イノベーション - Strategy

Management
Journal vol.19
ブーズ・アンド・カンパニー
マネジメント・ジャーナル vol.19
2 01 2 S p r i n g
特集
イノベーション戦略
巻頭言
イノベーション戦略の鍵
富永 和利
グローバル・イノベーション1000
鍵を握るイノベーションの整合性
バリー・ヤルゼルスキ、ジョン・ロア、リチャード・ホルマン [監訳:富永 和利]
グローバル・イノベーション1000
イノベーション戦略の3流派
バリー・ヤルゼルスキ、ジョン・ロア、リチャード・ホルマン [監訳:富永 和利]
グローバル・イノベーション1000
日本企業にとってのチャレンジ
富永 和利
グローバル・イノベーション1000
2004-2010: 7年間を俯瞰する
長原 巨樹
19
vol.
2012
SPR I NG
Contents
Booz & Company
Management
Journal
特集
イノベーション戦略
巻頭言
マネジメント・ジャーナルは、
経営コンサルティング会社
ブーズ・アンド・カンパニーが、
経営戦略についての
さまざまな課題をテーマに、
経営の基幹を担われている皆様
に向けて発行する季刊誌です。
イノベーション戦略の鍵
3
富永 和利
グローバル・イノベーション1000
鍵を握るイノベーションの整合性
4
バリー・ヤルゼルスキ、ジョン・ロア、リチャード・ホルマン
[監訳:富永 和利]
グローバル・イノベーション1000
イノベーション戦略の3流派
11
バリー・ヤルゼルスキ、ジョン・ロア、リチャード・ホルマン
[監訳:富永 和利]
グローバル・イノベーション1000
日本企業にとってのチャレンジ
19
富永 和利
グローバル・イノベーション1000
2004-2010: 7年間を俯瞰する
28
長原 巨樹
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 W i n t e r
1
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
特集 ◎ イノベーション戦略
富永 和利
(とみなが かずとし)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィスの
パートナー。自動車、自動車部品、機械、エ
ネルギーの分野において、企業戦略・マー
ケティング戦略の策定、オペレーション改
巻頭言
善などの経験を有する。日本における自
イノベーション戦略の鍵
動車/製造業プラクティスのリーダー。
富永 和利
日本企業にとってグローバル化は機会ではなく、脅威として
とマイノリティで、ニーズ探求派と自己認識する企業が 46 %と
現れている。新興国市場の拡大で、研究開発が満たさなければ
もっとも多いことは興味深い。グローバル化がもたらす市場
ならな い 地 域 と 顧 客 は 飛 躍 的に 増 え た。イノベーション で
の複雑化についていくために、組織をあげて顧客と向き合う
競い合う相手には数多くの中国や韓国企業が台頭している。
流派が優位でありそうなことは想像に難くない。
そこに東北大 震災による国内サプライチェーンの途絶やタイ
3つ目の「日本企業にとってのチャレンジ」では、これら整合
の洪水による東南アジア生産休止、さらに円高を加えた「5 重
性と流派の優位性に対する考え方が、日本企業にどのような
苦」が襲った。日本の製造やハイテク企業の多くは、おおいなる
意味があるかを論じている。日本企業におけるイノベーション
危機感を募らせているであろう。
の整合性は一見高いようであるが、重視している戦略や文化の
日本の企業にいま必要なことは「先進技術力」や「ものづく
ポイントを鑑みると、過去の成功体験に引きずられているよう
り大国」と自分たちを精神的に鼓舞することではなく、イノベー
にみえる。つまり、日本のメーカーが劣勢に立たされることが
ション 活 動 のあり方をいまいちど見つめ直 すことでは ない
珍しくなくなった現在、これから採るべき
(と少なくとも経営が
だろうか。本号ではブーズ・アンド・カンパニーが毎年実施して
考えている)事業戦略に対する研究開発の目標感や文化がずれ
いるグローバル・イノベーション1000 の最新の調査結果から、
ている恐れがある。また、自動車や家電、電子機器など、漸進
イノベーション戦略の指針となる論考を紹介したい。
的な技術や機能の進歩を強みとしてきた日本企業の多くが属
企業が研究開発に使う費用の規模と業績に何ら相関がない
する市場観察派には、いまや韓国、台湾、中国の新興企業が
ことはこれまでの調査で証明されている。ならば企業の持続
ひしめく。生き残るために日本企業の多くはイノベーション流派
的なパフォーマンスを推し進めるのは何か。1つ目の「鍵を握
の転換期を迎えている。とくにニーズ探求派のもつ優位性から
るイノベーションの整合性」が論じるように、イノベーション活
マーケティングを包含するイノベーションのあり方を学ぶべき
動の方向性が事業戦略と企業文化それぞれに整合することが
だと警笛を鳴らす。
鍵である。整合性が高いほど、イノベーションが収益や企業価
4つ目の「2004-2010:7年間を俯瞰する」では、過去の調査
値につながる傾向がみられるからだ。とくにソフトで無形な力
を振り返り、イノベーションにおける経営課題の変遷をたどる。
となる企業文化の役割が重視される。3Mやアジレント・テクノ
本調査開始以来、企業の業績と研究開発費の規模自体に関連
ロジーのようなイノベーションの代名詞的な企業は、経営戦略
がないことが明らかになり、バリューチェーンを跨ぐイノベー
の鋭さや個々の要素技術の強みよりも、それらを有機的につ
ション能力の重要性や戦略の流派の有効性について論考を重
なぎ合わせる企業文化が大切だと力説する。
ねてきた。新興国経済成長の本格化がみえてきた2007年には、
2 つ目の「イノベーション戦略の 3 流派」では、3 つの流派の
研究開発のグローバル化の重要性について論じている。そこに
優位性の差について論じている。企業のイノベーションは
「ニー
リーマンショックが訪れたが、景気後退下の減収減益でもイノ
ズ探求派」
「テクノロジー主導派」
「市場観察派」の 3 つに分け
ベーション活動の手綱を緩めない経営姿勢がみられた。そして、
られ、どの流派にも活躍する企業は存在するが、今回はニーズ
景気回復と共に再発進した市場のグローバル化に応えるため
探求派に着目した。イノベーションに対する事業戦略と企業
に、より顧客を見据えたイノベーションが重要となっている。
文化の整合性が際立って高く、企業価値などの業績の伸び代
本号はこれまで論じてきたイノベーションの要点と最新の調査
に優位性がみられるからだ。アップルに代表されるシリコンバ
結果を踏まえて、自社が何を目指すべきか、いかにベクトルを
レー企業のうち、テクノロジー主導派を標榜する企業は 28 %
合わせるべきなのかを問いかけている。
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
グローバル・イノベーション1000
鍵を握る
イノベーション
の整合性
著者:バリー・ヤルゼルスキ、ジョン・ロア、リチャード・ホルマン
監訳:富永 和利
フォーカスしたイノベーション戦略、勝てる事業戦略、顧客
かを認識しているようだ。たとえば、回答者は例外なく「優れ
を読む力、優秀な人材、戦略実行のケイパビリティなど、革新
た製品性能」や「優れた製品品質」をイノベーションの戦略目
的な企業を作り上げる要素は数多い。しかし、個々の要素よ
標 の 最 上位に掲げ ている。企 業 文化 の 特 徴として大 切なも
りも重要なものは、これらの要素をつなぎ合わせる企業文化
のは、
「 顧客価値最大化へのこだわり」と「製品・サービスへの
(組織の行動、感覚、思考、信念のパターン)である。ところが、
情熱とプライド」と断言している。
今 年 のグローバ ル・イノベーション 1000 調査の 結果を見る
本調査でインタビューしたイノベーション担当の経営幹部
と、企業文化がイノベーションを支えていると答えた企業は
も、このような問題 意 識を抱いていた。たとえば、イノベー
半 数にも満たない。しかも、ほぼ同数がイノベーションと企
ション企業のリーダー格である 3M の研究開発担当上級副社
業戦略が十分に整合していないと答えている。
長兼最高技術責任者
( CTO)のフレッド・パレンスキー氏は、次
この「分裂症」は深刻な経営課題ではあるが、自覚症状でも
のように話す。
「 自分たちの技術が市場環境の中でいかに機能
ある。調査結果によると、企業文化の支えが脆弱で戦略の不
するかを技術者が実際に見られるようにするため、基礎研究
整合に悩む企 業 の業 績は、競 合と比べてかなり見劣りする。
から製品開発までのサイクル全体にわたり、顧客の声を取り
しかし、多くの経営者は課題を解決するために何が必要なの
入れることを目指している」
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
特集 ◎ イノベーション戦略
バリー・ヤルゼルスキ
([email protected])
ジョン・ロア
([email protected])
リチャード・ホルマン
([email protected])
富永 和利
(とみなが かずとし)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパニーのパートナー。
ブーズ・アンド・カンパニー シカゴ オフィス
ブーズ・アンド・カンパニーのプリンシパ
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィスの
イノベーション・プラクティスと製造業プ
のパートナー。製品戦略と組織再編の実践
ル。航空宇宙、産業財、ハイテクなどの工
パートナー。自動車、自動車部品、機械、エ
ラクティスのグローバルリーダーである。
で、
自動車、
産業財、
航空宇宙関連の企業を
業製品分野を専門とするイノベーション・プ
ネルギーの分野において、企業戦略・マー
ハイテクや産業財のクライアント向けに、
支援するイノベーションスペシャリスト。
ラクティスのリーダー。
ケティング戦略の策定、オペレーション改
企業戦略、製品戦略、製品開発の効率化、
善などの経験を有する。日本における自
イノベーション・プロセス変 革に関する
動車/製造業プラクティスのリーダー。
コンサルティングを実践。
*本稿には「s+b」寄稿編集者エドワー
ド・H・ベーカー、
ブーズ・アンド・カンパ
ニーのシニアアソシエイトであるマーク・
ジョンソンも参画した。
研 究 開 発( R&D)支 出が大きい世界 の 企 業 を 調 査 するグ
図表1 : 整合性の優位性
ローバ ル・イノベーション 1000 調査は、今回で 7 年目となっ
イノベーションが戦 略と文化の両面で整合する企業は、調査 対 象中44%のみで
た。毎年明らかになっていることは、R&D 支出総額、対売上
高 R&D 支出比率のいずれを基準にしても、財務的な業績とイ
ノベーション 投 資の間に統 計上の 相関は見られない 事 実で
さいにも関わらず、売上高成長率、収益成長率、利益率、総株
主利益など、企業の成功の尺度となるさまざまな指標で他社
を上回る。一方、製薬のように経営資源の比 較的大きな部分
をイノベーションに投じる業界では、得られる成果が企業や株
主が期待する水準よりはるかに小さい。
前回の調査では、企業のイノベーション・ケイパビリティの
イノベーション戦略と企業文化の関係
高
9%
イノベーションと企業文化の整合性
ある。アップルのような企業は、競合より R&D 投資規模が小
あった。これらの企業は収益と企業価値の伸びで他社を凌いでいる。
44%
整合性[中]
整合性[高]
27%
20%
組み合わせ、企業によるイノベーション戦略の違いなどを調
査した。今回は別の視点から、企業の組織システムと文化的
な特 徴がイノベーションをどのように支えているかを分析し
整合性[低]
低
た。その結果、R&D の現場マネジャーや経営の意思決定者が
整合性[中]
イノベーションと事業戦略の整合性
低
高
新製品・サービスをどのように考えているか、さらにはリスク、
創造性、オープン性、コラボレーションといった無形のものを
どう捉えているかが重要であることが見えてきた。今回の調
査では、主な産業における世界の企業のイノベーション・リー
ダーおよそ 600 人をインタビューした。そのうちの約半数が、
イノベーションと企業の戦略・文化との整合性が不十分であ
ると回答した。さらに約 2 割の企業は、明確なイノベーション
粗利益
企業価値
5年間CAGR
(年平均成長率)
の指標
5年間CAGR
(年平均成長率)
の指標
全体平均
45
42
48
49
全体平均
44
56
51
43
戦略がないと回答している。
イノベーション支出が回復している今日、これらの問題を
理 解することは極めて重要である。昨年は、世界 のイノベー
ション 投 資 が 3.5 % 減 少した。これ は 10 年以 上デー タをみ
てきた中で初めての減少だったが、その後は回復に転じてお
り、2010 年のイノベーション支出は 9.3 %増加した( 6 ページ
「グローバル・イノベーション 1000 のプロファイル」参照)。
整合性
[低]
整合性
[中]
整合性
[高]
整合性
[低]
整合性
[中]
整合性
[高]
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
グローバル・
イノベーション
1000社の
プロファイル
図表 A : R&D 支出と売上高
R&D支出は2009年に不況の影 響で 減少したが、2010
年には9.3%増加し、長期的な回復基調に転じた。
基準年:1997年=1.0
3.0
にお ける 2010 年 の R&D 支 出 の 伸び を
世界全体での R&D支出額は、10 年以上
見れば、世界市場で激化する競争に対応
売上高
2.0
グローバル・イノベーション1000 社の
と言える。特定の産業、そして大手企業
R&D支出
2.5
するために、企業が新製品・サービス開発
1.5
にわたる調査の歴史の中で 2009 年に不
1.0
況の影響で初めて減少に転じたが、その
0.5
投 資に意欲を燃やしていることが 読み
取れる。2009 年に支出を増やした企業
対売上高
R&D支出比率
はわずか 41%だったが、2010 年は 68 %
後回復して2010 年には 9.3 %増の 5,500
億ドルに達した。今年の支出総額も、不
況以前
(2008 年)の 5,210 億ドルを5.6 %
を超えた。
2000
05
調 査 対 象となった 9 つ の産 業 で R&D
10
支出は増加したが、コンピュータ・エレク
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
上回った。イノベーション支出の長期拡
トロニクス、ヘルスケア、自動車が、77 %
大路線への回復を示している(図表 A 参
(361億ドル)と全体の伸び(468億ドル)
照)。
大半の企業は 2009 年に売上高の減少を
のほとんどを占めている(図表 B 参照)。
2010 年の R&D支出増加率は、グロー
喫し、他の支出領域をカットする一方で、
R&D 支 出 の 伸 び が 金 額 的 に 最 も 大 き
バル・イノベーション1000 社の売上高の
イノベーション支出をそれほど削減しな
かったのは、コンピュータ・エレクトロニ
伸び(15 %)には及ばなかった。しかし、
かった。それを考えれば、この差は当然
クスであり、例年に続き全産業を通して
図表 2 : イノベーションで重視する戦略目標
多くのイノベーション企業が、製品の性能と品質の優 位性を最重要目標と考えて
いる。逆に新製品の成功率などの目標の重要性は低い。
優れた製品性能
優れた製品品質
整合性の問題
現地市場に合わせた製品のカスタマイズ
競争優位な製品とサービス
企業文化の問題はかねてから、企業全体のことなのか研究
低コスト製品の開発
開発 のことなのかを問わず、マネジメントにとって大きな悩
グローバル製品
みの種だった。企業文化ほどビジネスの成否を大きく左右す
る要因は存在しないかもしれない。企業の戦略は、然るべき
企業文化に裏打ちされてこそ、初めて成 功する。今 年の調査
スピード・トゥ・マーケット(迅速な市場投入)
ブレークスルー的な製品数
新製品の成功率
でイノベーションを支える企業 文化のテーマを取り上げるに
重要度の平均スコア 0
あたり、イノベーション で 重 視 する 戦 略 目 標 と 企 業 文化 の
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5 0.6
特集 ◎ イノベーション戦略
図表 B : R&D 支出増減の産業別比較
図表 C : 2010 年の
産業別 R&D 支出割合
2010年R&D支 出 の力 強 い 伸 び を 牽 引したの は、コン
コンピュータ・エレクトロニクス、ヘルスケア、自動車が
ピュータ・エレクトロニクス、ヘルスケア、自動車での支出
総額の65%を占め、引き続きR&D支出を主導している。
( 2009 ∼2010 年)
拡大だった。
コンピュータ・エレクトロニクス 28%
最も支出額が大きく、総額の 28 %を占め
単位:10億ドル
ヘルスケア 22%
ている。2010 年に売上高14.2 %増を果
その他 1%
たしたコンピュータ・エレクトロニクスで
コンピュータ・
エレクトロニクス $16.9
は、イノベーション支出が 6.1%増の169
自動車 15%
億ドルに達した。しかしながら、ハイテク
R&D支出の
純増加額
$46.8
ヘルスケア $10.4
企業が世界の R&D支出額上位 3 に1社も
ランクインしなかったのは、本調査の開
始以来、初めてのことである。
航空宇宙・防衛 4%
$8.8
ヘルスケアでは、R&D支出が104億ド
工業製品
$4.5
ル(9 %)増加した。売上高の 9 %増と併
せて、2010 年の上位 3 産業中、最高の伸
化学・エネルギー
$2.3
$2.2
通信
$1.3
航空宇宙・防衛
$1.1
消費財 ‒$0.3
その他 ‒$0.4
工業製品 10%
消費財
3%
自動車
ソフトウエア・インターネット
通信
2%
化学・エネルギー 7%
ソフトウエア・インターネット 8%
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
びとなった。R&D 支 出 総 額に占め る比
率で見ると、ヘルスケア
(22 %)は全産業
1000 社の上位 5 社中 4 社を独占し、上位
中 2 位につけている(図表 C 参照)。高成
20 位までに8 社が食い込んでいる(図表
長率を背景に、ヘルスケア企業(特に製
D 参照)。1位は、2 年連続でロシュ・ホー
薬会社)は、グローバル・イノベーション
ル ディングが 獲 得した。同 社 は、2010
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
図表 3 : イノベーションで重視する企業文化の特徴
どのような企業文化が重要なのか。2つの特性については企業の考えはおおむね
一致している。それ以外の特性については、重要性について意見がさほど一致して
おらず、イノベーション・プロセスにおける失敗の許容が重要とした企業は非常に
少なかった。
特性を考えた。
顧客価値最大化へのこだわり
なぜ、多くの企業が巨額の R&D 投資を結果につなげること
製品・サービスへの情熱とプライド
に難儀しているのか。まず、回答者の 36 %が、自社のイノベー
技術者を尊敬する風土
ションと全社の事業戦略が十 分に整合していないと認めた。
また、47 %は企業文化がイノベーションを支えていないと回
答した。予想どおり、これらに該当する企業は業 績面でも競
合他社に劣る。実際、イノベーションと戦略、イノベーションと
文化の両面で整合 性が 高い企 業は、他社に比べて企 業価値
外部からのアイデアに対するオープン性
機能・地域を跨るコラボレーション
個人単位のアカウンタビリティ
イノベーションの失敗に対する許容度
重要度の平均スコア 0
の伸びで 30 %、収益成長率で 17 %上回る
(図表1参照)。
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
Booz & Company
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図表 D : イノベーション上位 20 社
R&D支出上位20社中、ロシュ・ホールディングが2年連続で首位に立った。また、上位5社のうち4社を製薬会社が占めた。
順位
R&D支出
社名
2010年
(100万ドル)
2010年 2009年
2009年比
増減
対売上高
R&D支出
比率
本社所在地
業種
1
1
ロシュ
$9,646
1.5%
21.1%
欧州
ヘルスケア
2
5
ファイザー
$9,413
20.0%
13.9%
北米
ヘルスケア
3
6
ノバルティス
$9,070
21.4%
17.9%
欧州
ヘルスケア
4
2
マイクロソフト
$8,714
‒3.3%
14.0%
北米
ソフトウエア・インターネット
5
14
メルク
$8,591
53.0%
18.7%
北米
ヘルスケア
6
4
トヨタ
$8,546
0.7%
3.9%
アジア
自動車
7
10
サムスン
$7,873
23.2%
5.9%
アジア
コンピュータ・エレクトロニクス
8
3
ノキア
$7,778
‒0.8%
13.8%
欧州
コンピュータ・エレクトロニクス
9
11
GM
$6,962
16.0%
5.1%
北米
自動車
10
7
ジョンソン&ジョンソン
$6,844
‒2.0%
11.1%
北米
ヘルスケア
11
13
インテル
$6,576
16.3%
15.1%
北米
コンピュータ・エレクトロニクス
12
18
パナソニック
$6,176
10.7%
6.1%
アジア
コンピュータ・エレクトロニクス
13
9
グラクソ・スミス・クライン
$6,127
0.3%
14.0%
欧州
ヘルスケア
14
15
VW
$6,089
19.4%
3.6%
欧州
自動車
15
12
IBM
$6,026
3.5%
6.0%
北米
コンピュータ・エレクトロニクス
16
8
サノフィ・アベンティス
$5,838
‒4.0%
14.5%
欧州
ヘルスケア
17
19
ホンダ
$5,704
5.2%
5.5%
アジア
自動車
18
22
アストラゼネカ
$5,318
20.6%
16.0%
欧州
ヘルスケア
19
17
シスコシステムズ
$5,273
1.3%
13.2%
北米
コンピュータ・エレクトロニクス
20
16
シーメンス
$5,217
‒1.4%
5.1%
欧州
工業製品
上位20社合計
$141,781
10.1%
平均
11.2%
平均
出所:ブルームバーグ・データ、ブーズ・アンド・カンパニー
整合 性が 高い企業は、3M で見られるような特 徴を持って
を担う。
「 3M は 100 年以上にわたって、相互依存、協力、さらに
いるようだ。前出のパレンスキー氏は、同社のイノベーション
は共依存さえ含む文化を培ってきた。3M のビジネスは、地域
戦略を次のように説明する。
「 3M では『顧客にインスパイアさ
間、事業部門間、産業間ですべてが相互に依存し、協力し合い
れたイノベーション』と呼ぶ。顧客と接し、顕在・潜在ニーズを
ながら結び付いている。鍵を握るのは文化だ」と同氏は語る。
見出し、それらをユニークで持続可能な方法で解決するため
イノベーションを 成 功さ せるために 重 視 する戦 略目標 に
の全社的なケイパビリティを体現する」
ついて、大 方の 企 業 の意 見は一 致している。回 答 者 の 40 %
企業文化は、この戦略を実現するうえで極めて重要な役割
が「優れた製品性能」と「優れた製品品質」を1位または 2 位
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
特集 ◎ イノベーション戦略
図表 E : 地域別 R&D 支出の変動
( 2009 ∼2010 年)
中国とインドのR&D支出総額に占める比率は低いもの
の、成長率では群を抜いている。
年の売上高 457億ドルの中から、96 億ド
ルをイノベーションに投じた。対売上高
企業は、イノベーション支出をそれほど
38.5%
大幅に増やしていない)。前年に支出を
R&D 支出比率は 21%超で、業 界平均を
40 %以 上拡 大したインドと中国の企業
11% ポイント上回っている。自動車メー
は、2010 年もほぼ同ペースで R&D 支出
カーは、支出企業ランキングの上位に顔
を増額し、その増加率は 38 %を超えて
を見せていない。景 気後 退 以前は数年
いる。他地域の企業の支出増加率は、約
間にわたり R&D支出で1位の座にいたト
平均
成長率
13.9%
ヨタは、2010 年では 6 位に転落した。同
5.8%
社は、2009 年に R&D 支 出を 約 20 % 削
減、2010 年には支出を増やしたものの、
1 % 弱 の 増 加 率にとどまった。た だし、
2009 年に R&D 支 出を 14 % 削 減した自
9.3%
10.5%
インド/
中国
その他
北米
欧州
14%であった(図表 E参照)。
2009 年のイノベーション支出の減少
1.8%
は、多くの企業にとって経済環境がいか
日本
に厳しかった かをはっきりと示すも の
である。R&D 支出の 落ち込 みがこれだ
出所:ブルームバーグ・データ、ブーズ・アンド・カンパニー
動車産業だが、業界全体では 2010 年の
け小幅に終わったことは驚くべきことで
もあり、心 強 いことでもある。同 様に、
支出額を88億ドル(8 %)増やしている。
る北米、欧州、日本の 3 地域はいずれも後
2010 年の堅調な伸びは、シェア獲得競
結 果として、自動 車産 業は R&D 支出 総
退した。欧州と日本では慎重に方向転換
争に向けた企業の決意がいかに固いか
額で全業種中 3 位の座を維持することに
が図られた。いずれも支出増加率は、平
を示している。今年のデータに但し書き
なった。自動車産業の 2010 年の売上高
均 値の 9.3 %をはるかに下回った。しか
をつけるとすれば、R&D 投 資の 増 加が
は、2009 年を16.5 %上回った。
し、2009 年に R&D 支出を約 4 %削減し
2011年も同じペースで続くかどうかはわ
イノベーション支出の地理的分布を見
た北米企業は、2010 年に10 %以上の支
からないということだろう。一部地域市
ると、同様に地域格差が大きいことがわ
出増額を行った。
場の景気回復は非常にスローペースで、
かる。どの 地 域も前年から顕 著に方 向
中国とインドに本社を置く企業のイノ
世界経 済が全 体として先行き不透 明で
転換し、2010 年の R&D支出が増えてい
ベーション支出は、元々の規模が小さい
あることを考えれば、ごく当然である。
る。一方で、イノベーション企業が集中す
ながらも増え続けている(その他の国の
に挙げた。これに対して、
「 スピード・トゥ・マーケット
(迅速な
「イノベーションの失敗に対する許容度」であった
(図表3 参照)。
市場投入)」や
「新製品の成功率」などは、優先順位が低かった
ちなみに、これは一部の学術調査結果と相反する結果であり、
(図表 2 参照)。
イノベーション・リスクに対する企業の姿勢を問う。
同様に、企業文化の特徴についても、回答企業の考え方に
戦略と文化の面におけるイノベーションの整合性と業績に
大きく共 通するものが あった。6 0 % 以 上 が「顧 客価 値 最 大
ついても、企業間に大きな差異がある。他社に比べて業績が
化へのこだわり」をトップ 2 に挙げ、50 %が「製品・サービスへ
悪い企業は、この整合性のギャップを縮めなければ、イノベー
の情熱とプライド」を選んだ。逆に、最も順位が低かったのは
ションの根源的な問題を解決し難い。そのためには、企業が
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ブーズ・アンド・カンパニー グローバル・イノベーション1000社 : 調査方法
グローバル・イノベーション1000 社
計・調整した。各企業をブルームバー
4つのプロファイリング質問に対する
の過去 6 年の調査と同様に、ブーズ・ア
グの業界区分に沿って9 の業種
(または
回答 者の回答に基づき、各社を 3 つの
ンド・カンパニーは今年も、2010 年に
「その他」)に分類し、それぞれの本社
イノベーション戦略モデル(ニーズ探求
研 究 開 発に 最も多 額の 費 用を投じた
所在地によって5つの地域に分類した。
派、市場観察派、テクノロジー主導派)
世 界 の上 場 企 業 1000 社を 特 定した。
全業界にわたり有意な比較ができる
のいずれかに分 類した。さらに、回答
対象としたのは、R&D支出額に関する
ように、各企業の R&D支出水準および
者に対し、会社の最も重要なイノベー
データが公 表されている企業である。
財務評価指標を、所属する業界の中央
ション目標、企業文化の特徴、組織的要
すべてのデータは 2011年 6月30日現在
値に対して指数化した。世界銀行、経済
素を尋ね、それぞれに会社の業績がど
で 発 表された直 近の 会 計 年度に基づ
協力開発機構、国際通貨基金、各国政
のように関わっているかについての評
く。単一の親会社に50 %以上保有され
府の調査報告書のデータを使用し、世
価を順位付けしてもらった。3つの戦略
ている子会 社の業 績が 親 会 社の財務
界の R&D支出を推定した。
モデルの中でどれに依存しているかに
報告書に含まれる場合、これらの子会
イノベーション戦略、文化、組織が業
基づき、企業において最もよく見られ
社は除外した。
績にどのような影響を及ぼしているか
る企 業 文化 の 特 徴と組 織 的 特 性の識
上 位 10 0 0 社 の それぞ れ につ いて、
を理解するため、世界 400 社以上のシ
別が可能なさまざまな統計的手法を用
2001 ∼ 2010 年 の主 要 財 務 指 標( 売
ニア・マネジャーと R&Dエキスパート
いて、回答を分析した。企業名と回答は
上高、粗利益、営業利益、純利益、R&D
約 600人を対象に、ウェブベースによる
(使用許可が明確でない限り)機密扱い
支出額、株 式時価総額)を 分析した。
アンケート調査を実 施した。アンケー
であるが、調査への回答と財務指標と
2010 年 以 前 の 外 貨 建 ての 売 上 高 と
トに参加した企業は全 9 業種、全 5 地域
の関連性を明らかにするため、回答者
R&D 支 出 額はすべて、2010 年 の 平均
を網羅し、その R&D支出額は1,820 億
には社名の明記をお願いした。さらに、
為替レートに基づきドル換算した。ま
ドルを超え、2010 年のグローバル・イノ
戦略、文化、組織のつながりをより深く
た、総株主利益は、当該現地市場にお
ベーション1000 社の R&D支出総額の
理解するため、一部回答者への聞き取
ける各 企 業 の 総 株 主 利 益に応じて集
3 分の1を占めた。
り調査を行った。
採るイノベーション戦 略に即した企 業 文化の 特 徴とは何か、
理解を深めることが必要である。ドーバー・コーポレーション
のフルイド・マネジメント事業部門担当上級副社長ソーマ・ソ
マサンダラム氏は、この課題を次のように説明する。
「 一般に
イノベーションが立ち遅 れるのは、アイデ アが無いからでも
野心に欠けるからでもない。イノベーションに資源を投下する
ための体制や構造ができていないからだ。今日のニーズと明
日のニーズのバランスを取る戦略の意思が、欠けていること
が多いからである」
(“The Global Innovation 1000: Why Culture Is key,” by Barry
Jaruzelski, John Loehr, and Richard Holman, strategy+business,
Issue 65 Winter 2011)
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特集 ◎ イノベーション戦略
グローバル・イノベーション1000
イノベーション
戦略の3流派
著者:バリー・ヤルゼルスキ、ジョン・ロア、リチャード・ホルマン
監訳:富永 和利
これ ま でと同 様 に、今 回 の グ ロ ーバ ル・イノベ ーション
どのイノベーション流派にも成功例があるように、それぞれ
1000 調査に回答した企業をオンラインの「イノベーション・
で戦略と文化の強い整合性を確立することはできる。しかし
ストラテジー・プロファイラー」を活用して3 つのイノベーショ
ながら、調査結果を精査してみると、ニーズ探求派の企業が
ン戦略の流派に分 類した。このプロファイラーは、漸進的な
相対的に優位にみえる。ニーズ探求派は、戦略と文化の整合
イノベーションと画 期 的なイノベーションにおけるアプロー
性で良好な特質を持ち、財務的な業績も他のイノベーション
チの違いや、製品ニーズを捉 える上でのエンドユーザーの役
流派を採る競合他社を凌ぐ確率が高い。
割などに基づき、企業のイノベーション戦略の特徴を分析する
たとえば、イノベーションが 事 業戦 略としっかり整合して
ものである。
いると回答したニーズ探求派の企業の割合は、他のイノベー
ション流 派と比べて 3 倍以 上にのぼる。また、ニーズ 探 求 派
• ニーズ 探 求 派 卓 越したエンドユーザー 理 解に基づき 新
製品やサービスを創りあげ、市場に一番乗りする。
は、最も重要なイノベーション目標である「優れた製品性能」
と「優れた製品品質」を成し遂げるケイパビリティを重視する
• 市 場 観察 派 顧客と競 合 企業を注意 深く観察して市場ト
姿勢が、他の流派に比べて極めて強い。ニーズ探求派の 41%
レンドを十分に理解し、段階的な変化と改善を通して価値
以 上 が自社 の文化 が イノベーションを 強く支 えてい ると答
創造する。
えたが、市場観察派ではわずか7 %、テクノロジー主導派では
• テクノロジー主導派 自社の技術力で方向性を形成し、研
14 %にとどまっている(図表1参照)。
究開発投資を活用して画期的、段階的なイノベーションを
このような著しい差は他の点にも表れているが、最も顕著
推 進する。顕 在化しているニーズに応えるのではなく、潜
なのは財務 業 績である。ニーズ探 求 派 の 全 体 的な財務 業 績
在的なニーズを技術で先取りするケースが多い。
が競合他社を上回る割合は、他の 2 つの流派のいずれと比べて
も総じて30 %高い。また、ニーズ探求派が競争に勝つ可能性
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バリー・ヤルゼルスキ
([email protected])
ジョン・ロア
([email protected])
リチャード・ホルマン
([email protected])
富永 和利
(とみなが かずとし)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパニーのパートナー。
ブーズ・アンド・カンパニー シカゴ オフィス
ブーズ・アンド・カンパニーのプリンシパ
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィスの
イノベーション・プラクティスと製造業プ
のパートナー。製品戦略と組織再編の実践
ル。航空宇宙、産業財、ハイテクなどの工
パートナー。自動車、自動車部品、機械、エ
ラクティスのグローバルリーダーである。
で、
自動車、
産業財、
航空宇宙関連の企業を
業製品分野を専門とするイノベーション・プ
ネルギーの分野において、企業戦略・マー
ハイテクや産業財のクライアント向けに、
支援するイノベーションスペシャリスト。
ラクティスのリーダー。
ケティング戦略の策定、オペレーション改
企業戦略、製品戦略、製品開発の効率化、
善などの経験を有する。日本における自
イノベーション・プロセス変 革に関する
動車/製造業プラクティスのリーダー。
コンサルティングを実践。
*本稿には「s+b」寄稿編集者エドワー
ド・H・ベーカー、
ブーズ・アンド・カンパ
ニーのシニアアソシエイトであるマーク・
ジョンソンも参画した。
図表1 : 戦略流派別の整合度
して「製品・サービス全体組合せの競合優位性」、最優先すべ
ニーズ探求派の企業は他の流派と比べて整合度が高い。イノベーション戦略と事業戦
き文化の 特 徴として「外部からのアイデ アに対 するオープン
略が高度に整合していると回答した企業が30%、企業文化がイノベーションを支えて
いると回答した企業が41%に達する。
性」を挙げている。よりよいアイデアを求めながら、差別化で
きる事業モデルを生み出す力を強調する特性である。他の 2
企業文化は
イノベーション戦略を
支えているか
イノベーション戦略と
事業戦略は密接に
整合しているか
整合度が
高い
8%
8%
30%
7%
14%
31%
29%
つの流派には、それぞれ固有の特性があるが(図表 2 参照)、
強く
支えている
41%
34%
33%
各々の戦略の中でどのように作用するのであろうか。
テクノロジー主導派
イノベーション戦 略 の 3 つ の 流 派を 分析し始めてから 4 年
間、業種や地域を問わず最も多く採用される流派がテクノロ
51%
ジー主導派である。今年のイノベーション支出企業上位 10 社
39%
35%
38%
34%
の中でも、最も多いのがこの流派だ。
34%
昨今、顧客が欲する製品を創造するにあたり、研究者や設
計 者の能力のみに頼るわけにはいかなくなっている。テクノ
整合性が
低い
15%
20%
17%
16%
21%
18%
4%
3%
4%
4%
7%
6%
ニーズ
探求派
市場 テクノロジー
観察派
主導派
ニーズ
探求派
ロジー主導派は、これまで技術的なブレークスルーを生み出
支えて
いない
市場 テクノロジー
観察派
主導派
注 :四捨五入のため合計が100にならない場合がある
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
してきた純粋な R&D 活動と、他の流派が採るマーケット寄り
の活動とのバランスを見出さなければならない。グーグルの
ようなテクノロジー主導派が成 功し続けてきた背景には、こ
のバランスがある。消費者と直接的な顧客のニーズを製品に
つなげる力や顧客との関わりを維持する力など、他の流派と
は、平均して他のイノベーション流派よりはるかに高いように
共通した能力を構築しつつ、テクノロジー主導派固有の戦略
見受けられる。
的ケイパビリティも併せ持つ。新技術トレンドの深い理解や製
これまでの調査では、業績上位の企業は、どの流派に属す
品ライフサイクルのマネジメント力がそれである。
るかにかかわらず成 功に欠かせないケイパビリティを持って
技術イノベーションの長い歴史と、台頭しつつある顧客指向
いた。今年の調査では、別の視点からこれらの流 派を見るこ
性を両立させている企業の好例が、ヒューレット・パッカード・
とにした。それぞれの流 派において、どの戦略目標と文化的
カンパニー
( HP)
である。シリコンバレーの創設を支え、さまざ
な特徴が成功につながるのか。ケイパビリティの構築に重要
まな技術分野におけるパイオニアとして活躍してきた HP は、
なのはどれなのか。
イノベーションにおける戦略目標と文化を全社的な方向性と
たとえば、3 つの流派には共通の戦略目標と企業文化の特
整合させる努力を続けてきた。最近就任したメグ・ホイットマ
徴があるが、ニーズ探求派は最 重要のイノベーション目標と
ン CEO の指 揮下で HP 全体の戦略は変わるかもしれないが、
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特集 ◎ イノベーション戦略
テクノロジー主導派は、
これまで技術的なブレークスルーを生み出してきた
純粋な R&D活動とマーケット寄りの活動とのバランスを
見出さなければならない。
イノベーション文化との固い結びつきは変わらないだろう。
の研究活動を監督する。
「 HP ラボのミッションは 4 つある。第
HP の中核研究組織である HP ラボにおいて、イノベーショ
1は、絶対的な技術のブレークスルーを生み出すこと。第 2は、
ンとビジネスの間に密接な整合 性があるのは明らかだ。HP
HP の新しい事業機会を創出すること。第 3は、あらゆる企業活
の研究担当上級副社長であるプリス・バネルジー氏は、世界に
動において最先端を実現すること。そして第 4 は、顧客やパー
7ヵ所ある HP ラボの所長を兼 任する。バネルジー氏は、それ
トナーと接することだ 」と同氏は話す。
「 HP ラボ ではポート
ぞれ独自の R&D 機能を持つ5つの事業部門に製品・サービスの
フォリオ・アプローチを採用している。研究アジェンダの 3 分
アイデアやイノベーションが確実に移行されるよう、HP ラボ
の 1は、10 年先を 見 越した 基 礎 研 究。3 分 の 1は 現 行 製 品 開
図表 2 : 流派別のイノベーション戦略目標と企業文化の特徴
3つのイノベーション流派には、共通及び固有のイノベーション戦略目標と企業文化の特徴がある。
最重視されるイノベーション戦略目標と
企業文化の特徴
市場観察派
固有のイノベーション目標
• 現地市場に合わせた製品のカスタマイズ
固有の企業文化の特徴
• 機能・地域を跨るコラボレーション
ニーズ探求派
固有のイノベーション目標
• 製品・サービス全体組合せの
競合優位性
固有の企業文化の特徴
• 外部からのアイデアに対する
オープン性
全3戦略
共通のイノベーション目標
• 優れた製品性能
• 優れた製品品質
共通の企業文化の特徴
• 顧客価値最大化へのこだわり
• 製品・サービスへの情熱とプライド
テクノロジー主導派
固有のイノベーション目標
• 低コスト製品の開発
固有の企業文化の特徴
• 技術者を尊敬する風土
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
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最も革新的な
企業10社
図表 A : 最も革新的な企業 10 社
調査対象企業のイノベーション担当経営幹部は、今年も
アップルを最も革新的な企業に選んだ。フェイスブック
が10位に食い込んだ。
社名
R&D支出
2010年
今回の調査でも、最も革新的であると
(単位:
100万ドル)
順位
対売上高
R&D支出比率
(集約度)
おけるイノベーションの豊かな源泉とし
てソーシャルメディアの持つ力が大きく
なりつつあることを示している(ただし、
評 価できる企 業を挙げるよう調 査回 答
1
アップル
$1,782
70
2.7%
者に求めたところ、またもアップルが1位
2
グーグル
$3,762
34
12.8%
フェイスブックはまだ非上場企業である
に輝いた。回答者の70 %が、最も革新的
3
3M
$1,434
86
5.4%
ため、公式な財務データはない)。とくに
4
GE
$3,939
32
2.6%
5
マイクロソフト
$8,714
4
14.0%
6
IBM
$6,026
15
6.0%
7
サムスン
$7,873
7
5.9%
8
P&G
$1,950
61
2.5%
よりはるかに良 好な財務業 績を挙げ て
レット市場の流れを作り、アップルはエ
9
トヨタ
$8,546
6
3.9%
いる
(図表 B 参照)。
クソンモービルと並び時価総額で米国
10
フェイスブック
非公表
な企業 3 社の1つにアップルを挙げた。そ
して半数 以 上がアップルを1位に推して
いる。近 年 の目覚ましい 業 績を見 れば
驚くにあたらない。iPadは引き続きタブ
最 大の企業となっている。会長 兼 CEO
だった故スティーブ・ジョブズの革新的な
なし
非公表
出所:ブルームバーグ・データ、ブーズ・アンド・カンパニー
純利益の対売上高比率で業績を考えた
場合、イノベーション企業上位10 社は全
体としてこの 5 年間、R&D支出上位10 社
今回の調査では、イノベーション上位
企業のイノベーション戦略を併せて調査
した。特に上位 支 出企 業と比 較した 結
ビジョンの体現が続く。
答者は、それぞれ44%と19 %だった(図
果は特筆すべきである。イノベーション
アップルに続くのは昨年同様、グーグル
表 A 参照)。今年初めてフェイスブックが
企業上位4 社と、上位10 社中 6 社が、いず
と3M で、上位 3 社にこの 2 社を挙げた回
ランクインしたことは、インターネットに
れもニーズ探求派の戦略をとっていたの
発に関するもので 6 ∼18ヵ月先を見る。残る 3 分の 1は、応用
の活動も 3 分の 1は事業部門の問題解決を支援する研究開発
研 究と呼ぶもので中間に位置する。これは 2 ∼ 5 年先を視 野
である。しかし、残りの 3 分の 2 は既存の製品を否定するよう
に入れた研究であり、製品ではなく何らかのアプリケーショ
な破壊的技術を創出することを目指している」と、バネルジー
ンに関係するものである」
氏は言う。一方、事業部門は短期的な研究開発の恩恵を受け
これは、低コストで優れた製品性能と品質を実現するとい
ながらも、HP ラボの諮問委員会を通して「奇抜でクレージー
う、テクノロジー主導派の戦略目標と合致する。また、言うま
なアイデア」の開発にも関わっており、長 期的なブレークス
でもないことだが、技術者と知見に対する強い尊敬の念が根
ルー技術もサポートしている。
幹にある。加えて、HP ラボは顧客との関わりを重視した取り
組みを行っている。年間 500 以上の顧客を招いて研究内容を
市場観察派
紹介しているほか、研究活動の最先端で「顧客共同イノベー
ション」プロジェクトを立ち上げて、一部の顧客と直接協業し
世界経済の低迷、そして自動車業界固有の数々の問題の煽
ている。
りをもろに受けた自動車部品業界は、ようやく立ち直り始め
このような体 制と活動は研究 所と事 業 部門との間に多 少
た。回復 気流の中心にいる企業の 1つが、世界 の自動車メー
の軋 轢を生む が、それも想 定 範 囲内である。
「 事 業 部門との
カー向けに空調、内装、照明の部品・システムを供給するビス
『トラブル』は意図的に作っている。事業部門は通常、向こう
テオンである。ビステオンの事業は、顧客との密接な関わり
6ヵ月から1年ほどの 短 期的な 視 点で活動しており、HP ラボ
のもとにニーズを正確に見極め、低コストで供給するもので
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特集 ◎ イノベーション戦略
図表 B : イノベーション企業上位10 社
とR&D 支出上位企業 10 社の比較
図表 C : 上位10 社のニーズ探求派
イノベーション企業上位10社中、ニーズ探求派の戦略を
イノベーション企業上位10社は、3つの財務指標のすべ
採る企業は6社に達したが、
支出上位企業10社中では2社
て(特に対売上高EBITDA比 率)に関して競合他社を上
のみだった。
回る。
である
(アップルが典型例)。これに対し、
R&D 支出上位企業 10 社中、ニーズ探 求
派は 2 社のみだった(図表 C 参照)。最適
なケイパビリティを結集し、より優れた
業 績を達 成するために必要な文化を持
イノベーション企業
上位10社
60%
50
る。実際のところ、両方の上位10 社にラ
ンクインしたのは、マイクロソフト、トヨ
最低
スコア
0
54
51
52
40
40
R&D支出上位企業
が製薬会社であるにもかかわらず、最も
会社が1社もなかったことは、注目に値す
20%
競合他社の
業績指標
同時に、R&D支出上位企業10 社中 6 社
革 新的な企業 のリストに推された製 薬
R&D支出
上位企業10社
76
イノベーション企業上位
率が高いという調査結果と合致する。
ニーズ探求派
その他
最高
スコア
100
つことができるという強みにより、ニー
ズ探求派戦略を追求する企業は成 功確
イノベーション流派の比率
イノベーション企業上位10社および
R&D支出上位企業10社と
グローバル・イノベーション1000社の比較
売上高成長率
5年間CAGR
対売上高
EBITDA比率
5年間平均
株式時価総額
成長率
5年間CAGR
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
りやすいため、回答者が思い起こしやす
い側面は否めない)。調査結果を見ると、
イノベーションの成功はどれだけ投資し
タ、サムスンの 3 社だけだった(むろん、
たかではなく、どのように投資したかに
製薬会社よりも B2C 企業は目立ち、わか
よって決まるということがわかる。
ある。
を体現する製品開発上の規律やプロセスも当然ある。たとえ
ビステオンは市場 観察派のイノベーション流 派に属する。
ば、製品プラットフォームや開発資源マネジメントなどのケイ
市場が何を求めているのかをじっくり読み取り、顧客の声に
パビリティを駆使し、一 体感ある製品開発を指揮することも
耳を傾けながらサプライヤーやパートナーと密接に協力して
含まれる。前述のヤードン氏は次のように言う。
「 製品開発に
製 品 を 供 給 する企 業 であ る。ビ ステオンにお けるイノベー
おいては、ステージゲート方式を採用している。製品とテクノ
ション担当グローバルディレクター、ティム・ヤードン氏は次
ロジーのロバスト性
(頑強性)を実現できるよう、4つのゲート
のように話す。
「 イノベーションとは単に技術や製品を増やす
を 通る開 発を実 践している。ビステオンの 製 品 開 発は高 度
ことであると多くの人は考えているが、イノベーションはそ
な規律と指標のもとに運営されている」
れ以上のものだ。我々が心掛けていることは、より高い視点
しかし、近 年ビステオンのイノベーションを大きく変えた
から『車の中で過ごす時間をどのようによくすべきか』を自問
のは、協業する文化を 全社的に浸 透させた取り組みである。
自答すること。そのために必要なイノベーションを、サプライ
コンセプト段階の試作か量 産向け 新 型部品であるかを問わ
ヤーと顧客と協業しながら創り出している」
ず、ビステオンのイノベーション活動において、部門、機能、地
ビステオンのアプローチは、市場に合わせた製品のカスタマ
域間の協業や合弁パートナーとのコラボレーションが急速に
イズや競争優位な製品品質とコストなど、市場観察派が重視
広がっている。
「 かつては同じ建物の中で働いていたグループ
するイノベーション目標に合う。それらは、組織機能と地域を
同士が、互いに言葉を交わすこともなかった」とヤードン氏は
横断して協力を重視する文化によって支えられている。文化
言う。しかし、自動車を構成する多様な部品やシステムが 高
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15
シリコンバレーの
強み
テクノロジー主導派の比率は全 企業と
図表 D : シリコンバレーの戦略と文化
ほぼ同じだった。また、イノベーション
シリコンバレーの企業は、戦略の整合性と文化による支
戦略が会社の全体的な事業戦略と緊密
に整合していると回答した企業は、ほぼ
3倍であった(シリコンバレーが 54%、全
持が極めて強い傾向にある。
イノベーション戦略と
事業戦略は密接に
整合しているか
企業文化は
イノベーション戦略を
支えているか
シリコ ンバ レ ー は、コ ン ピ ュー タ、
企業ではわずか14%)。企業文化が戦略
半 導体、ソフトウエア、バイオテクノロ
を支えているか否かという質問に対し
ジー、その他のイノベーションをベース
ては、
「しっかり支えている」と回答した
とした 産業を長年にわたって主導して
企業が全企業では19 %に過ぎないのに
きたことで知られる。しかし、人材ベー
対し、シリコンバレー企業ではその 2 倍
スや資本調達よりも、シリコンバレーを
以上の 46 %であった
(図表 D 参照)。
比類なき存在にしている要因は何だろ
シリコンバレ ー にお いて、テクノロ
うか。
「西海岸のイノベーション文化」と
ジー主導派のイノベーション戦 略に該
は、正確にはどのようなものなのか。今
当するケースが多いわけではないとい
回のグローバル・イノベーション1000 調
う結果は、やや驚きかもしれない。しか
査と連動して、我々は「ベイエリア・カウ
し、多くのイノベーション上位企業と同
ンシル」
(サンフランシスコ・ベイエリア
様に、シリコンバレー企業も新技術の創
の企業 275 社以上で構成されるビジネ
出のみに成功を見出しているだけでは
ス推進連合)の協力を得て、この地域で
ない。シリコンバレーでは、平均的な企
持続的な成功をもたらしている戦略、文
業のほぼ 2 倍にあたる企業が、エンドカ
化、組織の特性を探った。また、シリコ
スタマーの目に見えるニーズ、見えない
ンバレー企業の違いを生む文化と組織
ニーズを深く理解するケイパビリティを
の諸要素は何なのかをより深く理解す
培っている。単に、1つのチップにどれだ
るために、これらの企業から得た調査結
け多くのトランジスタを組み込めるか
果を詳細に検討した。
というような技術レースの話ではない。
シリコンバレーの企業が傑出してい
顧客ニーズに対 する優れた 洞 察、さら
ることは間違いない。グローバル・イノ
にはこれらの顧客の取引を勝ち取れる
ベーション1000 調査の全対象企業に比
ような実践的な価値命題の展開を通じ
べ、ニーズ探求派のイノベーション流派
て、市場で無類のシェアを獲得できる製
ブーズ・アンド・カンパニー サンフランシスコ オフィス
を採る企業の比率は 2 倍近い(シリコン
品・サービスにどれだけつなげられるか
のパートナー。企業戦略、マーケティング/セールス、組
バレーが 46 %、全 企業は 28 %)。一方、
が問われるのである。
度に統合されるようになった今日、全社的な協業は戦略的に
整合度が
高い
強く
支えている
14%
19%
46%
54%
38%
30%
32%
29%
21%
29%
11%
整合性が
低い
14%
14%
3%
11%
支えて
いない
全企業
ベイエリア
の企業
15%
7%
5%
7%
全企業
ベイエリア
の企業
注 :四捨五入のため合計が100にならない場合がある
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
マシュー・ル・メルル
([email protected])
織、オペレーション、イノベーションのテーマで、テクノロ
ジー、メディア、消費財企業をクライアントとする。
ニーズ探求派
重要となってきたため、ビステオンは企業文化の変革に努め
てきた。
テクノロジー 主 導 派と市 場 観 察 派、それぞ れの イノベー
ション流派で成 功を実現している企業は多い。しかし、顧客
16
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
特集 ◎ イノベーション戦略
と密 接に協力して競 争 優 位な 製 品を開発して真っ先に市場
している。CTO のダーリーン・ソロモン氏は、その特色を次の
に投 入するニーズ探 求派には、何か違うものがある。成 功し
ように説明する。
「 アジレントは、その生い立ちから『技術』を
ているニーズ探求派の企業は、技術の賢明な駆使、規律ある
ルーツに持ち、テクノロジーのフォロワーではなくリーダーで
製品開発、末端顧客との接点から培われる深い洞察力など、
あり続けることを目指している。しかし、成功するためには顧
いくつもの ケイパビリティを 統 合してい る。そして、決 定 的
客と市場の理 解力とのバランスを見出さなければならない。
な要素として戦略の実行力がある。ニーズ探求派のイノベー
注力できる技術は多岐に渡るし、技術的に挑戦すべきことはい
ション戦略は概して他の流派より戦略と文化における整合性
くらでも見出せる一方、顧客への 価値と事 業として得られる
が高く、それが高収益性、高企業価値を生む戦略実現力の基
価値が明らかな分野を選択しなければ意味がない」
盤となっている。
多くの企業と同じく、アジレントのチャレンジは短 期と中
ニーズ 探 求 派 は、別 の 観 点 でも 他 流 派と異 なる。調 査 結
長期( 5 ∼10 年間先)な R&D のバランスをとることである。ソ
果によると、ニーズ探求派の企業では大多数の技術トップが
ロモン氏 は次のように話す。
「 顧 客が 向かうところで 最 先 端
CEO に直接レポーティングし、イノベーション・アジェンダも
にいられるようにすることが大 切であり、その 9 割が今 の事
トップダウンに立案・伝達される。また、社内で最も影響力が
業の中で行われる。よって、研究所が担保すべきことは正しい
強 い 組 織 機 能 として 製 品 開 発 部 門 を 挙 げる 回 答 企 業 の
『賭け』を今行うことであり、その『賭け』が正しい技術として
比率が、他 流 派に比べて約 2 倍にも達していた。さらにイノ
正しい時期に実現することである」
ベーション・プロセスの面でも、ニーズ探 求 派は技 術ポート
アジレントは、このバランス取りに長ける。顧客や外部のイ
フォリオ・マネジメントに長けており、その一貫性と厳格性を
ノベーターとの接し方を見れば明らかである。アジレントの
重視する。
研究者たちは、長期的な技術動向と顧客ニーズを洞察するた
R&D 支出上位 企業と、最も革 新的と評される企業を比 較
め、学術機関だけでなく政府系研究所などの顧客とも定期的
すると、ニーズ探求派が際立つ。支出上位企業 10 社中、ニー
に接している。一方、短期的な顧客ニーズの理解には、事業部
ズ探求派は 2 社のみだが、イノベーション企業上位 10 社では、
門に属する研究開発者だけではなく、顧客と向き合う全社員
アップル、フェイスブック、3M 、GE、IBM 、プロクター・アンド・
の仕事として取り組んでいる。
ギャンブルの 6 社がニーズ探求派である( 14 ページ「最も革新
これらの活動をまとめるものは何かを尋ねたところ、ソロ
的な企業 10 社」を参照)。さらに、シリコンバレー企業はテク
モン氏はアジレントの企業文化を指摘する。
「 全社的に広がっ
ノロジー主導派と見られがちだが、実際は今回の調査対象と
ている。イノベーションとチームワークの文化は極めて強く、
なった米国ベイエリア企業のほぼ半数がニーズ探求派であっ
経営としても強調している。アジレントにおけるイノベーショ
た( 16 ページ「シリコンバレーの強み」を参照)。
ンは単なる R&D ではない。全社的に社 員がつねに現状を問
アジレント・テクノロジーは、シリコンバレーのニーズ探求
うことを心掛け、前例を超える何かをすることを目指すのが
派 企 業 の 1つである。1999 年に HP のスピンオフとして設 立
イノベーションであるという点を明確に伝えてきた。
『 アジレ
された同社は、通信、エレクトロニクス、ライフサイエンス、
ント・イノベーツ・プログラム』を通して、顧客満足度や市場貢
化学業 界向けの計器、測定ソリューション事業にフォーカス
献などの幅広い尺度で社員のイノベーション活動を評価・表
Booz & Company
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「流派」
イノベーションの
や業績はそれぞれ違っても、
アジレント、HP、
ビステオンなどの企業は、
市場で成功する製品開発で一歩先んじるために
何が必要かを理解している。
彰している」
ようと苦心する企業にとって、再考が必要なのは技 術パイプ
アジレントのイノベーション文化は、多くの点で HP の 1部
ライン見直しといった従来のイノベーション要素だけではな
門であった歴史に由来するが、独自の価値観を培ってきたと
い。むしろ、本稿で取り上げたようなイノベーション企業のベ
ソロモン氏は指摘する。
「 アジレントが真の意味で強化しよう
ンチマークを手本としながら、イノベーションにおける流派と
としてきた文化は 3つある。チャンスを掴むスピード、顧客重視、
企業文化のあり方を見つめ直すことではなかろうか。
アカウンタビリティだ。イノベーションそのものはつねに強
みであったと言えるが、顧客ニーズに迅速に応えながら最も大
切な事に集中することがアジレントの文化であることが重要
(“The Global Innovation 1000: Why Culture Is key,” by Barry
Jaruzelski, John Loehr, and Richard Holman, strategy+business,
Issue 65 Winter 2011)
だ」
企業文化の重要性
企業の R&D 戦略およびケイパビリティを評価するツール
としてブーズ・アンド・カンパニーが開発したイノベーショ
イノベーションの流 派や業 績はそれぞれ違っても、アジレ
ン・ストラテジー・プロファイラーは、以下のウェブサイト
ント、HP、ビステオンなどの企業は、市場で成功する製品開
を参照されたい。
発で一歩先んじるために何が必要かを理 解している。全社・
www.booz.com/innovation-profiler
事 業戦略と密接に整合したイノベーション戦略とケイパビリ
ティ、そして戦略を支える企業文化である。なかでも、ニーズ
探求派のイノベーション戦略を構築することが最も難しい反
面、収益性・企業価値の成果をもたらす可能性も高いといえ
る。ニーズ探求派は、戦略目標と企業文化の整合性をより高
い次元で確立することにより、顧客ニーズに応える製品をい
ち早く市場投入できる力を持つからである。
しかし、最も成 功している企業でさえ、企業文化を維持す
ることの難しさを指 摘する。3M のパレンスキー氏は、
「企業
文化を 作り上げることは、何十 年間にもわたってレンガを 1
つず つ 積み重 ねていくようなも のだ。一貫 性と粘り強 さが
必要であり、トップダウン的な意思の強さと同時に、裏方や現
場での励ましやサポートも必要である。また、企業文化は脆
い。長年 積み上げ てきたものをあっという間に失うことだっ
てありうる」
R&D 支出を、製品、市場ポジション、収益の成果に結びつけ
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Booz & Company
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特集 ◎ イノベーション戦略
グローバル・イノベーション1000
日本企業
にとっての
チャレンジ
著者:富永 和利
ブーズ・アンド・カンパニーでは研究開発支出が大きい世界
企業を対象にしたグローバル・イノベーション 1000 調査を実
たされることがめずらしくなくなった。海外、とくに中国や韓
国などの競合の台頭に対して、自ら鼓舞するように「技術力」
施しているが、2010 年度 決 算をもとにした今回の調査 結果
「品質」
「 ものづくり」を強調する企業は多い。新たな要素技術
から、イノベーションに関する2 つの重要な経営課題が提起さ
や製 造 技 術で 世界と戦っていく志を意 味するものと思われ
れた。ひとつは、イノベーションの方向性が 事 業戦略と企業
るが、そのイノベーションの方向性はその企業がとるべき事
文化それぞれに整合しているか否かが問われるという点であ
業戦略と合っているのだろうか。そして、その企業の 研究開
る。個別のテーマがばらばらに走るのではなく、整合性が 高
発 組 織に根づいている文化は、これから目指すべきイノベー
ければ高いほど、収益や企業価値が持続的に拡大可能になる
ションに馴染むものだろうか。
ためである。もうひとつは、3 つのイノベーション流派
(ニーズ
また、3 つの流派に関して見ると、自動車や家電、電子機器
探求派、テクノロジー主導派、市場観察派)に分類できるが、
など漸進的な技 術や機能の進歩を強みとしてきた日本の 企
その流 派間で優 位性の 差 がありそうな点である。どの流 派
業の多くは、市場観察派であると言える。市場の動向をじっ
にも良し悪しはあるものの、相対的にはニーズ探求派がイノ
くり見据えたうえで、品質とコストとスピードで参入して顧客
ベーションの整合性が高く、パフォーマンスも際立っている。
を奪う。しかし、同じ流派に属する韓国、台湾、中国の新興企
この 2 つの課題は、日本の企業にとっても示唆に富むもの
業が急激に追い上げてきており、家電や液晶のような領域で
である。近 年 の 新興市場 の成 長に牽引されるグローバ ル 競
はすでに日本企業を追い越している。こうしたグローバル競
争において、多くの製造・ハイテク産業の日本企業が劣勢に立
争に生き残るために、日本企業の多くはイノベーション流派
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
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富永 和利
(とみなが かずとし)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィスの
パートナー。自動車、自動車部品、機械、エ
ネルギーの分野において、企業戦略・マー
ケティング戦略の策定、オペレーション改
善などの経験を有する。日本における自
動車/製造業プラクティスのリーダー。
の転 換 期を迎 えているのではないだろうか。とくに、ニーズ
製造やハイテク企業を、消費財・生産財にかかわらずひとつに
探求派のもつ優位性から学ぶべきことがあるはずだ。
くくり、
「日本㈱」と称する。図表1は、日本㈱のイノベーション
が事業戦略
(横軸)と企業文化
(縦軸)に整合しているかどうか
課題提起①
を表している。左下は、研究開発と事業戦略のベクトルが合っ
イノベーションの整合性
ておらず、企業 文化も研究開発をうまくサポートできていな
い状態を表す。逆に、右上は両軸で整合性がとれている望ま
本稿では極端な単純化ではあるが、日本のあらゆる産業の
しい状態である。左上と右下は、いずれかの軸で整合してい
図表1 : イノベーションと事業戦略・企業文化との整合性
日本企業と全体平均
高
44
50
イノベーションと企業文化
20
9
全体
日本
27
全体
日本
20
20
全体
日本
10
低
全体
日本
低
高
イノベーションと事業戦略
注 1 :各社のイノベーション担当幹部インタビュー
での自己評価に基づく
全体(2軸)の整合性 ■高 ■中 ■低
注 2 :日本企業は限定サンプルベースのため、
あくまでも参考値として示している
出所:グローバル・イノベーション1000調査
3.0
20
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
3.5
特集 ◎ イノベーション戦略
図表 2 : イノベーションで重視する戦略目標
0.0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
優れた製品性能
優れた製品品質
現地市場に合わせた製品のカスタマイズ
世界企業が重視
製品・サービス全体組合せの競合優位性
低コスト製品の開発
日本企業が重視
グローバル製品
スピード・トゥ・マーケット
(迅速な市場投入)
ブレークスルー的な製品数
■全体
新製品の成功率
■日本
注 :日本企業は限定サンプルベースのため、あくまでも参考値として示している
出所:グローバル・イノベーション1000調査
ない状態を示す。
イノベーションと事業戦略の整合性
世界企業の平均と比べると、日本㈱の状況は良好である。
まず、イノベーションと事 業戦 略 の 整合 性に関してみてみ
イノベーションと事業戦略の整合(横軸)は世界平均以 上で、
ると、日本 ㈱がイノベーションで重 視する戦略 のポイントは
文化との整合(縦軸)も同様である。整合がとれていない左下
3.0
世界平均とはずいぶん異なっている(図表 2 参照)。日本㈱は
をみてみると、世界企業では 3 割もいるのに対して、日本㈱は
「優れた製品性能」
「グローバル製品」
「ブレークスルー的な
1割程度に収まっている。これだけをみると万々歳だが、気に
製品数」に重きをおく。解釈すると、日本㈱は搭載する機能の
なることがある。日本㈱のイノベーションの整合性が高いの
数や単品性能の高さをコツコツと追求して、ひとつの製品で
であれば、業績も世界平均より高いはずだ。しかし、近年の日
広い 地 域の顧客ニーズを満たすことを目指している。また、
本の製造企業は、同業の海外大手より収益 性や ROE が低い
顧 客にとって本当に意 味 があるか 否かとは関 係なく、
「世界
といわれている。なにか、矛盾しているように思える。もしか
初」や「業界初」を標榜できる小さなブレークスルーを数多く
すると、日本㈱は自分たちの整合性を過大評価しているので
出すことを是としている。日本でより良い製品を漸進的に開
はないか。たとえば、市場がグローバル化する中で事業戦略
発し、後 追い参入でもシェアを奪う競 争戦略を繰り返してき
そのものを変えていかなければならないのに、古い戦略にこ
た日本㈱の特徴といえる。
だわり続け、それと今の研究開発のやり方とが合っていると
対照的に、世界の企業は「現地市場に合わせた製品のカス
感じているだけかもしれない。また、古いままの研究開発と
タマイズ」
「 製品・サービス全体組合せの競合優位性」
「 低コス
旧態依 然 の 企 業 文化 が合 致してい る状 態に、安心してい る
ト製品の開発」を重視する。これも端的に解釈すると、BRIC
だけかもしれない。
や VISTA など新興市場の立ち上がりで需要地 域の数が一 気
に増えたため、異なる地域ニーズに合わせた製品の多面的な
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3.5
図表 3 : イノベーションで重視する企業文化の特徴
0.0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
顧客価値最大化へのこだわり
製品・サービスへの情熱とプライド
技術者を尊敬する風土
日本企業が重視
世界企業が重視
外部からのアイデアに対するオープン性
機能・地域を跨るコラボレーション
個人単位のアカウンタビリティ
■全体
■日本
イノベーションの失敗に対する許容度
注 :日本企業は限定サンプルベースのため、あくまでも参考値として示している
出所:グローバル・イノベーション1000調査
研究開発に重きをおいていることを示す。また、台頭する新
チームに伝わらず、発想転換にまで至らなかったのかもしれ
興 競 合 企業の一歩先を行くため、製品の 性能や機能 開発だ
ない。今の日本㈱では、本来必要とされる事業戦略とイノベー
けに頼るのではなく、サービスも含めた事業モデルの総合的
ションとのベクトルが実は合っておらず、なおかつそのズレに
なイノベーションを追求している。そして、新興国需要の経済
気づいてさえいないという問題が起きているのではないだろ
性を睨んだ低コスト製品の研究開発にも腐心している。これ
うか。
らが、グローバル市場がもたらしたニーズの多様 化と新たな
3.0
競 合の 脅威に向き合う多くの世界企 業にみられる特 徴であ
イノベーションと企業文化の整合性
り、日本㈱とは考え方が違うようである。
日本㈱と世界企業の差は、イノベーションで重視する企業
これらの 差をみると日本 ㈱ の 研 究 開 発 の 発 想は、新たな
文化にも表れる(図表 3 参照)。顧客価値へのこだわりや製品
グローバル競争が起こる前のレベルにとどまっているように
への情熱とプライドなどの重要性はさほど変わらないが、日
みえる。つまり、旧来の事業戦略に照らし合わせているので、
本㈱は「技術者を尊敬する風土」と「機能・地域を跨るコラボ
イノベーションとの 整合がとれていると思えるのである。し
レーション」に重きをおく。高性能製品を数多く出し続ける
かし、グローバル市場では、日本人が日本で「機能性至上の画
ために、技術者を敬い、励ます風土が根づくことは自然であ
一的製品を世界初」で開発しても、多種多様な地域市場の顧
る。また、日本の組立メーカーに多くみられるように、高機能
客ニーズを満たせないどころか、ほぼ同品質の製品を安く作
な部品やシステムを緻密にすり合わせて短期間にグローバル
ることのできる新興競合に顧客を奪われてしまう。消費財で
製品を市場投入するためには、設計・調達・生産が地域を跨っ
は携 帯 電 話から白物家電まで、生 産 財では鉄 鋼から計 測 機
て協業して技術課題を多面的に解決することが重要になる。
器まで、さまざまな製品市場で日本㈱が苦戦を強いられてき
自動車、精密機器、小型家電等の分野で日本㈱が得意として
たのも、この「整合性の思い込み」によって戦略転換が遅れた
きたお家芸であるが、あうんの呼吸感のような文化的な力が
ことが要因のひとつではなかっただろうか。仮に経営陣が事
求められる。欧米競合が長年摸倣に苦労したものである。
業戦略の転換を図ろうとしたとしても、その意図が研究開発
一方、世界企業は、日本㈱よりも「外部からのアイデアに対
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3.5
特集 ◎ イノベーション戦略
するオープン性」を大切にする。グローバル化で需要と競合
イノベーションのあり方を見つめ直す
が急激に増えると、もはや自社で創造できる技術や製品だけ
日本㈱の平均像としての話とは別に、個別企業ごとに見て
では間に合わない。製品・サービスを合わせた総合的なイノ
いけば、本当に整合性があり、今のままでも世界企業と伍し
ベーションで競争優位性を築くという戦略においては、個々
ていける日本の企業もあるだろう。一方で、日本㈱を代 表す
の技術を外から調達することをいとわない。付加価値の源泉
る企 業には、グローバ ル 化に応 えるために事 業 戦 略を転 換
がコア技術や製品性能そのものだけに依存せず、外のアイデ
し、研究開発の目標感も、その実現を支える企業文化も、共に
アを探し出し、取り入れて使いこなす力にあるからだ。典 型
変えていかなければならないところもあるはずである。そう
例として挙げられるアップル の iPod や iPhone をみても、外
しなければ、企業のパフォーマンスは伴わない。むろん、長年
部調達によるデバイスのインターフェイス技術や高機能プロ
培った研究開 発 や 企 業 文化 のあり方はそう簡単に変えられ
セッサーに競争力が依存しているわけではない。コンテンツ
るものではないが、旧来のまま整合性があると思い込んでい
配信事業スキームやアプリ開発網の事業モデルを含めたイノ
ると手遅 れになってしまう。本当にイノベーションの 整合 性
ベーションに競争 優位がある。また、各地 域の顧客ニーズに
が高いのか、低いのであれば何をどのように変えるべきなの
合わせた製品を産むためには、現地ならではの技術を現地で
か、日本の企業はいまいちど自己診断すべきである。
獲り込む姿勢も必要である。
日本 ㈱ が大 切にする技 術 者 の尊 重やコラボレーションの
文化は、日本㈱の良さでもあり、時代が変わったからといって
課題提起②
イノベーション流派の進化
軽視されるべきものではない。実際、自動車や航空機、産業
機 器など、高度で複雑な工 業 製品の開発や生 産技 術におけ
グローバ ル・イノベーション 1000 では、企業を 3 つのイノ
るすり合わせの重要性は不変であり、日本㈱の協業文化は強
ベーション流派(ニーズ探求派、テクノロジー主導派、市場観
みであり続ける。また、炭素繊維等の高機能素材技術や冷間
察派)に分類している。どの流派にも良し悪しがあるが、3 つの
鍛造などの塑性加工技術の分野のように、内製の製法技術に
うちニーズ探求派におけるイノベーションの整合性が高いと
こだわるからこそグローバル市場で優位性をもつという例も
いう傾向にある(図表 4 参照)。世界平均よりはるかに高い7
数多くある。しかし、先述のとおり、日本㈱のイノベーション
割以上が、事業戦略と研究開発と企業文化が三位一体になっ
と事 業 戦 略は変わらなければ ならない局面にある。内部 の
ているという。ゆえに、ニーズ探求派の価値創造 力も強い傾
技術者を尊重しすぎると「世界のどこでも通用する(はずの)
向にある
(図表 5 参照)。
多機能製品」を追い求め、結局は日本人にしか受けない「ガ
ラパゴス製品」になってしまう。従来型のクローズド(閉鎖的・
イノベーション流派の優位性
内向き)な企業文化のままでは、これから必要となるイノベー
ニーズ探 求派は、まず顧客が求めることを捉 え、誰よりも
ション活動を支えられなくなるかもしれないと認識すべきで
先に技術で具現化してニーズを満たし、その意義を大切にす
あろう。
る企 業 文化で 価 値 を創 造し 続 ける。至 極 あたり前のことだ
が、新たなグローバル競争という環境でやることは難しく、だ
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からこそニーズ探求派が際立つのかもしれない。日本企業の
狙い、そこから潜在ニーズを掘り出して事業を創り、技術ドリ
なかでこの流派に近いところがあるとしたら、建機のコマツ、
ブンの企業文化で実行を支える。最近の技術変革とビジネス
ベアリングの THK、制御の SMCやキーエンス、空調のダイキン
の広がりがみられる環境や通信、ITの分野には、テクノロジー
などが挙げられる。
主導派の立役者が多くいる。日本企業の場合、たとえば東レ、
テクノロジー主導派も、価値創造力ではニーズ探求派に次ぐ
JSR、日東電工、イビデンなど、高機能素材の領域でみられる。
(図表 5 参照)。技 術先行に賭けて破壊的なイノベーションを
市 場 観 察 派は、3 つ の 流 派 の 中で 最も価 値 創 造 力が弱い
図表 4 : イノベーションと事業戦略・企業文化との整合性
ニーズ探求派と全体平均
高
74
44
イノベーションと企業文化
9
全体
3
ニーズ探求派
全体
27
20
10
ニーズ探求派
13
低
全体
ニーズ探求派
全体
ニーズ探求派
低
高
イノベーションと事業戦略
全体(2軸)の整合性 ■高 ■中 ■低
出所:グローバル・イノベーション1000調査
3.0
24
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3.5
特集 ◎ イノベーション戦略
図表 5 : 企業価値の上昇率指数
( 5ヵ年 CAGR )
60
55
51
50
46
40
0
テクノロジー
主導派
市場
観察派
ニーズ
探求派
出所:グローバル・イノベーション1000調査
(図表 5 参照)。顧客や競 合の動きをじっくり観 察し、時が 熟
しつつ、さらに良く・さらに安くできる力をつけている。また、
すとより良い・より安い 製品で 素 早く市場参入してシェアを
新興競合の研究開発投資がこの傾向を加速させる(図表 6 参
奪う。先行者利益を獲るやり方ではないため、他流派より価
照)。研究開発費の規模自体と企業の業績が相関しないこと
値創造力は劣後するが、投資リスクが低いために確実性は高
は、グローバル・イノベーション 1000 で繰り返し説いてきた。
い。歴史的に、日本企業の大多数はこの流派に属してきたと
そうは 言っても、研 究 開 発 の 資 金 力と人材 力で圧 倒される
いえる。今年の調査で「最も革新的な企業 10 社」にランクイ
と、日本企業は瞬く間に追い越される。実際、韓国のサムスン
ンした唯一の日本企業、トヨタが典型例である。ハイブリッ
や中国の華 為 技 術のような新興 競 合は、すでに市場 観察派
ド 車 で 市 場 一 番 乗りしたイメージ からテクノロジー 主 導 派
からテクノロジー主導派へ変化しつつある。
3.0
とみられがちだが、もともとは市場 観察派であった。トヨタ
市場観察派の日本企業がこの状況から脱するためには、イ
の TPS( Toyota Production System)や短期開発手法は、
ノベーションのアプローチを 進化させるしかない。イノベー
QCD( Quality, Cost, Delivery)で優位なクルマをより素早
ションの整合性が高く、価値創造力に長けるニーズ探求派に
く市場投 入できる力であり、市場 観察派のイノベーション力
「転身」することができればベストだが、産業や市場の性質に
を象徴する。自動車だけでなく、日本の電子機器や家電メー
よっては今のままがよいかもしれないし、テクノロジー主導
カーの多くもこの流派である。
派がよいかもしれない。イノベーションの流派を変えること
3.5
は経営戦略や企業文化そのものを変えることと同質であり、
日本の市場観察派とマーケティング力
一部の韓国企業が強烈なトップダウンでそれを実現できたと
日本企業として共通の問題は、グローバル化で台頭してき
しても、クローズドでボトムアップの日本企業には困難かもし
た新興プレイヤーにより、市場観察派同士での競争が極めて
れない。おそらく重要かつ現実的なことは、長期的に目指す
激しくなってきたことである。鉄 鋼や自動車、半 導体や通信
姿を描いたうえで、徐々に他流派の力を身につけていくこと
機器などの産業において、10 年前まで「安かろう、悪かろう」
であろう。多くの産業におけるグローバル 化の潮流やニーズ
とみえていた韓国、台湾、中国の企業の脅威はリアルなもの
探 求 派 の 優 位性を踏まえると、今 の日本 の市場 観 察 派に必
になった。彼らは、日本や欧米の市場観察派のやり方を踏襲
要なイノベーションの進化は純 粋な技 術力の強化ではなく、
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
25
図表 6 : 研究開発費の上位 20 社予想
既存企業をベースとしたシナリオ・シミュレーション
2010
2015
2020
2025
2030
2035
2040
1
Roche
Roche
Microsoft
Microsoft
Huawei
Huawei
Huawei
2
Microsoft
Microsoft
Roche
Roche
Microsoft
PetroChina
PetroChina
3
Nokia
Nokia
Nokia
Huawei
PetroChina
Microsoft
Microsoft
4
Toyota
Pfizer
Pfizer
Pfizer
Roche
Roche
ZTE Corp
5
Pfizer
Toyota
Novartis
Nokia
Pfizer
Pfizer
Pfizer
6
Novartis
Novartis
Johnson & Johnson
Johnson & Johnson
Nokia
Nokia
Roche
7
Johnson & Johnson
Johnson & Johnson
Toyota
Novartis
Johnson & Johnson
Johnson & Johnson
China Rail Const.
8
Sanofi-Aventis
Sanofi-Aventis
Sanofi-Aventis
Samsung
Novartis
ZTE Corp
Johnson & Johnson
9
GlaxoSmithKline
GlaxoSmithKline
Samsung
Sanofi-Aventis
Samsung
Novartis
Nokia
10
Samsung
Samsung
GlaxoSmithKline
Toyota
Sanofi-Aventis
Samsung
Samsung
11
GM
GM
GM
GlaxoSmithKline
GM
GM
Novartis
12
IBM
IBM
IBM
PetroChina
GlaxoSmithKline
GlaxoSmithKline
GM
13
Intel
Intel
Intel
GM
IBM
China Rail Const.
IBM
14
Merck
Merck
Merck
IBM
Intel
IBM
GlaxoSmithKline
15
Volkswagen
Volkswagen
Huawei
Intel
Merck
Sanofi-Aventis
Intel
16
Siemens
Siemens
Cisco
Merck
Toyota
Intel
Merck
17
Cisco
Cisco
Volkswagen
Cisco
Cisco
Merck
Sanofi-Aventis
18
Panasonic
Panasonic
Siemens
Ford
ZTE Corp
Cisco
China Petro & Chem
19
Honda
Ford
Ford
Volkswagen
Ford
Toyota
Cisco
20
Ford
Honda
Panasonic
Siemens
Volkswagen
Ford
Ford
■日本企業 ■新興国企業
出所:グローバル・イノベーション1000調査
3.0
3.5
ニーズ探求派が持つ「マーケティング力」を体得することでは
につけていくべきであろう。日本の市場観察派の企業がニー
ないだろうか。
ズ探求派のマーケティング力を(一部でも)体得し、持ち前の
市場観察派は、文字通り顧客を観察し、競合に素早く追随
QCD や素早い開発 力と融合すれば、新興 競 合と伍していけ
する力を持っている。しかし、先まわって顧客のニーズを汲み
るのではないか。
取り、それを独自の技術・製品につなげる力は不足している。
前者はマーケットリサーチ力であり、後者が マーケティング
マーケティング力を身につける
力である。マーケティング力は消費財のみならず、顧客との直
マーケティング力を習得するといっても、ハードルは多い。
接 の 接 点でニーズを 理 解 できる生 産 財企 業にとっても重 要
日本の企業では往々にしてマーケティングと技術との溝が深
な能 力である。ニーズ探 求 派は、このマーケティング力と技
い。2 つの 部門間で人材ローテーションやキャリアパスが 行
術力がうまく融合されているから強いといえる。市場観察派
われないばかりか、機能サイロがあって然るべきと考える風
が進化を目指すならば、このマーケティング力を学習して身
潮も強い。また、そもそも「マーケティングは営業の一部」と
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Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
特集 ◎ イノベーション戦略
混同している企業も少なくない。マーケティング機能があっ
を高めればよいかを考えられる。もし、市場観察派から進化
ても、技 術や製品 開発に対する発言 権や意 思 決 定 権を持た
しなければならないと危機感を抱くのであれば、ニーズ探求
ず、開発された商品を受け入れ、それを売り込む役割しか持っ
派 の 持つマー ケティングと研 究 開 発 の 融 合などの 特 徴を学
ていない場合が多い。さらに、マーケティングの権限を日本
び、よいところを積極的に取り入れるべきである。そうして、
に集中させてしまうために、グローバル各地が顧客と接する
グローバル市場で世界企業と伍すこと力をつけていく。これ
機動力を持てず、結果的に不完全な情報で研究開発とやりと
らが、今の日本の企業に求められるイノベーションの変革で
りするようなケースもある。市場 観 察 派 がイノベーションの
はないだろうか。
あり方を進化させるには、このような構造的な課題を解決す
ることが求められる。大切なことは、研究開発や技術という
狭義のイノベーション変革にとらわれず、マーケティング力を
含めた広い意味での進化を目指すことである。
グローバル市場で世界企業と戦う
グローバル競争がますます激しくなる中、日本の企業は自
社が目指している事 業戦 略に対して、イノベーションの方向
性が合っているのか、それと企業文化がマッチしているのか、
いまいちど見つめ直 す 節目にある。
「 ウチは技 術 の 会 社。皆
もそれをよく理解して今の文化があるし、それがウチの事業
戦略を推し進める」と言い切るほどに自信とプライドを持つ
ことは美徳ではあるが、井の中の蛙になってしまっていない
かと、できるだけ客観的な眼でイノベーションの整合性を自
己評価すべきである。もし今後とも整合していけると判断で
きるのであれば、より強固なものにするためには何をすれば
よいかを考えることになる。もし整合しないところが見えて
くれば、何をどのように変えるべきか、イノベーションのあり
方を変える議 論が 初めてできる。そして、経営として変 革の
手を打てる。
また、整合性に加えて、自分達がどのイノベーション流派な
のかも自己診断すべきである。もし、これまでの流派を踏襲
しても勝ち残れると判断するのであれば、どのように戦闘力
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27
グローバル・イノベーション1000
2004-2010:
7年間を
俯瞰する
著者:長原 巨樹
ブーズ・アンド・カンパニーが毎年実施しているグローバル・
たのが 2003 年である。2004 年は新興国の本 格的な成長 が
イノベーション 1000 は、2011年に実施した調査で 7 年目を迎
始まりつつあり、とは言いながらも今日のような注目を受け
えた。そこで本稿では過去 7 回の調査結果を俯瞰して、グロー
始める前夜だったといえる。
バル大手企業におけるイノベーションをめぐる課題とそれに
この調査を立ち上げた背景となる問題 意 識を一言で言え
対する取り組みの流れを振り返ってみたい。
ば「イノベーションという高度に知的な目標を企業が達 成し
てゆくためには、何が重要なのか」という問いに答えること
過去7年間のハイライト
である。我々は手始めに、世界の大手企業の中でもイノベー
第1回 2004 年
業 1000 社を抽出し、その研究開発投資の金額と事業の財務
イノベーションは
的パフォーマンスに相関を見出そうとした。結果は予想以上
研究開発投資への「投資額」の問題ではない
にひどいものだった。研究開発投資額と事業のパフォーマン
ションに熱心な、つまり多額の研究開発投資を行っている企
スの相関は弱いどころではなく、まったくなかった(図表1参
グローバル・イノベーション 1000 の第1回調査は 2005 年に
照)。研究開発費のレベル
(対売上高比率)と売上、利益、企業
実施された。調査対象となった 2004 年といえば、2001年の
価値、総株主利回りなどの伸びをどういう時間軸でとってみ
(ドットコムバブル)崩壊から 3 年経ち、世界経済は再
ITバブル
ても相関がなかったのだ。言われてみれば当たり前にも聞こ
び成長軌 道に乗っていた時期だ。BRIC という言葉が生まれ
えることだが、このことはもう一度強調すべきである。研究開
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Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
特集 ◎ イノベーション戦略
長原 巨樹
(ながはら おおき)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィスの
プリンシパル。自動車・自動車部品を始め
とした製造業を中心に、事業戦略、マーケ
ティング戦略、事業再生などを手がける。
8 年にわたる戦略コンサルティングの経験
を有する。ブーズ・アンド・カンパニーの自
動車/製造業プラクティスのメンバー。
図表1 : R&D 費と業績は関係しない( 2004 年)
140%
120%
y=0.0116x + 0.0832
R2 =0.0079
売上高成長率(%)
100%
80%
60%
40%
20%
0%
-20%
1
2
-40%
-60%
3
4
5
6
対売上高R&D費比率のレベル
-80%
出所:ブーズ・アレン・ハミルトン
発を強化することと、予算を増額することが同一であるかの
津製作所などの日本勢、加えて ASUS 、サムスン電子、テバと
ように語られることが多いからである。研究開発費を増やす
いったその他地域の企業である。
ことと、結果につなげることの間には深い溝がある。
ではこれら高 効 率 イノベー ター 企 業に共 通するモデル は
それならば研究開発 投 資を業 績につなげるために必要な
存 在 するのであろうか。少なくとも 共 通して 言えることは、
ことは何か、という本質的な問いを深めていく作業もここから
これらの企業は研究開発というテーマに限 定せず、バリュー
始まった。
チェーンをまたいで全社で統合的に能力を上げることに意を
注いでいることである。イノベーションを一 連のプロセスと
第 2 回 2005 年
して捉えると、アイデア創出、プロジェクト選定、製品開発、商
バリューチェーンを跨いだ能力開発
業化の 4つで構成すると考えることができる。高効率イノベー
ター企業はいずれも 4 つのすべてのプロセスで強力な能力を
第 2 回調 査では、イノベーションにおいて優れている企 業
構築していることがわかった。
を特定し、深掘りすることに重点をおいた。研究開発費比率
を業 界平均以下に抑えつつ、過去 5 年間にわたり安定して競
第 3 回 2006 年
合を上回る業 績をあげ ていたのは 1000 社中 94 社であった。
イノベーション戦略への 3 つの流派
これら「高効率イノベーター企業」はアップル、デル、キャタピ
ラー、アディダスといった欧米勢に加え、コマツ、日本電産、島
前年に引き続き、
「高効率イノベーター企業」の研究を深め
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M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 9 2 0 1 2 S p r i n g
29
た第 3 回調査のハイライトは、顧客中心主義をベースとする 3
市場観察派
つのイノベーション戦略の流派
(パターン)の発見であった。
市 場と 競 合を 注 意 深く観 察しな がら、少しず つ自社を 変
化させることによって顧客提供価値を生み出す、慎重なアプ
ニーズ探求派
ローチである。ヘッドフォンを製造するプラントロニクス社の
新たな商品、サービスやプロセスを形成するうえで、既存お
例が挙げられる。この企業も開発プロセスを厳密に運用して
よび潜在的な顧客と積極的に関与している。また、新しい商
いるが、ニーズ探求派と比べると、プロセスの下流により重き
品を市場に出す最初の企業になることを目指している。電動
を置いている。
ノコギリを製造するブラック・アンド・デッカー社のデウォル
「我々はプロであろうが一般消費者であろうが豊富な顧客
ト部門(業者向け電動具部門)の話がわかりやすい例だろう。
データを持っています。顧客調査からターゲットとする顧客
「 1990 年代初めに市場で 最も売れていた電 動ノコギリの 価
セグメントを定め、顧客が何を求めているのか理 解します」。
格は 199ドルで、どれも10 インチの刃がついていました。社員
そして、厳密な新製品評価プログラムに沿って開発・商品化を
が作 業現 場に出向いて調べてみると、そのノコギリの刃は、
進める。
「 投資回収率の見込みや販売予測など、開発中の製品
大きな木材の半分までしか届かないのです。だから16フィー
を評価する指 標はたくさんあります。それらを利用すること
トのくり型を一旦窓の外へ出して、ひっくり返して中に入れ、
で何を市場に出すべきか合理的な判断をすることができます。
そして残りの部分を切るといった作業が必要でした。我々は
指標が多ければ多いほどさらに細かく評価することが可能に
ノコギリの刃を 12インチにし、これまでとまったく異なる大
なり、より良い商品を作ることができるのです」
きなノコギリを作 ればその 作 業が 一度 で 済むことに気づき
ました。そこで 12インチの電 動ノコギリを作って 399ドルで
テクノロジー主導派
販売を始めたところ、これが売れ行きナンバーワンとなり、大
自 社 技 術 の 改 良やブレ ー クス ル ー を 狙って研 究 開 発 を
きな利益を生み、今日に至っているのです」
行っており、顧客の潜在的ニーズを掘り起こすことを重視し
こうした 企 業 では顧 客に関する知 見を収 集する仕 組みが
ている。ドイツのシーメンス社がその例の 1つに挙げられる。
整備されている。デウォルトでは開発プロジェクトに「ステー
シーメンス社はコングロマリットであり、各事業ライン(医療
ジゲート方 式 」が 採 用され、定 義された 成 果 物を必ず 提 出
機器、電子機器、発電機等)にそれぞれイノベーションおよび
して承 認を 得 ることが 求められる。
「 放って置くと開 発 スケ
商品開発チームが設けられている。その一方で、シーメンス・
ジュールを勝 手に短縮してしまいがちになるものです。しか
コーポレート・テクノロジーと呼ばれる組 織がさらに上部に
し途中のステップを省略することで、最終段階における問題
存 在しており、同社の 研究開発 予算の 5% ほどを使って長 期
解決に時間をとられ、結局は当初の予定よりも長くかかって
的・学際的な研究を行っている。たとえば都市化、人口構造
しまうことになるのです」とデウォルトのマネジメントは説明
の変化、セキュリティやモビリティ、環境保護ニーズの高まり
している。
といったものである。各事 業ラインがより短 期的なテクノロ
ジー・ロードマップを策定するのに対し、コーポレート・テクノ
ロジーは長 期 動 向の 研 究に基づき各事 業ラインのイノベー
30
Booz & Company
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特集 ◎ イノベーション戦略
ション・ポートフォリオを導く役割を果たしている。こうしたイ
達している。
ノベーションの取り組みの結果、同社の中でも技術面で市場
こうした企業の動機は、コスト削減のみならず知的人材確
をリードしている事業はとりわけ業績が高いことがわかって
保、市場理 解力の強化が挙げられる。たとえば HP の研究組
いる。
織である HP ラボの経営陣は「人材がすべてと考える HP ラボ
では、つねにベスト・マインドを揃えることを追求します。優
これら 3 つのイノベーションへ のアプローチは一 般 論とし
秀な PhD人材を確保するために、我々は優良大学がある地域
て優劣があるわけではない。それぞれを達成するために必要
に進出するのです」と明言している。また自動車部品メーカー
な能力は異なる( 2009 年の調査結果 参照)。したがって、個
のビステオンでは「中国とインドでは乗用車、とくに大きなクル
別の企業にどれが最もフィットするのかは競争環境だけでな
マを所有する人の多くはお抱え運転手を雇い、自分は後部座
く、自社の戦略と能力も踏まえて決める必要がある。
席に座ります。このため、オーディオやエアコンは後 部座 席
からもコントロ ールで きるように 設 計しな け れ ば なりませ
第 4 回 2007 年
ん。これは中国やインドで現地のエンジニアと一緒に考えて
R&D のグローバル化
みて初めて理解できることの一端なのです」と言っている。
第 4 回調査は前年までとは切り口を変えて、研究開発のグ
R&D のグローバル化が業績に与える影響
ローバル化に焦点を当てた。背景は言うまでもなく新興国の
R&D の グ ロ ーバ ル 化 度 合 い の 高 い 企 業 の ほうが 業 績も
経済成長である。以下の 2 つの論点について考察を行った。
よいことが確認された(図表 2 参照)。たとえば、売上以上に
1. 多国籍企業は R&D のグローバル化をどれだけ進めている
R&D をグローバル化する企業、つまり R&D 海外比率が売上
のか。
2. R&D のグローバル化は企業の業績に影響を及ぼすのか。
高海外比率を上回る企業は資本市場からの評価を得て、時価
総額の伸びが他社にくらべて 5 割以 上も高い。ただし、R&D
のグローバ ル 化を進めれば 業 績が上がるというほど単 純 な
R&D のグローバル化進捗
ことではない。過去の調査でも見られたように、企業戦略や
研究開発費支出でみた大手約 200 社
(グローバル・イノベー
それを実 行する仕 組みとの 整合 性 がとれてはじめて 効 果を
ション1000対象のうち、研究開発費総額の7 割に該当)につい
発揮する。技術開発の統制、拠点ごとの人材育成、拠点をつな
て地 域 別の 研究開発費配 分を 分析した 結果、本 社 所在国で
ぐ ITインフラやコミュニケーションプロセスなどが伴わない
の支 出は 45% にとどまった。55% はそれ 以 外 の 地 域へ 投下
と、かえって混乱が多発しかねないからである。
されている。本国以外への研究開発費の投資を「輸出」とい
う言 葉 で表 現するなら、米国 籍 の 企 業が 研究開発 の 最 大の
第 5 回 2008 年
輸出を担っており、結果として米国は最大の「 R&D 純輸出国」
景気後退下のイノベーション
となっている。逆に中国は最 大の
「 R&D 純 輸入国 」となった。
外国 籍 企 業による中国での 研究開 発 費 投 資は 247 億ドルに
2008 年下期に世界経済は激 震に見舞われた。この急激な
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図表 2 :グローバル R&D の業績へのインパクト(2007年)
企業の R&D支出のグローバル化は、その業績に影響を及ぼしうる。
R&D拠点の
グローバル化
R&D支出の
グローバル化度合い
対象地域を絞った
R&Dのグローバル化
新興国への
R&D進出度合い
新興国でのR&D支出が限定的な
企業業績=100
R&Dの60%以上を本国外に
展開する企業は、
自国中心の
他社の業績を上回る傾向に
ある。
グローバルR&D支出比率が
海外売上比率よりも
高い企業は、
他社より優れた
業績を上げる。
グローバルR&D拠点が
地域的に集約された企業は、
分散型企業よりも業績が
高い傾向にある。
自国中心R&Dの企業業績=100
グローバルR&D支出比率 <
海外売上比率の企業業績=100
分散型の企業業績=100
R&D支出全体の10%以上を
中国やインドなどの新興国に
投じる企業は、
他社より優れた
業績を上げる。
165
150
140
120 120
130
120
110 110
130 130
140
125
125
110
100
100
売上高
時価総額
総株主利益
粗利益
時価総額
総株主利益
営業利益率
ROA
時価総額
総株主利益
営業利益率
ROA
時価総額
総株主利益
営業利益率
注 :グローバル・イノベーション1000社のうち、R&D支出総額の71%を占める上位184社の2005年∼2007年業績平均(粗利益、時価総額増加、営業利益率、総資産利益率、総株主利益)に基づく
出所:ブーズ・アンド・カンパニー分析
環 境 変 化に対して企 業 が 研 究 開 発 面でどのように対応した
• 研究開発費を維持する理由は主に 3 つある。イノベーショ
のかが、第 5 回調査の焦 点となった。本調査では 2008 年の 1
ンは企業戦略の要であること、典型的な製品開発サイクル
年間を通じての研究開発費を調査しているので、必ずしも景
は一時的な景気後退よりも長い時間軸であること、経営基
気後退の影響を十分に受けている前提ではないが、それでも
盤が強い企業ほど景 気後 退 期は競 合を引き離すチャンス
調査 対象1000 社の研究開発費は対前年で 5.7% の伸びを示
と捉えていること、である。
した。売上は 6.5%伸びたものの、営業利益は 8.6% 減少した
• とは 言 い ながらも、インタビューした 経営 幹 部全 員 が 研
ことを考えると、イノベーションを重 視する経営幹部の姿 勢
究開 発 投 資の 効率を上げる「賢 い 使い方」を 追 求してい
が明確になっていると言えよう。
る。たとえば、アンケート回答 者の 4 割以 上は景 気後 退を
さらなる経営 幹 部 へ のアンケートや 個 別インタビュー の
機に無 駄な研究開発投 資を抑えるプロセス改善に取り組
結果、以下のようなことがわかった。
み、
「 悪いプロジェクト」にうまく見切りをつけられるように
なったと答えている。また、やはり4 割超が、成長ポテンシャ
32
Booz & Company
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特集 ◎ イノベーション戦略
図表 3 : 戦略「流派」別に重要となる能力( 2009 年)
各イノベーション戦略「流派」における業績上位企業は、共通のイノベーション・ケイパビリティを持つと共に、それぞれの「流派」特有の能力を重要視する。
重要なケイパビリティの
カテゴリー
アイデア創出
プロジェクト選定
商品開発
商業化
市場観察派
必要資源の
マネジメント
サプライヤーとの
協業
市場潜在力の
評価
共通
新技術に対する全般的な理解
ニーズ探求派
消費者と顧客に関する幅広い洞察力
消費者/顧客に関する
直接的な洞察
的確な意思決定
顧客接点・関与
全社的な立ち上げ
製品プラットフォームマネジメント
オープンイノベーション
パイロット・ユーザー選択/
市場投入マネジメント
技術的リスクの評価
テクノロジー主導派
新技術・トレンドの
深い理解
製品ライフサイクル
マネジメント
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
ルを 特 定 で きる新製 品 開 発にシフトしてい ると答えてい
費 5.4% 減少、設備投資 17.5% 減少であったので、むしろ研究
る。景 気後退が企業におけるイノベーションの 仕組み、プ
開発費は相対的により重視されていると言えるだろう。
ロセス、選定基準などの合理化・効率化を促進していると
この年の調査は 3 年前の「 3 つの戦略の流派」の発見を1歩
いうことがわかった。
進めて、それぞれのアプローチを採るために必要なケイパビ
リティは何かということを考察した(図表 3 参照)。
第 6 回 2009 年
3 つの流 派の固有性は本号で紹介している 2010 年の調査
イノベーションに求められるケイパビリティ
結果でも触れられているので、ここでは共通して重要になる
ことをいくつか挙げておく。アイデア創出段階における顧客
深刻な景 気後退で始まった 2009 年は、本調査 始まって以
ニーズの洞察力、プロジェクト選 定段階における市場ポテン
来初めて企業の研究開発投資が減少
(対前年比 -3.5%)した。
シャルの評価、商品開発段階における顧客接点を通じたコン
ただし、対象企業 1000 社の売上は 11% 減少、併せて一般管理
セプト検証、そして商業化段階における市場投入のマネジメ
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33
図表 4 : 最も重要なイノベーション・ケイパビリティ( 2009 年)
今回の調査では、イノベーションにおいて最も重要であると考えるケイパビリティを、イノベーション担当の経営幹部に5点評価でランク付けするよう依頼した。
イノベーション・プロセスの4つの段階において、いくつかの重要なケイパビリティが明らかになった。
アイデア創出
アイデア創出プロセスへのサプライヤーや流通網の関与
独自の市場競争力に関する洞察力
オープンイノベーション
新技術・トレンドに対する深い理解
消費者・顧客に関する洞察力・分析力
プロジェクト選定
戦略的意思決定と移行計画
技術リスクの評価/管理
ポートフォリオのトレードオフ評価と的確な意思決定
プロジェクト資源の予測と計画立案
市場ポテンシャルの継続的評価
商品開発
リバース・エンジニアリング
商品開発におけるサプライヤーとの協業
開発の目標管理
製品プラットフォームマネジメント
実現性を検証するための顧客接点
商業化
多様なユーザー・グループのマネジメント
生産立ち上げ
規制当局/政府との関係管理
グローバル上市
製品ライフサイクルマネジメント
パイロット・ユーザー選択/市場投入マネジメント
平均ランク
0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
3.5
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
ントなどである(図表 4 参照)。とくに商業化段階については
つもあるが(たとえば自動車における環 境 規 制)、共 通して
強 調しておく必 要がある。業 績 が 悪いほうの 25% の 企 業に
みると世界的な景 気後 退および新興国の急 激な発展がイノ
おいて重要なケイパビリティの自己評価をしてもらったとこ
ベーションという課 題により真 剣に取り組ませるドライバー
ろ、市場投入して商業化する段階での強みが殆ど見られない
となってきたと言えるだろう。
からである。商 業化 段 階での能 力の 有 無が 業 績を大きく分
これまで見てきたようにイノベーション投資を成果につな
ける分水嶺の 1つと言える。
げるためには、金額の多寡ではなく、組織横断的に能力を開発
し、顧客を深く理解し、規律をもってプロセスを運用すること
イノベーション投資の成否を分けるもの
が求められる。2010 年の最新調査結果は本号に併せて掲載
されているが、さらにそうした一貫性を生み出すための、企業
これまで 7 年間のトレンドをあらた改めて振り返ると、イノ
文化とのメタレベルでの 整合 性 が必 要という結 果 が出てい
ベーションにインパクトを与えるドライバーは業 界毎にいく
る。言われてみれば当たり前に聞こえる部分もあるだろう。
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特集 ◎ イノベーション戦略
ただ、立ち止まって考える必要がある。たとえば、上記で挙
げた 2009 年の調査結果における「業績が相対的に低い企業
は、商業化段階での能力が低い」という自社評価はイノベー
ション担当の経営幹部による評価である。つまり、研究開発
や商品企画の幹部が、生産、マーケティング、営業といった下
流機能の能力が低いと認識しているわけである。こうした企
業は、実際の各機能の能力以前の問題として、各機能間での
協働体制やそれを支える共通言語、プロセスが分断されてい
ることが多い。
一方、3 つの流派によって重点の濃淡はあるが、優れた業績
をあげている企業は、顧客はもちろんのこと、市場、競合や技
術のトレンドを注視し、それらを最大限取り込んで咀嚼し、製
品を開発し、世に送り出している。つまり、組織がすべての局
面において同じように外を向いて、同じ目的を共 有している
と言える。
事業戦略、イノベーション、企業文化の整合性がとれている
ということは、企業として何を実現しようとしているのか、顧
客にどのような価値を提 供しようとしているのか、つねに経
営陣が社内で言い続け、共通の目的に向かって各機能が協力
し合 い ながら持ち 場 の 責任を果 たしてい る状 態 である。組
織の現場と経営陣の距離、部門間の距離がこうした当たり前
のことをするハードルとなる。これまでに取り上げ てきた仕
組み(たとえばシーメンス・コーポレート・テクノロジーのよう
な組織、ステージゲート方式のプロセス管理)およびその推
進力となる企業文化(たとえば 3M の「相互依存」)はすべて、
本来その企業が限られた資 源と競 争の中で何を実現したい
のか、という共 通の目的の元で構築される。ベクトルを合わ
せる仕組みについて考察をしてきたが、その ベクトルをどこ
に向けるのか、つまり自社は何を目指すのかという問いから
始めてみてはどうだろうか。
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Media Highlights
新刊書籍のご案内
『グローバルで勝てる組織をつくる7つの鍵
著 者:
発 行:
―人材活用の新戦略 』
後藤 将史
東洋経済新報社
日本企業にとってグローバル化はもはや避けて通れない課題だが、さまざまな要因が複雑に関連して
全体像が捉えがたく、具体的なアクションに結びつけることができないでいる企業は数多い。
だが、グローバル化の問題は戦略、そして組織・人材の在り方を大きく進化させる最大の好機でもある。
真にグローバルで勝てる組織をつくるには、単にグローバルで通用する人材を揃えるだけではなく、
彼ら彼女らが活躍できる土壌をつくることが不可欠である。
本書では「7つの鍵」を基軸に日本企業が取り組むべき課題と処方箋を提示する。
序 章
目の前にある構造変化と日本企業の現在位置
第1章 企業理念― 企業理念を血肉にする
組織要件― 組織の3つの機能を設計する
業務プロセスとインフラ― グローバルインテグレーションで筋肉質化する
第4章 人材要件― 現場の人材・人事制度を「見える化」する
第5章 人材マネジメントのプロセスとインフラ― グローバル人材チームを育成する
第2章 第3章 第6章 成長方針、M&A―「マーガニック」戦略で自己成長と買収による成長を使い分ける
第7章 変革のリーダーシップ― 三極リーダーシップを構築する
いま日本企業がやるべきこと
終 章
ブーズ・アンド・カンパニーについて
ブーズ・アンド・カンパニーは、グローバル経営コンサルティング会社として世界のトップ企業、政府及び諸機関にコンサルティング・サービス
を提供しています。当社は、創業者エドウィン・ブーズが1914年に設立した最も歴史のある経営コンサルティング会社であり、現在では
全世界60事務所に3,300人以上のスタッフを擁しています。独自の先見性、業界・機能別の専門性を活かし、クライアント企業との実践的な
取り組みを通じて
「本質的な競争優位」の創出を支援することを使命としています。
経営課題に関するご相談は、
お気軽にこちらまで
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ブーズ・アンド・カンパニー株式会社
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: 03- 6757-8600(代表)
ファクシミリ : 03- 6757-8667
担当
: 須田・濱
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Management
Journal vol.19
マネジメント・ジャーナルは、
経営コンサルティング会社ブーズ・アンド・カンパニーが、
経営戦略についてのさまざまな課題をテーマに、
経営の基幹を担われている皆様に向けて発行する季刊誌です。
ブーズ・アンド・カンパニー株式会社
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