哺乳子牛の多頭飼育における管理と疾病の予防について

哺乳子牛の多頭飼育における管理と疾病の予防について
きたみらい哺育育成センター 場長
小林 中
はじめに
最近、経営支援の一環として、哺育・育成部門の預託施設が多く造られています。
酪農家は、この施設に哺乳および育成作業の省力化、子牛の事故率の低減、初産
分娩月齢の早期化による生産性の向上などの効果を期待します。しかし、このような
施設には、様々な飼養形態で飼育・出生した子牛が集められ、多頭飼育されるため
子牛には大きなストレスがかかり、病原体も集まり感染のリスクが高まります。このよ
うな環境の中で健康的に子牛を飼育するにはいくつかの問題点があります。
私の5年間の哺育育成の経験になりますが、離乳までの管理方法、疾病の発生状
況、対応および予防について記述いたします。
演者紹介
小林 中 先生
(きたみらい哺育育成センター 場長)
1961年福井県生まれ。福井育ち。1985年酪農学園酪農学
獣医学科を卒業。同年、留辺蘂町農業共済組合(現オホーツ
農業共済組合)に勤務。2012年きたみらい哺育育成センター
に勤務。
現在、センターの場長を務めながら”小林家畜病院”を開業し
獣医師としてセンター内の疾病予防及び診療も行っている。
1. 施設について
きたみらい哺育育成センターは常呂郡置戸町拓殖283番地にあり、職員は7名で
す。2010.年11月4日より哺育部門、2011年11月4日より育成部門を預託開始い
たしました。施設規模は哺育部門(0~6ヶ月)405頭、育成部門(7~22か月)456
頭 計861頭が収容できます。
預託期間は哺育部門までと、育成部門終了までの2パターンから選択します(6月
から10月までの期間は、10ヵ月齢以上の牛は公共牧場に入牧します)。
現在の飼養管理内容は、生後3日目より導入し、導入時検査はサルモネラ・血液
検査(TP・γ-グロブリン)を実施しています。導入舎で7~10日間飼育し、問題がなけ
れば自動哺乳機のある哺育舎に移動し、移動前にチルミコシンの皮下注射とトルトラ
ズリルの経口投与を行います。
哺乳量は導入舎で4L、哺育舎で夏季は6L、冬季は8Lを給与します。哺育舎では
添加剤として生菌剤+抗生物質(チアムリン)を離乳まで投与します。生後55日齢前
後で離乳します。
人工乳は子牛の採食状況を見ながら徐々に増量し、離乳までに2.5kgを目標とし
ています。乾草は生後1ヶ月より徐々に増量し、離乳時には飽食にさせます。
次に、開業から現在までに発生した管理問題と疾病について記述します。
2. 冬期のミルク増量の重要性
開業時には、哺乳舎でも4L/日給与で飼育していました。同年12月に気温低下と
同時に子牛の活動量が減少し、急激な気温低下時に食欲および便の性状は正常に
もかかわらず、哺乳時以外は全く動きがなくなりました。
ホクレンに相談し、現地で聞き取り調査を行い”ミルク量の不足”と判明し、その後ミ
ルクを6L/日に増量し、状態は改善されました。
現在は増体を考え、冬期間は8Lとしています。
3. 腹痛・第4胃拡張症・第4胃変位の多発
2011年1月より重度の腹痛・第4胃拡張症・第4胃変位が多発し、手術が必要な
状態も見られた。食欲旺盛で元気な子牛の発症が多かったことから、スターターや乾
草を制限給与するも発症が見られた。
原因不明のまま1年が経過し、薬品会社の担当者から”カラ哺乳”が発生の原因と
の文献を紹介される。
開業当時より導入舎で、哺乳時にミルクが無くなっても吸わせる”カラ哺乳”をさせ
たまま、敷き藁の補充やスターター給与などの作業を5~10分行っていた。”カラ哺
乳”をやめさせたところ、重度の腹痛・第4胃拡張症・第4胃変位の発症が減少した。
その後も発症が見られたため動物質性飼料(脱脂粉乳・濃縮ホエーたん白・乾燥ホエ
ー等)の配合割合の多いミルクに変更した。
現在は、軽度~中程度の腹痛・第四胃拡張症の発症が、散発的にみられる程度に
なった。
発症の原因として、①導入時のストレスによる消化器の運動の低下 ②”カラ哺乳”
により第4胃内に大量の空気が貯留し、第四胃の慢性的な拡張及び弛緩 ③第4胃
内でのミルクの長時間停滞が異常発酵を招き、ガスが発生し、発症したと考えていま
す。
予防法として、哺乳後に直ちに哺乳ボトルの回収、胃腸の蠕動低下が見られた場
合には蠕動亢進剤の注射、良質な代用乳を給与します。
4. マイコプラズマ性中耳炎
2013年4月に中耳炎が発症し、抗生物質中心の治療を続けたが、発熱を繰り返
し、顔面麻痺、斜頸および発育不良になり、3ヶ月後に症状が悪化し死亡した。その
後中耳炎が多発し抗生物質中心の治療をしていたが、8月の発症牛は改善が見られ
ず、顔面麻痺の症状が見られたため、酪農大学の小岩先生に相談し、大学での治療
依頼をしました。大学では内視鏡による治療を実施し、2週間の治療で完治した。以
後、外耳道洗浄を実施し、症状が進行する場合は大学に治療を依頼することにした。
発生が多いため、鼻汁での感染状況調査を実施したところ、導入時には感染はみ
られないが、哺乳舎に移動後1週間で100%の感染がみられた。次に感染予防の為
の抗生物質(チアムリン)の添加期間について調査を行った。その結果、20日間の添
加で鼻汁中のマイコが分離されなくなった。現在は20日以後にも発症が見られること
から、離乳まで添加を行っている。
中耳炎の治療は外耳道洗浄および抗生物質で行っていたが、治療が長期間とな
るため、2014年11月より内視鏡を購入し、センターで内視鏡による治療を実施して
いる。
その他の対策として哺乳舎へ移動時にチルミコシン注射、耳内の毛刈り、牛舎内
の煙霧消毒を実施しているが、発生がまだ見られることから更なる対策が必要と考え
ています。
マイコプラズマ性関節炎も4頭発生し、関節内洗浄で2頭は治癒し、対策後は発生
がみられていません。
5. 腸炎と麦稈のカビ
2013年12 月より第四胃変位の症状で死亡事故が発生した。症状として突然第四
胃にガスが貯留し、重度の腹痛症状がみられた。第四胃変位の治療を行うも短時間
で死亡し、3月までに8頭が同様の症状で死亡した。
センター内で剖検したところ第四胃のガス貯留(+++)、第四胃と腸の漿膜面の内出
血が見られ、捻転によるものと診断した。しかし、左方変位でも同様の症状がみられ
るため家畜保健衛生所に剖検依頼し、腸炎と診断された。
腸炎の発症原因として麦稈のカビが疑われた。この年の麦稈は質が悪く、カビが
かなり発生し、毎年冬期間に耳端の凍傷が頻繁に発生していたが、尾の脱落も発生
が頻繁にみられた。カビ毒の中毒症状として尾の脱落がみられることから、麦稈のカ
ビによる影響は大きいと考えられた。同年の麦稈はカビのないものを用意したところ、
冬期間の腸炎および尾の脱落は見られなくなった。
6. サルモネラ症の発生
2014年8月の導入時検査で2頭からサルモネラが分離された。感染牛と同居して
いた子牛を検査したところ23頭に感染が確認された。他の哺乳舎も検査し、さらに9
頭の感染を確認した。感染確認後に直ちに抗生物質(マルボフロキサシン5日間)で
治療を開始した。
センター内の感染状況を確認するため630頭全頭の検査をしたところ、幸いにも
生後60日齢以下の子牛のみに感染がみられた。治療および検査を繰り返し、約1か
月半で収束し、預託を再開した。その後同年11月に1頭、翌年1月にもサルモネラが
分離された。
サルモネラ症の対策として、発生前の導入時検査は直接培養を行っていたが、感
度が不十分とのことで、発生後は家畜保健衛生所での増菌培養による検査に変更し
た。また、対策マニュアルを作成し、検査結果が判明するまで牛舎間感染を予防して
います。
発生後に、預託牛からサルモネラが分離されるのを避けるため、預託を控える問
題が発生した。
7. 初乳給与指導
開業当初より、導入時の血液検査を実施(血清タンパク・γ-グロブリン)したところ、
全体的に血清タンパク・γ-グロブリンは低かったため、初乳の給与状況の聞き取りを
実施した。
聞き取りにより、1回目の初乳給与量は2Lが多く、給与不足が判明した。低値の預
託者には初乳給与指導を行った。
指導の内容として、初乳の1回目給与は良質の初乳を生後6時間以内に3L以上の
給与、哺乳ボトル等の洗浄消毒も行うように指導を行った。
指導後にかなりの改善がみられたが、徐々に数値の低下がみられたり、農繁期に
数値が低下する傾向がみられる。
8. 個と集団飼育の違い
各農家では出生後にカーフハッチで飼育するために環境変化のストレスが少なく、
他農家からの感染のリスクも少ないために発症も少なく、また発症しても短期間で治
癒します。しかし、預託飼育の場合、まず輸送および飼養環境の大きな変化によるス
トレスがかかります。次に集団飼育のストレスに晒された上、様々な病原体に感染し
ます。このような環境下では免疫低下した子牛や虚弱子牛などは健康に発育するの
が困難な状況になります。また、発症すると治癒まで時間がかかり、慢性状態となっ
てしまいます。よく会員から”家で飼っているときにはこんなに病気にならない””いま
までこんな病気に罹ったことがない””センターの飼育方法に問題があるのでは?”な
どお叱りを受けますが、預託飼育をする場合のリスクを理解して頂ければ病気が多
いのも納得してもらえるものと思います。
最近、免疫低下した子牛や虚弱子牛の対策として、集団飼育後に注意深く観察し、
発症前にカーフハッチに戻すことで発症を未然に防ぐことを実施しています。しかし、
職員の発症前に発見する観察力や哺乳の手間の増加、また収容施設不足などの問
題があります。
9. 預託農家の意識改革
預託農家の中には長年の飼育経験によって特に大きな問題がなかったため”この
ままの飼育方法で預託しても大丈夫””多少問題があってもセンターに預ければ何と
かなるだろう”と考えて預託される方が多いです。預託飼育では様々なストレス、感染
のリスクがあることを理解した上で健康な子牛を預けて頂きたいのですが、まだまだ
説明不足があり、反省しています。
預託の考え方を”センターに預けるのだから飼育法を見直して、良い子牛を生産す
る”に変えてもらえれば疾病の発生も少なくできるはずです。実際、後継者が世話を
するようになってから子牛の状態が見違えるように良くなった預託者もいます。
『状態の良い子牛は素晴らしい牛に育ちますが、悪い子牛はどんなに頑張っても最終
的に素晴らしい牛にはならない』