も い る ! 見 る と 、 左 の 列 で は 私 の 後 ろ に い た 人 が も う チ ェ ッ ク イ ン
を済ませて税関に向かっているではないか!手荷物検査にひっかかっている人がようやく
済んだら、今度は老婦人が係員にああだこうだと議論をふっかけている。そんなことはい
いから早く済ませろと叫びたいが、ドイツではそういうのを「無駄な抵抗」という。腹を
据えてすべてを天に任せるしかない。そんなこんなでようやく私がチェックインカウンタ
ーにたどり着いたときには私が乗る予定の飛行機は離陸寸前、タイムアウト!
去年9月にドイツへ行ったときは、二度とフランクフルト国際空港は使うまいと決意し
た。エラフルト空港からミュンヒェン経由で帰国する際、今回はさらに余裕をもって2時
間半以上前に空港に着いたが、チェックインカウンターはまだ閉まっていて、開くのは出
発1時間前だとか。無駄に空港で時間をつぶし、チ
ェックインを済ませ税関に向かうと、今度は税関
が、まだ早いと言って通してくれない。搭乗開始寸
前になってようやく税関が仕事を始めてゲートへ。
しかしゲートに飛行機はいない。それはさほどめず
らしくない。リムジンバスで飛行機まで移動する。
かくしてようやく飛行機に乗るタラップに着いた
が、その便の乗客はたったの3人だった。客より乗
務員のほうが多かった。まあ、いろんなハプニング
があるのが、旅の楽しみだ。
エアフルトからミュンヒェンまで乗った飛行機
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