小学校低学年の道徳の時間における「生命尊重」の授業の在り方に関する一考察 中央指導者研修レポート「生命尊重をテーマにした教育の実践」を通して 研究指導主事 1 野村 松徳 主題設定のねらい 道徳の時間は,①計画的,発展的に指導する②学校教育全体で行う道徳教育を補充,深化,統合する ③道徳的価値の自覚を深める④道徳的実践力を育成する,という目標のもとに展開される。 平成18年6月に開催された「道徳教育を推進するための研修(中央指導者研修 )」に参加する 機会を与えていただいた。演習項目の一つに「生命の尊重をテーマとした教育の実践」があり, 239点の貴重な情報を得ることができた。その中の,小学校低学年における生命尊重の実践を紹介し た17点のレポートを見ると,内容項目を十分吟味しないまま授業に臨み,価値の焦点化が図れないま ま授業を終了する場合(例:自然愛護と生命尊重が混在)や,児童の道徳性の発達に即したねらいが不 明確な場合(例:小学校高学年のねらいを記述)が多く見られた。 道徳の授業を実践する中で,小学校低学年の場合,生活科と道徳を関連させた授業計画を立て実践し ている場合が多いが,他領域と関連させる場合は,道徳の時間の目標を達成させる意味でも,内容項目 のねらいにこだわり,発達特性をふまえた指導の工夫が必要である。 そこで,これらのことをふまえ,道徳教育の現状の一端を考察する中で,価値のぶれない授業,道徳 性の発達に即した授業の在り方を再確認したいと考え,本主題を設定した。 2 研究内容 (1) 小学校における自然愛護(内容項目3−1)及び生命尊重(内容項目3−2)の学習 ①道徳の時間における学年別のねらいについて 資料1 学 年 自然愛護 3−1 生命尊重 3−2 第1・2学年 身近な自然に親しみ,動植物に優しい心で接する。 生きることを喜び,生命を大切にする心をもつ。 第3・4学年 自然のすばらしさや不思議さに感動し,自然や動物を大切にする。 生命の尊さを感じ取り,生命あるものを大切にする。 第5・6学年 自然の偉大さを知り,自然環境を大切にする。 生命がかけがいのないものであることを知り,自他の生命を大切にする。 ②小学校低学年における自然愛護,生命尊重の指導の留意点 学習指導要領解説では,児童の発達特性をふまえて指導の留意点を以下のように述べている。 資料2 この段階においては,特に身近な自然の中で遊んだり,動植物の飼育栽培などを経験し,自然や 動植物などと直接触れ合うことを通してそれらに対するやさしい心を養うことが求められる。 (自然愛護 3−1) この段階においては,例えば朝元気に起きられる。おいしく朝食が食べられる。学校に来てみん なと楽しく学習や生活ができる。このようなきわめて当たり前のことで見過ごしがちな「生きてい る証」を実感し,そのことに喜びを見出すことによって生命の大切さを自覚するようにすることが 求められる。 (生命尊重 3−2) この時期の小学生は,まだ幼児期の特性がかなり残っている段階である。その発達特性をふまえて 3−1,3−2における指導の留意点が上記のように述べられている。 (2) 3−1(自然愛護),3−2(生きている証の実感)と関連する生活科の単元と展開のポイント例 資料3 (第1学年) 単 元 名 ①いっしょに遊ぼう ②学校を探検しよう 学 習 内 容 遊び名人の2年生と一緒に遊ぶ。(わらべうた,リズム遊び等) 探検と遊びを繰り返し,気に入った遊びと場所を見つける。ネイチャーゲーム「わたしの木」 などで遊ぶ。 ③お花でいっぱい・動物と友 2年生からもらった花の種を蒔いたり動物と遊んだりする。 だち ④遊び基地をつくろう 秋の野山の自然に親しみ,基地づくりの遊びに生かす。 ⑤おうちごっこをしよう 友達と役割交換しながらおうちごっこをして遊び,紹介しあう。 ⑥わたしのじまん できるようになったこと,家の人,家から見える景色などを紹介する。 ⑦わたしもできるよ 家でのいろいろなお手伝いに挑戦して「できるよ大会」をする。 (第2学年) ①学校の秘密を教えよう 1年生に新しい遊びや秘密の場所を教える。 ②花いっぱい大作戦 敬老会の花壇のお手伝いをし,自分たちの花壇も花いっぱいにする。 ③お世話してみよう 好きな動物の世話をし,育てる。 ④町の探検隊 名刺を作り,町探検に出かける。 ⑤秋の遠足 秋の野山の自然に親しむ。 ⑥ありがとうパーティ 敬老会の人や町の人を招待し,公民会などでパーティをする。 ⑦わたしのパノラマ カードを使って自分の成長パノラマを作る。 (東洋館出版 教育課程と学習活動の実際 生活p.51より) - 57 - (3) 小学校低学年における生命尊重の指導の現状(17点の報告書から) 観点 内 容 項 目 と 関 連 し た 報 告 報告者 1 S県T町教育 委員会参事 2 K府総合教育 センター指導 主事 3 I県教育研修 センター指導 主事 4 T県N市立M 小学校教諭 5 G県I町立I 小学校教頭 6 S県H町立H 小学校教頭 7 I県N市立N 小学校教頭 8 T県M市立S 小学校教諭 9 N県S市立A 小学校教諭 道 徳 性 の 発 達 と 関 連 し た 報 告 10 G 県 G 教 育 事 務所教育支援 課指導主事 11 F 県 K 教 育 事 務所教育指導 室指導主事 12 T 都 T 市 立 T 小学校主幹 13 O 県 S 教 育 事 務所指導主事 14 G 県 N 市 立 I 小学校教諭 15 T 県 教 育 委 員 会指導主事 16 N 県 S 市 立 S 小学校教諭 17 I 県 H 市 教 育 委員会指導主 事 報 告 書 の 概 要 ・ 記 述 内 容 等 ・1年生で,「いのちってふしぎな」をテーマに,生活科「生き物とのふれ あい」, 性教育「からだのしくみ」との関連を重視。 ・総合単元化構想(第1学年) 学級活動(性教育:小さな赤ちゃんとお母さん), 生活科(生き物の世 話)と関連させての道徳学習 ・総合単元化構想(第2学年) 生活科(植物の世話 ),生活科(自分の成長),国語(おへそってなあに) と関連させての道徳学習 ・学級活動との関連を重視した実践 1学年(学校は楽しい・楽しい給食・みんな友達),2学年(楽しい給食) ・生命尊重をテーマとした教育実践を推進する中で,全学年を通して飼育栽 培活動を展開。(低学年はインコ,文鳥) ・特別活動や多様な人間関係の交流から(農村公園での縦割り遊び) ・生きることの楽しさ,すばらしさを体験する活動を通して(焼き芋大会) ・生活科との関連を重視した実践 こんにちは学校の生き物たち・アサガオの栽培(第1学年 ),身の回りの 生き物観察・野菜栽培(第2学年)と関連させての道徳学習 ・生活科との関連を生かした授業実践 アサガオの栽培活動(水やり,手入れ,枯れたアサガオ等)と生命尊重 を結びつけての実践 ・生命の誕生,死をテーマにした授業実践 アサガオの発芽,誕生時における親の気持ち,動物の死等を通して生命に ついて考えさせるようにする。 ・低学年の3−2のねらいとして 動植物にやさしく接し,その成長や変化,死などを通して,人間ばかり でなくすべてに生命があることに気づき,生命を大切にする心を育てる。 ・低学年の3−2のねらいとして 家族の祈りと祝福の下に誕生し支えられる自他の生命を尊重し,明るく 元気に生きようとする心情を育てる。 ・低学年の3−2の指導上のポイント(教師の支援) 飼育している動物,草花,友達,兄弟,家族など,みな同じように大切 な生命があることに気づかせる。 ・低学年(第2学年)の3−2の授業実践(教師の支援) 自分たちも誕生したときの喜び・夢・願いがあることを確認するように する。 ・低学年(第2学年)の3−2の授業実践 新しい生命が誕生する場面に立ち会う家族の姿から,自分の存在や命の 尊さに気づき,生命あるものを大切にしようとするねらいで授業実践。 ・保護者からのメッセージを活用した授業実践(第1学年) 母親の心情を通して生命の尊さに気づかせ,自他の生命を大切にしよう とする態度を養うことをねらいとした授業実践 ・人間の誕生と死をテーマにした授業実践(第2学年) 生きている自分に感謝しながら,精一杯命のある限り生きていくことの大 切さに気づかせる授業実践 ・保護者との連携を重視した授業実践 かけがえのない生命に気づき,生命あるものを大切にしようとする心情 を育てることをねらいとした授業実践 資料4 備 考 生活科は(3-1),性教育 は中学年以降の内容 性教育は中学年と関連, 生き物の世話は(3-1) と関連 植物の世話は(3-1),自 分の成長,おへそは中学 年の内容と関連する 生きる喜び(生きている 証)を実感する内容 飼育栽培活動は(3-1) の内容 生きる喜び(生きている 証)を実感する内容 自然や動植物と直接ふれ あうことは ,(3-1)のね らいに近い 生きる喜び(生きている 証)を実感するのではな く ,(3-1)の観点 誕生から死までの過程を 扱うのは高学年で扱う内 容 生きとし生けるものの生 命の尊厳は中学校で扱う 内容 自他の生命の尊重は高学 年のねらい 生きとし生けるものの生 命の尊厳は中学校で扱う 内容 人間の誕生は中学年で取 り上げる内容 人間の誕生は中学年で取 り上げる内容 母親の心情は1年生には 理解できない(価値の主 体的自覚が図れない) 誕生から死までの過程を 扱うのは高学年のねらい 生命のかけがえのなさの 理解は高学年で扱う内容 3 まとめとして 「自然や崇高なものとのかかわりに関すること」の三点は,それぞれ〔3−1 自然愛護に関すること〕 〔3−2 生命尊重に関すること〕〔3−3 自然に対する畏敬の念に関すること〕に分けられる。小学 校低学年の場合,資料4を見る限り,3−1と3−2が混在された形で展開されている場合が多いことが 分かる。また,児童の道徳性の発達を十分配慮した形で授業が展開されているとは言い難い。 内容項目と関連で見てみると,道徳の時間を核にして総合単元的な計画のもとに実践されている報告が 多かった。この場合,例えば生活科の単元の内容と指導の留意点(資料2・3)との関連性をしっかり把 握しておかなければならない。資料4では,№4と№6の報告書がそれに該当していると思われる。次に, 道徳性の発達との関連である。県の生徒指導の基本方針に「発達に即した子ども理解と生徒指導」が一番 目に強調されているが,それは,「道徳性の発達に即した子ども理解と道徳学習」に置き換えて考えるこ ともできる。資料4では№9から№17までの報告内容が,ほとんど中学年∼中学生のねらいで示されてい るのことが分かる。 道徳の時間は,児童一人一人が価値を主体的に自覚する時間(今までの自分はどうであったか,これか らの自分はどうあるべきかについて,児童一人一人が自分自身を見つめる時間)として位置づけられてい る。そのためにも内容項目に対しては,一つの価値にこだわり,価値を焦点化してしていく必要があるし, 道徳性の発達に基づいたねらいを再確認する必要(ここでは,生命尊重=生きることの喜び)がある。こ れらのことをふまえて,道徳の時間の指導の工夫(導入・展開前半・展開後半・終末の指導の在り方,資 料分析,発問や板書の工夫,児童一人一人の実態に応じた支援,道徳性の評価等)と関連させながら授業 を展開していくことが必要であると考える。 - 58 -
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