(1) 2011 年 4 月 15 日 イラクの子どもを救う会機関紙 No.27 イラクの子どもを救う会 アフガン最新報告 では普通のこと。 ヘ ラ ー ト 州 立 病 院 へ。 思ったよりきれいな外観。 ハ ミ ド 医 師 に 案 内 さ れ、 病棟を見て回る。子ども 病棟は肺炎患者の乳幼児 であふれていた。一つの ベッドに2人、いや3人 の子どもと母親。カブー ルほどではないが、ヘラ ートの冬もかなり寒いの で、風邪をこじらせて肺 炎に罹る子どもが多数。 ースも足らないので、ご 「病院のベッドもスペ なく、治安は安定している様子。 ヘラートヘ飛ぶ に守られたホテルにチェックイ の全身にはぐるぐる巻きの包帯。 覧の通りだよ」とハミド 間軍事会社の社員たち。ごっつ ン。その直後、私の携帯に外務 「 や け ど 病 棟 」 に 入 る。 こ こ 「自殺未遂だ」。えっ、自殺? しかし用心に越したことはない い身体にスキンヘッド、太い二 省から電話。 にはヘラートだけでなく、近隣 「 先 週、 こ の 娘 は 灯 油 を か ぶ っ カブール空港でヘラート行き の腕には大きな入れ墨。彼らの 「ヘラートに入ったのです の州から重篤なやけど患者が運 医師。 ほとんどが米軍や英国特殊部隊 び込まれてくる。ベッドには番 ので、警備兵付きの、鉄の門扉 のリタイヤ組。軍隊にいるより か? 勘弁してくださいよ。で きるだけ早くカブールに戻って 号 が ふ っ て あ る。 顔 に 包 帯 ぐ なぜ焼身自殺を? 民 間 軍 事 会 社 に 雇 わ れ た 方 が、 く だ さ い ね 」。 毎 度 の こ と な が い ら れ た か ら だ 」。 全 身 の % な ぜ?「 望 ま な い 結 婚 を 強 て火をつけた」。 ハイリスク・ハイリターン。つ る ぐ る 巻 き の 少 女。「 熱 湯 を 浴 包む。治安がどれほど悪いのか ばし、アフガン民族衣装に身を ンストリートには、地雷で足を ると街は平穏のようだが、メー ヘラートの街を歩く。一見す と暖房をかねて、常にお湯を沸 戸水を飲んでいるが、煮沸消毒 村では水道がなく、にごった井 の 人 と 結 婚 し な さ い 」。 母 親 か ア ブ サ ナ ー さ ん、 あるので、事情を聞く。 師は言う。まだ辛うじて意識が に 大 や け ど を 負 っ て い る の で、 分からないので、できるだけ外 失った男性、青いブルカをかぶ かしている。そのヤカンをひっ らそう告げられた日の朝、少女 び た 」。 ハ ミ ド 医 師 の 言 葉 を 聞 国人とバレないように自衛する。 った女性たちが路肩にうずくま くり返して熱湯を浴びる子ども て火をつけた。 歳。「 あ 「多分助からないだろう」と医 1 時 間 半 ほ ど の フ ラ イ ト で、 る。長引く戦争によって、物乞 は備蓄してあった灯油をかぶっ 番のベッドへ。やはり少女 くまでもなく、状況を理解する。 ヘラートに到着。空港からタク が後を絶たないのだ。 はご心配をかける。 75 いが多数。1日1ドルの「貧困 私はと言えば、髭を長めに伸 ら、日本の外務省のみなさんに 望まない結婚から逃れる唯一の方法が焼身自殺だった まり給料が良い。 の飛行機を待つ。目立つのは民 街で、アフガン軍の検問所も少 911事件 から始 まっ た「 テ ロ との戦 い」 は、 とうとう 年 目を迎えてしまった。イラクでは数十万人〜100万人単位の 民間人が殺され、アフガニスタンでは、今も「タリバン掃討作 戦」という名の「農民大虐殺」が続いている。アフガニスタン と言うと、 「 砂 漠 に囲 まれた暑 い国 」 というイ メ ー ジ があるよう だが、事実は逆で、首都カブールの冬は猛烈に寒い。私にとっ て7度目のアフガニスタン。今回は極寒のカブール、避難民キ ャンプで毛布を配り、その後西部、イランとの国境の街ヘラー ト を訪 ねた。 そこで見 たのは、 戦 争 や貧 困 で犠 牲 になっ た、 女 性や子どもたちであった。 10 ライン」以下の生活が、この街 17 April. 2011 〒 565-0824 吹田市山田西 2-19-14 TEL 06(4864)1828 FAX 06(6875)8980 E-mai l : [email protected] URL : http://www.nowiraq.com/ ニュース シーで街へ。 ヘラートは予想以上に美しい 14 No.27 発行 : イラクの子どもを救う会 発行人 : 西谷文和 No.27 イラクの子どもを救う会機関紙 2011 年 4 月 15 日 (2) 押し付けられても、妻は実家に れて骨折しても、タバコの火を 横たわっている。 この国には、さまざまな問題が ので学校に通ってない子が多い。 「誰と結婚させられようとし 帰 れ な い。 実 家 に 帰 れ ば、 「家 たの?」 「親戚のおじさん」 っていた。カメラを構える私に、 る。子どもたちは雪だるまを作 あるテントが真っ白になってい ンプを訪れた。連日の雪で、数 カブールに戻り、避難民キャ 極寒のカブールで の 名 誉 を 傷 つ け た 」 と、 父 か て(2ヶ月で)8件の焼身自殺 「 こ の 病 院 に は、 今 年 に 入 っ 火をつける…。 かくして妻は灯油をかぶって (名誉殺人) 男 の 兄 弟 に 殺 さ れ る 例 が 多 数。 「その人は好きでなかった の?」 「大嫌い」 。蚊の鳴くような声 で答えてくれていたアブサナー さ ん だ っ た が、 「大嫌い」とい う部分だけは、少し力を込めて 回答した。 件。やけど治療ができる病院は、 テントの中に一歩足を踏み入 雪合戦で喜ぶ子どもたち。遊び 村では、親や部族長が勝手に結 ここしかないから、周辺の村か れると、そこには鼻水をたらし 者が運ばれてきたよ。昨年は 婚を決める場合が多い。年頃に らどんどん運び込まれてくるん アフガニスタン、特に貧しい なった娘を、金持ちの男のとこ だ」 。 これは家庭内暴力(DV)で るか、油をかぶって自殺するか。 定権はない。嫌々ながら妻にな を手に入れようとする。娘に決 は学校で勉強することも禁じら ことができなかったし、女の子 タリバン時代、女性は外で働く も 女 性 の 地 位 が 低 い 国 の 1 つ。 アフガニスタンは、世界で最 の援助もしてくれない」。 どもが死んだ。国連も政府も何 「 こ の 冬、 す で に 何 人 も の 子 しながら、思わずつぶやく。 死 ん で し ま う わ 」。 カ メ ラ を 回 薄手のシャツ一枚。「これでは、 て震える子どもがいた。裸足で 原因を米軍が作り、貧困状態を 奪ったのは米軍である。貧困の し、人々の家を破壊し、家族を れた外国人がいると聞く。しか は世界共通だ。 ろに嫁がせて、いくばくかの金 も同じこと。嫁いだ先の夫がと れ て き た。 カ ル ザ イ 政 権 に な 私がカブールに滞在していた の 子 で、 女 の 子 は 裸 足 靴を履いているのは男 ン ト で 暮 ら し て い る が、 ち は、 氷 点 下 の 中、 テ 家を奪われた避難民た 長 す る。 米 軍 の 空 爆 で 争 と 貧 困 が、 差 別 を 助 差 別 が 続 く。 そ し て 戦 の の、 ま だ ま だ 厳 し い って少しは改善したも 訳は叫ぶ。先 危険だ」と通 を切り上げろ。 インタビュー な い。「 早 く まともに動か 国連も政府も ンがいるので、 ニュータリバ リ バ ン で あ る。 避 難 民 の 中 に 援助の邪魔をしているのはタ は、高級デパート。アフガン復 ロが2回発生した。狙われたの のは約2週間。その間に自爆テ が 多 い。 学 校 に 行 っ て 月、このキャ 興費に群がり、米軍から仕事を もらっている「にわか成金」と、 「アフガンで金儲けをする外国 人 」 を 狙 っ た タ リ バ ン の 犯 行。 しかし実際に殺されたのは、普 通の通行人だった。 い っ た い、 「テロとの戦い」 は何だったのか? 日本政府が 億 ド ル の 支 援( 税 金 決めた リカ政府に。 ない。誰に? もちろん、戦争を始めたアメ と責任を取ってもらわねばなら 一刻も早く終わらせて、きちん になる。こんな馬鹿げた戦争は 感じる若者が、ニュータリバン ちの懐に入る。そんな不条理を に消え、復興費に群がる成金た だ!)は、カルザイ政権の汚職 50 今回のアフガン取材を約 25 分の映像にまとめました。 極寒の避難民キャンプ、貧困に喘ぐヘラートの女性た ち、そして雪の中のアフガン軍の訓練。はたしてこの 国の治安は安定するのか? 米軍が7月に撤退した後 はどうなるのか?日本が行うべき支援のあり方は?など など、ぜひご覧いただき、議論を深めてください。ご 希望の方に贈呈します。メールかファックスにてお申 し込みください。 タリバンが加速させる。 んでもない暴力男だった。殴ら いるのも男の子が中心 ンプで拉致さ 最新 DVD をプレゼント 寒さのためずっと泣いていた。この冬を越せたのだろうか? 毛布を配る。ご支援ありがとうございました 87 で、 女 の 子 は 金 が な い 雪の中でもカメラを向けると子どもが近づいてくる (3) 2011 年 4 月 15 日 イラクの子どもを救う会機関紙 No.27 ク」的な感覚で、デモに参加し 父は花嫁姿を見ることができな こ ぼ し な が ら、 娘 が つ ぶ や く。 い。 ていたのだ。 警官隊の襲撃に気づいたアリ 対 峙 し た。 息 子 に「 伏 せ ろ!」 家族の前で両手を広げて警官と 隊は、ほとんどがパキスタン人、 ちなみに、バーレーンの警察 革命前夜のバーレーンに潜入 と 命 じ た ア リ ー さ ん の 身 体 を、 インド人、バングラディッシュ 射殺したのは外国人 シトラ市のモスクへ。ちょう 実弾が撃ち抜いた。倒れたアリ 人である。そして軍隊はサウジ ー さ ん は、 素 早 く 起 き 上 が り、 ど葬式が行われていた。殺され ーさんに、警官たちはさらに銃 アラビア人。 歳 )。 昨 日 の デ モ に 参 加 し、 実 たのはアル・モーメンさん( 弾射撃を受けたのだ。 弾を浴びせ、絶命させた。その いたんだ。なのに軍隊は撃って がその日着てい アリーさんの弟 性が車を運転できるし(サウジ テントを張って寝ていたんだ」。 反 政 府 集 会 に 参 加 し、 広 場 で のだ。 目的」で撃った 明 ら か に「 殺 す シ ー ア 派 の 住 む シ ト ラ の 町 へ。 首都マナマを離れて、貧しい 対 し つ つ、 歴 史 的 な「 中 東 革 リーさん一家、国王の独裁に反 かかった。テントで寝ていたア 会参加者たちに、警官隊が襲い を愛していまし せ な 結 婚 式「 父 控 え て い た。 幸 ヶ月後に結婚を 泣 き 崩 れ る。 2 た ス ン ニ 派 の 国 王 が、「 自 国 民 貧しいシーア派の蜂起を恐れ 「モーメンたちは武器どころ 歳の息子が目撃し 一部始終を ている。 か、 石 さ え 持 っ て い な か っ た。 武器を持っていないことを示す きた」。モーメンさんの父親が、 たシャツを見せ 「これを見ろ」 。 「 こ ら ア カ ン、 と て も 広 場 を カメラの前で悔しさを爆発させ ため、両手を広げてデモをして 取材できない」 。望遠で兵士の あたりに真っ赤 数 発 の 弾 痕。 な 血。 シ ャ ツ に は かすための威嚇 デモ隊を蹴散ら アリーさん( 歳)の写真が。 射 撃 で は な く、 モーメンさんの遺影と並んで、 て く れ る。 胸 の る。 牲者は、私の知り合い。ぜひ取 材して」と運転手のラティーフ 歳で6人の孫 ァさん。ラティーファさんは私 と同い年、今年 を持つおばぁちゃんである。こ 日、 真 珠 広 場 の では女性は運転できない) 、仕 やはり友人たちが「その日の出 「アリーは 事にも就ける。独裁国家である 父の遺影の前 歳の娘が この国は人口で少数のスンニ派 命」の当事者になりたい、とい た」大粒の涙を で、 が支配し、シーア派は差別され、 わ ば「 家 族 ぐ る み の ピ ク ニ ッ 日深夜3時。寝静まった集 来事」を訴える。 の国はイスラム圏であるが、女 ただテントで寝ていただけ なのに 姿 を 撮 影 す る 私 に、 「昨日の犠 私は2月4日から 日までアフガンを取材していた。その間、 TV や新聞紙上では「エジプト革命」の文字が踊っていた。エ ジプト革命の波は、やがてイエメンやリビア、そしてバーレー ンへと波及していった。2月 日、私はドバイ国際空港で迷い に迷 っ ていた。 このまま大 阪 に帰 ろうか、 それともちょ っ と無 理して、エジプトかバーレーンに入ってしまおうか…。 迷ったときは積極的に前へ出る。これが私のモットー。「よし、 バーレーンだ!」行き先を決定。折しもバーレーンではデモ隊 に軍 が実 弾 射 撃 したばかり。 現 地 は一 体 どうなっ ているのか? ドバイからバーレーンへと飛んだ。 人射殺の翌日 バ ー レ ー ン の 首 都 マ ナ マ は、 青い海、白い砂浜。ヨットが並 び、高級ホテルが林立する「リ ゾートアイランド」だった。そ んなマナマの中心部、真珠広場 で惨劇は起こった。到着の前日、 平和的にデモをしている群衆に、 軍と警察が実弾射撃、5人の市 民を射殺したのだ。タクシーを 拾い、真珠広場へ向かう。しか 18 シーア派の町へ 押さえつけられてきた。 遺品となったパジャマ。血痕の部分に弾丸の穴が開いていた 14 22 が、世俗的なのだ。 17 52 10 17 し広場への道は、軍と警察がカ ット。窓から戦車を撮影しよう とするが、 数台、 「 ダ メ ダ メ、 撮 影 し た ら 捕 ま るよ!」と注意される。 広場の周囲には戦車が そして銃を構えた兵士と、辻々 に警官の姿。 17 18 10 50 5 No.27 イラクの子どもを救う会機関紙 2011 年 4 月 15 日 (4) を押さえつけるために」外国人 部隊を雇っているのだ。 逆 に 言 え ば、 外 国 人 だ か ら、 ここまで残酷なことができたの かもしれない。しかし結果的に この「デモ隊への虐殺事件」は、 国民の間に大きな怒りを巻き起 こした。 「虐殺を許すな!」 「国 王 打 倒!」 。また軍と警察隊が 実弾を撃ってくるかもしれない のに、真珠広場に昨日よりたく さんの人々が集まり始めた。 デモ 隊 が 撃 た れ は じ め た 日午後3時、広場では へ。苦しそうに顔を歪める青年。 トレッチャーを引っ張っていく 「 ど け ど け!」 必 死 の 形 相 で ス 大群衆と、軍隊、警官隊がにら 医療スタッフ。 2月 み合う。私は広場に近い病院で、 分もすると病院は野戦病院 異様な興奮の中、軍隊が発砲を (ハマドは国王の名前)と叫ぶ。 「 ダ ウ ン、 ダ ウ ン、 ハ マ ド!」 間、病院を取り囲んだ大群衆が れてくるはずだ。負傷者を待つ 多くの犠牲者がここに運び込ま のように、軍隊が実弾を使えば、 が実弾だったら、確実に殺され 年。 「ゴム弾で撃たれた」 。これ だ。左胸から血を流している青 人々が呼吸困難に陥っているの を 使 っ て い る よ う で、 多 く の 当、酸素吸入。強力な催涙ガス て く る 負 傷 者、 そ し て 傷 の 手 状態。次々と担架で担ぎ込まれ やはり大群衆の中にいた。昨日 始めたようだ。ウー、ウー、う ていただろう。一輪の花を手に モをしていた。片手に花を持ち、 なりをあげて救急車で負傷者が る と、 「 ウ ォ ー」 と い う 地 鳴 り 両手を広げて行進していた。だ し た 学 生 が い る。 「僕たちは武 のような叫びがこだまする。デ が、 ヤ ツ ら は 撃 っ て き た 」 。催 次から次へと運び込まれてくる。 モ隊を弾圧する国王と軍隊への 涙ガスにやられているので、苦 器を持たず、石さえ手にせずデ 怒 り、 そ し て 負 傷 者 へ の 励 ま 英語ができたので、一点だけ尋 ね る。「 撃 っ て き た の は 誰? 軍 隊、それとも警官?」「警官だ。 ド」の大合唱。 た。彼らの本当の武器は「携帯 電話」だった。虐殺の瞬間を携 午後3時半頃、怒りの絶叫が はアルジャジーラその他のメデ ーネットで配信した。その映像 帯動画で撮影し、それをインタ 突 然 大 歓 声 に 変 わ っ た。「 軍 が ィアで世界中に配信された。 広場が解放されたぞ! そう、この国では軍隊はサウ 退 却 を 始 め た ぞ!」「 広 場 は 解 パキスタン人の」。 ジアラビアから、そして治安警 放された!」 。 国民が射殺されている時、こ 察はパキスタンからやってくる。 私のビデオカメラの前で V サ チン番組を垂れ流していた。翌 か?ハマド国王」というチョウ の 国 の テ レ ビ は「 お 元 気 で す マド国王は外国人部隊に、シー インする人、バーレーンの国旗 日の国営新聞は「デモ隊が先に 人 々 が 真 珠 広 場 へ と 向 か う。 ア派の自国民を殺させているの を 振 り 回 す 人、「 革 命 だ!」 と 攻撃してきたので、治安部隊が 共にスンニ派の大国。つまりハ だ。 叫ぶ人、自動車のクラクション やむなく発砲した」とのでっち そんな取材中にも次々と運び が鳴り響く。 込まれる負傷者。そして救急車 上げ記事が掲載された。 携帯動画が覆した。オバマ大統 午 後 4 時、 広 場 は 数 万 の 大 ち は 勝 利 し た。 真 珠 広 領でさえ「暴力による鎮圧は遺 が到着するたびに、群衆からの 場 を 取 り 戻 し た ぞ!」 。 憾」とコメントした。真実がば こ れ ら の「 ね つ 造 報 道 」 を、 主 催 者 が 叫 ぶ と、 地 鳴 れることで、国際社会がバーレ 群 衆 で ふ く れ あ が っ た。「 俺 た り の よ う な 大 歓 声。 そ ーンという小さな島国を監視し うなり声と「ダウンダウンハマ してダウンダウンハマ 始めた。やがて国王の軍隊は実 言うと、これまではテレビや新 うに広がっていったのだ。逆に び、反政府運動が燎原の火のよ のウソを暴き、それが怒りを呼 場から発信することで、独裁者 呼ばれる。つまり民衆自身が現 ター、フェースブック革命とも まった「中東革命」は、ツイッ チュニジア、エジプトから始 「革命の」 背景にあるものは… 却せざるを得なかった。 弾を使えなくなり、広場から退 ドの大合唱。 デモ隊は武器はおろ か、 石 さ え 投 げ な か っ 国王を倒せ!地鳴りのような叫び ゴム弾で左胸を撃たれた。実弾なら死んでいただろう しそうにとつとつと語る。彼は 救急車が病院に滑り込んでく 30 し。救急車からストレッチャー 看護師たちも反政府デモに参加 19 (5) 2011 年 4 月 15 日 イラクの子どもを救う会機関紙 No.27 情報操作をすることで、独裁者 聞などの主要メディアを押さえ、 る) ーレーンには米海軍の基地があ いなりになっているのか?(バ した。そのサウジ軍が真珠広場 王は、サウジに軍隊派兵を要請 追記:バーレーンのハマド国 次回の中東取材について 状 態 で、NATO 軍 の 空 爆 が 予定です。現在のリビアは内戦 いと思います。また時間があれ のか?などについて、取材した NATO の 空 爆 は 必 要 だ っ た を再度占拠し、デモ隊は追い払 勢力の拠点の1つであった救急 続いています。カダフィ軍も反 ば、バーレーンやイエメンなど、 これら様々な要因が一気に吹 は権力を保持してきた。傲慢な 国王は、この「時代の流れ」が がついた。一度燃え上がった炎 病 院 も、 現 在 治 安 警 察 に 弾 圧、 発を強め、銃撃戦で多くの罪な 今回の「民衆革命のその後」を 話 し 合 い で の 解 決 の 道 筋 は? このルポを書いている時点 は、このまま「本当の民主主義 占領されている。状況は予断を き人々が殺されているようです。 追いかけたいと思います。旅の 日から、リビアに入る 日 ) で、 ハ マ ド 国 王 は を求める社会改革運動」につな 許さないが、国王の独裁にたい 首尾よく現地に入ることがで 5月 サ ウ ジ 軍 の 追 加 派 兵 を 要 請 し、 がっていくだろう。まだまだ紆 する怒りは、かつてなく高まっ われてしまった。そして反政府 まだ権力の座にしがみついてい 余曲折はある。しかし民衆こそ ている。民衆側が、弾圧に負け き出して、今回の民衆革命に火 る。リビアでもカダフィが予想 が真の改革者。今回の民衆革命 模様はブログをご覧ください。 (3月 外の粘りを見せ、内戦状態に陥 き れ ば、 い っ た い 何 が 行 わ れ、 ラクやアフガンで起こ ず最終的に勝利することを願っ インディラガンジー っていることが日本で が世界の歴史を前に進めたこと 子ども病院で、ハビー も起こるのだろうか? った。しかし、これら両国の独 ブ医師から先天性異常 原子力といえば「ク かなくなってきている たいていのことでは驚 ランやプルトニウムと 要は「核」であり、ウ 福島原発の風下にい いう核燃料である。 どい。劣化ウラン弾の る人々に「早く避難し 「正確な情報を出して 残存放射線による内部 日本でも福島原発事 避難させろ」 「早期に て!」と願いつつ、政 故で大量の放射性物質 避難態勢を整えろ」と 被曝であることはほぼ が大気中、海洋にばら 要望したい。 府と東電に対しては まかれてしまった。イ 間違いない。 のであるが、これはひ 者を取材してきたので、 あるのかも知れないが、 の赤ちゃんの写真をあ ど ん な 被 害 が 出 て い る の か? 年 という傲慢さ。さら にはグローバリゼー ションの波が押し寄 せ、 米 国 発 の「 投 機 マネー」が食料価格 を押し上げ、貧しい 人々が飢えてしまう という不正義。最後 に、 米 国 が 行 う「 テ ロとの戦い」に協力 する独裁者たちへの 怒り。なぜアラブ人 (イラクやパレステ ィナ)を殺すアメリ リーンなイメージ」が ている。 一族で不正に蓄財 し、肝心の国民が貧 困に喘ぐという不条 年も 理。まともな選挙も せずに、 40 カやイスラエルの言 ずかった。いろんな患 は間違いない。 読めなかったのだ。 民衆が奪い返した真珠広場。現在は軍が掌握している 裁者たちの末路が見えて来た。 16 内部被曝の恐ろしさ 20 も権力の座に居座る 30 唐突かもしれませんが、ぜひみなさんに読んでいただき たい「告発」です。著者の平井憲夫さんは原子力発電所で 働く1級プラント配管技能士で、 年にがんでお亡くなり になっ てます。 年 の阪 神 大 震 災 をご覧 になり、「 原 発 が 地震に襲われたら」と恐怖を感じられて、まさに「命を賭 けて」訴えられたものです。長いので3回シリーズで掲載 します。 これを読 むと、 今 回 の原 発 事 故 はまさに「 人 災 」 であった、と確信します。ぜひ最後までお読みください。 97 筆者「平井憲夫 さ ん 」 について 1997 年1月逝去。 1 級 プ ラ ン ト 配 管 技 能 士、 原 発 事 故 調 査 国 民 会 議 顧 問、 原 発被曝労働者救済センター 代 表、 北 陸 電 力 能 登( 現・ 志 賀)原発差し止め裁判原告特 別 補 佐 人、 東 北 電 力 女 川 原 発差し止め裁判原告特別補 佐 人、 福 島 第 2 原 発 3 号 機 運 転 差 し 止 め 訴 訟 原 告 証 人。 「原発被曝労働者救済センタ ー」 は 後 継 者 が な く、 閉 鎖 さ れました。 作業負だったら、何十年いても されて、原発に行きました。一 原発を造るというのでスカウト 二○代の終わりごろに、日本に 造 工 場 な ど の 配 管 が 専 門 で す。 私はプラント、大きな化学製 見、溶接がされているように見 溶接は溶け込み不良でした。一 たし、高速道路の支柱の鉄骨の の中には型枠の木片が入ってい 新幹線の橋脚部のコンクリート る と 思 わ れ て い ま す。 し か し、 て、きびしい検査が行われてい 高速道路などは官庁検査によっ すから、原発や新幹線、高速道 よって造られているのが現実で 作業者から検査官まで総素人に 度もされたことがありません。 なっているのかという議論は1 った人であるのか、現場がどう 原発を造る人がどんな技量を持 ることが絶対条件です。しかし、 分かりませんが、現場監督とし えていても、溶接そのものがな 路 が い つ 大 事 故 を 起 こ し て も、 世 間 一 般 に、 原 発 や 新 幹 線、 て長く働きましたから、原発の されていなくて、溶接部が全部 不思議ではないのです。 ません。 中のことはほとんど知っていま はずれてしまっていました。 原発にしろ、建設現場にしろ、 す。 読んでいただくと、原発がみな 話をします。そして、最後まで どの人が知らない原発の中のお ういうものですよ」と、ほとん が高くなりました。原発は地震 たりしないか」という不安の声 民の中から「地震で原発が壊れ 七日に阪神大震災が起きて、国 去年(一九九五年)の一月一 このような事故が起きてしまう それが直接の原因ではなくても、 施 工、 管 理 を 怠 っ た た め で す。 りに重点を置いていて、現場の 本は、余りにも机上の設計ばか しまったのでしょうか。その根 す。 かしくなってしまっているので までです。施工、造る段階でお す。しかし、これは設計の段階 ゃんと止まるようになっていま て、どこかで故障が起きるとち 二重、三重に多重防護されてい 日 本 の 原 発 の 設 計 も 優 秀 で、 さんが思っていらっしゃるよう で本当に大丈夫か、と。しかし、 のです。 なぜ、このような事が起きて なものではなく、毎日、被曝者 決 し て 大 丈 夫 で は あ り ま せ ん。 「安全」 は机上の話 を生み、大変な差別をつくって 国や電力会社は、耐震設計を考 ありますが、私は「原発とはこ いるものでもあることがよく分 ないでしまったり、いわゆる人 具や工具を入れたまま配管をつ が入っていたり、配管の中に道 原発でも、原子炉の中に針金 が、残念ながら、これが日本の 建具は合わなくなったりします が 悪 か っ た ら、 雨 漏 り は す る、 もらっても、大工や左官屋の腕 立派な一級建築士に設計をして 仮に、自分の家を建てる時に、 え、固い岩盤の上に建設されて この地震の次の日、私は神戸 が間違える事故、ヒューマンエ 原発なのです。 素人が造る原発 かると思います。 んで、それから、原発をどうし に行ってみて、余りにも原発と ラ ー が あ ま り に も 多 す ぎ ま す。 いるので安全だと強調していま たらいいか、みなさんで考えら の共通点の多さに、改めて考え それは現場にブロの職人が少な ひとむかし前までは、現場作 場で働いていた者です。原発に 二十年間、原子力発電所の現 です。しかし、現場を知らない すが、これは机上の話です。 れたらいいと思います。原発に させられました。まさか、新幹 く、いくら設計が立派でも、設 業には、棒心(ぼうしん)と呼 はじめて聞かれる話も多いと ついて、設計の話をする人はた 線の線路が落下したり、高速道 計通りには造られていないから ばれる職人、現場の若い監督以 ついては賛成だとか、危険だと 思います。どうか、最後まで読 くさんいますが、私のように施 路が横倒しになるとは、それま です。机上の設計の議論は、最 上の経験を積んだ職人が班長と と、原発の本当のことは分かり 私は 原 発 反 対 運 動 家 で は あ りま せ ん 。 工、造る話をする人がいないの で国民のだれ 人考えてもみな 高の技量を持った職人が施工す か、安全だとかいろんな論争が かったと思います。 1 95 原発 ︱ 現場からの告発 〈上 〉 No.27 イラクの子どもを救う会機関紙 2011 年 4 月 15 日 (6) (7) 2011 年 4 月 15 日 イラクの子どもを救う会機関紙 No.27 ます。素人の人は事故の怖さを 経験不問という形で募集してい なくなりました。全くの素人を くらい前から、現場に職人がい く知っていました。それが十年 ましたし、事故の恐ろしさもよ 事故や手抜きは恥だと考えてい の仕事にプライドを持っていて、 して必ずいました。職人は自分 障がひんぱんに起こるようにな す。こういうことも、事故や故 まに造っていくことになるので ているのか、全く分からないま のか、どれほど重要なことをし ると、今、自分が何をしている て合わせていくんです。そうす ただ積木を積み重ねるようにし 1番、2番と2番というように、 物を持ってきて、現場で1番と 級なものではないのです。 かも知れないけれど、そんな高 高度なものだと思い込んでいる 原発というのはとても技術的に ります。 も行こうかなあということにな 日当が安くても、原発の方にで ま せ ん か ら、 だ っ た ら、 ま あ、 の 運 転 の 許 可 を 出 す 役 人 で す。 新設や定検(定期検査)のあと が閣議で決まりました。原発の 管理専門官を各原発に置くこと ぱんに起き出したころに、運転 原発の事故があまりにもひん 査の実態です。 合格とする、これが今の官庁検 を聞き、書類さえ整っていれば の人は、自分の担当している原 外」と報道していましたが、そ 売 新 聞 が「 現 地 専 門 官 カ ヤ の 動した大事故が起きたとき、読 炉心冷却装置(ECCS)が作 東京電力の福島原発で、緊急 用できますか。 素人が出す原発の運転許可を信 ました。このようにまったくの 皆さんは何か勘違いしていて、 知らない、なにが不正工事やら では、針金を原子炉の中に落と 例えば、東京電力の福島原発 防護マスクも付けていて、互い 原発の作業現場は暗くて暑いし、 こ と が 出 来 な い 職 場 な の で す。 の問題があって後継者を育てる 原発を造る職人がいなくなっ きます。 本当にどうしようもなくなって 庁)の者だとはっきり名乗って 人です」と、科技庁(科学技術 かしいんですが、まるっきり素 ていた時、会場から「実は恥ず というのは、水戸で講演をし 人を現場にも入れないで放って する時間がなかったので、その に教えるように、いちいち説明 場のような騒ぎの中で、子ども ことを知っていますから、火事 専門官がまったくの素人である 発で大事故が起きたことを、次 したまま運転していて、1歩間 に話をすることも出来ないよう ても、検査をきっちりやればい 発 言 し た 人 が い ま し た。 そ の 置いたのです。だから何も知ら 私もその役人が素人だとは知っ 違えば、世界中を巻き込むよう な所ですから、身振り手振りな い と い う 人 が い ま す。 し か し、 人は「自分たちの職場の職員は、 なかったのです。 の日の新聞で知ったのです。な った原因のひとつです。 ですから、素人が造る原発と な大事故になっていたところで んです。これではちゃんとした そ の 検 査 体 制 が 問 題 な の で す。 被曝するから絶対に現場に出さ ていましたが、ここまでひどい 手抜きかも、全く知らないで作 業しています。それが今の原発 した。本人は針金を落としたこ 技術を教えることができません。 出来上がったものを見るのが日 なかった。折から行政改革で農 そんないい加減な人の下に原 ぜ、専門官が何も知らなかった とは知っていたのに、それがど それに、いわゆる腕のいい人ほ 本の検査ですから、それではダ 水省の役人が余っているという 子力検査協会の人がいます。こ とは知らなかったです。 れだけの大事故につながるかの ど、年問の許容線量を先に使っ メなのです。検査は施工の過程 ので、昨日まで養蚕の指導をし いうことで、原発はこれから先、 認識は全然なかったのです。そ てしまって、中に入れなくなり を見ることが重要なのです。 また、原発には放射能の被曝 ういう意味では老朽化した原発 ます。だから、よけいに素人で の実情です。 も危ないのですが、新しい原発 もいいということになってしま なりました。マニュアル化とい 事がマニュアル化されるように ら、素人でも造れるように、工 現場に職人が少なくなってか ると、細かい仕事が多い石油プ 事が出来なくなります。そうす すぎたらもうだめで、細かい仕 すと、目がやられます。30歳 また、例えば、溶接の職人で のです。メーカーや施主の説明 ともな検査が出来るわけがない そういう技量の無い検査官にま と 本 当 の 検 査 に は な り ま せ ん。 自分でやって見せる技量がない さい。このようにするんだ」と 「 そ う で は な い。 よ く 見 て い な 検 査 官 が 溶 接 な ら 溶 接 を、 たちの実名を挙げて話してくれ していた人だった」と、その人 三か月前までは、お米の検査を した。美浜原発にいた専門官は 専門検査官として運転許可を出 いう何にも知らない人が原発の 検査官として赴任させた。そう していた人を、次の日には専門 ていた人やハマチ養殖の指導を ですから、検査と言ってもただ 検査のことはなにも知りません。 い と 仕 事 が 進 ま な い の で す が、 っていて、この人の0Kが出な 工事のあらゆる検査の権限を持 違いの人です。この人が原発の 人の天下り先ですから、全然畑 の協会は通産省を定年退職した の人がどんな人かというと、こ のか。それは、電力会社の人は も素人が造るという意味で危な うんです。 うのは図面を見て作るのではな ラントなどでは使いものになり 名ばかりの検査・検査官 いのは同じです。 く、工場である程度組み立てた No.27 イラクの子どもを救う会機関紙 2011 年 4 月 15 日 (8) 見に行くだけです。けれども大 変な権限を持っています。この 協会の下に電力会社があり、そ いいかげんな原発の 耐震設計 うことの現れなんです。 ことが設計通りにいかないとい となんです。つまり、いろんな まらない可能性もあるというこ に着替えて入ります。防護服と 自分の服を全部脱いで、防護服 す。そういう現場へ行くのには、 線を浴びながら働いているので ったく違うのです。 出来ません。普通の職場とはま 原発の中ではいい仕事は絶対に のように聞こえますが、そうで 百姓や漁師の人が自分の仕事が 以上まるっきりの素人です。お 阪神大震災後に、慌ただしく こういう地震で異常な止まり はないんですよ。放射線の量を 暇な冬場などにやります。言葉 の下に原子炉メーカーの日立・ % して、その結果を九月に発表し 方 を し た 原 発 は、1987 年 計るアラームメーターは防護服 は悪いのですが、いわゆる出稼 そういう仕事をする人が 私は日立にいましたが、このメ ま し た が、 「 ど の 原 発 も、 ど ん に福島原発でも起きていますが、 の中のチョッキに付けているん いうと、放射能から体を守る服 ーカーの下に工事会社があるん な地震が起きても大丈夫」とい 同じ型の原発が全国で もあり 日本中の原発の耐震設計を見直 です。つまり、メーカーから上 うあきれたものでした。私が関 東 芝・ 三 菱 の 三 社 が あ り ま す。 も素人、その下の工事会社もほ 95 も電力会社ではなく、メー力- す。だから、原発の事故のこと とんど素人ということになりま を新しいのも古いのも一緒くた 考えていなかったのです。それ では、地震のことなど真面目に わった限り、初めのころの原発 ことではないでしょうか。 を考えるとき、非常に恐ろしい ます。これは地震と原発のこと 単なる作業着です。作業してい 射能を外に持ち出さないための ですから。つまり、防護服は放 作業をするわけです。 い人が、怖さを全く知らないで ぎの人です。そういう経験のな 検査をする。そして、検査官は ない機関を作って、その機関が から、そういう所と全く関係の 原発を推進しているところです 当の第三者的な機関、通産省は 天下りや特殊法人ではなく、本 ら も、 ず っ と 言 っ て い ま す が、 私は現役のころも、辞めてか 度5ではないのに止まったんで をしているのですが、それが震 年に震度5で止まるような工事 うと、この原発では、1984 でした。なぜ大変だったかとい したが、この事故は大変な事故 て、自動停止したことがありま くらいの地震で出力が急上昇し に、女川原発の一号機が震度4 分くらいに薄くなってしまう所 ていますから、配管の厚さが半 水や水蒸気がすごい勢いで通っ も 300 ℃ も あ る 熱 湯 で す が、 配管の中には水が、水といって のすごい圧力がかけられていて、 と か、150 気 圧 と か い う も っています。原子炉には 気圧 っていて、定期検査、定検とい 必ず止めて検査をすることにな 靴もサイズが自分の足にきちっ けの靴に履き替えますが、この また、安全靴といって、備付 す。 に洗ってから、やっと出られま 放射能がゼロになるまで徹底的 ワーで洗うと大体流せますから、 いわゆる外部被曝ですと、シャ の 表 面 に 放 射 能 が つ い て い る、 かどうか検査をするんです。体 ー枚になって、被曝していない わって外に出る時には、パンツ ないのです。だから、作業が終 と時間、時間というのは、その 線の量が違いますから、作業の すが、現場は場所によって放射 ラームメーターをつけて入りま 所です。作業現場に入る時はア 放射能がいっぱいあって最悪な 場 は 放 射 線 管 理 区 域 で す か ら、 よ」と教えますが、作業する現 締めなさい、締めないと漏れる る 作 業 を す る と き、 「対角線に 例えば、ボルトをネジで締め る人を放射能から守るものでは でないと、詳しいことは分から にして、大丈夫だなんて、とん 配管のことなど経験を積んだ人、 す。わかりやすく言うと、高速 もあるのです。そういう配管と と 合 う も の は あ り ま せ ん か ら、 日に浴びてよい放射能の量で時 原発は 年くらい運転すると、 現場のたたき上げの職人が検査 道路を運転中、ブレーキを踏ま かバルブとかを、定検でどうし 大事な働く足元がちゃんと定ま 間が決まるわけですが、その現 です。 このように、日本の原発行政は、 いまだに何も変わっていません。 一 生 懸 命 に 言 っ て き ま し た が、 はありません。5で止まるよう た、というような簡単なことで うように、止まったからよかっ んです。これは、東北電力が言 射能、放射線でいっぱいになり 原発は一回動かすと、中は放 が伴うわけです。 ながら働くわけですから、実際、 現場に入り、放射能の心配をし りします。そういうかっこうで だ か ら、「 ア ラ ー ム メ ー タ ー が ー タ ー が 鳴 る よ う に し て あ る。 すると、 現場に入る前にその日の作業 余りにも無責任でお粗末なもの に設計されているものが4で止 ますから、その中で人間が放射 分経つとアラ-ムメ 分間作業ができる所だと なんです。 まったということは、5では止 でもないことです。1993 年 と指導を行えば、溶接の不具合 ないのに、突然、急ブレーキが ても取り替えなくてはならない りません。それに放射能を吸わ 場が 出来る時間が違います。分刻み や手抜き工事も見抜けるからと、 かかって止まったと同じことな のですが、この作業に必ず被曝 ないように全面マスクを付けた 定期点検工事も素人が ないのです。 10 70 1 20 20 (9) 2011 年 4 月 15 日 イラクの子どもを救う会機関紙 No.27 と指示します。でも現場には時 鳴ったら現場から出なさいよ」 魚はほとんどありません。日本 れる魚で、安心して食べられる 差止め裁判の報告会で、八十歳 数年前の石川県の志賀原発の になります。原発の作業では片 鼻から入ると、それが内部被曝 私の母が何時も言っていたので し よ う か と 考 え ま し た。 で も、 当に死ぬのが怖くて怖くてどう ないよ」と。じゃ死ぬ前になに 付けや掃除で一番内部被曝をし を浴びる内部被曝の方が外部被 かやろうと。原発のことで、私 近い行商をしているおばあさん はいままで原発のことを知らな 曝 よ り も ず っ と 危 険 な の で す。 が知っていることをすべて明る の海が放射能で汚染されてしま かった。今日、昆布とわかめを 体の中から直接放射線を浴びる みに出そうと思ったのです。 計がありません。時計を持って 海に放射能で汚れた水をたれ お 得 意 さ ん に 持 っ て い っ た ら、 わけですから。 す が、「 死 ぬ よ り 大 き い こ と は 流すのは、定検の時だけではあ そこの若奥さんに「悪いけども ますが、この体の中から放射線 りません。原発はすごい熱を出 う 買 え な い よ、 今 日 で 終 わ り 体の中に入った放射能は、通 が、 こ ん な 話 を し ま し た。「 私 すので、日本では海水で冷やし ね、志賀原発が運転に入ったか 常は、三日くらいで汗や小便と っているのです。 そこでは、ボルトをネジで締 て、その水を海に捨てています ら」って言われた。原発のこと 一緒に出てしまいますが、三日 入ると、時計が放射能で汚染さ 分は過ぎたか が、これが放射能を含んだ温排 は何も分からないけど、初めて なら三日、放射能を体の中に置 れますから腹時計です。そうや はそっちの方にばかり行きま 水で、一分間に何十トンにもな 実感として原発のことが分かっ た。どうしたらいいのか」って から出るといっても、人間が勝 いたままになります。また、体 す。日本の放射線管理というの が蓄積します。これが怖いので いくら徴量でも十年なら十年分 分 は 過 ぎ た か な と、 頭 途方にくれていました。みなさ は、年間 放射能というのは蓄積します。 原発の事故があっても、県な 手に決めた基準ですから、決し す。これは経験した者でないと 血の気が引くくらい怖いもので そうとします。それに、国民も すし、電力会社はそれ以上に隠 ます。 海が放射能で汚染され続けてい 非常に怖いのです。どんなに微 てゼロにはなりません。これが いいという姿勢です。 ればいい、それを越えなければ 量でも、体の中に蓄積されてい ほとんど無関心ですから、日本 言 わ れ た 通 り に は 出 来 な く て、 対角線に締めなさいと言っても、 に当たります。ですからネジを しています。排水口で放射線の 最初は水洗いして、全部海に流 ぱいついていますから、それを 防護服には放射性物質がいっ き抜けるからです。体の外から どんなに厚い鉄でも放射線が突 放射線を出すようになるのです。 物がすべて放射性物質になって、 が放射性物質に変わってきます。 いますが、それは当たり前なの でしょう」と自慢そうに言って にしてあって、職員も「きれい できるところは、とてもきれい と思いますが、一般の人が見学 原発を見学した人なら分かる になりませんから、三日分とか、 す。しかし、それでは全く仕事 作業が出来ないところもありま と、一日に五分から七分間しか も、放射線量が高いところです で 割 る と 一 日 分 が 出 ま す。 で きますから。 例えば、定検工事ですと三ケ 分かりません。ビーッと鳴ると、 内部被爆が一番怖い の海は汚れっぱなしです。 ただ締めればいいと、どうして 量を計ると、すごい量です。こ 浴 び る 外 部 被 曝 も 怖 い で す が、 月くらいかかりますから、それ もいい加滅になってしまうので ういう所で魚の養殖をしていま 原発の建屋の中は、全部の物 す。すると、どうなりますか。 がら作業をさせるのです。これ 一週間分をいっぺんに浴びせな 放射能のホコリが飛んで危険で です。きれいにしておかないと 人たちは、こういうことも知っ 一番怖いのは内部被曝です。 放射 能 垂 れ 流 し の 海 は絶対にやってはいけない方法 り20分間なりの作業ができる すから。 とかホコリ。原発の中ではこの 私はその内部被曝を百回以上 のです。そんなことをすると白 て、原発にもっと関心をもって 欲しいものです。このままでは、 ホコリが放射能をあびて放射性 もして、癌になってしまいまし 冬に定検工事をすることが多 い の で す が、 定 検 が 終 わ る と、 放射能に汚染されていないもの 物質となって飛んでいます。こ の放射能をおびたホコリが口や た。癌の宣告を受けたとき、本 血病とかガンになると知ってく ですが、そうやって10分間な 海に放射能を含んだ水が何十ト を選べなくなると思いますよ。 きり言って、今、日本列島で取 ンも流れてしまうのです。はっ ホコリ、どこにでもあるチリ す。安全な食べ物を求めている んに写したくらいの放射線の量 レントゲンなら何十枚もいっぺ 50 ターというのはビーッととんで もない音がしますので、初めて んの知らないところで、日本の ミリシーベルトを守 どがあわてて安全宣言を出しま な、 めながら、もう って、現場に行きます。 す。アラームメーターが鳴るの ります。 普通の職場環境とは 全く違う が怖いですから。アラームメー 10 の人はその音が鳴ると、顔から 15 No.27 イラクの子どもを救う会機関紙 2011 年 4 月 15 日 (10) 原発は放射能の量が物凄いです ことがありました。動いている ている大きなネジが一本緩んだ 稼動中の原発で、機械に付い も九万人くらいの人が原発で働 ほとんどが原発作業者です。今 までに約二七万人ですが、その ます。日本の放射線従事者は今 で働く人を放射線従事者といい 原発など、放射能のある職場 うになるのです。 なくなって困る」と思い込むよ 「 原 発 が な く な っ た ら、 電 気 が に す ぐ に 洗 脳 さ れ て し ま っ て、 と し て も、 そ う い う 安 全 宣 伝 あって、ちょっと不安に思った みしたりして。だから、事故が 刷の立派なチラシを新聞折り込 で料理教室をしたり、カラー印 の体も被曝でぼろぼろになって たら、二〇年の原発労働で、私 ねばならないのかと。気がつい このようなウソの毎日を過ごさ 一体なんのために、誰のために、 る こ と も 多 く な っ て い ま し た。 そうした自分自身に、問いかけ 酒量が日毎に増していきました。 い日も多く、夜は酒の力をかり、 気が付かなかったんですよ。 されていることなんか、だれも んから、その人が放射能で汚染 だけで、放射能は全く見えませ か助けたいと思って必死だった 我をして出血のひどい人を何と てしまいました。みんなが大怪 になるほどの大変な事態になっ というふうに、町中がパニック れていると、まだいいのですが から、その一本のネジを締める いています。その人たちが年一 私自身が二〇年近く、現場の くらいかかりました。 で百六十人分、金額で四百万円 た一山、二山、三山締めるだけ 終わりの人もいる。ネジをたっ にあるんだ?といったら、もう て、ネジを締めるスパナはどこ ーッと鳴る。中には走って行っ で、もうアラームメーターがビ ガンや白血病に冒されると言っ 原発反対の人たちが、放射能で で安心して働きなさい、世間で しているので、絶対大丈夫なの えません。国の被曝線量で管理 です。原発が危険だとは一切教 大の目的は、不安の解消のため かけて行います。この教育の最 し、放射線管理教育を約五時間 原発で初めて働く作業者に対 被曝をする。それをいかに本人 ないのです。作業者全員が毎日 原発のせいだとは全然考えもし の具合が悪くなっても、それが 大半の人は思っていません。体 れていませんから、不安だとは 危険や被曝のことは一切知らさ とよく聞かれますが、放射能の く人は不安に思っていないのか ません。みなさんから現場で働 来ました。何人殺したかわかり ロ ー ル、「 洗 脳 教 育 」 を や っ て ので、その怪我人は放射能の除 射能汚染の知識が全くなかった をしなかった。救急隊員にも放 せたり、体を洗ったりする除洗 わてていたので、防護服を脱が たのです。でも、電力会社もあ その怪我人は放射能まみれだっ んで運び出しました。ところが、 でしたから、直ぐに救急車を呼 き出ていて、一刻を争う大怪我 したことがありました。血が吹 ( ひ た い ) を 切 っ て、 大 怪 我 を 現場作業員がグラインダーで額 また、東京電力の福島原発で 電力の福島第二原発で再循環ポ 事故です。一九八九年に、東京 かチェルノブイリに匹敵する大 しています。スリーマイル島と りするような大事故を度々起こ 心なのか、日本の原発はびっく 皆さんが知らないのか、無関 んなの問題です。 はないのです。この国の人、み か。想像できますか。人ごとで た時、一体どうなるのでしょう 大勢の住民が放射能で汚染され す。それが仮に大事故が起きて なぜ、原発を止めて修理しな ているが、あれは “ マッカナ、 や外部に知られないように処理 洗をしないままに、病院に運ば ンプがバラバラになった大事故 だれが助けるのか いのかと疑問に思われるかもし オ オ ウ ソ ” で あ る、 国 が 決 め するかが責任者の仕事です。本 れ て し ま っ た ん で す。 だ か ら、 を一切教えません。 ……。電力会社はこういうこと のに働く人三十人を用意しまし 回行われる原発の定検工事など 責任者として、働く人にオウム れませんが、原発を一日止める たことを守っていれば絶対に大 人や外部に被曝の問題が漏れる も、 世 界 で 初 め て の 事 故 で し 「絶対安全」だと五時間の 洗脳教育 た。一列に並んで、ヨーイドン を、毎日、毎日、被曝しながら の麻原以上のマインド・コント いました。 で七メートルくらい先にあるネ 支えているのです。 一人でもこんなに大変なんで ジ ま で 走 っ て 行 き ま す。 行 っ と、何億円もの損になりますか 丈夫だと、五時間かけて洗脳し その怪我人を触った救急隊員が て、一、二、三と数えるくらい ら、電力会社は出来るだけ止め ようでは、現場責任者は失格な た。 びっくりした美浜原発細管 破断事故! ないのです。放射能というのは 汚染される、救急車も汚染され る、医者も看護婦さんも、その の で す。 こ れ が 原 発 の 現 場 で す。 んも汚染される、その患者さん 断した事故は、放射能を直接に 関西電力の美浜原発で細管が破 そ し て、 一 九 九 一 年 二 月 に、 私はこのような仕事を長くや が外へ出て、また汚染が広がる 看護婦さんが触った他の患者さ っています。有名人を呼んで講 っていて、毎日がいたたまれな を、電力会社は地域の人にも行 こういう「原発安全」の洗脳 ます。 非常に危険なものですが、企業 というものは、人の命よりもお 金なのです。 演会を開いたり、文化サークル (11) 2011 年 4 月 15 日 イラクの子どもを救う会機関紙 No.27 かったと思ったんです。しかし、 起きたと、たまたま日本ではな あ、たまたまチェルノブイリで っていましたから。だから、あ ういう事故が必ず起こると分か ですよ。原発を造っていて、そ は、私はあまり驚かなかったん チェルノブイリの事故の時に 事故でした。 大気中や海へ大量に放出した大 らなかったのです。日本中の人 界を巻き込むような大事故に至 っさの判断で手動で止めて、世 ずが停止しなくて、その人がと 員が来ていて、自動停止するは ですが、たまたまベテランの職 った。それも、土曜日だったの チェルノブイリになるところだ と効かなくて、あと〇・七秒で が誇る多重防護の安全弁が次々 になる寸前だったのです。日本 水が海へ流れ出て、炉が空焚き を呼ぶんですね。もう会社を辞 で、何か困ったことがあると私 がもんじゅの担当もしているの 人とか、元の部下だった人たち いうのは、所長とか監督とか職 六回も呼ばれて行きました。と を起こしていて、私は建設中に はなく、それまでにも度々事故 んじゅの事故はこれが初めてで れの大事故を起こしました。も 団)のもんじゅでナトリウム漏 燃( 動 力 炉・ 核 燃 料 開 発 事 業 八日に、福井県の敦賀にある動 ら、お金は掛けるんです。 ろ国の威信がかかっていますか みんな作り直させました。何し ね。 ているのに合わなかったのです です。だから、数字も線も合っ も集まると大変な違いになるの たった〇・五㎜ですが、百カ所 原研は〇・五㎜切下げなんです。 と三菱は〇・五㎜切上げ、日本 日立は〇・五㎜切り捨て、東芝 図面を引くときに、私が居た れでは事故は起こるべくして起 ーカーも寄せ集めなんです。こ 向で出来た寄せ集めですが、メ 動燃自体が電力会社からの出 責任ではないと。 ほっとけばいい、自分の会社の でも、よその会社のことだから い た 人 が い た は ず な ん で す ね。 美浜の事故の時はもうびっくり が、いや世界中の人が本当に運 めていましたが、原発だけは事 しかし、こんな重大事故でも、 なんです。 思議なんで、起こって当たり前 こる、事故が起きないほうが不 して、足がガクガクふるえて椅 がよかったのですよ。 Sというのは、原発の安全を守 大な事故だったんです。ECC 原発を止めたという意味で、重 心冷却装置)を手動で動かして この事故はECCS(緊急炉 です。そのことが二十年近い何 ったのが原因でした。施工ミス 金具が設計通りに入っていなか で触れ合わないようにしてある 金具、何千本もある細管が振動 細い配管についている触れ止め 製品の配管もすべて図面どお ますと、特別に作った配管も既 ら来てくれ」という。行って見 「配管がどうしても合わないか です。今回のもんじゅの事故の な話し合いをしていなかったの ちらかに統一しようというよう り上げるか、切り下げるか、ど て、この〇・五㎜について、切 があって、全体で話し合いをし ウ・ハウ、企業秘密ということ る か と い う と、 そ れ ぞ れ の ノ どうしてそういうことにな た方のせいだよ、反対していた 何 時 も、「 事 故 が 起 き た ら あ な ね。だから、私はそういう人に のは自民党の議員さんなんです 原 発 が あ り ま す が、 誘 致 し た ま し た。 あ そ こ に は 十 五 基 も 福井県の議会から呼ばれて行き ました。私は事故の後、直ぐに に「事象があった」と言ってい 浜原発の大事故の時と同じよう これではダメだということで、 子から立ち上がれない程でし るための最後の砦に当たります。 回もの定検でも見つからなかっ り、寸法通りになっている。で 原因となった温度センサーにし 人には責任はないよ」と言って 国は「事故」と言いません。美 これが効かなかったらお終りで たんですから、定検のいい加減 も、合わない。どうして合わな ても、メーカー同士での話し合 きました。この度、その議員さ 故が起きたら取り返しがつきま す。だから、ECCSを動かし さがばれた事故でもあった。入 いのか、いろいろ考えましたが、 いもされていなかったんではな ん た ち に 呼 ば れ た の で す。「 今 た。 た美浜の事故というのは、一億 らなければ切って捨てる、合わ な か な か 分 か ら な か っ た。 一 いでしょうか。 せんから、放っては置けないの 数千万人の人を乗せたバスが高 なければ引っ張るという、設計 晩考えてようやく分かりました。 この事故は、二ミリくらいの 速道路を一〇〇キロのスピード 者がまさかと思うようなことが、 もんじゅは、日立、東芝、三菱、 あのような温度計がついていま あ る 時、 電 話 が か か っ て、 で行くのです。 で走っているのに、ブレーキも 現場では当たり前に行われてい 富士電機などの寄せ集めのメー すが、私はあんなに長いのは見 (次号へつづく) しい」と相談を受けたのです。 る、どうしたらよいか教えてほ 回は腹を据えて動燃とケンカす きかない、サイドブレーキもき るということが分かった事故で カーで造ったもので、それぞれ の会社の設計基準が違っていた たことがありません。おそらく 施工した時に危ないと分かって のです。 ど ん な プ ラ ン ト の 配 管 に も、 かない、崖にぶつけてやっと止 もあったんです。 去年(一九九五年)の十二月 もんじゅの大事故 めたというような大事故だった んです。 原子炉の中の放射能を含んだ No.27 イラクの子どもを救う会機関紙 2011 年 4 月 15 日 (12) 「イラクと 被曝」 シリーズ 原子力エネルギーを考える時 東北地方太平洋沖地震の原発事故から、誰もが放射 能に注目し始めた。生活水が、作物が、海が、土壌が、 7 ンで増え続ける被ばくの被害をきちんと見ようともし てこなかった。被ばく者からの警笛に思えてならない。 どんどん放射能に汚染されていく。安全でクリーンな 「過ちは二度と繰り返しませんから」と誓った日から、 ウランもプルトニウムもあるはずがないのに、プルサ どれだけ沢山の被ばく者の命を踏みにじってきてしま ーマル発電や原子力発電を、地震大国である日本に設 ったのだろうかと思うと、情けない。 置することを許容してきたのは私たち自身である。そ してその責任は重い。 今、被ばくについて少し強調しておきたいのは、天 然の放射能と、人間が原子をいじって作った放射能は 震災の甚大な被害を目の当たりにし、世界各国の 違うという事である。日常的に天然の放射線に被ばく 人々が日本のために祈り、行動している。世界は繋が している私たちだが、人工的な放射性物質を、食物連 っている事を強く実感するとともに、この原発事故に 鎖で濃縮して体内に取り込めば、遺伝子が異常をきた よる放射能の影響も日本だけに留まらない事を肝に銘 す確率はとても高くなる。体内で被ばくし続け、傷 じたい。アイスランドでは放射線量の一時的な増加が ついたDNAを細胞分裂により増殖させることによっ 確認されている。人を想う気持ちも、放射能も、国境 て、癌や白血病を誘発する。乳児や妊婦の被ばくに対 なんて簡単に越えてしまう。一番放射能の怖さを知っ する基準値が低いのは、細胞分裂が活発な胎児や乳児 ていたはずの私たちが、今度は自らの責任で被ばくの は、傷ついたDNAが修復されぬままに増える確率が 恐怖に怯えている。想定外だったという言い訳は、自 高いからだ。代償を払わされるのはいつも、弱い小さ 然を想定できると思っている人間の奢りだ。劣化ウラ な命であることを、忘れないでいたい。 ン弾を所持し、イラク戦争を支持し、イラクやアフガ 『イラクの子どもを救う会』事務局便り⑨ 東北関東大震災で被災された皆様には心よりお見舞い申し上 近藤麻衣(大阪 YMCA) て 忘れ して 「決 アフ 現実」( )by 松 」(日本 × の政治 こ たい この ない はなら 元ヒロ い てしま 忘れ いっそ 文和 by 西谷 ーン) ーレ ガン・バ げます。そして、お亡くなりになられた多くの方のご冥福をお 祈り申し上げます。 あの日以来、日本は一変し、多くの人が今後どのように生き れません。そして、皆様それぞれに、心を打ち明けられる繋が りがあり、それが続きますよう願っています。 (釘嶋) 【お知らせ】 1.ニュースレター配布停止は御手数ですが、当会までお知らせ下さい。 尚、ニュースレターはメール便で発送しております。転居先まで追跡が できませんので、転居がきまりましたらお知らせしていただけると非 常に嬉しいです。よろしくお願いします。 2.DVD「ジャーハダ」「GOBAKU」の感想をお待ちしております。 〒 565-0824 大阪府吹田市山田西 2-19-14 FAX:06(6875)8980 ご意見、感想などはこちらにお寄せください、お待ちしております。 office@ n o w i r a q . c o m 募金のあて先 ① 三井住友銀行 吹田支店 普通 3712329 イラクの子どもを救う会 西谷文和 ② 郵便振込 0 0 9 7 0 -5 -2 2 2 5 0 1 イラクの子どもを救う会 松元 ヒロ ライブ 西谷 文和 アフガン・バーレーン 最新帰国報告 4/22 (金)午後 6:00 開場 6:30 開演 吹田メイシアター 小ホール 前売り 2,000 円 / 当日 2,500 円 2月にアフガン・バーレーン取材を敢行した、 ジャーナリスト西谷文和の最新報告と、 日本を代表するスタンドアップコメディアン 松元ヒロの独り舞台。 大阪ならではの﹁ごちゃ混ぜ文化﹂。 一 回 で 2度 得 す る 映 像 と コ ン ト で、大 い に 学 び、楽しんでください。 ていくのかをそれぞれ考え変化していくのではと思わずにいら 高校生以下、障がい者 1,000 円 かんきょうムーブ お申込 (株) TEL 06-6357-7006 FAX 06-6357-7016 E-mail : [email protected] 主催:イラクの子どもを救う会 FAX 06-6875-8980 E-mail : [email protected]
© Copyright 2026 Paperzz