1 /3 FIAL 第 31 回 FTS 2014 年 2 月 20 日 「アルゼンチンの現状をどうみるか」(意見交換会) 司会役(報告者): 内多允(元 JETRO) 基調スピーカー:桑原 小百合(国際金融情報センター) <初めに> アルゼンチンは「どういう国か」を論じることは難しい。同国は食糧・石油資源に恵ま れた国である。20 世紀初期は世界有数の豊かな国であった。本来、豊かであるはずがなぜ、 今は経済的に困窮する事態を抱えているのか。このように潜在的には豊かな国に発展する 可能性がありながら、リスクが顕在化している。アルゼンチンに対する評価も二分されて いる。すなわち、潜在的な可能性を評価して、将来の発展を期待するのか、逆にリスクが 現実にある状況から厳しく且つ悲観的な評価を下すかである。現状は以下のように悲観材 料が続出している。 1.現政権の経済政策の動向 アルゼンチン経済の動向について、2011 年 12 月に発足した第 2 次フェルナンデス政権 の経済政策の主な動向は次のように推移してきた。同政権は発足直後は支持率が高かった。 しかし、治安の悪化や賃金の伸びを超える物価上昇により支持率は、低迷している。また、 フェルナンデス政権は外資への規制を強化する態度を維持していることが、外資の進出を 躊躇させている。また、現政権以前から解決が持ち越されてきた対外債務の返済について も、国際金融界と合意が成立していない。 現政権の政策スタンスは、国内においてはポピュリスト政策が目立つ。対外政策につい ては強硬姿勢を維持することによって、国民の支持率を高めようとしている。政府への不 満が高まる要因となっているインフレへの政府の対応についても、海外の不信感は払拭さ れていない。これに関連して、政府の統計による物価上昇率が民間の統計に比べて低すぎ ることが問題となった。IMF は 2013 年 2 月にアルゼンチンに対する非難決議で消費者物 価指数と GDP 統計の是正措置を求めた。 2014 年に入ってもインフレ傾向に歯止めがかかっていない。国内経済の低迷がデフォル トも懸念されるようになっている。このような状況が、外貨準備の減少を招いている。従 来から国内経済の低迷が、外貨準備高の減少を誘発してきた。これが経済の先行きの悲観 論を促して、ペソ売りドル買いを激しくして、さらに経済が停滞するという悪循環を生ん 2 /3 でいる。アルゼンチンの外貨準備高は 2013 年末で 305 億ドルで、この一年間で約 30%現 減少した。2014 年 1 月 23 日のブエノスアイレス市場で、通貨ペソは前日比 12%ペソ安・ ドル高の 1 ドル=8 ペソを記録した。この一日の下落率としては、債務危機を迎えた 2002 年以来の記録である。 アルゼンチンでは 1970 年代以降、4 回の銀行危機と 9 回の通貨危機を繰り返した。中南 米では最多の危機経験国である。 2.なぜ危機を繰り返すのか∼歴史的な構造の影響?あるいは国民性か?∼ アルゼンチンは性懲りもなく、「経済危機を繰り返すのか。豊かな国である筈であるはず なのに」と世界の良識ある人たちは思うだろう。アルゼンチンの構造的とも言いたくなる 経済危機の原因を、歴史的な経緯に求めるとするなら、次のような歴史の積み重ねが影響 していると言えるのではなかろうか。 アルゼンチンが世界有数の富裕国に発展した要因は、19 世紀末にヨーロッパ向け農畜産 物輸出を主要産業とする経済構造を構築したことである。しかし、大恐慌(1929 年)によっ て、農畜産輸出も低迷して、経済不振が政治の混迷を招いた。政権は軍政と民政が繰り返 されるようになった。政治の混迷が経済政策の一貫性を失わせた。また不安定な政局が、 権力者に目先の人気を得るためのポピュリズムに頼らせた。そのために、経済合理性を貫 徹するためには、国民に耐えることを説くことを権力者がためらった。第 2 次大戦後も軍 人出身のペロン政権(1946-1955 年)が財政赤字と対外債務を膨張させた。ペロンはナシ ョナリズムを訴えると共に、バラマキ型の社会福祉によって大衆の人気を博した。その反 面、堅実な経済基盤の形成は後回しにされた。財政赤字を補填すべく通貨発行量を増やし てインフレが高進した。通貨発行量拡大とインフレ高進の悪循環を断ち切る政策は 1989 年 に発足したメネム政権の下でカバロ経済相が立案したインフレ克服策である兌換法が、 1991 年 3 月から実施されて実現した。また、財政赤字解消のための通貨増発が禁止された。 これらの政策によって、インフレも沈静化して、ペソ通貨も安定を取り戻した。しかし、 2001 年 12 月に経済危機が再発、その後も今日まで、以前のようなインフレの高進と対外 債務の悪夢が再現するのではと思わせる状況が生まれている。 アルゼンチンで経済危機を繰り返す原因として、国民性が原因ではないかという見方が る。この議論には根拠のない差別観になりかねないだけに、正確な根拠が求められる。広 く認識されている事実としては、次のようなことは言えるだろう。アルゼンチンでは個人 主義的な考え方が、国策や法的秩序より優先しがちになる。また、永年の政治的不安定や 経済混乱の経験を踏まえて、政府への不信感が影響しているという指摘もある。政府(あ るいは国家)への不信感が、自国通貨への不信感を生み現地通貨建ての預金よりも、ドル 通貨の預金を選好するということになる。また、往年の繁栄や先祖の地である欧州へのノ スタルジーから、プライドが高い国民性ということも言われている。 3 /3 経済危機への対処についても、政府と国民が一体となって「挙国一致体制」でというこ とは期待できそうにない。とかく、危機に直面すると政府は外国政府あるいは外国人投資 を攻撃し、国民は政府の非を言い募って国民として国家への貢献など考えるという発想な ど望むべくもないと言ったところだろうか。 3.アルゼンチンに関わるキーワード 以上の1と2はメイン・スピーカー桑原小百合会員の発表を取りまとめた内容である。 更にアルゼンチンについて考察する際のキーワードとして、会員より「債務危機」と「フ ォークランド諸島」、 「シェールガス」が指摘された。債務危機については FIAL 論壇に掲載 している「アルゼンチンの債務危機」(小林利郎会員の投稿)を参照されたい。 「フォークランド諸島」の問題については、橋本文男会員よりアルゼンチンとイギリス 両国が互いに領土権を主張していること、同諸島には石油資源が賦存していることから解 決の難しさが指摘された。フォークランド問題については、アルゼンチン政府が国民の支 持基盤を固める思惑から、強硬な姿勢を内外にアピールすることや、あるいはフォークラ ンド諸島の英国による領土権に対する反対を、中南米諸国全体で反対することをアルゼン チンが働きかけていることも注意する必要があろう。アルゼンチンの外交が中南米各国に 及ぶなら、フォークランド問題がアルゼンチン・イギリスの二国間紛争から、中南米地域・ イギリス間の外交問題になりかねない。 山田将博会員より、アルゼンチンはシェールガスの埋蔵量が豊富なことが指摘された。 これは、アルゼンチンが海外の投資家にアピールできる明るい材料である。アルゼンチン が何度も債務不履行を繰り返し、経済危機を何度も引き起こして、ビジネス環境に問題点 が多々あり、決して付き合いやすい国ではない。しかし、既に述べたように資源が豊富な 国である。近年は保有資源として、シェールガスが新たに注目されるに至った。現に、欧 米の石油企業がアルゼンチンでシェールガス採掘に進出している。 アルゼンチンは行動面ではトラブルが絶えないが、その能力については認めざるをえな い「がき大将」と称する腕白小僧に相通ずるところがあろう。アルゼンチンという国は政 府も個人もプライドが高くて、責任感も共有してくれそうになくて、付き合うには気が重 い。しかし、その国土は資源が豊富で、気候も近隣諸国に比べて穏やかであり、魅力的で ある。アルゼンチンと付き合う勘所は、以上のような問題点を直視しつつ、三つのキーワ ードにも理解することであろう。
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