国有企業の株式会社化と中国企業従業員の就業意識

国有 企業 の株式会社化 と中国企業従業員の就業意識
StockCompanizationofGovermentOwenedEnterprises
andtheConciousnessofEmployeeinChina
松 戸
武 彦*
TakehikoMatsudo
近年 にお け る東 ア ジ ア、 東 南 ア ジア の経 済 的伸 長 は こ の地 域 に大 きな社 会 変 動 を もた ら した。
特 に 、 中 国 に お け る改 革 ・開放 政 策 の 進 展 は、 社 会 主 義 市 場 経 済 化 とい う、留 保 付 き市 場 経 済
化 を標 榜 しな が ら、 実 は市 場 経 済 化 そ の もの に他 な ら ない よ う な経 済状 況 を中 国社 会 に 現 出 さ
せ て い る 。社 会 主 義 国 にお け る、 この よ う な市 場 経 済 化 は 、確 か に ひ と ま と ま りで 一・
貫 した 政
策 の よ うに 受 け 取 られ て い る よ うで あ るが 、 よ く考 えて み る と必 ず し もそ うで な い と ころ が あ
る。 グ ラ ス ノ ス チ な ど に代 表 され る、 東 ヨー ロ ッパ 的 な政 治 的 民 主 化 の 議 論 や ハ ン ガ リー 、
ユ ー ゴス ラ ビ ア に顕 著 だ っ た混 合 経 済 へ の 理 論 的 考 察 とは 別 の 視 点 と要 求 か ら出発 した 改 革 ・
開 放 政 策 、 お よ びそ の 系 と しての 社 会 主 義 市 場 経 済 化 は 、 か な りの 点 で 「そ の場 そ の 時 主 義 」
で あ っ た とい え よ う。 したが っ て、 出 て きた 政 策 も大 まか な と こ ろで は 同 じ方 向性 を もっ て い
た にせ よ、細 部 で は必 ず しも整 合 的 で は なか った よ う な と ころ も見 受 け られ る の で あ る 。
特 に 、 企 業 、 労 働 制 度 改 革 で は企 業 制 度 を支 え る シス テ ム の 変 革 と企 業 内 部 の経 営 方 策 に 関
す る制 度 改 革 、 お よ びそ の よ う な改 革 を展 開 して い くた め の 前提 に なる労 働 制 度改 革 が順 次行
わ れ て い っ た た め 、 そ の 間の 関係 の 変 化 を見極 め て い く指 向性 に乏 しか っ た とい え る。
当 初 政 府 は 企 業 自主 権 を拡 大 す る とい う方 策 の 下 に この 分 野 の 改 革 を 引 っ張 っ て い っ た が 、
90年 代 中頃 以 降 は この よ うな大 雑 把 な政 策 の展 開で は事 態 の 進展 に追 いつ か な くな り、 よ りは っ
き りした 資 本 主 義 制 度 の 整 備 に着 手 し なけ れ ば な らな くな っ た とい え よ う。 本 研 究 が 対 象 に す
る企 業 の所 有 制 に関 す る改 革 も この よ う な線 で 出 て きた 議 論 で あ る。
国 有 企 業 改 革 、 あ るい は株 式 会 社 化 とい う当 該社 会 主 義社 会 に と って の大 きな社 会 変 動 は 、
当 該社 会 の 中 に社 会 的 諸 勢 力 の 新 しい 布 置 状 況 を生 み 出 し、 そ れ が既 成 秩 序 の流 動 化 を 引 き起
こす 。 な か で も中 国 、 ベ トナ ム は既 成 秩 序 が社 会 主 義 とい う基 本 原 理 に適 応 す る か た ち で形 成
され て い る とい う事 情 に よ って 、 変 動 の 社 会 的 意 味 は社 会 変 動 の 著 しい タイ や イ ン ドネ シ ア、
マ レー シ ア な ど、 他 の ア ジ ア諸 国 と比 べ て も異 な っ た もの に な っ て い る と考 え られ る。 つ ま り、
これ ら二 つ の 国 は、 社 会 主 義 政 党 の 指 導 の 下 に 一・
般 大 衆 に至 る まで そ の理 念 に基 づ い て 「一 枚
平 成14年10月8日
原稿受理
社会学部
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総
合
研
究
所
所
報
岩」 的 な 団 結 を誇 る国 で あ っ た。 が しか し、 この 地 域 にお け る最 近 の社 会 変 動 は生 活 基 盤 の多
様 化 を 通 じて 、 こ う した`根 本 理 念
に大 き な変 容 を迫 る もの で あ っ た とい え る。
もっ と も、社 会 主 義 国 の 一 枚 岩 的 特 性 が 一・
つ の 理 念 で あ って 、 実 態 とは大 きな 隔 た りを示 し
て きた こ とは よ く知 られ て い る こ とで あ る。 す なわ ち、 党 ・行 政 の 幹 部 達 とい わ ゆ る 「
一般大
衆」 の 問 に は 権 力 の 配 分 、 経 済 的 機 会 へ の 接 近 可 能 性 な ど に関 して、 大 きな 隔絶 が あ っ た こ と
は もは や 周 知 の 事 実 で あ る。 したが っ て、 こ こ二 十 年 の 間 に これ らの 国 に生 じて きた変 化 は、
単 層 の社 会 に新 しい 階 層 化 が 進 展 して い くとい う、 単 純 な図 式 よ り も、 こ う した の従 来型 の社
会 的 分化 に 重 層 的 に重 な るか た ちで 、 経 済 変 動 を起 因 とす る別 の 社 会 的 分 化 、 多 様 化 が 進 ん で
きた点 が 問題 なの で あ る。 この 意 味 で、 これ ら二 つ の 国 の社 会 には 、 社 会 階 層 の再 編 成 に伴 い 、
新 た な社 会 的 分 節 点 が 形 成 され 、 新 た な社 会 的 階 層 化 が 生 じて い る とい え よ う。 そ して、 こ う
した社 会 階 層 の 流 動 化 と再 構造 化 に よ って 、 一 枚 岩 を前 提 とす る よ う な`社 会 主 義 的'既 成 秩
序 は 大 きな挑 戦 を受 け ざ る を え な くな って い る。
とは い え 、 現 象 が 持 つ 社 会 的 意 義 の 大 き さ に比 べ て 、 こ う した 社 会 的 分 化 が どの よ うなか た
ち で 、 どの よ うな 点 で 生 じて い るか の 研 究 は 多 くない よ う にみ え る。 た しか に、 全 体 社 会 を単
位 と した 階 層 化 、 労 働 移 動 の 研 究 は 出て きて い るが 、 新 た な社 会 的 分 節 点 の 形 成 に 関 して ミク
ロ とマ ク ロ を 結 ぶ 実 証 的 研 究 が 今 後 必 要 だ と思 わ れ る。
本研 究 の 課 題 は こ う した 研 究 上 の 手 薄 な局 面 を埋 め る意 図 を持 って 、 中 国 、 お よ びそ の 比 較
対 照 と して の ベ トナ ム の 企 業 従 業 員 調 査 か ら社 会 的 分 節 点 の 位 置 とあ り方 、 お よ びそ の 社 会 的
帰 結 に つ い て検 討 す る もの で あ る。 この 場 合 、 本研 究 で は 上 述 した よ う な観 点 か ら、 と りあ え
ず 国 有 企業 改 革 の 中 で 変 動 著 しい 企 業 レベ ル の 状 況 に 焦 点 を当 て た 。 また 、 ミク ロ とマ ク ロの
局 面 を連 結 す る 次 元 と して 企 業 に着 目 し、 企 業 の 特性 と労働 移 動 に 関 す る項 目 を関 連 付 け る こ
とに 焦 点 を お く こ とに した 。 さ ら に、 株 式 会 社 に お け る 労働 移 動 の 実 態 に迫 るた め に 「北 京 ・
西 安 」 調 査 の 結 果 を も取 り入 れ 、 そ れ 以 前 の状 況 と比 較 す る 試 み を行 っ た 。
内容 と して は 、 「労 働 移 動 指 標 と企 業 特 性 」 と して以 下 の4つ の トピ ック を論 じた。
/
a.転
職 回 数b.転
職 経 路 、 元 の 勤 務 先c.転
職 理 由d.就
職ルー ト
転 職 回 数 に 関 して は 、① 労 働 移 動 が 相 対 的 に 多 い 中 国南 部 の 企 業 の 中 で 、 深 馴F電 子 部 品 企
業 だ け は他 の 深 別 企 業 と比 べ て転 職 回数 は低 い。 この 場 合 、 これ らの企 業 に 関す る企 業 デ ー タ、
お よ び聴 取 調 査(深 別 市 工 会 を含 む)か
ら、 企 業 の 成 り立 ち と業 態 が 従 業 員 の 平 均 転 職 回 数 の
相 違 の原 因 に な っ て い る こ とが 想 定 され る 。② 転 職 回 数 の少 な さで は似 て い る が 全 くそ の 内 容
を異 にす る企 業 群 が存 在 す る こ とな どが析 出 され た 。
ま た、 就 職 ル ー トの 分析 か ら、株 式 会社 に お い て知 人、 友 人紹 介 が多 く、 か つ 私営 企 業 に比
べ て通 常 の 人事 異 動 が 多 く、 か つ 、新 聞 広 告 も一 定 の割 合 を 占 め る と言 う こ とか ら、株 式会 社
形 態 の企 業 が か な り雑 多 な色 彩 を持 つ 企 業群 の束 と して存 在 す る こ とを想 定 させ られ る 。 国有
企 業 か らの転 換 、 私 営 企 業 的 人事 管 理 策 、 な ど非 常 に複 雑 な色 合 い を併 せ 持 っ て い る こ とが想
定 さ れ た。
こ れ らの分 析 の結 果 、経 済 、 企業 改 革 や市 場 経 済 化 の進 展 につ れ、 労 働 市 場 、 お よ び従 業 員
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松戸:国 有企業の株式会社化 と中国企業従業員の就業意識
の 労 働 移 動特 性 か らみ た 企 業 特 性 の 点 で、 従 来 の社 会 主 義 社 会 が あ ま り想 定 して い な い よ う な
事 象 が 出 て きて い る こ とが 検 証 さ れ た。 こ れ らの知 見 は社 会 主 義 的 企 業社 会 の 転 換 の 中で 当然
起 こっ て くる もの で あ ろ うが 、 そ れ を初 歩 の段 階 にせ よ確 認 で きた こ とは意 義 が あ る と考 える 。
この 結 果 を うけ て 、 労 働 移 動 の有 無 の体 験 が どの よ う な従 業 意 識 に結 び つ くか は今 後 の 課 題 と
した い 。
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