生涯研修コード 28 99 味覚障害と味覚検査 田 たざき まさかず ● 東京歯科大学生理学講座教授 ● 歯学博士 ●1 978年東京歯科大学卒業,82年 東京歯科大学大学院歯学研究科(生理学専攻)修了,91∼92年英国エジンバラ大 学留学,95年助教授,06年より現職 ●1952年6月生まれ,埼玉県出身 ● 主研 究テーマ:口腔粘膜の感覚神経終末の形態と機能に関する研究 ● 味覚異常外 来:1999年から東京歯科大学千葉病院外来にて味覚検査を担当 雅和 ●日歯ホームページメンバーズルーム内「オンデマンド配信サービス」および「E システム(会員用研修教材) 」に掲載する本論 文の写真・図表(の一部)はカラー扱いとなりますのでご参照ください。 要 約 味覚障害に対する歯科医師の認識不足のため,主訴 はじめに から味覚障害を判断できないのが現状である。また診 味覚障害の患者は耳鼻咽喉科を受診した患者数から 断できても味覚障害の原因が不明なため,治療方針も 推計すると,全国で14万人(1991年)とも39万人(2001 はっきりしない。主訴には「食事が美味しくない」と 年)とも言われている。味覚障害で受診する患者は高 か,「何も食べていないのにいつも変な味がする」と 齢者に多く,4人に一人が65歳以上である高齢化社会 いった自発性異常味覚が多い。患者らの血清亜鉛値は 低い傾向を示すことが多く,亜鉛製剤を服用し経過観 察する。亜鉛製剤の服用は発症後できるだけ早い時期 が望ましい(巻頭のカラーグラビアもご参照いただき たい)。 の現在ではさらに多いものと考えられる。また本人が 味覚障害を自覚していないこともあり,潜在的な味覚 障害患者はかなり存在すると思われる。 「食」に対する意識が高まる中,味覚障害で歯科を 来院する患者は今後増加していくと思われる。その 時,ちょっとした味覚障害に対する知識は,味覚障害 の早期治癒の可能性や障害に対する患者の不安の除去 に役立つものとの思われる。 キーワード 味覚障害/味覚検査/亜鉛 6 ● 372 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 1.味覚のしくみ 味覚は,味細胞が味物質を受容することで生じる。 その味細胞は他の細胞とともに味蕾を形成しており, その味蕾は舌乳頭,軟口蓋あるいは咽頭部,喉頭蓋と いった口腔粘膜に分布している(図1,図2) 。 味蕾の中の味細胞は基底側で顔面神経,舌咽神経あ るいは迷走神経の味神経と接続している。味細胞の口 腔側は微絨毛が存在し味物質を受容する。微絨毛の細 胞膜には甘味,苦味,うま味受容体が存在し,各味物 質が受容体に結合する。一方,塩味や酸味は唾液に溶 けた陽イオン(Na+や H+など)がチャネル(穴)を 通過し味細胞内に流入する。味細胞はそれらの化学的 な信号を電気的な情報に変換して味神経に伝える。そ の電気信号は味神経を伝わって大脳皮質の味覚野に到 達し,味覚が生じる(図3) 。 味覚が生じるためには,①味刺激を受容する味細 胞,②情報を伝える味神経,③味覚が生じる味覚野の 図2 三要素(感覚装置,図3)が必要である。この装置の うち,一つでも欠けると味覚は生じない。そこで味覚 味蕾の模式図 1:暗細胞 2:明細胞 4:基底細胞 3:味細胞 (文献10改変) 障害を考えるとき,この三要素のうちどこに問題が生 じているかを明らかにすればよい。 三要素のうち,②の味神経は神経線維を切断したこ ① 感覚受容器(味細胞) 味刺激の受容 ② 上行性伝導路(味神経) 味情報の伝導 投 射 ③ 大脳皮質味覚野 味覚の発現 図3 図1 ヒト舌乳頭の味蕾 矢印:味蕾 感覚装置 ①から③へ情報が伝わり,口腔内で味覚を感じたよ うに感覚は投射される。 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 373 ● 7 とによる電気信号遮断が主な原因となる。③の中枢神 する」などの主訴をいう。食事の味は識別できるもの 経系の障害は,味覚にとどまらず広範囲に障害が現れ の,常に口の中で特定の味質の味がしている。常に感 る点や神経ネットワークシステムが複雑なことから, じている味質は四基本味(甘味,塩味,酸味,苦味) 味覚障害の原因の把握は難しい。今回の「味覚障害と のほかに渋味などがある。特に苦味,塩味,渋味と 味覚検査」の内容は,①の味細胞,末梢の話が主にな いった自発性異常味覚は高齢者に多い。 る。 このような主訴で来院する患者は, 「味覚減退」と 同様に多い。おそらく臨床でも経験されたことがある 2.味覚障害の症状 かと考える。このような患者の場合,心療内科への受 診の必要性があるのかもしれないが,初めに味覚障害 味覚障害の分類は原因別分類,障害部位別分類,症 を疑ってほしい症例である。筆者は歯科口腔外科から 状別分類などがある。ここでは臨床で参考となる患者 心療内科へ転院し,さらに悪化した症例を経験したこ の主訴別に挙げてみた(症状別分類) 。 とがある。心療内科で抗精神薬を投薬される前に,味 覚異常外来を受診してもらいたかった症例であった。 1)味覚減退 「このごろ味が薄くなった」 , 「味付けが濃くなった 4)解離性味覚異常 と家族に言われた」などの主訴がこれに含まれる。味 基本味のうち1ないし2種類の味質が識別できない 覚減退は徐々に進行していくため,本人が味覚減退を 症状をいう。よく耳にする主訴は「食事は普通だが, 意識していないことがある。患者が味覚減退を自覚し チョコレートの味がしないのです」とか「味噌汁が薄 たときは,味覚障害がある程度進行しているものと考 くて,塩味が分からないのです」という症例である。 えたほうがよい。 この症例では甘味の識別ができない解離性味覚障害が また, 「このごろ食事が美味しくない」という主訴 多いように思われる。 も味覚減退の一症状と考えられる。このような患者の 味覚検査結果は,1ないし2種類の基本味の感受性が 5)異味症 悪いケースや,6ヵ所行う味覚検査のうち特定の部位 「醤油が苦くて美味しくない」 , 「チョコレートの甘 だけ味覚感受性が悪い患者に多い。このような主訴で さがなく,ただ苦いだけである」などといった主訴 当科を来院する患者が多いことから,日々の診療の場 で,本来の食事の味と異なった味質を訴える症例であ でも耳にしているものと想像する。こうした主訴は味 る。 覚障害を疑う症例と考える必要がある。 6)味覚錯誤 2)味覚欠如,無味覚(症) 「全く味がしない」 , 「何を食べても布(砂)を食べ ているようだ」などの主訴をいう。このような主訴は 塩味や酸味を苦味と感じたり,塩味を酸味と感じた りする症状がこれに該当する。本来の基本味を異なっ た基本味として認識する症例である。 明らかに味覚障害と判別できるが,症例は極めて少な 解離性味覚異常,異味症や味覚錯誤は味覚減退や自 く1%程度である。このような症例では嗅覚にも異常 発性異常味覚ほど多くはないが,しばしば遭遇する症 を認めることが多い。 例である。味覚検査結果では,ある特定の味質の味覚 感受性が悪いケースが多い。 3)自発性異常味覚 「何も食べていないのに常に口の中が変な味がす 7)その他 る」 , 「唾液が海水のようだ」 「治療が終わった歯から 味覚が大変敏感になってしまう味覚過敏症や,舌の 詰め物が溶け出している気がしていつも酸っぱい味が 片側に味覚消失がある片側無味症などの症状もある。 8 ● 374 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 図4 受診患者の年齢層 片側無味症は,下歯槽神経損傷により舌咽神経支配領 域の味覚が消失する症例が多く,知覚の麻痺も併発し ている。 臨床症状から大別すると,上記のものが挙げられ る。その中で主訴から味覚に異常があるものと判断で きる症例や,患者自身が味覚障害を認識している場合 は味覚異常外来の受診もスムーズである。しかし,自 発性異常味覚や解離性味覚異常といった症状は,歯科 医師や歯科衛生士の味覚障害に対する認識の薄さから 対応を誤る可能性がある。患者は症状を理解してもら 図5 受診患者の性別 えず,歯科医師に対する不信感を招くことになるかも しれない。 り若干遅い傾向がある。男性の場合60歳前後で受診す る患者が多い。80歳代,90歳代が減少しているのは味 3.年齢分布と性差 覚異常外来への受診者が少ないためである1)。潜在的 な味覚障害の患者数は多いものと考えられる。また, 図4は味覚異常外来を受診し味覚検査を行った,初 味覚障害の発生頻度を人口構成比でみると,男女とも 診時の患者の年齢分布である。女性は50歳代から急に 加齢とともに増加していることから,味覚障害は高齢 増加し,70歳代までほぼ横ばい状態であった。女性は 者に発生しやすいと考えられる。 55歳前後で受診する患者が多い。一方男性は50歳代で 図5は,味覚検査を行った患者の性差をグラフにし 増加するものの60歳代がピークとなっており,女性よ たものである。患者489名のうち男性割合は37%であ 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 375 ● 9 局所的 不適合充塡物 (異種金属による微小電流を含む) 金属アレルギー検査 金属同定検査 充塡物の適合検査 味物質の到達障害 (味孔の閉鎖・舌苔など) 味孔の閉鎖・舌苔の確認 神経の障害(抜歯時損傷等) 舌前2/3→顔面神経領域 舌後1/3→舌咽神経領域 神経損傷部位の確認 鼻疾患・風邪 (味覚に臭覚も関与) 血液検査 アレルギー検査 味 味 覚 障 害 唾液分泌障害 (シェーグレン症候群など) 覚 涙腺の検査 口唇腺の組織診 唾液分泌量の測定 血液検査 検 貧血 悪性貧血→Hunter 舌炎 鉄欠乏性貧血→平滑舌 全身的 金属イオン欠乏・薬剤 (亜鉛) 査 味細胞異常 図6 10 ● 味覚検査項目 376 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 血液検査 (血清亜鉛値:基準値65∼110 μg/dl) 使用薬剤の確認 (抗うつ剤や抗てんかん剤など) 心因性 (うつ病,ヒステリーなど) その他 (ビタミン不足等) 血液検査 舌炎 カウンセリングによる 心身状態の把握 血液検査 り,女性は63%で,受診者の3分の2が女性であ っ cm2の6段階の塩味が塗布されている濾紙で行う。初 た1)。女性の受診者の割合が多い報告は多々見られる めに無味のコントロールを舐め,濾紙のみのコント が,味覚障害の重症度で分類すると中等度と重症とで ロールを認識してもらう。その後塩味が認識できるま は性差がなく,軽症では女性が圧倒的に多いというこ 6mg/cm2)からコントロールと試験 で薄い濃度(0. とから,女性のほうが受診しやすい環境にあり,性差 紙を交互に舐めてもらい,塩味が認識できなければ味 2) はないともいわれている 。 覚障害の可能性が高くなる。 4.味覚検査 3)電気味覚検査(巻頭カラーグラビア❸❹参照) 電気味覚検査は,永島医科機械株式会社製(EG-IIB 味覚検査は歯科医院で, 「味覚障害」という診断名 型)の電気味覚計を当科では使用している。口腔粘膜 で健康保険の範囲で検査できる。図6は味覚障害の患 に直接電気刺激することにより,釘をなめたときの酸 者を診察する際,考慮すべき項目を示したものであ 味のある嫌な味を検査する。検査箇所は舌前方部,舌 3) る 。局所的な点では,①不適合充塡物の有無,②舌 後方部,軟口蓋の3ヵ所,左右2ヵ所の合計6ヵ所を 苔の有無,③神経損傷の有無,④鼻疾患の有無などが 行う(図7) 。ある基準値以下の電気刺激で前述した 挙げられる。このほかに胃炎,上顎洞炎などの有無も 嫌な味を認知できれば正常ということになる。これは 考慮する必要がある。これらの点は,問診や視診なら 通電することにより唾液を電気分解し,H+が発生す びに血液検査やレントゲン検査から味覚障害の原因を ることによる酸味と直接味細胞を電気刺激したための 考える必要がある。 両者による味覚と思われる。 全身的な点では,①唾液分泌障害の有無,②貧血の この検査は,ソルセイブ検査同様簡便で患者に対す 有無,③生体内微量元素の測定,④心因性の有無,⑤ る負担は少なく,濾紙ディスク検査の結果と正の相関 その他などである。その他の中には脳血管障害や投薬 があることから診断の一助となる。しかし味覚発生機 の有無,またその薬剤名の把握などが挙げられる。 序の違いから,この検査だけでは不十分との報告があ 1)唾液分泌量の測定 味細胞が味質を受容するには,唾液が重要な働きを する。唾液分泌量の減少は味覚障害の原因となる。当 科では3分間無味のガムを嚙んでもらい,3分間の合 計分泌量で判断している。1分間当たり1ml 以上の 分泌を基準値としている。 2)ソルセイブ検査 (巻頭カラーグラビア❶❷参照) ソルセイブ検査は,塩味が塗布された濾紙を口に含 み,口全体で塩味を認知してもらう検査である。味覚 減退や味覚欠如といった症例には,簡便で開業医でも 短時間に検査できる利点がある。しかし検査味質が塩 味のみのため,自発性異常味覚といった症例の検査に は正確さを欠く欠点がある。 検査方法は,塩味が付いていない濾紙(コントロー 6,0. 8,1. 0,1. 2,1. 4,1. 6mg/ ル) と,そ れ ぞ れ0. 図7 検査箇所 電気味覚検査および濾紙ディスク法の検査箇所 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 377 ● 11 表1 ろ紙ディスクによる味覚定性定量検査用試薬と各濃度 濃度(%) グレード 1 2 3 4 5 甘味液 精製白糖 0. 3 2. 5 10 20 80 塩味液 塩化ナトリウム 0. 3 1. 25 5 10 20 酸味液 酒石酸 0. 02 0. 2 2 4 8 苦味液 塩酸キニーネ 0. 001 0. 02 0. 1 0. 5 4 る4)。解離性味覚異常や味覚錯誤といった,味覚異常 の診断には役に立たないかもしれない。 4)濾紙ディスク検査 (巻頭カラーグラビア❺❻参照) 5.亜鉛欠乏と味覚障害 亜鉛の欠乏が味覚障害と関連していることはよく知 られている。それは亜鉛が味細胞の新生に関連してい 濾紙ディスク検査は,三和科学研究所製テースト るからである。ラット茸状乳頭の味細胞は,平均250 ディスクを用いている。検査味質は,4種類(甘味: ±50時間という短い時間でターンオーバーしている。 精製白糖溶液,塩味:塩化ナトリウム溶液,酸味:酒 そのとき亜鉛は味細胞の DNA,核酸,タンパク質の 石酸溶液,苦味:塩酸キニーネ溶液)各5濃度で行う 合成に関与する。亜鉛の不足は,味細胞のターンオー (表1) 。四基本味の閾値が異なるため各味質により濃 バーの延長や味物質に対する感受性の低下を誘発する 度は異なるが,3濃度までに味質を認知できれば基準 範囲内ということになる。 ため味覚障害が生じる。 亜鉛はヒトにおいて必要不可欠な必須微量元素であ ソルセイブ検査や電気味覚検査より詳細な結果が得 り,経口から得る必要がある。体内の総亜鉛量は2g られるが,検査時間を要する欠点がある。患者は繰り (体重60kg)程度であり,その多くは骨格筋や骨に分 返し行う味刺激に対し随時返答しなければならず,返 5%ぐらいで, 布し,血液中の亜鉛量は総亜鉛量の0. 答しているうちに患者自身も味の識別に混乱をきたす 極めて微量である。血清亜鉛値が生体のいかなる状態 ケースもある。そのため1から2時間枠を取り検査を を表しているか疑問視されるが,亜鉛欠乏性味覚障害 行っている。 と特発性味覚障害(血清亜鉛値は基準範囲内であり, 他の臨床検査からも味覚障害の原因や誘因が特定でき 5)血液検査 この検査は唾液分泌量の測定と同様,客観的な検査 となる。生体内微量元素が味覚障害と関係しているこ ない症例)に亜鉛製剤の服用は極めて有効であると述 べられている5)ことから,血清亜鉛値を調べることは 有用である。 とから,一般血液検査,血清亜鉛値,銅値の測定を 行っている。 6.高齢者と味覚障害 一般血液検査では舌炎などに関連する貧血など,血 清鉄の要素を主に参考としている。血液検査のうち血 味覚障害は高齢者に多いが,加齢に伴う感覚の低下 清亜鉛値の正常値は論文などで若干異なるが,当科で を考えたとき,視覚,聴覚あるいは嗅覚に比べ,味覚 は65∼110μg/dl を基準値としている。 は衰えにくい感覚である。また味蕾数が加齢とともに 減少する傾向はあるが,すべてのヒトに味覚障害が生 じることはない。加齢とともに味覚障害になりやすい 12 ● 378 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 傾向はあるかもしれないが,高齢者にはいくつかの原 因となる下地がある。 5mg ともいわれている6)。 のわずか6. 高齢者の場合,食事量が減少していることから,亜 鉛の摂取量は本来の半分にも満たない状態であると思 1)亜鉛摂取量 われる。高齢者の亜鉛摂取量は絶対量として不足して 亜鉛は食物から摂取しなければならない。その亜鉛 いると考えられる。 の一日平均摂取量は,大人で約15mg である。子供は 5mg,妊婦においては20mg の摂取が必要である。 2)薬剤と味覚障害 しかし日本人の平均的な食事から摂取できる一日亜鉛 高齢者は他の基礎的な疾患により通院している方が 摂取量は約9mg で,本来摂取する量の3分の2であ 多い。そのため高齢者の多くは多種の投薬を受けてい る。若い日本人女性では,一日亜鉛摂取量の半分以下 る。中には,複数の疾患で複数の医院から投薬を受け ている患者もいる。5種類以上の投薬を受けている患 表2 者は結構多い。このような薬剤による味覚障害を,薬 味覚障害を起こしやすい薬剤 薬 効 心身安定剤 睡眠障害改善剤 剤性味覚障害という。4人に一人がこの薬剤性味覚障 商 品 頻度は,服薬している高齢者の方が服薬していない高 ユーロジン 齢者よりも統計学的に有意に高いとの報告もある7)。 ハルシオン 高齢者の場合,服薬している患者の頻度が高いため, ロヒプノール アモキサン トレドミン 高血圧症治療剤 胃液分泌抑制剤 解熱鎮痛消炎剤 味覚障害と関連する薬剤を表2に示した。当科に来 院する患者で問題となる薬剤の中で,比較的よく服用 されている薬剤を挙げた。その多くは睡眠障害改善 剤,高血圧症治療剤や高脂血症治療剤などに分類され るものである。その他では,利尿剤や高尿酸血症治療 アダラート 剤などもしばしば服用している患者がおり,注意する ニフェジピン 必要がある。これらの薬剤は亜鉛に対しキレート能が ニューロタン あり,尿中への排泄を促進するため,結果として血清 ノルバスク 高脂血症治療剤 味覚障害は高齢者に多いのかもしれない。 ブロプレス プロブレス 利尿剤 害であるとの報告もある2)。高齢者の味覚障害になる メイラックス アモバン 抗うつ薬 名 ラシックス リポバス 亜鉛の低下を引き起こすとされている。 しかし薬剤が生体内で生じる反応は複雑で,薬剤性 味覚障害の発症機序は多様な因子が関係すると思われ る。他科からの投薬に関しては,患者に服薬と味覚障 害の関連性を説明し,薬剤の変更を促している。 メバロチン オメプラール タケプロン ミナルフェン ボルタレン 胃炎・胃潰瘍治療剤 ムコスタ 高尿酸血症治療剤 ザイロリック 骨粗鬆症治療剤 フォサマック 3)唾液と味覚障害 味物質は,唾液など水溶液に溶解しなければ味覚は 生じない。そこで唾液の分泌量は味覚の感受性に影響 を与える。一般的に,唾液分泌量は加齢とともに減少 すると思われがちである。しかし必ずしも減少するわ けでなく,個人差は極めて大きい。 唾液分泌量を味覚障害患者と正常者とで比較した論 文で,味覚障害患者は唾液分泌量が有意に低下してい 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 379 ● 13 表3 口渇を起こしやすい薬剤 薬 4)全身疾患と味覚障害 効 商 品 名 アダラート 高血圧症治療剤 ニフェジピン ノルバスク 全身疾患により味覚障害が出現することがある。こ 4%の割合であるとの報告が の割合は比較的多く,7. ある5)。 腎不全患者では,腎機能不全のため尿中にタンパク 質が排泄される。そのとき亜鉛の排泄も促進され,尿 利尿剤 ラシックス 中への亜鉛排泄量は増加する。また食事治療ではタン 抗うつ薬 デパス パク質の摂取制限もあり,結果として体内亜鉛量を減 少させることになる。肝障害の場合,急性肝炎では尿 中への亜鉛排泄量が増加する。また慢性肝炎でも同様 8) るとの報告がある 。このことから味覚障害患者の唾 のことが生じる。さらに消化管での亜鉛吸収能の低下 液分泌量は考慮しなければならない事項である。唾液 が起こることから,結果として血清亜鉛値の低下が生 分泌量が減少している患者には,漢方や唾液腺のマッ じる。糖尿病患者では重症度に比例して尿中への亜鉛 サージなど唾液分泌を促す必要がある。 排泄量が増加するため,その結果として血清亜鉛値の 一方で,投薬による唾液分泌量の低下もある。口渇 を誘発する薬剤を表3に示した。口渇が生じると味覚 障害が生じやすいことから,投薬されている薬剤と口 渇との関連を知ることは重要である。 図8 14 ● 380 亜鉛製剤 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 低下が生じることはよく知られている。 レジンクを健康保険で処方できない。そこで筆者は, 7.味覚障害に対する亜鉛製剤の投与 図8のように栄養補助食品の亜鉛製剤を服用しても らっている。 味覚障害患者に対する味覚検査は,患者の感覚によ 亜鉛製剤の服薬に当たっては,次のことを患者に説 る主観的な検査である。検査結果は,患者によって多 明している。血清中の亜鉛と銅との関係は拮抗的であ 少のバラツキが生じる。味覚障害の原因は多岐にわた るので,亜鉛製剤の服薬により血清亜鉛値が上昇する るため,検査結果から原因を確定することは難しい。 のに伴い血清銅値は減少する。このため亜鉛製剤の服 しかし,客観的な検査となる血清亜鉛値や唾液分泌量 薬は1日分量の15mg 以下で服用する。また,服薬の 検査は,検査値から原因をある程度推測できる。 期間は長期間(最低3ヵ月)の服用をお願いしてい その一つの亜鉛欠乏性味覚障害は,亜鉛補充治療に る。前述したように,食事からは1日必要量の半分し より効果があるとのことから,亜鉛の服薬が望まし か得ていない状態であるので,1日の半分量である 2, 5, 9) 。また血清亜鉛値が基準範囲内である特発性味 い 7. 5mg は毎日服用してもよいかもしれない。 覚障害にも亜鉛補充治療が有効であることから,一つ 中高年の患者の中にはサプリメントを好まれない方 の選択肢として亜鉛の服薬は望ましいものと思われ がおられるので,比較的亜鉛を多く含む食品のリスト る。亜鉛の服薬は味覚障害の認知からできるだけ早期 を配布している。その一部を表4に挙げた。食品の中 が有効であることから,初診時から服薬することがよ では牡蠣に多く含まれており,牡蠣100g を食すると り望ましいと考えられる。 1日分量の亜鉛を摂取したことになる。それ以外では 内科や耳鼻咽喉科では,亜鉛含有胃潰瘍治療薬であ 肉,卵,チーズといった乳製品に多く含まれている。 るポラプレジンク(商品名プロマック顆粒15%,プロ これらの食品は高齢者はあまり食さないものであり, 5, 9) マック D 錠75)を味覚障害患者に処方している 。 しかし歯科では, 「味覚障害」という診断名でポラプ 表4 食事制限されているケースも多い。 亜鉛補充治療により,味覚障害の原因が薬剤性,特 亜鉛を多く含む食品 野菜類 肉類 (単位:mg/100g) まいたけ(6. 9),干しわらび(6. 2),干しずいき(5. 4),干しぜんまい(4. 6) スモークレバー(8. 7),牛肉(かたロース赤肉,5. 6),豚肉(かたロース赤肉,3. 2) 魚介類 牡蠣(13. 2),かつおの塩辛(11. 8),カタクチイワシ(煮干,7. 2),やりいか(スルメ,5. 4), たらこ(焼き,3. 8) 海草類 川海苔(5. 5),焼海苔(3. 6) 豆類 種実類 凍り豆腐(5. 2),空豆(4. 6),えんどう豆(4. 1),きなこ(3. 5),グリンピース(3. 5),大豆(3. 2∼4. 5) かぼちゃの種(7. 7),ごま(いり,5. 5),カシューナッツ(5. 4),アーモンド(乾,4. 0), 落花生(いり,3. 0) 穀類 小麦はいが(15. 9),玄穀(アマランサス,5. 8),ゆば(干し,5. 0),そば粉(表層粉,4. 6), ライ麦(全粒粉,3. 5),強力粉(全粒粉,3. 0) 卵類 卵黄(4. 2) 乳類 ナチュラルチーズ(パルメザン,7. 3),プロセスチーズ(3. 2) 嗜好飲料 ピュアココア(7. 0),抹茶(6. 3) (2002新食品成分表より) 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 381 ● 15 発性,亜鉛欠乏性,全身疾患性の患者では66∼71%に 参考文献 治癒あるいは改善が見られたとの報告がある5)。ま 1)秦 た,この効果は年齢に関係なく治療効果があったと報 暢宏ほか:東京歯科大学千葉病院臨床検査部における味覚 検査依頼患者の臨床統計.歯科学報,103:254∼259,2003. 告されている。これらのことから,味覚障害の治療に 2)冨 田 亜鉛製剤の服薬を試みる必要があると思われる。しか 3)井上 寛:7.味 覚 障 害.最 新 味 覚 の 科 学,227∼246,佐 藤 昌康・小川 1997. 尚編,朝倉書店, 孝,松坂賢一:4.味覚障害.チェアーサイドのまず臨 床検査からガイドブック,34∼35,デンタルダイヤモンド社,東 し残念なことに,亜鉛製剤の服薬によりすべての患者 京,2002. が改善するわけではない。残りの29∼34%は改善され 4)池田 稔:味覚定性定量検査(濾紙 Disc 法)と電気味覚検査 の相関性について.耳鼻と臨床,27:172∼188,1981. ない現実もある。 5)池田 6)田 おわりに 稔:味覚障害と亜鉛.治療,87 別冊:21∼26, 2005. 雅和,井上 孝:味覚障害.歯界展望,98 (4) :763∼768, 2001. 7)佐藤しづ子ほか:高齢者の味覚異常に関する疫学調査研究−第 1報 味覚障害に対する治療方針は不明の点も多いが,亜 全身疾患および服薬が味覚異常に及ぼす影響−.日本口腔 診断学会雑誌,16:1∼8,2003. 8)佐藤しづ子ほか:高齢者の味覚異常に関する疫学調査研究−第 鉛製剤をいち早く服薬することは試されるべき治療と 2報 考えている。 唾液分泌量低下が味覚異常に及ぼす影響−.日本口腔診断 学会雑誌,18:14∼18,2005. 9)倉澤隆平:高齢者と亜鉛.治療,87 別冊:9∼15,2005. 当科を担当した当初,味覚障害は味覚欠如や無味症 10)Murray, R. G. ; The mammalian taste bud type Ⅲ cell : acriti- の患者のことかと考えていた。患者を診ていくうちに cal analysis. J. Ultrastruct Mol Struct Res.,95:175∼188, そのような患者は少なく,自発性異常味覚といった症 1986. 例が意外に多いことを認識した。そして,患者が自身 の症状を他人に理解してもらえず悩んでいることも 知った。主訴をじっくり聞くだけで感謝されたことも あった。診療報酬上では病院収入に貢献できていない が,味覚異常外来は高齢社会では大学病院の一つの役 割と思っている。 * 16 ● 382 日本歯科医師会雑誌 Vol. 63 No. 4 2010−7 * *
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