統計力学 II 飛田 和男 平成 25 年 9 月 30 日 本稿は埼玉大学物理学科3年次生向け「統計力学 II」の参考資料である。現 時点では未完であり、説明には不備な点が多く、計算ミスも多いと思われる。 それにもかかわらず公開するのは、受講生を含む皆様からの指摘により改良し、 最終的には刊行に耐える形に完成させたいからである。また、少し虫のいい言 い方かもしれないが、本稿の欠点を指摘する過程で学生諸君の統計力学に対す る理解が深まることも願っている。もちろん、統計力学の教育・研究の経験豊 かな研究者や教員の方々からもご意見を賜れればありがたい。 なお、講義の担当の都合で1年間の講義としては後半に当たる、「統計力学 II」に対応する内容からの公開となるが、統計力学の導入から始まる「統計力 学 I」の内容も(逆順になるが)順次加えてゆくつもりである。 1 目次 第 1 章 グランドカノニカル分布 1.1 1.2 1.3 4 グランドカノニカル分布の導入 . . . . . . . . . . . . . . . . . 大分配関数と熱力学的諸量 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . グランドカノニカル分布の応用 . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.3.1 1.3.2 単原子古典理想気体 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 吸着分子系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 第 2 章 気体の量子統計力学 2.1 1 粒子状態と多粒子状態 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.2 2.3 2.4 箱の中の自由粒子 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 粒子数表示 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 粒子の統計性:フェルミ粒子とボーズ粒子 . . . . . . . . . . . . 2.4.1 2.4.2 2.5 2粒子波動関数の対称性 . . . . . . . . . . . . . . . . . 13 15 20 20 21 25 27 スピンと統計の関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 27 29 理想フェルミ気体と理想ボーズ気体 . . . . . . . . . . . . . . . 30 第 3 章 ボーズ・アインシュタイン凝縮 3.1 3.2 準備 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3.3 3.4 ボーズ・アインシュタイン凝縮状態 . . . . . . . . . . . . . . . 臨界温度 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 熱容量 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 第 4 章 縮退フェルミ気体 4.1 4 7 13 フェルミ分布関数の特徴 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2 38 38 40 43 46 52 52 4.2 4.3 4.4 絶対零度 T = 0 での性質 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 低温比熱 (T ≪ TF ) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 53 60 64 4.5 フェルミ気体の不安定性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 73 パウリ常磁性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 付 録 A Riemann の ζ 関数についてのまとめ 76 A.1 定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . A.2 積分表示 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 76 76 A.3 よく使う点での値 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 79 3 第 1 章 グランドカノニカル分布 1.1 グランドカノニカル分布の導入 これまでに考えたアンサンブルはミクロカノニカルアンサンブルとカノニカ ルアンサンブルがあった • ミクロカノニカル分布: 最も基本的な孤立系のアンサンブル。同じエネルギーを持つ状態だけか らなる。等重率の原理を仮定すればすべての状態が同じ確率で実現する。 拘束条件がきついため計算がしにくい • カノニカル分布: 熱浴とエネルギーのやりとりをして平衡状態にある系のアンサンブル。 エネルギー E の状態は e−βE に比例する確率で実現。拘束条件が緩くな り、計算がしやすくなることが多い。 この様にカノニカル分布では、熱浴とのエネルギーのやりとりをゆるすが、 巨視的な系では巨視的な物理量であるエネルギーの揺らぎは小さいので、ミク ロカノニカルアンサンブルで計算した結果とカノニカルアンサンブルで計算し た結果は同等である。では、同じようにエネルギー以外の巨視的な物理量の揺 らぎを許すことによって、他のアンサンブルを導入することができるのではな いか。そうすればもっと楽ができるのではないかと思える。1 ここでは、巨視的な量として粒子数を考え、図 1.1 のように、粒子浴(同時 に熱浴の役割も果たすとする)と接してエネルギーと粒子をやりとりしながら 1 実際には、楽になるかどうかは問題によるが、扱いやすくなる問題が増えるのは確かである。 4 熱・粒子浴 (bath;reservoir) 系 E0−Ei Ei,Ni N0−Ni 図 1.1: 熱・粒子浴 B とエネルギー・粒子をやりとりする系 S 平衡状態にある系の集まりを考えることにする。この様なアンサンブルをグラ ンドカノニカルアンサンブルと呼ぶ。 カノニカル分布の時と同じように考えてみよう。考えている系 S と熱・粒子 浴 B をあわせて一つの孤立系 S+B と考える。S+B の全エネルギーを E0 、全 粒子数を N0 としよう。これらはゆらがない(一定)とする。系 S が i 番目の 固有状態にある確率 pi を考える。このとき、粒子数の違う固有状態も通し番 号を付けておこう。i 番目の固有状態でのエネルギーを Ei 、粒子数を Ni と書 く。系がこの固有状態にあるとき、熱・粒子浴に分け与えられるエネルギーは E0 − Ei 、粒子数は N0 − Ni である。 いま、エネルギー EB 、粒子数 NB の熱・粒子浴 B の状態数を WB (EB , NB ) と書く。カノニカル分布の導入の時と同じように、系 S が i 番目の固有状態に ある確率 pi は、そのとき B の取り得る状態数に比例するので pi ∝ WB (E0 − Ei , N0 − Ni ) 5 (1.1) 熱・粒子浴が系よりずっと大きい極限を考え、lnWB (E0 − Ei , N0 − Ni ) を E0 ≫ Ei 、N0 ≫ Ni と考えてテーラー展開すると lnWB (E0 − Ei , N0 − Ni ) ≃ lnWB (E0 , N0 ) ∂lnWB (EB , NB ) − Ei ∂EB E =E ,N =N B 0 B 0 ∂lnWB (EB , NB ) − Ni ∂NB EB =E0 ,NB =N0 となる。従って ∂lnWB (EB , NB ) ∂EB EB =E0 ,NB =N0 ∂lnWB (EB , NB ) βµ ≡ − ∂NB β≡ (1.2) (1.3) (1.4) (1.5) EB =E0 ,NB =N0 とおくと、 lnWB (E0 − Ei , N0 − Ni ) = lnWB (E0 , N0 ) − β(Ei − µNi ) (1.6) と書ける2 。従って、i 番目の微視的状態にある確率 pi は pi ∝ WB (E0 − Ei , N0 − Ni ) = WB (E0 , N0 ) exp(−β(Ei − µNi )) (1.7) を満たす。すなわち、規格化因子をのぞくと pi ∝ exp(−β(Ei − µNi )) (1.8) を満たすことが分かる。ここで、β 、µ は熱・粒子浴だけで定まる定数であり、 系の個性を反映しない事に注意しよう。β はカノニカル分布と同じく 1/(kB T ) であるが、µ は化学ポテンシャルと呼ばれる。 これを規格化するため、 Ξ(T, V, µ) = ∑ exp(−β(Ei − µNi )) i 2 ここでは、S に比べて B が大きい極限を考えるので、≃ ではなく = を使った。 6 (1.9) 系1 熱・粒子浴 (bath;reservoir) T,µ T,µは 熱・粒子浴の 状態数WBで定まる くっつけても 変化が起きない 系2 互いに熱・粒子平衡 T,µ 図 1.2: 熱・粒子浴と とおくと、pi は pi = exp(−β(Ei − µNi )) Ξ(β, µ) (1.10) であることがわかる。これをグランドカノニカル分布という。ここで Ξ(T, V, µ) ∑ は大分配関数と呼ばれる。 は系のすべての状態(粒子数の異なる状態も含 i む)についての和を表す。 また、 J(T, V, µ) = −kB T lnΞ(T, V, µ) (1.11) はグランドポテンシャルと呼ばれる。 一般に、同じ β (温度)を持つ系はエネルギーのやりとりについて同じ熱・ 粒子浴と熱平衡にある。また、同じ µ(化学ポテンシャル)を持つ系は粒子の やりとりについて同じ熱・粒子浴と熱平衡にある。従って、図 1.2 に示すよう に、同じ β (温度)µ(化学ポテンシャル)を持つ系を2つ接触させてもさら に変化が起きることはない。すなわち、これらの系はエネルギー・粒子のやり とりについて互いに平衡にあるといえる。 1.2 大分配関数と熱力学的諸量 大分配関数の定義式 (1.9) の色々な表し方を導出し、グランドカノニカルア ンサンブルでの物理量の期待値との関係を示そう。(1.9) では、添え字 i は異な る粒子数の状態も含めて通し番号であり、Ei は i 番目の状態のエネルギー、Ni 7 は i 番目の状態の粒子数であった。この場合、和の各項は系が i 番目の状態に ある確率に比例する。 次に、粒子数が共通の状態をひとまとめにし、粒子数 N の状態の内での番 号 α をつけると、(1.9) は次のように書く事もできる。 Ξ(T, V, µ) = ∑∑ N = exp(−β(Eα (N ) − µN )) α [ ∑ ∑ ] exp(−βEα (N )) exp(βµN ) (1.12) α N ここで、Eα (N ) は、粒子数 N の状態の内、α 番目の状態のエネルギーである。 括弧 [...] の中は粒子数 N のカノニカル分布の分配関数 Z(T, V, N ) なので Ξ(T, V, µ) = ∑ Z(T, V, N ) exp(βµN ) (1.13) exp(−β(F (T, V, N ) − µN )) (1.14) N = ∑ N と書き直すことができる。2番目の等号では Z = e−βF を使った。この形の場 合、N についての和の各項は、系の粒子数が N である確率に比例することに注 意すると、グランドポテンシャル J(T, V, µ) とヘルムホルツの自由エネルギー F (T, V, N ) の関係を導くことができる。 N が巨視的な量であることを考えると、系の粒子数が N である確率に比例 する量 exp(−β(F (T, V, N ) − µN )) は、図 1.3 に示すように、その最大値のま わりで幅 o(N )3 程度のシャープなピークを持つ関数になっているはずである。 従って、実際に観測される粒子数は F (T, V, N ) − µN を最小にする N (これを Nmax と呼ぶ) となり、和 (1.14) の中でも N = Nmax の項だけをとれば十分で ある。従って、Nmax を決める条件から ∂ (F (T, V, N ) − µN ) =0 ∂N T,V,N =Nmax (1.15) 3 N に依存する物理量 A(N ) について lim α α N →∞ A(N )/N = 0 となる量を o(N ) の量と呼 ぶ。これに対し、limN →∞ A(N )/N α が有限値になる量を O(N α ) の量という。示量性の物理量 は O(N ) である。 8 −β(F−µN) e 1/2 O(N ) N Nmax 図 1.3: 因子 exp(−β(F − µN )) の N 依存性。 すなわち µ= ∂F (T, V, N ) ∂N T,V,N =Nmax (1.16) が得られる。これを満たす Nmax を用いて、Ξ 及び J は Ξ(T, V, µ) ≃ exp(−β(F (T, V, Nmax ) − µNmax )) (1.17) J(T, V, µ) = F (T, V, Nmax ) − µNmax (1.18) と表される4 。実際の状況では、化学ポテンシャル µ ではなく、粒子数が与え られる場合が多いので、Nmax が与えられた粒子数 N に等しくなるように µ を 定めることになる。そこで、今後は特に区別をする必要がある場合を除き、い ちいち Nmax と書かず N と書き、(1.16) と (1.18) は以下のように書くことに する5 。 4 (1.18) では、o(N ) の量は無視した。これは近似と言うよりは、示量的な物理量の間の関係式 として厳密に成り立つ関係である。 5 「与えられた粒子数」と確率的に分布している「粒子数」を同じ N で表記するのは正確には 正しくない。しかし、表記が煩雑になるのでしばしば「さぼって」こういう書き方をする 9 J(T, V, µ) = F (T, V, N ) − µN, ∂F (T, V, N ) µ= . ∂N T,V (1.19) (1.20) これは粒子数 N についてのルジャンドル変換に相当する。µ は示量変数である 粒子数 N に共役な示強変数(外力)と見なすことができる。 次に、統計力学によって J(T, V, µ) が計算できたとき、これから様々な物理 量を計算する公式を導いておこう。 1. 粒子数 N の期待値6 ⟨N ⟩ = ∑ i pi Ni = 1∑ Ni exp(−β(Ei − µNi )) Ξ i 1 ∂ ∑ 1 ∂ = Ξ exp(−β(Ei − µNi )) = βΞ ∂µ i βΞ ∂µ 1 ∂ ∂J(T, V, µ) = lnΞ = − β ∂µ ∂µ T,V (1.21) 2. 圧力 P 系が i 番目の固有状態にある時の圧力は dEi (V ) (1.22) dV で与えられる事を用いると、カノニカルアンサンブルの場合と同様に ( ) dEi (V ) 1∑ − P = ⟨Pi ⟩ = exp(−β(Ei (V ) − µNi )) Ξ i dV 1 ∂ ∑ = exp(−β(Ei (V ) − µNi )) βΞ ∂V i T,µ 1 ∂Ξ ∂J(T, V, µ) = =− (1.23) βΞ ∂V T,µ ∂V T,µ Pi = − 6N max を計算することにより N の期待値を求めるのは F (T, V, N ) が分かっていないとでき ない。 10 が得られる。 3. 内部エネルギー カノニカル分布では分配関数 Z の対数を β で微分することによって内部 エネルギーを得ることができた。同じように大分配関数 Ξ の対数を β で 微分すると ∂lnΞ 1∑ =− (Ei − µNi ) exp(−β(Ei − µNi )) ∂β Ξ i = −(⟨Ei ⟩ − µ ⟨Ni ⟩) = −(U − µN ) (1.24) が得られる。lnΞ = −βJ であるから、N に対して (1.21) を用いると、内 部エネルギー U は ∂J ∂βJ 2 ∂ J + µN = − T −µ U= ∂β V,µ ∂T T V,µ ∂µ T,V (1.25) と表される。 4. エントロピー (1.25) の右辺は ∂J ∂J ∂J 2 ∂ J −T −µ =−T + J + µN = − T +F ∂T T V,µ ∂µ T,V ∂T V,µ ∂T V,µ (1.26) と変形できるので ∂J U −F =− S= T ∂T V,µ (1.27) が得られる。 (1.21)、(1.23)、(1.27) をまとめて、グランドポテンシャル J(T, V, µ) の微小変 化(全微分)は次のようになることがわかる。 ∂J ∂J ∂J dJ = dT + dV + dµ ∂T V,µ ∂V T,µ ∂µ V,T = −SdT − P dV − N dµ 11 (1.28) これをルジャンドル変換することによって、化学ポテンシャルを含む熱力学 的関数の全微分について、以下の表式が得られる。 • Helmholtz の自由エネルギー dF (T, V, N ) = d(J + µN ) = −SdT − P dV + µdN (1.29) • Gibbs の自由エネルギー dG(T, p, N ) = d(F + P V ) = −SdT + V dP + µdN (1.30) • 内部エネルギー dU (S, V, N ) = d(F + T S) = T dS − P dV + µdN (1.31) • エンタルピー dH(S, p, N ) = d(U + P V ) = T dS + V dP + µdN (1.32) ここで J について、別の形で表しておこう。J(T, V, µ) は F − µN であるか ら示量性の量である。このとき、J の独立変数のうち T と µ は示強性の量であ り、V のみが示量性の量であることに注意すると J(T,V1,µ) J(T,V2,µ) V1 V2 J(T, V1 + V2 , µ) = J(T, V1 , µ) + J(T, V2 , µ) (1.33) が成り立つ。すなわち、T, µ を一定にしたとき、J は V について線形の関数で あり V に比例することがわかる。従って、次のように書ける。 J(T, V, µ) = V j(T, µ) 12 (1.34) ここで j(T, µ) は単位体積あたりのグランドポテンシャルである。ところが、こ れを用いて圧力を計算してみると p=− ∂J(T, V, µ) = −j(T, µ) ∂V T,µ (1.35) であることがわかる。従って J(T, V, µ) = −p(T, µ)V (1.36) が得られ単位体積あたりのグランドポテンシャルは圧力(の符号を変えたもの) を表すことが分かる7 。同様な議論によって、ギブスの自由エネルギー G(T, p, N ) が µ(T, p)N と書けることも示せる。 1.3 1.3.1 グランドカノニカル分布の応用 単原子古典理想気体 単原子古典理想気体については、カノニカルアンサンブルでの計算に特に困 難はないので、グランドカノニカル分布を持ち出す必要は特にないが、よく知 られている結果を再導出してみる。また、化学ポテンシャルの表式も導出する。 大分配関数 Ξ(T, V, µ) は (1.13) において Z(T, V, N ) に単原子古典理想気体 の分配関数の表式 Z(T, V, N ) = VN N! ( 2πmkB T h2 )3N/2 (1.37) 7 単に圧力と体積をかけるだけならもう計算の必要はないと思ってはいけない。p を具体的に T, V, µ の関数として与えなければ、J を基にして、本節で求めた公式などを使って、色々な熱力 学的量を求めることができないので、熱力学的関数としての J を求めたことにならない。 13 を代入すると得られ ( )3N/2 ∞ ∑ V N 2πmkB T eβµN N! h2 N =0 { ( }N )3/2 ∞ ∑ 1 2πmkB T βµ = V e N! h2 N =0 } { ( )3/2 2πmkB T βµ = exp V e h2 Ξ(T, V, µ) = となる。従って、グランドポテンシャルは ( J(T, V, µ) = −pV = −kB T V 2πmkB T h2 )3/2 eβµ (1.38) であたえられる。これにより pV の表式が得られたが、このままでは状態方程 式になっていないことに注意しよう。µ の T, V, N 依存性を定めなくてはなら ない。そこで、粒子数の期待値を計算してみよう。 )3/2 ( ∂J 2πmkB T ⟨N ⟩ = − eβµ =V ∂µ T,V h2 (1.39) これが与えられた粒子数と等しくなるように化学ポテンシャル µ が定まること になる。従って e βµ N = V ( h2 2πmkB T )3/2 (1.40) が得られる8 。これを (1.38) に代入して、状態方程式 pV = N kB T が得られる。 8 eβµ を fugacity(逃散能)と呼ぶ。 14 (1.41) 吸着点(吸着サイト) N0個 吸着原子 Na個 図 1.4: 吸着分子系。黒丸が吸着点。白丸が吸着している分子。 1.3.2 吸着分子系 固体表面での、気体分子の吸着の問題の簡単なモデルを考えよう。今、図?? に示すように、固体表面に N0 個の吸着点(まわりにある気体分子を吸着する ことの出来る点)があるとすし、各吸着点のエネルギーが次のように与えられ るとする • 分子が吸着している時:−ϵ(< 0) • 分子が吸着していないとき:0 i 番目の吸着点にある分子数を ni (= 0 または 1, i = 1, ..., N0 ) と書くことに する。このとき、吸着している分子の総数 Na は Na = N0 ∑ ni (1.42) i=1 で与えられる。また、その全エネルギー E は E= N0 N0 ∑ ∑ (−ϵni ) = −ϵ ni i=1 (1.43) i=1 で与えられる。吸着原子の状態は ni をすべての i(= 1, ..., N0 ) に対して与えれ ば決まるが、ni を自由に 0 か 1 の値を取らせると、全吸着分子数 Na は変化し 15 てしまう。従って、グランドカノニカルアンサンブルを用いて計算するのが便 利である。 大分配関数 Ξa は Ξa = = 1 1 ∑ ∑ .... n1 =0 n2 =0 nN0 =0 1 1 ∑ ∑ 1 ∑ .... n1 =0 n2 =0 = 1 ∑ 1 ∑ n1 =0 n2 =0 = 1 ∑ N0 ∑ 1 ∏ { exp βϵ { .... N0 ∑ ni + βµa i=1 } ni i=1 N0 ∑ exp β (ϵ + µa )ni nN0 =0 1 ∑ N0 ∑ } i=1 N0 ∏ exp {β(ϵ + µa )ni } nN0 =0 i=1 exp {β(ϵ + µa )ni } i=1 ni =0 = N0 ∏ N0 {1 + exp(β(ϵ + µa ))} = {1 + exp(β(ϵ + µa ))} (1.44) i=1 で与えられる。ここで、µa は吸着分子の化学ポテンシャルである。 i 番目の吸着サイトの大分配関数を ξi = 1 ∑ exp {βϵni + βµa ni } = ni =0 1 ∑ exp {β(ϵ + µa )ni } ni =0 = 1 + exp(β(ϵ + µa )) (1.45) で定義しておく。これは i によらないので以下では ξi = ξ と書くことにする。 全吸着分子の大分配関数はこれを用いて Ξa = N0 ∏ ξi = ξ N0 i=1 と表される9 。 9 ただし、このように書けるのは一つ一つの吸着サイトが独立な場合に限られる。 16 (1.46) 気体状態の原子 吸着点(吸着サイト) 吸着原子 気体原子 図 1.5: 吸着分子系と気体状態の分子の平衡状態 グランドポテンシャルは Ja (T, µa ) = −kB T N0 lnξ = −kB T N0 ln(1 + exp {β(ϵ + µa )}) (1.47) で与えられる。 これを用いると吸着分子数の期待値は ∂Ja β exp {β(ϵ + µa )} = kB T N0 ∂µa 1 + exp {β(ϵ + µa )} N0 = 1 + exp {−β(ϵ + µa )} ⟨Na ⟩ = − で与えられる。しかし、これではまだ実験的にコントロールできない量 µa が 入っている。 どうやって µa を決めればよいだろうか。 実際の状況においては、吸着分子系は、図 1.5 に示すように、気体状態の分子 の系と分子のやりとりをして平衡状態にある。気体状態の分子を理想気体とし て取り扱って、この平衡状態を議論しよう。気体状態の分子の化学ポテンシャ 17 ル µg は (1.40) より、 e βµg ( Ng = V h2 2πmkB T )3/2 p = kB T ( h2 2πmkB T )3/2 (1.48) なので、平衡条件 µa = µg から、吸着分子数は Na = kB T 1+ p ( N0 2πmkB T h2 )3/2 exp(−βϵ) ( で与えられる。ここで p0 (T ) = kB T ここで、被覆比 θ を θ ≡ θ= = 2πmkB T h2 N0 1 + p0 (T )/p (1.49) )3/2 exp(−βϵ) とおいた Na で定義すると N0 1 p = 1 + p0 (T )/p p + p0 (T ) (1.50) が得られる。これを Langmuir の等温吸着式と呼ぶ。温度を一定 (p0 (T ) を一定) にして、圧力 p を変化させた時の被覆比の圧力依存性を図 1.6 に示す。p0 (T ) の温度依存性は図 1.7(a) に示すようになるので、圧力を一定にした場合の、被 覆比 θ の温度依存性は図図 1.7(b) に示すようになる。これらは、それぞれの式 の高圧、低圧や高温、低温の極限での振る舞いを見てやることにより、おおよ その振る舞いを見通すことができる。また、数値計算も簡単なので各自試みて みるとよい。 この結果を見ると ϵ < 0 すなわち吸着した方がエネルギーが高くても、有限 の温度で被覆比は有限になり、吸着している分子が有限の割合で存在すること になる。このことの物理的理由も考えてみよ。 18 1 θ 0.5 0 0 p/p0 10 図 1.6: 被覆比 θ の圧力依存性 1 p0(T) θ p大 p小 0 T/ε 10 0 0 2 4 kBT/ε 図 1.7: (a) p0 (T ) の温度依存性 (b) 被覆比 θ の温度依存性 19 第 2 章 気体の量子統計力学 2.1 1 粒子状態と多粒子状態 1個の粒子の状態は、座標表示では波動関数 ψσ (r) で記述される。ここで、 r はその粒子の座標であり、σ はスピンなど粒子の内部自由度を指定する量子 数である。この波動関数は Schrödinger 方程式 [ ] ~2 2 − ∇ + Vσ (r) ψσ (r) = ϵψσ (x, y, z) (2.1) 2m を満たす。このように一つの粒子の量子力学的状態を1粒子状態と呼び、これ を表す波動関数 ψσ (r) を一粒子波動関数、固有エネルギー ϵ を一粒子エネル ギーと呼ぶ。 これに対し、N 個の粒子からなる系全体の状態を表すには、N 変数の波動 関数 ψσ1 ,σ2 ,...σN (r 1 , r 2 , ..., r N ) が必要である。これは、波動関数の確率解釈で も各粒子の位置がが r 1 , r 2 , ..., r N で内部自由度が σ1 , σ2 , ...σN であることの確 率密度は、これらの変数すべての関数であることをを考えても理解できるだろ う。実際に個の確率密度は |ψσ1 ,σ2 ,...σN (r 1 , r 2 , ..., r N )|2 で与えられる。このよ うな波動関数を N 粒子波動関数と呼び、N 粒子系に対する Schrödinger 方程式 [N ] ∑ ~2 2 − ∇ + Vσ1 ,σ2 ,...,σN (r 1 , r 2 , ..., r N ) ψσ1 ,σ2 ,...σN (r 1 , r 2 , ..., r N ) 2m i i=1 = Eψσ1 ,σ2 ,...σN (r 1 , r 2 , ..., r N ) (2.2) を満たす。この場合の固有エネルギー E は N 粒子系全体の持つエネルギーで あり、一粒子エネルギー ϵ とは区別しなくてはいけない。一粒子 Schrödinger 方程式は他の粒子は存在しない状況を記述しているので、粒子間の相互作用の 20 影響は入ってこないが、N 粒子 Schrödinger 方程式は相互作用の効果をすべて 取り込んだものである。通常、ポテンシャル項 V は Vσ1 ,σ2 ,...,σN (r 1 , r 2 , ..., r N ) = N ∑ Vσi (r i ) + i=1 ∑ Vσi ,σj (r i , r j ) (2.3) <i,j> のように書ける。第一項 Vσi (r i ) は一粒子ポテンシャルであり、これは (2.1) に 既に含まれている。第二項が2粒子の対の間の相互作用を表している。 粒子間の相互作用がない時 (Vσi ,σj (r i , r j ) = 0 のとき)、全エネルギーは一粒 子エネルギーの和として E= N ∑ ϵi (2.4) i=1 と表せる。ここで、ϵi は i 番目の粒子の一粒子固有エネルギーである。粒子間 に相互作用のある場合はこのように単純な和として書くとこはできないので、 E を求めるには (2.2) を直接解く必要がある。これは多くの場合近似的手法を 必要とする。そのような近似の出発点としても、相互作用のない場合をきちん と理解することが必要である。そこで本章では、自由粒子の量子統計力学につ いて詳しく述べる。 2.2 箱の中の自由粒子 ここではまず、一粒子ポテンシャルも存在しない場合から始めることにし、 L × L × L の箱の中に閉じこめられた粒子に対する Schrödinger 方程式 ( 2 ) ~2 ∂ ∂2 ∂2 − + + ψ(x, y, z) = ϵψ(x, y, z) (2.5) 2m ∂x2 ∂y 2 ∂z 2 を考えてみよう。 固有状態・固有エネルギーは 1 ψ(x, y, z) = √ eik·r V 2 ( ) ~2 k2 ~ kx2 + ky2 + kz2 = ϵ(k) = 2m 2m 21 (2.6) (2.7) L L L 図 2.1: 箱 で与えられる。この状態をブラケット記法を用いて |k⟩ と表わす。 ここで、周期境界条件 ψ(x, y, z) = ψ(x + L, y, z) = ψ(x, y + L, z) = ψ(x, y, z + L) (2.8) を課すことによって、許される k の値を定める。(2.6) を (2.8) に代入すると ei(kx x+ky y+kz z) = ei(kx (x+L)+ky y+kz z) = ei(kx x+ky (y+L)+kz z) = ei(kx x+ky y+kz (z+L)) (2.9) が得られる。これより k は 1 = eikx L = eiky L = eikz L (2.10) を満たさなくてはならない。従って、許される k の値は 2πly 2πlz 2πlx , ky = , kz = L L L (lx , ly , lz は整数) kx = (2.11) の形のものに限られる。1つの許される k の値が粒子が取り得る1つの状態に 対応する。N 個の粒子があるとき、粒子の間の相互作用がなければ、粒子の一 つ一つがこれらの状態の内のどれかに入る。 22 このとき、N 個の粒子からなる全系の状態は一つ一つの粒子の波数を指定す ることにより、次のように表現できる。 |k1 , k2 , k3 , ..., kN ⟩ (2.12) ここで ki は i 番目の粒子の波数を表す。 分配関数 Z の計算では、全系のすべての状態について和を取るので、 { } N ∑ p2i 1 ∑∑∑ ∑ ... exp −β (2.13) Z= N! p p p 2m p 1 2 3 N i=1 となる。N ! で割ったのは、粒子が互いに区別できないので粒子の名前の付け 方の数で割ったのである1 。また、古典系との対応を考え波数の代わりに運動 2π~ 量 pi ≡ ~ki を用いて表した。pxi , pyi , pzi それぞれの取り得る値の間隔は L であるが、L は巨視的な大きさであることに気をつけると pxi , pyi , pzi はほと んど連続変数とみなしてよい。従って、これらについての和は積分に置き換え ( )3 2π~ ることができる。1つの粒子の運動量空間で見ると、 あたり1つの運 L 動量の値が許されていることに注意すると、運動量空間の微小体積 d3 pi の中 にある許される状態の数は ( d3 pi )3 2π~ L (2.14) である。従って { } N ∑ d 3 pN p2i ( )3 exp −β 2m −∞ −∞ 2π~ i=1 L L { } ∫ N ∞ ∑ VN p2i 3 3 3 = d p1 d p2 ....d pN exp −β (2π~)N N ! −∞ 2m i=1 1 Z= N! ∫ ∞ d 3 p1 ( 2π~ )3 ... ∫ ∞ 1 ここがすぐ後で問題になる。だまされないように! 23 (2.15) となってしまう。これは古典理想気体の分配関数と同じである。と言うことは 理想気体において量子効果は存在しないのだろうか。そんなことはない。実は 先ほど単純に N ! で割ってしまった点に問題がある。 この点を明らかにするために、量子力学的な粒子が「自己同一性」をもたな いということについて、もう一度考え直してみよう。 k’ k’ 粒子i 粒子j ≡ k 粒子i k 粒子j 本当は同等なのに別々に数えている N!=2!で割らなくてはならない 2つの同種粒子が区別できない時 1. 「粒子 i が 波数 k の状態にあり粒子 j が別の 波数 k′ の状態にある」こ とと 2. 「粒子 j が 波数 k の状態にあり粒子 i が別の 波数 k′ の状態にある」こ とは 粒子 i と j が区別できるとすれば異なる状態だが、区別できなければおなじ状 態である。実際には区別できないわけだから、区別できるとして分配関数の計 算での状態についての和を取れば、数えすぎになる。これを修正するために粒 子の番号の付け方の数(2個なら 2!、N 個なら N !)で割ると言う操作を行う わけである。 24 k { 粒子j 粒子i N=2なのに元々1回しか数えていない しかし、 1. 「粒子 i が 波数 k の状態にあり粒子 j も 波数 k の状態にある」ことと 2. 「粒子 j が 波数 k の状態にあり粒子 i も 波数 k の状態にある」ことは 粒子が区別できてもできなくても元々同じ状態である。このときは粒子が区別 できるとして計算しても、数えすぎではないので粒子の番号の付け方の数で 割ってはいけない。つまり、粒子の分布の仕方によって割り方を変えなくては ならないということになる。N 個の場合でもこれをきちんとやれば正しい答え が得られるはずであるが、これはいささか面倒である。 そもそも、区別できない粒子に名前(番号)を付けて計算を始めるからこん な面倒なことになるのであって、始めから名前を付けない方が簡単である。そ のためには、それぞれの1粒子状態にある 粒子数 を並べて全系の状態を記述 するようにすれば、このような煩わしさは生じない。そこで、次節ではこのよ うな表示の仕方(粒子数表示) について少し詳しく述べる。 2.3 粒子数表示 粒子数表示では多粒子系の量子力学的状態は次のように表せる。 ⟩ ⟩ nk1 , nk2 , nk3 , ... ≡ {nkα } 25 (2.16) ここで kα は α 番目の 1 粒子状態の波数、nk は波数 k の 1 粒子状態にいる粒 子数 (占拠数) である。あるいは、波数だけでは区別できない状態もあるので、 波数以外の内部自由度 σ(電子や原子核のスピン、原子内部の電子状態、分子 の回転、振動など)も持つ粒子の場合は ⟩ ⟩ nk1 ,σ1 , nk2 ,σ2 , nk3 ,σ3 , ... ≡ {nkα ,σα } (2.17) のように表す。また、波数と内部自由度をいちいち明記するのが面倒な場合は、 単に状態の番号を添え字にして |n1 , n2 , n3 , ...⟩ ≡ |{nα }⟩ (2.18) と書いてもよい。この場合、nα は α 番目の 1 粒子状態にいる粒子数を表す。今 後は必要に応じてこれらの書き方を混用する。 この状態において、全粒子数 N 、全エネルギー E は N= E= ∑ kσ ∑ nk σ = ∑ α ϵkσ nkσ = nα ∑ (2.19) ϵα nα (2.20) α kσ で与えられる。ϵkσ は波数 k、内部自由度 σ の1粒子状態の1粒子エネルギーで ある。また、ϵα は α 番目の1粒子状態の1粒子エネルギー (= ϵkα σα ) である。 粒子数表示を使う場合、カノニカル分布では全粒子数が一定なので N = ∑ α nα を拘束条件として課さねばならないので計算が面倒である。そこでグラ ンドカノニカル分布を使えば、この拘束条件を外して計算が進められる。ただ し、化学ポテンシャルを導入して、その値を後から決めてやる手間はかかる。 実際の計算に進む前に、nα の取り得る値の範囲を考えておこう。 26 1 1 2 2 1 2 図 2.2: 粒子の入れ替え 2.4 粒子の統計性:フェルミ粒子とボーズ粒子 2.4.1 2粒子波動関数の対称性 2つの同種粒子からなる系の波動関数を考える。座標表示でも運動量表示で もよい。 ψ(r1 , r2 ) : 座標表示 ψ(p1 , p2 ) : 運動量表示 (2.21) 粒子が区別できないなら、2つの粒子を入れ替えても同じ状態を表していなく てはいけない。波動関数は位相が変わっても同じ状態を表すので ψ(r1 , r2 ) = eiθ ψ(r2 , r1 ) : 座標表示 (2.22) ψ(p1 , p2 ) = eiθ ψ(p2 , p1 ) : 運動量表示 (2.23) がなりたっている。さらにもう一度入れ替えると、 ψ(r1 , r2 ) = eiθ ψ(r2 , r1 ) = ei2θ ψ(r1 , r2 ) (2.24) ψ(p1 , p2 ) = eiθ ψ(p2 , p1 ) = ei2θ ψ(p1 , p2 ) (2.25) 従って、ei2θ = 1 なので eiθ = ±1 でなくてはならない。すなわち、場合として 27 (2.26) 1. eiθ = 1:粒子の入れ替えに対して対称 ψ(r1 , r2 ) = ψ(r2 , r1 ) ψ(p1 , p2 ) = ψ(p2 , p1 ) (2.27) 2. eiθ = −1:粒子の入れ替えに対して反対称 ψ(r1 , r2 ) = −ψ(r2 , r1 ) ψ(p1 , p2 ) = −ψ(p2 , p1 ) (2.28) の二通りがある。eiθ = +1 か −1 かは粒子の種類によって決まっていて、対称 の場合をボーズ粒子、反対称の場合をフェルミ粒子と呼ぶ。 特にフェルミ粒子の場合、r 1 = r 2 とおくと、 ψ(r1 , r1 ) = −ψ(r1 , r1 ) (2.29) ψ(r1 , r1 ) = 0 (2.30) なので である。このことは2つの粒子が同じ位置には来れない事を意味している。また ψ(p1 , p1 ) = −ψ(p1 , p1 ) (2.31) ψ(p1 , p1 ) = 0 (2.32) なので である。このことは、2つの粒子が同じ運動量の状態に入れない事を意味して いる。一般に、r や p の代わりに1粒子状態の番号 α で考えても同じである から、フェルミ粒子は2つの粒子が同時に同じ状態には入れないことになる。 これをパウリの排他律と呼ぶ。これに対し、ボーズ粒子はこの様な制限はな く同じ状態にいくつでも入れる。従って、各1粒子状態の粒子数が取り得る値 は、フェルミ粒子に対しては nα = 0, 1 だけであるが、ボーズ粒子に対しては nα = 0, 1, 2, ..., ∞ である。 以下に述べるように、この違いは多粒子系において、低温での統計力学的振 る舞いを決定的に変える。そこでこの違いを粒子の統計性の違いという2 。 2 なお、上に述べたように2個の粒子の場合でも、フェルミ粒子とボーズ粒子の違いは現れる。 従って、極めて多数の粒子の関与をにおわせる統計性という言葉はやや適切さを欠くように思われ る 28 スピンと統計の関係 2.4.2 粒子の統計性は、その粒子の持つスピンの大きさ S で以下のように決まって いる。 • フェルミ粒子: S = 1 3 5 , , , ....(半奇数) 2 2 2 • ボーズ粒子 : S = 0, 1, 2, ....(整数) この関係を導くには相対論的量子力学が必要なので、ここでは立ち入らない。 基本粒子としては3 電子、陽子、中性子、µ 粒子、ニュートリノなどがフェル ミ粒子である。これらはすべてスピン S = 1/2 を持っている。これに対し、光 子 (S = 1)、調和振動子のエネルギー量子 (S = 0)、π 中間子 (S = 0) などは ボーズ粒子の例である。このように、基本粒子としては量子力学的な粒子は種 類が限られているが、実際には、原子・分子やイオン、原子核など、いくつか の粒子が集まってできている少数粒子系も、その結合エネルギーより十分低い 温度では、一個の粒子として取り扱うことができる。これを複合粒子と呼ぶこ とにする。このような複合粒子の統計性はどうなるだろうか。 2つの同種粒子の複合粒子が2個ある状況を考える。粒子 1 と 2 の複合粒子 を A、3 と 4 の複合粒子を B する。ここで、図のように A と B を入れ替える 事を考える。 A 1 2 B 3 B 3 4 2 1と3を 入れ替え 3 1 4 ここで符号が 変わっても 4 2と4を 入れ替え A 1 2 ここでまた 元に戻る 4粒子の波動関数は ψ(r 1 , r 2 ; r 3 , r 4 ) = eiθ ψ(r 3 , r 2 ; r 1 , r 4 ) = e2iθ ψ(r 3 , r 4 ; r 1 , r 2 ) (2.33) のように変化するので、もとの粒子が eiθ = 1(ボーズ粒子) でも eiθ = −1(フェ ルミ粒子) でも e2iθ = 1 となり、複合粒子はボーズ粒子と見なせる。この場合、 3 何が基本粒子かは問題であるが、ここではクオークのレベルまでは立ち入らない 29 もとの粒子のスピンが整数の時も半奇数の時も複合粒子のスピンは整数になる から、スピンと統計の関係もつじつまが合っている。同様に考えると、一般に 異なる粒子を含む場合も • 偶数個のフェルミ粒子と任意の個数のボーズ粒子からなる複合粒子はボー ズ粒子であり、スピンは整数である。 例:4 He 原子(電子2個+中性子2個+陽子2個)、クーパー対(電子 2個) • 奇数個のフェルミ粒子と任意の個数のボーズ粒子からなる複合粒子はフェ ルミ粒子であり、スピンは半奇数である。 例:3 He 原子(電子2個+中性子1個+陽子2個) ことがわかる。 2.5 理想フェルミ気体と理想ボーズ気体 ここまでで、量子理想気体の熱力学的量を計算する準備が整った。まず、粒 子数表示での全粒子数 N と全エネルギー E の表式を N= ∑ nα , (2.34) ϵ α nα (2.35) α E= ∑ α 思い出しておこう。 30 大分配関数 Ξ は次のように求められる。 ∑ Ξ(T, µ) = exp(−β(Ei − µNi )) i=全系のすべての状態 = = = ∑∑∑ n1 n2 n3 n1 n2 n3 ( ( .. exp −β ∑ ϵα nα − µ α ∑∑∑ ∏ exp(−β(ϵα − µ)nα )) .. { ∏ ∑ α α } exp(−β(ϵα − µ)nα ) = ∏ ∑ )) nα α ξα (2.36) α nα ここで ξα は α 番目の1粒子状態の大分配関数であり ξα = ∑ exp(−β(ϵα − µ)nα ) (2.37) nα で与えられる。また jα = −kB T lnξα (2.38) は1粒子状態 α のグランドポテンシャルとみなせる。 ξα の具体的な計算はボーズ粒子の場合とフェルミ粒子の場合で異なる。 1. ボーズ粒子の場合 (a) 大分配関数 まず、(2.37) を計算しよう。ボーズ粒子の場合は nα の和は 0 から ∞ までとる必要がある。従って = ∞ ∑ exp(−β(ϵα − nα =0 ∞ ∑ −β(ϵα −µ) nα ξα = (e nα =0 31 ) µ)nα ) (2.39) これは初項 1、公比 e−β(ϵα −µ) の等比級数なので = 1 1 − exp(−β(ϵα − µ)) (2.40) となる。ここで、収束を保証するためには e−β(ϵα −µ) < 1 でなくては ならない。これは化学ポテンシャルの値に制限を与える。自由粒子 ~2 k2α に対しては ϵα = ≥ 0 なので、任意の kα に対し e−β(ϵα −µ) < 1 2m であるためには、µ < 0 でなくてはならない。すなわち、自由ボー ズ粒子に対する化学ポテンシャルは常に負である。 これを用いると全系の大分配関数は Ξ(T, V, µ) = ∏ ξα = ∏ α α 1 1 − e−β(ϵα −µ) (2.41) と与えられる。 (b) グランドポテンシャル 1粒子状態 α のグランドポテンシャルは jα = −kB T lnξα = kB T ln(1 − e−β(ϵα −µ) ) (2.42) である。従って、全系のグランドポテンシャルは J(T, V, µ) = −kB T lnΞ = −kB T = ∑ jα = kB T α ∑ ∑ lnξα α ln(1 − e−β(ϵα −µ) ) (2.43) α で与えられる。 (c) 状態 α の占拠数の期待値 ∂ ∂jα = − kB T ln(1 − e−β(ϵα −µ) ) ∂µ ∂µ −β(ϵα −µ) e 1 = kB T β = β(ϵ −µ) 1 − e−β(ϵα −µ) e α −1 nα ≡ ⟨nα ⟩ = − 32 (2.44) これをボーズ分布関数という。1粒子エネルギー ϵ の関数として単に 1 n(ϵ) = eβ(ϵ−µ) −1 (2.45) と書いたり、運動量 k の関数として nk = 1 e β(ϵ −µ) k −1 (2.46) と書くこともある。 (d) 全粒子数の期待値 N ≡ ⟨N ⟩ = ∑ nα = α ∑ α 1 exp(β(ϵα − µ)) − 1 (2.47) 通常の状況では、まず粒子数 N が与えられるので、この関係を使っ て µ が定まることになる。 2. フェルミ粒子の場合 (a) 大分配関数 まず、(2.37) を計算しよう。フェルミ粒子の場合は nα の和は 0 と 1 だけについてとればよい。従って ξα = 1 ∑ exp(−β(ϵα − µ)nα ) nα =0 = 1 + exp(−β(ϵα − µ)) (2.48) となる。これを用いると全系の大分配関数は Ξ(T, V, µ) = ∏ α と与えられる。 33 ξα = ∏ (1 + e−β(ϵα −µ) ) α (2.49) (b) グランドポテンシャル 1粒子状態 α のグランドポテンシャルは jα = −kB T lnξα = −kB T ln(1 + e−β(ϵα −µ) ) (2.50) である。従って、全系のグランドポテンシャルは ∑ J(T, V, µ) = −kB T lnΞ = −kB T lnξα = ∑ jα = −kB T α ∑ α ln(1 + e−β(ϵα −µ) ) (2.51) α (c) 状態 α の占拠数の期待値 ∂jα ∂ = kB T ln(1 + e−β(ϵα −µ) ) ∂µ ∂µ e−β(ϵα −µ) 1 = kB T β = β(ϵ −µ) 1 + e−β(ϵα −µ) e α +1 nα ≡ ⟨nα ⟩ = − (2.52) これをフェルミ分布関数という。1粒子エネルギー ϵ の関数として 単に 1 eβ(ϵ−µ) + 1 n(ϵ) = (2.53) と書いたり、運動量 k の関数として nk = 1 e β(ϵ −µ) k −1 (2.54) と書くこともある。自由フェルミ粒子に対する化学ポテンシャルに ついては符号の制限はない。 (d) 全粒子数の期待値 N ≡ ⟨N ⟩ = ∑ nα = α ∑ α 1 exp(β(ϵα − µ)) + 1 (2.55) 通常、粒子数 N が与えられたとき、この関係を使って µ が定まる ことになる。 34 3. 古典極限 この様に、量子力学的には、粒子の統計性によって異なった分布関数が 得られることになるが、古典極限では統計性の違いは問題にならないは ずである。 粒子の自己同一性に関する問題が生じるのは、同じ1粒子状態に2つ以 上の粒子が入るような配置が問題になる場合であった。nα が十分小さけ れば、ほとんどの1粒子状態は空で、まれに1個だけ粒子が入っている だけなので、分配関数の計算において N ! で割ってしまって問題はない。 すなわち、古典極限は希薄極限 nα ≪ 1 と同等である。4 希薄極限の条件は nα = 1 ≪ 1 (+はフェルミ分布、− はボーズ分布) (2.56) eβ(ϵα −µ) ± 1 であるが、これが成り立つためには分母の指数関数の部分が十分大きく なくてはならないので eβ(ϵα −µ) ≫ 1 (2.57) でなくてはならない。このとき、フェルミ粒子、ボーズ粒子の違いによ らず nα ≃ (exp(−β(ϵ ) α − µ)) なので、運動量 p を持つ粒子数の期待値は、 β p2 np ≃ exp − 2m eβµ で与えられる。ここで、全粒子数の期待値が N になるように µ を決める式は N= ∫ = ∑ np = ∑ p exp(− p βp2 βµ )e 2m L3 d3 p βp2 βµ exp(− )e = V 3 (2π~) 2m ( mkB T 2π~2 ) 32 eβµ である。これより e βµ N = V ( 2π~2 mkB T ) 32 (2.58) 4 フェルミ粒子の場合はそもそも2個入れないわけだが、その条件が効いてくるのは、もし許さ れれば2個入ってしまうような密度のときである。 35 なので N np = V ( ) 32 2π~2 mkB T exp(− p2 ) 2mkB T (2.59) が得られる。これは、Maxwell-Boltzmann の分布関数に他ならない。 古典近似の条件 (2.57) は、その時点では未知の化学ポテンシャルを含ん でいたので、ここで求められた表式 (2.59) を用いて、古典極限の成り立 つ具体的な条件を考えてみる。(2.59) が実際に np ≪ 1 を常に満たすた めには、その最大値が 1 より十分小さくてはならないから N np = 0 = V ( 2π~2 mkB T ) 32 ≪1 でなくてはならない。ここで、粒子の平均間隔を a ≡ (2.60) ( V ) 13 N とおくと、 この条件は a ≫ λT (2.61) と書ける。ここで ( λT = 2π~2 mkB T ) 21 (2.62) は熱的ド・ブロイ波長とよばれ、kB T 程度のエネルギーを持つ粒子のド ブロイ波長である。すなわち、粒子間隔が平均的なドブロイ波長より小 さくなると、波動関数の干渉が起き古典的な取り扱いは破綻する。古典 極限は、温度一定で考えれば、希薄極限(a が大きい極限)とみなせる が、密度一定で考えれば高温極限に対応する。温度が上がれば、より多 くの状態に粒子が分布することになるので、一つの一粒子状態にある粒 子数の期待値は小さくなり、nα ≪ 1 が満たされることになる。 2π~2 逆に言うと量子効果の観測できる条件は ≫ kB T であるから、具体 ma2 的には • 軽い粒子 : 例 電子 (固体物理)、He(超流動) 36 • 低温 : 例 レーザー冷却(Na 等の原子の BEC) • 高密度 : 例 中性子星、白色矮星 の条件の下で量子効果が顕著になる。次章、次々章ではボーズ粒子。フェ ルミ粒子それぞれについてこの様な条件下で起きる特徴的な現象を調べ てみよう。 37 第 3 章 ボーズ・アインシュタイン 凝縮 3.1 準備 スピンは持たない理想ボーズ気体を考える。まず、この系の基底状態がどの ようなものか考えてみよう。 基底状態ではすべての粒子が ⟩ ϵk = 0 の1粒子状態に入る。すなわち、基底 状態は nk=0 = N, nk̸=0 = 0 と表せる。最低エネルギー状態の波動関数が系 のすべてを支配し、マクロなスケールで「コヒーレント(位相のそろった)」な 状態が実現している。この様に、マクロな数の粒子が k = 0 の一粒子状態に 入っている状態をボーズ・アインシュタイン凝縮状態と呼ぼう。 次に、高温では µ が有限の負の値である限り、ボーズ分布関数 (2.46) は O(1) なので、k = 0 を含むすべての状態に同程度の割合で分布し、高温極限では 前章で見たとおり古典理想気体に連続的につながる。この間の移り変わりはど のように起きているのだろうか。つまり、ボーズ・アインシュタイン凝縮状態 は絶対零度でしか起きないのか?それとも有限の温度で相転移がおきるのだろ うか? これからの計算に実際に必要になる量は、全粒子数 ∑ 1 N= β(ϵ −µ) k −1 k e (3.1) 内部エネルギー U= ∑ ϵk k e β(ϵ −µ) 38 k −1 (3.2) など ∑ f (ϵk ) の形をした量である。そこで、これらの計算に有用な、波数に k 関する和をエネルギーに関する積分に変換する公式 ∫ ∞ ∑ f (ϵk ) = V D(ϵ)f (ϵ)dϵ 0 k (3.3) をまず証明しておこう。ただし、ここで f (ϵ) は ϵ のなめらかな関数とする。 また、D(ϵ) を単位体積あたりの1粒子状態密度と呼び、 V D(ϵ)dϵ (3.4) が体積 V の系で、エネルギー ϵ ∼ ϵ + dϵ をもつ1粒子状態の数を表す。自由粒 子に対しては √ D(ϵ) = m3 ϵ 2π 4 ~6 (3.5) である。 2π [証明] 周期的境界条件を課すと、k の各成分の許される値は あたり一つ L づつあるので、L → ∞ の極限で ∫ ∞ ∑ d3 k f (ϵk ) = (3.6) ( )3 f (ϵk ) 2π −∞ k L と書ける。k 空間での極座標をとると、ϵk は k の絶対値だけの関数であるこ とに注意するとこれは ∑ ∫ f (ϵk ) = L3 k ∞ 0 4πk 2 dk f (ϵk ) (2π)3 ~2 k 2 であるから、 2m √ √ 2mϵk 1 m k= , dk = dϵ ~ ~ 2ϵk k (3.7) と書き直せる。ここで、ϵk = 39 (3.8) に注意すると、 ∑ ∫ √ 4π 2mϵk 1 m dϵk f (ϵk ) 3 ~2 ~ (2π) 2ϵ 0 k ∫ ∞√ 3 m ϵk 3 =L f (ϵk )dϵk 4 ~6 2π 0 f (ϵk ) = L3 k ∞ (3.9) が得られる。積分変数 ϵk を ϵ に名前を変えて ∑ ∫ ∞ 3 f (ϵk ) = L k √ 0 m3 ϵ f (ϵ)dϵ = V 2π 4 ~6 ∫ ∞ D(ϵ)f (ϵ)dϵ (3.10) 0 が得られた。 3.2 臨界温度 まず、十分高温のときを考えよう。µ < 0 とすると n(ϵ) は ϵ の有界でなめら かな関数なので N= ∑ k ∫ =V ∞ 0 ∑ 1 exp(β(ϵk − µ)) − 1 k ∫ ∞ D(ϵ)dϵ = V n(ϵ)D(ϵ)dϵ eβ(ϵ−µ) − 1 0 n(ϵk ) = (3.11) (3.12) これを満たすように µ(T ) が温度 T の関数として定まるはずである。 この式から、µ の温度依存性がどうなっているか読み取ってみよう。まず、T や µ を独立に変えた時、N がどのように変わるかを見てみよう。図 3.1 を見る と分かるように、µ 一定のまま温度 T を下げると N は減少する。一方、式か ら明らかなように N は µ の増加関数である。 N は実際は一定な訳だから、温度 T が下がったら µ を増加させて、温度の 低下による N の減少を補わなければならない。ところが、1a で示したように µ < 0 なので、µ の上限は 0 である。そこで、µ = 0 とおいた時の粒子数が有 限であれば、粒子数にも上限 Nmax (T ) があることになってしまう。実際には 40 物理的には 意味がない 2 n(ε) µ一定としたときの ボーズ分布関数の温度変化 1 高温 低温 0 µ ε 0 図 3.1: µ を一定としたときのボーズ分布関数の温度による変化 粒子数は決まっているから、これは奇妙だがとりあえず µ = 0 とおいたときの N (= Nmax ) を計算してみる。この時の分布関数は図 3.2 に示すように、ϵ = 0 で発散している。 ∫ ∞ ∫ ∞ D(ϵ)dϵ Nmax (T ) = V n(ϵ)D(ϵ)dϵ = V βϵ − 1 e 0 0 ∫ ∞√ 3 m ϵ dϵ =V 4 6 βϵ 2π ~ e − 1 0 βϵ = x とおいて √ ( )3 ∫ ∞ √ 3 m3 xdx mkB T 2 3 2 =V (kB T ) =V ζ( ) 2π 4 ~6 ex − 1 2π~2 2 0 ただし、ζ(z) は Riemann のツェータ関数(付録を参照) と呼ばれ ζ(z) = ∞ ∑ 1 , (Rez > 1) nz n=1 41 (3.13) ε=0で発散 n(ε) 10 µ=0(T<Tc)でのボーズ分布関数 5 0 0 ε 図 3.2: µ = 0 の時のボーズ分布関数 で定義される。積分表示は 1 ζ(z) = Γ(z) ∫ ∞ 0 tz−1 dt et − 1 であり、これを用いて 3 2 ζ( ) = √ 2 π ∫ ∞ 0 1 x 2 dx ≃ 2.61 ex − 1 (3.14) でが得られる1 。この結果から Nmax (T ) は温度と共に減少することがわかる。 N は決まっているわけだから、温度を下げてゆき、ある温度 Tc 以下で、元々 あった粒子数 N より Nmax (T ) が小さくなってしまったら、ここまでの議論が 破綻し何かがおきることが予想される。このような温度 Tc は ( Nmax (Tc ) = V mkB Tc 2π~2 ) 32 3 ζ( ) = N 2 (3.15) をみたす。こうなる温度 Tc を臨界温度と呼ぶ。 1 最後の数値は数値計算による。従って、この計算のためだけならわざわざツェータ関数を定義 することもないが、今後色々なところで出てくるのでこの機会に勉強しておく価値はある。 42 kB Tc = ( 2π~2 2 mζ( 32 ) 3 N V ) 23 ∼ 2π~2 ma2 (3.16) これはおよそ粒子の熱的ドブロイ波長 (2.62) が、平均粒子間隔程度になる温度 に等しいことが分かる。従って、T < Tc では量子性が重要になる。 3.3 ボーズ・アインシュタイン凝縮状態 T < Tc で起きていることは、絶対零度に近いことがおきているはずである。 T = 0 では最低エネルギー状態 k = 0 にマクロな数 N の粒子がすべて入ってい るのだから、0 < T < Tc では最低エネルギー状態 k = 0 に、すべての粒子では ないにせよマクロな数 N0 個の粒子が入っていると考えられる。N0 ≡ nk=0 を N0 凝縮粒子数と呼ぶ。また、N0 がマクロな数であると言うことは、n0 = lim N →∞ N は熱力学的極限で有限であることを意味している。この n0 を凝縮粒子密度と 呼ぶ。この様な状態を想定すると、 (3.11) の和の中で k = 0 の項は O(N ) で 極端に大きいので、この項を含めて和を積分に直すことは慎重でなくてはなら ない。そこでこの項を特別扱いし N = N0 + N0 = ∑ 1 β(ϵ −µ) k̸=0 e k −1 1 e−βµ (3.17) (3.18) −1 と書くことにする。µ を 0 に近づければ N0 はいくらでも大きくできることに 注意しよう。µ が 0 に近ければ |βµ| ≪ 1 なので (3.18) の指数関数をテーラー 展開して最低次の項を取るだけでも厳密性を失わない。従って 1 −βµ (3.19) 1 1 =− → −0 N0 β n0 N β (3.20) N0 = と書ける。すなわち µ=− 43 となる。すなわち、T < Tc では凝縮粒子密度 n0 (> 0) は有限で化学ポテンシャ ルは O(1/N ) である。 励起状態に入っている粒子数は Ne = ∑ 1 β(ϵ −µ) k k̸=0 e (3.21) −1 で与えられるが、この和の評価においては ϵk は有限なので µ = 0 とおいて、 積分に置き換えてかまわない。するとこの表式は (3.13) の Nmax の表式と同じ になるので、 ( Ne = Nmax (T ) = V mkB T 2π~2 ) 32 3 ζ( ) 2 (3.22) 3 ζ( ) 2 (3.23) T = Tc ではこれが全粒子数 N に等しくなるので ( N = Nmax (Tc ) = V mkB Tc 2π~2 ) 32 である。 (3.22) と (3.23) の比をとると Ne = N ( T Tc ) 32 が得られる。これより、凝縮粒子数は図 3.3 に示すように { ( ) 32 } T N0 = N − Ne = N 1 − Tc (3.24) (3.25) という温度依存性を示すことが分かる。 T < Tc では、励起状態に収容しきれない粒子がマクロな数存在する。このた め、励起状態 (k ̸= 0) に入りきらない分はすべて最低エネルギー状態 (k = 0) に収容される2 。これが有限温度のボーズ・アインシュタイン凝縮状態である。 k = 0 の粒子は系から出し入れしてもエネルギーが変わらない。また、巨視的 な数の粒子が入っている最低エネルギー状態の波動関数をゆっくり平面波的に 2 これが可能であるためには µ が O(N −1 ) になっていなくてはならないわけである。 44 n0 1 0.5 0 0 1 T/Tc 図 3.3: 凝縮粒子数の温度依存性 空間変化させることによって巨視的な流れのある状態を作ることができる。こ ういったことから、ボーズ・アインシュタイン凝縮状態によって超流動状態を 記述することができるように思える。しかし、実際に超流動状態が安定に実現 するには粒子間の相互作用が必要であることが分かっている。 色々な原子についてボーズ・アインシュタイン凝縮の臨界温度を評価してみ よう。 1. 液体 4 He 原子数密度はほぼ 2.2 × 1028 個/m3 である。これより ( Tc = ( N 1 V ζ(3/2) ) 23 h2 2πmkB )2 2.2 × 1028 3 = 2.61 (6.6 × 10−34 )2 × 2π × 4 × 1.67 × 10−27 × 1.38 × 10−23 ≃ 3K (3.26) ただし、核子1個の質量 : 1.67 × 10−27 kg とした。これは 4 He の超流動 転移温度に近い。 2. 87 Rb 気体 45 気体を極端な低温にすることは、レーザー冷却と蒸発冷却と呼ばれる方 法を用いて可能になった。実際に 1995 年にコロラド大学のグループが 87 Rb 原子気体のボーズ凝縮を実現し、2001 年度のノーベル物理学賞を 受けた。いくらボーズ粒子であるとは言っても、この様な原子量の大き い原子がボーズ・アインシュタイン凝縮を起こすのではないかなどと、筆 者の学生時代に教員に質問したら、物理的センスのない質問と一蹴され たのではないかと思われるが、現在では他の様々な原子でも実現し、物 理学の花形の分野の一つとなっている。この実験では原子数密度は 1020 個/m3 程度で密度が低い。このことはこの系が理想気体に近いことを示 している。 ( Tc = 1020 2.61 ) 23 (6.6 × 10−34 )2 2π × 87 × 1.67 × 10−27 × 1.38 × 10−23 ≃ 4 × 10−7 K (3.27) なお、実際の実験状況ではこの系はポテンシャルによって閉じ込められ ているので、体積一定の系ではない。閉じ込めポテンシャルを調和型と すれば、より現実的な計算が可能なので各自試みてみてほしい。 3.4 熱容量 物理的な測定量として、熱容量 C の温度依存性を評価しておこう 1. 臨界温度以下 (T ≤ Tc ) まず内部エネルギー U (T ) を評価しよう。凝縮状態にある粒子のエネル ギーは 0 なので、内部エネルギーに寄与しない。励起状態にある粒子の 寄与を計算するに当たっては、µ = 0 とおいてよいので、 ∫ ∞ ϵD(ϵ)dϵ U (T ) = V eβϵ − 1 0 46 (3.28) と与えられる。これより熱容量は ∫ ∞ ∂U (T ) ∂ ϵD(ϵ)dϵ C(T ) = =V ∂T ∂T 0 eβϵ − 1 ∫ ∫ ∞ 2 βϵ ∂β ∞ ϵ2 eβϵ D(ϵ)dϵ V ϵ e D(ϵ)dϵ =V − βϵ = ∂T 0 (e − 1)2 T2 0 (eβϵ − 1)2 (3.29) と書ける。D(ϵ) の具体的な形を代入して、 ∫ ∞√ 3 V m ϵ ϵ2 eβϵ dϵ C(T ) = kB T 2 0 2π 4 ~6 (eβϵ − 1)2 √ ∫ ∞ 5 x x 2 e dx 1 m3 =V (βϵ = x とおいた) 2 4 6 7 kB T 2π ~ β 0 (ex − 1)2 √ ∫ ∞ 5 x 15 π 5 x 2 e dx = ζ( ) を用い x 2 8 2 0 (e − 1) ( ) 32 mkB T 15 5 = V kB ζ( ) (3.30) 2π~2 4 2 となる。(3.23) を用いると ( C = N kB T Tc ) 32 15 ζ(5/2) ≃ 1.926 4 ζ(3/2) ( T Tc ) 32 N kB (3.31) となるので、熱容量は温度の 3/2 乗に比例することが分かる。 2. 臨界温度以上 (T ≥ Tc ) 内部エネルギー U (T ) は ∫ ∞ U (T ) = V 0 ϵD(ϵ)dϵ −1 eβ(ϵ−µ(T )) (3.32) この温度領域では、化学ポテンシャルが温度と共に変化することに注意 47 しで、U (T ) を温度で微分すると、熱容量は ∫ ∞ ∂ ϵD(ϵ)dϵ C(T ) = V ∂T 0 eβ(ϵ−µ(T )) − 1 ∫ ∞ 1 ϵ(ϵ − µ(T ))eβ(ϵ−µ(T )) D(ϵ)dϵ =V kB T 2 0 (eβ(ϵ−µ(T )) − 1)2 ∫ ∞ β(ϵ−µ(T )) ∂µ(T ) ϵβe D(ϵ)dϵ +V β(ϵ−µ(T )) ∂T (e − 1)2 0 と与えられる。ここで µ(T ) は次式から定まる。 ∫ ∞ D(ϵ)dϵ N =V β(ϵ−µ(T )) − 1 e 0 (3.33) (3.34) この式から一般の温度で µ(T ) を温度の関数として定めなくてはならな い。これには数値計算が必要になるのでここでは極限だけを評価する。 (a) T ≫ Tc この領域では古典極限が成り立つので、計算するまでもなく C → 3 N kB となる。 2 (b) T & Tc ここでは Tc で比熱は連続かどうかに注目して考える。臨界温度に 上側から近づくとき、(3.33) で T → Tc + 0 の極限を取ると、同時 に µ → −0 になることに注意して ∫ ∞ ϵ2 eβϵ D(ϵ)dϵ (eβϵ − 1)2 0 ∫ ∞ ϵβeβϵ D(ϵ)dϵ (eβϵ − 1)2 T →Tc +0 0 1 C=V kB T 2 ∂µ +V ∂T (3.35) ∂µ 粒子数 N は温度によって変化しないことを用いて を評 ∂T T →Tc +0 48 価しよう。(3.34) を T で微分すると、左辺の微分は 0 なので [ ∫ ∂N ∂β ∞ −(ϵ − µ)eβ(ϵ−µ) D(ϵ)dϵ 0= =V ∂T ∂T 0 (eβ(ϵ−µ) − 1)2 ] ∫ ∞ β(ϵ−µ) ∂µ e D(ϵ)dϵ + β ∂T (eβ(ϵ−µ) − 1)2 T →Tc +0 0 T → Tc + 0 でµ自体は 0 に近づくことを思い出すと [ ∫ ∞ βϵ ϵe D(ϵ)dϵ 1 =V kB T 2 0 (eβϵ − 1)2 ] ∫ ∞ βϵ ∂µ e D(ϵ)dϵ β + (3.36) ∂T T →Tc +0 (eβϵ − 1)2 0 ∫ ∞ ここで I1 = 0 (3.36) は ϵeβϵ D(ϵ)dϵ 、 I2 = (eβϵ − 1)2 ∫ ∞ 0 eβϵ D(ϵ)dϵ を定義すると (eβϵ − 1)2 1 ∂µ I2 = 0 I1 + β kB T 2 ∂T T →Tc +0 とまとめられる。従って ∂µ 1 I1 1 I1 =− =− ∂T T →Tc +0 βkB T 2 I2 T I2 (3.37) (3.38) が得られる。ここで、I1 、I2 それぞれの積分の振る舞いを調べてみ よう。 i. I1 1 被積分関数の振る舞いは次のようになる。 (D(ϵ) ∝ ϵ 2 に注意) 3 ϵ→∞ ∝ ϵ 2 exp(−βϵ) 上端では収束 1 3 1 ϵeβϵ D(ϵ) ∝ ϵ2 ∝ ϵ− 2 ϵ → 0 (βϵ)2 (eβϵ − 1)2 ∫ −1 1 ϵ 2 dϵ = 2ϵ 2 なので下端でも 積分は 収束 (3.39) 49 ii. I2 被積分関数の振る舞いは次のようになる。 1 ∝ ϵ 2 exp(−βϵ) ϵ→∞ 上端では収束 1 1 3 eβϵ D(ϵ) ∝ ϵ2 ∝ ϵ− 2 ϵ → 0 (βϵ)2 (eβϵ − 1)2 ∫ −3 1 ϵ 2 dϵ = −2ϵ− 2 なので下端では 積分しても発散 (3.40) このように、I1 は収束し有限の値を与えるが、 I2 は発散すること が分かる。従って、 1 I1 ∂µ = =0 ∂T T →Tc +0 T I2 となる。これより (3.35) の第二項は消えるので、 ∫ ∞ 2 βϵ V ϵ e D(ϵ)dϵ C|T →Tc +0 = kB T 2 0 (eβϵ − 1)2 (3.41) (3.42) が得られる。これは、(3.29) と同じである。従って C|T →Tc +0 = C|T →Tc −0 (3.43) となり、T = Tc で熱容量は連続的に変化することが分かる。実際 に一般の温度で数値的に計算を実行すると図 3.4 のような振る舞い が得られる。 これに対し、実際の 4 He の熱容量は超流動転移点近傍で図 3.5 のよ うに λ の文字を左右逆さにしたような温度依存性を示す。このため、 この転移温度をラムダ点と呼び、Tλ と表すことが多い。理想ボー ズ気体に比べ強い異常があり、低温で急激に小さくなっていること がわかる。この違いは、4 He において粒子間の相互作用が重要にな り、超流動相に入ると急激にエントロピーが減少し秩序が形成され ることを反映している。 50 2 C/NkB 1 0 0 1 2 T/Tc 3 図 3.4: 理想ボーズ気体の熱容量の温度依存性 図 3.5: 4 He の熱容量の温度依存性 51 第 4 章 縮退フェルミ気体 4.1 フェルミ分布関数の特徴 まず、低温におけるフェルミ分布関数の大まかな振る舞いを見てみよう。要 所要所の極限としては、 →0 1 n(ϵ) = β(ϵ−µ) = →1 e +1 = 1/2 ϵ−µ→∞ ϵ − µ → −∞ ϵ=µ (4.1) を押さえておこう。特に、十分低いエネルギーの状態の占拠数はボーズ分布の ように大きくはならず、1 に近づくことに注意しよう。ちょうど ϵ = µ のとこ ろで 0.5 になり、β(ϵ − µ) だけの関数なので、温度が上がって β が小さくなる と ϵ の関数としてみた時の変化が緩やかになる。この様子を図 4.1 に表す。 n(ε) 1 フェルミ分布関数 低温 高温 高温 低温 0 µ 図 4.1: フェルミ分布関数 52 ε n(ε) T=0での フェルミ分布関数 1 0 µ=εF ε 図 4.2: 絶対零度でのフェルミ分布関数 4.2 絶対零度 T = 0 での性質 まず、一番簡単な絶対零度 β → ∞ の状態から始めよう。このときは図 4.2 に示すように ϵ>µ n(ϵ) = 0 空 ϵ<µ n(ϵ) = 1 ぎっしり詰まっている (4.2) となる。それぞれの状態には1個の粒子しか入れないので、1つ1つの状態に エネルギーの低い方から順に1個づつ粒子を詰めていった状態が基底状態にな る。絶対零度でも高いエネルギーの1粒子状態まで粒子が詰まってしまうこと に注意しよう。この状態をフェルミの海 (Fermi sea) と呼ぶ。また、絶対零度 での化学ポテンシャル µ(T = 0) をフェルミエネルギー ϵF と呼ぶ。基底状態で は、ϵk = 0 の状態から ϵk = ϵF の状態まで粒子が詰まっていることになる。こ のエネルギー ϵF に対応する温度 TF ≡ ϵF /kB をフェルミ温度と呼ぶ。運動量 空間(または波数空間) で見ると、ϵk = ϵF で表されるフェルミの海の表面は 一つの面(球面)になる。これをフェルミ面と呼ぶ1 。また、対応する運動量 √ pF pF = 2mϵF をフェルミ運動量、対応する速度 vF = をフェルミ速度、対 m pF 応する波数 kF = をフェルミ波数と呼ぶ。運動量空間(または波数空間) で ~ 見ると、図 4.3 のように、フェルミの海は |p| < pF (|k| < kF ) の球の内部を表 すことになるので、これをフェルミ球と呼ぶ。 1 ここでは自由粒子を扱っているので球面になるが、一般に固体中の電子を考える時は結晶構造 を反映してフェルミ面は球面とは限らない。 53 運動量(波数)空間 kz フェルミ面 (フェルミ球の表面) フェルミ球 (粒子が詰ま っている領域) kF ky kx 図 4.3: フェルミ球 また、実際の運動量空間は3次元であるが、運動量を1次元的に表して、エ ネルギーと運動量の関係(分散関係)を表す図の中に、どこまで粒子が詰まっ ているかを図 4.4 のように書き表すとイメージがとらえやすいことがある。 縮退フェルミ気体として近似できる系の典型的な例としては、固体中の自由 電子、高密度星 (中性子星中の中性子、白色矮星中の電子)、液体 3 He などが ある。もちろん実際の系では粒子間の相互作用が重要になって興味深い現象が 多々現れるわけだが、そのような場合を考察する出発点としても自由フェルミ 粒子を理解することが重要である。 これらの重要な例の多くはスピン 1/2 をもつので、以下ではスピン 1/2 の場 合に話を限っていくつかの基本的な物理量を求めてみよう。この場合、各粒子 のスピンの z 成分 S z は+1/2 または-1/2 の二つの値を取り得る。 1. 粒子数とフェルミエネルギー 54 ε(k) εF フェルミの海 (Fermi sea) kF k 図 4.4: 自由フェルミ粒子の分散関係と絶対零度でのフェルミ分布 全粒子数は次のように書ける。 N =2× ∑ ∑ n(ϵk ) = 2 × ϵ <ϵF k ∫ =2×V k ϵF 1 · D(ϵ)dϵ 1+2× ∑ 0 ϵ >ϵF k (4.3) 0 ここで D(ϵ) はスピンの z 成分 S z を+1/2 または-1/2 に固定した場合の 単位体積あたりの1粒子状態密度であり、スピンのないボーズ粒子につ いて求めた (3.5) と同じである。これを、スピンあたり・単位体積あたり の状態密度と呼ぶ。実際には、同じ運動量でもスピンが異なれば違う状 態なので、同じ運動量の状態には S z の異なる2つの粒子が入れる。この ため、全体に2がかかっている。 55 従って、(4.3) は次のように計算できる。 ∫ N = 2V 4 = V 3 ∫ ϵF ϵF √ D(ϵ)dϵ = 2V 0 √ 0 m3 ϵ dϵ 2π 4 ~6 m3 ϵ3F 2π 4 ~6 (4.4) これより、フェルミエネルギー ϵF は ( ϵF = 3N 4V ) 23 1 (2π 4 ~6 ) 3 ~2 = m 2m ( 3π 2 N V ) 23 (4.5) フェルミ温度 TF は TF = ϵF kB (4.6) となる。フェルミ温度はほぼ熱的ドブロイ波長 (2.62) が粒子間の平均間 隔程度になる温度であることに注意しよう。ボーズ粒子系ではこの温度 でボーズ・アインシュタイン凝縮という相転移が起きたわけだが、フェ ルミ粒子系では相転移は起きない。しかし、この温度より十分低い温度 では古典粒子系とは全く異なる量子系特有の現象を示す。T ≪ TF での フェルミ気体を縮退フェルミ気体と呼び、この様な低温のフェルミ気体 は「フェルミ縮退している」という。 フェルミ波数、フェルミ運動量は ϵF = ~2 kF2 p2 = F 2m 2m (4.7) より pF kF = = ~ ( 3π 2 N V ) 13 (4.8) で与えられる。これはほぼ粒子の平均間隔の逆数に対応することに注意 しよう。 56 なお、スピンあたり・単位体積あたり積分状態密度を以下の式で定義し ておくと I(ϵ) = ∫ ϵ 1 ∑ 1= D(ϵ)dϵ V ϵ <ϵ 0 k (4.9) (4.4) は 2V I(ϵF ) = N (4.10) と書ける。 また、(4.8) を簡便に導くには、次のような計算の仕方もある。波数空間 ( )3 2π で半径 kF のフェルミ球の中に あたり2個(スピンが2通りある L ことに注意)の粒子が詰まることになるので、粒子数は ( 3) N =2× 4πkF 3 ( 2π )3 L =V kF3 3π 2 (4.11) である。これを kF について解くと (4.8) が得られる2 。 アルカリ金属中の自由電子の ϵF をおおざっぱに評価すると 1eV 程度に なり、TF は 104 K 程度である。 (この評価は高校物理程度で常識的に知っ ている数値から可能である。各自試みてみよ。) このことから、室温程度では金属中の自由電子はフェルミ縮退した理想 > TF の高温では金属は熔けてしまうので、実 フェルミ気体とみなせる。T ∼ 際上金属電子については古典的な領域はあまり意味がない。 2. 内部エネルギー 絶対零度での内部エネルギーはこの系の基底状態のエネルギーである。 これを U0 と書くと、これはフェルミ球の中にある電子のエネルギーの和 2 ただし、この方法は、分散関係に異方性のある場合には使えない。 57 なので、次式で与えられる。 U0 = 2 ∑ k ∫ = 2V ∑ ϵk n(ϵk ) = 2 √ ϵ <ϵF k ∫ ϵk = 2V ϵF ϵ · D(ϵ)dϵ 0 √ m3 52 4 ϵ dϵ = V ϵ 4 6 2π ~ 5 2π 4 ~6 F 0 ( )2 4 5 N π 3 3 3 ~2 N 3 3 = = N ϵF 10m V 5 ϵF m3 ϵ (4.12) これは粒子数を一定にして体積を圧縮すると増大するので、理想フェル ミ気体は絶対零度でも有限の圧力がある3 。これを縮退圧という。それを 評価してみよう。 3. 圧力 p=− ∂U0 ∂V ( )2 4 5 ∂ N π 3 3 3 ~2 N 3 ∂V 10m V 5 ( ) 4 5 2U 2 π 3 3 3 ~2 N 3 = = 3 10m V 3V =− (4.13) つまり、T = 0 でのフェルミ気体の圧力は単位体積あたりのエネルギー の 2 3 である。 縮退圧が重要になる例として、高密度星がある。一般に重力だけを考え ると星はつぶれてしまうので、重力に抗してつぶれないためにはなんら かの支える力が必要である。恒星は光の輻射圧や気体圧によって支えら れている。これに対し、白色矮星では電子の縮退圧、中性子星では中性 子の縮退圧によって支えられていると考えられている4 。 中性子星を一様な中性子の縮退フェルミ気体とみなす描像に基づき、中 性子星の安定性についておおざっぱな評価をしてみよう。中性子星のエ 3 ボーズ粒子や古典粒子では T = 0 では U = 0 なので絶対零度では圧力は 0 である。 4 これはおおざっぱな話であって、これらの高密度星(特に中性子星)は実際にはさらに複雑な 構造を持っていることが分かっている。 58 ネルギーは中性子の中性子の縮退フェルミ気体としての基底エネルギー EF と重力エネルギー EG の和として与えられるとしよう。EF は上で計 算した U0 であるから O(1) の係数を除き、 ( )2 ( )2 N ~2 N 3 M ~2 M 3 EF ∼ = m V m2 mV 5 ∼ M 3 ~2 (4.14) 8 m 3 R2 で与えられる。ここで、中性子星の半径を R とし、m は中性子の質量、 N は中性子の数である。 EG は O(1) の係数を除き、 (N m)2 M2 = −G (4.15) R R と評価できる。ここで、M は中性子星の質量 (= N m)、G は万有引力定 EG ∼ −G 数である。これより、中性子星の全エネルギー E は E = EG + EF で与 えられる。実際の中性子星の半径はこれを最小にするように決まってい ると考えられるので、 5 ∂E 2M 3 ~2 M2 =− 8 +G 2 =0 ∂R R m 3 R3 (4.16) を満たさなくてはならない。従って 1 RM 3 ∼ ~2 1 ∼ 1014 m · kg 3 (4.17) m G が得られる。右辺は自然定数だけで決まっていることに注意しよう。特に、 8 3 太陽質量 M ∼ 2 × 1030 kg 程度の中性子星については R ∼ 104 m ∼ 10km となり、密度は ρ ∼ 1018 kg · m−3 = 109 ton · cm−3 と極めて高密度の状 態が実現していることが分かる。 フェルミエネルギー、フェルミ温度は ( )2 ~2 3π 2 N 3 ϵF = ∼ 10−11 J = 108 eV 2m V ϵF TF = ∼ 1012 K kB 59 (4.18) で与えられる。観測によると中性子星の表面温度は 106 K 程度であり、 フェルミ温度に比べて極めて低い。従って、縮退フェルミ気体と見なし た評価はつじつまが合っている。 4.3 パウリ常磁性 フェルミ粒子はスピンを持っているので、一般に磁気モーメントを持ってい る。ここでは特に金属中の自由電子を想定し、スピンによる帯磁率を計算して みよう。電子スピンの磁気モーメントはスピンに比例し µ = −gµB S で与えら e~ れる。ここで µB はボーア磁子と呼ばれ、µB ≡ ≃ 9.27 × 10−24 J/T で与 2m えられる。g はほぼ 2 であるがわずかに 2 より大きい (≃ 2.002319)。この違い を異常磁気モーメントという5 。電磁気学で学んだように、磁場 H 中では磁気 モーメントはエネルギー HZ = −µ · H = gµB S · H を持つ。これをゼーマン エネルギーと呼ぶ。 1 粒子エネルギー ϵσ (k) (σ =↑, ↓) は図 4.5 に示すように、磁場によって 1 gµB H ) : ϵ↑ (k) = ϵ(k) + 2 2 1 gµB H ↓ スピンの電子 (Sz = − ) : ϵ↓ (k) = ϵ(k) − 2 2 ↑ スピンの電子 (Sz = (4.19) (4.20) のように、磁場に比例して変化する。↑ スピンの電子と ↓ スピンの電子で ϵF (フェルミの海の海面)は共通であるが、フェルミの海の底の位置が変わって いるため ↑ スピンの電子と ↓ スピンの電子の数が異なることに注意しよう。図 4.5 に示すように、T = 0 で粒子が詰まっている領域はそれぞれ µB H gµB H < ϵ↑ (k) = ϵ(k) + < ϵF 2 2 µB H gµB H ↓ スピンの電子 : < ϵ↓ (k) = ϵ(k) − < ϵF 2 2 ↑ スピンの電子 : − (4.21) (4.22) 5 固体中の電子での有効値は、軌道運動との相互作用によりさらに大きく 2 からずれることが 多い 60 ε (k) ε (k) εF ε ε F gµBH/2 F k gµBH/2 図 4.5: 磁場中の ↑ スピンと ↓ スピンの電子のつまり方 で与えられる。ϵ(k) についての条件に直すとそれぞれ gµB H ≡ ϵF↑ 2 gµB H ↓ スピンの電子 : 0 < ϵ(k) < ϵF + ≡ ϵF↓ 2 ↑ スピンの電子 : 0 < ϵ(k) < ϵF − (4.23) (4.24) で与えられる。従って、↑ スピンの電子、↓ スピンの電子それぞれの数 N↑ 、N↓ は ∫ ϵF −gµB H/2 N↑ = V D(ϵ)dϵ, ∫ (4.25) 0 ϵF +gµB H/2 N↓ = V D(ϵ)dϵ 0 で与えられる。6 これより、全粒子数 N を求め、それからフェルミエネルギー ϵF を求めよう。 ただし、ゼーマンエネルギー gµB H は ϵF に比べ十分小さいものとし、O(H 1 ) 6 D(ϵ) は ϵ↑ (k) や ϵ↓ (k) でなく ϵ(k) を用いて計算した状態密度であることに注意 61 まで求めることにする。 ∫ ∫ ϵF −gµB H/2 N =V ϵF +gµB H/2 D(ϵ)dϵ + V ∫ 0 ∫ ϵF =V D(ϵ)dϵ + V 0 ∫ ϵF D(ϵ)dϵ ϵF ∫ ϵF +gµB H/2 D(ϵ)dϵ + V +V D(ϵ)dϵ 0 ϵF −gµB H/2 0 D(ϵ)dϵ ϵF 第2項、第4項では積分は ϵ ≃ ϵF に限られるので、D(ϵ) を D(ϵF ) で置き換え てかまわない事に注意すると ∫ ϵF = 2V D(ϵ)dϵ 0 ∫ ∫ ϵF −gµB H/2 ϵF +gµB H/2 + V D(ϵF ) dϵ + V D(ϵF ) dϵ ϵ ϵF ∫ ϵF F = 2V D(ϵ)dϵ + V D(ϵF )(−gµB H/2 + gµB H/2) ∫0 ϵF = 2V D(ϵ)dϵ (4.26) 0 この表式は磁場のない時と同じなので ϵF は磁場 H について O(H 1 ) では変化 しないことが分かる。 62 次に磁化 M を求める。やはり、H について O(H 1 ) まで求めることにすると、 gµB gµB gµB N↑ + N↓ = − (N↑ − N↓ ) 2 2 (∫ 2 ) ∫ ϵF +gµB H/2 ϵF −gµB H/2 gµB = −V D(ϵ)dϵ − D(ϵ)dϵ 2 0 0 ∫ gµB ϵF −gµB H/2 = −V D(ϵ)dϵ 2 ϵF +gµB H/2 M =− ϵ ≃ ϵF では、D(ϵ) を D(ϵF ) で置き換えてかまわないので ∫ ϵF −gµB H/2 gµB = −V D(ϵF ) dϵ 2 ϵF +gµB H/2 =V gµB (gµB )2 D(ϵF )gµB H = V D(ϵF )H 2 2 (4.27) となる。これより帯磁率 χ を求めると (gµB )2 M =V D(ϵF ) H→0 H 2 χ = lim (4.28) 金属の帯磁率に対するこのようなスピンからの寄与をパウリ帯磁率と呼ぶ。わ ずかな磁場ではフェルミ面近傍しか変化しないため、帯磁率はフェルミ面での 状態密度だけで定まることに注意しよう。 系全体のフェルミ面での状態密度 V D(ϵF ) がどのような量で決まるか確認し ておこう。(3.5) に ϵ = ϵF を代入すると、 √ m3 ϵF V D(ϵF ) = V 2π 4 ~6 N k3 ~2 kF2 = F2 , ϵF = を用いると V 3π 2m 3m =N 2 2 2kF ~ (4.29) kF は平均粒子間隔の逆数で決まるので、金属中の電子では物質によって大差 はない。一方、金属中の電子は相互作用の結果大きな有効質量を持つことがあ る。つまり、フェルミ面での状態密度は電子の有効質量を反映しているといえ 63 ~2 kF2 を使うと 2m る。また、ここで ϵF = V D(ϵF ) = N 1 ϵF すなわち 1 粒子あたり 3 4ϵF (4.30) 程度とみなせる。おおざっぱに、ϵ = 0 から ϵF まで の間に一様に状態が存在するとして評価しても O(1) の定数を除き正しい値が 得られることになる。7 低温比熱 (T ≪ TF ) 4.4 フェルミ気体のもう一つの重要な特徴は熱容量の振る舞いに現れる。金属電 子については、通常の温度では常に T ≪ TF ではあるが、熱容量を計算するた めには有限温度の取り扱いが必要である。 有限温度では、粒子の分布はフェルミ分布関数 n(ϵ) = 1 eβ(ϵ−µ) + 1 (4.31) に従う。n(ϵ) の ϵ 依存性は図 4.1 のようになっていることを思いだそう。す なわち、T = 0 では ϵ ≃ µ で 1 から 0 に飛ぶ階段関数だが、有限温度では、 kB T (≪ µ ≃ ϵF ) 程度の幅にわたって連続的に 1 から 0 へ移り変わる。まず、低 温での物理量を計算するのによく使われる公式 (Sommerfeld 展開) ∫ ∞ ∫ f (ϵ)n(ϵ)dϵ ≃ 0 µ f (ϵ)dϵ + 0 π2 (kB T )2 f ′ (ϵF ) (0 ≤ kB T ≪ µ) 6 (4.32) を証明しておこう8 。 証明: 7 ボーズ粒子の場合は ϵ = 0 近傍という特別な点での状態密度が重要になるので、こういう評 価の仕方は役に立たない。 8 この展開は一般に T 2n の項のみ含み、一般項も知られているが、ここでは後で使う T 2 まで の展開を証明しておく。 64 − dn(ε) dε kB T ε µ 図 4.6: 関数 − まず、 ∫ dn(ϵ) dϵ ϵ I(ϵ) ≡ f (ϵ)dϵ (4.33) 0 を定義しておくと、部分積分により ∫ ∞ ∫ ∞ f (ϵ)n(ϵ)dϵ = I(ϵ)n(ϵ)|0 − 0 ∞ I(ϵ) 0 dn(ϵ) dϵ dϵ (4.34) ∞ が成り立つ。ここで I(0) = 0, n(∞) = 0 より、 I(ϵ)n(ϵ)|0 = 0 なので、右辺の 第1項は消える。さらに、 β dn(ϵ) βeβ(ϵ−µ) ( ) =− = − β(ϵ−µ) 2 β(ϵ−µ) dϵ (e + 1)2 4cosh (4.35) 2 dn(ϵ) は図 4.6 に示すよう dϵ に ϵ ≃ µ に kB T (≪ µ) 位の幅をもつ δ 関数のような関数であることがわかる。 である。従って、関数 coshx の性質を思い出すと、− もちろん、T = 0 では真のデルタ関数になる。従って (4.34) の第2項で、これ と積を作って積分される I(ϵ) は ϵ ≃ µ の領域しか重要でない。そこで、ϵ ≃ µ として I(ϵ) ≃ I(µ) + I ′ (µ)(ϵ − µ) + 65 I ′′ (µ) (ϵ − µ)2 + ... 2 (4.36) とテーラー展開することができる。また、|ϵ − µ| ∫が kB T に比べて十分大きい ∫ ∞ ∞ 領域は積分にどうせ寄与しないので、積分区間は の代わりに に広げ 0 −∞ てしまってかまわない。従って ∫ ∞ ∫ ∞ dn(ϵ) f (ϵ)n(ϵ)dϵ = − I(ϵ) dϵ dϵ 0 0 ) ∫ ∞( dn(ϵ) I ′′ (µ) (ϵ − µ)2 dϵ ≃− I(µ) + I ′ (µ)(ϵ − µ) + 2 dϵ −∞ { ∫ ∞ ∫ ∞ dn(ϵ) dn(ϵ) dϵ + I ′ (µ) (ϵ − µ) dϵ = − I(µ) dϵ dϵ −∞ −∞ } ∫ I ′′ (µ) ∞ dn(ϵ) + (ϵ − µ)2 dϵ 2 dϵ −∞ { } I ′′ (µ) ′ = − I(µ)A0 + I (µ)A1 + A2 2 (4.37) が得られる。ここで ∫ ∞ dn(ϵ) dϵ dϵ dn(ϵ) dϵ A1 = (ϵ − µ) dϵ −∞ ∫ ∞ dn(ϵ) A2 = dϵ (ϵ − µ)2 dϵ −∞ A0 = (4.38) −∞ ∫ ∞ (4.39) (4.40) とおいた。それぞれの積分は次のように計算できる。まず、A0 については ∫ ∞ dn(ϵ) A0 = dϵ = n(∞) − n(−∞) = 0 − 1 = −1 (4.41) −∞ dϵ と計算できる。A1 については、 ると ∫ A1 = dn(ϵ) が ϵ − µ の偶関数であることに注意す dϵ ∞ −∞ (ϵ − µ) 66 dn(ϵ) dϵ = 0 dϵ (4.42) であることが分かる。最後に A2 については ∫ ∞ ∫ ∞ dn(ϵ) β(ϵ − µ)2 eβ(ϵ−µ) A2 = (ϵ − µ)2 dϵ = − dϵ β(ϵ−µ) + 1)2 dϵ −∞ −∞ (e ∫ ∞ β(ϵ − µ)2 eβ(ϵ−µ) = −2 dϵ (eβ(ϵ−µ) + 1)2 µ β(ϵ − µ) = x とおくと ∫ ∞ ( )2 βex x x d = −2 x 2 β (e + 1) β 0 ∫ ∞ x2 ex = −2(kB T )2 dx (ex + 1)2 0 π 2 (kB T )2 π2 = −2(kB T )2 ζ(2) = −2 (kB T )2 = − 6 3 が得られる9 。従って (4.43) ( ) I ′′ (µ) f (ϵ)n(ϵ)dϵ ≃ − I(µ)A0 + I ′ (µ)A1 + A2 2 0 ′′ 2 2 I (µ) π (kB T ) = I(µ) + 2 3 ∫ µ π 2 (kB T )2 = f (ϵ)dϵ + f ′ (µ) 6 0 ∫ µ 2 2 π (k BT ) ≃ f (ϵ)dϵ + f ′ (ϵF ) (4.44) 6 0 ∫ ∞ が得られ、(4.32) が示された。 1. 化学ポテンシャル まず、化学ポテンシャルを決めるために、粒子数 N の表式を利用して µ と温度の関数として定めよう。N は温度が変わっても変わらないので、 有限温度で計算した粒子数 ∫ ∞ ∑ N =2 n(ϵk ) = 2V D(ϵ)n(ϵ)dϵ 0 k (4.45) 9 ζ(z) はリーマンのツェータ関数。ここで用いた積分表示及び z = 2 での値の求め方は付録参 照。 67 と、絶対零度で計算した粒子数 ∫ ϵF N = 2V D(ϵ)dϵ (4.46) 0 は等しくなくてはならない。従って、次の関係が成り立つ。 ∫ ϵF ∫ ∞ D(ϵ)dϵ = D(ϵ)n(ϵ)dϵ 0 (4.47) 0 右辺は、(4.32) で f (ϵ) = D(ϵ) とおくと、次のように展開できる。 ∫ ∫ ∞ D(ϵ)n(ϵ)dϵ = 0 µ D(ϵ)dϵ + D′ (ϵF ) 0 π 2 (kB T )2 6 (4.48) 従って ∫ ϵF D(ϵ)dϵ = D′ (ϵF ) µ π 2 (kB T )2 6 (4.49) が得られる。十分低温では µ は ϵF とさほど変わらないはずだから、積分 区間 [µ, ϵF ] では ϵ ≃ ϵF である。従って、左辺の積分内では D(ϵ) ≃ D(ϵF ) とおいてよいから、 (ϵF − µ)D(ϵF ) = D′ (ϵF ) π 2 (kB T )2 6 (4.50) となり、 µ = ϵF − π 2 (kB T )2 D′ (ϵF ) 6 D(ϵF ) (4.51) が得られる。 2. 内部エネルギー 内部エネルギー U (T ) は (2.20) の期待値なので以下のように与えられる。 ∫ ∞ ∑ U (T ) = 2 ϵk n(ϵk ) = 2V ϵD(ϵ)n(ϵ)dϵ (4.52) 0 k 68 (4.32) において f (ϵ) = ϵD(ϵ) とおくと {∫ } µ ∂ (ϵD(ϵ)) π 2 (kB T )2 = 2V ϵD(ϵ)dϵ + ∂ϵ 6 0 ϵ=ϵF {∫ µ ∫ ϵF = 2V ϵD(ϵ)dϵ + 2V ϵD(ϵ)dϵ 0 ϵF } π 2 (kB T )2 + (ϵF D′ (ϵF ) + D(ϵF )) (4.53) 6 ∫ ϵF が得られる。第1項 2V ϵD(ϵ)dϵ は基底状態のエネルギー U0 である。 0 ∫ µ 第2項の積分 ϵD(ϵ)dϵ の中では ϵ ≃ ϵF なので ϵD(ϵ) ≃ ϵF D(ϵF ) とし ϵF てよいので、 U (T ) = U0 + 2V { } π 2 (kB T )2 (µ − ϵF )ϵF D(ϵF ) + (ϵF D′ (ϵF ) + D(ϵF )) 6 (4.54) が得られる。これに (4.51) の µ の表式を代入すると { } π 2 (kB T )2 π 2 (kB T )2 U (T ) = U0 + 2V − ϵF D′ (ϵF ) + (ϵF D′ (ϵF ) + D(ϵF )) 6 6 = U0 + V π 2 (kB T )2 D(ϵF ) 3 (4.55) が得られる。 3. 熱容量 熱容量は内部エネルギーの温度での微分から得られる C= 2 ∂U 2π 2 kB = V D(ϵF ) · T ≡ γT ∂T 3 (4.56) この結果から T ≪ TF での理想フェルミ気体の熱容量は図 4.7 にあるよ うに温度 T に比例することが分かる。比例係数 γ は次式で与えられ、パ 69 C 傾きγ ∝フェルミ面での 状態密度 ∝有効質量 T 図 4.7: フェルミ気体の熱容量 ウリ帯磁率と同様フェルミ面での状態密度を直接反映している。 γ= 2 2π 2 kB V D(ϵF ) 3 (4.57) 典型的なアルカリ金属 1 モルあたりの値がどの程度になるか評価してみ よう。状態密度に対する (4.30) と、以前に評価した TF ∼ 104 K を用いる と、O(1) の定数を除き 2 V D(ϵF ) ∼ kB γ ∼ kB N kB R ∼ ϵF TF 8.3J/K mol 2 ∼ 10−3 J/K mol 104 K 2 = 1mJ/K mol ∼ (4.58) と評価できる。この程度が標準的な値であるが、物質によってはこの 1000 倍くらいの値になる金属がある。このような物質では電子間の相互作用 のため、電子の有効質量が 1000 倍になっていると考えられる。このよう な物質は「重い電子系」と呼ばれ、近年広く研究されている。 帯磁率と熱容量の係数 γ の比を求めてみよう。 2 kB T V (gµ2B ) D(ϵF ) kB T χ 3 = = 2 k2 T 2 2π (gµB ) (C/kB ) 4π 2 (gµB )2 V 3kBB D(ϵF ) 70 (4.59) kBT n(ε) 1 0 εF ε 図 4.8: フェルミ粒子の熱容量の物理的な説明。 これをウイルソン比と呼ぶ。この値は単なる無次元の定数であり、理想 フェルミ粒子と見なせる限り、質量など粒子の物理的性質によらない普 遍的な値になる。逆に言えば実際の物質で、この値からのずれがあれば、 理想フェルミ気体からのずれの目安と考えることができる。 低温で熱容量が温度に比例することはおおざっぱには次のように理解す ることができる。温度 T で励起されている粒子数 ∆N はフェルミ面から ±kB T 程度の範囲のエネルギーを持つ粒子なのでおよそ ∆N ∼ V D(ϵF ) · 71 kB T と評価できる。また、これらの粒子は基底状態に比べ1個あたり ∆E ∼ kB T のエネルギーを得ることになる。この様子を模式的に示した のが図 4.8 である。従って、温度 T でのエネルギーの期待値を U (T ) = U0 + ∆U (T ) と書くと、∆U (T ) はほぼ ∆N × ∆E ∼ V D(ϵF ) · (kB T )2 で 与えられるので、熱容量 C は C= ∂U (T ) 2 ∼ V D(ϵF ) · kB T ∂T (4.60) と評価できる。 これらの結果をこれまでに学んだより単純な系と比較してみよう。 (a) 古典理想気体の熱容量との比較 ここでは、区別のためフェルミ気体の熱容量を CFermi 、古典理想気 体の熱容量を Ccl と書く。 2 CFermi ∼ V D(ϵF ) · kB T ∼ 2 N kB T kB T ∼ Ccl ϵF ϵF (4.61) V D(ϵF ) 1 ∼ なので、 kϵBFT は全部の粒子 N ϵF の内、温度 T で熱的に励起されて「生き返って」いる粒子の割合と みなせる。古典理想気体ではすべての粒子が熱容量に寄与するが、 1粒子あたりの状態密度 フェルミ気体ではこれらの生き返っている粒子だけが熱容量に寄与 する。 (b) 局在常磁性体の帯磁率 (Curie 則 χ ∼ 1/T ) との比較 ここでは、区別のためフェルミ気体の帯磁率を χFermi 、局在常磁性 体の帯磁率を χCurie と書く。 N (gµB )2 ϵF kB T N (gµB )2 kB T ∼ χCurie ∼ kB T ϵF ϵF χPauli ∼ V D(ϵF )(gµB )2 ∼ (4.62) (4.63) 局在常磁性体では、すべての格子点にスピンがあり、それらすべて が帯磁率に寄与するが、フェルミ気体では、全体の kB T ϵF の「生き返っ て」いる粒子の持つスピンだけが帯磁率に寄与することがわかる。 72 k k 図 4.9: 理想フェルミ気体の様々な低エネルギー励起 このように、縮退フェルミ気体の振る舞いはフェルミ面近傍の状態だけ ですべて決まっている。 4.5 フェルミ気体の不安定性 自由フェルミ気体のフェルミ面付近には多数の低エネルギー励起状態があ る。具体的には基底状態から ∆ϵ のエネルギー幅の間にある励起状態の数は V D(ϵF )∆ϵ で与えられる。また、これらの励起は、図 4.9 に示すように、電荷 やスピンに加え、∆ϵ → 0 の極限でも 0 ≤ |k| ≤ 2kF の範囲の様々な運動量を 持っている。これに対し、ボーズ粒子の場合、基底状態から ∆ϵ のエネルギー 幅の励起状態の数は ∫ ∫ ∆ϵ ∆ϵ V D(ϵ)dϵ ∝ 0 √ 3 ϵdϵ ∝ (∆ϵ) 2 (4.64) 0 であり、 ∆ϵ √ を 0 に近づけると急激に 0 に減少する。また、その運動量も k = √ 2mϵ 2m∆ϵ < と 0 に近いのもしかない。 ~ ~ さらに、現実のフェルミ粒子系では、様々な相互作用がある。例えば、金属 中の電子の場合 • 電子間クーロン相互作用 • 不純物との相互作用 73 • 電子格子相互作用 • 電子格子相互作用を媒介とした電子間相互作用 (BCS 相互作用) • 電子間クーロン相互作用と量子効果による磁気的相互作用 などがある。これらの効果を摂動論的に考えてみよう。 ハミルトニアンを H = H0 + λH1 (4.65) と書こう。ここで、H0 は自由フェルミ気体のハミルトニアンであり、λH1 (λ ≪ 1) は摂動ハミルトニアンとする。λ について、1次の摂動論の範囲で、H の基 底状態 |G⟩ は |G⟩ = |G0 ⟩ + λ ∑ ⟨α| H1 |G0 ⟩ 0 − E 0 |α⟩ EG α (4.66) α̸=G 0 と書ける。ここで |G0 ⟩ は H0 の基底状態すなわちフェルミの海であり EG は H0 の基底状態のエネルギー (4.12) である。また Eα0 は H0 の励起状態 |α⟩ のエ ネルギーである。自由フェルミ気体のフェルミ面付近には多数の低エネルギー 励起状態があるということは、第2項の分母が大きい項がたくさんあるという ことなので、弱くても摂動項は重要な役割を果たす。つまり、低温で様々な異 なった状態に相転移やクロスオーバーを起こすことが期待される10 。これが固 体物理学において低温では極めて多様な量子相が実現することの原因である。 いわば、フェルミ気体はこれらの多様な物性を生み出す母胎であるといえる。 具体例としては • 超伝導(電子・格子、電子・電子相互作用) • 電荷密度波(電子・格子相互作用) • スピン密度波(電子・電子相互作用) • 金属・絶縁体転移(電子・電子、電子・不純物相互作用) 10 もちろんこのようなことが起きてしまえば、摂動論自体は破綻している。 74 • 強磁性・反強磁性(スピン・スピン相互作用) • スピンパイエルス状態(スピン・格子相互作用) • 近藤効果、重い電子状態(電子・電子相互作用) といったものがある。また、これらが競合して興味深い多様な物性が見られる。 (以下未完) 75 付 録A A.1 Riemann の ζ 関数につい てのまとめ 定義 ζ(z) = A.2 ∞ ∑ 1 , (Rez > 1) z n n=1 積分表示 1. 1 ζ(z) = Γ(z) 証明) 76 ∫ ∞ 0 tz−1 dt et − 1 ∫ ∫ ∞ z−1 −t tz−1 t e dt dx = t e −1 1 − e−t 0 0 ∞ ∫ ∞ ∑ = tz−1 e−t e−nt dt, ∞ n=0 = 0 (被積分関数をテーラー展開) ∞ ∫ ∞ ∑ tz−1 e−(n+1)t dt, n=0 0 ((n + 1)t = u とおく) ∫ ∞ ∞ ∑ 1 = uz−1 e−u du, z (n + 1) 0 n=0 ∞ ∑ = 1 Γ(z), (n + 1)z n=0 = ∞ ∑ 1 Γ(z), z n n=1 2. ζ(z) = 1 (1 − 21−z )Γ(z) 証明) 77 ∫ 0 ∞ tz−1 dt et + 1 ∫ ∫ ∞ z−1 −t tz−1 t e dt dx = t e +1 1 + e−t 0 0 ∞ ∫ ∞ ∑ = (−1)n tz−1 e−t e−nt dt, ∞ n=0 = 0 (被積分関数をテーラー展開) ∞ ∑ (−1)n−1 Γ(z), nz n=1 ∞ ∑ (− = (−2 + ∞ ∑ 1 1 + )Γ(z), z (2n) (2n − 1)z n=1 n=1 = ∞ ∑ ∞ ∑ 1 1 + z (2n) (2n)z n=1 n=1 ∞ ∑ 1 )Γ(z), (2n − 1)z n=1 ∞ ∑ ∞ ∑ 1 1 + )Γ(z), z (2n) nz n=1 n=1 = (−2 = (−21−z = (1 − 21−z ) ∞ ∞ ∑ ∑ 1 1 + )Γ(z), z n nz n=1 n=1 ∞ ∑ 1 Γ(z), z n n=1 78 A.3 よく使う点での値 3. z = n(整数)の場合 1 ζ(n) = (n − 1)! ∫ ∞ 0 tn−1 dt et − 1 4. z = n + 1/2(半奇数)の場合 ζ(n + 1/2) = 2n √ (2n − 1)!! π ∫ ∞ n−1/2 0 t dt et − 1 証明) Γ(n + 1/2) = (n − 1/2)Γ(n − 1/2) = (2n − 1) · 2−1Γ(n − 1/2) = ... = (2n − 1)!! · 2−n Γ(1/2) ここで ∫ Γ(1/2) ∞ = e−t t−1/2 dt ∫ ∞ 2 2 e−u du √0 = π (t = u2 とおいた) 0 = 証明終 5. ζ(2) = π2 6 証明) 一般に 79 f (0) + ∞ ∑ (f (n) + f (−n)) = −π n=1 ∑ Ak cotπαk (A.1) k が成り立つ。ただし、αk は f (z) の極で Ak はそこでの f (z) の留数。こ の公式の証明は複素関数論の恰好の演習問題。 1 f (z) = 2 ととると左辺は z + a2 ∞ ∑ 1 2 + a2 n=1 a2 + n2 α1 = ia, A1 = 1 2ia 、α2 1 = −ia, A2 = − 2ia なので右辺は − 従って (A.2) ∞ ∑ n=1 a2 π πcoshπa cotiπa = ia asinhπa (A.3) πcoshπa 1 1 = − 2 2 +n 2asinhπa 2a (A.4) ここで a → 0 の極限をとると ∞ ∑ 1 π(1 + (πa)2 /2) 1 π2 = lim − = a→0 2a(πa + (πa)3 /6) n2 2a2 6 n=1 80 (A.5)
© Copyright 2025 Paperzz