愛知の「失われた5年」 名古屋空港がビジネスジェット専用国際ターミナルを備えた日本初の空港に生まれ変わ り、既に5年半が経過した。この期間をひとことで言い表すならば、 「失われた5年」との 表現がぴったりくる。 例えば、国内外の主な動きを対比させると(●が愛知、◆が日本、▼が中国)── <2005 年> ● 県営名古屋空港開港(2月) ▼ ビジネス航空アジア大会を初開催(8月) <2006 年> ● 名古屋空港で朝日航洋、中日本航空が新格納庫を稼動(9月前後) ▼ アメリカのビジネス航空関連法を全面導入し、大規模な法改正(12 月) <2007 年> ● 全米ビジネス航空協会(NBAA)が、名古屋空港でビジネス航空フォーラム開催、ビジ ネスジェット 10 機を出品(2月) ◆ 日本ビジネス航空協会(JBAA)主催、日本初のビジネス航空全米大会視察ミッション。 国交省航空局も参加(9月) ▼ 香港でビジネス航空アジア大会開催(2月)。ビジネスジェット 12 機を出品 <2008 年> ● NBAA より、09 年2月に開催予定だった第2回ビジネス航空フォーラムの中止の通達 (3月)。理由は、香港アジア大会への一本化 ◆ 航空局が「ビジネスジェット利用促進調査」発表(6月) ▼ オリンピック開催時、北京首都国際空港に1日 1,000~1,500 機のビジネスジェットが 発着(8月) <2009 年> ● 金融危機でビジネスジェット発着数が激減。セントレアでもビジネスジェット格納庫が 稼動(9月) ▼ 香港で中国航空機産業展開催(9月)。目玉はビジネスジェット 15 機の見本市。通年で ビジネスジェット 50 機を輸入するなど、利用が本格化 <2010 年> ● 日刊工業新聞社がビジネス航空セミナー開催、TAG アジアなど世界大手企業が講演(3 月) ◆ 航空局の成長戦略に、成田空港でのビジネスジェット専用インフラの整備が、目標とし て記述される(6月) ▼ マカオでビジネスジェット 12 機の見本市(6月)。また、2011 年4月に上海で、中国 史上最大のビジネス航空ショーを開催することを決定 ──以上のように、年々ビジネス航空への対応をスケールアップさせていく中国に対し、 愛知はアメリカの力を借りた 07 年2月のフォーラムがピークとなっている。しかもフォー ラム開催という実績を得てなお、日本に何の変化も起こせなかったため、第2回目のフォ ーラム開催をあっさりとキャンセルされている有様だ。 日本政府が視察など様子見ばかりで、ほとんどアクションを起こせていない中、日本の 外で起きている大規模な潮流に、パイオニアとして喰らいついていくチャンスを5年以上 確保していながら、全く生かせていない。 この5年間に地元で話題になった出来事(主に航空関連)を挙げると── <2005 年>セントレア開港、愛知万博開催 <2006 年>セントレアと名古屋空港の路線重複が問題に(10 月~) <2007 年>名古屋空港の航空機産業拠点化構想が発表され始める <2008 年>MRJ 事業化決定(3月) <2009 年>赤字地方空港問題がクローズアップされる <2010 年>名古屋空港からの JAL 全面撤退と、FDA 就航が決定 ──あまりにスケールが小さい。 国を挙げて動いている中国と、一地方自治体の取り組みとしてスタートした名古屋空港 では、行動のスケールに大きな差が生じることは仕方がない。問題は、認識している物事 のスケールが小さすぎることにある。 ★ 国際航空輸送産業の全体イメージ ● ビジネス航空と定期航空は、世界の空を二分する民間航空輸送産業 ● ICAO(国際民間航空機関)を中心に、ビジネス航空と定期航空の、関連法規の共通化 の取り組みも進んでいる ↓グレーの部分全てが、県営名古屋空港のカバーしている分野。それに対し、世間の認知がいか に狭い範囲にとどまっているかを見て取ってほしい ★ 定期航空 ★ ビジネス航空 =社用ジェットの利用を支える諸産業 ● 経済活動のグローバル化に伴い発展 ● 大手航空会社(JAL、ANA など) ● トップビジネスマンやスペシャリスト ● リージョナル航空(=比較的短距離の小 など高付加価値の人材が利用 規模需要路線。ジェイエア、FDA など) ● 諸外国では専用国際空港、専用国際ター ● LCC(格安航空会社) ミナルなど完備 ● 旅客機+貨物機、計約2万機が就航中 ● 3万機近いビジネスジェット(=社用ジ ェット)が就航中 ● 日本では著しく未発達(=パイオニアと なるチャンス) ↑ それぞれの分野の対応機種(代表例) ボーイング(ビジネスジェット) ボーイング エアバス(ビジネスジェット) エアバス エンブラエル(ビジネスジェット) エンブラエル(リージョナルジェット) ボンバルディア(ビジネスジェット) ボンバルディア(リージョナルジェット) ガルフストリーム セスナ ダッソー・ファルコン ホーカー・ビーチクラフト 三菱(MRJ) ★ ビジネス航空フォーラム ↑「ビジネス航空フォーラム in 愛知」 2007 年2月9日、県営名古屋空港にて開催。ビジネ スジェット 10 機の見本市、講演・ブース展示、パーティの3部構成。電子航法装置開発世界 最大手のロックウェル・コリンズ、ボーイング社ビジネスジェット開発部門、セスナ社など航 空機産業トップ企業各社の役員や、アメリカ政府高官などが来日し、一大国際商談会となった (写真提供:愛知県航空対策課) ビジネス航空フォーラムは新聞社の記者として取材したので、来場者の声など現場での 生の体験を紹介することはできない。 ただし、半年後の 2007 年全米大会でのアメリカ政府と国土交通省航空局、日本ビジネス 航空協会の三者ミーティングでは、同フォーラムの報告が議題のひとつとなっており、県 営名古屋空港でおこなった NBAA 会長への筆者のインタビュー記事も参考資料として配布 されていた。 名古屋空港でのフォーラムは香港大会の付録的位置づけではあったが、アメリカはじめ 国際社会からは、少なからず注目されていたのだ。 ところが地元の状況は、 ● 名古屋空港にビジネス航空という産業が存在することを知らない ● 名古屋空港でこうしたイベントが開催されたことも知らない ● 名古屋空港が国際的な注目を集めていたことも知らない ──このお粗末な状況が世界の目にどう映るか、真剣に考える必要があるだろう。 ★ NBAA(全米ビジネス航空協会) NBAA はビジネスジェット利用者、航空機メーカー、航空会社など 8,000 社以上で構成 されるアメリカの業界団体で、会員企業の年間売上高合計額は5兆ドルを超える(=日本 の年間 GDP を上回る)。 巨大な経済的影響力に加え、トップビジネスマンやスペシャリストなどビジネスジェッ ト利用者=世界経済のリーダー層の利害を代表することから、ワシントン政府に対しても 強い発言力を有している。 毎年のアメリカ大会では、開催都市のビジネスジェット用空港を借り切ってジェット機 見本市を開くほか、会場と多数のホテルを結ぶ 15 以上のルートに、各ルート数分刻みに無 数のシャトルバスを走らせ、出展各社は夜ごと開催都市各地でパーティを開催するなど、 都市を丸ごと貸し切りにしたかのようなトレード・ショーが繰り広げられ、NBAA の持つ 力を実感することができる。 愛知県はビジネス航空フォーラムの共催により、首都圏経済界や日本政府を差し置いて、 この組織と本格的な交流実績を手にしている。愛知が先頭に立って、日本のビジネス航空 の利用環境改善(欧米並みに)や、ビジネスジェットの利用促進に取り組めば、NBAA と の親交はさらに深まるだろう。NBAA の力量を考えれば、そのことが地域経済に与えるメ リットは決して小さくない。 ↑NBAA が主催するビジネス航空の全米大会(2007 年、アトランタ)。100 機を超えるビジネ スジェットの見本市、1,100 社を超える出展企業、5,000 小間を超えるブース出展、30,000 人 を超える参加登録者などなど、民間機限定の航空ショーでは、世界最大の規模を誇る ↑ディズニー・ワールドのあるフロリダ州オーランドは、ビジネス航空全米大会開催都市のひ とつ。大会開催期間中は、オーランド国際空港(定期便中心空港)の手荷物受取所に、ディズ ニーの看板(手前)と並んでビジネスジェットの広告(奥)も登場(2008 年) ↑全米大会開催期間中は、開催都市の各地で出展企業の謝恩パーティが展開される。写真は セスナ社の格納庫パーティ(2008 年)。ビジネスジェット実機を囲んで飲食やショーを楽し む。セレブ感満点だが、実際の参加者はセスナ社と取り引きのある代理店や、セスナ社製ジ ェットを使ったチャーター事業者など、仕事関係者が多い。業界の裾野の広さが実感できる ★ 国際的発言力の向上 ↑ビジネス航空 2007 年全米大会における、アメリカ政府・国土交通省航空局・日本ビジネ ス航空協会の3者ミーティング。日米のビジネスジェット利用環境の差がメインテーマとな った。ここでの議論が、08 年の航空局の「ビジネスジェット利用促進調査」に結びついた。 しかし愛知の政財界は不参加 経済のグローバル化に伴いビジネスジェットの国際運航が飛躍的に増加したことから、 定期航空とビジネス航空の間で、共通のルールを制定する必要性が高まり、ICAO(国際民 間航空機関)の主導で、統合作業が進められている。 愛知県はビジネスジェット用国際空港を所有・経営しており、NBAA とビジネス航空シ ョーも共催した実績がある。一方、日本政府には何の実績もない。 したがって本案件について愛知県は、日本政府以上の発言権・発言力を有している。国 際的なルール制定の場において、日本代表として発言する資格を持っていることは、地方 の自立という観点からも重要なアドヴァンテージとなるが、これまた活用も認知もされて いない。 ★ 次の5年を失うな この5年半の間に、愛知を取り巻く環境は一変した。2005 年時点では、まだ十分な強さ を備えているかに見えた製造業は、今では次のような時代の波に直面している。 ① 人件費など全てにおいて高いコスト ② 縮小する国内市場 ③ 新興国の追い上げによる技術優位の縮小 ④ 生産拠点の海外移転、現地化、逆輸入 ⑤ 電気自動車への移行など(既存産業の蓄積が、新たな技術の出現に伴うスタートライン の引きなおしにより、優位性を失う) ⑥ 完全に後れを取った航空機産業 ──などなど。 したがって愛知は、次の問いに真剣に向き合わなければならない。 いつまで「ものづくり」で食べていける? 冒頭に列挙した日中の差は、ひとつの象徴ともなるが、周囲の国々が急速に力をつけて 発展を始めた以上、それらの新しい力といかに手を結び、日本にない才能や能力を取り込 んでいくかが、生き残る上で重要となってくる。 また、懐かしの昭和と異なりグローバル時代は、個々の地方都市がそれぞれ、いかに世 界の中で立ち回り、ポジションを確保していくかを考えなければならない時代でもある。 東京中心の交通ネットワークに束縛されないプライベート交通であること、世界中の才 能・能力とダイレクトに交流するグローバル・コミュニケーションであること──この2 つの特性からも、ビジネス航空の活用が愛知の将来を左右するといって過言ではない。 文責:石原達也(ビジネス航空ジャーナリスト) ビジネス航空推進プロジェクト 略歴 http://business-aviation.jimdo.com/ 元中部経済新聞記者。在職中にビジネス航空と出会い、その産業の重 要性を認識。NBAA(全米ビジネス航空協会)の 07 年および 08 年大 会をはじめ、欧米のビジネスジェット産業の取材を、個人の立場でも 進めてきた。日本にビジネス航空を広める情報発信活動に専念するた め退職し、08 年 12 月より、フリーのジャーナリストとして活動を開 始。ヨーロッパの MRO クラスターの取材を機に、C-ASTEC とも協 力関係が始まる。2010 年6月、C-ASTEC 地域連携マネージャー就任 (ビジネスジェット研究会担当、非常勤)
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