若者消費の興隆と衰退−何が消費喚起策か? 松田 久一 株式会社ジェイ・エム・アール生活総合研究所 代表取締役 「若者」とは誰のことか これまで通念として捉えられてきた「若者像」 は現実と大きく乖離している。 年成人期」の特徴を整理してみる。そして、人 口減少が続く若者消費の興隆と衰退、そして、 供給サイドや売り手の対策を整理してみる。 ここでは、若者を、 「ライフサイクル」上の「青 年成人期」とする。年代では、20 ∼ 30代となる。 若者消費の成立と興隆 生年で定義される世代では、1980年代以降の生 明治、大正、昭和の若者の多くは、江戸時代 まれの「バブル後世代」、「少子化世代」や「ゆ の遺物である身分制が残る階級社会のなかで、 とり世代」が中心となっている。このように市 大多数が農民の家庭の働き手であり、独立する 場を現実に構成する人々は、ライフサイクル、 までは半人前の存在に過ぎなかった。庇護の対 年代、世代という基本的な3つの属性で捉える 象でもなく、教育の対象でもない。生計を支え、 ことができる(松田、2013年) 。 兄弟姉妹が5∼6人というのが当たり前だった。 ライフサイクルとは、個人の心理的発達、就職 そんな時代から大正昭和期に入って、子供が や結婚等のライフイベントによる視点である。年 庇護と教育の対象となり、若者消費の萌芽がみ 代は、精神的および肉体的な加齢である。世代は、 られるようになった。大正期、銀座に「モボ」、 「モ 同一生年を共通にして生まれ、同じライフサイク ガ」(モダンボーイとモダンガールの略)といわ ル期に、同じ時代体験をすることで生まれる価値 れるファッションスタイルの若者が登場した。 観や生活意識を共通に捉える視点である。ライフ 和服が大勢を占めるなかで、洋装スタイルで、 サイクルや年代は、誰もが経年変化によって、変 カフェでお茶を飲み、「帝劇(帝国劇場)」を楽 わっていく。そして、ライフサイクルや年代は、 しみ、「銀座資生堂パーラー」で「クロケット」 どんなに時代が変わろうとも、誰もが同じことを を食べる。 「三越百貨店」等でショッピングをし 繰り返す。現在の20代は、10年後には30代になる。 たり、「銀ブラ」したりする「ウィンドウショッ しかし、生年は一生変わらない。世代は、前の ピング」が生まれた。このような現象は、1913 世代の価値観や生活意識を継承したり、否定し 年の三越のポスターのコピー「今日は帝劇、明 たりして、変えていく要素である。 日は三越」によく現れている。 若者市場を分析する際に難しいのは、この3 この時期に、日本で最初に若者が買い手とし つの要素をうまく区分けできないことにある。 て、働き手ではなく消費者として捉えられた。し 特に、年代と世代は混同しやすい。 「20代世代」 かし、これは戦間期の「大正デモクラシー」時 という表現が典型で、「1990年代生まれの世代」 代の束の間の好景気現象として終わってしまっ のことなのか、それとも「20代」という加齢段 た。この若者特有の消費が全面開花して、若者 階なのかが混同されている。混同が起こると、 消費の興隆をもたらしたのは、戦後復興を成し 市場としての若者へのアプローチや売り方が陳 遂げ、高度経済成長期に入った1970年代以降で 腐化し、うまくいかなくなる。 あり、戦後間もない1947 ∼ 1950年生まれを中心 ここでは、この3つをできるだけうまく区別 とした「団塊の世代」が青年成人期にあたる時期 しながら、現代の「ライフサイクル」上の「青 である。彼らは、20 ∼ 30代の青年成人期のスタ 16.4 ’ 4 松田 久一(まつだ ひさかず) 株式会社ジェイ・エム・アール生活総合研究所 代表取締役。日本の戦略及びマーケティングコ ンサルタント。 1956 年兵庫県生まれ。1980 年同志社大学商学 部卒業後、日本マーケティング研究所入社。情 報家電産業、食品・日用品業界等の消費財を中 心としたリサーチ、マーケティングおよび戦略 経営の実務を経験。1991 年ジェイ・エム・アー ル生活総合研究所を設立。企業のマーケティン グ課題、戦略課題のソリューション(解決)に 取り組んでいる。 著 書 に、 『比較ケースから学ぶ戦略経営』 KADOKAWA 中経出版 2015、 『ジェネレーショ ノミクス 経済は世代交代で動く』東洋経済新 報社 2013、 『 「嫌消費」世代の研究』東洋経済新 報社 2009 等がある。 ンダードリビング(平均的生活、Gordon 2016年) ン ズ 等 の カ ジ ュ ア ル フ ァ ッ シ ョ ン を 楽 し み、 を成立させ、若者にとって「必要な生活財の平均 「ヒッピー文化」※1を生んだ。この若者ファッショ 範囲」を確立した。この若者消費の牽引と、大量 ンで大成功し、小売業の売上トップに立ったの 生産技術によって、高度経済成長がもたらされた。 が三越百貨店である。さらに、収入が安定して 1970年代に若者消費が興隆したのは、彼らの いるので、 「ローン」を組んで「車」や「マンショ 収入が安定し、スタンダードリビングが確立さ ン」を買えるようになった。やがて、会社や周 れ、必要な財が平均化し、企業にとって魅力的 囲のすすめで結婚し、親族や知人を招待して「結 な巨大な市場となったためである。 婚式」をあげ、社会的に一人前として認められ 戦後生まれの団塊の世代の平均的な兄弟姉妹数 るようになった。 「憧れのハワイ」等への「新婚 はおよそ3人である。長子相続の日本では、次男 旅行」にも行った。結婚をして、二人で都心の や三男は、農業では食べていけないので、東京等 マンションに住み、子供ができると、 「30年ロー の都会に進学したり、就職したりした。彼らは、 ン」で「戸建て」の持ち家を郊外に持った。そ 東京等の都市でひとり暮らしをはじめ、サラリー して、家を大型薄型テレビ等の最新家電製品で マン(俸給生活者)となって安定的な収入を得た 生活を便利にし、子供を「私学」に通わせるた り、工場等で一人前になったりした。そして、結 めの「教育投資」もしてきた。そして、現在、 婚し、世帯を持ち、子供を一人前にして、リタイ 団塊の世代の多くがリタイヤし、 「退職金」の資 ヤするというスタンダードリビングを確立した。 産運用、切り崩しと「年金」で、平均余命まで このスタンダードリビングの成立によって、 およそ20年を暮らす。リタイヤ後は、年一回の ライフサイクルにおける消費欲望の対象も大き 海外旅行と月数回の外食ができる余裕を望んで く変わった。 いる。他方で、再就職し、まだまだ現役の人も 団塊の世代のスタンダードリビングを想定す るとわかりやすい。彼らは、地元の高校時代は、 多い。 このように成立したスタンダードリビングと 「ビートルズ」等のロックを家で「ラジオ」で聴 ライフサイクルによって消費欲望が変わってい いた。やがて、よい職や学歴を求めて、東京等 くという消費スタイルは、1990年代までは、団 の都市部に社会移動し、ひとり暮らしをはじめ 塊の世代以後の世代にも引き継がれた。 た。そして、学校を卒業して、サラリーマンと 団塊の世代が、青年成人期で購入するように して都市で職についたり、工場で働いたりして なった「必要な生活財の平均範囲」は、ソフト ある程度一人前になると、自分の「ステレオ」 ドリンク、カジュアルファッション、ファスト を買った。普段の飲み物も、お茶から「コーラ」 フード、AV機器、車、海外旅行、結婚式、持ち 等のソフトドリンクになり、ファストフードを 家等である。 食べるようになった。衣料も「平凡パンチ」等 特に、AV等のエレクトロニクス機器、車は、 のカタログ雑誌を読んで、「リーバイス」のジー 戦後の日本経済の成長を支えた二本柱であった。 ※1 既成の社会体制や価値観からの離脱を目指す対抗文化 16.4 ’ 5 エレクトロニクス産業の主要10社の総売上は50 この世代に比べ、現代の若者の一歳刻み年齢人 兆円を越えていた。自動車産業もおよそ57兆円 口は年々減少し、20歳前後ではおよそ120万人で である。二本柱でおよそ100兆円と日本の約500 ある。団塊の世代に比べて、約40%も少ない。従っ 兆円のGDPの約20%を占める。これを支え、牽 て、人口数からみれば、現代の若者は多数派か 引していたのが、若者消費である。 ら少数派へと転落した。 しかし、1980年代以降生まれのバブル後世代 が青年成人期になりはじめた2000年、21世紀以 降は、若者消費はまったく変わってしまった。 二つ目は、 「ゴーイング・ソロ」の生活スタイ ル志向が強いことである。 「ゴーイング・ソロ」とは、 「ひとりでやってい く」という意味であり、若者を象徴する生活スタ 世代交代による若者消費の衰退 イルである。この傾向は、アメリカのクリネン 現代の若者は、これまでの世代とは大きく異 バーグによって捉えられた社会現象である。日本 では、独居老人等の「おひとりさま」イメージが なる。その特徴は、3つある。 一つ目は、年齢別人口が少ないことである。従っ 強いが、 「ゴーイング・ソロ」スタイルは、アメ て、1970年代のようにピラミッド型人口構造では リカやヨーロッパ等の先進国での共通現象である。 多数派であるが、現在では少数派である(図表1 このスタイルが強まる背景には、 「自分のやり 参照) 。もはや量的には大きな市場ではない。 たいことを追求できる自由を享受したい」という 現在(2015年)、一歳刻み年齢で200万人を超 価値観が強くなっていることがある。そして、十 えるのは、戦後の1947年から1950年に生まれた 分とはいえないまでも、年金、健康保険制度等の 66歳から69歳までの「団塊の世代」である。こ 社会保障制度が整備されていることも大きい。 の世代が、「ベビーブーマー」として生まれ、若 年成長期、青年成人期、壮年成人期、老齢成熟 期を経る度に、様々な消費ブームを起こした。 特に、女性は高学歴化が進み、職を得て、経済 的自立化が進んでいる。 欧米では、 「婚外子」が50%を越え、不幸な結 図表1 若者人口は多数派から少数派へ 年齢グループ 85歳以上 80∼84 75∼79 70∼74 65∼69 60∼64 55∼59 50∼54 45∼49 40∼44 35∼39 30∼34 25∼29 20∼24 15∼19 10∼14 5∼9 0∼4 1970 男性 6,000 4,000 2,000 1990 2015 (現在) 女性 2,000 4,000 6,000 4,000 2,000 人口 (千人) copyright©2015 Japan Consumer Marketing Research Institute. all rights reserved. 0 2,000 4,000 6,000 4,000 2,000 0 16.4 ’ 6 2035 0 2,000 4,000 6,000 4,000 2,000 0 2,000 4,000 6,000 婚を継続するよりも、離婚が選択され、再び家 そして、何よりも「ゴーイング・ソロ」スタイ 族が形成される。また、ゼロ歳児保育や子守制 ルが「孤独」や「寂しさ」を意味していない。気 度が発達し、出産や育児休暇もないので女性の を遣う家族関係よりも、適度に距離のある関係が 経済力は維持される。 維持できる。スマホやインターネットの普及や、 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS) しかし、日本では逆の現象になっている。女性 の高学歴化や経済的自立化が、欧米では見られな によって、家族、友達や知人といつでも連絡がと い未婚化、晩婚化、少子化に繋がっている。女性 れ、ソーシャルゲーム等を通じて新しい友人をつ の高学歴化によって、晩婚化が進み、男女ともに くることもできる。 初婚年齢は30歳を越える。女性の平均的な懐妊 日本の単身世帯比率は、子供のいる夫婦世帯 可能期間を40歳と考えると、約10年しかない。 の「核家族」世帯の28%を上回り、約32%であ その結果、少子化が進み、人口減少へと繋がる。 る(図表2参照) 。因みに、アメリカでも28%に 欧米では、 「自分のやりたいことを追求する」 達している。 ために「婚外子」でも子供を産むのに対し、日 3つめは、 「ゴーイング・ソロ」スタイルの定 本では、 「頑なな」家族観によって、離婚は許さ 着によって「必要な生活財の平均範囲」や「ラ れないので結婚のハードルは高くなり、非婚化、 イフスタイル」が上の世代の若者時代とは違う 未婚化につながる。そして、晩婚化が少子化へ ことである。 彼らは、ほぼひとりっ子なので、進学するにも、 と繋がっている。 男性では、年功序列賃金体系の崩壊によって、 就職するにも、親元同居が多い。両親も「巣立ち」 20代から収入格差が拡大する。その結果、仕事 を奨励しない。また、東京等への進学は、私学で に専念する傾向が強まり、エリート層の晩婚化 は学費や仕送りを含めて約1,500万円もの投資が が進むとともに、非正規雇用等の層は低収入に 必要になる。仕事がある限り、就職は地元志向で よって結婚が困難になっている。 いく。 図表2 家族類型の推移−シングル世帯が多数派 (千世帯) 1968 60,000 1987 核家族多様化 1999 単独化 2010年 単独大勢化 50,000 単 独 ・ カ ッ プ ル 世 帯 40,000 30,000 核 家 族 世 帯 20,000 10,000 その他 の世帯 0 5,184万世帯 (%) (平均世帯人員:2.42人) 1970 1975 1980 1985 1990 1995 copyright©2015 Japan Consumer Marketing Research Institute. all rights reserved. 単独世帯 32.4 夫婦のみ 19.8 夫婦と子供 27.9 一人親と子供 8.7 その他の世帯 11.1 2000 2005 2010 出所:総務省統計局「国勢調査」 16.4 ’ 7 ステレオ等のエレクトロニクス製品はほぼス バブル後世代にとって、青年成人期に、ロー マホ1台で済ますことができる。都市の単身者は、 ンを組んでまで買うものはない。彼らは、デフ 多くがコンビニで総菜等を購入し、ご飯を解凍 レ下で育った世代でもある。デフレ下のローンは、 して食べる「イエめし」である。男性でもラン 金利だけではなく、物価下落率を加えたものが チは弁当をつくり、デートも割り勘で、ローン 実質金利になる。彼らは、インフレ世代の親の で車を買っても友人からは無理していると思わ ローンによる「生活苦」をよく知っている。 れる。結婚しても、結婚式は親のためにする。 つまり、現世代の20 ∼ 30代の「必要な生活財 海外旅行は日本語が通じないのでしない。子供 の平均範囲」は、 「選択的耐久財」から「選択的 ができて車が必要になっても軽自動車で十分。 情報サービス財」へと変わった。いつまでもエ 持ち家は、資産運用と同じなので、30年の利回 レクトロニクス産業と自動車産業に経済成長を りで有利な物件でないと買わない。地方なら家 依存している時代ではない。 は親との同居で十分で、共働きは必須なので子 しかし、青年成人期は、消費欲望が強く、将 供もせいぜいひとりである。教育投資は「ママ友」 来の消費を牽引していくという社会的役割を に同調する。生涯現役で、年金はギリギリまで 持っていることは言うまでもない。彼らの消費 受給しない。 を活性化させなければ、個人消費が60%を占め 彼らにとっての「必要な生活財の平均範囲」は、 有形財としては、スマホ等のコミュニケーショ ンツールぐらいである。ファッションもブラン ドにこだわるよりは、ファストファッションの 重ね着で個性を演出したり、シーズンごとにす る経済の成長は望めない。 若者消費を再成長させるには、2つの需要サ イドの手段がある。 一つ目は、若者人口を増やすことである。人 口が増えれば増加分だけ消費は増える。 べてを買い替えたりする。物的財よりも、ゲー 政府も多くの少子高齢化対策を打ち出してい ムのアイテム購入等の様々なネット課金、友達 る。しかし、決め手となるものはない。日本の との飲食代や交際費、通話通信料等の選択的情 人口を維持するには、合計特殊出生率を2.1に近 報サービス財に拘る。 づける必要がある。女性の懐妊可能期間に2.1人 以上の出産をしてもらうということである。 若者消費の衰退からの転換 つまり、女性に子供を産み、働き続けてもら この10年、つまり、若者消費の衰退期に、エ うために、女性の出産休暇や育児休暇、職場復 レクトロニクス産業の大手10社はおよそ7兆円 帰の不利な条件の解消策、男性の育児休暇取得 の売上を落とした。オーディオの「御三家」 (パ (一時的キャリア中断と労働力減少)を奨励して イオニア、オンキヨー、山水電気)はすべて全 いる。労働力の増加と人口減少の歯止め策との 滅し、破綻したり、身売りしたりした。金融緩 間に整合性を持っていない政策を、コスト高に 和等による円安で好調な自動車業界も、国内市 なる民間企業に押しつけようとしている。 場の長期低迷は続き、軽自動車が売上の半分以 上を占めるようになった。 一貫性のある政策例として、ひとり当たりの GDPで日本を上回るシンガポールや香港等の方 16.4 ’ 8 法がある。シンガポールや香港等の都市国家では、 因みに、男性の収入が、女性の結婚相手の条 フィリピン等の近隣諸国から低賃金で家政婦を 件になることはよくある。しかし、最近では、 受け入れている。女性は、自分の収入が、育児 男性の結婚相手の条件に、女性の収入があげら も含めた家政婦の雇用費用を上回る限り、働け れる。男性側が、共働きを前提に、女性の収入 ることになる。これも女性の社会進出と労働力 にも期待しているからだ。 人口の増加に重点を置き、移民を受け入れると 若者の収入は増えていない。他方で、若者間 いう一貫した政策である。その結果、国民ひと での収入格差が大きく拡大した。20代で1,000万 り当たりのGDPは増え、日本を追い抜き、移民 円を超える収入層がいる一方で、200万円以下の 人口が急増している。また、先進国で、合計特 年収で働く20代女性は過半数を超える。その要 殊出生率2.1を上回っているのは、フランスとア 因は、本質的には自助努力であるが、学歴、業種、 メリカぐらいである。この背景には、婚外子の 正規、非正規、性差等の差が収入格差に結びつ 社会的承認があり、離婚や堕胎を認めないカト いていることも否定できない。 リック教徒やカトリック系の移民が多いという 宗教的文化的事情がある。 若者の収入をあげるには、少なくとも教育機 会を平等にすることである。中国やインド等の 日本は、婚外子を認めない家族観、ゼロ歳児 新興国が、貧困から脱出できたのは、若者に教 保育を認めない育児観、移民を受け入れない意 育機会を与え、より収入の高い職業へランクアッ 識を持ち、人口減少に歯止めをかけようとして プできたからである。逆に、貧しい家庭で、教 いる。つまり、すべての問題を国内だけで解決 育機会がなければ、子供達は貧困から脱出でき しようとあがいている。 ない。インドが、高等教育によるソフトウェア 解決には、産休や育児休暇の制度を見直し、 エンジニアを養成することで、ソフトウェア産 ゼロ歳児保育を奨励し、移民を受け入れ、保育 業を育成することに成功し、生活水準を向上さ サービス事業を拡充するしかない。若者人口を せたのは好例である。 増やす成功の鍵は、家族観、育児観と労働力市 日本で若者の収入をあげるには、まず、教育 場のグローバル化である。しかし、これは日本 機会を平等にする必要がある。現在の日本は、 文化の根底にある「母性」社会を変え、戦前の 収入格差が拡大し、80%の人々が格差の拡大を ような階層社会へと繋がるリスクがあることは 予想している。そして、子供ひとり当たりの教 言うまでもない。 育費は増大している。幼稚園から大学まですべ 二つ目は、若者の収入をあげることである。 て公立で793万円、全部私立なら2,300万円と推 若者の収入をあげる目的は2つである。一つは、 定されている(2012年度「文部科学省」調べ)。 単純に、収入が増えることによって消費支出が 大学だけ、地方から東京へ進学させるとさら 増えることである。もう一つは、収入をあげる に、平均で月12万円の仕送り分の約580万円の生 ことによって、低収入によって結婚できない層 活費が上乗せされる。収入が長期低下傾向にあ の既婚率を上げることだ。このことによって、 るなかで、一括支払いではないが、私学で通せ 若者人口増加に繋がる。 ばひとりに約2,880万円の教育費が必要となる。 16.4 ’ 9 現在の若者の親たちは、子供時代に公立中心 で大学までで500万円ほどの教育投資を受け、生 若者消費を喚起する新しいビジネスモデル 革新 涯 収 入 は、 年 功 序 列 と 終 身 雇 用 で 保 障 さ れ て 若者消費の喚起には、若者人口を増やし、若 3億円を超えていた。従って、この時代の教育 者の収入を上昇させることが重要だ。人口増加 投資は、子供の40年の平均生涯収入でみれば、 分と収入増加分が消費喚起に繋がる。しかし、 利率3%で借り入れたとしても、月々 12万円ほ それだけでは十分ではない。供給サイドがイノ どで約4年以内の期間で完済できた。残りの36 ベーションを起こすことが必要条件である。 年分返済分を資産に回すと利回りがゼロでも約 5,200万円の金融資産ができたと計算できる。 若者の消費喚起でもっとも大きな問題は、需 要サイドの変化に供給サイドが対応していない 現在は、私学中心で教育すると約2,880万円の ことである。消費を喚起し、需要創造できる若 教育投資で生涯年収は2∼3億円である。生涯収 者向けの新しい「選択的情報サービス財」の製 入の10%を越える投資資金を返済するのに、月々 品革新、イノベーションと新しいビジネスモデ 10万円で返済すると、およそ42年と半年かかる。 ルの創造が必要である。新しいスタンダードリ 65才のほぼリタイヤ時に完済となる。これでは、 ビングと新しい「必要な生活財の平均範囲」を 親にとっても子供にとっても教育投資の魅力は低 企業から提案することである。 く、実力主義賃金なのでリスクも大きい。まして、 しかし、現在、ITを基軸とするイノベーショ 子供が2人以上だと兄弟姉妹ともに、地方から東 ンは、新しい需要を創造するのではなく、需要 京の私学へ大学進学させることは難しい。 を破壊し、減少させている。 このような教育費を踏まえ、いわゆる就職や 若者の消費は、スマホ一台ですべてをすませる キャリア形成に有利な高等教育機関が東京に集 ことができるようになった。電話、FAX、電卓、 中していることを考慮すると、すでに大学への 電子手帳、電子辞書、デジタルカメラ、音楽プレ 進学時点で機会均等は保障されていない。若者 イヤー、ゲーム機、テレビ、デスクトップパソコ の生涯収入は、居住地域と親の収入階層で大き ン等が果たしていた機能のすべてが、スマホとア く左右されることがわかる。 プリで利用できる。 若者の収入をあげるには、大学等の高等教育 産業としてみれば、スマホの普及によって、 を無料化し、全国の若者の教育機会を平等にす これらの日本のメーカーが得意だった専用機は ることが必要条件であり、大学教育の場を、高 姿を消しつつある。最近では、スマホで卒論や 収入につながるキャリア形成の場と捉え、教育 仕事の企画書を書く「強者」もいる。彼らには 内容を刷新し、企業でのキャリアアップに繋げ パソコンも必要なくなっている。 ることが大切である。また、離職率が高い現状で、 他方で、現代の若者にとってすべてが満ち足 転職によって生涯年収が下がる若者が多いとい りているわけではない。彼らが「さとり」を開 う事態を踏まえて、一貫したキャリアアップと いて、消費欲望が低下してもいない。消費欲望が、 生きがいを追求できる転職斡旋サービスが必要 際限のない情報ニーズ基軸に変わっており、彼 である。 らの行動はすべてが情報に依存している。食材、 16.4 ’ 10 イヤホン等を買うにも、外食店に行くにも情報 なくして行動できないし、SNSでの評判や情報 五得」のビジネスモデルを形成している。 「グーグル」は、端末を通じて、検索サービス 交換も不可欠である。リスクをとらないように、 を無料で提供し、世界で何億というユーザーを 失敗しないように、情報依存がますます進んで 集客し、検索結果の枠を企業に広告枠として有 いる。ありきたりのスタンダードリビングの物 料販売している。ここでは、グーグルの提供す 的財への興味はないが、情報ニーズは強い。また、 る独自の検索サービスが、検索利用者と広告企 友人や知人への行動への関心も高く、ランキン 業を結ぶプラットフォームになっている。 グ情報に影響されやすく同調傾向も強い。 このような情報との依存関係を利用し、関与 物的財に、情報サービス財を補完すれば消費 者同士をマッチングさせる新しいビジネスモデ が喚起される。靴下は、右足と左足の靴下が揃っ ルが、現代の若者には必要なのである。スマホ て、消費者の役に立つ。このように財、情報サー で無料のゲームを提供し、多くのプレイヤーを ビスは補完財である。車とガソリン、コーヒー 集客し、必要なアイテムを特定のプレイヤーに と砂糖等多くの補完関係にある財がある。 販売するのも新しいビジネスモデルだ。彼らは、 物的な財と補完関係にある情報サービス財を うまく結びつけるビジネスモデルを創造するこ ゲームをプレイするのにアイテムを買って、何 かをやり遂げる「達成感」を得ているのだ。 とが必要である。ところが、日本では、ものづ 若者消費の低迷は、短絡的には中高年層の消 くりに固執して、新しいビジネスモデル構築や 費が伸びれば十分に補えるものである。コンビ 産業構造改革が進んでいない。 ニエンスストア業界で一強となったセブン−イ 花形を誇ったテレビ産業は、政府の放送規格、 レブンは、若者依存の業態から、中高年向けの テレビ局への免許交付、テレビ局の番組制作、 「イエ食」や「ひとりメシ」対応へ転換した。そ 放送枠の代理店による販売という仕組みのなか の結果、40代以上が顧客の半数以上を占めるよ で、テレビの大きさや画質等で競争してきた。 うになり、業績を伸ばした。供給サイドからす しかし、テレビの需要は、番組数とその品質に れば、このように若者から中高年への顧客のシ 依存している。見たい番組があるからテレビと フトも低迷する若者消費対策のひとつだ。 いう物的財へのニーズが生まれる。 ソフト(情報)がなければハード(物的財)は ただの箱であり、逆に、ハードがなければソフト しかし、若者消費の活性化は、消費全体に寄 与し、何よりも世代交代によって将来の消費拡 大に繋がるという意味で重要である。 は無価値、という相互補完関係である。テレビ局 は、番組を視聴者に無料で提供し、多くの視聴者 参考文献 を集め、広告枠を有料で代理店を通じて企業に販 松田久一、「ジェネレーショノミクス」 、東洋経済新報 社、2013 売して収益を得る。ここでは、テレビメーカー、 テレビ局、代理店、広告企業、視聴者の五者が、 同じプラットフォーム(土台)に乗って、 「五方 JMR生活総合研究所、「消費社会白書2016」 、2015年 Robert.J.Gordon, The Rise and Fall of American Growth, Princeton University Press,2016 16.4 ’ 11
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