205 債務承継の現状と課題 営業譲渡における預託金・過払金問題と ― 民法改正中間試案から― 奥村 達朗 目崎 里奈 佐々木里奈 齊藤 健太 (片山研究会 3 年) はじめに Ⅰ 債務引受と契約上の地位の移転の従来の流れ 1 債務引受総説 2 営業譲渡における債務引受 3 契約上の地位の移転における債務引受 Ⅱ ゴルフクラブ会員権譲渡における預託金返還債務の帰趨 1 預託金会員制ゴルフクラブとは 2 預託金返還問題の発生背景 3 預託金返還訴訟の判例の動向 4 免責的債務引受と併存的債務引受 5 解決策 6 預託金返還問題にみる債務引受 Ⅲ 営業譲渡と過払金返還債務の帰趨 1 営業譲渡と債務の承継 2 過払金返還請求訴訟 3 問題の所在 4 現行法上の救済 5 過払金返還債務にみる債務引受 Ⅳ 今後の債務引受に関する展望 1 「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」における債務引受 2 「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」における契約譲渡 3 まとめ 206 法律学研究51号(2014) はじめに 昨今、預託金や過払金返還問題の発生により、債務移転を争う事案が急増して おり、債務移転構造に関する議論の必要性が高まっている。そこで、本稿では債 務移転の現状と問題点を判例・学説から分析し、民法改正中間試案と絡めながら 考察していく。 Ⅰ 債務引受と契約上の地位の移転の従来の流れ 1 債務引受総説 ( 1 ) 債務引受とは 債務引受とは、広義的に定義するとある債務者の債務を他の第三者が引き受け ることをいう。そして一口に債務引受といってもこの債務引受というのには二つ の類型が存在する。それは「免責的債務引受」と「併存的債務引受」というもの だ。 「免責的債務引受」とは、債務がその債務自体の内容、つまり同一性を変化 させることなく新たな第三者に債務が移転することを意味するものである。つま りこの「免責的債務引受」は債務の「特定承継」である。もうひとつが「併存的 債務引受」だが、これは正確には債務の移転というわけではない。なぜなら併存 的債務引受とは第三者が既存の債務関係に加入して新たな債務者となるため、元 来の債務者は債務を免れることなくその債務と同一内容である債務を負担するか らである。 ( 2 ) 日本における債務引受の沿革 ではこの債務引受がどうのようにして日本に浸透したかであるが、それはヨー ロッパにおいての債務引受についての認識から話を進めていくこととする。まず、 古きローマ法では債務関係というものは債権者と債務者を人的に結びつける「法 鎖」であると解釈されていた。その解釈ゆえに、債権者と債務者のどちらか一方 が交替するということはその債権の同一性の喪失であるとされ、債権譲渡も債務 引受も認められていなかった。しかし経済取引の発展によりこれらを認めないわ けにはいかなくなっていき、このためローマ法において債権譲渡および債務引受 と同様の目的を達成するために様々な制度が用いられたが、その中でも債権者お 207 よび債務者の交替による「更改」が利用された。更改とは既存の債権の要素を変 更した契約を締結することによって、これに代わる新しい債権が生じることをい う。この更改は、旧債権と新債権の同一性がないという点で、債務引受とはその 性質を異にする。つまり、この更改では元々の債務関係が消滅し、元々の債務関 係と同一性のない新たな債務関係が成立するために、債権および債務の「譲渡、 引き受け」というものが実現されないという問題点が生じることになる。そこで 近代民法では債権譲渡の自由を認める一方で、債務引受の承認という点に関して はなお消極的な態度をとった。なぜなら民法の基本は「債権者保護」という立場 であり、債権の効力の有無を決するのは究極的には債務者自身の資力に依存する ところが大きいからである。すなわち債務者の交替というのは債権者の交替より もより一層債務関係に密接な影響を及ぼすため、債務引受は債権譲渡よりも慎重 に行うべきだからである。そして、日本の民法はフランス民法典に倣い債権譲渡 を規定したが、債務者の交替については更改の規定に留まり、債務引受に関する 規定を有しないのである。しかし、前述したように更改は旧債務を消滅させ、同 時に新債務を成立させるものであるから、新債務と旧債務間での同一性に欠けて しまう。それゆえに旧債務における担保権や抗弁権も全て消滅してしまうのが原 則となる。そうなると更改というものは債権者にとって著しく不利なものである となってしまう。そこで債権者保護の観点から、実際の取引を行う際には債務の 同一性を失わせないために債務者の変更をもたらす効果を持つ債務引受が必要と されることとなっていったのである。 ( 3 ) 債務の移転可能性 債務関係は当然のことながら対人関係であるため、債務者の変更により債権の 目的を達成できないことがあるのは上述したが、その場合には明文化されてはい ないが債務の性質上その引受けが認められないと解釈される。そして具体的にど のような債務が移転可能であるか否かは債務の発生原因などによって大きく左右 されるため、普遍的一般的基準を設けることは困難だが、民法466条において規 定されている「債権の譲渡性」の解釈を参考にすることにより、二つの観点から その基準をおおまかに考えることができる。 第一は債務の種類に応じて区別するという手法である。例えばある音楽グルー プのコンサートや著名人の講演会などの契約当事者間の個別的な信頼関係に大き く依存する「なす債務」は、債務者個人の固有な能力などに大きな重点を置いて 208 法律学研究51号(2014) 成立した契約であるため、債務の移転は不可能である。 第二に、たとえ「なす債務」であったとしても、その移転が債権者の利益を守 るために制限されている場合には、債権者の承諾によりその制限が解除されるも のと解釈される。具体例として賃借権の譲渡が制限される場合が考えられる。こ れは賃借人固有の個性によって目的物の使用収益の方法・程度が異なる可能性が あり、そのことによって賃借人の交替が賃貸人に対して不測の損害をもたらすお それがあるために譲渡が制限されるというものである。賃借人の債務というもの は、その移転性が欠如しているのではなく制限されたものであるため、債権者で ある賃貸人の承諾によって移転しうるものなのである。すなわち、移転制限のあ る債務の免責的債務引受においては、①移転の制限を解除するための債権者の承 諾②免責的に債務引受をなすために必要となる債権者の承諾の二つが必要となる。 ( 4 ) 免責的債務引受と併存的債務引受の要件・効果 ここからは免責的債務引受と併存的債務引受の要件と効果について述べていく。 まず免責的債務引受について述べる。一つの債務関係が存在し、その債務関係か ら債務者が離脱し、第三者がその債務を引き受ける免責的債務引受においては、 債権者の意思の関与が必要不可欠とされている。なぜなら、上述した通り、債権 の効力というのは債務者の資力というものに大きく依存するため、債権者の意思 を考慮することなくその債務を履行するための充分な資力を持たざる者を債務引 受人としてしまうと債権者に不測の損害を与えてしまうからである。つまり免責 的債務引受の要件としては債権者が引受契約の当事者となるかどうかということ である。 次に併存的債務引受について述べていくこととする。併存的債務引受とは、免 責的債務引受とは性質を異にしており、原債務者がその債務を免れることなく引 受人が並んで新たに同一の債務を負担するというものである。併存的債務引受に おいては債務者が一人増えた構成となるので、債権の担保力というものはより強 固なものとなる。つまり併存的債務引受は債権者にとって非常に有利な契約とな るので、免責的債務引受と比べて債権者の意思を重視する必要はない。要件とし ては、債権者、原債務者、引受人の三面契約ですることができる。また債権者と 引受人の間で契約することもでき、ここでは原債務者の意思に反していてもなす ことが可能であるというのが通説となっている。その理由としては、併存的債務 引受の実質的な機能が「保証」と同様なものであるからである。また原債務者と 209 引受人だけでなされた場合も有効であるとされる。この場合は債権者に対して引 受人に対する債権を取得させるという利益を与える契約というものになるので、 俗にいう「第三者の為になす契約」というものになる。したがって債権者のため にするということの明示の約定と債権者の受益の意思表示が必要とされる。 2 営業譲渡における債務引受 ( 1 ) 営業譲渡における承継の類型 営業譲渡が適法になされた場合においては、将来的に予見可能性がある権利義 務関係が譲受人に移転することは明白である。この営業譲渡というもので問題と なるのは、譲渡人のもとですでに発生している権利義務、その中でも債務が譲受 人に移転するかどうか、という点である。そして、既発生の債務は当然には譲受 人に移転されるということはない。そのためには当事者間での個別的な債務引受 の手続きが必要である。そして、この営業譲渡は、元来、「包括承継」という認 識の下扱われてきたが、現在では、実務上「特定承継」として扱われている。従 前の判例では「営業譲渡という事実があれば、譲受人が譲渡人の債務を当然に引 き受ける。」1)というような解釈がなされているが、その後の判例では「必ずしも 譲受人が譲渡人の債務を引き受けるとは限らない。」2)としている。では、何故こ のような解釈の変化があったのだろうか。それは、単なる営業の譲受の表明だけ では、債務引受の意思表示としてはみられないということや、営業譲受人が債権 者に対して直接に債務の履行義務を負うに足るには、債務引受契約等の別段の法 律上の要因が必要であるという解釈の出現によるものであろう。これらのことに より、「包括承継」と決めつけてしまうよりも、「特定承継」という観点で営業譲 渡を捉えるという流れになった。 ( 2 ) 営業譲渡における債務引受に対しての学説の流れと近年の流れ 営業譲渡における債務引受に対しては、昔の最高裁の判例などでは 「営業譲渡 があるさいには、譲受人が譲渡人の債務を併存的に引き受ける」という旨の判例 が主流であったが、学説からの批判を受けてその後の判例はこのような推定をせ ずに併存的債務引受の認定を個別具体的に行っている。つまり、営業譲渡によっ て移転するのは将来的な権利義務関係であり、譲受人は原則として譲渡人の持つ 既発生の債務を引き受けることはないが、上述したような、個別的な債務引受契 約があった場合、商号の続用の場合、続用はないがその債務を引き受けるという 210 法律学研究51号(2014) 内容の広告をした場合においては、譲渡人の債務に対して併存的責任を負うとし た。 3 契約上の地位の移転における債務引受 契約上の地位の移転とは、広くは文字通り契約当事者の地位をそのまま第三者 に移転することをいう。最近ではこの契約当事者の地位の移転契約は、継続的・ 反復的な契約の存続のために行われることが多いと理解されている。具体例とし て A、B という二者間において店舗の賃貸借契約を結んでいるとしたら、賃借人 B の地位を C に移転するというもので B が A に対して持っていた債権も債務も C に移転するというものである。ここで留意しなければならないのが、元来の契 約についての解除権や取消権なども移転するということである。 また契約上の地位の移転は、債務引受と同様に「包括承継」を認めるものであ ることから、理論的には免責的債務引受の延長線上に位置付けることができるよ うに思われる。しかし機能的な観点から考察すると必ずしも債務引受と一体とな るというわけではない。なぜなら契約上の地位の移転の本質として「継続的契約 の維持」というものが最重要とされているからだ。したがって契約上の地位の移 転は、将来契約の効力を存続させるということに最も重きが置かれているのであ り、債務引受という特定の話の延長線上に位置付けられるべきものではないとの 見方もできる。債務引受論を語る場合、債務引受と契約上の地位の移転について はより深く掘り下げる必要性があるだろう。 Ⅱ ゴルフクラブ会員権譲渡における預託金返還債務の帰趨 本章では預託金会員制ゴルフクラブの営業譲渡における預託金返還債務を取り 上げ、債務引受が実際の事案でどのように扱われているか、判例をもとに検証し、 併存的債務引受や免責的債務引受の理論に踏み込んで考察していく。 1 預託金会員制ゴルフクラブとは この問題を考えるにあたり、まずは預託金会員制ゴルフクラブの性質を理解す る必要がある。預託金会員制ゴルフクラブとは、ゴルフ場新設時の新規会員募集 の際に、新入会者が一定の金額をゴルフ場に預けることにより優先的利用権を得 て会員となるゴルフ場のことをいう。そしてこの時に預けた金銭を預託金といい、 211 ゴルフ場により多少の差違はあるものの、10年程度預かったのち退会時に返金す る条件がついている。判例3)では、会員の性質を①ゴルフ場施設の優先的利用権 を有し、②年会費納入等の義務を負う一方で、③入会に際して預託した金銭を据 置期間経過後に退会とともに返還することができ、④ゴルフクラブの承認を得て 会員権を第三者に譲渡する権利を有している、と定義しており、本稿でもこの性 質を踏まえて話を進めていく。 2 預託金返還問題の発生背景 預託金会員制ゴルフクラブは上記の通り一定期間経過後に預託金を返還するこ とが前提となっているが、現実には集めた預託金はゴルフ場造成費として用いら れるため、10年程度でその費用をゴルフ場運営により補塡することはほぼ不可能 である。預託金会員制ゴルフクラブの造成が始まった当時、日本は高度経済成長 期だったため新規会員募集をすればすぐに会員が集まり、ゴルフ会員権の市場価 格は常態的に預託金額を超えていたので、退会する場合は預託金返還請求をせず に会員権を売買することで額面額を超えた金額で回収するものないしはされるも のとの認識が定着した。しかしバブル崩壊による会員権相場の下落により相場価 格と預託金額が逆転し、会員から預託金返還請求をされてもゴルフ場は返還に応 じることができないという問題が発生した。返還不能となったゴルフ場は営業譲 渡することでゴルフ場の存続と自らの再建を行う事案が多発し、営業譲渡の際に 誰が預託金返還債務を負うかが争われることとなった。 3 預託金返還訴訟の判例の動向 預託金返還問題を考えるにあたり、預託金返還債務を契約譲渡とした判例と債 務引受とした判例を取り上げて検討していく。 ゴルフ会員権に基づく預託金返還債務に関して判例4)では「会員は元来ゴルフ 場施設を利用することを目的として入会しているものであり、預託金は右目的に 付随して預託され一定期間無利子のまま据置かれる金員であり、又会員には前記 義務も伴うことから、右会員の権利が現実に売買取引されているとしても、それ はゴルフ場施設利用権、預託金返還請求権のほか会員の会社に対する義務をも包 括した法律上の地位が一体として取引されているものというべきである。」と述 べている。これによると例えば預託金の返還を受けてもなお施設優先利用権のみ 存続するということは考えられず、これらの権利義務は密接不離な関係にあると 212 法律学研究51号(2014) して契約譲渡として扱っており、この後の事案においてもこの考え方は踏襲され ていくこととなる。 しかし営業譲渡における譲受人の債務引受に関する判例は異なった見解を示し ているのでここで 2 例取り上げる。最初は商号続用を問題とした旧商法26条 1 項 (現商法17条 1 項)の適否が争われた事案 の判旨である。 5) 《前略》……ゴルフクラブの名称がゴルフ場の営業主体を表示するものとし て用いられる場合において、ゴルフ場の営業が譲渡され、譲渡人が用いてい たゴルフクラブの名称を譲受人が継続して使用している時には、譲受人が譲 受後遅滞なく当該ゴルフクラブ会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否 したなどの特段の事情がない限り、会員において、同一の営業主体による経 営が継続しているものと信じたり、営業主体の変更があったけれども譲受人 により譲渡人の債務の引受けがされたと信じたりすることは無理からぬもの というべきである。したがって、譲受人は上記特段の事情のない限り、商法 26条 1 項の類推適用により、会員が譲渡人に交付した預託金の返還債務を負 うものと解する……《後略》 旧商法26条 1 項は、通説では営業譲渡がなされても譲渡人の債務は原則として 譲受人には移転しないが、商号の続用がある場合は外部的には同一の事業が継続 しているように見えるため債権者が営業主の交替を知りえず、もし知っていたと しても債権者は債務が営業譲渡によって移転したと解釈するとした権利外観法理 を採用したものであり、本判決ではこの条文を類推適用して債権者保護を図って いる。 次に商号続用がなかった場合に旧商法28条 1 項(現商法18条 1 項) の適否の問 題とした事例6)を取り上げる。旧商法28条 1 項は、営業の譲受人が譲渡人の商号 を続用しない場合でも譲受人が譲渡人の営業によって生じた債務を引き受ける旨 の広告をした時には債権者は譲渡人に対して弁済を請求できるとした条文であり、 その趣旨は譲受人の広告を信じて行動した相手方に対して矛盾した事実を主張す ることを禁じる禁反言の原則にある。事例7)では「会員のプレー権は今までと何 ら変わるところはありません。」との記載がある会員への挨拶状は「これをもっ て、社会通念上会員の預託金返還債務を引き受けたと一般に信じるべき記載のあ るということは困難であり、したがって、債務引受の広告であるとはいい難い」 213 として旧商法28条 1 項の適用を認めなかったが、債務を引き受ける旨の広告であ ることが認められれば、商号続用がなかったとしても譲受人に責任を負わせるこ とができることがこの判例で示されている。 ここまでの判例を整理すると、判例8)では会員権の権利義務関係は互いに密接 な関係にあるため預託金債務は契約譲渡として扱うとする一方で、後の判例9)で はゴルフ場の性質ではなく営業譲渡の特定承継の性質を取り上げて、債権債務の 移転は当事者の契約内容にするとしながらも、譲受人が債務を全く負わないのは 外観法理や禁反言の原則に反するとして債務引受責任を追及した。ゴルフ会員権 の性質から債権と債務には切り離せない面があることは確かだが、だからといっ て債務が当然に移転しないとは言えない一方で、営業譲渡の性質から契約内容に ない債務は引き継がないとしているが、それではゴルフ会員権の持つ債権債務の 密接性をないがしろにしている。どの判例も債務引受の論理については十分な議 論がなされているとは言えないため債務引受論をより深めていく必要があるだろ う。 4 免責的債務引受と併存的債務引受 先の判例ではゴルフ会員権と営業譲渡が重なる事案に関しては営業譲渡の性質 を優先して債務の移転は当事者の契約内容に委ねるとしつつも、譲受人が債務を 引き受けないことが不当な場合や、譲受人に非が認められる場合には外観法理や 禁反言の原則から譲受人に債務引受責任を負わせるとした。判例では譲受人に負 わせた預託金債務は旧商法26条 1 項により連帯債務となるため併存的債務引受と なるが、引き受けた債務が併存的債務引受なのか免責的債務引受なのかについて は判旨を見ても十分な議論がされているとは言えないので、債務引受論を整理し つつ本件での扱いを検討していく。 ( 1 ) 債務引受論の展開 一般的に免責的債務引受は債務を旧債務者から新債務者に移転させる契約のこ とをいい、これにより旧債務者は債権関係から離脱し新債務者にのみ債務が残存 することになる。免責的債務引受は債務者が代わることにより債権の実現可能性 に大きな影響があるため契約には債権者の関与が必要であるとされている。それ に対して併存的債務引受は債務を新債務者に移転させながら旧債務者も債権関係 を離脱しない契約のことをいう。併存的債務引受は債務者が増えることになり債 214 法律学研究51号(2014) 権の担保力が増大するので債権者に有利な契約となるため債権者の関与は必要で はないとされている。従来は免責的債務引受がその構造上言わば債権譲渡の裏返 しとも言えるため、債権譲渡に対応させて免責的債務を原則形とし、併存的債務 はその変形という理解がなされてきた。しかし、債務を引き受けるか否かを争う 際には多くは当事者の意思が不明確であったので、債権の実現可能性に影響の大 きい免責的債務引受よりも債権の実現可能性を害さないため現実の活用例が多い 併存的債務引受を原則にし、免責的債務引受は併存的債務引受に免除の意思表示 が加わったものと考えるという見解が近年の有力説となっている。また併存的債 務は当事者意思が不明確である場合にも当事者意思には反しないという点でも支 持されている。 ( 2 ) 本件は免責的債務引受か併存的債務引受か では、判例10) では旧商法26条 1 項を類推適用することで預託金返還債務は併 存的債務としたが、その判断に関して債務引受論を踏まえてみていく。まず旧商 法26条 1 項が連帯責任という構成をとっているのは、そもそもの債務者(譲渡人) は本来債務を弁済すべき立場にあるのでその債務者が弁済を免れる理由はないと した上で、債権者からみて債務引受がなされたと信じるだろう外観を創出した譲 受人も債務を引き受ける責任を負わせるとしているからである。次に債務引受論 から本件を考えると、本件では営業譲渡によってゴルフ場の債権移転の合意が あったことは明らかであるが、債務引受に関する当事者の合意の有無は不明確な ので、当事者意思を害さない併存的債務引受と解するのが適当であると思われる。 よって本件で預託金返還債務を併存的債務引受と解するのが適当であると言える。 5 解決策 ここまで預託金会員制ゴルフクラブにおける預託金返還債務について述べてき たが、この問題を解決するにあたり、判例が旧商法26条 1 項と28条 1 項を用いた 意義を改めて考えるとともに、預託金会員制度も見直していきたい。 ( 1 ) 実体法上の解決 預託金会員制ゴルフクラブの営業譲渡における預託金返還問題はゴルフクラブ 会員権の性質からいけば契約譲渡、営業譲渡の性質からいけば債務引受の問題と なるため、どちらの性質を優先するべきかの判断が不統一であった。そのような 215 状況の中で具体的な紛争解決策を示したのが判例11)である。営業譲渡の性質を 優先すると特定承継となり、契約内容に示された債権債務しか移転しないので、 債権のみ移転され債務は譲受人に残るとされていた。しかし、ゴルフ会員権の性 質上預託金返還債務とゴルフ場の優先的利用権は密接不離なものとしている以上、 譲受人が債務を負担する余地は必要である。そこで用いられたのが旧商法26条 1 項と28条 1 項であり、外観法理や禁反言の原則によって本来ならば当事者間の合 意だけで債権債務譲渡がなされ、債権者の意思という要素が抜け落ちている債権 譲渡における債権者保護を図ったという点で、意義ある判決であったといえる。 ( 2 ) 制度上の解決 預託金問題は預託金会員制ゴルフクラブが経営資金を預託金としたことで返還 義務が争われることとなったが、現実的に預託金は営業資金として運営されてい るため返還することが不可能だったことを考えると、そもそも制度自体に問題が あった預託金会員制度自体を変革する必要がある。そこで提案するのが株主会員 制への移行である。株主会員制のメリットに関しては「会員は多額の入会保証金 を支払っており、その大部分はゴルフ場の建設造成のために投下され、また定期 的に年会費を支払い、経営を支えている。企業の資産は、会員の支出した資金に よって得られたものであり、経営の根幹は会員に依存しているのであるから、会 員を経営に参加させるのは当然である。会員が株主となり経営に参加すれば、企 12) 業の勝手な行動は許されず、歪んだ経営姿勢も矯正されるであろう」 として、 預託金ではなく出資金にすることで会員は出資のリスクを負担する代わりに経営 に参画して経営体制の是正が図れるとしている。 6 預託金返還問題にみる債務引受 本章ではゴルフ会員の預託金返還請求事案をもとに、営業譲渡の際は特定承継 により当事者の契約内容にない債務引受は原則として成立しないとしながらも、 ゴルフ会員の保護必要性が高い場合には譲受人は債務を負うとし、その債務は債 務引受論から併存的債務であると結論づけた。本件事案13)で現在の債務引受論 の流れに沿う併存的債務引受とした点は評価できるが、契約当事者の債務引受意 思とゴルフ会員の意思の問題は議論が不十分である。契約当事者の債務引受意思 とゴルフ会員の意思のどちらを保護すべきか、という議論をさらに進めていく必 要がある。 216 法律学研究51号(2014) Ⅲ 営業譲渡と過払金返還債務の帰趨 1 営業譲渡と債務の承継 営業譲渡がなされた場合における過払金返還債務の所在を考察するにあたり、 貸金業者が貸金債権を一括して他の貸金業者に譲渡する旨の合意をした場合にお ける借主と上記債権を譲渡した業者との間の金銭消費貸借取引に係る契約上の地 位の移転の有無について示した①最三小判平成23年 3 月22日判時2118号34頁、金 法1927号136頁をベースに検討していく。まず、本判例が確立する以前に、どの ように営業譲渡による債務の承継が議論されてきたか確認する。 営業譲渡について「営業譲渡契約は、客観的意義における営業をその同一性を 維持しながら移転することを約するものであるから、特段の契約上の定めがない かぎり、営業に属する一切の財産は、譲受人に移転すべきものと推定すべきであ る」と判断したのが、②最一小判昭和44年12月11日裁判集民事97号753頁である。 上記判例には「特段の契約上の定めがないかぎり」との留保が付されており、営 業譲渡は包括的に権利義務が承継されるのでなく、特約により一定の債務を承継 しないことも認められると解される。譲受人が譲渡人の負担していた債務を当然 に引き継がず、それぞれの譲渡契約の内容を個別具体的に解釈して、譲渡対象を 判断するということもできよう。 また、学説においては、すでに譲渡業者のもとに発生している権利義務は当然 には譲受業者に移転せず、その移転のためには個別に債務引受または契約上の地 位の移転の手続きが必要であるとする14)、と解されてきた。すなわち、事業譲渡 契約において、「何が譲渡の対象であるかは、契約内容(譲渡の対象に関わる定め の内容)を個別に判断して検討する」 との見解が有力であった。 15) 2 過払金返還請求訴訟 ( 1 ) 事実と判旨 では、実際に過払金返還債務が営業譲渡によって承継されるか否か、最三小判 平成23年 3 月22日判時2118号34頁、金法1927号136頁【上記①判例】においてま ず検討する。本件は,Xが、貸金業者であるA株式会社及び同社からその資産を 譲り受けたB株式会社等を吸収合併しその権利義務を承継したY(以下、Y及び 合併に係る会社をその前後を問わず、単に「Y」という。)との間の継続的な金銭消 217 費貸借取引に係る各弁済金のうち利息制限法 1 条 1 項所定の制限を超えて利息と して支払った部分を元本に充当すると過払金が発生していると主張して、Yに対 し、不当利得返還請求権に基づき、その返還等を求める事案である。 【①判決の判旨】 貸金業者(以下「譲渡業者」という。)が貸金債権を一括して他の貸金業者 (以下「譲受業者」という。 )に譲渡する旨の合意をした場合において,譲渡業 者の有する資産のうち何が譲渡の対象であるかは,上記合意の内容いかんに よるというべきであり,それが営業譲渡の性質を有するときであっても,借 主と譲渡業者との間の金銭消費貸借取引に係る契約上の地位が譲受業者に当 然に移転すると解することはできないところ,上記のとおり,本件譲渡契約 は,Y が本件債務を承継しない旨を明確に定めるのであって,これが,X と の間の金銭消費貸借取引に係る契約上の地位の移転を内容とするものと解す る余地もない。 ( 2 ) 判決の意義 過払金返還債務における従来の下級審裁判例では、営業譲渡においては、契約 上の地位が譲渡人から譲受人に当然移転し、それに伴い、過払金返還債務も包括 的に承継されるとの見方が一般的であった。これに対し、本判決では、営業譲渡 の性質を有するときであっても、「譲渡業者の有する資産のうち何が譲渡の対象 であるかは,上記合意の内容いかんによるというべき」とし、営業譲渡という性 質から契約上の地位の移転を導くのではなく、譲渡対象財産及び承継される取捨 選別に関する当事者の合意の解釈により、当該資産譲渡契約の内容を確定すると の手法を採用した16)。こうした判断は、【上記②判例】の留保部分であった、特 段の契約上の定めによって一部の債務の承継を行わないことも可能である、との 見解にも合致し、更に、上記の学説にも沿うように思われる。また、継続的な金 銭消費貸借取引における貸金債権と過払金返還債務は表裏一体の関係にあり、切 り離して処分することはできないとして、契約上の地位の移転による過払金債務 の承継を肯定する判断も下級審では主流であったが、上記①判決の判旨を繰り返 し統一的な解決を図ったとみられる、③最一小判平成23年 7 月 7 日最時1535号 1 頁において、 「譲受業者が上記金銭消費貸借取引に係る過払金返還債務を上記譲 渡の対象に含まれる貸金債権と一体のものとして当然に承継すると解することは 218 法律学研究51号(2014) できない」として否定された。いずれにしても、本判決は、過払金返還債務の承 継可否に関して下級審裁判例の判断が分かれていた状況下、合意内容の明確化と いう手法に依拠し、一定の方向に下級審を収斂されるとの意図を窺わせる17)よ うである。 3 問題の所在 ( 1 ) 実務的な問題 本判決により、将来実務上の問題が浮上するという懸念がある。まず、貸金業 者間で営業譲渡を行う場合には、その譲渡契約に過払金返還債務を譲受業者が承 継しない旨を明確に定めることが常態化することが考えられる。これは、本判決 が契約における当事者の合意を重視して、過払金返還債務の譲受人への承継を否 定したことにより、借主の利益保護よりも譲受人の承継する債務の選択可能性の 利益を保護した結果である。借主に一方的に不利になることは明らかであり、過 払金の置き捨てを認めたようにも捉えられる。つまり本判決は、貸金業者はいか なる意味においても借主から受け取った過払金返還債務を免れるべきではないと の価値判断に裏打ちされた一連の最高裁判決(最一小判平成11年 1 月21日民集53巻 1 号98頁や最二小判平成18年 1 月13日民集60巻 1 号 1 頁など)の到達点に明らかに逆 行するものといえよう18)。これにより、最高裁によって確立された過払金の返還 法理の趣旨が没却されてしまう恐れがある。 また、営業譲渡等の場合、借主が支払った過払金が寄与して形成・維持された 譲渡業者の資産を、譲受業者が借主の責任追及を遮断して取得し、利得を得るこ とに合理性がない19)と考えられる場合もある。 ( 2 ) 民法上における問題 では、本判決を民法に照らし合わせた場合、どのような点に疑問が生ずるのか。 本来営業譲渡は原則として、上記②判例が示すように、客観的意義における営業 をその同一性を維持しながら移転することを約するものであるから、営業に属す る一切の財産は、譲受人に移転すべきものと推定すべきであるはずであり、当事 者だけが債権だけを譲り受けて債務は引き受けないとする合意が当事者間では明 瞭な形でされていたとしても、それが契約の相手方に常に主張できることになる のかは疑問の残るところであった20)。つまり、譲渡人と譲受人との間で一部の債 務を承継しないことにつき明確に合意が示されていたからと言って、過払金返還 219 の債権者である借主にその合意内容が対抗可能なのか、検討の余地があるように 思われる。また、当事者の意思解釈からの結論として、債務の承継の可否を合意 内容によって決定することは妥当であるように思われるが、その場合の「当事者」 は、譲渡人と譲受人であって、その契約の相手方たる借主の意思を考慮に入れて いない。つまり、本来は契約上の地位の譲渡の問題にすべきところを、「相手方 の存在を捨象して債権譲渡と債務引受の問題に切り離している」21)とも捉えられ るのである。契約上の地位の移転を規定する条文がない以上はやむを得ないとの 主張もあるが、だからこそ判例法理の形成をなすために、最高裁の対処は必要で あるように思われる。さらにいえば、事実関係を包括する包括的法律関係を一括 して事案を処理する必要性が高まってきた今日では、契約上の地位の移転に関す る規定を置くことも当然に検討すべきである。 4 現行法上の救済 ひとまず本判決の論理を用いて過払金返還債務の解決を図るにあたり、同債務 が譲受人に承継される余地があるのか検討してみる。 ( 1 ) 判決の射程 本判決では、譲渡契約において過払金返還債務を承継しない旨を明確に定めた 場合につき、同債務を譲渡対象資産から除外できることを明らかにしたものであ る。言い換えれば、明確な定めがあるとはいえない場合の取扱いについては述べ られていない。よって、債権債務の内容につき定めが不明瞭であれば、合意の解 釈の結果として過払金返還債務の承継を肯定することも可能であるといえよう。 しかし、上記のように貸金業者間では過払金債務を捨て置くために債務を承継 しない旨の明確な契約を締結することが恒常化することが懸念される。では、 「明 確な定め」がなされた場合には、同債務が資産譲受人に承継される余地はないの であろうか。 ( 2 ) 一般法理による解決 まず、本判決において、契約上の地位が「当然に移転する」とはいえないとす るにとどまっていることから、信義則違反(民法 1 条 2 項)を根拠として、過払 金返還債務不承継の合意が無効であるとの余地を検討することができよう。すな わち、譲受人が貸金債権の譲渡を受けておきながら同債権から発生した過払金返 220 法律学研究51号(2014) 還債務を免れるのは不当であるという判断が多くの支持を得ている構成であり、 地裁では信義則を理由としている判決も見られる(東京地判平成16年 7 月26日金判 1231号42頁等)。適用できる事案として例を挙げると、過払金返還債務を承継しな いことを借主が知らず、譲受人が債務の承継について説明を怠ったような場合な どが想定され得るが、事案を個別具体的に解釈して、この例外的な処理を根拠づ ける必要がある。このように、あくまで各事案の個別的な解決になるほか、一般 規定の安易な適用であるとの批判がある。 次に、譲受人が貸金債権を取得し過払金返還債務を免れるという譲渡合意自体 の詐害性に注目し、譲渡契約を対象とする詐害行為取消権の行使(民法424条)に よる処理も考えられ、先に述べた信義則違反の構成とも共通する考慮に基づくも のといえる。過払金返還請求のケースではないが、営業譲渡について詐害行為取 消権を認めた判決もある(東京地判平成18年 3 月24日判時1940号158頁)。しかし、 詐害行為取消権の要件は緩やかとは言えず、また、借主が詐害行為取消訴訟を行 い債務者の責任財産を回復させて債権回収の目的を果たすのは現実には困難なよ うに思われる。 また、商法・会社法を用いて、事業譲渡に際しての譲受業者の責任について規 定した旧商法26条 1 項(現商法17条 1 項)、旧商法28条 1 項(現商法18条 1 項) に よって債権者保護を考えることもできる。しかし、旧商法26条 1 項の適用が可能 なのは譲渡業者の称号が譲受業者によって続用されるケースであり、旧商法28条 1 項によると、譲渡人の営業によって生じた債務を引き受ける旨の広告がなされ ている場合である。このように、適用場面が非常に限られているのが問題である。 ( 3 ) 契約上の地位の移転による解決 更には、営業譲渡において移転した債務に過払金返還債務が含まれていること を推定する構成が考えられる。貸金債権と過払金債務はその性質上、表裏一体の 関係にあると捉え、債権債務の一体性に注目することにより、実質的に契約上の 地位の移転がなされたとの解釈は、過去に多くの裁判例に用いられた(東京高判 平成18年 5 月17日消費者法ニュース69号97頁等)。しかし、貸金債務と過払金返還債 務は互いに独立しているのに、一体性を認めて良いのか疑問が残るところであり、 契約上の地位の移転が認められたとしても、既発生債務は地位の移転には含まれ ないとの判断が有力であるのが問題である。また、譲渡契約が営業譲渡であると 法性決定した場合に、譲渡人の営業に関する債権債務はそもそも一体として譲受 221 人に承継されると考え、営業譲渡による債務承継の基本的性質は包括承継である から、過払金返還債務も当然に移転するとの捉え方もある。これは先に 3 節 2 項 において述べた問題点に沿った解決策であるが、契約の合意内容によって特定の 債務の承継可否を定めることを認めた①判決と真っ向から対立する解釈である。 5 過払金返還債務にみる債務引受 ①判決は過払金返還債務において、債務の承継は営業譲渡の性質によって承継 の対象が導かれるのではなく、契約当事者間の合意の解釈から決定できることを 判示したことに重要な意義がある。しかしながら、譲渡人と譲受人との間で合意 された債務引受の範囲について、それが債権者である借主に対して不利益な内容 であったとしても対抗し得るのか疑問であろう。本判決においては債務者側に軍 配が上がる形となったが、上記のような法律構成を理由として、なお過払金債務 を承継させる余地は残っている。今後は債務引受を立法化するにあたりその範囲 について債権者、債務者、引受人、三当事者間の意思の調整を図るよう検討して いく必要がある。 Ⅳ 今後の債務引受に関する展望 ここまで主に債務引受を具体的な事例をもとに見てきたが、なにより大きな課 題は、判例及び学説ではその学理が認められているのにもかかわらず現在の民法 典には規定が置かれていない、ということである。債務引受は明治時代から学 説・判例で議論され、認められている考えであるのにもかかわらず規定がないと いうのは問題があろう。そこで昨今の債権法改正の議論の中でようやく規定を置 くことが検討されている。 本章では「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」において提案された債 務引受の立法案を概観したのち、関係してくる契約上の地位の移転についての立 法案をみてⅡ章・Ⅲ章でみた預託金返還請求および過払金返還請求における問題 点とその解決策を考えていくこととする。 1 「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」における債務引受 債務引受には、原債務者を契約関係から引き離し債権者と引受人の間の契約に する免責的債務引受と、原債務者も契約関係に残り債権者と原債務者・引受人の 222 法律学研究51号(2014) 間の契約にする併存的債務引受(重畳的債務引受)の二つの類型があることは前 述した通りである。 今回の中間試案では債務引受の成立要件に関して、併存的債務引受の場合は引 受人・債権者間、または引受人・原債務者間での合意が必要であり、免責的債務 引受の場合には引受人・債権者間(ただし債権者から債務者への免責の意思表示が 必要)または引受人・原債務者間(ただし債権者の承諾が必要)での合意があれば 成立要件を満たすとされている。これは、債務引受の成立要件として必ずしも三 者合意を必要としない、という一般的な考えを踏襲するものであり、この要件が 明文化されることには大きな意義があるといえよう。また、併存的債務引受が債 務者と引受人との合意による場合は、一般に第三者のためにする契約と理解され ているため、受益者による受益の意思表示が必要であり、中間試案の第20の 1 の ⑶に「債権者の権利は,債権者が引受人に対して承諾をした時に発生するものと する」と規定されている。 一方で免責的債務引受が行われる際の引受人・債権者間の合意が、債務者の意 思に反するものであった場合の債務引受の成立については意見が割れている。判 例22)おいては債務者の意思に反する免責的債務引受は認められないとされてい る一方で、債権者からの原債務者への債務免除があったと考え原債務者の意思は 必要ないとする考えもある。今回の中間試案においてはその対応として第20の 2 の⑵において「債権者が債務者に対して免責の意思表示をすることによってする ものとする。」という文言が加えられていると考えられる。 もっとも、両者のどちらを原則にするかについては議論があり、従前は、免責 的債務引受を原則とし、併存的債務引受はその変形とする考えが多数派であった が、近年では併存的債務引受を原則的な類型とする考えが有力であり、実際に 「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」でも、併存的債務引受を原則型とし て立法案がなされているようである。 しかし池田真朗教授は、実務上は併存的債務引受の活用例が多数であるとしな がらも、債務引受のあとに明文規定が置かれるであろう契約譲渡(契約上の地位 の譲渡)との整合性から、免責的債務引受を原則型とするべきだと述べる。つま り「一般の双務契約において契約上の地位の譲渡を素直に考えた場合、債権の部 分も債務の部分も契約の譲渡人から譲受人に「移転する」と考えなければならな い……したがって……債務引受についてはまず債務移転の形態を規定しておかな ければならない」23)述べている。このような民法典全体との整合性という観点か 223 らは、まだ十分に議論し尽くされているとは言えず、今回の中間試案における提 案にはやや問題が残るだろう。 以上のように今回の中間試案はまだなお意見の対立がある箇所も見受けられ、 課題点は残るものの、実務家からもおおむね賛同を得ているようであり24)明文 化への足掛かりとしてその価値は非常に大きいだろう。 2 「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」における契約譲渡 今回の中間試案においては積極的に議論されていなかったようであるが、現代 社会において契約上の地位の移転は実務上大きな役割を果たしているといえ、そ ういった法律行為について明文規定を置かない理由はないだろう。 また、条文がないことにより本稿Ⅲ章で述べた過払金返還請求訴訟のように最 高裁の判断を個々の事例に画一的に当てはめた結果、一見不当にも思えるような 判決が出されてしまっているのである。こうした状況の中で契約上の地位の移転 に関する明文規定を積極的に置こうとしない立法には大きな疑問が残る。 今回提案された立法案は「契約の当事者の一方が第三者との間で契約上の地位 を譲渡する旨の合意をし,その契約の相手方が当該合意を承諾したときは,譲受 25) 人は,譲渡人の契約上の地位を承継するものとする。 」 という非常に短いもの である。重要な論点の一つである対抗要件には触れられておらず、やはり契約上 の地位の移転を軽視しているように思える。 今回の立法案では、契約の相手方の承諾、という要件が記されており、契約譲 渡に第三者である相手方を巻き込むことで相手方の意思に反する契約譲渡が行わ れる恐れがなくなるのではないだろうか。 また債務の承継について、将来発生する債務に関しては移転することにあまり 異論は見られないようだが、Ⅲ章でも述べた通り、既発生債務については民法 (債権関係)部会でも当事者の意思解釈に基づくという意見が有力であるようであ る。しかし、それでは過払金返還請求訴訟において債権だけを関係会社に移転さ せた後に倒産させるなどの詐害的な契約譲渡が可能になってしまい、問題が発生 する恐れがある。こうした実務上の問題点と法理の整合性とを合わせながら今後 議論していく必要がある。 3 まとめ 以上で中間試案における債務引受及び契約上の地位の移転を見たが、結局のと 224 法律学研究51号(2014) ころⅡ章Ⅲ章でみたような事例を根本的に解決に導くような立法案はなされてい ない。よって先に述べたように、現行の法規の中ではゴルフ場の事例で用いられ た旧商法26条 1 項や、過払金返還請求の事例で考えられる詐害行為取消権や信義 則の援用といった可能性を模索していくことが重要になる。また、契約上の地位 の移転に関して、譲渡人の契約の相手方保護のためにも譲渡人と譲受人の間の債 務の移転に関する合意の対抗要件などが細かく条文化されるべきであろう。 しかし一番の大きな問題なのは営業譲渡ないし契約譲渡が行われた際の債務の 引受について、最高裁が当該債務の債権者の意思を完全に排斥し、債務者である 譲渡人と譲受人の二者の意思しか考慮していない点である。それは一見、当事者 意思の解釈という観点からは理論的な結論のようにみえるが、実際にはあまりに も契約の相手方(預託金返還訴訟・過払金返還訴訟における債権者)に不当な結果を もたらす判断であり解決としては不十分と言える。こうした最高裁の判断がなさ れてしまっている要因はなによりも、本章冒頭で述べたように、債務引受及び契 約上の地位の移転に関する条文がないことによって学説・判例などによる理論の 形成が他の分野に比べて大きな遅れをとっていること、また、そのために最高裁 の解釈がたいした議論もされないまま一人歩きしてしまい、多くの事例において 判を押したような判断がなされてしまっているためでもあると考える。 結局、条文を創設することで、議論を呼ぶことがなによりの解決策なのではな いだろうか。今回の債権法改正によって、債務引受・契約上の地位の移転に関す る条文が生まれることを切に望んでやまない。 1 ) 最判昭和29・10・ 7 民集第 8 巻10号1795頁。 2 ) 名古屋地判昭和51・11・19。 3 ) 最判昭和50・ 7 ・25民集第29巻 6 号1147頁。 4 ) 東京高判昭和52・ 6 ・16第296号。 5 ) 最判平成16・ 2 ・20民集第58巻 2 号367頁。 6 ) 名古屋地判平成13・ 7 ・10第2760号。 7 ) 前掲注 6 )。 8 ) 前掲注 4 )。 9 ) 前掲注 5 ) 6 ) 。 10) 前掲注 5 )。 11) 前掲注 5 ) 6 ) 。 12) 藤井英男・古賀猛敏『ゴルフクラブ会員権の法律知識』(青林書院、1987年)24 頁。 225 13) 前掲注 5 )。 14) 野村正充『債務引受・契約上の地位の移転』(一粒社、2001年)80頁。 15) コメント・判タ1350号173頁。 16) 中田裕康「判批」金法1929号65頁、野澤正充「判批」民商145巻 1 号71頁。 17) 遠藤元一「判批」金判1378号 4 頁、野澤・前掲注 3 )71頁。 18) 今尾真「判例時報」判時2151号162頁。 19) 遠藤・前掲注17) 6 頁。 20) 池田真朗「債権譲渡から債務引受・契約譲渡へ」『私権の創設とその展開』(慶 應義塾大学出版会、2013年)153頁。 21) 池田・前掲注20)153頁。 22) 大判大正10・ 5 ・ 9 民録27輯899頁。 23) 池田・前掲注20)165頁。 24) 日本弁護士連合会「『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』に対する意見」。 25)「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」第21、40頁。
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