オーストリア視察報告 - ブナの森法律事務所

執筆者
顔写真
オーストリア視察報告
会 員
1.はじめに
藤 田
哲
3.とっておきの場所
平成 18 年 3 月 12 日から 19 日まで、
名古屋
ウィーンの州最高裁を訪問したとき、裁判
大学から派遣され、
オーストリアの裁判制度、
官からとっておきの場所を教えてもらった。
法曹の継続教育、E―ラーニングの実情を視
州最高裁の最上階にある食堂だ。最高裁長官
察してきた。概要を報告したい。
の執務室より高い所に、
裁判所の食堂があり、
2.柵がない
誰でも自由に入れるのだ。食堂は、全面ガラ
リンツ地裁の法廷を見学したときのことだ。 ス張りになっていて、ウィーンの市内が見渡
正面に裁判官席があり、左側に原告席、右側
せる。王宮、国会議事堂、ステファンス大聖
に被告席、手前に証人席があり、傍聴者用の
堂、美術史博物館などが一望できる。
椅子が並んでいる。どこでも見かける法廷の
風景だが、何か落ち着かない。ガランとして
いる。しばらくして、自分の落ち着きのなさ
の理由に気がついた。法廷でいつも見慣れて
写真 2
いる、当事者席と傍聴者席を仕切る柵がない
のだ。そればかりではない。裁判官席は、原
告席、被告席とつながっており、当然、高さ
も低い。法廷というより、会議室に近い感じ
なのだ。いつもの見慣れた法廷の風景との違
いが、自分を落ち着かなくさせていたのだ。
「ウィーンの州最高裁の屋上にある食堂」
食堂といっても、日本の裁判所の地下にあ
る食堂とは大違いだ。きれいで、明るく、何
よりも食事がおいしい。
私が食べたランチは、
ビーフストロガノフ風の七面鳥、サラダ、麺
写真 1
入りスープ、デザート。市内のレストランで
食べるのと何ら変わらない。それに、ビール
も赤ワインも白ワインもある。法曹関係者ら
しい人が、ビールを飲みながら食事をしてい
る。とてもゆったりとしていて、余裕が感じ
「法廷とリンツ地裁所長」
られた。それにしても、最高裁長官の部屋よ
思想は形に現れる。オーストリアでは裁判
り見晴らしのよい場所を、裁判所に来る関係
官が上から見下す感じは全くない。当事者の
者や市民に開放するとは、何とも心憎いでは
話を近くで聞いて、解決策を考えてやるとい
ないか。
う感じなのだ。
「市民に開かれた裁判所」
を目
4.走り回る所長
指す日本の裁判所より、はるかに市民との距
離が近いと感じた。
リンツ地裁の所長は人なつっこい。とても
気さくで親切だ。所長自ら会議室や玄関の鍵
を開けてくれて、我々を案内してくれる。昼
れば、まず落ちることはない。したがって、
休みには、裁判所の食堂で、我々の昼食に付
1 年平均 380 名前後の者が弁護士資格を付与
き合ってくれる。勿論、割り勘だ。総務の職
されることになる。オーストリア全体で弁護
員に囲まれ、動きが鈍い日本の所長とは大違
士は 4851 名いるから、毎年、8%ずつ弁護士
いだ。
人口が増加していく計算になる。オーストリ
オーストリアの裁判所は、裁判所内部で競
争がある。
市民の評判も尺度の 1 つのようだ。
アでは、法曹人口、特に弁護士人口を増やす
という動きはない。
リンツ地裁では、市民のために全面ガラス張
弁護士補は、弁護士法により権限を付与さ
りの総合案内サービス係(サービスセンター
れ、弁護士の監督の下に、訴訟代理人や弁護
という)を設けて、市民がどこへ行って、ど
人になることができる。高額な事件を除き、
のような手続きをすればよいかを親切に教え
書面を書き、1 人で法廷に立って、一人前の
ている。
裁判所が市民サービスの競争をする。
弁護士と同じように弁論をすることができる。
オーストリアで 1 番市民の評判が良かったの
弁護士補は有給で、1 ヶ月に平均 2000 ユー
が、リンツ地裁の所長の自慢でもある。
ロ(約 28 万円)の給料を所属する法律事務
5.オーストリアの弁護士養成制度
所からもらって働いている。
オーストリアは、いわゆる分離修習制度の
ここに今後の新しい日本の司法修習を考え
国である。裁判官と弁護士は、それぞれ別の
る際のヒントがあるように思う。これまでの
試験を受け、それぞれの研修を受け、別個に
見学型の修習から、一定の権限を付与する参
養成される。
加型の修習へ修習内容を進化させることを、
そろそろ検討してもよいのではないだろうか。
6.オーストリアの継続教育
弁護士資格が比較的簡単に取得できること
もあってか、弁護士になってからの継続教育
写真 3
の必要性が叫ばれている。弁護士会が主体と
なり、大学とも連携し合って継続教育を実施
している。
弁護士資格を付与する前の教育と弁護士資
格を取得してからの継続教育では、内容が全
「中央の女性がオーストリア弁護士会副会長」
く違っている。前者では弁護士として必要と
オーストリアで弁護士になるためには、大
される基礎的な能力(ex.事情聴取、証人尋
学卒業後、5 年間の研修が必要だ。少なくと
問、ADR等)を一通り身につけることが内
も 9 ヶ月間は裁判所で研修を受け、残り 4 年
容となっているのに対し、後者では租税法な
以上を法律事務所で研修を受け、実務を体験
どの専門教育に重点が置かれている。
する。このような研修中の弁護士補ともいう
今後、日本でも継続教育の必要性はますま
べき人は、オーストリア全体で 1888 名いる
す高くなっていくものと思われるが、
どこで、
(2005 年 12 月末日現在)。この 1888 名が 5
どのような内容の教育を、どのようにして実
年間の研修を終了し、弁護士試験に合格すれ
施するか、継続教育の内容が問われてくるで
ば、弁護士資格が付与され、晴れて 1 人で仕
あろう。果たして法科大学院が継続教育の受
事ができるようになる。オーストリアの弁護
け皿となれるか、法科大学院の質と存在意義
士試験は簡単だ。5 年間の研修が無事終了す
が更に問われることになろう。