旅とアートの融合 - 鳥取大学地域学部

旅とアートの融合
―アートが観光を進化させる―
【指導教員】 内藤久子
【学
長柄裕美
生】 安藤明日生
高野賢大
安藤由真
竹中
愛
伊藤裕海
野田一慶
川添陽子
小谷愛子
佐々木晶子
三原加代子
山下理沙
山本京子
はじめに
横山友哉
〈目次〉
(担当:山下理沙)
今年度、ツーリズム班は、「アートがいかに観光客を
1.鳥取におけるアート観光の現状
惹きつけるファクターとなり得るか」という点に着目し、
1―1
砂の美術館
「アートな旅の魅力」や「アートを巡る旅の意味」を探
1―2
植田正治写真美術館
りつつ、私たちが大学生活を送る鳥取の地で「アートを
1―3
鳥取のアート観光の現状
核とする観光を成立させる為には何をすべきか」という
2.地方の美術館を中心とするアート観光の試み
テーマの下、調査・研究に取り組んだ。
まず私たちは、鳥取のアート観光の現状を踏まえた上
2―1
島根県立美術館
で、その参照枠として、島根や金沢等にみる地方美術館
2―2
足立美術館
の試みや、「京都国際マンガミュージアム」及び「三鷹
2―3 「島根」班の考察
の森ジブリ美術館」のような「サブカルチャー」を目玉
2―4
金沢21世紀美術館
とするアート観光、大阪中之島にみる都市型美術館と
3.サブカルチャーを目玉とするアート観光
「ミュージアムアイランド構想」
、さらに愛知や瀬戸内
京都国際マンガミュージアム
を舞台とした「国際芸術祭」に焦点を当て、主にインタ
3―1
ビューを含む現地調査を実施した。それらの調査を通し
3―2 「金沢・京都」班の考察
て、「アートを巡る旅の意味」や、何よりも、鳥取にお
3―3
三鷹の森ジブリ美術館
ける「未来のアート観光」について考察していくことに
4.都市型美術館と観光の連携
する。
4―1
水都「大阪」と中之島ミュージアムアイラ
ンド構想
5.芸術祭と観光の融合を図る
5―1
あいちトリエンナーレ
5―2
瀬戸内国際芸術祭
6.調査報告のまとめ
7.鳥取でのアート観光の成立に向けて
砂の美術館での第1回現地調査
7―1
砂丘アートゾーンの創成
7―2
未来の現代アート美術館構想
における展示内容
7―3 「未来の現代アート美術館」
1
2013年度
地域文化調査成果報告書
1.鳥取におけるアート観光の現状
砂の美術館を訪れた際、私たちは、館長の下澤武志氏
(担当:小谷愛子・山下理沙)
を取材させて頂く貴重な機会を得た。その中で、最も印
象に残った内容を以下に纏めてみた。
「鳥取の地で、アートを軸とする観光は可能か」といっ
たテーマに取り組むべく、私たちは、「砂の美術館」、
まず、美術品と鑑賞者の間にやや距離感のある通常の
「青山剛昌ふるさと館」
、「緑のプロムナード」
、「鳥取民
美術館とは異なり、砂の美術館では鑑賞者が容易に作品
藝美術館」
、「植田正治写真美術館」
、「水木しげるロー
に触れることのできる距離に砂像を配置することで、よ
ド」等を訪れた。その中で、今回は、特に「砂の美術館」
り観光客の楽しみを増すよう工夫を凝らしているとのこ
と「植田正治写真美術館」に注目し、調査を進めていっ
とである。
た。
加えて、砂の美術館が目指す形・将来像とは、単に一
過性のイベントとして終わるのではなく、20年、30年と
長期にわたり継続していくことで、それが「地域に当然
あるもの」となり、「より継続的に地域に観光客を呼び
込むことにも繋がる」と述べておられた。
このインタビューを通して、砂の美術館の最大の役割
は、何よりも「観光振興」
、換言すれば、「外から観光客
を呼び込むことである」と理解するに至った。
1―2
植田正治写真美術館
次に、伯耆町に佇む植田正治写真美術館について見て
いこう。当美術館は、植田正治氏本人から寄贈された
15,
000点の作品が収蔵され、常設展示されていることで
も知られるように、植田氏の芸術とプロフィールが詳細
に紹介されている。
1―1
砂の美術館
写真(下)が示すように、「伯耆富士」とも称される
まず、砂の美術館の調査報告から始めよう。砂の美術
雄壮な大山の形状と、水面に映し出される「逆さ大山」
館は鳥取県鳥取市にある世界初の「全天候型屋内砂像展
の美しさが極めて印象的である。因みに、植田正治写真
示施設」である。年々、来館者数を増やしており、2013
美術館の年間の来館者数は約2万人を数えるといわれ
年の第6期東南アジア展には約56万人が来場。更に2014
る。
年の第7期には、ロシア展の開催が予定されている。
植田正治写真美術館から見た大山
(http://ja.wikipedia.org/wiki/)
砂の美術館、第6期東南アジア展の様子
2
旅とアートの融合
―アートが観光を進化させる―
2013年9月13日、植田正治写真美術館を訪れた際に、
島根県松江市に位置する島根県立美術館は、宍道湖の
館長の森道彦氏に直接お話を伺ったが、この中で特に以
湖岸に建ち、湖と夕日の美しい風景に臨む美術館で知ら
下の三つの点が最も印象深く残っている。
れる。ここにはクロード・モネなど、国内外の「水」を
まず第一に、文化財として作品を保存し展示すること
テーマとする絵画が多数所蔵されており、様々なジャン
を通して、後世に作品を残し伝えていこうと取り組んで
ルに及ぶ幅広いコレクションが特徴的である。
いることである。
第二に、企画やイベントを通して地域貢献に尽力して
この島根県立美術館を訪問した際、私たちは学芸員の
いる点である。例えば、「フォトスクール」を開校し、
上野小麻理氏に、以下の三項目を中心とした イ ン タ
地元の小学生らに植田正治氏のプロフィールや写真の撮
ビューを試みた。その主な内容は、島根県立美術館の魅
影法を教示している。また、ワークショップ、ミュージ
力の他、『宍道湖うさぎ』の作品、そして来館者状況に
アムコンサート、フォトフェスティバル等を開催し、多
ついてである。
数のイベントに地域住民の参加を得るなど、地域貢献を
まず、島根県立美術館の魅力に関して言えば、当美術
促している。
第三に、植田正治写真美術館を「伯耆町の文化の核に
館が観光客を魅了する主な要素として、まず「収蔵され
育てていく」ということだ。「当写真美術館を訪れる目
ている作品」や「絶好のロケーション」
、それに「松江
的で伯耆町を訪れた」という人は多い。こうして、より
城等の周辺の観光地」の三要素を指摘している。
多くの人々を伯耆町の旅へと誘いつつ、当美術館を「文
また、当美術館の現在の立地は、数ある候補地の中か
化の核」へと昇華させることを目指しているのである。
ら選ばれた場所であるが、この立地条件を、本来の「水
都松江」に因んだ作品の収集方針と合致させることによ
1―3
鳥取のアート観光の現状
り、「水との調和」というコンセプトが確立し、
「夕陽と
以上、二つの美術館は、鳥取でも比較的知名度が高く
共に在る美術館」として存在することになったという。
ほぼ成功に近い美術館と考えられるが、しかし鳥取では
他の地域に比べて、未だアートを核とする観光が定着し
ているとは言い難い。それゆえ、アートを核とする観光
を鳥取で成立させるには何をすべきか。この点について、
以下、他県で実施されている「アートな観光」の例に注
目し、それを参照枠として検証・考察していこうと思う。
2.地方の美術館を中心とするアート観光
の試み
2―1
島根県立美術館
(担当:三原加代子)
美術館と夕日
次に、『宍道湖うさぎ』と題された野外作品について
見ていこう。この作品は島根県立美術館の庭に展示され
ているうさぎのブロンズ像のことである。薮内佐斗司氏
が制作した彫刻として知られ、元々は薮内氏のアトリエ
に置かれていたものを購入するに至ったとされる。
この『宍道湖うさぎ』には、
「前から二番目のうさぎ
を触ると幸せになれる」
、「しじみを供えると効果がアッ
プする」等々の様々なジンクスが添えられているが、こ
島根県立美術館
うしたジンクスは単に都市伝説的に波及したにすぎず、
(http://www1. pref. shimane. lg. jp / contents / sam / ja /
photo_album_7.html)
決して公的なものではないという。つまり観光雑誌や結
3
2013年度
地域文化調査成果報告書
婚雑誌で縁結びや出雲大社とセットにして取り上げられ
窓枠を額縁に見立て、庭園を絵画の一部のように見せ
たり、WEB上での書き込みが有名になって定着したも
る一角や、複数の日本画を合わせたイメージで造成され
のと考えられる。
た庭園が実に魅力的で、人々の注目を集めている。
生の額縁
(http://www.adachi-museum.or.jp/ja/i_diary/i_diary.html)
『宍道湖うさぎ』
/薮内佐斗司
最後に来館者状況に目を転じると、年齢層では50代∼
70代が最も多く、逆に10代∼20代は少ないようだ。むろ
とりわけ、当美術館が目指すものは、若者や外国人に
んお盆の頃には家族連れの他、若年層も多くなるという。
は理解し難い、日本独特の美である「わび・さび」等に
また団体客よりも個人客の方が多いそうだ。因みに年間
拘らず、寧ろ誰にでも容易に理解できる日本庭園、つま
890人であった。
来館者数は、平成24年度で225,
り「誰の目にも美しく見える庭園」である。
尚、来館者については、米子等も含め、近隣の住民が
他方、日本画に関しては、本館から新館へと鑑賞して
多く、むろん休日には県外からの来館者も増えるものの、
ゆく内に、近代日本画から現代日本画へと続くその流れ
やはりその中心は地域住民の為の美術館といえよう。
が明白に見て取れる。また、全ての展示室の作品を3か
月ごとに変更し、それによって、より季節に相応しい作
2―2
足立美術館
品展示を行なっている。
(担当:伊藤裕海)
足立美術館は島根県安来市に位置し、横山大観を初め
とする近代日本画などの作品、そして四季によって表情
を刻々と変える「日本庭園」が、まさに美の極致を見事
に表出する美術館である。
『紅葉』
/横山大観
私たちは、学芸員の織奥かおり氏にインタビューさせ
(http://www.adachi-museum.or.jp/ja/c_taikan.html)
て頂き、以下、そのインタビュー内容に基づいて調査内
容を報告したいと思う。その主旨は、「足立美術館の魅
さて、来館者状況に着目すれば、まず年齢層は50代以
力」
、「庭園・日本画について」
、「来館者状況」の三つの
上が中心だが、近年、20∼30代の若い女性の増加が顕著
項目である。
にみられるそうだ。日本庭園が『ミシュラン・グリーン
ガイド・ジャポン』で最高評価の三ツ星を獲得して以来、
まず、「足立美術館の魅力」について考えてみよう。
足立美術館では、開館当時から「日本画と日本庭園」と
外国人観光客が大勢訪れるようになり、平成24年度には
が観光客を惹きつける魅力の二本柱となっている。
000人の来館者を記録したという。
年間、約11,
4
旅とアートの融合
―アートが観光を進化させる―
2―4
金沢21世紀美術館
(担当:竹中
愛)
金沢市は、「兼六園」や「ひがし茶屋街」
、「武家屋敷」
など伝統的な風情を残す一方で、「石川県立美術館」
、
「金沢21世紀美術館」などを中心に形成される文化ゾー
ンといった、現代的な様相を併せ持つ街として知られる。
足立美術館での第2回現地調査
2―3
島根班の考察
(担当:伊藤裕海・三原加代子)
以上のように、私たちは、島根県立美術館及び足立美
術館を対象に、特に「自然との調和」という視点に着目
兼六園
して順次、調査を進めていった。そして、これまでの調
査結果を基に、島根県を代表するこの二つの美術館に関
する成功要因について考察した。その結果、両美術館に
共通する要因として、以下の三点をここに挙げることが
できる。まず第一に、島根県の観光の目玉であるという
こと、第二に、周辺に豊かな自然があるという立地条件
を十分に活かしていること、そして第三に、小まめに展
示内容を変更している点である。
最後に、これまでの報告を踏まえ、「自然と美術館の
有りよう」に思いを巡らした。島根県立美術館では「夕
日と宍道湖」
、足立美術館では「日本庭園と借景」と、
両美術館において自然が重要な役割を果たしているのは
明らかであろう。即ち、「自然の風景をも一つの作品」
ひがし茶屋街
として捉える手法が、何よりも観光客を誘引する重大要
因となっているのではないかと結論づけることができる。
武家屋敷
枯山水庭と借景
5
2013年度
地域文化調査成果報告書
そこで私たちは、「鳥取と同じく地方都市である金沢
ておこう。
がなぜアートを軸として一大観光都市になり得たのか」
をテーマに、金沢21世紀美術館の調査に取り組んだ。
当美術館では、まず「子供」に重点を置き、屋内外を
問わず作品を配置、また観光と地元のバランスを取るこ
と等、主に三つの点に着目して運営しているという。
とりわけ「子供の目線に重点を置くこと」に関しては、
まず制服ではなく「私服の警備員」を配置し、少しでも
楽しく過ごせるよう工夫を凝らしている。また、週末に
は子どもの為の「キッズスタジオ・プログラム」や親子
で参加できるワークショップ等も開催している。
次に「作品の配置」について言えば、屋外展示作品の
中で人気の高い『カラー・アクティビティ・ハウス』で
金沢21世紀美術館
は、実際に中に入り、三色ガラス板を通して、色彩の変
( http : / / kenchikukeikaku2009. seesaa. net / article /
化を体験することができる。私たちが訪ねた際にも、多
121865400.html)
くの人が中に入っていた。その他、『アリーナのための
クランクフェルト・ナンバー3』が注目されるだろう。
当美術館を設計したのは妹島和世及び西沢立衛を中心
とする建築家ユニット「SANAA」である。二人は数々
の賞を受賞した世界的にも著名な建築家であり、故に彼
らが設計したことでも大いに注目を集めている。
『カラー・アクティビティ・ハウス』
/オラファー・エリアソン
SANAAの代表
左:西沢立衛氏
右:妹島和世氏
(http://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=73&d=18)
金沢21世紀美術館は、現代的で実際に展示品を体験し
楽しむことのできる特長を活かし、年間150万人、開館
7年半で1千万人の来館者数を数える。調査に当たり、
私たちは特に、当美術館が、地方都市にも拘わらず、多
くの来館者を獲得している点や、観光客のみならず地元
住民らも複数回に及び来館している点に着目した。
ここで、金沢21世紀美術館の職員である畑山和之氏を
『アリーナのためのクランクフェルト・ナンバー3』
/フローリアン・クラール
取材訪問した時の、インタビュー内容(抜粋)を紹介し
6
旅とアートの融合
―アートが観光を進化させる―
一方、屋内展示作品では、『スイミングプール』が人
創意工夫されていること、③地域との関係づくりを重視
気を集める。プールの上から中を見ると、プールの底に
していること、④来館者全員が気軽に立ち寄れること、
プール内にいる人が見える為に、多くの人たちの関心と
の四点に纏められるだろう。また、美術館の建物のかた
興味を引いていたようだ。このように、屋外にも屋内に
ちが、円形であることを通して、人々に開かれた空間が
も面白い現代アートを配置するよう心がけている様子が
創出されていることこそが、気軽に訪れる要因の一つに
随所に認められる。
なっていると思われる。
3.サブカルチャーを目玉とするアート観光
3―1
京都国際マンガミュージアム
(担当:山本京子)
京都市は、かつての日本の姿を映し出す寺院や神社が
観光先として人気を集めるが、「細見美術館」
、「京都伝
統産業ふれあい館」
、「京都国立近代美術館」
、「京都国際
マンガミュージアム」等、多くの美術館が散在している。
私たちは、「この京都という完成された観光都市の中に、
アートがどのように組み込まれているのか」を調査する
為、特に「京都国際マンガミュージアム」に着目した。
『スイミングプール』
(上)
/レアンドロ・エルリッヒ
細見美術館
(http://www.
emuseum.
or.
jp/about/index.
html)
『スイミングプール』
(下)
/レアンドロ・エルリッヒ
(http://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=30&d=7)
また観光と地元のバランスを保つ点では、何よりも
「市民と共に創り上げる」をコンセプトとしているが故
に、地元とのつながりにも力を入れているのがよくわか
る。例えば、美術館ボランティアに地域住民を採用して
いる点等もその証左となろう。
京都伝統産業ふれあい館
今回の調査で感得した点は、①市民参加型の美術館で
あること、②再び来館したいと思わせる仕掛けが随所に
7
2013年度
地域文化調査成果報告書
京都国立近代美術館
マンガの壁
(http://hatenanews.com/articles/200905/176?sid=201553)
実際に来館した際の印象としては、①外国人から寄せ
られる高い関心度、②展示方法の工夫、③多数の個人客
の来館等、主に三点に纏められる。
とりわけ外国人からの高い関心度に及んでは、日本の
マンガに対する世界規模での高い人気はさることながら、
想像以上に、多くの人々が様々な国々から来館し、むし
ろ日本人よりも外国人来館者の方が多いようにも見えた。
京都国際マンガミュージアム
また、読まれていたマンガ本の言語の幅広さからも、来
(http://current.ndl.go.jp/files/ca/ca1780_figure.jpg)
館者の国籍の多様性を窺い知ることができる。
京都国際マンガミュージアムは、旧小学校を改修して
利用しており、大学が管理・運営を行っている。いわば
博物館と図書館の双方の機能を併せ持ち、そこには英
語・韓国語・スペイン語等、複数の外国語に翻訳された
日本のマンガが所蔵されている。その一部は、美術館の
敷地内であれば持ち出しが可能であることから、気候の
良い時節には、戸外の芝生で読書をする人たちもいる。
外国人来館者
(http://www.tripadvisor.jp/LocationPhotoDirectLink-g
298564-d1490962-i59487898-Kyoto_International_Manga
_ Museum - Kyoto _ Kyoto _ Prefecture _ Kinki. html #
46837791)
また、来館の際、同時にバレエマンガの特別展示が催
されていたが、バレエの衣装やトウシューズ等、実際に
触れることが可能な「展示コーナー」も付設され、展示
メインギャラリー
(http://www.kyotomm.jp/permanent/whatsmanga.php)
方法が創意工夫されていると強く感じた。
8
旅とアートの融合
3―2
―アートが観光を進化させる―
金沢・京都班の考察
(担当:竹中
愛・山本京子)
今回、金沢21世紀美術館及び京都国際マンガミュージ
アムを調査し、次の三点が明らかになったといえる。即
ち、第一に、観光客だけでなく、地域とのバランスを取
ることで、より多くの人々の来館が可能となること、第
二に、常に新しいものを外に発信し続けることの重要性、
第三に、市民とともに創り上げることである。
金沢21世紀美術館での調査では、市民の理解を得るこ
とにより、初めて観光客の増加が見込めることや、外に
向けて「新しいもの」を発信し続けることで、周囲の目
を惹きつけ得る可能性を確認するに至った。
入り口の様子
一方、京都国際マンガミュージアムが位置する京都市
では、既存の古都京都の観光スポットにとどまらず、海
外でも高い人気を誇る「日本の漫画」というコンテンツ
を摂取することにより、新しい観光スタイルを生み出そ
うとしている点が注目される。
今回調査を行った京都国際マンガミュージアムのみな
らず、「サブカルチャー」を基盤とするミュージアムは
他の地域にも見られる。こうした新たな要素を観光の中
に摂取することで、今後、地域はさらなる発展の可能性
を見出すのではないかと考えるのである。
3―3
常時展示室
三鷹の森ジブリ美術館
(担当:佐々木晶子・三原加代子)
私たちは、サブカルチャーが牽引する観光の事例とし
て、日本のアニメーション映画を代表するものの一つで
あるジブリ作品の展示で知られる「三鷹の森ジブリ美術
館」の調査に着手した。
三鷹の森ジブリ美術館は、2001年に東京都三鷹市の井
の頭恩賜公園内に開館し、正式名称を「三鷹市立アニ
メーション美術館」としている。そして開館当初から、
日時指定の予約制を実施しているのが特色であろう。
館内には、「常時展示室」
、「画展示室」
、「図書閲覧室」
、
「映像展示室」
、「ネコバスルーム」
、「ショップ」
、「カ
フェ」等々を備え、屋上には「ロボット兵」が展示され
企画展示室(もののけ姫)
ている。
9
2013年度
地域文化調査成果報告書
400人に留
限を設けている為、一日の来館者の上限は2,
まる。他方、年間を通じた入館者数は65万人を前後し、
特に映画の公開等が変動に影響を与えているものと推さ
れる。具体的には、2011年度が65万6525人、2012年度が
68万6986人であった。
また、ジブリ美術館が独自に実施したアンケート調査
によれば、来館者の分布は下記のグラフの通りとなって
いる。即ち、東京都以外の関東圏から訪れた人は22%、
中部地方からは16%、近畿地方、東京都からが共に15%
を占める。また来館者の内、以前に一度来訪した経験の
ある人は15%程度で、基本的には初来館の割合が多いこ
映像展示室
とがわかる。日時指定の予約制のこともあり、リピート
率が特別高いという訳ではなさそうだ。
(2009年9月の調査より)
続いて、ジブリ美術館の魅力に着目してみよう。実際
ネコバスルーム
に訪れてみて感じた当美術館の魅力は大きく三つある。
(三鷹の森ジブリ美術館ファンブック
一つ目は、ジブリ映画に登場してくるような世界観を
2011 徳間書店)
創り出している点だ。つまり来館者は、まるでジブリ映
画の中に迷い込んだかのような錯覚に陥るだろう。
以下、私たちが三鷹の森ジブリ美術館を訪問した際、
二つ目は、来館者らにもう一度訪れたいという気持ち
インタビューに快く応じて下さった美術館職員の伊神氏
を強く抱かせるような工夫が施されている点であろう。
の説明に基づいて、調査の内容を報告していこう。
企画展示室の内容は年に一度変更を加え、映像展示室で
放映している短編映画も月に一度は変更している。一方、
ジブリ美術館は「迷子になろうよ一緒に」をコンセプ
常時展示室でも、展示内容を大幅には変えないまでも、
トにしており、これには「訪れた子供たちに楽しんでも
細部に多少の変更を加え、新たに展示品を増やしたりと
らえるような美術館にしたい」との思いが込められてい
手をかけている。そうすることで、以前に来館した人に
る。「美術館」と冠しているが、作品の展示が目的なの
もその違いを感得して頂き、また新たな楽しみを享受で
ではなく、寧ろ「自分たちの手で楽しみを探す」ような、
きるものと考えているのである。
換言すれば、「子供たち自身が楽しめる空間作り」を理
三つ目は、建物自体にも「こだわり」が見られる点で
想とするものである。
あろう。確かにジブリ美術館では、展示品のみならず建
物にも創意工夫が施されている。職人の手作りによる木
一方、来館者状況については、日時指定の予約制を10
の温かみや、土壁、触感を楽しめるザラザラとした窓ガ
時、12時、14時、16時と各時間帯ごとに600人までと制
ラスなど、細部にまで配慮が行き届いている。
10
旅とアートの融合
―アートが観光を進化させる―
締め括りとして、こうしたジブリ美術館の例を鳥取に
どのように活かすことが出来るのか、この課題について、
以下、検討してみることにしよう。
私たちは、実際にジブリ美術館を訪れてみて、「青山
剛昌ふるさと館」や「水木しげる記念館」など、同じサ
ブカルチャー展示を推進している鳥取にも、ジブリ美術
館で実践している創意工夫を活かすことができないかを
考えてみた。確かに、ジブリ美術館にとって「ジブリ作
品」は強みではあるが、今回のインタビューを通して感
じた点は、来館者にもう一度入館して頂けるような種々
トトロのニセの受付
の工夫の他、美術館への「こだわり」が成功の鍵ではな
いかということである。
ここで、ジブリ美術館が三鷹市に与えた影響について
従って、「展示に、新鮮さを失わないよう、工夫を凝
言及しておこう。
らすこと」こそ、鳥取に活かせる重要なポイントではな
まず好影響としては、次の三点に注目したい。通常、
いだろうか。また、最寄駅を降りた瞬間から始まる、ま
三鷹市を訪れる機会の無い人たちが当美術館を訪れるこ
さに「作品の世界観へと誘う雰囲気作り」も大いに参考
とによって駅や町並みに人が増え、三鷹市の活性化に繋
になる点であろう。
がっているということ。第二に、太宰治や山本有三と
いった文豪の記念館等、三鷹市にある他の名所の知名度
4.都市型美術館と観光の連携
を相乗的に高めている点であろう。第三に、市民が三鷹
4―1
水都大阪と中之島ミュージアムアイランド構想
(担当:高野賢大・横山友哉)
市を誇りと思うようになった点である。ジブリ美術館は、
宮崎駿監督の「地元に住む人たちに愛され、支持される
さて、都市部でも、美術館を観光に活かそうとする試
美術館を」という思いを尊重し、自然と共存して建造さ
れているが故にこそ、こうした存在となり得たのである。
みが見られる。では大阪の都市型美術館はどのように観
一方、悪影響としては、新たに美術館が建造されたこ
光へと繋がり、また「地域性」を活かそうとしているの
とによって、住民の生活に変化を来す面があるという点
であろうか。私たちは、「魅力ある創造都市としてのア
だ。具体的には、循環バスのコース沿いに住む住民が観
ピール」
、「交通網の利便性」
、「水都大阪」の三つのキー
光客の目に曝されているような感覚を覚えるという意識
ワードをもとに大阪の美術館を巡り、調査を進めた。
的な面と、自転車で美術館前を通行する人がバスの乗降
大阪は、「主要都市は経済だけではなく『創造都市』
客と危うく接触しそうになるといった、実際上、交通の
としてもアピールすることで、国際的地位を向上してい
安全面が問題視されている。
る為、このままでは都市間競争の中で大阪が埋没してし
まう」との危機意識の下、文化芸術に関連して「中之島
ミュージアムアイランド構想」を推進している。
中之島の夜景
(http://www.yakei-kabegami.com/cgi-bin/kabegami/
ジブリ美術館と井の頭公園
11004.html)
11
2013年度
地域文化調査成果報告書
周知のように、大阪は、水運に支えられて経済と文化
の中心的都市として発展し、明治の頃には「水の都」と
も呼ばれ、水と深い関わりのある古い歴史を有する。中
でも、中之島(なかのしま)は大阪市北区に位置する、
東西約3kmの細長い中洲であり、堂島川と土佐堀川に
挟まれた特徴的な立地から、「水都大阪」のシンボルゾー
ンとして位置づけられている。
さらに大阪市では、中之島にある大阪市立東洋陶磁美
術館と国立国際美術館、天王寺にある大阪市立美術館の
三館の特性を活かし、各々を機能分担させ、かつ相互に
連携させることによって、美術館を梃子に地域の一体的
運営を目指すという、より広範なプランも進行中である。
ところで、「水都大阪フェス」は「水辺のまちあそび」
をテーマに、これまでにない水都大阪の新しい魅力を体
感しようという試みである。2009年に登場した『ラバー
ダック』はそのシンボルとして水都大阪を盛り上げるこ
とに一役買っている。
大丸百貨店南ゲート
水時計
(http://blog.kajikawa-trex.com/?eid=806816)
『ラバーダック』
/フロレンティン・ホフマン
(http://www.hetgallery.com/rubber-duck-project2013.html)
このように、大阪は「水都大阪」を広く内外に印象づ
けることを目し、多彩な趣向を凝らした努力を行ってい
る。
一方、梅田グランフロントの「うめきた広場」には大
以上のような、大阪の都市型美術館やイメージ戦略に
規模な水の広場が造られており、近代ビル・建物と水が
関する調査結果を踏まえた上で、私たちは、これを鳥取
うまく共生している。また近隣にある大丸百貨店の水時
の地にどのように活かすことができるのか。つまり、大
計は「水」が様々な模様を呈しており、動画共有サイト
阪が「水都」ならば、鳥取のシンボルは何か、更にそれ
では、その様子が既に数百万回再生されている等、大い
を今後、どのように広く内外に打ち出していくべきか、
に注目を集めているといえよう。
さらに私たちは、考察を深めていかなければならないだ
ろう。
12
旅とアートの融合
―アートが観光を進化させる―
いわば「都市型」の様相を呈している。そのような差異、
また、あいちトリエンナーレ全体を俯瞰して分かったこ
とを基に、芸術祭、ひいては芸術祭と観光の関係につい
て考察したことを以下に述べたいと思う。
!鳥取のシンボル"とは……?
鳥取砂丘
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%8F%96
%E7%A0%82%E4%B8%98)
大山
(http://db.pref.tottori.jp/photograph.nsf/0/8ADC978F76
FC9204492576AB003ECD75?OpenDocument)
『ウルトラ・サン・チャイルド』
/ヤノベケンジ
二十世紀梨
(http://www.resh.jp/information/100.html)
浦富海岸
「あいちトリエンナーレ」は、2013年で2回目の開催
(http://www2.tottori-guide.jp/tourism/tour/view/106)
となる、日本における都市型芸術祭の嚆矢ともいえる祭
白壁土蔵群
典である。会場は愛知県内の名古屋と岡崎が選ばれ、各
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%93%E5%90%B9
地で現代アートやオペラ、建築に関するプロジェクトが
%E7%8E%89%E5%B7%9D)
展開された。
5.芸術祭と観光の融合を図る
5―1
まず、都市型の芸術祭の特質について洞察するにあた
あいちトリエンナーレ
り、何故あいちトリエンナーレを都市型と括ることがで
(担当:野田一慶)
きるのだろうか。日本における芸術祭は、越後妻有や瀬
戸内に代表される里山や島といった自然空間を尊重した
私は、アートを活用した観光を模索するにあたって、
アートの展開が先鞭としてあり、それとは異なる方向性
近年重要視されている芸術祭に焦点を当てた。芸術祭は、
で芸術祭を語ることが出来るという点がその理由として
地域主体で街中にアートを配置する試みや、著名アー
挙げられよう。
ティストの作品を比較的気軽に楽しむことができると
いった特徴があり、日本においても先駆となっている瀬
続いて、都市型芸術祭の特徴について考察する。
戸内国際芸術祭を初め、各地で開催されるようになって
自然空間における芸術祭において主な会場は、里山や
いる。
島となる。そうした空間に展開されるアートは「非日常
そして、芸術祭は「アートと観光の融合」という意味
性」を含有したものが多い。それは、自然空間といった
でも実に示唆に富んでいる。事実、瀬戸内においては多
現代において「非日常的」と捉えられる空間がアートの
数の集客を記録し、単に観光産業という視点から見れば
土台を形成していることが要因として挙げられよう。
成功に近いといっても過言ではないだろう。
一方、都市型芸術祭では、人々が暮らす街中が主な会
場となっており、日常空間がアートの土台と化す。つま
そこで、芸術祭に焦点を当てるべく、今回私は、調査
り都市型芸術祭においては、非日常性を表現するのは難
対象として愛知県で開催された「あいちトリエンナーレ」
しい反面、日常空間においてアートがどのように作用す
に注目してみた。「あいちトリエンナーレ」とは、瀬戸
るのかという視点が重視される。この「日常空間とアー
内の場合とは異なる条件下に開催された芸術祭であり、
トの関係性」が、都市型芸術祭の第一の特徴といえよう。
13
2013年度
地域文化調査成果報告書
アート作品の展開は空き店舗やビルを利用することも
多く、日常空間におけるアートは作品の展示方法におい
ても影響を及ぼしている。
『STUDIO TUBE』
/Nadegata Instant Party
次に、このような芸術祭が、何を目的に開催されてい
るのかをここで纏めてみることにしよう。
長者町繊維街
一つには、「現代社会における芸術の役割を示す」と
第二の特徴としては、「充実した設備や既存施設」が
いう目的があるのではないかと考える。
挙げられる。それに沿って建築物をアートとして鑑賞す
「あいちトリエンナーレ」では、東日本大震災や原発
る「アーキテクチャー・プログラム」
が魅力の一つになる。
事故を念頭においた作品が多く見られた。加えて、テー
言うまでもなく、名古屋はインフラ整備や公共事業に
マには「揺れる大地」が設定された。まさに強烈に震災
おいて最高水準を維持しており、更に交通網の発達は会
を連想させるものだが、芸術監督を務めた五十嵐氏の言
場へのアクセスをより容易するといった利点をもつ。し
葉によれば、全体として震災を意識するのではなく、震
かしそれはあくまで副産物であり、一番の魅力はアート
災から時間が経つにつれて「我々が立つ場所やアイデン
として鑑賞できる「建築の多様性」といえるだろう。
ティティが揺らいでいる危機的な状況」という意味で、
例えば、名古屋市役所本庁舎は1933年竣工の当時流行
テーマを捉えることも出来得るという。
していた「帝冠様式」の代表作となっている。また、日
そして、英語テーマの「Awakening」には、「今まで
本を代表する建築家である黒川紀章が設計した名古屋市
気付かなかったものが新しく意識される」という意味が
美術館に対し、現代の建築家や作家が新たな解釈を加え
込められていることにも言及している。
るといった試みもなされている。こうした近代建築を何
以上のことが、何れの作品にも通奏低音として存する
よりも「芸術」として鑑賞できるのが、まさに都市型の
ということであろう。つまり、作品には現代社会を生き
特色と考えられるだろう。
る人々の立場に関する問いが込められているということ
一方、「あいちトリエンナーレ」では本格的なオペラ
がよくわかる。そこで重要になってくるのが、作品の
も披露された。オペラは、メイン会場の一つ、愛知芸術
メッセージ性を尊重するということである。
文化センターで上演されたが、このような充実した既存
施設の活用もまた、都市型芸術祭の重要な利点といえる。
あいちトリエンナーレは祭典、いわば大勢で楽しむお
周知のように、愛知芸術文化センターは美術や音楽の複
祭りのような意味合いも少なからず含み、大衆迎合的な
合施設として、むろん良好な展示環境も備えている。同
催しの要素も見られる。だがそうなっては芸術を展開す
施設を十二分に活用することにより、観客にとっても、
る意味が希薄となろう。即ち、大衆向けや集客目的の芸
美術や音楽プログラムを同じ会場で楽しむことが可能と
術というのは正しい鑑賞法ではないと考える。やはり、
なろう。それゆえ、本格的なオペラ上演もまた、より一
「芸術作品に内在するメッセージ性を重視する」といっ
層、充実した内容へと昇華されていったといえる。
た姿勢を忘れるべきではないだろう。
以上、「日常空間とアートの関係性」及び「充実した
ただ難しいのは、芸術祭を観光との関係で語る時に生
設備や既存施設」の二点こそ、まさに都市型芸術祭の顕
じる、いわば「芸術性と大衆性の両立ないしバランス」
著な特徴と捉えることができるだろう。
の問題であろう。むろん観光は集客無しには成立しない。
14
旅とアートの融合
―アートが観光を進化させる―
瀬戸内国際芸術祭は2010年に始まり、3年に一度開催
その為には集客目的の大衆的、換言すれば、商業的な取
り組みが要求されることも珍しいことではない。しかし、
される芸術祭である。春、夏、秋の3シーズンに分けて、
既述のように、芸術祭における作品には切実なメッセー
瀬戸内海の12の島々と高松港・宇野港で開催される。私
ジが内在し、何れも極めて純粋なものである。観光振興
たちは、昨年8月30日、31日の2日間に、集客数の多い
の目的、つまり集客の為だけに芸術が展開されるのは、
直島と豊島を訪れた。
アート作品を尊重する観点からいえば、本来あってはな
らないことだろう。それゆえ、何にもまして、芸術性と
商業性のバランスを保つことこそが肝要となろう。
そこで現実的に見れば、芸術祭そのものを商業ベース
で捉えるのではなく、あくまで「地域観光への入り口」
として捉えることが妥当ではないかとの結論に至った。
つまりそれは、芸術祭を地域観光との橋渡し的意味で捉
えるということだ。その意味で芸術祭は、地域観光の中
で生きることもできるのではないかと考えるのである。
芸術祭の第一の目的は、やはり現代におけるアートの
役割を明示することにあるだろう。芸術と観光の関係の
まず、直島では、安藤ミュージアムや地中美術館、野
構築には難しいものがあるということを、今回の調査で
外アートなどを鑑賞した。台風が接近し、大雨であった
改めて考えさせられた。しかし、芸術祭や「アートと観
にも拘わらず、多くの人々が来訪していたことに驚いた。
光の融合」自体は可能性のある試みとされ、将来性も認
そして島の各地に散在する美術館や野外アート等を、満
められる点は、近年の状況を鑑みれば確かなようだ。
員のシャトルバスで巡る様子は、島全体がまるで大きな
テーマパークのように感じられた。
ゆえに、今回の調査テーマである「アートを活用した
観光」を考える上で、芸術祭の開催は、従来の美術館巡
りといった内容とはやや趣の異なる方向性を有し、さら
さて、地中美術館は「自然と人間を考える場所」とし
に考察を重ねるべき余地が十分にあり得る課題を包含し
て2004年に設立された。直島の美しい景観を損なわない
ているものと思われる。
よう、建物の大半が地下に埋設されたこの美術館は、地
下でありながら自然光が降り注ぎ、一日を通じ、また四
季を通して、作品や空間の表情が刻々と変化していく。
私たちが訪れたこの日は、入館まで3時間待ちであった。
そしてクロード・モネやジェームズ・タレル、ウォル
ター・デ・マリアなどの作品を十分に堪能した。
『太陽の神殿』
/ヤノベケンジ
5―2
瀬戸内国際芸術祭
(担当:安藤明日生・安藤由真・川添陽子)
『タイム/タイムレス/ノー・タイム』
「あいちトリエンナーレ」に続き、アートの新しい形
/ウォルター・デ・マリア
を模索する「瀬戸内国際芸術祭」について紹介しよう。
(http://www.benesse-artsite.jp/chichu/portfolio.html)
15
2013年度
地域文化調査成果報告書
他方、直島銭湯は、アーティストの大竹伸朗の手によ
るもので、外装や内装はもとより、浴槽や風呂絵、モザ
イク画、陶器に至るまで、アートが細かく施されている。
むろん、従来の「銭湯のイメージ」とは全く異なる空間
を演出しており、極めて印象深かった。
次に豊島では、豊島美術館、『心臓音のアーカイブ』
、
カフェ
イルヴェント内の作品を鑑賞した。豊島美術館
は、柱を一本も用いない構造で、天井にある二つの穴か
ら、周囲の風や音、光を内部に直接取り込み、まさに自
然と建物が一体化した作品といえる。鑑賞者たちは床に
寝ころび、全身で空間を感じることができるだろう。
『あなたが愛するものは、あなたを泣かせもする』
(カフェ
イルヴェント内)
/トビアス・レーベルガ―
(http://www.asahi.com/culture/art/setogei/teshima/)
春、夏、秋を通した全会期の来場者の合計は107万人
と、前回(2010)を13万人も上回る結果となった。この
来場者数は、鳥取県の人口の約2倍に相当し、かなり多
くの観光客の来訪を物語る数字といえよう。
豊島美術館(外観)
(http://setouchi-artfest.jp/artwork/a025)
閉会式のステージで芸術祭の成功を喜び合うこえび隊の
メンバーら(四国新聞 2013年11月5日付)
2013年の芸術祭を終えた後の島民の感想は、例えば
「世代や地域を超えた交流ができた」
、「島の魅力を知っ
てもらえた」
、「蘇った活気に感動した」など好意的な意
見が多く寄せられ、その効果を高く評価していることが
。
わかる(同四国新聞 2013年11月5日付を参照)
豊島美術館(天井)
(http://yousakana.jp/?p=9563)
このように成功を収めた瀬戸内海の島々も、かつては
産業廃棄物問題という負の遺産を抱えていた。これは、
60万トンの産業廃棄物を業者が豊島に不法投棄した結果
生じた環境汚染の問題だ。「ゴミの島」と呼ばれ、風評
被害なども受けた。その後、解決に向かいはするものの、
そのイメージは払拭されないままとなっていた。しかし、
16
旅とアートの融合
―アートが観光を進化させる―
この瀬戸内芸術祭のアートの力により、そのイメージは
少しずつ変貌を遂げていった。まずアーティストたちが、
そこにしかない固有の魅力を発見し、「作品にして表現」
する。その活動と作品そのものが、「負の遺産」を背負っ
てきた島民たちの、まさしく誇りと自信を取り戻す契機
となったのである。
また、この芸術祭は過疎化や少子高齢化に悩む島民の
生活にも大きな影響を与えた。休校中の男木島の小中学
校が、この春4月より再開されるようになったこともそ
の一つであろう。これは、芸術祭を契機に、男木島の家
族4世帯が帰郷を希望したことによって決定されたとい
地中美術館
う(同四国新聞、11月5日付を参照。実際には3世帯が
(http://setouchi-artfest.jp/artwork/a015)
帰郷)
。
続いて、この成功を支えた「こえび隊」の活躍に触れ
6.調査報告のまとめ
ておこう。「こえび隊」とは、瀬戸内国際芸術祭におけ
(担当:安藤明日生・安藤由真・川添陽子)
るボランティアサポーターの中心的役割を担っていた団
体を指し、主に作品制作の補助や、芸術祭のPR活動及
以下、まとめとして、私たちツーリズム班が実施した
び運営など、各人が自分たちに合った活動を行なってい
500人が集まっ
る。誰でも参加可能な為、全国から約8,
各調査から明らかになった点を総括したいと思う。
た。また、島々での活動や芸術祭の最新情報、更に島の
話を来場者に伝える為に「こえび新聞」を発行している。
種々の特色ある他県の美術館や芸術祭の各調査を通し
て、私たちは、それぞれの地域で鳥取に活かせる点は何
か、ということについて考察してみた。そこで浮上して
きたものとして、まず「地域の連携」を筆頭に、「展示
における創意工夫」
、「統一感」
、「遊び心」の他、「体験
型のアート」や「施設同士の関連性」
、「わかりやすいト
レードマーク」
、さらに「公告方法の工夫」
、「交通の利
便性」
、「あきらめない・負けない心」等々が考えられる。
それでは、「アートを巡る旅」の意味はどこにあるの
か、さらに検討を重ねてみよう。即ち、アートはそもそ
も人々の「感性」に働きかけるものである。それ故、特
こえび新聞
に「あいちトリエンナーレ」や「瀬戸内国際芸術祭」で
(https://www.koebi.jp/about/)
の作品展示に見るように、まず人間自身の「生への覚醒」
及び「自らの再生」の契機となり得ることを指摘できよ
この長閑な島々に奇抜な現代アートが現前し、瀬戸内
う。
海の景色と融合する様子は、とても印象的で心弾む思い
二つ目は、私たちが行った全調査において、「アート」
がした。フェリーで態々小さな島を往来する移動の困難
ないし「アートの旅」は「地域の再生と復活」の確かな
さも、旅の魅力となっているのではないかと思われる。
原動力となり得ているということである。
嘗ての「負のイメージ」を払拭し、島固有の文化資源と
そして、鳥取の地でアート観光を成立させる為には、
自然の魅力を最大限に生かしたこの芸術祭は、「現代美
何よりも「自然との融合」を図りつつ、「人間の再生」
術」による地域活性化の成功例として、まさに鳥取にも
を可能とするような「アート空間の演出」の必要性を痛
生かすことができるのではないかと考える。
感するに至ったといえよう。
17
2013年度
地域文化調査成果報告書
7.鳥取でのアート観光の成立に向けて
7―2
(担当:小谷愛子・山下理沙)
未来の現代アート美術館構想
続いて、この「砂丘アートゾーン」の一角に、将来、
「現代アート美術館」を建設とすれば、どのような未来
7―1
砂丘アートゾーンの創生
の美術館構想が可能かを検討してみた。
先に述べたような観点から、「鳥取でアート観光を実
現する」にはどうすればよいのだろうか。そこで、私た
具体的には、まず外観においては瀬戸内国際芸術祭を
ちはまず、鳥取のシンボルである「砂丘」、そこに「砂
参考に、直島の地中美術館に類する埋設型の建物を想定
丘アートゾーン」を創生するという考えを提案したいと
し、館内からは美しい夕日や星を眺望できる構造を考案
思う。
してみた。
さらに美術館の内部には、砂絵などの「サンドアート」
「砂丘アートゾーン」の内容として、主に六項目につ
を体験するコーナーを設け、作品を鑑賞する合間に飲食
いて検討を加えた。まず、一点目は「体験型砂像コンペ
を楽しむことのできる「ミュージアム・カフェ」を設置
ティション」の開催である。これは、プロの砂像家の手
し、さらに「ミュージアム・ショップ」には、鳥取のシ
によるものではなく、むしろ一般の観光客や市民らが各
ンボル的存在である「らくだ」や「砂」を用いた「現代
自砂像を創作し、その作品を評価し合う場を設けること
アートのグッズ」を販売することも、一つのアイデアと
で、砂像がより身近な芸術品となり、新たに砂の美術館
いえる。
を訪れたいと思う人が増えるのではないかとの考えに至
加えて足湯や砂風呂などの施設も常備し、「一人でも
り、発案したイベントである。
心地良い癒しの空間」を演出することによって、誰もが
二点目は、下の写真が示すような、大人も子供も遊技
気軽に立ち寄ることのできる、まさに身近な美術館の創
的に楽しめる「砂のお城」の制作である。三点目は、砂
設が可能になるものと考えた。
丘を訪れた観光客を対象に砂を用いたアートや美術館に
このように、心地の良い空間に身を置きながらアート
興味を示して頂けるように、「鳥取砂丘から砂の美術館
を鑑賞することにより、旅人(あるいは訪れた人)は心
に続く遊歩道をアート化する」というアイデアである。
を癒し、生きる活力を自らに見出すことができるのでは
更に四点目は、砂丘に「象徴的モニュメントを建造する」
ないだろうか。
という案だ。五点目は、砂で絵を描きながら次々と物語
7―3 「未来の現代アート美術館」
における展示内容
を展開させていく「サンドアート・パフォーマンス」の
最後に、未来の美術館構想に沿った「未来の現代アー
イベントを開催することを提案したい。
最後、六点目は、美術館と地元のカフェ等が連動して、
ト美術館」の展示内容を探ってみよう。未来の美術館は、
例えば、美術館のチケットを提示するとカフェでの代金
まず「人間の心の再生」をテーマとするもので、そこに
がより安価になるといった、いわば地域と密に連携した
「アニメの殿堂」と「デザイン・ミュージアム」の二つ
商業的イベントを実施することである。
の要素を主軸とする構想である。
具体的には、まず麻生太郎元首相が考案していた「ア
ニメの殿堂」に倣い、特に童心に帰ることのできるよう
なコンテンツを含むサブカルチャー観光の推進や、鳥取
市出身の谷口ジローの作品の活用を促すことである。そ
れに関連して、アニメ『Free!』や『名探偵コナン』の
聖地巡り、またコスプレ等のイベントを、この未来の美
術館が包括的に推進するといったことも射程に入れたい
と思う。
砂のお城
(http://people.zozo.jp/library/d/2011-02-1)
18
旅とアートの融合
―アートが観光を進化させる―
【引用・参考文献/URL】
・山口裕美『観光アート』
(光文社新書、2010)
・植田正治写真美術館
ウィキペディア
wikipedia.
org/wiki/%E6%A4%8D%E7%94%B
http://ja.
0%E6%AD%A3%E6%B2%BB%E5%86%99%E7%9C%9
F%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8
・鳥取市役所・報道提供資料公開サイト
http://houdou.city.tottori.lg.jp/dd.aspx?menuid=4769
・島根県立美術館HP
http://www1.pref.shimane.lg.jp/contents/sam/ja/photo_
album_7.html
名探偵コナン(左)とゲゲゲの鬼太郎(右)
・足立美術館HP
(http://cyclist.snspo.com/86581)
http://www.adachi-museum.or.jp/ja/g_shiro.html
一方、「デザイン・ミュージアム」は、民藝デザイン
・金沢21世紀美術館HP
http://www.kanazawa21.jp/
を含む日本独自のデザインを特徴的に展示する美術館を
・蓑豊『超・美術館革命―金沢21世紀美術館の挑戦』
(角
想定したものである。特に「デザイン・ミュージアム」
川書店2007)
は今日、日本で最も要請される美術館の一つともいわれ
・いいね金沢
ている。
http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11018/
おわりに
・金沢子育てネット
http://www.kanazawa-kosodate.net/spot/ot_21.htm
(担当:小谷愛子)
・SANNA
ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/SANA
以上の各調査事例から、「アート観光」は地域を変え
る一種の起爆剤となり得るものと確信できよう。そして
・京都国際マンガミュージアムHP
http://www.kyotomm.jp/
この「アート観光」は、人々の感性に深く影響を及ぼし
・京都精華大学国際マンガ研究センター
つつ、心・精神を復活させ得るがゆえに、観光をより
http://imrc.jp/exhivision/
「進化」させ、地域の価値を転換させるものとなると共
・『三鷹の森ジブリ美術館
に、金沢や瀬戸内等に例証されるように、地域のイメー
ファンブック』
(徳間書店、
2011)
ジを変貌させる、まさに「地域再生の重要な起動力」と
・山陽新聞ウェブニュース
なり得ることが、本調査から明らかになったといえる。
http://www.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2013090307
今後も、「アートと観光」の両輪をもって、この鳥取
422622/
の独自性を再現しつつ、さらなる活性化へと繋げていく
・産経ニュース
為に、私たちも微力ながら尽力したいと考えている。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130313/art13031308
110002-n1.htm
・四国新聞社
http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/culture/2013
0928000130
・瀬戸内国際芸術祭サポーターこえび隊
www.koebi.jp/
・瀬戸内国際芸術祭2013
setouchi-artfest.jp/
・四国新聞(2013年11月5日付)
2013年度
ツーリズム班の学生
・読売新聞(2013年10月6日付)
19
2013年度
地域文化調査成果報告書
・青野尚子/シヲバラタク『新・美術空間散歩』(日東
。
書院、2012)
・『瀬戸内国際芸術祭2013 公式ガイドブック
をめぐる旅
アート
。
夏・秋』
(美術出版社、2013)
・直島インサイトガイド制作委員会『Naoshima Insight
(講談社、2013)
。
Guide直島を知る50のキーワード』
・ROOTS BOOKS編『瀬戸の島旅
小豆島
豊島直島+
22島の歩き方』
(西日本出版社、2013)
。
20