469.歴史が教えるイタリア・スペインの行く末(ファイナンシャル・タイムズ

482.歴史が教えるイタリア・スペインの行く末(ファイナンシャル・タイムズ)
日本経済新聞2012.10.11. (2012年10月10日付英フィナンシャル・タイムズ紙)
(傍線:吉田祐起引用)
高水準の債務と過大評価されたままの為替レートを抱えた高所得の大国が、公的債務の削減と
競争力の回復を試みたらどうなるか?
これは今まさに重要な問いかけだ。イタリアとスペインが直面する課題にほかならないからだ。
■第1次大戦後の英国に学ぶ
スペインとイタリアは公的債務の削減と競争力の回復に取り組んでいる (9月21日、ローマでの会
合に臨んだスペインのラホイ首相=左=とイタリアのモンティ首相)=ロイター
ただ、国際通貨基金(IMF)が最新の「世界経済見通し(WEO)」のある章で示したように、これに
は前例がある。2度の世界大戦の間に英国が経験したものだ。それを見る限り、「内的減価」(賃金
や物価水準の引き下げ)の試みと債務の力学が相互に作用して、致命的な結果をもたらしかねな
い。
しかも、イタリアとスペインの窮状は多くの意味で当時の英国より深刻だ。英国は最終的に金本位
制を離脱できたが、ユーロ圏からの離脱ははるかに難しい。さらに、当時の英国には金利を引き下
げる能力と意欲を持つ中央銀行があったが、現在の 欧州中央銀行(ECB)がイタリアやスペインに
同じことをする能力と意欲はないかもしれない。
■緊縮的な財政・金融政策を実施
第1次世界大戦直後の英国では、公的債務の残高が国内総生産(GDP)比140%に達し、物価水
準も戦前の2倍以上に跳ね上がっていた。政府は、戦前の等価での金本位制復帰(これは1925年
に実現した)と、信用力を維持するための公的債務返済を決意した。当時の英国は茶会党(ティー
パー ティー)の主張にぴったりの国だった。
目標を達成するため、政府は緊縮的な財政・金融政策を実施した。プライマリーバランス(利払い
前の基礎的財政収支)の黒字は、1920年代を通じて GDP の7%に近い水準に保たれた。これ
は、エリック・ゲディス卿が議長を務めた委員会にちなんで「ゲディスのおの」と名付けられた歳出
削減策の成果だった。委員会が勧告した政府支出の削減方法は、現在の「拡張的緊縮財政」論者
の主張と全く同じだった。一方、イングランド銀行は20年に政策金利を7%に引き上げた。第1次世
界大戦前の等価への回復を助ける狙いだった。その結果生じたデフレと相まって、英国の実質金
利は非常に高くなった。英国の独善的で愚かな支配階級は、凄惨な戦争の不運な生存者をこんな
ふうに扱ったのだ。
■多大なコストをかけて目的達成できず
では、かつかつの財政政策と死者をいたぶる金融政策に専念した結果はどうだったのか。ひどか
った。38年の実質GDPは18年とほとんど変わらない水準で、この間の平均成長率は年0.5%に
すぎなかった。これは大恐慌のせいだけではない。28年の実質GDPも18年を下回っていた。輸
出はずっと低調で、失業率はずっと高止まりしていた。高い失業率は、賃金を名目と実質の両方で
引き下げた。ただ、賃金は単なる価格ではない。政府の狙いは組合労働者の弱体化 だった。一連
の政策は26年のゼネストにつながった。これらは、第2次世界大戦後も数十年にわたって続く苦痛
を世に広めた。
スペインでは労働力の25%の人が失業している(10月2日、マドリードの職業安定所)=AP
一連の緊縮策は、経済と社会に多大なコストをもたらしたばかりか、目的を果たせなかっ た。英国
は31年に金本位制から再び離脱し、の後も 復帰しなかった。さらにひどいことに、公的債務も減ら
なかった。GDP比の公的債務は30年には170%に上昇し、33年には190%に達した(こうした
数字からは、今の世界がかなり低い水準でパニックを起こしていることがわかる)。実際、英国の公
的債務のGDP比は、90年まで第1次世界大戦前の水準に戻らなかった。なぜそれほど手間取っ
たのか?端的に言えば、英国は経済成長率が低すぎ、金利水準が高すぎた。その結果、プライマ
リーバランスが大幅な黒字でも、債務比率を抑制できなかったのだ。
■金利引き下げだけでは不十分
この話は現在のユーロ圏に大いに関係がある。10年以上もかけて調整を進める代わりに、手っ
取り早く競争力を回復するには、賃金は下がらなければならない。そのためには、失業率も非常に
25
高くなる必要がある。スペインの場合、失業率は既に高い。だが労働力の25
25%もの人が失業して
いるのに、この国の名目賃金は危機勃発以降にドイツを少し下回る率で上昇した。一方、スペイン
の実質GDPは縮小している。財政政策を引き締めれば、さらに縮小するはずだ。国内外の資本が
逃げ出すにつれ、高金利も同様な効果を及ぼす。
これらすべてはスペインを債務のわなに陥れるおそれがある。民間部門と公的部門の双方を脅
かすわなだ。スペインより財政赤字は小さいが公的債務残高は大きいイタリアも、金利の高止まり
と鈍いGDPの成長が続けば似たようなわなに陥るだろう。
だからこそ、両国の公的債務の金利を下げるECBの計画が、財政のデフォルト(債務不履行)と
銀行崩壊が同時に起きる惨事を避ける必要条件になるわけだ。だが、それは十分条件ではない。
成長の見通しも改善しなければならない。
■活気に満ちた経済が不可欠に
IMFはほかにも多くの興味深い事例を検証している。第2次世界大戦後の米国の公的債務削減
や、過去20年間の日本の経験だ。日本の事例は特にデフレに関して、20年代、30年代の英国と
類似点がある。このほか、80年代のベルギー、90年代のカナダとイタリアの事例がある。
最も重要な結論は、超低利の実質金利と活気に満ちた経済という金融環境の支援がなければ、
財政の再建はできないことだ。20年代、30年代の英国と同様に、日本も90年代、2000年代に失
敗した。今の英国や米国など、民間部門が債務を抱える国の金融政策の効果のなさは、似たような
制約条件を生む。英国政府はそれを学びつつある。過去にはインフレも公的債務の負担軽減を加
速させた。再びそうならなければ驚きだ。
WEOのこの章に対する筆者の批判は、財政上の債務削減の取り組みを、民間の債務で起きて
いることに照らして捉えていないことだ。民間部門も自らの過剰債務を減らしたがっている時には、
財政赤字の抑制はかなり難しい。一方の支出削減は他方の収入減少になるからだ。力強い外需が
なければ、デフォルトと恐慌を通じたデレバレッジング(負債圧縮)が起こる可能性が高い 。想像し
得る最悪の結末だ。
■債務のわなから逃れられるか
いずれにせよ、これは極めて役に立つ論文だ。特に、大戦間の英国の経験から現在のユーロ圏
への教訓を引き出した点で意義がある。緊縮的な財政政策と厳しい金融情勢の組み合わせが、高
金利と低成長の相互作用を通じて、イタリアとスペインを債務のわなに陥れるリスクは高い。少なく
とも英国は金融 情勢を統制する力を持っていた。最終的には金本位制を離脱し、金利を引き下げ
た。ユーロ圏諸国には、こうした痛みを伴わない選択肢はない。しかし、金融の息の根を止められ
そうな国での財政緊縮と賃下げ努力は、社会や政府、国家さえも破壊しかねない 。結束を強めない
限り、この物語は無事に終わりそうもない。
By Martin Wolf (翻訳協力 JBpress)
(c) The Financial Times Limited 2012. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely
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does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
吉田祐起のコメント:
流石、ファイナンシャルズ紙のスケールの高い論文です。だからと言って、この私が充分に理解し
得るほど容易い内容ではありません。同紙の論文内容を信じるしかないとさえ考えます。
私の日本人友人でオランダに住んでいる人物からスペイン旅行した感想をメールで伝えてきました。
「…私たちは今スペインにいます。家内が学会で、私は観光です。スペインのいいところはみんな
人がフレンドリーなこと、食品がおいしいこと、後は天気がいいことでしょうか?この国も破産状況
ですが、町は多分観光客でしょうがにぎわっています。月曜日の夜遅く、オランダのヘーグに戻り
ます。スペイン語はピッチが早いので私に会いません。オランダ語はのどでうがいするようなの
で、これもあまりきれいとはいえません。やはりイタリア、ドイツ、フランスがベストでしょうか?では
また・・・」(原文のまま)
本稿末尾の言葉「金融の息の根を止められそうな国での財政緊縮と賃下げ努力は、社会や政府、
国家さえも破壊しかねない。結束を強めない限り、この物語は無事に終わりそうもない。」が実に不
気味です。日本への影響もはかり知れません。グローバリゼーション時代における他国の心配は
自国へ直行みたいです。
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