ワールドハウジング&アート「ガイドブックには載っていない!パリの名住宅」

ワールドハウジング&アート「ガイドブックには載っていない!パリの名住宅」
スイス館(ル・コルビュジエ作、パリ14区(国際大学都市内))
ガイドブックには載っていない、しかし一生に一度は見ておきたい世界の名住宅を紹介するコーナーです。
見どころ、日本の住宅に参考になりそうなところをお聞きします。
名古屋造形大学 造形学部/大学院
建築・インテリアデザイン 准教授 白鳥 洋子先生
語録:「ル・コルビュジエの刺激的なスイス館に住んで発見した
ことは、意外にもゆるやかな人間関係をつくる仕掛け。日本の住
宅も応用できそう。」
■プロフィール
東京芸術大学大学院美術研究科修士課程建築専攻修了。その後フランス政府給費奨
学生として留学。エコール・ダルシテクチュール(国立建築大学)のパリ・ヴィレット校にて
DPLG(政府公認建築家資格)課程とパリ第一大学(パンテオン・ソルボンヌ)DEA(高等専
門研究)課程を併せて修了。帰国後、東京大学大学院工学系研究科博士課程建築学
専攻を満期退学。フランス政府公認建築家と一級建築士の資格をお持ちです。
現在は名古屋造形大学にて教鞭をとられ、建築史、建築設計を教えておられます。子
育てをしながら大学でもご活躍されるという忙しい毎日を過ごしておられます。
フランス政府公認建築家資格と日本の一級建築士の資格をお持ちで、日仏の建築に精通しておられる白鳥先生に、
ガイドブックには載っていない、しかし押さえておきたいパリの名住宅についてお聞きしました。
---今日お話をいただくパリの住宅は誰がつくり、どこにありますか?
今日紹介しますのは、近代建築の巨匠として名高いル・コルビュジエの建物です。パリ市南端の14区にパリ国際大学都市とい
うエリアがあり、その中にあります。パリ国際大学都市は40ヘクタールの広大な敷地に世界中から年間5,000人もの学生を受け入
れています。1930年に国際平和を目的に設立され、日本はじめ各国政府も、日本館、オランダ館といった具合に建物提供をし
ています。その中でスイス政府がル・コルビュジエに依頼して建設したのが今日お話しするスイス館です。
---先生はル・コルビュジエのつくったスイス館に住んだご経験があるとお聞きしました。ル・コルビュジエのつくった建築物を論じ
る専門家はいますが、住んでいたという人は聞いたことがありませんが?
ル・コルビュジエは近代建築の巨匠といわれており、建築の世界では知らない人はいないというくらい有名な建築家です。私は
パリに留学していまして、その時に幸運にもル・コルビュジエの設計したスイス館に住むことができました。とても楽しかったですし、
大変快適でしたよ。(笑)
---では、まずスイス館の一階付近の特徴にについて教えてください。
この建物の一階付近の大きな特徴は、まず一階の柱のみの空間であるピロティでしょう。ここは人々が自由に散策できるように
なっていて、また、近くまで車でアクセスできるようになっています。次の特徴はエントランスホールの奥にあるサロンです。ここに
は、ル・コルビュジエ本人による壁画が飾られています。大きな開口部からの気持の良い光、そこから見える庭園、そして壁画が
重なり合うことでより効果的にサロンの魅力を高めています。
---先生の住んでいたスイス館の部屋について教えてください?
私が住んでいた部屋は最上階にありました。1930年代に造られた部屋としては大変モダンでシンプルなデザインであり、家具
はシャルロット・ペリアンによるものです。少々狭いですが全面南向きでとても明るく、収納、洗面、シャワー等が一通りそろってい
て機能的でした。天井の色は部屋ごとに赤、青、黄、茶と異なっていて、私の部屋は赤であり、刺激的で斬新な感じでした。
さらに、特筆すべきは私の住んでいた部屋を含む三つの部屋がテラスを囲むように配置されていることです。三つの部屋には
それぞれ様々な国の留学生が住んでいて、テラスに出てきて休憩をしたりする中で、次第に親しくなっていきます。おしゃべりを
したり、お茶を一緒にしたり、ランチを一緒にしたりしながら親しくなっていくわけです。でも、お互いの研究を邪魔しないように、
プライバシーを尊重しつつ、それらを踏まえた上で親しくなっていくわけです。つかず離れずの関係が自然にできていくのです
が、そのための仕掛けとして、テラスが絶妙な役割を果たしていました。
先生がお住まいになっていた
お部屋
寝室
共有のテラス
テラスでご友人と
---テラスは日本の住宅に参考になりそうですか?
日本では近年シェアハウスや隣人との関わり合いが注目されています。インターネットや各種ITツールの浸透により直接的な
人間同士の関係性が希薄になったことに対する反動なのでしょう。皆で暮らすのもなかなか難しいですが、一人で孤独な生活を
送ることも苦しいものがあります。共同生活の中でコミュニケーションしましょうといっても、それぞれ個人の抱える生活や事情があ
りますので配慮が必要ですし、それで疲れてしまうものいけません。
私の部屋ではテラスの仕掛けが三人の住人同士のほど良い距離感を作っていました。テラスに出てくれば、コミュニケーション
がOKというサインであり、それを見て、同じ気分の人がそれとなくテラスに出てくるというわけです。テラス以外にも、スイス館には
交流のツールとしてキッチンがありました。とても狭いですが(笑)、食事を作るだけではなく、自然発生的にパーティーや会食の
場に変身していました。これもさりげないコミュニケーションの場として大変良いものでした。
スイス館では何気ない日常の中で、自然に人々が集まり、食事やお茶の時間を共有する。そこには自然につかず離れずの人
間関係ができる仕掛けがあったと思います。義務感ではなく自然に人が集まれる仕掛けのヒントをスイス館は示していると、実際
に住んでみて感じました。シェアハウスなどの集まって住まうという観点から、日本の住宅に大いに参考になると思います。
留学生仲間と
キッチンでパーティ
---ご自身でも住んでおられたスイス館を一言で表現してください。
一階のコルビュジエの壁画といい、部屋の天井の赤といい、自然な人間関係ができるテラスのような仕掛けといい、
大変刺激的でやる気を引き出す建物でした。
スイス館は一般の方は見学することはできるのでしょうか?
全部ではありませんが、一部は見学可能です。行かれる前に、一度問い合わせてみてください。
---フランスに留学される方にアドバイスをお願いします
やりたいことがあれば、積極的に動いてみると良いと思います。特に世界へ出ていくと得るものは多いですよ。建築ですと、実
際に見てみると全く違います。ぜひ留学してみてください。
---今後の研究テーマは?
現在、アンリ・ラブルーストという19世紀半ばに活躍した建築家について研究を行っています。彼はパリにあるサント=ジュヌ
ヴィエーヴ図書館と国立図書館を設計した建築家として著名です。この二つの図書館は19世紀の古典主義の流れを汲む記念
碑的な建造物に大変美しい鉄構造が露出で用いられていることが特筆され、近代建築の源流の一つとされています。実は今回
紹介したスイス館の設計者ル・コルビュジエもアンリ・ラブルーストから重要なことを学んでいます。近代建築の巨匠がル・コルビュ
ジエであるのであれば、アンリ・ラブルーストは近代建築の父とも言えるのですが。彼の作品と思想は近代を超えて現代建築に
通じるところがあり、大変魅力があるのですが、その魅力や価値を伝えられるような論考をしたいと思っています。詳しくは、また
別の機会にお話しできると良いですね。
※インタビュー日時:2014年11月18日(火)10時
※企画、インタビュー、文章:東新住建(株)住宅市場研究室 小間
※撮影及び音声:東新住建(株)住宅市場研究室 小崎