国家戦略特別区域について

制度の紹介等
国家戦略特別区域について
上丸 寛之
奥村 真宏
1 はじめに
方向性が示された。
平成25年12月7日、第185回国会(臨時会)に
さらに政府は、8月12日から1か月間、国家戦
おいて、「国家戦略特別区域法」(平成25年法律第
略特区に関する提案募集を実施した。地方公共団
107号。以下「本法」という)が成立し、同年12
体、民間事業者などの242の団体から、197の提案
月13日に公布され、一部の規定を除き同日から施
が提出され、提出された提案のうち62件について、
行された(全面施行は平成26年4月1日)
。
国家戦略特区WGによるヒアリングを実施した。
本法は、我が国を取り巻く国際経済環境の変化
こうした有識者等や提案者からのヒアリングを
その他の経済社会情勢の変化に対応して、我が国
基に検討が進められ、国家戦略特区で実施する規
の経済社会の活力の向上及び持続的発展を図るた
制緩和項目の絞り込み、規制所管省庁との調整を
めには、国が定めた国家戦略特別区域(以下「国
進め、10月18日に「国家戦略特区における規制改
家戦略特区」という)において、経済社会の構造
革事項等の検討方針」が決定された。この決定を
改革を重点的に推進することにより、産業の国際
踏まえて、11月5日に本法案が閣議決定・法案提
競争力を強化するとともに、国際的な経済活動の
出された(資料1・2)。衆議院内閣委員会にお
拠点を形成することが重要であることに鑑み、国
ける審議においては修正が行われるとともに附帯
家戦略特区に関し、規制改革その他の施策を総合
決議がなされ、参議院内閣委員会における審議を
的かつ集中的に推進するために必要な事項を定め
経て、12月7日に成立した。
るものである。
本稿では、国家戦略特区の取組の検討経緯、本
法の概要及びこれまでの取組について紹介する。
3 国家戦略特別区域法の概要
1)国家戦略特別区域の指定
国家戦略特区とは、当該区域において、産業の
2 取組の検討経緯
国際競争力の強化に資する事業又は国際的な経済
国家戦略特区の構想は、平成25年4月17日の第
活動の拠点の形成に資する事業を実施することに
6回産業競争力会議で、経済成長のための大胆な
より、我が国の経済社会の活力の向上及び持続的
制度改革を実現するため、総理主導の特区を創設
発展に相当程度寄与することが見込まれる区域と
し、特区機能の活性化を図るべきとの提案が民間
されており、政令で定めることとしている(法2
議員からあり、その提案を受ける形で検討が開始
条1項)
。
された。5月10日には、国家戦略特区の具体的な
制度設計等の検討を行うため、有識者による国家
戦略特区ワーキンググループ(以下「国家戦略特
区WG」という)が設置された。
2)国家戦略特別区域基本方針
政府は、国家戦略特区における産業の国際競争
力の強化及び国際的な経済活動の拠点の形成に関
5月から6月にかけては、国家戦略特区WGが
する施策の総合的かつ集中的な推進を図るための
規制所管省庁からのヒアリングを実施した上で、
基本的な方針である国家戦略特別区域基本方針
規制緩和項目についての検討を進め、この検討を
(以下「基本方針」という)を定めなければなら
踏まえて、6月14日閣議決定の日本再興戦略にお
ないこととしており(法5条1項)、平成26年2
いて、国家戦略特区が重要な柱の一つとして位置
月25日に閣議決定されたところである(資料3)
。
付けられるとともに、主な規制緩和項目について
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市街地再開発 2014年8月 第532号
3)区域方針
内閣総理大臣は、国家戦略特区ごとに、基本方
針に即して、区域方針(国家戦略特区における産
方公共団体の長及び法七条二項の規定により選定
した者の全員の合意により作成するものとしてい
る(法8条6項)。
業の国際競争力の強化及び国際的な経済活動の拠
内閣総理大臣は、区域計画の認定の申請があっ
点の形成に関する方針をいう。以下同じ)を定め
た場合において、区域計画が法8条7項に掲げる
るものとしている(法6条1項)
。
基準に適合すると認めるときは、その認定をする
基本方針が国家戦略特区の推進に当たっての政
ものとしている(法8条7項)。
府全体の方針であるのに対し、区域方針は国家戦
略特区ごとに目標や政策課題を定めるものであ
6)規制の特例措置等
規制の特例措置については、その内容等を区域
り、平成26年5月1日に国家戦略特区の指定に併
せて策定された。
計画に記載し、内閣総理大臣の認定を受けること
で、当該規制の特例措置が適用されることとして
4)国家戦略特別区域会議
いる。
国家戦略特区ごとに、区域計画の作成等を行う
本稿では、「建築基準法の特例」、「道路法の特
ため、国家戦略特別区域担当大臣(以下「特区担
例」及び「都市計画法の特例」について紹介す
当大臣」という)及び関係地方公共団体の長は、
る。
国家戦略特別区域会議(以下「区域会議」という)
1
を組織することとしている(法7条1項)。また、
建築基準法の特例
①用途緩和のワンストップ特例
内閣総理大臣は、区域方針に即して、国家戦略特
一般制度においては、地方公共団体が都市計
区における産業の国際競争力の強化又は国際的な
画に用途地域を定め、建築基準法(昭和25年法
経済活動の拠点の形成に特に資すると認める特定
律第201号)で用途地域ごとに建築できる建築
事業(規制の特例措置の適用を受ける事業及び指
物の用途を規制している。地方公共団体は、特
定金融機関から当該事業を行うのに必要な資金の
別用途地区の条例でこの用途規制を強化又は緩
貸付けを受けて行われる事業をいう。以下同じ)
和することができるが、緩和する場合には、国
を実施すると見込まれる者を区域会議に構成員と
土交通大臣の承認が必要となる。
して加えるものとしている(法7条2項)
。
本特例は、特別用途地区の条例で用途の制限
を緩和することにより、必要な施設の迅速な整
5)区域計画
区域会議は、基本方針及び区域方針に即して、
備を促進するものである。
具体的には、条例で定めようとする用途制限
区域計画を作成し、内閣総理大臣の認定を申請す
の緩和の内容を区域計画に定めることにより、
るものとしている(法8条1項)
。
条例で用途制限の緩和を行う際に必要となる建
区域計画には、①国家戦略特区の名称、②区域
築基準法上の国土交通大臣の承認手続を不要と
方針の目標を達成するために国家戦略特区におい
するものである(法15条)
。
て実施し又はその実施を促進しようとする特定事
②都心居住のための住宅の容積率の特例
業の内容及び実施主体に関する事項、③特定事業
一般制度においては、地方公共団体が用途地
ごとの規制の特例措置の内容、④②、③のほか、
域の都市計画で容積率を定め、建築基準法でこ
特定事業に関する事項、⑤区域計画の実施が国家
れに適合するように建築物の容積率を規制して
戦略特区に及ぼす経済的社会的効果、⑥①∼⑤の
いる。
ほか、国家戦略特区における産業の国際競争力の
本特例は、住宅の容積率を緩和することによ
強化及び国際的な経済活動の拠点の形成のために
り、グローバル企業等のオフィスに近接した住
必要な事項、を定めるものとしている(法8条2
宅の整備を促進するものである。
項)
。
具体的には、都心居住の促進を図る区域、住
区域計画は、区域会議の構成員が相互に密接な
宅の容積率、敷地内の空地の要件、敷地の規模
連携の下に協議した上で、特区担当大臣、関係地
等を区域計画に定めるとともに、あらかじめ関
市街地再開発 2014年8月 第532号
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係都市計画審議会の議を経ることにより、都市
の案の作成、区域方針の策定、区域計画の認定、
計画で定めた容積率を緩和することとしている
雇用指針の作成に当たり意見を述べることのほ
(法16条)。
2
道路法の特例
か、②内閣総理大臣又は関係各大臣の諮問に応じ、
国家戦略特区における産業の国際競争力の強化及
一般制度においては、道路は、一般の自由な通
び国際的な経済活動の拠点の形成の推進に関する
行を本来の目的としていることから、道路の占用
重要事項について調査審議することや、③必要に
に当たっては道路管理者の許可を必要としている
応じ内閣総理大臣及び関係各大臣に対し意見を述
とともに、道路の敷地外に余地がないためやむを
べることを所掌事務としている(法30条)
。
得ない場合にのみ、許可をすることができる。
諮問会議は、議長である内閣総理大臣と議員10
本特例は、都市における国際的なイベントの実
人以内をもって組織することとされている(法31
施や多言語看板、オープンカフェの設置等の道路
条・32条)。議員は、内閣官房長官、特区担当大
空間の有効利用を行うことが可能となるよう、道
臣、内閣総理大臣が指定する国務大臣、内閣総理
路管理者が道路の占用を許可できるようにするた
大臣が任命する有識者をもって充てることとされ
めの基準の緩和を行うものである。
具体的には、道路上に設置する施設等の種類ご
とに当該施設等を設ける道路の区域を区域計画に
(法33条1項)、必要に応じてその他の国務大臣を、
議案を限って、臨時に会議に参加させることがで
きることとしている(法33条2項)
。
定めるとともに、あらかじめ都道府県公安委員会
の同意を得ることにより、当該施設等のための道
8)施行期日
路の占用で一定の要件を満たすものについては、
本法は、一部の規定を除き公布日(平成25年12
道路の敷地外に余地がないためやむを得ない場合
月13日)から施行している(法附則1条)。また、
でなくても、道路管理者は道路の占用を許可する
3章(区域計画の認定等)、4章(認定区域計画
ことができることとしている(法17条)
。
に基づく事業に対する規制の特例措置等)及び37
3
条(個別労働関係紛争の未然防止等のための事業
都市計画法等の特例
一般制度においては、都市計画法(昭和43年法
律第100号)、土地区画整理法(昭和29年法律第
主に対する援助)の規定については、平成26年4
月1日に施行したところである。
119号)、都市再開発法(昭和44年法律第38号)及
び都市再生特別措置法(平成14年法律第22号)に
4 これまでの主な取組
基づく都市計画の決定等や事業に係る許認可等ご
国家戦略特区については、平成26年5月1日に
とに手続が法定されており、関係行政機関等との
国家戦略特別区域を定める政令(平成26年政令第
調整が必要である。
178号)が公布・施行され、以下の6国家戦略特
本特例は、居住環境を含め、世界と戦える国際
区が指定された。すなわち、
都市の形成を図るために必要な施設の立地を促進
総合的な規制改革を実現する国際ビジネスやイ
するため、都市計画の決定等や事業に係る許認可
ノベーションの拠点としての「東京圏」(東京都
等の内容を区域計画に定めることにより、都市計
の9特別区(千代田区、中央区、港区、新宿区、
画の決定等や事業に係る許認可等がなされたもの
文京区、江東区、品川区、大田区、渋谷区)、神
とみなすこととするものである(法20条∼25条)
。
奈川県、千葉県成田市)及び「関西圏」(大阪府、
兵庫県、京都府)、農業や雇用といったいわゆる
7)国家戦略特別区域諮問会議
岩盤規制の改革拠点としての「新潟県新潟市」、
国家戦略特別区域諮問会議(以下「諮問会議」 「兵庫県養父市」及び「福岡県福岡市」、地域の強
という)は、経済財政諮問会議等と同じく内閣府
みを生かした観光ビジネス等の拠点としての「沖
設置法(平成11年法律第89号)に基づく重要政策
縄県」である。併せて、同日に6区域方針も決定
に関する会議として位置付けられている(内閣府
された。
設置法18条2項)。
諮問会議は、①国家戦略特区の指定、基本方針
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これらの国家戦略特区うち、関西圏、福岡市、
新潟市、養父市については、6月∼7月にかけて
市街地再開発 2014年8月 第532号
区域会議を立ち上げ、区域計画を作成していると
ころである。(なお、養父市の区域計画について
5 おわりに
6月24日に閣議決定された「『日本再興戦略』
は、その一部が7月23日開催の区域会議で決定さ
改訂2014」では、国家戦略特区に関する記載部分
れた。)早いものでは夏の区域計画の作成、秋か
において、更なる規制改革事項等として12の事項
らの特定事業の開始が期待されている。
を列記し、これらのうち国家戦略特区で取り組む
また、東京圏については、東京都における区域
べきものは、諮問会議等で検討を進め、速やかに
の拡大等に関し早期に実現を図るとともに、沖縄
法的措置等を講ずるものとされた。また、7月中
県については、規制改革事項等の内容の一層の充
旬から8月下旬にかけて、政府が講ずべき新たな
実を図り、観光ビジネスの振興やイノベーション
措置に係る提案募集が行われており、受け付けた
拠点の形成を図ることとされている。
提案は、諮問会議での調査審議を通じて検討が進
このほか、4月には、グローバル企業及び新規
められる。
開業直後の企業等が、我が国の雇用ルールを的確
国家戦略特区は、2015年度末までを集中取組期
に理解し、予見可能性を高めるとともに、労働関
間とし、いわゆる「岩盤規制」全般に速やかに具
係の紛争を生じることなく事業展開することが容
体的な検討を加え、規制・制度改革の突破口を開
易となるよう、法37条に基づき、労働関係裁判例
くこととしている。今後、国家戦略特区において、
の分析・類型化、関連法制度の紹介、紛争の未然
大胆な規制改革等が実行され、国の成長戦略に盛
防止のための助言等を内容とする「雇用指針」を
り込まれた施策が迅速かつ確実に実施されていく
策定している。
ことを期待したい。(上丸寛之・奥村真宏)
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資料1
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資料2
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資料3
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