弁護士の仕事あれこれ - 大阪大学大学院法学研究科・法学部

2011年4月14日ロイヤリング講義
講師:弁護士 福田 健次
先生
文責 亀之園 直幸
弁護士の仕事あれこれ
1.自己紹介(ロイヤリングとは)
私は昭和50年に大阪大学に入学し、昭和59年に弁護士登録をしたので今年は28年
目の弁護士ということになります福田健次です。このロイヤリングの講義を立ち上げたの
は、師匠である國井和郎先生の指示を受けた私ですが、なぜこの講義を始めたのかといえ
ば、それは「学生に、普段触れ合う機会のない弁護士の話を聞く機会を提供する」ためで
す。
2.弁護士になるためには
(1)新司法制度導入について
昔は、旧司法試験(短答式・論文試験・口述試験)の1本ルート、1発勝負でした。こ
の試験にさえ合格すればよかったのですが、合格者は年間500人程度でした。
今は、この合格者を増やそうと司法制度の改革が進められていますが、なぜ合格者を増
やそうという話になったのでしょうか。
そのきっかけは平成初期のバブル時代にありました。当時は、景気がよく民間も儲かっ
ていたので、優秀な学生も「司法試験という難関に挑戦するよりも民間企業へ」という思
考になり、そもそも若手の司法試験の受験者が減ってしまった、そしてその数少ない司法
試験の合格者の中でも、
「弁護士となり民間に関わっていくほうがいい」という思考が強か
ったため、検察官・裁判官の数が極端に減ってしまった(新人の検察官が年間に30人し
かいないという時期もあった)という状況でした。
「このままでは国の司法が成り立たない」
ということで、法曹人口を増やそうとする動きが現れ、当初には、年間500人の合格者
に上乗せして、200人(受験回数 3 回以内の受験生)を優先的に合格させる「丙案」と
いう制度が導入されていました。弁護士会は、この動きに対して、さまざまな理由で反対
運動を行いました。ただこの運動がそこまで強硬なものでなかったために、いつしか国は、
世界との比較のうちに、
「先進国としては最低でもフランスレベルまでは法曹人口を増やさ
なければならない」という方針を固められてしまった感じです。
この方針のもと設計されたのが現在の「新司法試験・法科大学院」です。
「新司法試験」
を導入し合格者を増やしていく、すると修習生の給料が人数分だけ倍増し経費がかかりす
ぎてしまう、そこで従来2年間だった修習期間を1年間に短縮しコストを削減する、ここ
で修習時間の不足が発生してしまうため、この不足を「法科大学院」で補ってもらおう。
これが今の「新司法試験・法科大学院」制度の考え方ですが、これは弁護士会が理想とす
る「法曹一元」
(弁護士としてキャリアを積んだ者の中から裁判官を輩出していこうとする)
という考え方に結びつけばよかったのですが、完全に切り離されてしまい、個人的には、
両者間の意見の調整がうまくできないままに見切り発車したのが今の司法制度だと考えて
います。
新司法制度導入の後も裁判官はそれほど増えていませんが(これは予算の問題が大きく
影響しています)
、弁護士の数は2000人/年の割合で増加しており、数年後には「人数」
の上で、当初目標としていたフランスのレベルには到達します。しかし大切なのは、これ
にあわせて、今後弁護士が「事件数」をはじめとする業務を増やす(色々と活躍の幅を伸
ばしていく)努力をしていくことだと考えています。
(2)適正試験・法科大学院・新司法試験
法曹を志望する者は「適正試験」をクリアし法科大学院(既修2年、未修3年)へと進
学するのが一般的です。この法科大学院を卒業した者の7~8割を新司法試験に合格させ
るというのが当初の計画だったのですが、法科大学院設立時に各校が定員を多く設定して
しまったため、新司法試験受験者の母数が増えてしまい、合格率が伸びてこないというの
が現状です。
「ロースクール(LS)に金をつぎ込んだのに新司法試験に合格できない」と
いう人が多く出てしまっているという点で、これを「国家規模の詐欺」だということもで
きるでしょう。こうした現状から、私は「LS卒業後5年以内、3回まで」という受験資
格制限の制度(いわゆる「3振制度」)の緩和を検討するべきなのではないかといった改善
策を希望しています。
(3)予備試験
旧司法試験が昨年度に終了してしまったので、以後LSを通らない法曹への道はこの予
備試験ルートに限定されます。予備試験については、「どれくらいの人数を合格させるか」
という点が未定の状態ですが、上述のLSコースでお金をつぎ込んでいる人の立場に立て
ば「人数は少なく」ということになるでしょうし、LSにつぎ込むお金の余裕がない人の
立場に立てば「人数は多く」ということになります。合格者数の設定は、ここのバランス
をとりながら行われることになるでしょう。
(4)司法修習
かつての「修習生給費制」は廃止され、今年4月からは「貸与制」へと移行することが
決定されていました。ただ、今年度は反対運動が強く「貸与制」の導入は1年先送りとな
りました。来年度に向けて反対運動を行う必要があるのですが、今(震災の時期)ではこ
れをしにくい雰囲気があります。しかし、こんな時期だからこそ弁護士が被災地へ飛んで
活動(貢献)すべきだと思いますし、こうした貢献をきっちりしていけば反対運動への批
判も少しはなくなるのではないかと感じます。
(5)二回試験
昔は「落ちない試験」
(不合格者は1~2人/年、その不合格者も後の試験では合格する)
といわれていた二回試験ですが、今では、落ちる人やその後の試験に通らずドロップアウ
トする人も増えているようです(10人/年)。
(6)弁護士登録
二回試験に合格した年の12月に弁護士登録をして、翌年1月から弁護士として働き始
めることになります。ストレートで新司法試験に受かった人でもこの時点で「26歳」に
はなっています。ですので、時間をかけたくない優秀な人が予備試験を受験する、という
流れもできるのではないかと思います。
(7)司法試験の受験状況・合格率等
昔、大阪大学はLS設立にあたって「未修者」を増やそうとしたという経緯もあり、阪
大法学部生はかなり外部のLSに流出する(そのため新司法試験合格率が思うように伸び
ない)という事態が生じてしまいました。そこで今は阪大でも「既修者」も増やそうとい
う動きになってきているようです。
3.弁護士人口
(1)なぜ裁判官・検察官が増えないのか
新司法試験合格者は年間2000人を超え、弁護士人口は増加しています。しかし、裁
判官・検察官の人口がほとんど増加していないというのが現状です。これはなぜか。裁判
官たちは「予算の問題もそうだが、希望者はいるが、彼らのレベルが必要なレベルに達し
ていない。これが裁判官の増えない原因である。
」というように理由付けをしています。し
かし、私はこの「必要レベル」の考え方には賛成できません。司法試験に通っているので
すし皆「一定以上のレベル」には達しているわけです。そこからは本人のやる気次第でど
うにでも成長していけるのではないでしょうか。若い方には伸びていく力があります。
(2)弁護士の平均年齢
旧司法試験時代は 28 歳で旧司法試験に合格し、2 年の司法修習を終え 30 歳で弁護士デ
ビューを果たす、というのが平均的でした。今は LS・新司法試験・修習期間の短縮の影響
で少し平均年齢が若くなったようにも思えますが、社会人からの転向組もいるためその差
は小さなものです。そもそも、新司法制度導入の目的は「弁護士の若返り」ではないので
成功・失敗の話でもないと思います。
(3)世界との比較
フランスについては先に述べたとおりです。アメリカ等に比べると日本の弁護士人口は
圧倒的に少ないといえます。ドイツも弁護士人口は多いのですが、ここは「多すぎる」と
いえます。弁護士人口が多すぎて、そのレベルに高低の差(格差)がつきすぎているとい
うのがドイツの現状です(EX.タクシードライバーをする弁護士資格所持者)
。日本では、
アメリカ等のように「契約社会」とはならず「事件数が増えない」という状況があります
がこれはなぜでしょうか。それは、日本が多民族国家ではなく「村社会」
(話し合いによっ
て紛争の解決を図ることができる社会。裁判は最後の手段とされる社会。
)であるというこ
と、そして、日本では弁護士(法曹)というと態度・金額の大きさから「敷居の高いもの」
というイメージが根付いてしまっていることが原因ではないかという印象を持っています。
そこで、弁護士が自分の「態度」を見直す必要があると思います。たとえば、一般の商
売ではお客さんのもとに商人が足を運ぶのが当たり前ですが、弁護士業ではなぜかこれが
反対になってしまっています。これから弁護士になろうとする皆さんたち若い世代には、
ぜひ「客のもとに足を運ぶ」発想をもっていてほしいと思います。
4.弁護士事務所
(1)弁護士法人
法改正がなされ今では弁護士法人を設立できるようになりました。すでに全国で497
法人が設立されています。個人事務所だと1事務所しか持てないのですが、法人とすると、
地域の異なるところでも、いくつも事務所を持つことができるというメリットがあります。
大阪の事務所がクライアントの多く集まる東京に法人を設立するというのが一番多いパタ
ーンです。しかし最近では「MIRAIO」等東京の事務所が、過払金請求訴訟等の仕事を
追って大阪に法人を設立するケースも出てきました。
(2)共同事務所
「共同事務所」の形態をとる弁護士事務所は多いです。「ボス弁」と「勤務弁」で構成される
のがこの「共同事務所」ですが、そのメリットは①大規模な倒産事件を扱えること(「個人」
では手が足りない)
、②合議ができ、間違いを最小にできること、③病気・死亡の場合に事
件の承継をスムーズに行えること(事件ごとに「個人」が集まるという形式だと時間がか
かってしまう)ということが挙げられます。
(3)個人事務所
「個人事務所」には、弁護士同士の意見の衝突は少なくなり、個人の自由が多くなると
いうメリットがあります。
(4)弁護士の過疎地対策
・弁護士ゼロ・ワン地域の解消
なぜゼロ・
「ワン」ということが問題になるか。紛争には必ず二当事者が存在します。そ
うすると、一地域で、ある紛争を適正に解決しようとする場合、必ず二人以上の弁護士が
必要になるのです。弁護士人口の増加の影響もあり2011年2月時点で弁護士ゼロ地域
は0ヶ所、弁護士ワン地域は3カ所になりました。このように、弁護士のゼロ・ワン地域
は減っているのですが、裁判官・検察官のゼロ・ワン地域は減っていないというのが現状
です。
・ひまわり基金法律事務所・法テラス4号事務所・法律相談センター
ひまわり基金法律事務所をはじめとして、地方に弁護士事務所を設立するという動きが
かなりあります。
(5)弁護士の広告についての規制
弁護士広告が解禁されましたが、思ったほど利用されていません(地下鉄等の広告も弁
護士より司法書士です)
。規制はあるのですが、今後どのようになるでしょうか。
5.具体的な仕事内容
(1)法律相談
法律相談といっても、お客さんが「個人」の場合、人生相談のようになることが多いで
す。お客さんが「法人」の場合には、「この事件は法律ではどうなりますか」という法律相
談が多いです。
このように、お客さんの性質に応じて話し方・話す内容(どう話すべきか・何を話すべき
か)を判断する能力、すなわち「何が問題か」をつかみ取る能力が弁護士業を営む上では
重要になってきます。極端な話、法律上の「答え」は試験に受かった者なら誰でも出せる
ので、そんなものは後で調べたって構わないものなのです。
(2)示談・契約などの交渉
(3)調停・訴訟
弁護士人口が増えたのに、訴訟件数が「過払金請求訴訟」で少し増えた程度(他の事件
はほとんど増加していない)というのは、やはり大きな問題だと思います。
(4)オンブズマン
オンブズマンの仕事は、地方自治体の見張り役として、問題点の指摘を行うことです。
(5)組織内弁護士
会社の顧問弁護士として「顧問料」をもらう弁護士とは違い、会社の内部の人間として
「給料」をもらって仕事をする弁護士のことです。数は増えていますが、まだまだ「採用
なし」とする企業が圧倒的多数というのが現状です。「組織内弁護士」を雇えば給料(低コ
スト)で社内の法律問題(契約書処理など)を任せられるというメリットがあるのに、な
ぜその数が順調に増えないのでしょうか。その原因は、あまりに「若い弁護士」だとキャ
リアがなく、仕事を任せるには不安だが、あまりに「キャリア」を積んだ弁護士だと雇う
こと(扱い)が難しい、というように弁護士の「年齢」と「キャリア」のバランスを取る
ことが難しいという点にあるのではないかと思います。
(6)地方自治体の弁護士
(7)会社の監査役
会社の監査役を務める弁護士は相当数います。そして最近では、会社の社外取締役とな
る弁護士も増えてきています。
(8)任期付公務員(消費者庁・財務省…)
(9)弁護士任官
一定期間弁護士業務に従事した上で裁判官の職に就く「法曹一元」の形。ただ、こうし
た道を通る人の数はそんなに増えていないというのが現状です。
6.訴訟事件の内容
(1)一般民事(売掛金・建物明渡など)
(2)倒産・会社関連(破産・民事再生・会社更生など)
桁違いに「儲かる」仕事のため、今の若い人たちに人気の分野です。
(3)知的財産・医療過誤・労働事件
原告の訴状を見ると、出来の良い・悪いが明確にわかれている分野。こうした「専門知識」
を磨くことで他の人と差をつけて活躍の幅を広げることができます。
(4)公害事件
(5)家事事件・消費者事件・過払金返還請求事件
(6)交通事故事件
裁判所を通すと、保険会社が提示する額よりも、必ず賠償額は増えます。増えた額の「一
部」だけを弁護士報酬とすると言えば、弁護士(裁判)利用者数も増えるはずなのに、あま
り増えていないというのが今の私の印象です。
(7)行政事件
税金訴訟など、「詳しい弁護士」がいない分野。本来はもっと行政と戦える案件が多いの
ではないかと考えています。
(8)刑事事件(少年事件を含む)
弁護士にしかできない分野の仕事。この仕事は未来永劫なくなることはありません。「悪
人を助けるなんて」と思っている人もよく考えてみてください。「悪人」かどうかは裁判が終
わるまで決まったことではないのです。
7.弁護士の収入
(1)年収
2010年度版のデータがまだ出ていないのですが、少なくとも昔(~2000年)に
比べれば今の年収は減っています。これは人が増えたのに仕事量がほとんど変わらないか
らです。
(2)弁護士報酬の基準
平成 16 年に報酬基準について自由化がなされました。つまり、弁護士報酬を「いくら」
に定めてもよくなったということです。極端に言えばスーパー並の安さでサービスを提供
してもよくなったのです。ただ、実際にそのような破格で業務をしている弁護士はおらず、
報酬は「訴額」を基準に算定するのが一般的ですから、多くの弁護士は「訴額」の大きな
事件に集中している、というのが現状です。
8.訴訟事件以外の弁護士活動
(1)法律制定についての意見書作成(法制審議会委員)
(2)消費者救済運動
(3)人権侵害に対する調査及び勧告
(4)オンブズマン活動
(5)政治界への進出
例えば橋下知事。そのほか自民党・社民党などの党首はみな弁護士資格を持っています
し、民主党官房長官も弁護士資格保持者です。
9.弁護士業の今後の展望
(1)急激な弁護士増加に対応
(2)専門分野
知的財産・医療過誤・労働事件等の得意分野を持てば、弁護士としての活躍の幅は広が
ります。
(3)国際化へ対応
大阪の中小企業もどんどん海外進出を果たしているのに、弁護士がこれに対応しきれて
いないというのが現状です。国際分野に強い弁護士の活躍のチャンスは大きいです。
(4)弁護士の自浄作用の必要性
(5)弁護士としての意識
10.弁護士として要求される資質
①常識を養い、常識で判断する習慣をつけること
②何事にも好奇心を持つこと
③人の話は熱心に聞くが、自分までのめり込んでしまわないこと
④権力に対する反抗精神
①~④は、私の師匠、的場先生のお言葉をそのままお借りしたものですが、私はこの中で
も特に「③人の話は熱心に聞くが、自分までのめり込んでしまわないこと」が大切だと考
えています。弁護士にとってもっとも大切なもの、それは「バランス感覚」です。事件に
は必ず2人の当事者がおり、この双方それぞれに主張があるのが普通です。弁護士はたと
え片一方が自分のクライアントだったとしても、できるだけ「真ん中の立場に立って仕事
をする」ことが求められるのです。
以上