12 - kek

エーテル探査実験
東大宇宙線研究所 黒田和明
高エネルギー加速器研究機構 鈴木敏一
産業総合研究所 寺田聡一
東大新領域創成科学研究科 大前宣昭、森 匠、三尾典克
東大理学系研究科 Khaw Kim Siang
平成 21 年 7 月 24 日
概要
アインシュタインの特殊相対性理論の確立にあたっては、エーテ
ルの存在を否定したマイケルソンとモーリーの実験が重要な役割を
果たしている。物理学におけるこの実験の重要性から、現在に至る
まで、実験精度向上の試みが続けられている。本エーテル探査実験
(課題番号 12)は、当初の実験に近い道具立てを踏襲して、その実
験精度の向上にチャレンジしようとするものである。この説明書で
は、2009 年度サマーチャレンジ演習における本課題の物理的意義、
目的について解説し、実験装置の説明並びに取扱いを説明した上で、
実験データの解析まで解説する。
1
1
Introduction
光は果たして粒子なのか波なのか、という問いはニュートンの時代か
ら長きに渡って大きな論争の的であった。ニュートンは粒子説を唱えてお
り、同時代にホイヘンスが提唱した波動説とは対立していた。その後、ヤ
ングの複スリットによる干渉の実験や、フレネルらによる回折の実験を経
て、19 世紀の末には波動説の方が有力になっていた。しかし、波動説に
おいては、波である光を伝える媒質が不明であることが問題であった。そ
こで、光を伝える仮想的媒質として、あらゆる空間を絶え間なく満たして
いるエーテルと呼ばれる物質が想定された。
1887 年、アメリカの物理学者マイケルソンとモーリーは、このエーテ
ルを捉えるための干渉計を考案し、実験を行った。光が直交する二つの経
路を進むのに必要な時間の差を、光の位相差として干渉計で読み取ること
により、光学系に対するエーテルの速度を計測する試みであった。この干
渉計は現在ではマイケルソン干渉計と呼ばれている。
マイケルソンの実験において、エーテルの速度を測定することはできな
かった。もしエーテルがあるとするならば、その速度は理論から予測され
る値に比べておおよそ数十倍以上は小さいという結果であった。その後精
度を上げて行われた実験でも同様にエーテルの速度は測定できず、結局マ
イケルソン干渉計を用いてエーテルの存在が実証されることはなかった。
そして良く知られているように、その後の特殊相対性理論の誕生・発展に
よってエーテルの存在を仮定する必要はなくなった。現在の物理学ではそ
の概念は用いられていない。
しかし、元々はエーテルを検出するために考案されたマイケルソン干渉
計は、微小変位検出のための極めて有力な手段として、現在でも地殻計
測・重力波検出など様々な分野で用いられている。マイケルソンの実験で
は光源にランプを用い、干渉縞の移動を望遠鏡で観測していたが、その後
のレーザー・光電変換素子の発明により感度は飛躍的に向上した。
本演習においては、干渉計の理論・技術について学び、実際にマイケル
ソン干渉計を作成して空間の等方性の検証を試みる。干渉計から探る物理
の面白さを感じていただけたら幸いである。
2
実験の原理
図 1(a) のような、腕の長さ 𝐿 のマイケルソン干渉計を考える。光源か
ら出た光は、ビームスプリッタで直交する光路に分けられ、鏡 M1 、M2 で
反射される。戻ってきた光は再びビームスプリッタに到達し、干渉する。
光がそれぞれの経路でビームスプリッタを出てから再びビームスプリッタ
に戻って来るまでの時間を、それぞれ、𝑡1 、𝑡2 とする。
2
M2
(a)
laser
beam
splitter
M1
photo
detector
(b)
M2
M1
図 1: (a) マイケルソン干渉計 (b) エーテル中を運動するマイケルソン
干渉計
3
いま、エーテルが光源 → M1 の方向に速度 𝑉 で進んでいるとする。図
1(b) にその様子を示す。このとき、
𝑡1 =
𝑡2 =
𝐿
𝐿
2𝑐𝐿
+
= 2
𝑐−𝑉
𝑐+𝑉
𝑐 −𝑉2
2𝐿
√
𝑐2 − 𝑉 2
(1)
(2)
となり、生じる位相差は
2𝜋𝐿
Δ𝜑 = 2𝜋𝜈(𝑡1 − 𝑡2 ) ≃
𝜆
(
𝑉
𝑐
)2
(3)
と書ける。
光の複素振幅を 𝐸𝑒𝑖𝜔𝑡 の形で表す。干渉光 𝐸out は
𝐸out = 𝐸1 𝑒𝑖𝜔(𝑡−𝑡1 ) + 𝐸2 𝑒𝑖𝜔(𝑡−𝑡2 )
(4)
と書ける。𝐸1 、𝐸2 はそれぞれの光路を通る光の振幅である。
これをフォトディテクターで検出すると、得られる光電流は
𝐼 ∝ ∣𝐸out ∣2 = 𝐸12 + 𝐸22 + 2𝐸1 𝐸2 cos(𝜔(𝑡1 − 𝑡2 ))
≡ 𝐼0 + 𝐼 ′ cos(Δ𝜑)
(5)
となり、Δ𝜑 の測定が可能となる。干渉計とエーテルの位置関係によって
Δ𝜑 の値は変化する。すなわち、干渉計を回転させながら Δ𝜑 を測定する
ことにより、光学系に対するエーテルの相対速度が得られる。
参考文献
三尾 典克、相対性理論∼基礎から実験的検証まで∼、サイエンス社
(2007)
霜田 光一、歴史を変えた物理実験、丸善 (1996)
3
実験装置の概要
実験の原理は、前節で述べたように比較的簡単であり、マイケルソン
干渉計のX軸方向が地球の公転軌道の接線方向を向いているか、あるい
は、それと直交する方向を向いているかで、干渉計の出力にどのような変
化が現れるかを観測する。この際、注意すべきことは、干渉計の出力が目
的とするエーテルの如何によらず、種々の要因で変動することである。こ
の変動の原因を把握して対策を講じておかないと、実験本番での出力を正
4
しく解析することができない。このような要因は検出しようとする出力に
対して、誤差、あるいは、ノイズ(雑音)を生み出す。
マイケルソン干渉計全体は真空状態に置かれている。マイケルソン干渉
計を真空状態に置くのは、空気の屈折率の温度変化や密度のゆらぎによる
変化を避けるためである。たとえば、音波により、干渉計出力が変化する
のを観察してみればよい。
マイケルソン干渉計はその全体が一定の速度で回転できるようにされて
いる。これは、上記の公転軌道の接線方向との関係を変えるためというよ
りも、むしろ、もっと重要な別の深刻な理由がある。ここでは、その理由
をつぶさには述べないので、各自、演習に従事する間に体得して欲しい。
4
実験の道具立て
図 2 は、本実験で用いる主要な道具立てを示したものである。その概
要は、以下の構成になっている。
1. 光学系:回転円盤上に載せられたマイケルソン干渉計
2. データ処理系:干渉計の電気出力は真空槽から信号導入端子を経て
外に取り出されて処理
∙ デジタル出力系−AD変換器−データ収録 ∙ アナログ出力系−回転信号検出器と同期検波器−データ収録
3. 真空装置:0.1Pa 程度の真空に保つための装置
4. 回転駆動系:回転円盤を一定の回転速度で回転させるドライブ系
実験データは、干渉計の光検出器から電気信号として取り出す。回転円
盤上にはレーザーダイオード素子もあり、これへの供給電力線も必要であ
る。このため、真空槽内部から干渉計の出力信号および光源への電力を
通すためのフィードスルーを設ける。実験的には種々の方法が考えられる
が、ここでは、図 3 に示すようなスリップリングを用いた電流の導入を
行う。この方式に基づく誤差は回転に伴うブラシの接触抵抗の回転周期に
同期した変化により、レーザーパワーの変動、出力信号電流の変調などが
ある。
光学系、真空装置、回転駆動系については、以下順次説明する。
5
図 2: 実験の道具立て
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図 3: 信号線・電力の真空への導入方法
6
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㏜
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図 4: マイケルソン干渉計の原理図
5
5.1
光学系
概要
マイケルソン・モーリーが実験した時と同様に、マイケルソン干渉計の
干渉縞の変化からエーテルに対する速度を観測する。マイケルソン干渉計
の原理図は図 4 のようになる。光源から出た光は、ビームスプリッターで
2 つに分かれ、直交した 2 方向に進む。それぞれの光は、反射鏡で反射さ
れビームスプリッターへと戻り結合される。結合された光は、2 つの光路
の差に応じて、明暗の干渉縞が作られる。マイケルソン・モーリーが実験
した時は、光源は黄色のランプであった。干渉縞の観測は“ 眼 ”で行った。
今回の実験では、光源はレーザー、干渉縞の観測はフォトディテクター
(PD) を用いる。フォトディテクターは、フォトダイオードという半導体
素子で、光を電気信号に変える装置である。
エーテルに対する速度を観測するには、ビームスプリッターと反射鏡の
距離が長い方が感度が良くなる。しかし、実験室であまり長い距離は取れ
ないので、鏡で光路を折り返して光路長を長くする。この実験の場合、鏡
で折り返して光路長を長くしても良いのである。マイケルソン・モーリー
が実験した時は、普通に鏡を用いて折り返していた (図 5)。
今回の実験では、光源がレーザーであるので、凹面鏡を用いたディレイ
ライン光路を用いて折り返す (図 6)。凹面鏡を用いたディレイライン光路
は、重力波検出器という重力波を検出するレーザー干渉計で用いられて
いた技術である。特徴として、向かい合った 2 つの凹面鏡の間を、容易に
非常に多数回折り返すことができる。手前の凹面鏡には穴が開いていて、
そこからレーザービームを入射し、奥の凹面鏡で反射させる。奥の凹面鏡
7
㏜
㏜
శḮ
ඨㅘ᣿㏜
ᦸ㆙㏜
㏜
䉧䊤䉴᧼
⺞ᢛེ䈧䈐㏜
図 5: マイケルソン・モーレーの実験の実際の光路配置図
で反射したレーザービームは手前の凹面鏡で反射し、再び奥の凹面鏡で反
射する。これを何回か繰り返すと、初めに入射した手前の凹面鏡の穴から
レーザービームが出射される (図 7)。直交した 2 つのディレイライン光路
から戻ってきたレーザービームをビームスプリッターで結合し干渉させ、
フォトディテクターでその干渉縞を検出する。この干渉計を回転円盤に配
置する。回転円盤上の配置は、後述の図 10 に示す。
5.2
干渉計の信号
マイケルソン干渉計の 2 つの光路の位相差を横軸に、フォトディテク
ターで検出される干渉縞の強度を縦軸にとると図 8 のようになる。数式で
は、位相差を Δ𝜙 として、
干渉縞強度 ∝ 1 + cos(Δ𝜙)
(6)
となる。しかし、これは非常に理想的な干渉縞強度であって、一般的に
は、図 9 のようになる。式で書くと、
干渉縞強度 ∝ 1 + 𝛼 cos(Δ𝜙)
(7)
である。ここで、0 ≤ 𝛼 ≤ 1 である。干渉縞の強度がわかれば、この式
から位相差 Δ𝜙 が算出できる。
実験で得られるのは、図 9 の縦軸の値である。コサイン波の頂点や谷の
位置では、実際に位相差に変化があっても、干渉縞強度はほとんど変化し
8
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
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
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図 6: 本実験の干渉計での光路配置図
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ಳ㕙㏜
ಳ㕙㏜
ᐓᷤ❋ᒝᐲ
図 7: ディレイライン干渉計での光の折り返しの様子
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㪇
㪉
㪋
૏⋧Ꮕ㩿  㪀
図 8: マイケルソン干渉計の干渉縞の強度
9
ᐓᷤ❋ᒝᐲ
㪄㪋
㪄㪉 
㪇
㪉
㪋
૏⋧Ꮕ㩿  㪀
図 9: マイケルソン干渉計の干渉縞の一般的な強度
ない。また、頂点や谷の位置から、位相差が進んだのか戻ったのかの判断
も出来ない。これらは、干渉縞強度から正確に位相差を算出するのに不都
合なことになる。そこで、干渉計を少し変更して、コサイン波とサイン波
の両方を取得するようにする。図 10 のように片方の光路から戻ってきた
光に 𝜆/4 波長板を挿入し、ビームスプリッターで合成された干渉光を 𝜆/2
波長板と偏光ビームスプリッターで 2 つに分けてフォトディテクターで検
出するのである。そうすると、この 2 つの信号は、片方がコサイン波で、
もう片方がサイン波となる(図 11)。
干渉縞強度 𝑐 ∝ 1 + 𝛼 cos(Δ𝜙)
(8)
干渉縞強度 𝑠 ∝ 1 + 𝛽 sin(Δ𝜙)
(9)
ここで、0 ≤ 𝛼 ≤ 1, 0 ≤ 𝛽 ≤ 1 である。
5.3
データ解析
もしエーテルが存在し、その中で地球が運動しているとしたら、干渉計
の向きによって位相差が変化し、干渉縞強度の変化として現れるはずであ
る。干渉計を回転させながら、干渉縞強度を記録し、そこから位相差を計
算する。その位相差のデータの中から、回転の 2 倍の周波数成分を取り出
し、エーテルの存在を検証する。
干渉縞強度はフォトディテクターで検出するので時系列の電圧値として
記録される。コサイン波とサイン波の 2 つの信号を 𝑉c (𝑡) と 𝑉s (𝑡) とする。
これらの電圧信号から、位相差信号 Δ𝜙(𝑡) を計算する。
次に位相差信号 Δ𝜙(𝑡) の中から、回転の 2 倍の周波数成分を取り出す。
回転周波数を 𝑓 とすると、Δ𝜙(𝑡) に
𝜙s sin(4𝜋𝑓 𝑡) + 𝜙c cos(4𝜋𝑓 𝑡)
10
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㏜
㏜
㏜
図 10: 本実験の干渉計の回転円盤上の配置
ᐓᷤ❋ᒝᐲ
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㪧㪛㩷㫊㫀㫅
㪄㪋 
㪄㪉
㪇
㪉
㪋
૏⋧Ꮕ㩿  㪀
図 11: 本実験で検出される信号波形の予想
11
の成分が含まれているとする。Δ𝜙(𝑡) から 𝜙s , 𝜙c を取り出すには、次式
のように計算する。
2
𝜙s =
𝑇
2
𝜙c =
𝑇
∫
∫
𝑇
Δ𝜙(𝑡) sin(4𝜋𝑓 𝑡)𝑑𝑡
(10)
Δ𝜙(𝑡) cos(4𝜋𝑓 𝑡)𝑑𝑡
(11)
0
𝑇
0
ここで、𝑇 は十分に長い時間である。
6
6.1
真空装置
予備知識
様々な現象の観測や実験において空気の存在が邪魔になることがある。
例えば、天体観測での星の瞬き、極低温装置の断熱、粒子線を用いた実
験、など枚挙にいとまがない。このような場合は物質のない空間=真空を
用意して実験を行う。
広い意味では周囲の雰囲気より圧力の低い状態を真空といい、真空を作
り出す技術を真空技術という。実験室内で真空を作るためには、空気が自
由に出入りできない容器を作り、排気ポンプを用いて容器内部から空気を
排除する。空気が排除されると容器内の気体の圧力が低下する。希薄気体
の圧力を測定する計器を真空計と言い、圧力範囲に応じた様々な方式があ
る。圧力は、SI 単位系では N/m2 で表され、単位記号 Pa(パスカル)を
用いる。圧力の表記には他の単位も暫定的に用いられており、Pa との関
係は以下のとおりである。
バール (bar): 1bar= 105 N/m2 =1Pa
トル (torr): 1torr= 水銀柱ミリメートル (mmHg)=133.332Pa
標準大気圧 (atm): 1atm=760mmHg=101325Pa
以下、本演習課題に関係する範囲での真空技術、機器の扱いについて簡
単に述べる。
6.2
真空容器
本演習で使用する真空容器は内径 60cm、高さ 50cm の円筒型で、排気
する空気の体積は 1 気圧で約 140 リットルになる。排気中の容器への空気
流入を止めるシール部分は、上下の大フランジ、軸受取付と大フランジの
間、上の軸受取付と回転軸の間、に設けられており何れも金属とエラスト
マー(ゴム様の物質)との接触を使っている。シール部に傷があったり塵
12
が付着していると漏れの原因となるので、シール部の扱いには注意するこ
と。金属面とはいえ硬い物で擦ることは厳禁である。組み立ての際にシー
ル部の接触面を良く清掃して、必要ならば真空グリースを塗布する。清掃
に有機溶剤を用いる場合はアルコールを使用する。アセトンはゴムを侵す
ので使用しない。
排気は容器側面の引口と排気ポンプを配管でつないで行う。排気系統に
は適宜バルブを設けて装置運転の便宜を図る。
6.3
排気ポンプ
大気圧から圧力 0.1Pa∼1Pa 程度までの排気には油回転ポンプ (RP)1 を
用いる。ポンプの動力が三相誘導モーターの場合は、電源端子の接続を間
違えると逆回転するので、実験に入る前に必ずポンプの正常回転を確かめ
ておくこと。RP から真空容器への油蒸気拡散を防ぐためにフォアライン
トラップ、RP からの排気煙除去のためにオイルミストトラップを取り付
ける。RP 停止後は吸入口から真空容器への油流入を防ぐために RP 吸入
口付近は大気圧に戻しておくこと。
より低い圧力領域を使う場合はターボ分子ポンプ (TMP)2 を用いる。
TMP の排気側は RP を接続する。
6.4
真空計
0.1Pa∼1000Pa の範囲での圧力計測にはピラニ (Pirani) 真空計が使え
る。金属フィラメントを通電によって加熱すると、フィラメントは電流に
よる発熱と周囲の気体による冷却が釣り合う温度に至る。気体の圧力変化
をフィラメントの温度による電気抵抗の変化として測定する。
より低い圧力を測るためにはペニング真空系、熱陰極電離真空系などを
用いる。
6.5
配管の接続
配管の接続部はフランジで両側からセンターリングを挟んでクランプで
締め付ける。接触面は締める前に清掃すること。真空容器引口への接続を
図 12 に示す。
1
2
RP : Rotary Pump
TMP: Turbo Molecular Pump
13
図 12: 配管接続手順の例。左上:清掃にはアルコールを浸したワイパー
(繊維くずの出にくいもの)を用いる。 右上:接触面の清掃。 左下:
フランジでセンターリング(エラストマーのオーリング+バックアップリ
ング)を挟む。 右下:クランプで締め付ける。
14
7
回転駆動系
回転円盤の駆動は、商用周波数に同期したモータによる出力を歯車で減
速し、タイミングプーリーで減速して、真空槽上部に突き出した回転軸を
回転させることによって行われる。同期モーターの回転周波数は、25Hz
である。歯車の減速比は、歯車の付け替えによって、モーター軸から 2 分
の一に減速された駆動側を1とすると、プーリー側を 0.5、1、2 とする
ことによって変化できるように設計している。タイミングプーリーの減
速比は、1/10 に設定しているので、回転円盤の回転周波数は、それぞれ、
0.625Hz、1.25Hz、2.5Hz と選択できる。
なお、この説明書を執筆している段階では、減速歯車の機械的振動に
よって、干渉フリンジの品質にどの程度影響があるか不明である。もし、
データ解析上、干渉計出力の位相が連続的に辿れないくらい品質が悪いと
いう場合には、一定の回転を与えて行う実験は中止せざるを得ず、その場
合には、この回転系は単に干渉計の向きを変更するためだけに用いること
になる。
それにも関らず、このような回転系を導入する理由は、もしも問題が
あった場合、この装置を基礎として問題点を洗い出し、それらの問題を一
つ一つ解決する方法を見出すことにより、現在までに得られているエーテ
ル運動の観測実験の精度を向上させる、次のステップに進むためである。
ただし、この回転系により、目標の実験・観測が可能になったとしても、
この回転系に起因する誤差要因は大きいと予想されるため、その原因を取
り除く提案は、次の高精度な実験の基礎になることはいうまでもない。
8
実験の心構えと安全に関する注意
8.1
8.1.1
実験の注意
実験ノート
必ず厚手の綴じてあるノートを使うこと。機器準備、実験で行った操
作、測定中の経過、など後から読んで状況の再現が可能な程度の事項は書
きとどめておく。記述を訂正する場合は、消しゴムや修正テープなどは使
わず二重線で消してから再記入する。間違えた計算や測定値も同様であ
る。誤りや失敗も重要な情報になるので消去してはいけない。実験記録を
レポート用紙やルーズリーフに書いて、後から綴じるというやり方を採る
べきではない。
15
途中経過でもグラフを描いて視覚化することを奨める。パソコン利用も
よいが、グラフ用紙の使用は変数の範囲を把握するのに役立つだろう。印
刷あるいは描いたグラフは実験ノートに貼り付けておく。
8.1.2
信号ケーブルの整理
信号ケーブルの上に物を置く、あるいは踏みつける等は厳禁。まず信号
ケーブルが錯綜しないように注意を払う。特に不注意に床に這わせる様な
ことをしてはいけない。
8.2
安全上の注意
次の作業を行う場合は必ずスタッフあるいは TA に申し出てください。
単独あるいは実習生のみで作業しないこと。
∙ 重量物を扱う際のクレーン操作
∙ 電源盤への配線
壁コンセントあるいは電源盤から装置までの距離が長く、延長にコード
リールを使う場合は、必ずリールをほどいて使用する。ケーブルをリール
に巻いたままで通電しないこと。放熱が不十分だと絶縁体が溶けてショー
トする危険があります。
8.3
その他
積極的に質問して、かつ議論すること。実験場所付近にはホワイトボー
ドを用意するので活用して欲しい。
16
A
フーリエ変換の基礎と FFT
このチュートリアルは、第三回のサマーチャレンジの演習12エーテル
の探索において、実験データ解析に必要なフーリエ変換の基礎について解
√
説する。この解説では、 −1 = 𝑖 としている。
A.1
フーリエ変換と逆フーリエ変換
ここでは、簡単のため、変数の定義域が連続かつ無限の領域を持つ場合
のフーリエ変換だけを考えよう。
A.1.1
フーリエ変換
簡単に言うと、フーリエ変換はある任意の時間信号を周波数領域で表し
たものである。ある関数 𝑥(𝑡) に対して、フーリエ変換した後の像 𝑥
˜(𝜔) は
次のように定義される。
∫ ∞
𝑥
˜(𝜔) =
𝑑𝑡 𝑥(𝑡) 𝑒𝑖𝜔𝑡
(12)
−∞
ここで、
𝑒𝑖𝜔𝑡 = cos (𝜔𝑡) + 𝑖 sin (𝜔𝑡)
A.1.2
(13)
逆フーリエ変換
フーリエ像 𝑥
˜(𝜔) から、原像 𝑥(𝑡) を再構成するには、次の変換を行う。
∫ ∞
1
𝑥(𝑡) =
𝑑𝜔 𝑥
˜ (𝜔) 𝑒−𝑖𝜔𝑡
(14)
2𝜋 −∞
これは逆フーリエ変換と呼ばれる。
フーリエ変換と逆フーリエ変換の関係はデルタ関数の積分表記
∫ ∞
1
𝛿(𝑡) =
𝑑𝜔 𝑒𝑖𝜔𝑡
2𝜋 −∞
を使って証明できる。式 (12) を式 (14) に代入すると、
∫ ∞
∫ ∞
1
′
𝑥(𝑡) =
𝑑𝜔
𝑑𝑡′ 𝑥(𝑡′ ) 𝑒𝑖𝜔𝑡 𝑒−𝑖𝜔𝑡
2𝜋
−∞
∫ ∞ −∞
′
′
=
𝑑𝑡 𝑥(𝑡 ) 𝛿(𝑡′ − 𝑡)
−∞
17
(15)
(16)
(17)
と確かめられる。同様に、𝑥
˜(𝜔) についても、
∫ ∞
∫ ∞
1
′ ′
𝑥
˜(𝜔) =
𝑑𝑡
𝑑𝜔 ′ 𝑥
˜(𝑤′ ) 𝑒−𝑖𝜔 𝑡 𝑒𝑖𝜔𝑡
2𝜋 −∞
∫−∞
∞
=
𝑑𝜔 ′ 𝑥
˜(𝑤′ ) 𝛿(𝜔 ′ − 𝜔)
(18)
(19)
−∞
となる。ここで、デルタ関数が次の式を満たすことを用いた。
∫ ∞
𝑑𝑡 𝑓 (𝑡) 𝛿(𝑡) = 𝑓 (0)
(20)
−∞
A.2
離散フーリエ変換
実際の物理現象の観測データはサンプリングされた数列の形になる。そ
の数列にフーリエ変換し、データを解析するには離散フーリエ変換を使用
するのが有効である。
A.2.1
サンプリング
物理現象の特性を分析するには、まずデータを離散点として収集しな
ければならない。特にそれの周期性を取り出すには、どういう時間間隔で
データを取るべきかを決める必要もある。もちろん、サンプリングの間隔
は物理現象の変動時間より長いと意味ないので、十分短いことが望まれ
る。このように取り込まれた 𝑁 個のデータ {𝑥0 , 𝑥1 , ..., 𝑥𝑁 −1 } に対し、次
のような離散フーリエ変換を実施し、分析する。
図 1:サンプリング
18
A.2.2
離散フーリエ変換 DFT
数列 {𝑥0 , 𝑥1 , ..., 𝑥𝑁 −1 } から次のような線形変換で別の数列 (フーリエ
像){˜
𝑥0 , 𝑥
˜1 , ..., 𝑥
˜𝑁 −1 } を作る。
(
)
𝑁 −1
1 ∑
2𝜋𝑗𝑘
𝑥
˜𝑘 = √
𝑥𝑗 exp 𝑖
𝑁
𝑁 𝑗=0
(21)
この変換を離散フーリエ変換(Discrete Fourier Transformation)と呼ぶ。
もとの数列 {𝑥0 , 𝑥1 , ..., 𝑥𝑁 −1 } は、そのフーリエ像 {˜
𝑥0 , 𝑥
˜1 , ..., 𝑥
˜𝑁 −1 } から
(
)
𝑁 −1
1 ∑
2𝜋𝑗𝑘
𝑥𝑗 = √
𝑥
˜𝑘 exp −𝑖
𝑁
𝑁 𝑘=0
のように再構成できる。それらの関係は
⎧
(
) ⎨ 1 ∑𝑁 −1
𝑁
−1
∑
1
2𝜋𝑗𝑘
𝑗=0 1 = 1
exp 𝑖
= 𝑁1 ( 1−𝑒2𝜋𝑖𝑘 )
⎩
𝑁
𝑁
=0
2𝜋𝑖𝑘/𝑁
𝑗=0
𝑁
1−𝑒
= 𝛿𝑘,0
(22)
(𝑘 = 0)
(𝑘 ∕= 0)
(23)
(24)
を用いれば確認できる。つまり、(10) 式を (11) 式の 𝑥
˜𝑘 に代入すると、(13)
によって
(
)
𝑁 −1 𝑁 −1
1 ∑ ∑
2𝜋(𝑚 − 𝑗)𝑘
𝑥𝑗 =
𝑥𝑚 exp 𝑖
(25)
𝑁
𝑁
=
𝑘=0 𝑚=0
𝑁
−1
∑
𝑥𝑚 𝛿𝑚,𝑗
(26)
𝑚=0
が確かめられる。その逆も同様である。
A.3
高速フーリエ変換 (FFT)
離散フーリエ変換を行うためには、高速フーリエ変換 FFT と呼ばれる
効率の良いアルゴリズムが存在する。ここでは、FFT の良さについて解
説し、プログラム例は一番最後にある。
A.3.1
高速フーリエ変換 FFT
離散フーリエ変換
(
)
𝑁 −1
2𝜋𝑗𝑘
1 ∑
𝑥𝑗 exp 𝑖
𝑥
˜𝑘 = √
𝑁
𝑁 𝑗=0
19
(27)
を行うために必要な演算回数を考えてみよう。単に 𝑥
˜𝑘 を求めようとする
と、それは 𝑁 回の演算 (掛算) が必要であるから、{˜
𝑥𝑘 }𝑘=0,1,...,𝑁 −1 の全て
2
を求めるのに 𝑁 回の演算が必要である。しかし、1965 年に J.W.Cooley
と J.W.Tukey は、このフーリエ変換の計算を 𝑂(𝑁 log2 𝑁 ) 回まで減らす
方法を発明した。これが高速フーリエ変換, Fast Fourier Transformmation
と呼ばれる。
A.3.2
速くなった理由は?
この高速化の原因を、データ数が 𝑁 = 2𝑚 の場合について理解してい
こう。まずデ数列 {𝑥0 , 𝑥1 , ..., 𝑥𝑁 −1 } に関する和を、偶数と奇数の場合に
分ける。つまり
⎧
⎫
(
) 𝑁/2−1
(
)⎬
𝑁/2−1
⎨
∑
∑
1
2𝜋2𝑗𝑘
2𝜋(2𝑗 + 1)𝑘
𝑥
˜𝑘 = √
𝑥2𝑗 exp 𝑖
+
𝑥2𝑗+1 exp 𝑖
⎭
𝑁
𝑁
𝑁⎩
𝑗=0
𝑗=0
(28)
ここで、𝑁1/2 = 𝑁/2 と置き換えると、
⎧
𝑁1/2 /2−1
(
)
∑
1 ⎨ 1
2𝜋𝑗𝑘
√
𝑥
˜𝑘 = √
𝑥2𝑗 exp 𝑖
𝑁1/2
2 ⎩ 𝑁1/2 𝑗=0
(
𝑁1/2 /2−1
∑
(
⎫
)⎬
1
2𝜋𝑗𝑘
𝑥2𝑗+1 exp 𝑖
𝑁1/2 ⎭
𝑁1/2 𝑗=0
{
(
)
}
1
𝜋𝑘
=√
𝑥
˜𝑘(𝑒𝑣𝑒𝑛) + exp 𝑖
𝑥
˜𝑘(𝑜𝑑𝑑)
𝑁1/2
2
+ exp 𝑖
𝜋𝑘
𝑁1/2
)
√
(29)
となる。つまり、偶数と奇数に分割し計算する場合は 2(𝑁 2 /4) = 𝑁 2 /2 と
なり、計算量がやく半分に減ることになる。さらに、この分解を繰り返す
と、計算量が次々と半減される。これが
Cooley-Tukey
FFT の基本的な
(
)
2𝜋𝑗𝑘
考え方である。ここで、𝑊𝑁 = exp 𝑖 𝑁
と置き、計算の流れを下図に
示す。
20
図 2:FFT 計算の流れ
この分解を log2 𝑁 回行い、1点の自明な 𝐷𝐹 𝑇 になるまでの計算量を考え
𝑗
よう。このような分解には各々の段階で 𝑊𝑁 を乗ずる 𝑁/2 回の複素数乗算
と 𝑁 回の複素数加算が必要なので、結局複素数乗算回数は (𝑁/2) log2 𝑁 ま
でに減少する。従い、浮動小数点演算の量は 𝑁 log2 𝑁 のオーダーとなる。
B
プログラム例
𝑁 = 217 の分点を用いる Basic による FFT プログラム例
100
110
120
130
140
150
160
170
180
190
REM complex FFT calculation
OPTION BASE 0
OPTION ARITHMETIC complex
DIM zin(131071)
DIM zfr(131071)
DIM zin2(131071)
DIM xin(131071)
DIM xin2(131071)
DIM no(131071)
DECLARE EXTERNAL FUNCTION mirror
200 INPUT PROMPT”Date length is assumed as 217 (131072). OK?”:
ans$
210 IF ans$=”y” THEN GOTO 300 ELSE
220 GOTO 800
300
350
360
370
380
390
INPUT PROMPT”Type data file name:”: F$
OPEN #1 : NAME F$
FOR i=0 TO 131071
INPUT #1 :no(i),xin(i),zin(i),xin2(i),zin2(i)
NEXT i
CLOSE #1
400 INPUT PROMPT”Do you apply Hanning filter?”:ANS2$
410 IF ANS2$=”y” THEN GOTO 420 ELSE GOTO 450
21
420 FOR i=0 TO 131071
430 LET zin(i)=zin(i)*(1-COS(2*PI*i/131071))/2
440 NEXT i
450
460
470
480
FOR i=0 TO 131071
LET ii=mirror(i)
LET zfr(ii)=zin(i)
NEXT i
490
500
510
520
530
540
550
560
570
590
600
610
620
630
LET N=217
FOR p=1 TO 17
LET Np=2𝑝
LET Ng=N/Np
FOR i=0 TO Ng-1
FOR j=0 TO Np/2-1
LET k=Np*i+j
LET l=k+Np/2
LET Y=zfr(l)*(COS(2*PI/Np)-SQR(-1)*SIN(2*PI/Np))𝑗
LET zfr(l)=zfr(k)-Y
LET zfr(k)=zfr(k)+Y
NEXT j
NEXT i
NEXT p
700 INPUT PROMPT”Type store file name:”: Fout$
710 OPEN #2: NAME Fout$
715 ERASE #2
720 FOR i=0 TO 65535
730 print #2: i,”,”, RE(zfr(i)),”,”, IM(zfr(i))
740 NEXT i
750 CLOSE #2
800 END
1000 EXTERNAL FUNCTION mirror(i)
1010
1100
1110
1120
1130
OPTION ARITHMETIC complex
LET a$=BSTR$(i,2)
LET b$=””
LET m=17-LEN(a$)
LET a$=REPEAT$(”0”,m) & a$
22
1140
1150
1160
1170
1180
FOR k=0 TO 16
LET b$=b$ & a$(17-k:17-k)
NEXT k
LET mirror=BVAL(b$,2)
END FUNCTION
23