スティーブ・ ジョブズ・ ウェイ 著者:ジョン・カッツェンバック 監訳:吉田 泰博 スティーブ・ジョブズの偉業の数々は、彼が2011年10月に亡く 「これは 君の本だよ。僕は読 みさえしない」と約束してアイ なるかなり前からすでに伝説となっていた。アップルは長らく ザックソンの自由に任せるかたちで(これは彼としては珍し ニッチ・プレーヤーとみなされていたが、世界で最も時価総額 い)、その執筆を託したのだった。 の高い企業になった。 ジョブズのようなレベルの成功を収められれば、どんな経 企業文化の重要性と影響力を重視 営者でも有頂 天になるだろうが、ジョブズのようなリーダー になることを目指 すべきなのだろうか。その前に、まずは彼 アイザックソンは、19 世 紀 半 ばに流行した偉人 論を 地で のマネジメント・スタイルを吟味してみるべきであろう。リー いくように、ジョブズを自身の決断と影響力で世界の潮流を ダーとしてのジョブズは、ダイナミックではあるものの、物議 決める英 雄的なリーダーとして描くこともできたはずだ。ス を醸す存在であり、その成功は天才イノベーターとしてのジョ ティーブ・ジョブズが強情で意思の強いリーダーだったのは確 ブズの才能によるところが大きかった。 かであり、また彼が開発を指示した商品とサービスは、多くの 一般に、傑出したリーダーの多くが残す伝説は、時が経つ 人々の生活のあり方とコンピューター、出版、映画、音楽、携帯 につれて明らかになっていくものだ。ところが我々は、現時点 電話など多くの産業のありかたを一変させてきた。 ですでにジョブズのリーダーシップを驚くほどはっきりと評 しかしそれと同時に、ジョブズのリーダーシップ・スタイルは 価できてしまう。それというのもウォルター・アイザックソン 複雑なものでもあった。彼は物事に打ち込んでいるときには の名著 『スティーブ・ジョブズ』のおかげである。それは、冗長 著しい集中を示し、リスクを伴う行動に出るだけの自信に溢 さや退屈さとはまず無縁の 600 ページにわたる物語だ。ジョ れ、強いカリスマ性をもって、自分の野心の飽くなき追求に大 ブズは、CNN の前 CEOで『タイム』誌編集長も務めたアイザッ 勢の従 業員や顧客を巻き込 んだ。一方、人間関係の面では、 クソンに 5 年にわたってしつこく働きかけ続け(同書に繰り返 未熟なところもあった。短気で強情で、時にはきわめて冷酷に し出てくるように、ジョブズの執 拗さのエピソードは多い)、 物 事 を酷 評した。アイザックソンが 言うように、ジョブズは 24 Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 1 2 0 1 2 A u t u m n 特集 ◎ 戦略思考の原点 ジョン・カッツェンバック ([email protected]) 吉田 泰博(よしだ・やすひろ) ([email protected]) ブーズ・アンド・カンパニーの組織・変革・ ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィスの リーダーシップ・プラクティスのシニア・ シニア・アソシエイト。金融機関・製造業な ヴァイス・プレジデント。ニューヨークにあ どの業界に対し、事業戦略立案、大規模 IT るカッツェンバック・センターのリーダー システムの企画・開発マネジメントなどの も務める。著書に 『インフォーマル組織力』 コンサルティングを数多く経験。システム (税務経理協会)などがある。 エンジニアを経て現職。 「この時代で最も偉大な実業家」になり得たにもかかわらず、 企業文化を作り上げた(アニメ映画界でピクサーが圧倒的な 実際には気まぐれで要求が厳しく、横暴だった。1990 年代に 成功をするとは誰も予見できず、のちにウォルト・ディズニー・ 「サーバントリーダー」 (旧来型の英雄型リーダーではなく、献 カンパニーがヒット作品制作力を確保するためにピクサーを 身的で気配りにたけ、組織を支えるタイプ)が人気を博するよ 買収したが、これによってジョブズはディズニーの最大株主と うになったが、それとはまったくの対極をなしていたのだ。 なった)。 ジョブズの破壊的と思える振る舞いは、時として業績を悪化 ジョブズが他の多くのリーダーよりはるかに優れていた点 させることもあったが、幾度も最高の実績をたたき出すことも は、直感的に企業文化の重要性と影響力を理解していたこと あった。彼の破壊的な言動は、自身が生み出した企業に独創 だろう。 「 優れた製品を作る意欲に満ちた人々がいる息の長い 的で力強い文化を築く効果もあった。彼が出戻ったアップルで 会社、一世代も二世代も経っても際立っている会社」を作り上 は 2 回、その間に関わった NeXTとピクサーにおいても、彼が げるというのが彼のビジョンであり、その達 成の前提となる 戦略的な組織能力を維持するには、企業文化が重要であると ジョブズは認識していたのだ。その真偽を議論するのは難し いが、アップルがそれを成し遂げるかどうかは、時間が経てば わかるだろう。 ジョブズ流リーダーシップの光と陰 リーダーシップに対するジョブズの気まぐれなアプローチ は、魅力的であると同時に困惑も招いてしまう。たとえば、人 との結びつきについてジョブズは移ろいやすい人物であった。 私生活においても仕事においても、彼はあまりにも簡単に人 に入れ込み、冷めたのである。最高の人材を絶えず追い求める ことで、彼は非常に能力の高い組織を作り上げることができ た。しかし一方で、一流プレーヤーにまだなっていない多くの 人物(なることはなかったかもしれない人物も含めて)を見捨 て、彼らが果たしえた貢献を逃してしまってもいた。とはいえ、 ジョブズが今まで見捨ててきた人々の多くが、渋々ながらも彼 の長所に対する敬意を失わずにいたことは、驚くべきことと言 えよう。なかには、人使いの荒さを知っていながら引き返して きた者さえいたのだ。 Illustration by Jack Unruh チ ームワー クに関しては、非 常に 効 果 的 だ が マイナスも Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 1 2 0 1 2 A u t u m n 25 誤った戦略、 市場 または製品に当てはめてしまうと、 彼のような振る舞いは 会社を潰してしまいかねない。 大きい手法を用いた。アップルの共同創立者スティーブ・ウォ ションを行う能力が、彼のぞんざいさを和らげる働きをして ズニアック率いる黎明期の製品開発チーム以降、可能性の限 いたのである。 界を超える成果を上げるよう、ジョブズはつねに発破をかけ てきた。少数の強者はこれに応え、この試練を乗り切る努力 ジョブズの DNA に欠けていたもの から得たプライドをモチベーションに変え、最 優秀の人材へ と登りつめた。しかし、他の多くの者にとっては無用なフラス ジョブズほど製品とデザインの細部に気を配ったリーダー トレーションとなった。このようなリーダーの言動の結果、励 はほとんどいない。彼はつねに、簡便性、機能性そして顧客ア ましを与えれば成果を上げたかもしれない人々が去っていっ ピールを先に考え、コストや販売量、ひいては利益までも後回 た。ジョブズ流のアプローチはまた、二流プレーヤーが持つ しにした。そうしたこだわりは、彼の会社の戦略やマーケティ 心理的コミットメントを弱めてしまう。ほとんどの企業では、 ングの能 力には不可欠のものだった。これらの点において、 二流プレーヤーが組織のチーム作業において一流プレーヤー ジョブズは自らが尊敬してやまないウォルト・ディズニーとエ の 3 倍以上を担っているのだ。 ドウィン・ランド (ポラロイド創業者)の二人と同じタイプの起 ジョブズには、自分の目的に合わせて現実をゆがめてしま 業家型リーダーであった。 うという癖もあり、そこに辛抱のなさ、批判的な態度、ぶっき ジョブズが「顧客は、我々が見せるまでは、自分が何を欲し らぼうさが加わった。一方で「ジョブズ流のやり方」は、将来 いのかわかっていない」と言ったことはよく知られている。彼 に向かっての説得力のあるビジョンを作り上げることができ には実際、顧客が買って楽しんでくれる製品を開発するうえ る。彼 が自分 の 会 社で築いた 力強い企 業 文化を見てみると で、絶対確実ではないにしても驚異的といえる能力をもち、さ いい。彼がアップルを追い出されていた 10 年の間にも、彼が らに、それらに息を吹き込むことに対する自信と勇気、そして 築いた文化の土台は生き続けていたのである。他方で、ジョ 意欲があった。このことを可能にしたのはジョブズが驚異的 ブズによる現実の歪曲は極端に他者をはねつける結果になり、 に無駄のないデザイン感 覚を持っていたことだが、アイザッ とくに彼 が 有 望なアイディアや取り組みをクズだとして却下 クソンはその原点がジョブズによる禅の習得にあるとし、さ するために現実の歪曲を用いたため、信頼性を損ねることに らに踏み込んで、副収入として自宅のガレージで車を修理し なってしまった。 ていた機械工だったジョブズの養父にあるとしている。彼の 他のリーダーが、いい点も悪い点も含め、こうした特 徴を 天才的な才能は 「本能的で奇想天外、時に魔法のような、イマ 真似したら、ジョブズばりの成果を上げるだろうか。端的な答 ジネーションのジャンプ」にあったとアイザックソンは述べて えはノーである。誤った戦略、市場または製品に当てはめて いるが、その才能の大部分は、多様な領域を統合する能力を しまうと、彼のような振る舞いは会社を潰してしまいかねな 源としており、とくに人文科学と自然科学の統合 (芸術分野と い。結局のところ、ジョブズがこれほどまでの成功を生むリー 工学分野の合成)に秀でていた。 ダーになれたのは、画期的な製品やサービスの構想を描いて 年齢と経験を重ねるにつれて、スティーブ・ジョブズは人々 実現することに関する、広く称賛される才能のおかげだった。 を率いることもうまくなっていった。ジョブズは自分 の 欠 点 これまで誰もやったことがない方法で顧客のためにイノベー について深く考えるような人間では決してなかったが、アイ 26 Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 1 2 0 1 2 A u t u m n 特集 ◎ 戦略思考の原点 ザックソンは、ジョブズの 2007 年 のある会 議における発言 を引用している。重要な欠点を、いくぶん不本意に、遠回しに 吐露しているのだ。 「 ウォズニアックと私は何から何まで全部 やってしまう会社を興したので、人と協力することはあまり得 意ではありませんでした」と、アップルの設計理念に関して彼 は言っている。 「 アップルがそうしたものを自社の DNA のなか にもう少し持てていたとしたら、非常にいい働きをしてくれて いたはずです」。そうしたものが 彼のリーダーシップ DNA の なかにもっとあったとしたら、ジョブズもまたその恩恵に浴し ていたことだろう。もし彼にもっと時間があったならば、その ギャップを完全に埋めることができたかもしれないが、それ はもう誰にもわからない。 (“The Steve Jobs Way” by Jon Katzenbach, strategy+business, Issue 67 Summer 2012.) Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 1 2 0 1 2 A u t u m n 27
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