マルタ共和国の学力観と学習指導法の工夫

海外派遣研修報告
研究主題
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2004.9.30~10.15
小池
浩一
マルタ共和国の学力観と学習指導法の工夫
はじめに
現在 日 本 で は ,「 生 き る 力 」 の 知的 側 面 で あ る 「 確 か な学 力 」 の 向 上 を目 指 して 学 習
指導を進めている。確かな学力は,知識技能面だけではなく,自ら学ぶ意欲や態度を含
めてのものであり,それを達成するために個に応じたきめ細かな指導が課題となってい
る。数学科においては,数学嫌いや習熟度別指導等の課題を解決するために,授業の質
的改善を図っている。
そこで,研究課題を「マルタでは,学力をどのように捉え,それを実現するために,
ど の よ う な 学習 指 導 法 や 学 習 形 態 の 工夫 を し て い る の か。」と し ,学 校 訪問 で の見 聞 や
文献資料をもとに,課題を解決したいと考える。
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マルタの学力観
(1)マルタの教育方針
マルタでは,5歳から16歳までの全ての子どもが性別や信条,経済状況を問わず学
校教育を受ける権利を有している。
教 育 法 (1988年 )に よ っ て , 全 学 校
を対象としたカリキュラムが整っ
た。この教育カリキュラムは,キ
ャリアを変更し適応できる柔軟な
労働者を育成するために対応した
ものである。この目標は,個人の
資質の向上を保障し,教育水準の
改善や教育システムの供給を通し
て達成される。マルタのミニマム
カ リ キ ュ ラ ム (1999年 )は , 大 転 換
(学力の向上)と特別支援教育の
2点を強調している。学力の向上
では,マルタ語,英語,数学の3
教科を重点的に行うことがあげら
れる。また,特別支援教育では,
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生涯学習
マ ル タ 大 学 マ ル タ カ レ ッ 職業訓練,
tertiary
ジ
一般教養
education
芸術,科学,
ISCED 5A
工学
専門教育&大人の教育
短大・高校
義
務
教
育
高校(non-tertiary
中学校(男女別 セカンダリー・ス ボイズ,ガール 成績不
学)(成績上位)
クール
ズ・スクール
振者の
ジュニアライシウム
(成績中位)
(成績下位)
学校
小学校B(小学6年の試験結果で中学校選択)
(男女共学) Primary School B
特
殊
学
小学校
A
Primary School A
校
(男女共学)
(テストはない)
幼稚園(小学校 A に附属)
マルタの教育システム
イ ン ク ル ー ジ ョ ン 教 育 ( inclusive
education) の 流 れ を 受 け て ,障 害 を も つ 子 ども が でき る だけ 普 通学 校 で学 ぶ よう に す
るために,施設面での改善や,介助員(facilitator)をクラスに配置するようにした。
(2)学力の向上-マルタ語,英語,数学の重視とIT教育-
マルタは物的資源に乏しく,人的資源をいかに育て活用するかが課題である。マル
タの主要な産業は観光であり,観光立国を目指すためには,国際語である英語を使い
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こなせる人材を育てることが必要である。さらに,母国語であるマルタ語と過去のユ
ニークなマルタの文化を尊重する心や
数理の知識を身に付けた人間を育成するため
に,未来に向けて教育の質を改善するという考えに基づいて教育している。
また,IT教育にも力を入れ,小学校の各教室には,4台ずつコンピュータが導入
されている。中学校では,コンピュータ室が複数設置されており,コンピュータの検
定試験も取り入れている。子どもは,学校だけではなく,自宅においてもコンピュー
タを活用している。
アンソニーバレッタA小学校(低学年)では,
毎 日 , 国 語 (マ ル タ 語 ), 数 学 , 英 語 の 授 業 が
ある。しかも,火曜日は英語の日で,一日中
英語で話さなければならない。また,セント
バ ー ナ デ ッ ト ・ サ ン グ ア ン B 小 学 校 (高 学 年 )
では,集会活動で子どもが発表をしたが,一
つの発表は英語で行い,もう一つの発表はマ
ルタ語で行った。さらに,小学校から,数学
の授業は母国語のマルタ語ではなく,英語で
アンソニーバレッタA小学校
行 っ て い る 。セ ン ト テ リ ー ザ 女 子 中学 校 (ジ ュ ニ ア ・ラ イ シ ウ ム )で は, 国 語 (マ ル タ
語 ),数 学 , 物 理 , 生 物 , 化 学, 歴 史 , 地 理 , コ ン ピュ ー タ , 道 徳 (宗教 )な ど が 必 修
教科であり,定期テストの問題文は,全て英語である。このように,小中を通して,
英語力を高めようとしている。
(3)生涯学習とアセスメント
マ ル タ で は , 5歳 か ら 16歳 ま で が 義 務教 育 で あ り , 無 償 で 学 ぶこ と が で き る 。 大 学
も無料というだけでなく,奨学金まで支給される。ただし,テストの成績によって進
路が分かれる。
小学校低学年では,形式的な評価はしない。小学校高学年になると,2回の定期テ
ストと,日常の形式的な評価が行われている。小学校5年生になると,6年生で行う
テストに向けて猛勉強することになる。この結果,中学校は,成績上位校のジュニア・
ライシウム,成績中位のエリア・スクール,学習不振者のボイズガールズ・スクール
に振り分けられる。中学校の最終学年(中5)でも,イギリスで行っているレベルの試
験があり,希望する進路に進学するには勉強をしっかりしなければならない。高等教
育(大学)に進学できるのは,全教科に合格した成績優秀者だけである。
マルタでは現在教育改革を行っているが,大学進学だけではなく,技術学校,観光
学校,教会運営の学校,私立学校への進学や外国への留学など多様な進路が用意され
ている。さらに,仕事に就いてからも必要に応じ学べるようなシステムになっている。
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マルタの学習指導-算数・数学科を中心に-
(1)学習内容
小学校では算数の授業を毎日行い,中学校においても数学は必修教科であり,算数・
数学は重視されている。また,算数・数学の授業は英語で行っている。
マルタ教育省の Web.ページ(http://www.curriculum.gov.mt/syllabus.htm)によると,
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中学校数学科のシラバス(2003年)は,次のようになっている。
シラバスは,ジュニア・ライシウム(成績上位校)と地域の中学校(成績普通校)
の2 種 類 に 分 か れ て お り,「 数 学は , そ の 概 念 や ス キ ルが 様 々 な 問 題 解決 に 使わ れ ,
コミュニケーションの道具としても役立つということを数学の先生は授業で強調する
べきである」とする原理や目標は共通であるが,内容は違っている。後者のシラバス
では,全ての生徒が身に付けるべき基礎的な内容と,発展的な内容が明示されており,
これを評価規準と見ることもできる。
(2)学習形態
学習形態は,訪問した学校によって多少の
違いはあるが,一斉授業の形態からグループ
別の授業形態への移行期のように感じられ
た。小学校A(低学年)では,4人グループ
の机配置で授業を進めていたが,小学校B(高
学年)では,日本の一斉授業の形態と同じで
あった。小学校では,どの学級でも,起立し
て我々を迎えてくれるなど礼儀正しさが徹底
していた。
小学校低学年
中学校(ジュニア・ライシウム)では,生徒
会が中心となって学校案内をしてくれたが,
学校はとても落ち着いた雰囲気であった。選
択教科の授業を参観したが,少人数でかなり
専門的な学習をしていた。
(3)習熟度別の指導
マルタの習熟度別の学習指導は,試験によ
って,中学校は,ジュニア・ライシウム,セ
カンダリー・スクール,ボイズガールズ・ス
小学校高学年
クールというように学校自体が能力別に分か
れている。また,小学校高学年では,能力に
よってクラス分けをしていた。現在日本にお
いても,習熟度に応じた指導が取り入れられ
つつあるが,授業の内容や生徒自身の自己評
価によって学習コースを選択するような指導
法で行っているのが一般的であり,違いを感
じた。
マルタでは,障害をもつ子どもも介助員の
算数の教科書
サポートを得て,普通学級で学習しているが,
英語や算数・数学の授業では,子どもの能力に応じて別室で授業を受けるなどの工夫
をしている。つまり,子ども一人ひとり人に合った授業をすることに配慮をしている。
各教室にいる介護員は,該当する子ども専属のものであり,学習内容や指導方法に
よって協同で指導することはない。せっかく同じ教室にいるのだから,場合によって
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は,指導の役割分担をし,複数で教えるような方法をとると,さらに学習効果が上が
るのではないかと考える。
(4)教科書と副教材
マルタでは教科書が無償で貸与される。算数の教科書は多色刷りで,英語で記述さ
れている。マルタの書籍は,英語で出版され
た輸入品がほとんどで,たいへん高価なもの
である。
授業では,教科書以外に,教師が独自にパ
ソコンで作成したワークシートを活用してい
る。しかも,1枚1枚のワークシートではな
く,冊子に綴じたワークブック形式のもので
ある。
マルタにおいても算数・数学の授業では,
教室掲示:10の合成分解
黒板が大いに活用されており,ワークシート
やコンピュータを利用して子どもの理解が深
まるように授業を工夫していた。
(5)教室掲示
教室には,子どもの作品だけではなく,学
習に関係する手作りの模造紙が掲示されいた。
どの教室にも数や図形の掲示物があり,算数
の理解を深め内容の定着を図ろうとしている
努力が見られた。
教室掲示:奇数と偶数
特に,足し算や引き算ができるようにする
た め に は , 10の 合 成 分 解 の 練 習 を 十 分 行 い ,
豊かな数感覚を育てておくことが必要である。
子 ど も 同 士 が 問 題 を 出 し 合 っ た り ,「 10を 作
る」模造紙を教室に掲示しておくことで,知
らず識らずのうちに子どもは,その学習の重
要性に気づき,意欲的に学習するのではない
かと考える。
教室掲示:図形
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おわりに
マルタでは,よりよい人材の育成を図るために教育を重視し,教育システムの整備を
物的・人的両面から行っている。日本においても,学ぶことの意義を再認識し,確かな
基礎学力を身に付けた心豊かな人間を育成するために,たゆまぬ努力をすることが必要
であると考える。そのためには,何よりも,教育に対して情熱をもち,実践を積み上げ
ていくことが大切なのではないかと思う。
最後に,研修の機会を与えてくださった方々に感謝申し上げたい。
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